カテゴリー「音楽」の786件の記事

2017年6月24日 (土)

コンサートの記(305)  「FM802 ヒトリの夕べ in OKAZAKI LOOPS」

2017年6月11日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後5時30分から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、「FM802 ヒトリの夕べ in OKAZAKI LOOPS」を聴く。昨日今日と左京区岡崎周辺で行われる音楽の祭典「OKAZAKI LOOPS 岡崎京都音楽祭2017」公演内の1つである。音楽の祭典とはいえ、小説家の平野啓一郎がギター演奏に乗せて自作の朗読を行ったり、ヨーロッパ企画のメンバーによる「源氏物語」の再構成朗読公演があってテレビ局のアナウンサーが出演したりと、バラエティに富んでいる。
「FM802 ヒトリの夕べ in OKAZAKI LOOPS」は、シンリズム、尾崎裕哉、山内総一郎(フジファブリック)の3人がそれぞれギター弾き語りによるヒトリ公演を行うというもの。MCは、FM802の土井コマキが務める。シンリズムが十代、尾崎裕哉が二十代、山内総一郎が三十代という構成である。


トップバッターのシンリズム。神戸市生まれのシンガーソングライターで、現在は東京の大学に通っており、現在2年生だという。MCで、「シンリズムは本名です」と明かしていたが、「説明が面倒なので後でググってみて下さい」とのことだった。検索すると漢字では「新理澄」と書くようである。お父さんが音楽好きで、息子の名前を「リズム」にするか「音太郎」にするかで悩んだという話も後にしていた。

MCの時と歌っている時では声の印象が異なる。歌声は、昨今の男性歌手のほとんどはそうだが、高い。フリッパーズギター時代の小沢健二の声にちょっと似ているかも知れない。

FM802とは本当に若い頃からの関係があり、土井コマキはシンリズムのことを、「FM802の甥っ子、日本のはとこ」と呼んでいたが、シンリズムは眼鏡を掛けており、土井コマキも眼鏡っ子であるため、後で山内総一郎に「土井さんと姉弟だろ!」と言われていた。


尾崎裕哉。尾崎豊の息子であるが、こうした肩書きはもういらないほどに活躍している。尾崎豊も青山学院高等部中退(欠席日数が多く留年が決まっていたので中退して卒業式の日にライブデビューした)と学業優秀であったが、尾崎裕哉も慶應義塾大学大学院修了と高学歴である。

澄んだ声の持ち主である。声が澄んでいるという点では尾崎豊と共通点があるが、声自体は尾崎裕哉の色が濃い。ただ歌い回しは尾崎豊によく似ている。意図的に似せているのではなく、似てしまうのであろう。私も知らず知らずのうちに父親と同じようなしゃべり方をしていて驚くことがある。
顔自体は尾崎豊には似ていないが、眼差しやちょっとした表情がそっくりな時がある。遺伝子というのは侮れない。

MCで尾崎は、「最近、キックボクシングを始めた」という話をし、握手会ではなくローキック会をしょうかなどと冗談も言っていた。
尾崎が京都でライブを行うのは今日が初めてだが、京都には何度か来ているそうで、「いつも同志社大学に用があって、京都駅の宝屋ラーメンを食べて帰る」と言って、土井コマキに「他に沢山いいところあるのに」と突っ込まれていた。


山内総一郎。オリジナル曲を歌うが、「京都を感じる曲をカバーします」と言って、くるりの「宿はなし」を歌う。「宿はなし」は歌詞に「夕凪」という言葉が出てくるため、海のある場所が舞台であり、京都市ではないようである。
山内は、高校時代によく岡崎に遊びに来ていたそうで、「どうしたの? この辺、こんなにお洒落になっちゃって?」と語っていた。前がボロすぎただけなんだけどね。
その後、山内は京都の思い出を話すが、「鞍馬って知ってます? って知ってますよね。出町柳から叡山電車に乗って行く」と語っていた。鞍馬が好きだそうだが、京都の人なら一度は鞍馬に行ったことがあろうだろう。多分。京都に住んでても名所旧跡に興味がない人は本当にどこにも行ったことがないので。前、うちにいたYなんか北白川に住んでたのに銀閣寺に行ったことがない(徒歩で10分ほどなのだが)って言ってからなあ。


ラストは3人が揃って、フジファブリックの「若者のすべて」を歌った。

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2017年6月12日 (月)

コンサートの記(304) サントゥ=マティアス・ロウヴァリ指揮フィンランド・タンペレ・フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2017大阪

2017年5月25日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、フィンランド・タンペレ・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。

フィンランド独立100年を記念してのタンペレ・フィルハーモニー管弦楽団の日本ツアー。今日の大阪での公演がトリとなる。
フィンランド人も客席に多く詰めかけており、第2部演奏前と演奏終了後にはフィンランド国旗の小旗が4本ほど振られていた。
フィンランドのタンペレはムーミン美術館があるところだそうで、ホワイエではトーベ・ヤンソン直筆のムーミンシリーズの絵が展示されていた。
日本のクラシックの聴衆はブランド志向であるため、タンペレ・フィルハーモニー管弦楽団のような有名とはいえないオーケストラでは入りが良くない。今日の入りは大体6割程度といったところ。3階席のチケットはそもそも発売していないようだ。

