カテゴリー「京都フィルハーモニー室内合奏団」の8件の記事

2019年10月 1日 (火)

コンサートの記(594) 春秋座オペラ10周年記念ガラコンサート

2019年9月21日 京都芸術劇場春秋座にて

午後4時30分から、京都芸術劇場春秋座で、春秋座オペラ10周年記念ガラコンサートを聴く。文字通り春秋座で毎年オペラが上演されるようになってから10年が経つのを記念してのガラコンサートである。午後1時開演と午後4時30分開演の2回公演で、出演者が多少異なるほか、曲目を担う歌手にも変動がある。

 

春秋座での公演はミラマーレ・オペラによる上演であることが多く、オーケストラもミラマーレ・オペラによる小編成の団体が手掛けていたが、今回は常設の京都フィルハーモニー室内合奏団が担う。指揮は奥村哲也。ステージ上での演奏である。
実は、春秋座でオーケストラが演奏を行ったことが一度だけある。2002年の初夏のことで、ルーマニアのトランシルヴァニア交響楽団(ドラキュラで有名な地方の団体)の来日公演であった。私もそれを聴いているのだが、中編成のオケではあったが、そもそもオーケストラが演奏することを想定して作られていないため、「新世界」交響曲ではずっと壁がビリビリ鳴っているという状態で、以後、春秋座ではオーケストラによる演奏は行われていない。京フィルは今年も春秋座で壮一帆とのジョイントコンサートを行ったりしているが、今日も第1ヴァイオリン4のサイズなので音響面で問題はない。足りない音は殿護弘美のピアノが補う。

一方、歌唱の響きに関しては理想的である。そもそも春秋座は三代目市川猿之助(現在の二代目市川猿翁)による上演を想定して作られているのだが、猿之助は歌舞伎は勿論、リヒャルト・シュトラウスの歌劇「影のない女」やリムスキー=コルサコフの歌劇「金鶏」の演出を手掛けたこともあり、グランド形式ではないもののオペラの上演は最初から念頭に入れられていたといわれている。そのため声の通りも良いのだ。ただその分、誤魔化しは利かず、ちょっと上手くいかないと客席にすぐ伝わってしまう。

 

開演前にプロデューサーの橘市郎氏に挨拶したのだが、「入りが良くない」とのことだった。2階席にも人はいるようだったが、休憩時間に確認したところ極々まばら。1階席も前の方や中央列は埋まっているのだけれどという状況である。日本の場合はオペラが日常に根付いていないし、名士が聴きに来たり、ビジネスマンが幕間に商談を行うという習慣もない。西洋だとオペラが共通の教養になっていたりするのだが、ここは西洋でもない。ということで、基本的にはオペラが好きな人だけが来るのだが、当然ながらオペラが好きな日本人というのは圧倒的少数派である。ブランド志向なので海外の名門オペラ劇場の引っ越し公演があったりするとチケットが馬鹿高くても客は入るのだが、ブランドが目当てで音楽やオペラが好きなわけではないので、地元で何かあっても来ない。東京は毎年行われるオペラの森が盛況で、状況は変わりつつあるのかも知れないが、地方にはまだ波及していないのだと思われる。びわ湖ホールなどは子どものためのオペラ作品を上演しており、両親も含めたオペラファン発掘に努力している。

 

曲目は、ビゼーの「カルメン」より前奏曲、ヴェルディの「椿姫」より“ああ、そはかの人か~花から花へ”(西田真由子)、ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」より“今の歌声は”(高嶋優羽)、“俺は町の何でも屋”(奥村哲)、プッチーニの「ラ・ボエーム」より“冷たき手を”(笛田博昭)、“私の名はミミ”(稲森慈恵)、“幸せだったあの場所に戻ります”(江口二美)、“もう本当に終わってしまったの”(江口二美、山本欣也、三輪千賀、鶴川勝也)、モーツァルトの「魔笛」より“燃え立つ復讐の炎”(川越塔子)、“ああ消え去った恋の幸せ”(高嶋優羽)、“パパパ”(西田真由子&奥村哲)、プッチーニの「蝶々夫人」より“ある晴れた日に”(川越塔子)、“さらば愛の家よ”(笛田博昭)、ビゼーの「カルメン」より“恋は野の鳥(ハバネラ)”(並河寿美)、“闘牛士の歌”(片桐直樹)、“うまい話があるぞ”(岡村彬子、三輪千賀、西田真由子、山本欣也、奥村哲)、“花の歌”(井藤航太)、ヴィルディの「椿姫」より“乾杯の歌”(全員)。進行はミラマーレ・オペラ代表理事の松山郁雄が務める。

