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2018年5月13日 (日)

第181回鴨川をどり 「真夏の夜の夢より ~空想い」&「花姿彩京七小町」 2018年5月8日

2018年5月8日 先斗町歌舞練場にて

午後4時10分から、先斗町歌舞練場で、第181回鴨川をどりを観る。私が鴨川をどりを観るのは今日で3回目。都をどりと京おどりが2回ずつ、祇園をどりは1回しか観ていないため、鴨川をどりを観る回数が一番多いということになる。

鴨川をどりは演劇の上演が行われるのが特徴である。今年の演目は、W・シェイクスピア「真夏の夜の夢より ~空想い」1幕4場と、「花姿彩京七小町(はなのいろどりきょうななこまち)」全7景。

パンフレットには、就任したばかりの西脇隆俊京都府知事が、門川大作京都市長と共に挨拶の言葉を載せている。私が目にする西脇府知事の初仕事だ。

なぜかはわからないが今日は最前列で観ることになる。最前列は舞台に近いが、近すぎて全体を見通しにくくなるため、特別良い席というわけではない。ただ、「花姿彩京七小町」では、以前に木屋町・龍馬で出会ったことのある舞妓のもみ香さんの目の前だった。向こうはこちらのことを覚えていないだろけれど。

「真夏の夜の夢より ~空想い」。タイトル通り、シェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢」を翻案した作品である。

夏の夜。森の王様である松の王であるが、浮気がばれたため、お后である月と松の王との仲が悪くなる。そのため、月は松の王が目を閉じている間だけしか顔を覗かせない。森の中では、花の精の白百合と撫子、白い子犬の白狗丸、鯉の精の鯉四郎らが、松の王の話を語らっている。そこへ、都の公達である来井左衛門と羽雅姫が森の奥へと逃げ込んで来たという話が伝わる。結婚を反対されて駆け落ちして来たのだという。羽雅姫は出味明之丞という貴公子と結婚させられそうになっている。その明之丞も羽雅姫を追って森へと入ってきた。さらに明之丞を恋い慕う蓮音姫までが森へとやって来る。鯉四郎は白狗丸(原作ではパックに当たる)に“じゃらじゃら草”を渡し、じゃらじゃら草の露を目にかければ次に見た者を恋してしまうと教える。白狗丸が露をかけると男同士までもが愛し合うようになってしまい……。

彼女たちは、芸舞妓であって女優ではないので、演技力を求めてはいけないだろう。本当に見られる演技をするならかなり長期の稽古を行わねばならないため無理である。踊りの技術と華やかさがあれば十分だろう。
「真夏の夜の夢」ということで、唄(録音)が「パパパパーン、パパパパーン、パパパパンパパパパン、パパパパンパパパパン、パーンパパパパパパ」とメンデルスゾーンの劇付随音楽「真夏の夜の夢」より“結婚行進曲”を口ずさむ場面があった。

「花姿彩京七小町」。舞妓総出演の序章に続き、紫式部の一人舞である「式部の章」、静御前が登場する「静の章」、出雲阿国らが舞う「阿国の章」、滝口入道と横笛による「横笛の章」、吉野太夫が一人で現れる「吉野太夫の章」、藤の絵を背景に大勢で舞う「藤の章」の7つの章からなる。女であることの光と影が描かれるが、最後の「藤の章」では、おかめの面を被った白川女が登場するなど、ユーモアを交えて終わった。



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2018年5月12日 (土)

観劇感想精選(242) 「夢と錯乱」

2018年5月6日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後3時から、京都芸術劇場春秋座で「夢と錯乱」を観る。27歳で夭逝したオーストリアの詩人、ゲオルク・トラークルの散文詩「夢と錯乱」を取り上げる上演。演出:クロード・レジ、テキストフランス語訳:ジャン=クロード・シュネデール&マルク・プティ。出演:ヤン・ブードー。フランス語上演、日本語字幕付き(テキスト日本語訳:中村朝子、字幕:浅井宏美)。特設座席を使っての上演である。

現在93歳のクロード・レジ。フランスの前衛演出家である。1960年代にはマルグリット・デュラスと共に仕事を行い、その後、ヨン・フォッセの「だれか、来る」やサラ・ケインの「4時48分サイコシス」などの演出を行っている。本作が最後の演出作になる予定。

ゲオルク・トラークルは、モーツァルトの街として知られるザルツブルクの生まれ。裕福な商人だった父親と芸術好きな母親の間に生まれた。ゲオルクは、幼少時から文学に興味を示し、音楽的な才能を発揮する。同様の気質を持つ妹が一人おり、彼女は後にピアニストになるのだが、ゲオルクと彼女は近親相姦の関係にあったといわれている。
ギムナジウムで文学仲間と共に同人誌を始めたゲオルクだが、飲酒や薬物に溺れるようになり、二度の落第を経験して学校を中退。その後、薬剤師になるための3年の実習を経てウィーン大学薬学部に入学し、薬剤師の免許を取ったが、薬剤師としての仕事に馴染めず、公務員になるも長続きせず、デカダンスな生活を送る。困窮したゲオルクは第一次大戦に志願。薬剤試官として前線に赴くも繊細な神経が戦場の地獄絵図に耐えられず、精神を病み、ピストルによる自殺未遂を経てコカインの過剰摂取により死亡。自殺とみられている。彼の死から3年後、妹もまたピストル自殺により世を去った。
悲惨な人生を歩んだゲオルクであるが、ヴィットゲンシュタインから「天才」と称されるほどの詩才を持ち、現在ではドイツ表現主義最大の詩人という評価を得ている。

