カテゴリー「京都」の68件の記事

2019年10月15日 (火)

美術回廊(38) 細見美術館 レスコヴィッチコレクション「広重・北斎とめぐるNIPPON」

2019年9月29日 左京区岡崎の細見美術館にて

ロームシアター京都と琵琶湖疎水を挟んで向かいにある細見美術館で、レスコヴィッチコレクション「広重・北斎とめぐるNIPPON」という展覧会を観る。
パリ在住のポーランド人であるジョルジュ・レスコヴィッチの蒐集した浮世絵の数々を展示した展覧会である。

歌川広重と葛飾北斎の他に、鈴木春信、喜多川歌麿、東洲斎写楽、渓斎英泉、歌川国貞らの絵が並んでいる。

劈頭を飾るのは鈴木春信の美人画の数々である。浮世絵、錦絵、春画などの部門で活躍した鈴木春信であるが、登場する女性達が異様に華奢なのが特徴である。江戸時代は今より栄養状態が良くなかったが、これほど細い女性が実在したとも思えない。他の絵師達の美人画とも比べると鈴木春信が描いた女性が段違いに細いことが確認出来る。浮世絵は余りモデルを使わず、イメージで描くこと多かったと思われるのだが、仮にモデルがいたとしてもかなりデフォルメされているのあろう。細い女が好みだったのか、か細さになんらかの意味を込めようとしたのか。

東洲斎写楽の役者絵は、逆に歌舞伎俳優達を美化しておらず、そのために描かれた俳優本人からは評判が悪かったそうで、写楽の活動期間を縮めた一因ともいわれているのだが、写楽の正体は能楽師の斎藤十郎兵衛だったという説が近年では有力視されており(「東洲斎」というのは「さいとうしゅう」のもじりというわけだ)、同じ舞台人であるがために役者の心情を上手く描けているという評価もある。残念ながら写楽の絵に描かれている演目を私は観たことがないのだが、あるいは観たらもっとわかることがあるのかも知れない。

葛飾北斎の「詩哥写真鏡」は、全体的に青の多用が印象的で、ピカソや北野ブルーの先駆けっぽい(?)。

広重の「六十余州名所図会」は嘉永6年に描き始められているが、この年は黒船来航の年である。攘夷の意識が高まる時代にこうした絵が描かれていたということになる。

「木曽街道六拾九次」は、広重の渓斎英泉の共作である。東海道に比べると木曽街道は地味だが、行き交う様々な人々が多彩に描かれている。そういえば以前に、渓斎英泉を主人公にした矢代静一の「淫乱斎英泉」という芝居を観たことがあるのだが、余り面白くなかった記憶がある。

広重の「東海道川尽 大井川の図」「相州江之嶋弁財天開帳参詣詣群衆之図」などでは波が図式化されている。実際は波がこういう形に並ぶことはないと思われるのだが、そこに意匠というか江戸時代のデザイン的な刻印が行われているようにも感じる。

広重が描いた「山下町日比谷さくら田」は現在の警視庁の辺りを描いた絵。その他にも「神田明神曙之原」や「上野山した」「下谷廣小路」などは、東京の風景を知っていると楽しみがグンと増す。

北斎は、かめいど天神たいこばしなど、今は現存しない橋をかなり大袈裟に描いている。リアリズムよりも人の内面の感情を優先させた描き方なのだと思われる。
富嶽三十六景は、京都浮世絵美術館に飾られていると同じ「江都駿河町三井店略図」なども展示されている。「甲州石班澤(かじかざわ)」の絵にも顕著に表れているが、同じ形になるものを並べる相似形の構図にすることで、構築をより堅固にしようという意思が伝わってくるかのようだ。
葛飾北斎は、「琉球八景」という絵画シリーズを手掛けているが、実際に琉球に行ったことはなく、琉球で描かれた絵や図などを見ながらイメージを膨らませて架空の琉球を作り上げたようである。

広重の「京都名所之内」は、その名の通り名所を細部に至るまで描いて(実際に行ったことのある場所と他の絵師の絵図を参考に想像で描いたものが混在しているようだ)、往時の京都のイメージを知ることが可能になっている。

Dsc_7533

| | コメント (0)

2019年9月16日 (月)

美術回廊(35) 京都文化博物館 ICOM京都大会開催記念+京都新聞創刊140年記念「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」&「京の歴史をつなぐ」展

2019年9月6日 京都文化博物館にて

京都文化博物館で行われている、ICOM京都大会開催記念「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」と「京の歴史をつなぐ」展を観る。

4階で行われている「百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展」は、某学会が運営する東京富士美術館所蔵の美術作品の展示である。全て撮影OKである。
伊藤若冲の「象図」、東洲斎写楽の「市川蝦蔵の竹村定之進」、歌川国芳の「相馬の古内裏」などの有名画が並んでいる。多く刷れる浮世絵が多いため、価値としてはそれほど高くないのかも知れないが、実際のところ目の前で観る機会はそれほど多くないため、貴重である。
その他にも、近藤勇の愛刀として知られた長曽根虎徹や、土方歳三の愛剣として有名な和泉守兼定が打った刀剣なども展示されている(近藤や土方の愛刀そのものではない)。
昨日行った京都国立博物館には、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」が展示されていたが、京都文化博物館には鈴木其一の「風神雷神図襖」がある。構図は完全に一緒で、腕もねじれているのだが、鈴木其一は風神と雷神を一枚に収めず、別の襖に描いているという特徴がある。

