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2018年10月18日 (木)

観劇感想精選(260) アルテ・エ・サルーテ 「マラー/サド」@クリエート浜松

2018年10月11日 浜松市のクリート浜松 ホールにて観劇

午後5時30分から、クリエート浜松のホールで、アルテ・エ・サルーテの「マラー/サド(原題は「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院の患者たちによって演じられらジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」)」を観る。フランス革命時のジャコバン派首領であるジャン=ポール・マラーと、サディズムの語源として知られ、後世に多大な影響を与えたマルキ・ド・サド(サド侯爵)を軸にした芝居である。

アルテ・エ・サルーテは、浜松市の音楽文化交流都市であるイタリア・ボローニャに拠点を置く非営利協会。エミリア・ロマーニャ州立地域保健機構ボローニャ精神保険局の精神障害者80名以上が通っており、そのうち41名がプロの俳優として、散文劇団(コンパニィア・ディ・プローザ、児童向け劇団(コンパニィア・ディ・テアトロ・ラガッツィ)、人形劇団(テアトロ・ディ・フィーグラ)、精神を題材とした放送局であるサイコラジオに所属している。
今回来日したのは散文劇団のメンバーである。2000年の創設で、ボローニャに本拠を置く劇団としては最古参になるという。

イタリアからはエミリア・ロマーニャ州の州知事代理やアルテ・エ・サルーテの主治医が同行しており、上演前にスピーチを行う。イタリア語通訳の方が頼りなく、州知事代理の方が遠州方言である「やらまいか」を観客達とやりたいと申し出るも上手く通じる、バラバラになってしまう。スタッフも演劇上演には明らかに慣れていないが、地方都市であるだけにこれは仕方がない。

今回の浜松上演は、静岡文化芸術大学の名誉教授&理事で、イタリア語・イタリア演劇を専門とする高田和文の招聘によって実現したものであり、高田氏が真っ先にスピーチを行った。

舞台後方の白い壁には、「じゆう」「障害はあるけど奴隷じゃない!」「革命しよう 拘束反対」「自由 平等 友愛」「マラー万歳!」といった言葉が赤と青の文字で記されている。


「マラー/サド」。作:ペーター・ヴァイス。脚色・演出:ナンニ・ガレッラ。オリジナル音楽:サヴェルオ・ヴィータ。制作はエミリア・ロマーニャ演劇財団、NPOアルテ・エ・サルーテ、エミリア・ロマーニャ州立ボローニャ地域保健連合機構精神保険局。
1964年に初演が行われたドイツ演劇作品で、1967年にはピーター・ブルックによって映画化されている。

イタリアには1978年まで精神科の閉鎖病棟があり、多くの人がそこに強制入院させられていたが、今ではそうした押し込め型の精神病院はなくなっているという。


シャラントン精神病院に収監されたマルキ・ド・サド(演出であるナンニ・ガレッラが演じている)が、患者達を使ってマラーの人生を描いた芝居を上演する模様を上演するいう劇中劇の入れ子構造になっている。

出演は、布告役(口上役。劇中劇では窃盗罪と境界例があるという設定):ミルコ・ナンニ、サド侯爵(ここには殺人の罪で入っている。偏執狂の持ち主):ナンニ・ガレッラ、ジャン=ポール・マラー(過激派、妄想型統合失調症):モリーノ・リモンディ、シャルロット・コルデー(嬰児殺人罪、躁鬱病、ナルコレプシー):ロベルタ・ディステファノ、シモンヌ・エヴラール(家庭虐待、ヒステリー):パメラ・ジャンナージ、デュペレ(強制性交等、錯乱性色情症):ロベルト・リジィ、ジャンヌ・ルー(破壊行為、誇大妄想症虚言癖):ルーチォ・パラッツィ、ロッシニュール(売春、強迫性窃盗症):イレーオ・マッツェティ、キュキュリュキュ(放火魔):増川ねてる 、ポルポック(麻薬密売、強迫症):デボラ・クインタバッレ、ココル(麻薬常用、境界例):ルカ・ファルミーカ、患者1(殺人により強制措置):ファビオ・モリナーリ、患者2:ニコラ・ベルティ、女医(医院長):マリア・ローザ・ラットーニ、看護士:ロレッタ・ベッキエッティ&カテリーナ・トロッタ、看守:ダビデ・カポンチェッリ。


まず、医院長からの挨拶で芝居が始まる。舞台は鉄格子の向こうであるが、医院長だけは客席側に出て、芝居を観る(これも演技の内)ことが出来る。クリエート浜松ではなく、シャラントン精神病院での院内上演という設定で、観に来ているのも同じ入院患者として劇の紹介を行う。

フランス革命直後のフランス。貴族階級が否定され、この世の春を謳歌していた貴族達は次々とギロチン送りにされている。庶民達は自分達の時代を築こうとしているが、そちらの方は順調には進んでいない。血気盛んな庶民達は自由を望み、決起を、というところで医院長からストップが掛かる。「熱くなりすぎる! もっと冷静に」との注文を受けて芝居再開。

多数の貴族をギロチン送りにしているマラー。だが重度の皮膚病に苦しみ、症状を和らげるために常に浴槽に水を張って浸かっていないと症状が悪化してしまう。身の回りのことは家政婦のシモンヌに全て任せていた。
理想に燃えるマラーであるが、浴槽に幽閉されたような状態である。

パリに出てきたばかりのカーン出身の少女がマラーの命を狙っている。シャルロット・コルデー。後に「暗殺の天使」として世界に知られることになる下級貴族出身のこの女性も閉鎖的な修道院から出たばかりで、自由と理想を追求していた。
ちなみにコルデー役の女優さんが一番症状が重いという設定であり、常に眠気に襲われている上に重篤な鬱状態ということで、自分の出番が来るまでは看護士の膝を枕にして眠っている。
シャルロットは1日に3度、マラーを訪問し、3度目に刺し殺すのであるが、気が昂ぶったシャルロッテは最初の訪問でいきなりマラーを殺そうとしてサドから注意を受ける。

反体制派のマラーと貴族階級出身のサドの意見は対立する。このマラーとサドのディベートが一つの軸になっている。
サドは自然を嫌う。自然は偉大なる傍観者、弱者が滅びるのを観察しているだけ。あたかも「沈黙の神」に対するかのような姿勢だ。一方のマラーは自然がもたらすことには意味があり、それを超克したいという希望がある(西洋においては自然の対語が芸術である)。

マラーは急速に革命を推し進めようとするが、サドに革命が起こっても何も変わっていないと指摘される。下層階級は革命の前も後も苦しみのただ中にいると。

マラーを支持する下層階級のグループは自分達の改革の邪魔になりそうな人物の名を挙げて、血祭りに上げようと騒ぐ。ラファイエットやビュゾー、ロベスピエールの名が挙がるが、そのうちに医院長や医師の名前が挙がったため医院長に芝居を止められる。そもそもカットされたはずの部分が上演されてしまっていたらしい。

