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2019年7月 8日 (月)

コンサートの記(571) クリスティアン・アルミンク指揮ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2019京都

2019年6月29日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、クリスティアン・アルミンク指揮ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。

ベルギー・フランス語圏の中心都市であるリエージュ。リエージュ州の州都である。ベルギーを代表する作曲家であるセザール・フランク、無伴奏ヴァイオリン曲が人気のウジェーヌ・イザイ、「メグレ警部」シリーズで知られる推理作家のジョルジュ・シムノンなどを生んだ街であり、ベルギー名物であるワッフルが誕生した場所でもある。

ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団は、1960年の創設。近年は、パスカル・ロフェ、フランソワ=グザヴィエ・ロトなどが音楽監督を務め、2011年からクリスティアン・アルミンクを音楽監督に戴いている。
1990年に初来日しているが、今回はそれ以来、実に29年ぶりの来日公演となる。リエージュ・フィルが王立を名乗ることを許されたのは2010年のことなので、現在の名称となってからは初の来日となる。

リエージュ・フィル音楽監督のクリスティアン・アルミンクは、新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督を10年間務めており、日本でもお馴染みの存在である。
1971年、ウィーン生まれ。父親はドイツ・グラモフォン・レーベルの重役(のちに社長になる)であり、著名な音楽家が自宅に遊びに来ることもしばしばだったようだ。父親がドイツ・グラモフォン極東部門総責任者を務めた幼少時には、アルミンクも東京・六本木で過ごした経験があるという。その後、ウィーンに戻り、ウィーン国立音楽大学で指揮をレオポルド・ハーガーらに師事。卒業後は、タングルウッドで小澤征爾に学び、2003年には「セイジのオーケストラ」こと新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に迎えられている。若くしてヤナーチェク・フィルを指揮してアルテ・ノヴァ・レーベルに録音を行っており(私はたまたま発売直後に買っている)、ルツェルン歌劇場と交響楽団の音楽監督を経て現職。また、2017年4月からは広島交響楽団の首席客演指揮者も務めている。
この春には、小澤征爾音楽塾の歌劇「カルメン」京都公演の指揮を師である小澤と二人で務めた(小澤は、序曲と記事にはあったが、おそらく前奏曲の第1番と第2番のみを指揮して交代したため、アルミンクがほぼ全編を指揮。小澤はその後病気でリタイアしたため、関東での公演は、完全にアルミンク一人で担当している)。

 

曲目は、ルクーの「弦楽のためのアダージョ」、タン・ドゥン(譚盾)のギター協奏曲「Yi2」(日本初演。ギター独奏:鈴木大介)、ブラームスの交響曲第1番。

 

リエージュ・フィルの登場の仕方は変わっており、開演時間である午後2時の3分ほど前にメンバーがゾロゾロと登場(1曲目が弦楽のための作品なので弦楽器奏者のみの登場)。席に座って各々が攫い、午後2時を過ぎてからコンサートマスターのゲオルク・トゥドラケが一人で登場して、全員で挨拶という形になる。そのためか、開演5分前を告げるチャイムは前後半とも鳴らなかった。

 

ルクーの「弦楽のためのアダージョ」。ギョーム・ルクーは、ベルギー・リエージュ州出身の作曲家。セザール・フランクの弟子である。9歳の時に両親と共にフランスに移住し、その後、パリでフランクとヴァンサン・ダンディに師事。「天才」との評価を得るが、24歳で夭逝している。
「弦楽のためのアダージョ」は、師であるフランク追悼のために書かれたものとされる。

哀感十分の曲調である。一世代上のグリーグや同世代であるシベリウスに繋がるような旋律も登場するため、曲調も把握しやすい。
リエージュ・フィルの弦楽は、渋い輝きを特色としていて、フランス語圏のオーケストラではあるが、どちらかというとオランダやドイツのオーケストラに近い個性を持っているのが面白い。

 

タン・ドゥンのギター協奏曲「Yi2」。現代中国を代表する作曲家であるタン・ドゥン。「題名のない音楽会」などへの出演やNHK交響楽団との共演で日本での知名度も高い。湖南省長沙に生まれ、幼いときから民族音楽などに触れて、二胡奏者として活躍していたが、ベートーヴェンの交響曲第5番を初めて聴いた時に「エイリアンの音楽だ!」と衝撃を受け、クラシック音楽の道に進んでいる。文革の下放後に北京の中央音楽院に入学し、武満徹の音楽などに触れる。卒業後に渡米。ニューヨークのコロンビア大学大学院で前衛的な作曲法を学び、以後もニューヨークを拠点に作曲や指揮者としての活動を続けている。

タイトルの「Yi2」に関しては詳しいことはわからないが、「Yi」は「易」という字のピンイン(中国語版ローマ字)の表記とされ、これまで「Yi0」「Yi1」の2作が発表されていて、これが3つ目の作品になるという。

まず、鈴木大介のギターソロで始まるが、すぐにアルミンクが手を打って応え、というより遮るようにして止まり、再びソロが始まるも、また指揮者による手拍子が加わる。
その後、二拍による音型が「得体の知れない何か」の行進曲のように続く。
ギターのソロであるが、いかにもスペイン的な要素と、タン・ドゥンの祖国である中国の琵琶(ピパ)を意識したトレモロの2つが交互に現れる。琵琶を模した部分であるが、映画音楽に詳しい人には、「映画『ラストエンペラー』の東屋での場面に流れる、コン・スーが作曲した音楽によく似ている」と書くとあるいは通じるかも知れない。
オーケストラにはピアノが加わっているが、ピアニストはピアノの弦を弾いて音を出したり、腕を組む形で鍵盤に押しつけてトーンクラスターにしたりと、変則的な演奏を行う。ストラヴィンスキー的な盛り上がり方をするクライマックスでは、オーケストラのメンバーが、「シー」という言葉を2度ほど発する。

交響詩ではないので具体的な何かを描いているわけではないだろうが、スペインも中国も独裁者が圧政を行った国であり、二拍の不気味な行進曲からは、そうした歴史が想起される。

 

鈴木大介のアンコール演奏は、ビートルズナンバーの「Yesterday」。武満徹による洒落た編曲もいい。

 

ブラームスの交響曲第1番。リエージュ・フィルは第1ヴァイオリン16型で編成は小さくないが、前方に詰めたシフトを敷いているため、ステージの後ろの方が開くという布陣である。
序奏は悲劇性よりも哀感を優先させ、その後、徐々に熱くなっていくという解釈である。リエージュ・フィルはリズム感はそれほどでもなく、アンサンブルの技術も正確性に関してはあるいは京響の方が上かも知れないが、憂いと渋みのあるしっとりとした音色は、あるいは完璧に合わせるのではなくほんのわずかにずらすことで生まれているのかも知れない。ヨーロッパ人の音に対する感覚の鋭さがうかがわれる。

