カテゴリー「京都」の64件の記事

2019年7月16日 (火)

コンサートの記(574) 下野竜也指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第161回定期演奏会

2019年7月11日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第161回定期演奏会を聴く。指揮は京都市立芸術大学指揮科教授の下野竜也。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第2番、チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」(チェロ独奏は、音楽学部弦楽専攻4回生の舘野真梨子)、ドビュッシーの交響詩「海」

海の日が来週に迫っているということもあるのか、「海」をメインに持ってきたプログラムである。日本の音楽教育は今もドイツ偏重の嫌いがあるため、フランスものやロシアものもちゃんと弾いていこうという意図もあるのかも知れない。

他の国については具体的には知らないが、日本の音楽教育は高校でも大学でも女子が中心となっている。今日もステージ上は9割以上が女子である。ヴァイオリンやヴィオラで男子学生を見つけるのは「ウォーリーを探せ」状態。管ではトランペットやテューバなどでは男子学生も多いが、その他はやはり女性優位。近年、プロオーケストラのホルン奏者に優秀な女性奏者が目立つが、京都市立芸大オーケストラのホルンパートも大半が女性で占められている。
ただ、客席には男性が多いというのが、クラシックの逆転現象である。もっとも、国を問わず、クラシック音楽ファンは圧倒的に男性が多い。

ホワイエで見覚えのある女の子を見掛けたが、多分、「テラの音(ね)」に出演していた声楽科の子だと思われる。京都市立芸大の学生だけでなく、制服を着た高校生も男女ともに多いのが、今回の演奏会の特徴でもある。

 

ベートーヴェンの交響曲第2番。
第1楽章などは学生オーケストラであるためパワー不足は否めず、内声のホルンが迷走する場面もあったりしたが、若い人達による瑞々しい響きが好感を抱かせる。「ベートーヴェンの青春の歌」ともいわれる第2楽章も爽やかでチャーミングに歌われる。
ヨーロッパの高等音楽機関では、今ではHIP(歴史的演奏法)が必修になっているはずだが、日本はそこまでではないのか、今日も特にHIPらしき要素は見られない。
下野の指揮はリズミカルな音運びが特徴で、第4楽章などは学生達もとても楽しそうに演奏し、ノリノリとなった。

 

チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」。チェロ独奏の舘野真梨子(たちの・まりこ)はオーディションを勝ち抜いて選ばれたようだ。富山県立呉羽高等学校音楽コース出身。第28回クラシック音楽コンクール大学の部チェロ部門第4位、2019年小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトに参加、2016年ベストオブアンサンブルin金沢合格、2017年ルーマニア国際音楽コンクール・セバスチャン賞受賞などの実績がある。

舘野真梨子であるが、長身で肩幅も広く、音楽家というよりもスポーツ選手のような雰囲気を出している。技術は高く、表現力も豊かで良いチェリストである。
下野指揮の京芸オーケストラはコンサートミストレスもトップの顔ぶれなども変わったが、潤いのある輝かしい音を奏でていた。

場面転換のため、チャイコフスキーとドビュッシーの間に下野のトークが挟まれる。
「ご記憶に新しいと思いますが、先程まで指揮をしていた者です」と冗談でスタート。「ちょっと受けたのが嬉しいです」
下野は京都市立芸術大学の教授になってから3年目だが、「将来、オーケストラに入るかどうかはわかりませんが、入った場合の礎となるように」ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの曲をしっかりやろうという計画を立てており、今日もベートーヴェンの交響曲第2番を入れている。「『英雄』のような派手な曲ばかり注目されますが」もっと若い頃の作品もちゃんとやろうということで、前回は交響曲第1番、今回は第2番を演奏した。チャイコフスキーは、ロシアの中では西洋を向いていた作曲家と見なされており、シューマンやブラームスなども目標としていた、ということでドイツのロココの時代をモチーフにした曲を選んだそうである。ロシア人の指揮者は口を揃えて、「ロシア人以外の指揮者がチャイコフスキーを振るとベタベタし過ぎる」と語るそうだが、下野は「そっちだって結構ベタベタ」と感じているそうだ。
ドビュッシーの「海」は形にするだけでも難しい曲だが、ドビュッシーもやっておかねばならないということで挑戦の意味も込めて選んだようである。

 

そのドビュッシーの交響詩「海」。ハープは学生ではなく、京響ファンにはお馴染みの松村姉妹が務める。学生相手の指揮ということもあってか、下野は主題を浮き上がらせるような音楽作りをする。わかりやすくはある。3つの楽章全てで力尽くの場面が見られたが、プロのオーケストラ相手ではどうなるのか気になる。学生オーケストラということで強引にドライブした方が形にはなりやすいだろうから。
京芸の学生達も技術はかなりあり、フランス音楽的な表現力とは異なるかも知れないがパワーや音の煌めきなどにも長けている。下野の骨格のしっかりした音楽作りもあって、強引さはあっても聴かせる仕上がりにはなっていた。

