カテゴリー「音楽」の1000件の記事

2019年10月18日 (金)

コンサートの記(598) 第23回京都の秋音楽祭『3つの時代を巡る楽器物語』第1章ショパンとプレイエル(フォルテピアノ:川口成彦)

2019年10月5日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタにて

午後3時から、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタで第23回京都の秋音楽祭『3つの時代を巡る楽器物語』第1章ショパンとプレイエルを聴く。今年から足かけ3年に渡る企画の第1回である。ショパンが生きていた時代のプレイエル社製のフォルテピアノを使用してショパン作品を弾くという企画。ピアニストは、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位入賞者である川口成彦(なるひこ)が登場する。

川口成彦は、1989年盛岡市生まれ、横浜市育ちの若手ピアニスト。先に書いた第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール2位のほか、ブルージュ国際古楽コンクール・フォルテピアノ部門最高位、第1回ローマ・フォルテピアノ国際コンクール優勝という華麗なキャリアを誇っている。東京藝術大学と同大学院修了。二十歳の頃からフォルテピアノに触れるようになり、古楽の本場であるオランダのアムステルダム音楽院古楽科修士課程に進んで古楽を本格的に研究するようになる。現在もアムステルダム在住。フォルテピアノを弾くことが多い様だが、勿論、モダンのピアノフォルテも演奏する。

 

当然ながらオール・ショパン・プログラムである。前半はショパンがジョルジュ・サンドとノアンで過ごした時期に書かれたものを並べ、ワルツ第12番、夜想曲第15番、バラード第3番、前奏曲嬰ハ短調、即興曲第2番、「舟歌」が弾かれる。後半は、ショパンがサンドとマヨルカ島に滞在していた時期を中心に書かれた24の前奏曲の演奏である。

楽器は1843年製のプレイエル マホガニーケース 製造番号No.10456(タカギクラヴィア所有)のフォルテピアノが使用される。フォルテピアノであるが、製作時期が比較的新しいため、モーツァルトやベートーヴェンの時代のフォルテピアノとは響きがやや異なる。近年、ヨーロッパのピアニストを中心に、モダンピアノフォルテを使いながらペダリングやタッチを工夫して古楽風の音色を出すことが流行っているが、その音色に近い。

 

川口はマイクを手にトークを挟みながらの演奏を行う。ショパンは二十歳近辺の頃に(ショパンは正確な生年がわからない人である)ポーランドを離れてウィーンに渡るのだが、タイミングが悪かったのかウィーンでは活躍することが出来ずにパリに移る。そしてパリで出会ったのがフランスのピアノメーカーであるプレイエルのピアノである。プレイエル社もショパンを全面的にサポートし、マヨルカ島にショパンが渡った時にはピアニーノという小型のアップライトピアノをショパンに送っており、ショパンはその楽器で作曲を行ったとされる。また完成した24の前奏曲はその縁でプレイエル社のカミーユ・プレイエルに献呈されている。ノアンのサンドの邸宅にもプレイエル社はピアノを送っており、ショパンが作曲と演奏を行った。
ベートーヴェンやリストは作曲を行う際に虚勢を張るようなところがあるが、ショパンは素直にピアノに向かって音楽を語る人であり、その点でシューベルトに似ていると川口は語る。

残された記録によると、ショパン自身は毎回のように即興を取り入れており、楽譜通りに演奏されたことはほとんどなかったそうだが、川口のピアノも緩急自在であり、たまにであるが音を足すこともある。

モダンのピアノで弾くと、ロマンティシズムが前面に出されることの多いショパンの音楽であるが、フォルテピアノで聴くとある種の親密さが増し、等身大で語りかける音楽へと傾いてくるのが感じられる。ショパンの時代はまだコンサートホールでなくサロンなどで演奏されるのが一般的であったが、その意味では川口が奏でるのはサロン的なショパンともいえるだろう。

夜想曲第15番は、今日弾くフォルテピアノが製作された1843年に作曲された作品だそうである。ショパンは33歳か34歳。青年期を過ぎて、これからが更に期待される年齢であるが、ショパンは生まれつき体が弱く、すでに結核も患っていて、6年後の1849年に若くして他界することになる。

 

メインである24の前奏曲は24の調を使って書かれた意欲作。バッハに倣っての作曲であり、今でもピアノ作品の最高峰の一つに数えられる。一方で、難度や作風、長さなどがバラバラであり、表現が難しい。第2番、第4番、第6番(元々はこの曲が「雨だれ」だったとされる)などは、私も弾いたことがある技巧的には平易な曲であるが、いずれも沈鬱な曲調を持ち、場合によっては不気味だったりする。川口はそうした要素は意識はしているが大袈裟にはならないよう心がけた演奏を行っているように思われた。大時代的なショパン像は巨大ホールが出現した19世紀後半から20世紀初頭に掛けて形作られたもので、ショパンが生きていた頃には目の前の少数の聴衆を相手にしているということもあって、いい意味で抑制された演奏が行われていたのだと思われる。
「太田胃散の曲」として知られる(?)第7番では速めのテンポを採用。CMサイズの演奏とは違った自由感を出していた。
24の前奏曲の中で最も有名なのは「雨だれ」というタイトルのついた第15番だと思われる。この曲も私が弾けるほど技術的には平易なのだが、かなりドラマティックに演奏されることが多い。ショパンの名手として知られたアルフレッド・コルトーなどは、寝た子をあやす母親の前に悪魔が現れて子どもを襲おうとするというおどろおどろしい内容の詩をこの曲につけているが、そうした物語的な演奏をする人はコルトーに限らず多い。ただ川口の場合はショパン本人の声を探ることに徹しているように聞こえる。オーケストラ音楽もそうだったが、ピアノも古楽的な解釈が進むことによって演奏スタイルが今後もどんどん変わっていきそうな気がする。

アンコールは2曲。まずはワルツ第9番「別れのワルツ」。この曲はサンドではなく、ライプツィッヒで出会って一目惚れした女性と別れるときに書かれたとされる曲である。甘口だったり感傷的に弾かれることも多いが、川口の「別れのワルツ」は比較的さっぱりしている。フォルテピアノの音色も大きく影響しているだろう。

2曲目は、歌曲として書かれた「春」ト短調を自らピアノ用に編曲したものが弾かれる。過ぎた春を回顧する趣の楽曲であるが、川口の弾くフォルテピアノからはノスタルジックな音色と音型とイメージが次々と溢れ出てきていた。

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2019年10月16日 (水)

これまでに観た映画より(133) 「レディ・マエストロ」

2019年10月10日 京都シネマにて

京都シネマでオランダ映画「レディ・マエストロ」を観る。原題は「The Conductor」という意味深なものなのだが、日本でこの映画を観る場合に「The Conductor」だと意図が伝わりにくいためにタイトルが変えられたのだと思われる。監督・脚本はマリア・ペーテルス。出演は、クリスタン・デ・ブラーン、ベンジャミン・ウェインライト、スコット・ターナー・スコフィールドほか。セリフはオランダ語と英語が用いられており、少しだがドイツ語も登場する。音楽監督はステフ・コリンヨン。
女性指揮者の草分け的存在であるアントニア・ブリコ(1902-1989)の肖像を描いた映画である(全ての人生が描かれているわけでない)。アントニアを演じるのはクリスタン・デ・ブラーン。

