カテゴリー「来日団体」の92件の記事

2019年5月 5日 (日)

コンサートの記(554) パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア・フェスティバル管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年4月28日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア・フェスティバル管弦楽団の演奏会を聴く。

エストニア・フェスティバル管弦楽団は、パーヴォ・ヤルヴィが創設したオーケストラである。
エストニアの保養地・避暑地であるパルヌで毎年行われる音楽祭のレジデンスオーケストラであり、2011年にパーヴォが父親であるネーメ・ヤルヴィと共にパルヌ音楽祭の指揮マスタークラスを始めた際に結成された。メンバーのうち半分はエストニアの若い音楽家、残りの半分はパーヴォが世界中から集めた優秀な音楽家たちであり、教育的な面と表現拡大の両面を目指しているようである。

 

曲目は、ペルトの「カントゥス ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」、シベリウスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:五嶋みどり)、トゥールの「テンペストの呪文」、シベリウスの交響曲第2番。

 

午後2時15分頃からプレイベントがある。ナビゲーターはソリストの五嶋みどり(MIDORI)。
黄色いTシャツで登場した五嶋みどりは、プレイベントの説明と、エストニア・フェスティバル管弦楽団の簡単な紹介を行った後で、エストニア・フェスティバル管弦楽団の女性ヴァイオリニスト、ミーナ・ヤルヴィと二人でプロコフィエフの2つのヴァイオリンのためのソナタハ長調より第2楽章を演奏する。今日は2階の最後部の席で聴いたのだが、ヴァイオリンの音がかなり小さく感じられ、当然ながらフェスティバルホールが室内楽には全く向いていないことがわかる。

続いて、エストニア・フェスティバル管弦楽団の創設者兼音楽監督で今日の指揮も務めるパーヴォ・ヤルヴィに五嶋みどりが話を聞く。
パーヴォはまずエストニアの紹介をする。人口150万ぐらいの小さな国だが、音楽が重要視されていること、優れた作曲家や音楽家が大勢いること、自分は17歳の時にエストニアを離れてアメリカで暮らしてきたが、人からエストニアについて聞かれるうちに、エストニアの音楽親善大使になる団体を作りたいと思い、エストニア・フェスティバル管弦楽団を創設したことなどを語る。
エストニアの音楽文化のみならず、バルト三国やポーランド、フィンランド、スウェーデン、ロシアなどとも互いに影響し合っており、そのことも表現していきたいとの意気込みも語った。
パルヌはフィンランドの温泉のある保養地で、パーヴォの父親であるネーメもそこに家を持っていて、パーヴォはショスタコーヴィチやロストロポーヴィチなどとパルヌのヤルヴィ家で会っているそうである。

最後は、エストニア・フェスティバル管弦団のヴィオラ奏者である安達真理に五嶋が話を聞く。安達がステージに出ようとする際に誰かとじゃれ合っているのが見えたが、パーヴォが「行かないで」という風に手を引っ張ったそうで、五嶋は「今のはマエストロのエストニアンジョークですか?」と聞いていた。
エストニアの首都タリンについては、安達は「可愛らしい、可愛らしいなんて軽く言っちゃいけない悲しい歴史があるんですが、古き良きヨーロッパが凝縮されているような」街で、ヨーロッパ人からも人気があるそうだ。パルヌ(五嶋みどりは「ペルヌ」と発音。おそらく「パ」と「ペ」の中間の音なのだろう)にはビーチがあるのだが、「サンフランシスコのビーチのようなものではなくて、わびさびというか」と思索に向いた場所らしいことがわかる。
プレイベントの締めくくりは、五嶋と安達によるヴァイオリンとヴィオラの二重奏。モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲変ロ長調より第1楽章が演奏された。

 

ヴァイオリン両翼の古典配置による演奏である。ティンパニは上手奥に陣取る。

 

ペルトの「カントゥス ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」。
エストニアのみならず世界を代表する現代作曲家の一人であるアルヴォ・ペルト。ロシア正教の信者となってからは強烈なヒーリング効果を持つ作品を生み出し、1990年代にはちょっとしたペルトブームを起こしている。
タイトル通り、ベンジャミン・ブリテンへの追悼曲として作曲された、弦楽オーケストラとベルのためのミニマル風作品である。
冒頭の繊細な弦のささやきから魅力的であり、色彩と輝きと光度のグラデーションを変えながら音が広がっていく。あたかも音による万華鏡を見ているような、抗しがたい魅力のある作品と演奏である。エストニア・フェスティバル管弦楽団の各弦楽器の弓の動き方など、視覚面での面白さも発見した。

 

シベリウスのヴァイオリン協奏曲。
ソリストの五嶋みどりは、ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団と同曲をレコーディングしており、歴代屈指の名盤に数えられている。
五嶋のヴァイオリンであるが、集中力が高く、全ての音に神経が注がれて五嶋独自の色に染まっていることに感心させられる。全ての音を自分のものにするということは名人中の名人でもかなり難しいはずである。
第3楽章における弱音の美しさもそれまで耳にしたことのないレベルに達していた。
パーヴォ指揮のエストニア・フェスティバル管は表現主義的でドラマティックな伴奏を繰り広げる。音の輝きやニュアンスが次々と変わっていくため、シベリウス作品に似つかわしくないのかもしれないが、面白い演奏であることも確かだ。

