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2019年6月17日 (月)

観劇感想精選(304) 加藤健一事務所 「Taking Sides ~それぞれの旋律~」

2019年6月1日 京都府立府民ホールアルティにて観劇

午後2時から、京都府立府民ホールアルティで、加藤健一事務所の公演「Taking Sides ~それぞれの旋律~」を観る。「戦場のピアニスト」「想い出のカルテット」「ドレッサー」のロナルド・ハーウッドが、20世紀最高の最高の指揮者であったヴィルヘルム・フルトヴェングラーのナチ裁判予備審問を描いた戯曲の上演。私は6年ほど前に、行定勲の演出、筧利夫、平幹二朗、福田沙紀、当時無名の鈴木亮平らの出演による上演(「テイキングサイド ~ヒトラーに翻弄された指揮者が裁かれる日~」)を観ている。
テキスト日本語訳は小田島恒志と小田島則子。演出は鵜山仁。出演は、加藤健一、今井朋彦(文学座)、加藤忍、小暮智美(青年座)、西山聖了、小林勝也(文学座)。

舞台上方に下側がちぎれた状態の星条旗が掛かっている。舞台下手にも星条旗が、あたかも歌劇「蝶々夫人」の上演時のように掲げられている。上手に上方に設けられたドームが崩れ落ちたままのドアがあり、登場人物はこのドアから入ってくる。
ベートーヴェンの交響曲第5番第4楽章の演奏が鳴り響いて上演開始。星条旗を吊り下げていた上手側の紐が切れ、舞台上に落ちかかる。後方の壁にはベルリン陥落の模様の映像が投影される。

灯りがつくと、エンミ・シュトラウベ(加藤忍)が指揮真似をしている。エンミはベートーヴェンの愛好家なのだが、連合軍取調局に所属しているアメリカのスティーヴ・アーノルド少佐(加藤健一)は、音楽には全く興味がなく、ベートーヴェンの交響曲第5番についても、「くその役にも立たないほど退屈」と感じている。エンミはベートーヴェンの交響曲第8番が最も好きなのだが、ベートーヴェン入門曲として第九を薦める。だが、アーノルドは「第5より短いのか?」と聴く気のない発言をする。

アーノルドは世界的な大指揮者であるヴィルヘルム・フルトヴェングラー(小林勝也)の予備審問を担当するのだが、フルトヴェングラーについては全く知らない。知らないからこそ選ばれたという側面もある。アメリカで活躍するアルトゥーロ・トスカニーニやレオポルト・ストコフスキーは知っているが、指揮者ではなくバンドリーダーという認識であり、フルトヴェングラーもバンドリーダーの一人だと思っている。
フルトヴェングラーは、ナチス政権化にあってナチ党員にならず、ユダヤ人音楽家の国外逃亡に手を貸していた。だが自身はドイツに留まってベルリン陥落の前年にようやくスイスへ亡命したため、「実はナチ協力者なのではないか?」という嫌疑をかけられていた。フルトヴェングラーと彼が指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏は、ナチがドイツ国民の優越性を示すためのプロパガンダとして用いていた。
新たにアーノルドの部下となったデイヴィッド・ウィルズ中尉(西山聖了)は、ハンブルク生まれのユダヤ系ドイツ人で今はフィラデルフィア在住という二重にも三重にも引き裂かれた経歴の持ち主である。精神的にはヨーロッパ寄りであり、ベートーヴェンは大好き。その点において同じアメリカ人でもアーノルドとは大きく異なっている。

典型的なアメリカ的合理主義的精神の持ち主であるアーノルドは、予備知識を徹底して廃してフルトヴェングラーやベルリン・フィルの第2ヴァイオリン奏者であったヘルムート・ローデ(今井朋彦)を追求していく。
途中、タマーラ・ザックスという女性(小暮智美)が闖入する。タマーラはドイツ人女性で旧姓は典型的なドイツの苗字であるミュラー。しかし、ユダヤ人ピアニストであるヴァルター・ザックスと結婚していた。ヴァルター・ザックスとタマーラはパリに亡命するが、ナチスによってパリが陥落したため、ヴァルターはアウシュヴィッツに送られて命を落とした。だが、二人がパリに亡命出来たのはフルトヴェングラーのお陰であるとして、彼の無罪を訴えに来たのである。

タマーラだけでなく、ローデ、エンミ、デイヴィッドら全員がフルトヴェングラーは偉大な芸術家だと擁護する中、アーノルドは後光効果(ハロー効果)を廃した追求を行おうとする。フルトヴェングラー本人にも脅威となった若きヘルベルト・フォン・カラヤンの存在や、愛人や隠し子が各所にいたというフルトヴェングラーの私生活に踏み込んで揺さぶりをかけていく。
やがて、ナチス高官ハンス・ヒンケルが残した様々なデータによってローデが実はナチ党員だったことがわかり……。

 

行定勲演出の「テイキングサイド」では、小林隆がヘルムート・ローデを演じており、最初から気弱で人におもねりそうなローデ像を作り上げていたが、今回の「Taking sides」は今井朋彦のローデということで印象は大きく異なり、同じセリフでも意図が異なって聞こえる。
「テイキングサイド」でアーノルドを演じた筧利夫は、異常なまでの映像記憶力の持ち主で、かなりの早口、非感情的という人物に扮していたが、加藤健一のアーノルドは異能者であることはセリフで示されてはいるものの、それを思わせる展開はほぼないため、同じ合理主義者のアメリカ人ではあっても異なった要素が表に出ているように思われる。行定演出ということあって、筧のアーノルドはかなり挑戦的でもあったようだ。

「テイキングサイド」では、平幹二朗演じるフルトヴェングラーの完全敗北という感じに見えたラストだが、今回はフルトヴェングラーの後悔のみに留められ、またラストに流れる第九第1楽章も「芸術はそんなことで負けも終わりもしない」というアーノルドへの忠告のように響いた。

アメリカの合理主義とドイツ引いてはヨーロッパの伝統主義、芸術至上主義の代理戦争の構図がこの劇には見て取れる。そして、戦前においてはドイツを、戦後はアメリカをモデルとして発展してきた日本において「Taking sides(どちらの側を取るか)」を上演する意味についても考えさせられる。

