カテゴリー「音楽」の164件の記事

2008年11月28日 (金)

これまでに観た映画より(38) 「アマンドラ!希望の歌」

DVDでドキュメンタリー映画「アマンドラ!希望の歌」を観る。2002年の映画、南アフリカ・アメリカ合作。リー・ハーシュ監督作品。
南アフリカのアパルトヘイトを題材にした作品である。

主題になっているのは、「人種差別」そして「音楽」と「革命」。

アパルトヘイトにより隔離された黒人達は、陽気なメロディーを持つ過激な歌詞で白人への対抗心を高めていく。

そして、世界史上初の「音楽による革命」が起こるのである。

深刻なテーマであるが、陽気な旋律を持つ歌が次々に出てくるためか陰気な感じはない。かつての悲劇を乗り越えたパワーが感じられ、観ている方も勇気づけられる。

そしてここに描かれていることは、決して他人事ではないため、私の心に切実に訴えてくるものがある。現状を覆すには暴力や権力よりも効果的な方法があるのだ。

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2008年11月25日 (火)

コンサートの記(28) 柴田淳コンサートツアー2008「月夜PARTY Vol.1 しばじゅん、アイスクリームからサニーへ」大阪公演

柴田淳コンサートツアー2008「月夜PARTY Vol.1 しばじゅん、アイスクリームからサニーへ」ツアーパンフレット

2008年11月9日 大阪・新町の大阪厚生年金会館大ホールにて

大阪・新町の大阪厚生年金会館大ホールにおいて午後6時開演の、柴田淳コンサートツアー2008「月夜party vol.1 しばじゅん、アイスクリームからサニーへ」大阪公演を聴きに行く。

柴田淳の誕生日である11月19日をまたいで行われるツアーであり、ツアータイトルは、しばじゅんさんの年齢に由来する。

ツアータイトルにしている割には、しばじゅんさんはトークで、「もう年齢不詳で行きたい」「プロフィールから(生まれた)西暦を削除しようかな」と言っていたけれど。

会場に詰めかけた大多数が、見るからに善男善女という人達。しばじゅんさんは、「大阪なのに(ツアー初日の)仙台より静かですね」「本当に大阪ですか?」と客席に問いかけていたが、大阪人と一口に言っても色々なタイプが当然ながらいるわけで、テレビで作り上げられたようなイメージの大阪人ばかりでもないわけである。

シングル曲でもある「カラフル」でスタート。最初のうちは、しばじゅんさんも緊張のためかうまく乗れなかったようだが、最初の衣装替えのために一度引っ込んで、ふたたび現れてからは好調。ライブで歌い慣れているためか、アルバム「ため息」に収録された曲の数々が一番安定した歌唱になっていたと思う。

歌われた曲は、全て憶えているわけではないが、「カラフル」、「夢」、「涙ごはん」、「メロディ」、「椿」、「愛をする人」、「月光浴」、「片想い」、「隣の部屋」、「それでも来た道」、「君へ」、「少女」、「ため息」、「泣いていい日まで」は歌われた。

アンコールの前にトークの時間があり、しばじゅんさんのdiaryを読んだ人は何のことかわかると思うが、先月生まれた甥っ子の名前がとうとうしばじゅんさんが嫌がっていたようなものに決まってしまったそうである。
それから、客席からのリクエストに答えて、「幻」「今夜、君の声が聞きたい」「缶ビール」を部分的にアカペラで歌ってくれる。しばじゅんさんが他の人のコンサートに行った時の話もしてくれたけれど、これは書かないでおきます。

トークの時間にではなかったが、しばじゅんさんが今、大阪弁にはまっているということで、プチ(?)大阪弁の披露もあり(「ボチボチでっか?」と言ってはったけど、そら違うで、しばじゅんさん)。

ちなみに、しばじゅんさんはボブカットのウィッグを付けていて、最初がゴシック風の白のドレス、次いで黒の大人っぽいドレス。最後が薄紫のワンピースにロングブーツという衣装でした(アンコール時は、お約束のツアーTシャツにジーンズ)。

アンコールは2曲。「夜の海に立ち…」と「ぼくの味方」という、いずれもファーストアルバム「オールトの雲」からの歌。

「ぼくの味方」は私も声は出さずに口だけ開けて一緒に歌ったが、私の意識と会場の空間とが溶けて、一体となるような感覚を味わった。「忘我の境地」や「無我の境地」などというと大袈裟だが、それに似た体験だと思う。

音楽を楽しむだけならCDを聴けば十分だ。だが、こうした特殊な感覚を味わうために私はコンサート会場に足を運び続けている。それにしても良い夜だった。体が内側から浄化されたような気分だ。

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2008年11月24日 (月)

コンサートの記(27) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団京都特別演奏会2008「大植英次スペシャル」

2008年11月13日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団京都特別演奏会「大植英次スペシャル」を聴く。何がどうスペシャルなのかはよくわからなかったが。

曲目は、武満徹の「弦楽のためのレクイエム」、マーラーの「亡き子を偲ぶ歌」(独唱:ナタリー・シュトゥッツマン)、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。

メインの交響詩「英雄の生涯」は大植の十八番で、CDも二種出ている。そのうちの一つ、大阪フィルハーモニー交響楽団とのザ・シンフォニーホールにおけるライブ録音は、私が接したコンサートで収録されたものだ。ということで、ザ・シンフォニーホールと京都コンサートホールでの印象の違いの聞き比べも出来る。