ゲオルク・トラークルの散文詩「夢と錯乱」は、伝記的内容を持つ。

「すべては薄明のなかで」起こる。
闇の中、何かが光っている。その何かが徐々に揺れ出し、移動する。明度が上がると、その何かが俳優のヤン・ブードーであることがわかる。上部にアーチ。その下でブードーは絞り出すような声で、「夢と錯乱」のテキストを語っていく。ゲオルク・トラークルの言葉には「赤」や「青」を始めとする様々な色が散りばめられているのだが、照明は灰色であり、ラスト近くで黄昏の赤が入るほかはモノクロームの世界が展開される。
ゲオルクの後悔の言葉、過去に築き上げた思惟の城、青い色をした妹の影、旅立ちゆく父親と神経質な母親の像。ヤン・ブードーは哀れな狂人としてテキストを読み上げていく。
そして石のように彼は死へと落ちていく。
「呪われた種族」のことを彼は繰り返し語る。ゲオルク、彼の妹、彼の家族、これらは間違いなく呪われた種族に入る。そしてその外、今に至るまでの人間の歴史を呪いとして告発しているようでもある。

死の淵にある彼の姿に、演出のクロード・レジはおそらく自身を重ねているのだろう。イエスを始めとする「人類の苦悩を引き受けた」存在の一人として。

上演時間約1時間程度であるが、そこには濃密な時間が流れていた。



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2018年4月24日 (火)

コンサートの記(375) ローム ミュージック フェスティバル 2018 二日目(楽日)

2018年4月22日 左京区岡崎のロームシアター京都にて

今日も、ローム ミュージック フェスティバル 2018を聴くためにロームシアター京都に出向く。昨日も今日もロームシアターのある左京区岡崎までは歩いて往復した。

 

今日最初に行われるコンサートは林美智子らメゾ・ソプラノ歌手達の共演であるリレーコンサートCであるが、これはチケットを買わずにパスして、午後3時30分開演のリレーコンサートDから聴く。

ロームシアターに着いたのはローム・スクエアで行われる立命館高校吹奏楽部の演奏が準備に入っているところで、何の音もしていないという時間帯であった。サウスホールからはリレーコンサートCを聴き終えた人々が続々と出てくるのが見える。

 

午後3時30分から、ロームシアター京都サウスホールで、リレーコンサートD 朗読劇「兵士の物語」~彼の運命や如何に!?を聴く。

曲目は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番(ヴァイオリン独奏:玉井菜採)、ブーレーズの「ドメーヌ」(クラリネット独奏:亀井良信)、ストラヴィンスキーの「兵士の物語」(朗読:西村まさ彦、ヴァイオリン:玉井菜採、コントラバス:佐野央子、クラリネット:亀井良信、ファゴット:佐藤由起、トランペット:三澤慶、トロンボーン:今込治、打楽器:西久保友広)。西村まさ彦(本名である西村雅彦から改名)が登場するという、ある意味、今回のローム ミュージック フェスティバル最大の目玉ともいうべき公演である。

まずは、玉井菜採(たまい・なつみ)の独奏によるJ・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番。
関西では聴く機会も多い玉井菜採。京都市生まれ、大津市育ちのヴァイオリニストである。母親は京都市交響楽団のヴァイオリン奏者であった。桐朋学園大学在学中にプラハの春国際コンクール・ヴァイオリン部門で優勝。桐朋学園大学卒業後にアムステルダム・スヴェーリンク音楽院、ミュンヘン音楽大学に学ぶ。ミュンヘン音楽大学在学中にローム・ミュージック・ファウンデーションの奨学生となっている。J・S・バッハ国際コンクール最高位獲得、エリザベート王妃国際コンクールやシベリウス国際コンクールで入賞と、コンクール歴も華麗である。

玉井のヴァイオリンは艶があり、歌も淀みがない。演奏スタイルやスケールもバッハに合っており、上質の演奏を繰り広げた。

ピエール・ブーレーズが書いたクラリネット独奏のための作品である「ドメーヌ」。6片の楽譜からなるが演奏する順番は決まっておらず、楽譜は縦から読んでも横から読んでもOKという、ブーレーズらしい尖った作品である。縦からも横からも読める楽譜がどういうものを指すのかはわからないが、五線譜に書かれたものではないであろう。

クラリネットの亀井良信は、桐朋女子高校音楽科(共学)卒業後に渡仏。パリ市12区立ポール・デュカ音楽院とオーベルヴィリエ・ラ・クールヌーヴ地方国立音楽院をいずれも1位で卒業。ブーレーズに認められて、騎馬オペラ団ZINGAROのソリストに起用されたこともある。現在はソリストとしての活動の他、桐朋学園大学准教授も務める。

暗闇の中、亀井が忍び足で登場。6つある譜面台の内、上手奥の譜面から演奏を始める。6つとも当然ながら現代的曲調だが個性は様々。「怒りのブーレーズ」と呼ばれ、様々な権威に挑戦して先鋭的な作品を生み出して来たブーレーズだが、今聴くと案外わかりやすい音楽であることがわかる。思いのほかメロディアスであり、少なくともブーレーズよりも後に登場した現代音楽作曲家の作品に比べると把握のしやすい内容である。思えば現在では「傑作」として誰もが認める作品が初演時に「メロディーがない」と批評されたという事実がある。

様々な特殊奏法が駆使されるが、亀井は余裕を持ってこなしていく。

10分間の休憩を挟んで、メインであるストラヴィンスキーの「兵士の物語」。ロシア革命の翌年である1918年に書かれた作品だが、ストラヴィンスキーもご多分に漏れずロシア革命に巻き込まれて財産を失い、人が雇えないので小編成で演奏可能な舞台上演用作品を、ということで書かれたのがこの曲である。
テキスト日本語訳は新井鷗子。

物語は、許嫁のいる故郷に帰る途中の兵士・ジョセフが悪魔と出会い、愛用しているヴァイオリンを手放す代わりに未来が読める本を得たということから始まる。ジョセフは文盲であったが、悪魔から渡された本は読むことが出来た。悪魔のお屋敷で2日を過ごしたジョセフだが、実際の世の中では3年が過ぎていた。故郷に帰ったジョセフであるが、人々はジョセフはもう死んだものだと思い込んでおり、「幽霊が出た」と思って門扉を堅く閉ざしてしまう。許嫁ももう他の男と結婚しており、子どもまでいた。失意の内に隣国にやって来たジョセフは未来が読める本のお陰で巨万の富を得るが友達はゼロになり、女にももてず、食欲も減退して心は全く満たされない。そんな時、その国の王様がお触れを出す。お姫様がどんな名医でも治すことの出来ない病気に罹患しており、治すことが出来る者が現れたらその者に姫をやろうというものであった。どう治療すればいいか知っていたジョセフは王宮へと向かうのだが、再び悪魔が現れ……、というもの。人間の幸福と芸術の問題が語られる寓話である。