 

ロビー(というより普段は喫茶店として使われているスペース。喫茶店は今日は午後3時で閉店)でアフタートークがあり、出演者全員が登場する。

イギリスでは「Taking Sides」は「コラボレーション」との二本立て作品として上演されており、「コラボレーション」の方は、加藤健一事務所は2011年に上演している。加藤健一は、「Taking Sides」の台本も同時に読んでいたそうだが、その時はフルトヴェングラーという人物を知らなかったために上演を見送ったそうである。ただ、それから8年経って、「早くやらないと、どっち(アーノルドとフルトヴェングラー)を演るのかわからなくなってしまう」ということで取り上げることにしたそうである。
加藤健一は、普段は真逆の人間なので演じやすかったと言って笑いを取るが、「フルトヴェングラー好きはいっぱいいるものですから」、フルトヴェングラーファンから悪く見られるのが嫌なようで、東京公演の時も楽屋に来た今井朋彦のフルトヴェングラー好きの知り合いから、「段々段々、憎く憎く見えてきました」と言われてショボンとしたそうである。
小暮智美は、「福島県会津出身です。京都には色々な思いがあります」と自己紹介。演じたタマーラについてハーウッドは「タマーラはホームレスのように見える」と書いていたため、そう見えるように稽古の時から工夫をしており、お歯黒をしてきてみんなから「この人は何をしてるんだ?」と怪訝な顔をされたり、演出の鵜山仁から「いや、そういうんじゃない」と駄目だしされつつ、色々模索している最中だそうである。ちなみに今日のメイクは今井朋彦に「八ツ橋に見える」と言われたそうだが、言われた方はどんなだかわからないそうである。

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2019年6月12日 (水)

コンサートの記(562) ムジークフェストなら2019 ウィーン少年合唱団来日公演

2019年5月31日 奈良県文化会館国際ホールにて

奈良へ。午後7時から奈良公園の北にある奈良県文化会館国際ホールで、ムジークフェストなら2019 ウィーン少年合唱団来日公演を聴く。

1498年創設のウィーン少年合唱団。現在は、ウィーンゆかりの4人の作曲家にちなみ、ハイドン組、モーツァルト組、シューベルト組、ブルックナー組(このうち、ハイドンとシューベルトはウィーン少年合唱団のメンバーであった)の4組に分かれて活動しており、昨年は京都にハイドン組のメンバーがやって来たが、今回はブルックナー組が来日して各所でコンサートを行う。カペルマイスターはマノロ・カニン。

奈良県文化会館は、今年の1月に耐震強度の不足が指摘され、キャンセルも多いそうだが、国際ホールは倒壊の恐れはなく、耐震性不足とされた楽屋部分などを随時補修していく計画のようである。

曲目は、第1部が、オルフのカンタータ「カルミナ・ブラーナ」より“おお、運命の女神よ(運命の女神の歌)”、ヴィアダーナの「正しき者よ、王によって喜べ」、メンデルスゾーンの「羊飼いはよみがえられた」、ハイドンのオラトリオ「天地創造」より“天の神の栄光を語り”、ブラームスの3つの宗教合唱曲より「喜ばしき天の女王」、ブラームスの詩篇13番、ゲーリンガーの「死と愛」、バンキエーリの「3声のカプリース」「動物たちの対位法」。第2部が、ピアソラの「リベルタンゴ」、ディ・カプア/マッズッキの「オー・ソレ・ミオ」、ロジャーズの映画「サウンド・オブ・ミュージック」より“ひとりぼっちの羊飼い”と“エーデルワイス”、瀧廉太郎の「荒城の月」、上皇后陛下御作詞の「ねむの木の子守歌」、岡野貞一の「ふるさと」、ヴィルトの「Peace Within(内なる平和)」、オーストリア民謡「納屋の大戸」、ヴンシュの「今日、天使たちがウィーンにやってくる」、ヨーゼフ・シュトラウスの「水平のポルカ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「雷鳴と稲妻」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「美しく青きドナウ」

奈良県文化会館国際ホールは改修によって壁や床が吉野杉の木目に改まっているが多目的ホールであり、今回のような中編成の少年合唱団では迫力に欠ける気もするが、ウィーン少年合唱団の美声はよく通り、カペルマイスターであるマノロ・カニンのエンターテインメント性に溢れる展開もあって楽しいコンサートとなる。

そのマノロ・カニンはテキストを手に日本語で長いスピーチを行い(「この5月から令和の新しい時代となりました。おめでとうございます」など)、客席から喝采を受ける。ウィーン少年合唱団もテキストを手に楽曲紹介を行ったり、中には日本語を暗記してスピーチを行う子もいる。日本人のメンバーも2人おり、その中の背は低いが利発そうな顔をした子が大人びたスピーチを行って客席を感心させたりしていた。
「ひとりぼっちの羊飼い」(チラシの背面に書かれたプログラムには載っていなかったため、急遽追加になった曲なのかも知れない)ではメンバーの一人がカニンに代わってピアノ伴奏を担当。「納屋の大戸」ではメンバーがクロマティック・アコーディオンやコルネットを演奏して、手回しオルガンやポストホルンを真似た音を作り、ウィーン情緒を演出する。
「動物たちの対位法」では、メンバーが犬や羊の鳴き声を模倣。少年合唱団だからこそ面白さや愛らしさが引き立つ曲が選ばれており、プログラミングも巧みである。
一方、ヴィルトの「Peace Within(内なる平和)」は現代音楽であり、「少年合唱団だから楽しければいい」という、いい加減な選曲でないこともわかる。


アンコールは3曲。まず「サウンド・オブ・ミュージック」より“ドレミの歌”が冒頭のセリフと演技入りで歌われる。

2曲目は菅野よう子の「花は咲く」。日本公演のために選ばれた曲である。清らかな声によって惻々とした思いと希望が歌われた。

最後はヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。中央の少年が手拍子の指示を行い、大喝采のうちにコンサートは終了した。

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2019年6月10日 (月)

コンサートの記(561) シャルル・デュトワ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第528回定期演奏会1日目&2日目

