カテゴリー「ロームシアター京都」の50件の記事

2019年1月11日 (金)

コンサートの記(500) 京響クロスオーバー「バレエ×オーケストラ」New Year Gala

2019年1月6日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、京響クロスオーバー「バレエ×オーケストラ」New Year Galaに接する。指揮者は京都市交響楽団常任首席客演指揮者の下野竜也。今日のコンサートマスターは泉原隆志。少し浅めにしたオーケストラピット内での演奏である。

出演は、首藤康之(しゅとう・やすゆき)、中村恩恵(なかむら・めぐみ)、イ・ドンタク、カン・ミソン、福岡雄大(ふくおか・ゆうだい)、渡辺理恵、山井絵里奈全京都洋舞協議会メンバー。演出・振付:中村恩恵。

曲目は、第1幕が、チャイコフスキーのバレエ組曲「眠れる森の美女」よりワルツ(出演:山井絵里奈全舞踏協議会メンバー)、シベリウスの「悲しきワルツ」(福岡雄大のソロ)、プロコフィエフのバレエ「シンデレラ」第2幕より(イ・ドンタクとカン・ミソンのパ・ド・ドゥ)、シベリウスの交響詩「4つの伝説」よりトゥオネラの白鳥(首藤康之と中村恩恵のパ・ド・ドゥ)、チャイコフスキーのバレエ「眠れる森の美女」第3幕より(福岡雄大と渡辺理恵のパ・ド・ドゥ)、プロコフィエフのバレエ「シンデレラ」第1幕よりワルツ(全員)。第2幕が、ベルリオーズの幻想交響曲より第2楽章(オーケストラ演奏のみ)、マーラーの交響曲第5番より第4楽章「アダージェット」(首藤康之と中村恩恵のパ・ド・ドゥ)、マスネの「タイスの瞑想曲」(福岡雄大と渡辺理恵のパ・ド・ドゥ)、フォーレの「パヴァーヌ」(渡辺理恵のソロ)、チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」第2幕より(イ・ドンタクとカン・ミソンのパ・ド・ドゥ)、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」(全員)。


下野竜也指揮の京都市交響楽団は、華やかで分厚く、密度の濃い響きでメインホールを満たす。下野竜也、流石のオーケストラ操縦術である。京響も予想を上回る力強さだ。

新春公演ということで、華やかな演目も多いのだが、人間の根源的な孤独やすれ違いを描いたものが複数ある。

シベリウスの「悲しきワルツ」は元々は「クオレマ」という劇付随音楽の中の1曲で、病の床に伏せる若い女性が、現れた紳士の正体が死神だと気づくことなく一緒にワルツを踊るという場面の音楽である。
今回のバレエ公演では、福岡雄大のソロで、何かを求めて思索し、彷徨うも、結局どこにも辿り着けずに戸惑う男性を描いているように見える。

プロコフィエフの「シンデレラ」第2幕よりの、イ・ドンタクとカン・ミソンのパ・ド・ドゥも、踊るときは息が合っているが、去り際にはもう心が離れてしまっている男女のようで、バラバラに退場する。「タイスの瞑想曲」のパ・ド・ドゥでも同様で、ラストでは互いの姿が確認出来ないようであり、「パヴァーヌ」のソロへと続く。

マーラーの交響曲第5番より第4楽章「アダージェット」は、レナード・バーンスタインがJ・F・ケネディ大統領追悼の1曲としてこの作品を選んだことや、映画「ベニスに死す」のテーマ音楽となったことにより「死」に結びつけられることが多い。今回の公演でも、彼女を亡くした男声が、思い出の中の彼女と共に踊るも、ラストは蘇生することはないと悟って悲嘆に暮れるという筋書きになっていたようだ。かなり印象深い舞である。

最後の「美しく青きドナウ」では、白い衣装を纏ったバレリーナ達が愛らしくも幻想的な舞で魅せ、華やかに幕を下ろす。


アンコール曲目であるヨハン・シュトラウスⅡ世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」が演奏される中、カーテンコール。演奏終了後は下野竜也もステージに上がり、喝采を受けた。上質の公演である。京都市交響楽団も幸先が良い。


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2019年1月 4日 (金)

観劇感想精選(281) ロームシアター京都「能楽チャリティ公演 ~被災地再興、京都からの祈り」2017 第2部

2017年8月24日 ロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後6時から、ロームシアター京都サウスホールで、「能楽チャリティ公演 ~被災地再興、京都からの祈り」第2部を観る。今日の午前中に第1部公演があり、ソワレが第2部である。演目は異なる。

演目は、能「花月」(出演:大江広祐ほか)、能「雪」(出演:金剛永謹ほか)、狂言「梟」(出演:茂山茂ほか)、能「一角仙人」(出演:松野浩行、浦田親良、河村紀仁、梅田嘉宏ほか)。

外国人の観客も多いということで、豊嶋晃嗣(てしま・こうじ)が上演前に作品の解説を行い、それを通訳の女性が英訳した。


能「花月」。京都の清水寺(「せいすいじ」と読まれる)が舞台。筑紫国出身の僧侶が花月と呼ばれる少年芸人(見た目は少年に見えない)を見かけ、花月こそ自分の子であると僧侶が気づくという話である。


能「雪」。ストーリーのない能である。摂津国野田(現在の大阪市北区野田)が舞台。僧侶が正体不明の女性と出会い、女性の正体が雪の精だとわかり、雪の精が舞う。


狂言「梟」。弟が山に行って何かにとりつかれた状態になったため、兄は山伏に祈祷を求める。だが、最後はミイラ取りがミイラになるという狂言である。弟を島田洋海が、兄を茂山逸平が演じているのだが、それぞれ「ひろみ」、「いっぺい」と本名で呼ばれていた。

