カテゴリー「東京」の33件の記事

2019年10月15日 (火)

美術回廊(38) 細見美術館 レスコヴィッチコレクション「広重・北斎とめぐるNIPPON」

2019年9月29日 左京区岡崎の細見美術館にて

ロームシアター京都と琵琶湖疎水を挟んで向かいにある細見美術館で、レスコヴィッチコレクション「広重・北斎とめぐるNIPPON」という展覧会を観る。
パリ在住のポーランド人であるジョルジュ・レスコヴィッチの蒐集した浮世絵の数々を展示した展覧会である。

歌川広重と葛飾北斎の他に、鈴木春信、喜多川歌麿、東洲斎写楽、渓斎英泉、歌川国貞らの絵が並んでいる。

劈頭を飾るのは鈴木春信の美人画の数々である。浮世絵、錦絵、春画などの部門で活躍した鈴木春信であるが、登場する女性達が異様に華奢なのが特徴である。江戸時代は今より栄養状態が良くなかったが、これほど細い女性が実在したとも思えない。他の絵師達の美人画とも比べると鈴木春信が描いた女性が段違いに細いことが確認出来る。浮世絵は余りモデルを使わず、イメージで描くこと多かったと思われるのだが、仮にモデルがいたとしてもかなりデフォルメされているのあろう。細い女が好みだったのか、か細さになんらかの意味を込めようとしたのか。

東洲斎写楽の役者絵は、逆に歌舞伎俳優達を美化しておらず、そのために描かれた俳優本人からは評判が悪かったそうで、写楽の活動期間を縮めた一因ともいわれているのだが、写楽の正体は能楽師の斎藤十郎兵衛だったという説が近年では有力視されており(「東洲斎」というのは「さいとうしゅう」のもじりというわけだ)、同じ舞台人であるがために役者の心情を上手く描けているという評価もある。残念ながら写楽の絵に描かれている演目を私は観たことがないのだが、あるいは観たらもっとわかることがあるのかも知れない。

葛飾北斎の「詩哥写真鏡」は、全体的に青の多用が印象的で、ピカソや北野ブルーの先駆けっぽい(?)。

広重の「六十余州名所図会」は嘉永6年に描き始められているが、この年は黒船来航の年である。攘夷の意識が高まる時代にこうした絵が描かれていたということになる。

「木曽街道六拾九次」は、広重の渓斎英泉の共作である。東海道に比べると木曽街道は地味だが、行き交う様々な人々が多彩に描かれている。そういえば以前に、渓斎英泉を主人公にした矢代静一の「淫乱斎英泉」という芝居を観たことがあるのだが、余り面白くなかった記憶がある。

広重の「東海道川尽 大井川の図」「相州江之嶋弁財天開帳参詣詣群衆之図」などでは波が図式化されている。実際は波がこういう形に並ぶことはないと思われるのだが、そこに意匠というか江戸時代のデザイン的な刻印が行われているようにも感じる。

広重が描いた「山下町日比谷さくら田」は現在の警視庁の辺りを描いた絵。その他にも「神田明神曙之原」や「上野山した」「下谷廣小路」などは、東京の風景を知っていると楽しみがグンと増す。

北斎は、かめいど天神たいこばしなど、今は現存しない橋をかなり大袈裟に描いている。リアリズムよりも人の内面の感情を優先させた描き方なのだと思われる。
富嶽三十六景は、京都浮世絵美術館に飾られていると同じ「江都駿河町三井店略図」なども展示されている。「甲州石班澤(かじかざわ)」の絵にも顕著に表れているが、同じ形になるものを並べる相似形の構図にすることで、構築をより堅固にしようという意思が伝わってくるかのようだ。
葛飾北斎は、「琉球八景」という絵画シリーズを手掛けているが、実際に琉球に行ったことはなく、琉球で描かれた絵や図などを見ながらイメージを膨らませて架空の琉球を作り上げたようである。

広重の「京都名所之内」は、その名の通り名所を細部に至るまで描いて(実際に行ったことのある場所と他の絵師の絵図を参考に想像で描いたものが混在しているようだ)、往時の京都のイメージを知ることが可能になっている。