5月23日と24日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

5月23日

午後7時から、大阪・中之島のフェルティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第528回定期演奏会を聴く。今回の指揮者はシャルル・デュトワ。現在、NHK交響楽団の名誉音楽監督の称号を得ているが、例の騒動によって恒例になっていたNHK交響楽団の12月定期への出演などが流れ、結果として大フィルへの客演が実現したのだと思われる。

シャルル・デュトワは1936年生まれ。ズービン・メータやエリアフ・インバルと同い年となり、この年は指揮者の当たり年のようだ。小澤征爾は1935年生まれで1つ年上、ネーメ・ヤルヴィが1937年生まれで1つ年下という世代である。
スイス・フランス語圏のローザンヌで生まれ育ち、生地とジュネーヴの音楽院でアンセルメらに学ぶ。タングルウッド音楽祭ではシャルル・ミュンシュにも師事している。1964年にベルン交響楽団を指揮してデビュー。ヘルベルト・フォン・カラヤンに認められ、ウィーン国立歌劇場のバレエ専属指揮者に指名されるが、コンサート指揮者になりたいという希望があったため断っている。
1970年に読売日本交響楽団を指揮して日本デビュー。会場は当時のフェスティバルホールであり、聴衆からも楽団員からも極めて高い評価を受けている。
1977年にモントリオール交響楽団の音楽監督に就任。当初はさほど期待されていなかったようだが、瞬く間に同交響楽団を世界レベルにまで押し上げて関係者をあっといわせる。1996年にNHK交響楽団の常任指揮者に就任。1998年には初代音楽監督に昇進し、2003年まで務めている。1991年から2001年まではフランス国立管弦楽団の音楽監督も兼務し、北米、アジア、ヨーロッパの三大陸にポストを持つなど多忙を極めた。1996年のゴールデンウィークにフランス国立管弦楽団を率いてサントリーホールで公演を行っているが、それが私にとって初の来日オーケストラに接する機会となった。

 

演目は、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲、ベルリオーズの幻想交響曲。デュトワの十八番を並べたプログラムとなっている。
デュトワ指揮の「ダフニスとクロエ」は、NHK交響楽団の定期演奏会で全曲を聴いている。上演中に震度3の地震が起こったことでも思い出深い演奏会である。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。第2ヴァイオリンは今日も客演を含めて全員女性奏者となっている。

 

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」。フェルティバルホールという大型の空間であるため、祝祭的な爆発感は感じにくかったが、音の色彩感と縁取りの鮮やかさが見事な演奏である。

 

ラヴィルの「ダフニスとクロエ」第2組曲は、今日一番の出来と思えるハイレベルな演奏。上品だが痛切な音が奏でられ、音楽というものが確実に皮膚から染みこんでくる。
私にとって音楽はなくてはならないものだと確認出来ると同時に、世界にとって必要なものであると確信することが出来た。
「ダフニスとクロエ」第2組曲はオーケストラだけの演奏でも可能だが、今回は合唱入りでの演奏。大阪フィルハーモニー合唱団が美しい声を届ける。
「全員の踊り」のラストの高揚感も流石であった。

 

メインであるベルリオーズの幻想交響曲。基本的にデュトワの演奏はエスプリ・クルトワ路線であり、エスプリ・ゴーロワではない。ということでおどろおどろしさや狂的な要素を表に出すことは余りない(1階席20列45番という席で、直接音が余り届かなかったということもそう感じさせる要因だろうが)が、音に宿るドラマと生命力の表出は見事。フランス音楽のスペシャリストとしての全世界に名を轟かせたデュトワの実力は並みではない。

客席は最初の「ローマの謝肉祭」演奏終了後から爆発的に盛り上がり、「ダフニスとクロエ」第2組曲演奏終了後は、客席が明るくなっても拍手が鳴り続けてデュトワが再登場。幻想交響曲演奏終了後も「ブラボー!」が各所から聞こえ、最後はデュトワがお馴染みとなった「バイバイ」の仕草を行って、演奏会はお開きとなった。

 

5月24日

今日も午後7時からフェスティバルホールでシャルル・デュトワ指揮の大阪フィルハーモニー管弦楽団の第528回定期演奏会を聴く。

今日も1階20列目だが、52番という右端の席。すぐそこが壁であり、反射が良いので音の輪郭がクッキリと聞こえる。そのため、音の迫力がわかり、序曲「ローマの謝肉祭」の狂騒がよりはっきりと把握出来る。一方で、「ダフニスとクロエ」第2組曲では音がはっきりしてるため、昨日に比べると神秘的な雰囲気は感じにくいかも知れない。全てが理想的な席というのはなかなかないものである。

幻想交響曲では、デュトワはアゴーギクを多用。即興性もあり、いつものデュトワとはちょっと違う演奏である。音にはステージの底から沸き起こってくるような迫力があり、昨日感じた蒸留水的な美しさとは少し異なる印象を受けた。今日の演奏の方が私の好みに合っている。

今日は演奏終了後にバンダの鐘奏者を紹介したデュトワ。第2ヴァイオリンの女性奏者が感激の表情を浮かべており、大フィル初登場は大成功であった。

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2019年6月 9日 (日)

コンサートの記(560) カーチュン・ウォン指揮 京都市交響楽団第634回定期演奏会

2019年5月18日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第634回定期演奏会を聴く。今日の指揮はシンガポール出身の若手、カーチュン・ウォン。

曲目は、吉松隆の「鳥は静かに…」、シベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調(ヴァイオリン独奏:ラグンヒル・ヘムシング)、フランクの交響曲ニ短調。

午後2時から、カーチュン・ウォンによるプレトークがある。カーチュン・ウォンのトークは日本語を交えたり、旋律を口ずさんだりするもので、才気が感じられる。
「シンガポール出身ですが、ニュルンベルク交響楽団の首席指揮者をしています」と自己紹介する。

カーチュン・ウォンは、1986年、シンガポール生まれの指揮者。シンガポール国立大学ヨン・シュトウ音楽院で作曲を、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学で指揮を学ぶ。2016年に第5回グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝して注目を浴びるようになっている。
クルト・マズア、グスターボ・ドゥダメル、ベルナルト・ハイティンク、ハインツ・ホリガー、エサ=ペッカ・サロネンらの薫陶を受け、コンクール優勝後は急病のヘスス・ロペス=コボスの代役として中国フィルハーモニー管弦楽団、上海交響楽団、広州交響楽団の指揮台に立ち、ロサンゼルス・フィルハーモニックのドゥダメルのフェローとして指名され、昨年9月にニュルンベルク交響楽団の首席指揮者に就任している。