五嶋みどりのアンコール演奏は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番からサラバンド。まさに音の匠による至芸であり、バッハの美しさと奥深さを存分に伝える。

 

トゥールの「テンペストの呪文」
トゥールは1959年生まれのエストニアの作曲家。パーヴォの3つ年上である。1979年にプログレッシブ・ロックバンドバンドIn speで注目を集めており、リズミカルな作風を特徴としている。パーヴォはトゥール作品のCDをいくつか出している。
「テンペストの呪文」は、シェイクスピアの戯曲「テンペスト」に影響を受けて書かれたもので、2015年にヤクブ・フルシャ指揮萬バンベルク交響楽団によって初演されている。煌びやかにしてプリミティブな音楽であり、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に繋がるところがある。パーヴォは打楽器出身ということもあってリズムの処理は万全、楽しい演奏に仕上がる。

 

メインであるシベリウスの交響曲第2番。全編を通して透明な音で貫かれる。
パーヴォがかなりテンポを動かし、即興性を生んでいる。パーヴォは音のブレンドの達人だが、この曲ではあたかも鉈を振るって彫刻を行うような力技も目立つ。ゲネラルパウゼが長いのも特徴だ。
「荒ぶる透明な魂の遍歴」を描くような演奏であり、第4楽章も暗さは余り感じさせず、ラストに向かって一直線に、時には驚くほどの速さによる進撃を見せる。
終結部はなんとも言えぬほどの爽快さで、フィンランドと人類の魂の開放が謳われる。

 

アンコールは2曲。まず、パーヴォの定番であるシベリウスの「悲しきワルツ」が演奏される。今日も超絶ピアニシモが聞かれた。

アンコールの2曲目は聴いたことがない作品。アルヴェーンの「羊飼いの娘の踊り」だそうである。弦楽による民族舞踊風の音楽が終わった後で拍手が起こったが、パーヴォは「まだまだ」と首を振って、オーボエがリリカルでセンチメンタルな旋律を歌い始める。
その後、冒頭の民族舞踊調の音楽が戻ってきて、ノリノリのうちに演奏を締めくくる。爆発的な拍手がパーヴォとエストニア・フェスティバル管を讃えた。

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2019年4月20日 (土)

コンサートの記(546) ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団来日演奏会2019大阪

2019年4月14日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、スイス・ロマンド管弦楽団の来日演奏会に接する。指揮はスイス・ロマンド管弦楽団の音楽・芸術監督で、東京交響楽団の音楽監督として日本でもお馴染みのジョナサン・ノット。

スイス・フランス語圏を意味するスイス・ロマンド管弦楽団。ジュネーヴに本拠地を置くオーケストラだが、最近ではローザンヌにも拠点を持っているようである。
エルネスト・アンセルメによって結成され、英DECCAにフランスものを中心とした録音を行い、一躍名声を得たスイス・ロマンド管弦楽団。ただアンセルメとの来日演奏会は不評で「レコード美人」などと叩かれたこともある。アンセルメの後は、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキの師として知られるパウル・クレツキの時代を経て、ウォルフガング・サヴァリッシュ、ホルスト・シュタインというNHK交響楽団の名誉指揮者が立て続けにシェフとなって日本でも親しまれたが、この時期は同オケの低迷期とされている。ただ、ドイツ人指揮者を続けて招いたことでレパートリーは広がり、演奏能力も大幅にアップしたそうである。
1985年から12年間に及んだスイス人指揮者であるアルミン・ジョルダンとのコンビは評価も高く、録音も数多く発表。アルミンはやや地味だったが、フランスものでの評判を取り戻している。ファビオ・ルイージ、ピンカス・スタインバーグ、マレク・ヤノフスキ、ネーメ・ヤルヴィといういずれも日本で活躍している指揮者の時代を経て2017年からノットの時代に入った。昨年、2018年には結成100周年を迎えている。

特にマーラーの解釈者として評価の高いジョナサン・ノット。ケンブリッジ大学で音楽学を学んだ後、マンチェスターの王立ノーザン音楽院で声楽とフルートを専攻し、ロンドンに出て指揮を学ぶ。ドイツの歌劇場でキャリアをスタートさせ、2000年にはバンベルク交響楽団の首席指揮者に就任し、レコーディングをスタートさせて各国で評判を得ている。
今から15年前になる2005年に、京都コンサートホールで行われたバンベルク交響楽団の来日公演でノットの指揮に接している。当時はCDも輸入盤しか出ていない状態でノットの知名度は低く、京都コンサートホールの客席は半分ぐらいしか埋まっていなかったが、マーラーの交響曲第5番の名演奏で聴衆を圧倒している。東響の指揮者となった今では日本で最も知名度の外国人指揮者の一人だ。