大植は減量したようで、顔つきが前回見たときより精悍になっている。髪も短くしていて、遠目に見るとトニー・レオンのようだ。あくまで遠目に見るとですよ。

ステージ左手サイド、やや後ろ側の席で聴く。

「弦楽のためのレクイエム」はこの曲をやるには京都コンサートホールは響きのプレゼンスが足りず音が小さく且つリアルに過ぎ、「亡き子を偲ぶ歌」も管楽器の音の輪郭がクッキリ聞こえたが、その分、ちょっとしたミスでもはっきりわかってしまう。

「亡き子を偲ぶ歌」の独唱、ナタリー・シュトゥッツマンは、フランス出身の世界的なメゾ・ソプラノ。芯のしっかりした良く通る声で、心理の表出は絶妙。名唱であった(「名唱」は一般的に使われるが、辞書には載っていないので俗語なのかな。伝わるから用いても良いか)。

メインの交響詩「英雄の生涯」。客演奏者を多く招き、ステージ上にびっしりと人が並ぶ巨大な編成である。大植の振る大阪フィルは透明感溢れる音を出し、あらゆる楽器の音が聞き取れる。過度な残響のない京都コンサートホールの特徴を最大限に生かした演奏が展開された。こうしたことが出来るのは、大フィルの演奏の精度が高いからで、大植のトレーニングの成果が現れている。

精度が高いといっても、ライブ故の傷はいくつかあり、京都コンサートホールは音の動きがはっきりわかるだけに、ちょっとしたずれでもわかってしまう。演奏する側からしてみれば怖い会場だろう。

以前聴いた、ザ・シンフォニーホールの響きを生かした厚みのある演奏も良かったが、音の全てが把握できる今日の演奏の方が好印象であった。どうも大植は京都コンサートホールの音響を計算に入れた上で適宜演奏を変えているようであり、相当な賢さと能力を持った音楽家であることがわかる。

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2008年11月20日 (木)

懐かしの歌4 小泉今日子 「木枯らしに抱かれて」

本格的に寒くなってきましたね。このシーズンになると私が思い出すのは、小泉今日子が歌った「木枯らしに抱かれて」という歌。

作詞・作曲は、ジ・アルフィーの高見沢俊彦。もう20年以上も前の曲ですが、今もウィンターソングの定番となりうる名曲だと思います。

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2008年11月19日 (水)

楽譜「柴田淳 親愛なる君へ ピアノ弾き語り」(ドレミ楽譜出版社)

11月1日に、ドレミ楽譜出版より発売された「柴田淳 親愛なる君へ ピアノ弾き語り」を紹介します。

「柴田淳 親愛なる君へ ピアノ弾き語り」(ドレミ楽譜出版社) A4サイズ全67ページ。しばじゅんさんの6thアルバム「親愛なる君へ」に収録された全曲のピアノ弾き語り譜が入っています。
また、「親愛なる君へ」のライナーノーツに収められたものと同じ写真のA4サイズ版、しばじゅんさんへのインタビュー、柴田淳本人による楽曲解説と演奏アドバイスが特典として収められており、演奏アドバイスには技術的なアドバイスだけでなく、その曲がどうやって出来上がったか、どういうイメージを持つかといったことも語られています。

全体的に弾きやすいアレンジになっていますので、ピアノが弾ける方は是非チャレンジして貰いたい作品集です。

柴田淳/親愛なる君へ: ピアノ弾き語り

「柴田淳 親愛なる君へ ピアノ弾き語り」(ドレミ楽譜出版社) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年11月18日 (火)

コンサートの記(26) 大植英次指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第419回定期演奏会

2008年6月12日 ザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪のザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第419回定期演奏会を聴く。音楽監督である大植英次の指揮。

曲目は、ヴォーン=ウィリアムズの「タリスの主題による変奏曲」、ダニエル・ホープをソリストに迎えてのブリテンのヴァイオリン協奏曲、エルガーの「エニグマ変奏曲」という、オール・イギリス・プログラム。かなり地味である。

今日も客席は良く埋まっていたが、プログラムが地味であるということもあってか、さすがに満員にはならなかった。というより、そもそも大植の指揮でなかったら、このプログラムでは客は入らなかっただろう。大植だから組めたプログラムであるともいえる。

地味なプログラムではあるが、曲の内容は充実しており、大植指揮の大阪フィル(大フィル)も優れた演奏を聴かせる。

弦楽による、「タリスの主題による変奏曲」。ヴォーン=ウィリアムズの指示通り、本体の弦楽パートとは別に、小編成の弦楽オーケストラを舞台端に配しての演奏である。

大植は指揮棒を持たずに登場。一曲まるごとノンタクトで振る大植を見るのは初めてである。

大フィルの弦楽パートは、キレがもっとあると最高なのだが、ハーモニーは美しく、舞台端の別働隊への音の切り替えも的確に効果的に行われていた。


ブリテンのヴァイオリン協奏曲。クラシックの作曲家としては英国史上唯一の天才ともいうべき、ベンジャミン・ブリテンのヴァイオリン協奏曲は、高度な作曲能力が現れている変幻自在の名曲。

ダニエル・ホープは、私と同じ1974年生まれの、イギリスのヴァイオリニスト。

ダニエル・ホープのヴァイオリンは、曲の性格のためかも知れないが線は細めなものの滑らかな音を出す。

大植指揮の大フィルの響きも充実していた。

アンコール曲(ホープ自身が英語と日本語で曲名を言ったが聞き取れなかった)でホープは超絶技巧を披露。聴衆を沸かす。

エルガーの「エニグマ変奏曲」。大植の師であるレナード・バーンスタインがBBC交響楽団を振った時のエニグマのように、超スローテンポで開始。だが弛むことはなく、演奏の密度は濃い。ノーブルというには情熱が勝った感じだが、表現としては大変優れている。

