カテゴリー「演劇」の100件の記事

2019年3月16日 (土)

観劇感想精選(293) こまつ座第126回公演「イーハトーボの劇列車」2019

2019年3月8日 兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時30分から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、こまつ座第126回公演「イーハトーボの劇列車」を観る。作:井上ひさし、演出:長塚圭史。出演は、松田龍平、山中惇、村岡希美、天野はな、土屋佑壱、松岡依都美(まつおか・いずみ)、宇梶剛士、福田転球、中村まこと、紅甘(ぐあま)、小日向星一(小日向文世の息子)、岡部たかし。音楽:宇野誠一郎、阿部海太郎。

こまつ座の「イーハトーボの劇列車」は、6年前に、井上芳雄の宮沢賢治、鵜山仁の演出で観ているが、今回は松田龍平の宮沢賢治、長塚圭史の演出という組み合わせとなった。

セットは学校の教室。窓が所々破れており、向こうには草っ原が見える。役者が舞台の上手と下手に横一列になり、出番になると教室の中に現れるという趣向を行っている場面もある。

 

松田龍平の宮沢賢治であるが、残念ながら井上芳雄に比べると大きく劣る。トップミュージカルスターである井上芳雄に対し、松田龍平は主に映像で活躍している俳優なので、舞台で差が出てしまうのは当然なのであるが、松田が演じる宮沢賢治はどう見ても利発とは思えない。宮沢賢治という人物は、「素朴なインテリ」もしくは「頭の良い駄目男」という言葉で表すことが出来るのだが、松田は聡明な印象に欠けるため、「素朴な駄目男」に見えるという頭を抱えたくなるような結果になってしまっている。ただ、賢治が考える日蓮像に繋がっているとも考えられ、「これは宮沢賢治ではない」と断定することも出来ないように思う。

今回は、鵜山仁演出版ではカットされていたところも上演されており、上演時間は休憩時間も含めて3時間30分に及ぶという大作となっている。

長塚圭史の演出であるが、真面目すぎてユーモアを欠くところがあるのが気になる。鵜山仁版では笑えていた場所もあっさり通過してしまって意味がなくなっていたりする。ユーモアがあるからそれに対比されるシリアスな場面が痛切さを増すのだが、今回はそうした趣向を炙り出すまでには至っていなかった。

キャストも鵜山仁版の方がずっと充実しており、今回のキャストはセリフのやり取りなどが全般的に今一つ噛み合っていなかったように思うが、宮沢政次郎(賢治の父親)と伊藤儀一郎の二役を演じる山中惇は、特に伊藤儀一郎を演じている時に良い味を出していたように思う。
宮沢とし子(詩「永訣の朝」で知られる賢治の妹)と車掌ネルの二役で出た天野はなも可憐で印象深かった。

思い残し切符も、鵜山仁の演出では希望として描かれていたように感じられたのだが、長塚圭史の演出では「受け継ぐ義務のあるもの」というより切実な意味を伴っていたように感じられ、観劇後の充実感はなかなかのものであった。やはり「イーハトーボの劇列車」は本が良いのだと思われる。

 

こまつ座「イーハトーボの劇列車」2013

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2019年3月14日 (木)

観劇感想精選(292) 文楽京都公演2019 「義経千本桜」より“道行初音旅”&「新版歌祭文」より“野崎村の段”

2019年3月3日 京都府立文化芸術会館にて観劇


正午から京都府立文化芸術会館で文楽京都公演を観る。演目は「義経千本桜」より“道行初音旅”と「新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)」より“野崎村の段”。いずれも歌舞伎で観たことのある演目であり、比較が楽しみとなる。なお、もう一つのプログラムは「義経千本桜」より“椎の木の段”と“すしやの段”(いがみの権太)であるが、昨年の南座の顔見世で観たばかりであり、記憶が生々し過ぎるためパスする。


 


まず、竹本小住太夫による解説がある。


 


「義経千本桜」より“道行初音旅”は、“川連法眼館の場”の前の段に当たる。初音鼓にされた狐の子どもが源義経の家臣である佐藤忠信に化け、初音鼓を持ち歩く静御前の前に現れるというシーンである。歌舞伎では市川九團治の忠信で観ている。


人形による舞と扇のキャッチ、忠信の主遣いである吉田清五郎の衣装早替えが見せ場となる。華麗な衣装に身を包んだ人形が生き生きとした動きをする。狐の動きも生々しい。


謡には忠信の名を分けて「忠(ちゅう)と信(まこと)」という言葉にしたり、静御前に掛けて「静かに忍ぶ都をば」と言ったりと、日本文学の正統である掛詞がふんだんに使われている。


 


「新版歌祭文」より“野崎村の段”。歌舞伎では中村七之助のおみつで観ている。


 


武家の子である久松は、父の切腹により家が潰れたため、野崎村の小百姓である久作に育てられ、今は大坂の油屋の丁稚奉公に出ている。油屋の娘であるお染とは相思相愛だったのだが、お染は親が持ってきた縁談に従うほかなく、久松は油屋奉公人の小助らに騙され、店の金を横領したことにされてしまいそうになる。


一方、久作は娘のおみつと久松を夫婦にしようと思っており、おみつもその気である。


年の暮れ、久作が年末の挨拶に出掛けている間に小助が久松を連れて野崎村にやって来る小助は久松が金を盗んだとして弁償を迫るが、帰ってきた久松は小助にすぐに金を渡す。久作は久松におみつと祝言を挙げるように言い、おみつもその気になって支度を始める。そこにお染がやってくるのだが、おみつはお染の正体をすぐに見抜き、冷たく当たる。


ラストシーンでは屋形船が登場するのだが、船頭が体を拭いたり川に落ちて泳ぐシーンがあったりするのだが、とてもユーモラスであり、江戸時代の人々の粋(いき)が直に伝わってくる。

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2019年3月 9日 (土)

2346月日(10) ベルトルト・ブレヒト著 大岡淳訳『三文オペラ』(共和国)刊行記念 連続トークイベント「おまへは歌ふな」大阪篇 「私たちは「近代」を卒業できるか? ~歌の生まれるところ~」

2019年2月28日 大阪・肥後橋のCalo Bookshop&Cafeにて

午後7時から、大阪の肥後橋にあるCalo Bookshop & Cafeで、ベルトルト・ブレヒト著 大岡淳訳『三文オペラ』(共和国)刊行記念 連続トークイベント「おまへは歌ふな」大阪篇に参加する。大阪篇のタイトルは「私たちは「近代」を卒業できるか? ~歌の生まれるところ~」である。

訳者の大岡淳は、1970年西宮市生まれの演出家、劇作家、批評家。総白髪なので年取って見えるがまだ40代である。早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。現在はSPAC-静岡舞台芸術センター文芸部スタッフ、浜松市の公立大学法人静岡文化芸術大学非常勤講師などを務めている。
ゲストとして、滋賀県立大学教授である細馬宏通と詩人でNPO法人ココルーム代表、労働者街の市民大学である釜ヶ崎芸術大学・大学院発起人の上田假奈代が参加する。

第一部は大岡淳が自ら訳した『三文オペラ』の文章を朗読し、「モリタート(マック・ザ・ナイフ)」を歌う。

その前に、「三文オペラ」の登場人物とストーリーの説明がある。壁には登場人物達のイラストが貼られている。
「三文オペラ」はイギリスの劇作家であるジョン・ゲイの『乞食オペラ』をブレヒトが改作したもので、ロンドンが舞台である。といってもブレヒトはロンドンに行ったことがなく、サー・アーサー・コナン・ドイルのシューロック・ホームズシリーズが大好きだったということで、ホームズものに登場するロンドンを念頭に置いた架空の街、ロンドンを舞台としている。ロンドンに行ったことのある人からは、「こんなのロンドンじゃない」と言われることもあるそうだ。