曲目は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:辻彩奈)とマーラーの交響曲第6番「悲劇的」


弦はヴァイオリン両翼の古典配置を採用。管は現代配置が基本で、ティンパニが指揮者の正面に来るのもモダンスタイルである。


メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ソリストの辻彩奈は現在売り出し中の若手ヴァイオリニスト。1997年、岐阜県生まれ。2016年のモントリオール国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門で1位となり、一躍有名となったシンデレラガールである。

辻は磨き抜かれた豊穣な音色を聴かせる。一音一音を大切に奏でるが、その分近視眼的になって、全体として一本調子になってしまうのが若さを感じさせる。

ノット指揮のスイス・ロマンド管は、木管を強めに吹かせるということもあって、ロマンティシズムを抑えてすっきりとした伴奏を聴かせた。


辻のアンコール演奏は、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番よりガボット。同じ音型でも単調にならないよう微妙に表情を変えてくる丁寧な演奏であり、好感が持てた。


メインであるマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。ノットの十八番の一つであり、期待が高まる。第2楽章がスケルツォ、第3楽章がアンダンテ・モデラートとなる版での演奏である。

テンポは速め。やはりオーケストラに適度な抑制を利かせた演奏で、大仰な表情になるのを防いでいる。いかなる戦きにも上品さがあり、単なる自己内のドラマに完結させずに人類共通のメッセージとして届けようという姿勢がうかがえる。

スイス・ロマンド管弦楽団の音は輝かしいが、アメリカのオーケストラのようなギラギラした感じとは異なり、やはりノーブルなヨーロッパ的な響きを持ち味としていることがわかる。

マーラーのグロテスクな面を出さず、品の良さを徹底させているだけに、最後の一撃の残酷さがより明確に伝わるという設計の演奏。ノットの演出の上手さが伝わってくる。

終演後、拍手は鳴りやまず、私は途中で帰ったが、楽団員がステージを後にしてからノットが一人で登場して拍手を受けるという、俗にいう「一般参賀」が行われたようであった。

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2019年4月 7日 (日)

コンサートの記(541) パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2013名古屋

2013年11月23日 名古屋の三井住友海上しらかわホールにて

三井住友海上しらかわホールへ。パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の演奏会を聴く。
オール・ベートーヴェン・プログラムで、歌劇「フィデリオ」序曲、交響曲第4番、交響曲第3番「英雄」が演奏される。

三井住友海上しらかわホールは前を通ったことはあるのだが、中に入るのは今日が初めてである。

ピリオド・アプローチによる演奏を得意とするドイツ・カンマーフィル。トランペットはピストンのないナチュラルトランペット。二階席下手の席に座っていたので、舞台下手側に座るホルン奏者の姿は見えないが、間違いなくナチュラルホルンであろうと思う。実際に音を聴くとやはりナチュラルホルンであることがわかる。ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。

三井住友海上しらかわホールの内装は、壁が全て木目であり、とても美しい。天井はやや高めであるため、オーケストラが演奏するには残響がやや短い。室内楽やピアノのリサイタルなどでは残響は余り必要でないため、そういう風に音響設計されているのかも知れない。内装、音響共に、大阪の、いずみホールに似ている。


パーヴォ登場。今日は全曲暗譜で指揮をする。

歌劇「フィデリオ」序曲。出だしが実にリズミカルである。パーヴォのバトンテクニックは真に鮮やかで、あたかも指揮棒の先で音符を拾い上げて、オーケストラの方へすっと投げているかのような印象を受ける。本当に動いたとおりに音楽が生まれるのである。少なくとも実演に接したことのある指揮者の中でパーヴォほど高度なバトンテクニックを持っている人は他にいない。サー・サイモン・ラトルやマリス・ヤンソンス、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の先代音楽監督であるダニエル・ハーディングの指揮も見ているが、ここまで見事ではなかった。
ナチュラルホルンであるが、モダン楽器のホルンでも「ホルンといえばキークス(音外し)という言葉が思い浮かぶ」と言われるほど演奏が難しい楽器である。そのため、音程を外す場面があった。
交響曲第5番同様、ピッコロが1オクターブ上を吹いて浮き上がる場面があり、ベーレンライター版の楽譜を使っていることがわかる。これまでずっと使われてきたブライトコップ(ブライトコプフ)版の楽譜で演奏された歌劇「フィデリオ」序曲のCDを聴いてもピッコロが浮かび上がる場面に出会ったことはない。
躍動感あふれる演奏であった。


交響曲第4番。私はパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニーの実演を横浜で聴いている。
今日も密度の濃い演奏である。楽章1つ演奏するだけで、並みの演奏の交響曲1曲分の聴き応えがある。
パーヴォは、CDにおいて、ベートーヴェンの交響曲第4番と第7番の演奏をカップリングでリリースし、アポロ芸術的と思われる交響曲第4番をディオニソス芸術的に、ディオニソス芸術の代表的存在であった交響曲第7番をアポロ芸術的に演奏するという真逆の解釈を示し、私は一聴して驚いたのであるが、パーヴォはそうした楽曲の光が当たらない一面を見つけるのが得意なようである。
緩急、強弱ともに自在な演奏であった。