マラーは貴族階級を憎み、下層階級に与えられた苦しみに比べれば、貴族階級の苦悩などまだまだ浅いと考えており……。

音楽が流れ、歌い、隊列を作って行進しと様々な要素を取り入れた芝居である。
イタリアでは1978年にバザーリア法により精神病院と閉鎖病棟の制度は廃止されたが、日本では精神障害者のうち重度の患者は何十年にも渡って精神病院に閉じ込められているという現実がある。そこに精神障害者の自由はない。
登場人物の多くも幽閉されている。現実の精神病院にだけではなく、あるいは病気に、あるいは階級に、あるいは年齢に、あるいは修道院に代表される宗教に。

芝居は、コルデーが意識の解放を遂げた後で、フランス国歌にしてフランス革命歌「ラ・マルセイエーズ」を全員で歌って終わる。「marchons,marchons(進め! 進め!)」の部分を「マラー、マラー」に変えられ、その後の歌詞もマラーへの応援歌となり、「障害はあるけど奴隷じゃない!」と希望を望む言葉で締めくくられる。

最後は、「ラ・マルセイエーズ」をファンファーレとして使用したビートルズの「愛こそはすべて(All you need is love)」が流れる中を出演者が踊って大いに盛り上がる。
「自由」そして「解放」を訴える芝居だけあって、革命期の高揚を伴う展開に説得力があり、病気や環境によって真に抑圧されてきた経験のある俳優が演じているだけあってオーバーラップの効果は大変なものである。
ラストの選曲も実に上手かった。


芝居の上演の後に、ティーチインのようなものがあり、浜松市内のみならず日本全国から集まった当事者、医療関係者によって様々な質問がなされ、演出家のナンニ・ガレッラや劇団員達が答えていた。


精神障害者が精神障害から完全に抜け出る日は、あるいは来ないのかも知れない。来るとしてもまだまだ先なのかも知れない。ただ、演じることで苦しみのある現実から一瞬でも抜け出すことは可能であるように思われる。自分ではない他者として生きる経験を持つということ。この点において演劇は有効だ。



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2018年9月29日 (土)

コンサートの記(431) NHKスペシャル 映像の世紀コンサート@フェスティバルホール

2018年9月17日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後3時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、NHKスペシャル 映像の世紀コンサートを聴く。音楽&ピアノ:加古隆、岩村力指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏。ナレーションを元NHKアナウンス室長の山根基世が受け持つ。

1990年代に放送され、大反響を呼んだNHKスペシャル「映像の世紀」。21世紀に入ってからは「新・映像の世紀」も制作され、2016年3月に放送を終えている。「映像の世紀」では加古隆の音楽も話題になったが、加古の音楽と番組からのダイジェスト映像で行われるコンサートである。

ホール上方に巨大スクリーンが下がり、そこに映像が投影される。映像は、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリス、ロシアのテレビ局とNHKが制作したものである。

加古隆は大阪府出身である。府立豊中高校を経て、東京藝術大学音楽学部および大学院作曲研究室を修了。三善晃らに師事した。その後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院でオリヴィエ・メシアンに作曲を師事。パリで現代音楽を学ぶと同時にフリージャズのピアニストとしてもデビューしている。1976年に高等音楽院を最高位で卒業して帰国。以後は映画音楽を始めとする映像音楽を中心に作曲活動を行っている。

指揮の岩村力は、早稲田大学理工学部電子通信学科卒業後に桐朋学園大学音楽学部演奏学科に入学。マスタープレイヤーズ指揮者コンクール優勝後、2000年から2007年までNHK交響楽団のアシスタントコンダクターを務め、現在は兵庫芸術文化センター管弦楽団のレジデント・コンダクターでもある。

今日の大阪フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターは崔文洙。

プログラムは、「パリは燃えているか」のショートバージョン(ピアノオクターブ上げての演奏がないもの)に始まり、第1部から第7部に分けられた映像と音楽の饗宴が繰り広げられる。

第1部「映像の始まり」では、リュミエール兄弟の映画の発明に始まれ、ロシア、オーストリア、大英帝国などの王室の映像が流れる。大津事件で知られ、後に殺害されることになるニコライⅡ世の姿も映っている。演奏されるのは「時の刻印」「シネマトグラフ」「はるかなる王宮」

第2部「第一次世界大戦」。世界で初めて全編が映像に収められた戦争である。その時代の若者は、戦争にロマンティックな幻想を抱いており、進んで募兵に応じたそうだが、映像は戦争の現実を冷徹にとらえており、多くの人々が戦場のリアルに気づいたとされる。
演奏されるのは「神のパッサカリア」「最後の海戦 パート1、2」「パリは燃えているか」

第3部「ヒトラーの野望」。大戦による景気の回復により、アメリカは黄金の20年代を迎える。一方、ドイツは敗戦から立ち直れなかったが、そこにアドルフ・ヒトラーという男が登場。ドイツ経済を好転させ、90%という高い支持率を得る。ドイツ国外でもその手腕は高く評価されたが、ヒトラーの野望にはまだ多くの人が気づいていなかった。
1929年10月24日、のちに「暗黒の木曜日」と称されるこの日に世界恐慌が発生。世界情勢がめまぐるしく変わる中で、ヒトラー率いるナチスドイツは1938年にヒトラーの祖国でもあるオーストリアを併合。翌39年にポーランドへ侵攻し、英国がこれに宣戦を布告。当初は中立の立場にあったアメリカも1941年12月8日に日本の真珠湾攻撃を受けて参戦する。

休憩後、加古隆のピアノ・ソロによる「パリは燃えているか」が演奏されてから第4部に入る。
第4部「第二次世界大戦」。演奏されるのは「大いなるもの東方より」「最後の海戦 パート2」「神のパッサカリア」「狂気の影」。ナチスドイツのソビエト戦、そしてアメリカが撮影した日本の神風特攻隊の映像からカラーに変わる。

第5部「冷戦時代」。ジョン・F・ケネディ米国大統領、ソ連のニキータ・フルシチョフ書記長、チューバのフィデル・カストロ議長らによるキューバ危機があり、核戦争への恐怖が人々の心を波立たせる。演奏は「パリは燃えているか」「シネマトグラフ」「最後の海戦 パート1」「黒い霧」。核実験は当時は健康被害はないという嘘の報道がなされ、それを信じた人々が間近で核実験の見物を行ったりしている。

