カテゴリー「京都市交響楽団」の43件の記事

2017年12月11日 (月)

コンサートの記(330) 宮川彬良指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017「魔法のオーケストラ」第3回“歌うメロディ”

2017年11月12日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017 「魔法のオーケストラ」第3回“歌うメロディ”を聴く。今日の指揮者は作曲家でもある宮川彬良。宮川は、ピアノ、ピアニカ(鍵盤ハーモニカ)、アコーディオンも演奏する。ナビゲーターはガレッジセールの二人。

曲目は、シャーマン兄弟のシンフォニック!「メリー・ポピンズ」、ロジャースの「シャル・ウィ・ダンス?」、ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」、ヘンリー・マンシーニの「ハタリ!」より“仔象の行進”、いずみたく作曲の「見上げてごらん夜の星を」、モーツァルト作曲・宮川彬良編曲の「アイネ・クライネ・タンゴ・ムジーク」、ベートーヴェン作曲・宮川彬良編曲のソナタ№14「月光」、宮川彬良が編んだ「オーケストラの為のソドレミ・メドレー」(初演)、チャーチル作曲のファンタジック!「白雪姫」
今日はポップスオーケストラのようなプログラムである。

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。第2ヴァイオリン首席は今日も客演で、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団コンサートミストレスの赤松由夏が務める。


宮川彬良は、スカーレットのベストで登場。手首から先を動かす振り幅の小さい指揮である。たまにおどけた仕草を見せる。
お姉口調で有名な宮川だが、「メリー・ポピンズ」を演奏し終えてから1階席の方に向き直り、マイクを手にして意図的にねっとりとした口調で「みなすぁまぁ」と言って笑いを取る。

ナビゲーターのガレッジセールが登場。川田が「表情がユニークですね!」と言う。ゴリが「僕らモニターで見てたんですけど、楽しくて早く(ステージに)出たくなった」と続ける。
ガレッジセールの二人がポディウム席(今日は自由席)の人たちに「面白い顔見た人」と聞き、大勢が手を挙げた。
宮川は、「今日は、ガレッジセールのお二人に、作曲が出来るようになったかのような体験をしていただきます。更にヒット曲の作り方などもお教えします」と言う。ガレッジセールの二人は「夢の印税生活」と嬉しそうに顔を見合わせるも宮川は「そう上手くはいかないんですけどね」

開演8分ほど前に、京響ステージマネージャーの日高さんが、指揮台の横にフリップを仕込むのを見たのだが、ここでフリップを使う。フリップには「半音の誘惑」と書かれている。半音には誘惑の要素があるということで、宮川がピアノでウエーバーの「舞踏への勧誘」を弾きながら「誘惑、誘惑」と歌いつつ顔芸をする。ゴリが「宮川さん、顔面白すぎ。宮川さん見ちゃう」と言う。
半音を誘惑に使った例として、宮川はフルートにベートーヴェンの「エリーゼのために」を演奏して貰い、続いてトランペットに山口百恵の「ひと夏の経験」を吹いて貰う。そして「人間だけじゃないのよ」ということで、「JAWS」のテーマも演奏させた。

「シャル・ウィ・ダンス?」は、「舞踏への勧誘」、ジャズナンバーの「レッツ・ダンス」、「マイ・フェア・レディー」より「踊り明かそう」を加えた編曲である。

「シェルブールの雨傘」。分散和音をなぞる形でメロディーが紡がれている作品である。分散和音で作られた曲は売れるのが長い、つまりロングセラーになりやすいと宮川は解説する。宮川は「分散和音がキャッチー」と書かれたフリップを四方の客席に見せて回り、がレッジセールの二人から口々に、「もう芸人に見えてきた」、「R-1に出てそう」と言われる。
演奏終了後、ゴリは「シェルブールの雨傘」の感動のラストシーンのことを語り、宮川と二人で夢中になる。
「仔象の行進」。宮川はピアノを弾きながら、意図的に間違えたような音を奏でることでショックを与えるという解説を行った後で、既成の楽器では理想とする音が出ないので、コカコーラの瓶を吹いて音を出したというパートのある曲だと紹介。今日は、特別にコカコーラの瓶を吹いて活躍するザ・ボトラーズに来て貰ったと宮川が説明する。
ザ・ボトラーズの二人が登場。男女のコンビで、男の方はサングラスを、女の方はドミノマスクをつけている。ゴリが「トランペットの早坂さんと稲垣さんのお二人じゃないですよね?」と聞き、宮川は「の、ようなものです」と答える。瓶にはコーラが入っていて、量でチューニングをするようである。女性の方がチューニングを始める時に宮川は「じゃ、稲垣さん、あ、ザ・ボトラーズ……」と言って、ゴリに「稲垣さんって言っちゃったじゃない」と突っ込まれていた。
演奏であるが、コーラのボトルを何本も使うため、かなり忙しそうである。

「見上げてごらん空の星を」。宮川とゴリが指揮台の上に座ってだべるような形で解説。宮川は「距離と角度」と書かれたフリップを出して、「見上げてごらん」のメロディーが飛躍するということを話す。
「見上げてごらん夜の星を」であるが、ジョン・ウィリアムズの「E.T.」や、「ピノキオ」の「星に願いを」のメロディーを加えたファンタジックなものになっていた。


後半。宮川はベストを青色のものに変えて登場する。
「アイネ・クライネ・タンゴ・ムジーク」。モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」にタンゴの要素を加えて編曲したものである。いうほどタンゴタンゴしてはいない。

ソナタ№14「月光」。分散和音が続く曲として宮川が紹介する。宮川がピアノ独奏を行い、それを管弦楽が彩っていくというバージョン。宮川はこの編曲ではそれほど自分の色を出していない。

「オーケストラの為のソドレミ・メドレー」。書き上げたばかりの曲で今日が初演である。クラシックに限らず、ヒットした曲は「ソドレミ」で始まる曲が多い、ということで、「高校三年生」や「蠍座の女」を宮川は例としてピアノで弾いた。
演奏されるのは全部で27曲。「千の風になって」「この道」「五木の子守唄」「ピクニック」「白鳥の湖」「ユー・アー・マイ・サンシャイン」「モルダウ」「ドナドナ」「峠の我が家」「山の音楽家」「ツィゴイネルワイゼン」「メリー・ウィドウ」「ハバネラ」「七夕さま」「しゃぼん玉」「赤とんぼ」「浦島太郎」「ドラゴンクエスト」「サザエさん」「日立の樹」「松竹梅」「哀しみのソレアード」「さようならみなさま」「地上の星」「世界に一つだけの花」「もみの木」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
京響ファゴット奏者の村中宏がフリップめくり係をユーモラスに務めた。
宮川は、「私の父親も作曲家だったのですが(「宇宙戦艦ヤマト」などでお馴染みの宮川泰)、口癖でよく「メロディーがもうなくなった」と言っておりました。ただ私はソドレミでこれだけ多様な表現が出来るのだから、そうではないんじゃないか」と作曲の可能性について言及する。ピアノを弾きながら、「音はただの音でしょう。こっちもただの音でしょう。でも音と音とを繋ぐとメロディーになる。繋ぐのは、それは愛でしょう?」