指揮者は、タンペレ・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者を務めるサントゥ=マティアス・ロウヴァリ。1985年生まれのフィンランドの若手である。現在は、コペンハーゲン・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者も務め、今年の秋からはスウェーデンのエーテボリ交響楽団の首席指揮者に就任する予定である。シベリウス音楽院で指揮をレイフ・セーゲルスタム、ヨルマ・パヌラ、ハンヌ・リントゥに師事している。

オール・シベリウス・プログラム。交響詩「フィンランディア」、ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:堀米ゆず子)、交響曲第2番。

ドイツ式の現代配置での演奏。首席ティンパニ奏者は女性である。

カーリーヘアの持ち主であるサントゥ=マティアス・ロウヴァリ。頭が膨張して見える上に痩身なので、頭と体のバランスが不思議に見える。手首から先をクルクル回したり、スナップを利かせて振ったりするのが特徴である。
また、見た目だけでなく音楽もかなり個性的だ。


交響詩「フィンランディア」。「フィンランディア」の冒頭は金管を思いっきり咆哮させる演奏が多いのだが、ロウヴァリは冒頭の金管を抑える。急激な加速と減速が特徴であり、一音一音ずつ切って演奏させる部分もある。各パート毎に浮かび上がらせるなど、オーケストラコントロール能力も高い。
弦は北欧のオーケストラらしくウエットで、立体感にも富んでいる。


ヴァイオリン協奏曲。ソリストの堀米ゆず子は白髪頭で登場。1980年のエリーザベト王妃国際音楽コンクールで優勝して注目されてから長い歳月が流れ、見た目はすっかりお婆ちゃんである。
堀米のヴァイオリンは美音だがタイトで広がりはそれほど大きくはない。ただシベリウスのコンチェルトには合っている。
ロウヴァリ指揮のタンペレ・フィルハーモニー管弦楽団は思いの外、豪快なところのある伴奏を聴かせる。ロウヴァリという指揮者は一筋縄ではいかないようだ。

堀米のアンコール演奏は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタより“ガヴォット”。軽快な演奏であり、バッハの深遠さはそれほど強くは感じられなかった。


交響曲第2番。ロウヴァリの生み出す音楽は緩急・強弱ともに変幻自在。かなり速いテンポを採ることもある。最終楽章のトランペットによる合いの手には急激なディミヌエンドが用いられる。
第2楽章は、シベリウス本人が「ドン・ファンと死との対決」をイメージしたと語ったとされているようだが、この「ドン・ファン」とは、若い頃は放蕩児だったというシベリウス本人のメタファーなのかも知れない。
交響曲第2番は、「フィンランドの民族的高揚を描いた」と解釈されているが、実際は案外プライベートな内容の交響曲なのかも知れない。第4楽章も凱歌ではなく、苦しみと希望の狭間にあるシベリウスが希望へと手を伸ばそうとする過程なのかも知れない。ロウヴァリは最終楽章で速めのテンポを取ったため、凱歌には聞こえなかったということもある。


アンコールは2曲。まずは「悲しきワルツ」。テンポと強弱を大きく動かす演奏である。ラストの弦楽による3つの音はノンビブラートで1音ずつ音を切って演奏された。
2曲目は、組曲「カレワラ」より“行進曲”。弦の刻み方に特徴があり、迸らんばかりの活気と春の喜びがホールを満たしていた。

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2017年6月11日 (日)

コンサートの記(303) 本名徹次指揮 日本センチュリー交響楽団 「センチュリー豊中名曲シリーズ Vol.2」

2017年5月7日 豊中市立文化芸術センター大ホールにて

豊中へ。曽根駅の近くにある豊中市立文化芸術センター大ホールで、「センチュリー豊中名曲コンサート Vol.2」を聴く。本名徹次指揮日本センチュリー交響楽団の演奏。児玉麻里と児玉桃の児玉姉妹が2台のピアノのための作品を演奏する。


「センチュリー豊中名曲コンサート Vol.2」の曲目は、ベートーヴェンの交響曲第1番、プーランクの2台のピアノのための協奏曲(ピアノ:児玉麻里&児玉桃)、サン=サーンスの「動物たちの謝肉祭」(管弦楽版)。「センチュリー豊中名曲コンサート」では今後、ベートーヴェンの交響曲を全曲取り上げる予定である(今年度は延原武春の指揮で「田園」が、小泉和裕の指揮で「英雄」が演奏される予定)。

今日の日本センチュリー交響楽団のコンサートミストレスは松浦奈々。古典配置での演奏である。

今日の指揮者である本名徹次は1957年、福島県郡山市生まれ(そもそも本名姓は福島県発祥の苗字である)。現在はベトナム国立交響楽団の音楽監督兼首席指揮者を務めていることで知られる。東京芸術大学器楽科中退。元々、「大学中退」という肩書きに憧れていたそうだが、指揮者志望であったものの芸大の指揮科は定員2名程度と難関であるため、器楽科に進んで指揮のプライベートレッスンを受けられる環境を自分で整えたかったのかも知れない。指揮を山田一雄と井上道義に師事。アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで2位に入り、ブダペスト国際指揮者コンクールでは優勝に輝く。
日本国内では大阪シンフォニカー(現・大阪交響楽団)の常任指揮者や名古屋フィルハーモニー交響楽団の客演常任指揮者なども務めている。日本人作曲家作品演奏専門のアマチュア・オーケストラであるオーケストラ・ニッポニカの指揮者としても活躍した。