第6部「ベトナム戦争、若者達の反乱」。アメリカはアジアの共産化を恐れ、当時南北に分かれていたベトナムに介入。共産国である北ベトナムへの攻撃(北爆)を開始、米ソの代理戦争が始まった。当初はベトナムで行われているのは戦争ではないとしていたが、戦況悪化により多くのアメリカの若者がベトナムに兵士として派遣されるようになり、国際的にも問題視されるようになる。ベトナムではスパイ掃討のために民家を燃やしたり無差別虐殺
行うといった蛮行が現地民の怒りを買って戦況は泥沼化。結果として南ベトナムの首都サイゴンが陥落し、アメリカは史上初の敗戦を喫することになる。アメリカの蛮行に怒ったのはベトナム人だけではなく、アメリカ国内を始め、イギリス、フランス、ドイツ、日本などで若者達による反戦運動が繰り広げられ、ヒッピームーヴメントを始めとするカウンターカルチャーを生んだ。
1969年、アポロ11号が月面に着陸。月から見た地球には国境はなく、憤りの声も届いてこない。ただ青と白の二つがあるだけである。
演奏されたのは、「パリは燃えているか」、「ザ・サード・ワールド」「睡蓮のアトリエ」。元々はクロード・モネが映った映像のために書かれた「睡蓮のアトリエ」であるが、ここでは地球の姿が睡蓮に例えられている。

第7部「現代の悲劇、未来への希望」。9.11、フランスでの自爆テロなど21世紀に入ってからの悲劇の映像が流れる。だが、宗教や人種、思想を超えた人類としての愛を追い求める人々も存在している。
「愛と憎しみの果てに」が演奏される。

ラストは「パリは燃えているか」のフルバージョンである。歴史を彩った有名人達の姿と、名もなき人々の笑顔を見ることが出来る。

朝比奈隆の時代には不器用なオーケストラというイメージがあった大阪フィルハーモニー交響楽団であるが、今はアンサンブルの精度も表現力も上がり、持ち前のコクとまろやかさのある音を生かした味わい深い演奏を行う。岩村力の指揮も的確なスケールのフォルムを描くことに長けており、ハイレベルな音楽作りに貢献している。加古隆のピアノもフランス的な色彩に溢れており、上質である。

アンコールとして、加古隆のピアノ・ソロによる「黄昏のワルツ」が演奏された。


 

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2018年9月24日 (月)

2346月日(2) KYOTO CMEX10周年記念講演会 角川歴彦&荒俣宏

2018年9月14日 ホテルグランヴィア京都・古今(こきん)の間にて

午後3時30分から、京都駅ビルの一角を占めるホテルグランヴィア京都で、京都商工会議所主催のKYOTO CMEX10周年記念講演会に参加する。
KADOKAWAの取締役会長である角川歴彦と作家の荒俣宏の講演がある。

角川歴彦の講演は、「コンテンツの価値の劇的変化」と題されたものである。

21世紀に入ったばかりの頃、角川は当時のマイクロソフトの社長から「4スクリーンのイノベーションが起こる」と聞かされる。当時はなんのことか想像出来なかったそうだが、スマートフォン、パソコン、ダブレット、テレビの4つのスクリーンにより革命のことで、今ではこれらは定着した。当時はまだスマートフォンやタブレットは存在しない頃で、マイクロソフト社はその頃からそれらの登場を予見していたことになる。

これら4つのスクリーンの時代に覇権を争うのは、GAFAという4つの企業である。Google、Apple、Facebook、Amazonの4社だ。

これに動画配信で軌道に乗ったNetflixが加わる。これらの会社は、コミュニケーション、コミュニティ、メディア、コンテンツの4つを駆使して世界を拡げる。また、コミュニケーションがコミュニティを生み、コミュニティからはメディアやコンテンツが生まれるといった具合に相関関係がある。
Appleは、動画には自社が認めたコンテンツしか載せないという姿勢を見せており、「中国のようなところのある会社」だと角川は言う。
一方、Amazonは、提携する多くの会社が倒産に追い込まれている。ボーダーズ、トイザらス、タワーレコードなどで、これらの企業は顧客データがAmazonに使われたことで倒産しており、Amazonとの提携は「悪魔の契約」とも呼ばれているという。だが、Amazonの影響力は多大で無視出来ないため、KADOKAWAもAmazonと直接提携関係を結んでいるそうだ。KADOKAWAがAmazonと直接提携したことで、角川も散々に言われたことがあるという。

そして、イギリスのダ・ゾーンがJリーグの放映権を2100億で円買ったことから、日本のコンテンツが海外から重視されるようになったことがわかったという。ダ・ゾーンはスカイパーフェクTVの何倍もの金額を提示して、コンテンツをものにしているのである。
そして、動画配信を手掛けてきた企業が自社で映像コンテンツを作成するようになってきている。Netflixは映像コンテンツの制作に8500億円を掛け、Amazonは5000億円を計上。
中国のテンセントという企業は自社のゲーム利用者が全世界に1億3000万人いるという。コンテンツ作成にこれだけの金を使われ、利用者数を確保されたのでは、日本の企業には全く勝ち目はない。

更に映像関連会社の合併や買収も目立つ。ディズニーはFOXを7兆8千億円で買収。FOXのこれまで制作した全ての映像を使用する権利を得たため、その影響力は計り知れない。それはディズニーはFOXの全ての映像には7兆8千億をつける価値があると認定したことでもある。
AT&Tはtimeワーナーと合併。AT&Tは電話の会社であり、日本で例えるとNTTが映画会社と合併したようなものである。Webコンテンツにおける勝利を目指したものだろう。

日本のコンテンツに目を向けると、アニメ映画「君の名は。」は世界125カ国で公開、東野圭吾の小説『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は中国で日本以上に売れ、バーチャルYouTuberキズナアイは北欧でヒット。crunchyrollという日本のアニメ・ドラマ・漫画配信サービスはワーナーの傘下に入ることになったという。

また、出版は不況で右肩下がりが続いているが、日本映画は逆に絶好調である。大半はアニメ映画の急成長によるものだが、日本のコンテンツ価値は高まっており、キャラクターを輸出することで勝負が可能な状況だそうである。

続いて、荒俣宏と角川歴彦による対談「日本のコンテンツが世界に広がる~妖怪からみるクールジャパン~」が行われる。

角川が、最近、ライトノベルで「異世界もの」というジャンルが流行っているという話をする。ライトノベルではないとした上で、宮部みゆきの小説が典型的な異世界ものの系譜にあるとする。

荒俣は、「化ける」が日本社会のキーワードであるとする。野球などで「大化け」という言葉は使われる。日本では変わるのが当たり前だと思われているが、日本以外ではそうとは限らない。妖怪などの「化ける」文化が最も良く残っているのが日本だそうである。

