カテゴリー「文化・芸術」の30件の記事

2017年4月28日 (金)

祇園甲部歌舞練場「祇園・花の宴」

2017年4月11日 祇園甲部歌舞練場玄関棟・別館&八坂倶楽部にて

祇園甲部歌舞練場へ。

祇園甲部歌舞練場本館(劇場棟)は現在、耐震対策工事中だが、玄関棟と別館、南にある八坂倶楽部では特別公開「祇園・花の宴」が行われており、玄関棟で行われてる土産物展やNHKによる都をどりの映像上映には出入り自由。また今年は京都芸術劇場春秋座で行われている都をどりの本番を観た人は、春秋座で配られたチラシ(無料券)を見せれば八坂倶楽部や別館にもただで中に入ることが出来る。

八坂倶楽部内では、八坂女紅場に通う舞妓の卵達の手による書や短歌などが見られる他、茶室が設けられており、庭園にも降りることが出来る。

日に数度、別館座敷のミニステージで芸舞妓による舞の披露と、ツーショットが撮れる撮影会が行われている(撮影会に参加するには500円を払う必要がある。私は撮影会には参加しなかった)。
午後4時からの公演を観る。舞の時も写真撮影はOKである。
祇園甲部の芸舞妓は都をどりに総出演しているが、都をどりはローテーション制であり、降り番の人が祇園甲部歌舞練場の座敷で舞を披露する。

今日の出演は、芸妓が紗月、舞妓が紫乃。紗月が「君に扇」を紫乃が「花笠」を舞い、最後は二人で「祇園小唄」を披露する。
舞妓さんの踊りは可愛いが、芸妓さんの舞は凄い。芸妓・紗月の舞は動きにも表情にも無駄が全くなく(常に魅力的な顔つきと仕草なのである)、流石としか言いようがない。

2階建ての建物である八坂倶楽部の2階からは、庭園で咲き誇る桜の木数本が眺められて、実に気分が良い。

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2017年4月27日 (木)

「都をどり in 春秋座」2017年4月3日

2017年4月3日 京都芸術劇場春秋座にて

午後4時30分から、京都芸術劇場春秋座で、「都をどり in 春秋座」を観る。
祇園甲部の都をどりは、その名の通り祇園甲部歌舞練場で毎年行われているのだが、今年は祇園甲部歌舞練場が耐震対策工事で使えないため、井上八千代が教授を務める京都造形芸術大学内にある、京都芸術劇場春秋座で行われることになった。
1日3回公演で、午後4時30分開演の回が、その日の最終公演になる。

これまで、先斗町の鴨川をどり、祇園東の祇園をどり、宮川町の京おどりは観ているが、一番の老舗である都をどりは観ていなかった。何故といっても大した理由があるわけではなく、たまたま観る機会がなかったのである。
ただ、場所を変えての都をどりは今後いつまたあるかわからないし、春秋座には歩いて行けるということで、観に行くことにした。

毎年テーマを決めて行われる都をどりであるが、今年は春秋座が洛北にあるということで、「洛北名所逍遙(そぞろあるき)」という題で、「置歌」(今年はこれから演じられる洛北の光景が歌われる)、「貴船川床納涼」、「鞍馬山牛若丸兵(いくさ)修行」、一乗寺にある「圓光寺錦紅葉」、大原の「寂光院懐旧雪」といった演目が上演される。最後は洛北ではなく、「甲部歌舞練場盛桜」である。
今日は2階席の下手側バルコニー席。ということで、残念ながら花道が見えない。ただ、踊り手が花道にいる時間は比較的短いため、贅沢を言わなければ楽しめる席である。
2階下手側バルコニー席には白人の観客が多く陣取っている。

「置歌」、「貴船川床納涼」と純粋な踊りが続くが(「貴船川床納涼」では蛍が舞うという演出がある)、「鞍馬山義経兵修行」には筋書きがある。鞍馬山で修行している牛若丸(里美)を母である常盤御前(孝鶴)が訪ね、「父親の義朝の敵を必ず討つように」と告げる。常盤御前が去ると、鞍馬の天狗がやって来て、牛若丸に勝負を挑む。牛若丸の腕に感心した天狗達は牛若丸に秘伝の兵法を授けるというものである。

「圓光寺錦紅葉」の舞台となる圓光寺は、春秋座から徒歩15分ほどのところにある臨済宗の名刹。開山は徳川家康であり、家康公の名前は謡に登場する。

「寂光院懐旧雪」は、建礼門院徳子が主人公。大原寂光院に閑居している建礼門院徳子(まめ鶴)が、高倉天皇(そ乃美)と過ごした日々(懐旧の平徳子を舞うのは豆千鶴)を懐かしむというものである。

ラストの「甲部歌舞練場盛桜」は、人海戦術で華やかに決めた。

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観劇感想精選(209) 「それいゆ」(再演)

2017年4月19日 新神戸オリエンタル劇場にて観劇

午後7時から、新神戸オリエンタル劇場で、画家・ファッションデザイナー・イラストレーター・人形作家の中原淳一(1913-1983)の青春を描く舞台「それいゆ」を観る。脚本:古家和尚(ふるや・かずなお)、演出:木村淳(関西テレビ)。出演:中山優馬(座長)、桜井日奈子、佐戸井けん太、愛原実花、施鐘泰、辰巳雄大(ふぉ~ゆ~)、金井勇太ほか。
昨年5月に初演された「それいゆ」。約1年ぶりの再演となる。観る予定はなかったのだが、今日4月19日が中原淳一の命日だということを「ピーコ&兵動のピーチケパーチケ」で中山優馬本人の口から聞いて観ることに決めた。
昨年の「それいゆ」で女優デビューした「岡山の奇跡」こと桜井日奈子が今回も出演する。
中原淳一夫人は元宝塚女優であったが、今回の公演には宝塚出身の愛原実花が参加する。
まず中原淳一の書いた詩の冒頭を中原を演じる中山優馬が読み上げ、詩の続きを主要キャスト達がリレーしていくというスタイルから入る。

戦中の東京。クラシック歌手志望の天沢(施鐘泰)が宝塚女優志望の舞子(桜井日奈子)に連れられて中原淳一(中山優馬)のアトリエを訪れるところから物語は始まる。戦中ということで英語は敵性言語として排除され、新たに作られた日本語に置き換えられていたのだが、中原のアトリエでは英語やフランス語が普通に使われており、中原の助手である桜木(辰巳雄大)も英語をそのまま使っている。天沢も桜木もカーキ色の国民服を着ているのだが、中原は服の上下も白で統一された洒脱なスタイルだ。
雑誌「少女の友」の専属イラストレーターとして活躍している中原は芸術への造詣が深く(中原本人は自身が芸術家だという意識はなく、職人だと思っている)、天沢の歌を聴いて、「君の歌はクラシックではなくポピュラーに向いている」と断言する。後年、天沢はポピュラー歌手として大成するため、中原の耳は確かだった。
舞子と中原は、河原で舞子が歌の練習をしている時にたまたま出会ったのだが、中原は舞子に「顔を上げ、自信を持って歌うよう」指導したことで知己を得た。舞子は元々「少女の友」の読者であり、中原のファンであった。
中原は舞子が今日はもんぺを履いていることを気にするが、戦時統制が厳しくなり、もんぺが強要されるようになっていたのである。少女達に夢を与えるためにお洒落な少女像を描き続けてきたのだが、「少女の友」編集長の山崎(佐戸井けん太)は、中原に「)もんぺ姿の少女を描いて欲しい」と注文する。しかし理想主義者である中原はこれを拒否。「そんな戦争なら負けてもいい」と発言し、「少女の友」専属イラストレーターから降りることを決める。
女優を夢見る舞子だったが、父親が借金を抱えており、詐欺師の五味(金井勇太)に弱みを握られていた。五味が借金の肩代わりを行っており、その見返りとして舞子は強制的に五味と結婚させられることが決まっていた。