大阪篇は歌がテーマになっている。ということで音楽も大きな比重を占める。
「三文オペラ」の作曲者は、1900年に生まれ、1950年に没するという年号を覚えやすい生涯を送った(?)クルト・ワイル。ブレヒトとは何度も共同作業を行っている。ドイツ時代はクラシックの作曲家であったが、ユダヤ人であったためアメリカに亡命し、以後はミュージカルの作曲を主に行っている。
思えば、私が初めて買ったオペラのCDが「三文オペラ」なのだった。初めて買ったオペラのCDが「三文オペラ」だったという人は余りいないと思われる。そもそも一般的な日本人はオペラのCDやらレコードやらを保持していない。
クルト・ワイルの音楽はかなり個性的であり、「三文オペラ」もいわゆるオペラというジャンルに含まれるのかどうか微妙なところである。ちなみに私は演劇として上演された「三文オペラ」は2度観ているが、新国立劇場で上演されたオペラとしての「三文オペラ」は観ていない。


大岡は、池袋で行われた演劇祭で上演される「三文オペラ」のために新訳を行ったのだが、SPACの上司である宮城聰に、「お前、歌詞翻訳しろ」と命じられて取り組んだそうである。ちなみに大岡は早稲田大学在学中に第二外国語として2年間ドイツ語を学んだだけだったのだが、「お前、ドイツ語出来る?」と聞かれて、「出来ます!」と答えてしまい、最初は英語で書かれたドイツ語入門のテキストを読むことから始めたそうだ。それから9ヶ月後に翻訳を仕上げたのだが、上演後、ドイツ語の専門家から「そんなの物理的に可能なんですか?」と言われたそうである。
本来は歌詞のみの翻訳だったのだが、「歌詞だけじゃ整合性がなくなる」ということで全編を訳した。ただ、宮城から「歌詞翻訳の分しか金が用意出来ない」と言われ、それで新たなテキストを発売することにしたそうだ。ただ戯曲というのはそもそも売れないもので、「全国行脚」をして回ることになったそうである。連続トークイベントは今月6日に東京・早稲田で始まり、静岡(2度)、横浜を経て、昨夜が西宮、今日が大阪である。今後、岡山、福岡を回り、3月17日には番外編として中目黒で音楽ライブも行われる。

大岡は日本軽佻派を自称しており、『三文オペラ』の訳でも様々なことを試みている。脚韻を徹底させてあり、B系ともいわれる若者言葉を用いている他、マックヒースの演説では七五調を取り入れていて、歌舞伎のセリフのように響いてくる。

大岡は、これまでに発表された『三文オペラ』の様々な訳を読み上げ、「モリタート」は歌う。黒テントの山元清多(やまもと・きよかず)が舞台を日本に置き換えたバージョンの「モリタート」も歌われるのだが、黒テントの上演では服部吉次(はっとり・よしつぐ。服部良一の次男で、服部克久の実弟)が「モリタート」を歌っていた。服部吉次は音大出身で、実に上手く「モリタート」を歌っていたのだが、18日に行った横浜でのトークショーでは大岡の目の前に服部吉次がおり、服部の目の前で「モリタート」を歌うことになったそうだ。ちなみに服部の横には串田和美がいるという謎の豪華布陣だったそうである。


ちなみに、大岡は、ピーチャムとマックヒースの年が近い感じがするということで、ピーチャムの娘であるポリーとマックヒースとの間に年の差があるのではないかと読んでいるようである。例えとして、「ピーチャムが東尾修、マックヒースが石田純一、この人、靴下はいてないかも知れない。ポリーが東尾理子」と言っていた。マックヒースは銀行家に成り上がろうとしており、そのため、奥さんがちゃんとした人である必要が出てきたのだ。

貧民階層の人達が出てきて、整合性の低いことを言っていたりするのだが、これは釜ヶ崎芸術劇場でやろうとしている釜ヶ崎オ!ペラに似ているそうである。貧しい人達が上流階級や政府に逆らうでもなく、グチグチ言ってるだけで結果として為政者の思うがままになっているという状況は、19世紀末の架空のロンドンと今の日本社会に共通するもののようだ。上田假奈代によると道に出てきたり、何かすることがある人はまだましで、釜ヶ崎でも下の人達は引きこもって酒浸りであり、緩慢な自殺へと向かっているそうだ。

今の社会はみんなで歌える歌がなくなったという話になる。大岡によると、「原発で働いている人には歌がない」という。昔の炭鉱などでは文芸部があったり合唱サークルがあったりして、「炭坑節」という作者不詳の歌が生まれるという文化があった。ただ、原発には、ひょっとしたらあるのかも知れないが歌が生まれているという感覚がない。放射線が体に貯まらないよう、短期で人員の入れ替えがあるのかも知れないし、作業自体がリズムがあると支障を来すようなものなのかも知れない。本当の原因はわからないが歌から遠い場所に我々は来てしまっている。

「近代」が個々で行う作業が尊ばれた時代なのだとしたら、我々は「近代」を卒業出来ていない。
上田は、言葉には歴史があり、自分で生み出したものではないのに、何から何まで自分で生んだように錯覚するのが「近代」の文芸なのだというようなことを言う。
明治以降の詩に関しては、文語から口語へ、定型詩から自由詩へという流れが一貫としてあったのだが、大岡によるとそれも限界に来ているのかも知れないという。

大岡と上田は鳥取で、子ども達と一緒になって作品作りをするワークショップを行っていたりするのだが、個人では生み出すことが出来ないような豊かなものが生まれる可能性があるそうだ。


歌の話に戻ると、J-POPなどは歌が長くなり、複雑になったと細馬は指摘する。今のポピュラーシンガーのライブには、予めCDなり配信なりを聞き込んで、全曲わかるようにして挑むのが普通なのだが(私もそういうことはする)、細馬が若い頃はそんなことはしなかったそうで、楽曲も演奏時間が短く、誰でも歌えるようなものだったというのが大きいのではないかという。
確かに、現在主流のJ-POPは歌詞も複雑で1回聴いただけではなんのことを歌ってるのかよく分からなかったり、音程も半音ずつ上がり下がりしていたり、転調に次ぐ転調があったりと、変拍子が当たり前のように入っていたりと、聴くのも歌うのも難しいものが多い。世代間の断絶もあり、例えば私の親世代の人はブラックミュージックなどは音楽に聞こえない、子どもはいないけど子ども世代に当たる十代の子達が聴くラップなどは私は余り聴かないということもある。音楽を聴くというスタンスが変化し、アーチスト個人と聴衆一人の1対1のコミュニケーションという形になったような気がする。

「三文オペラ」だけでなく、つい最近に至るまで、貧困層の人々の声は、インテリ達が想像によって代弁していたのだが、例えば大岡が子どもの頃に住んでいたという川崎市生まれの人気ラップアーティストがいるそうだのだが、「川崎区で有名になるには人を殺すかラッパーになるか」という歌詞を歌うそうで、当事者が声を上げるようになってきた。ただ、彼らも下剋上を好む成り上がりで、結局、大人になって良い車になるようになって上がりであり、成り上がれなかった人達のことは等閑視するようで、貧困層の中にもまた階級が生まれ、音楽を共有出来ないことになっているようだ。