ウォンによると指揮者コンクール優勝前から仕事をいただいていたのが日本のオーケストラだったそうで、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、大阪交響楽団、広島交響楽団、九州交響楽団を指揮した経験があり、最近は東京佼成ウィンドオーケストラを始めとする吹奏楽団とも多くの仕事をしている。

今回の演奏会では、吉松隆の「鳥は静かに…」とシベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調が連続して演奏される。鳥を愛する吉松隆と白鳥などからインスピレーションを受けたシベリウスの「鳥繋がり」で選ばれた曲なのだが、「鳥は静かに…」の最後の和音からシベリウスのヴァイオリン協奏曲の最初の弦の刻みの音の響きへの移行に意味があるそうである。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲と同じ調性であるフランクの交響曲ニ短調であるが、今から40年ほど前にはよく演奏されたものの、ここ20年ほどは演奏される回数が減ってしまっているとウォンは述べる。
京都市交響楽団は比較的良くフランクの交響曲を取り上げているが、録音に限ると、21世紀に入ってからはこれといったものが出ていない。40年ほど前には、当時の両巨頭であるカラヤンとバーンスタインが共にフランスのオーケストラを指揮して名盤を生み出しているのだが、20世紀終盤にはフランス人指揮者の才能払底が叫ばれるようになっており、今、世界的に活躍しているフランス人指揮者は、ベルトラン・ドゥ・ビリーやパスカル・ロフェなど数人だけ、また録音不況でもあり、90年代にシャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の録音が高く評価されたのを最後にフランクの交響曲の録音が減ってしまっている。サー・サイモン・ラトルなどはフランスものを得意としているが、フランクは録音していないはずである。
フランクの交響曲はフランスを代表する交響曲と見なされることが多いが、ウォンはむしろブルックナーとの共通点に注目して欲しいと語った。

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。今日も客演首席チェロ奏者としてNHK交響楽団の藤森亮一が入る。第2ヴァイオリン首席は客演の山﨑千晶。ヴィオラのトップには店村眞積。テューバには客演の川浪浩一。今日は木管の首席指揮者はフランクのみの出演である。
ヴァイオリン両翼、コントラバスはステージ最後部に横一列に並ぶという、古典配置の中でも最も古い形での演奏となる。

 

吉松隆の「鳥は静かに」。弦楽のための繊細な曲である。シベリウスのヴァイオリン協奏曲と連続して演奏されるため、管楽器奏者もスタンバイしての演奏である。
今日は全曲暗譜で指揮するウォンは、透明で緻密な弦の音を引き出し、静謐の美を生む。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調。独奏のラグンヒル・ヘムシングはソロが始まる直前に下手袖に現れ、弾きながらステージ中央へと歩み寄る。
ラグンヒル・ヘムシングは、1988年生まれのノルウェーのヴァイオリニスト。ノルウェーの民族音楽に親しみながら育ち、今も民族音楽とクラシック音楽の両方で活躍している。
5歳でヴァイオリンを始め、オスロのバラット・ドゥーエ音楽院に学び、ウィーンに留学してクシュニールに師事している。14歳でグリーグの街のあるベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団にデビューし、翌年にはオスロ・フィルハーモニー管弦楽団とも共演を果たした。
そのヘムシングのヴァイオリンであるが、スケールがかなり大きい。音色が比較的ドライなのも特徴である。第1楽章後半になると磨き抜かれた音も出すが、素朴な音も生み出せるのが特徴といえそうだ。
ウォンの指揮する京響であるが、極めてクリアな伴奏を聴かせる。従来のシベリウスのヴァイオリン協奏曲とは明らかに異なる伴奏である。

 

ヘムシングは、アンコールとしてノルウェーの民謡「Springar」&「Halling」を奏でる。演奏前のヴァイオリンの説明。糸巻きが5つほどもある独特のヴァイオリンであり、調弦もクラシックのヴァイオリンとは異なるようである。
ヘムシングは足踏みを加えながらの演奏。ノルウェーの民謡であるが、日本でも人気のあるアイルランドの民族音楽にも通じるものがあるような気がした。

 

フランクの交響曲ニ短調。特筆事項の多い秀演である。
とにかく全てのパートが明確に浮かび上がる。従来の演奏だったら溶け合う部分もはっきりと分離しており、音が細やかに立体として聞こえてくる。第3楽章での強奏の部分であってもそれが変わることがない。
暗譜ということでオーケストラのメンバーを確認するのではなく上方を見つめて指揮することもあるカーチュン・ウォン。デジタルな感性で音楽を組み立てていく指揮者だ。
これは面白い指揮者を見つけてしまった。
京都市交響楽団も燦々と輝くような音色と力強さでウォンの指揮に応え、演奏終了後、聴衆は沸き、「ブラボー!」が連呼された。

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2019年6月 8日 (土)

コンサートの記(559) 「東儀秀樹 雅楽&コンサート ゲストにチェリスト溝口肇を迎えて」@ロームシアター京都

2019年5月9日 ロームシアター京都メインホールにて

午後6時30分からロームシアター京都メインホールで、「東儀秀樹 雅楽&コンサート ゲストにチェリスト溝口肇を迎えて」を聴く。

雅楽師の東儀秀樹による、前半は雅楽の公演、後半はスペシャル・コンサートというプログラムである。

曲目は、第1部の「東儀秀樹による雅楽公演」が、神楽「朝倉音取(あさくらのねとり)」、管弦「越天楽」、管弦「陪臚(ばいろ)」、舞楽「納曾利(なそり)」。第2部の「東儀秀樹と溝口肇によるスペシャル・コンサート」が、「Fly Me To The Moon」、「浜辺の歌」、東儀秀樹のオリジナルである「君の夢を守りたい」、「枯葉」、溝口肇のソロによる「鳥の歌」、溝口肇のオリジナルである「ミスターロンリー」(TOKYOFMテーマ)、溝口肇の「世界の車窓から」、ピアソラの「リベルタンゴ」

