カテゴリー「音楽」の931件の記事

2018年6月18日 (月)

コンサートの記(397) 鬼束ちひろ CONCERT TOUR 「UNDER BABIES」大阪公演

2018年6月13日 ZEPP Nambaにて

午後7時から、Zepp Nambaで、鬼束ちひろ CONCERT TOUR 「UNDER BABIES」大阪公演を聴く。鬼束ちひろのコンサートに行くのは久しぶり、実に16年ぶりである。

鬼束ちひろの登場は、日本ポピュラー音楽史上においても大きなことだったと思うが、その後の彼女の音楽人生は順風満帆とはいえないものであった。

チケットを取るのが比較的遅かったので、2階席で聴く。ツアーグッズ売り場には長蛇の列が出来ていて、今もなお高い人気を誇っていることがわかる。
今回はピアノ三重奏(ピアノ:坂本昌之、ヴァイオリン:室屋光一郎、チェロ:結城貴弘)をバックに歌う。

デビュー曲である「シャイン」でスタート。「シャイン」はファーストアルバム「インソムニア」にもピアノ伴奏バージョンが収録されているが、今回のアレンジはシングルバージョン(もしくはPVで聴けるアンプラグド・バージョン)に近いものである。

鬼束らしい没入型の歌唱スタイル。発音に明瞭さを欠くように感じられたのだが、その原因らしきものが後に明かされることになる。
左手を動かしながらの歌唱は以前と変わらないが、昔とは違って女っぽい仕草を見せるようになった。三拍子の曲ではワルツを舞うような動きを見せたりもする。

「トリック」シリーズの主題歌となった、「月光」、「流星群」、「私とワルツを」の全曲が歌われるという豪華なセットリスト。その他にも、驚異的名曲として知られる「King of Solitude」、最高傑作の一つである「Infection」のほか、「CROW」、「青い鳥」、「edge」、「螺旋」、「僕等 バラ色の日々」などが歌われる。鬼束作品は内省的な歌詞を持つものが多いのだが、詞・サウンド共に伸びやかな「Sign」が印象に残る。「Infection」では“私に勝ち目などないのに”という歌詞を飛ばしてしまい、ハミングで切り抜けるという場面があるなど、結構ハラハラさせられたりもする。

ラストの曲の前に、「少し喋っていい?」と鬼束が語りかける。5月25日の最愛のお婆ちゃんが亡くなったそうで、怖くお葬式にも行けなかったそうだが、ずっと泣き明かしていたそうで、今回のツアーも出来るかどうかわからなかったほどだったという。多分、歌唱にも影響が出たのだろ。
祖母に捧げる曲として、「VENUS」が歌われる。

鬼束とバックメンバーが引っ込み、新曲である「ヒナギク」が流れ始めてからも拍手は鳴り続け、当人達も迷ったようだが、結局アンコールなしで終わりとなる。それでも客席からは温かい拍手が送られた。


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2018年6月16日 (土)

コンサートの記(396) 作曲家 平田聖子の世界 「親鸞が音楽で現代に甦る。」

2018年6月10日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、作曲家 平田聖子の世界 「親鸞が音楽で現代に甦る。」を聴く。

平田聖子は愛知県出身の作曲家。愛知県立芸術大学音楽学部作曲科で小林秀雄(著名な批評家とは別人)に作曲を師事。1995年より宗教音楽の作曲をライフワークに定め、親鸞の世界を作曲し始めている。

出演は、親鸞和讃を歌う会合唱団、大阪ゲヴァントハウス合唱団、波多野均、大田亮子、三輪陽子、伊藤公一、居福健太郎、垣内みどり、中西俊哉、中西雅音(まさお)、戸塚ふみ代、石橋直子、佐久間真理、羽塚知啓(はつか・ともひろ)、荒山淳。平田聖子は司会と指揮を務める。

演目は小品が並ぶ。「破闇(はあん)」(龍笛のための)、「弥陀の本願信ずべし」、「南無阿弥陀仏をとなるれば」、「金剛堅固の信心の」、「信は願より生ずれば」、「十方微塵世界の」、「白骨章」、清風宝樹をふくときは」、「桜の森の満開の下」(弦楽四重奏のための)、「天地いっぱい なむあみだぶつ」、「本願力のめぐみゆえ」