天璋院篤姫愛用の、葵の御紋が入った蒔絵茶碗台と蓋、女性用の籠(仙台伊達氏の順姫が、宇和島伊達氏に嫁いだ際に使用したもの)、洛中洛外図屏風などに続き、葛飾北斎の富岳三十六ヶより「山下白雨」、「凱風快晴」、「神奈川沖浪裏」などの展示があり、歌川広重の「名所江戸百景 水道橋駿河台」の錦絵が掛けられている。以前、ひろしま美術館でも観たことのある絵だが、大きな鯉のぼりの背後に描かれているのは、我が青春の街、神田駿河台である。

Dsc_7298

 

 

3階のICOM京都大会開催記念「京の歴史をつなぐ」。まず平安京の玄関口であった羅生門の模型が出迎える。この展覧会も撮影可である。こちらは京都文化博物館所蔵のものが中心。平安京遷都を行った桓武天皇の肖像画(墓所にちなんで柏原天皇とも呼ばれたようだ)、出土品である平安時代初期の瓦や壺などが展示され、羅生門にちなんで、芥川龍之介の「羅生門」初版本や、黒澤明の映画「羅生門」のシナリオ(映画の冒頭とラストに羅生門は出てくるが、実際の原作は「藪の中」である)やポスターなども展示されている。

Dsc_7303


現在の、四条河原町付近に名が残る真町で交わされた取り決め書付や、譲り状なども展示されており、江戸時代の四条河原町の人々の生活の一端を垣間見ることが出来る。

四条河原付近の復元模型がある。現在は南座が残るだけだが、江戸時代には7つの芝居小屋が軒を連ねており、一大歓楽街であった。
更には岡崎で行われた第4回内国勧業博覧会の模型も展示されている。元々は伊東忠太設計によりパビリオンとして建てられた平安神宮はそのままだが、現在はロームシアター京都(京都会館)や京都市美術館(京都市京セラ美術館として来年3月リニューアルオープンの予定)、京都府立図書館や京都国立近代美術館のある場所の明治時代の様子を知ることが出来る。

| | コメント (0)

2019年9月13日 (金)

美術回廊(34) 京都国立博物館 ICOM京都開催記念「京博寄託の名宝-美を守り、美を伝える-」

2019年9月5日 京都国立博物館にて

京都国立博物館で、ICOM京都開催記念「京博寄託の名宝-美を守り、美を伝える-」を観る。
明治古都館が内部公開されているので入ってみる。以前は、明治古都館が京都国立博物館の本館で、ここで展示が行われていたのだが、平成知新館が出来てからはメインの展示場が移り、明治古都館は老朽化のため改装工事が行われていた。明治古都館の内部には京都国立博物館の歴史を示すパネルが展示されており、デジタル復元された俵屋宗達の「風神雷神図屏風」が飾れていた。

平成知新館の3階には、野々村仁清(ののむら・にんせい)や奥田穎川(おくだ・えいせん)らの陶器が展示されており、中国・宋代の青白磁器なども並んでいる。

2階は絵画が中心であり、伝平重盛像と伝源頼朝像が並んでいる。神護寺蔵の国宝だが、以前は「伝」ではなく、平重盛像・源頼朝像であった。今は「疑わしい」ということになっており、平重盛像の正体は足利尊氏で、源頼朝像といわれていたものは実は足利直義の肖像なのではないかという説が登場して、正確なことはわからないということで「伝」がつくようになっている。絵の作者は藤原隆信とされていたが、これも正確にはわからないようである。

狩野派の絵画も並ぶ。狩野元信の「四季花鳥図」は、屏風絵の大作であるが、手前を精密に描き、背景をぼやかすことで広がりを生んでいるのが特徴である。「風神雷神図屏風」の本物もある。よく見ると風神も雷神も手が思いっ切りねじれていて不自然である。あるいはこの不自然さが逆に勢いを生み出しているのかも知れない。そして風神や雷神は人間とは違うのだということが示されているようにも思う。

1階には仏像、そして中国の北宋と南宋の絵画が並んでいるのだが、日本の絵画をずっと観た後で、中国の絵画を眺めると西洋画を前にしているような錯覚に陥るのが面白い。宋代の絵画はフレスコ画に似たところがある。

その後は、書跡が並ぶ。三筆の空海、三蹟の藤原行成らの書が並ぶ。後鳥羽上皇が隠岐で書いた宸翰もある。後鳥羽上皇の遺書となったものだが、後鳥羽上皇の手形が朱で押されている。昔の人のものなので手は小さめだが、指が細くて長い。

更に袈裟や小袖などの衣類、豊臣秀吉所用の羽織や徳川家康所用の胴着が展示され、最後は刀剣や仏具などの金工、経箱や硯箱などの漆工が並んでる。日本だけでなく、ヴェネツィア製の鏡が唐鏡として展示されていた。

重要文化財に指定されている「黒漆司馬温公家訓螺鈿掛板」が立てかけられている。司馬温が子孫に残した家訓で、「金を残しても子孫がそれを上手く運用出来るとは限らない。本をたくさん残しても子孫がそれをちゃんと読むとは限らない。子孫長久となすには徳を積むに如くは無し」という意味のことが記されていた。琉球王朝の尚氏に伝わった者であり、今は三条大橋の東にある檀王法林寺の所蔵となっているそうである。