ベートーヴェンの交響曲第1番。ピリオド・アプローチでの演奏。バロック・ティンパニを使用する。
弦楽器はビブラートは適宜掛けているが(中編成のセンチュリー響がこのホールで徹底したノンビブラート奏法を行うと音が小さくて聞こえにくくなるかも知れない)、ボウイングがかなり大きいという古楽奏法である。ヴァイオリンなどは弓の端から端まで用いる。
センチュリー響は元々ピリオドでの演奏に長けていた上に、近年ではハイドンの交響曲のピリオドでの演奏を続けているので、古楽奏法は手慣れている。
本名徹次の指揮姿はエレガントで音運びも達者である。
なお、本名徹次が指揮棒を使用したのはこの曲だけで、続く2曲はノンタクトで指揮した。


プーランクの2台のピアノのための協奏曲。ピアノの児玉姉妹は実は豊中市生まれである。育ちはパリで、今も本拠地はヨーロッパに置いているため、国籍も見た目も日本人であるが、内面が何人なのかはちょっとわからない。児玉麻里は指揮者のケント・ナガノ夫人でもある。
プーランクの2台のピアノのための協奏曲は、ストラヴィンスキーの影響を受けているといわれているが、聴くとそれはすぐにわかる。
姉妹ではあるが、児玉麻里の生み出すピアノの音と児玉桃のそれは少し異なり、児玉麻里の方がよりまろやかで、児玉桃の弾くピアノはエッジが立っている。どの音をどちらが出しているのははっきりわかるレベルで異なるのが面白い。
ピアノ協奏曲では普通はピアノがステージの一番手前側に来るのだが、今日は2台のピアノのための協奏曲ということもあって、舞台一番手前に指揮台があり、その奥にピアノ2台が向かい合う形で置かれている。下手側のピアニストが児玉麻里、上手側が児玉桃である。
第2楽章はモーツァルトを模したといわれる(プーランクは「パリのモーツァルト」という異名でも知られた)チャーミングな旋律が登場するのだが、児玉姉妹は比較的スマートな演奏に仕上げていた。


休憩を挟んで、サン=サーンスの「動物たちの謝肉祭」(管弦楽曲版)。管弦楽版による「動物たちの謝肉祭」のCDはシャルル・デュトワ指揮ロンドン・シンフォニエッタ盤などいくつか出ている。
プーランクの2台のピアノのための協奏曲の時は違い、この曲では2台のピアノが舞台の一番手前に置かれ、指揮者がその奥に布陣する。
「象」や有名な「白鳥」など、ソロによる曲があるのだが、いずれも本名徹次は指揮をせず、ソリストに全てを任せていた。
「ピアニスト」のスケールの練習は「下手であれば下手であるほど良い」とされており、思いっきり砕けた演奏をするピアニストもいるのだが、児玉姉妹は特に受けを狙うこともなく、普通に演奏していた。
児玉姉妹、本名指揮のセンチュリー響ともに洒脱な演奏を展開した。


アンコール演奏は児玉姉妹が受け持つ。本編とは逆に、児玉麻里が上手側、児玉桃が下手側とピアノを交換。だが、やはりというかなんというか、別のピアノを弾いてもそれぞれのピアニズムに変化はない。
最近、姉妹でリリースした2台のピアノのよる作品のCDに収められたチャイコフスキーの「くるみ割り人形」から、「こんぺいとうの踊り」と「トレパック」(ともにアレンスキー編曲)。いずれも息の合った見事な演奏であった。


豊中市立文化芸術センター大ホールの音であるが、前回と同じような席であったため、どこの席で聴いてもそうだとは言い切れないのだが、残響は短めであるものの、キャパがそれほど大きくないということもあって、音の通りが良い。
ステージが小さめであり、おそらく前の方の椅子を動かしてステージをせり出すことも可能だとは思うのだが、そもそもキャパ1300ちょっとと大ホールにしては小さいため、今後もフルサイズのオーケストラの公演が行われることは少ないと思われる。

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2017年6月 1日 (木)

コンサートの記(302) ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第508回定期演奏会

2017年5月12日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第508回定期演奏会を聴く。今日の指揮はロシアの名匠、ウラディーミル・フェドセーエフ。

フェドセーエフは、1932年生まれ。ロシア指揮者界の中で現役最長老である。1974年にモスクワ放送交響楽団(現在のチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ)の芸術監督兼首席指揮者に就任。以後、現在に至るまで同職にあり、40年以上の長期政権を誇る(もっとも、ロシアのオーケストラは基本的に長期政権を敷く傾向があり、人々もオーケストラの正式名称ではなく、「○○(指揮者の名前)のオーケストラ」と呼ぶケースが多い。チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラは「フェドセーエフのオーケストラ」である)。
1997年から2004年まではウィーン交響楽団の首席指揮者も務めており、ウィーンでも名声を高めている。

フェドセーエフは他のロシア人有名指揮者、例えば、ムラヴィンスキー、スヴェトラーノフ、ゲルギエフなどとは違って、力で押し切るタイプではなく、ロシアの指揮者としては最も西欧的なスマートな音楽作りを旨としている。といっても、「ベートーヴェン交響曲全集」などはロシアの香り濃厚だったりするのだが。

