カテゴリー「京都」の61件の記事

2019年5月13日 (月)

美術回廊(29) 京都文化博物館 「黒田清輝展」2014

2014年7月16日 三条高倉の京都文化博物館にて

京都文化博物館で、「黒田清輝展」を観る。

日本における洋画の先駆者の一人である黒田清輝。代表作の「湖畔」は当然ながら展示されている。

黒田清輝は旧薩摩藩士の子であり、当初は法律を学んでいて、渡仏したのもフランス法を学ぶためであったが、パリでフランス絵画に触れ、画家に転身することを決めている。

黒田清輝が、パリから養父(伯父である黒田清綱)に送った手紙も展示されており、くずし字なので読めないが、活字化したものが壁に貼られている。候文であるが、候文なら私は読めるので、興味深い。黒田は、養父に、「法学者になるのは難しいので画の勉強をしようかと思っている」と書いて手紙を送り、その後、「(日本で有名だと思われる当代の画家3人の名前を挙げて)絵画の先進国である仏国(フランス)にあっては、日本画家の画など恥ずかしくて見せられない。そこで私がフランス絵画に負けないものを描いてみようと思う。ただ絵画というのは何年勉強すればものになるかわからないものである。自分に才能があるのかどうかも天のみが知っている」という内容の手紙を送っている。その3年後の手紙には「日本にいるときは画などは卑賤の者のやることだと思っていたが、フランスの絵画を観て、それは誤りだと気付いた。私が良い画を描いてみせることが日本のためになると思う。ただ自分に才能があるのかはわからない」と最後は同じような内容の文を送っている。
フランスに渡った直後、まだ法律を学んでいた頃のスケッチもあり、黒田が生まれつき絵心を持っていたことがわかる。
フランス時代の黒田の描写力は極めて高く、イメージ喚起力があり、元の風景がどんなものだったのかが、映像としてくっきりと脳内に浮かび上がる。

フランス時代の日記も展示されており、活字に直したものを読んでみると、「汁粉を焼いた、汁粉と書いたがショコラ(引用者注:チョコレート)である。その後、移動するために友人と一緒に歩いたが、田舎に入ると道が分からない。途中で、“お前らは何者だ? ドイツ人か?”などと問う人に出会ったのが面白く、二人で笑った。今夜の宿が取れるかどうかわからない。取れなければ夜通し歩くか、あるいは野宿するか」という内容である。

日本に戻ってからの黒田は、描写力よりも画でしか出来ない表現をすることに力を注いだようで、純粋な画の力を感じさせる作品が多い。

黒田は、日清戦争にジャーナリストとして従軍しているが、この時の日記も展示されており、面白い。一進一退の後、日本軍が押していて、清軍は退却する。その後、清の兵が現れたと思ったら、大きなかぶり物をした子供で、それを敵兵と勘違いしたことに大いに笑ったという。やがて砲声が聞こえたが、大砲は飛んでこない。一応、念のために退却する。その夜は、清の人の家に泊まったのだが、清人にしてはとても親切で、女性は黒田の顔を見て微笑むし、他の家人も懇ろにもてなしてくれたという。それまでに出会った清人は、皆、自分達が日本人だとわかった途端に、鬼でも見たかのように怯えて逃げてしまったそうだ。

黒田清輝は京都の円山公園内にアトリエを持っていたそうで、そこで描いた「昔語り」という大作があり、本作は残念ながら焼失してしまったが、下絵は残っており、それが展示されている。画に出てくる男性と、彼と手を繋いでる舞妓は実在の人物だそうで、舞妓と黒田が一緒に映った写真が展示されているが、確かに彼女である。彼女を描いた下絵が今日の展覧会では一番気に入った。

黒田清輝は裸体画を得意としたが、当時の日本では裸体画は猥褻物という扱いであり、そのことに強く反発したようである。「智・感・情」という三人の裸婦を描いた三部作が黒田の代表作の一つなのだが、女性達の手の仕草が仏像のそれに似ていることに気付く。「智」は虚空菩薩の、「感」は字は違うが同じ「かん」である観音菩薩、「情」は人類を救うとされる情け深い弥勒菩薩の手の置き方に似ている。「情」などは乱れ気味の黒髪をかき上げる仕草で、確かに「情事」を感じさせたりもするのだが、それはフェイクで、実際は観たままではなく一捻りしてあるような感じを受ける。

代表作「湖畔」は、箱根の芦ノ湖畔で描かれたもので、モデルは後に黒田清輝夫人となる金子種子(結婚後、照子に改名。ただし黒田はすでにバツイチということもあって親族の反対にあったため事実婚であり、入籍は遅れている)。照子夫人の証言により、描かれた場所も特定されており、同じ風景を撮った写真が壁一杯に貼られていた。
黒田照子の写真が3枚ほど展示されているが、今の尺度から見ても美人である。

