カテゴリー「美術回廊」の26件の記事

2019年2月27日 (水)

美術回廊(26) 上方浮世絵館 「実川家の役者達」

2019年2月17日 上方浮世絵館にて

以前から存在は知っていたが、いつも前を通り過ぎるだけだった上方浮世絵館に入ってみる。細長い形の4階建てビルを美術館としたものである。今は、「実川家の役者達」という展覧会をやっている。上方歌舞伎の名優であった初代実川額十郎、初代実川延三郎、初代実川延若らの役者絵を中心とした展示である。江戸時代の道頓堀は芝居小屋の並ぶ日本最大の劇場街であった。

歌舞伎を描いた浮世絵ということで、登場人物が大見得を切っているところを描いている。
全員が一斉に大見得を切っていて、実際にはそんな演目は存在しないと思われるが、想像で描いたのであろう。浮世絵はリアリズムに関しては余り追求されてはいないように感じるものが多い。それよりも構図と勢いを重視しており、描き手の想像力がものをいうジャンルである。


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2019年2月25日 (月)

美術回廊(25) 京都国立近代美術館 「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」

2019年2月19日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

京都国立近代美術館で、「世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて」を観る。今回は、京都国立近代美術館の3階を使っての展示となる。

「Ⅰ ウィーン分離派とクリムト」「Ⅱ 新しいデザインの探求」「Ⅲ 版画復興とグラフィックの刷新」「Ⅳ 新しい生活へ」の4部からなる展覧会。

ウィーン分離派というのは通称で、正式にはウィーン造形芸術家協会という。ウィーン画壇を仕切っていたクンストラーハウスの高等的な芸術に反発し、かといって通俗的に走るでもない新たなる芸術を企図して結成された団体で、グスタフ・クリムトが中心人物である。
ウィーン分離派は、機関誌「聖なる春(ヴェル・サクルム)」を刊行し、デザインを中心とした汎用性のある芸術を広めていく。

中心人物のクリムトは、毒のある煌びやかさと、退廃的でアンニュイな雰囲気を持ち味としており、「世紀末ウィーン」と聞いて思い浮かべる画像に最も合致した画家であるが、今回はクリムトの作品そのものではなく、習作や挿絵、印刷された絵画などの展示が中心となっている。他の画家の作品もそうであるため、今回の展覧会は一部を除いて写真撮影可である。

純粋な絵画展ではなくデザイン展であり、描写力よりも躍動感や受け入れられやすさを重視した作品が多い。原色が多用されており、細部を簡略化することで勢いのある画風が生まれている。

ウィーンでは印象派は広まらなかったが、日本の浮世絵の影響は入ってきており、この時期には木版画の復興運動が起こっている。結果、浮世絵的なダイナミズムが加わった作品が生まれることになった。ちなみに、西洋の版画芸術は、浮世絵とは違い、原画の作成、版木の制作、版画の摺り上げまで一人で作業を行うことが基本だったようだ(日本の浮世絵は分業制である)。

あたかもグスタフ・マーラーの音楽を絵画化したかのような作品が並ぶが、マーラーが愛読し、音楽の題材として取り上げられることで知られる詩集「少年の魔法の角笛(子どもの魔法の角笛)」の挿絵も展示されており、逆にマーラーがこうした絵画の雰囲気を音楽で描いたとした方が適当であるかも知れない。ジャンルは違うが同じものを描いていたのだ。


4階のコレクション・ギャラリーも観る。昨年、ロームシアター京都メインホールでも上演された「魔笛」の演出家でもあるウィリアム・ケットリッジがロシアの映像を用いた《俺は俺ではない、あの馬も俺のではない》というタイトルの複数の作品が紹介されており、そのうちの一つではピアノを弾いたり五線譜に筆を走らせたりしているショスタコーヴィチの姿を確認することが出来る。


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2019年2月24日 (日)