浄土真宗のコンサートということで関係者も多く、普段の京都コンサートホールとは雰囲気が異なる。出演者は名古屋に縁のある人が多く、名古屋にある真宗大谷派の同朋大学の教員が2名(佐久間真理、荒山淳)、名古屋芸術大学の教員が3人(波多野均、伊藤公一、石橋直子)、名古屋フィルハーモニー交響楽団の関係者が3名(中西俊哉、戸塚ふみ代、石橋直子)、愛知県立芸術大学関係者が平田聖子を含めて5名(波多野均、三輪陽子、垣内みどり、戸塚ふみ代)、そして真宗大谷派の名古屋音楽大学の出身である大田亮子に名古屋東照宮雅楽部所属の羽塚知啓(篳篥&コントラバス)という顔ぶれである。

平田聖子の作風であるが、メロディーよりも響きの作曲家であることが感じられる。弦楽の合奏を聴くと宗教音楽の作曲家であると同時に現代音楽の作曲家であることもわかり、仏教音楽、童謡、印象派、黒人霊歌風など幅広い作風を誇っていることも確認出来る。

合唱とメゾソプラノ、アルト、テノール、室内楽という編成による「清風宝樹をふくときは」は、フルートの旋律から察するにラヴェルの「ダフニスとクロエ」より日の出へのオマージュであるように思われる。


無料パンフレットの背面に、「弥陀の名号となえつつ」のボーカル譜が印刷されており、アンコールでは聴衆も一緒に歌う。関係者が多いということもあってか、みんな結構歌ってくれていた。

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2018年6月14日 (木)

田中泯 meets 中村達也/踊り場・叩き場「芒の植え付け」京都公演

2018年6月8日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後7時から、ロームシアタ-京都サウスホールで、田中泯(たなか・みん)meets中村達也/踊り場・叩き場「芒(のぎ)の植え付け」を観る。

大河ドラマ「龍馬伝」の吉田東洋役や映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」の貧乏神役でもお馴染みの田中泯とドラマーの中村達也のセッション。

小澤征爾との共演やウィーン・フィルとのコラボレーションなどで国際的に活躍している田中泯。そのためか今日は客席に白人の姿が目立つ。

舞台中央にドラムスセットが置かれているだけのシンプルなセットでの上演。

田中泯は長着を着て野球帽をかぶり、椅子を持って登場。中村達也のドラムに合わせて、まずはゆったりとした動きでスタート。時に呆けたような表情で、時には椅子を車いすに見立てて押すような仕草で、時には「「わー! わー!」と叫びを上げながら、多彩な動きを繰り出していく。
客席の通路も使用し、中央通路では最も速い動きになるなどバリエーション多彩である。
ステージに戻った田中は、スネアドラムを手に、叩きながら踊り出す。まるで一遍上人の念仏踊りのように。
最後は客席に手拍子を要求し、多くの手拍子が響く中で田中は舞う。音楽と肉体の交点の一歩外で踊るようなパンクでファンキーなパフォーマンスであった。

拍手が鳴り止まなかったため、田中と中村はショートサイズのアンコールパフォーマンスを行い、この時は田中は速いテンポで生き生きと踊った。



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2018年6月 9日 (土)

コンサートの記(395) ジョセフ・ウォルフ指揮 日本センチュリー交響楽団第225回定期演奏会

2018年5月31日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団の第225回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はイギリス出身の若手、ジョセフ・ウォルフ。

ジョセフ・ウォルフは、実はサー・コリン・デイヴィスの息子である。だが、親の七光りを嫌い、芸名で活躍している。ロンドンの王立音楽院と、ドレスデンのカール・マリア・フォン・ウェーバー大学でヴァイオリンをジョルジ・パウクらに師事。アマデウス弦楽四重奏団、ボロディン弦楽四重奏団、タカーチ・カルテットと共に室内楽の経験も積み、ウォルフ・カルテットを結成している。指揮は、コンラート・フォン・アーベル、ヨルマ・パヌラ、クルト・マズア、小澤征爾らに師事。カール・マリア・フォン・ウェーバー大学在学中にブランデンブルク・フィルの指揮者に就任している。その後、イギリスに戻り、ギルドホール音楽演劇学校でも学んでいる。