客席はお年寄りが多い。

 

まず、東儀秀樹の篳篥ソロによる「朝倉音取」。東儀秀樹は狩衣姿で演奏しながら客席上手のドアから登場し、中央通路を通って舞台に上がる。「朝倉音取」は、本来は人間ではなく、神々にだけ聴かせる曲だそうである。

2曲目のお馴染み「越天楽」。この曲では東儀秀樹は篳篥ではなく鞨鼓(かっこ)を演奏する。太鼓:多田泰大、鉦鼓:矢田浩子、笙:中村華子、篳篥:須崎時彦、龍笛:〆野護元、琵琶:安達圭花、箏:中村香奈子。
雅楽の中でも最も有名な曲であり、正月には神社でこの音楽が掛かっていることも多い。雅楽は西洋音楽とは違い、音を合わせてはいけないため(同時に打つのは相手に失礼になると考えるため)あうんの呼吸による絶妙のずれと揺らぎを楽しむことになる。ということで、雅楽は西洋音楽より即興性が強くなると思われる。「越天楽」は同じメロディーが繰り返されるミニマルのような音楽であるが、同じ演奏は二度と出来ないのだと思われる。

「越天楽」演奏終了後に、東儀秀樹がマイクを手に解説を行う。「皆様、雅楽というと堅苦しいものを思い浮かべるかも知れませんが、ご覧になった通り、とっても堅苦しいものです」と言って笑いを取る。
「雅楽については余り詳しい方はいらっしゃらなくて、大抵の人は、『神社のあれでしょ?』となる。『あれ』って言い方はないと思いますが」「雅楽は1400年前に仏教の音楽として日本に入ってきたわけで、当時は『お寺のあれ』だったわけです」と言ってまた笑いを誘っていた。
管弦「陪臚」は聖徳太子が好んだ曲という伝承がある。6拍子で描かれており、唐招提寺の4月8日に仏誕会には必ず演奏されるそうで、754年の大仏開眼の時に演奏されたという言い伝えがある。ちなみに736年にインドの僧が日本に伝えた曲とされており、聖徳太子のいた時代とは合わず、聖徳太子云々はあくまで伝説のようだ。

舞楽「納曾利」では、横山玲子と正木友美による舞がある。双龍の舞であり、舞人は龍の面をつけている。演奏は、篳篥:須崎時彦&矢田浩子、高麗笛:〆野護元&中村香奈子、鞨鼓:多田泰大、太鼓:中村華子、鉦鼓:安達圭花。
今日は1階席の20列目で、それほど前の方ではないが、迫力は伝わってくる。

 

第2部「東儀秀樹と溝口肇によるスペシャル・コンサート」。バックバンドは、ピアノ:松本圭司、ベース:田中晋吾、ドラム:天倉正敬。
東儀は黒のジャケットで登場。「Fly Me To The Moon」演奏後、「第1部に出てきた東儀秀樹によく似ていると言われるんですが、同一人物です」「『(篳篥で)そんなこと可能なんですか?』『怒れませんか?』と言われたりしますが、才能があるもんで出来ちゃうんです」とお馴染みのナルシシストキャラを発揮するも「お客さんの反応が悪い」「笑ってくれないととんでもないことを言っていることになる」と語っていた。

東儀は、「日本の抒情曲が好き」だそうで、特に日本語の美しさが伝わってくる歌詞が好きなのだが(東儀「この感覚は皆さんにもおわかりいただけると思います。見たところお若い方がいないので」)、最近の小学校の音楽の教科書には抒情曲が載らなくなってきており、その理由が「歌詞が難しくて子どものはわかりにくい」という理由を知って、「穏やかな口調で話しておりますが、憤っております」と話した。日本の抒情曲の中で特に好きだという「浜辺の歌」を演奏される。

「枯葉」では東儀は途中で松本に替わってピアノソロを受け持ったりする。

その後、ゲストの溝口肇が登場する。東儀秀樹はここでいったん退場。
溝口が愛用しているチェロには「アンジェラ」という名前がついているそうで、溝口は「メンバー紹介」と称してまず、「アンジェラです」と言う。
楽器についている愛称は、貴族が所有していた時代につけられたものが多く、例えば高嶋ちさ子のヴァイオリンについている「ルーシー」という名称は貴族によってかってつけられたものだそうだが、溝口のチェロには名前がついていなかった。そこで、友人が名前をつけてくれたそうだ。
演奏曲であるカタロニア民謡「鳥の歌」。溝口は子供の頃にパブロ・カザルスが国連でこの曲を演奏するのを聴いて感動したと語る。「ピース、ピース」と鳴く鳥の声の録音を流した中でのチェロ独奏である。

「ミスターロンリー」。この曲は約15年に渡って「ジェットストリーム」のオープニングテーマだったのだが、今では別の人に取られてしまったそうで、溝口はエンディングテーマのみを担当しているそうである。

「世界の車窓から」。ここで東儀秀樹が再び登場する。
溝口は昨年の誕生日には東儀から篳篥をプレゼントされたそうだが、「才能がないので」ものに出来なかった。悔しいというので、ヤフオク!で笙を購入して、今はそちらを練習しているようである。というわけで冒頭は溝口が笙を吹く。東儀も負けじと笙を吹いて二つの笙がハーモニーを造る。その後、溝口のチェロで「世界の車窓から」がスタート。CMで流れているものは15秒だけだそうだが、今日はそれより4分ほど長い全曲版演奏である。東儀も途中から篳篥に持ち替えての演奏を行う。

プログラムの最後は「リベルタンゴ」。篳篥と笙を吹いた東儀秀樹は、篳篥によるラストの音を思いっ切り伸ばすという外連で喝采を受ける。

 

アンコールとして演奏されたのはピアノの松本圭司の編曲によるというビートルズナンバーの「Yesterday」。雅やかさと無常観の入り交じった演奏となる。

雅楽の楽器の音色は陰影が豊かというべきか濃淡が鮮やかというべきか、明と暗が瞬時にして入れ替わったり同居していたりするのが特徴である。笙などは特にそうだが、篳篥も西洋楽器に比べると光と闇が共に豊穣な音色を宿していることがわかった。