ラストのファンタジック!「白雪姫」。愛らしい演奏となった。

京響は透明感溢れる音を生かした好演を展開。音の通りが良く、チャーミングな表情を生み出している。

ゴリが、「今日のこれで、宮川さんに憧れて作曲家になりたい!と思う人が出てくるかも知れませんね」と言うが、宮川は、「責任は持てません」と答えていた。


アンコールとして宮川彬良の作品が2曲、「風のオリヴァストロ」と朝の連続テレビ小説「ひよっこ」より“がんばっぺ みね子”が演奏される。いずれもメロディアスで美しい曲であった。

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2017年12月 9日 (土)

コンサートの記(329) 下野竜也指揮京都市交響楽団第618回定期演奏会

2017年11月26日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第618回定期演奏会を聴く。この公演をもって「京都の秋音楽祭」2017は終了する。今日の指揮は京都市交響楽団常任首席客演指揮者の下野竜也。

曲目は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ独奏:アンナ・フェドロヴァ)とジョン・アダムズの「ハルモニーレーレ」

京都市交響楽団のTwitterの載せられた映像で、「チケットが売れていません。買って下さい」と語っていた下野は、プレトークでもまずそのことに触れ、「空席が目立ちますが、空席以外は満席ということで」と吉本芸人のようなことを言う。ただ今日は当日券売り場に長蛇の列が出来ていたため、開演前にはなかなかの入りとなった。定期演奏会は昨日もあったため、あるいは評判を聞いて駆けつけた人がいたのかも知れない。
下野はプレトークでは調性について語り、調性が持つ色彩感についても述べていた。「ピアノを弾こうかと思ったのですが、上手く弾けないので」とピアノを弾きながらの解説を行うことはなかった(下野は音楽一家に育ったわけでもなく、子供の頃からピアノを習うということもなかったため、他の指揮者のようにピアノが抜群というわけではない)。
ジョン・アダムズの作品については、「100年後にはベートーヴェンの「皇帝」のようなお馴染みの作品になっているかも知れない」と語り、初演ではないが初演に立ち会うような、同時性を感じられる面白さについても述べていた。


今日のコンサートマスターは客演の西江辰郎、フォアシュピーラーは泉原隆志。第2ヴァイオリン首席は今日も客演で、直江智沙子が入る。管楽器は、オーボエの髙山郁子とクラリネットの小谷口直子が全編に出演。他のパートの首席は「ハルモニーレーレ」のみの出演である。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。
ピアノ独奏のアンナ・フェドロヴァはウクライナ出身の若手ピアニスト。キエフ音楽院、イタリアのイモラ国際アカデミー、ロンドンの王立音楽院に学び、2009年のルービンシュタイン記念国際ピアノコンクールで優勝。その他のコンクールでも優勝や入賞歴があるという。

フェドロヴァのピアノは、音の粒立ちが良く、透明感がある。メカニックは高度なのだが、バリバリ弾くというよりも適切なタイミングで適切な鍵盤の上に指を置いていくというスタイルであり、押しつけがましさのないしなやかな演奏を展開する。

下野指揮の京都市交響楽団は、下野の体型とは正反対の(?)引き締まったフォルムで、バネのある力強い伴奏を行った。ティンパニが硬めの音を出していたが、それ以外は完全にモダンスタイルの演奏である。

アンコールとしてフェドロヴァはショパンの「子犬のワルツ」を演奏。涼しげな演奏であった。


後半、ジョン・アダムズの「ハルモニーレーレ」。
ジョン・アダムズは、1947年生まれのアメリカの作曲家。ハーバード大学音楽学部で作曲を学び、大学卒業後はサンフランシスコに移住し、同地の音楽院で作曲などを教えながら作曲と指揮活動を行っている。反復を特徴とするポスト・ミニマルの代表的な作曲家であり、「中国のニクソン」や「ドクター・アトミック」など社会的な題材によるオペラの作曲家としても知られている。管弦楽曲作品としては、「ショート・ライド・イン・ア・ファースト・マシーン」が比較的有名である。 
「ハルモニーレーレ」は、1984年から1985年に掛けて書かれた作品で、下野のプレトークによると、「約20年前に、約ですよ(正確には1986年)。に、サントリーホールで、ケント・ナガノ指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団によって」日本初演が行われ、その後、日本では演奏される機会がなかったのだが、2年前に下野が東京で同曲を取り上げ、この京都での演奏が日本で3度目の上演になるという。

3つのパートからなる曲で、パート1はタイトルなし、パート2のタイトルは「アンフォルタスの傷」、パート3が「マイスター・エックハルトとクエッキー」である。
大編成での演奏であり、ステージ上にオーケストラ奏者が所狭しと並ぶ。ティンパニ以外の打楽器奏者は複数の楽器を掛け持ちするため打楽器の数も多く、テューバは珍しく2管編成。ピアノにチェレスタという鍵盤楽器も加わる。

ミニマル・ミュージックということで、同じパートの繰り返しが音の波が押し寄せる様に聞こえたり、心地のよいリズム感を生んだりする。
パート1ではジョン・ウィリアムズの映画音楽のように聞こえる部分があったり、パート2はホルストの組曲「惑星」の「天王星」を連想する曲想だったりと、宇宙的な拡がりを感じさせる作品である。
パート3「マイスター・エックハルトとクエッキー」は、強烈なリズムの反復によってスケールがどんどん拡がっていき、熱狂のうちに「皇帝」と同じ変ホ長調で曲は閉じられる。

