カテゴリー「京都市交響楽団」の116件の記事

2019年1月14日 (月)

コンサートの記(503) 広上淳一指揮京都市交響楽団第544回定期演奏会

2011年3月26日 京都コンサートホールにて

午後2時30分より、京都市交響楽団の第544回定期演奏会に接する。今回は東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)があったため、一時は演奏会を中止しようかと検討されたこともあったようだが、通常通り行うことで意見がまとまったようだ。

午後2時30分の開演に先立ち、今日の指揮者である広上淳一(京都市交響楽団常任指揮者)によるプレトークがある。まず、4月からのシーズンの出演者と曲目の紹介があり、それから今日の演奏曲目とソリストの話題に触れる。


今日のプログラムは、ショスタコーヴィチのバレエ組曲第1番、ブルッフのスコットランド幻想曲(ヴァイオリン独奏:シン・ヒョンス)、ヒンデミットの交響曲「画家マチス」。


ショスタコーヴィチのバレエ組曲第1番は、第二次大戦後に、ショスタコーヴィチの友人であるレヴォン・アトヴミヤンがショスタコーヴィチの「明るい小川」を題材に編んだものである。「明るい小川」はプラウダ批判(1936年)の標的となり、長い間演奏禁止になっていた曲で、それをアトヴミヤンが復活させたのだという。

引きつった笑顔のような美しさを持つ作品群で、時に哀感に満ち、時に耽美的で、時に前衛的だ。
広上と京響は、音響がお世辞にもいいとはいえない京都コンサート-ホール大ホールを響きすぎにならない程度に盛大に鳴らす。鳴らないホールだから大きな音を出すのではなく、ホールの特性を把握して逆に生かしているのである。これまでの経験が生かされていることが実感される。滑らかな弦、パワフルな管楽器、いずれも好調だ。


ブルッフのスコットランド幻想曲。幻想曲という名が付いているが実態はヴァイオリン協奏曲である。ソリストのシン・ヒョンスは1987年生まれの韓国の若手女流ヴァイオリニスト。プレトークで広上さんが紹介していたが、日本、韓国、中国問わず、東アジアの国々の演奏家は欧米に留学することが多いが、シン・ヒョンスは一貫して韓国で音楽教育を受けた珍しいヴァイオリニストとのこと。現在も韓国国立芸術大学大学院にて研鑽を積んでいるそうだ。2008年、ロン=ティボー国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門優勝。その他のコンクールではパガニーニ国際コンクールで第3位(2004年)、チャイコフスキー国際コンクールヴァイオリン部門で5位入賞(2007年)などの成績を修めている。

そのシン・ヒョンスのヴァイオリンは、音に太さがあり。独特の艶を持つ。

広上指揮の伴奏も見事。音が沸いて出る瞬間が見えるかのようだ。


シン・ヒョンスはアンコールで、京響のヴァイオリン群にピッチカートの伴奏を頼んで、パガニーニの「ヴェニスの謝肉祭変奏曲」よりを披露。この時はスコットランド幻想曲とは違い、音の太さよりも軽やかさが目立つ。曲調によってスタイルを変える器用さも持ち合わせているようだ。


ヒンデミットの交響曲「画家マチス」。マチスとは有名なアンリ・マチスではなく、16世紀に活躍したマティアス・グリューネヴァルトのこと。ドイツ農民運動にも参加したこの画家を題材に、ヒンデミットが台本と音楽を手掛けた歌劇「画家マチス」の紹介として編まれたのが今日演奏される交響曲「画家マチス」である。ヒンデミットはその作風およびユダヤ人との気兼ねのない交際(奥さんはユダヤ人である)をヒトラーに嫌われており、交響曲「画家マチス」も非難。これを受けて立ったのが、交響曲「画家マチス」の初演指揮者であったヴィルヘルム・フルトヴェングラーで、新聞に論文「ヒンデミットの場合(ヒンデミット事件)」を寄稿。これが元でドイツ楽壇は騒然となり、危機を感じたヒンデミットは亡命した。フルトヴェングラーはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とベルリン国立歌劇場の音楽監督を辞任することになるが、その後もドイツ国内に留まり、数年後にはベルリン・フィルの指揮者に戻っている。しかし、それがフルトヴェングラーがナチス寄りだとの誤解を生むことにもなった(フルトヴェングラーは一貫してナチスには否定的であり、ベルリン陥落の2ヶ月前にスイスに亡命しているが、亡命するのが遅すぎるとみなされ、戦後にナチ加担者として尋問を受けることになる。処分は2年間の演奏活動禁止であった)。