大岡は、演劇に関しても今は人間同士の密度の濃い劇団システムは廃れてしまい、プロデュース公演が基本で、いつもいる人はプロデューサーだけという状態と指摘する。昔は劇団に所属している人だけで上演を行っており、他劇団への客演さえ問題視され、テレビやCMに出るなんてとんでもないという風潮があったが、今はCMにテレビドラマの仕事を受けたからといって「なんでだよ!」と怒る人はまずいない。

他者とじっくり何かを作るという作業が時代に合わなくなってきているのかも知れない。個のアイデンティティも崩壊し、サイコパスが主流になって人間間の契約が成り立たなくなって、世界が崩壊するというディストピアを大岡は思い浮かべてもいるそうだ。

ただ、ポピュラー音楽が崩壊していく様は、クラシックがすでに辿った道であり、今のポピュラーミュージックは、理解が困難になったクラシックに変わる形で台頭した。あるいはこれから先により身近な形の音楽が生まれるかも知れないという予感は私の中ではある。



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2019年3月 7日 (木)

2346月日(9) ドイツ演劇サロン「アルトゥロ・ウィの興隆」

2019年2月26日 大阪・周防町のウイングフィールドにて

午後7時から、大阪・周防町のウイングフィールドで、ドイツ演劇サロン「アルトゥロ・ウィの興隆」に参加する。
「アルトゥロ・ウィの興隆」は、ベルトルト・ブレヒトが、第二次大戦中の1941年にアドルフ・ヒトラーとナチスを揶揄するために書いた戯曲である。当時、ブレヒトはアメリカに亡命中であり、上演するあてもないままに書かれた作品だ。結局、ブレヒトの存命中にはこの戯曲は上演されることはなく、1995年になってようやくブレヒトが創設したベルリナー・アンサンブルによって初演されている。演出を担当したのは、「ハムレットマシーン」のハイナー・ミュラー(当時のベルリナー・アンサンブルの芸術監督)であった。演出家としては、これがミュラーの遺作となっている。2005年には東京の新国立劇場でもベルリナー・アンサンブルによって上演されており、ドイツでは人気の演目となっているようだ。
2005年は、「日本におけるドイツ年」であり、他のドイツの劇団も東京公演を行っていて、西堂行人によると東京のみではあったが日本とドイツの演劇界がリンクするような雰囲気が醸成されていたそうだ。ただ、その後、日本とドイツの距離は再び遠くなってしまい、日本では内省的で個人的な演劇が主流となっている。


1929年から1938年にかけてのシカゴに舞台は移されており、マフィアの話になっている。アドルフ・ヒトラーに相当するアルトゥロ・ウィは、マフィアのボスである。世界恐慌によって痛手を受けたカリフラワー業界に目を付けたウィは、乗っ取りをたくらむのだが拒絶される。カリフラワー業界はシカゴのドッグスパロー市長(ヒンデンブルク大統領に相当)を頼りにしており、ウィはドッグスパローの弱点を探し始める。そして、ドッグスパロー市長が収賄に手を染めていることを発見したウィは、ドッグスパローをゆすりにかかる。最初は相手にしていなかったドッグスパローだが……。

登場人物のうち、ジリーがゲーリング、ジボラがゲッペルス、ローマがレーム(三島由紀夫の「我が友ヒットラー」では最重要人物となる)をモデルにした人物である。

全編は2時間以上ある作品であるが、今回は30分強にまとめた映像がスクリーンに投影される。
出演者は、西堂行人(演劇評論家、明治学院大学文学部芸術学科教授)、笠井友仁(演出家、エイチエムピー・シアターカンパニー)、高安美帆(俳優、エイチエムピーカンパニーと舞夢プロに所属。大阪現代舞台芸術協会理事)の3人。で、適宜コメントを入れながら上映が行われる。


ヒトラーは演説の名手になるために俳優に教えを受けたという、嘘か本当かわからない話があるが、この劇の中でもアルトゥロ・ウィが名優にセリフ術を教わる場面がある。バーナード・ショーの「ピグマリオン」つまり映画の「マイ・フェア・レディー」にもこうした場面はあるのだが、かくして犬のように野卑で獰猛だった男が、稀代の名演説家に変身する。ウィは部下から「不自然だ」という指摘を受けるのだが、「この世に自然に生きている人間など一人もいない」と一蹴する。
ちなみに、名優はシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」に出てくるアントニーの演説をテキストとしてセリフの稽古を行うのだが、自分の人生を振り返って、「シェイクスピアは人生を台無しにしてしまう」と語っており、これは「演劇はドイツを台無しにしてしまう」と読み替えることが出来る。つまり虚構を作り上げるという広義の演劇によって権力は捏造されるのだが、そうした権力を告発するのもまた演劇の役割であることが筋を追っていくとわかるという、合わせ鏡のような魅力的な構造が浮かび上がる。
西堂行人が、ブレヒトの劇には「往路と復路がある」という話をしていたが、そこにも繋がっているようにも思う。


高安美帆は、ドイツのギーセン大学応用演劇学科の客員教授をしていたことがあるということで、ベルリンで発行されている芸術ガイドが来場者に回される。ベルリナー・アンサンブルは毎日のように上演を行っており、有名な作品としては「メディア」や「マクベス」などを上演していることがわかる。芸術ガイドには、音楽(ベルリン・フィルハーモニーでの公演情報も載っており、今年の1月には「モーツァルト&サリエリ」というプログラムの演奏会が行われていたことがわかる)、オペラ、グルメなど様々な情報が載っている。

かつて東西に分かれていたベルリン。東ベルリンだけもしくは西ベルリンだけでも一大都市に相当する劇場を持っていたため、他の都市に比べて上演数が多いのが特徴である。大劇場だけでなく、小劇場演劇も盛んで、トルコ人街にいくつも小劇場が出来ていたりするようだ。そうした土壌ゆえか、ベルリンの人達は、とにかく熱心に観劇するそうで、舞台上と客席の間で丁々発止の雰囲気が築かれることも多いようだ。また、東ベルリンと西ベルリンに分かれていた時代の名残が今もあり、「東には負けない」「西には負けない」という気概に満ちているそうで、新しいものがどんどん生まれているそうだ。

ハイナー・ミュラーは、冒頭に書かれている口上を本編が終わった後に来るよう、置き換えている。ラストで種明かしがされるという感じだが、ブレヒトの劇自体はかなり露骨にわかるように書かれており、冒頭で設定を明かしてしまうと、作者の意図通りに見えすぎてしまうということもあるのだろう。
ミュラーは時折、地下鉄が通り過ぎる音を入れている。ブレヒトの異化効果とするのが適当なのかも知れないが、舞台の設定を地下鉄のすぐ上の得たいの知れない空間とすることで劇場らしさを消し、同時に作品のフィクション性や時間を隔てた物語という距離を埋めた切実感を出そうとしたとも思われる。


ちなみに西堂行人は、ベルリンで「アルトゥロ・ウィの興隆」の初演を観ているそうで、それが自身にとっても画期となったそうである。

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2019年2月21日 (木)

京都芸術センター「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」 中村壱太郎

2019年2月11日 京都芸術センター講堂にて

午後2時から京都芸術センター講堂で、「継ぐこと・伝えること62 『享楽×恍恍惚惚』―男舞・女舞―」を観る。出演は中村壱太郎(かずたろう)。若手を代表する女方(女形)の一人である。

中村壱太郎は、四代目中村鴈治郎の長男である。1990年生まれ。本名は林壱太郎。
中村鴈治郎家は上方の名跡だが、すでに東京に移住しており、壱太郎も東京生まれの東京育ちである。屋号は成駒屋で、私が観た時には、「小成駒!」という声が掛けられてもいた。2014年に、日本舞踊吾妻流の七代目家元、吾妻徳陽(あづま・とくよう)を襲名している。