フェドセーエフの実演に接するのは今日が3回目だが、前2回はザ・シンフォニーホールでの演奏だったため、フェスティバルホールでフェドセーエフを聴くのは初めてになる。


曲目は、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ウェーバーの交響曲第1番、チャイコフスキーの交響曲第5番。

ウェーバーの交響曲第1番はとても珍しい曲である。実演で聴くのはおそらく初めて。CDも1種類しか持っておらず、長く聴いていないため、実質的には初めて耳にする曲となる。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。ドイツ式の現代配置での演奏である。

今日のフェドセーエフは全編ノンタクトでの指揮である。


ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲。ボリューム豊かな音による演奏である。広いフェスティバルホールであるが、今日は残響が長めに感じられる。弦楽器がノンビブラート奏法を行っているように思えたのだが、この曲でははっきりしなかった。


ウェーバーの交響曲第1番。歌劇「魔弾の射手」などで知られるカール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826)。オペラの作曲家として知られるが、歌劇以外にも交響曲やクラリネット協奏曲などを書いている。世代的には古典派からドイツ・ロマン派初期に掛けての作曲家であり、シューベルトより10歳年上である。
時代背景というのは音楽に関してはかなり重要であり、ウェーバーの交響曲第1番にはシューベルトの交響曲に相通じるものがある。ウェーバーは二十歳の頃に交響曲第1番と第2番を書いたのだが、その出来に不満であり、「いつか改訂しよう」と思いつつ、思いがけずも40歳の若さで亡くなってしまったため、果たされることはなかった。
そのため若書きであり、シューベルトの交響曲に似ている。また、良い意味でも悪い意味でも端正ではみ出しがないという部分もシューベルトの初期の交響曲にそっくりだ。こういう交響曲を書いていたとすれば、ベートーヴェンの交響曲第7番の初演を聴いたウェーバーが、「ベートーヴェンもついに気が触れたか」と日記に記したということも納得できる。例えは悪いかも知れないがムード歌謡しか知らない人が初めてロックを耳にしたようなものだろう。
第1楽章には、グリーグの「ペール・ギュント」の“山の魔王の宮殿にて”の旋律によく似た音型が現れる。

フェドセーエフがピリオド・アプローチを採用していることは、このウェーバーの交響曲第1番でよくわかった。各楽章のクライマックス以外はビブラートを控えめにし、音を短く切って歌う。
ロシアではピリオド奏法がまだ普及していないと聞いてきたが、フェドセーエフは取り入れたようだ。
大フィルは第2楽章の冒頭でトランペットが揃わなかったが後は堅調。造形バランス見事な演奏である。


フェドセーエフの十八番であるチャイコフスキーの交響曲第5番。
クラリネットによる「運命の主題」が終わると音の密度と輝きが増し、聴き手の耳に鋭く切り込むチャイコフスキー演奏が展開される。比較的速めのテンポによる演奏だが、緩急自在であり、ゆっくりとした部分ではテンポをグッと落として、徹底して甘美な演奏を展開する。
第2楽章冒頭では、フェドセーエフが大フィルからヒンヤリとした音を引き出す。この楽章ではホルンによる長くて美しいソロ(難度Sとされる)があるのだが、今日はソロの部分は見事な出来であった。オーボエとの掛け合いの部分では若干、引っかかり気味であったが。

フェドセーエフは、第2楽章と第3楽章をアタッカで繋ぐ。甘美な楽章を繋げることで、よりメリハリを付けようという意図だろう。美しくはあるが、どこか儚さを感じさせる演奏である。

以前は「凱歌」として演奏されることの多かった第4楽章。だが、21世紀になってからチャイコフスキー研究が進んだということもあり、別の解釈が取られることが増えた。フェドセーエフも最近の学説を取り入れた演奏を行う。
凱歌のようでありながら、届かぬところにある夢を歌うかのような趣。寂しさが音色に滲んでいる。疑似ラストを経てからもやはり聞いていて切なくなる演奏が繰り広げられる。チャイコフスキーの葛藤が公にされる。
そしてラストではテンポを思いっきり落として、「ジャジャジャジャーン」とベートーヴェンの運命動機の転用だとはっきりわかるよう、一音一音演奏された。

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2017年5月25日 (木)

ベルナルト・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 ショスタコーヴィチ 交響曲第8番第3楽章

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2017年5月17日 (水)

コンサートの記(300) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第507回定期演奏会

2017年4月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第507回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は大フィル桂冠指揮者の大植英次。

大フィル定期演奏会プレトーク担当の福山脩氏によると、大フィルは今年が創設70年になるのだが、前身である関西交響楽団が70年前に第1回の定期演奏会を行ったのが1947年の4月26日ということで、今日が大フィルの誕生日に当たるのだという。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第7番と、オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」。関西では今年、「カルミナ・ブラーナ」が立て続けに演奏される。たまたまなのか、「カルミナ・ブラーナ」がブームになりつつあるのかは不明。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。


