カテゴリー「大阪フィルハーモニー交響楽団」の25件の記事

2018年10月31日 (水)

コンサートの記(447) パスカル・ロフェ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第522回定期演奏会

2018年10月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第522回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はフランス出身のパスカル・ロフェ。

日本のオーケストラへの客演も多いパスカル・ロフェ。現在はフランス国立ロワール管弦楽団の音楽監督である。パリ国立音楽院を卒業後の1988年にブザンソン国際指揮者コンクールで2位入賞。1992年からはアンサンブル・アンテルコンタンポランの指揮者として活躍。ピエール・ブーレーズの影響からなのかノンタクトで指揮する。経歴からわかる通り現代音楽の演奏を得意としており、NHK交響楽団の京都公演でチャイコフスキーの交響曲第4番を指揮した時には現代音楽仕込みの明晰なアプローチによってチャイコフスキーの苦悩を炙り出す名演を繰り広げている。


曲目は、フォーレの「レクイエム」(1893/1984 ラター版)とストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」全曲(1910年原典版) 。


フォーレの「レクイエム」は人気曲であり、大阪フィルは今年の夏に大友直人の指揮で演奏したばかりであるが、重複を避けるためか、イギリスの指揮者で宗教音楽の作曲家としても知られるジョン・ラターがフォーレの第2稿をまとめたラター版の楽譜を用いての演奏となる。
フォーレの「レクイエム」は元々はフォーレが両親を悼むための私的な楽曲として作られている。その後にフォーレ自身が手を加えた第2稿が完成。今回はこれを基にした楽譜で演奏される。
今日一般的に演奏されるのはその後に改訂された第3稿である。フォーレ自身はこの改訂に乗り気ではなく、作業も弟子のジャン・ロジェ=デュカスに任せている。第3稿は1900年のパリ万博で初演されている。というより、パリ万博で披露するために校訂されたのであろう。

まだ大阪フィルがザ・シンフォニーホールを定期演奏会の会場にしていた頃、大植英次指揮の演奏会の前半のプログラムがフォーレの「レクイエム」だったのだが、開演直前に大植英次がドクターストップによって緊急降板となり、合唱指揮者である三浦宣明が急遽代役を務めたことがあった。大フィルによるフォーレの「レクイエム」を聴くのはそれ以来である。

ラター版は第2稿に基づいているが、フォーレの自筆譜が散逸してしまったため、ラターが研究によって復元している。弦楽はヴァイオリンがなく、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの編成。通常、ヴァイオリンが陣取る舞台下手側にヴィオラが並び、コンサートマスター(でいいのかな?)はヴィオラの井野邉大輔。今日の演奏会全体のコンサートマスターである田野倉雅秋は、この曲ではヴァイオリンソロとして「サンクトゥス」と「イン・バラディスム」で演奏に加わる。田野倉はヴィオラ陣の背後に控え、「サンクトゥス」ではその場で立って、「イン・バラディスム」では更に後ろ、ハープの横に下がって演奏した。歌手の配置も独特で、バリトン独唱の萩原潤は指揮台の上手横だが、ソプラノ独唱の市原愛は、下手側、田野倉の最初の持ち場の一つ後ろに座って出番を待つ。

管楽器の編成も特殊で、金管は普通だが、木管のフルート、オーボエ、クラリネットといった花形は出番なしでファゴットのみが登場する。

ロフェは音の輪郭をクッキリと浮かび上がらせた立体的な音響を築く。やはりロフェという指揮者は相当な実力の持ち主のようである。

ホワイエで行われたプレトークで、大阪フィルハーモニー交響楽団事務局次長の福山さんが語っていたが、フォーレの意図をロフェに聴いたところ、「合唱を生かすために高音の楽器を除いたのだろう」という答えが返ってきたそうだが、実際に耳にすると音色が渋く、普段聴いている第3稿とはかなり印象が異なる。大阪フィルはドイツ的な低弦の強さが売りの一つだが、この印象は大フィルだからではないだろう。フォーレがイメージした元々の響きが渋めのものだったのだと思われる。一般にフォーレというとノーブル、ザ・フレンチテイストの音楽家で、「レクイエム」はその中でもフランス的というイメージがあるが、それはフォーレが乗り気でなかった第3稿によって作られたものだったようだ。異国からの来訪者が集うパリ万博でのお披露目ということで、意図的にフランス的な響きが加えられたのだろう。作曲者が望まない形が後世に残ってしまうというのは良くあることである。

