カテゴリー「来日団体」の89件の記事

2019年1月 9日 (水)

コンサートの記(499) プラハ国立劇場オペラ モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」@フェスティバルホール

2019年1月3日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、プラハ国立劇場オペラによる公演、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」を観る。

モーツァルトが愛し、またモーツァルトを愛した街・プラハを代表する劇場の来日公演。プラハ国立劇場オペラ(The Estate Theatre)は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」を初演したスタヴォフスケー劇場で公演を行う名門である(プラハ国立劇場とは同一運営で、プラハ国立歌劇場とは別団体)。歴史あるスタヴォフスケー劇場は手狭ということもあって大規模オペラは他に譲り、現在はモーツァルトのオペラを中心とした上演を行っているようだ。


指揮はエンリコ・ドヴィコ、演奏・合唱はプラハ国立劇場管弦楽団・プラハ国立劇場合唱団、演出はマグダレーナ・シュヴェツォヴァー、舞台装置はアンドレイ・ドゥリーク、衣装はカテリーナ・シュテフコヴァー、照明デザインはプシュミスル・ヤンダと現地のスタッフが中心である。舞台監督や技術スタッフは日本人が担っているようだ。

主要登場人物はダブルキャストやトリプルキャストで、今日の出演は、ミロシュ・ホラーク(フィガロ)、ヤナ・シベラ(スザンナ)、ロマン・ヤナール(伯爵)、エヴァ・メイ(伯爵夫人)、アルジュベータ・ヴォマーチコヴァー(ケルビーノ)、ヤナ・ホラーコヴァー・レヴィツォヴァー(マルチェッリーナ)、ヤン・シュチャーヴァー(バルトロ)、ヤロスラフ・ブジェジナ(バジリオ)、ヴィート・シャントラ(ドン・クルツィオ)、ラジスラフ・ムレイネク(アントニオ)、エヴァ・キーヴァロヴァー(バルバリーナ)ほか。
世界的な名声を得ているエヴァ・メイのみ客演で、他はプラハ国立劇場とプラハ国立歌劇場の所属メンバーが中心のようである。

今回の指揮者であるエンリコ・ドヴィコは、現在、ウィーン・フォルクスオーパーの首席客演指揮者を務めている。ライン・ドイツ・オペラ、ベルリン国立歌劇場で定期的に指揮を務めるほか、ヘッセン州立歌劇場の第一楽長を務めていたこともあるそうだ。現在はプラハ国立劇場とプラハ国立歌劇場で継続的に活動を行っている。

演出のマグダレーナ・シュヴェツォヴァーは、ウィーンとプラハでヴァイオリンを専攻した後で、ブルノのヤナーチェク音楽アカデミーなどで演出を学び、プラハとブルノを中心にチェコ国内のオペラ演出で活動。現在は、ピルゼン音楽学校で演技指導なども行っているそうだ。

今回の上演では、ケルビーノ役が二人おり、歌のある場面はアルジュベータ・ヴォマーチコヴァーが務めるが、それ以外の場面は男優が演じる。男優が演じている方が道化的な部分が強調されるように感じた。


今日も3階席で、オーケストラピット内がよく見えるが、プラハ国立劇場管弦楽団は室内オーケストラ編成である。そしてピリオド・アプローチで演奏するため、序曲などは音が弱く聞こえたが、本編になると生き生きとした音楽を奏で始める。硬めの音によるティンパニの強打や、うなるような金管の響きが功を奏し、脈打つような音楽が生まれる。

歌手達も素晴らしく、全てのものがあるべき場所に嵌まっていくようなジャスト・フィットなモーツァルトである。これは長年に渡って毎日のようにオペラを上演し続けてきた団体だから生み出せる味わいであり、日本のように単発上演のみの環境では紡ぐことが出来ない響きである。

セットもシンプルながら効果的であり、上演のちょっとしたところに高雅さや上品さが窺える。超一流ではないかも知れないが、欧州の一流の品質の高さと幅広さが随所に感じられる上演であった。

売れっ子のエヴァ・メイだけでなく、全ての歌手がチャーミングな歌と演技を披露。漫画的な動きも様になっていた。

多分、プラハの人々は今でもモーツァルトのことを親友のように感じているのだろう。素晴らしい街である。


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2018年12月25日 (火)