楽しい現代音楽であり、演奏終了後、客席は大いに沸いた。


終演後のレセプションに参加し、下野とフェドロヴァの挨拶を聞いて帰る。下野は「ハルモニーレーレ」について、「初めて聴いた時は大きなプラネタリウムの中にいるような感じがした」と述べ、「来年のプログラムが近く発表になると思いますが、来年も『下野の奴、またこんな曲取り上げやがって』と言われるような曲をやることを予告しておきます」と語った。
フェドロヴァは下野のことを、「ファンタスティック・マエストロ」と呼び、「大きなオーケストラとやったけれど、まるで室内楽の演奏をしているかのようだった」と感想を述べ、また京都コンサートホールの音響を素晴らしいと評していた。

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2017年11月21日 (火)

コンサートの記(325) 「京都市交響楽団 meets 珠玉の東アジア」

2017年11月5日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、「京都市交響楽団 meets 珠玉の東アジア」を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。
日中韓3カ国の楽曲と出演者による音楽の祭典。


曲目は、第1部が、チェ・ソンファンの管弦楽曲「アリラン」、リュー・ツェシャン&マオ・ユァンの「瑶族舞曲」、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」、第2部がビゼーの歌劇「カルメン」(ハイライト)。

今日のコンサートマスターは渡邊穣、フォアシュピーラーに片山千津子。ドイツ式の現代配置だが、今日は下手に打楽器が並ぶため、ホルンは下手ではなく上手奥に陣取る。「カルメン」の演奏会形式上演があり、歌手が出入りするため、すり鉢式のステージは用いず、弦は平土間の上での演奏である。
P席は第2部で合唱(京響コーラス)が用いるため、今日は販売されていない。


チェ・ソンファンの管弦楽曲「アリラン」。
チェ・ソンファンは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の作曲家。管弦楽曲「アリラン」は朝鮮半島を代表する民謡をチェ・ソンファンが1976年にアレンジしたもの。現在では韓国と北朝鮮の両国で盛んに演奏されている。
広上指揮の京響は透明感のある音でムクゲの香りが会場を満たすかのような典雅な演奏を繰り広げる。


リュー・ツェシャンとマオ・ユァンの「瑶族舞曲」。中国南部の少数民族・瑶族(ヤオ族)の民謡を基にリュー・ツェシャンとマオ・ユァンが二人で作曲したものである。ヴァイオリンが二胡を模したレガート奏法を行うなど、中華的な色彩に富んだ楽曲である。
広上は音のパーツパーツを絶妙のタイミングで組み込んでいく。キビキビとした音運びと滑らかな歌も印象的である。


外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」。広上は冒頭をきっちりと三つに振る。今日はすり鉢状のステージを採用していないということもあり、低弦が弱めで音の重心も高いが、アンサンブルの精度は高く、リズム感も万全である。土俗感と叙情味の表出も上手い。


第2部。ビゼーの歌劇「カルメン」(ハイライト)。
上演曲は、第1幕より子どもたちの合唱、「前奏曲」、第1幕より「ハバネラ」、第1幕より「セギディーリャ」、第2幕より「ジプシー・ソング」、第2幕より「闘牛士の歌」、第2幕より「花の歌」、第3幕より「カルタの三重唱」、第4幕より「合唱行進曲」、第4幕よりフィナーレ。
出演は、池田香織(カルメン。メゾ・ソプラノ)、ユン・ビョンギル(ドン・ホセ。テノール)、ジョン・ハオ(エスカミーリョ。バス)、チョン・ヨンオギ(フラスキータ。ソプラノ)、谷口睦美(メルセデス。メゾ・ソプラノ)
宮本益光が構成とナレーションを手掛ける。

今回は、「カルメン」の原作であるメリメの小説を基に再構成したテキストを宮本益光が読み上げることで物語が進行していく。ちなみに、メリメの「カルメン」と歌劇「カルメン」とでは大きく設定が異なる場面があるため、辻褄が合わなくなっている部分もある(原作ではカルメンは山奥で殺害されるため、今日読み上げられたテキストにあった「そしてホセはカルメンの亡骸を誰の目にも触れないところまで運び、埋めた」で良いのだが、オペラではカルメンは闘牛場の前、つまり街中で殺されるため、誰の目にも触れないところまで運んで埋めるのは不可能である)。

まず京都市少年合唱団のメンバーが現れ、横一列に並んで合唱を歌う。当初ではハイライト上演では子どもたちの場面はカットする方向でプランが進んでいたのだが、せっかく良い少年合唱団がいるのに使わないのは勿体ない、折角だから第1曲で、ということで一番最初に子どもたちの合唱が来たようだ。

宮本益光が、メリメの小説「カルメン」の冒頭を読み上げて本編(でいいのかな?)スタート。歌手達はドレスアップして登場し、演技も行う。一部では客席の通路も用いられた。

広上は、ジプシー・ソングの終盤で加速し、興奮を誘う。また「闘牛士の歌」では冒頭を思いっきりためて歌い、演劇的な感興を生み出していた。

歌手達も声の通りが良く、優れた歌唱を聴かせる。エスカミーリョ役のジョン・ハオだけはステージに馴染んでいない気がしたが、歌い慣れていないのかも知れない。

宮本益光は抑えた調子でナレーションを行い、効果的であった。

P席に並んだ京響コーラスも威力抜群の歌唱を聴かせる(P席に合唱が陣取ると、音響的にソリストの歌がかき消されそうになるようである)。

広上指揮の京響はフランス的な濃厚な色彩を発揮。見事であった。

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2017年9月25日 (月)

コンサートの記(319) 広上淳一指揮京都市交響楽団 「第21回京都の秋音楽祭開会記念コンサート」2017

2017年9月17日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで「第21回京都の秋音楽祭開会記念コンサート」を聴く。広上淳一指揮京都市交響楽団による演奏。
天候不良の場合は公演中止もあり得るということだったが、台風もまだ遠いということでGOサインが出た。なお、京都コンサートホールは今月の頭からTwitterとFacebookを始めており、公演決行はTwitterで確認することが出来た。

曲目は、すぎやまこういちの序奏MIYAKO、ショパンのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:ルーカス・ゲニューシャス)、ラフマニノフの交響曲第2番。
広上淳一と京都市交響楽団は2015年にサントリー音楽賞を受賞しており、明日はサントリーホールで受賞記念コンサートを行う予定である。


演奏開始前に門川大作京都市長による京都の秋音楽祭の開会宣言がある。門川市長は文化庁の京都移転に触れ、サントリー音楽賞については、「明日、京響は台風と共に東京・サントリーホールに向かいます」と冗談も言っていた。


客演コンサートミストレスとして会田莉凡(あいだ・りぼん)を起用。フォアシュピーラーは泉原隆志。


すぎやまこういちの序奏MIYAKOはいかにもすぎやまこういちらしい明快な調性音楽である。途中、スネアが雅楽のリズム(「越天楽」がモチーフのようだ)を奏でるのも楽しい。


