カテゴリー「美術回廊」の39件の記事

2019年10月17日 (木)

美術回廊(39) 大阪市立東洋陶磁美術館 特別展「フィンランド陶芸 芸術家のユートピア」&「マリメッコ・スピリッツ フィンランド・ミーツ・ジャパン」

2019年7月18日 大阪市立東洋陶磁美術館にて

中之島と堂島川を隔てて向かいにある大阪市立東洋陶磁美術館で特別展「フィンランド陶芸 芸術家のユートピア」「マリメッコ・スピリッツ フィンランド・ミーツ・ジャパン」を観る。多くの作品は撮影可である。午後5時閉館で、東洋陶器美術館に入ったのが午後4時20分頃であったため、駆け足の鑑賞になる。

フィンランドの陶芸を興隆させたのはアルフレッド・ウィリアム・フィンチ(1854-1930)という人物であり、その弟子達によって更なる発展を遂げている。
「フィンランド陶芸」では、フィンチの弟子であるミハエル・シルキン(1900-1962)、ルート・ブリュック(1916-1999)、ビルゲイ・カイピアイネン(1915-1988)らの作品を中心とした展示が行われている。
トーベ・ヤンソンの画風を思わせるような愛らしい作品もあるが、ターコイズブルー1色の陶器や白と青のシンプルな作品なども北欧らしくて気に入る。

「マリメッコ・スピリッツ」は、テキスタイルのブランドであるマリメッコの展示会。1974年生まれのパーヴォ・ハロネン、1982年生まれのマイヤ・ロウエカリ、1983年生まれのアイノ=マイヤ・メッツォラの3人の若い作家の「JAPAN」をテーマにした作品が展示されている。展示のラストには今回の展覧会のために制作された茶室の展示がある。趣もあるが白木の香りがなんともいえず心地よい。

Dsc_7027

| | コメント (0)

2019年10月15日 (火)

美術回廊(38) 細見美術館 レスコヴィッチコレクション「広重・北斎とめぐるNIPPON」

2019年9月29日 左京区岡崎の細見美術館にて

ロームシアター京都と琵琶湖疎水を挟んで向かいにある細見美術館で、レスコヴィッチコレクション「広重・北斎とめぐるNIPPON」という展覧会を観る。
パリ在住のポーランド人であるジョルジュ・レスコヴィッチの蒐集した浮世絵の数々を展示した展覧会である。

歌川広重と葛飾北斎の他に、鈴木春信、喜多川歌麿、東洲斎写楽、渓斎英泉、歌川国貞らの絵が並んでいる。

劈頭を飾るのは鈴木春信の美人画の数々である。浮世絵、錦絵、春画などの部門で活躍した鈴木春信であるが、登場する女性達が異様に華奢なのが特徴である。江戸時代は今より栄養状態が良くなかったが、これほど細い女性が実在したとも思えない。他の絵師達の美人画とも比べると鈴木春信が描いた女性が段違いに細いことが確認出来る。浮世絵は余りモデルを使わず、イメージで描くこと多かったと思われるのだが、仮にモデルがいたとしてもかなりデフォルメされているのあろう。細い女が好みだったのか、か細さになんらかの意味を込めようとしたのか。

東洲斎写楽の役者絵は、逆に歌舞伎俳優達を美化しておらず、そのために描かれた俳優本人からは評判が悪かったそうで、写楽の活動期間を縮めた一因ともいわれているのだが、写楽の正体は能楽師の斎藤十郎兵衛だったという説が近年では有力視されており(「東洲斎」というのは「さいとうしゅう」のもじりというわけだ)、同じ舞台人であるがために役者の心情を上手く描けているという評価もある。残念ながら写楽の絵に描かれている演目を私は観たことがないのだが、あるいは観たらもっとわかることがあるのかも知れない。