大フィルのアンサンブルも小さなミスが2つ3つあった程度で、後は盤石の出来。音自体も輝かしく、瞬発力がある。ピアニシモが本当に美しいのも印象的。

この曲での大植の指揮は、指揮棒の振り幅を最小限にとどめたり、いつも細かな表情をつける時に使う左手を多用したりと動き自体が多様である。

曲目こそ地味目であったが、大植と大フィルの演奏会としても最上の部類に入るコンサートであった。

大植もさぞかし満足なのではないかと思っていたが、果たして大植は指揮台の上で何度もガッツポーズを見せるなど、自信満々であった。

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2008年11月14日 (金)

懐かしの歌3 岩崎宏美 「聖母(マドンナ)たちのララバイ」

岩崎宏美が歌う名曲「聖母たちのララバイ」。

異国の戦場を歌った曲のようでありながら、「企業戦士」と呼ばれ、疲れ切った日本の男達を癒す、女性の「母性」的なものを歌い上げた歌でもあります。

しかし、時代は流れ、女性の社会進出が進んだ結果、今では男ばかりでなく、“女もみんな傷を負った戦士”になってしまいました。さて、傷ついた彼女たちを誰が癒せばいいのか。

「芸術」がもっと世の中に浸透して、彼女たちを癒せるような環境が整えばいいとも思うのですが。

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2008年11月10日 (月)

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書)

中川右介には、先に『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書)という著書があり、この『カラヤン帝国興亡史』はその続編になります。

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書) 1954年11月にフルトヴェングラーが死去し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の後任の首席指揮者(音楽監督・芸術監督)としてヘルベルト・フォン・カラヤンが就任します。『カラヤン帝国興亡史』は、カラヤンがベルリン・フィルの首席指揮者となったところから始まり、その後、立て続けにウィーン国立歌劇場とザルツブルク音楽祭の主となり、更にベルリン・フィルの首席指揮者就任前から手にしていた、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団、ミラノのスカラ座を含めた広大な音楽帝国を形成し、その帝国が徐々に縮小、最後には瓦解するまでを描いていきます。カラヤンの芸術面に関しては敢えて触れず、カラヤン帝国の勢力拡大と衰退を時代を追って書いたこの本は、あるいは音楽書ではないのかも知れません。

あとがきで、著者の中川右介氏は、カラヤンの敗北には「悲愴感はない」と記しています。

これは私の読後感とは異なりますので、そのことについて書いておきます。
このところカラヤンに関する書籍を立て続けに紹介したわけですが、それを通して読んだ結果、浮かび上がったのはカラヤンという男の寂しさでした。カラヤンは本当に自ら望んだ人生を生きることが出来なかったのではないかということです。

この『カラヤン帝国興亡史』において、中川氏は、カラヤンがウィーン国立歌劇場とザルツブルク音楽祭のポストを次々に得たのは、生前のフルトヴェングラーから妨害を受けたからではないかと指摘しています。もしフルトヴェングラーから妨害を受けなければウィーン国立歌劇場やザルツブルク音楽祭のポストにそれほど執着することはなかったのではないかとも。

これはおそらくその通りでしょう。カラヤンの前に立ちはだかったフルトヴェングラーという壁。フルトヴェングラーはカラヤンを敵視していましたが、カラヤンはフルトヴェングラーを音楽家として尊敬していました。そのフルトヴェングラーから受けいれられなかったということが、逆に怖れとなって、カラヤンを権力へと向かわせたという可能性も見て取れます。

考えれば、カラヤンは最初に就任したウルムの歌劇場を2年ほどであっさりクビになっています。そして次にアーヘン歌劇場にポストを得るまで失業者として過ごしました。ウィーン国立歌劇場の練習指揮者の誘いを蹴って、ウルムの歌劇場のトップに就任するほどの自信家であったカラヤンとしては屈辱であり、自信を喪失したとしてもおかしくありません。

ここで『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書)のルドルフ・ヴァッツェル(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団コントラバス奏者)の「カラヤンは(中略)自分に自信がない」という発言が思い出されます。ヴァッツェルによると、カラヤンはウルムで失業したことがトラウマになっているというのです。

そして、『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』(新潮社)で繰り広げられた、カラヤンは自分の理想の音を追うために、オーケストラを遮断したとの分析。更にこれを裏付けるかのような、「晩年のマエストロ(カラヤン)は音を聴いていなかった」というウィーン・フィル奏者の有名な証言などをから総合して考えるに、若き日のカラヤンは失業で自信をなくし、フルトヴェングラーからも受けいれられなかったことが心の痛手となり、それがゆえに、フルトヴェングラーの死後、フルトヴェングラーが手にしていたポストを次々に手に入れるという行動に出たのではないかという仮説が成り立ちます。失うのが怖い、失わないためには手に入れ続ける必要がある。カラヤンがベルリン・フィルの終身首席指揮者の待遇に拘り、欧州の主要ポストを次々に手に入れていったのは、受けいれられず失うという怖さが原動力になっていた可能性があります。そして絶対の自信を得るために実際のオーケストラの音ではなく、自分の頭の中にある理想の音を追求し、カラヤン自身の言う「別世界」へと入っていったのではないでしょうか。