コンサートマスターのゲオルク・トゥドラケはボウイングが大きいが、管楽器が主役の部分などではアルミンクから弦楽器のまとめを託されて協力して演奏していることが見て取れる。
洗練された雅やかなブラームスであるが、第4楽章のクライマックスで突如リタルダンドするのが特徴。他には聴かれない解釈なので、どういう意図があったのか気になる。
アルミンクは、通常はそれほど力まず、ここぞという時に全力を傾注するというスタイルでドラマを引き立てていた。

 

アンコール演奏は、ブラームスのハンガリー舞曲第6番。これも土俗感は余り出さないシャープな演奏であった。

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2019年7月 6日 (土)

コンサートの記(569) ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年6月30日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後1時30分から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、ミヒャエル・ザンデルリンク指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。「未完成」「運命」「新世界より」の三大シンフォニープログラム。ミヒャエル・ザンデルリンクとドレスデン・フィルのコンビではブランドとして少し弱いかも知れないが、大阪フィルハーモニー交響楽団なども毎年行っている「未完成」「運命」「新世界」の三大交響曲プログラムはとにかく人気であり、今日もザ・シンフォニーホールの客席は8割以上は埋まっていると思われる。


旧東ドイツを代表する指揮者であったクルト・ザンデルリンクの息子であるミヒャエル・ザンデルリンク。異母兄のトーマスと同母兄のシュテファンも指揮者だが、ミヒャエルは最初にチェリストとしてキャリアを築いてから指揮者に転向したことが他の親族とは異なる。ハンス・アイスラー音楽大学でチェロを専攻し、マリア・カナルス国際コンクール・チェロ部門で優勝。ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席チェロ奏者やソリストとして活動後、30歳を過ぎてから指揮者デビューしている。現在も教育者としてチェロに携わっており、フランクフルト音楽舞台芸術大学教授などを務めている。

ヘルベルト・ケーゲルが残した録音によって知名度が高まったドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団。ドイツのオーケストラでありながらフランスの名匠であるミシェル・プラッソンを首席指揮者に招くなど意欲的な人選でも知られる。2011年よりミヒャエル・ザンデルリンクが首席指揮者を務めてきたが、ミヒャエルはこの6月をもって勇退、後任には以前にもドレスデン・フィル首席指揮者を務めていたマレク・ヤノフスキの再任が決まっており、秋から新時代に入る予定である。


午後1時30分ジャストにドレスデン・フィルのメンバーがステージ上に現れる。時間にかなり正確なのがドイツの楽団らしい。前後半でコンサートマスターとフォアシュピーラーが入れ替わり、前半はHeike Janickeがコンサートミストレスを務め、前半のフォアシュピーラーであるRalf-Carstten Bromselが後半のコンサートマスターとなってHeike Janickeはフォアシュピーラーに回る。ほぼ2年に1度のペースで来日しているドレスデン・フィルであるが、現在は日本人の団員はいない。東洋系の容姿の人はいるが、メンバー表を見ると中華系であることがわかる。


「未完成」と「運命」は、ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。ミヒャエルはノンタクトでの指揮である。

シューベルトの交響曲第7番「未完成」は、LP時代には「運命」とのカップリングが王道といわれた曲だが、CD時代に入るとその組み合わせによる録音は減り、曲が短く、コンサートのメインにしにくということでプログラミングされる機会も減っている。

チェロはビブラートを盛大に使用。その他の弦楽器奏者は思い思いに掛けたり掛けなかったりという折衷タイプの演奏である。シューベルトの毒もかなり出ており、各楽器の美しさも生きた演奏となっていた。楽章間をアタッカで繋いだのも個性的である。


ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。トランペットが古楽器に変わり、ティンパニもバロックタイプのものが用いられる。私の席からはホルンはよく見えなかったが、おそらくナチュラルホルンに変わっていたはずである。

ミヒャエル・ザンデルリンクは、両手を横に広げ、止まったところで運命動機が奏でられる。フェルマータはかなり短めである。
「未完成」とは違って、かなり徹底したピリオドアプローチによる演奏である。弦楽器のボウイングも語尾を伸ばさずに弦から弓を離すというHIP特有のもので、パウゼも短い。
やはりアタッカで入った第2楽章で木管が引っ掛けるなど、技術的には十分とはいえないものだが、切れや力強さ、細やかな表情付けなど、ドイツのオーケストラの美質がよく現れていた。
ピッコロが浮かび上がるのは1カ所だけで、音型がはっきり変わるという場面もなく、譜面の版ははっきりしない。ブライトコプフ版も新版が揃い始めており、「ピリオドといえばベーレンライター」という時代も終わりつつある。


後半のドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」では、ドレスデン・フィルは弦の配置をドイツ式の現代配置に変え、ミヒャエルは指揮棒を手にしていた。
この曲でも木管が音を外すなど、弱点となっているようである。管を浮かび上がらせることを特徴とする演奏であるが、縦の線は正直かなり怪しい。
ミヒャエルは、第1楽章のクライマックスでテンポを上げて迫力を出すが、かなり粗く感じられたのも確かである。
第4楽章でも弦の鋭い音色と、強力だが巧みな和音作りで美観を損なわない金管が効果的だったが、テンポが速過ぎると思えるところがあった。


アンコール演奏は、ドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番。土俗感はなく整った演奏で、フォルムとしての美しさを出していた。

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2019年6月23日 (日)

コンサートの記(565) シャー・シャオタン指揮チャイナ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年6月13日 谷町4丁目のNHK大阪ホールにて

午後7時から、谷町4丁目のNHK大阪ホールでチャイナ・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。

チャイナ・フィルハーモニー管弦楽団(中国爱乐乐团)は、2000年に発足した北京のオーケストラである。その少し前には北京のオーケストラを統合する形で中国国家交響楽団が生まれており、チャイナ・フィルも中国放送交響楽団を母体に放送系団体を再編成してスタートしている。
メンバー表にピンイン(中国語版ローマ字)表記による氏名が載っているが、香港系の名前が一人いる他は全員が漢民族系の姓名である。
芸術監督兼首席指揮者は中国唯一の世界的指揮者である余隆(YU Long)。百度百科の記事によると首席客演指揮者は世界的な作曲家でもあるクシシュトフ・ペンデレツキが務めているようである。