キエフ・バレエ 「白鳥の湖」@ロームシアター京都

2018年12月16日 ロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、キエフ・バレエ(タラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立バレエ)による「白鳥の湖」を観る。文字通り、ウクライナの首都キエフにある国立バレエ団の来日公演。創設は1901年で、100年以上の歴史を誇っている。キエフは京都市の姉妹都市ということで、優先的に公演が行われるのだと思われる。

指揮は日本でも知名度のあるミコラ・ジャジューラ。演奏はウクライナ国立歌劇場管弦楽団。

出演は、エレーナ・フィリピエワ(オデット/オディール)、デニス・ニェダク(ジークフリート王子)、ヴィタリー・ネトルネンコ(ロットバルト)、オクサーナ・グリャーエワほか。

ヨーロッパで2番目に大きな国であるウクライナ。1位はロシアであり、旧ソビエト連邦がいかに広大な国であったかがわかる。

ミコラ(ニコライ)・ジャジューラは以前に、キエフ国立フィルハーモニー管弦楽団を率いて京都コンサートホールでの公演を行っているが、キエフ国立フィルとウクライナ国立歌劇場管弦楽団は同一母体のようである。

世界で最も知名度の高いバレエであるチャイコフスキーの「白鳥の湖」。私は、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団による全曲盤を聴いたり、ワレリー・ゲルギエフ指揮サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団ほかによる映像を観ていたりするが、劇場で観るのは初めてとなる。

今日は4階席の3列目下手側の席だったのだが、前列には1人も座らず、1列目も1人座っているだけ。前の方は値段がワンランク上がるため、チケットが余ったようである。


ウクライナは美人の出所として知られており、女性バレリーナも男性バレリーナもみなスタイルが良い。体格面では日本人はルックス、パワー共に勝てないと思われる。

芸術に力を入れていた旧東側の団体だけに、レベルも高い。女性バレリーナの可憐さ、男性バレリーナのダイナミックさなど、優れたところはいくらでも上げられる。人海戦術も効果的であり、一糸乱れぬ群舞は見事というほかない。


ジャジューラはかなり速めのテンポを採用。実践的な音楽作りである。ウクライナ国立歌劇場管弦楽団は、金管の音が特に豊かであり、粗めのところもあるがパワーと秀でた美的感覚で押し切る。躍動感では理想的なバレエ伴奏といえる。

途中、ジークフリート王子役のデニス・ニェダクの出がなぜか遅れて間が開いてしまうという場面があったが、それ以外は高水準の展開。

オディールに扮した時のエレーナ・フィリピエワや、ロットバルト役のヴィタリー・ネトルネンコの動きが大きく、おどろおどろしさを出す必要から悪役の方が運動量が増える傾向のあることが見て取れた。

2度の休憩を含めて約2時間50分の長丁場であるが、高い集中力で乗り切るキエフ・バレエ。優れた団体だ。


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2018年12月23日 (日)

コンサートの記(475) ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団来日演奏会2018京都

2018年12月14日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都・パリ友情盟約締結60周年/日仏友好160周年記念 ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団の来日演奏会に接する。パリ管弦楽団の来日演奏会を聴くのは今日で3度目。全て京都コンサートホールにおいてである。3回聴いたことのある海外オーケストラは、ドイツ・カンマーフィル、バーミンガム市交響楽団などいくつかあるが、3度とも同じ会場というのはパリ管弦楽団だけである。パリ市と京都市は姉妹都市ということで京都公演が多いのかも知れない。前2回はともにパーヴォ・ヤルヴィの指揮であり、ベルリオーズの幻想交響曲がメインの最初の演奏会は、これまで私が接した全てのコンサートの中でナンバーワンである。

まともなコンサートホールが一つもないといわれたパリだが、3年前に最新の音響を誇るフィルハーモニー・ド・パリが完成し、パリ管弦楽団もそこを本拠地とするようになった。
なお、ハーディングはすでにパリ管弦楽団の音楽監督から離任することを決めており、これが日本では最後の組み合わせになる可能性も高い。


曲目は、ベルリオーズのオペラ「トロイ人」から“王の狩りと音楽”、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調(ヴァイオリン独奏:イザベル・ファウスト)、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」