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2018年1月18日 (木)

富岡八幡宮案内

残念な事件で有名になってしまった東京都江東区の富岡八幡宮。ただここは東京屈指の名門神社であり、見どころがたくさんあります。今日はそれをご紹介していきたいと思います。

まずは本殿。二階建ての立派なものです。

富岡八幡宮本殿

八幡宮であるため、祭神は当然、八幡神(誉田別命=応仁天皇を合祀)です。

 

境内の花本社には松尾芭蕉が神として祀られています。その名も松尾芭蕉命(まつおばしょうのみこと)。そのまんまですね。

富岡八幡宮花本社

ちなみに私は松尾芭蕉の『奥の細道』の冒頭は暗記していますので、案内のお姉ちゃん相手に暗唱して、ポカーンとさせました。

 

富岡八幡宮は、伊能忠敬が測量の旅に出掛ける前に参拝した神社です。ということで伊能忠敬の銅像もあります。

富岡八幡宮伊能忠敬銅像

 

富岡八幡宮の最大の特徴は、大相撲関係の碑が充実していること。まずは横綱力士碑。

富岡八幡宮横綱力士碑

 

最近話題の人の名前も勿論あります(左下に注目)。

千代の富士貢、貴乃花光司、若乃花勝らの銘

 

最強の力士といわれながら素行等が問題で横綱になれなかったという説のある雷電為右衛門の名前も番外に「無類力士」として刻まれています。

雷電為右衛門の銘

 

富岡八幡宮の一番人気は、横綱でも大関でもなく、強豪関脇碑に刻まれたこの人なんです。

強豪関脇碑力道山光浩の銘

皆が触るので変色してます。

 

そして富岡八幡宮の遺産というべきものが、昭和天皇御製のこの歌です。

富岡八幡宮昭和天皇御歌

「身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民をおもひて」

昭和20年3月18日に富岡八幡宮を視察された時の思いがこのお歌に込められたとされています

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2017年9月23日 (土)

NHK交響楽団学生定期会員時代のこと

 東京時代にNHK交響楽団の学生定期会員を2年ほどやっておりました(1997年-99年)。定期会員としての最初のコンサートの指揮者は、現在、京都市交響楽団の常任指揮者を務めている広上淳一でした。因縁を感じます。メインはグリーグの「ペール・ギュント」組曲第1番&第2番で、広上さんったら「アニトラの踊り」では指揮台の上でステップ踏んで踊ってました。

 定期会員の1年目は良かったのですが、2年目にはきつくなりました。渋谷のNHKホールまでは片道2時間。そして毎回聴きたい指揮者や曲目とは限らない。というわけで「今日は気が進まないなあ」と思いながら通うこともありました。「聴きたい」から「聴かなければならない」に変わってしまったのです。日本では評価が低いドミトリ・キタエンコが実は名指揮者だったという発見もありましたけれども。というわけで社会人になってからはN響の定期会員も辞め(N響のシーズンは9月ー6月なので、「なると同時に」ではありません)、以後もオーケストラの定期会員にはなっていません。

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2013年4月19日 (金)

猫町通り通信・鴨東記号 ピエタリ・インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団 「シベリウス交響曲チクルスⅡ」

サントリーホールで行われるピエタリ・インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団の「シベリウス交響曲チクルスⅡ」を聴くために東京に向かう。

今日は春にしては肌寒い日であったが、それは東京も同じであった。明日、明後日の東京は更に寒くなるという。体調に気をつけねばなるまい。

ピエタリ・インキネンはフィンランド出身の若手指揮者。1980年生まれだから指揮者としては若手の中でも更に若手の部類に入る。NAXOSから音楽監督を務めているニュージーランド交響楽団を指揮した「シベリウス交響曲全集」をリリースしているが、30歳になるかならないかの指揮者とは思えないほどの完成度を示し、注目を集める存在である。現在、日本フィルハーモニー交響楽団の首席客演指揮者の座にあり、その縁で、日本フィルとしては12年ぶりの「シベリウス交響曲全曲演奏会(チクルス)」に繋がった。ちなみに12年前に「シベリウス交響曲チクルス」を指揮したのは「シベリウス交響曲全集」を2度リリースしているネーメ・ヤルヴィである。