ショパンのピアノ協奏曲第2番。ソリストのルーカス・ゲニューシャスは、1990年モスクワ生まれの若手ピアニスト。祖母はモスクワ音楽院の高名な教育者であったヴェーラ・ゴルノスターエワで、ゲニューシャスは幼少時から祖母についてピアノを習う。ジーナ・バッカウアー国際コンクールで優勝後、ショパン国際コンクールとチャイコフスキー国際コンクールで共に2位に入って頭角を表している。
ゲニューシャスはプロフィール写真とは違うひげもじゃ姿で登場。かなり大柄なピアニストである。

ゲニューシャスのピアノであるが、硬質にしてリリカル。美音家である。音の粒立ちを優先させた演奏で、若き日のショパンのメランコリーは余り感じられないが、甘美で冴えたピアノを奏でた。
ショパンのピアノ協奏曲の伴奏は、彼が管弦楽法を習熟していなかったということもあり、「響かない」というのが定評であるが、広上指揮の京響はそれでも立派な響きを生み出していた。

ゲニューシャスのアンコール演奏は、デジャトニコフの「エコーズ フロム ザ・シアター」より「Chase Rondo」。マジカルな曲であり演奏であった。


メインのラフマニノフの交響曲第2番。極めてハイレベルな演奏であった。
音の密度が濃く、渋さ、甘美さ、輝き、ボリュームどれをとっても最高レベルである。あたかも10年以上前に同じ京都コンサートホールで聴いたロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏を聴いているかのような気分にさせられる。
広上の神経は細部まで行き渡っており、あるべき場所にあるべき音が理想的な形でしっかりと填まっていく。見事というほかない。
推進力抜群で、京響の楽団員も乗りに乗っており、威力も十分。広上の音のデザイン力も卓越している。
広上と京響の9年の歴史の中で「ベスト」と呼べる出来となった。実演で聴いたラフマニノフの交響曲第2番の中でも間違いなくナンバーワンである。


拍手はなかなか鳴り止まず、最後は広上が客席に向かって、「アンコールありませんので」と言ってお開きとなった。

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2017年9月12日 (火)

コンサートの記(317) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第616回定期演奏会

2017年9月3日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第616回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はアメリカ出身のジョン・アクセルロッド。

京響の他にもNHK交響楽団などに客演しているジョン・アクセルロッド。ハーバード大学音楽学部で指揮をレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事し、現在はスペイン王立セビリア交響楽団音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団の首席客演指揮者を務めている。


曲目は、武満徹の「死と再生」(映画「黒い雨」より)、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」、ベルリオーズの幻想交響曲。

プレトークでアクセルロッドは今日のプログラムが「死とその後」というテーマに基づくことを解説する。死を描いた作曲家としてアクセルロッドは他に、マーラー、ショスタコーヴィチ、サミュエル・バーバーを挙げる。3人ともアクセルロッドの師であるレナード・バーンスタインが得意としていた作曲家だ。


今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーは渡邊穣で、久しぶりに京響のコンサートマスター二人が揃う。チェロの客演首席としてNHK交響楽団首席チェロ奏者の「藤森大統領」こと藤森亮一が入る。


アクセルロッドは、武満とシュトラウスでは老眼鏡を掛けてスコアをめくりながらの指揮であったが、幻想交響曲では眼鏡なしで暗譜で指揮。譜面台も取り払われていた。


武満徹の「死と再生」(映画黒い雨」より)。京響の弦がいつもより洗練度が乏しく聞こえ、武満作品に十分な繊細がないようにも思えたが、今日も私はポディウム席で聴いており、弦楽群と距離があったためにそう感じられただけかも知れない。
アクセルロッドの指揮は細部を丁寧に重ねていくもので、構造をきちんと明らかにするものだったが、日本人演奏家による武満と比べるとタメの作り方に違いが見られた。スラスラ進みすぎてしまうように感じられた場面もあり。


リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」。京響は弦も管も輝かしい音を出し、ボリュームも十分で好演となる。
アクセルロッドの指揮棒も巧みであり、途中、「見通しが悪いな」「雑然としてるな」と感じさせるところもあったが、中盤からは彼岸を見つめるようなたおやかな音色による音楽で語りかけ、陶然とした雰囲気を作り出す。


ベルリオーズの幻想交響曲。第2楽章にコルネットを入れた版での演奏である(コルネット独奏:ハラルド・ナエス)。
アクセルロッドの息が多少気になるが、冒頭から色彩豊かな音色を京響から引き出す。アクセルロッドは京都コンサートホールの長い残響を意識しているようで、パウゼを長めに取る。
迫力、色彩感、パースペクティブ、どれを取っても及第点だが、第5楽章に下手で打ち鳴らされる鐘はいくらなんでも音が大きすぎる。またラストに向かってはおどろおどろしさを協調したためかテンポが重々しく、エスプリに関してはクルトワ、ゴーロワの両方で欠けていたように思う。

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2017年8月18日 (金)

コンサートの記(315) 川瀬賢太郎指揮 京都市交響楽団第615回定期演奏会

2017年8月13日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第615回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は若手の川瀬賢太郎。京都市交響楽団とは何度か共演しているが、定期演奏会への登場は初めてである。

ヴェルディの「レクイエム」1曲勝負。京都市交響楽団は8月の定期演奏会は宗教曲を演奏するのが恒例である。合唱は京響コーラス。独唱は、小川里美(ソプラノ)、福原寿美枝(メゾソプラノ)、藤田卓也(テノール)、妻屋秀和(バス)

京響は昨年7月にもロームシアター京都メインホールで、西本智実指揮によるヴェルディの「レクイエム」を演奏しているが、残響豊かな京都コンサートホールでの演奏の方がやはり聴きやすい。


開演20分前から、指揮者の川瀬賢太郎によるプレトーク。川瀬は京響首席打楽器奏者である中山航介と共に登場。二人は私立八王子高校芸術コースの同級生だそうである。川瀬は常任指揮者を務めている神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会でもプレトークを行っているのだが、「一人では心細い」と思い、「京響の常任指揮者で私の師でもある広上淳一先生が複数でプレトークを行っていると小耳に挟みまして」ということで中山を連れてプレトークを行うことにしたと語る。
川瀬は、ヴェルディの「レクイエム」について、「弱音の指定が細かい。ピアニシモシモシモシモぐらいの指定がある」、「オペラの作曲家なので、音の響いていないところが雄弁」と述べる。
中山は川瀬について、「こいつ、こっち(ティンパニの方)見ないんですよ。信用してるからだと思うんですけど」、「目が合わないと思っていたら、リハーサルが終わってから『あそこのところだけどさあ』と言われて、『ああ、ちゃんと聴いてるんだ』とわかった」と語った。