中原は、「究極の造形美」を追求し、人形創作に打ち込んでいた。中原は「美に絶対はない」としながらも「それ故に美は誤魔化される」と断言する。誰かの決めた美に流されないよう天沢に警告する。

戦争が終わり、大量消費・大量生産の時代になる。中原は自らが演出と美術を手掛けたミュージカル(日本初のミュージカルである)を上演するが評判は芳しくない。
五味は「本物よりもそれらしい偽物の方を喜ばれる人がいる」と事前から話していた。中原のミュージカルの感想を記者達に求められた山崎もまた大量消費の時流にあっては中原の時代は終わったと言う。ただ、山崎は中原の一緒に仕事をしていた頃から中原に嫉妬を抱いていた。

舞子が新宿でステージに立っているという噂を聞いた中原と天沢は新宿に出向くのであるが、そこは五味が経営する劇場であり……。


中原は「美」を追求する理由を「世界を変えることが出来るから」と語る。そして「美」とは置物的なものではなく、「人生」であり、「生きるということなのだ」と明かしていく。美に絶対はないように人生にも絶対はないが、個々の人生を追い求めることは出来る。誰かに教えられた人生ではなく、自分自身で選んだ人生を生きることの尊さをこの劇は観る者に訴えかけてくる。

セットには鏡が多用されているが、蜷川幸雄的な意味での用い方ではなく、キャスト達を多方面から映すことで「美」の多様なあり方と、鏡に映った像を観客がどう見るかによって決められる独自の「美的」視点の獲得が促されているように思われる。


理想主義者である中原とは対照的なその日暮らしの五味を演じる金井勇太が実に良い芝居をする。ある意味、金井勇太が影の主役でもある。金井勇太が五味でなく中原を演じることは可能だが、中山優馬が五味を演じることは無理であろう。中山の演技スタイルがそれだけ中原に合っているということでもあるのだが。
金井の実力を改めて知ることになる舞台であった。

「岡山の奇跡」と呼ばれる桜井日奈子。正直「奇跡」というのは褒めすぎのように思われたのだが(橋本環奈が「1000年に一人の逸材」と呼ばれていた頃に桜井も登場している)、女優としての資質にはかなり高いものが感じられ、将来が楽しみな存在である。

演技スタイルは基本的に新劇のものが用いられていたが、夢の遊眠社出身の佐戸井けん太が新劇のスタイルで演技すると実に巧み。セリフよりも仕草で語らせる細やかな演技が見事であった。


中原淳一の命日ということで、抽選で6名の方にひまわりの花がプレゼントされる。なんでも、6というのは美を象徴する数字だそうだ。更に来場者全員にひまわりの種がプレゼントされた。

「それいゆ」(再演)

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2017年4月 8日 (土)

京都大学フィールド科学教育研究センター主催 公開シンポジウム「ひろげよう、フィールドの世界」

2017年3月19日 京都大学 益川ホールにて

午後2時から、京都大学吉田キャンパス北部構内にある京都大学益川ホールで、京都大学フィールド科学教育研究センター主催による公開シンポジウム「ひろげよう、フィールドの世界」に参加する。「自然」「芸術」「文系」「理系」などの融合を図るシンポジウム。

無料公演で、予約多数による抽選となったようだが、なんとか突破出来た。

益川ホールは、2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英を記念して北部構内総合教育研究棟1階に作られた中規模講堂であり、当然ながらまだ新しい。
私が京都に来た頃は、京都大学はまだ「日本一のオンボロ大学」と呼ばれていたが、その後、何年にも渡って増改築を繰り返し、今では「その辺の私大より豪華」な大学に変わっている。

京都大学北部構内は、理系の学部のためのキャンパスであり、私も入るのは初めて。益川ホールの場所を確認して、受付を済ませてから、缶ジュースを買いに、いったん、総合教育研究棟を出る。歩いていると、上品そうなおばさんから、「すみません、京大の先生ですか?」と聞かれる。先生どころか関係者ですらないので、否定したが、私と同じく益川ホールに向かうとわかったため(京大関係者以外で今日、北部構内を歩いているお年の方はシンポジウム参加者しかいない)場所は教えた。
顔も格好も京大の先生っぽかったのだろう(京都国立博物館上席研究員で、京都大学出身の宮川禎一先生とは知り合いだが、「よく似ている」と言われる)。


公開シンポジウム「ひろげよう、フィールドの世界」。司会を務めるのは、京都大学海里森連環学教育ユニット特定准教授の清水夏樹(女性)。着物姿での登場である。

まず、京都大学総長である山極壽一(やまぎわ・じゅいち)が開会の言葉を述べてスタート。

最初に発表を行うのは、京都大学フィールド科学教育センター教授兼センター長の吉岡崇仁。「和と洋が出会う場所」というタイトルである。スクリーンに映像が映され、レーザーポインターを使って進められる。
まず、京都大学の芦生研究林(京都市左京区、京都市右京区、京都府南丹市、福井県、滋賀県にまたがる広大な森林。本部は京都府南丹市芦生にある)には鹿がいるのだが、鹿によって植物が食い荒らされるという食害が発生している。ただ、鹿は天然記念物なので殺害することも出来ない。そのため、「鳥獣保護VS植生保護」という二律背反が起こっているという報告を行う。
芦生研究林では、檜皮を作っており、本来なら結構な値段になるのだが、これらは神社の檜皮葺等に無償で提供されているという。吉岡は、「こころ」と「ふところ」という言葉を用いて、「こころ=文系=非経済」、「ふところ=理系=経済」という図式を作り、どちらも大切であることを述べる。吉岡は「和魂洋才」という言葉を出す。客席に「ご存じの方?」と聞くが、手を挙げたのは私を含めて5人前後。だが吉岡は、「全員ですね」「私には心の中で挙げてる人も見えます」と続ける。京大でのシンポジウムであるが、みなユーモアを持ち合わせていてお堅くもなんともない。
吉岡は「和魂洋才」の説明をしてから、文系は和でこころに近く、理系は洋でふところに近いという話をする。
そして、森林伐採が行われた場合、何が心配かをアンケート調査したところ、「水質」という答えが多かったということを語り、森と水とが繋がっていることを人々が認識していると同時に、森自体は水よりも生活に密接に結びついているとは取られていないことを告げた。


続いて登壇したのは、京都大学フィールド科学教育研究センター准教授で芦生研究林長でもある伊勢武史。テーマは「人はなぜ、森で感動するのか」。芦生研究林は研究林あると同時に観光名所でもあるそうで、ハイキングやピクニックに訪れる人も多いという。だが、当然ながら人間が増えると生態系が破壊されるため、「観光客を制限してはどうか」という意見が上がる一方で、「観光客を減らすのではなく、より生態系を守る活動をしよう」という見解もあるそうだ。
さて、「人はなぜ、森で感動するのか」というテーマの仮説であるが、旧石器時代以前は自然淘汰が激しかったため、森を愛した人の方がそうでない人よりも生き残りやすく、我々はその生き残った人々の子孫であるため、森に安らぎを感じるのではないかと考えられるそうである。
また、「なぜ人は森に行くのか?」という疑義が呈され、森はアミューズメントだという仮説が発表される。森には多様性があり、美しいものも醜いものも両方ある。「美」というものは生物進化の中で生まれた観念であるが、これは白紙の状態(「タブララサ」ということだろう)から生まれたものではなく、人が恣意的に作り上げたものだという。ハゲタカは死肉を食するので、死肉が美だが、人間にとっては(佐川君のような例外はあるが)そうではない。ということで、伊勢は、「芸術家がたやすく美を語るな」という心情を持っているそうである。ただ、伊勢も芸術には関心を持っており、この後登場する髙林佑丞(たかばやし・ゆうすけ)と組んで、外来種による生け花を作っているという。外来種の植物というと嫌がられ、駆除するのが人間であるが、外来種を連れてきたのも人間であり、恣意的に退けてはならないという考えを持っているようである。