黒田の絶筆となった「梅林」も展示されている。遠くから見ると儚げな梅の木に見えるのだが、近づくと実にまがまがしく、あの世の光景が黒田には見えているようにも感じた。

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2019年4月21日 (日)

第70回京おどり 「夢叶京人形」全八景 2019

2019年4月15日 宮川町歌舞練場にて

第70回京おどりを観る。宮川町歌舞練場にて午後4時30分開演の回。
今年のタイトルは「夢叶京人形」全8景。作・演出:北林佐和子、作曲:今藤長十郎、作舞:若柳吉蔵。第1景から第4景までが「不思議の国の京人形」、第5景が「弥栄(いやさか)の春」、第6景が「天下(あめのした)祝い唄」、第7景が「秋の音色」、第8景がお馴染みの「宮川音頭」である。

「不思議の国の京人形」は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』をベースに歌舞伎「京人形」を組み合わせた舞踊劇であるが、男と女が主人公になることや姿格好などから泉鏡花の『天守物語』(変換したら「店主物語」となった。なんだそりゃ?)を連想させる作品である。関係があるのかどうかは知らないが、第4景では姫路城の天守も現れる。
真夜中。城の中の人形の間で、太夫、藤娘、汐汲、娘道成寺の4人(?)の人形が舞い遊んでいる。そこへお小姓の仙千代がやってくる。仙千代は幼い姫とまりをついて遊んでいたのだが、まりをなくしてしまい、姫は大泣き。まりを見つけられなかった時は切腹と決まったため、この部屋に探しに来たのだ。人形たちは仙千代を哀れに思い、一緒に城内を探し回ることにする。

花札の絵から飛び出してきた小野道風なる人物と加留多遊びをすることになったり、チェシャ猫にあたる猫の君やまぼろし姫たちとまりの奪い合いをするというファンタジックな物語である。
巨大なまりが左右に揺れたり(あさま山荘事件とは無関係だと思われる)、加留多の絵の描かれた戸板返しが行われたりと、趣向も面白い。
物語のある舞は宮川町が本場であり、祇園甲部よりも見せ方が優れているように思われる。

「弥栄の春」では、芸妓たちが鈴を鳴らしながら平成と新元号・令和の御代を祝い、「天下祝い唄」に繋がっていく。日本地図の描かれた襖が現れ、「目出度の若松様よ」と「花笠音頭」の東北、祇園や清水という京名所、義経と静御前ゆかりの吉野の桜などがうたわれる。

舞妓たちが総登場の「秋の音色」。舞では芸妓には及ばないかも知れないが、場内の雰囲気をガラリと変える新鮮な空気が秋に繋がる。

「宮川音頭」。総踊りである。儚さを通り越して悲しさを感じるのは、五花街のおどりの中で京おどりだけかも知れない。
美しいが夢だとわかっている夢を見ているような気分になる。

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2019年4月10日 (水)

南座新開場記念 都をどり 「御代始歌舞伎彩」2019年4月5日

2019年4月5日 京都四條南座にて

午後4時30分から、京都四條南座で都をどりを観る。
祇園甲部歌舞練場が耐震対策工事中ということで閉鎖されており、昨年一昨年は北白川の京都芸術劇場春秋座で公演が行われた都をどり。今年は新開場記念も兼ねた南座での開催となる。南座はロビーが狭いということで、今年はお茶席はなく、お茶菓子の皿プレゼントもないが、その代わりパンフレットは無料で配布されている。

昨年の春秋座での公演では、CGを使ったり「アナと雪の女王」を題材にしたりといった新しい試みを行った都をどり。春秋座が京都造形芸術大学の劇場ということで、京都造形芸大の教授でもある井上八千代が若者の取り込みを図ったのかも知れないが、学生らしき人々の姿は客席には見えず、新演出は常連客から大不評ということもあり、今年は揺り戻しからか保守的な内容になっている。それが全体として平板な印象を生んでいたようにも感じられる。

チケットを取るのが遅かったため、今日は2階の上手サイドの席の2列目。前列はラテン系と思われる外国人の一家である。舞台はそれほど良くは見えないが、花道での踊りは楽しめるため、この席を選んだ。舞台下手端で、ジャケットを着たおじさんが鳴り物に指示を出していたり、鈴を鳴らして演奏しているのが見えるのがシュールで楽しかったりする。

演目は置歌に続き、「初恵美須福笹配」「法住寺殿今様合」「四条河原阿国舞」「藁稭長者出世寿」「桂離宮紅葉狩」「祇園茶屋雪景色」「大覚寺桜比」の計8景。今は会えぬ人を偲ぶ内容の曲がいくつかあり、それが「大覚寺桜比」での華やかさと表裏一体の儚さにも繋がっている。

「大覚寺桜比」は、舞台上に桜の樹が並ぶ、舞台上方からも桜の枝が垂れていて今の季節に相応しい飾りであるが、稽古を重ねることで上半身がぶれずに速足で移動することの出来る芸妓達を見ていると、人間というより桜の精に出会ったかのような不思議な感覚に陥った。