1926年(日本だと大正15年=昭和元年)のニューヨーク。クラシック音楽好きで才能にも恵まれたオランダからの移民であるウィリー(クリスタン・デ・ブラーン)はカーネギーホールの客席案内係(レセプショニスト)として働いている。当時のニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(ニューヨーク・フィルハーモニックの前身)は指揮者は勿論、楽団員全てが男性で占められており、オーケストラ絡みで女性が就ける仕事は客席案内係ぐらいのものだった。

この日は同郷の大巨匠指揮者であるウィレム・メンゲルベルクが指揮台に立って、十八番であるマーラーの交響曲第4番を指揮するということで、ウィリーも興奮気味であり、仕事でミスを犯したりもする。ただ、客席案内係はコンサート本番を聴くことは許されない。ウィリーは本番中、誰もいないと思った男性用トイレに入り、漏れてくる音楽に心奪われて、箸を指揮棒代わりに(どうやら箸で食事をする習慣があるようである)鏡に向かって生き生きと指揮を続ける。が、その時に、男が一人、男性用トイレに入ってくる。富豪の息子のフランク(ベンジャミン・ウェインライト)だ。「衛生面での点検だ」と誤魔化したウィリーはその後、大胆な行動に出る。第1楽章が終わった後で、持ち運び用の椅子を手にカーネギーホールの中央通路を進み、指揮者であるメンゲルベルクの真後ろに陣取って曲を聴こうとしたのだ。メンゲルベルクも複雑な表情を浮かべるが、第2楽章の指揮を始める。だが、それを見たフランクは激昂。ウィリーをホールの表へと叩き出してしまう。
結局、ウィリーは客席案内係の仕事をクビになったことを契機に、本格的に音楽の道に進むことを決意。指揮者を夢見て、ブラスバンドの指揮者であったゴールドスミスに頼み出て弟子にして貰い、名門UCバークレー(カリフォルニア大学バークレー校)の音楽学部の試験にも合格。ただその後ゴールドスミスがウィリーを女として意識し、関係を迫ったことで関係は破綻する。音楽学校の学費を稼ぐためにタイピストや接客業の職に就こうとするも気位の高さが伝わるのか、有能さを示しても落ちてばかりのウィリー。ナイトクラブのベース奏者であるロビン(スコット・ターナー・スコフィールド)に気に入られてロビンのいるバンドのピアニストに決まり、グリーグの「トロルドハウゲンの結婚行進曲」を弾いていると、ロビンはジャズ風に編曲した「トロルドハウゲンの結婚行進曲」を弾いて見せ、連弾を行う。

フランクはゴールドスミスと友人であり、豪奢なフランクの自宅で音楽家を招いたパーティーがあるということで、ゴールドスミスから招かれるのだが、ゴールドスミスは急用で帰宅。ウィリーはゴールドスミスとの関係が破綻した後でもフランクとの仲を深めていく。

だが、ウィリーは祖国のアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の指揮者であるメンゲルベルクに師事しようと決めており、オランダに行く決意をしていた。アメリカで一緒になって欲しいと言うフランクからのプロポーズにウィリーは迷う。フランクはともかくとして、彼の母親はウィリーが「指揮者になりたい」という夢を語ると一笑に付す。本格的な女性指揮者などまだ一人もいない時代。日本で例えるなら、女でありながら「大相撲の横綱になりたい」と言っているのと同様の世迷い言としか聞こえないのだった。

実は、ウィリーは両親の実の子ではないことが判明する。音楽家への道を進むことに反対した母親がつい明かしてしまったのだ。ウィリーは出生時の名であるアントニア・ブリコとして指揮者への道を進み始める。

コンセルトヘボウでアントニアはメンゲルベルクと出会う。弟子入りを懇願するが、メンゲルベルクはフランクの友人であったため、フランクに相談の手紙を書き、アントニアと結婚したいフランクはメンゲルベルクに「アメリカに帰れ」と言ってくれるよう頼む。結局、メンゲルベルクの弟子にはなれなかったアントニアだが、メンゲルベルクの推薦状を得てベルリンに向かい、ドイツの大指揮者であったカール・ムックに会いに行って弟子入りが許される。ベルリン国立音楽アカデミーの指揮科の定員は2人のみであったが、この難関も突破。若い女性が指揮者ということで反発しがちなオーケストラ団員達をも納得させていき、最終的にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮台に立って、コンサートを成功に導く。
だが、アメリカではゴールドスミスが腹いせからアントニアへの批判をマスコミにばらまいており、女性からも「女が男性達に指揮棒で指示を行うなんて」と反発を受ける。ニューヨーク・フィルとの演奏は成功したが、次に舞い込んだのは失業した音楽家が結成したオーケストラを指揮する仕事。いやいや引き受けたアントニアだが、ある日、リハーサルに行くと、女性団員しか来ていない。ニュージャージ-交響楽団が楽団員を募集しているということで、男性団員達は全員オーディションを受けに行ってしまったのだ。ちなみに女性はオーディションを受ける資格はないという。アントニアは女性楽団員のみによるオーケストラを結成し、女であっても音楽家たり得るのだということを示そうとする……。