後半、交響曲第3番「英雄」。同じ名古屋にある愛知県立芸術劇場コンサートホールで、パーヴォとドイツ・カンマーフィルによるこの曲の実演を聴いている。

ベートーヴェンのメトロノーム指示に近い速度を採用。そのためかなり速めの演奏である。ロマンティクな演奏になれている人は「速すぎる」と思うだろうが、20世紀後半の演奏から聴き始めた私などの世代にとっては、意気揚々と進軍する英雄の姿が目に見えるようなフレッシュな解釈である。
パーヴォは音のバランスを取るのが天才的に上手いため、クライマックスで、主旋律がトランペットから木管楽器に移る時にも、主旋律は行方不明にならず、木管が演奏しているのがきちんと聴き取れる。

第2楽章の葬送行進曲も白熱の演奏であり、哀感が強く胸に染み込む。

第3楽章。ティンパニの強奏が凄まじい。弦楽器であるが、各楽器の首席奏者だけが別の旋律を弾く場面が見られる。トリオにおけるナチュラルホルンの演奏も上手い。

最終楽章。序奏でパーヴォは歌い崩しをする。この楽章では、弦楽器の、コントラバスを除く各首席奏者のみが演奏し、弦楽四重奏になる場面がベーレンライター版の楽譜にはある。元々「solo」と書いてはあったようだが、「何かの間違いだろう」ということで採用されていなかったのだ。パーヴォの指揮するベートーヴェンは基本的にベーレンライター版の楽譜を用いているのだ、これが忠実に履行される。憩いの場ともいうべき印象を受ける。そして快速による凱旋行進。心躍る演奏であった。


アンコールは2曲。ブラームスの「ハンガリー舞曲」より第1番と、パーヴォのアンコールピースの定番であるシベリウスの「悲しきワルツ」。

ハンガリー舞曲第1番は、ブラームスがハンガリーの民謡や舞曲を収集して、まずピアノ連弾のための曲として纏められたもので、ブラームス自身もブラームス編曲として出している。舞曲であるため、目まぐるしく緩急が変化するのであるが、パーヴォは魔法のようにテンポを操り、「寄せては返す波のように激し」い演奏になった。

シベリウスの「悲しきワルツ」。超絶ピアニシモが今日も聴かれる。この時は会場内にいる全員が耳を澄ませるため、独特の張り詰めた空気がホール内を占拠する。

全て秀演。名古屋まで聴きに来るだけの価値のある演奏会であった。名古屋の聴衆は非常にマナーが良く、それも嬉しかった。

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2019年1月 9日 (水)

コンサートの記(499) プラハ国立劇場オペラ モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」@フェスティバルホール

2019年1月3日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、プラハ国立劇場オペラによる公演、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」を観る。

モーツァルトが愛し、またモーツァルトを愛した街・プラハを代表する劇場の来日公演。プラハ国立劇場オペラ(The Estate Theatre)は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」を初演したスタヴォフスケー劇場で公演を行う名門である(プラハ国立劇場とは同一運営で、プラハ国立歌劇場とは別団体)。歴史あるスタヴォフスケー劇場は手狭ということもあって大規模オペラは他に譲り、現在はモーツァルトのオペラを中心とした上演を行っているようだ。


指揮はエンリコ・ドヴィコ、演奏・合唱はプラハ国立劇場管弦楽団・プラハ国立劇場合唱団、演出はマグダレーナ・シュヴェツォヴァー、舞台装置はアンドレイ・ドゥリーク、衣装はカテリーナ・シュテフコヴァー、照明デザインはプシュミスル・ヤンダと現地のスタッフが中心である。舞台監督や技術スタッフは日本人が担っているようだ。

主要登場人物はダブルキャストやトリプルキャストで、今日の出演は、ミロシュ・ホラーク(フィガロ)、ヤナ・シベラ(スザンナ)、ロマン・ヤナール(伯爵)、エヴァ・メイ(伯爵夫人)、アルジュベータ・ヴォマーチコヴァー(ケルビーノ)、ヤナ・ホラーコヴァー・レヴィツォヴァー(マルチェッリーナ)、ヤン・シュチャーヴァー(バルトロ)、ヤロスラフ・ブジェジナ(バジリオ)、ヴィート・シャントラ(ドン・クルツィオ)、ラジスラフ・ムレイネク(アントニオ)、エヴァ・キーヴァロヴァー(バルバリーナ)ほか。
世界的な名声を得ているエヴァ・メイのみ客演で、他はプラハ国立劇場とプラハ国立歌劇場の所属メンバーが中心のようである。

今回の指揮者であるエンリコ・ドヴィコは、現在、ウィーン・フォルクスオーパーの首席客演指揮者を務めている。ライン・ドイツ・オペラ、ベルリン国立歌劇場で定期的に指揮を務めるほか、ヘッセン州立歌劇場の第一楽長を務めていたこともあるそうだ。現在はプラハ国立劇場とプラハ国立歌劇場で継続的に活動を行っている。

演出のマグダレーナ・シュヴェツォヴァーは、ウィーンとプラハでヴァイオリンを専攻した後で、ブルノのヤナーチェク音楽アカデミーなどで演出を学び、プラハとブルノを中心にチェコ国内のオペラ演出で活動。現在は、ピルゼン音楽学校で演技指導なども行っているそうだ。