能「一角仙人」。ちょっとした大道具が用いられる。釣り鐘のようなものは洞窟、小さな牢屋のものは一角仙人の住まいである。一本の角を持っている一角仙人が龍神を洞窟に閉じ込めてしまい、日照りになる。そこで村の美女が一角仙人を訪ねてきて、仙人に酒を飲ませて神力を弱めようとする。「桂の葉に溜まった露を飲んでいるので酒はやらない」という仙人だったが美女の踊りを見て調子に乗り、酒をあおって結局は雨が降り始める。ラストは仙人と龍神二人が戦うことになるのだが、赤い髪の龍神は佇まいからして迫力に溢れていた。

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2018年12月30日 (日)

コンサートの記(486) 「Chidoriya Rocks 69th」

2018年12月26日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時から、ロームシアター京都メインホールで、「Chidoriya Rocks 69th」を聴く。
芸舞妓ご愛用の化粧品、和小物、美容雑貨などを扱う、京都ちどりやの創立69年目を祝うライブ。伝統芸能を体現している芸舞妓とミュージシャンのコラボレーションが行われており、2009年からの不定期開催で、今回で4度目の公演となる。

出演は、屋敷豪太、奥田民生、Mannish Boys(斉藤和義×中村達也)、KenKen、佐藤タイジ、小原礼、佐橋佳幸、西慎嗣、斎藤有太、山本拓夫、宮川町舞妓・芸妓。


4部構成からなっており、1部が宮川町の芸舞妓の舞披露、第2部が屋敷豪太のニューアルバム全曲演奏会、第3部がMannish Boysのライブ、第4部が奥田民生のライブである。


開演前に、今年の災害で亡くなった方のための黙祷が捧げられる。


宮川町の舞妓と芸妓の舞からスタート。粋で儚げな「宮川音頭」に始まり、春夏秋冬それぞれの舞を披露する。


屋敷豪太のニューアルバム全曲演奏。アルバムタイトルは、「Made in Kyoto」で、黒谷和紙による生産限定版も出る予定であり、現在、予約を受け付けていて、先行で会場でも手に入る。
英語を中心とした歌詞であり、ボーカルは数人が担当。背後のスクリーンに映像も投影される。なかなか良い音楽である。


15分の休憩を挟んで第3部、Mannish Boysのライブ。斉藤和義は、ロームシアター京都メインホールでのコンサートを行ったことがあり、中村達也もサウスホールで行われた田中泯のダンス公演にドラマーとして参加していた。

斉藤和義のファンはやはり多いようで、それまでとは客席の空気が異なる。

新曲の披露があり、「ヒッチハイク」という曲が歌われた。


第4部の前に、京都ちどりや代表取締役で、屋敷豪太夫人である屋敷朋美が舞妓を引き連れて登場し、挨拶を行う。更に屋敷豪太の出身地で、台風災害などに遭った綾部市の農家向けの募金も呼び掛けていた。


第4部、奥田民生ライブ。
サングラスを掛けた奥田民生は、「あー、どうも奥田民生です」と挨拶する。それから「待ち時間が、」と言って、トリだけに待ち時間が長く、楽屋で時間を潰すのに苦労した「地獄のような」待ち時間だったことを述べる。

「マシマロ」でスタート。その後、「奥田民生の歌をうたいます。結構有名な曲だと思います。比較的」と言って、「イージューライダー」が歌われる。生で聴くと疾走感が出て格好良い。

屋敷豪太の新曲も披露される。舞妓のことを歌ったもので、舞妓達も特別にステージ上に現れて手拍子を行う。舞妓達の登場はサプライズで、屋敷以外のメンバーは本番まで知らなかったそうだ。

屋敷豪太が、中学生の頃に福知山までキャンディーズのコンサートを聴きに行き、紙テープを投げたら、当時、キャンディーズのバックでギターを弾いていた西慎嗣の頭に当たったという話から、西が所属していたスペクトラムというバンドでギターを回していたという話になり、奥田民生が、「YouTubeに載っているよ。今日、帰ったら(お客さん)全員、YouTube見るよ」と言う。

更に、屋敷豪太からのリクエストで、レッド・ツェッペリンの「ロックンロール」が歌われる。高音が連続するため、歌うのに体力がいりそうであるが、奥田民生は「lonely」が連続する歌詞をソウルを込めて歌い切る。


アンコール。奥田民生と斉藤和義のツートップ布陣というかなり豪華なものだが、まず宮川町の芸舞妓による「祇園小唄」の演奏と舞があり、左右に分かれて踊る芸舞妓をミュージシャン達が近くに突っ立ってボーッと見ているというシュールな光景に笑いが起こる。
2番からは、ミュージシャン達の演奏と歌による舞が行われる。最後は上手側の芸舞妓3人だけの踊りとなり、可憐さと幻想的な美しさに溢れる。

屋敷豪太の提案で、ステージ上でのお座敷遊び「とらとら」が行われる。衝立が運ばれ、まず、一番興味を示したというKenKenと芸妓さんの「とらとら」。芸妓さんが「とらとら」のルールを説明する。要はジャンケンなのだが、体を使ったジャンケンで、グーチョキパーではなく、「虎」「槍」「老婆」の三すくみとなる。「虎」と「槍」では「槍」が勝ち、「虎」と「老婆」では「虎」が勝つが、「槍」を持った若者は実は「老婆」の息子ということで、「槍」と「老婆」では「老婆」の勝利となる。

KenKenと芸妓さんとでは、KenKenが「老婆」で引き分けの後、「槍」で勝つが、勝った方が罰ゲームということで、奥田民生が持ってきていた朝鮮人参酒の一気飲みをする。コールは芸妓さんが行う。

更に、斉藤和義が芸妓さんと行って「老婆」で負け、負けの罰ゲームで一気飲み。斉藤は「まずい」と言い、奥田に「健康には良いから」「馬鹿! これ高いんだぞ!」と言われる。