葛飾北斎の「詩哥写真鏡」は、全体的に青の多用が印象的で、ピカソや北野ブルーの先駆けっぽい(?)。

広重の「六十余州名所図会」は嘉永6年に描き始められているが、この年は黒船来航の年である。攘夷の意識が高まる時代にこうした絵が描かれていたということになる。

「木曽街道六拾九次」は、広重の渓斎英泉の共作である。東海道に比べると木曽街道は地味だが、行き交う様々な人々が多彩に描かれている。そういえば以前に、渓斎英泉を主人公にした矢代静一の「淫乱斎英泉」という芝居を観たことがあるのだが、余り面白くなかった記憶がある。

広重の「東海道川尽 大井川の図」「相州江之嶋弁財天開帳参詣詣群衆之図」などでは波が図式化されている。実際は波がこういう形に並ぶことはないと思われるのだが、そこに意匠というか江戸時代のデザイン的な刻印が行われているようにも感じる。

広重が描いた「山下町日比谷さくら田」は現在の警視庁の辺りを描いた絵。その他にも「神田明神曙之原」や「上野山した」「下谷廣小路」などは、東京の風景を知っていると楽しみがグンと増す。

北斎は、かめいど天神たいこばしなど、今は現存しない橋をかなり大袈裟に描いている。リアリズムよりも人の内面の感情を優先させた描き方なのだと思われる。
富嶽三十六景は、京都浮世絵美術館に飾られていると同じ「江都駿河町三井店略図」なども展示されている。「甲州石班澤(かじかざわ)」の絵にも顕著に表れているが、同じ形になるものを並べる相似形の構図にすることで、構築をより堅固にしようという意思が伝わってくるかのようだ。
葛飾北斎は、「琉球八景」という絵画シリーズを手掛けているが、実際に琉球に行ったことはなく、琉球で描かれた絵や図などを見ながらイメージを膨らませて架空の琉球を作り上げたようである。

広重の「京都名所之内」は、その名の通り名所を細部に至るまで描いて(実際に行ったことのある場所と他の絵師の絵図を参考に想像で描いたものが混在しているようだ)、往時の京都のイメージを知ることが可能になっている。

Dsc_7533

| | コメント (0)

2019年9月29日 (日)

美術回廊(37) 京都浮世絵美術館 「二つの神奈川沖浪裏」

2019年9月10日 四条の京都浮世絵美術館にて

四条通にある京都浮世絵美術館に入ってみる。ビルの2階にある小さな私設美術館。中に入るのは2度目である。
前回は将軍家茂の上洛を題材にした浮世絵が並んでいたが、今回は葛飾北斎没後170年企画ということ「二つの神奈川沖浪裏」と題した展示が行われている。二つの「神奈川沖浪裏」は、色彩が異なるが、元の絵は一緒であり、光の加減で色彩の差は余り気にならない。

それよりも北斎の「富嶽三十六景」に収められた他の絵が面白い。「東都浅草本願寺」(現在の浄土真宗東本願寺派東本願寺の前身)や「江都駿河町三井見世略図」(三井越後屋の図)のように入母屋の三角屋根と富士を並べた構図などはかなり大胆で面白い。
私の出身地である千葉市にある登戸(のぶと)から富士を描いた「登戸浦」も面白い。鳥居の向こうに小さく富士が描かれているのだが、これは古代からの富士山岳信仰を連想させる。日英中の三カ国語で解説が書かれているのだが、日本語では「千葉市中央区登戸」とあるのに、中国語では(千葉県中央区登戸)と書かれていて少し奇妙な印象を受けた。

「甲州三坂水面」は、河口湖に映る逆さ富士を描いたものだが、富士本体は夏の姿である黒富士であるのに対して、湖面に映る富士は雪を戴いており、リアリズムを超えた美しさを感じることが出来る。
丸い桶の向こうに富士が見える有名な「尾州不二見原」や、「武州千住」などは何よりも構図を優先させた浮世絵だが、一昨日見たウィーン分離派の絵画にも見たままではなく再構築を行う傾向は見られる。パリとは異なり、ウィーンでジャポニズムが流行ることはなかったが、画家達は浮世絵を入手していて、影響を受けている。似通っているのは、偶然ではないだろう。

Dsc_7339

| | コメント (0)