オール・ベートーヴェン・プログラムで、「コリオラン」序曲 作品62、ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61(ヴァイオリン独奏:クロエ・ハンスリップ)、交響曲第4番 作品60。作品番号の並んだ作品をプログラミングしている。

今日のコンサートマスターは、後藤龍伸(たつのぶ)が務める。


ジョセフ・ウォルフ登場。口髭と顎髭を伸ばしており、写真とは大分イメージが異なる。


「コリオラン」序曲。ピリオドを援用した演奏で、燃焼度、ドライブ能力共に高い演奏である。


ヴァイオリン協奏曲ニ長調。ソリストのクロエ・ハンスリップは、1987年生まれの若手。ピアニストのダニー・ドライバーと共にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集を作成している。ロシア人教師のザハール・ブロンに10年間学び、クリスティアン・テツラフ、イダ・ヘンデル、サルヴァトーレ・アッカルドにも師事している。

ハンスリップは美音家。スケールはさほど大きくないが、磨き抜かれた音が心地よい。


交響曲第4番。ここではかなりピリオドを意識した演奏を聴かせる。急激な音の盛り上げ、典雅なピッチカートなど美しさと力強さを兼ね備えた音楽を生み出していく。
ウォルフの指揮はそれほどダイナミックではなく、指揮姿も個性的ではないが、音楽同様、イギリス的なエレガントさとドイツ的な堅固な構築感を感じさせるものであった。

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2018年6月 7日 (木)

コンサートの記(394) 京都フィルハーモニー室内合奏団 室内楽コンサートシリーズ Vol.66 「後期ロマン派の潮流」

2018年5月30日 京都文化博物館別館ホールにて

午後6時30分から、三条高倉の京都文化博物館別館ホール(旧日本銀行京都支店)で、京都フィルハーモニー室内合奏団 室内楽コンサートシリーズ Vol.66 「後期ロマン派の潮流」を聴く。京都フィルハーモニー室内合奏団が京都文化博物館別館ホールや京都府立府民ホールアルティで行っている室内楽のコンサート。京都フィルハーモニー室内合奏団は定期演奏会でも比較的珍しい曲目を取り上げることが多いが、室内楽コンサートでも他では聴くことの出来ない曲が並ぶ。

今日の曲目は、ツェムリンスキーの「ユモレスク」、マーラーのピアノ四重奏曲、マーラーの交響曲第5番より第4楽章アダージェット(室内楽版。Mr.Nurse編曲)、ヴォルフの「イタリアンセレナード」、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」
今回のプログラムは、京都フィルハーモニー室内合奏団チェロ奏者の佐藤響がプロデュースしたものだそうで、トークも佐藤が中心になって務めていた。


ツェムリンスキーの「ユモレスク」。抒情交響曲や交響詩「人魚姫」が有名なツェムリンスキー。音楽教師としても活躍し、弟子であるアルマ・シントラーと恋仲になるが、実ることなく、アルマはマーラーと結婚することになる。
市川えり子(フルート)、岸さやか(オーボエ)、松田学(クラリネット)、小川慧巳(ファゴット)、御堂友美(ホルン)による演奏。「ユモレスク」というタイトルの通り、ユーモアを感じさせる曲だが、19世紀末生まれの作曲家らしいロマンティシズムも濃厚である。

さて、ツェムリンスキーの下を離れてマーラーと結婚したアルマ。芸術的才能に恵まれ、作曲をこなす才色兼備の女性であったが、自我が強く、虚言癖のある悪女としても有名でマーラーを手こずらせている。


マーラーのピアノ四重奏曲。マーラーが16歳の時に書いた作品である。この時、マーラーはウィーン楽友協会音楽院に在学中、同期生にハンス・ロットがいた。マーラーは交響曲を未完成のものも含めて11曲と歌曲を多く残したが、指揮者としての活動がメインとなったこともあり、室内楽曲や器楽曲などは若い頃に数曲書いただけである。
西脇小百合(ピアノ。客演)、中野祥世(ヴァイオリン)、松田美奈子(ヴィオラ)、佐藤響(チェロ)による演奏。
16歳で書かれたにしてはシリアスな楽曲である。陰気で沈鬱であり、マーラーの個性が表れているが、後年に書かれた彼の交響曲に聴かれるようなグロテスクな面はまだ表に出ていないようである。