ハーディングは今月11日行われた札幌公演の直前に転倒して右足首を骨折。札幌の演奏会には車椅子を使って登場し、指揮した。このことはSNSで拡散されて話題になっていたが、今日も演奏会の前にマイクを手にした男性が登場し、「マエストロが札幌で転倒して右足首を骨折した」「ただ、マエストロは指揮には全く影響がないとおっしゃっていて」「椅子に座って指揮することをご了承下さい」とアナウンスした。

ダニエル・ハーディングの指揮には、以前、マーラー・チェンバー・オーケストラの京都公演で接したことがある。それ以来、2度目である。

古典配置での演奏。舞台最後列にはモダンティンパニが並び、ベルリオーズではこれが使われる。舞台上手にはバロックティンパニが置かれていて、ベートーヴェンではこちらが用いられる。


ベルリオーズのオペラ「トロイ人」から“王の狩りと音楽”。冒頭の弦楽の妙なる響きに魅せられる。オーケストレーションの名人であったベルリオーズの華麗な響きが堪能出来る演奏。ただクライマックスでは京都コンサートホールの特性上、音が散り気味となる。ホルンの音が豊かで色彩が濃く、フランスのオーケストラの美質が感じられるのが良い。


ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ソリストのイザベル・ファウストは、現代を代表する名手の一人である。

ハーディング指揮のパリ管は速めのテンポでスタート。
ファウストのヴァイオリンは、音に張りがあり、パリ管共々弱音が極めて繊細で美しい。第2楽章のきめ細やかな音楽作りは白眉。全般を通して精緻な音楽性が印象的な美演となる。
なお、第1楽章のカデンツァではティンパニが大活躍。ベートーヴェン自身がピアノ協奏曲に編曲したものからの再アレンジ版だと思われる。ファウストとティンパニ奏者(Eric Sammutだと思われる)が息を合わせた好演であった。

ファウストのアンコール演奏は、クルターグの「ヴァイオリンのためのサイン.ゲーム.メッセージ ジョン・ケージへのオマージュ」より“Fur den.der heimlich lauschet”微妙に表情を変えていく音型が魅力的な短い作品である。ファウストの繊細な持ち味はこの曲でも有効であった。


ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。単なる巡り合わせだと思うが、この曲の実演で優れたものに出会った記憶がない。有名な割りにコンサートで取り上げられる回数が余り多くないということもあるが、日本人指揮者の場合は情に流れやすいのかも知れない。

ハーディングは、この曲はノンタクトで振る。

冒頭の広がりのある響きからとても魅力的である。テンポは中庸。ピリオド奏法によるノンビブラートの弦楽が効果的であり、描写力が豊かである。木々のざわめきや光の移ろいが音の中から拡がっていくかのようだ。
新鮮さ溢れる第2楽章と第3楽章、ティンパニの強打が効果的な第4楽章「嵐」、そして第5楽章の清々しさなど、万全の音運びで、貫禄の名演奏となった。

「田園」演奏終了時が9時20分頃ということもあり、アンコールはなし。「田園」が優れた出来だっただけにそれも良い選択である。

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2018年12月21日 (金)

コンサートの記(472) パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2018西宮

2018年12月15日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。名古屋公演と同一プログラムである。
今日は1階席で聴くことになる。ただ、1階席とはいえ、補助席の前の最後列であり、頭の上に2階席が張り出しているため、音響的には余り良くない場所である。

兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール(兵庫芸文大ホール)でパーヴォ指揮の演奏を聴くのは2度目。前回は、シンシナティ交響楽団の来日演奏会を聴いている。


曲目は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」

同一演目を聴くということで、ホールの音響の違いがよくわかる。


モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲は、名古屋で聴いたときよりも濃い陰影が感じられたが、愛知県芸術劇場コンサートホールはもともと響きが明るいため、ホールの響きで生まれた印象の違いであろう。もっとも、演奏者もホールの音響に合わせて演奏を微妙に変えるのが普通である。


モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」。独奏者のヒラリー・ハーンは、兵庫芸文大ホールがお気に入りのようで、関西公演時にはここを使うことが多い。

音響の影響もあり、オーケストラのデュナーミク、パースペクティブ共に名古屋の時よりも狭く感じられ、第1楽章の優しい終わり方なども視覚ではわかるのに、音として十分に捉えられない憾みがある。第3楽章でも音が余り飛んでこない。
一方で、ヴァイオリンの響きは良く届く。過ぎていく今この時を愛でては儚むような、日本人の琴線に触れるヴァイオリンである。純度は高く、歌には淀みがない。これぞヴァイオリンの「至芸」である。