プログラムは、創作長唄「藤船頌(とうせんしょう)」、レクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」(中村壱太郎&広瀬依子)、休憩を挟んでレクチャー「日本舞踊の音楽について」(中村壱太郎&中村壽鶴)、長唄「島の千歳」


創作長唄「藤船頌」。歌詞は事前に観客に配られている。唄:杵屋禄三、今藤小希郎。三味線:杵屋勝七郎、今藤長三朗。立鼓:中村壽鶴。笛:藤舎伝三。
主人公はお公家さんだそうである。春の海辺を謳ったもので、藤の紫と海の青が一体となって賛嘆される。

壱太郎は、紋付き袴で登場。強靱な下半身に支えられていると思われるブレのない舞踊を行う。西洋の舞踊は体を大きく見せる方向に行きがちだが、日本舞踊は両手や体を最短距離で動かす無駄のない動きが特徴的であり、好対照である。
扇には表に墨絵の藤、裏に波の絵が描かれている。藤が墨絵なのは、彩色すると「女っぽく見えてしまうから」「藤が面に出過ぎるから」という2つの理由があるらしい。


元「上方芸能」誌の編集長、広瀬依子を進行役としたレクチャー・ワークショップ「日本舞踊とは」。壱太郎は私物だというMacのノートパソコンを使ってスライドを投影し、解説を行う。

まずは歌舞伎の歴史から解説。出雲阿国の阿国歌舞伎から若衆歌舞伎を経て、現在まで続く野郎歌舞伎に至るまでの歴史が簡単に解説される。
歌舞伎の元祖は出雲阿国による阿国歌舞伎で、これは舞踊である。女性が男装をした舞うものだったのだが、「風紀が乱れる」ということで廃止になり、若衆歌舞伎へと移行する。若衆歌舞伎は、壱太郎曰く「ジャニーズ系」のようなもので、「美しいものを見たいが、女性は駄目となると未成年の男性」に目が行くということだったのだが、この時代は同性愛は一般的なことであるため、やはり風紀上よろしくないとのことで禁止され、「成人男性によるちゃんとしたお芝居なら良い」ということで野郎歌舞伎が生まれる。
歌舞伎は江戸の歌舞伎と上方の歌舞伎に分かれるが、江戸が英雄を登場させてポーズで見せるという外連を重視するのに対し、上方歌舞伎は庶民が主人公で日常を主舞台にするという違いがある。

日本舞踊、吾妻流についても解説が行われる。吾妻流は日舞の中では傍系で、元々は女性の歌舞伎踊りとして始まり、現在も門人の99%は女性だそうだ。ただ、その家元となった壱太郎(=吾妻徳陽)が男性ということで複雑なことになっているらしい。
吾妻流は、江戸時代中期に始まっているがいったん途絶えている。再興されたのは昭和に入ってからで、十五代目市村羽左衛門の娘である藤間春枝が吾妻春枝として興したのだが、十五代目市村羽左衛門の実父は白人とされており、壱太郎にも白人の血が流れているかも知れないというロマンがあるそうである。
壱太郎の大叔父に当たる五代目中村富十郎が吾妻徳隆(とくりゅう)を名乗っており、壱太郎の舞踊名も漢字が似たようなものをということで、徳陽になったそうだ。舞踊名にはもう一つ候補があって、壱太郎が慶應義塾出身ということで、「徳応ではどうか」というものだったのだが、壱太郎は「徳応だと偉そうな感じがする」というので徳陽に決まったそうだ。
「陽」の字はご年配の方の名前には余りつかないということで若々しさも感じられる良い名前だと思う。

その後、韓国で収録されたという壱太郎による舞踊「鷺娘」の映像がスクリーンに投影される。女方にとって映像、それも4Kを超えて8Kとなると女ではないことがはっきりわかるので困ったことになってしまうそうだ。
「鷺娘」は衣装の早替えがあるのだが、海外で上演すると拍手が貰えないという。「Wow!」という驚嘆の反応になってしまうそうだ。
女方の理想は、「女になり切って演じるのではなく、女らしさを追求する」というもので、「矛盾した」難しいものである。女らしさを演じるために腰を落とした上で良い姿勢を保つことが肝要なようである。女らしい仕草をするために常に内股であることを心がけてもいるそうだ。


休憩後、立鼓の中村壽鶴と壱太郎によるレクチャー「日本舞踊の音楽について」。壽鶴は鼓をばらしてみせる。普段はばらした形で持ち歩いているそうだ。
鼓の皮は何の皮を使っているかということがクイズ形式で観客に出され、壱太郎が、「土日の新聞をチェックしている人はわかるかも知れません」とヒントを出し、壽鶴も「淀駅に行く方はわかるかも知れません」と続ける。淀駅は京都競馬場の最寄り駅である。ということで正解は馬の皮。往時は馬が最も身近な動物だったようである。ちなみに今日、壽鶴が持っている鼓の胴は江戸時代製、皮の部分は安土桃山時代に作られたもので、かなりの値打ちもののようだ。
鼓は乾燥すると音が高くなるため、息を吹きかけて湿らせ、音を調整するそうである。


長唄「島の千歳」。唄は杵屋禄三と今藤小希郎、三味線が杵屋勝七郎と今藤長三朗、立鼓が中村壽鶴である。
白拍子を主人公とした女舞。白拍子に見せるため、壱太郎は長絹を纏っての登場である。
白拍子も阿国歌舞伎同様、男装した女性が舞を行うものだが、男性である壱太郎が男装した女性を演じるということで、幾重にも転倒した状況を生んでいる。抒情と艶を二つながら生かした典雅で妖しい舞となる。



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2019年2月19日 (火)

コンサートの記(525) 堺シティオペラ第33回定期公演 青島広志 オペラ「黒蜥蜴」

2019年2月2日 ソフィア・堺にて

午後3時から、ソフィア・堺(堺市教育文化センター)のホールで青島広志作曲のオペラ「黒蜥蜴」(原作小説:江戸川乱歩、戯曲化:三島由紀夫)を観る。オペラ「黒蜥蜴」は今回が関西初演となる。柴田真郁(しばた・まいく)指揮大阪交響楽団とピアノの關口康佑による演奏。演出は岩田達宗(いわた・たつじ)。ダブルキャストによる上演で、今日の出演は、渡邉美智子(黒蜥蜴/緑川夫人)、福嶋勲(明智小五郎)、総毛創(そうけ・はじめ。雨宮潤一)、西田真由子(岩瀬早苗)、北野知子(ひな)、片桐直樹(岩瀬庄兵衛)、森原明日香(岩瀬夫人)、植田加奈子(夢子、刑事、恐怖人形)、宮本佳奈(愛子)、糀谷栄理子(色絵、清掃員)、中嶌力(助演:刑事ほか)、浦方郷成(うらかた・きょうせい。助演:刑事、家具屋)、矢野渡来偉(やの・とらい。助演:刑事、家具屋、恐怖人形)、勝島佑紀(助演:刑事、恐怖人形)。振付は西尾睦生(女性)。


午後2時30分より、演出家の岩田達宗によるプレトークがある。まず、江戸川乱歩の原作小説について語り、黒蜥蜴は絶世の美女だが、美男美女を誘拐して剥製にして愛するという猟奇的な性格であることを語る。三島由紀夫は江戸川乱歩の作品を愛しており、「黒蜥蜴」を戯曲化。初代水谷八重子の黒蜥蜴、芥川比呂志の明智小五郎によって初演されている。三島の戯曲を基にした青島広志のオペラ「黒蜥蜴」は1984年の初演で、音楽はパロディやパスティーシュが多用されていることを紹介する。なぜ、そうした作品になったのかは、オペラ「黒蜥蜴」を観ているうちにわかってくる。モチーフになった作品は、ベートーヴェンの第九やレナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」、ビートルズの「オブラディ・オブラダ」など。
「変装」もまた重要であることを岩田は語る。明智小五郎も黒蜥蜴も変装の名人である。