朗読担当の西村まさ彦は、テレビや映画、舞台でお馴染みの俳優。出世作はエキセントリックな指揮者を演じた「MAESTRO(マエストロ)」である。富山商業高校卒業後、東洋大学に進学するが高校時代の失恋を引きずったままであり、ほとんどキャンパスに通うことなく中退。出身地である富山市の写真専門学校に入り、この時に文化祭のようなもので演劇(専門学校のM先生が書いた坂本龍馬を主役にしたオリジナル作品だったという)に初めて触れている。一時、カメラマンの助手になるが、地元のアマチュア劇団で演劇の面白さに触れ、俳優を目指して再び上京。劇団文化座に所属しつつ、様々な劇団に客演を重ねていた(文化座は無断外部出演がばれたら首だったらしい)。知り合いを通じて三谷幸喜が主宰していた東京サンシャインボーイズに入団し、看板俳優となる。1990年代前半にはすでに、佐々木蔵之介、堺雅人、升毅、古田新太らと並んで小劇場のエース的存在として注目を浴びていた。彼らの中で一番最初にお茶の間での人気を得たのが西村である。
現在では俳優業の他に、出身地である富山市などでの演劇ワークショップ講師を務めるほか、大正大学表現学部の特任客員教授として後進の育成にも当たっている。
舞台俳優としては演劇の新たなる可能性を探究しており、劇作家ではなく構成作家など演劇畑以外の作家を起用した公演を行っている。

玉井と亀井以外の演奏メンバーを紹介していく。
佐野央子(さの・なかこ)は東京藝術大学および同大学院出身のコントラバス奏者。小澤征爾音楽塾塾生などを経験し、現在は東京都交響楽団のコントラバス奏者である。
佐藤由起(さとう・ゆき)は桐朋学園大学卒業後、シドニー大学大学院修士課程を修了したファゴット奏者。シドニー大学大学院時代にシドニー交響楽団契約奏者として活動している。小澤征爾音楽塾などを経て現在はNHK交響楽団のファゴット奏者を務めている。
三澤慶は東京音楽大学卒業後にフリートランペッターとして活躍。現在は東京室内管弦楽団トランペット奏者でもある。東京音楽大学在学中に京都・学生フェスティバルに参加。
今込治(いまごめ・おさむ)は大友良英ビッグバンドなどで活躍するトロンボーン奏者。東京藝術大学卒業後、ロストック音楽演劇大学も卒業。横浜シンフォニエッタのシーズンメンバーでもある。東京藝大在学中に京都・学生フェスティバルに参加している。
打楽器の西久保友広は東京音楽大学卒業同大学院修了。在学中にKOBE国際学生音楽コンクール打楽器部門の最優秀賞および兵庫県教育委員会賞を受賞。JILA音楽コンクール打楽器部門1位、神戸新聞文化財団松方ホール音楽賞大賞などを受賞している。小澤征爾音楽塾に参加。現在は読売日本交響楽団打楽器奏者を務める。

西村は全身黒の衣装で登場。朗読を始める前に何度も咳き込んで、客席のみならず演奏者からも笑いが起こる。
語りであるが、いかにも西村まさ彦らしい味のあるものである。ジョセフという兵士の朴訥な感じもよく伝わってくる。

ストラヴィンスキーの音楽であるが、ファゴットが「春の祭典」を想起させる旋律を吹いたりはする。ただ、後年、「カメレオン作曲家」と呼ばれる傾向は見えており、多彩な音楽語法が使用されている。

 

午後6時から、ローム ミュージック フェスティバル 2018の最終公演であるオーケストラ コンサート Ⅱ 天才と英雄の肖像を聴く。メインホールでの上演である。演奏は下野竜也指揮の京都市交響楽団。

曲目は、天才・モーツァルトのピアノ協奏曲第20番(ピアノ独奏:小林愛実)とリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」

昨日に引き続き、朝岡聡がナビゲーターを務めて、前半後半とも演奏開始前に一人で現れて楽曲の紹介と解説を行った。

コンサートマスターに泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平という布陣は昨日と同様である。

モーツァルトのピアノ協奏曲第20番。ソリストの小林愛実(こばやし・あいみ)は1995年、山口県宇部市生まれの若手。5歳でピアノ全国大会の決勝に進出、9歳で国際デビューを果たし、14歳でEMIからCDデビュー、サントリーホールでのリサイタル日本人および女性演奏家最年少記録保持者という神童系ピアニストである。桐朋女子高校音楽科に全額奨学金特待生として入学。現在はローム奨学生としてフィラデルフィアのカーティス音楽院で学んでいる。

下野と京響はピリオドスタイルを採用。音色も旋律の歌い方もモダンスタイルとは明らかに異なる。今日は昨日とは違って3階席正面5列目で聴いたのだが、メインホールの3階席でピリオドスタイルの演奏を聴くのはやはり厳しいように思う。音が小さすぎる。

小林のピアノは冒頭から仄暗さと輝きという相反する要素を止揚した極めて優れたものである。孤独の告白の部分は勿論だが、第2楽章のような一見典雅な曲調であっても常に涙を滲ませている。第1楽章と第3楽章のカデンツァは聴き慣れないものだったが、誰のものを使用したのかは不明である。