Dsc_7291

 

| | コメント (0)

2019年9月 6日 (金)

コンサートの記(590) 「chidoriya Rocks 70th」

2019年8月27日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時から、ロームシアター京都メインホールで、「chidoriya Rocks 70th」を聴く。屋敷豪太プロデュースのロックフェスティバルである。出演は、屋敷豪太、藤井フミヤ、奥田民生、槇原敬之、スティーヴエトウ(パーカッション)、有賀啓雄(ベース)、斎藤有太(キーボード)、真壁陽平(ギター)、トオミヨウ(キーボード)、山本タカシ(ギター)、Dub force、宮川町舞妓・芸妓。

 

前半は、宮川町の舞妓と芸妓による舞と、屋敷豪太のレゲエバンドであるDub forceの演奏。後半は槇原敬之、奥田民生、藤井フミヤのライブとなる。

 

まずは、宮川町の舞妓と芸妓による舞。2曲ほど終わったところで、芸妓と舞妓が横一列になり、手を繋いで後ろ向きで登場する。中に白い着物の男が混ざっているのだが、どう見ても槇原敬之。というわけで、槇原敬之が小唄「酒と女」を唄い、芸妓が舞う。
槇原敬之は、昨日、京都入りして、小唄のお師匠さんとお手合わせをして貰ったそうだが、ずっと正座していたため足がしびれ、小唄よりも足の方が大変だったそうである。

 

レゲエバンド、Dub force。いとうせいこうがヴォーカル的な役割を務めるのだが、正確には歌うのではなくてポエトリーリーディングを行う。毎回「浜辺」を語尾に持ってくるラップ調の(おそらく)自作詩と、田中正造が書いたという詩がレゲエのリズムに乗せて読み上げられる。
詩と詩の合間に奥田民生が登場してギターソロを奏でて去り、その後、藤井フミヤがハーモニカを吹きながら下手から登場し、ステージを横切って上手に消えていった。いとうせいこうが、「今日、色んな人来ますね」と客席に語りかける。

 

後半、平和への感謝の黙祷が捧げられた後で、まずは槇原敬之が登場。2曲歌った後で、屋敷豪太が、20年ほどイギリスで暮らしていた時に、日本で流行っていた槇原敬之の音楽が心に響いたという話をする。ということで屋敷がノスタルジアを感じたという「遠く遠く」が歌われる。
そして、屋敷豪太のリクエストによって、カバーが歌われる。「京都らしい曲」「昭和を感じさせる」「しかもベンチャーズ」ということで屋敷が選んだのは、渚ゆう子の「京都慕情」。「ビブラートが大事」と屋敷が言い、槇原も歌った後で「いつもより嫌らしくビブラート掛けてみました」
屋敷がスネアドラムを交換している間、槇原のトークの時間となり、「『京都慕情』を知ってる人」と客席に聞くが、手を上げたのは半分ほど。ただこれでも「結構知ってますね」という部類に入るようである。「皆さん、京都の方ですか?」と聞いた時も、手を上げたのはやはり半分ほどであった。

最後は、槇原が、「知っている人は歌って下さい。知らない人もなんとなくで歌って下さい」と言って、出世作である「どんなときも」が歌われ、盛り上がった。

 

奥田民生。chidoriya Rocksへは2年連続の登場である。屋敷が2年連続で出てくれたことへの礼を述べるが、奥田は「連続で出ないと……、忘れられる」と言っていた。最近は、野外のライブがことごとく雨で中止となっているそうで、「昔は、超晴れ男だったんだけど」「てるてる坊主代わり。出ると晴れるから」「フェスというフェスに出まくっていた」「最近は、雨男になって来てる。人生、(晴れと雨が)丁度になるようになってるのかな」と語っていた。
「愛のために」が歌われた後で、屋敷が「イージュー」について奥田に聞く。イーは「CDEのE」(3番目)で「ジューは十」、つまり「30歳のライダーでいいの?」
「イージューライダー」は、奥田民生が30歳の時に作った曲なので、意味はそれで合っているそうだ。今は奥田民生も50歳を超えているため、「G(ゲー)ジューライダーでもいいですよ」と語り、「イージューライダー」が演奏される。
屋敷の奥田へのリクエストは、ビートルズナンバーである「Come Together」。奥田民生と屋敷豪太は、昔、井上陽水らと、ジートルズというビートルズのコピーバンドをやっていたそうで、奥田民生がジョージ奥田、屋敷豪太がリンゴ屋敷を名乗っていたのだが、井上陽水はなぜか日本風の井上ジョンという名前だったそうである。
奥田のラストナンバーは、「嵐の海」。演奏中に下手袖から藤井フミヤが手拍子にステップを踏みながら登場して歌に加わり、「全部君のせい」という歌詞を「全部民生のせい」に変えて歌う。ラストは奥田のギターと藤井のハーモニカでのセッションも行われた。

 

藤井フミヤの歌を生で聴くのは2度目。前回は、吹田市にある万博記念公演での情熱大陸ライブで聴いている。もう10年ほど前の話だ。藤井は無料パンフレットにもなんちゃって京都弁によるコメントを寄せていたが、ステージでも京都弁を模したトークを行う。