マーラーの交響曲第5番より第4楽章アダージェット。ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」で用いられたことで有名になっている。ちなみにトーマス・マンの原作では主人公のグスタフ・アッシェンバッハは作家ということになっているが、トーマス・マン自身がマーラーをモデルにアッシェンバッハ像を作り上げており、映画ではアッシェンバッハは作曲家という設定に変えられている。
ちなみに、ワーグナーはベニスにおいて客死している。
アメリカの作曲家による編曲だそうである。西脇小百合(ピアノ)、森本真裕美(ヴァイオリン)、岩本祐果(ヴァイオリン)、松田美奈子(ヴィオラ)、佐藤響(チェロ)による演奏。
やや速めのテンポによる演奏だが、速度記号がアダージェットであるため、これが指示通りの速さであるともいえる。オーケストラがこの曲を比較的ゆっくり演奏するのは、レナード・バーンスタインがジョン・F・ケネディ追悼演奏で緩やかなテンポを採用したことが影響しているといわれている。
マーラー特有の農濃さが室内編成によって中和されたような印象を受ける。


ヴォルフの「イタリアンセレナード」。森本真裕美、中野祥世、松田美奈子、佐藤響のカルテットによる演奏。
梅毒を原因とする精神病に苦しみ、42歳の若さで亡くなったフーゴ・ヴォルフ。若い頃はやんちゃにして不真面目な学生で、ウィーン音楽院を退学になっている。熱心なワグネリアン(ワーグナー崇拝者)であり、歌曲の作曲家であったが、歌曲自体が余りお金になるジャンルではなく、収入面では恵まれなかったようである。
「イタリアン」とタイトルに付くことから分かるとおり、快活な楽曲である。歌曲の作曲家らしい伸びやかな旋律も特徴。


ワーグナーの「ジークフリート牧歌」。今日演奏される曲目の中で最も有名な楽曲である。トランペットの西谷良彦がトークを務め、ワーグナーが妻のコジマと生まれたばかりの息子のジークフリートのために書いた曲であること、コジマの誕生日の朝にワーグナー家の階段に楽士を並べて初演されたことなどが語られる。
その後、ワーグナーとコジマの関係についても話そうとしたのだが、楽団員が出てきたため、「詳しくはWikipediaなどにも書いてあります」と述べて終わりにした。
フランツ・リストの娘であるコジマは、史上初の職業指揮者でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の初代常任指揮者としても知られるハンス・フォン・ビューローと結婚したのだが、ワーグナーがコジマを略奪。ビューローはワーグナーを尊敬していたため文句も言えず、引き下がるしかなかった。ワーグナーは作曲家としては大天才だったが、人間的にはかなり異様なところがあり、積極的に友人にはなりたくないタイプであった。そのためベニスでの最期にも不審死説や他殺説があったりする。

市川えり子(フルート)、岸さやか(オーボエ)、小川慧巳(ファゴット)、松田学(クラリネット)、伊藤咲代子(クラリネット。客演)、御堂友美(ホルン)、垣本奈緒子(ホルン。客演)、西谷良彦(トランペット)、岩本祐果(ヴァイオリン)、中野祥世(ヴァイオリン)、松田美奈子(ヴィオラ)、佐藤響(チェロ)、金澤恭典(コントラバス)による演奏。

「ジークフリート牧歌」には名盤も多いが、京フィルのメンバーもしっかりとした美しい演奏を展開。京都文化博物館別館ホールの音響も分離こそ十分ではなかったが、残響も良く、また内装が生み出す雰囲気がクラシック演奏によく合っている。


アンコールは、ワーグナーの「ローエングリン」より“婚礼の合唱(結婚行進曲)”。温かな演奏であった。

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2018年6月 3日 (日)

成田達輝&萩原麻未デュオ


おめでとうございます。

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コンサートの記(393) 藤岡幸夫指揮関西フィルハーモニー管弦楽団第205回定期演奏会

2008年9月4日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪のザ・シンフォニーホールで、関西フィルハーモニー管弦楽団の第205回定期演奏会を聴く。今日の指揮は関西フィル首席指揮者の藤岡幸夫。