今の日本人若手ピアニストはまさに多士済々。技術面で優れているだけでなく極めて個性的な逸材が顔を揃えている。ピアニストが書いた本を読むと、今はもうバリバリ弾けるのは前提条件で、和音を作る際にどの指に最も力を入れるかなど、かなり細かい解釈と計算を行っていることがわかる。技巧面で完璧なら問題なしという時代はとっくに終わったようだ。20世紀スタイルのピアノを弾いている人は段々仕事が減っていくかも知れない。

小林のアンコール演奏は、ショパンの夜想曲第20番(遺作)。冒頭は遅めのテンポで痛切な感じを出し、主部は立体感を出しと孤独と悲しみを歌う。そのままのスタイルでいくのかと思ったが、舞曲風の場面では快活さを前面に出すなど一筋縄ではいかないピアノであった。相当な実力者と見て間違いないだろう。

リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。リヒャルト・シュトラウスは下野の得意レパートリーの一つである。京響の機能面での充実が感じられる好演となった。
ステージ上をびっしりと埋めるオーケストラ。メインホールの音響は残響こそ1秒もないほどだが音の通りは良く、個々の楽器の音がクッキリと聞こえる。これにより、下野の肺腑を衝く高い音楽性が明らかになっていく。ヴァイオリン群と低弦群、管楽器群の対話の明確さなど、リヒャルト・シュトラウスの意図が手に取るようにわかる。
惜しむらくは終盤が一本調子になってしまったことだが、日本を代表する存在とはいえまだ50歳にもならない指揮者による演奏であるため、完璧を望むのは酷だろう。音の充実だけを取ればヨーロッパの第一級のオーケストラに匹敵する水準に達していたように思う。



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2018年4月23日 (月)

コンサートの記(374) ローム ミュージック フェスティバル 2018 初日

2018年4月21日 左京区岡崎のロームシアター京都にて

左京区岡崎にあるロームシアター京都で開催される、ローム ミュージック フェスティバル 2018を聴きに行く。今日はホール内で行われる全ての公演、サウスホールで行われるリレーコンサートA「成田達輝×萩原麻未デュオ・コンサート」、リレーコンサートB「ザ・スピリット・オブ・ブラス」、オーケストラ コンサートⅠ「にっぽん」と「ジャポニズム」~我が故郷の調べに接する。ローム・スクエア(中庭)では中学高校の吹奏楽部の演奏が合間合間に行われており、今日は、京都市立桂中学校吹奏楽部、龍谷大平安高校吹奏楽部、大阪桐蔭高校吹奏楽部の演奏が行われていた。桂中学校や龍谷大平安の吹奏楽部はオーソドックスな演奏だったのだが、大阪桐蔭高校はとにかく個性的。まず吹奏楽部員が歌う。更にダンスが始まり、今度はミュージカル、ラストでは女子生徒が空箱に入って串刺しにするというマジックまで披露。もはや吹奏楽部ではなくエンターテインメント部である。やはり大舞台である甲子園の常連校(今春も選抜制覇)はやることが違う。無料パンフレットに記載された部の紹介も他の学校は挨拶程度だが、大阪桐蔭高校吹奏楽部だけは全国大会や海外コンクールでの華々しい成績が並んでいる。


サウスホールで行われるリレーコンサートA「成田達輝×萩原麻未デュオ・コンサート」は、午後1時開演。曲目は、アルベニスの「タンゴ」、ファリア作曲(フリッツ・クライスラー編曲)「スペイン舞曲」、ラヴェルのヴァイオリンとピアノのためのソナタ第2番、ラヴェルの「ツィガーヌ」、ドビュッシーのヴァイオリンとピアノのためのソナタ、クロールの「バンジョーとフィドル」、リムスキー=コルサコフの「熊蜂の飛行」、サラサーテの「カルメン幻想曲」

たびたびデュオ・コンサートを行っている成田達輝と萩原麻未。萩原の方がYouTubeに載っていた成田の演奏を見て共演を申し込んだそうである。萩原は最近ではソロよりも室内楽の方に興味があるようだ。ただ、今年の7月には奈良県の大和高田市や出身地である広島市などでソロ・リサイタルを開く予定がある。萩原は昨年の10月にピアノ・リサイタルツアーを行っており、私もいずみホールでの公演のチケットを取ったのだが、風邪のために行けなかった。

技巧派の成田と個性派の萩原の組み合わせ。スペインものとフランスものを軸にしたプログラムだが、ラヴェルやドビュッシーを弾いた時の萩原麻未が生み出す浮遊感が印象的。重力に逆らうような音であり、やはりセンスがないとこうした音を奏でることは出来ないと思う。

成田のヴァイオリンは情熱的で骨太。男性的なヴァイオリンである。伸び上がるように弾いたり、床の上を少しずつ滑るように体を動かすのも個性的だ。構築感にも長けた萩原のピアノをバックに成田が滑らかな歌を奏でていく。理想的なデュオの形の一つである。

今日は、例えはかなり悪いが発狂した後のオフィーリアのようなドレスで登場した萩原麻未。純白のドレスであるが、ロングスカートや腕にスリットが入っている。演奏を始める時に、成田の方を振り返って上目遣いで確認を行うのも魅力的だったりする。

開演前に背後の方で、「萩原さんのお母さんにご挨拶して、似てらっしゃいますよねえ」と語っている男性がいたので、誰かと思ったら作曲家の酒井健治氏だった。その萩原麻未のお母さんは結構有名人のようで、色々な人に挨拶を受けていた。