今日はポディウム席の5列目の席で、「いつもよりステージから遠いなあ」と思ったが、今日はポディウムは1列目と2列目は販売しておらず、3列目からの使用であった。別にチケットが売れるのが早かったから後ろの席になったのではなかったことがわかった。


今日のコンサートマスターは客演の石田泰尚(いしだ・やすなお)。渡邊穣は降り番で、フォアシュピーラは泉原隆志。第2ヴァイオリンの首席も客演の西尾恵子が入る。独唱者はステージ前方ではなく、オーケストラと合唱の間に立つ。


京響の弦は輝かしく、金管も力強い。川瀬はジャンプを立て続けに繰り出すなど若々しい指揮であり、「怒りの日」などは打楽器を強調して大迫力の演奏を行ったが、低弦を強調しないタイプであるためか、音の重心が高く聞こえ、好き嫌いが分かれるかも知れない。「怒りの日」のトランペットのバンダは3階席のステージから遠い場所で吹かれた。
京響コーラスは充実。厚みもあり、見事な合唱を聴かせていた。独唱者の歌唱も優れていた。

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2017年7月29日 (土)

コンサートの記(313) 広上淳一指揮京都市交響楽団第614回定期演奏会

2017年7月15日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第614回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

チラシなどには「広上淳一のブラームス讃 第1弾」と銘打たれたコンサート。曲目は、ブラームスの大学祝典序曲、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ピンカス・ズーカーマン)、ブラームスの交響曲第3番。


開演20分前からプレトークがある。お昼の公演なのだが、広上淳一は「こんばんはー」と言ってステージに登場。京都市交響楽団第2ヴァイオリン奏者の後藤良平と京都市交響楽団シニアマネージャー兼チーフマネージャーの柴田智靖も広上に続いて現れる。

まずベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のソリストを務めるピンカス・ズーカーマンの話。後藤良平は、イツァーク・パールマンなどの優れた弦楽奏者と共演したことがあるという話をし、広上と二人で、ズーカーマンは、パールマンやアイザック・スターンと同じユダヤ系ヴァイオリニストだという話になる。ズーカーマンが京響と共演するのは今日が初めてだそうである。

続いて、広上がブラームスの交響曲第3番を指揮するのは今日が3回目だという話をする。難しい曲なので取り上げにくいらしい。広上がまだ駆け出しの頃、受けた指揮者コンクールでブラームスの交響曲第3番が課題曲だったのだが、「ロマンの塊」のようで、「これは難しいぞ」と感じた思い出などを語る。

ブラームスの大学祝典序曲。広上や後藤は「旺文社の大学受験ラジオ講座」のテーマ曲として知ったそうで、広上は大学浪人時代にずっと「旺文社の大学受験ラジオ講座」を聞いていたのだが、テーマ曲がブラームスの大学祝典序曲であるということは知らず、大学に入ってから曲名を知ったそうである。
後藤は、「京都は大学生の比率が日本一多い街、だいたい10人に1人で京都市の人口が150万弱だから14万人」と語り、この曲が京都で演奏するのに相応しい曲だと述べた。
その他、祇園祭の話も出たのだが、広上は幼い頃に父親に連れられて祇園祭を見たものの(山矛巡行だと思われる)人ばかりで何も見えなかったという思い出があるそうだ。


今日のコンサートマスターは客演の豊嶋泰嗣、フォアシュピーラーに泉原隆志。今日はソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積も出演する。管は多くの首席奏者がブラームスの交響曲第3番のみ登場した。


ブラームスの大学祝典序曲。最近では演奏が良くても心揺すられることは余りないのだが、広上のブラームスには感心させられた。明晰で美しく、繊細で上品な演奏。特筆すべきは日本人ならではの細やかな感性が十全に生きていることで、日本人指揮者と日本のオーケストラがなし得るものとしては最上レベルの演奏と書いて間違いないと思う。


ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
ソリストのピンカス・ズーカーマンはユダヤ系のヴァイオリニストらしく磨き抜かれた美音と高度なメカニックを披露。音に張りがあり、明るい。ステージ上が明るくなったかのように錯覚するほどだ。ポルタメントの使い方も味わい深い。
広上指揮の京都市交響楽団も充実した伴奏を聴かせる。丁寧で構築感抜群の演奏であり、第3楽章のオーケストラのみの演奏場面ではズーカーマンはオーケストラの方を振り向いて満足げな表情を見せる。ズーカーマンは京響のことが大分気に入ってしまったようだ。

大曲であるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ということでアンコール演奏はなし、最後はズーカーマンは手ぶらで現れ、アンコールを演奏しないことを示した。


ブラームスの交響曲第3番。大学祝典序曲同様、日本人の美質が十全に発揮された演奏である。立体感もあり、音色は澄んで、旋律の歌い方にも日本人好みの小粋さがある。各楽器の奏者達の技術も高く、世界中でこのコンビだけが再現できるブラームスであったと思わせる快演であった。

なお、今日と明日の演奏会はハイレゾによる収録が行われ、後日配信される予定である。

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2017年7月25日 (火)

コンサートの記(311) 下野竜也指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017「魔法のオーケストラ」第1回「踊るリズム」

2017年6月18日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2017 「魔法のオーケストラ」第1回「踊るリズム」を聴く。

新年度のオーケストラ・ディスカバリーの第1回公演である。指揮は京都市常任首席客演指揮者の下野竜也。ナビゲーターを務めるのはロザン。


曲目は、三木稔の「阿波ラプソディー」、チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」から“ポロネーズ”、ビゼーの「カルメン」第1組曲から「アラゴネーズ」、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」から“ワルツ”、リチャード・ハイマンの「ポップス・ホウダウン」、シャーマン兄弟(中川英二郎編曲)の「メリー・ポピンズ」から“チム・チム・チェリー”、モンティ(中川英二郎編曲)の「チャルダッシュ」、レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」からシンフォニック・ダンス。

今日のコンサートマスターは客演の長原幸太(読売日本交響楽団コンサートマスター)。フォアシュピーラーは泉原隆志。


まずは三木稔の「阿波ラプソディー」。三木の出身地である徳島の阿波踊りを管弦楽曲に仕上げたものである。下野は日本的情感を上手く生み出し、ラストに向けての盛り上げも巧みだった。