白人が約半数を占める香港フィルを除けば、中国のオーケストラを聴くのは5回目。コンサートオーケストラに限ると4回目である。一口に「中国のオーケストラ」といっても国土が広いため、レベルには差がある。広州交響楽団のようなアジアを代表する水準に達しているオーケストラもあれば、これまで聴いた中で最低レベルでしかなかった黒竜江・ハルビン交響楽団(朝比奈隆が指揮していた白系ロシア人を中心とした楽団とは別の比較的新しいオーケストラ)のような団体も存在する。アジアで最も長い歴史を誇る上海交響楽団も十数年前に聴いた限りでは日本のアマチュアオーケストラの平均的レベルより下になると思われる。

文化大革命によってクラシック音楽が弾圧の対象となったため、中国のクラシックの水準は世界的に見てそう高いとはいえないが、ソリストでは、ピアニストのランラン、ユンディ・リ、ユジャ・ワン、チェリストのジャン・ワンなど世界的な演奏家が次々に現れている。
オーケストラの方はまだまだこれからであり、90年代に結成されたばかりの中国国家交響楽団にシャルル・デュトワが客演した際に作られたドキュメンタリーでは、中国国家交響楽団のメンバーがどうしてもフランス音楽の音が出せないため、デュトワと共にパートごとに居残り特訓をする様が流されていた。

 

曲目は、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、チェン・チーガン(陳其鋼)のヴァイオリン協奏曲「苦悩の中の歓喜」(ヴァイオリン独奏:リュー・ルイ)、ベートーヴェンの交響曲第5番。

指揮はチャイナ・フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者のシャー・シャオタン(夏小汤)。1964年生まれ、北京の中央音楽院で学び、現在はチャイナ・フィルの常任指揮者の他、チャイナ・ユース交響楽団の首席指揮者と中央音楽院の指揮科教授を務めている。

当然ながらチケットは全然売れていない。今日は2階席のチケットを取ったのだが、1階席の招待席が全く捌けていないので交換可ということになっており、NHK大阪ホールの1階席は必ずしも音は良くないのだが、「少しでも客席に人がいる方が演奏する側もやりやすいだろう」ということもあって換えて貰う。結局、1階席のそこここに人はいるが間ががら空きという状態での演奏会となる。

ドイツ式の現代配置での演奏。入場の仕方に特徴があり、立って聴衆の拍手を受けるのだが、全員がステージの上に揃わないうちに、コンサートマスターが「この辺でいいよ」と手で示して、弦楽奏者などは座ってしまう。

 

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。
最初に発された音から優れたアンサンブルであることが分かる。細部などは割合いい加減だったりするのだが、音に張りと勢いがあり、和音に対する感性が独特であると同時に優れている。内声部の強調なども個性的であり、世界的にマイナーとされるオーケストラの個性を聴く喜びが総身を駆け抜ける。聴くだけで感動するタイプの音である。

 

チェン・チーガンのヴァイオリン協奏曲「苦悩の中の歓喜」。単一楽章による変奏曲である。
世界的に高い評価を受けているチェン・チーガン。上海に生まれ、文化大革命の苦難を経て、再発足したばかりの中央音楽院に入学。34歳で渡仏し、パリでメシアンに師事。現在もフランス在住である。
ヴァイオリン独奏のリュー・ルイ(刘睿。リュー・ルェイの方が原音に近い)は、現在、チャイナ・フィルのアソシエイト・コンサートマスターの地位にある。1983年、四川省成都生まれ。4歳でヴァイオリンを始め、10歳で中央音楽院の小学校部門に入学。2005年に中央音楽院を卒業してチャイナ・フィルに入団し、2014年にアシスタント・コンサートマスターとなっている。

冒頭はいかにもメシアン風の響きであり、薄明の中をただ一人で歩んでいるような孤独な音楽が繰り広げられる。中国風のメロディーと西洋的な旋律が奏でられた後で、クラリネットが甘い歌で誘うが、ヴァイオリンソロが決然と拒否するという印象的な場面が2度続く。予想を裏切る展開であり、ハッとさせられる瞬間である。チャルメラの音色を模したオーボエが同じようにソロを吹く場面があるが、今度はヴァイオリンによって肯定されるようだ。
最後は広がりのある音楽で締めくくられる。

演奏終了後、リュー・ルイは喝采を受けるが、日本のオーケストラとは違い、カーテンコールを長く受けずに、ある程度でさっと切り上げてしまうという光景が珍しい。

 

メインであるベートーヴェンの交響曲第5番。
シャー・シャオタンは一度指揮棒を振り下ろしてから半分ほど上げ、もう一度振り下ろす瞬間に運命動機がスタートする。動きのみならず息づかいも駆使する。
第1楽章は反復あり。転調による警告の場面ではグッとテンポを遅くして文学的な解釈を示す。緩急やタメの作り方が独特であり、他の指揮者や団体がためるところは素通りして、余り例がないところでテンポを緩めたりする。全体的にシャープなフォルムによる演奏であり、トスカニーニやカラヤンが追求したタイプの音像が聴かれる。当然ながらピリオドではない。
物語性も重視しており、ある意味、懐かしいタイプのベートーヴェンになっているといえる。内声のえぐり方も強烈であるが、音で圧するのではなく、様々な音を独自に積み重ねることで生まれる重層性が魅力的な演奏である。

 

アンコール演奏は、菅野よう子の「花は咲く」。優しい編曲と演奏であった。

シャー・シャオタンは、何度目かのカーテンコールで、弦楽器の最前列の奏者と握手を交わすが、弦楽器の他の奏者達はそれと同時に横にいる奏者と握手を始める。管楽器奏者はステージ中央に集まってスマホで記念写真を撮り始める。その後、楽団員達は客席に向かって手を振ったり、投げキッスをしたりしながらステージを後にする。なんだかとってもフリーダムに見える。検閲制度のある国の人々なのだが。
拍手がそれほど長く続いたというわけでもないのだが、最後はシャー・シャオタンが一人でステージ中央に現れ、お辞儀と投げキッスをして手を振りながら帰って行く。
これらは世界的にマイナーなオーケストラの演奏会に行く醍醐味でもある。

 

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2019年6月12日 (水)