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2019年6月 2日 (日)

コンサートの記(558) 「ラージャスターンの風2019」砂漠の街の4人の楽士 京都公演

2019年5月17日 南禅寺前の京都市国際交流会館イベントホールにて

午後6時30分から、京都市国際交流会館イベントホールで「ラージャスターンの風2019」砂漠の街の4人の楽士 京都公演を聴く。Jaisalmer Beatsによるインド音楽の演奏会。
インド西北部のラージャスターン州のジャイサルメールに住む4人のミュージシャンが結成したJaisalmer Beats。マーンガニヤールという階級に属しているそうだが、このマーンガニヤールというのはイスラム教徒でありながらヒンドゥー教の王族に仕えてきた音楽カーストのことだそうである。このカーストに生まれたら音楽家以外にはなれないそうだ。
出演はサリム・カーンとケテ・カーンの兄弟、ビルバル・カーン、サワイ・カーンの4人。
ダンサーとして日本への招聘社であるmadhuと、大阪在住のラージャスターンダンサーであるNalikaと彼女のダンスグループの弟子であるEriとToki、更に千葉市出身のバーンスリー奏者である寺原太郎も2曲に参加する。
使われる楽器は、カスタネットのようなカルタール、演奏する3本の弦と共鳴する7本の弦を持つ7本の弦からなるカマイチャー、両面太鼓のドーラク、口琴のモールチャン、手ふいごオルガンのハルモニウム、一弦楽器のパパン、壺状の打楽器であるマトゥーカなど。

個人的には邦楽も含む民族音楽も好きなのだが、生で聴く機会は余りないので貴重である。

マーンガニヤールは、結婚式などのお目出度い場所で演奏を行うことも多いようで、全体的に高揚感のある音楽が多い。こうした音楽は耳と頭で聴くのではなく体全体で感じるべきものであり、オーディエンスも手拍子を行うなど、自発的に、ある意味参加して音楽を味わっている。
音楽の捉え方も西洋とは異なっており、リズムが中心である。旋律は区別がつかないか、区別がついたとしてもそれほど重要視されてはおらず、楽器そのものの音と声に込められたソウルに重点が置かれている。ある意味、物語的ではない音楽である。

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2019年5月28日 (火)

観劇感想精選(301) トム・ストッパード&アンドレ・プレヴィン 俳優とオーケストラのための戯曲「良い子はみんなご褒美がもらえる」

2019年5月12日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて観劇

午後1時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、俳優とオーケストラのための戯曲「良い子はみんなご褒美がもらえる」の上演を観る。作:トム・ストッパード、作曲:アンドレ・プレヴィン、テキスト日本語訳:常田景子、演出:ウィル・タケット、音楽監督・指揮:ヤニック・パジェ。出演:堤真一、橋本良亮(A.B.C-Z)、小手伸也(こて・しんや)、シム・ウンギョン、外山誠二、斉藤由貴。ダンサーとしての出演:川合ロン、鈴木奈菜、田中美甫、中西彩加、松尾望(まつお・のぞみ。女性)、中林舞、宮河愛一郎。

初演は1976年にロンドンで行われている。作曲のアンドレ・プレヴィンが今年の2月28日に亡くなっているが、追悼のために企画された上演ではなく、この時期に上演が行われるのはたまたまである。

1970年代のソビエト・レニングラードが舞台である。ソビエト共産党の意向に合わない人間が思想犯として精神病院に送り込まれている。アレクサンドル・イワノフ(以後アレクサンドルとする。堤真一)はそのことをプラウダなどに寄稿したため、精神病院送りとなる。精神病院となっているが、実際は政治犯を収容するための刑務所以外の何ものでもないのだが、体制派の医師(小手伸也)はそのことを否定し、ここはあくまで精神病院だと言い切る。医師はアレクサンドルに向かって「思考すること自体が病気だ」と断言する。ちなみに、医師はアマチュアオーケストラにヴァイオリニストとして参加しているようだ。アレクサンドルと同居することになった同姓同名の精神病者であるアレクサンドル・イワノフ(以後イワノフとする。橋本良亮)は、自身が指揮者としてオーケストラは率いていると思い込み、トライアングルを叩きながら空に向かって指揮を行っている。オーケストラのメンバーをかなり口汚く罵っており、独裁者タイプの指揮者として君臨しているつもりのようである。医師はイワノフに「オーケストラは実在しない」と繰り返し唱えて、想像を止めるよう忠告する。
アレクサンドルにはサーシャという息子がいる(韓国人女優であるシム・ウンギョンが演じている)。教師(斉藤由貴)は「父親が思想犯として逮捕された」というサーシャの言葉を信じず、そうした不自由なスターリン体制は過去のものになっていると教え込もうとしていた。

 

「転向」を描いた上演時間約1時間15分の中編である。アレクサンドルは精神病院内にトルストイの『戦争と平和』を持ち込んでおり、ナポレオン戦争の場面ではオーケストラがチャイコフスキーの序曲「1812年」の一部を奏でたりする。オーケストラは「象徴」のように常にステージ上にいて、軍服姿のヤニック・パジェの指揮で演奏を行う。
アンドレ・プレヴィンの音楽は意図的にショスタコーヴィチ作品を模したものである。偶然だが、ショスタコーヴィチは「良い子はみんなご褒美がもらえる」が初演された1976年に死去している。

「良い子はみんなご褒美がもらえる」は、「Every Good Boy Deserves Favour」の邦訳であるが、「Every Good Boy Deserves Favour」とは、「EGBDF」という五線譜の音階を覚えるための言葉である。サーシャが譜読みを正確に行わなかったために、教師からたしなめられる場面もある。

ストーリー自体は全くの架空のディストピアものではなく、ソビエトでは反体制派の政治犯や思想犯として精神病院送りということで事実上の牢獄に押し込めることがよく行われており、実はロシアに戻った今でもある。弾圧された文化人としては、作家のソルジェニーツィンが有名であり、音楽家の中でも例えばラトヴィア出身のミッシャ・マイスキーは思想犯として精神病院に幽閉された経験を持っている。トム・ストッパードは、1968年のプラハの春反対デモに参加して精神病院に送られた経験のあるヴィクトル・フェーンベルクと1976年の春に出会い、一気に戯曲を書き上げたそうである。