間の時間に平安神宮に参拝する。


午後4時からは、サウスホールで行われるリレーコンサートB「ザ・スピリット・オブ・ブラス」。ローム ミュージック フェスティバルの参加者は、ほぼ全員ローム ミュージック ファンデーションの奨学生や在外研究生、ロームが主催する京都・国際音楽学生フェスティバル出演者や小澤征爾音楽塾塾生なのだが、「ザ・スピリット・オブ・ブラス」は、ロームに援助を受けた12人の金管奏者と打楽器奏者1名による団体である。メンバーは、菊本和昭(NHK交響楽団首席トランペット奏者、元京都市交響楽団トランペット奏者。元ローム奨学生)、伊藤駿(新日本フィルハーモニー首席トランペット奏者。元小澤征爾音楽塾塾生)、杉木淳一郎(元新星日本交響楽団トランペット奏者。元小澤征爾音楽塾塾生)、新穂優子(にいぼ・ゆうこ。Osaka Shion Wind Orchestraトランペット奏者。元小澤征爾音楽塾塾生)、堀田実亜(ほった・みつぐ。ドルトムント・フィルハーモニー管弦楽団トランペット奏者。元小澤征爾音楽塾塾生)、日橋辰朗(にっぱし・たつろう。読売日本交響楽団首席ホルン奏者。元小澤征爾音楽塾塾生)、太田涼平(山形交響楽団首席トロンボーン奏者。元小澤征爾音楽塾塾生)、風早宏隆(かぜはや・ひろたか。関西フィルハーモニー管弦楽団トップトロンボーン奏者。元小澤征爾音楽塾塾生)、古賀光(NHK交響楽団契約トロンボーン奏者。次期首席トロンボーン奏者就任見込み。元小澤征爾音楽塾塾生)、辻姫子(東京フィルハーモニー交響楽団副首席トロンボーン奏者。京都・国際学生フェスティバル出演)、藤井良太(東京交響楽団バストロンボーン奏者。京都・国際学生フェスティバル出演)、宮西淳(元台湾国家交響楽団首席テューバ奏者。京都・国際学生フェスティバル出演)、黒田英実(くろだ・ひでみ。女性。NHK交響楽団打楽器奏者。元小澤征爾音楽塾塾生)

曲目は、J・S・バッハの「小フーガト短調」(竹島悟史編曲)、パーセルの「トランペットチューン&エア」(ハワース編曲)、クラークの「トランペット、トロンボーンと金管アンサンブルのための『カズンズ』」(井澗昌樹編曲)、ドビュッシーの「月の光」(井澗昌樹編曲)、ハチャトゥリアンの「剣の舞」(井澗昌樹編曲)、ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲より“スイス軍楽隊の行進”(竹島悟史編曲)、ガーデの「ジェラシー」(アイヴソン編曲)、「ロンドンデリーの歌」(アイヴソン編曲)、リチャーズの「高貴なる葡萄酒を讃えて」よりⅣ.ホック、カーマイケルの「スターダスト」(アイヴソン編曲)、マンシーニの「酒とバラの日々」(アイヴソン編曲)、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(井澗昌樹編曲)

菊本和昭がマイク片手に進行役を務める。それぞれの奏者が入れ替わりでソロを取るスタイルだが、皆、楽団の首席級の奏者だけに腕は達者である。
ハチャトゥリアンの「剣の舞」では、打楽器奏者の黒田英実が木琴の他に、小太鼓、スネア、シンバルなどを一人で担当。リハーサルで他のメンバー全員が圧倒されたという超絶技巧を繰り広げた。

ちなみに、多くの曲の編曲を手掛けた井澗昌樹(いたに・まさき)は客席に来ており、菊本に呼ばれて立ち上げって拍手を受けていた。

「ラプソディ・イン・ブルー」は短めの編曲かなと思っていたが、かなり本格的なアレンジが施されており、聴き応えがあった。

アンコールは、バリー・グレイ作曲・竹島悟史編曲による「サンダーバード」。格好いい編曲であり、演奏であった。


午後7時からは、メインホールでオーケストラ コンサートⅠ「にっぽん」と「ジャポニズム」~我が故郷の調べを聴く。下野竜也指揮京都市交響楽団の演奏。
昨年のローム ミュージック フェスティバルの京都市交響楽団演奏会の指揮を務めたのは三ツ橋敬子、一昨年は阪哲朗であったが、いずれも出来は今ひとつ、ということもあったのか、今年は京都市交響楽団常任首席客演指揮者である実力者、下野竜也が起用された。下野もまたウィーン国立音楽大学在学中にローム奨学生となっている。

曲目は、前半に、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」、武満徹の「3つの映画音楽」、酒井健治の「日本民謡によるパラフレーズ~オーケストラのための~」(オーケストラ版世界初演)という日本の音楽が並び、後半は日本が舞台となるプッチーニの歌劇「蝶々夫人」スペシャルハイライト版が上演される。
ナビゲーターとして、昨年のローム ミュージック フェスティバルにも参加した朝岡聡が起用されており、前半では楽曲の解説を、後半の「蝶々夫人」ではストーリーテラーを務める。

コンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。

外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」。
今日は1階席22列22番での鑑賞。残響は短いが直接音は良く聞こえる。良い席だと思える。下野の指揮は立体感の表出が見事。各楽器のメロディーの彫刻が丁寧であり、だからこそ優れた音響をオーケストラから引き出すことが出来るのであろう。音に宿る生命感も平凡な指揮者とは桁違いだ。

武満徹の「3つの映画音楽」。「ホゼー・トレス」「黒い雨」「他人の顔」の3つの映画の音楽を作曲者である武満本人がコンサート用に纏めたもの。「他人の顔」における苦み走ったワルツはショスタコーヴィチにも繋がる深さを持っている。下野の各曲の描き分けは流石の一言である。音の輪郭がクッキリとしていて迷いがない。

酒井健治の「日本民謡によるパラフレーズ~オーケストラのための~」。酒井がローム奨学生でもあった京都市立芸術大学在学中の1999年に、京都・国際音楽学生フェスティバル委嘱作品として発表したチェロとピアノのための曲を新たにオーケストラ用に編曲したものである。「箱根八里」や「さくらさくら」という民謡・童謡が用いられている。叙情的な楽曲であるが、酒井作品の本来の味わいはもっと先鋭的であり、酒井が終演後に「ああいう曲を書く人だと思われると困るな」と話しているのが耳に入った。