大ヒットナンバーである「True Love」でスタート。オリジナルに近くなるようにと真壁陽平は12弦ギターを演奏。藤井も喜ぶ。

2曲目は最新アルバムに収録されているという3拍子の曲。藤井は舞台上でくるくる回りながら器用に踊ってみせる。

槇原敬之とのコラボレーションも用意されており、槇原敬之の作詞・作曲、藤井フミヤの歌唱で発表された「着メロ」が二人で歌われる。
槇原が作った曲だが、元々藤井に贈ることを想定した書かれたためか、キー自体は藤井の方が合っている。二人は以前、「ミュージックフェア」で共演したことがあるそうで、槇原はその時のことを覚えているが、藤井の方は「記憶に残ってない」そうである。年を取ったため、物忘れが激しくなったそうで、「嫌なことを忘れられるのはいいが、良いことも忘れてしまって、結局、なにも覚えてない」という状態になることもあるらしい。

今日の客層であるが、藤井フミヤのファンが最も多いようで、ラストで歌われた「NANA」では多くの人が同じ振りによるハンドサインを行っていた。

 

アンコールでは、まず宮川町の芸妓と舞妓が「宮川音頭」で舞う。歌も踊りも一緒だが、歌舞練場で聴くのとライブ会場でポピュラー楽曲の合間に聴くのとではかなり印象が異なる。

それから、宮川町の芸妓と出演者による舞台上でのお座敷遊び「トラトラ」が行われる。体全体を使って行われるジャンケンのようなもので、「虎」「槍」「老婆」という3つの選択肢がある。「虎」は「槍」に刺されて負けるが、「老婆」には勝つ。ただ、「老婆」は「槍」を持った男の母親であるため、母は強しで「老婆」の勝ちとなる。
「トラトラ」で芸妓との勝負に挑むのは、槇原敬之、いとうせいこう、奥田民生の3人。
槇原敬之は「虎」で「槍」の芸妓に負ける。罰ゲームとしてお酒を飲むか、一発芸をやるかのどちらかを選ぶことになるのだが、「お酒が飲めないので」ということで、槇原は和田アキ子の物真似で「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌う。結構似ている。いとうせいこうは「老婆」で「虎」の芸妓に負ける。ということですぐに和田アキ子の物真似で「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌う。
最後は奥田民生。昨年のchidoriya Rocksでも「トラトラ」に挑戦して負けているのだが、「罰ゲームで飲んだ酒、俺のだからね。罰ゲームでもなんでもない」
奥田は「槍」を選ぶのだが、芸妓は「老婆」で来たため今年も負け。「お酒が飲めないので」と嘘を言って、やはり和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌い始めてしまう。和田アキ子の物真似の際によくやられるように、音をハ行に変えて(「はなたにはへて良かった」)の歌唱である。

メンバー紹介があり、藤井フミヤは和田アキ子の「笑って許して」を歌いながら登場して、周りから「本当はやりたかったんじゃないの」と言われていた。

アンコールで歌われるのは、「ありがとう」。奥田民生が井上陽水とともに作った曲だが、奥田はメインボーカルの位置を藤井に譲ったため、藤井から「そんな遠慮することないのに」と言われていた。年上なので藤井に譲ったのだが、藤井は奥田と槇原の年齢をよくは知らない。奥田が自分の方が年上だというので、藤井は槇原に年を聞き、「50です」と槇原が返すと「若いね!」。ただ、奥田が「54」と答えると素っ気ない対応をしたため、奥田に突っ込まれる。どうも奥田は年相応に見えたらしい。藤井フミヤは57歳だそうだが、屋敷から「ダブルG(ゲー)ジュー(100歳)まで生きようよ」と言われているそうである。

最後は、客席に出演者からおひねりやグッズが投げられ、舞台上での記念撮影が行われて、ライブは幕となる。緞帳が下りる際、屋敷豪太と夫人で本公演演出の屋敷朋美が肩を寄せ合い、絵になっていた。

Dsc_7268

| | コメント (0)

2019年7月16日 (火)

コンサートの記(574) 下野竜也指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第161回定期演奏会

2019年7月11日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第161回定期演奏会を聴く。指揮は京都市立芸術大学指揮科教授の下野竜也。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第2番、チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」(チェロ独奏は、音楽学部弦楽専攻4回生の舘野真梨子)、ドビュッシーの交響詩「海」

海の日が来週に迫っているということもあるのか、「海」をメインに持ってきたプログラムである。日本の音楽教育は今もドイツ偏重の嫌いがあるため、フランスものやロシアものもちゃんと弾いていこうという意図もあるのかも知れない。

他の国については具体的には知らないが、日本の音楽教育は高校でも大学でも女子が中心となっている。今日もステージ上は9割以上が女子である。ヴァイオリンやヴィオラで男子学生を見つけるのは「ウォーリーを探せ」状態。管ではトランペットやテューバなどでは男子学生も多いが、その他はやはり女性優位。近年、プロオーケストラのホルン奏者に優秀な女性奏者が目立つが、京都市立芸大オーケストラのホルンパートも大半が女性で占められている。
ただ、客席には男性が多いというのが、クラシックの逆転現象である。もっとも、国を問わず、クラシック音楽ファンは圧倒的に男性が多い。