その後、奥田も「とらとら」を行って「老婆」で、勝って罰ゲーム。自分が持ってきた朝鮮人参酒だが、「自分で飲むのと飲まされるのとでは違う」と語っていた。


奥田民生と斉藤和義のツインボーカルによる、「さすらい」と「ずっと好きだった」というヒット曲が立て続けに歌われ、客席もステージ上も大いに盛り上がる。


最後は、出演者全員が客席をバックに集合写真を撮ってお開きとなった。

なお、「Chidoriya Rocks」は、今年から毎年開催される予定だそうである。



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2018年12月25日 (火)

キエフ・バレエ 「白鳥の湖」@ロームシアター京都

2018年12月16日 ロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、キエフ・バレエ(タラス・シェフチェンコ記念ウクライナ国立バレエ)による「白鳥の湖」を観る。文字通り、ウクライナの首都キエフにある国立バレエ団の来日公演。創設は1901年で、100年以上の歴史を誇っている。キエフは京都市の姉妹都市ということで、優先的に公演が行われるのだと思われる。

指揮は日本でも知名度のあるミコラ・ジャジューラ。演奏はウクライナ国立歌劇場管弦楽団。

出演は、エレーナ・フィリピエワ(オデット/オディール)、デニス・ニェダク(ジークフリート王子)、ヴィタリー・ネトルネンコ(ロットバルト)、オクサーナ・グリャーエワほか。

ヨーロッパで2番目に大きな国であるウクライナ。1位はロシアであり、旧ソビエト連邦がいかに広大な国であったかがわかる。

ミコラ(ニコライ)・ジャジューラは以前に、キエフ国立フィルハーモニー管弦楽団を率いて京都コンサートホールでの公演を行っているが、キエフ国立フィルとウクライナ国立歌劇場管弦楽団は同一母体のようである。

世界で最も知名度の高いバレエであるチャイコフスキーの「白鳥の湖」。私は、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団による全曲盤を聴いたり、ワレリー・ゲルギエフ指揮サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団ほかによる映像を観ていたりするが、劇場で観るのは初めてとなる。

今日は4階席の3列目下手側の席だったのだが、前列には1人も座らず、1列目も1人座っているだけ。前の方は値段がワンランク上がるため、チケットが余ったようである。


ウクライナは美人の出所として知られており、女性バレリーナも男性バレリーナもみなスタイルが良い。体格面では日本人はルックス、パワー共に勝てないと思われる。

芸術に力を入れていた旧東側の団体だけに、レベルも高い。女性バレリーナの可憐さ、男性バレリーナのダイナミックさなど、優れたところはいくらでも上げられる。人海戦術も効果的であり、一糸乱れぬ群舞は見事というほかない。


ジャジューラはかなり速めのテンポを採用。実践的な音楽作りである。ウクライナ国立歌劇場管弦楽団は、金管の音が特に豊かであり、粗めのところもあるがパワーと秀でた美的感覚で押し切る。躍動感では理想的なバレエ伴奏といえる。

途中、ジークフリート王子役のデニス・ニェダクの出がなぜか遅れて間が開いてしまうという場面があったが、それ以外は高水準の展開。

オディールに扮した時のエレーナ・フィリピエワや、ロットバルト役のヴィタリー・ネトルネンコの動きが大きく、おどろおどろしさを出す必要から悪役の方が運動量が増える傾向のあることが見て取れた。

2度の休憩を含めて約2時間50分の長丁場であるが、高い集中力で乗り切るキエフ・バレエ。優れた団体だ。


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2018年12月18日 (火)

コンサートの記(469) 「ASKA PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018 -THE PRIDE-」京都公演

2018年12月10日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後7時から、ロームシアター京都メインホールで、「ASKA PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018 -THE PRIDE-」を聴く。ASKAの復帰コンサートツアーである。毎回、オーケストラと共演しており、今日の京都公演は、大阪フィルハーモニー交響楽団がバックを務める。指揮は藤原いくろう。ピアノは澤近泰輔、パーカッション:小野かほり。
トロンボーンに京都市交響楽団首席の岡本哲が入っていることが確認出来る。

登場した大阪フィルの団員達に、クラシックコンサートでは考えられないほど熱心な拍手が送られる。まず、オーケストラのみによる序奏(「On Your Mark」)が奏でられた後でASKA登場。爆発的な拍手と歓声が出迎える。

今日は2階下手側のバルコニー席。2L1-3という席である。スピーカーの近くということもあるのだろが、ASKAの声の通りが悪く聞こえる。高音も年齢のためかブランクが影響しているのか、苦しそうで音程も不正確だが、徐々にペースを掴んでいく。

「お待たせしました。京都に来られて良かった」とトークも入れる。チャゲ&飛鳥として活動していた頃は、ステージセットを組んでコンサートを行っていたのだが、「京都会館はステージが狭かったので、ステージセットが置けない。最後は客席をつぶして無理矢理ステージを拡げてやった」そうである。