ソプラノは最も有名な「ピエ・イエス」が唯一の出番なのだが、市原愛の歌唱は歌い出しの音程が不安定であった。1曲勝負であるため後で取り返せないのがこの曲の怖いところである。

大阪フィルハーモニー合唱団の水準は高い。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」全曲(1910年原典版)。演奏会用に編まれたものや組曲版が演奏されることが多いが、今回はパリ・オペラ座で初演された時のバレエ全曲の演奏である。とはいえ、初めて生で聴いた「火の鳥」の演奏も全曲版だった記憶がある。1994年の春に、千葉県文化会館で行われた東京交響楽団のマチネーの演奏会。指揮は秋山和慶で、その時は朗読付きの上演であり、ナレーションを裕木奈江が務めていた。当時、東京交響楽団は「ぴあ」での表示をTOKYO SYMPHONYにしていたんだっけ。懐かしい。

「火の鳥」でもロフェは、優れた聴覚バランスと巧みな音楽設計を生かした秀演を描く。冒頭の金管のソロが散らかった感じだったのは残念だが、ソロでは今一つでも合奏になると力を発揮するのが日本のオーケストラの良さで、その後は安定、輝かしい音を出す。
弦楽は最初から最後まで煌めきのあるマジカルな音色を奏でる。ここぞという時の力強さは大フィルの真骨頂だ。

今回が大フィルとの3回目の共演となるパスカル・ロフェ。もっと聴きたくなる指揮者である。京響にも客演して欲しい。


 

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2018年10月17日 (水)

コンサートの記(438) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第427回定期演奏会

2009年4月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第427回定期演奏会に接する。指揮は音楽監督の大植英次。

曲目は、ブラームスの交響曲第3番、レナード・バーンスタインの組曲「キャンディード」、ストラヴィンスキーの組曲「火の鳥」(1919年版)。
開演時間に、すっかり痩せた大植英次が登場する。痩せたとは元気そうではある。

ブラームスの交響曲第3番は、古典配置を基本に、コントラバスだけを最後列に並べたスタイルでの演奏。
第1楽章と第4楽章の熱気を帯びたドラマティックな演奏と、第2楽章、第3楽章のしっとりとした弦の音色を引き出した抒情的な部分との対比が素晴らしく、まずは名演といっていいだろう。第4楽章でホルンがこけたのが惜しいといえば惜しかった。
なお、大植は、第1楽章の後は休止を入れたが、第2、第3、第4楽章は間を置かずに演奏した。おそらく、スタイル的に第1楽章は独立したような形になっているとの解釈なのだろう。

後半の、組曲「キャンディード」と組曲「火の鳥」は、ドイツ式の現代配置での演奏であった。
レナード・バーンスタイン(愛称:レニー)の組曲「キャンディード」は、レニーが弟子である大植のためにオペラ(若しくはミュージカル)「キャンディード」の音楽を演奏会組曲に組み直すことを許可したものである。
師が自身のために編曲を許してくれた作品の指揮ということで、大植は思い入れタップリの演奏を聴かせる。特に“Make Our Garden Grow”の部分は、「神々しい」と形容したくなるような秀演。レニーの音楽に「神々しい」という言葉は合わないが、他に適当な表現が思いつかない。

ストラヴィンスキーの組曲「火の鳥」も、威力のある金管と立体感ある弦が素晴らしい。音符の一つ一つに翼が生えて飛び立っていくような、音楽の生命力も圧倒的。
ブラームスも名演だが、バーンスタインとストラヴィンスキーはそれを上回る文句なしの名演。大植はロマン派が得意だと思っていたが、近現代ものはそれ以上に得意としているようである。

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2018年9月29日 (土)

コンサートの記(431) NHKスペシャル 映像の世紀コンサート@フェスティバルホール

2018年9月17日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、NHKスペシャル 映像の世紀コンサートを聴く。音楽&ピアノ:加古隆、岩村力指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏。ナレーションを元NHKアナウンス室長の山根基世が受け持つ。