美術回廊(24) 兵庫県立美術館 「奇跡のクラーク・コレクション ルノワールとフランス絵画の傑作」

2013年7月5日 神戸・岩屋の兵庫県立美術館にて

阪神電鉄元町駅から、阪神電車普通電車に乗り、岩屋駅で下りて、兵庫県立美術館に向かう。現在、「奇跡のクラーク・コレクション ルノワールとフランス絵画の傑作」という展示会が行われており、米マサチューセッツ州ウィリアムズタウンにあるクラーク美術館所蔵のフランス絵画が展示されている。ほぼ全てが日本初公開となる作品であるという。

タイトルにもなっているルノワールの他に、クロード・モネ、ドガ、ルノー、ロートレックなどの画が飾られている。

ルノーの画は色彩は暗いが、立体感が見事である。

クロード・モネ(マネというよく似た苗字の画家がいたので、モネは必ず、クロード・モネと署名した)の画はタッチが淡く、光と影が同居するタッチが独特である。

ドガの画は、画面から音が聞こえてきそうな臨場感がある。

ピエール=オーギュスト・ルノワール(息子二人が有名人なのでフルネームで書いた)の人物画は外見の描写も勿論巧みだが、それよりモデルの性格や内面が滲み出るような描き方が特徴。日本製の団扇を持った少女を描いたタイトルもそのままずばりの「うちわをもつ少女」という作品は、ラ・ジャポニズムを代表する絵画である。
「テレーズ・ベラール」という少女を描いた画は、彼女の内気な内面がはっきりとわかるように描かれており、「巧い」の一言に尽きる。

ルノワールの風景画は、印象派の特徴である強くて淡い光を描写したもので、この世ではない理想郷が画の中に拡がっているかのようだ。また「日没」という画は印象派の手法が最も顕著に出ている作品で、ここまで行くとポスト印象派という印象を受ける。

貴族階級に生まれながら、足が不自由であり、36歳で若死にしたロートレックの画は2枚だけだが、いずれも陰鬱な雰囲気を醸し出している女性の画で、作者の早世を暗示しているかのようだ。

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2019年2月22日 (金)

美術回廊(23) 東京都写真美術館 「日本の1968」

2013年6月26日 恵比寿の東京都写真美術館にて

東京都写真美術館で「日本の1968」という展覧会を観ることにする。村上春樹が「我らが年」と呼び、村上龍が自伝的小説のタイトルに選んだ1969年の前年。日米安全保障条約改正反対運動を中心とした学生運動がピークに差し掛かろうかという時期の写真を中心とした展覧会である。ただ1968をキーワードに1968年以外の時代の写真も展示されている(1968年の100年前である、1868年頃に撮影された写真には幕末の写真家として知られる上野彦馬撮影のものが含まれる。また1968年頃にデビューしたアラーキーこと荒木経惟(あらき・のぶあき)の写真もあり、竹中直人が荒木をモデルに作成した映画「東京日和」(竹中直人監督作品。松たか子の映画デビュー作でもある)にも出てくる柳川の小舟の上で眠る妻の写真(「東京日和」では中山美穂が主人公の妻役であり、完全に同じ構図で写真は撮られている」)も展示されている。

1968年の4年前、1964年に取られた若者達の写真もあるが、皆、どことなく石原裕次郎っぽい。

学生運動関連の写真も勿論、多い。最も過激といわれた日大全共闘が出版した資料などがあるが、東京以外の学生運動の記録もある。広島大学全共闘が発行したもので、学生運動の記録が年表形式で書き込まれている。


写真のみならず、映像の展示もある。1968年を舞台とした映像は二つ。共に10月の国際反戦デーの新宿の映像である。東口では当時流行っていたアングラことアンダーグラウンド演劇のそれを真似た、大阪万博開催反対のパフォーマンス。今見ると、アホにしか見えないのだが、当時の彼らは本気だったのだろう。