日本に限っても、先日、沖澤のどかがブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、ブザンソン国際指揮者コンクール覇者の先輩である松尾葉子、宝塚男役風ルックスでも人気の西本智実、小柄な体から力強い音楽を生み出す三ツ橋敬子、北欧のスペシャリストとして活躍する新田ユリなど、今は女性指揮者は珍しくもなんともないが、アントニア・ブリコが指揮者を志していたのは、「女は将軍と指揮者にだけはなれない」と言われていた時代であり、女性でありながら指揮者を生業としていることへの反発は今とは比べものにならないほど強かった。そんな中で快進撃を続けるアントニアのサクセスストーリーとして描かれているように見えるのだが、ラストの字幕でアントニアが結成したニューヨーク女性交響楽団はアントニアが男性団員の入団を許したことで注目を失い、4年で解散。アントニアは生涯、有力楽団の首席指揮者のポジションには就けなかったことが語られる。更には2017年現在でも、世界の指揮者トップ50の中にも女性の名はないということで、集団を率いる職業である指揮者に女性がなることの困難が示される。ハンブルク州立歌劇場の総支配人として活躍したシモーネ・ヤングやアメリカの上位楽団であるボルティモア交響楽団の音楽監督を務めるマリン・オールソップなど有名指揮者も当然いるが、オペラ歌手は勿論、ヴァイオリンのアンネ=ゾフィー・ムターやチョン・キョンファ、ピアノのマルタ・アルゲリッチや今はイギリス国籍になったが内田光子など世界トップランクに数えられる演奏家も多い器楽分野に比べても指揮分野における女性進出はなかなか進んでいかないのが現状である。古典派を不得手とする女性指揮者が多いこと、ブラームスやブルックナーなど女性には理解しづらい音楽がコンサートのメインレパートリを占めているということもあるのだろうが、「そもそもクラシックの作曲家といえば男性のみ」「指揮者も楽団員も男性のみ」という時代が長かったことが影響してもいるのだろう。ベルリン・フィルが女性団員の入団を正式に認めたのだが1980年代後半(その前にザビーネ・マイヤー事件というものがあり、女性クラリネット奏者であるザビーネ・マイヤーを強烈に推して入団させたヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィル団員の猛反発にあり、関係が悪化。マイヤーは身を引いたが、最終的にはカラヤンはベルリン・フィルの終身芸術監督辞任に追い込まれている)、ウィーン・フィルに至っては、世紀が変わろうかという時まで「入団出来るのは男性のみ」という姿勢を貫き続けていた。
「世界のトップランクのオーケストラ」と聞いてクラシックファンなら誰でも思い浮かべるような楽団のトップとして君臨している女性指揮者はゼロ。日本でも人気はあるがポジションが得られていない女性指揮者がほとんどで、東京に9つあるプロオーケストラや日本各地の都市の顔となるオーケストラのトップに立っている女性指揮者は一人もいない。芸大の指揮科教授として多くの教え子を生み出した松尾葉子も、出身地である名古屋に本拠を置くセントラル愛知交響楽団常任指揮者という地位が最高。人気指揮者である西本智実も日本フィルハーモニー交響楽団のミュージック・パートナーが一番上のポジションで、仕方がないので自分で結成したオーケストラを率いている。テレビ出演も多い三ツ橋敬子は現時点では本拠地なしの状態で、客演生活が続いている。新田ユリも北欧音楽には強いがポストは愛知室内オーケストラという定期演奏会を年に2回ほどしか行えない団体のものを得られているのみである。ある意味、アメリカにおける女性大統領並みの「ガラスの天井」を感じさせる職業であり、ラストの演奏会のシーンは希望に満ちているが、現実の厳しさを示すこともおろそかにはしていない。

クラシック音楽の使い方は面白く、聴いてすぐなんというタイトルの曲かが分かると広がりやおかしみを持って受け取ることが出来るように思う。「拍手をして下さい。コメディは終わりました」というベートーヴェンの最後の言葉とされるものがさりげなく語られていたりもする。

アントニアは女性指揮者のフロントランナーとしては成功したが、性別関係なく「指揮者としての名声を勝ち取る」ことに関しては「誰が見ても成功」という結果は出せなかったのかも知れない。それでも「絶対に無理」という周囲の声や蔑みをはねのけて指揮台に立ち続けるアントニアの姿に爽快感を覚える。カール・ムックのセリフにあるように「指揮台に立ち続けること」が何より重要なのだと納得させられる。

何より感心させられるのは、西洋の俳優は指揮者を演じるのが上手いということ。クリスタン・デ・ブラーンは往時の長めの指揮棒を振っているため、バトンテクニック抜群に見えるということはないが、音楽が体から生まれているように見せる演技には卓越したものがある。

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2019年10月15日 (火)

「まだ結婚できない男」第2話ラストで流れた ムソルグスキー 交響詩「はげ山の一夜」




ムソルグスキー作曲 リムスキー=コルサコフ編曲
テオドル・クチャル指揮ウクライナ国立交響楽団

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2019年10月14日 (月)

コンサートの記(597) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団京都特別公演2019

2019年10月6日 京都コンサートホールにて

午後3時から、京都コンサートホールで大阪フィルハーモニー交響楽団京都特別公演を聴く。指揮は音楽監督の尾高忠明。癌の手術から復帰したばかりである。

曲目は、前半がモーツァルトのフルート協奏曲第2番と尾高尚忠のフルート協奏曲(フルート独奏:エマニュエル・パユ)、後半がチャイコフスキーの交響曲第5番。

今日のコンサートマスターは須山暢大。ドイツ式の現代配置での演奏である。

エマニュエル・パユが登場するためか、男女ともに若い聴衆も多いのが特徴。ただ、大阪フィルのフェスティバルホールでの定期演奏会は、3階が学生限定席に指定されているため、普段はどれほどの入りなのかが把握出来ていなかったりする。

エマニュエル・パユは現役のフルーティストとしては世界中で最も有名だと思われる人物である。長くベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者を務めており、同楽団の顔の一人でもある。実演を聴くのは多分3回目であるが、前回と前々回は共に室内楽のコンサートであったため、オーケストラとの共演を聴くのは初めてになる。

 

モーツァルトのフルート協奏曲第2番。パユのフルートは音色が澄んでいるだけでなく、芳香を発するかのような気品に溢れている。人気があるのも当然である。
大フィルの弦はノンビブラートと音を細かく切る感じのピリオド奏法での演奏を行う。天井の高い京都コンサートホールなので、音が小さく聞こえてしまうが、モーツァルトを演奏するにはやはりピリオドの方が雅やかで合っている。

 

尾高尚忠のフルート協奏曲。
尾高尚忠は、尾高忠明の実父である。1911年生まれ、日本で作曲をスプリングスハイムに師事した後でウィーンに渡り、指揮をワインガルトナーに師事した。帰国後は日本交響楽団(NHK交響楽団の前身)の常任指揮者となり、指揮に作曲に八面六臂の活躍を展開。現在は日本の年末の風物詩となった第九特別演奏会を始めた人物でもある(異説あり)。ただ過労がたたって、39歳の若さで逝去。新聞などには「日響(日本交響楽団)が尾高を殺した」という見出しが躍った。

演奏時間約15分という短い作品だが、目の前の世界を次々と広げつつ天翔るようなフルートの躍動が印象的な第1楽章、ピアノが入ったり、弦がコルレーニョ奏法で日本的なリズムを刻むなど独特の個性が光第2楽章など魅力的な要素に満ちている。
パユの自在感溢れるフルートは、日本の現代作品にも見事に適応。日本人のフルーティストが演奏するとまた違った印象になると思われるが、軽やかさと広がりにおいてはベストの出来を示す。

パユのアンコール演奏は、ニールセンのフルート独奏曲「子供たちが遊んでいる」。ニールセンの一般的イメージとは異なる作風で、聴いている時は古典派の楽曲のように聞こえた。

 

チャイコフスキーの交響曲第5番。尾高の指揮なので、端正な造形を予想し、実際に冒頭はそうだったが、途中で金管を強烈に吹かせる。立体感は出るものの本拠地ホールではないということもあって精度は今ひとつなるが、それよりも内容を重視したような演奏となる。演奏終了後に尾高は、「病上がりで、まだちょっと苦しい」と語っていたが、コントロールする力がまだ戻ってないためにこうした演奏になったのかはわからない。
第2楽章の最高難度で知られるホルンソロも完璧ではなかったがハイレベルであり、チャイコフスキーの憧れを描き尽くす。華やかな中に憂いを宿す第3楽章も美しい演奏であった。
第4楽章は、近年では解釈が変わりつつあるが、尾高は疑似ラストの後の凱歌を逡巡の中で歌い上げる。運命の主題を長調に変えた主旋律は華々しいのだが、実はそれ以外の部分は案外憂いを多分に含んでいるため、無理に笑顔を作っているような悲しさが吹き出してくる。これがチャイコフスキーが望んだ解釈だと思われるのだが、こうした演奏を聴いていると本当に胸が苦しくなる。自らの作曲した運命の主題を長調に変えて乗り切った後で、ベートーヴェンの運命動機で幕を下ろすところなど、ほとんど「悪魔的」を思えるほどだ。