ホワイエで見覚えのある女の子を見掛けたが、多分、「テラの音(ね)」に出演していた声楽科の子だと思われる。京都市立芸大の学生だけでなく、制服を着た高校生も男女ともに多いのが、今回の演奏会の特徴でもある。

 

ベートーヴェンの交響曲第2番。
第1楽章などは学生オーケストラであるためパワー不足は否めず、内声のホルンが迷走する場面もあったりしたが、若い人達による瑞々しい響きが好感を抱かせる。「ベートーヴェンの青春の歌」ともいわれる第2楽章も爽やかでチャーミングに歌われる。
ヨーロッパの高等音楽機関では、今ではHIP(歴史的演奏法)が必修になっているはずだが、日本はそこまでではないのか、今日も特にHIPらしき要素は見られない。
下野の指揮はリズミカルな音運びが特徴で、第4楽章などは学生達もとても楽しそうに演奏し、ノリノリとなった。

 

チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」。チェロ独奏の舘野真梨子(たちの・まりこ)はオーディションを勝ち抜いて選ばれたようだ。富山県立呉羽高等学校音楽コース出身。第28回クラシック音楽コンクール大学の部チェロ部門第4位、2019年小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトに参加、2016年ベストオブアンサンブルin金沢合格、2017年ルーマニア国際音楽コンクール・セバスチャン賞受賞などの実績がある。

舘野真梨子であるが、長身で肩幅も広く、音楽家というよりもスポーツ選手のような雰囲気を出している。技術は高く、表現力も豊かで良いチェリストである。
下野指揮の京芸オーケストラはコンサートミストレスもトップの顔ぶれなども変わったが、潤いのある輝かしい音を奏でていた。

場面転換のため、チャイコフスキーとドビュッシーの間に下野のトークが挟まれる。
「ご記憶に新しいと思いますが、先程まで指揮をしていた者です」と冗談でスタート。「ちょっと受けたのが嬉しいです」
下野は京都市立芸術大学の教授になってから3年目だが、「将来、オーケストラに入るかどうかはわかりませんが、入った場合の礎となるように」ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの曲をしっかりやろうという計画を立てており、今日もベートーヴェンの交響曲第2番を入れている。「『英雄』のような派手な曲ばかり注目されますが」もっと若い頃の作品もちゃんとやろうということで、前回は交響曲第1番、今回は第2番を演奏した。チャイコフスキーは、ロシアの中では西洋を向いていた作曲家と見なされており、シューマンやブラームスなども目標としていた、ということでドイツのロココの時代をモチーフにした曲を選んだそうである。ロシア人の指揮者は口を揃えて、「ロシア人以外の指揮者がチャイコフスキーを振るとベタベタし過ぎる」と語るそうだが、下野は「そっちだって結構ベタベタ」と感じているそうだ。
ドビュッシーの「海」は形にするだけでも難しい曲だが、ドビュッシーもやっておかねばならないということで挑戦の意味も込めて選んだようである。

 

そのドビュッシーの交響詩「海」。ハープは学生ではなく、京響ファンにはお馴染みの松村姉妹が務める。学生相手の指揮ということもあってか、下野は主題を浮き上がらせるような音楽作りをする。わかりやすくはある。3つの楽章全てで力尽くの場面が見られたが、プロのオーケストラ相手ではどうなるのか気になる。学生オーケストラということで強引にドライブした方が形にはなりやすいだろうから。
京芸の学生達も技術はかなりあり、フランス音楽的な表現力とは異なるかも知れないがパワーや音の煌めきなどにも長けている。下野の骨格のしっかりした音楽作りもあって、強引さはあっても聴かせる仕上がりにはなっていた。

演奏終了後、一度引っ込んだ下野は抜き足差し足で再登場、コンサートミストレスの肩を後ろから叩き、一人で立たせて拍手を受けさせるなど、茶目っ気を見せていた。

Dscpdc_0003_burst20190711180551205_cover

| | コメント (0)

2019年7月 6日 (土)

2346月日(13) 龍谷ミュージアム 特別展「因幡堂平等寺」

2019年5月25日 西本願寺前の龍谷ミュージアムにて

龍谷ミュージアムで、特別展「因幡堂平等寺」を観る。烏丸高辻にある因幡堂平等寺(因幡薬師)の本堂内部改修工事に伴う仏像移設に合わせて行われる特別展示会である。因幡堂がこうした展示会を行うのは最初で最後になる予定だという。

橘行平が因幡国に国司として赴いたときに海中から拾い上げられた薬師如来が、行平を慕って自ら烏丸高辻にある行平の屋敷に飛んできたというのが因幡堂平等寺の始まりである。橘行平の座像も展示されているが、渋い男前だ。
「因幡堂縁起」には、地引き網に掛かった(でいいのかな?)薬師如来や行平の邸宅までやってきた薬師如来の絵が描かれている。登場人物達の表情や仕草は生き生きとしてユーモラスであり、20世紀に漫画が日本を代表する文化として広まる下地がこの時すでに出来ているような気がする。

因幡堂に平等寺という寺号を賜ったのは高倉天皇ということで、高倉天皇の伝記(「高倉院昇霞記」。北村季吟の写筆)の展示もあるのだが、開かれたページには、「上皇自太相国福原亭還御」という文字が並び、幼い安徳帝に譲位した高倉上皇が福原の平清盛邸から京に帰ったことがわかる記述になっていた。