アンコール演奏が今日は2曲ある。まず、ヒラリー・ハーンが「バッハのプレリュードです」と日本語で言って演奏開始。自在感溢れる才気煥発のバッハである。
続いて、「バッハのサラバンドです」とやはり日本語で告げてからスタート。今度は精神的な深みを感じさせる「祈り」のようなバッハであった。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」。兵庫芸文大ホールでは、ジャナンドレア・ノセダが兵庫芸術文化センター管弦楽団を指揮した「ザ・グレイト」を聴いたことがある。

残響は短めであるため、ゲネラルパウゼなどには間が感じられるが、全体的に速めのテンポであり、一瀉千里に駆け抜ける。「天国的な長さ」と評される曲であり、演奏によってはしつこさを感じさせるものなのであるが、パーヴォとドイツ・カンマーフィルの演奏は、そうしたものを一切感じさせない爽快感溢れるものである。
速いだけなら味気ないものになってしまうが、パーヴォの抜群のコントロールによって各声部が浮き上がるために楽曲の構造把握が容易になり、発見が多く、新鮮な息吹をこの曲に与えている。
兵庫芸文大ホールの響きは愛知県芸よりも広がりと潤いがないが、その分、スケールが大きく感じ取れたように思う。ただ、細部に関してはステージと私の席との間に目に見えない巨大なカーテンが下りているような感じで、臨場感を欠きがちではあった。悪い音ではないのだが。

同じコンビによる「ザ・グレイト」を2度聴いたことになるが、実演に接した「ザ・グレイト」の中ではパーヴォとドイツ・カンマーフィルのものが総合力で1位になるだろう


アンコール演奏は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」。シベリウス・ファンに「好きなシベリウスのアンコール曲」を聞いたら1位になると思われる曲である。どこまでも清澄で優しい「親愛なる声」に接しているかのような演奏であった。



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2018年12月20日 (木)

コンサートの記(471) パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2018名古屋

2018年12月13日 名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールにて

午後6時45分から、愛知県芸術劇場コンサートホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマ―フィルハーモニー管弦楽団(ドイツ・カンマ―フィルハーモニー・ブレーメン)の来日演奏会を聴く。午後6時45分開演というと他の地方では中途半端な時間帯のように思えるが、名古屋では主流の開演時間である。

曲目は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」(ヴァイオリン独奏:ヒラリー・ハーン)、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」


改修工事が終わったばかりの愛知県芸術劇場コンサートホール。パイプオルガンの工事が行われたほか、ホワイエのカーペットが全面的にブルーものに変更され、内部も白木の香りが漂っていて新鮮な空気である。詳しい改修部分についてはホームページで発表されているようだ。


名古屋では何度も聴いているパーヴォとドイツ・カンマーフィル。以前、パーヴォが舞台上手から登場したことがあったのだが、今日は下手袖から登場する。ドイツ・カンマーフィルはお馴染みとなった古典配置での演奏。無料パンフレットにメンバー表が載っており、第1ヴァイオリンにHozumi Murata、ヴィオラにTomohiro Arita、ファゴットにRie Koyamaと、日本人が3人参加していることがわかる。


モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲。パーヴォは冒頭で低弦を強調し、他の弦よりわずかに長めに弾かせるなどして迫力を十分に出す。ただ、主部はドラマ性よりも煌びやかで快活な雰囲気をより前面に出している。
ナチュラルトランペットとバロックティンパニを使用し、弦がビブラートをかなり抑えたピリオド・アプローチでの演奏である。


モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」
現代最高クラスの天才ヴァイオリニストであるヒラリー・ハーン。以前に名古屋で、パーヴォ指揮ドイツ・カンマーフィルと共演したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴いている(諏訪内晶子の代役)。

極めて純度の高いヴァイオリンの響きをヒラリーは奏でる。美と悲しみが寄り添い合い、一瞬混ざり合っては儚げに散っていくという、桜のようなモーツァルトだ。時折、聴いていて胸が苦しくなる。
パーヴォ指揮のドイツ・カンマーフィルは、楽章の末尾をふんわりと柔らかく演奏したり、急激な音の増強を効果的に用いるなど、効果的な伴奏を奏でる。第3楽章のトルコ風の堂々とした響きも見事だ。

