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2018年11月11日 (日)

観劇感想精選(264) 白井晃&長塚圭史 「華氏451度」

2018年11月3日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後3時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで「華氏451度」を観る。レイ・ブラッドベリの有名小説を長塚圭史の上演台本、白井晃の演出で舞台化したもの。出演は、吉沢悠(よしざわ・ひさし)、美波、堀部圭亮、粟野史浩、土井ケイト、草村礼子、吹越満。ガイ・モンターグ役の吉沢悠を除いて、全員が複数の役を演じる。
長塚圭史の上演台本は、基本的に原作小説をパラフレーズしたもので、セリフやト書きも原作に忠実であることを心がけたそうである。

レイ・ブラッドベリの原作に関しては、個人的な思い出がある。1999年の秋に、藤沢と小田原に一泊ずつする神奈川県への小旅行に出たのだが、二泊目の小田原で『華氏451』を読了したことをなぜか覚えているのである。多分、感動したのだろう。その日は、藤沢のホテルを出て鎌倉文学館に行き、文学館前の公衆電話で小田原の宿を取り(まだ携帯電話を持っていない時代の話だ)、小田原文学館を訪ねた(近くに旧岸田国士邸の門あり)後で小田原駅前のビジネスホテルに泊まり。翌日は関白農道を上って石垣山一夜城を訪れてから静岡県の熱海と伊東を回りというコースであった。一連の旅の思い出と『華氏451度』が一体となっている。

ちなみに、「華氏451度」とは紙が発火する温度である(摂氏だと233度)。
『1984年』と『華氏451度』はディストピア小説の両輪ともいうべき有名作だが、今年は2本とも舞台化されることになった。

舞台上手下手奥の三方向にびっしり本で埋まった書棚が浮いている。役者はこの本棚のすぐ後ろでいて、出番が来るまで待機しているというスタイルである。
舞台が始まると、奥から出てきたファイアマン達が本を燃やし始める。近未来、建物の火事は最早なくなり、ファイアマンは消火ではなく焚書を仕事としている。近未来に於いては読書は有害なものとして禁止、思考力を働かせることすら忌避されている。「インテリ」というのは蔑称である。

ファイアマンの一人であるガイ・モンターグは本を燃やす仕事をしていることに何の疑いも持たず、「本が燃えるのは楽しかった」と述べ、本の発見と焼却に無邪気な誇りを持っていた。実は、モンターグの上司であるベイティー(吹越満)は、本の怖ろしさについて知悉していたようなのだが。
ある日、モンターグは、クラリスという少女(美波)と出会う。本の価値について語るクラリスにモンターグは戸惑う。帰宅したモンターグは妻のミルドレッド(美波二役)にクラリスのことを話すが、ミルドレッドは本を有害なものとしか思っていない。家庭内にはモニターが数台あり、そこに映り続ける「友達」の言うことを聞くのがコミュニケーションであり友情とされていた。「みな平等」という美名の下に、均質的な人間像が理想化され、異端者は静かに迫害されていた。そしてそれは「皆が望んだこと」なのだ。上や遠方から来るのではなく内側にいたものなのである。
ある老女(草村礼子)の自宅から本が発見され、ファイアマン達は焚書に向かう。ところが老女が本と共に焼かれることを選択したためにモンターグは困惑し……。

洗脳が常態化された世界にあって、知識と思考の有効性を述べた作品である。

フランソワ・トリュフォーが同作を映画化しており、私も観てはいるのだが、場面場面は思い出せても全体としての印象は忘却の彼方にある。ただ、小説はまあまあ覚えているということもあり、舞台としての「華氏451」を詳細まで楽しむことが出来た。

知識と思考と想像力を後世に伝えることの重要性と主体的な知者であり続けることの一種の義務が観客へと語られていく。

「1984年」と「華氏451度」の2作品が1年のうちに上演されるのは面白いことなのだが、演劇人達がそれほど切迫感を抱いているということでもあり、歓迎される状況ではないのかも知れない。