澤近のピアノが、ショパンの「雨だれ」の前奏曲を奏で、「はじまりはいつも雨」が歌われる。

「僕は、自分では坂本龍馬に縁があると思っている」という話を始める。年末ドラマ「新撰組」への主題歌提供と同時に出演が決まり、自分ではちょっと映っただけで去るカメオ出演のつもりで、「誰か見つけてくれたらいいな」ぐらいに思ったのだが、いざ、太秦撮影所に行ってみるとセリフがある。「セリフ作りました」と言われたそうである。その時は伊藤俊輔のちの伊藤博文の役で、様々なセリフが用意されていたそうだが、怒りの場面以外は全てカットされてしまい、「怒ってばっかりいる人」になってしまったそうだ。自分でも演技は良いとは思えず、「あの時代、ネットがあったら大変だったね」と語った。その後、年末ドラマとして「坂本龍馬」が放送されることになるのだが、その予告を見ていたASKAは、マネージャーに、「あ、この主題歌、俺来るね」と語ったそうである。そうしたら3日後に本当にオファーがあったそうだ。
今日のライブのために昨日京都入りし、今日は朝の10時頃に指揮の藤原とイノダコーヒーに行ってから、坂本龍馬の墓に行ったそうだ。霊山護国人神社に龍馬と中岡慎太郎の墓があるのは知っていたが、その先に、最初に龍馬が葬られた墓があるというので訪ねたという。タクシーで向かい、霊山護国神社を過ぎてから、「何かを感じて」運転手さんに車を停めて貰い、坂を上っていったという。その先にお寺があり、そのお寺は坂本龍馬の遺骸を最初に弔ったところであり、伊藤博文を祀る場所だというので、「僕、伊藤博文を演じたことがあるんです」と住職に言うと、「あれ? ASKAさん?」と気づかれた話をする。
ちなみに坂本龍馬が亡くなったのは西暦でいうと、1867年12月10日ということで、今日が命日に当たるのだが、ASKAはそのことは知らないようだった。

「ブレードランナー」に触発された「迷宮のReplicant」なども披露される。

今回は休憩を挟んでの二部構成である。

第2部で、「京都って凄いですよね」という話から始める。「京都は歴史上重要な人が何人も出てる」「京って書いて『みやこ』って読むでしょ、都も『みやこ』って読むでしょ。『みやこみやこ』」という話から自身の出身地である福岡の話になる。若い頃は福岡に帰ってライブを行うといつも上手くいかなかったのだが、「自分は東京に住んでいるから、もう東京人だ。福岡は他の地方都市の一つに過ぎない」と思うようになってからは福岡公演も成功するようになった。そうした経緯で、「福岡は生まれた場所だし、友達も多いがそれだけ」と思うようになっていたのだが、「一番苦しかった頃は、レコーディングスタジオが使えず、何も出来ない。そうしていた時に福岡から声が掛かった」そうで、福岡でレコーディングを行っていた時、ギターを弾いていたら優しいメロディーが生まれた。そうして作り上げた曲である「FUKUOKA」が歌われた。

「僕が子どもの頃はまだ戦争をやってたんだよ」ということで、その流れから1990年のイラクによるクウェート侵攻と湾岸戦争が起こった際の話になる。その時、自分は無力だと感じて作られたのが「君が愛を語れ」だそうだ。作曲の経緯には色々あって、シブがき隊の布川敏和がASKAの家に遊びに来た際に、「曲作ってよ」と言われて、初めて事務所を通さずに曲作りをしたこともあるそうだ。ASKAは光GENJIの曲なども多く手掛けていたが、そうしたことと関係があるのかも知れない。

最後から2曲目は、「YAH YAH YAH」では聴衆の合唱も加わって大いに盛り上がり、本編ラストの曲目はツアータイトルにもなっている「PRIDE」。チャゲアス最初のヒット曲は「万里の河」なのであるが、「あれはヒットしただけだったね」とASKAは語る。曲として最も一人歩きしている曲がこの「PRIDE」だそうで、「目の前で(本人がいると気づかずに)カラオケ入れられたこと何度もある」そうだ。「横から出ていってやろかな。『モニタリング』です」
ASKAも思い入れのある楽曲。熱唱であった。

拍手に応えたASKAは、「今日はこれで終わり。終了」と言うが、「どうせアンコールあるでしょ?」と行って去る。

アンコールで登場したASKAは、「まさかこんな展開になるとは」とおどけていた。
「『YAH YAH YAH』をやったんだから、次はこの曲でしょ」と言って、「SAY YES」が歌われる。その後、ASKAは、「『何ですか?』『何ですか?』。似てない。『僕は死にましぇん!』」と「SAY YES」が主題歌になった「101回目のプロポーズ」主演の武田鉄矢の物真似をする。
今日最後の曲は、「考えてみれば20年ぐらい前からの口癖」という「今がいちばんいい」。歌い終わってからASKAは、「これまでずっと待ってくれていて本当にありがとうございました」と言って深々と頭を下げた。


その後、ASKAは、今年の仕事納めが静岡でのツアー最終公演になること、来年は国内ツアーと海外ツアーがあることを語り、「(来年の)年末は開けといて」と言って、喝采の中を去って行った。



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2018年12月17日 (月)

コンサートの記(468) 京都オペラ協会定期公演 ベッリーニ 歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家 ~ロミオとジュリエット~」

2018年12月9日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後2時から、ロームシアター京都サウスホールで、京都オペラ協会定期公演・歌劇「カプレーティ家とモンテッキ家 ~ロミオとジュリエット~」を観る。作曲:ヴィンチェンツォ・ベッリーニ。総監督・演出:ミッシェル・ワッセルマン。森香織指揮京都オペラ管弦楽団(特別編成。協力:公益社団法人アンサンブル神戸)の演奏。合唱も特別編成の京都オペラ合唱団。出演は、黒田恵美(ジュリエッタ)、森季子(ロメオ)、竹内直紀(デバルド)、東平聞(カペッリオ)、迎肇聡(ロレンツォ)。

いわゆる「ロミオとジュリエット」の話だが、シェイクスピアの戯曲ではなく、シェイクスピアも題材にしたヴェローナの故事から直接書かれた台本によっている。

シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」との異同は多く、まず、ジュリエッタ(ジュリエット)の婚約相手がパリスではなくデバルド(ティボルトに相当)であり、ロレンツォ(ロレンスに当たる)は神父ではなく、カペッリオの親類の医師ということになっている。
また、ロメオ(ロミオ)は最初からジュリエッタと恋仲であり、戦いの中でカペッリオの息子を殺して追放されたという選定である。