 

アンコール演奏は、チャイコフスキーの「エレジー ~イワン・サマーリンの思い出に」が演奏される。この曲が演奏されるということは最後の凱歌の悲劇的解釈は尾高の体調不良によってなってしまったものではなく意図的になされたものなのだろう。
最後に尾高は、「素晴らしいホールと素晴らしい聴衆の皆様の前で演奏出来る」ことの感謝を述べて、「大阪のフェスも素晴らしいホールです」と宣伝し、「このオーケストラとは関係ないんですが、京都大学の交響楽団も指揮します」とユーモアを交えた告知で明るく終えた。

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2019年10月13日 (日)

楽興の時(33) 「テラの音 Vol.27 ~洋楽と邦楽の世界~」

2019年10月4日 京都市中京区の真宗大谷派浄慶寺にて

午後7時から、御所の南にある真宗大谷派小野山浄慶(じょうきょう)寺で「テラの音(ね) Vol.27 ~洋楽と邦楽の世界~」を聴く。タイトルにある通り、クラシックと邦楽のジョイントが行われる。出演者は、「テラの音」共同主宰兼企画担当ででヴァイオリニストである牧野貴佐栄(ヤマハ音楽教室ヴァイオリン講師)、ピアニストの森麻衣子、歌・三絃の佐藤文岳晶(本名と作曲家・編曲家としての名前は佐藤岳晶)。

曲目は、シューベルトのヴァイオリン・ソナタ第3番、木ノ本屋巴遊作曲の地歌「葵の上」、クライスラーの「愛の喜び」、玉岡検校作曲の地歌「鶴の声」(ヴァイオリンパート作曲:初代中尾都山。改訂:佐藤岳晶)、佐藤岳晶の「黒髪」、湖出市十郎作曲の地歌「黒髪」、幸田延のヴァイオリンソナタ第2番ニ短調。

幸田延のヴァイオリン・ソナタニ短調は最近、医師免許を持つプロヴァイオリニストとして知られる石上真由子がCDをリリースしており、まだ買っていないがいずれは買って聴いてみようと思っている。

 

牧野貴佐栄は、名古屋市立菊里高校音楽科を経て同志社女子大学音楽学科を卒業しているが、森麻衣子も同じ名古屋市内にある愛知県立明和高校音楽科を経て同志社女子大学音楽学科を卒業という似た経歴を持っている。前回に「テラの音」に出た時は、富山市にある桐朋学園大学院大学(2017年に東京の調布市にある桐朋学園大学の本部にも大学院が出来たのでややこしいことになっている)に在学中だったが、現在は修了しており、関西での音楽活動や音楽教室での指導を行っているようだ。ピアノを田部京子や岡田博美に師事、室内楽を藤原浜雄や川久保賜紀に師事している。来年の2月には上桂にある青山音楽記念館バロックザールでリサイタルを行う予定である。

佐藤文岳晶/佐藤岳晶は、地歌箏曲を二代米川文子に指示しているが、幼少時から西洋音楽を学び、桐朋学園大学ピアノ専攻卒業、パリ国立音楽院エクリチュール(作曲理論)科を修了しており、西洋音楽を学んでいた時間の方が長いようである。現在は京都女子大学准教授、桐朋学園大学院大学ほかの非常勤講師を務めている。

 

シューベルトのヴァイオリン・ソナタ第3番。シューベルトが愛用してた眼鏡は今丁度大阪の国立国際博物館に展示中なのでタイムリーである(?)。
典雅さと毒々しさの両方を持つシューベルトの個性は、この曲でも良く発揮されている。この曲の調性はト短調で、モーツァルトがキラーコンテンツとしてきた調性であるが、モーツァルトよりもベートーヴェンに近く聞こえるのは、第3楽章の旋律のせいもあるだろう。

 

地歌「葵の上」は、カットを入れたバージョンでの上演である。葵の上に嫉妬した六条御息所の心情が語られる。

 

牧野貴佐栄によると、日本の洋楽の黎明期には、西洋の音楽と邦楽が同じ演奏会の中で演奏されることの方が多かったそうで(確かに上野の旧東京音楽学校奏楽堂なんかはそんなイメージがある)、今回のコンサートではその再現を試みたそうである。

 

休憩時間に浄慶寺の中島浩彰住職による法話がある。仏教というと、今は「葬式仏教」のイメージが強いが、お釈迦様は勿論、日本の各宗派の開祖もお葬式については何も唱えておらず、仏教は生きる苦しみから逃れるために始まったと語る。
西洋の宗教や科学もその点は同じであり、根底の部分は仏教とよく似ているのだが、西洋は蓄えたデータを客観的に分析し、仏教は解析するのではなく「自分」「私」の主観でそれを捉えるという違いがあると結論づけていた。

 

クライスラーの「愛の喜び」。実は、今日のプログラム最後の曲の作者である幸田延は、クライスラーも師事していたヨーゼフ・ヘルメスベルガーⅡ世(「悪魔の踊り」などの作曲家としても知られている)にヴァイオリンを師事していたそうで、そのためにクライスラー作品が取り上げられるようになったそうだ。
技術面では結構怪しい部分もあったりするのだが、このコンサートはそういうことを気にする場ではない。

 

地歌「鶴の声」では、元々尺八のために書かれた旋律を、初代中尾都山がヴァイオリン用に編曲したものが奏でられる。「美しき天然」だとか「宵待草」などに繋がる懐かしさがヴァイオリンの音色から感じられる。
「鶴の声」は、形こそ違うがクライスラーと同じ「愛の喜び」を題材とした歌であり(鶴は千年といいます、共に白髪になるまで一緒にいましょうという歌詞を持つ)、そのために続けてプログラミングされたことが明かされた。

 

佐藤岳晶の「黒髪」は、元々は佐藤が米良美一のために石牟礼道子の詩に曲をつけたものだそうだが、今回は佐藤本人がヴァイオリンとピアノのための編曲した者ものが演奏される。サビの部分でのヴァイオリンのピッチカートが効果的である。

 

地歌「黒髪」。3人が勢揃いしての演奏である。ヴァイオリン・パートはやはり初代中尾都山が尺八用のものをヴァイオリン用に編曲したものが用いられる。ピアノ・パートは佐藤が作曲したものが演奏される。
地歌とヴァイオリンは昔から演奏されてきたものであるが、ピアノは佐藤に手によるものということで新しい印象を受ける。地歌とヴァイオリンに連れず離れずで、浮遊感を持つピアノは、日本に於けるフランス音楽受容に多大な貢献を行った橋本國彦作品に通ずるところがあるように思う。そういえば佐藤はパリ国立音楽院出身なのだった。