西口では夜に、日米安保条約改正およびベトナム戦争反対を標榜するヘルメットにマスク姿の学生を中心とした集団(東大全共闘、中大、革マル派という文字が読み取れる。ヘルメットに「日」の一文字の集団が過激なことで知られた日大全共闘だと思われる)が、火炎瓶を投げ込む姿などが映っている。駆けつけた機動隊の姿を捉えて、映像作品は終わる。

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2019年2月13日 (水)

美術回廊(22) 京都浮世絵美術館 「将軍の京都 ~御上洛東海道~」

2019年2月8日 四条の京都浮世絵美術館にて

四条にある京都浮世絵美術館で、「将軍と京都 ~御上洛東海道~」などを観る。京都浮世絵美術館は、ビルの2階にある小さな美術館である。

「将軍と京都 ~御上洛東海道~」は、歌川芳艶、歌川芳盛、歌川芳幾、歌川芳宗、三代歌川豊国、二代歌川国貞、歌川貞秀、二代歌川広重の絵が展示されている。いずれも徳川家茂が家光以来、230年ぶりに上洛した時を題材として描いたもの。

浮世絵は西洋の絵画などに比べるとダイナミックで動的な要素が強い。「何か大きな動きをしている瞬間」を切り取っているため、その前後が想像しやすく、結果、映像的な面白さが生まれるのである。藤森神社での走り馬、瀬田の唐橋での行列、四条河原での光景など、音まで聞こえてきそうな臨場感である。静物画や肖像画など、止まった瞬間や乙に澄ましているところを描いている西洋の画家が浮世絵に衝撃を受けたというのももっとものことのように思える。

備前長船(現在の岡山県瀬戸内市)の刀剣二棟が展示されているほか、葛飾北斎の「凱風快晴」、「神奈川沖浪裏」なども展示されている。

初代歌川広重の「京都名所図会」も展示されているが、単なる風景画でなく、人物が必ず入っていて、描かれた名所の規模が推量出来るようになっているという実用性も兼ね備えたものである。「あらし山満花」などは正に粋で、過ぎゆく春を惜しむかのような風情に溢れている。「祇園社雪中」も雪の降る沈黙の響きが聞こえてくるかのようであり、「四条河原夕涼」からは鴨川のせせらぎと往時の人々の息吹が伝わってくる。江戸時代の日常がハレの化粧を施されて絵の中に生き続けているかのようだ。

ラストを飾るのは、歌川(五雲亭)貞秀の「大坂名所一覧」(九枚続)。中空からの視座で、右端に大坂城を置き、左端の難波潟と瀬戸内海に至るまでの大坂の町をダイナミックに描いている。タイトル通り、天満天神、北御堂(西本願寺)、南御堂(東本願寺)、四天王寺、なんばや天王寺の街、天保山(今よりも大分大きい)など名所が多く鏤められており、「天下の台所」の賑わいが伝わってくる。



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2018年12月19日 (水)

美術回廊(21) 名古屋市美術館 「アルヴァ・アアルト もうひとつの自然」

2018年12月13日 名古屋市美術館にて

名古屋へ。名古屋駅から地下鉄で伏見(京都の伏見とは異なり、語尾にアクセントが来る)まで出て、白川公園内にある名古屋市美術館へ。フィンランドの建築家・デザイナーとして活躍したアルヴァ・アアルト(アールト)の特別展「アルヴァ・アアルト もうひとつの自然」が開かれている。

北欧デザインの祖とも呼ばれているアルヴァ・アアルト。1898年生まれ、1976年没。ヘルシンキ工科大学で建築を学び、隣国スウェーデンに渡ってアルヴィート・ビヤケルの事務所で働いた後に独立。ファーストネームはフーゴであったが、フィンランドの建築家リストのトップに載るために、セカンドネームのアルヴァを用いてアルヴァ・アアルトと名乗る。建築、インテリアデザイン、都市計画(ヘルシンキ・オリンピック選手村など)といった仕事を行っており、建築家としてはヘルシンキのフィンランディア・ホールの設計を行っている。フィンランドを代表するこのホールは、白亜の美しい外観と同時に音響の悪さで知られており(音響設計に関しては建築家の責任ではない)、1971年竣工とそう古くはないのであるが、「音響改善の見込みなし」として、2011年にヘルシンキ音楽センターが建てられ、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団とフィンランド放送交響楽団が本拠地を移している。