それはともかくとして、今日演奏された交響曲「画家マチス」はとにかく音が美しかった。ステージ上で楽器が鳴らしているというよりも、地の底から浮かび上がってくるかのような豊潤な音色。弦も管も絶好調で、広上の棒の通りに音楽が彩られていく様は、まるで魔法を見ているかのようだった。そしてこの曲でも京都コンサートホール大ホール自体を楽器として鳴らせることに成功する。京都コンサートホール大ホールの音響を知らない方には上手く伝わらないだろうが、京都コンサートホール大ホールを楽器として鳴らすことは、楽器を手にしたばかりの三歳児がヴァイオリンをスラスラと奏でるほど難しいことなのだ(2011年時点での音響の感想)。


終演後に、卒団するトロンボーン奏者の間憲司と、異動によって京響から外れる山岸吉和に花束が渡される。

そして、被災地の祈りを込めた、J・S・バッハの「アリア(G線上のアリア)」が演奏された。

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2019年1月12日 (土)

コンサートの記(501) 井上道義指揮 京都市交響楽団第543回定期演奏会

2011年2月13日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第543回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は元・京響音楽監督の井上道義。

オール・モーツァルト・プログラムで、歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、セレナード第10番「グラン・パルティータ」より、交響曲第41番「ジュピター」の3曲が演奏される。

今回も、舞台奥のセリを一番上まで上げてしまっているが、二段だけなので、ステージが狭くなったという感じはそれほどしない。

井上は最近、ピリオドアプローチに凝っているので、今回もピリオドで来るかと思われたが、全体的にスッキリとしたスタイルではあったものの、弦はビブラートを思い切りかけていたし、ティンパニの音も柔らかく、大時代的な演奏では全くないが、ピリオドでもなかった。配置もドイツ式の現代配置。ティンパニは「ドン・ジョヴァンニ序曲」では上手奥に、「ジュピター」では下手奥に置かれた。

今日は、井上は指揮台を用いず、全曲、ノンタクトで指揮をする。


歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲は冒頭から迫力があり、怖ろしげな雰囲気作りが上手い。主部に入ってからの活気も見事で、特に第1ヴァイオリンが美しい。バランスも見事で、「流石、井上」である。


セレナード第10番「グラン・パルティータ」は、管楽器とコントラバスのためのセレナード。今回は第1、3、6、7の4つの楽章が演奏された。演奏者は、オーボエ:高山郁子(首席)、土井恵美/ファゴット:中野陽一郎(首席)、首藤元/クラリネット:小谷口直子(首席)、筒井祥夫/バゼットホルン:鈴木祐子、玄宗哲/ホルン:垣本昌芳(首席)、小椋順二、澤嶋秀昌、中川慎一/コントラバス:星秀樹(首席客演)。

管楽器によるアンサンブルは見事で、特にステージ下手最前列に座ったオーボエ首席の高山郁子と、ステージ上手最前列に座ったクラリネット首席の小谷口直子が素晴らしい。井上の指揮は、腕をぐるぐる回して踊ったり、腹を叩いたりするユーモラスなもので、「やはり、井上」である。


メインの交響曲第41番「ジュピター」。やはり第1ヴァイオリンが美しく、一番ものをいっている。第1楽章は柔らかな迫力があり、第2楽章や第3楽章は典雅で、最終楽章は緻密なアンサンブルが見事。「これぞ、井上」である。