1990年代に放送され、大反響を呼んだNHKスペシャル「映像の世紀」。21世紀に入ってからは「新・映像の世紀」も制作され、2016年3月に放送を終えている。「映像の世紀」では加古隆の音楽も話題になったが、加古の音楽と番組からのダイジェスト映像で行われるコンサートである。

ホール上方に巨大スクリーンが下がり、そこに映像が投影される。映像は、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリス、ロシアのテレビ局とNHKが制作したものである。

加古隆は大阪府出身である。府立豊中高校を経て、東京藝術大学音楽学部および大学院作曲研究室を修了。三善晃らに師事した。その後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院でオリヴィエ・メシアンに作曲を師事。パリで現代音楽を学ぶと同時にフリージャズのピアニストとしてもデビューしている。1976年に高等音楽院を最高位で卒業して帰国。以後は映画音楽を始めとする映像音楽を中心に作曲活動を行っている。

指揮の岩村力は、早稲田大学理工学部電子通信学科卒業後に桐朋学園大学音楽学部演奏学科に入学。マスタープレイヤーズ指揮者コンクール優勝後、2000年から2007年までNHK交響楽団のアシスタントコンダクターを務め、現在は兵庫芸術文化センター管弦楽団のレジデント・コンダクターでもある。

今日の大阪フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターは崔文洙。

プログラムは、「パリは燃えているか」のショートバージョン(ピアノオクターブ上げての演奏がないもの)に始まり、第1部から第7部に分けられた映像と音楽の饗宴が繰り広げられる。

第1部「映像の始まり」では、リュミエール兄弟の映画の発明に始まれ、ロシア、オーストリア、大英帝国などの王室の映像が流れる。大津事件で知られ、後に殺害されることになるニコライⅡ世の姿も映っている。演奏されるのは「時の刻印」「シネマトグラフ」「はるかなる王宮」

第2部「第一次世界大戦」。世界で初めて全編が映像に収められた戦争である。その時代の若者は、戦争にロマンティックな幻想を抱いており、進んで募兵に応じたそうだが、映像は戦争の現実を冷徹にとらえており、多くの人々が戦場のリアルに気づいたとされる。
演奏されるのは「神のパッサカリア」「最後の海戦 パート1、2」「パリは燃えているか」

第3部「ヒトラーの野望」。大戦による景気の回復により、アメリカは黄金の20年代を迎える。一方、ドイツは敗戦から立ち直れなかったが、そこにアドルフ・ヒトラーという男が登場。ドイツ経済を好転させ、90%という高い支持率を得る。ドイツ国外でもその手腕は高く評価されたが、ヒトラーの野望にはまだ多くの人が気づいていなかった。
1929年10月24日、のちに「暗黒の木曜日」と称されるこの日に世界恐慌が発生。世界情勢がめまぐるしく変わる中で、ヒトラー率いるナチスドイツは1938年にヒトラーの祖国でもあるオーストリアを併合。翌39年にポーランドへ侵攻し、英国がこれに宣戦を布告。当初は中立の立場にあったアメリカも1941年12月8日に日本の真珠湾攻撃を受けて参戦する。

休憩後、加古隆のピアノ・ソロによる「パリは燃えているか」が演奏されてから第4部に入る。
第4部「第二次世界大戦」。演奏されるのは「大いなるもの東方より」「最後の海戦 パート2」「神のパッサカリア」「狂気の影」。ナチスドイツのソビエト戦、そしてアメリカが撮影した日本の神風特攻隊の映像からカラーに変わる。

第5部「冷戦時代」。ジョン・F・ケネディ米国大統領、ソ連のニキータ・フルシチョフ書記長、チューバのフィデル・カストロ議長らによるキューバ危機があり、核戦争への恐怖が人々の心を波立たせる。演奏は「パリは燃えているか」「シネマトグラフ」「最後の海戦 パート1」「黒い霧」。核実験は当時は健康被害はないという嘘の報道がなされ、それを信じた人々が間近で核実験の見物を行ったりしている。