演奏終了後、下野は、「6月18日、今日はお父さんの日ですね。今日の働くお父さん、下野竜也です」と自己紹介する。

ロザンの二人が呼ばれる。菅広文は、「阿波踊りって、チャンカチャンカってこんな踊りですね」と適当に振りをつけたのだが、下野が「その通りです」と言ったためそれ良いということになってしまった。

拍(拍子)について下野は語る。「阿波ラプソディー」は二拍である。「拍は、周期的に……、そう、周期的ですよ」という風に説明したが二人に伝わったようだ。菅ちゃんが「チャンカチャンカ」は二拍子ですね」と聞き、下野が「そうです」、菅ちゃんが「チャンカチャンカチャンだと三拍子になるわけですか?」、下野「それは違います」
ということで、続くチャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」から“ポロネーズ”。ポーランドの三拍子の楽曲である「ポロネーズ」(4分の3拍子では、8分音符、16分音符2つ、8分音符4つが基本の音型となる)の説明を下野は行った。「エフゲニー・オネーギン」というロシア人の名前はやはり発音が難しいようで、下野は噛み噛みで苦笑いであった。
下野らしい、きちんと組み上げられた演奏。低弦から高音を担う金管まで全ての音が丹念に仕上げられている。

演奏終了後に、ロザンの二人は、モニターに映る下野の指揮姿を見ていると三拍子がよくわかるというようなことを口々に述べる。下野は鹿児島から上京する際に、齋藤秀雄が監修した「指揮法」の映像(秋山和慶が出演しているもの)を何度も見て自己レッスンに励んでいる。言ってみれば齋藤流指揮法の継承者でもあり、指揮はとてもわかりやすい。


ビゼーの「カルメン」第1組曲より“アラゴネーズ”。下野は「少し速めの三拍子」と語る。演奏はフランスの地方のオーケストラのような色彩の濃さを引き出したものであった。


三拍子の王道であるワルツの曲をということで、といってもウィンナ・ワルツではなくハチャトゥリアンのワルツであるところが下野らしい。組曲「仮面舞踏会」から“ワルツ”。
下野は、楽曲について、「自分が死ぬということをまだ知らないで踊るワルツ」と説明する。京響の機能美が十分に発揮された演奏。
演奏終了後、宇治原が「重厚でしたね」、菅ちゃんが「悲劇的な感じ」と感想を述べる。ハチャトゥリアンの曲は硬質であり、ウィンナ・ワルツのような優美さだけを前面に押し出したものではない。
ハイマンの「ポップス・ホウダウン」。リチャード・ハイマン(1920-2014)は、ボストン・ポップス・オーケストラのアレンジャーとして活躍した人であり、ハーモニカ奏者、指揮者としても活躍した。NAXOSレーベルにはルロイ・アンダーソンの楽曲を指揮してレコーディングしている。
2拍子の曲。様々な楽器が登場するのも特徴である。
演奏中に、下手袖から背の低いおじさん(広上淳一)がピアニカを手にひょこひょこと現れ、「わらの中の七面鳥」を吹いて帰って行った。客席からも笑いが起こる。

コンサート本編が終わってから広上はステージ上に呼ばれた(ロザンの二人からは「謎のピアニカおじさん」と呼ばれていた)。また今日は、高関健も京都コンサートホールに来ていて、「ウエスト・サイド・ストーリー」演奏の時には、ステージ下手後方に広上と高関が並んで腰掛けて、譜に目をやりながら音楽を聴いていた。


トロンボーン奏者の中川英二郎をソリストに迎えての「メリー・ポピンズ」から「チム・チム・チェリー」。
中川英二郎は5歳からトロンボーンを始め、6歳の時にはもうステージに上がっていたという、音楽の申し子のような人。トロンボーンに転向以前(5歳の子供に「転向」という言葉を使うのも変だが)は、ピアノやトランペットを習っていたが、トロンボーン奏者が「スウィング・スウィング・スウィング」を吹くのを「かっこいい!」と思い、トロンボーンを選んだそうである。


モンティの「チャルダッシュ」。ヴァイオリンのための曲を中川がトロンボーンソロ用に編曲したものである。ヴァイオリンでも超絶技巧曲であるが、トロンボーンで演奏するにはどれだけの技量が必要とされるのか想像も及ばない。軽々吹いているように見えるが怖ろしく難しいはずである。

中川は、「練習は嫌いな子供だった」そうである。サッカーがやりたいので、トロンボーンの練習には余り重きを置いていなかったそうだが、親から「これだけはするように」と言われた音階練習をなるべく早めに終わらせるためにテンポアップして吹いていたそうで、これが演奏技術をプラスに導く働きをしたという。


レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」からシンフォニック・ダンス。下野は「ロミオとジュリエット」の世界をウエスト・サイドのギャングに置き換えたものと解説。
「マンボ」の場面では、「お客さんにも言ってもらいたい」というので練習。「振り返ったら“マンボ!”」とのことだったが、下野はふざけて何度も振り返る。宇治原が「前のお客さん(ここではポディウム席に座っている人のこと)はどうしましょうか?」と聞くと、下野は「薄いのが見えたら」と自身の頭頂部をネタに用いていた。
洗練された都会的な演奏である。
先に書いたとおり、広上と高関が下手後方で聴いており、高関さんはマラカスパートも演奏。楽しそうであった。


アンコールは、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」より“八木節”。広上と高関も小さめの拍子木を手に演奏に参加。ということで、一般的なものよりも打楽器の数が多い演奏である。
下野は指揮台の上でステップを踏み、楽しい演奏となった。

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2017年5月 5日 (金)

コンサートの記(297) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2017

2017年4月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで京都市交響楽団大阪特別公演を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。
曲目は、ベートーヴェンの交響曲第5番、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1919年版)。
今日のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏である。管楽器の首席奏者は前半のベートーヴェンにはほとんど出演せず、ベートーヴェンのオーボエは客演の岡北斗が吹いた。