アンコール演奏。ヒラリーは、「バッハのジークです」と日本語で紹介してから弾き始める。彼女が15歳でデビューした時の曲がバッハの無伴奏である。この程、続編が出て、全曲がリリースされたが、「聖典」と呼ばれてベテランヴァイオリニストでさえ演奏することをためらう作品に、若い頃から取り組んで発表していたことになる。というわけで万全の演奏。技術、表現力ともに満点レベルである。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」。この曲ではトランペットはモダンを用いているが、ピリオドのスタイルは貫かれている。

冒頭から速めのテンポを採用。この曲でもロッシーニ・クレシェンドのような音の急激な盛り上がりが効果的である。やはりパーヴォのオーケストラコントロールは最上級で、タクトで描く通りの音がオーケストラから引き出される。まるでベーゼンドルファーを華麗に弾きこなすピアニストを見ているかのようだ。
また、各楽器を巧みに浮かび上がらせ、普通の演奏では渾然一体となってしまう部分を重層的に聴かせることに成功している。古典的なフォルムを構築しつつロマン的内容を詳らかにするという理想的演奏の一つである。
「天国的な長さ」といわれる「ザ・グレイト」であるが、テンポの速さに加えてパーヴォとカンマーフィルの巧みな語り口もあり、全く長く感じなかった。
美しい音型が蕩々と続く「ザ・グレイト」。この演奏を聴いていると、ブルックナーの初期交響曲がシューベルトに繋がっていることがよくわかる。


アンコールは、パーヴォの定番であるシベリウスの「悲しきワルツ」。いつもながらの超絶ピアニシモが聴かれる。
以前に比べると随所でテヌートが聴かれるのが興味深かった。



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コンサートの記(470) トゥガン・ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団来日公演2009京都

2009年11月7日 京都コンサートホールにて

午後3時から京都コンサートホールで、トゥガン・ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の来日演奏会を聴く。

トゥールーズはフランス南部の都市で、「バラ色の街」の異称でも知られている。

トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団はフランスのローカル色をよく残したオーケストラとして世界的に著名なオーケストラである。長くミシェル・プラッソンとコンビを組んで成長を遂げてきた。当初は市立のオーケストラであったが、のちに県立、更に国立オーケストラへと格上げされた。

トゥガン・ソヒエフは現在のトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の音楽監督。まだ30そこそこという若い指揮者だ。今年、ウィーン・フィルへのデビューを飾っている。

曲目は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:諏訪内晶子)、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」

トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団は濃厚な弦と、思いっ切り吹かれる管楽器群が個性的。一方、アンサンブルの精度は、先週聴いたシンシナティ交響楽団に比べると大雑把で、「細かいことは気にしない」といった気質が窺える。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲の独奏者である諏訪内晶子は真っ赤なドレスで登場。予想よりも情熱的な演奏を展開する。情熱的でありながら気品にも溢れており、アンコールで弾かれたバッハは「高雅」の一言で表せる演奏であった。

メインの「展覧会の絵」は、冒頭からトランペットが思いっ切り吹かれるなど、フランス的な個性が全開の演奏である。この曲はノンタクトで振ったソヒエフのテンポはかなり速め。テンポの速さに金管奏者の指が追いつかず、音が飛ぶ箇所も散見される。
技術的には完璧とはいえないが、個性で聴かせるユニークな演奏であった。

アンコールは、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」より“こんぺい糖の精と王子のパドドゥ”と、ビゼーの「カルメン」前奏曲。「カルメン」前奏曲は快速テンポの若々しい演奏であった。

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2018年12月 5日 (水)

コンサートの記(463) ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団来日公演2009大阪

2009年7月11日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、ザ・シンフォニーホールで、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団の来日公演を聴く。曲目は、リムスキー=コルサコフの歌劇「雪娘」組曲、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:川久保賜紀)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」というオール・ロシア・プログラム。

ロシア・ナショナル管弦楽団は、1990年にプレトニョフが興したロシア初の民間オーケストラ。結成する際に、既成のオーケストラから人材が流れるなどして問題となったこともある。