 

幸田延のヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調。幸田姉妹の姉である幸田延。幸田露伴の妹である。日本のクラシック音楽受容最大の貢献者の一人であり、瀧廉太郎や山田耕筰らを育てたことでも知られる。
ちなみに、せいぜい150年程度でしかない日本のクラシック音楽の歴史上に、実は「幸田姉妹」は二組いる。まずは幸田延と幸田幸(結婚後は安藤幸)の幸田姉妹、そして現役である幸田さと子と幸田浩子の幸田姉妹である。幸田というのは珍しい苗字ではないがありふれているわけでもない。二組の間に血縁関係はなく、かなり面白い偶然である。
2曲のヴァイオリン・ソナタはいずれも幸田延のウィーン留学中に書かれたそうで、ドイツ的な趣を持つとされるが、聴いてみると結構なド演歌で、西洋人が聴いたら「日本人の作品」とすぐに見破られそうな気もする。日本人としては幸運なことにド演歌であったため旋律も覚えやすく、展開もわかりやすくて十分に楽しむことが出来た。

演奏会が終わって、そのまま変えろうとしたのだが、住職の小学生の娘さん二人が電子ピアノで遊んでいる音がしたので、引き返してピアノで少し遊ぶ。上手く弾ければ良かったのだが、練習をしていないため、暗譜が出来ていない。ということで何曲かの冒頭だけ弾いて遊んだ。

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2019年10月11日 (金)

「怪盗ルビイ」より「たとえばフォーエバー」

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コンサートの記(596) 原田慶太楼指揮 京都市交響楽団 「THE MUSIC OF JOHN WILLIAMS:STAR WARS AND BEYOND」@ロームシアター京都

2019年9月29日 ロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、原田慶太楼(はらだ・けいたろう)指揮京都市交響楽団による「THE MUSIC OF JOHN WILLIAMS:STAR WARS AND BEYOND」を聴く。アメリカの映画音楽の巨匠、ジョン・ウィリアムズの音楽を取り上げる演奏会。MCは、有村昆。藤岡幸夫司会の音楽番組「エンター・ザ・ミュージック」の映画音楽特集の回では毎回見かける有村昆だが、生で見るのは初めてである。

原田慶太楼は、今回が京響デビューとなる。1985年東京生まれ。幼少時よりインターナショナルスクールに通い、17歳の時に単身渡米してインターラーケン芸術高校音楽科で指揮を吹奏楽界の巨匠として知られたフレデリック・フェネルに師事。その後、複数の大学で学び、二十歳でジョージア州のメーコン交響楽団のアシスタント・コンダクターに就任。2010年にタングルウッド音楽祭で小澤征爾フェロー受賞。この時からジョン・ウィリアムズのアシスタントを務めるようになる。これまでに指揮をロバート・スパノ、マイケル・ティルソン・トーマス、オリバー・ナッセン、ヘルベルト・ブロムシュテットに師事。今年の夏までシンシナティ交響楽団と同楽団のシンシナティ・ポップス・オーケストラのアシスタントコンダクターを務め、来年からはジョージア州のサヴァンナ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽&芸術監督に就任する予定である。

 

曲目は第1部が、「オリンピック・ファンファーレとテーマ」、「ジョーズ」(The Shrak Theme from Suite from Jaws)、「スーパーマン」(Superman March)、「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(Raiders March)、「E.T.」(Flying Theme)、「ジュラシック・パーク」(The theme from Jurassic Park)、「シンドラーのリスト」(Theme from SCHINDLER'S LIST for Violin and Orchestra)、「ハリー・ポッターと賢者の石」(Hedwig's Theme)。
第2部では、「スター・ウォーズ」全8作からジョン・ウィリアムズと原田がコンサート用にまとめた音楽全曲が披露される。音源にはなっていないため、コンサートでしか聴けないバージョンだそうである。

 

今週の京都市交響楽団のスケジュールは変則的。昨日、同じロームシアター京都メインホールで「ドラゴンクエスト」の音楽を演奏しており、2日続けての演奏会開催となる。原田とのリハーサルは数日前に行い、原田はその後、東京交響楽団のコンサートを指揮してから京都に戻り、ゲネプロを行って本番ということになるようである。

2日続けての公演ということもあってか、楽団員の顔ぶれも定期演奏会とは異なり、コンサートマスターには客演の「組長」こと石田泰尚。第2ヴァイオリン副首席の杉江洋子、ヴィオラ首席の小峰航一、オーボエ首席の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子らは降り番である。映画音楽に強いエキストラも何人か参加しているようだ。第1部ではホルンの1番は首席の垣本昌芳が吹いたが、第2部では水無瀬一成に変わった。

 

今日は3階席2列目の真ん真ん中という、音響的には最も良い部類に入ると思われる席である。

開演時間となり、楽団員が登場する。定期演奏会ではないので拍手はどうするのかなと思ったが、全員が客席の方を向いて立っている。だが、拍手が起こらない。なんとも妙な光景である。コンサートマスターの石田泰尚が姿を見せてようやく拍手が起こる。
つまり、定期演奏会に来ているお客さんは今日は客席にはほとんどおらず、拍手のタイミングがわかっていないのだ。別に私一人で拍手しても良かったのだが、複数の人が拍手しないとつられて拍手が起こるということはあり得ないので無駄である。複数のスタッフが袖でサクラの拍手を行うべきだったのかも知れないが。
今日来ているのはあくまでジョン・ウィリアムズの音楽が好きな人が大半で、これを機に京都市交響楽団の定期演奏会に通うようになるという人はほとんど現れないと思われ、また普段、定期演奏会に通っている人は映画音楽には興味がないのであろう。ジャンルの分断が起こっている。

 

日本でも活躍の場を広げている原田慶太楼は、若々しく、スケールの大きな音楽作りが特徴。ただ、ジョン・ウィリアムズの音楽性もあるのだと思われるが、ずっと押しの音楽作りを続けるところがあり、「スター・ウォーズ」の音楽は聴いていてかなり疲れたのも事実である。

有村昆は、映画のエピソードなどを紹介。「E.T.」の自転車が飛ぶシーンでは、ジョン・ウィリアムズが自転車が浮き上がるシーンに合わせて指揮することがどうしても出来なかったため、まずジョン・ウィリアムズに自身が最適と思うテンポで演奏して貰い、スピルバーグの方がそれに合わせて映像を作った(撮影したのか編集したのかは不明。話の流れからいって再度撮影した可能性の方が高いが)という話や実はE.T.が乗っていた自転車は日本製であるということ(大阪にあるKUWAHARAというメーカーのもの)、同じモデルの自転車が最近再発売されたことなどを語る。当時、アメリカの子ども達にはKUWAHARA(桑原商会)のBMX用自転車が大人気であり、撮影のために日本からわざわざKUWAHARAのBMXを取り寄せたそうである。ちなみに復刻版であるが5万円以上するそうでかなり高い。