スペード、ハート、ダイヤ、クラブというトランプの4つのマークを半分にした絵柄の描かれた4つのドアを駆使した演出である。原作小説では、黒蜥蜴は非合法のキャバレーに登場することから、それを思わせる格好の助演キャスト(全員、ダンサーではなく歌手である)達のダンスによってスタート。背後には巨大な黒蜥蜴の文様が半分だけ顔を覗かせている。

「黒蜥蜴」では反転の手法が多く用いられており、例えば、江戸川乱歩の小説では東京を舞台として始まり、その後、大阪へと舞台は移るのだが、三島由紀夫が戯曲化した「黒蜥蜴」では、大阪の場面で始まり、東京へと移っていくという真逆の舞台設定である。宝石の受け取り場所は原作では大阪の通天閣だが、三島の戯曲では東京タワーに変わっている。ちなみに今回の演出では舞台は現代に置き換えられており、登場人物達はスマートフォンを使用。東京タワーの場面では、「東京スカイツリーで待ち合わせをしたのに、間違えて東京タワーに来てしまった青年」がさりげなく登場していたりする。

舞台版「黒蜥蜴」は、中谷美紀の黒蜥蜴、井上芳雄の明智小五郎で観ているが、黒蜥蜴をやるには並の女性では無理である。ということで、男でも女でもない美輪明宏が当たり役にしていたりするのだが、渡邉美智子の黒蜥蜴は佇まいや振る舞いが黒蜥蜴に嵌まっている。勿論、中谷美紀には敵し得ないが、黒蜥蜴の魅力は十分に出ているように思われた。他のキャストも舞台版とは比べられないものの、かなりの健闘である。スリルや迫力もあったし、日本語オペラの上演としてハイレベルにあると思う。

外見を重視し、心を信じない黒蜥蜴と、世の中や人間の動きを楽しむ明智小五郎とでは思想が正反対であるが、互いが徐々に近づいていき、ある意味、逆転しそうになったところで己に破れた黒蜥蜴は死を選ぶ。思想だけでなく、あらゆる要素が倒錯し、逆転し、入れ替わり、成り代わりというパターンで貫かれており、音楽にパロディやパスティーシュが鏤められているのもこうしたことに起因するのだと思われる。言ってみれば、音楽が変装しているのだ。


柴田真郁はノンタクトでの指揮。大阪交響楽団の編成は、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、フルート、クラリネット、ホルン、トランペットの各ソロにパーカッションが2人、これにピアノの關口が加わるという室内楽編成だが、柴田は生き生きとした音楽を引き出していた。


今回の公演ではアフタートークもある。出演は、スピリチュアルカウンセラーでオペラ歌手としても活躍している江原啓之と岩田達宗。江原啓之は昨年、自身がプロデュースするオペラ「夕鶴」で運ずを演じており、その時の演出が岩田達宗であった。

江原は美輪明宏と一緒に番組をやっていたということで、美輪明宏からのメッセージも受け取っている。黒蜥蜴というと美輪明宏の当たり役であるが、自身が黒蜥蜴を演じられる理由として三輪は「本物じゃないから」と語っていたそうである。本物の女でも男でもない。黒蜥蜴が本物の宝石を求める理由も自身が本物ではないからだろうということだそうだ。ただ、江原や岩田によると、三輪も黒蜥蜴は内面の哲学などは本物で、明智が黒蜥蜴に惹かれる理由もそこにあるそうだ。

「黒蜥蜴」は、日本的な発想に貫かれているそうで、江原は神道の大学である國學院大學の別科で神職の資格を得ているのだが、國學院では神の定義を「畏ろしくかしこきもの」としているそうで、善悪は問題ではないそうだ(仏教もそうで、「無記」という善悪とは別の状態が重視される)。登場人物を神だと考えると納得がいくそうである。例えば、早苗は美輪明宏の舞台では「パッパラパー」な女性だそうだが、若さという美質がある。岩瀬庄兵衛は金のことしか頭にない男だが、それもまた一つの特徴である。

江原によると、岩田の演出は、「もっともっと」と求めるタイプのものだそうで、出演者達は大変なのだそうだが、岩田によると、19世紀まではこれは普通のことだったそうで、20世紀に入ると劇場が巨大化したため、それまでのように歌手が跳んだりはねたりしていた場合、過酷に過ぎ、歌がおろそかになってしまうため、動きを抑える必要が生じてきたのだそうである。

岩田は、オペラ「黒蜥蜴」が青島的な要素が強いというので、三島寄りに戻したそうだが、例えば、第2幕第1場の前に設けられた歌なしの場面は、青島広志の指定通りではなく、三島由紀夫が書いた東京タワーの人間と黒蜥蜴とのやり取りが一部設定を変えて再現されており、ここなどは元の戯曲を生かしたのだと思われる。



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2019年2月17日 (日)

観劇感想精選(291) 三浦春馬主演「罪と罰」

2019年2月9日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて観劇

午後6時30分から森ノ宮ピロティホールで、「罪と罰」を観る。世界文学史上最も有名な小説の一つであるドストエフスキーの同名作の舞台化。上演台本・演出:フィリップ・ブリーン。テキスト日本語訳:木内宏昌。出演:三浦春馬、大島優子、南沢奈央、松田慎也、真那胡敬二(まなこ・けいじ)、冨岡弘、塩田朋子、粟野史浩、瑞木健太郎、深見由真、奥田一平、高本晴香、碓井彩音(うすい・しおん)、山路和弘、立石涼子、勝村政信、麻実れい。ミュージシャンとしての出演:大熊ワタル(クラリネット。バスクラリネットも演奏)、秦コータロー(アコーディオン)、新倉瞳(チェロ)。その他にチューブラーベルズなども演奏されるのだが、誰が担当しているのかはよく見えなかった。

残念なことに近くにいたおじさんが、第一幕の間ずっと大きないびきをかいて寝ていたことで(約1時間40分ほぼずっと休みなくである)、集中力が著しくそがれる。「こういう時こそ舞台上に集中」と思ったが、それが逆に良くなかったように思う。かなり大きないびきだったので、演じ手にも影響したかも知れない。少なくともやりにくくはあったはずである。

ドストエフスキーの『罪と罰』は、個人的には二十歳の誕生日を跨ぐ形で読んだことで記憶に残っている作品である。定番の一つである新潮文庫で読んだのだが、特に下巻は夢中で読んだことを覚えている。ただ、それ以降は一度も再読していない作品でもある。


キャストがほぼ総出演の中、ラスコーリニコフ(今回はラスコリニコフ表記が採用されている)が、己が何者かを問いながら登場する。特徴的なのは背後のアンサンブルキャストがいくつかの場面を除いて常にいて、ラスコリニコフの幻覚やサンクトペテルブルクの喧噪、暴力性、貧困などを表している点である。ブリーンは「欲望という名の電車」でも同じ手法を用いていたが、今回もラスコリニコフ個人ではなく、ロシアの引いては人間の業の物語として描く意図があるのだと思われる。