リムスキー=コルサコフの歌劇「雪娘」組曲は、知名度は低いが愛らしい作品。ロシア・ナショナル管弦楽団は管楽器の音のエッジが立っており、中でも金管の輝かしい音は日本のオケのそれとは別次元にある。


チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のソリストを務めるのは川久保賜紀。2002年のチャイコフスキー国際コンクールのヴァイオリン部門で1位なしの2位に輝いた逸材である。
プレトニョフとロシア・ナショナル管のゆったりとした序奏に続いて、川久保のソロが始まる。線の太さはないが、音は磨き抜かれ、気品すら漂う。技術も高く、評判に違わぬ優れたヴァイオリニストであることがわかる。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、この1年の間に何度か生で聴く機会があり、木嶋真優、南紫音ともに今一つであったが、川久保賜紀はさすがというか、格の違いは明らかである。

川久保はアンコールにJ・S・バッハの無伴奏パルティータ第3番より“ブーレ”を演奏する。


チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。冒頭はゆっくりとしたテンポで始まるがすぐに加速し、オーケストラの機能美を発揮した演奏が展開される。第1楽章の第2主題を歌わずに流したり、第2楽章を速めのテンポで駆け抜けたりと、即物的な印象を受ける。

第3楽章も健康優良児的演奏。しかし、ここまでが伏線であった。
第4楽章は一転して、繊細な表情で嘆きの歌を歌い上げる。第3楽章までは第4楽章とのコントラストをつけるために敢えて暗い表情を抑えた演奏をしていたのである。第3楽章までで表現された凛凛たる英雄像が第4楽章で打ち崩される。プレトニョフ、意外に演出が巧みである。
葬送の雰囲気すら漂う打4楽章が終わった後、長い沈黙があり、やがて拍手が起こる。優れた解釈による演奏であった。

悲劇的な解釈による演奏でプログラムが終わったためか、アンコールはなし。これもまたプレトニョフの巧みな演出であり、こちらも不満はなしである。

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2018年12月 3日 (月)

コンサートの記(461) アントニ・ヴィット指揮ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2009京都

2009年6月26日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールでワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日公演に接する。指揮者は芸術監督・首席指揮者のアントニ・ヴィット(ヴィト)。
曲目は、モニューシュコの序曲「おとぎ話」、ショパンのピアノ協奏曲第1番、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団はポーランドのトップオーケストラ。
指揮者のアントニ・ヴィットはポーランド第二のオーケストラといわれるカトヴィツェのポーランド国立放送交響楽団の音楽監督を務めた後でワルシャワ国立フィルのシェフの座に就くという、いわばポーランド人指揮者のエリートコースを歩んでいる指揮者である。NAXOSレーベルの看板指揮者の一人でもあり、チャイコフスキーの「悲愴」はNAXOSにポーランド国立放送響を指揮して録音しており、情熱に溢れた演奏であった。

モニューシュコの序曲「おとぎ話」とショパンのピアノ協奏曲第1番は中編成での演奏である。

モニューシュコの序曲「おとぎ話」は悪い曲ではないが良い曲でもないという印象の薄い曲であった。ワルシャワ国立フィルの音は楽器が余り良くないためか痩せ勝ち乾き勝ちであったが、ホールは良く鳴っていた。なぜなのかはよくわからない。あるいはホールを響かせる演奏技法というものを楽団員達が身につけているのかも知れない。


ショパンのピアノ協奏曲第1番のソリストは日本でもおなじみのスタニスラフ・ブーニン。登場した時から前屈みで歩いており、演奏中も猫背で神経質な印象を受ける。しかし、ピアノの音はそんなブーニンの気質を良い方に反映してか極めて繊細で輝かしい。
ブーニンの指の回りは必ずしも良くなかったが、それを磨き抜かれた音で補うという個性的な演奏。ヴィット指揮のワルシャワ国立フィルもブーニン同様、繊細さに溢れた伴奏を奏でる。


チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」はフル編成での演奏。ヴィットはNAXOSへの録音と同じく情熱的な演奏を聴かせる。なお、前半の2曲では指揮棒を手にしていたヴィットだが、この曲はノンタクトで振る。ワルシャワ国フィルの音は相変わらず乾き気味だが、第1楽章第2楽章などには独特の艶があって美しい。
第3楽章は情熱全開の演奏で、終わると同時に大きな拍手が起こった。続く第4楽章の嘆きの表情も堂に入っていて、好演といえる。