続いて登場したのは、京都大学こころの未来研究センター教授の広井良典。ドイツの新聞に載った「Japan's burden」という記事をスクリーンに映し、英語に直すと「ジャパン・シンドローム」となり、人口減少と高齢化が同時に進行していることを示していると語る。日本は少子高齢化の最先端にあるが、他の先進国も同傾向にある。
さて、幸福指標であるが、日本は世界全体で53番目。日本人には控えめな人が多いので、割り引いて考える必要がある(ちなみに1位はデンマーク)が、高くはない。
一方で、世界的な幸福指数に疑問を感じ、自主的な幸福指数を作っている自治体がある。東京都荒川区と高知県である。「皆さん、荒川区といってもピンとこないかも知れませんが」と断った上で話が進み(私は関東出身者なので荒川区の様子はわかる)、荒川区はGAH(Global Arakawa Happines)という独自の指標で幸福度を追求していると語る。更に高知県もGKH(Global Kochi Happines)なるものを作り、高知県は47都道府県の中で所得最低(最近、沖縄県を抜いたそうである)であるが、逆に森林面積率は全国1位であり、これを幸福の指標の一基準にしたそうである。
さて、広井が挙げたタイトルは「鎮守の森とコミュニティづくり」であるが、秩父神社は武甲山という山を御神体(神奈備山)にした神社であるが、武甲山は石灰岩が採れるというので、採掘が進み、自然と資源の調和が取れなくなっているそうだ。工業と自然の対立と有効利用の構図が出来ているそうである。
日本には神社は約8万1千、寺院は約8万6千あるそうだが、岐阜県郡上市の白鳥町では、小水力発電を行う一方で、「白山信仰の聖地」であるとして、エネルギー関連の人が訪れた場合は、必ず長老白山神社に参拝して貰うなど、鎮守がコミュニティの中心になる文化を築いているという。また「鎮守の森セラピー」というものを行っている地方もあるそうで、そこでは森林浴ならぬ「神林浴」という言葉が使われているそうだ。神との繋がりが心身の健康に繋がり、それが自然との繋がりにもなるという。
現代日本では、ピラミッドの頂上に「個人」がおり、その下に「コミュニティ」があって、一番下に「自然」が来るのだが、自然が礎になっていることはもっと意識されて良いという。


最後に、この4月から池坊短期大学の非常勤講師に就任するという華道家の髙林佑丞が登壇。「専心口伝」という池坊の美学を語る。植物の命を見つめ、「木物」「草物」「通用物」に分ける。「通用物」というのは木なのか植物なのかわからないもので、藤や竹や牡丹などが入るそうだ。
「花は足で生けよ」という言葉があるそうだが、実際に足を使うのではなく、花の根本を学んで生けるという意味である。
ここで、生け花の実演。「立花新風体」という、1999年に始まった新しい手法による生け花。八重桜や胡蝶蘭を使うが、ミモザやユーカリなどの洋花も使用。更には松の枝や檜の皮なども用いる。
最後は余計なところを剪定。生け花には「引き算の美学」があるという。


休憩を挟んでパネルディスカッション。休憩中に聴衆からのアンケートを取り、それにも答えるという形式。私の書いたものもそのままではないが読み上げられた。

まず、京大総長の山極壽一が話す。皆の話を聞いていて「感性の問題」を感じたそうで。「今はIT社会で、イメージが先行して生身のものが取り残されていく」ように思われるそうだ。
そして、生け花が「引き算」で出来ていることに興味を持ったという。華道家の髙林によると生け花は引き算で、フラワーアレンジメントは足し算だそうである。

私は、日本人と西洋人とでは自然に対する姿勢が違うのではないかと思えたのだが、伊勢は私の意見も纏めた清水からの紹介に「日本人と砂漠に住む人とでは、自然に対する印象は勿論違うと思います。ただ、自然に対する気持ちには万国共通のものがあるように思います」と述べた。

吉岡は、和魂洋才ならぬ洋魂和裁でも日本人は最先端にあると思われるというようなことを述べ、「風景という言葉がありますが、風景というのはそこで自分が何をしたかを読み込むこと」と定義し、自然や環境の中で自己を定義するのが風景であり、生きるということだと述べる。

広井は、文系だが科学史科学哲学専攻という理系に近い文系の人である。「日本人は高度成長期に寺社を忘れてしまった」として、一方で「今の若者達にはローカル指向があり、寺社を中心とした文化に帰る可能性もある」という。

髙林は、「時間を生ける」という言葉を使い、作品を生ける時間と同時に植物が育つ時間も感じるのが生け花だと話した。伊勢が、「(洋花を生けて)怒られない?」と髙林に聞くが、髙林は、「昔は家に必ず床の間があって、そこに生け花を飾っていたわけですが、今は洋間しかない家も多いので、それに合わせて変わっていくのも生け花」だと述べる。


山極は、京都市立芸術大学学長である鷲田清一と話したときに、日本の新興住宅に足りないものが三つあると言われたという。「神木」「神社・仏閣」「場末」に三つで、それ故に新興住宅地は薄っぺらいのだそうである。

吉岡は、パネルディスカッションの冒頭で山極が挙げた「感性」という言葉に触れ、「自然に触れることが感性を育む」とし、このシンポジウムのテーマである文理融合を京都大学で進めているのだが、実際はなかなか上手くいかないという。ただ、「人間とは何か?」を問う上で文理融合は有効だとして、これからも進めていく予定であるという。

伊勢も文理融合を進めているのだが、一意専心が良しとされる現状では文理融合をやっていると、「遊んでいる」と勘違いされるそうである。

最後は、山極がまとめという形で話す。「文明は言葉から、哲学から。それから数学が分かれていくわけですが、数学も哲学のため。だから数学者達も自分は数学者だとは思っていないはず」と語り、その後、哲学よりも技術が主役とされる世の中になったが、例えば社会学を築いたオーギュスト・コントのような立場に戻る必要があるのではないかとする。
山極は「20世紀はコンクリートの時代」と言われたことがあるそうだが、そのためにコミュニティも変わってしまったという。宮大工などの地元に密着した大工などはいらなくなり、建築家さえいればコンクリートを流してどんな建物でも出来てしまう。そして「機能こそ美しい」という考えが出来てしまい、同じような建築が増えてしまった。また高層住宅では上にいくほど立場も高いということになっており、建物が人間を定義するようになってしまったと述べる。
その上で衣食住の再定義から始める必要があるのではないかと語り、「まとまっていないけれど良いですか?」と司会の清水に聞いて、シンポジウムはお開きとなった。

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2017年3月27日 (月)

しんらん交流館大谷ホール 山城地区同朋大会 節談説教「親鸞聖人御一代記」より

2017年3月11日 真宗大谷派東本願寺(真宗本廟) しんらん交流館大谷ホールにて

午後2時から、しんらん交流館にある大谷ホールで、節談(ふしだん)説教「親鸞聖人御一代記」よりを拝聴。大徳寺の東にある唯明寺の住職で、真宗大谷派山城第2組組長、元立命館常務理事である亀田晃巖(こうがん)による節談説教が行われる。節談説教は落語のルーツといわれ、江戸時代から昭和初期に掛けては積極的に行われたようだが、現在、真宗大谷派で行っているのは亀田晃巖のみであるようだ。山城地区同朋大会の中で行われるため、ポスターには「一般来聴歓迎」と書かれている。入場無料である。
以前、岡崎別院で亀田晃巖の節談説教を聞いたことがあり、内容はその時と同じである。