演奏終了後、一度引っ込んだ下野は抜き足差し足で再登場、コンサートミストレスの肩を後ろから叩き、一人で立たせて拍手を受けさせるなど、茶目っ気を見せていた。

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2019年7月 6日 (土)

2346月日(13) 龍谷ミュージアム 特別展「因幡堂平等寺」

2019年5月25日 西本願寺前の龍谷ミュージアムにて

龍谷ミュージアムで、特別展「因幡堂平等寺」を観る。烏丸高辻にある因幡堂平等寺(因幡薬師)の本堂内部改修工事に伴う仏像移設に合わせて行われる特別展示会である。因幡堂がこうした展示会を行うのは最初で最後になる予定だという。

橘行平が因幡国に国司として赴いたときに海中から拾い上げられた薬師如来が、行平を慕って自ら烏丸高辻にある行平の屋敷に飛んできたというのが因幡堂平等寺の始まりである。橘行平の座像も展示されているが、渋い男前だ。
「因幡堂縁起」には、地引き網に掛かった(でいいのかな?)薬師如来や行平の邸宅までやってきた薬師如来の絵が描かれている。登場人物達の表情や仕草は生き生きとしてユーモラスであり、20世紀に漫画が日本を代表する文化として広まる下地がこの時すでに出来ているような気がする。

因幡堂に平等寺という寺号を賜ったのは高倉天皇ということで、高倉天皇の伝記(「高倉院昇霞記」。北村季吟の写筆)の展示もあるのだが、開かれたページには、「上皇自太相国福原亭還御」という文字が並び、幼い安徳帝に譲位した高倉上皇が福原の平清盛邸から京に帰ったことがわかる記述になっていた。

因幡堂は京の中心における文化の発信基地でもあり、伝統芸能の上演なども行われていた。展示されている狂言番付から、「源平布引滝」などが上演されていたことがわかる。
また、幕末の文久3年に境内で見世物市が開かれ、訪れた芹沢鴨がいくつかの逸話を残している。

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2019年6月18日 (火)

観劇感想精選(305) 第70回京都薪能「新しき御代を寿ぐ」2日目

2019年6月2日 左京区岡崎の平安神宮にて観劇

午後6時から平安神宮で、第70回京都薪能「新しき御代を寿ぐ」2日目を観る。
2日連続で行われる第70回京都薪能。昨日は晴天だったが、今日は曇り。ただ雨は降らず、空は明るめである。

今日の演目は、能「絵馬」(観世流)、能「羽衣」(金剛流)、狂言「仁王」(大蔵流)、能「石橋」(観世流)。


昨年は体調不良の中、出掛けた京都薪能。結局、1曲だけ観ただけで薪に火がつく前に平安神宮を後にしており、薪能と言われる状態を目にしていない。薪能を観るのは今回が実質初めてである。


能「絵馬」。伊勢神宮を訪れた勅使が、日照りの絵馬と雨の絵馬を掛けようとする老人と老婆の見かける。やがて二人の正体が二柱の神であることがわかり、天照大神と天鈿女命と手力雄命が天岩戸を再現する。出演:杉浦豊彦、梅田嘉宏、大江泰正ほか。
元号が変わったということで、まず皇祖である天照大神が登場する演目が行われる。残念ながら今日は太陽は顔をのぞかせなかったが、日照りの絵馬と雨の絵馬の中間の天気ということで良かったのではないかと思う。


能「羽衣」上演の前に薪に火をつける儀式がある。煙があたかも霞のようにたなびき、今日の演目に相応しい仕掛けが出来上がった。
能「羽衣」はずばりそのまま羽衣伝説を題材にした能である。出演:金剛永謹、小林努、有松遼一ほか。
漁師の白龍は、三保の松原で羽衣を見つける。羽衣を持ち帰ろうとした白龍だが、そこに天女が現れ、羽衣を返してくれるよう頼む。白龍は羽衣を返す代わりに天女の舞を観たいと申し出る。
前半は白龍と天女のやりとりであり、後半は能舞となる。
動きの少ないゆるやか舞であり、これは舞手の動きと観る者の想像力が合わさって初めて完成する舞である。西洋の舞踏のように観る者を圧倒して引きつけるのではなく、観る側が舞に加わる余地を敢えて残しているように思われる。


狂言「仁王」。茂山千五郎家による上演。茂山千五郎家による「仁王」は数年前に金剛能楽堂で観たことがある。出演は、茂山宗彦(もとひこ)、茂山あきら、茂山千五郎、丸石やすし、茂山千作ほか。
財産を失った男が悪党にそそのかされて仁王像に扮し、供物を受け取ろうと企む話である。仁王像(に扮する男)に対して行う願掛けは、各人が即興で行う。今回も広島カープの日本一を願ったり、頭頂部からはげてきたので良いカツラが欲しいと言ったり、目が悪くなって犬と孫を間違えたので視力回復を願ったりと、それぞれの希望を語る。京都薪能が100回まで続くこと、それも「晴天の下」で続くことを願う人もいた。