アアルトはシベリウスと同時代を生きた人であり、二人の間には共通点も多い(スウェーデン系フィンランド人である、自然と人間の調和を志向、奥さんの名前がアイノなど)。アアルトは建築家をあらゆる芸術の指揮者と位置づけていたようだ。

インテリアデザイナーとしてのアアルトは、シンプルさと自然そのものの優美な曲線を特徴としており、「北欧のインテリア」と聞いてパッと思いつくようなものはアアルトが最初に提案したもののようだ。椅子に関しては腰掛ける部分と背もたれ、更には手すりなどの部分を全て緩やかに曲がる「L字」で手掛けているのが特徴である。

母校であるヘルシンキ工科大学は、ヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ美術大学と合併し、現在ではアアルト大学を名乗っている。まさに国民的建築家とされているようだ。


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2018年12月 9日 (日)

美術回廊(20) 生誕100年「いわさきちひろ、絵描きです。」@美術館えきKYOTO

2018年12月6日 美術館えきKYOTOにて

美術館えきKYOTOで、「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」展を観る。

童話などの愛らしい挿絵でもお馴染みの、いわさきちひろ(1918-1974)。55歳と若くして亡くなっている。

福井県武生市(現・越前市)に生まれ、東京で育つ。東京府立第六高等女学校(現・都立三田高校)卒業後は東京美術学校(現・東京芸術大学美術学部)に進学したいという意志を持っていたが、両親に反対されて断念している。その後、意に染まぬ結婚したが、これは夫の自殺によって幕を下ろした。戦時中は満州などで過ごし、敗戦の衝撃から共産主義へと傾倒。日本共産党の党員となり、共産党宣伝部の芸術学校でも学んでいる。ソ連に渡った経験もあり、同地で描かれたスケッチなども展示されていた。二人目の夫は日本共産党の幹部。

「愛らしい、わかりやすい、色彩豊か」として愛されているちひろの絵だが、こうしたものが共産主義の理想とする芸術に近しいことは確かである。「共産党員なのになんでこんなに可愛らしい絵が描けるんですか?」と聞かれたちひろが「共産党員だから描けるんです」と答えたというエピソードがあるが、ある意味、的確な答えになっている。

絵画の他に書道にも親しんだちひろ。ちひろは左利きだが字は右に矯正している。一方で、絵筆は左手で握ったため、左手で絵を描きながら書を記すということも行っていたそうだ。

和服を着た少女の顔の横に百人一首の歌(「あまつかぜ雲の通い路吹きとじよ乙女の姿しばしとどめむ」と「あいみての後の心に比ぶれば昔はものも思わざりけり」)を書いた絵や、東歌の「多摩川にさらす手作りさらさらになんぞこの子のここだかなしき」より多摩川に布をさらす少女の絵なども展示されている。気に入ったのだが、絵葉書などにはなっておらず。残念。

高畑勲が、この展覧会の監修を務める予定だったそうだが、実現する前に逝去している。ただ高畑の発案により、ちひろの絵である「子犬と雨の日の子どもたち」を大きく引き延ばしたものが展示されている。淡い色彩のちひろの絵は、水滴から拡がる波紋のように無限の拡張を続けているかのように見える。



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2018年11月17日 (土)

美術回廊(19) 「ムンク展 ―共鳴する魂の叫び」@東京都美術館

2018年11月10日 東京・上野の東京都美術館にて

JR総武線と山手線を乗り継いで、上野へ。

東京都美術館で行われている「ムンク展 ―共鳴する魂の叫び」を観る。

「叫び」で知られるノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンク。日本でも特に人気の高い画家の一人である。