 

トルストイの『戦争と平和』は、私も二十代前半の頃に読み、大方は忘れてしまったが、トルストイが繰り返し説いた歴史観、つまりナポレオン戦争はナポレオン一人が起こしたものではなく、大きな流れの中で起こったものであり、ナポレオンはその中の一人に過ぎないという考えは納得出来るし、今でもよく覚えている。おそらくこの作品におけるオーケストラは「大きな流れ」、「大衆」や「群集心理」の喩えなのだろう。
アレクサンドルはサーシャを守る必要性もあって(ご褒美がもらえる)、ラストではオーケストラに向かい、指揮棒を振り上げることになる。

 

実力派の堤真一が見事な演技を見せる一方で、同姓同名の人物を演じる橋本良亮は台詞回しも弱く、存在感も今ひとつである。今日はジャニーズが出るということで、客席にはいかにもそれらしい若い女性の姿が目立ったが、納得させられる出来だったのかどうかわからない。
余り出番の多くない教師役に斉藤由貴はもったいない気がするが、リアルな人物像に仕上げてきたのは流石である。

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2019年5月25日 (土)

楽興の時(29) 「テラの音 Vol.13 ~チェロとピアノの織りなす調べ~」

2019年5月19日 北白川の真宗大谷派圓光寺にて

午後6時から、北白川山田町にある真宗大谷派圓光寺で行われる「テラの音(ね) Vol.13 ~チェロとピアノの織りなす調べ~」を聴く。今回は、西村あゆみと西村まなみの姉妹によるピアノとチェロのコンサートである。

姉の西村あゆみ(ピアノ)は、京都市立音楽高校(現・京都市立京都堀川音楽高校)を経て、大阪教育大学教育学部教養学科芸術専攻音楽コースを卒業。第4回クオリア音楽フェスティバル大学の部3位、2014年京都ピアノコンクール一般部門金賞並びに全部門最優秀賞京都新聞賞などを受賞している。京都芸術祭「デビューコンサート」に出演し、京都芸術祭聴衆賞も受賞している。
妹の西村まなみは、京都市立京都堀川音楽高校、京都市立芸術大学音楽学部を卒業。第25回クラシック音楽コンクール全国大会チェロ部門大学の部第4位、第3回宗次ホール弦楽四重奏コンクール第1位およびハイドン賞を受賞。第70回全日本学生音楽コンクール名古屋大会チェロ部門大学部の第3位、第31回京都芸術祭音楽部門新人賞も受賞している。


曲目は、第1部が、エルガーの「愛の挨拶」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」、マーク・サマーの「Julie-O」、カザルス編の「鳥の歌」、サン=サーンスの「白鳥」、田中カレンの「はくちょう」、カサドの「親愛なる言葉」、フォーレの「夢のあとに」。第2部が、尾高尚忠の「夜曲」、木村弓の「世界の約束」、久石譲の「風の谷のナウシカ」より組曲「5つのメロディー」、両毛地方民謡「八木節」、中島みゆきの「糸」


有名曲が並ぶが、マーク・サマーはジャズの作曲家兼チェリストであり、「Julie-O」はピッチカートで始まるノリの良い曲である。
真宗大谷派圓光寺は、茶山の東側の中腹にあり、白川通まですぐそこの割には山深い印象を受けるのだが、「鳥の歌」、サン=サーンスの「白鳥」、田中カレンの「はくちょう」の鳥シリーズが演奏された時には、偶然、ウグイスが鳴き続け、歌比べのような形になった。

田中カレンの「はくちょう」は、はくちょう座を描いた曲である。西村あゆみが小学4年生の時に練習していたのだが、大好きだった学校の先生が妹さんを亡くした時に、「『きっとはくちょう座の星になって見守ってくれてるよ』って言って弾いてあげなよ」と母親から言われて、音楽室で先生に聴かせたという思い出があるそうだ。

フォーレの「夢のあとに」は、ノートルダム大聖堂が火災に遭った日に、チェリストのゴーティエ・カプソンが大聖堂の近くに駆けつけて弾いたことでも話題になったが、今日取り上げたのは、そのこととは特に関係がないようである。


第2部は全曲日本人の作曲家による作品が並ぶ。尾高忠明の父親としても知られる尾高尚忠の「夜曲」は、橋本國彦にも通じるようなフランス音楽からの影響と日本的な旋律を三部形式で書き上げた作品。なかなか魅力的である。

久石譲が「風の谷のナウシカ」のために書いた音楽をチェロとピアノのための組曲にまとめ上げた「5つのメロディー」は、久石の傑出したメロディーメーカーとしての才能を再確認出来る優れた楽曲である。

二人の安定した技巧による演奏を間近で聴けるというも贅沢な感じがする。

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2019年5月24日 (金)

コンサートの記(557) 押尾コータロー 「Encounter」京都公演

2019年4月27日 ロームシアター京都サウスホールにて

午後6時からロームシアター京都サウスホールで押尾コータローのコンサート「Encounter」を聴く。押尾の同名のニューアルバムに収めた楽曲を中心としたコンサートだが、これまでアルバムの収録曲全曲を演奏するという試みはありそうでなく、今回が初の全曲一挙演奏となるそうである。