知性に自信を持つラスコリニコフ(三浦春馬)は、「特別な人間」であるとの自認を持っており、質屋の強欲老婆、アリョーナ(立石涼子)殺害を試みる。それ自体は許されることだと思っていたのだが、その場にアリョーナの義妹であるリザヴェータ(南沢奈央)が現れたため、計画外の二人目の殺人を犯すことに。そのため、ラスコリニコフは常に悪夢の中で過ごすような精神状態へと陥る。そんな時、ラスコリニコフは家族のための娼婦に身をやつしたソーニャ(大島優子)と出会い、心引かれていく。


ラスコリニコフの両手が常に血塗られているなど(彼自身の幻影であり、他の人からは見えないようである)、全面的に神経症的な匂いがするが、ラスコリニコフの内面を考えれば妥当な演出法である。

ドア1枚を用いて様々な部屋を描く手法が取り入れられている。ドアの陰に人が身を潜めている時もあり、さながら戸板のような使い方だ。後方に向かって段状に上っていくセットだが、机やマットレスなど、家具は最小限に留められており、そのことで瞬時に場面を転換出来るという良さがある。マットレスはアクロバティックな要素も含めて特に効果的に用いられている。


文学史上最も魅力的な悪役の一人であるラスコリニコフを演じた三浦春馬は、心の闇や奢り、意外な単純さといってラスコリニコフの魅力を過不足など描き出しており、熱演である。
今回最も良かったのは、つかみ所のない所のある国家捜査官、ポルフィーリを演じた勝村政信。倒叙ミステリーの要素を持つ原作でも重要な人物であるが、勝村は陽気さの背後に冷徹さを隠し、間抜けなんだか怜悧なんだかわからないポルフィーリ像を的確に立体化することに成功していたように思う。

久しぶりの女優復帰となった大島優子。佇まいは可憐で、声も輪郭がしっかりしているが、何故か密度不足で感情も乗り切らない。同世代の女優である南沢奈央がリザヴェータとドゥーニャの二役で熱演しており、分が悪いようだ。ただ身のこなしは軽く、セリフのないところの存在感はやはりAKBのセンターだっただけのことはある。

今回の演出では、有名な絵画作品に見立てられたのではないかと思われるシーンがいくつかあった。例えば「最後の晩餐」や「民衆を率いる女神」などである。「最後の晩餐」はストップモーションまで使って、それらしく見えるように工夫されている。
シベリア送りとなったラスコリニコフが十字架を背景にソーニャと向かい合うラストシーンは、マグダラのマリアとイエスに見立てられているように思われる。だとすればそこに暗示されているのは「再生」だろう。希望のあるラストで良かった。



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2019年2月14日 (木)

観劇感想精選(290) シリーズ 舞台劇術としての伝統芸能vol.2 能楽「鷹姫」

2019年2月3日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後2時からロームシアター京都サウスホールで、シリーズ 舞台芸術としての伝統芸能vol.2 能楽「鷹姫」を観る。

イェーツが能に触発されて書いた舞踊劇「鷹の井戸」を横道萬里雄が新作能「鷹の泉」として改作・翻案したものを観世寿夫が新たに「鷹姫」としたもの。1967年に初演されている。

出演:片山九郎右衛門(鷹姫)、観世銕之丞(老人)、宝生欣哉(空賦麟)。岩:浅井文義、味方玄、浦田保親、吉浪壽晃、片山伸吾、分林道治、大江信行、深野貴彦、宮本茂樹、観世淳夫。
囃子方:竹市学(笛)、吉阪一郎(小鼓)、河村大(太鼓)、前川光範(太鼓)。
後見:林宗一郎。

空間設計は、dot architects(ドットアーキテクツ。家成俊勝&赤代武志)が手掛ける。


絶海の孤島が舞台である。その島には、鷹の泉と呼ばれる、飲めば永遠の命を得られるという霊水が湧き出ている。鷹の泉を守るのは鷹姫と呼ばれる謎の乙女だ。

島には、鷹の泉の霊水を求めて長年住み着いている老人がいる。鷹の泉はもう何十年を湧き出ておらず、いつ湧き出るのかも不明である。

島に一人の若者がやって来る。王の第三王子である空賦麟(くうふりん)である。空賦麟も霊水である鷹の泉を求めてきたのだが、老人に泉の由来を聞かされ、早く帰るように言われる。
その時、鷹が鳴く。老人は、泉を守る鷹姫の声だと空賦麟に告げる。やがて姿を現した高姫に空賦麟は戦いを挑むのであるが……。


「岩」と呼ばれる謡い達がずらりと並ぶ様は異様であり、異界での物語であることを印象づけられる。「岩」は元々は地謡が務めていたらしいのだが、装束と面をつけて「岩」として舞台上に現れるようになったようだ。物語の語り手であり、ある意味、島と鷹の泉の状況そのものともいうべき存在である。泉そのものを演じていることから主役とする見方もあるようだ。

赤い着物の鷹姫は居ながらにして高貴にして畏るべき存在であることが伝わってくる。空賦麟と対決した後、背後の坂を上って消えていく様は、霊的であり、鷹の泉の霊力は鷹姫の存在あってのことであることを告げる。泉は湧くには湧くのだが、鷹姫去った後では……、ということで悲しい結末が待っている。


老人を演じる観世銕之丞の威厳、鷹姫役の片山九郎右衛門の可憐さ、空賦麟役の宝生欣哉の凜々しさなど、配役は絶妙であり、能の幽玄な味わいが存分に発揮されている。
dot architecsのセットも効果的であった。


第2部としてディスカッションが設けられている。出演は、西野春雄(法政大学名誉教授・能楽研究所元所長)、観世銕之丞、片山九郎右衛門。

西野春雄は、「鷹姫」の初演を観ているそうで、当時、西野は22歳。それから50年以上が経ったことを紹介する。
能の存在をイェーツに紹介したのは、イェーツの秘書で詩人でもあったバウンズである。バウンズは、フェノロサの遺稿の翻訳を手掛けた人であり、それを通して能を知り、イェーツにも紹介することになった。イェーツは「能こそ私の理想とする演劇だ」と感激し、「鷹の井戸」を書いたそうである。


観世銕之丞は、dotarthitecsによるセットが、緩やかで短いが上り下りのあるものであり、稽古はしていたが、馴染むのに時間が掛かり、今日の本番でようやく間に合ったことを明かす。「鷹姫」の初演時にはまだ子どもであり、客席で観ていたそうだ。また、「鷹姫」に関しては何度も観てはいるが教わったことはないそうで、観た時の記憶を頼りに自己流で行ったものであることを語る。

片山九郎右衛門は、2年前の2017年が「鷹姫」初演50周年に当たるということで、周囲で話題になっており、自分もやってみたいということで今回の上演に漕ぎ着けたことを語った。また、dot architecsへの感謝も片山から述べられた。



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2019年2月10日 (日)

観劇感想精選(289) 「ホロヴィッツとの対話」

2013年3月13日 イオン化粧品シアターBRAVA!にて観劇

午後7時から、イオン化粧品シアターBRAVA!で、「ホロヴィッツとの対話」を観る。三谷幸喜:作・演出。出演:渡辺謙、段田安則、和久井映見、高泉淳子。ピアノ演奏:荻野清子。

20世紀最高のピアニストの一人と言われながら、奇行の数々や長期にわたる活動停止、キャンセル魔として、「幻のピアニスト」とも呼ばれたウラディミール・ホロヴィッツ(段田安則)と夫人のワンダ(高泉淳子)、そのピアノ調律師のフランツ・モア(渡辺謙)と妻のエリザベス(和久井映見)による四人芝居である。