広上は節目節目でベートーヴェンの交響曲第5番を取り上げており、十八番としている。

今日は二つ指揮棒を軽く振ってから演奏スタート。フェルマータはいつもよりも少しだけ短めにしているようである。ピリオド・アプローチによる演奏であり、音の末尾を伸ばすことはない。
音の密度が高く、弦、管共に充実した演奏を展開する。フルートの浮かび上がらせ方の上手さも目立つ。
第4楽章突入部分の輝かしさは特筆事項で、真の勝利をつかみ取った心の震えまでもが伝わってくるかのようだ。
ベーレンライター版の譜面を使っていたようで、第4楽章ではピッコロの活躍が目立つが、一番浮き上がるところのピッコロは採用しておらず、交ぜて使っているようである。ラストではピッコロを思う存分吹かせていた。
広上は、ジャンプをしたかと思えば、振りかぶって指揮棒を下げ下ろしたり、指揮棒を両手で持って剣道の「面!」のように払い下げたりする。


休憩を挟んで後半。ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」。しなやかにしてソリッドな演奏が展開される。夜想曲やロマンスの可憐さも見事だ。夜想曲ではコンサートマスターの渡邊穣が美しいヴァイオリンソロを奏でた。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1919年版)。京響の技術の高さと、明るい音色が十全に発揮された演奏である。広上の弦と管のバランスの取り方も最上であり、ティンパニなどの打楽器の思い切った強打も効果的である。音の百貨店のようにどんな音でも出せる万能系の演奏である。
広上のピョンピョンと跳ねる指揮姿も面白かった。


カーテンコール。広上は客席に向かって、「また来ます」と挨拶。「皆さんのご多幸を祈って」ということで、ビゼーの「アルルの女」第1組曲よりアダージェットがアンコールとして演奏される。瑞々しい出来であった。

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2017年3月31日 (金)

コンサートの記(288) 高関健指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2016(年度)「オーケストラ・ミステリー」第4回“大作曲家の秘密~音楽家の真実”

2017年3月12日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2016(年度)「オーケストラ・ミステリー」第4回“大作曲家の秘密~音楽家の真実~”を聴く。
今日の指揮者は京都市交響楽団常任首席客演指揮者の高関健。ナビゲーターはロザンの二人。

京都市交響楽団のポストは現在は3人体制で、常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一、常任首席客演指揮者の高関健、常任客演指揮者の下野竜也(来月から常任首席客演指揮者に昇格の予定)であるが、どういうわけか全員小柄である。高関健も公称162cmの菅弘文と同じぐらいの身長しかない。


曲目は、ストラヴィンスキーの「サーカス・ポルカ」、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」より第1楽章、ジョゼフ・ジョンゲンのオルガンと管弦楽のための協奏交響曲第3楽章と第4楽章(オルガン:福本茉莉)、スメタナの連作交響詩「わが祖国」より「モルダウ」、ショスタコーヴィチの交響曲第5番第4楽章。
ストラヴィンスキーとジョンゲンの作品を聴くのは初めて。ジョンゲンに至っては名前すら知らなかった。


今日のコンサートマスターは渡邊穣、フォアシュピーラーは尾﨑平。フルートは上野博昭が首席奏者に就任し、前半、後半共に登場した。オーボエ首席奏者の髙山郁子も全編に渡って出演したが、年度末ということもあって教職などに就いている人は忙しいようで、他の管楽器パートの首席奏者はいずれも顔を見せなかった。
第2ヴァイオリンの客演首席奏者は上敷領藍子。ヴィオラの客演に灘儀育子という奏者が入っているが、なだぎ武と関係があるのかは不明である。調べてみると灘儀氏は全国に30名から40名ほどしかいない珍しい姓のようである。
ドイツ式の現代配置による演奏であるが、指揮者の正面はティンパニの中山航介ではなく、スネアやトライアングルを演奏する福山直子で、ティンパニはその下手隣という陣立てである。


まずはストラヴィンスキーの「サーカス・ポルカ」。アメリカ時代の作品である。1942年に、50頭のゾウと50人のダンサーによって、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたサーカス公演のために書かれた曲である。「ペトルーシュカ」や「春の祭典」のような変拍子と鮮烈にしてカオスな感覚は残しつつ、寄り洗練された音楽に仕上げた作品。ラストにはシューベルトの「軍隊行進曲」のパロディーがあり、ゾウがそれに合わせてのんびり動いたであろうことが想像される。

演奏終了後、高関がマイクを手に挨拶を行い、早速、ナビゲーターのロザンの二人を呼んで、トークを始める。高関は「この曲はゾウには不評だったようです。どう聞こえていたのかはわかりませんが」と話す。

高関は「サーカス・ポルカ」の変拍子の話をするが、菅ちゃんは、「変拍子は難しいです」と知ったかぶりをする。

高関は、「春の祭典」の話をし、「初演時は、バレエの上演だったのですが、大不評でして、ステージのトマトが投げ込まれたという話もあります」と説明する。宇治原史規が「なんでトマトを持ってきてたんでしょうね?」と言い、菅ちゃんも「投げるために持ってきていたとしか思えない」と続ける。

続く、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」であるが高関は、「これも初演の時に『春の祭典』と同じ目に遭っている」と語る。高関は、「当時は長すぎたし、全体では三拍子なのですが、変拍子の部分もあって、聴衆には難しいと感じられた」と説く。菅ちゃんは、「変拍子だけは(僕には)出来ない」と言って、宇治原に、「変拍子だけって(変拍子だけちゃうやろ)」と突っ込まれる。

「英雄」というタイトルについては、高関は「表紙だけ残っていて、そこに『ボナパルトに捧ぐ』と書かれていて、ナポレオンだったのは間違いない。ただ、その上に思いっきり書き殴って消してある」と話した。


そのベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」より第1楽章。ピリオド・アプローチによる演奏。弦楽奏者はビブラートを抑えめにして右手のボウイングがかなり多い。テンポも速めである。
高関はこの曲はノンタクトで指揮。細部を丁寧に整えた演奏であった。クライマックスのトランペットは当然ながら途中で消え、木管がそれを受け継いだ。

出てきた菅ちゃんは、変拍子について「ちゃんと出来てました」と述べる。


ジョンゲンのオルガンと管弦楽のための協奏交響曲。ジョゼフ・ジョンゲン(1873-1953)は、ベルギー出身のオルガニスト兼作曲家で、この曲はアメリカ・フィラデルフィアのデパートに設置された巨大パイプオルガンのために作曲されたものだという。ただ、オーケストラがなかなかデパートに行く機会がなく、デパートで初演されたのはジョンゲンの死から半世紀以上が経過した2006年になってからだそうで、地元の名門オーケストラであるフィラデルフィア管弦楽団を招いて演奏が行われたという。