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2019年3月26日 (火)

2346月日(11) 京都文化博物館 「北野天満宮 信仰と名宝」

2019年3月19日 三条高倉の京都文化博物館にて

三条高倉の京都文化博物館で「北野天満宮 信仰と名宝」を観る。
天満宮の総社である北野天満宮。その祭神である菅原道真公と天神の本地である十一面観音などに関する展示である。

学問の神様とされる菅原道真。氏や育ちではなく知力で右大臣にまで上った人物である。知で昇進した先例には吉備真備らがいるが家格を超える昇進を遂げたのは菅原道真が初とされる。その後、藤原時平らの讒言があって太宰府に左遷され、失意の内に亡くなる。だがその後、清涼殿に落雷があったり、藤原氏の有力者が次々に他界するなどの変異があり、雷神と集合して天神として北野の地に祀られることになった。元々、北野の地は都の北西を守る霊地であり、道真は都を守る怨霊として祀られることになる。

 

「北野天神縁起」はパネル展示があるだけだが、文子天満宮や吉祥院天満宮など、北野天満宮より成立が早いとされる天満宮の由来が描かれているのがわかる。

 

道真は、左遷された不遇を漢詩に詠んでいるが、その「去年今夜待清涼 秋思詩編独断腸 恩賜御衣今在此 報持毎日拝余香」は、その後に描かれた天神像にたびたび書き込まれている。
天神像も様々で、一般によく知られているのは憤怒の表情を浮かべた天神像だが、中には道真の失意をそのままに表した憂い顔の天神像も存在する。

道真は漢詩や和歌だけでなく、学者として史書の「類聚国史」編纂の仕事もしており、そのうちの2冊が展示されている。

 

後半は北野天満宮に関する展示である。
北野天満宮は麹造りを支援しており、醸造業者の連盟である麹座に神人の位を与えて保護していたのだが、洛中の酒屋が麹造りを始めたため、独占権を失いそうになる。そこで北野麹座は室町幕府に訴え、独占権の確約を手にする。足利義持の命により、北野麹座以外の麹室は破却されることになった。
足利義持の下知状と一色義範の遵行書状が展示されているが、二人とも「北野」の「北」の字を崩しており「小」に見えるのが特徴である。草書だとそうなるのだと思われる。

その後、北野が生んだ文学とされる連歌(宗祇の肖像などが展示されている)の展示を経て、北野天満宮の祭礼展示となる。上映時間約20分の映像が流されており、北野天満宮で一年の間に行われる祭礼の模様をダイジェストで見ることが出来る。

 

北野天満宮史上最大のハイライトの一つである北野大茶会の展示としては、実際に掲げられた高札の他に大茶会の様子を描いた絵図、またその繋がりで現在の北野天満宮の社殿を築いた豊臣秀頼の筆による御神号などが展示されていた。

 

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2019年2月13日 (水)

美術回廊(22) 京都浮世絵美術館 「将軍の京都 ~御上洛東海道~」

2019年2月8日 四条の京都浮世絵美術館にて

四条にある京都浮世絵美術館で、「将軍と京都 ~御上洛東海道~」などを観る。京都浮世絵美術館は、ビルの2階にある小さな美術館である。

「将軍と京都 ~御上洛東海道~」は、歌川芳艶、歌川芳盛、歌川芳幾、歌川芳宗、三代歌川豊国、二代歌川国貞、歌川貞秀、二代歌川広重の絵が展示されている。いずれも徳川家茂が家光以来、230年ぶりに上洛した時を題材として描いたもの。

浮世絵は西洋の絵画などに比べるとダイナミックで動的な要素が強い。「何か大きな動きをしている瞬間」を切り取っているため、その前後が想像しやすく、結果、映像的な面白さが生まれるのである。藤森神社での走り馬、瀬田の唐橋での行列、四条河原での光景など、音まで聞こえてきそうな臨場感である。静物画や肖像画など、止まった瞬間や乙に澄ましているところを描いている西洋の画家が浮世絵に衝撃を受けたというのももっとものことのように思える。

備前長船(現在の岡山県瀬戸内市)の刀剣二棟が展示されているほか、葛飾北斎の「凱風快晴」、「神奈川沖浪裏」なども展示されている。

初代歌川広重の「京都名所図会」も展示されているが、単なる風景画でなく、人物が必ず入っていて、描かれた名所の規模が推量出来るようになっているという実用性も兼ね備えたものである。「あらし山満花」などは正に粋で、過ぎゆく春を惜しむかのような風情に溢れている。「祇園社雪中」も雪の降る沈黙の響きが聞こえてくるかのようであり、「四条河原夕涼」からは鴨川のせせらぎと往時の人々の息吹が伝わってくる。江戸時代の日常がハレの化粧を施されて絵の中に生き続けているかのようだ。