 

歌手がオーケストラの前に出て歌うスタイルであるため、歌とオーケストラの間にズレが生じることも多いのだが、これはいわゆるオペラ上演と異なるので仕方のないところである。
日本語のセリフを入れての上演だったが、ちゃんと言えている人がほとんどいないというのが問題点である。音大でも演技の指導はちゃんと行っているはずなのだが、二の次にされているのかも知れない。ドイツには演劇音楽大学が多く、オペラを学ぶのに理想的な環境だと思われるのだが(実際にどうなのかは知らない)、日本の場合は、音楽と演劇の両方があるのは日藝と大阪芸術大学だけだろうか。両方ともクラシック音楽には強くない。

 

歌手はやはり関西出身者や関西で学んだ人が多いが、それ以外の人を紹介する。
春秋座オペラの常連である川越塔子は「東大卒のオペラ歌手」して知られているが、井藤航太も東大卒である(出身は大阪府)。東大を出てオペラ歌手になるのが流行っているのだろうか? オペラでなくても東大卒で音楽方面に行く人には文学部出身者が多いと思われるのだが(加藤登紀子や小沢健二など)、川越は法学部卒(同期に豊田真由子や山尾志桜里がいるという凄い学年)、井藤は医学部卒(医学科ではなく健康総合科学科というところ)である。
江口二美(えぐち・つぐみ)は、愛知県立芸術大学と同大学院修了。
岡村彬子は、熊本県出身で国立音楽大学卒、東京学芸大修士課程修了。
笛田博昭は、名古屋芸術大学と同大学院修了である。
鶴川勝也は、国立音楽大学卒で、現在も東京在住であるが、春秋座オペラのオーディションには毎回参加して役を勝ち取っていたそうである。

 

岡村彬子は、“うまい話があるぞ”でカルメンを歌っていたが、見た目も声の質もカルメンによく合っている。
笛田博昭は朗々とした歌唱で、歌唱終了後の拍手も最も大きかった。
残念なのはお客さんの少なさで、これではステージと客席とに一体感が生まれない。京フィルもファンは多いのだが、今回はその効果を発揮出来なかったようである。

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2019年1月19日 (土)

コンサートの記(509) 京都外国語大学・京都外国語短期大学 第52回教養講座 京都フィルハーモニー室内合奏団「新春コンサート」2019

2019年1月16日 右京区の京都外国語大学 森田記念講堂にて

午後6時半から、京都外国語大学森田記念講堂で、京都フィルハーモニー室内合奏団の「新春コンサート」を聴く。京都外国語大学・京都外国語短期大学の第52回教養講座として行われるもので、事前申し込み不要の無料公演である。中央列は招待客エリアとなっているが、その他は自由席である。


森田記念講堂に来るのは初めてだが、木の温もりが感じられる内装で響きも素直。好感の持てるホールである。京都フィルハーモニー室内合奏団は、森田記念講堂を練習場として使用しているそうだ。


曲目は、前半がクラシック作品で、シャンパンティエの「テ・デウム」より前奏曲、ヴィヴァルディのファゴット協奏曲ホ短調より第1楽章、モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番「春」より第1楽章、モーツァルトのクラリネット五重奏曲より第2楽章、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「春の声」、ヨーゼフ・シュトラウスの「鍛冶屋のポルカ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「山賊のギャロップ」、オッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」より人形の歌、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」。後半はポピュラーと映画音楽で、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」、ロッド・スチュワートの「セイリング」、ジェスロ・タルの「ブーレ」、エンニオ・モリコーネの「ガブリエルのオーボエ」、坂本龍一の「ラストエンペラー」、チャック・マンジョーネの「フィール・ソー・グッド」、ジャニス・ジョプリンの「ジャニスの祈り」、フレデリック・ロウのミュージカル「マイ・フェア・レディ」より踊り明かそう。

司会はソプラノ歌手の四方典子(よも・のりこ)が務める。四方はオッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」より人形の歌とミュージカル「マイ・フェア・レディ」より踊り明かそうではソプラノ独唱も担う。司会には慣れていないようで、トークも得意とはしていないようである。


名前からもわかる通り、京都フィルハーモニー室内合奏団は編成が小さいので、音の足りないところをピアノで補ったり、小編成用のアレンジを用いたりして演奏を行う。室内楽の定期演奏も行っているが、常設の室外楽団体ではないので、カルテットでの演奏などは本職に比べると典雅さや緻密さで後れを取るのは致し方ない。