今回の上演では、ケルビーノ役が二人おり、歌のある場面はアルジュベータ・ヴォマーチコヴァーが務めるが、それ以外の場面は男優が演じる。男優が演じている方が道化的な部分が強調されるように感じた。


今日も3階席で、オーケストラピット内がよく見えるが、プラハ国立劇場管弦楽団は室内オーケストラ編成である。そしてピリオド・アプローチで演奏するため、序曲などは音が弱く聞こえたが、本編になると生き生きとした音楽を奏で始める。硬めの音によるティンパニの強打や、うなるような金管の響きが功を奏し、脈打つような音楽が生まれる。

歌手達も素晴らしく、全てのものがあるべき場所に嵌まっていくようなジャスト・フィットなモーツァルトである。これは長年に渡って毎日のようにオペラを上演し続けてきた団体だから生み出せる味わいであり、日本のように単発上演のみの環境では紡ぐことが出来ない響きである。

セットもシンプルながら効果的であり、上演のちょっとしたところに高雅さや上品さが窺える。超一流ではないかも知れないが、欧州の一流の品質の高さと幅広さが随所に感じられる上演であった。

売れっ子のエヴァ・メイだけでなく、全ての歌手がチャーミングな歌と演技を披露。漫画的な動きも様になっていた。

多分、プラハの人々は今でもモーツァルトのことを親友のように感じているのだろう。素晴らしい街である。


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2018年12月25日 (火)

キエフ・バレエ 「白鳥の湖」@ロームシアター京都

2018年12月16日 ロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、キエフ・バレエ(タラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立バレエ)による「白鳥の湖」を観る。文字通り、ウクライナの首都キエフにある国立バレエ団の来日公演。創設は1901年で、100年以上の歴史を誇っている。キエフは京都市の姉妹都市ということで、優先的に公演が行われるのだと思われる。

指揮は日本でも知名度のあるミコラ・ジャジューラ。演奏はウクライナ国立歌劇場管弦楽団。

出演は、エレーナ・フィリピエワ(オデット/オディール)、デニス・ニェダク(ジークフリート王子)、ヴィタリー・ネトルネンコ(ロットバルト)、オクサーナ・グリャーエワほか。

ヨーロッパで2番目に大きな国であるウクライナ。1位はロシアであり、旧ソビエト連邦がいかに広大な国であったかがわかる。

ミコラ(ニコライ)・ジャジューラは以前に、キエフ国立フィルハーモニー管弦楽団を率いて京都コンサートホールでの公演を行っているが、キエフ国立フィルとウクライナ国立歌劇場管弦楽団は同一母体のようである。

世界で最も知名度の高いバレエであるチャイコフスキーの「白鳥の湖」。私は、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団による全曲盤を聴いたり、ワレリー・ゲルギエフ指揮サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団ほかによる映像を観ていたりするが、劇場で観るのは初めてとなる。

今日は4階席の3列目下手側の席だったのだが、前列には1人も座らず、1列目も1人座っているだけ。前の方は値段がワンランク上がるため、チケットが余ったようである。


ウクライナは美人の出所として知られており、女性バレリーナも男性バレリーナもみなスタイルが良い。体格面では日本人はルックス、パワー共に勝てないと思われる。

芸術に力を入れていた旧東側の団体だけに、レベルも高い。女性バレリーナの可憐さ、男性バレリーナのダイナミックさなど、優れたところはいくらでも上げられる。人海戦術も効果的であり、一糸乱れぬ群舞は見事というほかない。


ジャジューラはかなり速めのテンポを採用。実践的な音楽作りである。ウクライナ国立歌劇場管弦楽団は、金管の音が特に豊かであり、粗めのところもあるがパワーと秀でた美的感覚で押し切る。躍動感では理想的なバレエ伴奏といえる。

途中、ジークフリート王子役のデニス・ニェダクの出がなぜか遅れて間が開いてしまうという場面があったが、それ以外は高水準の展開。

オディールに扮した時のエレーナ・フィリピエワや、ロットバルト役のヴィタリー・ネトルネンコの動きが大きく、おどろおどろしさを出す必要から悪役の方が運動量が増える傾向のあることが見て取れた。

2度の休憩を含めて約2時間50分の長丁場であるが、高い集中力で乗り切るキエフ・バレエ。優れた団体だ。


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2018年12月23日 (日)

コンサートの記(475) ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団来日演奏会2018京都

2018年12月14日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都・パリ友情盟約締結60周年/日仏友好160周年記念 ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団の来日演奏会に接する。パリ管弦楽団の来日演奏会を聴くのは今日で3度目。全て京都コンサートホールにおいてである。3回聴いたことのある海外オーケストラは、ドイツ・カンマーフィル、バーミンガム市交響楽団などいくつかあるが、3度とも同じ会場というのはパリ管弦楽団だけである。パリ市と京都市は姉妹都市ということで京都公演が多いのかも知れない。前2回はともにパーヴォ・ヤルヴィの指揮であり、ベルリオーズの幻想交響曲がメインの最初の演奏会は、これまで私が接した全てのコンサートの中でナンバーワンである。