管楽器は世界レベルでも通用し、弦も音にもっと強さと張りと透明感があれば、世界クラスに届くのではないだろうか。いずれにせよ見事なモーツァルトであった。


演奏終了後に、井上道義が、京都市交響楽団の発展に尽力したことにより京都市功労賞を授与した旨が、事務局の方から伝えられ、コンサートマスターの渡邊穣から井上に花束が贈られる。井上は花束を客席に投げ入れる真似だけしてスピーチ。「『こうろうしょう』ということで老人の「老」の字が入るので嫌だなと思っていたら別の漢字の賞でした」と冗談を言い、「『グラン・パルティータ』の管楽器は素晴らしい。ニューヨークでもミラノでも世界中どこに行っても通用すると思います」と喋ったあとで、「ここのオーケストラ(京都市交響楽団)には広上君という指揮者がいます。ハチャメチャなイメージがありますが、彼は私より人格者です。功労賞を受けるときも『そんなものいらないなんて言っちゃ駄目だよ』とアドバイスしてくれました」と語った。最後に「私はオーケストラ・アンサンブル金沢という40人ぐらいの小さなオーケストラの指揮者をしているのですが、もっと大きなオーケストラをやりたいということで、オーケストラ・アンサンブル・金沢の定期演奏会に京都市交響楽団を呼びました。逆はまだないので、是非お願いしたいと思います」と述べた。

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2019年1月11日 (金)

コンサートの記(500) 京響クロスオーバー「バレエ×オーケストラ」New Year Gala

2019年1月6日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、京響クロスオーバー「バレエ×オーケストラ」New Year Galaに接する。指揮者は京都市交響楽団常任首席客演指揮者の下野竜也。今日のコンサートマスターは泉原隆志。少し浅めにしたオーケストラピット内での演奏である。

出演は、首藤康之(しゅとう・やすゆき)、中村恩恵(なかむら・めぐみ)、イ・ドンタク、カン・ミソン、福岡雄大(ふくおか・ゆうだい)、渡辺理恵、山井絵里奈全京都洋舞協議会メンバー。演出・振付:中村恩恵。

曲目は、第1幕が、チャイコフスキーのバレエ組曲「眠れる森の美女」よりワルツ(出演:山井絵里奈全舞踏協議会メンバー)、シベリウスの「悲しきワルツ」(福岡雄大のソロ)、プロコフィエフのバレエ「シンデレラ」第2幕より(イ・ドンタクとカン・ミソンのパ・ド・ドゥ)、シベリウスの交響詩「4つの伝説」よりトゥオネラの白鳥(首藤康之と中村恩恵のパ・ド・ドゥ)、チャイコフスキーのバレエ「眠れる森の美女」第3幕より(福岡雄大と渡辺理恵のパ・ド・ドゥ)、プロコフィエフのバレエ「シンデレラ」第1幕よりワルツ(全員)。第2幕が、ベルリオーズの幻想交響曲より第2楽章(オーケストラ演奏のみ)、マーラーの交響曲第5番より第4楽章「アダージェット」(首藤康之と中村恩恵のパ・ド・ドゥ)、マスネの「タイスの瞑想曲」(福岡雄大と渡辺理恵のパ・ド・ドゥ)、フォーレの「パヴァーヌ」(渡辺理恵のソロ)、チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」第2幕より(イ・ドンタクとカン・ミソンのパ・ド・ドゥ)、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」(全員)。


下野竜也指揮の京都市交響楽団は、華やかで分厚く、密度の濃い響きでメインホールを満たす。下野竜也、流石のオーケストラ操縦術である。京響も予想を上回る力強さだ。

新春公演ということで、華やかな演目も多いのだが、人間の根源的な孤独やすれ違いを描いたものが複数ある。

シベリウスの「悲しきワルツ」は元々は「クオレマ」という劇付随音楽の中の1曲で、病の床に伏せる若い女性が、現れた紳士の正体が死神だと気づくことなく一緒にワルツを踊るという場面の音楽である。
今回のバレエ公演では、福岡雄大のソロで、何かを求めて思索し、彷徨うも、結局どこにも辿り着けずに戸惑う男性を描いているように見える。

プロコフィエフの「シンデレラ」第2幕よりの、イ・ドンタクとカン・ミソンのパ・ド・ドゥも、踊るときは息が合っているが、去り際にはもう心が離れてしまっている男女のようで、バラバラに退場する。「タイスの瞑想曲」のパ・ド・ドゥでも同様で、ラストでは互いの姿が確認出来ないようであり、「パヴァーヌ」のソロへと続く。