各々のメンバーがソロを務め、楽器紹介を行うなど、家庭的な楽しさに溢れる演奏会である。

四方典子は、「人形の歌」では機械仕掛けのオランピアの歌唱を巧みに歌い(ねじ巻き係はトランペットの西谷良彦が務める)、「踊り明かそう」では英語と日本語で伸び伸びとした歌声を聴かせる。ただ、「踊り明かそう」はクラシカルな歌唱よりもミュージカル風に歌った方が効果的であるように感じる。クラシックの歌唱法では声に感情が乗りにくいのである。

後半の楽曲では、坂本龍一の「ラストエンペラー」が演奏されたのが嬉しい。二胡を独奏とする曲だが、今回はヴィオラを独奏とする編曲を採用し、京フィルヴィオラ奏者の松田美奈子がソロを務めた。


アンコールは、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。勿論、聴衆も手拍子で参加した。


なお、開会の挨拶と終演後の挨拶は京都外国語大学の女子学生が行ったが、自身のこと「1年次生」と紹介し、終演後の花束贈呈で現れた男子学生を「2年次生」と紹介していたため、京都外大では関西で主流の○回生やその他の地域で一般的な○年生ではなく、○年次生という独自の表現を行うことがわかった。


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2018年10月29日 (月)

コンサートの記(446) 「時の響」2018楽日 アンサンブルホールムラタ第3部 京都フィルハーモニー室内合奏団×辻仁成 「動物の謝肉祭」

2018年10月21日 京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタにて

「時の響」2018楽日。午後4時から、京都コンサートホール小ホール アンサンブルホールムラタ(通称:ムラタホール)で行われる第3部コンサートを聴く。大ホールでは第3部の演奏会は行われないので、これが「時の響」2018最後の催しとなる。

出演は、京都フィルハーモニー室内合奏団。語りは辻仁成(つじ・ひとなり)。辻仁成は、昨日今日とムラタホールに出演。ギター弾き語りなども行ったようだ(ミュージシャンの時は「つじ・じんせい」名義である)。
司会を舞台俳優の福山俊朗が務める。

曲目は、フォーレの「パヴァーヌ」、ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」と「夢」(いずれも室内オーケストラ編曲版)、ラモーの「タンブーラン」、サン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」朗読付き(台本&朗読:辻仁成)。


フォーレの「パヴァーヌ」。人気曲である。京都フィルハーモニー室内合奏団も典雅さを意識した演奏を行う。

ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」と「夢」は、いずれもピアノ曲を室内オーケストラ用に編曲したものの演奏。編成にピアノは含まれていない。
ピアノ向けの曲なので、室内オーケストラで演奏すると音が滑らかすぎて流れやすくなるようだが、なかなか聴かせる演奏になっていたように思う。


ラモーの「タンブーラン」は、太鼓とタンバリンが活躍。弦楽はピリオド不採用であったが、古楽の雰囲気を良く表したものになっていた。


メインであるサン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」。朗読を担当する辻仁成が、この日のために書き下ろしたオリジナルテキスト版を自ら初演する。

辻仁成で京都というと、「やっと会えたね」という言葉がよく知られているが、それももう過去のこととなった。

その後、中性を意識したスタイルへと変わった辻仁成。今日もそんな感じである。

辻仁成はまずミュージシャンとしてデビューし、その後に詩人として文壇に登場。小説家に進んだのはその後である。

辻が書いたテキストは、小説家・辻仁成よりも詩人・辻仁成の要素を強く出したものである。動物たちの集まったカーニバルの日の夜明けから日没までを舞台に、「人生」をテーマとした語りが行われる。
辻は、京フィルの団員や客席を笑わせることを第一としているようだが、慣れていないということもあって空回りする時もある。他は冗談音楽だから良いのだけれど、「白鳥」の時にテーマを歌うのは流石にやり過ぎである。チェロの旋律美を楽しみにしていた人もいるだろうし。
ともあれ、ラストは「悩みのない動物=人間の本能的部分」の礼賛で締め、メッセージにはなかなか良いものがあったように思う。

京フィルの演奏のレベルもなかなか。
ピアノは佐竹裕介と笹まり恵の二人が担当したのだが、「ピアニスト」では二人とも楽譜も満足に読めないレベルのピアノ初心者演技入りでたどたどしく弾き、かなりの効果を上げていた。サン=サーンスもこうしたものを望んでいただろう。