コンサートの記(562) ムジークフェストなら2019 ウィーン少年合唱団来日公演

2019年5月31日 奈良県文化会館国際ホールにて

奈良へ。午後7時から奈良公園の北にある奈良県文化会館国際ホールで、ムジークフェストなら2019 ウィーン少年合唱団来日公演を聴く。

1498年創設のウィーン少年合唱団。現在は、ウィーンゆかりの4人の作曲家にちなみ、ハイドン組、モーツァルト組、シューベルト組、ブルックナー組(このうち、ハイドンとシューベルトはウィーン少年合唱団のメンバーであった)の4組に分かれて活動しており、昨年は京都にハイドン組のメンバーがやって来たが、今回はブルックナー組が来日して各所でコンサートを行う。カペルマイスターはマノロ・カニン。

奈良県文化会館は、今年の1月に耐震強度の不足が指摘され、キャンセルも多いそうだが、国際ホールは倒壊の恐れはなく、耐震性不足とされた楽屋部分などを随時補修していく計画のようである。

曲目は、第1部が、オルフのカンタータ「カルミナ・ブラーナ」より“おお、運命の女神よ(運命の女神の歌)”、ヴィアダーナの「正しき者よ、王によって喜べ」、メンデルスゾーンの「羊飼いはよみがえられた」、ハイドンのオラトリオ「天地創造」より“天の神の栄光を語り”、ブラームスの3つの宗教合唱曲より「喜ばしき天の女王」、ブラームスの詩篇13番、ゲーリンガーの「死と愛」、バンキエーリの「3声のカプリース」「動物たちの対位法」。第2部が、ピアソラの「リベルタンゴ」、ディ・カプア/マッズッキの「オー・ソレ・ミオ」、ロジャーズの映画「サウンド・オブ・ミュージック」より“ひとりぼっちの羊飼い”と“エーデルワイス”、瀧廉太郎の「荒城の月」、上皇后陛下御作詞の「ねむの木の子守歌」、岡野貞一の「ふるさと」、ヴィルトの「Peace Within(内なる平和)」、オーストリア民謡「納屋の大戸」、ヴンシュの「今日、天使たちがウィーンにやってくる」、ヨーゼフ・シュトラウスの「水平のポルカ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「雷鳴と稲妻」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「美しく青きドナウ」

奈良県文化会館国際ホールは改修によって壁や床が吉野杉の木目に改まっているが多目的ホールであり、今回のような中編成の少年合唱団では迫力に欠ける気もするが、ウィーン少年合唱団の美声はよく通り、カペルマイスターであるマノロ・カニンのエンターテインメント性に溢れる展開もあって楽しいコンサートとなる。

そのマノロ・カニンはテキストを手に日本語で長いスピーチを行い(「この5月から令和の新しい時代となりました。おめでとうございます」など)、客席から喝采を受ける。ウィーン少年合唱団もテキストを手に楽曲紹介を行ったり、中には日本語を暗記してスピーチを行う子もいる。日本人のメンバーも2人おり、その中の背は低いが利発そうな顔をした子が大人びたスピーチを行って客席を感心させたりしていた。
「ひとりぼっちの羊飼い」(チラシの背面に書かれたプログラムには載っていなかったため、急遽追加になった曲なのかも知れない)ではメンバーの一人がカニンに代わってピアノ伴奏を担当。「納屋の大戸」ではメンバーがクロマティック・アコーディオンやコルネットを演奏して、手回しオルガンやポストホルンを真似た音を作り、ウィーン情緒を演出する。
「動物たちの対位法」では、メンバーが犬や羊の鳴き声を模倣。少年合唱団だからこそ面白さや愛らしさが引き立つ曲が選ばれており、プログラミングも巧みである。
一方、ヴィルトの「Peace Within(内なる平和)」は現代音楽であり、「少年合唱団だから楽しければいい」という、いい加減な選曲でないこともわかる。


アンコールは3曲。まず「サウンド・オブ・ミュージック」より“ドレミの歌”が冒頭のセリフと演技入りで歌われる。

2曲目は菅野よう子の「花は咲く」。日本公演のために選ばれた曲である。清らかな声によって惻々とした思いと希望が歌われた。

最後はヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。中央の少年が手拍子の指示を行い、大喝采のうちにコンサートは終了した。

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2019年5月 5日 (日)

コンサートの記(554) パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア・フェスティバル管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年4月28日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア・フェスティバル管弦楽団の演奏会を聴く。

エストニア・フェスティバル管弦楽団は、パーヴォ・ヤルヴィが創設したオーケストラである。
エストニアの保養地・避暑地であるパルヌで毎年行われる音楽祭のレジデンスオーケストラであり、2011年にパーヴォが父親であるネーメ・ヤルヴィと共にパルヌ音楽祭の指揮マスタークラスを始めた際に結成された。メンバーのうち半分はエストニアの若い音楽家、残りの半分はパーヴォが世界中から集めた優秀な音楽家たちであり、教育的な面と表現拡大の両面を目指しているようである。

 

曲目は、ペルトの「カントゥス ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」、シベリウスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:五嶋みどり)、トゥールの「テンペストの呪文」、シベリウスの交響曲第2番。

 

午後2時15分頃からプレイベントがある。ナビゲーターはソリストの五嶋みどり(MIDORI)。
黄色いTシャツで登場した五嶋みどりは、プレイベントの説明と、エストニア・フェスティバル管弦楽団の簡単な紹介を行った後で、エストニア・フェスティバル管弦楽団の女性ヴァイオリニスト、ミーナ・ヤルヴィと二人でプロコフィエフの2つのヴァイオリンのためのソナタハ長調より第2楽章を演奏する。今日は2階の最後部の席で聴いたのだが、ヴァイオリンの音がかなり小さく感じられ、当然ながらフェスティバルホールが室内楽には全く向いていないことがわかる。

続いて、エストニア・フェスティバル管弦楽団の創設者兼音楽監督で今日の指揮も務めるパーヴォ・ヤルヴィに五嶋みどりが話を聞く。
パーヴォはまずエストニアの紹介をする。人口150万ぐらいの小さな国だが、音楽が重要視されていること、優れた作曲家や音楽家が大勢いること、自分は17歳の時にエストニアを離れてアメリカで暮らしてきたが、人からエストニアについて聞かれるうちに、エストニアの音楽親善大使になる団体を作りたいと思い、エストニア・フェスティバル管弦楽団を創設したことなどを語る。
エストニアの音楽文化のみならず、バルト三国やポーランド、フィンランド、スウェーデン、ロシアなどとも互いに影響し合っており、そのことも表現していきたいとの意気込みも語った。
パルヌはフィンランドの温泉のある保養地で、パーヴォの父親であるネーメもそこに家を持っていて、パーヴォはショスタコーヴィチやロストロポーヴィチなどとパルヌのヤルヴィ家で会っているそうである。