能「石橋」。目出度い時の定番の演目である。要は獅子舞なのだが、1頭の白獅子(味方團)と3頭の赤獅子(松野浩行、宮本茂樹、大江広祐)が気のようなものを発し、迫力満点の舞が披露された。

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2019年5月13日 (月)

美術回廊(29) 京都文化博物館 「黒田清輝展」2014

2014年7月16日 三条高倉の京都文化博物館にて

京都文化博物館で、「黒田清輝展」を観る。

日本における洋画の先駆者の一人である黒田清輝。代表作の「湖畔」は当然ながら展示されている。

黒田清輝は旧薩摩藩士の子であり、当初は法律を学んでいて、渡仏したのもフランス法を学ぶためであったが、パリでフランス絵画に触れ、画家に転身することを決めている。

黒田清輝が、パリから養父(伯父である黒田清綱)に送った手紙も展示されており、くずし字なので読めないが、活字化したものが壁に貼られている。候文であるが、候文なら私は読めるので、興味深い。黒田は、養父に、「法学者になるのは難しいので画の勉強をしようかと思っている」と書いて手紙を送り、その後、「(日本で有名だと思われる当代の画家3人の名前を挙げて)絵画の先進国である仏国(フランス)にあっては、日本画家の画など恥ずかしくて見せられない。そこで私がフランス絵画に負けないものを描いてみようと思う。ただ絵画というのは何年勉強すればものになるかわからないものである。自分に才能があるのかどうかも天のみが知っている」という内容の手紙を送っている。その3年後の手紙には「日本にいるときは画などは卑賤の者のやることだと思っていたが、フランスの絵画を観て、それは誤りだと気付いた。私が良い画を描いてみせることが日本のためになると思う。ただ自分に才能があるのかはわからない」と最後は同じような内容の文を送っている。
フランスに渡った直後、まだ法律を学んでいた頃のスケッチもあり、黒田が生まれつき絵心を持っていたことがわかる。
フランス時代の黒田の描写力は極めて高く、イメージ喚起力があり、元の風景がどんなものだったのかが、映像としてくっきりと脳内に浮かび上がる。

フランス時代の日記も展示されており、活字に直したものを読んでみると、「汁粉を焼いた、汁粉と書いたがショコラ(引用者注:チョコレート)である。その後、移動するために友人と一緒に歩いたが、田舎に入ると道が分からない。途中で、“お前らは何者だ? ドイツ人か?”などと問う人に出会ったのが面白く、二人で笑った。今夜の宿が取れるかどうかわからない。取れなければ夜通し歩くか、あるいは野宿するか」という内容である。

日本に戻ってからの黒田は、描写力よりも画でしか出来ない表現をすることに力を注いだようで、純粋な画の力を感じさせる作品が多い。

黒田は、日清戦争にジャーナリストとして従軍しているが、この時の日記も展示されており、面白い。一進一退の後、日本軍が押していて、清軍は退却する。その後、清の兵が現れたと思ったら、大きなかぶり物をした子供で、それを敵兵と勘違いしたことに大いに笑ったという。やがて砲声が聞こえたが、大砲は飛んでこない。一応、念のために退却する。その夜は、清の人の家に泊まったのだが、清人にしてはとても親切で、女性は黒田の顔を見て微笑むし、他の家人も懇ろにもてなしてくれたという。それまでに出会った清人は、皆、自分達が日本人だとわかった途端に、鬼でも見たかのように怯えて逃げてしまったそうだ。

黒田清輝は京都の円山公園内にアトリエを持っていたそうで、そこで描いた「昔語り」という大作があり、本作は残念ながら焼失してしまったが、下絵は残っており、それが展示されている。画に出てくる男性と、彼と手を繋いでる舞妓は実在の人物だそうで、舞妓と黒田が一緒に映った写真が展示されているが、確かに彼女である。彼女を描いた下絵が今日の展覧会では一番気に入った。

黒田清輝は裸体画を得意としたが、当時の日本では裸体画は猥褻物という扱いであり、そのことに強く反発したようである。「智・感・情」という三人の裸婦を描いた三部作が黒田の代表作の一つなのだが、女性達の手の仕草が仏像のそれに似ていることに気付く。「智」は虚空菩薩の、「感」は字は違うが同じ「かん」である観音菩薩、「情」は人類を救うとされる情け深い弥勒菩薩の手の置き方に似ている。「情」などは乱れ気味の黒髪をかき上げる仕草で、確かに「情事」を感じさせたりもするのだが、それはフェイクで、実際は観たままではなく一捻りしてあるような感じを受ける。