日本人の文化根源をたどっていくと、縄文人は山奥に住んでいて、そのため長野県の奥部などから縄文土器などが出てくるという。なんで縄文人は長野の山奥にいたのだろうと疑問に思った荒俣は、長野まで縄文土器の発掘に出かけたことがあるそうだ、行ってみたら「縄文人がここにいて当然」だと思ったそうで、「山があって川があって色々なものがある。逃げようと思えば逃げられる」と、縄文時代の文化に適した環境だったそうだ。さて、縄文時代の終わりに里人が出て、徐々に両者に関わりが発生するようになる。里人を代表する大和朝廷が、縄文人のいる山へと進出するようになるのだが、縄文人は「刃向かってこない。穏やか」な人たちであり和の精神があった。そこで融和政策が行われるようになる。
その中で、「タブーを犯さない」「変化(へんげ)する」ということが重要になる。タブーについては、「鶴の恩返し」が典型だそうで、「なんでもしてあげますけど、機を織ってるところは覗かないで下さい」と求め、そのタブーを犯してなにもかも失うことになる。

「変化(へんげ)」に関しては、貨幣の「貨」自体に「化」という字が入っており、貝の直接交換のシステムからリアリティーをなくした貨幣に化けていくという過程があるそうだ。

京都はヘンゲの話に事欠かない場所であるが、土蜘蛛と酒呑童子が典型的な例であり、山奥で京の都へのアンチテーゼを唱える人たちが滅ぶ姿がそこにはあるという。
平安末期。それまでの妖怪を陰陽道で封じ込めていた時代が終わり、武士が妖怪を退治する時代になる。土蜘蛛や酒呑童子の退治でも武士が活躍する。力と力で対峙するようになるのだ。

荒俣や角川が少年だった時代にはファンタジーは抑圧されていた。ファンタジーは教育上良くないとされ、漫画が学校内に持ち込み禁止になったりしていたそうだ。私が子供だった頃にも、教科書に「マンガを読むのは悪いか」という教材が載っていたことを覚えている。
荒俣はファンタジーや漫画への抑制の最前線で戦った人物であり、文化的な多様性や豊かさの擁護者でもあった。

日本のゲームについてであるが、角川はこれも内容が良いんだか悪いんだかわからないものであり、そういう意味ではヘンゲの特徴を持っているとする。

また、日本のSF映画の傑作である「ゴジラ」もいわば怨霊を描いたものであり、荒俣によると、ある勢力が権力と和解したか否かでその後の扱いがわかれるという。例えば、鴨氏は元々は奈良の葛城の豪族であり、京都に出て賀茂神社に祀られるようになるが、一方で、土蜘蛛は和解しなかったがために滅ぼされ、化け物になっている。出自自体は大して違わないのに、現在の扱いは180度違う面白さがあると述べた。

また、日本を代表する怨霊として平将門と菅原道真がおり、平将門については荒俣はもう『帝都物語』で書いた。そこで、角川は菅原道真の怨霊を題材にした小説を荒俣に書くように勧めるが、荒俣は「書いてもいいのですが、自分はもう2、3年しか生きられないと思っているので」他のことに時間を使いたいという希望があるそうである。



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2018年9月23日 (日)

コンサートの記(427) 愛知県立芸術大学レクチャーコンサート「ブレヒト・詩と音楽の夕べ」―ナチ時代に亡命したユダヤ系の音楽家たち―

2018年9月11日 名古屋・伏見の電気文化会館ザ・コンサートホールにて

午後7時から電気文化会館ザ・コンサートホールで、愛知県立芸術大学レクチャーコンサート「ブレヒト・詩と音楽の夕べ」―ナチ時代に亡命したユダヤ系の音楽家たち―を聴く。愛知県立大学音楽学部准教授の大塚直(おおつか・すなお。専門は近現代ドイツ語圏の演劇・文化史)のレクチャーで進めていく音楽会である。

20世紀ドイツを代表する劇作家・演出家であるベルトルト・ブレヒトを縦軸に、彼と仕事をしたドイツのユダヤ人作曲家の作品を中心に演目は編まれている。

演奏されるのは、クルト・ヴァイルの「三文オペラ」より“海賊ジェニーの歌”と“バルバラ・ソング”、「マハゴニー市の興亡」より“アラバマ・ソング”、「ヴィナスの接吻」より“スピーク・ロウ”、パウル・デッサウの「セチュアンの善人」より“八頭目の象の歌”、「動物の歌」、ピアノ・ソナタ ヘ長調より第1楽章、ピアノによる「ゲルニカ」、ハンス・アイスラーの「マリー・ザンダースのバラード」、「小さなラジオに」、二つの悲歌「あとから生まれてくる者たちに」、ハンス・ガルのピアノのための三つの小品と無伴奏チェロのための組曲より第1曲。

電気文化会館ザ・コンサートホールに来るのは初めてである。地下鉄伏見駅の間近にあり、近くには御園座や三井住友海上しらかわホール、名古屋市美術館などの文化施設が集中している。
ステージは上から見て台形、白い壁には音響効果を高めるために起伏が設けられている。内装も響きも、最近出来た大阪工業大学・常翔ホールに似ているように思われる。


出演者は、当然ながら愛知県立芸術大学の関係者である。
レクチャー担当の大塚直は、先に書いた通り愛知県立芸術大学准教授で、名古屋大学や椙山女学園大学、名古屋市立大学の非常勤講師も務めている。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学後、ドイツ・コンスタンツ大学に留学し、帰国後に東京外国語大学大学院にて劇作家のボートー・シュトラウスに関する研究で博士号(学術)を取得。翻訳者・ドラマトゥルクとしても活躍しており、今回、無料パンフレットに挟まれた歌詞対訳も大塚が行っている。

ブレヒトが書いた詩の全てを歌うのは、愛知県立芸術大学OGのソプラノ・藤田果玲(ふじた・かれら)。愛知県立明和高校音楽科、愛知県立芸術大学音楽学部を経て、ハンブルク音楽院に学び、現在は州立シュトゥットガルト音楽演劇大学大学院現代音楽科2セメスター在学中である。第16回大阪国際コンクール歌曲コースAge-Uエスポワール賞、第7回東京国際声楽コンクール歌曲奨励賞などの受賞歴がある。

ヴァイル作品でピアノ伴奏を務める家田侑佳は、愛知県立明和高校音楽科と愛知県立芸術大学音楽学部を卒業。現在、同大学大学院博士前期課程鍵盤楽器領域2年在学中である。第32回日本ピアノ教育連盟ピアノオーディション東海地区で優秀賞を受賞している。

デッサウ作品でピアノソロを受け持つ野村七海は、名古屋市立菊里高校音楽科を経て愛知県立芸術大学音楽学部を卒業。同大学大学院博士前期課程鍵盤楽器領域2年在学中ということで、家田侑佳と同級生である。第15回ショパン国際ピアノコンクール in Asia 大学生部門アジア大会奨励賞、第18回日本演奏家コンクール大学生の部の特別賞及び芸術賞を受賞。第9回岐阜国際音楽祭コンクール一般Ⅰの部第2位入賞も果たしている。

チェロ独奏の向井真帆。広島県に生まれ、12歳からチェロを始めている。愛知県立芸術大学音楽学部を卒業し、現在は同大学大学院博士前期課程2年に在学。第11回ベーテン音楽コンクールで全国大会第1位を獲得。第10回セシリア国際音楽コンクール室内楽部門第3位にも入っている。