まず、真宗宗歌を皆で歌うのであるが、一応、真宗の歌はCDで買って聴いてはいるものの、伴奏が安っぽいので繰り返しては聴いていない。ということで歌えない。ただ音の進行は大概の楽曲においては決まっているので、適当に誤魔化すことも可能であり、そうした。

まず、関係者による挨拶があった後で、亀田晃巖による講義となるが、亀田は「講義なんてそんなものはしません」と言って、話を始める。今日はしんらん交流館に来る前に、以前に学校法人立命館の常務理事だったことから、立命館宇治高校に行ってきて挨拶もしたそうだが、その時とは「見える風景が違う」という話から始まる。若い人達は「前途洋々」「未来はこの手の中に」といった風で生き生きしているが、しんらん交流館大谷ホールにいる面々は、年を召した方が中心で、「老病死」の苦を十分に味わった人ばかりである。ただそういう方々も若者に「そう上手くはいかんよ」と教える必要があると亀田は語る。
東本願寺(現在の正式名称は真宗本廟)は、江戸時代に大火で4度も焼失している。徳川将軍家の保護を受けていたため、3度までは徳川将軍家が再建のための費用を負担してくれたが、4度目の大火は幕末の禁門の変による「どんどん焼け」によるもので、再建に取りかかろうとした時には徳川幕府の時代は終わっており、徳川将軍家そのものが亡くなっていた。ということで、門徒の協力によって再建された。亀田は「今、そんなことやろうと思っても出来ませんよ」と言う。今は熱心な門徒が減ってしまっている。

その後、節談説教についての説明。落語は新京極六角にある浄土宗西山深草派総本山誓願寺の安楽庵策伝が「醒睡笑」を表したのが始まりといわれ、安楽庵策伝という人はとにかく話の巧い人だったそうで、しかも話の最後に必ず落ちをつける(落ちをつけるので落語である)人だったそうだ。こうして落語の元となる節付説教と呼ばれるものが生まれ、真宗においては節談説教と呼ばれるようになる。ここから落語の他にも講談、説教浄瑠璃、説教節などが派生していく。
亀田晃巖の祖父である亀田千巖という人が節談説教の名人であり、元日と正月2日以外は説教師として日本中を飛び回っていて、追っかけがいるほどの大人気だったそうだ。
そして節談説教のために唯明寺が場所を移して再興され(東本願寺の近くにあったが、禁門の変で全焼。明治、大正を通して存在せず、昭和になって再興)、評判を聞きつけた小沢昭一や永六輔らが唯明寺にやって来て、小沢昭一は「節談説教」を覚えて録音し、レコードを残しているという。


休憩を挟んで、節談説教「親鸞聖人御一代記」より。亀田晃巖は高座に上がって語る。
まず「やむこをば預けて帰る旅の空 心はここに残しこそすれ」という和歌で入る。
京都へ帰ることを決めた親鸞。だが、親鸞を慕う関東の人達が京へと向かう親鸞の後をずっと付いてくる。次の村まで、次の村までと思うのだが、思い切れず、結局、箱根山まで付いてしまう。ここから先は関東ではない。ということで、親鸞も人々とお別れを言う。箱根山を下りたところで人々は「今生の別れ」とむせび泣く。そこで、親鸞は一番弟子の性信(しょうしん。性信坊という名で登場する)に関東に留まるよう告げる。親鸞は性信坊に道中仏を託し、「あの同行(どうぎょう。門徒のこと)の中から鬼の下に走る者が出ないよう、教えを貫くよう性信坊に伝える。涙ながらに関東に戻った性信は、関東での布教に励む。だが、その30年後、本尊である阿弥陀如来の顔が汗まみれになっているのを見て驚く。考えてみれば師の親鸞も齢すでに90。親鸞の身に何かあったに違いないと悟った性信は慌てて京に上るのだった。


最後は、「恩徳讃Ⅱ」を皆で歌って閉会となる。

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2017年3月26日 (日)

コンサートの記(286) ザ・カレッジ・オペラハウス ブリテン 歌劇「ねじの回転」2011楽日

2011年10月16日 大阪府・豊中市のザ・カレッジ・オペラハウスにて

午後2時から、大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウスでベンジャミン・ブリテンの歌劇「ねじの回転」を再度観る。

ベンジャミン・ブリテンの歌劇「ねじの回転」。私はある理由で2階上手通路席を選択した。事前に掛けた電話ではチケットが取れるかどうかわからないとのことだったが、行ってみると、ちゃんとその席は確保されていた。

「ねじの回転」は一昨日も観たので、キャストや筋書きなどは割愛させて頂く。

一つ、前回は気づかなかったが、今日はわかったことがある。マイルズが歌う歌詞の中に「リンゴの木」というものが出てくる。前回は気に留めなかったのだが、今日は、「ああ、これはエデンの園、つまりアダムとイヴの物語だ」ということに気がつく。なぜ前回気がつくことが出来なかったかというと「アダムとイヴが食べたのはリンゴというのは間違いで実はイチジクである」という知識があったからである。知識は邪魔にならないというのは嘘である。知識が邪魔して見えるはずのものが見えなくなることもあるのだ。しかし、今日気づけたのもやはり「以前はリンゴとされていた」という知識があったからで、やはりこれも知識のお陰である。知識は役立つことも邪魔になることもある両刃の剣(もろはのつるぎ)である。

これがわかってしまうと、実はほとんどの謎が解ける。女家庭教師が「私は無垢を汚してしまった」と語るのは教育を施したという意味であり、なぜグロース夫人が亡霊を見ることが出来ないかというと、グロース夫人は教育を受けていないので、教養がある人なら見えていることが見えていないのである。

「リンゴの木」がエデンの園のことだとわかれば、この物語の主題が見えてくるが、その知識がなければ、主題は絶対に見えない。

主題は知性である。悪より悪なものは「知性」である。知性は人を利口にするが、狡猾にもさせる。荀子は性悪説をとなえ、教育によって善に向かうとしているがそれは本当だろうか? 話は変わるが、日本が日清戦争に勝利して台湾を領土にしたとき、台湾の住民に教育を与えるかどうかで、政府の意見は二分している。その時、「教育は両刃の剣」という言葉が使われたこともわかっている。

マイルズは実に頭の良い子供で、女家庭教師が秘密にしていたことも見抜いていて、鎌を掛けてくる。おそらく学校で悪さをしたことは本当で、それが退学処分に値するものであるということも、幼いのに分かっているのだろう。

女家庭教師にはそれまで亡霊が見えていたのにラストで急に亡霊の姿を見失うのは、マイルズへの「愛は盲目」状態になったからだろう。ただ、マイルズを救おうという知性は働いており、これがマイルズの思考を引き裂き、死に追いやったという可能性も考えられる。

頭の良い人は成功しやすいが、不幸にもなりやすいことがわかっている。「知らぬが仏」という諺もある。

ここで、発せられてはいないメッセージが私に届く。「さて、わかってしまったあなた、あなたはそれでいいのですか?」という言葉である。確かに知的に分析して面白いオペラではあるが、主題が分からずに「難解だけど怖かったね」という感想を持った方が遥かに楽しいはずである。

ただ、知性や教育の怖さは知ってはいる。現在では、勤勉であること真面目であることは当然ながら「善」とされている。何の疑問も持つ必要がないかのように思われるが、実は勤勉や真面目が「善」とされたのは産業革命以降のことで、教育によって民衆に教え込まれたことである。実は民衆を労働力として使うために洗脳する必要があったために生まれた価値観なのだ。
江戸時代には日本は世界に冠たる文化大国であり、浮世絵などがフランス絵画に影響を与えた(ラ・ジャポニズム)。しかし、明治以降は一気に文化後進国になってしまった。「富国強兵」が国策になったからである。江戸時代は商人に仕える丁稚でも「あそこの店の丁稚はろくな教養がない」と言われるのを主が嫌い、業務中であっても、当時の教養であった「笛や太鼓の稽古に行け」と主が丁稚に命じたほど文化が重視されたことがわかっており、歌舞伎の大向こうに陣取るのは仕事よりも歌舞伎を優先させる商家の主が多かったことが確認されている。