曲目は、ヴォーン=ウィリアムズの「タリスの主題による幻想曲」、吉松隆の左手のためのピアノ協奏曲「ケフェウス・ノート」(ピアノ独奏:舘野泉)、シベリウスの交響曲第5番。
藤岡幸夫は、日本におけるシベリウス解釈の泰斗であった渡邊暁雄の弟子であり、シベリウスの交響曲第5番は、藤岡が最も愛する曲とのことである。

午後6時40分頃に、例によって関西フィル事務局の西濱さんが出てきて、指揮者の藤岡を招いてのプレトークを行う。藤岡によると今日の演奏会は、今年の関西フィルが組んだ最も美しいプログラムであるとのことである。

ヴォーン=ウィリアムズの「タリスの主題による幻想曲」。プレトークで、藤岡は弦楽の別働隊(というものがこの曲では用いられるのである)にノンビブラートでの演奏をさせると語っていたが、その通り、徹底してビブラートを抑えた古雅な響きが美しかった。
関西フィルの音色は綺麗だが、私は数ヶ月前に「タリスの主題による幻想曲」を大植英次指揮の大阪フィルハーモニーの演奏で聴いており、大植が描いた異様なほど繊細な美しさや、弦楽別働隊と本隊との切り替えの巧みさが思い出されてしまった。
やはり現時点では、大植の実力が藤岡のそれの遙か上を行っていると断言していいだろう。


吉松隆の左手のためのピアノ協奏曲「ケフェウス・ノート」は、今日のソリストである舘野泉(男性です)のために書かれ、昨年、ドレスデン室内管弦楽団の来日公演時に舘野のピアノソロで初演された。
今回は、藤岡の要請を受けて、吉松隆自身が2管編成のフルオーケストラ用に改訂した版での演奏。改訂版での世界初演である。

会場には吉松隆の姿もある。

吉松隆と藤岡幸夫は慶應高校の先輩後輩であるが、実は舘野泉も慶應高校の出身であるという。吉松と藤岡はそのまま慶應大学に進んだが(吉松は大学を中退した)、舘野は東京藝術大学に進学している。

そんな慶應高校トリオ(?)による曲と演奏。まず吉松の曲であるが、これが世にも美しい佳編。朝靄の高原の中を歩いているかのような可憐な冒頭、小川のせせらぎのようなピアノの楚々とした音色。シベリウスを意識したと思われる(吉松も藤岡も舘野もシベリウス好きという共通点がある)オーケストレーション。今後、左手のためのピアノ協奏曲の定番になってもおかしくない秀麗さを持っていた。

演奏終了後に吉松もステージに呼ばれ、聴衆から喝采を浴びる。

脳溢血のため、右手が不自由になり、現在は左手のピアニストとして活躍している舘野泉。フィンランドに居を構え、日本シベリウス協会の会長でもある。舘野泉の父親が舘野泉に会うために一人でフィンランドを訪れたところ、フィンランドの空港でパスポートを見た税関の職員が、「オー、ピアニスト、TATENO!」と言ったため、父親に「お前はそんなに有名なのか」と驚かれたというエピソード(舘野泉本人が以前話していた)があり、おそらく存命中の人物としてはフィンランドで一番有名な日本人は舘野泉だと思われる。

現在もリハビリに励んでおり、いつの日か両手のピアニストとして復帰する夢を持っているという舘野。しかし、出てくる時は足を引きずる感じで、ピアノのもとまで行くのが難儀そうであった。それでも演奏は素晴らしく、彼らしいリリカルな音色が最大限に発揮されていた。

アンコール曲として、舘野はカッチーニの「アヴェ・マリア」を弾く。「左手独奏のための編曲は吉松だろうか?」と思っていたが、「アヴェ・マリア」の演奏が終わった後に吉松も登場したのでどうやらそうらしいことがわかる(後で確認したところ、やはり吉松の編曲であった)


シベリウスの交響曲第5番。藤岡のこの曲への愛情が滲み出ているかのような演奏。第1楽章ラストの追い込みが激しすぎるのでは、という疑問もあるが、全曲を通して透明感に溢れた美演を繰り広げた。第3楽章で金管の音型が崩れる場面が何度かあったのが残念であるが、良きシベリウス演奏であったと思う。

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コンサートの記(392) ダニエーレ・ルスティオーニ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第518回定期演奏会