押尾のライブは、ユーモラスなトークも売りであり、それを楽しみにしている人も多いと思われるが、今日も憧れだったギタリストの石田長生(いしだ・おさむ)との思い出を語り、「みんな石やん、石やんと呼んでるんですけど、恐れ多いので『石田さん』と呼んだら『誰や? それ?』、『おさむさん』と呼んだら『誰がぼんちやねん?!』」というやりとりを再現して笑いを誘う。押尾は売れない頃は梅田の旧バナナホールでウエイターをやったりしていたそうだが、石田だけは無名時代の押尾の挨拶に応えてくれたそうで、押尾は「この人、すげえな」と思ったそうである。
そんな石田が押尾の苗字にちなんだ作った「Pushing Tail」という曲をプラスティック製のギターで演奏。1950年代のビンテージものだそうで、表がプラスティック、裏も木に見えるがプラスティック、ネックもプラスティック、「弦もプラスティックで出来ています」と言うが、「これは嘘です。『なんでやねん!』と突っ込むところ」
今回はその他のギターも紹介され、12弦ギター、18弦ギターでの演奏がある。
近年、12弦ギターは余り弾かれない傾向にあり、楽器店に行っても「あ、12弦ギター用の弦は置いてないんですよ」と言われることが多いらしい。ただ押尾は自称「12弦ギター推進委員長」で、12弦ギターの良さを再確認して貰うための作曲や演奏を行っているようである。
18弦ギターであるが、一見すると普通のギターと一緒。実は表ではなく、内部に12本の弦が張られていて、共鳴する仕掛けになっているようだ。「シタールと一緒」ということで、インド風の音楽が奏でられたりする。

「Encountor」以外の曲もリクエストに応えて「ウルトラマン」などを演奏し、一人「メンバー紹介」ではアリスの「チャンピオン」の弾き語りを行う。演奏終了後、押尾は堀内孝雄の真似で「ありがとう!」とやっていた。

「Encountor」は押尾の2年3ヶ月ぶりのアルバムなのだが、その間、コラボレーションユニットを組んでレコーディングとツアーを行っており、なかなか自作を作る時間がない。そんな時にエンジニアに誘われて沖縄旅行に行った時の話をする。新曲を作って録音する予定だったのだが、サーターアンダギーやソーキそばなどの沖縄グルメを堪能し、夜は泡盛やオリオンビールで乾杯して「仕事は明日でいいよね」という生活が毎日続いたため、なかなか曲が出来ない。あと数日で沖縄を離れるという日の夕方、海に落ちる夕日を見て浮かんだという「夕凪」が演奏された。

 

アンコールでは「久音 ジョン・アリラン変奏曲」「ナユタ」「Message」が作曲時の思い出を語った後で演奏される。「ナユタ」は憧れのギタリストであるウィリアム・アッカーマンから唯一、手放しで賞賛された曲だそうだ。

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2019年5月21日 (火)

コンサートの記(556) 「世界遺産コンサート  玉置浩二×西本智実 premium symphonic concert in 薬師寺 -PROLOGUE OF THE SILK ROAD RENAISSANCE-」追加公演

2019年4月29日 薬師寺大講堂前特設会場にて

午後6時30分から、薬師寺大講堂前特設ステージで、阪神・近鉄つながって10周年~阪神なんば線開業10周年記念「世界遺産コンサート in 薬師寺 玉置浩二×西本智実」を聴く。演奏はイルミナートフィルハーモニーオーケストラ、合唱はイルミナート合唱団。

開場は午後5時45分頃に行われたが、その直前から雨が降り始め、次第に雨量が増していく。

曲目は、ヴェルディの「アイーダ」より凱旋行進曲、玉置浩二のボーカルで「宙」「GOLD」、「Mr.LONELY」(連続ドラマ「こんな恋のはなし」主題歌)「プレゼント」「サーチライト」3曲のメドレー、「あこがれ」「ロマン」のメドレー、「FRIEND」、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲、ヴェルディの「ナブッコ」より「行け我が想いよ金の翼に乗って」、「夜来香」、玉置浩二のボーカルで「JUNK LAND」、「行かないで」(ドラマ「さよなら李香蘭」主題歌)、「ワインレッドの心」「じれったい」「悲しみにさよなら」3曲のメドレー、「夏の終わりのハーモニー」、「田園」(連続ドラマ「コーチ」主題歌)、ボロディンの「イーゴリ公」よりダッタン人の踊り。

昨日28日が当初予定されていた通りの公演であり、今日は追加公演となる。早めにチケットを取ったわけではないので端の方の席であり、ステージからは遠かったが、大型モニターが設置されているため、玉置浩二の表情などははっきりと確認出来る。
玉置浩二の目を見て、「最近、どこかで見たような目だな」と思ったのだが、目の表情が2ヶ月ほど前に見た興福寺阿修羅像によく似ていることに気づく。そっくりというわけではないのだが、同じ感情を湛えた眼差しであるように見受けられる。

「最も歌の上手い日本人男性ボーカリスト」として名前が挙げられることが多い玉置浩二。歌声を生で聴くのは初めてだが、とにかく純度の高い声であり、それだけでも特別な才能の持ち主であることが察せられる。舞台が薬師寺ということもあって、本当にコンサートというよりも仏教儀式の一つに立ち会っているような気持ちにさせられた。

近年、得意とするオペラやバレエに積極的に取り組んでいる西本智実。元々、大阪音楽大学の作曲専攻で「ヒットするポピュラー音楽の作り方」を研究しており、こうしたポップスとのクロスオーバーも得意としている。
イルミナートフィルハーモニーオーケストラもイルミナート合唱団も西本が創設した歴史の浅い団体だが、西本のドライブに従ってなかなかの演奏を展開。「アイーダ」の凱旋交響曲や「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲では艶やかな音による美麗な演奏を展開して聴かせる。

李香蘭が歌ってヒットさせた「夜来香」がオーケストラで演奏された後で、「JUNK LAND」を経てドラマ「さよなら李香蘭」の主題歌である「行かないで」という切なさが増す流れも良い。雨というシチュエーションもこの時に限っては良い。

玉置浩二最後の歌は「田園」。玉置が精神的な不調によって入院し、一時は父親から「歌手を廃業して一緒に農業をやろう」と言われるまで落ちたところから復活した際に作った力強い曲である。今回はオーケストラの共演ということで、ベートーヴェンの「田園」の旋律を取り入れた編曲での演奏。玉置は、「愛はここにある。薬師寺にある」と歌詞を変えて歌い、客席も大いに沸く。ただ悪天候ということで、この曲が終わると同時に席を立つ人も多い。

ラストのダッタン人の踊りもスピード感と緊張感みなぎる快演だったのだが、玉置の「田園」をやった後の曲目としてはいささか長過ぎ、セレクトに失敗したようにも思われる。
ともあれ、薬師寺という雰囲気ある場所で行われるにふさわしい、ハイレベルなコンサートであった。

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