まともなコンサートホールが一つもないといわれたパリだが、3年前に最新の音響を誇るフィルハーモニー・ド・パリが完成し、パリ管弦楽団もそこを本拠地とするようになった。
なお、ハーディングはすでにパリ管弦楽団の音楽監督から離任することを決めており、これが日本では最後の組み合わせになる可能性も高い。


曲目は、ベルリオーズのオペラ「トロイ人」から“王の狩りと音楽”、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調(ヴァイオリン独奏:イザベル・ファウスト)、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」


ハーディングは今月11日行われた札幌公演の直前に転倒して右足首を骨折。札幌の演奏会には車椅子を使って登場し、指揮した。このことはSNSで拡散されて話題になっていたが、今日も演奏会の前にマイクを手にした男性が登場し、「マエストロが札幌で転倒して右足首を骨折した」「ただ、マエストロは指揮には全く影響がないとおっしゃっていて」「椅子に座って指揮することをご了承下さい」とアナウンスした。

ダニエル・ハーディングの指揮には、以前、マーラー・チェンバー・オーケストラの京都公演で接したことがある。それ以来、2度目である。

古典配置での演奏。舞台最後列にはモダンティンパニが並び、ベルリオーズではこれが使われる。舞台上手にはバロックティンパニが置かれていて、ベートーヴェンではこちらが用いられる。


ベルリオーズのオペラ「トロイ人」から“王の狩りと音楽”。冒頭の弦楽の妙なる響きに魅せられる。オーケストレーションの名人であったベルリオーズの華麗な響きが堪能出来る演奏。ただクライマックスでは京都コンサートホールの特性上、音が散り気味となる。ホルンの音が豊かで色彩が濃く、フランスのオーケストラの美質が感じられるのが良い。


ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ソリストのイザベル・ファウストは、現代を代表する名手の一人である。

ハーディング指揮のパリ管は速めのテンポでスタート。
ファウストのヴァイオリンは、音に張りがあり、パリ管共々弱音が極めて繊細で美しい。第2楽章のきめ細やかな音楽作りは白眉。全般を通して精緻な音楽性が印象的な美演となる。
なお、第1楽章のカデンツァではティンパニが大活躍。ベートーヴェン自身がピアノ協奏曲に編曲したものからの再アレンジ版だと思われる。ファウストとティンパニ奏者(Eric Sammutだと思われる)が息を合わせた好演であった。

ファウストのアンコール演奏は、クルターグの「ヴァイオリンのためのサイン.ゲーム.メッセージ ジョン・ケージへのオマージュ」より“Fur den.der heimlich lauschet”微妙に表情を変えていく音型が魅力的な短い作品である。ファウストの繊細な持ち味はこの曲でも有効であった。


ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。単なる巡り合わせだと思うが、この曲の実演で優れたものに出会った記憶がない。有名な割りにコンサートで取り上げられる回数が余り多くないということもあるが、日本人指揮者の場合は情に流れやすいのかも知れない。

ハーディングは、この曲はノンタクトで振る。

冒頭の広がりのある響きからとても魅力的である。テンポは中庸。ピリオド奏法によるノンビブラートの弦楽が効果的であり、描写力が豊かである。木々のざわめきや光の移ろいが音の中から拡がっていくかのようだ。
新鮮さ溢れる第2楽章と第3楽章、ティンパニの強打が効果的な第4楽章「嵐」、そして第5楽章の清々しさなど、万全の音運びで、貫禄の名演奏となった。

「田園」演奏終了時が9時20分頃ということもあり、アンコールはなし。「田園」が優れた出来だっただけにそれも良い選択である。

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2018年12月21日 (金)

コンサートの記(472) パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2018西宮

2018年12月15日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。名古屋公演と同一プログラムである。
今日は1階席で聴くことになる。ただ、1階席とはいえ、補助席の前の最後列であり、頭の上に2階席が張り出しているため、音響的には余り良くない場所である。

兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール(兵庫芸文大ホール)でパーヴォ指揮の演奏を聴くのは2度目。前回は、シンシナティ交響楽団の来日演奏会を聴いている。


曲目は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」

同一演目を聴くということで、ホールの音響の違いがよくわかる。


モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲は、名古屋で聴いたときよりも濃い陰影が感じられたが、愛知県芸術劇場コンサートホールはもともと響きが明るいため、ホールの響きで生まれた印象の違いであろう。もっとも、演奏者もホールの音響に合わせて演奏を微妙に変えるのが普通である。


モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」。独奏者のヒラリー・ハーンは、兵庫芸文大ホールがお気に入りのようで、関西公演時にはここを使うことが多い。

音響の影響もあり、オーケストラのデュナーミク、パースペクティブ共に名古屋の時よりも狭く感じられ、第1楽章の優しい終わり方なども視覚ではわかるのに、音として十分に捉えられない憾みがある。第3楽章でも音が余り飛んでこない。
一方で、ヴァイオリンの響きは良く届く。過ぎていく今この時を愛でては儚むような、日本人の琴線に触れるヴァイオリンである。純度は高く、歌には淀みがない。これぞヴァイオリンの「至芸」である。