因幡堂は京の中心における文化の発信基地でもあり、伝統芸能の上演なども行われていた。展示されている狂言番付から、「源平布引滝」などが上演されていたことがわかる。
また、幕末の文久3年に境内で見世物市が開かれ、訪れた芹沢鴨がいくつかの逸話を残している。

Dsc_6711

 

 

| | コメント (0)

2019年6月18日 (火)

観劇感想精選(305) 第70回京都薪能「新しき御代を寿ぐ」2日目

2019年6月2日 左京区岡崎の平安神宮にて観劇

午後6時から平安神宮で、第70回京都薪能「新しき御代を寿ぐ」2日目を観る。
2日連続で行われる第70回京都薪能。昨日は晴天だったが、今日は曇り。ただ雨は降らず、空は明るめである。

今日の演目は、能「絵馬」(観世流)、能「羽衣」(金剛流)、狂言「仁王」(大蔵流)、能「石橋」(観世流)。


昨年は体調不良の中、出掛けた京都薪能。結局、1曲だけ観ただけで薪に火がつく前に平安神宮を後にしており、薪能と言われる状態を目にしていない。薪能を観るのは今回が実質初めてである。


能「絵馬」。伊勢神宮を訪れた勅使が、日照りの絵馬と雨の絵馬を掛けようとする老人と老婆の見かける。やがて二人の正体が二柱の神であることがわかり、天照大神と天鈿女命と手力雄命が天岩戸を再現する。出演:杉浦豊彦、梅田嘉宏、大江泰正ほか。
元号が変わったということで、まず皇祖である天照大神が登場する演目が行われる。残念ながら今日は太陽は顔をのぞかせなかったが、日照りの絵馬と雨の絵馬の中間の天気ということで良かったのではないかと思う。


能「羽衣」上演の前に薪に火をつける儀式がある。煙があたかも霞のようにたなびき、今日の演目に相応しい仕掛けが出来上がった。
能「羽衣」はずばりそのまま羽衣伝説を題材にした能である。出演:金剛永謹、小林努、有松遼一ほか。
漁師の白龍は、三保の松原で羽衣を見つける。羽衣を持ち帰ろうとした白龍だが、そこに天女が現れ、羽衣を返してくれるよう頼む。白龍は羽衣を返す代わりに天女の舞を観たいと申し出る。
前半は白龍と天女のやりとりであり、後半は能舞となる。
動きの少ないゆるやか舞であり、これは舞手の動きと観る者の想像力が合わさって初めて完成する舞である。西洋の舞踏のように観る者を圧倒して引きつけるのではなく、観る側が舞に加わる余地を敢えて残しているように思われる。


狂言「仁王」。茂山千五郎家による上演。茂山千五郎家による「仁王」は数年前に金剛能楽堂で観たことがある。出演は、茂山宗彦(もとひこ)、茂山あきら、茂山千五郎、丸石やすし、茂山千作ほか。
財産を失った男が悪党にそそのかされて仁王像に扮し、供物を受け取ろうと企む話である。仁王像(に扮する男)に対して行う願掛けは、各人が即興で行う。今回も広島カープの日本一を願ったり、頭頂部からはげてきたので良いカツラが欲しいと言ったり、目が悪くなって犬と孫を間違えたので視力回復を願ったりと、それぞれの希望を語る。京都薪能が100回まで続くこと、それも「晴天の下」で続くことを願う人もいた。


能「石橋」。目出度い時の定番の演目である。要は獅子舞なのだが、1頭の白獅子(味方團)と3頭の赤獅子(松野浩行、宮本茂樹、大江広祐)が気のようなものを発し、迫力満点の舞が披露された。

| | コメント (0)

2019年5月13日 (月)

美術回廊(29) 京都文化博物館 「黒田清輝展」2014

2014年7月16日 三条高倉の京都文化博物館にて

京都文化博物館で、「黒田清輝展」を観る。

日本における洋画の先駆者の一人である黒田清輝。代表作の「湖畔」は当然ながら展示されている。

黒田清輝は旧薩摩藩士の子であり、当初は法律を学んでいて、渡仏したのもフランス法を学ぶためであったが、パリでフランス絵画に触れ、画家に転身することを決めている。

黒田清輝が、パリから養父(伯父である黒田清綱)に送った手紙も展示されており、くずし字なので読めないが、活字化したものが壁に貼られている。候文であるが、候文なら私は読めるので、興味深い。黒田は、養父に、「法学者になるのは難しいので画の勉強をしようかと思っている」と書いて手紙を送り、その後、「(日本で有名だと思われる当代の画家3人の名前を挙げて)絵画の先進国である仏国(フランス)にあっては、日本画家の画など恥ずかしくて見せられない。そこで私がフランス絵画に負けないものを描いてみようと思う。ただ絵画というのは何年勉強すればものになるかわからないものである。自分に才能があるのかどうかも天のみが知っている」という内容の手紙を送っている。その3年後の手紙には「日本にいるときは画などは卑賤の者のやることだと思っていたが、フランスの絵画を観て、それは誤りだと気付いた。私が良い画を描いてみせることが日本のためになると思う。ただ自分に才能があるのかはわからない」と最後は同じような内容の文を送っている。
フランスに渡った直後、まだ法律を学んでいた頃のスケッチもあり、黒田が生まれつき絵心を持っていたことがわかる。
フランス時代の黒田の描写力は極めて高く、イメージ喚起力があり、元の風景がどんなものだったのかが、映像としてくっきりと脳内に浮かび上がる。