このコンサートは客席に有名人が多い。開演5分前に、「えー? 席どこ?」という感じで席を探している可愛らしい顔のお嬢さんがいるなと思ったら、萩原麻未さんであった。萩原さんはやはりというかなんというか成田君の隣の席だったようだ。なお、二人とも新幹線で今日中に帰る必要があるようで、前半が終わると帰って行った。
休憩時間にロビーに出ていると、井上道義がふらふら歩いているのが目に入る。その後、オペラ歌手と思われる女性を相手になにやら熱く語っていた。

後半、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」スペシャル・ハイライト版。演出:田尾下哲(たおした・てつ)、構成:新井鷗子、衣装:半田悦子、映像:田村吾郎、絵画:牛嶋直子、照明:西田俊郎。出演:木下美穂子(蝶々夫人)、坂本朱(さかもと・あけみ。スズキ)、宮里直樹(ピンカートン)、大山大輔(シャープレス)

オーケストラスペースの背後に段を置いて二重舞台とし、背景にスクリーン幕が下がる。ここに牛嶋直子の絵が投影される。日本語字幕は使用されず、朝岡聡がストーリーを説明してから場面が演じられる。ただ字幕がないので、詳しいセリフはわからない。「蝶々夫人」は何度も観ているオペラだが、セリフをすぐに思い出せるわけではない。
1時間以内に纏める必要があるということで、ピンカートンが現地妻を持とうという時の傲慢な態度、蝶々夫人とピンカートンの愛の二重唱、「ある晴れた日に」、花びらを撒く蝶々さんとスズキ、蝶々さんの自決と終幕など、駆け足での展開である。
歌手がステージ上のオーケストラより後ろにいるためか、声の通りが今ひとつに思えたところもあったが、全体的に歌唱は安定している。ただ女声歌手はともに声が細めのため、出番の短い男声歌手二人の方が存在感があるように感じた。上演上の制約の結果でもあるだろう。

下野の指揮はドラマティックにして色彩豊かで雄弁。遺漏のない出来であった。



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2018年4月21日 (土)

都をどり特別展 「祇園・花の宴」「草間彌生・花の間展」2018年4月3日

2018年4月3日 祇園甲部歌舞練場・フォーエバー現代美術館にて

祇園甲部歌舞練場に行く。耐震対策着手のため閉鎖されている祇園甲部歌舞練場。ただ、南側にある八坂倶楽部はフォーエバー現代美術館・祇園として開いていて草間彌生の作品を展示しており、祇園甲部歌舞練場の一部がカフェとしてオープン中、2階の座敷では4月の間、芸妓と舞妓による10分ほどの舞のステージがある。今回は春秋座で行われている都をどりの半券を見せると無料で入場出来る。

統合失調症を発症しながら、その独特の世界観で高く評価される草間彌生。松本に生まれ、京都市立美術工芸学校(現・京都市立銅駝美術工芸高校)を卒業。その後、渡米しニューヨークで活躍。在米時代の作品も展示されている。ただ当時のアメリカでは自国とヨーロッパ系のアーティスト以外は論じるに値しないという風潮があり、体調を崩したということもあって1973年に帰国。一時期活動が低迷するが、その後も現在に至るまで芸術活動を行っている。

ドットを無数に敷き詰めたような作風が特徴。ドット状のものが外へ外へと拡がっていくような生命感が感じられる。

午後2時30分から芸妓と舞妓によるステージがある。今日の出演者は、芸妓が槇子、舞妓がまめ衣。二人で「六段くずし」と「祇園小唄」を舞う。観客は白人の観光客が圧倒的に多い。二人とも繊細、丁寧且つ魅力的な舞を披露した。欧米などでは舞というとパワフルなものが多いが、日本の舞はそれとは正反対。だからこそ外連を武器とした歌舞伎舞踊などもアンチテーゼとして生まれ得たのかも知れない。



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2018年4月18日 (水)

美術回廊(15) 京都文化博物館 「ターナー 風景の詩」展

2018年4月14日 京都文化博物館にて

京都文化博物館で、「ターナー 風景の詩(うた)」展を観る。明日までの開催ということで、結構な人出である。
イギリスを代表する風景画家として知られるジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー。今回はターナーの山岳と海洋を絵を中心とした展覧会である。ターナーはロンドンのコヴェント・ガーデンの生まれだそうで、貧しい理髪師の息子ではあり、母が病気がちであったということもあって基礎教育も満足に受けられなかったそうだが、周囲は文化的な環境ということもあって幼い頃から絵画に取り組んで才能を示し、父親は息子が描いた絵を店先に飾っていたそうである。画家としては早くに認められており、20代でロイヤル・アカデミーの会員となり、パトロンもついて順調な画家人生を送った。
当時は絵画といえば肖像画や宗教画が一般的で、風景画は名所図会や挿絵がある程度で評価の対象ですらなかったという時代であったが、ターナーは風景画の価値を上げることに貢献する。

初期の作品は、黄色や茶色を多用した淡い色彩と奥行きのある作風が特徴であるが、手前側を緻密に描き、遠景を朧にすることで奥行きを生み出すという技巧を用いていることがわかる。後年には全景を朧にすることで全てが溶け合ったような作風へと変化していく。個人的には後年の霧の中の光景のような朧な作風の方が好きなのだが、この手の絵は大画面だから見栄えがするということで、絵葉書などには採用されていなかった。

山岳の絵は峻険な場面が描かれ、海洋を題材とした絵画では嵐に翻弄される船が好んで取り上げられている。ターナーは自然への畏敬の念を抱いていたようで、その感情は「崇高」という言葉で語られている。
ターナーが生きたのはナポレオン戦争があった時代ということで、対フランス軍海戦の絵も展示されている(トラファルガーの戦いを描いた作品は今回は展示されていない)。海の日没を描いた作品、「海辺の日没とホウボウ」は、クロード・モネの「印象・日の出」を彷彿とさせる作品であるが、実際はターナーの絵の方が30年以上前に描かれたものであり、モネはターナーを尊敬していたそうで、ターナーが「印象派の父」と呼ばれる由縁となっている。