ということで、多くの人が押しかけたため、ゆっくりと観る時間は残念ながらない。観ようと思えば観られないこともないのだが、今日は午後5時前に大津のびわ湖ホールに着いていなければならない。ということで、気に入った作品を重点的に観ていくことにする。

展覧会は冒頭と最後にムンクの自画像が置かれている。1枚目はモノクロの写実的なものだが、2枚目からはすでムンクらしい沈んだ雰囲気が出ている。北欧ノルウェーは冬が長く暗い。そうした地理的気候的な影響もあると思われるが、幼くして亡くなった姉の影響も無視出来ないだろう。「病める子」という連作からは死へ向かう幼子への悲哀が面に出ている。グリーグの「オーセの死」(オーセは幼子ではないが)が聞こえて来そうな絵である。
一方で、晩年の自画像は平明で色彩もシンプル。心境の変化が表れている。

「叫び」は有名なので説明は不要だと思われる。日本文学に例えると晩年の芥川龍之介作品的な世界である。

実は同じ構図による「不安」というこれまた有名な作品も横に飾られているのだが、そちらは余り注目されていない。


不吉さはその他の作品にも表れていて、生と死の境にいるような「マドンナ」、異世界へ旅立つ人を描いたかのような「二人、孤独な人々」などが挙げられる。

恋人の別れを描いた作品では、瀕死の表情を浮かべた男と平然としている女の対比が描かれているが、これはムンク自身が愛人に殺されそうになったという事件を背景にしている。
この事件を題材にした作品の中で最もよく知られているのが、「マラーの死」である。フランスのジャコバン派の領袖であったマラーと「暗殺の天使」ことシャルロット・コルデーを描いた作品は様々な画家が手掛けているが、多くの画家がシャルロット・コルデーは「暗殺は行ったが天使」というコンセプトに基づいているのに対し、ムンクは「天使だかなんだか知らないが暗殺者だ!」と告発している。そばで観ると分厚く塗られた絵の具が立体的であり、ある種の威圧感と異様さが観る者に迫ってくる。絵画作品が持つパワーを再認識させられる作品である。

代表作の一つである「生命のダンス」には人生の諸相が一気に迫ってくるような「邯鄲の夢」的テイストがある。


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2018年11月16日 (金)

美術回廊(18) 三菱一号館美術館 「フィリップス・コレクション展」

2018年11月9日 東京・丸の内の三菱一号館美術館にて

東京駅で降り、丸の内にある三菱一号館美術館に向かう。

三菱一号館美術館では、「フィリップス・コレクション展」が開かれている。
俗に「三菱村」と呼ばれる三菱企業ビル集合体の一角に三菱一号館美術館はある。入り口は中庭側にあり、正面側は三菱一号館歴史資料館として公開されている。

三菱一号館は、帝国ホテルなどで知られるジョサイア・コンドルが設計したが、1968年に老朽化のために解体。その後、コンドルの設計図や解体時の実測図などを元に再建され、2009年に竣工、2010年に美術館などを含む複合施設としてオープンしている。

ダンカン・フィリップスがコレクションした作品を展示するするワシントンD.C.の私立美術館、フィリップス・コレクションが保有する作品の展示。ブラック、ピカソ、ゴッホ、セザンヌ、モネ、デュフィ、ドガ、スーラ、ユトリロ、ドラクロアなどの作品が並ぶ。
フィリップス・コレクションは、今年が開設100周年にあたるそうだ。

ペンシルバニア州の鉄鋼王の息子に産まれたダンカン・フィリップス。妻が画家だったということもあり、存命中の画家を中心に多くのコレクションを行い、私邸を増築した美術館を作り上げた。

フィリップスが最も愛した画家はジョルジュ・ブラックだったようである。全体をデザインし、ブロックを積み上げるよう再構成する画風が特徴である。ピカソにも通じるところのあるキュビズムの画家だが、ピカソのようなカオス傾向はなく、整然とした画面を好んでいるようだ。