2019年9月28日 (土)

美術回廊(36) 日本・オーストリア外交樹立150周年記念「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」

2019年9月8日 大阪・中之島の国立国際美術館にて

「大阪クラシック」2019第4公演を聴いた後で中之島を西に向かい、国立国際美術館に入る。現在、ここでは日本・オーストリア外交樹立150周年記念「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」という展覧会が行われている。

まず、啓蒙時代のウィーンとして、ハプスブルク家の女帝、マリア・テレジアやその息子であるヨーゼフ2世らの肖像画が並び。ヨーゼフ2世はモーツァルトが仕えていた皇帝であるが、「ウィーンのフリーメイソンのロッジ」という絵にはモーツァルトと「魔笛」の作曲依頼者で台本を書いたシカネイダーらが右端で談笑している様が描かれている。その後にはモーツァルトの肖像画と「魔笛」の様子を描いた絵が並んでいる。

「ビーダーマイアーの時代」の展示。ウィーンは貴族達の街から市民階層を主人公とする都市へと変わっていく。1814年のウィーン会議の出席者を描いた絵があり、オーストリアの代表者であった外相メッテルニヒが愛用していたという赤いアタッシュケースが展示されている。

市民階層の台頭の象徴がシューベルティアーナである。貴族の嗜みであり、豪邸の客間などで演奏されていた音楽が市民のものとなり、その時代を代表する若手作曲家であったシューベルトを囲むサロンでの演奏会が行われるようになる。
シューベルトの有名な肖像画(ヴィルヘルム・アウグスト・リーダーの筆による)や、「シューベルティアーナ」の絵画(ユーリウス・シュミットの作)が飾られ、シューベルトが愛用していたという眼鏡も展示されている。

この時代には家具が発達している。実はそれまでは椅子などは貴族の権威を表すものであったのだが(確かに皇帝は玉座に座っている)、この時代には実用的な椅子が考案されてヒットする。椅子は時代が下るに従って、シンプルなデザインに変わっていくのが確認出来る。

城壁が廃され、その後にリンクという通りが出来ると、この通り沿いにウィーンの新たなる政治・文化施設が誕生していく。まずは国会議事堂。その横にウィーン市庁舎、更にその横にウィーン大学が建つ。そして音楽の都であるウィーンを象徴する宮廷歌劇場(現在の国立歌劇場)、旧ブルク劇場が建ち並ぶという、国際的な文化都市としての顔が出来上がるのである。この時の王(皇帝)はフランツ・ヨーゼフ1世、王妃はミュージカルなどでお馴染みのエリザベートである。美男美女の王と王妃の肖像画並ぶが、二人は輝かしきオーストリア=ハンガリー二重帝国の象徴であった。

音楽は更に市民階層へと広がっていく。ヨハン・シュトラウス1世が広めたウィンナ・ワルツが隆盛を極め、息子である「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世が生み出した曲の数々は現在のポピュラー音楽並みかそれを凌ぐほどの人気を誇った。誇らしげな顔をしたヨハン・シュトラウス2世の胸像が飾られている。

建築の分野ではオットー・ヴァークナーが登場。彼が設計した多くの建物はウィーンの景観を変えていく。駅を造り、美術アカデミーの建物や博物館を設計し、様々なインフラを自らのアイデアで創造し、あるいは塗り替えていく。

 

アカデミズムに対抗する形で分離派を生み出したのがグスタフ・クリムトである。世紀末ウィーンを代表する画家だ。クリムトは絵画に象徴を持ち込み、光と影を同じ画面内で対比させるなど、新たな画風を前面に打ち出す。マクシミリアン・レンツ、カール・モル、ヨーゼフ・ホフマンなどがウィーン分離派(正式名称は、オーストリア造形芸術協会)として新たな芸術観を高らかに掲げることになった。ウィーン分離派は権威としての美術や写実性よりも総合芸術性と実用性を重視。グラフィックデザインなどを生んでいくことにもなる。