フランス時代の日記も展示されており、活字に直したものを読んでみると、「汁粉を焼いた、汁粉と書いたがショコラ(引用者注:チョコレート)である。その後、移動するために友人と一緒に歩いたが、田舎に入ると道が分からない。途中で、“お前らは何者だ? ドイツ人か?”などと問う人に出会ったのが面白く、二人で笑った。今夜の宿が取れるかどうかわからない。取れなければ夜通し歩くか、あるいは野宿するか」という内容である。

日本に戻ってからの黒田は、描写力よりも画でしか出来ない表現をすることに力を注いだようで、純粋な画の力を感じさせる作品が多い。

黒田は、日清戦争にジャーナリストとして従軍しているが、この時の日記も展示されており、面白い。一進一退の後、日本軍が押していて、清軍は退却する。その後、清の兵が現れたと思ったら、大きなかぶり物をした子供で、それを敵兵と勘違いしたことに大いに笑ったという。やがて砲声が聞こえたが、大砲は飛んでこない。一応、念のために退却する。その夜は、清の人の家に泊まったのだが、清人にしてはとても親切で、女性は黒田の顔を見て微笑むし、他の家人も懇ろにもてなしてくれたという。それまでに出会った清人は、皆、自分達が日本人だとわかった途端に、鬼でも見たかのように怯えて逃げてしまったそうだ。

黒田清輝は京都の円山公園内にアトリエを持っていたそうで、そこで描いた「昔語り」という大作があり、本作は残念ながら焼失してしまったが、下絵は残っており、それが展示されている。画に出てくる男性と、彼と手を繋いでる舞妓は実在の人物だそうで、舞妓と黒田が一緒に映った写真が展示されているが、確かに彼女である。彼女を描いた下絵が今日の展覧会では一番気に入った。

黒田清輝は裸体画を得意としたが、当時の日本では裸体画は猥褻物という扱いであり、そのことに強く反発したようである。「智・感・情」という三人の裸婦を描いた三部作が黒田の代表作の一つなのだが、女性達の手の仕草が仏像のそれに似ていることに気付く。「智」は虚空菩薩の、「感」は字は違うが同じ「かん」である観音菩薩、「情」は人類を救うとされる情け深い弥勒菩薩の手の置き方に似ている。「情」などは乱れ気味の黒髪をかき上げる仕草で、確かに「情事」を感じさせたりもするのだが、それはフェイクで、実際は観たままではなく一捻りしてあるような感じを受ける。

代表作「湖畔」は、箱根の芦ノ湖畔で描かれたもので、モデルは後に黒田清輝夫人となる金子種子(結婚後、照子に改名。ただし黒田はすでにバツイチということもあって親族の反対にあったため事実婚であり、入籍は遅れている)。照子夫人の証言により、描かれた場所も特定されており、同じ風景を撮った写真が壁一杯に貼られていた。
黒田照子の写真が3枚ほど展示されているが、今の尺度から見ても美人である。

黒田の絶筆となった「梅林」も展示されている。遠くから見ると儚げな梅の木に見えるのだが、近づくと実にまがまがしく、あの世の光景が黒田には見えているようにも感じた。

| | コメント (0)

2019年4月21日 (日)

第70回京おどり 「夢叶京人形」全八景 2019

2019年4月15日 宮川町歌舞練場にて

第70回京おどりを観る。宮川町歌舞練場にて午後4時30分開演の回。
今年のタイトルは「夢叶京人形」全8景。作・演出:北林佐和子、作曲:今藤長十郎、作舞:若柳吉蔵。第1景から第4景までが「不思議の国の京人形」、第5景が「弥栄(いやさか)の春」、第6景が「天下(あめのした)祝い唄」、第7景が「秋の音色」、第8景がお馴染みの「宮川音頭」である。

「不思議の国の京人形」は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』をベースに歌舞伎「京人形」を組み合わせた舞踊劇であるが、男と女が主人公になることや姿格好などから泉鏡花の『天守物語』(変換したら「店主物語」となった。なんだそりゃ?)を連想させる作品である。関係があるのかどうかは知らないが、第4景では姫路城の天守も現れる。
真夜中。城の中の人形の間で、太夫、藤娘、汐汲、娘道成寺の4人(?)の人形が舞い遊んでいる。そこへお小姓の仙千代がやってくる。仙千代は幼い姫とまりをついて遊んでいたのだが、まりをなくしてしまい、姫は大泣き。まりを見つけられなかった時は切腹と決まったため、この部屋に探しに来たのだ。人形たちは仙千代を哀れに思い、一緒に城内を探し回ることにする。

花札の絵から飛び出してきた小野道風なる人物と加留多遊びをすることになったり、チェシャ猫にあたる猫の君やまぼろし姫たちとまりの奪い合いをするというファンタジックな物語である。
巨大なまりが左右に揺れたり(あさま山荘事件とは無関係だと思われる)、加留多の絵の描かれた戸板返しが行われたりと、趣向も面白い。
物語のある舞は宮川町が本場であり、祇園甲部よりも見せ方が優れているように思われる。