2018年5月29日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第518回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はイタリアの若手、ダニエーレ・ルスティオーニ。

1983年生まれ、現在34歳のダニエーレ・ルスティオーニ。アンドレア・バッティストーニ、ミケーレ・マリオッティと共にイタリア若手三羽烏の一人に数えられる。昨年9月に大野和士の後任としてリヨン国立歌劇場の首席指揮者に就任したばかり。2014年からはイタリアのトスカーナ管弦楽団の首席指揮者も務めている。
日本では東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者を務めるバッティストーニの評価が高いが、イタリア国内ではルスティオーニの方が現時点では評価が上のようだ。
ミラノのジュゼッペ・ヴェルディ音楽院で学んだ後、シエナのキジアーナ音楽院でジャンルイジ・ジェルメッティに師事。ロンドンの王立音楽院でジャナンドレア・ノセダにも学ぶ。英国ロイヤル・オペラでサー・アントニオ・パッパーノのアシスタントを経て、サンクトペテルブルクのミハイロフスキー劇場の首席客演指揮者を2年間務めている。

曲目は、メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」とマーラーの交響曲第4番(ソプラノ独奏:小林沙羅)という4並びである。

今日のコンサートマスターは崔文洙。今日はフォアシュピーラーに須山暢大が入る。

メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」。冒頭から各楽器の分離が明瞭であり、大変見通しが良い。ジャンプを繰り出すなど若々しい指揮姿のルスティオーニだが、音捌きの腕は抜群。大フィルから輝かしくも生き生きとした音を引き出していく。熱さを感じさせつつ上品という理想的な演奏となった。

マーラーの交響曲第4番でも上質の音楽が展開される。マーラー独特のおどろおどろしさは後退し、チャーミングな音色による愛らしいマーラー像が描かれていく。第3楽章などは正に天国的というに相応しい気品溢れる美演であった。バッティストーニが「未来のトスカニーニ」ならルスティオーニは「未来のクラウディオ・アバド」であろう。
小林沙羅はリリカルソプラノではないので、この曲の独唱に合っているかどうかは微妙だったが、安定感のある歌声を聴かせてくれた。



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2018年5月30日 (水)

コンサートの記(391) 「遊佐未森コンサート “スヰート檸檬”~昭和歌謡の夕べ~」

2008年7月1日 大阪・港町のなんばHatchにて

大阪へ。なんばHatchで行われる「遊佐未森コンサート “スヰート檸檬”~昭和歌謡の夕べ~」を聴くためである。午後7時30分開演。

タイトル通り、昭和歌謡のカバーアルバムである『檸檬』と続編である『スヰート檸檬』に収められた曲を中心としたコンサートである。

使用楽器が多いのもこのコンサートの特徴。ギターもアコースティックとエレキの両方が用いられ、その他にも、ピアノ、ドラム、ウッドベース、ヴァイオリン、ウクレレ、マンドリン、バンドネオン、ホルン、クラリネット、バスクラリネット、フルート、ピッコロなど、ありとあらゆる楽器が奏でられる。

「銀座カンカン娘」、「ゆらりろの唄」、「上総」、「夜来香」、「青春サイクリング」、「アルプスの牧場」、「憧れは馬車に乗って」、「森の小径」、「港が見える丘」、「モン・パリ」、「青空」、「アラビアの唄」など、アルバム『スヰート檸檬』の収められた曲の大半と、『檸檬』からの歌の他、遊佐のオリジナルナンバーでコンサートではおなじみの「川」、「ベージュ」などが歌われ、更にアルバムには収められなかったが、遊佐が気に入っているという昭和歌謡「ミネソタの卵売り」が歌われた。

アンコールでは、新曲である「I'm Here」と「憧れのハワイ航路」が歌われる。

今日は気温が高めだったが、未森さんの歌声は実に涼しげで、よき暑気払いとなった。

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2018年5月27日 (日)

コンサートの記(390) 広上淳一指揮京都市交響楽団第623回定期演奏会

2018年5月20日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第623回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。

演目は、レナード・バーンスタインの交響組曲「波止場」、ショスタコーヴィチの交響曲第9番、バーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」(ピアノ独奏:河村尚子)。バーンスタイン生誕100年記念といってもいいプログラムである。