ベートーヴェンの交響曲第7番。
大植英次はベートーヴェンは不得意であり、交響曲全曲演奏会なども行っているのだが評判は伝わってこない。
ピリオド・アプローチによる演奏。弦楽器はノンビブラートの演奏を行うが、これは第2楽章において効果的に働いていた。
第1楽章はピリオドとしては平均的なテンポだったが、第2楽章以降は比較的速めの演奏を行う。
低弦をきっちりと弾かせた演奏だが、バランス的にはピラミッド型になることはない。第1楽章は音の密度の濃い演奏を行い、第2楽章もあっさりしがちだが好演である。第2楽章ではレガートを多用してスマートで滑らかな演奏に仕上げている。
ただ第3楽章と第4楽章は「軽快」といえばいえるが、余りに軽く、ベートーヴェンらしさは後退してしまっていた。10年以上前に聴いた大植と大フィルの演奏による第7よりは良かったかも知れないが、ベートーヴェンを得意とする他の指揮者のそれに比べると物足りないのは否めない。


オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」。合唱は大阪フィルハーモニー合唱団、児童合唱は大阪すみよし少年少女合唱団。独唱は、森麻季(ソプラノ)、与那城敬(バリトン)、藤木大地(カウンターテナー)。

「カルミナ・ブラーナ」の音楽性はマーラーの声楽付き交響曲に通じるところがあり、マーラー指揮者である大植には大いに期待が持てる。
大植英次はこの曲も全曲暗譜で指揮する。
オーケストラ約100名、合唱約200人ということで、計約300名で演奏される大曲。広い広いフェスティバルホールのステージが人で埋まる。

大植はテンポを自在に変える演奏。大フィルから鋭い響きを生み出す。大阪フィルハーモニー合唱団も大阪すみよし少年少女合唱団もハイレベルな合唱を聴かせる。一音一音明瞭に発声するのが特徴だが、私はドイツ語を学んでいないので音楽面ではともかくとして言語的にどれほど効果的なのかはよくわからない。
大人数での演奏ということで、フェスティバルホールの音響も有効に働いていたように思う。

ソプラノ独唱の森麻季は、クッキリとした歌声で魅せる。声の質はメゾ・ソプラノに近いかも知れないが高音が良く伸び、技術も高い。
バリトン独唱の与那城敬はドラマティックな歌唱を披露。声が良く通る。

「ローストされる白鳥」の歌は、通常はテノールが裏声で冗談めかして歌うのであるが、今回の演奏はカウンターテナーの藤木大地が裏声ではなくカウンターテナーの発声で歌う。おちゃらけた歌い方であり、藤木も藤木をフォローする与那城も軽い仕草の演技をしているのだが、白鳥の悲哀がそこはかとなく伝わってくる。丸焼きにされる白鳥の悲哀というのもそれはそれで可笑しいものであるのだが。

やはり、「カルミナ・ブラーナ」とマーラー指揮者の相性は良いようで、大植指揮の「カルミナ・ブラーナ」は大成功であった。

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2017年5月15日 (月)

コンサートの記(299) 押尾コータロー 15th Anniveresary Tour “KTR×GTR”京都公演

2017年4月15日 ロームシアター京都サウスホールにて

午後6時からロームシアター京都サウスホールで、押尾コータロー15th Anniversary Tour“KTR×GTR”京都公演を聴く。押尾コータローのメジャーデビュー15周年を記念して47都道府県全てでコンサートを行うというツアーの京都でのコンサートである。

ロームシアターに着くと、いやに人が多いことに気づいたのだが、今日はメインホールでMr.Childrenのコンサートがあるようだ。Mr.Childrenのロームシアター京都でのコンサートは「一般発売なし」となっていたのだが、あるいはファンクラブ会員限定コンサートだったのだろか。ロームシアター京都メインホールのキャパは2000前後であるが、ミスチルならファンクラブ会員だけでそれぐらい埋まりそうである。
ロームシアター京都のノースホールでは、スガダイローとジェイソン・モランによるジャズピアノのジョイントコンサートがあり、今日は3つあるホールがフル稼働である。


押尾コータローは1968年生まれの大阪府出身のギタリスト。大阪生まれの大阪育ちであるが、押尾という苗字は千葉県固有の苗字であるため、先祖が千葉県から移ってきたのだと思われる。
高校卒業後に上京。音楽専門学校でギターを習うほか、プライベートレッスンでもギターを教わる。
その後、大阪に帰り、バンドを組むが当時はベーシストとして参加していた。メジャーデビューは遅く、34歳の時である。
超絶技巧のギタリストとして知られており、右手だけでなく左手でもメロディーを奏でることが可能である。

押尾コータローのアルバムは、2010年に発表されたベストアルバムを持っているだけなのだが、ロームシアターでの公演にはクラシック・ポピュラーを問わずなるべく数多く参加しておきたいということで、出掛けた。チケットを手に入れるのが遅かったため、今日は2階席の一番後ろの列で聴く。サウスホールは空間がそれほど大きくないので、この席でも十分である。

ニューアルバム「KTR×GTR(KoTaRo×GuiTaRの略)」からの曲が中心。1曲弾き終えた後で、押尾は、「ただいま! 京都!」と挨拶する。その後も押尾は軽快なトークを披露。やはりポピュラー系は喋りが上手い方が得である。少なくとも話が面白くて得をすることはあっても損をすることはない。

押尾は、「ロームシアター京都、以前は京都会館の第2ホールだと思うんですか、その面影もなく」「パワーアップして。普通はリニューアルすると『前の方が良かった』という声が上がったりするんですが、そういうこともございませんようで」と語る。あんなオンボロホールが良かったという人がいるとも思えない。音楽関係者が口をそろえてボロクソにいう旧京都会館とはなんだったのだろう。おそらくだが、音楽を気持ちよく聴きたいということで、京都会館があった頃も、大阪やびわ湖ホールでの公演を選んだ人もいたと思われる。