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2017年11月 8日 (水)

コンサートの記(322) 京都フィルハーモニー室内合奏団 室内楽コンサートシリーズ Vol.64 「~フランス音楽~」

2017年11月1日 京都府立府民ホールALTIにて

午後7時から、京都府立府民ホールALTI(アルティ)で、京都フィルハーモニー室内合奏団の室内楽コンサートシリーズ Vol.64「~フランス音楽~」を聴く。

曲目は、サン=サーンスの七重奏曲、ピエルネの「パストラーレ」、グノーの弦楽四重奏曲第3番、ファラン(ファランク)の九重奏曲というかなりマニアックなものである。全曲とも私はコンサートでは勿論、CDですら聴いたことがない。そもそもCDが出ているのかすらわからない。

出演メンバーは、ヴァイオリンが岩本祐果(いわもと・ゆか)と森本真裕美、ヴィオラが松田美奈子、チェロが佐藤響、コントラバスが金澤恭典(かなざわ・やすのり)、フルートが市川えり子、オーボエが岸さやか、クラリネットが松田学、ファゴットが小川慧巳(おがわ・えみ)、ホルンが御堂友美(みどう・ともみ)、トランペットが西谷良彦(にしたに・よしひこ)、ピアノは客演の岡純子(おか・すみこ)


サン=サーンスの七重奏曲。編成は、トランペット、ピアノ、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。七重奏という編成自体が珍しい。
作風はいかにもサン=サーンスらしい洒脱なものである。


ピエルネの「パストラーレ」。編成は、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンという管楽五重奏である。
フランス近代の作曲家であるガブリエル・ピエルネ。名前は比較的有名だが、作品となるとほとんど知られていない。「鉛の兵隊の行進曲」が吹奏楽のレパートリーとしてかろうじて知られている程度である。生前は指揮者としても知られていたようで、コロンヌ管弦楽団を指揮して様々な曲のフランス初演を行ったりもしている。
「パストラーレ」とは、田園という意味であるが、ピエルネの「パストラーレ」は、牧童の笛を模したオーボエに始まるメランコリックな楽曲である。


グノーの弦楽四重奏曲第3番。優雅さと悲哀が仄かに漂うような、エスプリに満ちた作品である。


ファランの九重奏曲。編成、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン。
ファランは私も初めてその名を耳にする作曲家。ファーストネームはルイーズで女流である。パリ音楽院の教授(ピアノ科)に女性として初めて就任した人だそうで、音楽界における女性の立場向上にも貢献したようである。
九重奏曲であるが、部分的には美しい旋律や和音に溢れているのだが、1つの楽章を通して聴くと冗長に感じられる。曲全体を見渡しての作品構築に関しては優れていなかったのかも知れない。それでもミステリアスな第3楽章などは興味深かった。


アンコールとしてチャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」よりナポリの踊りからのコルネット独奏部分をトランペットに変えての演奏が行われる。


京フィルメンバーの演奏であるが、個々の技量も高く、アンサンブルもたまに怪しいところがあったが許容範囲で、フランス音楽の典雅さを上手く表していたように思う。ALTIの音響も室内楽には合っており、聴いていて気分が良かった。

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2015年8月20日 (木)

コンサートの記(199) 「夏川りみと京フィルコンサート」2015城陽

2015年8月4日 京都府城陽市の文化パルク城陽プラムホールにて

午後7時から、文化パルク城陽プラムホールで、夏川りみと京フィルコンサートを聴く。タイトル通り夏川りみと京都フィルハーモニー室内合奏団によるジョイントコンサートである。これまでにも何回か行われており、チケットを手に入れたこともあるが、結局、今日まで来る機会はなかった。文化パルク城陽はプラムホール内は空調が効いているが、その他は冷房がほとんど効いておらず暑い。外にはミストもあるがそれほど涼しくない。

久しぶりとなる夏川りみのコンサート。夏川のコンサートを聴くのは今回で4回目だと思うが、これまでの会場は伊丹、大阪、宇治、そして今回の城陽で、実は京都市内で夏川のコンサートを聴いたことは一度もない。京都のポピュラー音楽のメイン会場である京都会館が取り壊し再建工事中で使えなかったということもあるだろうが、それにしても不思議である。

ミュージカルの指揮などを中心に活躍している井村誠貴(いむら・まさき)の指揮。

曲目は前半後半共に二部構成で、前半一部が京フィルのみの演奏で、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「美しく青きドナウ」、ヴォーン=ウィリアムズの「グリーンスリーブス幻想曲」、エドゥアルド・シュトラウスの「カルメン・カドリーユ」、前半二部が夏川りみを迎えて「童神~(ヤマトグチ)」、「ニライの風」、「時の流れに身をまかせ」、「Amazing Grace」