このオペラでは、ロメオ役をメゾ・ソプラノの歌手が担うのも特徴。そのため、梅田芸術劇場メインホールなどで行われている、宝塚歌劇出身の女優と男性ミュージカル俳優とのコラボ上演に雰囲気がよく似てる。

今日は2階席の2列17番というほぼ真ん真ん中での鑑賞。サウスホールの2階席には何度も座ったことあるが、いずれも端の席であり、中央列に座るのはほぼ初めて。座席間が狭いため、席にたどり着くのに難儀する。サウスホールは内部改修で天井の高さに限界があるため、こうした無理なことになっているようだ。

ホール自体が余り大きなものでないため、音は良く聞こえる。残響が短めなのもオペラには適性があり、歌手が声を張り上げても音が割れることがない。森香織指揮の京都オペラ管弦楽団の音もクリアに響く。ただその分、強弱のニュアンスは余り出ないかも知れない。

今回は、演出のミッシェル・ワッセルマンに発案により、舞台をアル・カポネらが暗躍していた1920年代のシカゴに移した上演が行われる。名家同士ではなく、マフィアの諍いという設定に変わり、服装は現代的で、武器も短剣ではなくナイフだ。


「夢遊病の女」などで知られるヴィンチェンツォ・ベッリーニ(1801-1835)。シチリア島に生まれ、ナポリ王立音楽院に学び、20代前半にオペラ作曲家としてデビュー。「天才」と謳われたが33歳で早世している。
丁度、モーツァルトと入れ代わるようにして現れた世代であり、古典派と初期ロマン派の特徴を兼ね備えた作風である。メロディメーカーとして知られただけあって旋律はいずれも美しい。そのため圭角が取れすぎていて印象に残りにくいという贅沢な欠点にもなっている。

会場が小さいということもあって歌手達の声も良く通り、歌唱を存分に味わうことが出来た。

演出のワッセルマンは歌舞伎研究の専門家だが、この演出では特に奇をてらったところはないように感じた。

ラストで、ジュリエッタはナイフで胸を突いて死ぬのかと思いきや、右手を伸ばしたまま絶命。ショックで死んだということなのか、それともナイフを使ったが私の席からははっきりと見えなかったということなのか。折角、短剣をナイフに替えたのだから、もっと効果的な演出があっても良いと思う。



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2018年11月28日 (水)

コンサートの記(454) 細野晴臣コンサートツアー京都公演@ロームシアター京都サウスホール

2018年11月22日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後7時から、ロームシアター京都サウスホールで、細野晴臣コンサートツアー京都公演を聴く。
チケットを買うのが2日ほど遅れたので、2階席の2列目下手端の席で聴くことになった。

細野晴臣は京都精華大学の客員教授であり、京都に拠点を持っている。

今日は、現在レコーディングを進めているという「HOSONO HOUSE」のリブート盤の曲を中心に行う。

メンバーが登場し、細野晴臣が最後に現れたのは良いのだが、タブレットがフリーズしてしまい、スタートが少し遅れて笑いが起こる。

英語歌詞の2曲でスタート。細野は、「僕は今、レコーディングを行っていて、えらい目に遭ってます。締め切りに追われる」と語り、「HOSONO HOUSE」をリブートすることについては、「若い人が聴いていて、『今の技術で録ったらいいんじゃないか』と言われた」からだそうである。
その後、スタンダードナンバーでもある「北京ダック」が歌われる。二十代前半の細野はラテンが好きだったそうで、「ラテンバンドにしようかと思ったんですが、そうも行かないでしょ? ブギも好きだし、何でもやる」。そして「北京ダック」に関しては、「二十代の男の書く曲ってのは難しい。ひねくれてる。今はこういう曲、好きじゃない」と語る。
その後、昨日配信シングルがリリースされたばかりの「薔薇と野獣」(ニューバージョン)、「住所不定無職低収入」、「冬越え」などが歌われる。「冬越え」は歌い出しで声が上手く出ず、「もう一度やろうか」と言って歌い直しになったが、ライブで歌うのは初めてだそうである。はっぴいえんど解散後すぐの曲なのだが、はっぴいえんどは「ライブが下手」という定評があったため、その近辺の時代の曲はライブでは余りやっていないらしい。はっぴいえんどのメンバーは「凄く上手い」のだが、「練習をしない」ためライブでは散々だったらしい。ただ、レコーディングでは万全の仕上がりを見せたそうだ。

73年にリリースの「HOSONO HOUSE」を今レコーディングしていることについて、「70年代の曲を今の機材を使って録音すると80年代の曲に聞こえるということを発見しました」と細野は語る。その理由について「メロディーがある。今の曲はメロディーないでしょ」ということで、メロディーが追求された時代は80年代で終わったということが示唆される。細野は生演奏にこだわってきたのだが、その間に時代は打ち込み中心へと移行してしまい、細野は取り残された格好になったそうだ。今は細野も打ち込みで作っているのだが、今のアルバム制作中にマックのパソコンの新しいものにしたりと色々変更があったため、作業が遅れているそうである。

「僕も今年で71です。もうリタイアの歳。後は若い人達に任せて(と後ろを振り返り)、若いったって(それほどでもないけど)」と細野は語る。確かにテレビで見ると細野は喋り方も遅くなっているし、すっかりお爺ちゃんだが、こうして生で見ると実年齢より若く感じられる。

細野さんの煙草休憩というものがあり、その間は、伊藤大地(ドラムス)と野村卓史(キーボード)のグッドラックヘイワによるルロイ・アンダーソンの「タイプライター」の演奏と、高田漣の「ハローフジヤマ」で繋ぐ。