全員、大学院在学中であるが、すでに華麗な経歴を誇っていることがわかる。


まず、大塚直によるレクチャー。「愛知県立芸術大学でブレヒトが取り上げられることはまずないと思いますが」と挨拶したものの、休憩時間に愛知県立芸大の関係者から指摘を受けたそうで、「実際はブレヒトもちゃんとやっているそうです」と改めていた。
一般的に、芸術大学の音楽学部や音楽大学では、「高みを目指す」崇高な音楽が追究されることが多いのだが、ブレヒトや今日取り上げられる作曲家は、労働者階級などにも「拡げる」音楽を指向していたことを語る。


「三文オペラ」。ブレヒトの代表作である。ジョン・ゲイの「ベガーズ・オペラ(乞食オペラ)」を元に練り上げられており、「マック・ザ・ナイフ」はジャズのスタンダードナンバーにもなっている。
私自身が「三文オペラ」に最初に触れたのはCDにおいてである。ロンドン=DECCAから発売された、ジョン・モーセリ(マウチュリー)指揮RIASベルリン・シンフォニエッタの演奏、ミルヴァ、ルネ・コロ、ウテ・レンパーほかの歌唱によるもので、高校生の時に聴いている。このCDは当時発売されたばかりで大評判になっていたものだが、高校生で理解するのは無理であった。「三文オペラ」自体は、兵庫県立芸術文化センター中ホールで白井晃演出のものを、今はなき大阪厚生年金会館芸術ホールで宮本亜門演出のものを観ている。「ベガーズ・オペラ」も梅田芸術劇場メインホールでジョン・ケアード演出のものを観ている。
「三文オペラ」の名盤とされていたのは、クルト・ヴァイル夫人でもあったロッテ・レーニャが娼婦ジェニーを務めたものだが、これは録音後50年が経過したために著作権フリーとなっており、オペラ対訳プロジェクトの音源となってYouTubeで視聴することが出来る。

まず「海賊ジェニーの歌」。赤いドレス姿の藤田果玲は、銀色のハイヒールを手に持って登場。ドイツ語のセリフをつぶやき、ハイヒールを床に落としてから履き、ステージの中央へと歩み出る。
かなり良い歌唱である。他の演奏者も全員良い出来で、学部ではなく大学院レベルにおいてであるが、愛知県立芸術大学のレベルはかなり高いことがうかがわれる。
「海賊ジェニーの歌」は、娼婦のジェニーの夢想を歌ったものだが、破壊願望がかなり強く出ている。自分をこき使う男達が、最後は海賊に皆殺しにされるという内容である。

京都造形芸術大学在学中の2003年に、アメリカの演劇人であるジョン・ジェスランの作・演出で行われた授業公演の「バルド」で「海賊ジェニーの歌」の一部が使われていた。映画館内でカップルが「海賊ジェニーの歌」をデュエットするというあり得ない状況が描かれたのだが、劇自体が非現実性を狙ったものであった。曲の正体を知っていたのは間違いなく私だけだったと思われる。

おなじく「三文オペラ」から“バルバラ・ソング”。貞淑な乙女と思わせつつ実は、という内容の歌詞を持つ。「三文オペラ」のヒロインであるポリーのナンバーだが、白井晃演出の「三文オペラ」では実はポリーを演じていたのは篠原ともえ、ということでかなり異化効果が効いていた。

オペラ「マハゴニー市の興亡」より“アラバマ・ソング”。本能そのままというべきか、もはや中毒症の領域に達している欲望を歌っている。
そして「ヴィナスの接吻」より“スピーク・ロウ”は一転してメロウなナンバーであり、ヴァイルの作風の多彩さを知ることが出来る。

クルト・ヴァイルは、ドイツ・デッサウの生まれ。ベルリン音楽大学を中退後、前衛作曲家として活躍。ナチスの台頭によってパリへ、そしてアメリカへと亡命する。渡米後はブロードウェイ・ミュージカルの作曲家としてメロディアスな作風へと転換している。


パウル・デッサウは、ハンブルクの生まれ。1909年にベルリンのクリントヴォルト=シャルヴェンカ音楽院に入学し、ヴァイオリンを専攻。その後、オペラのコレペティートアを経て指揮者としての活動も始めている。ケルン歌劇場でオットー・クレンペラーの許、カペルマイスターとして活躍し、その後はブルーノ・ワルター率いるベルリン国立歌劇場の音楽監督にもなっている。作曲家としてはディズニー映画「アリス」の音楽などを担当。1939年にパリへと亡命し、十二音音楽に取り組むようになる。1939年にアメリカに渡り、1942年にニューヨークでブレヒトと再会して、「肝っ玉おっかあとその子供たち」や「セチュアンの善人」の舞台音楽を手掛けた。戦後は東ドイツの国立演劇学校の教授などを務めている。

デッサウの「セチュアンの善人」より“八頭目の象の話”。この曲では藤田はマイクを手にして歌う。
7頭の荒くれた象と従順な1頭の象。従順な1頭の象が7頭の象をどんどん抑圧していくという内容であり、藤田もきつめのアクセントで歌う。

「セチュアンの善人」は、新国立劇場中劇場で串田和美演出の「セツアンの善人」を観ている。出演は、松たか子、岡本健一ほか。舞台上が稽古場という設定での上演であり、また出演者全員が楽器も奏でる。松たか子がアコーディオン、岡本健一がギター、串田和美は「上海バンスキング」でもお馴染みのクラリネットを担当していた。

「動物の詩」。ブレヒトが1934年に息子のシュテファンのために書いた「童謡」に収められた動物を描いた詩にデッサウがブレヒトの死後にメロディーをつけて発表したものである。皮肉や諧謔に満ちたいかにもブレヒトらしいというかユダヤの世界観にも通じる詩である。「ワシ」「ウマ」「カラス」「ワラジムシ」「ハリネズミ」の5曲。ソプラノの藤田果玲は全曲タイトルをドイツ語で読み上げてから歌う。表情豊かな旋律と歌唱である。

ピアノ・ソナタ ヘ長調より第1楽章。1947年に完成し、その後に修正を加えられた曲である。まさにロマン派と前衛の境目にあるような曲である。

ピアノによる「ゲルニカ」。ピカソの「ゲルニカ」にインスパイアされた作品である。1937年のパリ万国博覧会スペイン館に展示された「ゲルニカ」を観たデッサウはすぐさま作曲に取りかかり、翌38年に完成させている。衝撃的な冒頭は予想されるような曲調だが、後半ではミステリアスというか不穏というか、十二音技法を取り入れた静かであるが不安定な曲調が顔を覗かせる。