開演30分前から広上淳一と京響シニアマネージャー代行兼チーフマネージャーの柴田智靖によるプレトークがある。4月からオーケストラの登場の仕方が変更になったため、プレトークの開始も10分早くなったそうである。アムステルダム・コンセルトヘボウでバーンスタインの助手を務めたこともある広上淳一。レナード・バーンスタイン(愛称:レニー)の弟子はとても多く、広上も、小澤征爾、大植英次、佐渡裕、大野和士らがレニーの弟子であることを紹介する。

ショスタコーヴィチの交響曲第9番であるが、交響曲第9番というのは作曲家にとって運命の数字でもある。ベートーヴェンが交響曲を9曲書いて他界したが、今では7曲ということになったものの以前の解釈ではシューベルトも9番まで、そしてブルックナーも9番まで書いて亡くなった。ドヴォルザークも今では初期交響曲にも番号が付けられて9曲までとなっている(私が小学生の頃の音楽の教科書には「新世界」交響曲の番号がまだ5番であった)。マーラーは交響曲第9番を書いたら死んでしまうのではないかと怖れ、9番目の交響曲には番号を付けず「大地の歌」とした。だが、結局は交響曲第9番を書くことになり、悪い予感が的中して、第9番が遺作となった。ということで特別な番号であり、ソビエト当局はショスタコーヴィチにベートーヴェンの第九に匹敵する曲を期待したのだが、ショスタコーヴィチはどちらかというとおちゃらけた感じの曲を書いてしまう。先にショスタコーヴィチとリヒテルによるピアノ2台版の試演会が行われ、放送によって世界配信されたのだが、ソビエトのみならず世界的な失望を買ってしまった。それでもエフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団による初演は好評だったが、ジダーノフ批判を受けて、以後しばらくの間はショスタコーヴィチ作品のソビエト国内での演奏が禁じられてしまう。
広上によるとレニーはこの曲をしばしば取り上げていたそうで、その理由を「この世のあらゆるものが含まれているから」と説明していたそうである。なお、バーンスタインはこの曲をウィーン・フィルハーモニーを指揮してドイツ・グラモフォンにライブ録音しているが、今に至るまでこれを凌ぐ録音は出ていないと断言していいほどの名演である。

バーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」の解説にはピアノ独奏の河村尚子も加わる。河村はこの曲の性質を「トリッキー」と語り、「常に黄色信号が出ていて、よそ見をしていると落とし穴に嵌まってしまう」と話す。日本人ピアニストの河村だが身振り手振りが大きく、ドイツで育ったことが現れていた。
河村と広上は7年前にオーケストラ・アンサンブル金沢の定期演奏会で、ヒンデミットの「四つの気質」で共演したのだが(私も金沢まで聴きに行った。調べたら6年前だったが、もうそんなになるのか)、バーンスタインはヒンデミットの音楽を高く評価しており、ヒンデミット的な要素をこの曲で取り入れたのではないかと河村は推理していた。

今日のコンサートマスターであるが、客演の須山暢大(大阪フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター)が務める。フォアシュピーラーは泉原隆志。4月から京響のコンサートマスターは泉原の一人体制になったのだが、2度目の定期にして早くも客演コンサートマスターが入ってしまうという異様な事態になってしまっている。

バーンスタインの交響組曲「波止場」。エリア・カザン監督の映画のための音楽として書かれたものをコンサート用に編み直したものである。私が持っているレニー自作自演の「ウエストサイド・ストーリー」全曲版のフィルアップに交響組曲「波止場」自作自演(オーケストラはイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団)が入っているのだが、今もこの組み合わせで出ているのかどうかはわからない。
広上はバーンスタインについてクリーニング屋の息子で余り裕福ではなかったと語ったが、文献に基づくとバーンスタインの父親のサミュエル・バーンスタインは理髪店を営み、パーマネントのための機器を独自に発明した発明家でもあった。サミュエルは特許料で稼ぎ、アメリカン・ドリームの体現者となる。息子にも家業を継がせたいと考えていたサミュエルだが、息子のレナードは意に反して音楽家への道を歩むことになる。ハイスクールを卒業したレナードはカーティス音楽院かジュリアード音楽院に進みたかったのだがサミュエルがそれを許さず、妥協の結果、レナードはハーバード大学音楽学部に進学する。世界最高の大学ともいわれるハーバード大学だが音楽学部に関してはカーティスやジュリアードより格下。レナードは満足出来ずに、その後、カーティス音楽院で学ぶことになる。バーンスタイン親子の関係はその後も複雑であったようだ。
いかにも映画音楽的な楽曲である。最初のホルンで示されるテーマがその後、様々な楽器で繰り返される。盛り上がりの部分はこの楽曲の冒頭部分によく似ているが、偶然だと思われる。
広上と京響のコンビの充実が確認出来る好演であった。