マーラーの交響曲第5番より第4楽章「アダージェット」は、レナード・バーンスタインがJ・F・ケネディ大統領追悼の1曲としてこの作品を選んだことや、映画「ベニスに死す」のテーマ音楽となったことにより「死」に結びつけられることが多い。今回の公演でも、彼女を亡くした男声が、思い出の中の彼女と共に踊るも、ラストは蘇生することはないと悟って悲嘆に暮れるという筋書きになっていたようだ。かなり印象深い舞である。

最後の「美しく青きドナウ」では、白い衣装を纏ったバレリーナ達が愛らしくも幻想的な舞で魅せ、華やかに幕を下ろす。


アンコール曲目であるヨハン・シュトラウスⅡ世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」が演奏される中、カーテンコール。演奏終了後は下野竜也もステージに上がり、喝采を受けた。上質の公演である。京都市交響楽団も幸先が良い。


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2019年1月 8日 (火)

コンサートの記(498) 広上淳一指揮 「京都の秋 音楽祭開会記念コンサート」2010

2010年9月12日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサート-ホールで、京都の秋音楽祭開会記念コンサート、広上淳一指揮京都市交響楽団の演奏を聴く。


開演時、ホール内の照明が全て消され、パイプオルガンの横のボックス席に横一列に並んだ金管楽器奏者達がスポットライトを浴びて、デュカスの「ラ・ペリ」よりファンファーレを奏でて、京都の秋音楽祭が開幕。その後、門川大作京都市長の開会宣言と挨拶があった。


プログラムは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:野原みどり)とドヴォルザークの交響曲第8番。


チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のソリストである野原みどりは派手さこそないが、堅実な技術で弾き進めていく。バックの京響も冒頭で金管がやや不安定になった他は盤石の出来であった。


ドヴォルザークの交響曲第8番。密度の濃い、緊張感溢れる演奏であった。弦も管も熟した音で鳴り、広上と京響のコンビがいよいよ成熟期に入ったことが実感される。

第4楽章のラストの追い込みは実にスリリング。世界のどこに出しても恥ずかしくない演奏であったように思う。


アンコールとして、ドヴォルザークの「スラブ舞曲」より第14番が演奏された。

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コンサートの記(497) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2010

2010年7月19日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時からザ・シンフォニーホールで、京都市交響楽団の大阪特別公演を聴く。指揮は常任指揮者の広上淳一。

前半は京響の7月定期と同じで、シベリウスの交響詩「フィンランディア」とグリーグのピアノ協奏曲イ短調(ピアノ独奏:アリス=紗良・オット)。

メインはシベリウスの交響曲第2番である。


前半は、一昨日聴いた印象とほとんど変わらないが、やはりザ・シンフォニーホールで聴くと音が良い。
一昨日は赤いドレスで登場したアリス=紗良・オットは、今日は緑のドレスを纏っていた。アンコールとして、ショパンの夜想曲第20番とリストの「ラ・カンパネラ」を弾く。


シベリウスの交響曲第2番。広上指揮のこの曲は京都市ジュニアオーケストラの演奏で聴いているが、やはり京都市交響楽団の方が何といってもオーケストラの質が格段に良い。シベリウス的な演奏ではないかも知れないが、力強く、輝かしい演奏が展開されていた。

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2019年1月 7日 (月)

コンサートの記(496) 広上淳一指揮京都市交響楽団第537回定期演奏会

2010年7月17日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第537回定期演奏会に接する。今日の指揮は常任指揮者の広上淳一。

曲目は、シベリウスの交響詩「フィンランディア」、グリーグのピアノ協奏曲イ短調(ピアノ独奏:アリス=紗良・オット)、レナード・バーンスタインの交響曲第1番「エレミア」(ソプラノ独唱:富岡明子)。

「フィンランディア」は京響のブラスの強さが生きた好演であった。

グリーグのピアノ協奏曲イ短調。ソリストのアリス=紗良・オットのピアノは清冽でテクニックも申し分ない。広上指揮の京響も清々しい演奏を示した。

レナード・バーンスタインの交響曲第1番「エレミア」。滅多に演奏されない曲だが、今年はバーンスタイン没後20年ということもあってか取り上げられた。バーンスタイン指揮の自作自演盤でも聴いているが、こうして実演で聴くと、CDで聴いた以上に優れた作品に聞こえる。富岡明子のソプラノも声量豊かで優れた演奏であった。今日のような演奏が各所で行われるのなら、今後この曲が演奏会の定番になる日もいつの日か来るのではないだろうか。