クリムトの「エミーリエ・フレーゲの肖像」のみは写真撮影可であり、多く人がシャッターを押していた。自信に満ちた表情のエミーリエ・フレーゲであるが、服装や背景などは現実離れしており、エミーリエ自身がはこの絵を嫌ったそうである。

ウィーン分離派の実用性を工芸部門へと押し広げたのがウィーン工房である。マイスターの仕事を芸術の領域へと高めることを志したウィーン工房は、ヨーゼフ・ホフマンらによって生み出され、一時代を築いたが、凝りに凝った芸術趣味が災いして、後の倒産の憂き目を見ることになる。ヨーゼフ・ホフマンの手によるヘルマン・ヴィトゲンシュタイン邸のキャビネットや花瓶、印章などが展示されているが、このヘルマン・ヴィトゲンシュタインは、ウィーン分離派の第一のパトロンとなったカール・ヴィトゲンシュタインの父親である。カールの息子のパウルはラヴェルに左手のためのピアノ協奏曲を依頼したピアニスト、同じくカールの息子であるルートヴィヒは高名な哲学者である。

クリムトの衣鉢を継ぐ形となった画家がエゴン・シーレである。描写を得意としたシーレの多くのスケッチが並ぶが、クリムトの作品同様、生と死の境にあるかのような、一種の不吉さも感じされる。

ウィーンの絵画はシーレ以降、表現主義的な色彩を強めていくのだが、音楽の部門で同様の表現拡大を行っていた音楽家に関する展示がラスト近くに配置されている。十二音技法の生みの親であり、新ウィーン学派の代表者であったアルノルト・シェーンベルクの筆による絵画が数点。中には愛弟子であるアルバン・ベルクの肖像画なども含まれる。シェーンベルクはマーラーの葬儀の絵も残しているのだが、そのマーラーの肖像(彫像)も展示されている。オーギュスト・ロダンの手によるものだ。

 

クリムトを中心としたウィーンの美術の展覧会ではあるが、それらと極めて強く繋がる政治、思想、景観、音楽などを網羅する総合展示であり、ある意味、ウィーン分離派の思想を受け継いだ展覧会であるともいえる。

 

展示された作品の中では、マクシミリアン・クルツヴァイル「黄色いドレスの女性(画家の妻)」が実にチャーミングである。ウィーン分離派はブロックを積み上げるようにした構図を用いることが多い様だが、「黄色いドレスの女性」は、首を傾げることでシンメトリーの構図が崩れ、そこから女性らしい愛らしさが滲み出ているように思われる。「黄色いドレスの女性」は、1899年に描かれたものだが、その60年ほど前に描かれたフリードリヒ・フォン・アメリンク「3つの最も嬉しいもの」(酒・女・歌のことらしい)や「悲報」に登場する抑制された表情の女性とは好対照であり、その間に女性の内面からの解放があったのかも知れない。

Dsc_7332

| | コメント (0)

2019年9月16日 (月)

美術回廊(35) 京都文化博物館 ICOM京都大会開催記念+京都新聞創刊140年記念「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」&「京の歴史をつなぐ」展

2019年9月6日 京都文化博物館にて

京都文化博物館で行われている、ICOM京都大会開催記念「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」と「京の歴史をつなぐ」展を観る。

4階で行われている「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」は、某学会が運営する東京富士美術館所蔵の美術作品の展示である。全て撮影OKである。
伊藤若冲の「象図」、東洲斎写楽の「市川蝦蔵の竹村定之進」、歌川国芳の「相馬の古内裏」などの有名画が並んでいる。多く刷れる浮世絵が多いため、価値としてはそれほど高くないのかも知れないが、実際のところ目の前で観る機会はそれほど多くないため、貴重である。
その他にも、近藤勇の愛刀として知られた長曽根虎徹や、土方歳三の愛剣として有名な和泉守兼定が打った刀剣なども展示されている(近藤や土方の愛刀そのものではない)。
昨日行った京都国立博物館には、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」が展示されていたが、京都文化博物館には鈴木其一の「風神雷神図襖」がある。構図は完全に一緒で、腕もねじれているのだが、鈴木其一は風神と雷神を一枚に収めず、別の襖に描いているという特徴がある。