代表作「湖畔」は、箱根の芦ノ湖畔で描かれたもので、モデルは後に黒田清輝夫人となる金子種子(結婚後、照子に改名。ただし黒田はすでにバツイチということもあって親族の反対にあったため事実婚であり、入籍は遅れている)。照子夫人の証言により、描かれた場所も特定されており、同じ風景を撮った写真が壁一杯に貼られていた。
黒田照子の写真が3枚ほど展示されているが、今の尺度から見ても美人である。

黒田の絶筆となった「梅林」も展示されている。遠くから見ると儚げな梅の木に見えるのだが、近づくと実にまがまがしく、あの世の光景が黒田には見えているようにも感じた。

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2019年4月21日 (日)

第70回京おどり 「夢叶京人形」全八景 2019

2019年4月15日 宮川町歌舞練場にて

第70回京おどりを観る。宮川町歌舞練場にて午後4時30分開演の回。
今年のタイトルは「夢叶京人形」全8景。作・演出:北林佐和子、作曲:今藤長十郎、作舞:若柳吉蔵。第1景から第4景までが「不思議の国の京人形」、第5景が「弥栄(いやさか)の春」、第6景が「天下(あめのした)祝い唄」、第7景が「秋の音色」、第8景がお馴染みの「宮川音頭」である。

「不思議の国の京人形」は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』をベースに歌舞伎「京人形」を組み合わせた舞踊劇であるが、男と女が主人公になることや姿格好などから泉鏡花の『天守物語』(変換したら「店主物語」となった。なんだそりゃ?)を連想させる作品である。関係があるのかどうかは知らないが、第4景では姫路城の天守も現れる。
真夜中。城の中の人形の間で、太夫、藤娘、汐汲、娘道成寺の4人(?)の人形が舞い遊んでいる。そこへお小姓の仙千代がやってくる。仙千代は幼い姫とまりをついて遊んでいたのだが、まりをなくしてしまい、姫は大泣き。まりを見つけられなかった時は切腹と決まったため、この部屋に探しに来たのだ。人形たちは仙千代を哀れに思い、一緒に城内を探し回ることにする。

花札の絵から飛び出してきた小野道風なる人物と加留多遊びをすることになったり、チェシャ猫にあたる猫の君やまぼろし姫たちとまりの奪い合いをするというファンタジックな物語である。
巨大なまりが左右に揺れたり(あさま山荘事件とは無関係だと思われる)、加留多の絵の描かれた戸板返しが行われたりと、趣向も面白い。
物語のある舞は宮川町が本場であり、祇園甲部よりも見せ方が優れているように思われる。

「弥栄の春」では、芸妓たちが鈴を鳴らしながら平成と新元号・令和の御代を祝い、「天下祝い唄」に繋がっていく。日本地図の描かれた襖が現れ、「目出度の若松様よ」と「花笠音頭」の東北、祇園や清水という京名所、義経と静御前ゆかりの吉野の桜などがうたわれる。

舞妓たちが総登場の「秋の音色」。舞では芸妓には及ばないかも知れないが、場内の雰囲気をガラリと変える新鮮な空気が秋に繋がる。

「宮川音頭」。総踊りである。儚さを通り越して悲しさを感じるのは、五花街のおどりの中で京おどりだけかも知れない。
美しいが夢だとわかっている夢を見ているような気分になる。

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2019年4月10日 (水)

南座新開場記念 都をどり 「御代始歌舞伎彩」2019年4月5日

2019年4月5日 京都四條南座にて

午後4時30分から、京都四條南座で都をどりを観る。
祇園甲部歌舞練場が耐震対策工事中ということで閉鎖されており、昨年一昨年は北白川の京都芸術劇場春秋座で公演が行われた都をどり。今年は新開場記念も兼ねた南座での開催となる。南座はロビーが狭いということで、今年はお茶席はなく、お茶菓子の皿プレゼントもないが、その代わりパンフレットは無料で配布されている。

昨年の春秋座での公演では、CGを使ったり「アナと雪の女王」を題材にしたりといった新しい試みを行った都をどり。春秋座が京都造形芸術大学の劇場ということで、京都造形芸大の教授でもある井上八千代が若者の取り込みを図ったのかも知れないが、学生らしき人々の姿は客席には見えず、新演出は常連客から大不評ということもあり、今年は揺り戻しからか保守的な内容になっている。それが全体として平板な印象を生んでいたようにも感じられる。

チケットを取るのが遅かったため、今日は2階の上手サイドの席の2列目。前列はラテン系と思われる外国人の一家である。舞台はそれほど良くは見えないが、花道での踊りは楽しめるため、この席を選んだ。舞台下手端で、ジャケットを着たおじさんが鳴り物に指示を出していたり、鈴を鳴らして演奏しているのが見えるのがシュールで楽しかったりする。

演目は置歌に続き、「初恵美須福笹配」「法住寺殿今様合」「四条河原阿国舞」「藁稭長者出世寿」「桂離宮紅葉狩」「祇園茶屋雪景色」「大覚寺桜比」の計8景。今は会えぬ人を偲ぶ内容の曲がいくつかあり、それが「大覚寺桜比」での華やかさと表裏一体の儚さにも繋がっている。