それが一気に変わる。文化よりも経済や軍事が優先。それが「当たり前のこと」と教育により洗脳される。戦後も、「まず経済を建て直そう」と文化は等閑視され、経済を建て直すための優秀なサラリーマンを増やすのが良いため、「良い高校から良い大学に行って、良い会社に入ること」が善いことだとされ、実際、そういう風に生きるのが一番楽である。そういう社会にしたのだから当然なのであるが、実はこれは落とし穴なのではないのか? 頭が良いことは本当に善いことなのか? それが「当たり前」と思うのは洗脳されたからではないのか? 重要なのは頭が良かったり高学歴であったり高収入であることではなく、幸せは本来は自分で見つけるべきものであることなのに、あたかも絶対的な「幸せ」があるように思い込まされて、思考を停止させていないか? 日本は経済大国であっても文化三流国なので実は先進国とは本当は見なされていないという話も聞く。

そうした考えが「ねじの回転」のように螺旋状にグルグル回りながら頭に突き刺さる。

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2017年3月17日 (金)

観劇感想精選(203) 第3回勘緑文楽劇場公演「エディット・ピアフ物語」

2017年3月5日 大阪・日本橋の国立文楽劇場にて観劇

午後4時30分から、大阪・日本橋(にっぽんばし)にある国立文楽劇場で、第3回勘緑文楽劇場公演「エディット・ピアフ物語」を観る。


勘緑文楽劇場は、元文楽協会技芸員で、現在は人形座「木偶舎(もくぐしゃ)」主宰である勘緑が人形浄瑠璃の新しい可能性を求めて、2012年1月に33年在籍した文楽座を辞して始めた新文楽である。勘緑は、現在、人形浄瑠璃とくしま座芸術監督、筑前艶恋座代表でもある。

洋服を着た人形が行う文楽を観るのは、今回が初めてである。シャンソン歌手の代名詞であるエディット・ピアフ(本名:エディット・ジョヴァンナ・ガション)の生涯を文楽で描こうという試み、文楽だけでなく、講談、シャンソン、フレンチジャズ、マジック、アクロバットなどあらゆる要素を取り入れたSHOWになっている。

講談師を務めるのは、4代目・玉田玉秀斎(たまだ・ぎょくしゅうさい)。2000年に大阪市立大学法学部を卒業後、司法浪人をしていたが、「講談師も弁護士も最後に“し”がついてるから一緒や」と旭堂南陵に言われて講談師になったという変わり種。日本語の他に英語、スウェーデン語をこなす。1993年から翌年にかけてスウェーデンへ交換留学に行っており、ストックホルムで行われたノーベル賞の授賞式にも参加しているという。昨年11月に4代目・玉田玉秀斎を襲名したばかりである。

今回の公演では、義太夫の代わりに玉田玉秀斎が全ての語りをこなす。

玉秀斎は舞台下手に陣取り、舞台上手がバンドスペースとなっている。演奏者は、川瀬眞司(ギター、音楽プロデューサー)、山本佳史(ギター)、中村尚美(ウッドベース)、かとうかなこ(クロマチックアコーディオン)、高橋誠(ヴァイオリン)。シャンソン歌手のZaZaがヴォーカリストとして参加し、パフォーマーのKAMIYAMAがマジックとパントマイム、吉田亜希がアクロバティックダンスを行う。

開演5分前に、勘緑が人形を使いながら舞台から客席に降りてくる。KAMIYAMAらパフォーマーもそれに従う。


まず、バンド陣が「シャレード」のテーマを引いてスタート。客席後方から、子供の人形が現れる。声は玉田玉秀斎が担当する。「おかーさん、もうすぐ会えるんだね! 色々歌って欲しいな」と子供は言いつつ舞台上に上がり、退場する。この人形は後にエディット・ピアフの娘、マルセルであることがわかる。

ラジオのチューニングの音が流れ、「歌手のエディット・ピアフさんが亡くなりました。享年47歳でした」と伝える。

そして、舞台上に今度現れたのはモヒカン刈の男。ピアフの父親であるルイスである。ルイスは己の惨めな境遇を全部人のせいにする。
ピアフは生まれてすぐに母親が逃げ出し、父親のルイスに育てられるのだが、ルイスも元々人間が悪く、実の娘を母親が営業する売春宿に売る。ルイスの母親も「娘を売るなんて、ろくでなし!」と言うが、結局、高値で引き取る。売春宿には仕事のしすぎでもう子供が産めない体になってしまった娼婦のティティーヌがいた。ティティーヌはピアフを実の子供のように可愛がる。ピアフが歌を覚えることが得意なのに気づいたティティーヌはピアフに歌を教える。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」などを歌った。
だが、ピアフは目を病み、視力を失ってしまう。ティティーヌは様々な薬を試すが効果はなく、後は神頼みしかなくなる。聖地に巡礼するティティーヌとピアフ。すると不思議なことにピアフの目が見えるようになった。
だが、目が見えるなら役に立つということで、ルイスが自分が経営している見世物小屋にピアフを入れようと迎えに来る。ルイスの手下役のKAMIYAMAと吉田亜希もそれに従い、人形と人間が争うという珍しい場面が演じられる。

見世物小屋の場面。KAMIYAMAがブリーフケースを使ったパントマイムを行い、その後、マジックも披露する。そして舞台上から赤い布が2枚降りてきて、吉田亜希がそれを伝って上にあがり、サーカスのようなアクロバット芸を披露する。

そして、ピアフの初舞台。ピアフは「ラ・マルセイエーズ」を歌い(歌はZaZaが担当)、大反響を呼んで、歌手、エディット・ピアフが誕生するのだった。

パリの劇場で歌ったピアフは、小柄な体から放たれる圧倒的な歌で大成功。フランス語で雀を意味する俗語の「ピアフ」の名で呼ばれるようになる。


有名ナンバーは、「パリの空の下」、「バラ色の人生」、「愛の賛歌」、「パダム・パダム」、「群衆」、「水に流して」などが歌われる。

16歳になったピアフは、プティルイという男性と結婚。女の子が生まれ、マルセルとピアフは名付ける。だが、マルセルは病に倒れ、早世してしまう。嘆くピアフ(この場面ではアコーディオン奏者のかとうかなこが舞台の中央まで進み出てクロマチックアコーディオン(ボタン式アコーディオン)を弾き、ピアフがアコーディオンにすがろうとする。その後、マルセルは天国からピアフを見つめる役をする。

戦争が始まり、ピアフはパリを占領したドイツ将校のために歌うが、それでフランス人捕虜収容所に慰問に行く権利を手に入れる。ピアフは収容所に入っては、捕虜を逃がす作戦を決行した。

戦後、ピアフはボクサーのマルセル・セルダンと出会い、恋に落ちる。「なぜあなたは悲しい歌ばかり歌うのですか?」というセルダンにピアフは「本当に悲しいからよ」と答える。だが、歌うことが自分に出来ることと考えるピアフは歌い続ける覚悟もしていた。
ピアフとセルダンは、フランス民謡「月夜(月の光に)」のメロディーに合わせて踊る。