ショスタコーヴィチの交響曲第9番。全曲の演奏時間が5楽章で25分程度と短いこともあり、軽めの楽曲と目されているが、ユーモラスな感じがするのは第1楽章と第5楽章のみであり、他はシリアスな音楽が続く。
古典的な造形といわれることもある。そういえば、ショスタコーヴィチと犬猿の仲といわれたプロコフィエフの交響曲第1番「古典」は古典的造形そのものだが、多分、関係はない。
レニーとウィーン・フィルによる演奏はスケール豊かな、悪くいうと肥大化した音楽であったが、広上と京響はタイトにしてパワフルというこの曲本来のスタイルを採用。推進力にも富んでいたが、この曲の苦み走った面を強調するのが広上らしい解釈である。

バーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」。イギリス出身でアメリカに帰化した詩人のW.H.オーデンの長編詩に基づく交響曲である。オーデンの長編詩「不安の時代」は邦訳も出ており(日本語で読むと詩というより完全な物語文という印象を受ける)私も読んでみたことがあるのだが、長い上に余り面白くなかったので途中でリタイアしてしまった。
ピアノ独奏と含む交響曲という比較的珍しいスタイルを取っているが、宗教や思想の影響の強い交響曲第1番「エレミア」や交響曲第3番「カディッシュ」よりはわかりやすく、バーンスタインの交響曲の中ではおそらく最も演奏される機会が多いと思われる。初演はクーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団によって行われ、バーンスタインはピアノソロを受け持った。
この曲は、レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団盤(ピアノ独奏:ルーカス・フォス)、ジェイムズ・ジャッド指揮フロリダ・フィルハーモニー管弦楽団盤(ピアノ独奏:ジャン=ルイ・ストイアマン)などで聴いており、「いかにもアメリカ的な交響曲」という印象を受けたが、広上と京響の生む音色はどちらかといえばヨーロッパのオーケストラに近く、マーラーやショスタコーヴィチとの類似点が確認出来るのが興味深いところである。またそれによってシリアスで痛烈な印象も強まる。

日本の若手としてはトップクラスのピアニストとなった河村尚子(ただし音楽教育は全てドイツで受けている)。ハノーファー国立音楽演劇大学大学院ソリスト課程を修了。ミュンヘン国際コンクールで2位入賞、クララ・ハスキル国際コンクールでは優勝に輝く。今年は出身地の西宮市にある兵庫県立芸術文化センターでベートーヴェン・シリーズを行い、京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタでもオール・ベートーヴェン・プログラムによるリサイタルを行う予定である。現在はドイツ・エッセンのフォルクヴァング芸術大学教授。東京音楽大学ピアノ科の特任講師として現在も大学のホームページに名前があるが、ページ自体が更新されていないので今はどうなっているのかわからない。
今日はピアノは蓋を取り払って指揮者と対峙する位置に据えられている。
色彩感豊かなピアノを弾く人であるが、今日は高音の豊かさに魅せられる。ピアノを弾いたことがある人ならわかると思うが、鍵盤の右端に近い高い音は基本的に痩せた音しか出ない。ただ、今日の河村の弾く高音はボリュームがあって美しいのである。どうやったらああした音を出せるのかわからない。
この曲ではジャズテイストの旋律が登場するのが特徴であるが、その語り口が上手くいっているのかは私にはよくわからない。私もジャズピアノは聴くが、いずれもクラシカルな要素が強いピアニストばかりだ。プレトークでの河村本人のコメントによると「ジャズは好きだがジャズを弾くのは初心者」だそうである。

ちなみに第1部おける変奏曲の主題はグレゴリオ聖歌の「怒りの日」の模倣のように思われるのだが、そういう指摘は今まで行われていないようである。


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