「大覚寺桜比」は、舞台上に桜の樹が並ぶ、舞台上方からも桜の枝が垂れていて今の季節に相応しい飾りであるが、稽古を重ねることで上半身がぶれずに速足で移動することの出来る芸妓達を見ていると、人間というより桜の精に出会ったかのような不思議な感覚に陥った。

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2019年3月26日 (火)

2346月日(11) 京都文化博物館 「北野天満宮 信仰と名宝」

2019年3月19日 三条高倉の京都文化博物館にて

三条高倉の京都文化博物館で「北野天満宮 信仰と名宝」を観る。
天満宮の総社である北野天満宮。その祭神である菅原道真公と天神の本地である十一面観音などに関する展示である。

学問の神様とされる菅原道真。氏や育ちではなく知力で右大臣にまで上った人物である。知で昇進した先例には吉備真備らがいるが家格を超える昇進を遂げたのは菅原道真が初とされる。その後、藤原時平らの讒言があって太宰府に左遷され、失意の内に亡くなる。だがその後、清涼殿に落雷があったり、藤原氏の有力者が次々に他界するなどの変異があり、雷神と集合して天神として北野の地に祀られることになった。元々、北野の地は都の北西を守る霊地であり、道真は都を守る怨霊として祀られることになる。

 

「北野天神縁起」はパネル展示があるだけだが、文子天満宮や吉祥院天満宮など、北野天満宮より成立が早いとされる天満宮の由来が描かれているのがわかる。

 

道真は、左遷された不遇を漢詩に詠んでいるが、その「去年今夜待清涼 秋思詩編独断腸 恩賜御衣今在此 報持毎日拝余香」は、その後に描かれた天神像にたびたび書き込まれている。
天神像も様々で、一般によく知られているのは憤怒の表情を浮かべた天神像だが、中には道真の失意をそのままに表した憂い顔の天神像も存在する。

道真は漢詩や和歌だけでなく、学者として史書の「類聚国史」編纂の仕事もしており、そのうちの2冊が展示されている。

 

後半は北野天満宮に関する展示である。
北野天満宮は麹造りを支援しており、醸造業者の連盟である麹座に神人の位を与えて保護していたのだが、洛中の酒屋が麹造りを始めたため、独占権を失いそうになる。そこで北野麹座は室町幕府に訴え、独占権の確約を手にする。足利義持の命により、北野麹座以外の麹室は破却されることになった。
足利義持の下知状と一色義範の遵行書状が展示されているが、二人とも「北野」の「北」の字を崩しており「小」に見えるのが特徴である。草書だとそうなるのだと思われる。

その後、北野が生んだ文学とされる連歌(宗祇の肖像などが展示されている)の展示を経て、北野天満宮の祭礼展示となる。上映時間約20分の映像が流されており、北野天満宮で一年の間に行われる祭礼の模様をダイジェストで見ることが出来る。

 

北野天満宮史上最大のハイライトの一つである北野大茶会の展示としては、実際に掲げられた高札の他に大茶会の様子を描いた絵図、またその繋がりで現在の北野天満宮の社殿を築いた豊臣秀頼の筆による御神号などが展示されていた。

 

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2019年2月13日 (水)

美術回廊(22) 京都浮世絵美術館 「将軍の京都 ~御上洛東海道~」

2019年2月8日 四条の京都浮世絵美術館にて

四条にある京都浮世絵美術館で、「将軍と京都 ~御上洛東海道~」などを観る。京都浮世絵美術館は、ビルの2階にある小さな美術館である。

「将軍と京都 ~御上洛東海道~」は、歌川芳艶、歌川芳盛、歌川芳幾、歌川芳宗、三代歌川豊国、二代歌川国貞、歌川貞秀、二代歌川広重の絵が展示されている。いずれも徳川家茂が家光以来、230年ぶりに上洛した時を題材として描いたもの。

浮世絵は西洋の絵画などに比べるとダイナミックで動的な要素が強い。「何か大きな動きをしている瞬間」を切り取っているため、その前後が想像しやすく、結果、映像的な面白さが生まれるのである。藤森神社での走り馬、瀬田の唐橋での行列、四条河原での光景など、音まで聞こえてきそうな臨場感である。静物画や肖像画など、止まった瞬間や乙に澄ましているところを描いている西洋の画家が浮世絵に衝撃を受けたというのももっとものことのように思える。

備前長船(現在の岡山県瀬戸内市)の刀剣二棟が展示されているほか、葛飾北斎の「凱風快晴」、「神奈川沖浪裏」なども展示されている。

初代歌川広重の「京都名所図会」も展示されているが、単なる風景画でなく、人物が必ず入っていて、描かれた名所の規模が推量出来るようになっているという実用性も兼ね備えたものである。「あらし山満花」などは正に粋で、過ぎゆく春を惜しむかのような風情に溢れている。「祇園社雪中」も雪の降る沈黙の響きが聞こえてくるかのようであり、「四条河原夕涼」からは鴨川のせせらぎと往時の人々の息吹が伝わってくる。江戸時代の日常がハレの化粧を施されて絵の中に生き続けているかのようだ。