アンコールは2曲。ドヴォルザークのスラヴ舞曲第1番とプロコフィエフの古典交響曲より“ガボット”。
ドヴォルザークのスラヴ舞曲第1番は縦の線が合っているんだが合っていないんだかわからないような演奏であったが、威勢は良く、会場を盛り上げた。

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2018年11月 7日 (水)

コンサートの記(449) アラン・ギルバート指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2018京都

2018年11月1日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールで、アラン・ギルバート指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。

この演奏会は、開催に至るまで紆余曲折があった。

ハンザ同盟の盟主として知られたハンブルクのオーケストラであるNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団。北ドイツ放送交響楽団時代にギュンター・ヴァントの手兵として知名度を上げている。初代首席指揮者は、ベートーヴェンなどの名演で知られたハンス・シュミット=イッセルシュテットである。近年は、ヴァントの時代を経て、ジョン=エリオット・ガーディナーが音楽監督に就任するが、古楽出身のガーディナーは自身が創設したイングリッシュ・バロック・ソロイスツなどとの演奏を優先させたため、名誉指揮者となったヴァントが引き続き事実上のトップとして君臨、その後にヘルベルト・ブロムシュテットが音楽監督となるが、ブロムシュテットはライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター就任を決め、3年契約のはずが2年で終了と、トップに恵まれない時期もあった。
クリストフ・エッシェンバッハ、クリストフ・フォン・ドホナーニの時代を経て、トーマス・ヘンゲルブロックが首席指揮者に就任すると現代音楽の演奏などで注目を浴びている。今回の来日演奏会も当初はトーマス・ヘンゲルブロックが指揮する予定であったが、同楽団の首席客演指揮者を務め、次期首席指揮者に就任することが決まったアラン・ギルバートとの組み合わせに変更になっている。

今回の来日ツアーには、エレーヌ・グリモーがピアノ独奏者として同行する予定であったが、グリモーが右肩の故障で来日不可となり、ルドルフ・ブッフビンダーが急遽代役を務めることとなった。


曲目は、ワーグナーの楽劇「ローエングリン」より第1幕への前奏曲。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(ピアノ独奏:ルドルフ・ブッフビンダー)、ブラームスの交響曲第4番。

ハンブルクが生んだ作曲家であるブラームスの作品をメインに置く、ドイツの王道プログラム。

日本でもお馴染みとなったアラン・ギルバート。日米ハーフの指揮者である。ニューヨーク・フィルハーモニックのヴァイオリン奏者を両親に持ち、ハーバード大学、ニューイングランド音楽院、ジュリアード音楽院、カーティス音楽院といった米東海岸最高レベルの音楽教育機関でヴァイオリン、作曲、指揮を学んでいる。2009年から2017年まで、かつて両親が在籍していたニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を務めている。
日本ではまずNHK交響楽団への客演で名を知られるようになり、今年からは東京都交響楽団の首席客演指揮者に就任している。


弦楽はヴァイオリン両翼の古典配置を採用していたが、特にブラームスに於いてこの配置が功を奏する。

今日の公演はコンサートマスターが交代制で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番だけ白髪が特徴の奏者がコンサートマスターを務める。


ワーグナーの楽劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲。繊細で輝かしい弦楽のテクスチュアが見事であり、「神宿るワーグナー」という言葉が浮かぶ。
日本のオーケストラも技術の向上が著しいが、流石に現時点ではここまでの音は出せない。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。
ウィーン楽壇の代表格として知られるソリストのブッフビンダーは、細部まで設計の行き届いたピアノを深々とした音で歌い上げる。深さと奥行きのある音は、ヨーロッパ以外のピアニストからは余り聴かれないものである。
ギルバート指揮のNDRエルプフィルは、躍動感溢れる伴奏を展開。特に第3楽章終結部では、アメリカの指揮者ということもあってロックのようなノリノリのテイストで聴かせる。それでいて安っぽくないのがギルバートとNDRエルプフィルの良さである。

ブッフビンダーのアンコール演奏は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番より第2楽章。ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスと受け継がれるウィーン情緒を前面に出した演奏であり、格調高くも軽快な響きが印象的である。


メインであるブラームスの交響曲第4番。ギルバートは第1楽章の冒頭を揺らすように歌い、繊細さ、悲哀感、堅固な構造力、旋律の美しさの全てを1本の指揮棒で浮かび上がらせる。

とにかくNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の巧さが目立つ演奏であり、北ドイツのオーケストラらしく縦の線をきっちりと合わせながら切れ味の鋭い高い合奏力を聴かせる。ギルバートも指揮していてさぞ気持ちが良いだろう。
技巧面においては世界でも最高レベルであると思われ、音楽性においてもトップレベルを伺うだけの実力はある。
ブラームスの交響曲第4番は人気曲であるだけに演奏会で取り上げられる機会も多いが、この曲の凄さを表したという意味においては今日の演奏が第一席に挙げられると思う。快演だった。


アンコール演奏は2曲。
まずは、ブラームスの「ハンガリー舞曲」第6番。ギルバートらしいノリの良い演奏である。

最後の演目。オーケストラがドビュッシーの交響詩「海」を模した序奏を奏で、「浜辺の歌」の旋律が現れる。日本の楽曲ということで、客席からも拍手が起こる。それにしても凝った旋律である。誰が編曲したのか知りたくなる。
日本人の血を半分引くギルバート。日本的な抒情を存分に歌い上げた演奏となった。

とても良い気分で京都コンサートホールを後にする。


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2018年10月22日 (月)

京都国際舞台芸術祭 KYOTO EXPERIMENT 2018 セシリア・ペンゴレア&フランソワ・シェニョー 「DUB LOVE」

2018年10月18日 左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールにて

午後8時から、ロームシアター京都ノースホールで、京都国際舞台芸術祭 KYOTO EXPERIMENT 2018 セシリア・ベンゴレア&フランソワ・シェニョーの「DUB LOVE」を観る。

セシリア・ベンゴレアとフランソワ・シェニョーはフランスのパリを拠点に活動しているダンサー兼振付家である。先日、ロームシアター京都サウスホールで公演を行ったロレーヌ国立バレエ団の「トリプルビル」第1作目「DEVOTED」の振付も担当している。

コンセプト:セシリア・ベンゴレア、アナ・ピ、フランソワ・シェニョー。構成・出演:セシリア・ベンゴレア、フランソワ・シェニョー、アレックス・マグラー(役割構成:アナ・ピ)。ヒップホッフ振付コラボレーション:アンジェ・クエ。ダブルプレートプレーヤー:DJ High Elements。

ジャマイカの音楽に乗せて行われるコンテンポラリーダンスである。
タイトルにもある「DUB」というのはレゲエの音響加工技術だそうで、様々な音を加工する。
1950年代のジャマイカで興り、60年代にはスカ(東京スカパラダイスオーケストラでも知られる裏打ちの高速テンポを特徴とする音楽)の要素も取り入れて、その後もロックやミニマルの影響を受けつつ発展したという。


上手側に鏡が張られており、下手から照明を照らすことで、反射した光が下手の壁に影を作る。舞台上のダンサー、上手の鏡像、下手の影の3つが平行して進む形になる。

8分の6拍子の音に合わせてまずフランソワ・シェニョーが登場。 2番手がアレックス・マグラー、ラストがセシリア・ベンゴレアという順に登場。
思い思いの振りで踊った後で、同じ仕草で踊り始める。

その後、3人とも爪先立ちでバランスを取った後で、3人が肩を組み、しゃがんで右足を上げたり、男性ダンサー2人の支えで、セシリアが上体を反らせつつ移動したりするなど、バランスの芸が行われる。

バランスを取るには相手に合わせる必要があるため、この時点で「愛」である。

ちょっとした休憩タイムの水入り後で、3人のダンサーがDJに合わせて歌う。メロディーよりリズム優先で、即興性に富む。

その後も、4分の4拍子のスカのリズムに合わせてダンスが行われ、やがてスカが後退すると全員同じ振付になり、バランス芸が再び現れた後で、爪先立ちで肩を組んだ3人がソロリソロリと退場して終わる。あたかも鏡像のように、あるいはバッハの音楽のように遡行されて。


描いているものはシンプルなのであるが、演劇にしろ音楽にしろ映画にしろ、単純なものを単純に描くのは案外難しい。その点、コンテンポラリーダンスは簡単なものを簡単に表現することに長けている。それがダンスの強みでもある。

今日は満員札止めの観客がDJも含めた4人を大いに称えた。



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