20世紀音楽界に「帝王」として君臨したカラヤン。しかし実際はカラヤンは20世紀という時代によって「帝王」に君臨させられてしまったのかも知れません。失わないためには常に自分が先頭にいる必要がある。そして20世紀の交通機関の発達により、長距離移動が可能となって複数の重要なポストを兼任できる。20世紀のメディアの発達により、録音や映像を通して世界中にアピールすることができる。しかし、それは同時に、自分の領域内に他の有力者が簡単に移動して来られることをも意味する。ならば徹底して仕事をして常に先頭を行き、ライバルを排除せねばならない。そして自分の弱さをメディアに晒してはならない。

「攻撃は最大の防御」という言葉がありますが、カラヤンは自分の立場を守るために、つねに攻撃的体制で時代の先端を歩まなければ不安だったとも考えられます。そしてそれが本当だとしたのなら、彼の人生はある意味、とても哀れだったといえるでしょう。

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年11月 5日 (水)

川口マーン惠美 『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書)

20世紀前半を代表する指揮者ヴィルムヘルム・フルトヴェングラーと、20世紀後半に音楽界の頂点に君臨した指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者(音楽監督・芸術監督)の座を巡って時に醜いほどの確執を持った二人。

そんな二人の大指揮者が活躍したベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の元楽団員11名による14回のインタビューを収めたのが川口マーン惠美の『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮社選書)。タイトルは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の元首席ティンパニ奏者であるヴェルナー・テーリヒェンの著書『フルトヴェングラーかカラヤンか』(原題:『ティンパニの響き』)を意識したものだと思われます。ちなみにテーリヒェンの『フルトヴェングラーかカラヤンか』(音楽之友社)を、私は高校生の時に、高校の図書室で読んでいますが、今思うと、あの書物は高校生が読むには全く適していなかったと思います。

川口マーン惠美 『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書) 登場するのは、ヴェルナー・テーリヒェン(元首席ティンパニ)、ハンス・バスティアーン(元第一ヴァイオリン)、エーリッヒ・ハルトマン(元コントラバス)、ギュンター・ピークス(元首席ファゴット)、ディートリッヒ・ゲアハルト(元首席ヴィオラ)、カール・ライスター(元首席クラリネット)、ルドルフ・ヴァッツェル(インタビュー当時は現役のコントラバス奏者、2008年夏に定年退職)、ルドルフ・ヴァインスハイマー(元首席チェロ)、ライナー・ツェッペリッツ(元コントラバス)、エーバーハルト・フィンケ(元首席チェロ)、オズヴァルト・フォーグラー(元首席ティンパニ)。

フルトヴェングラーとカラヤンの二人の首席指揮者のもとで演奏したのは6人。あとの5人はカラヤンの指揮でのみ演奏経験のある人です。

フルトヴェングラーとの演奏経験のある人は、フルトヴェングラーを信奉しており、特にアンチ・カラヤンで知られるテーリヒェンは、フルトヴェングラーを絶賛する一方で、カラヤンの才能を全く認めないとの発言までしています。

一方で、カラヤンはフルトヴェングラーの後任として最適だったと認める人もいるなど、オーケストラプレーヤー個々の二人の指揮者への思いには大きな隔たりがあることもわかります。

カラヤンについての評価はフルトヴェングラーと違い、崇拝する人と特に何も感じていない人にわかれており、指揮者としても人間としても賛否両論の評価を受けたカラヤンらしい結果になっています。

クラシック音楽界の世界最高峰に位置するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏家達、その貴重な証言と魅力的な生き方に魅せられる一冊です。

川口マーン惠美 『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年10月31日 (金)

セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 ショスタコーヴィチ交響曲第1番&第9番、バーバー「弦楽のためのアダージョ」

セルジュ・チェリビダッケ(1912-1996)は20世紀に活躍した指揮者の中でも最も異色の活動を行った人です。
ルーマニアに生まれたチェリビダッケは、若くしてベルリン・フィルに認められ、一時はベルリン・フィルの1シーズンをほとんど一人で振るほどでしたが、癇癪持ちで口の悪い彼は次第に楽団員の反感を買うようになり、フルトヴェングラーの後継者争いに敗れて、カラヤンにベルリン・フィルの常任の地位を奪われました。

カラヤンが録音活動を通して全世界に認められていくことに反発したのか、チェリビダッケは、レコード用の録音というものを一切認めず、コンサートの模様を収めた映像作品に関しても「あれは音楽ではなくてスペクタクルショーだ」と言い放ちました。

演奏活動においても、常識外れに長いリハーサル時間を要求し、どんなオーケストラでも自分自身の音色に染め抜くことに専心しました。

チェリビダッケは、通俗的な作品を嫌いましたが、彼が多く仕事をしたのは、通俗的な曲の演奏も多く行う放送局のオーケストラ。これは放送局のオーケストラは資金が潤沢で、リハーサルに多くの時間を割けるという理由も大きかったようです。ということで、レコード用の録音には否定的だったチェリビダッケも、放送用のライブ録音は多く残しています。

そんなチェリビダッケも晩年になると、自分が死んだら放送用の録音の発売を許可することを仄めかすようになり、実際、チェリビダッケの死後、遺族が「海賊盤が多く出ることを懸念する」という理由でメジャーレーベルからのCD発売を許可し、チェリビダッケの正規録音が世に出ることになります。

セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 ショスタコーヴィチ交響曲第1番&第9番、バーバー「弦楽のためのアダージョ」 今日紹介するCDも放送用音源からCD化されたもの。

ショスタコーヴィチの交響曲第1番と第9番、サミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」が収録されています。EMIからの発売。

チェリビダッケの演奏の特徴は、低音をしっかりと築き、その上を磨き抜かれた高音が駆け巡るというもので、重厚な味わいがありますが、音はクリアです。

ショスタコーヴィチの交響曲第1番は、ショスタコーヴィチ17歳時の作品ですが、チェリビダッケのどっしりとしたアプローチゆえか、若い作曲家の作品ではなく、成熟した音楽として聞こえてきます。