井村誠貴の指揮であるがタメがない。セカセカしたテンポで聴かせ所も過ぎ去ってしまう。音楽作りというより仕事をしている場面を見ているような気分にさせられる。

齋藤一郎を常任指揮者に迎えて合奏力を鍛えているはずの京都フィルハーモニー室内合奏団であるが、ホルンやトランペットが音を外し、スネアが間違えるという調子で、「おいおい、大丈夫かよ」と不安になる。

夏川りみは紫のドレスで登場。井村も客席に「暑いですね」と言っていたが、夏川も「沖縄の方が涼しいです」と言っていた。今日の京都府南部の最高気温は37℃。一方、那覇市の最高気温は33℃。夏川りみの出身地である石垣市の最高気温は31℃であった。沖縄はいうほど暑くはないといわれており、「この夏、日本で最も気温が低いのは沖縄」というのも洒落ではなくよくあることである。地形的にフェーン現象が起きにくいということもあるだろう。

スタンダーナンバー「童神~ヤマトグチ」。この曲は内地の言葉による「ヤマトグチ」バージョンと沖縄の言葉による「ウチナーグチ」バージョンがある。2010年に出産を経験し、フィクションでない心でこの曲を歌えるようになった夏川だが、井村はこの曲の歌詞がよくわかっていなかったようで、夏川の子をあやす仕草(これは出産以前からやっていた振りである)についても「踊ってるのかなと思っていた」そうである。ちなみに、夏川と井村は今日が5回か6回目の共演であるが、今日初めて夏川の仕草の意味がわかったことになる。

夏川の歌声であるが、何よりも広がりがある。ステレオ的に上下左右に広がるという意味だけではなく、一つの音に倍音などが重なって重層的になっている。結果として強烈なヒーリング効果と力強いイメージ喚起力を伴う。

「ニライの風」は、沖縄の東方にあるとされるニライカナイという理想郷を題材に歌ったものである。

「時の流れに身をまかせ」は、台湾でコンサートを行う時に「台湾といえばテレサ・テン」ということで北京語を勉強して、台湾でテレサ・テンの曲を原詞で歌ったところ「大好評を頂きまして」(夏川談)ということで、一部を北京語で歌う。ただこの曲は極めて内省的な曲であるため夏川のドラマティックな歌い方は余り曲調に合っていなかったと思う。

「Amazing Grace」。1番は英語詞で歌ったが、2番と3番は予め歌詞解説を行った上でウチナーグチで歌った。

後半。第1部は、「80日間世界一周」、「スカボローフェア」、坂本龍一の「ラスト・エンペラー」。
「80日間世界一周」は京フィルのヴァイオリンの音が美しく、「スカボローフェア」も神秘的な感じがよく出ていたが、「ラスト・エンペラー」は井村の解釈が軽めであり、切なさがきちんと伝わってこない。

後半第2部。「愛よ愛よ(かなよかなよ)」は宮沢和史の作詞・作曲であるが、「頑張らなくてもいいよ」という普通とは違った応援ソングなのが新鮮だったと夏川は言う。

ここで、夏川の三線が運ばれ、「何を歌うかわかったでしょ」と夏川は言う。「今の私があるのも全部この曲のおかげさあ」と言って、夏川は「涙そうそう」を三線を弾きながら歌う。やはり名曲であり、優れた歌唱である。映画「涙そうそう」はひどい出来だったが。

「安里屋ユンタ」(この曲では三線なし)では、「サーユイユイ」、「マタハリヌツンダラカヌシャマヨ」はお客さんが歌う。更に夏川は客席と掛け声の練習をする。夏川が「ハーイヤ」というとお客さんは「ハーイヤ、イヤササ」と応える。実のところ大阪ではないのであんまり歌っている人はいなかったのだが(私は歌ったが)、カチャーシの練習もして皆でやったので、それなりに盛り上がった。

アンコールは、宮沢和史作詞・作曲のヒット曲「島唄」。三線を弾きながら夏川は始めはウチナーグチで歌い、その後、ヤマトグチにチェンジした。THE BOOMのオリジナルに比べると、良い意味でウエットな歌唱であった。

オーケストラが非力であったが、夏川の歌声はこれからも聴き続けて行きたいと思える満足のいくものであった。なお、夏川と井村と京フィルは明日は舞鶴でコンサートを行うそうである。