パイプオルガン奏者の福本茉莉が紹介される。今日はポディウム席は真ん中は前2列だけ、上手下手は前3列だけを残して取り払われている。
福本茉莉は1987年生まれのオルガニスト。まだ二十代の若い演奏家である。東京都出身。東京藝術大学卒、同大学院修了。2011年に渡独し、ハンブルク音楽演劇大学でヴォルフガング・ツェーラーに師事し、翌2012年には武蔵野市国際オルガンコンクールに日本人として初めて優勝。昨年、オルガンのドイツ国家演奏家資格を栄誉付き最高点にて取得したばかりである。NAXOSからCDをリリース。予告のチラシではNAXOSのCDジャケットに使われた厚化粧のものが使われたが、やはりそれではまずいのか、今回の無料パンフレットには一転して可愛い系の写真が用いられている。
福本は東京生まれの東京育ちだが、性格はトークから受けた印象による限りは、「大阪のよくいそうな姉ちゃん」である。
文化庁新進芸術家海外派遣研修員として現在もハンブルク在住。

宇治原が福本に、「どこで練習してはるんですか?」と聞き、菅ちゃんが「夜中に(ホールに)忍び込んで?」とボケる。福本も「(練習は)しません」とボケ返した後で、「クラーヴィアというものがあって、それで練習します。後はドイツなので教会が一杯あるので、鍵を借りて練習したり」と答える。「オールナイトで練習することもある」そうだが、「あんまりうるさいと警察が来ちゃうので」と思いっきり演奏することは出来ないということも語る。

パイプオルガンの説明。福本は、「リコーダーはご存じだと思いますが、あれが何本も立っているような感じ」「全部で7155本」と語る。高関が「リコーダーは穴を指でふさいで演奏するけれど、オルガンだとふさげる人がいないので」と補足する。福本は「音を組み合わせることで、7155よりも多い音を生み出すことが出来ます」と語った。

ジョンゲンのオルガンと管弦楽のための協奏交響曲。第3楽章は雅やかな旋律をオーケストラが奏で、フランス音楽のように響きの美しさを優先させた神秘的な音楽がパイプオルガンと管弦楽によって演奏される。
第4番は、一転して映画音楽のようなど派手な音楽。オーケストラもパイプオルガンも盛大に鳴り響いて、爽快な演奏となった。
休憩を挟んで後半。スメタナの「モルダウ」。
高関がロザンの二人に、「スメタナはチェコで初めてオーケストラ曲を書いたと言ってもいい人物なのですが、『モルダウ』は知ってますよね」と聞き、宇治原は「それはもう」と答え、菅ちゃんは第一主題を鼻歌で歌い、「モルダウよ」と合唱版での歌詞も歌う。宇治原が「音楽の教科書にも載ってる」と補う。
高関は、「『モルダウ』と言いますが、チェコでは実際は、ヴァルタヴァなんです」と言って、総譜の表紙を見せる。宇治原が「本当だ。ヴァルタヴァと書いてあります。vltava」と答える。
高関は、「小さな流れが、二つに合わさるのですが大きくなって、お祭りで結婚式が行われて、夜になって妖精が出てきたりして、流れて、ずっと流れてるんですが激しい流れになって、プラハのお城これは『わが祖国』の第1曲に主題が出てくるのですが、お城が見えて、プラハの街を過ぎ去って、チャンチャンで終わる」と解説する。
「わが祖国」については高関は、「全部で6曲からなっていて、一晩のコンサートがそれで終わるぐらいなのですが、その2曲目が『モルダウ』です」と言って、宇治原が「全曲やるわけではないということで」と聞くと、「別に全曲やってもいいんですよ」と答える。宇治原は「オーケストラの方達、イヤイヤしてます」と言う。
スメタナについて、宇治原が「聴力を亡くした」と台本にあることを聞き、高関が、「耳鳴りが酷かったそうです。『モルダウ』を書いた頃には、もう何も聞こえないぐらいに」。スメタナはその後、精神を病み、精神病院にて60歳の生涯を閉じた。

「モルダウ」。精緻なアンサンブルを京響は聴かせる。音色は明るく、高関の指揮も見通しが良い。

演奏終了後、菅ちゃんは、あの「ティララティラララというところが好きなんです」と冒頭のフルートの旋律を口ずさんだ。
宇治原が、「最後の曲となりました」と言うと、菅ちゃんは「『モルダウ』ですか?」とボケて、宇治原に「後で聴け。家帰って聴け。録音で」と突っ込まれる。


最後の曲であるショスタコーヴィチの交響曲第5番より第4楽章。
高関は、「ショスタコーヴィチは天才少年だったわけです。作曲だけではなく、ピアニストとしても優れていて、自作自演の録音が残っていて優れたピアニストだったということがわかるわけですが、若い頃はやんちゃな曲も書いていたそうです」、宇治原「やんちゃというと?」、高関「わざと汚い和音を出してみたり、とんがった音を出したり。交響曲第4番という曲を書いたのですが、それは引っ込めまして20年以上経ってから初演された。彼が10歳の時にロシア革命が起きまして、ソ連の不自由な社会がやってきたわけです」、宇治原「スターリンの音楽家にとっては良くない時代」、高関「はい。変なこと出来ない」、宇治原「したら捕まると」、高関「告げ口されますので(ソ連では密告が奨励されていた)」、菅「じゃあわからないように『ソ連アホ』と」

実は、ショスタコーヴィチはこの曲でも反抗を行っているのだが、高関は「言えない」と語る。

通常のテンポで演奏がスタートするが、その後加速する。高関は猛々しい部分には余り気を配らず、悲しみに溢れた場面は丁寧に演奏することで凱歌には聞こえないよう工夫する。

演奏終了後、菅ちゃんは前回同様、やはり自分が演奏の立役者でもあるかのように右手を挙げ、宇治原に制される。
菅ちゃんは、「格好いい曲ですね!」と絶賛した後で、「わかりました。シンバルです。叩く間に『ソ連アホ』とつぶやく」と言う。高関は左手の人差し指を左右に振って、「NO」と告げていた。


アンコールはショスタコーヴィチの「タヒチ・トロット(二人でお茶を)」。高関は、「天才少年ショスタコーヴィチに、『君、そんなに天才少年だっていうんなら40分あげるから曲を書きなさい』と言う人がいて、本当に40分で書いた曲」だと説明する。既成のジャズ曲をアレンジしたもの。高関は「二人でお茶を」の旋律を口ずさむが、宇治原から「小さくて聞こえない」、菅ちゃんから「後ろめたいことでもあるんですか?」と言われてしまう。
ソ連風とは一線を画した洒落た演奏。京響の明るめの音色もプラスに作用した。

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