第6部「ベトナム戦争、若者達の反乱」。アメリカはアジアの共産化を恐れ、当時南北に分かれていたベトナムに介入。共産国である北ベトナムへの攻撃(北爆)を開始、米ソの代理戦争が始まった。当初はベトナムで行われているのは戦争ではないとしていたが、戦況悪化により多くのアメリカの若者がベトナムに兵士として派遣されるようになり、国際的にも問題視されるようになる。ベトナムではスパイ掃討のために民家を燃やしたり無差別虐殺
行うといった蛮行が現地民の怒りを買って戦況は泥沼化。結果として南ベトナムの首都サイゴンが陥落し、アメリカは史上初の敗戦を喫することになる。アメリカの蛮行に怒ったのはベトナム人だけではなく、アメリカ国内を始め、イギリス、フランス、ドイツ、日本などで若者達による反戦運動が繰り広げられ、ヒッピームーヴメントを始めとするカウンターカルチャーを生んだ。
1969年、アポロ11号が月面に着陸。月から見た地球には国境はなく、憤りの声も届いてこない。ただ青と白の二つがあるだけである。
演奏されたのは、「パリは燃えているか」、「ザ・サード・ワールド」「睡蓮のアトリエ」。元々はクロード・モネが映った映像のために書かれた「睡蓮のアトリエ」であるが、ここでは地球の姿が睡蓮に例えられている。

第7部「現代の悲劇、未来への希望」。9.11、フランスでの自爆テロなど21世紀に入ってからの悲劇の映像が流れる。だが、宗教や人種、思想を超えた人類としての愛を追い求める人々も存在している。
「愛と憎しみの果てに」が演奏される。

ラストは「パリは燃えているか」のフルバージョンである。歴史を彩った有名人達の姿と、名もなき人々の笑顔を見ることが出来る。

朝比奈隆の時代には不器用なオーケストラというイメージがあった大阪フィルハーモニー交響楽団であるが、今はアンサンブルの精度も表現力も上がり、持ち前のコクとまろやかさのある音を生かした味わい深い演奏を行う。岩村力の指揮も的確なスケールのフォルムを描くことに長けており、ハイレベルな音楽作りに貢献している。加古隆のピアノもフランス的な色彩に溢れており、上質である。

アンコールとして、加古隆のピアノ・ソロによる「黄昏のワルツ」が演奏された。


 

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2018年9月27日 (木)

コンサートの記(429) パスカル・ロフェ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第426回定期演奏会

2009年3月12日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時開演の大阪フィルハーモニー交響楽団第426回定期演奏会に接する。今日の指揮者はフランス人のパスカル・ロフェ。プログラムもオール・フランスものである。
指揮者のパスカル・ロフェは、指揮活動と同時に、パリ音楽院指揮科のマスタークラスを受け持って、教育に力を入れている人とのこと。

ドビュッシーの交響組曲「春」、1955年生まれの現役の作曲家であるパスカル・デュサパンの「エクステンソ」(日本初演)、ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲が演奏される。
ロフェは全編ノンタクトで振る。

ドビュッシーの交響組曲「春」は、ドビュッシーの初期作品のためか、それともドイツものに長年取り組んできた大阪フィルの個性ゆえか、その両方が相まってか、ドビュッシーというよりワーグナー作品に近い響きがする。金管の響きがリアルな、ユニークな演奏であった。

デュサパンの「エクステンソ」。「エクステンソ」とは「引き延ばす」という意味だという。蜂の羽音のようなヴァイオリンの響きに始まり、各楽器がそれぞれの音を奏でるが、各楽器群を個々に追うのではなく、全体の響きを俯瞰するように聴くと、巨大な一つの流れのようなものを感じることが出来る。「エクステンソ」は、「オーケストラのためのソロ」というタイトルの作品群の中の一作だが、巨視的に眺める(巨聴的に聴き取る?)とオーケストラを使って巨大な単一旋律のようなものが奏でられているのがわかる。パイプオルガン的な発想で書かれたのだろうか。

ラヴェルの「ダフニスとクロエ」全曲。この曲には思い出がある。NHK交響楽団の定期演奏会でこの曲が演奏された時のことである。渋谷のNHKホールにて、指揮はシャルル・デュトワ。土曜のマチネーだった。第2部の途中で合唱のみの部分があるのだが、そこに差し掛かった時に地震が起こったのだ。震度3であったが、かなり揺れた。それでもデュトワは曲を止めずに最後まで演奏した。もし揺れたのがオーケストラパートの時であったらどうなっていたのだろう。動揺した楽団員が演奏を止めていただろうか。その日のコンサートマスターのYさんは、地震の発生と同時に身をかがめていたし。