「ジュラシック・パーク」は、CGの使用によって全世界を驚愕させた作品だが、当時はまだCGの精度は高くなく、実際には7分程度しか使われなかったそうで、それ以外は案外アナログな手法が取られていたそうである。

「シンドラーのリスト」に関しては、原田が「自分の作品の中で一番良くコンプリティリー(満足している)な作品」としてジョン・ウィリアムズがこの曲を挙げていたことを語る。原田は日本にいるときからインターナショナルスクール育ちで、その後、アメリカに拠点を置いているため、日本語よりも英語の方がずっと得意のようで、日本語の発音もそうだが、日本語で上手い言葉が見つからず英語の単語を挙げることが何度かあった。
映画ではユダヤ人であるイツァーク・パールマンが濃厚で思い入れのあるヴァイオリンを奏でるのだが、今回ソロを取る石田泰尚はやはり日本人なのでサラサラしている。

「ハリー・ポッターと賢者の石」のHedwing's Themeでは原作者であるJ・K・ローリングから「子どもを思わせるような楽器を」というリクエストがあったため、ジョン・ウィリアムズはチェレスタを選んだという話が二人から紹介される。ハリー・ポッターシリーズではふくろうが重要なイメージとなっているのだが、ヴィオラを中心とする弦楽がふくろうの羽ばたきを表現していると原田は語った。

 

第2部の「スター・ウォーズ」。演奏が始まる前に、有村昆が、「この中で『スター・ウォーズ』シリーズを1作でも見たことがあるぞという方、拍手をお願いします」と言い、盛大な拍手が返ってくる。それはそうである。「スター・ウォーズ」を観たことがないのにコンサートに来ていたとしていたらその方が変だ。ただ原田が「京響の方々から拍手がない」と言い、「でも楽器を持っていたからでしょう」と自らフォローするも、有村が「ご覧になったことありますよね?」と楽団員に聞く。
有村「反応が薄い」
実は第2ヴァイオリンの三瀬由起子さんが、Twitterで「スター・ウォーズ」を知らないということを明かしており、団員に「フォースを守る話」と聞かされても「ホーシ」と聞き間違え、更に「フォースってなんですか?」という状態なので、多分そんな人も多いのだろう。

先に書いたとおり、通して聴くと疲れるのだが、音の鳴りは完璧で、ジョン・ウィリアムズの実力の高さを知ることが出来るし、各曲の個性やインパクトも強烈である。ある意味、どんなクラシック作品よりもアメリカ的な音楽であるといえるのかも知れない。グスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックが全曲ジョン・ウィリアムズによるコンサートを行い、ドイツ・グラモフォンからライブ録音によるCDが出ているが、もうアメリカのクラシック作品と捉えてもいいのではないだろうか。ハリウッド映画の音楽、そして誰もが知っているメロディーということで、まさにアメリカの象徴的なものなのだから。

ただ、そう考える日本人は少ないわけで、だからこそ聴衆の分断が起きているのである。アメリカなどでは映画音楽による定期演奏が行われているのだが、日本では難しそうだ。日本の映画音楽も手掛けるべきなのだが、残念ながら知られている日本映画の音楽はそれほど多くはない。京都市交響楽団は、新たな戦略を募集していて、映画音楽やライトクラシックの音楽会で客層を広げようと考える人も多いと思われるのだが、今日の雰囲気だとそれは大して意味がなさそうである。映画音楽を聴く人はクラシックのコンサートには来ないし、逆もしかり。やはりYouTubeなどによる映像配信が最良の手なのかも知れない。ガリシア交響楽団という、世界的には無名なオーケストラを私はよく知っているのだが、それはなぜかといえばYouTubeチャンネルを持っていて、演奏をよく配信しているからである。「百聞は一見にしかず」というが、映像配信なら百聞と百見が共に可能なのだから、昨日行った霊光殿天満宮の額にあった通り「天下無敵・必勝利運」となるのではないか。

 

アンコールでは「スター・ウォーズ」メインテーマ完全版を原田と有村の二人で指揮する。途中で二人はライトセーバーを取り出して指揮。実は有村はライトセーバーが大好きで、TOKYOSAVERZというライトセーバーを使った殺陣ダンスユニットのプロデュースも行っているそうである。

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2019年10月 9日 (水)

2346月日(16) 水谷彰良講演会「サリエーリ モーツァルトに消された宮廷楽長」

2019年9月23日 関西大学梅田キャンパスKANDAI Me RISE8階Me RISEホールにて

午後2時から、関西大学梅田キャンパス8階Me RISEホールで、水谷彰良(みずたに・あきら)講演会「サリエーリ モーツァルトに消された宮廷楽長」を聴く。

関西大学梅田キャンパス KANDAI Me RISEは3年前に出来たばかりのまだ新しいキャンパスである。大阪でも大学の都心志向が顕著であり、宝塚大学梅田キャンパス(看護学部)や大阪工業大学梅田キャンパス(ロボディクス&デザイン工学部)など、新設学部のためのキャンパスを設けるところもあるが、関西大学の梅田キャンパスは他の多くの大学同様、学部の教育ではなく、社会人向け講座(エクステンション)や就職活動の利便性のための出張所的なもの(サテライトキャンパス)であり、8階建てのビルであるが大工大や宝塚大のような大規模ビルキャンパスではない。1階にはスターバックスと書店が入っており、学生達でほぼ満員であった。

 

今年に入ってから大阪では、サリエリルネッサンスともいえる企画が続いているが、今回は春先にあったサリエリムジカとの関連講演である。水谷彰良は『サリエーリ 生涯と作品』の著者であり、オペラを中心とした音楽の研究家で、日本ロッシーニ協会の会長でもある。サリエリムジカの主催で、今回の講演では協力という形で携わっているナクソス・ジャパンの公式サイトに「聴くサリエーリ」を連載中である。
今回は大阪よみうり文化センターの主催、読売新聞大阪本社の後援となっている。

最近、サリエーリがスマホゲームの登場人物として話題になっているそうで、若い人にとってはサリエーリというとゲームのイメージが強いようだ。お年の方、55歳以上となると映画「アマデウス」のサリエリを思い浮かべることが多いのだが、私はそこまでは年ではない。55歳以上というのはロードショーで「アマデウス」を見た層で、私の場合は高校2年生の時にテレビ放送された「アマデウス」を観ている。その後、1994年3月5日の明治大学の受験日に、受験を終えて三省堂の神田神保町本店でピーター・シェーファーの戯曲『アマデウス』を買ったのだが、これが東京で買った最初の本であった。翌1995年には池袋のサンシャイン劇場で、九代目松本幸四郎のサリエリ、七代目市川染五郎のモーツァルト、中島梓のコンスタンツェで「アマデウス」を観ている。映画版と演劇版とでは異なっている部分が結構多い。実は大阪でも2011年に幸四郎のサリエリ、武田真治のモーツァルトで「アマデウス」を観る予定があったのだが、これは叶わなかった。

 