ラストを飾るのは、歌川(五雲亭)貞秀の「大坂名所一覧」(九枚続)。中空からの視座で、右端に大坂城を置き、左端の難波潟と瀬戸内海に至るまでの大坂の町をダイナミックに描いている。タイトル通り、天満天神、北御堂(西本願寺)、南御堂(東本願寺)、四天王寺、なんばや天王寺の街、天保山(今よりも大分大きい)など名所が多く鏤められており、「天下の台所」の賑わいが伝わってくる。



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2018年11月21日 (水)

観劇感想精選(268) 南座発祥四百年 南座新開場記念 當る亥歳「吉例 顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部

2018年11月11日 京都四條南座にて観劇

午後4時30分から、新装なった京都四條南座で、南座發祥四百年新開場記念「當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部を観る。

耐震対策工事のため閉鎖されていた南座の新規オープン公演であり、今年は特別に2ヶ月続けて顔見世公演が行われる。11月の顔見世は、高麗屋3代の襲名披露公演でもある。

工事を終えてから初めて入る南座であるが、内装はいうほど変化はなし。椅子は替えたようだが、いうほど大きくなっておらず、少なくとも3階席は前後の座席間も詰まったままで、エコノミークラス症候群を避けるために幕間に歩いて血の巡りを良くする必要がある。
トイレはかなり綺麗になったが、それ以外は余り代わり映えしておらず、幕間には「がっかり」という声も聞こえてきた。「特別席も悪くなった」という話をしている人もいる。


演目は、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」、「勧進帳」、「雁(かり)のたより」。「寿曽我対面」と「勧進帳」の間に、高麗屋3代の襲名披露口上が設けられている。


「寿曽我対面」。江戸歌舞伎では、毎年正月に曽我狂言を行っていたことから選ばれた縁起の良い演目(寿狂言)である。纏めたのは河竹黙阿弥。
出演は、片岡仁左衛門(松嶋屋)、片岡孝太郎(松嶋屋)、片岡愛之助(松嶋屋)、上村吉弥(美吉屋)、中村壱太郎(かずたろう。成駒屋)、中村亀鶴(八幡屋)、澤村宗之助(紀伊国屋)、片岡秀太郎(松嶋屋)ほか。

工藤左衛門祐経(仁左衛門)の屋敷が舞台ということで、工藤氏の定紋として知られる庵木工の家紋が背景の金箔の中に鏤められている。
源頼朝に味方して出世と遂げた工藤祐経に館に、宿敵だった河津三郎祐康の子である曽我十郎祐成(孝太郎)と曽我五郎時致(愛之助)の兄弟が対面を願い出てくる。

時致に扮した愛之助がかなりの外連を用いているのが印象的である。先日、びわ湖ホールで観た時とは違い、祝祭の場であるということを意識しているのだろう。


高麗屋3代による襲名披露口上。坂田藤十郎(山城屋)と片岡仁左衛門が引き立てを行う。
松本白鸚は2代目であるが、初代は南座の舞台に立ったことはなく、「松本白鸚」のまねきが上がるのは、今回が史上初となるそうである。
2代目白鸚は、67年前に南座でフィルムに収めるための上演に参加したそうだが、「流石にその時の演目を観たことがあるという方はこの場にいらっしゃらないと思います」と述べる。
松本幸四郎に関しては、仁左衛門が6年前の奈落墜落事故からの復活を称える紹介を行った。
市川染五郎は14歳ということで中学生なのだが、幸四郎が「学校を1ヶ月休んだ」ことを明かし、染五郎は、「(この後の『勧進帳』の義経役を)人生最大の緊張で」誠心誠意演じることを誓った。


「勧進帳」。歌舞伎の演目の中で一二を争う有名作である。
出演は、松本幸四郎(高麗屋)、市川染五郎(高麗屋)、大谷友右衛門(明石屋)、高麗蔵(高麗屋)、澤村宗之助、松本錦吾(高麗屋)、松本白鸚(高麗屋)。

加賀国安宅の関を舞台に、関守である富樫左衛門(白鸚)と東大寺大仏再興のための勧進を行う山伏に扮した武蔵坊弁慶(幸四郎)の丁々発止のやり取りが見物である。
すでに源義経(染五郎)と弁慶らの一行が山伏に扮しているという情報を富樫は得ており、何人もの山伏が処刑されている。
弁慶らが現れた時点で、富樫は怪しいと睨んでいるはずだが、弁慶の振る舞いの見事さに打たれて通すことに決める。
剛の者である弁慶と戦の天才義経をもってすれば、関を押し通ることも可能なはずで、それが武士の本道なのだが、その場合は鎌倉方に北陸路を行っているという情報が漏れてしまうため、技芸を持って堂々と通るという、ある意味、歌舞伎役者の姿そのものを描いている筋立てとなっている。弁慶は比叡山で修行したこともあるため、白紙の勧進帳読み上げや、山伏の装束や仏法に関する知識もあり、その場での思いつきではなく積み上げてきたものを披露しているという点でも伝統芸能的である。