最後は、エストニア・フェスティバル管弦団のヴィオラ奏者である安達真理に五嶋が話を聞く。安達がステージに出ようとする際に誰かとじゃれ合っているのが見えたが、パーヴォが「行かないで」という風に手を引っ張ったそうで、五嶋は「今のはマエストロのエストニアンジョークですか?」と聞いていた。
エストニアの首都タリンについては、安達は「可愛らしい、可愛らしいなんて軽く言っちゃいけない悲しい歴史があるんですが、古き良きヨーロッパが凝縮されているような」街で、ヨーロッパ人からも人気があるそうだ。パルヌ(五嶋みどりは「ペルヌ」と発音。おそらく「パ」と「ペ」の中間の音なのだろう)にはビーチがあるのだが、「サンフランシスコのビーチのようなものではなくて、わびさびというか」と思索に向いた場所らしいことがわかる。
プレイベントの締めくくりは、五嶋と安達によるヴァイオリンとヴィオラの二重奏。モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲変ロ長調より第1楽章が演奏された。

 

ヴァイオリン両翼の古典配置による演奏である。ティンパニは上手奥に陣取る。

 

ペルトの「カントゥス ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」。
エストニアのみならず世界を代表する現代作曲家の一人であるアルヴォ・ペルト。ロシア正教の信者となってからは強烈なヒーリング効果を持つ作品を生み出し、1990年代にはちょっとしたペルトブームを起こしている。
タイトル通り、ベンジャミン・ブリテンへの追悼曲として作曲された、弦楽オーケストラとベルのためのミニマル風作品である。
冒頭の繊細な弦のささやきから魅力的であり、色彩と輝きと光度のグラデーションを変えながら音が広がっていく。あたかも音による万華鏡を見ているような、抗しがたい魅力のある作品と演奏である。エストニア・フェスティバル管弦楽団の各弦楽器の弓の動き方など、視覚面での面白さも発見した。

 

シベリウスのヴァイオリン協奏曲。
ソリストの五嶋みどりは、ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団と同曲をレコーディングしており、歴代屈指の名盤に数えられている。
五嶋のヴァイオリンであるが、集中力が高く、全ての音に神経が注がれて五嶋独自の色に染まっていることに感心させられる。全ての音を自分のものにするということは名人中の名人でもかなり難しいはずである。
第3楽章における弱音の美しさもそれまで耳にしたことのないレベルに達していた。
パーヴォ指揮のエストニア・フェスティバル管は表現主義的でドラマティックな伴奏を繰り広げる。音の輝きやニュアンスが次々と変わっていくため、シベリウス作品に似つかわしくないのかもしれないが、面白い演奏であることも確かだ。

五嶋みどりのアンコール演奏は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番からサラバンド。まさに音の匠による至芸であり、バッハの美しさと奥深さを存分に伝える。

 

トゥールの「テンペストの呪文」
トゥールは1959年生まれのエストニアの作曲家。パーヴォの3つ年上である。1979年にプログレッシブ・ロックバンドバンドIn speで注目を集めており、リズミカルな作風を特徴としている。パーヴォはトゥール作品のCDをいくつか出している。
「テンペストの呪文」は、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」に影響を受けて書かれたもので、2015年にヤクブ・フルシャ指揮萬バンベルク交響楽団によって初演されている。煌びやかにしてプリミティブな音楽であり、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に繋がるところがある。パーヴォは打楽器出身ということもあってリズムの処理は万全、楽しい演奏に仕上がる。

 

メインであるシベリウスの交響曲第2番。全編を通して透明な音で貫かれる。
パーヴォがかなりテンポを動かし、即興性を生んでいる。パーヴォは音のブレンドの達人だが、この曲ではあたかも鉈を振るって彫刻を行うような力技も目立つ。ゲネラルパウゼが長いのも特徴だ。
「荒ぶる透明な魂の遍歴」を描くような演奏であり、第4楽章も暗さは余り感じさせず、ラストに向かって一直線に、時には驚くほどの速さによる進撃を見せる。
終結部はなんとも言えぬほどの爽快さで、フィンランドと人類の魂の開放が謳われる。

 

アンコールは2曲。まず、パーヴォの定番であるシベリウスの「悲しきワルツ」が演奏される。今日も超絶ピアニシモが聞かれた。

アンコールの2曲目は聴いたことがない作品。アルヴェーンの「羊飼いの娘の踊り」だそうである。弦楽による民族舞踊風の音楽が終わった後で拍手が起こったが、パーヴォは「まだまだ」と首を振って、オーボエがリリカルでセンチメンタルな旋律を歌い始める。
その後、冒頭の民族舞踊調の音楽が戻ってきて、ノリノリのうちに演奏を締めくくる。爆発的な拍手がパーヴォとエストニア・フェスティバル管を讃えた。

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2019年4月20日 (土)

コンサートの記(546) ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年4月14日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、スイス・ロマンド管弦楽団の来日演奏会に接する。指揮はスイス・ロマンド管弦楽団の音楽・芸術監督で、東京交響楽団の音楽監督として日本でもお馴染みのジョナサン・ノット。

スイス・フランス語圏を意味するスイス・ロマンド管弦楽団。ジュネーヴに本拠地を置くオーケストラだが、最近ではローザンヌにも拠点を持っているようである。
エルネスト・アンセルメによって結成され、英DECCAにフランスものを中心とした録音を行い、一躍名声を得たスイス・ロマンド管弦楽団。ただアンセルメとの来日演奏会は不評で「レコード美人」などと叩かれたこともある。アンセルメの後は、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキの師として知られるパウル・クレツキの時代を経て、ウォルフガング・サヴァリッシュ、ホルスト・シュタインというNHK交響楽団の名誉指揮者が立て続けにシェフとなって日本でも親しまれたが、この時期は同オケの低迷期とされている。ただ、ドイツ人指揮者を続けて招いたことでレパートリーは広がり、演奏能力も大幅にアップしたそうである。
1985年から12年間に及んだスイス人指揮者であるアルミン・ジョルダンとのコンビは評価も高く、録音も数多く発表。アルミンはやや地味だったが、フランスものでの評判を取り戻している。ファビオ・ルイージ、ピンカス・スタインバーグ、マレク・ヤノフスキ、ネーメ・ヤルヴィといういずれも日本で活躍している指揮者の時代を経て2017年からノットの時代に入った。昨年、2018年には結成100周年を迎えている。