さてフィクションのサリエーリではなく、実在のサリエーリについて語ると、1750年8月18日、北イタリアのレニャーゴという街で商人の子として生まれている。家は裕福で、10歳の時にレニャーゴ大聖堂のオルガニストであったジュゼッペ・シモーニに就いて音楽を学び始めている。13歳で母と14歳で父と死別するという悲運に遭ったものの、音楽の才があったためか程なくしてヴェネツィアの貴族に引き取られ、ウィーンの宮廷作曲家であったガスマンに見出されてウィーンに渡り、当時の皇帝ヨーゼフ2世に気に入られたということもあり、当時の大作曲家であるグルックに師事することを許されたほか、帝室歌劇場のマエストロ・アル・チェンバロ助手として出入りするようになり、実地でオーケストレーションを学んでいく。当時のイタリアやオーストリアには音楽的才能のある少年はゴロゴロいたそうで、その中でガスマンらに特別に見出されたということで、サリエーリは神童クラスであったのだろうと推測されるそうだ。
19歳でオペラ作曲家デビュー。処女作は「女文士たち」というオペラだったが、この作品は残念ながら散逸してしまっているそうである。同年にグルックがオペラ「オルフェーオとエウリディーチェ」の改訂版初演が行われるのだが、サリエーリはこの作品に影響を受けていることが、1771年初演のオペラ「アルミーダ」で確認出来るそうだ。「アルミーダ」の序曲がCDで流され、グルックの「オルフェーオとエウリディーチェ」の映像がスクリーンに投映されるのだが、黄泉での出来事を描いた「オルフェーオとエウリディーチェ」の音楽が、サリエーリの「アルミーダ」序曲の、怪物の咆哮の描写に生かされている。当時はこうした激しい「疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)」形式の音楽は最先端を行くものであった。
グルックからは相当可愛がられたようで、グルックに委嘱された作品を譲られる形で書いたりもしているそうである。

歌劇「アルミーダ」でサリエーリは、独自の手法を発揮している。この作品はサリエーリの自筆譜が残されているのだが、スコアにト書きが施されているそうで、こうしたことはこれまで行われていなかったそうである。

さて、サリエーリの直接の師であるガスマンは、オペラ・ブッファ(喜劇的歌劇)の名手であったため、サリエーリも、オペラ・セリア(シリアスなオペラ)よりもオペラ・ブッファを多く手掛け、得意とするようになっていく。
ガスマンは、歌手に任せる部分であるカデンツァも自身で書き込むという習慣があったのだが、サリエーリもこれに倣うようになり、歌劇「奪われた手桶」では、歌の旋律だけでなく楽器の伴奏など全てが書かれているという「十八世紀に書かれた最も奇妙なカデンツァ」と呼ばれる手法を行っている。本来、音楽家の即興性を発揮するはずの部分も作曲家が全て書いてしまっているわけで、演奏家と作曲家の分離がいち早く行われているかのようである。この時期のイタリアオペラの特徴として、ソプラノにコルラトゥーラなど超高音の技法を要求していることが挙げられる。モーツァルトの夜の女王のコルラトゥーラが有名だが、これはモーツァルトがイタリアオペラを真似たということのようだ。サリエーリもコロラトゥーラによるアリアを書いている。
だが、サリエーリがグルックの後継者としてフランスで仕事をする機会が増えるとこれに変化が生じる。フランスでは歌よりも芝居が好まれたため、ストーリーが重視され、歌手のこれ見よがしな技巧は好まれなかったようである。またバレエが盛んだったため、オペラの中に必ずバレエのシーンがあった。ということで、サリエーリの作風も落ち着いたものへと変化していく。

23歳の時にガスマンが亡くなると、サリエーリは後任としてウィーン宮廷室内作曲家兼イタリア・オペラ指揮者に任命される。モーツァルトがウィーン宮廷での就職に失敗したのはその前年で、モーツァルトは父に宛てたサリエーリを憎む手紙を残しているが、サリエーリの方はモーツァルトについてはこの時ほとんど知らなかったようで、人事面でも関与していなかったらしい。その後、ウィーン宮廷楽長に就任。名実ともにヨーロッパ楽壇のトップに立った。

モーツァルトがウィーンに移住したのは、1781年のこと。ただその直後、モーツァルトにとっては悲運なことにヨーゼフ2世が劇場の改革を行う。これによってオペラ・セリアはつまらないとして否定され、オペラ・ブッファのみがオペラとされる時代となったのである。モーツァルトもオペラ・ブッファは書くが、オーストリア人ということもあって本当はオペラ・セリアの方が得意である。折角、大司教の下を離れてウィーンに来たのに、ここでも得意なジャンルの作品を発表出来なくなるのだ。

モーツァルトが「フィガロの結婚」などで思想面での革新性を示したことは知られているが、サリエーリもボーマルシェの本によるオペラ「タラール」で身分社会の否定を取り上げている。こう考えると、モーツァルトだけが時代から突出してたということはなく、なかなか上には行けない状態だったことがわかる。更にモーツァルトにとっての不運は続き、今も人気作として有名な「コジ・ファン・トゥッテ」がヨーゼフ2世の死去によって初演からわずか5回の上演で打ち切られる。新皇帝のレオポルト2世はそもそも音楽に興味のない人で、音楽家は全て冷遇されるようになった。

サリエーリは、モーツァルト最晩年のジングシュピール(オペラ)「魔笛」を絶賛していたことがわかっている。モーツァルト自身の手紙にこのことは記されており、最大級の賛辞を得たことを妻のコンスタンツェに伝えている。その7週間後にモーツァルトは他界するのだが、サリエーリはシュテファン大聖堂で行われたモーツァルトの葬儀に参列している。

ということで、モーツァルトの冷遇と死に関してはサリエーリは全く関与していない。

サリエーリは、モーツァルトの死後も積極的に作曲活動を行い、オペラ10作を作曲。ハイドンの「天地創造」初演に協力したり、イタリア語版上演では指揮を行っていたりと自身以外の作曲家の活動にも参加している。ちなみにモーツァルト作品の初演のいくつかでもサリエーリは初演の指揮を手掛けており、交響曲第40番の公式初演はサリエーリが指揮したことが確実とされている。
現在のウィーン国立音楽大学の前身となる教育機関を作ったのもサリエーリであり、音楽の弟子にベートーヴェンやシューベルトがいる。ベートーヴェンは「サリエリがモーツァルトを毒殺したと告白した」と日記に記しているが、この時にはサリエーリはウィーン総合病院に入院しており、意識がはっきりしていたのかどうかも定かではない。

栄光に包まれた生涯を送ったサリエーリだが、晩年にイタリア人作曲家の後輩に当たるロッシーニの台頭で状況に変化があったようである。「全盛期のビートルズよりも人気があった」といわれたウィーンでのロッシーニブームにより、ドイツ語圏の作曲家は不遇をかこつことになる。なにしろ歌劇場で上演されるのはロッシーニ作品ばかりなのだ。ベートーヴェンすら不満を漏らしているほどである。そして起こったロッシーニ憎しの空気がイタリア人作曲家に向かい、イタリア出身の宮廷楽長であったサリエーリにも怨嗟の声が上がるようになっていった。これがモーツアルト暗殺説に繋がっていったようである。