1978年のある日、ホロヴィッツはピアノの調律師を務めてくれているフランツ一家の夕食を訪ねることになる。その一夜の物語である。フランツには二人の息子と一人の娘がいるが、息子二人はホロヴィッツの来訪を嫌って他所に行ってしまい、娘のエレンは中耳炎の発作により自室で寝込んでいる。

ホロヴィッツは偏食家で、アルコールは一切受け付けず、エヴィアンしか飲まないのだが、フランツが行った店にはエヴィアンは1本しかなく、仕方が無いので他はボルヴィックにしたという。

ホロヴィッツの妻ワンダは、20世紀前半を代表する大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニであり、父の血を継いだのかかなり強気な性格である。

エリザベスはホロヴィッツとワンダに料理を振る舞おうとするのだが、エリザベスが提案したスパゲティをホロヴィッツは嫌がり、ヴェルミチェッリが食べたいという。更にムール貝を嫌う。
ワンダはワンダで、勝手にフランツの家のリビングの模様替えを始めてしまい……。

「今回は笑わせます」と三谷は宣伝していたが、腹を抱えて笑うような場面はなく、小技でちょっとずつ笑わせるというタイプ。基本的にはコメディではあるが内容はシリアスである。

キーパーソンは、舞台上に登場しない、ホロヴィッツとワンダの娘であるソニア。ホロヴィッツを父に、トスカニーニを祖父に持つ彼女は、早くからピアノやヴァイオリンの稽古を始めたが、ものにならず、絵画や詩作へと分野を広げるが、トスカニーニが亡くなったのと同じ年、22歳の時のバイク事故を起こし(バイクで電柱に激突したのだがブレーキを踏んだ形跡はなかったという)、植物人間状態を経て24歳で亡くなっている。偉大な父と祖父を持つ重圧、苦悩が示されている。同時にそうした無言の圧力を娘に掛けたホロヴィッツは「ソニアは私が殺したようなものだ」と言う。

一方で、フランツの三人の子供はその後、幸せな人生を過ごしている。天才の子と凡才の子の対比がここでなされている。

フランツは第二次大戦で兄と弟を亡くしており、死の影が暗く舞台を覆う。その重苦しさを跳ね返すのがフランツの三人の子供であり、ホロヴィッツという得意なキャラクターだ。

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2019年2月 7日 (木)

観劇感想精選(288) 「テイキングサイド ~ヒトラーに翻弄された指揮者が裁かれる日~」

2013年2月23日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後6時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、「テイキングサイド ~ヒトラーに翻弄された指揮者が裁かれる日~」を観る。「ドレッサー」「想い出のカルテット ~もう一度唄わせて~」の劇作家、ロナルド・ハーウッドの筆による作品。テキスト日本語訳:渾大防一枝、演出:行定勲。出演:筧利夫、福田沙紀、小島聖、小林隆、鈴木亮平、平幹二朗。

20世紀を代表する指揮者、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの第二次大戦中のナチ協力疑惑の取り調べを描いた、クラシックファンにとってはかなり有名な作品である。ただ、クラシックと歴史のことがわからないと内容把握はまず困難だと思われ、そのためか、後ろの方の席は空席が目立った。


ベートーヴェンの交響曲第5番第4楽章が鳴り響く中で劇は始まる。

1945年、第二次大戦後のベルリン。連合国側の米軍少佐、スティーヴ・アーノルド(筧利夫)は、非ナチ化審議に於いて、ドイツを代表する指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラー(平幹二朗)がナチ党員だったのではないかという疑いを持ち、予備審議を行うことにする。協力者は若いドイツ人のエンミ・シュトラウベ(福田沙紀)。エンミの父親はヒトラー暗殺計画を企んで処刑されたが、ヒトラー亡き今ではドイツ人から英雄視されている。スティーヴは音楽に対する教養はまるでないが、異常な記憶力の持ち主であり、見聞きしたことは全て忘れないという異能者である(どことなくAIを連想させる人物である)。

一方、エンミはドイツ音楽の愛好家であり、フルトヴェングラーを尊敬している。ベートーヴェンが好きで、特に好きなのは交響曲第8番。

フルトヴェングラーに対する取り調べの前に、スティーヴは、フルトヴェングラーが音楽監督を務めていたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第2ヴァイオリン奏者、ヘルムート・ローデ(小林隆)を呼ぶ。ローデは、フルトヴェングラーがナチ嫌いだったと語り、ヒトラーの御前演奏の前に、ヒトラー対する敬礼をしない工夫として、指揮棒を持ったままステージに上がるようフルトヴェングラーに進言したことがあると伝える。指揮棒を持ったまま敬礼をすると、最前列に座ったヒトラーの目を指揮棒の先端が刺してしまう。だから敬礼をしなくていいのだと。
しかし、スティーヴはフルトヴェングラーがヒトラーの御前で演奏したこと、また、ヒトラーとフルトヴェングラーが握手している写真を示し、ヒトラーとフルトヴェングラーが懇意であったのではないかと疑う。ヘルムートは、それはヒトラーが勝手に壇上に上がりフルトヴェングラーの手を取ったまでで、その場にいたカメラマンがそれを撮影したに過ぎないと疑惑を否定する。

エンミもまた、フルトヴェングラーが多くのユダヤ人演奏家(ヨーゼフ・クリップス、アーノルド・シェーンベルクの名が含まれる)の亡命に協力した事実を告げる。

スティーヴの元に新たに赴任した、デイヴィット・ウィルズ(鈴木亮平)は、ハンブルク生まれのユダヤ人で、ユダヤ人迫害を避け、アメリカに亡命。姓もユダヤ風のものからWASP風のウィルズに改姓している。ウィルズは、フルトヴェングラーが世界最高の指揮者であるとし、スティーヴに対してフルトヴェングラーの無実を訴える。

そんな中、タマーラ・ザックスという女性(小島聖)が尋問室にやって来る。タマーラは自身はドイツ人で旧姓はミュラーだが、ワルター・ザックスというピアニストに惚れて結婚。ワルターはピアノの腕をフルトヴェングラーに認められ、パリにザックス夫妻が亡命するための手続きを行ってくれたという。しかし、パリはナチスドイツ軍により陥落、ワルターは収容所に送られ、命を落としたという。だが、タマーラはフルトヴェングラーがかつての夫のためにしてくれたことを深く感謝しており、フルトヴェングラーがいかにユダヤ人に親切で、慈悲深い人であったかを切々と語る。

そしていよいよ本物のフルトヴェングラーが現れる。フルトヴェングラーは自分がナチに協力したことはないと断言し、二度もナチス党員になった若い指揮者(ヘルベルト・フォン・カラヤンのことである)が演奏活動を再開しているのに、なぜ自分が公的な音楽活動が出来ないのかと不満を語る。ヒトラーの御前演奏も、ヒトラーの誕生日の演奏も、ヨーゼフ・ゲッペルスやヘルマン・ゲーリングの根回しがあり、断ることは自分の力では不可能だったのだと告げる。また、ナチスが政権を取った1933年にフルトヴェングラーはナチスへの嫌悪からベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を辞任しており(のちに復帰)、またユダヤ人と結婚したドイツ人作曲家、パウル・ヒンデミットの歌劇「画家マチス」が上演禁止になった際、ヒンデミットの擁護を行い、また新聞に「ヒンデミット事件」を寄稿していることを告げる。
第1回の審議は終わり、フルトヴェングラーは尋問室を去る。エンミは自分の好きな交響曲第8番のSPを掛け、第1幕は終わる。