「弥栄の春」では、芸妓たちが鈴を鳴らしながら平成と新元号・令和の御代を祝い、「天下祝い唄」に繋がっていく。日本地図の描かれた襖が現れ、「目出度の若松様よ」と「花笠音頭」の東北、祇園や清水という京名所、義経と静御前ゆかりの吉野の桜などがうたわれる。

舞妓たちが総登場の「秋の音色」。舞では芸妓には及ばないかも知れないが、場内の雰囲気をガラリと変える新鮮な空気が秋に繋がる。

「宮川音頭」。総踊りである。儚さを通り越して悲しさを感じるのは、五花街のおどりの中で京おどりだけかも知れない。
美しいが夢だとわかっている夢を見ているような気分になる。

Dsc_6352

 

| | コメント (0)

2019年4月10日 (水)

南座新開場記念 都をどり 「御代始歌舞伎彩」2019年4月5日

2019年4月5日 京都四條南座にて

午後4時30分から、京都四條南座で都をどりを観る。
祇園甲部歌舞練場が耐震対策工事中ということで閉鎖されており、昨年一昨年は北白川の京都芸術劇場春秋座で公演が行われた都をどり。今年は新開場記念も兼ねた南座での開催となる。南座はロビーが狭いということで、今年はお茶席はなく、お茶菓子の皿プレゼントもないが、その代わりパンフレットは無料で配布されている。

昨年の春秋座での公演では、CGを使ったり「アナと雪の女王」を題材にしたりといった新しい試みを行った都をどり。春秋座が京都造形芸術大学の劇場ということで、京都造形芸大の教授でもある井上八千代が若者の取り込みを図ったのかも知れないが、学生らしき人々の姿は客席には見えず、新演出は常連客から大不評ということもあり、今年は揺り戻しからか保守的な内容になっている。それが全体として平板な印象を生んでいたようにも感じられる。

チケットを取るのが遅かったため、今日は2階の上手サイドの席の2列目。前列はラテン系と思われる外国人の一家である。舞台はそれほど良くは見えないが、花道での踊りは楽しめるため、この席を選んだ。舞台下手端で、ジャケットを着たおじさんが鳴り物に指示を出していたり、鈴を鳴らして演奏しているのが見えるのがシュールで楽しかったりする。

演目は置歌に続き、「初恵美須福笹配」「法住寺殿今様合」「四条河原阿国舞」「藁稭長者出世寿」「桂離宮紅葉狩」「祇園茶屋雪景色」「大覚寺桜比」の計8景。今は会えぬ人を偲ぶ内容の曲がいくつかあり、それが「大覚寺桜比」での華やかさと表裏一体の儚さにも繋がっている。

「大覚寺桜比」は、舞台上に桜の樹が並ぶ、舞台上方からも桜の枝が垂れていて今の季節に相応しい飾りであるが、稽古を重ねることで上半身がぶれずに速足で移動することの出来る芸妓達を見ていると、人間というより桜の精に出会ったかのような不思議な感覚に陥った。

20190410_200405

 

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 DVD YouTube …のようなもの いずみホール おすすめCD(TVサントラ) おすすめサイト おすすめCD(クラシック) おすすめCD(ジャズ) おすすめCD(ポピュラー) おすすめCD(映画音楽) お笑い その日 びわ湖ホール アニメ・コミック アニメーション映画 アメリカ アメリカ映画 イギリス イギリス映画 イタリア ウェブログ・ココログ関連 オペラ カナダ グルメ・クッキング ゲーム コンサートの記 コンテンポラリーダンス コンビニグルメ サッカー ザ・シンフォニーホール シアター・ドラマシティ シェイクスピア シベリウス ショートフィルム ジャズ スタジアムにて スペイン スポーツ ソビエト映画 テレビドラマ トークイベント ドイツ ドキュメンタリー映画 ニュース ノート ハイテクノロジー バレエ パソコン・インターネット パフォーマンス パーヴォ・ヤルヴィ ピアノ ファッション・アクセサリ フィンランド フェスティバルホール フランス フランス映画 ベルギー ベートーヴェン ミュージカル ミュージカル映画 ヨーロッパ映画 ラーメン ロシア ロームシアター京都 中国 中国映画 交通 京都 京都コンサートホール 京都フィルハーモニー室内合奏団 京都四條南座 京都市交響楽団 京都芸術センター 京都芸術劇場春秋座 伝説 住まい・インテリア 余談 兵庫県立芸術文化センター 動画 千葉 占い 台湾映画 史の流れに 哲学 大河ドラマ 大阪 大阪フィルハーモニー交響楽団 学問・資格 室内楽 小物・マスコット・インテリア 広上淳一 心と体 恋愛 意識について 携帯・デジカメ 政治・社会 教育 散文 文化・芸術 文学 文楽 旅行・地域 日本映画 日記・コラム・つぶやき 映画 映画音楽 映画館 書店 書籍・雑誌 書籍紹介 朗読劇 来日団体 東京 楽興の時 歌舞伎 正月 歴史 海の写真集 演劇 無明の日々 猫町通り通信・鴨東記号 祭り 笑いの林 第九 経済・政治・国際 絵画 美容・コスメ 美術回廊 習慣 能・狂言 花・植物 芸能・アイドル 落語 街の想い出 言葉 趣味 追悼 邦楽 野球 関西 雑学 雑感 韓国 韓国映画 音楽 音楽劇 食品 飲料 香港映画