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2015年3月 5日 (木)

コンサートの記(174) 新妻聖子と京フィル「マイ フェイバリット ミュージカル~ミュージカル大好き!~」

2013年10月17日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、新妻聖子と京フィル「マイ フェイバリット ミュージカル~ミュージカル大好き!~」という演奏会を聴く。ミュージカルのトップ女優の一人である新妻聖子と、京都フィルハーモニー室内合奏団によるミュージックナンバーを中心としたコンサート。指揮は河内長野で7月に上演された歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「ジャンニ・スキッキ」でも指揮をしていた井村誠貴(いむら・まさき)。オペラやミュージカルで活躍している指揮者である。

曲目は、前半が、井村誠貴指揮京都フィルハーモニー室内合奏団の演奏で、ロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」序曲、チャイコフスキーの「四季」より10月“秋の歌”(編曲者不明)、ブラームスの「ハンガリー舞曲」第4番(編曲者不明)。ここからヴォーカルとして新妻聖子が加わり、「サウンド・オブ・ミュージック」より“サウンド・オブ・ミュージック”、「キャッツ」より“メモリー”、「レ・ミゼラブル」より“オン・マイ・オウン”、「ラ・マンチャの男」より“ラマンチャの男”。

指揮者の井村誠貴がマイクを手に曲目を紹介してから、演奏を始めるというスタイルであり、新妻聖子が加わってからは二人で曲目について紹介したり曲に関する思い出を語ったりする。新妻聖子は愛知県生まれであるが、11歳から18歳までは父親の仕事の都合上でタイで過ごしたという帰国子女である。タイでは首都バンコクのインターナショナルスクールに通っていたそうで、英語はペラペラ。そのため上智大学を卒業している。大学在学中から芸能活動を行っていたが、23歳の時に、5000倍の難関を突破して「レ・ミゼラブル」のエポニーヌ役を獲る。翌年には「ミス・サイゴン」のヒロイン、キム役にも選ばれ、以後は日本を代表するミュージカル女優として活動する傍ら、ストレートプレーにもいくつか出演している。東京には上智大学入学以降しか縁がないようであるが、性格は気っ風が良く、江戸っ子に近いものがある。

新妻聖子は黒いズボンの上に前が割れた赤いロングドレスという衣装で登場。これはスペインが舞台となっている「ラ・マンチャの男」を歌う時にドレスを開いて、闘牛士がマントを拡げた格好に見えるよう意識したものだという。

京フィルは、第1ヴァイオリン4名、第2ヴァイオリン3名、ヴィオラとチェロが2名ずつ、コントラバス1名という小編成。最初の曲である歌劇「セビリアの理髪師」序曲ではホルンが二度ミスを犯すなど、状態は今一つのようである。

新妻聖子は明るい声でのびのびとした歌声を披露する。

後半の曲目は、井村と京フィルのみの演奏で、チャップリンの「スマイル」(編曲者不明)、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」(編曲者不明)、アンドリュー・ロイド・ウェッバーの「オペラ座の怪人」のテーマ(編曲者不明)。そして新妻聖子が加わっての、「オズの魔法使い」より“虹の彼方に”、「アンダンテ」(映画「アンダンテ-稲の旋律-」主題歌。作詞:新妻聖子、作曲は新妻聖子の実姉である新妻由佳子)、「レ・ミゼラブル」より“夢やぶれて”、「Time to say goodbye」。

オーケストラのみによる演奏は全て編曲者不明であるが、京都フィルハーモニー室内合奏団は独自の編曲による曲目を2000曲ほどレパートリーとして持っているという。なので京フィル関係者による編曲だと思われる。

後半は薄いピンク色のロングドレスに着替えて登場した新妻聖子は情感たっぷりに各曲を歌い上げる。全てマイクを使っての歌であったが、マイクなしでも通りそうな声である。

ちなみに新妻聖子の実姉である新妻由佳子は音楽家ではなく、普通の主婦だそうであるが(Wikipediaにシンガーソングライターとあるのは間違いのようだ)、ピアノが好きで、趣味で作曲もするため、聖子が書いた歌詞に由佳子が曲をつけたものを関係者に見せたところ、それが主題歌として採用されてしまったという。

新妻聖子と京フィルは、アンコールとして、ミュージカル「ミス・サイゴン」より“命をあげよう”と、新妻聖子のオリジナル曲である「私の星」を歌い上げ、演奏会は幕となった。