天璋院篤姫愛用の、葵の御紋が入った蒔絵茶碗台と蓋、女性用の籠(仙台伊達氏の順姫が、宇和島伊達氏に嫁いだ際に使用したもの)、洛中洛外図屏風などに続き、葛飾北斎の富岳三十六ヶより「山下白雨」、「凱風快晴」、「神奈川沖浪裏」などの展示があり、歌川広重の「名所江戸百景 水道橋駿河台」の錦絵が掛けられている。以前、ひろしま美術館でも観たことのある絵だが、大きな鯉のぼりの背後に描かれているのは、我が青春の街、神田駿河台である。

Dsc_7298

 

 

3階のICOM京都大会開催記念「京の歴史をつなぐ」。まず平安京の玄関口であった羅生門の模型が出迎える。この展覧会も撮影可である。こちらは京都文化博物館所蔵のものが中心。平安京遷都を行った桓武天皇の肖像画(墓所にちなんで柏原天皇とも呼ばれたようだ)、出土品である平安時代初期の瓦や壺などが展示され、羅生門にちなんで、芥川龍之介の「羅生門」初版本や、黒澤明の映画「羅生門」のシナリオ(映画の冒頭とラストに羅生門は出てくるが、実際の原作は「藪の中」である)やポスターなども展示されている。

Dsc_7303


現在の、四条河原町付近に名が残る真町で交わされた取り決め書付や、譲り状なども展示されており、江戸時代の四条河原町の人々の生活の一端を垣間見ることが出来る。

四条河原付近の復元模型がある。現在は南座が残るだけだが、江戸時代には7つの芝居小屋が軒を連ねており、一大歓楽街であった。
更には岡崎で行われた第4回内国勧業博覧会の模型も展示されている。元々は伊東忠太設計によりパビリオンとして建てられた平安神宮はそのままだが、現在はロームシアター京都(京都会館)や京都市美術館(京都市京セラ美術館として来年3月リニューアルオープンの予定)、京都府立図書館や京都国立近代美術館のある場所の明治時代の様子を知ることが出来る。

| | コメント (0)

2019年9月13日 (金)

美術回廊(34) 京都国立博物館 ICOM京都開催記念「京博寄託の名宝-美を守り、美を伝える-」

2019年9月5日 京都国立博物館にて

京都国立博物館で、ICOM京都開催記念「京博寄託の名宝-美を守り、美を伝える-」を観る。
明治古都館が内部公開されているので入ってみる。以前は、明治古都館が京都国立博物館の本館で、ここで展示が行われていたのだが、平成知新館が出来てからはメインの展示場が移り、明治古都館は老朽化のため改装工事が行われていた。明治古都館の内部には京都国立博物館の歴史を示すパネルが展示されており、デジタル復元された俵屋宗達の「風神雷神図屏風」が飾れていた。

平成知新館の3階には、野々村仁清(ののむら・にんせい)や奥田穎川(おくだ・えいせん)らの陶器が展示されており、中国・宋代の青白磁器なども並んでいる。

2階は絵画が中心であり、伝平重盛像と伝源頼朝像が並んでいる。神護寺蔵の国宝だが、以前は「伝」ではなく、平重盛像・源頼朝像であった。今は「疑わしい」ということになっており、平重盛像の正体は足利尊氏で、源頼朝像といわれていたものは実は足利直義の肖像なのではないかという説が登場して、正確なことはわからないということで「伝」がつくようになっている。絵の作者は藤原隆信とされていたが、これも正確にはわからないようである。

狩野派の絵画も並ぶ。狩野元信の「四季花鳥図」は、屏風絵の大作であるが、手前を精密に描き、背景をぼやかすことで広がりを生んでいるのが特徴である。「風神雷神図屏風」の本物もある。よく見ると風神も雷神も手が思いっ切りねじれていて不自然である。あるいはこの不自然さが逆に勢いを生み出しているのかも知れない。そして風神や雷神は人間とは違うのだということが示されているようにも思う。