本編最後の曲は、「The House of Blue Light」のカバー。その後、アンコールとして2曲が歌われる。
細野さんが最後に「良いお年を」と言ってコンサートはお開きとなった。ビンテージな味わいがあり、今はほぼ死語だが、「いかす!」という言葉がよく似合うライブであった。



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2018年11月24日 (土)

2346月日(5) レクチャー「ポーランド演劇の歴史と現在~独立回復から100年」

2018年11月12日 ロームシアター京都パークプラザ会議室2にて

午後7時から、ロームシアター京都のパークプラザ会議室2で行われるレクチャー「ポーランド演劇の歴史と現在~独立回復から100年」に参加する。

芸術大国として知られるポーランド。音楽ではショパンを始め、現代音楽の両巨頭であるクシシュトフ・ペンデレツキとヴィトルト・ルトスワフスキ、「悲歌のシンフォニー」で知られるヘンリク=ミコワイ・グレツキ、指揮者のスタニスラフ・スクロヴァチェフスキにピアニストのアルトゥール・ルービンシュタイン、クリスティアン・ツィメルマン、ピアニストから首相にまでなったイグナツィ・パデレフスキという異色の人までいる。映画ではアンジェイ・ワイダ(「和井田」と変換されたがどなたですか?)、ロマン・ポランスキー、クシシュトフ・キィシェロフスキ、画家にモイズ・キスリング、ズジスワフ・ベクシンスキーなど、大物が多数輩出している。
団体としても、ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇やワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団などがたびたび来日公演を行っており、なじみ深い国の一つである。

旧東側の国であり、往事は国内情勢などはなかなか伝わってこなかったが、近年では交流が活発になりつつある。

昨日、2018年11月11日がポーランド独立100年に当たるということで、ポーランド関連のイベントが国内でもいくつか行われている。


登壇者は、クラクフのヤギェウォ大学舞台芸術学部教授のダリウス・コシニスキと、俳優で演出家でプロデューサー業もこなすフィリップ・フロントチャクの二人。通訳はパヴェウ・パフチャレクが務める。パフチャレクは舞台関係にそれほど通じているわけではないようで、訳された日本語をこちらで脳内解析する必要がある。ちなみにエスペラントの生みの親であるザメンホフはポーランド出身の眼科医であるが、英語の文法が簡単なことに驚いて(日本人にしてみれば英語の文法も十分難しいが)エスペラントを作り始めたというから、ポーランド語というのはかなり複雑な言語のようである。


本当は作品作りの哲学のようなものを知りたかったのだが、今回はポーランド演劇史の概要と、補助金と劇場の現状が中心に語られる。


ダリウス・コシニスキの話。コシニスキの所属するヤギェウォ大学があるクラクフはポーランドの古都であり、「ポーランドの京都」によく例えられる街である。

独立前の分断統治時代はポーランド語による演劇の上演さえほぼ不可能だったというが、独立後はロマン主義の演劇と近代演劇のミックスされたものが主に上演されていたという。Leon Schiller演出によるシェイクスピアの「冬物語」の写真がプロジェクターを使って映し出されるが、キュビズムの影響を受けたセットに古典的様式を確保した上での上演だったそうである。「冬物語」にキュビズムは合わないような気がするのだが、そういう時代もあったということである。

モニュメンタル劇場が開設されてからは、ロマン主義を脱した新時代の演劇が指向されるようになり、その後、前衛劇の台頭があって、1933年にはワルシャワのzeromskeシアターが前衛の拠点となる。戦中はロマン主義よりもアバンギャルドが優位となったそうで、日本でも知られているタデウシュ・カントルなどが生まれる下地となった。ポーランドの前衛演劇を代表する人物にもう一人、ユージー・グロトフスキがいる。
カントルは、貧乏劇場を創設し、「世界と人間の関係の追求」を行っている。

その次の世代を代表するのがクリスティアン・ルーパ。ルーパはカントルの影響を強く受けているが、グロトフスキとは不仲で手厳しく批判したりもしているそうだ。ニーチェの「ツァラトゥストラ」を舞台化したり、マリリン・モンローを題材にした作品と作るなど、後進への影響力大だったようだ。
その下が今の若者達の世代になるのだが、彼らはポップカルチャーや映画のモンタージュ理論を取り込んだ新しい作品に取り組んでいるという。

ポーランドではシェイクスピア作品の上演も盛んなようで、ワリコフスキ演出の「ハムレット」の上演写真などが紹介される。一方で、サラ・ケインなども高く評価されているようで、幅が広い。

最も新しい演劇では政治問題も盛んに盛り込まれており、ヤン・クラタ、マヤ・クレチェフスカなどが代表格だという。クレチェフスカは恐怖を題材にした演劇を得意としているそうだ。
その他では、カバチェフスキの「ハムレット」の換骨奪胎作品が高く評価されたという。シェイクスピアの原典ではなく、「ハムレット」について書かれたテキストを編み込んでの上演だったという。

また、音楽を積極的に取り入れているのも特徴で、クラシックのみならずロックやポップス、コンテンポラリーダンスの要素なども取り入れている。

Michal Starkiewiczの「Come True」はステージ上が無人で、声のみを頼りとする演劇であり、評判になったそうだ。


休憩を挟んで、フィリップ・フロントチャクの話。ポーランドの劇場史が中心である。

1982年に、ポーランド政府によって「全ての劇場は国立とする」という決定がなされ、演目も政府が決定し、インディペンデント系の上演が極めて困難になったという。劇場はプロパガンダの場所となり、そのため経済的には潤沢で、大量採用を行っていたそうだ。その分、自由にものは言えず、比喩的手法に留まっていたという。俳優や劇場関係者のステイタスは高く、自由がない代わりに生活は豊かだったそうだ。
1989年に民主化がなされ、劇場にも変化が訪れる。政治利用の場所でなくなった劇場は表現の自由を得たが、政府の後ろ盾がなくなったため、観客動員は下降線となる。