第2幕。ベルリン・フィルの第2ヴァイオリン奏者であるヘルムート・ローデが実はナチ党員であり、自分がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の奏者になれたのも在籍していたユダヤ人奏者が追い出されて欠員が出たからだと告白する。またフルトヴェングラーはヘルベルト・フォン・カラヤンを嫌っていたという事実も口にする。フルトヴェングラーはカラヤンを憎む余り、カラヤンと名前で呼ばず、「K」と呼んでいた。差別的な人であったことは事実だと。また、デイヴィットもフルトヴェングラーが「反ユダヤ」であることを知っていたという(フルトヴェングラーはドイツ音楽至上主義者だった)。しかし、同時にデイヴィットは「反ユダヤ発言をしなかった非ユダヤ人はいない」とも発言する。

ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章アレグレットが流れる中、ナチスの収容所における映像が映し出される。積み重なるユダヤ人の死体。それを押しやるブルドーザー、穴に押し込まれるユダヤ人の遺体。これはスティーヴの夢であった。スティーヴは異常な記憶力の持ち主であったため、このかつて見た嫌な光景を毎晩、夢として見る羽目になっているのである。

フルトヴェングラーに対する二度目の尋問が行われる。ここで、スティーヴは二度もナチ党員になっていながら公的演奏活動(正式には録音のみの活動である)を行っているヘルベルト・フォン・カラヤンの名前を出す。フルトヴェングラーがカラヤンを嫌っていたのは事実であり、カラヤンこと「K」がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者になることを怖れて、ヒトラーの御前演奏会に臨んだのではないかとスティーヴは考える。そしてそれは実際、真実に最も近いであろう。

スティーヴは、ブルーノ・ワルターやオットー・クレンペラーが1933年に亡命しているのに、なぜフルトヴェングラーは終戦直前まで亡命しなかったのかについて触れる。フルトヴェングラーは「ワルターもクレンペラーもユダヤ人であり、亡命せざるを得なかったのであり、自分は違う。自分はドイツに留まることでナチスと戦ったのだ」と言い張る。しかし、事実としては「K」がドイツ楽壇に君臨するのを怖れていたのではないかという疑惑が浮かぶ(実際、フルトヴェングラーは最晩年に自身の後任になるベルリン・フィルの指揮者について、「私がベルリン・フィルの指揮者としてふさわしくないと思っている男は一人だけ。あの男です」と暗にカラヤンが後任に抜擢されることを拒んでいる。だが、その後、フルトヴェングラーが怖れたことは現実となる。常任指揮者であったルーマニア人指揮者、セルジウ・チェリビダッケとベルリン・フィルが敵対関係になりつつあったことに加え、ベルリン・フィルのアメリカ・ツアーに同行できる独墺系指揮者がカラヤンしかおらず、そのカラヤンが「もし自分をベルリン・フィルの常任にしないならばアメリカ・ツアーには同行しない」と言ったことで、後任はカラヤンに決まった)。

スティーヴはブルックナーの交響曲第7番第2楽章アダージョのSPをエンミに掛けさせる。そしてフルトヴェングラーに聴く。「この曲は何ですか?」「ブルックナーの交響曲第7番アダージョだ」「誰の指揮ですか?」「誰のかって? 私のだよ」「これが流されたのはヒトラーが自殺した日です。追悼の音楽として」

実際問題として、ヒトラーはカラヤンを嫌っていた。理由はカラヤンは暗譜で指揮するのが常だったが、ヒトラーの御前上演となるオペラで、ソプラノがミスし、カラヤンは譜面を置いていなかったため、十分なフォローが出来ず、ヒトラーは「あの、若いのは何故譜面を持っていないんだ!」と激怒。以後、ヒトラーが愛する指揮者はフルトヴェングラーだけとなる。

スティーヴはヒトラーが愛したのはフルトヴェングラーの演奏であったと告げる。それに対してフルトヴェングラーは、「私はナチのために指揮したのではなく、ドイツ国民のために指揮したのだ」「芸術は中でも音楽は人間の内面を豊かにするために必要だ」と音楽論を展開する。
それに対して、スティーヴは「私生児は何人いますか?」と聞く。フルトヴェングラーの女好きは有名であり、自分の子供が何人いるのか自分でも把握できなかったと言われている。今でもフルトヴェングラーという姓の奴がいたら怪しいと言われるほどだ。

フルトヴェングラーは音楽の神聖さを強調し音楽と政治は無関係だとするが、実際はフルトヴェングラー自身は俗人であり、フルトヴェングラーに対しては批判的でカラヤンを「奇跡のカラヤン」と評した音楽評論家を政治力を用いてソビエト戦線に送ったり、ドイツを離れなかったのも、ドイツ国内のあちこちに愛人がいたからなのではないかと詰め寄られる。フルトヴェングラーはそれでも音楽の素晴らしさを強調するが、「1934年に亡命していたなら」と後悔の言葉を口にし、吐き気に襲われる。ヘルムートとエンミに抱えられながら退場するフルトヴェングラー。デイヴィットはフルトヴェングラーを「堕ちた偶像」と言いながらもフルトヴェングラーこそは世界最高の指揮者であり、あのような取り調べを行うべきではなかったのではないかとスティーヴに意見する。

ベートーヴェンの第九第1楽章が流れる中、劇は終わる。


様々な角度から再検討すると、何が正しくて何が間違っているのか、聖と俗とは何なんなのか、音楽は、そして演劇は我々にとって何をもたらすものなのか。人によって答えは違う、そう、人によって答えが違うからこそ、人生とは奥行があり、芸術とは価値があるのだと認識させられた舞台であった。


上演終了後に、演出の行定勲、デイヴィット役の鈴木亮平によるトークがある。司会は関西テレビの山本悠美子アナウンサー。

まず、「テイキングサイド」を上演することになったきっかけを行定勲が語る。行定勲が「テイキングサイド」の本を受け取ったのは、3.11の東日本大震災発生直後のことだったという。行定勲は映画の撮影をしていたのだが、大震災が起こったため、一度、撮影を全面的に中止にしたという。その後、仕事は再開したが、映画の撮影をするのはこの時期には不謹慎なのではないかという思いがこみ上げてきたし、周りも「不謹慎なのでは」という空気になったという。その時、「テイキングサイド」を読んで、戦後に行われた芸術を巡る審議という内容が、今、自分達の置かれている立場にリンクするのではないかと思い、引き込まれていったという。

また配役では、筧利夫と平幹二朗という、普通は舞台上で同時に観ることが想像しにくい組み合わせであるということから敢えてキャスティングしたという。筧利夫が演じるスティーヴ・アーノルドは芸術音痴で早口というクエンティン・タランティーノの映画に良く出てくるようなキャラクターを意識したという。そのことでセリフも聞き取りにくくなるし(筧利夫は普段使わない用語が沢山出てくる脚本に苦しんだのか、珍しく二回噛んだ)、内容も把握しにくくなるが、それも計算の内だという。

鈴木亮平は、今回のキャストの中で唯一オーディションで選ばれたという。オーディションは普通は数ページの台本によって行われるのだが、今回の作品ではデイヴィットのセリフ全てが渡され、それで審査されることになったそうで、鈴木は「うそーん」と思ったそうだ(行定勲の厳しさは映画界では有名である)。鈴木はカラオケボックスにこもってひたすらセリフを覚えてオーディションに臨み、あまり良い感触は得なかったそうだが選ばれたという。また鈴木は関西出身で、明日は両親と祖母と祖母の友人達が見に来る予定だという。

演技では筧利夫は想像通りの出来であり、平幹二朗はフルトヴェングラー役には残念ながら似合わないように思えた。わがままが過ぎて干され気味と噂の福田沙紀はまずまず可憐な演技を見せ、他の俳優も健闘していたように思う。

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