ターナーは版画や挿絵の作家としても活躍しており、こちらは緻密な描写力が駆使されている。ちなみにターナーは極度の完璧主義者だったそうで、版画の版元とは技術面での問題を巡ってしばしば諍いを起こしていたそうである。

映像コーナーではターナーの生涯を10分の映像でたどることが出来るようになっている。40代で訪れたイタリア旅行が一大転機となったようで、写実的だった作風から対象がもつイメージや光度を重視したものに転換しているそうだ。
当時としては長命な76年の生涯であったが、晩年に至るまで精力的な活動を行い、ターナーが残した絵は3万点以上に上るという。



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2018年4月14日 (土)

第69回京おどり 「天翔恋白鳥」全8景 2018年4月12日

2018年4月12日 宮川町歌舞練場にて

午後2時30分から、宮川町歌舞練場(東山女学園内)で、第69回京おどり「天翔恋白鳥(あまかけるこいのはくちょう)」全8景を観る。

宮川町の京おどりはかなり以前に一度観たことがある(調べてみたところ11年前である)。京都の五花街の中で京おどりだけ表記が異なるが(他は「をどり」表記)、何故なのかはわかっていないようである。

宮川町は、以前は祇園や先斗町よりも格が低いとされてきたが、芸舞妓を積極的に育てたり、映画などとのタイアップを図るなど、「舞妓さんにあえるまち」というキャッチフレーズを掲げて、舞妓シアターをプロデュースするなど、イメージアップ戦略に取り組んでいる。

「天翔恋白鳥」。第1景から第4景までは、「恋白鳥」が上演される。伊勢国で息絶えてから白鳥となって飛び立ったという伝説のある日本武尊と、「白鳥の湖」を掛け合わせた物語が展開される。黒鳥は夜烏という傾城とその手下として現れる。白と黒の視覚の対比が鮮やかである。

第5景は「ご維新百五十年」。今年が明治になってから100年に当たるということで幕末から維新に掛けての京が歌い踊られる。最初と最後の「おはようおかえりやす」は御所さん(天皇)に向けた言葉だと思われる。

芸妓3人が電車ごっこの要領で腕を回しながら登場する「京おどり 鉄道唱歌」。「鉄道唱歌」がメロディーを変えて歌われる。背景の幕が動き、富士や海、そして京都タワーが現れるのも楽しい。

舞妓さん達による「いろはにほへと」。京踊りの背景は全般的に淡い色のものが用いられており、耽美的で幻想的な味わいがあるが、「いろはにほへと」の登場する舞妓さん達の着物も淡い色のものが用いられており、柔らかで可憐な印象を受ける。

京おどりの名物であるラストの「宮川音頭」。「ヨーイ、ヨイヨイ」という声は「威勢が良い」と評されることもあるが、私の耳にはどこか哀しく響く。

儚げな、桜の精達の宴に迷い込んだような気分になった。



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2018年4月 4日 (水)

「都をどり in 春秋座」2018年4月2日

2018年4月2日 京都芸術劇場春秋座にて

午後2時20分から、京都芸術劇場春秋座で「都をどり in 春秋座」を観る。祇園甲部歌舞連場が耐震対策工事中のため、昨春に続いて井上八千代が教授を務める京都造形芸術大学の劇場である春秋座での上演となる。

春秋座が洛北にあるということで、昨年の公演は「洛北名所逍遙」というタイトルであったが、今回は「続洛北名跡巡(つづきてのらくほくめいせきめぐり)」と銘打たれてその続編という位置づけ。序である「置歌」に続いて、「源光庵窓青葉」、「盂蘭盆会五山送り火」、「詩仙堂紅葉折枝」、「雪女王一途恋(ゆきのじょおうひたむきなるこい)」、「哲学の道桜便(さくらのたより)」が上演される。「雪の女王一途恋」は映画「アナと雪の女王」の原作でもあるアンデルセンの「雪の女王」を翻案したものである

開演前にお茶席がある。別にお茶を頂かなくても良かったのだが、その場合は2階下手サイドの席となり、花道を行く舞芸妓の姿がよく見えない(昨年はそうだった)ということになるため、今年はお茶付きの券を買う。ただ、購入した時期が少し遅かったので1階席の一番後ろの列の席である。ただこの席からは花道上はよく見える。
お茶菓子付き。菓子皿は持って帰ることが出来る。

「都をどりは」「ヨーイヤサー!」で始まる「置歌」。揃いの水色の着物で登場した芸舞妓による瑞々しい舞である。

京都造形芸術大学の劇場での上演ということで、「源光庵窓青葉」ではアニメーション(制作:京都造形芸術大学キャラクターデザイン学科)が、「雪女王一途恋」では舞台装置(造形大のウルトラファクトリーの制作)や照明が効果的に用いられる。「雪女王一途恋」では男の名前が佳以(かい。原作のカイに当て字をしたもの)、女の名は杏奈(原作ではゲルダ)となっている。翻案ものの浄瑠璃ということもあってか、歌詞は長めである。

ラストである「哲学の道桜便」は、総出演による鮮やかな舞。明転した時の舞妓さんが横一列に並ぶ風景は実に鮮烈で、前の席にいた白人の女性は歓呼の声を上げていた。
哲学の道ということで、西田幾多郎の「人は人吾は吾なりともかくに吾行く道を吾は行くなり」という短歌が歌詞に登場する。

明治時代に書かれた白人の手記に都をどりが登場するのだが、そこには「バレエを観た」と書かれていた。バレエのような跳んだりはねたりは都をどりにはない。衣装などは派手だが、舞自体は奥ゆかしい。外向的なバレエに比べると祇園甲部の舞は内省的ですらある。見た目は外連で舞は正統派というギャップが、ある意味、都をどりの最大の面白さなのかも知れない。もっとも舞自体は手や足が最短距離をたどる合理的なものであり、そうしたミニマムへの指向が京都的、引いては日本的ということも可能なように思われる。


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2018年2月20日 (火)