ハンス・アイスラーは、彼の名を冠するハンス・アイスラー音楽大学の存在によっても有名である。ライプツィッヒの生まれ。家族でウィーンに移住し、独学で音楽を学び始める。シェーンベルクに師事し、ヴェーベルンやアルバン・ベルクらと並ぶ新ウィーン学派の作曲家としてスタート。その後、シェーンベルクとは袂を分かち、ドイツ共産党に入党するなど独自路線を歩み始める。1930年からブレヒトとの共同作業を開始するが、1933年にナチスが政権を取ると亡命を選び、38年にはアメリカに移住。南カリフォルニア大学で教鞭を執り、チャップリン映画の音楽顧問なども務めるようになる。ハリウッド映画の作曲も手掛け、アカデミー賞作曲部門にノミネートされたりもしているが、赤狩りにより国外追放となり、1950年に東ドイツに戻る。その後はベルリン音楽大学の教授などを務めた。

アイスラー作品では、野村七海がピアノ伴奏を務める。

「ユダヤ人相手の娼婦、マリー・ザンダースのバラード」。1935年にニュルンベルク法が成立し、ユダヤ人と非ユダヤ人との婚姻と婚外セックスの禁止が決定する。それまでユダヤ人相手の娼婦として生きてきた女性や法律を破った者は、見せしめとして頭を丸刈りにされ、肌着一枚で首からプラカードをぶら下げられ、市中引き回しの刑に処される。
その様子を描いた曲である。かなり直接的な表現が用いられているが、物価の高騰が同列に挙げられるなど、皮肉も効いている。

「小さなラジオに」。ハリウッドでブレヒトと再会したアイスラーが作曲した歌曲である。ナチスの電撃作戦が成功している様をラジオで聞く悲しみを歌った短い歌である。ラストではピアノが不協和音を奏で、ラジオが壊れる様が描写されている。

2つの悲歌「あとから生まれてくる者たちに」。ブレヒトが自身の人生を省察するかのような詩であり、ブレヒトらしくない言葉で綴られている。生きた時代の不遇を嘆きつつ、未来とそこに生きる人たちへの希望を語っている。
まず、大塚がテキストを朗読してから歌がスタート。単純に美しい曲である。いずれも詩の内容を的確にくみ取った秀歌で、もっと知られていても良いように思う。


ハンス・ガルは、作曲家として以上に音楽学者や教育者、楽譜の校訂者として高く評価されているようである。

ウィーン郊外の村ブルンで代々医者の家系のハンガリー系ユダヤ人の子として生まれる。父がオペラ好きであり、ギムナジウムでは指揮者となるエーリヒ・クライバーと親友であったということもあって、音楽を志す。ウィーン大学で音楽学を専攻し、師であるマンディチェフスキと共にブラームス全集の校訂などを行っている。その後、マインツ音楽院の院長公募試験に合格し、1933年まで院長を務めている。この時代に多くの音楽家を見いだしており、中でもヴィルヘルム・フルトヴェングラーを高く評価していた。

ナチスが政権を奪った当時のヒトラーと間近で会ったことがあり、「こんな奴の政権が長続きするわけがない」と思ったそうだが、予想に反してナチス政権が維持されたため、ユダヤ人であるガルは公職追放となり、ウィーンで指揮者としての活動を始めるが、38年にオーストリアがドイツに併合されると、イギリス・スコットランドのエディンバラに亡命。エディンバラ大学の講師として音楽理論や対位法、作曲などを教えるようになる。音楽書『シューベルト』や『ブラームス』を著しており、ドイツ語圏では名著として知られているという。

97歳と長寿であり、80代で自作のピアノ曲を暗譜で初演するなど、晩年まで軒昂であった。「音楽は美しくなくてはならない」というのが持論であり、メロディーや調整を重視する作風を保ち続けた。

ブレヒトと一緒に仕事をしたことはないようが、同時代の劇作家であるエデン・フォン・ホルヴァートと知り合い、「行ったり来たり」という舞台作品の音楽を手掛けている。

ピアノのための3つの小品。演奏は、前半はピアノ伴奏を務めた家田侑佳が務める。前半は黒の上下であった家田はこの曲では白のドレスで演奏。ウィーンの正統的な音楽性を感じさせるピアノ曲だが、時代を反映して響きの美しさも追求されている。

ラストは、無伴奏チェロのための組曲より第1曲。
ドイツ音楽の祖であるJ・S・バッハを意識して作曲されたものであろうと思われるが、古典的な造形美よりも自由な音楽性と追求しているようにも聞こえる。


アンコールは、マレーネ・ディートリヒが歌ったことで知られる「リリー・マルレーン」が歌われる。ソプラノの藤田果玲は、ピアノに寄りかかり、本を拡げながら、歌詞に出てくる街灯の下にいるような雰囲気で歌った。

ユダヤ人の芸術家は、ナチスによって「退廃芸術」家と名付けられ、祖国を追われ、作品は発禁処分となっている。時を経て、今また、訳知り顔の「正しさ」が跳梁跋扈し、表現は制限・規制され、排除の理論が大手を振って歩くようになり、芸術は本来持っていた豊かさを奪われつつある。
ブレヒトやユダヤ人作曲家達が残した作品は、高踏的な人々が好むものでは決してなかったが、そこには未来を希求し、分け隔てのない世界を目指した「心」がある。ブレヒトが尊敬したベンヤミンは「アクチュアリティ」の重要さを唱え、20世紀ドイツ最大の詩人であるパウル・ツェランは「芸術には日付がある」として同時代的であることを追求した。100年ほど前のラジカルではあるが、それは常に「今」を照射している。

良質のコンサートであり、気分が良いので地下鉄に揺られようという気分にならず、伏見から名古屋駅まで歩く。



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2017年2月12日 (日)

これまでに観た映画より(85) 「戦場のピアニスト」

DVDで、ロマン・ポランスキー監督作品「戦場のピアニスト」を観る。フランス、ポーランド、ドイツ、イギリス合作映画。

実在のピアニストであるウラディスワフ・シュピルマンの戦中体験記を映画化した作品である。

1939年9月のワルシャワ。9月1日に、ナチス・ドイツはポーランドに何の布告もなく進軍する。
ウラディクという愛称で呼ばれていたユダヤ系ポーランド人ピアニストのウラディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はワルシャワの放送局で、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)を弾いていた。ラジオによる生中継である。しかし、演奏中に放送局はドイツ軍によって砲撃され、ウラディクも放送局から逃げ出さざるを得なくなる。
その時、ウラディクは、自分のファンだというドロタという若い女性(エミリア・フォックス)と出会う。ドロタはウラディクの友人であるユーレクの妹であった。ドロタは音大でチェロを学び、チェリストになりたいという夢を持っている。

ポーランド人もナチスに協力的であり、ウラディクがドロタと一緒に行った喫茶店には「ユダヤ人お断り」と書かれていた。ユダヤ人は公園に入ることが出来ず、ベンチに腰掛けることも出来ない。