ピカソの作品は、絵画と彫刻を展示。絵画からはピカソらしいダイナミズムが感じられる。

コレクションの中で少し違った雰囲気をまとっているラウル・デュフィ。「画家のアトリエ」という作品には明るい広がりがあり、密度の濃い作品が多い中で、一種のポップさが見る者を楽しませる。より日常的というべきか。私はこういう絵が好きだ。

ゴッホの「道路工夫」は大胆なエネルギー業者がある。木々が上へと体を伸ばし続けているかのようなダイナミズムが横溢している。
生前、ゴッホがなぜ評価されなかったかというと、「絵はエネルギーを表すもの」などという認識が全くなかったためだと思われる。ゴッホ一人がその可能性に気づいていたのだが賛同者がいなかれば理解はされない。ゴッホが理解されるようになったのは、その手法を更に推し進めたピカソなどが現れたということも大きいだろう。ピカソに比べれば、ゴッホもまだ穏健派だ。

私が好きな画家の一人であるモーリス・ユトリロの「テルトル広場」。乳白色を浮き上がらせつつ、落ち着いた感じが素敵である。普段着で接することの出来るような絵だ。

ワシリー・カンディンスキーの「連続」。案内表示には「楽譜のような」と記されていたが、象形文字的デザインの美しさと、原色を対比させた鮮やかさ、子ども心に満ちた表現力などが観る者を魅了する。

館内には複製を写真撮影出来るコーナーもあり、そこにある絵の中で私が最も気に入ったのが、ハインリヒ・カンペンドンクの「村の大通り」(下の写真を参照のこと)。立体を組み合わせたような意欲的な構図と童話の挿絵のような愛らしさ、温かさが同居している作品である。本物は思いのほか迫力がある。

今日、最も気に入った作品がシャイム・スーティンの「雉」。射殺された雉を描いたものである。スーティンにとって静物画とは単なる静態ではなく命を奪われたものという意味を持っていたそうで、死骸の冷たさが伝わってくるような描写が印象的である。「沈黙に満ちた迫力」と書くべきか。

同じくスーティンの「嵐の下の下校」は、1939年9月1日、ナチスドイツがポーランドに侵攻したその日に完成した作品だという。下校する二人の児童を描いたものなのだが、背後の森からからなんとも形容しようのない不吉さが漂っており、大嵐の前の静けさが切り取られているかのような絵である。



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2018年11月 9日 (金)

美術回廊(17) 没後50年「藤田嗣治展」@京都国立近代美術館

2018年10月30日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎の京都国立近代美術館で開催されている「没後50年 藤田嗣治展」を観に出掛ける。
藤田嗣治の展覧会を観るのは、今日で計3回目。そのうちの1度は名古屋で観たため、京都では2度目となる。

エコール・ド・パリを代表する画家の中で唯一の日本人であった藤田嗣治(ふじた・つぐはる)。乳白色を厚く塗った肖像画が人気を博している。

東京生まれ。幼少時を熊本で過ごし、11歳の時に帰京。高等師範学校(現・筑波大学)の附属小学校と中学校を卒業して、東京美術学校(現在の東京芸術大学美術学部)に入学するも教師から作風を認められず、対立。卒業してから2年後にパリに渡り、同地の画家達と交流して、評価を得るようになる。

第二次大戦が勃発すると藤田は帰国し、請われて戦争画の仕事を始める。しかし戦後になると藤田は戦争協力者と見なされるようになり、日本に失望して再び渡仏。その後、キリスト教の洗礼を受け、憧れのレオナルド・ダ・ヴィンチに由来するレオナールという洗礼名をファーストネームとしてフランスに帰化し、日本に戻ることなく1968年に没した。「私は日本を捨てたのではない、日本に捨てられたのだ」という言葉がよく知られている。