多忙ゆえに会えなくなったピアフとセルダンであるが、ピアフがニューヨークでコンサートを行う時期に、セルダンもニューヨークでタイトルマッチを戦うことになった。
ピアフはセルダンのために「愛の賛歌」を用意して待っていたが、セルダンを乗せた飛行機が墜落。ピアフは最愛の人を失った。関係者は当日のコンサートを中止にしようとしたが、ピアフは決行を決意し、全身を振り絞るようにして「愛の賛歌」を歌う。

セルダンの死によって抜け殻のようになってしまったピアフは、酒、煙草、ドラッグに溺れ、40代とは思えないほどに老け込んでしまった。そんなある日、ピアフはテオ・サポラという青年と出会う。「みんな自分を利用して金儲けをしているだけだ」と言うピアフに、テオはピアフの歌の素晴らしさを語る。復活したピアフはオランピア劇場でコンサートを行い、大成功。1時間半の本編が終わった後で、ピアフはアンコールとして「水に流して」を歌うのだった。

ピアフが亡くなり、ピアフの霊はマルセルの霊と再会する。ZaZaの「愛の賛歌」日本語版が歌われて劇は終わる。


大竹しのぶが舞台「ピアフ」にライフワークのように取り組んでおり、遂には紅白歌合戦にまで出場してしまったということで、観に来ていたおばあちゃんの多くが、「大竹しのぶ」の名を口にしていた。勘緑が終演後に、「勘緑文楽劇場公演は3回目にしてようやく満員になった」と言っていたが、多分、大竹しのぶ効果はあったと思われる。

人形と人形とがダンスを踊ったり、セリが頻繁に使われたり(「これでもか」というほど高くせり上がる場面もある)、回り舞台まで使うなど、国立文楽劇場で出来ることは全てやったという感じである。
構想から今日の舞台まで5年掛かったというが、まあ、色々な要素を取り入れているので時間は掛かるだろう。
木偶舎の座員は、全員、勘緑から「緑」の字を貰っているが、12人中10人が女性という、浄瑠璃上演集団としてはかなり異色のグループである。この後、木偶舎は、東北地方支援公演に向かうという。

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2017年3月16日 (木)

2346月日(1) 「JUNPA設立5周年記念国際詩祭」@ロームシアター京都ノースホール

2017年2月14日 ロームシアター京都ノースホールにて
 
午後2時から、ロームシアター京都ノースホールで、「JUNPA設立5周年記念国際詩祭」に参加する。メインホールやサウスホールには何度も来ているロームシアター京都だが、ノースホールには入るのは初めてである。実は、一度、ノースホールで行われるマレーシアの演劇を観る予定があり、チケットを取ってロームシアター京都まで行ったのだが、痰が喉に絡まって仕方なく、上演中に「ウンウン」やるわけにもいかないし、集中力も持続しないし、というわけで諦めている。

ノースホールはロームシアター京都の地下2階にあるブラックボックス状の空間である。
JUNPAというのは、日本国際詩人協会の略。2014年に京都で設立されている。委員長は上村多恵子。

ベルギー生まれで現在はスペイン在住のジャーメイン・ドルーゲンブロート、日本国際詩人協会創立者の有馬敲(ありま・たかし。今日は体調不良を押しての参加だそうである)、イタリアの詩人であるダンテ・マッフィア、日本国際詩人協会変種顧問の村田辰夫、フランス人の哲学者で詩人であるイグ・ラブリュス、イタリアの詩人で「コモ詩の館」館長でもあるラウラ・ガラヴァリア、日本国際詩人協会代表のすみくらまりこ、2013年の日本国際詩人協会最優秀賞を受賞した下田喜久美、更に新進詩人であるタニウチヒロシ、加納由将、浜田千秋の3人が参加する。京都には来ていないがイタリアの詩人のドナテッラ・ビズッティの作品も読まれた。また、アイルランド出身のガブリエル・ローゼンストックは体調不良のために不参加で、ジャーメイン・ドルーゲンブロートが詩を代読した。

まず、上村多恵子による開会の挨拶。自然災害や国際紛争、SNSの普及による情報の洪水の中にあって、「言葉で世界とどう切り結ぶか」を模索したい旨を述べる。

続いて、特別後援である関西・大阪21世紀協会の理事長・堀井良殷(ほりい・よしたね)の挨拶。奈良に住んでいるということで、柿本人麻呂の「敷島の倭(やまと)の国は言霊の佐(たす)くる国ぞ真幸(まさき)くあれこそ」と紀貫之の筆による『古今和歌集』の仮名序「やまとうたは人の心を種として万の言の葉とぞなりにける」を紹介し、日本の詩の元をたどる。
ちなみに、『古今和歌集』の仮名序には「(やまとうたは)天地(あめつち)をも動かし」という言葉があるのだが、江戸時代にこれに対して詠まれた宿屋飯盛の「歌よみは下手こそよけれ天地の動き出してたまるものかは」という狂歌が有名であり、私などはこの狂歌が頭に浮かんでしまった。

読まれるテキスト(京都だけのものではなく、関西各地で行われるABCD4つのプログラム用の作品全てを収録)は日本語版と英語版が共に1000円で売られている。対訳本はないようである。

山田啓二京都府知事は参加されなかったが、代わりに山田府知事夫人(流石、府知事夫人というか、かなり綺麗な方である)が参加し、JUNPAへの祝辞を述べる。
門川大作京都市長からも祝電が届いた。


現代詩の朗読であるが、私も詩は一応専門であるため(そもそも私は高校時代に田村隆一の後輩になりたくて進学先を選んでおり、詩に関しては早熟であった)、おおよその内容は分かる。100%分かるということはないが、そもそも作者ですら100%理解出来ているわけではない。100%分かる詩というのはつまらない詩である。

第一部 詩の朗読 「時の二重奏」「存の二重奏」では、ジャーメイン・ドルーゲンブロートが英語で自作を朗読した後、武西良和が日本語訳のテキストを読み上げた。
有馬敲の詩も武西良和が朗読。その後、ダンテ・マッフィアの詩を稲葉妙恵が日本語朗読した。「滝の二重奏」では、先に書いたとおり、体調不良で欠席のガブリエル・ローゼンストックの詩はジャーメイン・ドルーゲンブロートが英語で代読した。その訳詞はすみくらまりこが朗読。そして村田辰夫の詩は村田本人が朗読。村田は日本語で朗読した後で英訳したテキストも読み上げた。


休憩を挟み、音楽会が行われる。未来へ贈る歌 創作童謡の会「黄金(おうごん)のあみ」ミニコンサート。ノースホールには四方にテラスがあるのだが、曲ごとにテラスに青や赤、オレンジなど電飾が点る演出があった。
黄金のあみは、大阪音楽大学の教員と日本国際詩人協会の協働によって生まれた創作童謡を発表していく会である。
今日の演目は、「ちいさなちきゅう」(詩:有馬敲、作曲:中澤道子)、「影子の楽しいハロウィンナイト」(詩:すみくらまりこ、作曲:中澤道子)、「実がころろ」(詩:上村多恵子、作曲:岡田正昭)、「わたしたちのオーロラ」(詩:ラウラ・ガラヴァリア、作曲:南川弥生)、「宇宙の蝶」(詩:下田喜久実、作曲:南川弥生)の5曲。

ピアノは全曲、織部温子が担当。「ちいさなちきゅう」と「実がころろ」は谷口耕平(テノール)が歌い、「影子の楽しいハロウィン」、「わたしたちのオーロラ」と「宇宙の蝶」は堀口梨絵(ソプラノ)が歌い上げる。「わたしたちのオーロラ」と「宇宙の蝶」では、平田英治のサキソフォンが加わった。
中澤道子の作風は一番童謡的。「影子のハロウィンナイト」はNHK「みんなのうた」に出てきそうな曲である。
南川弥生(みなみかわ・みお。「やよい」ではない)の作風は現代音楽の影響も受けており、ピアノやサキソフォンが不協和音も奏でていた。