状況は日増しに厳しくなる。ユダヤ人は所持できる金を制限され、ダビデの星のついた腕章をつけることを強要され、ついには居住区に強制移住させられる。居住区と他の地域は煉瓦の壁で仕切られ、ゲットーとなった。
ウラディク達が強制収容所に送られる日が来る。友人でユダヤ人警察の署長となったヘラー(ロイ・スマイルズ)によって、ウラディクはワルシャワに残ることが出来たが、家族は貨物車に詰め込まれ、死出の旅へと出かけていった。

ワルシャワでの強制労働生活を送るウラディク。だが、密かに拳銃などの武器を仕入れ、まだゲットーに潜んでいるユダヤ人達にドイツ兵に見つからないよう投げ送る。

労働している時に、知り合いの歌手・ヤニナ(ルース・プラット)と俳優のアンジェイ(ロナン・ヴィバート)の親切なポーランド人夫婦を見かけたウラディクは脱走し、彼らを頼ることになる。しかし、状況は更に悪化。ウラディクは、ヤニナの夫・アンジェイが逃げ場所として教えてくれたある家を頼る。そこにいたのはドロタであった……。

ユダヤ人というだけで、人間の権利が取り上げられるという。凄惨な歴史を描いた映画である。ユダヤ人達は、ドイツ兵達に無作為に選ばれて意味なく射殺される。ウラディクも「大晦日のお祝いだ」としてドイツ兵に殴られる。ナチスの手下達に取っては、ユダヤ人は虫けら以下の存在なのだ。

酸鼻を極めるワルシャワで、音楽だけがウラディクの救いとなるのだが、「音を立てたら危ない」ということで、アップライトのピアノがある家にいるにも関わらず、鍵盤に触れることは出来ず、鍵盤の上でエアピアノを奏でるしかない。

ワルシャワ蜂起などにより廃墟と化していくワルシャワの街。
やがて、ピアノがウラディクを救う日が来るのだが……。

人種が違うというだけで、低劣な存在とみなすという行為は、残念ながら現在進行形で行われている。人種差別だけではなく、「異なる」というだけで、人は人を貶め、自己満足に浸ろうとする。
そこには決定的に想像力が欠如している。

ポーランドの国民的作曲家であるショパンの音楽がキーになっているが、ポーランドは中世には強国だったものの、以後は何度も侵略されており、ショパンもまた11月蜂起計画に荷担したという疑いがあり、二十歳の時にポーランドを離れ、ウィーンへ。そして父親の祖国であるフランスのパリにたどり着き、生涯、祖国であるポーランドに帰ることはなかった。
ショパンの悲しみはポーランドの悲しみであり、心そのものを描くことの出来る唯一の芸術である音楽が、この映画でも観る者の胸に痛いほどに染み込んでくる。

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2017年2月 9日 (木)

コンサートの記(272) 平成28年度全国共同制作プロジェクト プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」新演出

2017年1月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時30分から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、平成28年度全国共同制作プロジェクト プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」を観る。

「蝶々夫人」を観るのは今日で多分4回目。最も多く観ているオペラとなる。

考えてみれば、フェスティバルホールで本格的なオペラ上演を観るのは初めてである。井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団によるバルトークの歌劇「青ひげ公の城」は観ているが、あれはオーケストラも舞台に上がり、セットなしで行われた上演である(「青ひげ公の城」は抽象的な内容であり、セットなしでも上演が出来る)。


ミヒャエル・バルケ指揮大阪フィルハーモニー交響楽団による演奏。演出:笈田(おいだ)ヨシ。出演は、中島彰子(なかじま・あきこ。蝶々夫人)、鳥木弥生(スズキ)、ロレンツォ・デカーロ(ピンカートン)、サラ・マクドナルド(ケイト・ピンカートン)、牧川修一(ヤマドリ公爵)、清水那由太(しみず・なゆた。ボンゾ)、晴雅彦(はれ・まさひこ。ゴロー)ほか。ダンサー(蝶々夫人の分身):松本響子。合唱はフェスティバル・クワイア。

今月(1月)22日に、金沢で幕を開けた公演で、今日は大阪での上演。この後、高崎、東京で公演を行う。


文学座、劇団四季での活動後、ヨーロッパに渡って俳優・演出家として活躍してきた笈田ヨシによる新演出である。
笈田ヨシは、アメリカ海軍士官に捨てられた可哀想な蝶々さんではなく、より幅を拡げた解釈を行う。

3階席6席目での鑑賞だが、舞台に置かれたものを確認するため、オーケストラピットのそばまで行く。帰りに、上手から、スタッフに誘導されて笈田さんが入ってくるのが見えた。その後、笈田さんは、私の後に続く格好で、1階後方の出入り口からホワイエに出た(笈田さんの席は1階席の一番後方であるようだ)。笈田さんに気づいた人は余りいなかったが、数名が気づいて、話したり記念撮影をしたりしている。


素舞台の上に平台に作った小さな舞台が置かれている。ここが蝶々さんの居住空間となる。平台の上に衝立が真横に6枚。漢字で何か書かれているが、近くにいってもよくはわからなかった。
舞台手前には、上手から松の盆栽(第2幕では笹に変わっている)、赤い花2つ(第1幕で用いられる)、石のオブジェ(蝶々さんとピンカートンの二人のシーンで火がともる)が置かれている。

無料パンフレットに笈田ヨシの挨拶が載っており、「蝶々さんはアメリカの全てを尊敬し愛していました」と定義した後で、自身の体験を話す。進駐軍の兵隊さんからガムを貰うために「ハロー!ハロー!」と叫びながらジープを追った日々、アメリカ兵相手の娼婦(俗にいう「パンパン」)が綺麗な洋服を着てチョコレートを食べているのを見て羨ましく思ったこと、アメリカのものが優れていると思い、日本のものは古くさいといわれて軽蔑された時代など。
笈田は、蝶々さんが絶望して死んだ場所を「ナガサキで!」とカタカナで書き、長崎で被爆した自分の友人達も死んでいったと綴っている。


ゴローが大きめの星条旗を持って現れる。それに続くピンカートン。ゴローは星条旗を平台の上手に差し、アメリカ国歌「星条旗」のメロディーが流れると、星条旗をはためかせて見せる。今回の舞台ではゴローは完全に旗持ちならぬ太鼓持ちである。
ゴローは衝立を移して、蝶々さんとの新居を説明する。
ピンカートンの友人である、領事のシャープレスは、この舞台では、ピンカートンの身勝手さに最初から呆れ気味のようであり、ラストではピンカートンを本気でなじる。

蝶々さんが現れる。背後の紗幕が透け、合唱している人々が見える。蝶々さんは天平時代の貴女のような格好で下手からゆっくりと進んでくる。
蝶々の形の旗を持った人々が数名。そして、折り鶴をつり下げた飾りが現れる。