ラストを飾るのは、歌川(五雲亭)貞秀の「大坂名所一覧」(九枚続)。中空からの視座で、右端に大坂城を置き、左端の難波潟と瀬戸内海に至るまでの大坂の町をダイナミックに描いている。タイトル通り、天満天神、北御堂(西本願寺)、南御堂(東本願寺)、四天王寺、なんばや天王寺の街、天保山(今よりも大分大きい)など名所が多く鏤められており、「天下の台所」の賑わいが伝わってくる。



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2018年11月21日 (水)

観劇感想精選(268) 南座発祥四百年 南座新開場記念 當る亥歳「吉例 顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部

2018年11月11日 京都四條南座にて観劇

午後4時30分から、新装なった京都四條南座で、南座發祥四百年新開場記念「當る亥歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 二代目松本白鸚 十代目松本幸四郎 八代目市川染五郎襲名披露」夜の部を観る。

耐震対策工事のため閉鎖されていた南座の新規オープン公演であり、今年は特別に2ヶ月続けて顔見世公演が行われる。11月の顔見世は、高麗屋3代の襲名披露公演でもある。

工事を終えてから初めて入る南座であるが、内装はいうほど変化はなし。椅子は替えたようだが、いうほど大きくなっておらず、少なくとも3階席は前後の座席間も詰まったままで、エコノミークラス症候群を避けるために幕間に歩いて血の巡りを良くする必要がある。
トイレはかなり綺麗になったが、それ以外は余り代わり映えしておらず、幕間には「がっかり」という声も聞こえてきた。「特別席も悪くなった」という話をしている人もいる。


演目は、「寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)」、「勧進帳」、「雁(かり)のたより」。「寿曽我対面」と「勧進帳」の間に、高麗屋3代の襲名披露口上が設けられている。


「寿曽我対面」。江戸歌舞伎では、毎年正月に曽我狂言を行っていたことから選ばれた縁起の良い演目(寿狂言)である。纏めたのは河竹黙阿弥。
出演は、片岡仁左衛門(松嶋屋)、片岡孝太郎(松嶋屋)、片岡愛之助(松嶋屋)、上村吉弥(美吉屋)、中村壱太郎(かずたろう。成駒屋)、中村亀鶴(八幡屋)、澤村宗之助(紀伊国屋)、片岡秀太郎(松嶋屋)ほか。

工藤左衛門祐経(仁左衛門)の屋敷が舞台ということで、工藤氏の定紋として知られる庵木工の家紋が背景の金箔の中に鏤められている。
源頼朝に味方して出世と遂げた工藤祐経に館に、宿敵だった河津三郎祐康の子である曽我十郎祐成(孝太郎)と曽我五郎時致(愛之助)の兄弟が対面を願い出てくる。

時致に扮した愛之助がかなりの外連を用いているのが印象的である。先日、びわ湖ホールで観た時とは違い、祝祭の場であるということを意識しているのだろう。


高麗屋3代による襲名披露口上。坂田藤十郎(山城屋)と片岡仁左衛門が引き立てを行う。
松本白鸚は2代目であるが、初代は南座の舞台に立ったことはなく、「松本白鸚」のまねきが上がるのは、今回が史上初となるそうである。
2代目白鸚は、67年前に南座でフィルムに収めるための上演に参加したそうだが、「流石にその時の演目を観たことがあるという方はこの場にいらっしゃらないと思います」と述べる。
松本幸四郎に関しては、仁左衛門が6年前の奈落墜落事故からの復活を称える紹介を行った。
市川染五郎は14歳ということで中学生なのだが、幸四郎が「学校を1ヶ月休んだ」ことを明かし、染五郎は、「(この後の『勧進帳』の義経役を)人生最大の緊張で」誠心誠意演じることを誓った。


「勧進帳」。歌舞伎の演目の中で一二を争う有名作である。
出演は、松本幸四郎(高麗屋)、市川染五郎(高麗屋)、大谷友右衛門(明石屋)、高麗蔵(高麗屋)、澤村宗之助、松本錦吾(高麗屋)、松本白鸚(高麗屋)。

加賀国安宅の関を舞台に、関守である富樫左衛門(白鸚)と東大寺大仏再興のための勧進を行う山伏に扮した武蔵坊弁慶(幸四郎)の丁々発止のやり取りが見物である。
すでに源義経(染五郎)と弁慶らの一行が山伏に扮しているという情報を富樫は得ており、何人もの山伏が処刑されている。
弁慶らが現れた時点で、富樫は怪しいと睨んでいるはずだが、弁慶の振る舞いの見事さに打たれて通すことに決める。
剛の者である弁慶と戦の天才義経をもってすれば、関を押し通ることも可能なはずで、それが武士の本道なのだが、その場合は鎌倉方に北陸路を行っているという情報が漏れてしまうため、技芸を持って堂々と通るという、ある意味、歌舞伎役者の姿そのものを描いている筋立てとなっている。弁慶は比叡山で修行したこともあるため、白紙の勧進帳読み上げや、山伏の装束や仏法に関する知識もあり、その場での思いつきではなく積み上げてきたものを披露しているという点でも伝統芸能的である。