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コンサートの記(495) 井上道義指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2010「吹奏楽VSオーケストラ」

2010年6月13日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団「オーケストラ・ディスカバリー ~こどものためのオーケストラ入門」というコンサートに接する。基本的には子供のためのコンサートであるが、指揮が井上道義であり、プログラムが魅力的なので聴きに来てみた。

そのプログラムは、ジョン・ウィリアムズの「オリンピック・ファンファーレ」、スーザの「星条旗よ永遠なれ」、リードの「アルメニアン・ダンス パートⅠ」(吹奏楽)、ショスタコーヴィチの「祝典序曲」の吹奏楽版とオーケストラ版、モーツァルトのセレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」よりから第3楽章と第1楽章、レスピーギの交響詩「ローマの松」というもの。


「吹奏楽VSオーケストラ」がテーマの演奏会であり、京都市交響楽団のほかに、京都市ジュニアオーケストラの選抜メンバーと京都府吹奏楽連盟高校生選抜メンバーが参加する。ナビゲーターはロザン。

時折、おふざけも交えながら、井上はオーケストラから華麗なサウンドを引き出す。ちなみに井上は「吹奏楽は好きではない」そうで、オーケストラの弦楽器は人間に例えると背骨に当たり、管楽器は顔や服装に該当する。吹奏楽だと背骨がないような気がするのだそうだ。

モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」では、弦楽の各パート毎に演奏させたり、管楽器でのアンサンブルを行ったりとレクチャーコンサート的な一面も見せた。

レスピーギの「ローマの松」は京都市ジュニアオーケストラの選抜メンバーを交えての演奏。だからかどうか、演奏は一定水準に達していたが、ホルンが弱かったり、普段の京響の演奏に比べると音の彩りは幾分減退気味であった。「ローマの松」ではバンダをどこに配するかも興味を引かれるところだが、普通にパイプオルガンの前に横一列になって吹いていた。視覚的な面白さがもっと欲しくなる。

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2019年1月 5日 (土)

コンサートの記(494) 「京都市交響楽団 at 円山公園音楽堂!」

2010年6月6日 円山公園音楽堂にて

円山公園野外音楽堂で京都市交響楽団が演奏する、「京都市交響楽団 at 円山公園音楽堂!」という音楽会に接する。指揮は京都市交響楽団常任指揮者の広上淳一。司会はαステーションのDJである秋田美幸。午後3時開演。

午後1時40分頃に円山公園音楽堂に着くと京響がリハーサルしている音が聞こえた。

欧米では盛んである野外でのピクニックコンサート。京都市交響楽団も今年から野外でのコンサートを始めた(結果的のこの1回のみであった)。会場となる円山公園音楽堂は3000人収容の野外音楽堂。1956年、京響の第1回定期演奏会が開かれた場所でもある。

曲目は、レナード・バーンスタインの「キャンディード」序曲、ルロイ・アンダーソンの「舞踏会の美女」、「タイプライター」、「トランペット吹きの休日」、ハイマンの「ポップスホウダウン」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」とポルカ「雷鳴と電光」、ヴェルディの「アイーダ」凱旋行進曲」、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲。

ウグイスや烏が鳴き、蝶々が舞う野外音楽堂でのコンサート。揃いのTシャツで登場した京響のメンバーもリラックスしたムードで楽しい演奏を繰り広げる。コンサート会場で接したなら緊張感に不満があるかも知れないが、そこは野外でのピクニックコンサート、そうしたちょっとした緩さも爽快さに繋がって良い気分である。

ちなみに指揮の広上淳一は雨男だそうだが、幸い、天候にも恵まれた。

アンコールとして、「宇宙戦艦ヤマト」が演奏されたのも野外コンサートならではの楽しいセレクトであった。

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2018年12月30日 (日)

コンサートの記(487) 下野竜也指揮 京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」2018

2018年12月27日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任首席客演指揮者の下野竜也。

シェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」(語り:宮本益光)との組み合わせである。ホワイエには、曲間の拍手を控えるよう、張り紙がしてある。