1階には仏像、そして中国の北宋と南宋の絵画が並んでいるのだが、日本の絵画をずっと観た後で、中国の絵画を眺めると西洋画を前にしているような錯覚に陥るのが面白い。宋代の絵画はフレスコ画に似たところがある。

その後は、書跡が並ぶ。三筆の空海、三蹟の藤原行成らの書が並ぶ。後鳥羽上皇が隠岐で書いた宸翰もある。後鳥羽上皇の遺書となったものだが、後鳥羽上皇の手形が朱で押されている。昔の人のものなので手は小さめだが、指が細くて長い。

更に袈裟や小袖などの衣類、豊臣秀吉所用の羽織や徳川家康所用の胴着が展示され、最後は刀剣や仏具などの金工、経箱や硯箱などの漆工が並んでる。日本だけでなく、ヴェネツィア製の鏡が唐鏡として展示されていた。

重要文化財に指定されている「黒漆司馬温公家訓螺鈿掛板」が立てかけられている。司馬温が子孫に残した家訓で、「金を残しても子孫がそれを上手く運用出来るとは限らない。本をたくさん残しても子孫がそれをちゃんと読むとは限らない。子孫長久となすには徳を積むに如くは無し」という意味のことが記されていた。琉球王朝の尚氏に伝わった者であり、今は三条大橋の東にある檀王法林寺の所蔵となっているそうである。

Dsc_7291

 

| | コメント (0)

2019年8月30日 (金)

美術回廊(33) 京都市美術館 「マグリット展」2015

2015年10月8日 左京区岡崎の京都市美術館にて

左京区岡崎にある、京都市美術館で「マグリット展」を観る。幻想的な画風で知られるベルギー出身の画家、ルネ・マグリットの作品を集めた展覧会である。マグリットは人気の画家であるが、これほど多くの作品が一堂に会することは珍しいという。

美術の教科書に必ず載っているといっても過言ではないほどの「大家族」が有名なマグリットであるが、リアリズムとシュールレアリスムの邂逅を経た、独自の世界を切り開いている。有名な「大家族」も大地と空と海に囲まれた我々は人種や性別を超えた「一つの大家族なのではないか」というメッセージを受け取ることが出来る。「上流社会」という作品も同傾向で、顔が青空や生い茂る草になっている「上流社会」というのは世にいう成功者達のことではなく、「大いなるものにより同化出来た人々」が織り成す社会なのであろう。いや織り成すまでもなく、自然同様「あるがままの社会」ということか。
「ゴルコンダ」という有名な画がある。家を背景に何人もの男が宙に浮かんでいる画である。シュールな作品であるが、作品に耳を澄ますと(絵画作品に耳を澄ますことは私はよくある。もっとも想像の比喩としてだが)、ゴルコンダという街の喧騒が聞こえてくる。

「光の帝国Ⅱ」という画は、昼間と真夜中が一つの画の中に溶け込んでおり、印象的。ミュージアムショップで確認したところ、やはり一番人気だそうだ。

「会話術」という作品は、会話していると思われる白鳥の後ろのアルファベットの切り抜きと思われる不思議な橋が描かれている。アルファベットらしいことはわかるのだが、フランス語はまるで出来ないため、どんな単語が隠れているのかは不明である。「会話術」は三部作であり2枚目の画は岩に「reve(夢)」と記されている。また「白紙委任状」は、見えるべきものが見えず見えないはずのものが描かれて見えている。この絵を白紙委任したのは一体誰なのだろう? 一応、マグリット自身の注釈があり、委任したのは自然らしいが、人間も含めた自然全てがマグリットに白紙委任状を出したのかも知れない。あるいは物体ではなく、この世の現象がマグリットをインスパイアしたのか。
個人的には初期の「風景の魅惑」(木枠の横に猟銃が立てかけてあるという画)が印象的だったのだが、私の好むものは余り人は好まないのである。第二次世界大戦はやはりマグリットの画風にも影響したようで、戦後に描かれた「観光案内人」は、案内人の顔が大砲になっている。