染五郎は若いということもあり、役が体に染み込んでいない。14歳で大当たりを取ったら史上最高の天才レベルなので、これはこれで良い。
幸四郎の弁慶も「見事」と言える水準ではあるのだが、父親に比べるとまだまだである。白鸚の富樫は「見られるだけで嬉しい」類いのものである。


「雁のたより」。上方狂言である。出演は、中村鴈治郎(成駒屋)、中村亀鶴、中村壱太郎、片岡秀太郎、中村寿治郎(成駒屋)、松本幸四郎、片岡市蔵(松嶋屋)ほか。

有馬温泉が舞台である。さる大名の若殿である前野佐司馬(亀鶴)は、元新橋の傾城で今は側室としている司(壱太郎)を伴っているのだが、司は佐司馬につれない態度を取る。佐司馬は、司に「気に入った者に盃を差すよう」言うのだが、司は裏町にある髪結の三二五郎七(鴈治郎)に盃を与えたいと言い出し……。

三二五郎七の一人語りが役者の腕の見せ所である。一人語りは現代劇では「リアルでない」として避けられる傾向にあるのだが、伝統芸能の一場で役者が魅せるものと考えれば悪くはない。
ラストはとってつけたようなもので、これまでの過程から考えても不自然に思われるのだが、「理屈となんとかはどこにでもつく」ため、それも三二五郎七の演技の一つだったと考えることも出来る。あくまで「出来る」であって、現代人の目にはご都合主義に映るのは確かである。
面白いのはむしろ、鴈治郎と幸四郎のやり取りで、互いを贔屓の役者として褒め合うシーンなどは存分に笑うことが出来る。

夜の部は演目的はさほど魅力的ではなかったといえるだろう。勿論、役者は粒ぞろいなので、そこは見応え十分である。



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2018年9月24日 (月)

2346月日(2) KYOTO CMEX10周年記念講演会 角川歴彦&荒俣宏

2018年9月14日 ホテルグランヴィア京都・古今(こきん)の間にて

午後3時30分から、京都駅ビルの一角を占めるホテルグランヴィア京都で、京都商工会議所主催のKYOTO CMEX10周年記念講演会に参加する。
KADOKAWAの取締役会長である角川歴彦と作家の荒俣宏の講演がある。

角川歴彦の講演は、「コンテンツの価値の劇的変化」と題されたものである。

21世紀に入ったばかりの頃、角川は当時のマイクロソフトの社長から「4スクリーンのイノベーションが起こる」と聞かされる。当時はなんのことか想像出来なかったそうだが、スマートフォン、パソコン、ダブレット、テレビの4つのスクリーンにより革命のことで、今ではこれらは定着した。当時はまだスマートフォンやタブレットは存在しない頃で、マイクロソフト社はその頃からそれらの登場を予見していたことになる。

これら4つのスクリーンの時代に覇権を争うのは、GAFAという4つの企業である。Google、Apple、Facebook、Amazonの4社だ。

これに動画配信で軌道に乗ったNetflixが加わる。これらの会社は、コミュニケーション、コミュニティ、メディア、コンテンツの4つを駆使して世界を拡げる。また、コミュニケーションがコミュニティを生み、コミュニティからはメディアやコンテンツが生まれるといった具合に相関関係がある。
Appleは、動画には自社が認めたコンテンツしか載せないという姿勢を見せており、「中国のようなところのある会社」だと角川は言う。
一方、Amazonは、提携する多くの会社が倒産に追い込まれている。ボーダーズ、トイザらス、タワーレコードなどで、これらの企業は顧客データがAmazonに使われたことで倒産しており、Amazonとの提携は「悪魔の契約」とも呼ばれているという。だが、Amazonの影響力は多大で無視出来ないため、KADOKAWAもAmazonと直接提携関係を結んでいるそうだ。KADOKAWAがAmazonと直接提携したことで、角川も散々に言われたことがあるという。

そして、イギリスのダ・ゾーンがJリーグの放映権を2100億で円買ったことから、日本のコンテンツが海外から重視されるようになったことがわかったという。ダ・ゾーンはスカイパーフェクTVの何倍もの金額を提示して、コンテンツをものにしているのである。
そして、動画配信を手掛けてきた企業が自社で映像コンテンツを作成するようになってきている。Netflixは映像コンテンツの制作に8500億円を掛け、Amazonは5000億円を計上。
中国のテンセントという企業は自社のゲーム利用者が全世界に1億3000万人いるという。コンテンツ作成にこれだけの金を使われ、利用者数を確保されたのでは、日本の企業には全く勝ち目はない。