1989年には、ポーランドにある劇場は全て国立だったが、その後数年で、州立、県立、市立、地方立のものが圧倒的となり、国立劇場は全体の3%にまで減った。文化への寄付も減る。共産時代は文化大臣による一括助成というシステムだったが、助成のシステムが多様化した。

ポーランドは旧東側であるため、芸術家になるのも認定制度であり、1989年以前は、国立の演劇映画学校が4つ(ウッチ映画大学など)、美術学校(ウッチ美術アカデミーなど)と音楽院(ショパン音楽院など)が共に9つ、高等バレエ学校が5つという体制であった。昔は大量採用を行っていたため、卒業後は多くの学生が芸術関係の職に就くことが出来たが、今はそうではないという。定員や卒業生の数はさほど変わっていないので、オフシアターに流れたり、新たに創設したりする人もいるようだ。

助成金に関してはEUから最も多く貰っており、その他にノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン、オーストリア、ハンガリーからの助成、LOTOによる資金などもあるという。
政府からのものとしては、文化省大臣からのもの、文化省プログラムに基づく劇場からのもの、国立文化センターからのものなどがあり、地方からの助成金、各州の名誉基金、国際基金、私的基金、クラウドファンディングなども利用されているという。ちなみにフロントチャクは、アダム・ミツキェビッチ大学芸術学部の基金を利用して来日したという。
芸術の高等教育を受けた若者達の多くが基金を受けて仕事を探すそうである。

その後、芸術関連の様々なプログラムの写真が投影される。ポーランド独立100周年プログラムも勿論あり、子ども向け、若者向け、実験演劇など様々な試みがある。

その他に、女優のクリスティーナ・ヤンダが所有する劇場では、前衛演劇が盛んに行われており、政府の援助が受けられたなかった人々も非正規の団体を組織して地方を中心に活動しているようである。

また、マルタ・フェスティバルという演劇祭があり、「街のアカデミー」という名のワークショップやコンサート、パペット人形劇の上演などが行われているそうだ。

現在、ポーランドには支援を受けて運営されている劇場が309あり、674のNGOシアターがある。私立が117劇場と最も多く、次いで多いのが市立の70劇場。国立は現在は3劇場しかない。

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2018年11月 5日 (月)

コンサートの記(448) 平成30年度 新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室・関西公演 モーツァルト 歌劇「魔笛」

2018年10月29日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後1時から、ロームシアター京都メインホールで、平成30年度 新国立劇場 高校生のためのオペラ鑑賞教室・関西公演 「魔笛」を観る。

今年で3年連続となるロームシアター京都メインホールでの高校生のためのオペラ鑑賞教室・関西公演。今年は29日の公演の4階席のみ一般向け前売り券が発売されたため行ってみた。4階席ということもあって舞台が見えやすくはないが、チケット料金は全体的に安い。


今年はオペラ史上最高のヒット作といえる、モーツァルトの「魔笛」が上演される。もともとはアン・デア・ウィーン劇場の劇場主となったシカネイダー脚本のジングシュピール(音楽劇)として書かれたものであるが、現在は歌劇「魔笛」という表記と認識が一般的である。絵本の中の世界のような作品展開と、モーツァルトの魔術のような音楽は今も世界中の人々を魅了し続けている。

東京・初台の新国立劇場オペラの新作プログラムとして上演された公演の関西引っ越し版。指揮者とオーケストラは変更になり、園田隆一郎指揮の京都市交響楽団がオーケストラピットに入る。演出は南アフリカ出身のウィリアム・ケイトリッジ。再演演出は澤田康子が担当する。
出演は、長谷川顕(はせがわ・あきら。ザラストロ)、鈴木准(タミーノ)、成田眞(なりた・まこと。弁者・僧侶Ⅰ・武士Ⅱ)、秋谷直之(あきたに・なおゆき。僧侶Ⅱ・武士Ⅰ)、安井陽子(夜の女王)、林正子(パミーナ)、増田のり子(侍女Ⅰ)、小泉詠子(侍女Ⅱ)、山下牧子(侍女Ⅲ)、前川依子(童子Ⅰ)、野田千恵子(童子Ⅱ)、花房英里子(はなふさ・えりこ。童子Ⅲ)、九嶋香奈枝(パパゲーナ)、吉川健一(パパゲーノ)、升島唯博(ますじま・ただひろ。モノスタトス)。
合唱は新国立劇場合唱団。


ドローイングの映像を全編に渡って使用したことで話題となった演出である。


園田隆一郎は、びわ湖ホール中ホールで大阪交響楽団との上演である「ドン・ジョヴァンニ」を指揮したばかりだが、今回もモーツァルトのオペラということでピリオド・アプローチを採用。音を適度に切って演奏する弦楽と、硬めの音によるティンパニの強打が特徴である。また今回は雷鳴などを効果音を流すのではなく、鉄板を揺らすことで出している。
ピアノが多用されるのも印象的で(ピアノ演奏:小埜寺美樹)、オーケストラ演奏の前に、アップライトピアノの独奏が入ることが多い。

メインホールの4階席では、ヴァレリー・ゲルギエフ指揮サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場の引っ越し公演であるチャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」を観ており、独特の艶のあるオーケストラの響きに感心したものだが、それはオペラ経験豊かなゲルギエフとマリインスキーだからこそ聴けた音で、今日の京響の場合は音の密度がやや薄めに聞こえる。4階席は反響板のすぐ近くにあるため、舞台から遠いが音自体はよく聞こえるはずであり、これが現時点の京響のオペラでの実力ということになるのだろう。