アンコール演奏が今日は2曲ある。まず、ヒラリー・ハーンが「バッハのプレリュードです」と日本語で言って演奏開始。自在感溢れる才気煥発のバッハである。
続いて、「バッハのサラバンドです」とやはり日本語で告げてからスタート。今度は精神的な深みを感じさせる「祈り」のようなバッハであった。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」。兵庫芸文大ホールでは、ジャナンドレア・ノセダが兵庫芸術文化センター管弦楽団を指揮した「ザ・グレイト」を聴いたことがある。

残響は短めであるため、ゲネラルパウゼなどには間が感じられるが、全体的に速めのテンポであり、一瀉千里に駆け抜ける。「天国的な長さ」と評される曲であり、演奏によってはしつこさを感じさせるものなのであるが、パーヴォとドイツ・カンマーフィルの演奏は、そうしたものを一切感じさせない爽快感溢れるものである。
速いだけなら味気ないものになってしまうが、パーヴォの抜群のコントロールによって各声部が浮き上がるために楽曲の構造把握が容易になり、発見が多く、新鮮な息吹をこの曲に与えている。
兵庫芸文大ホールの響きは愛知県芸よりも広がりと潤いがないが、その分、スケールが大きく感じ取れたように思う。ただ、細部に関してはステージと私の席との間に目に見えない巨大なカーテンが下りているような感じで、臨場感を欠きがちではあった。悪い音ではないのだが。

同じコンビによる「ザ・グレイト」を2度聴いたことになるが、実演に接した「ザ・グレイト」の中ではパーヴォとドイツ・カンマーフィルのものが総合力で1位になるだろう


アンコール演奏は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」。シベリウス・ファンに「好きなシベリウスのアンコール曲」を聞いたら1位になると思われる曲である。どこまでも清澄で優しい「親愛なる声」に接しているかのような演奏であった。



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2018年12月20日 (木)

コンサートの記(471) パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2018名古屋

2018年12月13日 名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールにて

午後6時45分から、愛知県芸術劇場コンサートホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマ―フィルハーモニー管弦楽団(ドイツ・カンマ―フィルハーモニー・ブレーメン)の来日演奏会を聴く。午後6時45分開演というと他の地方では中途半端な時間帯のように思えるが、名古屋では主流の開演時間である。

曲目は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」(ヴァイオリン独奏:ヒラリー・ハーン)、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」


改修工事が終わったばかりの愛知県芸術劇場コンサートホール。パイプオルガンの工事が行われたほか、ホワイエのカーペットが全面的にブルーものに変更され、内部も白木の香りが漂っていて新鮮な空気である。詳しい改修部分についてはホームページで発表されているようだ。


名古屋では何度も聴いているパーヴォとドイツ・カンマーフィル。以前、パーヴォが舞台上手から登場したことがあったのだが、今日は下手袖から登場する。ドイツ・カンマーフィルはお馴染みとなった古典配置での演奏。無料パンフレットにメンバー表が載っており、第1ヴァイオリンにHozumi Murata、ヴィオラにTomohiro Arita、ファゴットにRie Koyamaと、日本人が3人参加していることがわかる。


モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲。パーヴォは冒頭で低弦を強調し、他の弦よりわずかに長めに弾かせるなどして迫力を十分に出す。ただ、主部はドラマ性よりも煌びやかで快活な雰囲気をより前面に出している。
ナチュラルトランペットとバロックティンパニを使用し、弦がビブラートをかなり抑えたピリオド・アプローチでの演奏である。


モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」
現代最高クラスの天才ヴァイオリニストであるヒラリー・ハーン。以前に名古屋で、パーヴォ指揮ドイツ・カンマーフィルと共演したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴いている(諏訪内晶子の代役)。

極めて純度の高いヴァイオリンの響きをヒラリーは奏でる。美と悲しみが寄り添い合い、一瞬混ざり合っては儚げに散っていくという、桜のようなモーツァルトだ。時折、聴いていて胸が苦しくなる。
パーヴォ指揮のドイツ・カンマーフィルは、楽章の末尾をふんわりと柔らかく演奏したり、急激な音の増強を効果的に用いるなど、効果的な伴奏を奏でる。第3楽章のトルコ風の堂々とした響きも見事だ。

アンコール演奏。ヒラリーは、「バッハのジークです」と日本語で紹介してから弾き始める。彼女が15歳でデビューした時の曲がバッハの無伴奏である。この程、続編が出て、全曲がリリースされたが、「聖典」と呼ばれてベテランヴァイオリニストでさえ演奏することをためらう作品に、若い頃から取り組んで発表していたことになる。というわけで万全の演奏。技術、表現力ともに満点レベルである。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」。この曲ではトランペットはモダンを用いているが、ピリオドのスタイルは貫かれている。