さて、ロフェの大フィルの「ダフニスとクロエ」。合唱は大阪フィルハーモニー合唱団が受け持つ。

大フィルのサウンドにもっと立体感があると良かったのだが、第3部のラストなどは白熱した演奏であり、大阪フィルハーモニー合唱団もまずまずの仕上がりであった。
今日は金管の精度が今一つ。音ももっと洗練されたものが欲しくなる。

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2018年7月27日 (金)

コンサートの記(405) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 ベートーヴェン交響曲全曲演奏会第3回

2018年7月20日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団によるベートーヴェン交響曲全曲演奏会Ⅲを聴く。Ⅰは聴いたが、Ⅱは同日にロームシアター京都で行われた田中泯のダンス公演を優先させたため接していない。

交響曲第6番「田園」と交響曲第5番という王道の組み合わせ。であるが、この時期に聴くにはちょっと重い。

今日のコンサートマスターは崔文洙。大フィルのスタンダードであるドイツ式の現代配置による演奏であるが、今日は第2ヴァイオリンが客演も含めて全員女性という、ありそうでなかなかない構成になっている。第1ヴァイオリン15名、第2ヴァイオリン14名というモダンスタイルでの演奏。

交響曲第6番「田園」。テンポもスタイルも中庸で、音の瑞々しさを優先させた演奏。空間の広いフェスティバルホールだが、編成が大きく、モダンスタイルということで良く響く。
優れた演奏ではあるが、特筆事項はこれといってないように思う。

交響曲第5番。出だしの運命動機ではフェルマータを短めに取り、流線型のフォルムを作り上げる。出だしで第2ヴァイオリンがわずかにフライングしたほか、クラリネット、ピッコロなどにミスがある。
面白いのは第4楽章のクライマックスの音型で、金管群が耳慣れない和音を築く。そういう譜面があるのかどうか。またクラリネットが二本ともベルアップによる演奏を行っている部分があった。ピリオドアプローチによる演奏で目にするが、そうではない演奏で見かけるのは初めてである。
尾高はラストも流さずにカッチリとした止めを行い、個性を刻印した。

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2018年7月11日 (水)

コンサートの記(401) オリバー・ナッセン指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第442回定期演奏会

2010年10月14日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の442回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は作曲家としても著名なオリバー・ナッセン。

曲目は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、バルトークにピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:ピーター・ゼルキン)、ナッセンの自作自演となる交響曲第3番とドビュッシーの交響詩「海」。
現代音楽がプログラムに入っているためか、空席が目立つ。特に1階席の前の方はガラガラだった。
ナッセンは極端に太っており、歩くのが難儀そうだった。
今日は普段と違い、アメリカ式の現代配置による演奏である。

ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。ナッセンは細部まで目を配り、隅々まで良く彫刻された瑞々しい音を大フィルから引き出す。

バルトークのピアノ協奏曲第3番。ピーター・ゼルキンは譜面と譜めくり人をおいての演奏である。ゼルキンのテクニックは一流だが超一流というほどではない。しかし、クッキリとした音で、味わい深い音を奏でる。ナッセン指揮の大フィルも好演である。

ナッセンの交響曲第3番。指揮台の前に、チェレスタとハープ、ギター奏者が並ぶという独特の配置。神秘的な雰囲気で始まり、途中で巨大な音の塊と化した後で、再び神秘的で静かな音楽に戻っていく。

ドビュッシーの「海」。やはり細部まで配慮の行き届いた演奏であった。弦も管も洗練され、テンポも中庸で聴きやすい。

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2018年6月 3日 (日)

コンサートの記(392) ダニエーレ・ルスティオーニ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第518回定期演奏会

2018年5月29日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第518回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はイタリアの若手、ダニエーレ・ルスティオーニ。

1983年生まれ、現在34歳のダニエーレ・ルスティオーニ。アンドレア・バッティストーニ、ミケーレ・マリオッティと共にイタリア若手三羽烏の一人に数えられる。昨年9月に大野和士の後任としてリヨン国立歌劇場の首席指揮者に就任したばかり。2014年からはイタリアのトスカーナ管弦楽団の首席指揮者も務めている。
日本では東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者を務めるバッティストーニの評価が高いが、イタリア国内ではルスティオーニの方が現時点では評価が上のようだ。
ミラノのジュゼッペ・ヴェルディ音楽院で学んだ後、シエナのキジアーナ音楽院でジャンルイジ・ジェルメッティに師事。ロンドンの王立音楽院でジャナンドレア・ノセダにも学ぶ。英国ロイヤル・オペラでサー・アントニオ・パッパーノのアシスタントを経て、サンクトペテルブルクのミハイロフスキー劇場の首席客演指揮者を2年間務めている。