序曲の演奏が始まると、紗幕に光の線が映り始める。紗幕はたまに透けて、三人の侍女がストップモーションで立っているのが見え、絵画的な効果を上げている。

数段になった舞台を使用し、前から2段目にはベルトコンベアが搭載されていて、上に乗った歌手などが運ばれるのだが、モーター音が少し気になる。

冒頭に出てくる蛇は、腕の影絵で表される。

ドローイングを使うことで、光と影の対比がなされたと話題になった公演であるが、そもそもが光と影の対比を描いた台本であるため、それを視覚面でも表現する必要があるのかどうかは意見が分かれるだろう。

視覚面では、光と影よりもむしろ火と水の対比がわかりやすく表現されていたように思う。この作品中で最も有名なアリアである夜の女王の「復讐の心は炎と燃え」で代表されるように、夜の女王側の人々は火のように燃えさかる心を持っている。ザラストロ側の人々は水のように平穏で豊かな心でもって火を鎮めるというのが一応の筋書きである(拝火思想の「ゾロアスター」とは対照的だ)。火は揺らめく影絵で効果的に、また水はドローイングと録音された水滴の音によってはっきりとわかるように表されている。ただ、日本のように水害の多い国では水が脅威であることは知られており、東日本大震災では映像に捉えられた津波の恐怖が世界中で話題になっている。ということで、水だから安全というわけではない。

もう一つは音楽の言葉に対する優位が挙げられる。実際、三人の侍女が魔法の笛を「宝石よりも大事」と歌い、タミーノ王子とパパゲーノは魔法の笛と三人の童子の歌声によってザラストロの城にたどり着くことが出来ている。タミーノとパミーナは笛が奏でる音楽によって恋路へと導かれ、パパゲーノも音楽の鳴る鈴によってパパゲーナと再会を果たした。
一方で、夜の女王の繰り出す言葉の数々はザラストロによって否定的に語られ、ザラストロの言葉もまた胡散臭く見えるよう演出がなされている。タミーノが吹く笛の音にサイの映像はウキウキと踊り出すが、ザラストロの語る言葉の背景に映るサイは悲惨な目に遭うのである。

不満だったのは夜の女王と三人の侍女、モノスタトスの最期で、余りにもあっさりとやられてベルトコンベアで運ばれてしまうためギャグのようにしか見えず、引いてはその存在自体が軽く見えてしまう。もうちょっとなんとかならんのか。

歌手陣は充実している。パミーナ役の林正子はパミーナよりも夜の女王が似合いそうな存在感だが、解釈としても元々そうした役と捉えられていたようであり、世間知らずの可憐なお嬢さんというより「夜の女王の娘」であるという事実に重きが置かれていたように見える。
ムーア人のモノスタトスを演じた升島唯博は、外見で差別される存在であることのやるせなさを上手く演じていたように思う。



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2018年10月22日 (月)

京都国際舞台芸術祭 KYOTO EXPERIMENT 2018 セシリア・ペンゴレア&フランソワ・シェニョー 「DUB LOVE」

2018年10月18日 左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールにて

午後8時から、ロームシアター京都ノースホールで、京都国際舞台芸術祭 KYOTO EXPERIMENT 2018 セシリア・ベンゴレア&フランソワ・シェニョーの「DUB LOVE」を観る。

セシリア・ベンゴレアとフランソワ・シェニョーはフランスのパリを拠点に活動しているダンサー兼振付家である。先日、ロームシアター京都サウスホールで公演を行ったロレーヌ国立バレエ団の「トリプルビル」第1作目「DEVOTED」の振付も担当している。

コンセプト:セシリア・ベンゴレア、アナ・ピ、フランソワ・シェニョー。構成・出演:セシリア・ベンゴレア、フランソワ・シェニョー、アレックス・マグラー(役割構成:アナ・ピ)。ヒップホッフ振付コラボレーション:アンジェ・クエ。ダブルプレートプレーヤー:DJ High Elements。

ジャマイカの音楽に乗せて行われるコンテンポラリーダンスである。
タイトルにもある「DUB」というのはレゲエの音響加工技術だそうで、様々な音を加工する。
1950年代のジャマイカで興り、60年代にはスカ(東京スカパラダイスオーケストラでも知られる裏打ちの高速テンポを特徴とする音楽)の要素も取り入れて、その後もロックやミニマルの影響を受けつつ発展したという。


上手側に鏡が張られており、下手から照明を照らすことで、反射した光が下手の壁に影を作る。舞台上のダンサー、上手の鏡像、下手の影の3つが平行して進む形になる。

8分の6拍子の音に合わせてまずフランソワ・シェニョーが登場。 2番手がアレックス・マグラー、ラストがセシリア・ベンゴレアという順に登場。
思い思いの振りで踊った後で、同じ仕草で踊り始める。

その後、3人とも爪先立ちでバランスを取った後で、3人が肩を組み、しゃがんで右足を上げたり、男性ダンサー2人の支えで、セシリアが上体を反らせつつ移動したりするなど、バランスの芸が行われる。

バランスを取るには相手に合わせる必要があるため、この時点で「愛」である。

ちょっとした休憩タイムの水入り後で、3人のダンサーがDJに合わせて歌う。メロディーよりリズム優先で、即興性に富む。

その後も、4分の4拍子のスカのリズムに合わせてダンスが行われ、やがてスカが後退すると全員同じ振付になり、バランス芸が再び現れた後で、爪先立ちで肩を組んだ3人がソロリソロリと退場して終わる。あたかも鏡像のように、あるいはバッハの音楽のように遡行されて。


描いているものはシンプルなのであるが、演劇にしろ音楽にしろ映画にしろ、単純なものを単純に描くのは案外難しい。その点、コンテンポラリーダンスは簡単なものを簡単に表現することに長けている。それがダンスの強みでもある。

今日は満員札止めの観客がDJも含めた4人を大いに称えた。



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