この展覧会最初の絵は、藤田が東京美術学校時代に描いた自画像である。黒い背景に不敵な笑みを浮かべた藤田。自らの才気を隠そうとしない若者の姿がそこにある。

その後の藤田の絵だが、とにかく暗いのが印象的である。同じような構図で風景画を描いているユトリロと比較しても憂いの雰囲気が強く出ている。鬱窟とした心をそのままキャンバスに反映したかのような淀んだ印象を受ける。背景が全体的にグレーがかっているのがそうした感覚を生むようである。

パリ時代に描いた自画像が何枚かあり、その中にある赤と青の鉛筆を取り入れた乳白色の自画像は、さりげなくトリコロールを取り込んで「パリで生きる」という決意表明をしているように見える。

その後に、有名な乳白色の時代が来る。この頃に描かれた子どもをモチーフにした絵も何枚か展示されており、元々子どもが好きだったことも確認出来る。

徹底して乳白色を使った 裸婦の絵は、肉体が持つはち切れんばかりの生命力を表しているが、同時に体を陶磁器に置き換えたかのような非現実性も内包している。ある意味、これは理想化された肉体なのだ。
ただ、この裸婦の絵群も、背景を真っ暗にするなど、快活からはほど遠い作風である。

その後、藤田は中南米への旅に出る。メキシコの画壇の影響を多分に受けたようで、この頃に描かれた日本の力士像などは急に顔の彫りが深くなっており、明らかな作風の転換が見られる。メキシコの絵画らしい仄暗さを入れつつ、躍動感に富んだ絵を描いている。

この躍動感が存分に生かされたのが、有名な「闘争(猫)」という絵である。何匹の猫がベッドの上で暴れ回っており、猫達の叫び声が伝わってくるかのような生命力溢れる絵だが、この作品、複数の円を組み合わせた構図を取っており、葛飾北斎の「富嶽三十六景」に代表される浮世絵の手法を積極的に取り入れていることがわかる。この時代の絵には他にも人物を真ん真ん中に描くという、浮世絵的大胆さを持つ作品が存在する。

二次大戦により帰国した藤田。藤田は日記を詳細につけるタイプであったが、1941年から1947年までのものは見つからないか破棄されているという。

ドラクロアを始めとする歴代のフランス画家の影響を受けたダイナミックな戦争画は迫力満点だが、そのことが藤田にとって悲劇となった。

日本を離れ、パリへと向かう途中のニューヨークで描かれたという「カフェ」(下の写真を参照のこと)。この絵で藤田はいきなり作風を変える。藤田の作品に濃厚だった影が姿を消すのである。少なくとも表面上はそう見える。余りの大転換に異様さすら覚えるほどだ。その後の作品もバックライトを当てているような明るいものが続く。この急転は何を意味するのか?

「藤田は本音を封じ込めたのではないか?」

それまで藤田は絵に自己を投影していた。だが、祖国に裏切られたという失望と憤りから、絵には自己ではなく理想を託すようになったのだはないか。自らの本音を覆い隠すために乳白色を分厚く塗り込めたのではないか。そうした想像が出来る。

カトリックの洗礼を受け、レオナール・フジタとなった藤田は、宗教画を多く描くようになる。そこには子どもが多く登場する。「大人が信じられなくなった藤田は子ども達に夢を託した」、そういわれている。ただ、十字架を背景に不敵な笑みを浮かべている子どもは、若き頃の藤田そのものであり、自身が投影されていることがうかがえる。
ただ、日本のキリシタン殉教者を描いた作品を見ていると、藤田は日本を追われた自分をイエスを始めとする殉教者に重ねていたのではないかと思われるのである。
最後の絵である「礼拝」には藤田自身が登場する。奥行きのあるアーチを背景とした聖女の横に控えるのは藤田と妻の君代である。天使に祝福され、戴冠しようとしている聖女に藤田が何を祈ろうとしているのかははっきりとはわからない。


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