「マグリット展」の無料案内を見て感じたのは、マグリットの画は個人蔵であるケースが他の画家に比べて多いということ。特定の個人がいつも座右に置いて楽しむタイプの絵画ということなのかも知れない。

| | コメント (0)

2019年8月14日 (水)

美術回廊(32) 祇園甲部歌舞練場 八坂倶楽部 「フェルメール 光の王国展」

2015年8月27日 祇園の八坂倶楽部にて

祇園甲部歌舞練場内 八坂倶楽部で、「フェルメール 光の王国展」を観る。

「フェルメール 光の王国展」は、フェルメールの絵画全37点をリ・クリエイト作品として展示するもの。フェルメールが描いた画そのものではなく、フェルメールが描いた当時の色彩を求めて原寸大で一種の復刻をしたものであり、質感はフェルメールが描いたものに限りなく近いが、本当の本物というわけではない。ということで、絵画はカメラ撮影OK(フラッシュは禁止)、SNSやブログに写真投稿もOKという日本の美術展としては緩いものになっている。

本物のフェルメールの絵画は経年劣化によって黒ずんでいるが、今回のリ・クリエイト作品の色彩は鮮やかである。
スマホのアプリを使って本物とリ・クリエイト作品の比較が出来るようになっている(本物のほうが色彩が暗い)のが面白かった。

オランダの画家、ヨハネス・フェルメール。柔らかなタッチが特徴で、もっとシャープな筆致を好む私にとっては必ずしも好きな画家ではないが、画は見応えがある。左側に窓があり、窓から差し込む日の光が人物を照らし、画に広がりを与えているという特徴がある。

フェルメールのほぼ全作品のリ・クリエイト作品が展示されているということで、有名な「真珠の耳飾りの少女」、「牛乳を注ぐ女」、「デルフト眺望」なども展示されているが、私が最も気に入ったのは「窓辺で手紙を読む女」。窓明かりに照らされた手紙を読む女の中で希望や想像が膨らんでいく様が感じられて素晴らしいと思う(巷間流布している解釈は私は採らない)。
なお、残っている絵画作品も少ないフェルメールであるが、彼が書いた手紙や日記は一切残っておらず、どのような人物だったのかは完全に謎だという。

八坂倶楽部の庭園に出ることが出来るというので、回ってみる。地泉回遊式庭園であり、なかなか趣がある。

Img_20150827_163654

| | コメント (0)

2019年8月 4日 (日)

美術回廊(31) 京都国立近代美術館 トルコ文化年2019「トルコ至宝展 チューリップの宮殿トプカプの美」

2019年7月26日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡崎にある京都国立近代美術館で、トルコ文化年2019「トルコ至宝展 チューリップの宮殿トプカプの美」を観る。イスタンブールにあるオスマントルコのトプカプ宮殿遺物の展覧会である。トプカプ宮殿は現在は博物館になっている。

強国として知られるオスマントルコ。1453年に要塞都市であった首都のコンスタンティノープルを攻略し、東ローマ帝国を滅亡させたことでもよく知られている。コンスタンティノープルはその後、オスマントルコの首都として栄え、イスタンブールとなった現在は首都の座はアンカラに譲っているが、ヨーロッパとアジアの中継地点にある都市として隆盛を誇っている。

トルコを原産とするチューリップは、トルコ語で「ラーレ」というのだが、トルコの文字で並べ替えると「アラー」や滋賀県知事じゃなかった「三日月(ヒラール)」になるということで「幸せの花」として愛されているそうである。
ということで、今回はチューリップのデザインがフィーチャーされている。装身具はもちろん、盾や兜の立物、射手用指輪という兵器にまでチューリップのデザインが施されている。

トルコは陶器の表面に宝石を飾り付けることが流行っていたそうで、ルビーやエメラルド、トルコ石、サファイヤなどの宝石が鏤められた皿や茶碗などを見ることも出来る。他の宝石はそうでもないが、なぜかエメラルドには惹かれる。