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2014年2月 6日 (木)

コンサートの記(123) 金聖響指揮 京都フィルハーモニー室内合奏団第191回定期演奏会「ニューイヤーコンサート2014」

2014年1月17日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都フィルハーモニー室内合奏団の第191回定期演奏会「ニューイヤーコンサート2014」を聴く。

京都フィルハーモニー室内合奏団は、これまで、指揮者を置かないで活動して来た期間の方が長かったが、演奏回数も減り、主なしでは予算的にも厳しいということで、齋藤一郎を4月から初代音楽監督として迎えることにしている。齋藤一郎は、NHK交響楽団の副指揮者時代には注目を浴びた人だが、その後は伸び悩んでいるだけに、齋藤に取っても良い機会となるだろう。ただ、今シーズンも京都フィルハーモニー室内合奏団の定期演奏会は数えるほど。その中で、「どうしても聴いてみたい」というプログラムの演奏会は残念ながらゼロである。

今日の指揮者は金聖響(きむ・せいきょう)。1970年、大阪生まれの在日韓国人三世の指揮者である。世界中どこに行っても苗字は韓国語読み、名前は日本語読みで通す。在日韓国人三世ではあるが、子供の頃からインターナショナルスクールに通っており、14歳の時に一家で渡米。以後の教育はアメリカとヨーロッパで受けているということもあり、中身は西洋人かも知れない。聖響という名前であるが、学者の家系の生まれており、聖響という名前になったのもたまたまで、両親共に聖響が音楽の道に進むのには反対したそうだが、聖響は名門・ボストン大学哲学科に入学。優秀な成績で卒業して両親を黙らせ、ニューイングランド音楽院大学院を修了。その後、ウィーン国立音楽大学でも学んでいる。
東京音楽大学で広上淳一が開講していた指揮者コースにも下野竜也らと共に通っていたが、広上は下野については「下野君は当時から断トツに優秀でした」と語り、一番弟子扱いしている一方で、金聖響について言及したことはなく、余り気に入られなかったのかも知れない。
「のだめカンタービレ」の千秋真一の外見上のモデルになるほど若い頃はハンサムで、女優キラーとして知られ、酒井美紀と噂になったり、映画で共演したミムラとは結婚にまで漕ぎ着けるが、指揮者と女優とでは互いに多忙すぎてほとんど顔を合わせることすらなく、結婚した意味がないということで、数年後に離婚。慰謝料など一切なしの円満離婚であった。

今日のプログラムはオール・アメリカもの。アメリカで音楽教育を受けた金聖響には最適のプログラムである。

曲目は、コープランドの「アメリカの古い歌」第1集(バリトン:晴雅彦)、グローフェの組曲「グランド・キャニオン(大渓谷)」(ホワイトマン楽団初演版)、コープランドのバレエ音楽「ビリー・ザ・キッド」より“ワルツ”“大平原の夜”“祝いの踊り”、レナード・バーンスタインの「ウエストサイド物語」からシンフォニック・ダンス(Farrington編曲)。

なお、午後6時30分からホワイエで、京フィルメンバーによる「お出迎えコンサート」があり、アメリカのヨハン・シュトラウスことルロイ・アンダーソンの「フィドル・ファドル」、「プリンク・プランク・プルンク」、「シンコペテッド・クロック」が小編成で演奏された。

今日は室内合奏団で演奏するにはスケールが大きい曲がある上に特殊な編成を取る必要があるため、普段以上に多くの客演奏者を招いている。コンサートマスターも客員コンサートマスターの釈伸司が務める。

コープランドの「アメリカの古い歌」第1集は、アメリカ民謡などから歌詞を取ってコープランドが作曲したもので、讃美歌のような美しい歌からコミックソングまで曲想が幅広い。
バリトン独唱の晴雅彦は、最終曲であるコミカルソング「私は猫を買ってきた」で大袈裟に歌って聴衆の笑いを誘う。

最初の曲であるコープランドの作品が終わったところで、楽団員全員が退場し、金聖響一人がマイク片手に出てきて、トークを行う。「オール・アメリカ・プログラムです」と金は語り、「前回、京フィルを指揮した時も実はオール・アメリカ・プログラムでした」と続ける。それから、グローフェの紹介(ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」のオーケストレーションをした人など)をし、今回はジャズバンドで初演された時の編成での演奏で、もう初演版の楽譜は出版されていないので、コロンバス交響楽団(広上淳一がオーケストラ首脳部と対立して解任されたところである。その後、コロンバス交響楽団はどうなっているのだろう)に保存されていた楽譜をお借りしての演奏だそうである。
レナード・バーンスタインの「ウエストサイド物語」よりシンフォニック・ダンスは、イギリスの作曲家兼編曲家のファリントンという人物の室内オーケストラのための編曲版による演奏であるが、版権の問題があるため、演奏は一度きりしか許されていないそうで、演奏終了後には楽譜を破棄する必要があるかも知れないとのことだった。