特にマーラーの解釈者として評価の高いジョナサン・ノット。ケンブリッジ大学で音楽学を学んだ後、マンチェスターの王立ノーザン音楽院で声楽とフルートを専攻し、ロンドンに出て指揮を学ぶ。ドイツの歌劇場でキャリアをスタートさせ、2000年にはバンベルク交響楽団の首席指揮者に就任し、レコーディングをスタートさせて各国で評判を得ている。
今から15年前になる2005年に、京都コンサートホールで行われたバンベルク交響楽団の来日公演でノットの指揮に接している。当時はCDも輸入盤しか出ていない状態でノットの知名度は低く、京都コンサートホールの客席は半分ぐらいしか埋まっていなかったが、マーラーの交響曲第5番の名演奏で聴衆を圧倒している。東響の指揮者となった今では日本で最も知名度の外国人指揮者の一人だ。


曲目は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:辻彩奈)とマーラーの交響曲第6番「悲劇的」


弦はヴァイオリン両翼の古典配置を採用。管は現代配置が基本で、ティンパニが指揮者の正面に来るのもモダンスタイルである。


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ソリストの辻彩奈は現在売り出し中の若手ヴァイオリニスト。1997年、岐阜県生まれ。2016年のモントリオール国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門で1位となり、一躍有名となったシンデレラガールである。

辻は磨き抜かれた豊穣な音色を聴かせる。一音一音を大切に奏でるが、その分近視眼的になって、全体として一本調子になってしまうのが若さを感じさせる。

ノット指揮のスイス・ロマンド管は、木管を強めに吹かせるということもあって、ロマンティシズムを抑えてすっきりとした伴奏を聴かせた。


辻のアンコール演奏は、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番よりガボット。同じ音型でも単調にならないよう微妙に表情を変えてくる丁寧な演奏であり、好感が持てた。


メインであるマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。ノットの十八番の一つであり、期待が高まる。第2楽章がスケルツォ、第3楽章がアンダンテ・モデラートとなる版での演奏である。

テンポは速め。やはりオーケストラに適度な抑制を利かせた演奏で、大仰な表情になるのを防いでいる。いかなる戦きにも上品さがあり、単なる自己内のドラマに完結させずに人類共通のメッセージとして届けようという姿勢がうかがえる。

スイス・ロマンド管弦楽団の音は輝かしいが、アメリカのオーケストラのようなギラギラした感じとは異なり、やはりノーブルなヨーロッパ的な響きを持ち味としていることがわかる。

マーラーのグロテスクな面を出さず、品の良さを徹底させているだけに、最後の一撃の残酷さがより明確に伝わるという設計の演奏。ノットの演出の上手さが伝わってくる。

終演後、拍手は鳴りやまず、私は途中で帰ったが、楽団員がステージを後にしてからノットが一人で登場して拍手を受けるという、俗にいう「一般参賀」が行われたようであった。

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2019年4月 7日 (日)

コンサートの記(541) パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2013名古屋

2013年11月23日 名古屋の三井住友海上しらかわホールにて

三井住友海上しらかわホールへ。パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴く。
オール・ベートーヴェン・プログラムで、歌劇「フィデリオ」序曲、交響曲第4番、交響曲第3番「英雄」が演奏される。

三井住友海上しらかわホールは前を通ったことはあるのだが、中に入るのは今日が初めてである。

ピリオド・アプローチによる演奏を得意とするドイツ・カンマーフィル。トランペットはピストンのないナチュラルトランペット。二階席下手の席に座っていたので、舞台下手側に座るホルン奏者の姿は見えないが、間違いなくナチュラルホルンであろうと思う。実際に音を聴くとやはりナチュラルホルンであることがわかる。ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。

三井住友海上しらかわホールの内装は、壁が全て木目であり、とても美しい。天井はやや高めであるため、オーケストラが演奏するには残響がやや短い。室内楽やピアノのリサイタルなどでは残響は余り必要でないため、そういう風に音響設計されているのかも知れない。内装、音響共に、大阪の、いずみホールに似ている。


パーヴォ登場。今日は全曲暗譜で指揮をする。

歌劇「フィデリオ」序曲。出だしが実にリズミカルである。パーヴォのバトンテクニックは真に鮮やかで、あたかも指揮棒の先で音符を拾い上げて、オーケストラの方へすっと投げているかのような印象を受ける。本当に動いたとおりに音楽が生まれるのである。少なくとも実演に接したことのある指揮者の中でパーヴォほど高度なバトンテクニックを持っている人は他にいない。サー・サイモン・ラトルやマリス・ヤンソンス、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の先代音楽監督であるダニエル・ハーディングの指揮も見ているが、ここまで見事ではなかった。
ナチュラルホルンであるが、モダン楽器のホルンでも「ホルンといえばキークス(音外し)という言葉が思い浮かぶ」と言われるほど演奏が難しい楽器である。そのため、音程を外す場面があった。
交響曲第5番同様、ピッコロが1オクターブ上を吹いて浮き上がる場面があり、ベーレンライター版の楽譜を使っていることがわかる。これまでずっと使われてきたブライトコップ(ブライトコプフ)版の楽譜で演奏された歌劇「フィデリオ」序曲のCDを聴いてもピッコロが浮かび上がる場面に出会ったことはない。
躍動感あふれる演奏であった。


交響曲第4番。私はパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニーの実演を横浜で聴いている。
今日も密度の濃い演奏である。楽章1つ演奏するだけで、並みの演奏の交響曲1曲分の聴き応えがある。
パーヴォは、CDにおいて、ベートーヴェンの交響曲第4番と第7番の演奏をカップリングでリリースし、アポロ芸術的と思われる交響曲第4番をディオニソス芸術的に、ディオニソス芸術の代表的存在であった交響曲第7番をアポロ芸術的に演奏するという真逆の解釈を示し、私は一聴して驚いたのであるが、パーヴォはそうした楽曲の光が当たらない一面を見つけるのが得意なようである。
緩急、強弱ともに自在な演奏であった。


後半、交響曲第3番「英雄」。同じ名古屋にある愛知県立芸術劇場コンサートホールで、パーヴォとドイツ・カンマーフィルによるこの曲の実演を聴いている。

ベートーヴェンのメトロノーム指示に近い速度を採用。そのためかなり速めの演奏である。ロマンティクな演奏になれている人は「速すぎる」と思うだろうが、20世紀後半の演奏から聴き始めた私などの世代にとっては、意気揚々と進軍する英雄の姿が目に見えるようなフレッシュな解釈である。
パーヴォは音のバランスを取るのが天才的に上手いため、クライマックスで、主旋律がトランペットから木管楽器に移る時にも、主旋律は行方不明にならず、木管が演奏しているのがきちんと聴き取れる。