ノースホールは音響設計はされていないはずである。この広さで残響があったらうるさくなってしまう。


続いて第二部 詩の朗読。「命の二重奏」として、ドナテッラ・ビズッティの「誘惑」という短編詩を上村多恵子が日本語訳を朗読し、ラウラ・ガラヴァリアが英語で朗読した。

「海の二重奏」では、イグ・ラブリュスが、自作をフランス語で朗読。タニウチヒロシが日本語訳と2016年に亡くなった飛鳥聖羅の詩を朗読した。イグ・ラブリュスの作品には飛鳥聖羅への追悼詩が含まれていた。

「星の二重奏」では、ラウラ・ガラヴァリアと下田喜久美が自作を朗読。

ラストは新人賞過去受賞者の朗読。
タニウチヒロシが自作を朗読。その後、加納由将がステージに上がるが、加納は車椅子の上に心身不自由ということで、浜田千秋とタニウチヒロシが加納の作品を朗読し、加納は自作を英語でなんとか読み上げた。浜田千秋の革命を題材にした詩で、詩の朗読は終わる。


上村多恵子が国際詩祭京都会場プログラムが無事終了したことの謝辞を述べ、最後は、ジャーメイン・ドルーゲンブロートが挨拶し、「タエコに日本のハイクのように短い挨拶をするよう言われている」と冗談を言った後で、「美しい京都」「素晴らしい聴衆」と賛辞を贈った上で、「ありがとうございました」と日本語で言って締めた。

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2017年3月13日 (月)

コンサートの記(281) 爆クラ!presents「ジェフ・ミルズ×東京フィルハーモニー交響楽団×アンドレア・バッティストーニ クラシック体感系Ⅱ -宇宙と時間編-」

2017年2月22日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、爆クラ!presents「ジェフ・ミルズ×東京フィルハーモニー交響楽団×アンドレア・バッティストーニ クラシック体感系Ⅱ -宇宙と時間編-」というコンサートを聴く。

東京フィルハーニー交響楽団首席指揮者を務めるアンドレア・バッティストーニは主要指揮者としては現役最年少。1987年生まれでまだ誕生日を迎えていないため29歳という若い指揮者である。「ロミオとジュリエット」の舞台として有名なイタリア・ヴェローナ出身。2015年4月より東京フィルハーモニー交響楽団の首席客演指揮者に抜擢され、2016年10月に同楽団の首席指揮者に就任している。東フィルとのCDの他、パルマ・レッジョ劇場でのオペラ「ファルスタッフ」の映像が出ており、2017年3月にはRAI国立交響楽団を指揮したチャイコフスキーの交響曲第5番のCDがリリースされる予定。キャッチフレーズは「未来のトスカニーニ」である。
現役最高齢主要指揮者であるスタニスラフ・スクロヴァチェフスキの訃報を聞いた日に、現役最年少主要指揮者の演奏会を聴くというのは何かの因縁なのかどうか。

米・デトロイト出身で、パリとマイアミを本拠地とする、DJ、ミュージシャンのジェフ・ミルズがクラシック音楽用に書いた曲の日本初演と、現代音楽の演奏が行われる。

曲目は、ジョン・アダムスの「Short Ride in a Fast Machine」、ドビュッシーの「月の光」の管弦楽編曲、リゲティの「ポエム・サンフォニック(100台のメトロノームのための)」、黛敏郎の「BUGAKU(舞楽)」より第二部、ジェフ・ミルズの「The Bells」、20分の休憩を挟んで、上演時間約1時間というジェフ・ミルズの大曲「Planets」


フェスティバルホールで初めて聴いたオーケストラが東京フィルハーモニー交響楽団だったと思うが(純粋なクラシック音楽演奏会ではなく、「坂本龍一 プレイング・ジ・オーケストラ」)、東京フィルは昔から、セミクラシックや新曲の演奏会などによく出演する。NHKとのパイプがあるため、名曲アルバムや他のNHKの番組でも劇伴演奏を行ったりしているのだが、新星日本交響楽団を吸収合併して後は、編成が倍になったということもあり、かつてのレニングラード・フィルハーモニー交響楽団のように別働隊として同日に別の場所で演奏することも可能である(約半分のメンバーは、東京で指揮者のミハイル・プレトニョフと共に別の公演のリハーサルを行っているようである)。
ポピュラーでの演奏が多いということは、フェスティバルホールのような大型ホールでの経験も豊富ということで、上手く鳴っていたように思う。またバッティストーニはオーケストラを鳴らす術に長けており、バランス感覚も優秀である。


まずは、ジョン・アダムスの「Short Ride in a Fast Machine」。ミニマル・ミュージックである。切れ味鋭い爽快な音楽。バッティストーニは若いだけに機敏な動きによる指揮を行う。ただ、若さに任せて音を振り回すという感じはほとんどせず、丁寧な仕上がりが印象的である。


爆クラ!プロデューサーの湯山玲子がマイク片手に登場し、「爆クラ!」と楽曲について紹介する。湯山は日本のホールの中ではフェスティバルホールの響きが一番好きだそうである。湯山が「爆クラ!」の企画を思いついたのは、ニューヨークのクラブにいた時だそうで、クラブで流れていたグルーブなミュージックが、クラシックのミニマルミュージックと相性が良いのではないかという発想が浮かんだそうである。現在では東京・代官山の〈晴れたら空に豆まいて〉というライブハウスを本拠地に、月1ペースで爆クラ!の公演を行っているという。これまでのゲストには、坂本龍一、冨田勲、岡村靖幸、島田雅彦、西本智実、岩井俊二、菊地成孔、小西康陽、コシミハルらが名を連ねている。

湯山は、ジョン・アダムズの「Short Ride in a Fast Machine」について、「『湘南爆走族』のような、もっと笑いが来るかと思ったんですけど。あるいは『ビー・バップ・ハイスクール』のような」と語り、「ジョン・アダムスが高級スーパーカーに試乗して、気分が良いんだか悪いんだか分からなくなった状況を作曲したもの」と解説する。

「月の光」。今回はフィラデルフィア管弦楽団のライブラリアンの方による編曲だそうである。

リゲティの「ポエム・サンフォニック(100台のメトロノームのための)」。爆クラ!では毎回、聴く者を驚嘆させるような音楽を演奏するそうで、ジョン・ケージの「4分33秒」もやったことがあるという。リゲティの音楽がどのようなものなのかは聴いてお楽しみとのこと。

黛敏郎の「BUGAKU(舞楽)」より第二部。以前から、黛の涅槃交響曲をやってみたいという希望を湯山は持っていたそうである。黛は鐘の音を解析して、それをオーケストラに置き換えて演奏させ、初演は大成功している。
なお、小野光子の『武満徹 ある作曲家の肖像』(音楽之友社)によると、武満は黛からピアノを借りたお礼に、天台声明の譜面と音源を渡したそうで、武満によると「それであの人(黛)はね、《涅槃交響曲》を書いたんです、と思いますよ。僕の記憶に間違いがなければ(笑)」だそうである。


ドビュッシーの「月の光」。まずクラリネットが主題を奏で、それが弦楽へと移り、フルートに受け渡されてラストを迎える。ハープの使い方も効果的。非常に美しいオーケストラ編曲である。


リゲティの「ポエム・サンフォニック(100台のメトロノームのための)」。バッティストーニがメトロノームを持って登場。譜面台の上に置いて、楽団員に促すと、全員が椅子の下からメトロノームを取り出し、いっせいに鳴らし始める。最初はテンポはバラバラで、ガタガタいう音が間断なく続く。雨音のようにも聞こえるが、私は昔の映写機がカタカタいう音を連想した。バッティストーニはずっと腕組みをして待機している。やがて、譜面台の上にあるものからテンポが離れたメトロノームから先に電気が落ちてゆき、拍子は「カツカツ」という二拍子に近くなる。指揮台の上を同じテンポのメトロノームだけが残り、やがてそれらも止まって譜面台上のものだけが生き続ける。譜面台上のメトロノームも息絶えて曲は終わる。