更に映像関連会社の合併や買収も目立つ。ディズニーはFOXを7兆8千億円で買収。FOXのこれまで制作した全ての映像を使用する権利を得たため、その影響力は計り知れない。それはディズニーはFOXの全ての映像には7兆8千億をつける価値があると認定したことでもある。
AT&Tはtimeワーナーと合併。AT&Tは電話の会社であり、日本で例えるとNTTが映画会社と合併したようなものである。Webコンテンツにおける勝利を目指したものだろう。

日本のコンテンツに目を向けると、アニメ映画「君の名は。」は世界125カ国で公開、東野圭吾の小説『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は中国で日本以上に売れ、バーチャルYouTuberキズナアイは北欧でヒット。crunchyrollという日本のアニメ・ドラマ・漫画配信サービスはワーナーの傘下に入ることになったという。

また、出版は不況で右肩下がりが続いているが、日本映画は逆に絶好調である。大半はアニメ映画の急成長によるものだが、日本のコンテンツ価値は高まっており、キャラクターを輸出することで勝負が可能な状況だそうである。

続いて、荒俣宏と角川歴彦による対談「日本のコンテンツが世界に広がる~妖怪からみるクールジャパン~」が行われる。

角川が、最近、ライトノベルで「異世界もの」というジャンルが流行っているという話をする。ライトノベルではないとした上で、宮部みゆきの小説が典型的な異世界ものの系譜にあるとする。

荒俣は、「化ける」が日本社会のキーワードであるとする。野球などで「大化け」という言葉は使われる。日本では変わるのが当たり前だと思われているが、日本以外ではそうとは限らない。妖怪などの「化ける」文化が最も良く残っているのが日本だそうである。

日本人の文化根源をたどっていくと、縄文人は山奥に住んでいて、そのため長野県の奥部などから縄文土器などが出てくるという。なんで縄文人は長野の山奥にいたのだろうと疑問に思った荒俣は、長野まで縄文土器の発掘に出かけたことがあるそうだ、行ってみたら「縄文人がここにいて当然」だと思ったそうで、「山があって川があって色々なものがある。逃げようと思えば逃げられる」と、縄文時代の文化に適した環境だったそうだ。さて、縄文時代の終わりに里人が出て、徐々に両者に関わりが発生するようになる。里人を代表する大和朝廷が、縄文人のいる山へと進出するようになるのだが、縄文人は「刃向かってこない。穏やか」な人たちであり和の精神があった。そこで融和政策が行われるようになる。
その中で、「タブーを犯さない」「変化(へんげ)する」ということが重要になる。タブーについては、「鶴の恩返し」が典型だそうで、「なんでもしてあげますけど、機を織ってるところは覗かないで下さい」と求め、そのタブーを犯してなにもかも失うことになる。

「変化(へんげ)」に関しては、貨幣の「貨」自体に「化」という字が入っており、貝の直接交換のシステムからリアリティーをなくした貨幣に化けていくという過程があるそうだ。

京都はヘンゲの話に事欠かない場所であるが、土蜘蛛と酒呑童子が典型的な例であり、山奥で京の都へのアンチテーゼを唱える人たちが滅ぶ姿がそこにはあるという。
平安末期。それまでの妖怪を陰陽道で封じ込めていた時代が終わり、武士が妖怪を退治する時代になる。土蜘蛛や酒呑童子の退治でも武士が活躍する。力と力で対峙するようになるのだ。

荒俣や角川が少年だった時代にはファンタジーは抑圧されていた。ファンタジーは教育上良くないとされ、漫画が学校内に持ち込み禁止になったりしていたそうだ。私が子供だった頃にも、教科書に「マンガを読むのは悪いか」という教材が載っていたことを覚えている。
荒俣はファンタジーや漫画への抑制の最前線で戦った人物であり、文化的な多様性や豊かさの擁護者でもあった。

日本のゲームについてであるが、角川はこれも内容が良いんだか悪いんだかわからないものであり、そういう意味ではヘンゲの特徴を持っているとする。

また、日本のSF映画の傑作である「ゴジラ」もいわば怨霊を描いたものであり、荒俣によると、ある勢力が権力と和解したか否かでその後の扱いがわかれるという。例えば、鴨氏は元々は奈良の葛城の豪族であり、京都に出て賀茂神社に祀られるようになるが、一方で、土蜘蛛は和解しなかったがために滅ぼされ、化け物になっている。出自自体は大して違わないのに、現在の扱いは180度違う面白さがあると述べた。

また、日本を代表する怨霊として平将門と菅原道真がおり、平将門については荒俣はもう『帝都物語』で書いた。そこで、角川は菅原道真の怨霊を題材にした小説を荒俣に書くように勧めるが、荒俣は「書いてもいいのですが、自分はもう2、3年しか生きられないと思っているので」他のことに時間を使いたいという希望があるそうである。