ショスタコーヴィチの交響曲第9番は、歪んだユーモアを特徴とする曲ですが、チェリビダッケはしなやかさと迫力を合わせ持つ独特のアプローチを示しています。

バーバーの「弦楽のためのアダージョ」は、ミュンヘン・フィルのストリングスの壮絶なまでに美しくも優しい、慈愛に満ちた音が聴く者の胸を揺さぶります。

ショスタコーヴィチ/Sym.1  9: Celibidache / Munich.po+barber: Adagio

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中川右介 『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書)

クラシック音楽界最高の地位と多くの人が認めるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者(音楽監督)。ハンス・フォン・ビューロー、アルトゥール・ニキシュという伝説の指揮者の跡を継いで三代目のベルリン・フィル首席指揮者となったヴィルヘルム・フルトヴェングラー。20世紀最高の指揮者と今でも目されているフルトヴェングラーであるが、生来の優柔不断さからナチス台頭期に身の振り方に苦悩する。その頃、ドイツ国内で話題になっている一人の青年指揮者がいた。彼の名はヘルベルト・フォン・カラヤン。オーストリアのザルツブルク出身のカラヤンは最初のポジションであるウルムの歌劇場では失敗したが、その後は着実にキャリアを重ねており、1938年、30歳の時には「奇蹟のカラヤン」との演奏会評を受けるまでになっていた。自分の息子のような年齢のカラヤンにフルトヴェングラーは脅威を抱く。

中川右介 『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書)ナチス時代のドイツを舞台にベルリン・フィル首席指揮者の座を巡って巻き起こる様々な欲望と陰謀。その二人の主人公、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーとヘルベルト・カラヤン、そして第三の男ともいうべきセルジュ・チェリビダッケの活躍を時系列的に配した、中川右介の『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎文庫)。カラヤンとフルトヴェングラーによるベルリン・フィル首席を巡るドラマはクラシックファンの間ではよく知られたものであり、この書物に書かれていること自体にはさほど新鮮味はないが、三人の心の葛藤を描くという「人間ドラマ」的切り口が巧みであり、権力や陰謀を描いたサスペンス小説のような面白さがある。

「『カラヤンとフルトヴェングラー』概要」
実演の実力では誰にも負けないフルトヴェングラー、しかし当時の録音技術では彼の演奏の素晴らしさを捉えることが不可能であることはフルトヴェングラーもよくわかっていた。そこへ現れたカラヤン。カラヤンはフルトヴェングラーとは逆に当時の録音技術に適した個性を持っており、そのことをカラヤン本人もフルトヴェングラーもよく知っていた。結果、22歳も年下のカラヤンにフルトヴェングラーは嫉妬にも似た感情を覚える。時あたかもナチス政権下。ナチスに反抗的であったフルトヴェングラーと、ナチス党員であったカラヤン。次第に立場が危うくなり、ベルリン・フィルの指揮台に立つ回数が減っていくフルトヴェングラーに対し、カラヤンは着実な歩みを見せていたが、ヒトラーの御前演奏でカラヤンは致命的なミスを犯し、ヒトラーに嫌われてしまった。こうしてベルリン・フィルの指揮者陣が手薄になっていく。そして、終戦直後、ナチスへの関与により公式活動を禁止されたフルトヴェングラーとカラヤンの不在期に一人の名もないルーマニア人若手指揮者がベルリン・フィルの演奏会で大成功する。そのルーマニア人若手指揮者の名はセルジュ・チェリビダッケといった。

中川右介 『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年10月28日 (火)

コンサートの記(25) ファジル・サイ・ピアノリサイタル2006神戸

2006年10月4日 神戸新聞松方ホールにて

神戸へ。神戸新聞松方ホールで、トルコ出身のピアニスト、ファジル・サイのリサイタルを聴くためである。

神戸新聞松方ホールのソワレは、午後7時15分という他のホールとは違った時間に始まることが多い。今日のファジル・サイのリサイタルもやはり午後7時15分に始まった。

曲目は、前半がモーツァルトの「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲(通称:キラキラ星変奏曲)とピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」、J・S・バッハの「パッカサリアハ短調 BWV.582」。前半は当初、オール・モーツァルト・プログラムの予定であったが、3曲目の「幻想曲ニ短調 K397」が外され、代わりに大バッハの作品が入れられた。後半は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番より「シャコンヌ」ピアノ編曲版(ピアノ編曲:ブゾーニ)とベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番「熱情」という組み合わせ。

1970年、トルコの首都アンカラに生まれたファジル・サイは当地の音楽院で学んだ後、ドイツ・デュッセルドルフのロベルト・シューマン音楽院、更にベルリン芸術大学で学んでいる。作曲家でもあり、アンコールでは自作も演奏された。

さて、このファジル・サイ。かなり変わった人だとは聞いていたが、百聞は一見にしかず。グレン・グールドも真っ青の変人ピアニストであった。

まず、ピアノを弾きながら歌う。左手を無意味に高く上げる。観客の方を向きながら、反っくり返るようにしてピアノを弾く、かと思ったら、誰もいない後方をずっと見つめながら弾き出す(私には見えなかったがモーツァルトの霊でもいたのだろうか)。ピアノに向かって投げキッスを繰り返す。ピアニッシモを奏でる時は口に指を当てて「シーッ」という仕草をする、などなど、数え上げたらキリがないほど多くの奇行を見せる。この手の変人ピアニストは20世紀で絶滅したかと思っていたが、まだ生きていた。優等生的なピアニストが大多数を占めている中で、ファジル・サイのようなピアニストは貴重である。