ホワイエでは、演奏で使われたセイコーインスツル株式会社製のメトロノームが売られていた。


黛敏郎の「BUGAKU(舞楽)」より第二部。「雅楽をオーケストラ用に置き換えたクラシック音楽」として真っ先に思い浮かぶのがこの「BUGAKU」である。木管や弦が笙や篳篥の響きを模し、フルートが龍笛のように鳴り渡る。
バッティストーニはダイナミックな音楽を東フィルから引き出す。「BUGAKU」を日本人以外の指揮者で聴くのは録音も含めて初めてだが、音楽は国境や言葉の違いを超えて指揮者にも聴衆にも届くのだということがわかる。


ジェフ・ミルズの「The Bells」。作曲者であるジェフ・ミルズがステージ上に呼ばれ、湯山からのインタビューを受ける。通訳が湯山のいうことを上手く伝えられなかったようだが、ミルズは、「まずエレキ音で全曲を作ってからオーケストラに置き換えます」と言っていた。バッティストーニはジェフ・ミルズの音楽について、「ポピュラーやジャズのミュージシャンがクラシック音楽に挑戦した場合、素人っぽいものになりやすいんですけど、この曲は大変充実した作品だと思います」と述べる。

その「The Bells」。まずチューブラーベルズが鳴らされるのだが、その後、ジェフ・ミルズ(ステージ上手端に陣取る)のDJが入り、ノリノリのダンス音楽が始まる。舞台の両端ではミラーボールが回り、ダンサブルな雰囲気を作っていた。


メインのジェフ・ミルズの「Planets」。演奏開始前に湯山玲子が登場し、「オランダのアムステルダム・コンサルトヘボウでのこの曲の演奏も聴いたのですが、さっきリハーサルでチェックした限りではフェスティバルホールの方が上です」と断言する。世界三大コンサートホールの一つであるアムステルダム・コンセルトヘボウであるがクラシック専用であるため、今日の電子音の大きさだと、壁や天井などが軋んでしまうだろう。フェスティバルホールはポピュラー対応なのでその点は万全である。

ジェフ・ミルズはやはり舞台上手でDJを行う。

ダンサブルなミニマルミュージックであるが、「The Bells」よりは描写的な音楽である。ホルストの組曲「惑星」とは違い、具体的にどこかの星を描いているということはなく、あたかも宇宙衛星から眺めた惑星群の印象を音にまとめているかのような趣が感じられる。曲が進むにつれて照明も赤からオレンジ、緑、青へと変わっていく。

途中で金管奏者達が集団で下手へと退場。続いて、フルート奏者とバスクラリネット奏者も下手へとはけていく。彼らは客席に現れ、バンダとして演奏する。

金管奏者達がバンダの役目を終えてステージへと戻ったところで、バッティストーニは指揮棒を譜面台に起き、片手または両手で数字を示して演奏させる。何らかの特殊奏法の指示であるのは確かだが、具体的にどう違うのかまではわからなかった。

変拍子の多い曲であるが、ラストは3拍子系から4拍子系という馴染みのあるリズムへと戻って終わる。

バッティストーニの指揮はジャンプを繰り出すなど、躍動感溢れるものだったが、強引な音運びは行わず、最後まで端正な造形美を守った。
良い曲ではあるが、もう一度聴きたいかというとそうでもないような。面白かったのだが記憶には残りにくい。


考えてみれば、黒人の作曲したフルオーケストラのための作品を聴くのは、今日が生まれて初めてなのだった。

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2017年2月12日 (日)

これまでに観た映画より(85) 「戦場のピアニスト」

DVDで、ロマン・ポランスキー監督作品「戦場のピアニスト」を観る。フランス、ポーランド、ドイツ、イギリス合作映画。

実在のピアニストであるウラディスワフ・シュピルマンの戦中体験記を映画化した作品である。

1939年9月のワルシャワ。9月1日に、ナチス・ドイツはポーランドに何の布告もなく進軍する。
ウラディクという愛称で呼ばれていたユダヤ系ポーランド人ピアニストのウラディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はワルシャワの放送局で、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)を弾いていた。ラジオによる生中継である。しかし、演奏中に放送局はドイツ軍によって砲撃され、ウラディクも放送局から逃げ出さざるを得なくなる。
その時、ウラディクは、自分のファンだというドロタという若い女性(エミリア・フォックス)と出会う。ドロタはウラディクの友人であるユーレクの妹であった。ドロタは音大でチェロを学び、チェリストになりたいという夢を持っている。

ポーランド人もナチスに協力的であり、ウラディクがドロタと一緒に行った喫茶店には「ユダヤ人お断り」と書かれていた。ユダヤ人は公園に入ることが出来ず、ベンチに腰掛けることも出来ない。

状況は日増しに厳しくなる。ユダヤ人は所持できる金を制限され、ダビデの星のついた腕章をつけることを強要され、ついには居住区に強制移住させられる。居住区と他の地域は煉瓦の壁で仕切られ、ゲットーとなった。
ウラディク達が強制収容所に送られる日が来る。友人でユダヤ人警察の署長となったヘラー(ロイ・スマイルズ)によって、ウラディクはワルシャワに残ることが出来たが、家族は貨物車に詰め込まれ、死出の旅へと出かけていった。

ワルシャワでの強制労働生活を送るウラディク。だが、密かに拳銃などの武器を仕入れ、まだゲットーに潜んでいるユダヤ人達にドイツ兵に見つからないよう投げ送る。

労働している時に、知り合いの歌手・ヤニナ(ルース・プラット)と俳優のアンジェイ(ロナン・ヴィバート)の親切なポーランド人夫婦を見かけたウラディクは脱走し、彼らを頼ることになる。しかし、状況は更に悪化。ウラディクは、ヤニナの夫・アンジェイが逃げ場所として教えてくれたある家を頼る。そこにいたのはドロタであった……。

ユダヤ人というだけで、人間の権利が取り上げられるという。凄惨な歴史を描いた映画である。ユダヤ人達は、ドイツ兵達に無作為に選ばれて意味なく射殺される。ウラディクも「大晦日のお祝いだ」としてドイツ兵に殴られる。ナチスの手下達に取っては、ユダヤ人は虫けら以下の存在なのだ。

酸鼻を極めるワルシャワで、音楽だけがウラディクの救いとなるのだが、「音を立てたら危ない」ということで、アップライトのピアノがある家にいるにも関わらず、鍵盤に触れることは出来ず、鍵盤の上でエアピアノを奏でるしかない。

ワルシャワ蜂起などにより廃墟と化していくワルシャワの街。
やがて、ピアノがウラディクを救う日が来るのだが……。

人種が違うというだけで、低劣な存在とみなすという行為は、残念ながら現在進行形で行われている。人種差別だけではなく、「異なる」というだけで、人は人を貶め、自己満足に浸ろうとする。
そこには決定的に想像力が欠如している。

ポーランドの国民的作曲家であるショパンの音楽がキーになっているが、ポーランドは中世には強国だったものの、以後は何度も侵略されており、ショパンもまた11月蜂起計画に荷担したという疑いがあり、二十歳の時にポーランドを離れ、ウィーンへ。そして父親の祖国であるフランスのパリにたどり着き、生涯、祖国であるポーランドに帰ることはなかった。
ショパンの悲しみはポーランドの悲しみであり、心そのものを描くことの出来る唯一の芸術である音楽が、この映画でも観る者の胸に痛いほどに染み込んでくる。

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