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2018年7月26日 (木)

スタジアムにて(1) セ・パ交流戦 阪神タイガース対西武ライオンズ@西京極球場 2005.5.17

2005年5月17日 京都・西京極球場にて観戦

西京極球場にプロ野球セ・パ交流戦、阪神泰西武戦を見に行く。当日券で入ったが3塁側の比較的見やすい席を取ることが出来た。3塁側とはいえ周りは阪神ファンだらけ。3塁側どころかレフトスタンドも、おそらく観客の98%以上は阪神ファンだろう。西武ファンはほんのわずかな場所に固まっているだけ。ちなみに私はヤクルト・スワローズが好きなので中立の立場である。

阪神の先発は速球投手・福原忍。しかし今日は球にキレがない。バッテリーを真横から見る席だったのでそれははっきりとわかった。西京極球場にはスピードガン表示がないので、普段は150キロ前後を記録する福原のスピードが今日も出ていたのかどうかはわからない。しかし思ったよりは速く感じられない。2回表、福原は西武打線に連打を浴び、1点を献上。西武打線は明らかに右打ち狙いであり、福原の動揺を誘ったようだ。

西武の先発はサウスポーの帆足。交わすピッチャーというイメージがあるが、球は思ったよりも速く、手元で伸びており、本当に球がホップしているように見えた。2回裏、帆足はキレのある釣り球を生かし、四、五、六番バッターを三者三振に切って取る。速球は伸び、スライダーはコーナー一杯に決まり、カーブは低く沈む。これは打ちにくそうだ。

6回、西武カブレラがフルスイングするとバットが手を離れて一塁側スタンドに飛び込むという珍プレーがあった。カブレラはそれが心理的に影響したのか三振に終わる。しかしその後、西武打線は相手エラーにつけ込み、2点を追加。阪神は福原がピッチャーライナーを足に当てた後、一塁側へ悪送球。キャッチャー野口もパスボールをするなど守備が安定しない。

終盤になって帆足は高めのストレートに伸びが無くなる。9回裏、完封ペースであった帆足から阪神の三番シーツがセンターにホームラン。続く四番金本もツーベースヒット。スペンサーのヒットで金本が帰り1点差。一発出れば逆転サヨナラという場面で代打・桧山がバッターボックスへ。しかし西武の守護神・豊田のフォークにバットは空を切りゲームセット。3対2でライオンズの勝利。
見応えのある試合だった。

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2018年6月23日 (土)

第25回記念 京都五花街合同公演「都の賑い」

2018年6月17日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時からロームシアター京都メインホールで、第25回記念 京都五花街合同公演「都の賑い」を観る。上七軒、先斗町、祇園甲部、宮川町、祇園東の五花街の芸舞妓達による共演である。

演目は、上七軒が長唄「風流寿三番叟(ふうりゅうことぶきさんばそう)」(立方出演:梅嘉、梅志づ、梅葉)、先斗町が常磐津「粟餅」(立方出演:久加代、亜弥)、祇園甲部が東明節「秋の七草 七福神」(立方出演:まめ鈴、つる葉、紗矢佳、美帆子、市有里、小扇、小愛)、宮川町が常磐津「廓八景」(立方出演:ふく葉)、祇園東が長唄「二人猩々(ににんしょうじょう)」(立方出演:美晴、涼香)。その後で、五花街合同による「舞妓の賑い 『京を慕いて』」と出演者総出演によるフィナーレ「祇園小唄」がある。

上七軒の長唄「風流寿三番叟」。個人的には「三番叟」というと野村萬斎が跳んだりはねたりしているようなイメージがあるが、今日は女性出演者による上演だけに跳んだりもはねたりもしない。基本的に優雅な舞である。

先斗町の常磐津「粟餅」。弘化2年(1845)に江戸の中村座で初演された作品だそうで、初演時は「今様道成寺」と対になっていたそうだが、今では「粟餅」のみが上演されているという。語りには年中の餅菓子や行事、六歌仙の名前などが登場する。
歌舞伎舞踊でも舞われる曲目だが、女性ということもあって歌舞伎俳優のような迫力はない。夫婦役での登場で、妻役はまだいいのだが、夫役の場合はどうしても物足りなく感じてしまう。また夫婦が言葉を発する場面があるのだが、ロームシアター京都メインホールの空間が大きいということもあってほとんど聞こえない。

祇園甲部の東明節「秋の七草 七福神」。タイトルの通り、秋の七草を七福神に見立てた演目である。元々は江戸歌で、東明流の創始者でもある平岡吟舟と三世井上八千代との交流から生まれた作品だという。出演者達が手にしている小道具で何の役か見分けがつくようになっている。七福神と七草の関係は、毘沙門天が紫苑、大黒天が吾亦紅、福禄寿が尾花、弁財天が朝顔、恵比寿が女郎花、布袋が葛ということになっているようである(今現在の秋の七草とは異同があるようだ)。