曲目は、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」とマーラーの交響曲第4番(ソプラノ独奏:小林沙羅)という4並びである。

今日のコンサートマスターは崔文洙。今日はフォアシュピーラーに須山暢大が入る。

メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」。冒頭から各楽器の分離が明瞭であり、大変見通しが良い。ジャンプを繰り出すなど若々しい指揮姿のルスティオーニだが、音捌きの腕は抜群。大フィルから輝かしくも生き生きとした音を引き出していく。熱さを感じさせつつ上品という理想的な演奏となった。

マーラーの交響曲第4番でも上質の音楽が展開される。マーラー独特のおどろおどろしさは後退し、チャーミングな音色による愛らしいマーラー像が描かれていく。第3楽章などは正に天国的というに相応しい気品溢れる美演であった。バッティストーニが「未来のトスカニーニ」ならルスティオーニは「未来のクラウディオ・アバド」であろう。
小林沙羅はリリカルソプラノではないので、この曲の独唱に合っているかどうかは微妙だったが、安定感のある歌声を聴かせてくれた。



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2018年5月24日 (木)

コンサートの記(388) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団  ベートーヴェン交響曲全曲演奏会第1回

2018年5月17日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団によるベートーヴェン交響曲全曲演奏会第1回を聴く。大阪フィルが朝比奈時代から何度も繰り返し行って来たベートーヴェン交響曲チクルスの新シリーズである。

札幌交響楽団時代にもベートーヴェン交響曲全曲演奏を行っている尾高忠明。大阪フィルのシェフに就任してまず大フィルの看板企画に挑むことに決めた。

今日の演目は、バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲、交響曲第1番、劇音楽「エグモント」序曲、交響曲第2番。

今日のコンサートマスターは崔文洙。ベートーヴェンの初期交響曲であるが、第1ヴァイオリン14型と大きな編成での演奏。ピリオド・アプローチを採用しているが、スケールは大きく、ベートーヴェンの初期作品ではあっても大交響曲として演奏していることがわかる。

今日もノンタクトで指揮する尾高忠明。やや速めのテンポでの演奏。エネルギー放出量は大きいが、弦楽にHIPを取り入れているためか暑苦しくはならない。
フォルムの堅固さも特徴であり、朝比奈以来のDNAが保たれているのが確認出来た。
時折、音像が雑になるところもあったが、第1回の演奏としては上出来だったように思う。

全曲演奏終了後、尾高は、「あと7曲ありますので、よろしくお願いします」と言い、最後は「おやすみなさい」のポーズをして指揮台を後にした。


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2018年5月 8日 (火)

コンサートの記(379) 「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2018 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

2018年5月5日 びわ湖ホール大ホールにて

午後2時30分から、大ホールで、大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏によるショスタコーヴィチの交響曲第5番を聴く。

今年はレナード・バーンスタインの生誕100年に当たるということで、バーンスタインの作品と、指揮者としてのバーンスタインが最も得意としたショスタコーヴィチの交響曲第5番を合わせて取り上げるという演奏会を広上淳一や佐渡裕が行ったり企画したりしているが、この演奏会も同様のものである(大植と大フィルは、昨日、バーンスタインの「ウエストサイド・ストーリー」より“シンフォニック・ダンス”を演奏している)。

今日のコンサートマスターは崔文洙。今日は第4楽章でヴァイオリンの弦が切れるというアクシデントがあり、ヴァイオリンがリレーされて運ばれ、弦が張り替えられて戻ってくるという珍しい場面を目にすることになった。

びわ湖ホール大ホールの音響の効果もあって、鈍重な傾向のある大フィルの音がソフィスティケートされて聞こえる。弦に厚みがあり、管も力強い。
大植は1拍目のみを示すことが多いが、低弦と管には細かな表情付けを行うこともある。この曲のヒロイックな場面は皮相にして、嘆きの部分を丁寧に歌うことで、この曲の一般的な演奏とは別の表情を浮かび上がらせる。ピッチカートの力強さが印象的であり、第3楽章では弦楽器ががなり立てるように歌うところがある。当然、音は汚くなるのだが、それもまた意図したものなのだと思える。