今日は交響曲第4番と第2番という組み合わせ。
交響曲第2番はシベリウスの交響曲の中で最もポピュラーな曲であり、演奏会のプログラムにたびたび載るが、交響曲第4番は完成度は随一ながら、暗い曲調と特殊な音楽性のために、おそらくシベリウスの交響曲の中でも最も演奏される機会の少ない曲だと思われる。この曲の実演を聴くのは私も初めてである。

前半が交響曲第4番、後半が交響曲第2番というプログラム。

インキネンが現れ、指揮台に立って一礼すると、まだ一音も発していないのに「ブラボー!」がかかる。この曲を取り上げてくれた御礼なのだろうか。

演奏する機会が少ないということは当然ながら演奏しなれていないわけで、指揮者、オーケストラともに負担は大きくなる。日フィルはシベリウスを演奏した回数が日本のオーケストラの中で一番多いと思うが、それでも金管、木管ともに完璧とはいかなかった。
一方の弦は透明で切れ味があり、胸が痛くなるような痛切な音楽を表現してみせる。
インキネンは流石に曲調をよく捉えており、おそらく人類史上最も見事に「絶望」を音楽に表した、この特異な交響曲を適度な抑制を持って演奏する。この曲はモーツァルトの二つのト短調やチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のように思い切った嘆きをしないだけに却って救いようのない曲である。
第2楽章冒頭で、木管が明るすぎたり、第4楽章でインキネンの交通整理が上手く機能しない場面もあったが、全体としては優れた出来であった。

交響曲第2番は模範的な演奏。他のコンビの演奏と比べると、良い意味で鄙びた印象を受ける。シベリウスの音楽は都会の音楽ではなく、大自然の中の音楽なのである。第4楽章は実に明るく、暗い場面があることなど忘れそうになるほどだった。

アンコールは「悲しきワルツ」。しっかりとした演奏であった。

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2009年9月 5日 (土)

街の想い出(28) 有楽町 有楽町マリオン

街の想い出(28)  有楽町 有楽町マリオン

東京で映画といえば有楽町マリオン。日本劇場の跡地に立つこのシネマコンプレックスに私もよく通いました。
ここで観た映画でパッと思い浮かぶものを挙げると、「メジャーリーグ2」、「リトル・ブッダ」、「ラヂオの時間」、「みんなのいえ」などです。「ラヂオの時間」はまず地元の千葉の映画館で観たのですが、もう一度観たくなってマリオンに行きました。マリオンのお客さんは千葉のお客さんよりもずっと笑いに対する反応がよく、私も千葉で観た時よりも愉快な気分になれました。映画といえども観る箱を選ぶ必要があるのだと実感しましたね。

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2009年8月17日 (月)

街の想い出(27) 神田・御茶ノ水界隈その8 明治大学12号館

街の想い出(27) 明治大学12号館

明治大学第二文学部文学科文芸学専攻は、今はなき5号館、6号館、7号館と、1994年に竣工した12号館を中心に授業を行っていました。

12号館の教室からはライトアップされた東京タワーが見えました。東京タワーを見ながら勉強というのはロマンティックでしたね。夜の部は学生が少ないということもあり、私語もなく(私語をするような学生はそもそも授業に出てこないということもある)講義内容も充実したものでした。

ちなみに文芸学専攻とは、日本文学と演劇学を軸に、英米仏独露の各国語の文学を学ぶ場所で、早稲田大学の文芸専修や日本大学芸術学部の文芸専攻とは趣を異にします。私は日本文学に軸を置いていましたが、戯曲研究などの演劇系科目、仏文学史や独文学史なども学んでいました。だから、外国語こそ中国語が多少出来るくらいですが、翻訳文学に関する知識はオールマイティです。

夜間のみにあった文芸学専攻は、夜間部廃止と同時に文芸メディア専攻に改組され、教育の内容は少し変わったようです。ちなみに学費は倍になりました。

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2009年7月26日 (日)