押尾はまだロームシアターの構造を把握していないようで、サウスホールのことを、「ノースホール」と言い、ファンから「サウスホール」と言われた後も、「ノースホールはミスチルですもんね」と言っていた(ミスチルがやっているのはメインホールで、ノースホールはメインホールの地下にある小ホールである)。

オリジナル曲が大半であるが、1曲だけ編曲ものがある。ラヴェルの「ボレロ」をギター1本で弾くというもの。勿論、原曲通り15分全てはやらないが、メロディーだけでなく、弦楽が行うピッチカートや、スネアがやるボレロのリズムなども一人で演奏する。見ていても一体どうなっているのかよくわからない。転調があってラストへ、というところでアクシデントがある。押尾が「手がつってしまった」ということで演奏を中断。もう一度、最初からやり直す。あともう少しで終わるというところだったのだけれど。再度「ボレロ」を弾き、演奏を終えた押尾に温かい拍手が送られる。
押尾は、「ありがとうございます」と言って、「皆様と同じ時代に生まれてこられたということに感謝を込めて」というメッセージも込めて、「Birthday」という曲を演奏した。

トークであるが、ギターを始めた理由について、「『えーっ』と言われちゃうんですけれど、女の子にもてたかったから」と打ち明ける。男子がギターを始める理由は99%が「女の子にもてたかったから」だといわれている。ギターを辞める理由もほぼ「もてなかったから」だというアンケート結果があるようだ。残りの1%は「親がギタリストやギター好きだったから」らしい。
中学時代に、同級生が松山千春を弾いているのを見てギターを始めた押尾であるが、中学時代は下手だったそうで、「押尾君、ギター上手いね」と初めて言われたのは高校1年生の時だそうだ。
高校3年になって進路を決める際に、「僕はギターが得意なので音大に行きたい」と言ったところ、「お前? 楽典って知ってるか? お前じゃ絶対に無理」と言われて発奮し、楽典を買ってきて勉強を開始。絶対音感を身につけたいとも思ったものの、いきなりは無理なので、チューニングの「ラ」の音を覚えようと、音叉を耳にして、高校までの通学の30分の間、ずっと、「ラ」を口ずさんでいた「ラ少年」だったそうだ。「すれ違った人は、なんや? あいつ? と思ったでしょうが」。結局、音大に進むにはピアノが弾けないといけないということで、大学進学は諦めたそうだが、その時の勉強は生きているそうだ。
今でも、記譜を行っているときに、「あー、ミュージシャンしてるな」と思うそうで、そのことを書いた「えんぴつと五線譜」という曲を披露した。

最近、映画音楽に初めて取り組んだそうで、「同級生」といライトBLのアニメ映画。原作マンガを読み、最初はメロディアスな音楽を書いていったのだが、番宣用の音楽として披露したところ、「もっと抽象的な音楽で良い」と言われ、和音をアルペジオで弾いたところ、「それで良い」と言われて戸惑ったということも話す。本編ではきちんとした音楽が必要なのだが、最初は「オープニングとエンディングの音楽だけ」で、本編は本職の劇伴音楽作曲家が担当するはずだったのだが、いつの間にか「本編の音楽も」という話になっており、全編、押尾が音楽を手掛けることになったそうだ。
「同級生」から、メインテーマである「Innocent Days」と「風と空のワルツ」が演奏された。


アンコールでは、三菱電機のカーナビのCM曲である「Together!!」の他、「皆さんの人生が美しき人生となりますように」ということで、「美しき人生」が演奏された。

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2017年5月13日 (土)

コンサートの記(298) アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団大阪特別公演2017

2017年4月23日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで東京都交響楽団の大阪特別公演を聴く。今日の指揮者は日米ハーフのアラン・ギルバート。ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督であり、NHK交響楽団へたびたび客演していたことでも知られる。1967年生まれ。現在、ジュリアード音楽院指揮・オーケストラ科ディレクター、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団桂冠指揮者、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者も務めている。

今日のコンサートマスターは矢部達哉。ドイツ式現代配置での演奏である。今日の都響男性団員は大半が燕尾服ではなく背広姿である(全員背広に見えたのだが、全ての男性楽団員を確認出来たわけではない)。

曲目は、ベートーヴェンの劇付随音楽「エグモント」序曲、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(ピアノ独奏:イノン・バルナタン)、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」

開演前にステージ上でティンパニ奏者が練習していたのだが、音色が硬かったため、ベートーヴェンではピリオド・アプローチが行われることがわかった。


ベートーヴェンの劇付随音楽「エグモント」序曲。ギルバートはベートーヴェンは「エグモント」も「英雄」も暗譜で指揮した。
弦楽器はビブラートを控えめにして、ボウイングもピリオド特有のものである。ピリオドのためか、音色が若干乾き気味である。
ギルバートの指揮は指揮棒を持たない左手を右手と同じぐらい多用するのが特徴。拍を刻むのではなく、音型を指揮棒で示していくタイプである。両手よりも上体の動きで指揮することもある。
バランス感覚も良く、やや地味ながら好演であった。


ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。ピアノ独奏のイノン・バルナタンは、1979年、イスラエルのテルアビブ生まれのピアニスト。ニューヨーク・フィルの初代アーティスト・イン・レジデンスを務めたそうである。
バルナタンはピアノをバリバリ弾くタイプではく、音を丁寧に置いていく感じだが、技巧にはキレがあり、ロマンティシズムの表出も上手い。
ギルバート指揮の都響は十全とは言えないかも知れないが、甘美な音色を生んでいたように思う。


メインであるベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。ギルバートは、第1楽章、第3楽章、第4楽章ではピリオドとしては平均的な速度を採用。第2楽章「葬送行進曲」はピリオドとしてもやや速めである。
弦楽は「エグモント」よりもビブラートを更に抑えた演奏。時折、完全ノンビブラートで生み出される響きが美しい。
ギルバートは管楽器を浮かび上がらせるのが上手く、都響の管楽器も巧者揃いである。特に金管は全員腕利きだ。
今日のギルバートは、残響2秒程度というフェスティバルホールとしては理想的な残響時間を生んでいたが、ゲネラルパウゼを長めに取るのも特徴。今日は私は3階席の4列目、下手端の方で聴いていたが、あるいは指揮台の上ではもっと残響が長く聞こえたのかも知れない。

第1楽章の主題行方不明は原譜通り採用。ギルバートは木管を強調することはせず、本当に行方不明のように聞こえた。意図的にそうしたのかも知れない。

第2楽章には「タタタタン」という、後に交響曲第5番で使用される「運命動機」の原型が聴かれるのだがギルバートはそれを強調することはなく、主題を吹く管楽器の方を優先させていた。

第3楽章と第4楽章の間はアタッカで繋いだギルバート。見通しの良い端正な仕上がりで、ベートーヴェンがモーツァルトから受けた影響なども際立たせて、アポロ芸術的な「英雄」となった。

カーテンコールでは、ギルバートは最後は客席に向かって手を振り、コンサートはお開きとなった。

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2017年5月 5日 (金)

コンサートの記(297) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2017

2017年4月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで京都市交響楽団大阪特別公演を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。
曲目は、ベートーヴェンの交響曲第5番、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1919年版)。
今日のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏である。管楽器の首席奏者は前半のベートーヴェンにはほとんど出演せず、ベートーヴェンのオーボエは客演の岡北斗が吹いた。


広上は節目節目でベートーヴェンの交響曲第5番を取り上げており、十八番としている。

今日は二つ指揮棒を軽く振ってから演奏スタート。フェルマータはいつもよりも少しだけ短めにしているようである。ピリオド・アプローチによる演奏であり、音の末尾を伸ばすことはない。
音の密度が高く、弦、管共に充実した演奏を展開する。フルートの浮かび上がらせ方の上手さも目立つ。
第4楽章突入部分の輝かしさは特筆事項で、真の勝利をつかみ取った心の震えまでもが伝わってくるかのようだ。
ベーレンライター版の譜面を使っていたようで、第4楽章ではピッコロの活躍が目立つが、一番浮き上がるところのピッコロは採用しておらず、交ぜて使っているようである。ラストではピッコロを思う存分吹かせていた。
広上は、ジャンプをしたかと思えば、振りかぶって指揮棒を下げ下ろしたり、指揮棒を両手で持って剣道の「面!」のように払い下げたりする。


休憩を挟んで後半。ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」。しなやかにしてソリッドな演奏が展開される。夜想曲やロマンスの可憐さも見事だ。夜想曲ではコンサートマスターの渡邊穣が美しいヴァイオリンソロを奏でた。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1919年版)。京響の技術の高さと、明るい音色が十全に発揮された演奏である。広上の弦と管のバランスの取り方も最上であり、ティンパニなどの打楽器の思い切った強打も効果的である。音の百貨店のようにどんな音でも出せる万能系の演奏である。
広上のピョンピョンと跳ねる指揮姿も面白かった。


カーテンコール。広上は客席に向かって、「また来ます」と挨拶。「皆さんのご多幸を祈って」ということで、ビゼーの「アルルの女」第1組曲よりアダージェットがアンコールとして演奏される。瑞々しい出来であった。

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2017年5月 4日 (木)

コンサートの記(296) ヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮香港フィルハーモニー交響楽団日本公演2017

2017年4月18日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、香港フィルハーモニー管弦楽団の日本公演を聴く。指揮は香港フィルハーモニー管弦楽団音楽監督のヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。

アジアのオーケストラとしてはトップクラスの知名度を誇る香港フィルハーモニー管弦楽団。香港映画や中華ポップの演奏を行っていることでも名高い。だが、この香港フィル、なんと来日演奏会を行うのは実に29年ぶりになるという。そして今回も日本公演は今日の大阪での演奏会のみで、東京での演奏会は予定されていない。ということで、「音楽の友」誌の記者達がザ・シンフォニーホールに乗り込んでいるそうである。

香港フィルの音楽監督を務めるヤープ・ヴァン・ズヴェーデンは、EXTONレーベルへの録音で、日本でも知名度の高い指揮者である。オランダ出身。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターを経て指揮者に転身している。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のヴァイオリン奏者やコンサートマスターとしては何度も来日しているが、指揮者としての来日は意外にも今回が初めてになるそうだ。