ちなみに、今回は蝶々さんのキリスト教への改宗を責めるボンゾは、僧侶ではなく山伏(修験者)の格好をしている。

蝶々さんが、武家の出ながら芸者に身をやつしたこと、また父親が亡くなったことを語るシーンで、紗幕の向こうに、薄浅葱の死装束姿の父親(川合ロン)の姿が現れ、父親が切腹したことが示される。

蝶々さんとシャープレス二人の場面では、合唱団のメンバーが灯籠を手に現れる。多くの灯籠が浮かぶシーンは、広島で行われる原爆死者追悼のためのとうろう流しが連想される。また、折り鶴も原爆被害の象徴だ。もう前大統領になるが、バラク・オバマも広島で折り鶴を作って被爆者に捧げている。


第2幕では、蝶々さんもスズキも、戦中そして戦後すぐを思わせる質素な格好の女性として登場する。今回は蝶々さんとケイト(ケイト役のサラ・マクドナルドが今回唯一のアメリカ人キャストである。女優として「花子とアン」にも出ていたというサラは大学時代に、演劇、日本文化、日本語の3つを専攻しているそうだ)が会話を交わす場面のある1904年ブレシア版の楽譜が用いられている。ケイトは「子供は自分が育てる」と蝶々さんに誓う。ある意味、象徴的なセリフである。

第2幕でも、蝶々さんの幼さが強調されており、「ある晴れた日に」は、蝶々さんのピンカートンへの思いと同時にアメリカへの盲信が歌われているようでもある。

紗幕が透け、芸者の頃の可憐な蝶々さんが現れる。それを追う、ボンゾ、ヤマドリ公爵ら。最後にピンカートンが姿を現す。

蝶々さんが、家を花で飾ろうと歌う場面では、合唱団員が着物姿で現れて花びらを撒いていくが、最後に黒子が黒いものを投げていく。焼かれた街に残った炭だろうか。

蝶々さんが新婚時の姿に着替えようというとことで、再び衝立が一直線に横に並ぶ。今度は裏側をこちらに向けて並べる。光を放つ紙が切り貼りされており、ステンドグラスのように見える。どうやら大浦天主堂を仄めかしているようだ(浦上天主堂かも知れないが、ステンドグラスの種類がちょっと違う。いずれにせよナガサキの象徴である)。黒ずくめの合唱団員が現れ、ステンドグラスのように光る衝立の前に並んで歌う(ハミング・コーラス)。彼らの正体は死者だと思われる。
死者達が去った後、間奏曲が流れ、蝶々さんの化身が現れて舞う。下手から上手へと歩みながら。可憐だが、大きく反り返る様などは痛みを表しているようにも見える。


ピンカートンに裏切られたことを知った蝶々さんは、第2幕では平台の下手に場所を移して掲げられていた星条旗を引き抜き、放り投げる。紗幕の後ろに再び蝶々さんの父親が姿を現し、蝶々さんの自殺が仄めかされて終わる(自刃そのもののシーンはない)。


1945年8月6日に広島に、同年8月9日に長崎にアメリカにより原子爆弾が投下された。一瞬の光の下での大量虐殺。自身が虐殺行ったという実感を終生を持たぬままアメリカのパイロットは他界した。そしてアメリカ人の多くは「原爆は正義であった」と今も思っている。日本の国土を蹂躙したアメリカに戦後従い、追わなければならなかった日本人の根源的な哀しみと無念がヒシヒシと感じられる。そして同時に感じるのは強い怒りだ。アメリカに倣うのはある意味では仕方なかった。しかし、今なお徹底した従米路線良しとする一団に憤りを覚えるのだ。

アメリカが描いた自由、民主主義、理想、正義。それらが真っ赤な嘘であったことは今では知られている。戦争をすることで儲けるアメリカ。平和を掲げる日本が最も戦争大国アメリカを支持している国家だという矛盾。


フェスティバルホール3階で聴いた音であるが、オーケストラは美しいが響きが薄く、声は良く通るが、やはり巨大な空間であるため、声があちこちに反響してガタガタ軋むようなところがある。視覚的にも余り良くない。字幕は、上手下手のプロセニアム沿いにあるのだが、下手の字幕は私が座った席からは薄くて見にくい。上手の字幕はステージ中央から遠く、演技と字幕両方を見るには視線を大きく動かす必要がある。上手の字幕もそれほど見やすくはない。蝶々の形の旗が登場した時は上手の字幕が隠される格好になってしまい、難儀した。
ということで、オペラに向いたホールという印象は受けなかった。道理でオペラ上演が思ったよりも少ないわけだ。
そもそも3階席、綿ぼこりが舞ってるし、これあかんやろ。


タイトルロールを歌った中島彰子であるが、声が澄んでいて心地よい。また、一芝居のシーンがあるのだが、声音を変えて上手く演じていたように思う。

スズキを歌った鳥木弥生。衣装がずっと地味なので目立たないような印象を受けるが、しっかりとした歌唱を聴かせてくれる。

ピンカートン役のロレンツォ・デカーロの堂々とした演技も見事だったが、シャープレスを演じたピーター・サヴィッジの演技力が極めて高く、それがこの公演の成功に大きく貢献している。

今回は太鼓持ちであるゴローを歌った晴雅彦は、持ち前の剽軽さも発揮していた。


ミヒャエル・バルケの指揮は、拍を刻むオーソドックスなもの。叙情的な部分も良かったが、「宮さん宮さん」などのリズミカルな旋律の処理の方が達者である。

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2013年9月 5日 (木)

為替レート変換君

為替相場。アメリカ・ドルの円への換算は何となく出来ても、ユーロやポンド、韓国ウォンや中国人民元などへの置き換え計算となるとピンと来ない方も少なくないと思います。

そういった場合に便利なサイトが「為替レート変換君」。数字を打ち込むだけで日本円にしていくらに相当するのか、一発で計算してくれます。

為替レート変換君 http://fx.monegle.com/

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2009年2月17日 (火)

ハンプティ・ダンプティ

人は皆ハンプティ・ダンプティ
ダビデとて元に戻せぬ唯一なる尊厳(もの)

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2006年7月 5日 (水)

北朝鮮のミサイル発射

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)がミサイル6発を発射。うち1発はテポドン2号で、打ち上げに失敗した模様。その他のミサイルはノドンとスカッドミサイルだと思われるという。北朝鮮は夕方にも7発目となるミサイルを発射。その他にも数発のミサイルが打ち上げられた可能性があるという。

まったく愚かという他ない。後先のことを考えて発射したとはとうてい思われず、北朝鮮の政治体制の断末魔をも国外に聞かせてしまった。自分で自分の首を絞めていることに気が付いていないのか、気が付いていてもやるのか。

日本を始めとする近隣諸国やアメリカの「対北朝鮮慎重論」もこれで後退するだろう。

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