キラキラ星変奏曲では、旋律を強調し、別の曲のようににしてしまった。しかし、才能は確かで、基本的にモノクロームの楽器と言われるピアノから多彩な色合いの音を引き出す。テクニックも素晴らしい。弱音の美しさ、強奏の迫力なども特筆ものである。

ピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」も自在な表現。曲想の描き分けの上手さ、ノリノリのトルコ行進曲の楽しさなど、ピアノ演奏の醍醐味を味わわせてくれる。ただ全てが素晴らしいというわけではなく、第1楽章などでは余りに乱暴な演奏に唖然とさせられたりもした。本当のモーツァルト好きが聴いたら怒り出すんじゃないだろうか。

J・S・バッハの2曲は一転して壮絶な演奏であった。「パッカサリア」ではバッハの音楽には不釣り合いなほど雄大なスケールの演奏を展開し、天才という触れ込みが嘘でないことを確認する。

「シャコンヌ」は更に優れている。ブゾーニ編曲のピアノ版「シャコンヌ」は様々なピアニストのコンサートで採り上げられる曲であり、録音も比較的多い。しかし、ファジル・サイの「シャコンヌ」演奏はこれまで聴いたことのあるどのピアニストの演奏とも違う、桁外れの名演であった。雄大なスケール。深い音色。一音符毎に変わる表情。
これまで、「シャコンヌ」はあくまでヴァイオリン用の曲で、ブゾーニの編曲は、そのエッセンスをピアノに移植しただけに過ぎないと思っていた。ブゾーニのピアノ編曲版は原典のヴァイオリン版には勝てないと。しかし、ファジル・サイの演奏するピアノ版「シャコンヌ」は平凡なヴァイオリニストが奏でるそれよりも数段上であった。ファジル・サイのテクニックは完璧であるが、それよりも音楽性の豊かさが目立つ。曲の掘り下げも素晴らしい。となるとピアノの音量は、ヴァイオリンなど比較にならないほど豊かであり、ヴァイオリンを上回る演奏が生まれたとしても不思議ではない。その不思議ではないことが私の前で初めて起きたのだ。

ベートーヴェンの「熱情」ソナタも最上級の名演。音の強弱を極端なほどにつけた演奏であったが、それが不自然とは全く思われないというところに、ファジル・サイというピアニストの傑出したセンスが現れている。

アンコールは3曲。まず、ファジル・サイの作曲作品である「ブラック・アース」が演奏される。左手でピアノの弦に直接触れて震動を抑え、右手でその部分の鍵盤を押すことであたかも弦楽器をつま弾いているような音色を出すという面白い曲である。作風はどことなく坂本龍一に似ている。

続いて、ガーシュインの「アイ・ガッタ・リズム」変奏曲。ジャズも演奏するというファジル・サイだけにノリがいい。

そして最後は、モーツァルトの「トルコ行進曲」ジャズ編曲。ファジル・サイの才能がピアノから噴き出す様が見えるような快演。聴衆が大いに沸く。

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2008年10月19日 (日)

神農幸&キダ・タロー 「はじまりは中之島」

本日、10月19日、京阪電鉄(京阪電車)の中之島線が開通ということで、それを記念したキャンペーンソング「はじまりは中之島」(中之島レコーズ)を紹介します。ヴォーカルは3代目おけいはんこと神農幸。作曲はモーツァルト北浜役で京阪のCMに出演しているナニワのモーツァルトことキダ・タロー。

神農幸&キダ・タロー 「はじまりは中之島」 「はじまりは中之島」は、新たに開通した京阪中之島線の4つの駅とその周辺の紹介も含めた歌です。
派手なサビで曲は始まりますが、その後は意外に落ち着いた若しくは地味な展開をします。

カップリングは「鴨リバーサイド物語」。中之島線開通と時を同じくして駅名が変更になる京都市内の3つの駅(「丸太町→神宮丸太町」、「四条→祇園四条」、「五条→清水五条」)の周辺を歌う、大人のムード(?)の曲です。

神農幸さんは、プロフィールに「趣味 声楽」とありますが……、あ、編集者さん何か適当に書いておいて下さい。

ジャケットの紹介をしますと、左のおっさん、じゃなかったおじさまがキダ・タロー、右のお嬢さんが神農幸です。重要文化財に指定されることが決まった大江橋の上での撮影。右側が中之島で、右端に写っているのは大阪市役所です。左は堂島。橋の下を流れるのは堂島川、後方の橋は水晶橋です。

おすすめCDではありませんが紹介だけでは不親切なので、このサイトからも注文できるようにしておきます。

神農幸/はじまりは中之島

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2008年10月16日 (木)

中広全延 『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』

ヘルベルト・フォン・カラヤンは1908年生まれであるため、今年2008年が生誕100年に当たります。その年に敢えて出版された、カラヤンと自己愛を巡る、精神科医の書いたエッセイ、『カラヤンはなぜ目を閉じるのか 精神科医から診た“自己愛”』(新潮社)。

中広全延 『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』(新潮社~ 「帝王」としてクラシック音楽界の頂点に君臨したヘルベルト・フォン・カラヤン。カラヤンの指揮の特徴は目を閉じて指揮するということでしたが、「アイコンタクトが取れず演奏しにくい」という声がオーケストラ奏者からもありました。指揮するときに目を閉じた指揮者は世界広しといえどもカラヤンだけです。
なぜカラヤンが目を閉じるのかについて、カラヤン本人は「見ることをやめて、まったく別の世界に入っていくのです」と答えている。ではその入っていくまったく別の世界とはどこなのか?