「アマデウス」によって悪名が高くなったサリエーリであるが、知名度が上がったことも確かであり、その後、録音される作品も増えている。ただ、サリエーリの本領が発揮されたオペラに関してはまだ録音される機会が少ないというのが現状である。

 

思えば、サリエーリは、音楽史の変換点を生きた人物であった。サリエーリが若い頃は、ウィーンでは「音楽はイタリア人がやるもの」という認識があり、イタリア人が宮廷作曲家や宮廷楽長になることに抵抗はほとんどなかったと思われる。オペラはイタリアのものであり、イタリア語のオペラが上演されるのが当たり前だった。そしてサリエーリが生まれ育った北イタリアは当時はハプスブルク家が治めており、親近感も持たれていた。
勿論、バッハやヘンデルなど、それまでにも優れたドイツ人作曲家はいたが、バッハは内容が高度であるため、この時期はプロのための音楽という認識で民衆の間では忘れられた存在になっており、ヘンデルはロンドンに移住してイギリスの作曲家となっていた。ハイドンはサリエーリの同時代人だが、長年に渡ってハンガリーのエステルハージ候に仕えており、ウィーンの作曲家というイメージではない。それがモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトと、ドイツ語圏出身の作曲家が立て続けに現れたことで、音楽におけるナショナリズムの高揚が起こる。これはモーツァルト自身も唱えていることである。ドイツ語によるオペラが立て続けに生まれ、更にはオペラではなくドイツ生まれのアウフヘーベンの理論を取り入れた交響曲やピアノ・ソナタが音楽の主役になる。そんな時代のウィーンの楽壇のトップに君臨していたことが、あるいはサリエーリにとっては不幸なことだったのかも知れない。

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2019年10月 8日 (火)

「まだ結婚できない男」で桑野信介(阿部寛)が指揮真似しながら聴いている曲

シューベルトの交響曲第5番です。今日は第3楽章と第1楽章が流れました。

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2019年10月 6日 (日)

コンサートの記(595) 酒井茜&マルタ・アルゲリッチ ピアノ・デュオ・リサイタル名古屋公演2019

2019年9月27日 名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールにて

午後6時45分から、愛知県芸術劇場コンサートホールで、「酒井茜&マルタ・アルゲリッチ ピアノ・デュオ・リサイタル」を聴く。酒井茜とマルタ・アルゲリッチによるピアノ・デュオ・リサイタルツアーは今日が初日で、今後、オープンしたばかりの高崎芸術劇場大劇場とサントリーホールで公演を行う。

曲目は、モーツァルトの4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調、プロコフィエフ作曲/プレトニョフ編曲による2台のピアノのための組曲「シンデレラ」、ストラヴィンスキー本人による2台のピアノのためのバレエ音楽「春の祭典」

マルタ・アルゲリッチは現役最高の天才女性ピアニストとして知られる。アルゼンチンのブエノスアイレス出身。8歳で公開リサイタルを開いた神童であり、1957年にブゾーニ国際ピアノコンクールとジュネーヴ国際ピアノコンクールで優勝して「美貌の天才女性ピアニスト」として脚光を浴びる。1965年にはショパン国際ピアノコンクールで優勝。その後、ショパン国際ピアノコンクールの審査員にもなっているが、自らが「本当の天才」と推したイーヴォ・ポゴレリチが予選落ちしたことに激怒して審査員を降りたことでも有名になっている。シャルル・デュトワと夫妻であったこともあるが、共に来日する際に飛行機内で大喧嘩となり、アルゲリッチはそのまま日本に降り立たずに引き返してしまって離婚に至っている。デュトワとはその後仲直りしており、デュトワ指揮のNHK交響楽団とも共演。この時の模様は茂木大輔がエッセイでユーモラスに描いている。
1998年以降は別府アルゲリッチ音楽祭を主催し、日本でも特に親しまれているピアニストの一人となっている。
1980年代頃からピアノソロ作品をほとんど弾くことがなく、室内楽や協奏曲のソロに力を入れていることでも有名で、「ステージ上に一人だと寂しいから」と語ったこともあるが、無料パンフレットに記された片桐卓也のエッセイには、「だって、弾くべきソロ曲はもうみんな弾いてしまったから」と答えており、デュオや室内楽には弾くべき作品があるということでそちらに力を入れているとしている。

酒井茜は名古屋生まれのピアニスト。アルゲリッチとはたびたび共演しており、ピアノ・デュオ版の「春の祭典」は録音もしている。
母親はピアノ教師。桐朋女子高校音楽科、桐朋学園大学ピアノ専攻を経てベルギーに留学。ブリュッセル音楽院、ルーヴァン音楽院大学院に学んでいる。近年は、第一次世界大戦後のポーランド系作曲家の作品の発掘に力を入れているそうである。

 

モーツァルトの4手のためのピアノ・ソナタ ニ長調。モーツァルト16歳時の作品である。
酒井茜のピアノはやや走り気味に感じられるが、低音を受け持つアルゲリッチがそれを柔らかく受け止めて、可憐なモーツァルトに仕上げる。

 

プロコフィエフの組曲「シンデレラ」。ミハイル・プレトニョフが2台のピアノのために編曲した版である。プロコフィエフの奇抜さと美しさを兼ね備えた音楽をプレトニョフはそのまま生かしており、酒井茜がピアノの弦を素手で何度も叩くという特殊奏法も用いられている。
プロコフィエフの音楽をアルゲリッチも変幻自在の音色で表現。曲調に合わせて時にまろやかに時に涼やかに時に鋭く音を奏でる。4本の手で奏でているとは思えないほどの多彩な表現が聴かれ、総体として鮮やかなファンタジーを紡ぎ上げた。

 

後半。ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。場所を交代し、酒井が第1ピアノ、アルゲリッチが第2ピアノを受け持つ。
初演時に一大スキャンダルを巻き起こしたことで知られる「春の祭典」。ストラヴィンスキーは管弦楽版と同時進行で2台のピアノのためのバージョンを作曲している。
音色のパレットはオーケストラ版の方が当然ながら豊富だが、それ以上に迫力が前面に出ているため、2台のピアノ版の方が色鮮やかに聞こえるという特徴がある。リリシズムの表出も2台のピアノ版の方が上だ。
第1ピアノの酒井の鮮烈さと第2ピアノのアルゲリッチが生む重厚さとリズム感の冴え、そして二人の相性の良さが際立ち、ピアノ・デュオの表現の幅が広がったかのような、華麗にして手作り感のある「春の祭典」が生まれた。

 

喝采を受けたアルゲリッチと酒井はステージを一周。ピアノの周りをぐるりと回る。スタンディングオベーションを行う聴衆も多く、アルゲリッチは、「まあまあ、こんなに喜んでいただけて」といった風に酒井と共に深々とお辞儀をした。

 

アンコールは、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」より“妖精の園”。ラヴェルらしい温かさと優しさと粋に溢れた曲であり、ラストの高音の煌めきは愛知県芸術劇場コンサートホールのステージから遙か上方に向かって際限なく伸びていった。

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