第2楽章の葬送行進曲も白熱の演奏であり、哀感が強く胸に染み込む。

第3楽章。ティンパニの強奏が凄まじい。弦楽器であるが、各楽器の首席奏者だけが別の旋律を弾く場面が見られる。トリオにおけるナチュラルホルンの演奏も上手い。

最終楽章。序奏でパーヴォは歌い崩しをする。この楽章では、弦楽器の、コントラバスを除く各首席奏者のみが演奏し、弦楽四重奏になる場面がベーレンライター版の楽譜にはある。元々「solo」と書いてはあったようだが、「何かの間違いだろう」ということで採用されていなかったのだ。パーヴォの指揮するベートーヴェンは基本的にベーレンライター版の楽譜を用いているのだ、これが忠実に履行される。憩いの場ともいうべき印象を受ける。そして快速による凱旋行進。心躍る演奏であった。


アンコールは2曲。ブラームスの「ハンガリー舞曲」より第1番と、パーヴォのアンコールピースの定番であるシベリウスの「悲しきワルツ」。

ハンガリー舞曲第1番は、ブラームスがハンガリーの民謡や舞曲を収集して、まずピアノ連弾のための曲として纏められたもので、ブラームス自身もブラームス編曲として出している。舞曲であるため、目まぐるしく緩急が変化するのであるが、パーヴォは魔法のようにテンポを操り、「寄せては返す波のように激し」い演奏になった。

シベリウスの「悲しきワルツ」。超絶ピアニシモが今日も聴かれる。この時は会場内にいる全員が耳を澄ませるため、独特の張り詰めた空気がホール内を占拠する。

全て秀演。名古屋まで聴きに来るだけの価値のある演奏会であった。名古屋の聴衆は非常にマナーが良く、それも嬉しかった。

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2019年1月 9日 (水)

コンサートの記(499) プラハ国立劇場オペラ モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」@フェスティバルホール

2019年1月3日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、プラハ国立劇場オペラによる公演、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」を観る。

モーツァルトが愛し、またモーツァルトを愛した街・プラハを代表する劇場の来日公演。プラハ国立劇場オペラ(The Estate Theatre)は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」を初演したスタヴォフスケー劇場で公演を行う名門である(プラハ国立劇場とは同一運営で、プラハ国立歌劇場とは別団体)。歴史あるスタヴォフスケー劇場は手狭ということもあって大規模オペラは他に譲り、現在はモーツァルトのオペラを中心とした上演を行っているようだ。


指揮はエンリコ・ドヴィコ、演奏・合唱はプラハ国立劇場管弦楽団・プラハ国立劇場合唱団、演出はマグダレーナ・シュヴェツォヴァー、舞台装置はアンドレイ・ドゥリーク、衣装はカテリーナ・シュテフコヴァー、照明デザインはプシュミスル・ヤンダと現地のスタッフが中心である。舞台監督や技術スタッフは日本人が担っているようだ。

主要登場人物はダブルキャストやトリプルキャストで、今日の出演は、ミロシュ・ホラーク(フィガロ)、ヤナ・シベラ(スザンナ)、ロマン・ヤナール(伯爵)、エヴァ・メイ(伯爵夫人)、アルジュベータ・ヴォマーチコヴァー(ケルビーノ)、ヤナ・ホラーコヴァー・レヴィツォヴァー(マルチェッリーナ)、ヤン・シュチャーヴァー(バルトロ)、ヤロスラフ・ブジェジナ(バジリオ)、ヴィート・シャントラ(ドン・クルツィオ)、ラジスラフ・ムレイネク(アントニオ)、エヴァ・キーヴァロヴァー(バルバリーナ)ほか。
世界的な名声を得ているエヴァ・メイのみ客演で、他はプラハ国立劇場とプラハ国立歌劇場の所属メンバーが中心のようである。

今回の指揮者であるエンリコ・ドヴィコは、現在、ウィーン・フォルクスオーパーの首席客演指揮者を務めている。ライン・ドイツ・オペラ、ベルリン国立歌劇場で定期的に指揮を務めるほか、ヘッセン州立歌劇場の第一楽長を務めていたこともあるそうだ。現在はプラハ国立劇場とプラハ国立歌劇場で継続的に活動を行っている。

演出のマグダレーナ・シュヴェツォヴァーは、ウィーンとプラハでヴァイオリンを専攻した後で、ブルノのヤナーチェク音楽アカデミーなどで演出を学び、プラハとブルノを中心にチェコ国内のオペラ演出で活動。現在は、ピルゼン音楽学校で演技指導なども行っているそうだ。

今回の上演では、ケルビーノ役が二人おり、歌のある場面はアルジュベータ・ヴォマーチコヴァーが務めるが、それ以外の場面は男優が演じる。男優が演じている方が道化的な部分が強調されるように感じた。


今日も3階席で、オーケストラピット内がよく見えるが、プラハ国立劇場管弦楽団は室内オーケストラ編成である。そしてピリオド・アプローチで演奏するため、序曲などは音が弱く聞こえたが、本編になると生き生きとした音楽を奏で始める。硬めの音によるティンパニの強打や、うなるような金管の響きが功を奏し、脈打つような音楽が生まれる。

歌手達も素晴らしく、全てのものがあるべき場所に嵌まっていくようなジャスト・フィットなモーツァルトである。これは長年に渡って毎日のようにオペラを上演し続けてきた団体だから生み出せる味わいであり、日本のように単発上演のみの環境では紡ぐことが出来ない響きである。

セットもシンプルながら効果的であり、上演のちょっとしたところに高雅さや上品さが窺える。超一流ではないかも知れないが、欧州の一流の品質の高さと幅広さが随所に感じられる上演であった。

売れっ子のエヴァ・メイだけでなく、全ての歌手がチャーミングな歌と演技を披露。漫画的な動きも様になっていた。

多分、プラハの人々は今でもモーツァルトのことを親友のように感じているのだろう。素晴らしい街である。


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2018年12月25日 (火)

キエフ・バレエ 「白鳥の湖」@ロームシアター京都

2018年12月16日 ロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、キエフ・バレエ(タラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立バレエ)による「白鳥の湖」を観る。文字通り、ウクライナの首都キエフにある国立バレエ団の来日公演。創設は1901年で、100年以上の歴史を誇っている。キエフは京都市の姉妹都市ということで、優先的に公演が行われるのだと思われる。

指揮は日本でも知名度のあるミコラ・ジャジューラ。演奏はウクライナ国立歌劇場管弦楽団。

出演は、エレーナ・フィリピエワ(オデット/オディール)、デニス・ニェダク(ジークフリート王子)、ヴィタリー・ネトルネンコ(ロットバルト)、オクサーナ・グリャーエワほか。