日本とトルコの交流に尽力した山田寅次郎(山田宗有)の『土耳古畫觀(とるこがかん)』もページを開けた形で展示されている。トルコという国号の由来が、「オスマンの人々が七面鳥(ターキー)を好んだから」と解説されているが、これは言うまでもなく誤解である。

Dsc_7089

 

| | コメント (0)

2019年5月19日 (日)

美術回廊(30) 京都文化博物館 「美を競う 肉筆浮世絵の世界」(光ミュージアム所蔵)

2019年5月6日 京都文化博物館にて

京都文化博物館で、「美を競う 肉筆浮世絵の世界」(光ミュージアム所蔵)展を観る。飛騨髙山にある光(ひかる)ミュージアム所蔵の肉筆浮世絵を集めた展覧会。
浮世絵というと版画のイメージがあるが、当然ながら肉筆画も存在する。一点ものであるため版画に比べると数が少なく、また海外に流出する傾向が見られたため、光ミュージアムがその流れを食い止めるために多くの肉筆浮世絵を集めたようだ。

宮川長春、宮川一笑、勝川春水、司馬江漢、勝川春英、水野廬朝、藤麿、葛飾北斎、蹄斎北馬、駿斎連馬、渓斎英泉、歌川豊国、歌川国次、歌川豊広、歌川広重、鳥羽広丸、二代歌川広重、歌川国芳、月岡芳年、月岡雪鼎、三畠上龍、吉原真龍、大石真虎、周幽斎夏龍らの作品が並ぶ。これだけ肉筆浮世絵が揃うのは京都でも稀なことだと思われる。

遊女を描いた作品が多く、「遊女と禿」や桜の下の美女などの図は何人もの絵師が描いている。仏画的要素に遊女を潜り込ませた(?)絵が多いのも興味深い。今と違って聖と俗が一体まではいかないがかなり近しいものであったことを伺わせる。というよりも現代日本社会が宗教からかなり隔たった成り立ちをしているということが実感出来る。

蘭学者としても知られる司馬江漢は唐美人を描いており、描かれている人物像も当然ながら日本人とは異なるが、仄暗い印象が異彩を放っている。

有名画家としては葛飾北斎の作品がいくつか展示されているが、中でも日蓮を描いた一種の宗教画が独特の趣を持っている。

蹄斎北馬が描いた「田植え」という作品は、田植えをしている三人の早乙女の一人が、上空の燕を見つけて指さした瞬間を切り取っており、写真的な面白さがある。

 

第1章と第2章では江戸の浮世絵師の作品が並ぶが、第3章では上方そして地方の絵師の作品がまとまって展示されている。上方の絵師の描いた遊女は江戸の絵師が手がけたものに比べると臨場感や艶めかしさが欠けているというよりそうしたもの全面に出すことが重視されていないことがわかる。関東と関西のエロティシズムには違いがあるといわれているが、これは江戸時代からすでにあり、余り変わっていないようである。
大石真虎は、名古屋の浮世絵師。「遊女と禿」の絵が展示されているが、顔が白塗りではない。これが名古屋なのかどうかはわからない。
周幽斎夏龍は佐賀の浮世絵師である。「物思う女」という上半身がクローズアップされた作品が展示されているが、ほつれ毛の描き方なども江戸や上方とは異なる。

最後に、美術に造詣の深いアイドルとして知られる和田彩花が光ミュージアムを訪れた時の映像を観る。おそらく「ピーチケパーチケ」で流れていたものである。版画では出来ない技法として着物の柄の細やかさなどを挙げていたが、そうか、着物に余りが興味がないのでそれほどじっくりとは見なかった。絵を描くのが苦手ということもあり、審美眼がまだまだ備わってはいないようである。

渓斎英泉 「立ち美人」パネル

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア ウェブログ・ココログ関連 オペラ カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ トークイベント ドイツ ドキュメンタリー映画 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都四條南座 京都市交響楽団 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 動画 千葉 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 学問・資格 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 食品 飲料 香港映画