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2018年4月12日 (木)

コンサートの記(370) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第517回定期演奏会「尾高忠明音楽監督就任披露演奏会」

2018年4月8日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第517回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はこの4月から大阪フィルの第3代音楽監督に就任した尾高忠明。「尾高忠明音楽監督就任披露演奏会」と銘打たれている。

4月ということで、プログラムには須山暢大(すやま・のぶひろ)の新コンサートマスター就任が発表されているほか、ホルンの和久田有希、トランペットの高見信行、トロンボーン・トップ奏者の福田えりみの3名の新入団、一方、トップ・クラリネット奏者のブルックス・ストーンが3月31日付けで退団したとの知らせもある。

曲目は、三善晃のオーケストラのための「ノエシス」とブルックナーの交響曲第8番(ハース版)

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。大編成のブルックナーに特殊な編成の「ノエシス」ということで客演奏者が多い。客演ホルンには名手として知られる安土真弓(あんづち・まゆみ。名古屋フィルハーモニー交響楽団首席ホルン奏者)の名前も見える。

三善晃のオーケストラのための「ノエシス」。丁度40年前の1978年に尾高忠明の指揮によって初演された曲である。
チェロの独奏に始まり、次第にカオスへと発展する、いかにも現代音楽的な曲だが、途中で打楽器が盛大に打ち鳴らされ、熱い響きへと変わっていく。なかなか面白い曲である。

ブルックナーの交響曲第8番。
この曲は最近では第九やマーラーの「復活」などと共に節目で演奏される曲となっている。大植英次が大フィル音楽監督として最後に取り上げたのもこの曲であり、昨年は下野竜也が広島交響楽団音楽総監督就任記念の曲として取り上げている。
朝比奈隆の時代は「大フィルといえばブルックナー」といわれたものだが、第2代音楽監督の大植英次、昨年の3月まで大フィルの首席指揮者を務めた井上道義とマーラー指揮者が大フィルのシェフの座にあり、二人ともブルックナーは得手とはしていなかった。ブルックナーの交響曲第8番は大フィル史上、シェフしか指揮をしていない曲である。井上道義指揮による大フィルのブル8は実演で聴いたことはないが、井上が京響を指揮したブル9の出来から考えれば名演だったとは思えない。下野はブルックナーを得意としているが、広響を指揮した第8や読響を振った第7を聴いた感じでは、後期の交響曲を指揮するにはまだ若い。一方、尾高はブルックナーの交響曲が日本では「わけのわからない曲」「あんなの音楽なのか」と言われていた頃から積極的に取り組んでおり、日本を代表するブルックナー指揮者である。名演の期待が高まる。

ブルックナーの交響曲第8番は、彼の第7番の交響曲が初めて初演での成功を収めた後で書かれ、現在では最高傑作の呼び声も高いのだが、第7初演での成功を味わった後でもブルックナーの生来の気の弱さは変わらず、第8初演の指揮を任せようとしたヘルマン・レーヴィから拒絶されると例によって「楽曲が悪かったからだ」と改訂に取り組んでしまい、複数の版が残されることになった。

ブルックナーの交響曲は楽譜に書かれたことをそのまま鳴らしただけでは音楽にならず、指揮者が再構築する必要があるのだが、尾高は着実に確実に音を積み上げていく。音を野放図に鳴らしてはならず、いかなる大音響でも抑制が必要、ただ抑制しすぎても音が拡がらないという難しさがあるのだがその処理も万全である。
音も瑞々しく純度が高い。弦と管の編み方も巧みである。関西にはブルックナーを得意とする指揮者は少ない。久しぶりに聴くブルックナーらしいブルックナーであった。

尾高新監督、上々の船出である。

響きは置くとして、周辺も含めた雰囲気の良さではフェスティバルホールは日本一だと思う。レッドカーペットの階段はハレの気分を生みだし、天井の高いホワイエも異空間の味わいがある。大阪フィルもホールの鳴らし方を心得つつあり、音響面でも徐々に充実。そして何より中之島と地の利がある。交通の便も文句なしで、土佐堀川を見ながらの行き帰りも心地よい。



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