本書では、カラヤンは自己愛性人格障害(著者である中広全延によると、カラヤンの場合は「自己愛性人格」障害)、若しくは自己愛性人格を持つ人と仮定して、この「まったく別の世界」の正体に迫っています。

完璧を求め、自身が音楽世界の中心であることを望み、事実その座に君臨し、君臨し続けるためにあらゆる手法を駆使したカラヤン。20世紀という「指揮者の世紀」に現れるべくして現れたカラヤンという人間の側面にアプローチする好著です。

中広全延 『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』(新潮社) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年10月 4日 (土)

小林香織 DVD「Kaori Kobayashi LIVE」

フュージョン系ジャズ・アルトサックス&フルート奏者の小林香織が2006年6月28日にSTB139で行ったライヴを収録したDVDを紹介します。その名もずばり「Kaori Kobayashi LIVE」(ビクター・エンタテインメント)。

小林香織 DVD「Kaori Kobayashi LIVE」 実力とアイドル性を兼ね備えたジャズサキソフォンプレーヤーとして注目される小林香織。基本的にはアルト・サキソフォンを演奏しますが、カバー曲である「FREE」はフルート一本で演奏しています(アルバム「FINE」には、フルートとサックスを重ねたバージョンが収められています。しかし、ライヴではフルートとサックスを同時に演奏するわけにはいかなですからね。三谷幸喜の「オケピ!」じゃないんだから)。

演奏そのものも音も良いですが、小林香織が実に楽しそうに演奏しているのも見所の一つ。ライヴの醍醐味の一つとして、プレーヤー同士のアイコンタクトを確認する楽しさがありますが、小林香織と他のプレーヤーとのアイコンタクトは見ているこちらも微笑んでしまうほど好感が持てます。
バックを務めるのは、笹路正徳(キーボード)、天野清継(エレキ・ギター)、日野賢二(エレキ・ベース)、村上“ポンタ”秀一(ドラムス)。

「SOLOR」、「BIRD ISLAND」、「KIRA-KIRA」、「FREE」、「MOMENT OF LONELINESS」、「ENERGY」ほか全12曲13テイクを収録。ボーナスフィーチャーとして(時間は短いですが)舞台裏の様子なども収められています。そして何故か、小林香織と一緒にドライブした気分になれるスライドショー付き。

小林香織/Live At Stb139

Kaori Kobayashi LIVE

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2008年10月 2日 (木)

コンサートの記(24) 広上淳一指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 いずみホール特別演奏会

2008年3月27日 大阪・京橋 いずみホールにて

大阪へ。京橋の「いずみホール」で、広上淳一指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の、いずみホール特別演奏会を聴く。午後7時開演。

ハイドンの交響曲第60番「うっかり者」、ショスタコーヴィチのバレエ組曲第1番より3曲とバレエ組曲第2番より2曲、バレエ組曲「ボルト」より3曲、ストラヴィンスキーのバレエ組曲「プルチネルラ」というプログラム。

いずれも「型を崩したおかしみ」のある曲だが、そもそも型を知らないとそれを崩したおかしみもわからない。ということで通向けのプログラムである。

ホールによって固定客というのがいる。いずみホールのお客さんは大阪フィルの本拠地であるザ・シンフォニーホールに来るお客さんよりもお上品な人が多い。いずみホールの公演もザ・シンフォニーホールでの公演も両方聴けばいいと思うのだが、どういうわけか(もっともホールの雰囲気が好きか嫌いかが理由だろうと察しは付くのだが)複数のホールに通うという人は意外に少なかったりする。

これは東京でも同傾向で、例えばNHKホールのお客さんは男女ともに白髪の方が多く(NHK交響楽団の定期会員にはご年配の方が多いのでそうなるのだが)、紀尾井ホールは場所柄ゆえか、全身から「私、良家のお嬢さんです」オーラが出ている若い女性の聴衆が多かったりする。

今日のいずみホールは空席が目立った。せっかく面白い曲を面白い指揮者が振るのに。

広上淳一がいずみホールの指揮台に立つのはこれが初めてだという。「どうも、おまっとさんでした」とばかりにポンと一つ手を叩いて広上登場。

広上の振る大フィルは潤いのあるきめ細やかな音を出す。私が今日座ったのは前から三列目の左側だったので、ファーストヴァイオリンのニュアンスの変化がよくわかって興味深い。その分、視覚的には死角があって、と冗談を言ってしまうが、管楽器の奏者の顔はヴァイオリン奏者の陰になって見えず、今日は誰が吹いているのかわからなかったりする。

広上の指揮はユーモラスだが、強弱の付け方やニュアンスの変化のさせ方がよくわかり、見ていて大変勉強になる。
私は別に指揮者ではないので、勉強になっても、さほど得にはならないのだけれど。

ハイドンの交響曲第60番「うっかり者」は同名の劇付随音楽として書かれたものを6楽章の交響曲にまとめたという作品。第6楽章には、弦楽奏者達がチューニングをするという仕掛けがある。
第6楽章演奏開始前に、広上がコンサートマスターの長原幸太に「よろしくお願いします」と小声でいうのが聞こえたので何かやるなと思ったが、チューニングの場面で長原が立ち上がり、広上がそれに驚いて(驚いた振りをして)楽譜をめくって今どこの場面を演奏しているのかを探し、タオルで禿頭の冷や汗を拭うという演技をした。
笑った。井上道義もこうした演技をよくやるが、広上の方がずっと笑える。広上の方が井上より小柄で指揮姿もユーモラスだからだが、聴衆へのアピールを感じさせる井上に対して、広上は何よりも自分が楽しむためにやっているというのがわかるからでもある。