グローフェの組曲「グランド・キャニオン」。今はどうか知らないが、中学校もしくは高校の音楽の授業における名曲鑑賞などでよく使われた曲である。グローフェがいたジャズバンド、ホワイトマン楽団のために書かれた初版での演奏であるため編成はいびつ。弦楽器は第1ヴァイオリン第2ヴァイオリンともに4人、ヴィオラ3人、チェロ2人、コントラバス1人と薄手である一方で、トランペットは4管編成。サキソフォンも4管編成という、クラシックではまず考えられない大所帯である(サックスは全員客演奏者)。バンジョーもいるが、楽器自体が音量豊かなものではないということもあり、余りはっきりとは聞こえない。

第1曲「日の出」でミュートトランペットが入るなど、フルオーケストラ版とは異なるところがいくつもある。第2曲「赤い砂漠」はラスト自体が違う。

なお、何故かはわからないが、1曲終わる毎に客席から拍手が起こる。休憩時間にホワイエなどをのぞいたところ、京フィルの定期会員入会などに大勢の人が並んでおり、クラシックのマナーに疎い招待客が多いというわけでもなさそうだ。以前、京フィルを聴いた時にはこんなことはなかったのだが、どうしたのだろう。京フィルの演奏会ではこれが流儀になったのだろうか?

金聖響の作る音楽は見通しの良い、すっきりとしたものであり、描写力に長けたこの曲の魅力を存分に味わわせてくれる。「グランド・キャニオン」は通俗的ではあるが、エンターテインメントとしては優れた作品だ。

後半。コープランドでのバレエ音楽「ビリー・ザ・キッド」よりの3曲ではしなやかな演奏を展開し、本邦初演となるファリントン編曲による「ウエストサイド物語」よりシンフォニック・ダンスでは、リズミカルで抒情的な演奏が繰り広げられる。レナード・バーンスタインの「ウエストサイト物語」よりシンフォニックダンスであるが、全曲有名ナンバーから編まれているものの、実は更に有名な、「トゥナイト」、「マリア」、「アイ・フィール・プリティー」、「アメリカ」などは入っていない。ミュージカルは名ナンバーが1曲入っていれば名作となるので、「ウエストサイド物語」がいかに怪物級の作品であるかがわかる。ファリントンの編曲は弦の人数が少ないということを考慮して、本来は金管が受け持つ旋律を木管に吹かせるなどの工夫が見られた。

アンコールは、ヨハン・シュトラウス二世のポルカ「雷鳴と電光」。三重県文化会館で、広上淳一指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏でも聴いたばかりだが、金の振る「雷鳴と電光」は、広上指揮のものに比べるとリズム感が今一つ。金は広上より丁度一回り若いので、広上と比べるのは酷かも知れない(ちなみに広上さんは、「のだめカンタービレ」の片平元のモデルといわれている)。

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2009年6月18日 (木)

コンサートの記(43) 京都フィルハーモニー室内合奏団 「武満徹の世界」

2006年4月30日 京都コンサートホール「アンサンブルホール・ムラタ」にて

京都コンサートホール「アンサンブルホール・ムラタ」で、京都フィルハーモニー室内合奏団の定期公演を聴く。「武満徹の世界」と題した、オール武満プログラムによるコンサート。2006年は武満徹没後10年にあたる。

指揮を担当するのは普段はピアニスト、作曲家として活躍している野平一郎。
「雨ぞふる」、「カトレーンⅡ」、「トゥリー・ライン」、「そして、それが風であることを知った」、「群島S」が演奏される。

武満の室内楽曲と小編成のオーケストラのための曲を生で聴く機会はまだまだ少ない。CDでは全曲聴けるのだが、武満のほどこした独特のオーケストレーション(この音はどの楽器がどのような奏法で出しているのか)は音だけだとわかりにくいのである。

演奏は上質。「あの不思議な音はそういう風に出していたのか」と視覚面での発見も多い。意図的にかどうかはわからないが、曲を追う毎にメロディーがはっきりしていき、理解しやすくなるプログラミングも良かった。

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