冒頭から速めのテンポを採用。この曲でもロッシーニ・クレシェンドのような音の急激な盛り上がりが効果的である。やはりパーヴォのオーケストラコントロールは最上級で、タクトで描く通りの音がオーケストラから引き出される。まるでベーゼンドルファーを華麗に弾きこなすピアニストを見ているかのようだ。
また、各楽器を巧みに浮かび上がらせ、普通の演奏では渾然一体となってしまう部分を重層的に聴かせることに成功している。古典的なフォルムを構築しつつロマン的内容を詳らかにするという理想的演奏の一つである。
「天国的な長さ」といわれる「ザ・グレイト」であるが、テンポの速さに加えてパーヴォとカンマーフィルの巧みな語り口もあり、全く長く感じなかった。
美しい音型が蕩々と続く「ザ・グレイト」。この演奏を聴いていると、ブルックナーの初期交響曲がシューベルトに繋がっていることがよくわかる。


アンコールは、パーヴォの定番であるシベリウスの「悲しきワルツ」。いつもながらの超絶ピアニシモが聴かれる。
以前に比べると随所でテヌートが聴かれるのが興味深かった。



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コンサートの記(470) トゥガン・ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団来日公演2009京都

2009年11月7日 京都コンサートホールにて

午後3時から京都コンサートホールで、トゥガン・ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の来日演奏会を聴く。

トゥールーズはフランス南部の都市で、「バラ色の街」の異称でも知られている。

トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団はフランスのローカル色をよく残したオーケストラとして世界的に著名なオーケストラである。長くミシェル・プラッソンとコンビを組んで成長を遂げてきた。当初は市立のオーケストラであったが、のちに県立、更に国立オーケストラへと格上げされた。

トゥガン・ソヒエフは現在のトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の音楽監督。まだ30そこそこという若い指揮者だ。今年、ウィーン・フィルへのデビューを飾っている。

曲目は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:諏訪内晶子)、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」

トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団は濃厚な弦と、思いっ切り吹かれる管楽器群が個性的。一方、アンサンブルの精度は、先週聴いたシンシナティ交響楽団に比べると大雑把で、「細かいことは気にしない」といった気質が窺える。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲の独奏者である諏訪内晶子は真っ赤なドレスで登場。予想よりも情熱的な演奏を展開する。情熱的でありながら気品にも溢れており、アンコールで弾かれたバッハは「高雅」の一言で表せる演奏であった。

メインの「展覧会の絵」は、冒頭からトランペットが思いっ切り吹かれるなど、フランス的な個性が全開の演奏である。この曲はノンタクトで振ったソヒエフのテンポはかなり速め。テンポの速さに金管奏者の指が追いつかず、音が飛ぶ箇所も散見される。
技術的には完璧とはいえないが、個性で聴かせるユニークな演奏であった。

アンコールは、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」より“こんぺい糖の精と王子のパドドゥ”と、ビゼーの「カルメン」前奏曲。「カルメン」前奏曲は快速テンポの若々しい演奏であった。

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2018年12月 5日 (水)

コンサートの記(463) ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団来日公演2009大阪

2009年7月11日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、ザ・シンフォニーホールで、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団の来日公演を聴く。曲目は、リムスキー=コルサコフの歌劇「雪娘」組曲、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:川久保賜紀)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」というオール・ロシア・プログラム。

ロシア・ナショナル管弦楽団は、1990年にプレトニョフが興したロシア初の民間オーケストラ。結成する際に、既成のオーケストラから人材が流れるなどして問題となったこともある。


リムスキー=コルサコフの歌劇「雪娘」組曲は、知名度は低いが愛らしい作品。ロシア・ナショナル管弦楽団は管楽器の音のエッジが立っており、中でも金管の輝かしい音は日本のオケのそれとは別次元にある。


チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のソリストを務めるのは川久保賜紀。2002年のチャイコフスキー国際コンクールのヴァイオリン部門で1位なしの2位に輝いた逸材である。
プレトニョフとロシア・ナショナル管のゆったりとした序奏に続いて、川久保のソロが始まる。線の太さはないが、音は磨き抜かれ、気品すら漂う。技術も高く、評判に違わぬ優れたヴァイオリニストであることがわかる。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、この1年の間に何度か生で聴く機会があり、木嶋真優、南紫音ともに今一つであったが、川久保賜紀はさすがというか、格の違いは明らかである。

川久保はアンコールにJ・S・バッハの無伴奏パルティータ第3番より“ブーレ”を演奏する。


チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。冒頭はゆっくりとしたテンポで始まるがすぐに加速し、オーケストラの機能美を発揮した演奏が展開される。第1楽章の第2主題を歌わずに流したり、第2楽章を速めのテンポで駆け抜けたりと、即物的な印象を受ける。

第3楽章も健康優良児的演奏。しかし、ここまでが伏線であった。
第4楽章は一転して、繊細な表情で嘆きの歌を歌い上げる。第3楽章までは第4楽章とのコントラストをつけるために敢えて暗い表情を抑えた演奏をしていたのである。第3楽章までで表現された凛凛たる英雄像が第4楽章で打ち崩される。プレトニョフ、意外に演出が巧みである。
葬送の雰囲気すら漂う打4楽章が終わった後、長い沈黙があり、やがて拍手が起こる。優れた解釈による演奏であった。

悲劇的な解釈による演奏でプログラムが終わったためか、アンコールはなし。これもまたプレトニョフの巧みな演出であり、こちらも不満はなしである。

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