ヨーロッパで2番目に大きな国であるウクライナ。1位はロシアであり、旧ソビエト連邦がいかに広大な国であったかがわかる。

ミコラ(ニコライ)・ジャジューラは以前に、キエフ国立フィルハーモニー管弦楽団を率いて京都コンサートホールでの公演を行っているが、キエフ国立フィルとウクライナ国立歌劇場管弦楽団は同一母体のようである。

世界で最も知名度の高いバレエであるチャイコフスキーの「白鳥の湖」。私は、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団による全曲盤を聴いたり、ワレリー・ゲルギエフ指揮サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団ほかによる映像を観ていたりするが、劇場で観るのは初めてとなる。

今日は4階席の3列目下手側の席だったのだが、前列には1人も座らず、1列目も1人座っているだけ。前の方は値段がワンランク上がるため、チケットが余ったようである。


ウクライナは美人の出所として知られており、女性バレリーナも男性バレリーナもみなスタイルが良い。体格面では日本人はルックス、パワー共に勝てないと思われる。

芸術に力を入れていた旧東側の団体だけに、レベルも高い。女性バレリーナの可憐さ、男性バレリーナのダイナミックさなど、優れたところはいくらでも上げられる。人海戦術も効果的であり、一糸乱れぬ群舞は見事というほかない。


ジャジューラはかなり速めのテンポを採用。実践的な音楽作りである。ウクライナ国立歌劇場管弦楽団は、金管の音が特に豊かであり、粗めのところもあるがパワーと秀でた美的感覚で押し切る。躍動感では理想的なバレエ伴奏といえる。

途中、ジークフリート王子役のデニス・ニェダクの出がなぜか遅れて間が開いてしまうという場面があったが、それ以外は高水準の展開。

オディールに扮した時のエレーナ・フィリピエワや、ロットバルト役のヴィタリー・ネトルネンコの動きが大きく、おどろおどろしさを出す必要から悪役の方が運動量が増える傾向のあることが見て取れた。

2度の休憩を含めて約2時間50分の長丁場であるが、高い集中力で乗り切るキエフ・バレエ。優れた団体だ。


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2018年12月23日 (日)

コンサートの記(475) ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団来日演奏会2018京都

2018年12月14日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都・パリ友情盟約締結60周年/日仏友好160周年記念 ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団の来日演奏会に接する。パリ管弦楽団の来日演奏会を聴くのは今日で3度目。全て京都コンサートホールにおいてである。3回聴いたことのある海外オーケストラは、ドイツ・カンマーフィル、バーミンガム市交響楽団などいくつかあるが、3度とも同じ会場というのはパリ管弦楽団だけである。パリ市と京都市は姉妹都市ということで京都公演が多いのかも知れない。前2回はともにパーヴォ・ヤルヴィの指揮であり、ベルリオーズの幻想交響曲がメインの最初の演奏会は、これまで私が接した全てのコンサートの中でナンバーワンである。

まともなコンサートホールが一つもないといわれたパリだが、3年前に最新の音響を誇るフィルハーモニー・ド・パリが完成し、パリ管弦楽団もそこを本拠地とするようになった。
なお、ハーディングはすでにパリ管弦楽団の音楽監督から離任することを決めており、これが日本では最後の組み合わせになる可能性も高い。


曲目は、ベルリオーズのオペラ「トロイ人」から“王の狩りと音楽”、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調(ヴァイオリン独奏:イザベル・ファウスト)、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」


ハーディングは今月11日行われた札幌公演の直前に転倒して右足首を骨折。札幌の演奏会には車椅子を使って登場し、指揮した。このことはSNSで拡散されて話題になっていたが、今日も演奏会の前にマイクを手にした男性が登場し、「マエストロが札幌で転倒して右足首を骨折した」「ただ、マエストロは指揮には全く影響がないとおっしゃっていて」「椅子に座って指揮することをご了承下さい」とアナウンスした。

ダニエル・ハーディングの指揮には、以前、マーラー・チェンバー・オーケストラの京都公演で接したことがある。それ以来、2度目である。

古典配置での演奏。舞台最後列にはモダンティンパニが並び、ベルリオーズではこれが使われる。舞台上手にはバロックティンパニが置かれていて、ベートーヴェンではこちらが用いられる。


ベルリオーズのオペラ「トロイ人」から“王の狩りと音楽”。冒頭の弦楽の妙なる響きに魅せられる。オーケストレーションの名人であったベルリオーズの華麗な響きが堪能出来る演奏。ただクライマックスでは京都コンサートホールの特性上、音が散り気味となる。ホルンの音が豊かで色彩が濃く、フランスのオーケストラの美質が感じられるのが良い。


ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ソリストのイザベル・ファウストは、現代を代表する名手の一人である。

ハーディング指揮のパリ管は速めのテンポでスタート。
ファウストのヴァイオリンは、音に張りがあり、パリ管共々弱音が極めて繊細で美しい。第2楽章のきめ細やかな音楽作りは白眉。全般を通して精緻な音楽性が印象的な美演となる。
なお、第1楽章のカデンツァではティンパニが大活躍。ベートーヴェン自身がピアノ協奏曲に編曲したものからの再アレンジ版だと思われる。ファウストとティンパニ奏者(Eric Sammutだと思われる)が息を合わせた好演であった。

ファウストのアンコール演奏は、クルターグの「ヴァイオリンのためのサイン.ゲーム.メッセージ ジョン・ケージへのオマージュ」より“Fur den.der heimlich lauschet”微妙に表情を変えていく音型が魅力的な短い作品である。ファウストの繊細な持ち味はこの曲でも有効であった。


ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。単なる巡り合わせだと思うが、この曲の実演で優れたものに出会った記憶がない。有名な割りにコンサートで取り上げられる回数が余り多くないということもあるが、日本人指揮者の場合は情に流れやすいのかも知れない。

ハーディングは、この曲はノンタクトで振る。

冒頭の広がりのある響きからとても魅力的である。テンポは中庸。ピリオド奏法によるノンビブラートの弦楽が効果的であり、描写力が豊かである。木々のざわめきや光の移ろいが音の中から拡がっていくかのようだ。
新鮮さ溢れる第2楽章と第3楽章、ティンパニの強打が効果的な第4楽章「嵐」、そして第5楽章の清々しさなど、万全の音運びで、貫禄の名演奏となった。

「田園」演奏終了時が9時20分頃ということもあり、アンコールはなし。「田園」が優れた出来だっただけにそれも良い選択である。

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