美術回廊(14) 京都国立近代美術館 「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」

2018年2月15日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

満足稲荷神社に参拝してから京都国立近代美術館に向かう。
京都国立近代美術館では現在、「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」が開催されている。フィンセント・ファン・ゴッホの作品と、ゴッホが影響を受けた浮世絵の展示である。
浮世絵を見て日本に憧れたゴッホ。南仏アルルを日本に見立て、浮世絵の影響を色濃く受けた作品を描いていく。

浮き世は西洋の絵画に比べると構図がかなり大胆であり、表現主義的な一面がある。ゴッホの絵を見ると、例えば「糸杉の見える花咲く果樹園」では、中央にかなりくっきりとした二等辺三角形の構図が見える。筆致以外でもこうした浮世絵からの影響が窺える。
中央に橋を描き、洗濯女を小さく描いた「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」も同様の構図がたびたび登場する歌川広重の「東海道五十三次」との接点が分かるように展示が行われていた。

波や木々のうねりは、例えば葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」などに見られるような誇張した表現の影響を受けているように思う。おそらくゴッホは対象物そのものよりも、それがもつエネルギーを描きたかったのだと思われる。静止した芸術に動的なものを持ち込みたかったのだろう。それは困難であり、異端でもある。ゴッホが生前に認められなかった理由の一因がそこにあるのかも知れない。

京都国立近代美術館の4階には、森村泰昌がゴッホの「寝室」という絵を立体化した展示物が飾られている。これは写真撮影可であり、SNS等に掲載して是非情報を拡げて欲しい旨が書かれていた。

「森村泰昌、ゴッホの部屋を訪れる」

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2018年2月10日 (土)

観劇感想精選(228) 中谷美紀&井上芳雄 「黒蜥蜴」

2018年2月1日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後6時から、梅田芸術劇場メインホールで、「黒蜥蜴」を観る。原作:江戸川乱歩、戯曲:三島由紀夫、演出:デヴィッド・ルヴォー。出演は、中谷美紀、井上芳雄、相良樹(さがら・いつき)、朝海(あさみ)ひかる。たかお鷹、成河(ソンハ)ほか。

明智小五郎シリーズの一つである「黒蜥蜴」。耽美的傾向の強い江戸川乱歩の小説を、これまた耽美的傾向の強い三島由紀夫が戯曲化した作品の上演である。
歌舞伎の影響を受けたというデヴィッド・ルヴォー。今回も冒頭で移動するドアを戸板のように用いたり、船のシーンでの波の描写をアンサンブルキャスト数人が棒を手にすることで表現したりと、歌舞伎の影響が見られる。

まずは大阪・中之島のKホテルのスイートルームを舞台とするシーンでスタート。日本一の宝石商・岩瀬庄兵衛(たかお鷹)の東京の自宅に、「娘を誘拐する」という脅迫状が毎日のように届く。そこで岩瀬の娘の早苗(相良樹)は、Kホテルに匿われていた。岩瀬家の昔なじみである緑川夫人(中谷美紀)もたまたまKホテルに泊まっている。更に岩瀬庄兵衛は娘の警護として日本一の名探偵である明智小五郎(井上芳雄)を雇っており、ガードは鉄壁に思えた。だが緑川夫人の正体は女賊・黒蜥蜴であり、黒蜥蜴は部下の雨宮潤一(成河)を用いて、まんまと早苗を誘拐することに成功。だが明智は緑川夫人の正体が黒蜥蜴であることを見破っており、早苗を奪還。だが、明智も黒蜥蜴も互いが互いに惹かれるものを感じていた。敵にして恋人という倒錯世界が始まる……。

まずは圧倒的な存在感を示した中谷美紀に賛辞を。例えば井上芳雄の演技については、「井上芳雄が明智小五郎を支えている」で間違いないのだが、中谷美紀は、「中谷美紀が黒蜥蜴を支えると同時に黒蜥蜴が中谷美紀を支えている」という状態であり、観る者の想像を絶する強靱な演技体が眼前に現れる。どこまでが役の力でどこまでが俳優の力なのかわからないという純然たる存在。それはあたかも「黒蜥蜴」という作品そのもののようであり、余にも稀なる舞台俳優としての才能を中谷美紀は発揮してみせた。

「黒蜥蜴」には三島由紀夫らしいアンビバレントな展開がある。共に犯罪にロマンティシズムを見いだし、憎しみ合いながら同時に愛し合う明智と黒蜥蜴。黒蜥蜴は明智への愛情を感じながら、人を愛した黒蜥蜴自身を憎み、黒蜥蜴を抹殺するべく明智を殺そうとする。明智は犯罪者としての黒蜥蜴は憎悪しているが、一人の女性としての黒蜥蜴の内面を「本物の宝石」と呼ぶほど高く評価していた。明智から見れば宝石で儲ける岩瀬は俗物であり、真の美を極めようとしている黒蜥蜴には聖性が宿っているのであろう。

長椅子の中に潜んだ明智(乱歩の小説「人間椅子」を彷彿とさせる)と、黒蜥蜴のやり取りの場面は秀逸であり、愛とエロスの淫靡で清らかな奔流が観る者を巻き込んでいく。

黒蜥蜴の、人間の心に対する不信感と外観に対する賛美、女性の外見は好きだが内面には興味がないという、倒錯的な愛着に由来する迷宮的世界が上手く描かれていたように思う。

飄々としていながら同時に理知的な明智小五郎像を生み出した井上芳雄は流石の好演。可憐な令嬢を演じた相良樹と、黒蜥蜴に対する愛情と憎悪を併せ持つ雨宮潤一役の成河の演技も光っていた。

こうした耽美派傾向の文学作品は慶應義塾大学文学部の「三田文学」を根城にしている。私が出た明治大学文学部は早稲田大学文学部同様、自然主義文学と親和性があり、慶大文学部とは対立関係にある、というほどではないかも知れないが、少なくとも明大文学部では耽美派の作家を卒業論文の題材に選ぶことは歓迎されていない。というわけで私も耽美的な作品は余り好まないのだが、この作品は高く評価出来る。

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