街の想い出(26) 神田神保町 「まわるお寿司 うみ」

街の想い出(26) まわるお寿司 うみ

明大生時代によく行ったのが、神田神保町の交差点にある回転寿司のお店「まわるお寿司 うみ」。安くて美味しい寿司が食べられます。コンサートの前のちょっとした食事の時には、よくこの店を利用していました。

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2008年8月 5日 (火)

街の想い出(24) 神田・御茶ノ水界隈その7 内山書店

街の想い出(24) 神田・御茶ノ水界隈その7 内山書店

東京都千代田区神田駿河台下の、すずらん通り。この通りに中国関係専門書店が2軒あります。1軒は以前に単独で紹介した東方書店。そしてもう1軒がここで紹介する内山書店です。
内山書店は3階建て。私が初めて訪れた頃(1994年)と最近とでは本の配置が多少異なっていますが、1階に日本語の中国語と中国関係書、中国語による経済書、文学書などが並べられ、2階には中国の古典書や音楽書、3階では民芸品などが売られていました。

2階には中国の音楽CDやカセットテープ、VCDなどが並ぶコーナーがあり、中国人作曲家によるオーケストラ曲のCDも売られていました。演奏を担当しているのが中国の団体ではなく、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団という、名前を聞いたこともない怪しげなオーケストラであったことが記憶に残っています。

さて、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団は、現在ではNAXOSというレーベルから出ている録音でおなじみのオーケストラとなっていますが、複雑な事情によりロシア・フィルハーモニー管弦楽団を名乗る団体は複数あるため、内山書店に並んでいたCDのロシア・フィルハーモニー管弦楽団と、NAXOSからCDを出しているロシア・フィルハーモニー管弦楽団が同一団体なのか、今でも判然としないのです。

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2008年5月 1日 (木)

ある数字の話

「1は2、3は12、4は10、6は4、8は8、10は6、12は無し」

これだけだと大多数の人は何を言っているのかわからないと思います。関東出身で、京都に住んでいる人はピンと来るかも知れませんが。

実はこれ、テレビのチャンネルの違いを言ったもので、関東のテレビ局のチャンネル番号が京都では何チャンネルに相当するかを示したものです。

東京→京都の順で併記してみると、

NHK総合 1→2
NHK教育 3→12
日本テレビ 4→10 読売テレビ
TBSテレビ 6→4 毎日テレビ
フジテレビ 8→8 関西テレビ
テレビ朝日 10→6 ABCテレビ
テレビ東京 12→ 京都では基本的にテレビ大阪の番組は受信出来ない。

京都のUHF局であるKBS京都テレビは多くの家庭では3チャンネルに入っています。
KBS京都は、以前はテレビ東京の関連局として同じ番組を数多く放送していたようですが、テレビ東京系列の関西キー局であるテレビ大阪が出来てからは独自路線を歩み、テレビ大阪が京都府を視聴地域にしなかった(KBS京都の反発もあって出来なかった)ため、京都ではテレビ東京系列の番組が視聴出来なくなっています。

VHF局とUHF局が共存している関東から見ると奇妙な気もしますが、これが関西流のようです。ただ、VHF局が本社を置く東京には長くUHF局は存在しなかったので、事情がそれほど違うというわけでもないのでしょう。

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2008年4月30日 (水)

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

東銀座にある銀座シネパトス。地下にある映画館です。3つのスクリーンがあり、ロードショー、名画など様々な映画を上映。

この映画館観た映画で印象深いのは、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」のリバイバル上映。1994年か1995年のことだったと思います。

今はどうか知りませんが、当時の銀座シネパトスは近くを走る地下鉄の音がときおり館内に響いてくるという、のんびりした感じの映画館。そうした場所で、アラン・ドロン演じる主人公が海辺で太陽の光を浴びながら満面の笑みを浮かべ、でも実は……、という切ないラスト(このラストシーンは原作にはない、映画独自のもの)を観るのは、最新式の映画で万人向けの映画を観るのとは違った独特の感慨があったのをよく憶えています。

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