曲目は、フォン・ラム(Fung LAM 林豊)の「クインテッセ」、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番(ヴァイオリン独奏:ニン・フェン)、ブラームスの交響曲第1番。


29年前と今とでは同じ香港フィルであっても実態はもう別のオーケストラだと思える。そもそも29年前には香港は中国のものではなく、英領だった。
香港フィルは、1948年の創設。当時はアマチュアオーケストラだった。1973年にプロオーケストラに移行。1989年に本拠地となるアーツセンター・コンサートホールが竣工し、同年、ロンドン・シンフォニエッタの指揮者などを務めていたデイヴィッド・アサートンが音楽監督に就任。1997年に香港は中国に返還され、白人主体だったオーケストラに変化が訪れる。2003年にはエド・デ・ワールトを音楽監督に迎え、2012年にヤープ・ヴァン・ズヴェーデンが後任として音楽監督に就任している。


開場時からステージ上では、木管奏者達が練習を行っており、その後、楽団員達が三々五々ステージに出てきて思い思いに弾き始めるというスタイル。弦楽の首席クラスが開演数分前に出てきて、最後は拍手を受けながらコンサートマスターが登場して全員が揃う。
アメリカ式の現代配置での演奏。ティンパニは指揮台の真っ正面ではなくやや下手寄りに位置する。
管楽器は白人主体、弦楽器はアジア系が大半といった好対照な顔触れ。打楽器は白人とアジア系が半々である。ハープは白人の男性奏者が演奏していた。


ズヴェーデン登場。見事なリンゴ体型である。


フォン・ラムの「クインテッセ」。仏教の五蘊(色、受、想、行、識)を描いた現代曲である。フォン・ラムは、1979年生まれの香港の作曲家で、イギリスで音楽を学び、現在もイギリスと香港の両方を拠点として活躍しているという。
打楽器の強打に、シンバルを弓で弾くなどの特殊奏法がある。一方で、管や弦は神秘的な響きを奏で、独特の雰囲気を生み出している。


バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番。このところ、プログラムに載ることが増えてきた曲である。演奏時間約40分という大作。ズヴェーデンはこの曲はノンタクトで指揮した。
ソリストのニン・フェンは、中国出身のヴァイオリニスト。ベルリンを拠点として活躍しており、ドラゴン四重奏団との共演も重ねているという。

ニン・フェンの音はやや乾いた感じである。ザ・シンフォニーホールでこうした音が出ることは珍しいのだが、香港フィルの弦楽陣もやはりやや乾き気味の音色を出している。日本のオーケストラの弦楽奏者は輝かしい音を追求し、韓国のオーケストラも似た感じであるが、他のアジアのオーケストラ(香港以外に、中国、マレーシア、ベトナムなど)の弦楽パートはそれとは違うものを求めているようにも感じる。
ハンガリー出身のバルトークならではのペンタトニックや、特殊な演奏法などが聴かれるため、どことなくアジアな響きが感じられる演奏になっている(ハンガリーのフン族は元々はアジア系とされる)。
昨年聴いたオーギュスタン・デュメイの同曲演奏のようなスケールの大きさこそ感じられなかったが、ニン・フェンの技術も高く、ハイレベルな演奏を味わうことが出来た。

ニン・フェンのアンコール演奏は、パガニーニの「24のカプリース」より第1番。高度なメカニックを繰り出した演奏であった。


後半、ブラームスの交響曲第1番。
ヤープ・ヴァン・スヴェーデンが日本で知名度を上げたのは、オランダ・フィルハーモニー管弦楽団などを指揮して完成させた「ブラームス交響曲全集」(オランダ・ブリリアント・クラシックス)によってであった。若きズヴェーデンの溌剌とした演奏が評判を呼んだのである。
ということで、ズヴェーデンの十八番ともいえる曲目が演奏される。
ズヴェーデンは、ホルンや木管、ヴィオラといった内声を強く弾かせることで音に立体感を生み出す。特にヴィオラの対旋律を浮かび上がらせるのは効果的で音に厚みと彩りの豊かさが出る。

指揮棒を持って登場したズヴェーデンだが、指揮棒をヴィオラ首席奏者の譜面台に差して、第1楽章と第2楽章はノンタクトで指揮する。
第3楽章に入る前に指揮棒を手にしたズヴェーデン。中間部に入るまでは指揮棒を用いていたが、今度は指揮棒を自身の譜面台の上に置いてノンタクトでの指揮を始める。第4楽章の終盤になってから再び指揮棒を手にして指揮した。ノンタクトで振った方が両手を均等に用いることが出来るために細部まで操りやすいのであろう。

スマートなブラームスである。生まれ出る音楽自体は熱いのだが、弦楽の音色が比較的あっさりしていてまろやかなため、上手く中和されている。各楽器の奏者達の技術も高く、優れたブラームス演奏となった。


アンコールは、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」。ズヴェーデンと香港フィルは、NAXOSレーベルに「ニーベルングの指輪」全曲をレコーディングしている。ズヴェーデンはこの曲でも指揮棒をヴィオラ奏者の譜面台に挟んでノンタクトで指揮した。
トランペット、トロンボーン、ホルンといった金管がパワフルであり、ズヴェーデンの巧みなオーケストラコントロールもあって好演となる。


優れた指揮者とオーケストラによる素晴らしい演奏会であった。

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