染五郎は若いということもあり、役が体に染み込んでいない。14歳で大当たりを取ったら史上最高の天才レベルなので、これはこれで良い。
幸四郎の弁慶も「見事」と言える水準ではあるのだが、父親に比べるとまだまだである。白鸚の富樫は「見られるだけで嬉しい」類いのものである。


「雁のたより」。上方狂言である。出演は、中村鴈治郎(成駒屋)、中村亀鶴、中村壱太郎、片岡秀太郎、中村寿治郎(成駒屋)、松本幸四郎、片岡市蔵(松嶋屋)ほか。

有馬温泉が舞台である。さる大名の若殿である前野佐司馬(亀鶴)は、元新橋の傾城で今は側室としている司(壱太郎)を伴っているのだが、司は佐司馬につれない態度を取る。佐司馬は、司に「気に入った者に盃を差すよう」言うのだが、司は裏町にある髪結の三二五郎七(鴈治郎)に盃を与えたいと言い出し……。

三二五郎七の一人語りが役者の腕の見せ所である。一人語りは現代劇では「リアルでない」として避けられる傾向にあるのだが、伝統芸能の一場で役者が魅せるものと考えれば悪くはない。
ラストはとってつけたようなもので、これまでの過程から考えても不自然に思われるのだが、「理屈となんとかはどこにでもつく」ため、それも三二五郎七の演技の一つだったと考えることも出来る。あくまで「出来る」であって、現代人の目にはご都合主義に映るのは確かである。
面白いのはむしろ、鴈治郎と幸四郎のやり取りで、互いを贔屓の役者として褒め合うシーンなどは存分に笑うことが出来る。

夜の部は演目的はさほど魅力的ではなかったといえるだろう。勿論、役者は粒ぞろいなので、そこは見応え十分である。



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2018年9月24日 (月)

2346月日(2) KYOTO CMEX10周年記念講演会 角川歴彦&荒俣宏

2018年9月14日 ホテルグランヴィア京都・古今(こきん)の間にて

午後3時30分から、京都駅ビルの一角を占めるホテルグランヴィア京都で、京都商工会議所主催のKYOTO CMEX10周年記念講演会に参加する。
KADOKAWAの取締役会長である角川歴彦と作家の荒俣宏の講演がある。

角川歴彦の講演は、「コンテンツの価値の劇的変化」と題されたものである。

21世紀に入ったばかりの頃、角川は当時のマイクロソフトの社長から「4スクリーンのイノベーションが起こる」と聞かされる。当時はなんのことか想像出来なかったそうだが、スマートフォン、パソコン、ダブレット、テレビの4つのスクリーンにより革命のことで、今ではこれらは定着した。当時はまだスマートフォンやタブレットは存在しない頃で、マイクロソフト社はその頃からそれらの登場を予見していたことになる。

これら4つのスクリーンの時代に覇権を争うのは、GAFAという4つの企業である。Google、Apple、Facebook、Amazonの4社だ。

これに動画配信で軌道に乗ったNetflixが加わる。これらの会社は、コミュニケーション、コミュニティ、メディア、コンテンツの4つを駆使して世界を拡げる。また、コミュニケーションがコミュニティを生み、コミュニティからはメディアやコンテンツが生まれるといった具合に相関関係がある。
Appleは、動画には自社が認めたコンテンツしか載せないという姿勢を見せており、「中国のようなところのある会社」だと角川は言う。
一方、Amazonは、提携する多くの会社が倒産に追い込まれている。ボーダーズ、トイザらス、タワーレコードなどで、これらの企業は顧客データがAmazonに使われたことで倒産しており、Amazonとの提携は「悪魔の契約」とも呼ばれているという。だが、Amazonの影響力は多大で無視出来ないため、KADOKAWAもAmazonと直接提携関係を結んでいるそうだ。KADOKAWAがAmazonと直接提携したことで、角川も散々に言われたことがあるという。

そして、イギリスのダ・ゾーンがJリーグの放映権を2100億で円買ったことから、日本のコンテンツが海外から重視されるようになったことがわかったという。ダ・ゾーンはスカイパーフェクTVの何倍もの金額を提示して、コンテンツをものにしているのである。
そして、動画配信を手掛けてきた企業が自社で映像コンテンツを作成するようになってきている。Netflixは映像コンテンツの制作に8500億円を掛け、Amazonは5000億円を計上。
中国のテンセントという企業は自社のゲーム利用者が全世界に1億3000万人いるという。コンテンツ作成にこれだけの金を使われ、利用者数を確保されたのでは、日本の企業には全く勝ち目はない。