独唱は、吉原圭子(ソプラノ)、小林由佳(メゾソプラノ)、小原啓楼(テノール)、宮本益光(バリトン)。合唱は、京響コーラス。

今日のコンサートマスターは、客演の西江辰郎(新日本フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター)。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。
第2ヴァイオリンの客演首席には瀧村依里が入る。


「ワルシャワの生き残り」が上演されるということで、ポディウムの左右端には日本語字幕表示装置が据えられている。


「ワルシャワの生き残り」は、アーノルト・シェーンベルクのアメリカ時代の作品である。ユダヤ人であったシェーンベルクは、ナチス・ドイツの台頭により、プロイセン芸術アカデミー教授の座を追われ、アメリカへと亡命することになったのだが、その後のナチスの動向は把握出来ず、戦後になってからユダヤ人虐殺の実態を知ることになる。ワルシャワのゲットーから生還し、アメリカに渡った男性の体験談を聞いたシェーンベルクは、ワルシャワでの話を英語のテキストとして、語りと男声合唱のための曲として発表。これが「ワルシャワの生き残り」である。

ワルシャワのゲットーで意識を失ったユダヤ人の男は、朧気な意識の中で軍曹の罵声や殺害命令を聞くことになる。

鮮烈な響きによる音像が上手く纏められているのが下野らしい。宮本による語りもドラマティックだ。ガス室に送られていくユダヤ人達の合唱を担う京響コーラス男声合唱も迫力ある声を発する。


ほぼ間を開けずに、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」に突入。速めのテンポでスタート。一貫してテンポは速く、部分によっては特快となる。指揮者のプロポーションとは対照的な(?)スマートでアポロ芸術的な第九である。

第2楽章のラストを羽根のようにふわっと柔らかくするのは、広上と広上の弟子達の特徴であり、下野もそれを踏襲する。

例えるならパールのような、乳白色の優しい輝きを持つ音色も特徴。純度も高く、ティンパニの強打も特徴だが、それをも包み込むような柔らかさがある。癒やし系の第九というべきか。

「歓喜の歌」も速め。登場の拍手が起こらないよう、独唱者達はオーケストラが奏でる歓喜の主題が第2ヴァイオリンに移る頃に、舞台上手奥側からおもむろに現れる。

「ワルシャワの生き残り」と繋げることで、殺した側と殺された側とに引き裂かれた(テキストを引用すると「世の流れに厳しく分けられていた」)人類の和解と救済の「歓喜の歌」となった。


清々しい気分で、京都コンサートホールを後にする。



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2018年12月29日 (土)

コンサートの記(485) 秋山和慶指揮 京都市交響楽団第534回定期演奏会

2010年4月18日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第534回定期演奏会を聴く。今日の指揮は秋山和慶。

曲目は、ストラヴィンスキーの幻想曲「花火」、カバレフスキーの交響曲第4番、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」というオールロシアものである。


ストラヴィンスキーの幻想曲「花火」。浮遊感と色彩感のあるオーケストレーションを特徴とする小品だが、秋山はこれを彩り豊かに再現する。秋山は主に北米大陸でキャリアを築いてきた指揮者だが、その影響があるのか、管の華やかな響かせ方などはアメリカのオーケストラ的な処理である。


カバレフスキーというと、組曲「道化師」よりの“ギャロップ”が運動会の音楽の定番になっていることからもわかるように、平易な作風で知られるが、今日演奏された交響曲第4番も旋律が明確で、曲調が把握しやすい。カバレフスキーの音楽には彼がソビエトの体制派の作曲家であったことと無縁ではなかったという背景があるのだが、それは置いておいてもわかりやすさを主眼とした作品であることは明らかだ。ただ、そのわかりやすさが音楽の面白さに繋がっているかというと正直微妙であるように感じされる。


メインであるムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」。予想通り安定感のある演奏であった。秋山は、他の指揮ならテンポを上げて盛り上げるであろうところでもしっかりと足をつけた着実な音運びを続ける。“ブィドロ”では遅いテンポでじっくりと攻め、“キエフの大門”も徒にスケールを拡げない渋いものであった。

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