ショスタコーヴィチのバレエ組曲は、しかめっ面しておどけているような屈折したユーモアを特徴とする曲だが、広上はその屈折したユーモアという曲の内面と、堂々と鳴り渡る響きという曲の外面の両方を巧みに表現していた。大フィルの金管がかなり怪しかったのだけが難点である。

ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」は、イタリアのバロック時代の作曲家であるペルコレージらの曲をディアギレフの依頼によりストラヴィンスキーが編曲したもの。とはいえ、もっと単純な編曲を希望していたディアギレフの依頼を遙かに飛び越える仕掛けをストラヴィンスキーが施してしまったため、ストラヴィンスキーのオリジナル曲とされている。古典派以前の造形美をモチーフにしながら、本当の古典派以前の作曲家は絶対に使わない特異なオーケストレーションを用いているのが特徴。これも大人のユーモア感覚に溢れた作品だ。

大人のユーモア感覚に溢れた曲を、ユーモラスな大人である広上が振るのだから悪い演奏になるはずがない。

バレエ組曲「プルチネルラ」はメインの曲にしては軽いし、演奏時間も少し短いので、アンコールに何かやって欲しかったが、「プルチネルラ」は内容のみならず編成も独特で、同じ編成で出来る曲がないためか、アンコール演奏はなし。それでも楽しいコンサートだった。

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2008年9月26日 (金)

コンサートの記(23) 佐渡裕指揮京都市交響楽団 「VIVA! バーンスタイン」

2004年9月11日 神戸国際会館こくさいホールにて

神戸へ。JR三ノ宮駅で下車。歩いて5分ほど南にある神戸国際会館こくさいホールに行く。今日はここで「VIVA! バーンスタイン」という、オール・レナード・バーンスタインプログラムによるコンサートがある。佐渡裕の指揮京都市交響楽団の演奏。大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団。ブルノ・フォンテーヌのピアノ。歌手に中鉢聡(テノール)ほか。兵庫県の主催で明石、神戸と大阪でコンサートを開く。京都市生まれの京都市育ち、大学も京都市立芸術大学の指揮者と京都市のオーケストラのコンサートなのに何故か京都公演はなし。何故だ?

こくさいホールに行くのは初めて。あまりいい印象は持てなかった。1999年5月にオープンした比較的新しいホールだが、3階席はかなり高いところにあり、ステージから遠すぎる。NHKホールより遠い。しかも傾斜がきついので、下に転げ落ちそうな錯覚にとらわれて落ち着けない。


開演前にトーク。スポーツライターの玉木正之氏と佐渡の対談がある。佐渡によるとバーンスタインは身長が160cmほどしかなかったことを明かす。思ったよりかなり低いので驚く。

佐渡裕はレナード・バーンスタイン(愛称:レニー)の最後の弟子。師譲りのダイナミックな指揮が特徴だ。時折、指揮台から飛び上がるなど、まさにバーンスタインを思わせる。京都市交響楽団は特に金管にノリが不足。日本のオケだから仕方ないか。ロイヤル・フィルもウィーン・フィルもレニー作品の演奏は下手だったから。ホールもデッドで足を引っ張っている。ただ声は良く通る。

ダイヤモンドが歌詞に出てくるミュージカル『キャンディード』よりのナンバー「きらきらと華やかに」ではソプラノの天羽明惠が尾崎紅葉の『金色夜叉』からの名ぜりふ「今月今夜のこの月を…」を引用して会場を爆笑させた。

演出でライトを使うのだがこれが逆効果。余計なものにしか感じられない。会場で配られたパンフレットに歌詞と対訳が載っていて親切なのだが、客席は暗いので歌詞が読み取れない。ライト演出はいいから客席をもう少し明るくして欲しい。

クラシックのコンサートは休憩込みで2時間以内が普通だが、今日は2時間半以上も続き、サービスがいい。

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2008年9月22日 (月)

コンサートの記(22) 兵庫県立芸術文化センター 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ[リバイバル]『蝶々夫人』

2008年3月28日 兵庫県立芸術文化センター大ホールにて

兵庫県立芸術文化センター大ホールで、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ[リバイバル]「蝶々夫人」を観る。午後2時開演。

2006年に、兵庫芸術文化センターの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ第1弾として上演されたプッチーニの歌劇「蝶々夫人」の再演である。

芸術監督&指揮:佐渡裕、演奏:兵庫芸術文化センター管弦楽団。演出:栗山昌良。舞台装置:石黒紀夫。衣装:緒形規矩子。

佐渡裕指揮 「蝶々夫人」[リバイバル] Wキャストによる公演であり、本日の配役は、蝶々夫人に並河寿美、ピンカートンにアレッサンドロ・リベラトーレ、スズキに小山由美、シャープレスにキュウ・ウォン・ハン、ゴローに松浦健、ヤマドリに松澤政也、ボンゾに若林勉、役人に服部英生、ケイト・ピンカートンにマリアム・タマリ。

合唱は、ひょうごプロデュース・オペラ合唱団(つまり臨時編成)。
プロダクションディレクター:小栗哲家(俳優・小栗旬の父親)。

昼間っからオペラというのはちょっときついが、様々な事情があって、毎回午後2時開演であり、他に選択の余地はない。

佐渡裕の指揮の特徴は何といってもドラマティックな音楽作りであり、フォルテでの迫力である(佐渡本人は、「弱音こそが自分の音楽の良さ」だとインタビューなどで語っているけれど、