宮川町の常磐津「廓八景」。ふく葉による一人舞台である。この演目も江戸で作られたものだそうだ。江戸・新吉原の行事や風物が近江八景に例えられている。三井の晩鐘、瀬田の夕照、石山寺、粟津の晴嵐、唐崎、堅田、矢橋、比良の暮雪が新吉原の夕景や吉原大門、遊女との契りなどに掛けられている。
立方が、ふく葉一人だけということもあり、他の花街に比べると寂しい感じだが、ふく葉は第1回の「都の賑い」から毎回出続けているベテランだそうで、安定した舞を披露する。

祇園東の長唄「二人猩々」。これも歌舞伎の演目になっているものだが、女ゆえのパワー不足は動きの素早さとキレで補い、なかなか迫力のある舞になっていたように思う。

五花街合同による「舞妓の賑い 『京を慕いて』」。それぞれ4人の舞妓が参加する。今回のセンターポジションは祇園東。下手手前が先斗町、下手奥が祇園甲部、上手手前が上七軒、上手奥が宮川町。時計回りにポジションを移動するローテーションである。
五花街は全て踊りの流派が異なり、振付もバラバラである。ある花街が前を向いているところで他の花街は後ろを見ていたり、左の花街が立っている時に右の花街はしゃがんでいたり、普通に舞っている横で歌詞をなぞった動きをしていたりする。

ラストの「祇園小唄」も華やかであった。


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2018年5月13日 (日)

第181回鴨川をどり 「真夏の夜の夢より ~空想い」&「花姿彩京七小町」 2018年5月8日

2018年5月8日 先斗町歌舞練場にて

午後4時10分から、先斗町歌舞練場で、第181回鴨川をどりを観る。私が鴨川をどりを観るのは今日で3回目。都をどりと京おどりが2回ずつ、祇園をどりは1回しか観ていないため、鴨川をどりを観る回数が一番多いということになる。

鴨川をどりは演劇の上演が行われるのが特徴である。今年の演目は、W・シェイクスピア「真夏の夜の夢より ~空想い」1幕4場と、「花姿彩京七小町(はなのいろどりきょうななこまち)」全7景。

パンフレットには、就任したばかりの西脇隆俊京都府知事が、門川大作京都市長と共に挨拶の言葉を載せている。私が目にする西脇府知事の初仕事だ。

なぜかはわからないが今日は最前列で観ることになる。最前列は舞台に近いが、近すぎて全体を見通しにくくなるため、特別良い席というわけではない。ただ、「花姿彩京七小町」では、以前に木屋町・龍馬で出会ったことのある舞妓のもみ香さんの目の前だった。向こうはこちらのことを覚えていないだろけれど。

「真夏の夜の夢より ~空想い」。タイトル通り、シェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢」を翻案した作品である。

夏の夜。森の王様である松の王であるが、浮気がばれたため、お后である月と松の王との仲が悪くなる。そのため、月は松の王が目を閉じている間だけしか顔を覗かせない。森の中では、花の精の白百合と撫子、白い子犬の白狗丸、鯉の精の鯉四郎らが、松の王の話を語らっている。そこへ、都の公達である来井左衛門と羽雅姫が森の奥へと逃げ込んで来たという話が伝わる。結婚を反対されて駆け落ちして来たのだという。羽雅姫は出味明之丞という貴公子と結婚させられそうになっている。その明之丞も羽雅姫を追って森へと入ってきた。さらに明之丞を恋い慕う蓮音姫までが森へとやって来る。鯉四郎は白狗丸(原作ではパックに当たる)に“じゃらじゃら草”を渡し、じゃらじゃら草の露を目にかければ次に見た者を恋してしまうと教える。白狗丸が露をかけると男同士までもが愛し合うようになってしまい……。

彼女たちは、芸舞妓であって女優ではないので、演技力を求めてはいけないだろう。本当に見られる演技をするならかなり長期の稽古を行わねばならないため無理である。踊りの技術と華やかさがあれば十分だろう。
「真夏の夜の夢」ということで、唄(録音)が「パパパパーン、パパパパーン、パパパパンパパパパン、パパパパンパパパパン、パーンパパパパパパ」とメンデルスゾーンの劇付随音楽「真夏の夜の夢」より“結婚行進曲”を口ずさむ場面があった。

「花姿彩京七小町」。舞妓総出演の序章に続き、紫式部の一人舞である「式部の章」、静御前が登場する「静の章」、出雲阿国らが舞う「阿国の章」、滝口入道と横笛による「横笛の章」、吉野太夫が一人で現れる「吉野太夫の章」、藤の絵を背景に大勢で舞う「藤の章」の7つの章からなる。女であることの光と影が描かれるが、最後の「藤の章」では、おかめの面を被った白川女が登場するなど、ユーモアを交えて終わった。



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