更に映像関連会社の合併や買収も目立つ。ディズニーはFOXを7兆8千億円で買収。FOXのこれまで制作した全ての映像を使用する権利を得たため、その影響力は計り知れない。それはディズニーはFOXの全ての映像には7兆8千億をつける価値があると認定したことでもある。
AT&Tはtimeワーナーと合併。AT&Tは電話の会社であり、日本で例えるとNTTが映画会社と合併したようなものである。Webコンテンツにおける勝利を目指したものだろう。

日本のコンテンツに目を向けると、アニメ映画「君の名は。」は世界125カ国で公開、東野圭吾の小説『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は中国で日本以上に売れ、バーチャルYouTuberキズナアイは北欧でヒット。crunchyrollという日本のアニメ・ドラマ・漫画配信サービスはワーナーの傘下に入ることになったという。

また、出版は不況で右肩下がりが続いているが、日本映画は逆に絶好調である。大半はアニメ映画の急成長によるものだが、日本のコンテンツ価値は高まっており、キャラクターを輸出することで勝負が可能な状況だそうである。

続いて、荒俣宏と角川歴彦による対談「日本のコンテンツが世界に広がる~妖怪からみるクールジャパン~」が行われる。

角川が、最近、ライトノベルで「異世界もの」というジャンルが流行っているという話をする。ライトノベルではないとした上で、宮部みゆきの小説が典型的な異世界ものの系譜にあるとする。

荒俣は、「化ける」が日本社会のキーワードであるとする。野球などで「大化け」という言葉は使われる。日本では変わるのが当たり前だと思われているが、日本以外ではそうとは限らない。妖怪などの「化ける」文化が最も良く残っているのが日本だそうである。

日本人の文化根源をたどっていくと、縄文人は山奥に住んでいて、そのため長野県の奥部などから縄文土器などが出てくるという。なんで縄文人は長野の山奥にいたのだろうと疑問に思った荒俣は、長野まで縄文土器の発掘に出かけたことがあるそうだ、行ってみたら「縄文人がここにいて当然」だと思ったそうで、「山があって川があって色々なものがある。逃げようと思えば逃げられる」と、縄文時代の文化に適した環境だったそうだ。さて、縄文時代の終わりに里人が出て、徐々に両者に関わりが発生するようになる。里人を代表する大和朝廷が、縄文人のいる山へと進出するようになるのだが、縄文人は「刃向かってこない。穏やか」な人たちであり和の精神があった。そこで融和政策が行われるようになる。
その中で、「タブーを犯さない」「変化(へんげ)する」ということが重要になる。タブーについては、「鶴の恩返し」が典型だそうで、「なんでもしてあげますけど、機を織ってるところは覗かないで下さい」と求め、そのタブーを犯してなにもかも失うことになる。

「変化(へんげ)」に関しては、貨幣の「貨」自体に「化」という字が入っており、貝の直接交換のシステムからリアリティーをなくした貨幣に化けていくという過程があるそうだ。

京都はヘンゲの話に事欠かない場所であるが、土蜘蛛と酒呑童子が典型的な例であり、山奥で京の都へのアンチテーゼを唱える人たちが滅ぶ姿がそこにはあるという。
平安末期。それまでの妖怪を陰陽道で封じ込めていた時代が終わり、武士が妖怪を退治する時代になる。土蜘蛛や酒呑童子の退治でも武士が活躍する。力と力で対峙するようになるのだ。

荒俣や角川が少年だった時代にはファンタジーは抑圧されていた。ファンタジーは教育上良くないとされ、漫画が学校内に持ち込み禁止になったりしていたそうだ。私が子供だった頃にも、教科書に「マンガを読むのは悪いか」という教材が載っていたことを覚えている。
荒俣はファンタジーや漫画への抑制の最前線で戦った人物であり、文化的な多様性や豊かさの擁護者でもあった。

日本のゲームについてであるが、角川はこれも内容が良いんだか悪いんだかわからないものであり、そういう意味ではヘンゲの特徴を持っているとする。

また、日本のSF映画の傑作である「ゴジラ」もいわば怨霊を描いたものであり、荒俣によると、ある勢力が権力と和解したか否かでその後の扱いがわかれるという。例えば、鴨氏は元々は奈良の葛城の豪族であり、京都に出て賀茂神社に祀られるようになるが、一方で、土蜘蛛は和解しなかったがために滅ぼされ、化け物になっている。出自自体は大して違わないのに、現在の扱いは180度違う面白さがあると述べた。

また、日本を代表する怨霊として平将門と菅原道真がおり、平将門については荒俣はもう『帝都物語』で書いた。そこで、角川は菅原道真の怨霊を題材にした小説を荒俣に書くように勧めるが、荒俣は「書いてもいいのですが、自分はもう2、3年しか生きられないと思っているので」他のことに時間を使いたいという希望があるそうである。



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