今日は、吉沢悠、美波、吹越満によるアフタートークがある。
開演前にホワイエでアフタートーク参加者への質問を募集しており、私も「本以外で記憶して語り継いでいきたいものはありますか?」と紙に書いており、質問として採用されたのだが、吉沢は「そんな立派なこと考えたことない」と戸惑い、色よい返事を貰うことは出来なかった。吉沢は初めて台本を貰ったときは何が書いてあるのかさっぱりわからなかったそうで、今も深くは理解していないのかも知れない。まあ、質問自体が悪かったのかも知れないが、そうご大層に捉えなくても、「記憶して語る」という行為はメタ的に考えれば演劇そのものであり、だからこそ長塚圭史もなるべく原作を尊重という姿勢を取ったのであろうし、演出の白井晃もそれを理解していてわかりやすい表現を意図的に避けたのだろう。白井は「抽象的な話なんだから具象的にやるな」とダメ出ししていたそうである。
意図は伝達の妨げと考えられる。意図はあるがままのものを認めずに歪め、誘導するのだ。
美波はその場では記憶と伝達には答えなかったが、アフタートークを締める最後のメッセージとして、舞台作品を記憶することと舞台経験の豊穣性について語り、一応は私の質問と呼応した形となった。


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2018年11月 1日 (木)

2346月日(4) 同志社女子大学公開講演会 ジェイ・ルービン 「夏目漱石と村上春樹 翻訳家の告白」

2018年10月23日 同志社女子大学今出川キャンパス純心館S013教室にて

同志社女子大学で開催されるジェイ・ルービンの公開講演会に参加する。アルティであった加藤健一事務所の公演を観た帰りに同志社女子大学の前を通ってたまたま見つけた講演である。同志社女子大学今出川キャンパスの中で最も新しいと思われる純真館で行われる。


「夏目漱石と村上春樹 翻訳家の告白」と題された講演。
ジェイ・ルービンは、村上春樹の小説の翻訳で知られる翻訳家・文学者である。ワシントンD.C.に生まれ、シカゴ大学大学院で文学博士号を取得。ワシントンD.C.ではなくワシントン州シアトルにあるワシントン大学の教授を経て、ハーバード大学教授。2008年に退官して、同大学名誉教授の称号を得ている。『ねじまき鳥クロニクル』の英語翻訳で野間文芸翻訳賞を受賞。村上春樹の『ノルウェイの森』、『1Q84』などの他に夏目漱石や芥川龍之介、謡曲の英訳なども手掛けている。また『村上春樹と私 日本文化に心奪われた理由』という本を上梓している。

ジェイ・ルービンは基本的に日本語で話す。

まず、京都の思い出。京都では、1995年から96年までと2000年から2001年までの2度、桂にある国際日本文化研究センター(日文研)に1年間滞在して研究を行ったことがあり、今回も京都を訪れて大変懐かしく思うと語る。

そして以前、伏見稲荷大社を訪れた時の話になる。伏見稲荷大社には何本もの寄進された鳥居があり、様々な人が勝手に祠を建てたりしている。ジェイ・ルービンはその中にとても古いと思われる祠を見つける。文字が最早見えなくなっており、「これは江戸時代以前に建てられたものに違いない」と思ったのだが、実はそれは昭和に入ってからのもので、夏目漱石の時代よりもはるかに新しいものであった。昭和といっても文字が見えないほど古びてしまうものが存在するのだが、更に古い時代に活躍した夏目漱石は「今でも新しい作家」である。

その後、早稲田大学のゲストハウスに泊まった話もする。早稲田大学のゲストハウスは夏目漱石の生誕地や邸宅が構えられたというゆかりの地である。
ルービンは、早稲田界隈で撮った写真をプロジェクター(投影機)を使っていくつか見せる。漱石山房記念館、夏目漱石生誕の地の碑、夏目漱石の銅像など。早稲田には今も夏目漱石が息づいている。

そこから村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を翻訳した時の話になる。夏目漱石のような物故者には翻訳に関して意見を聞くことは出来ないが、村上春樹は存命中であるため、いくらでもやり取り出来る。ただ、やり取りをしすぎてしまったという話になる。

ジェイ・ルービンは翻訳に関しては細かいところまで詰めるタイプであるため、村上春樹に質問し続けて、朝から晩までやり取りをすることになってしまい、共に疲労困憊になったそうである。
『ねじまき鳥クロニクル』は、「水」が重要なテーマになっているため、ネクタイの柄である「水玉の」を「polka-dot」にすべきか水を強調できる「water-drop pattern」にすべきか村上に問い、村上は「polka-dotがいい」と答えたそうである。

「塀」も『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』以来、重要な村上文学のモチーフなのだが、ジェイ・ルービンは「wallとすべきかfenceとすべきか」迷い、村上は「fence」をベターとした。

「幸江」という名前の女性が出てくるのだが、ルビが振られていない。そこでルービンは、「さちえ」と読むのか「よしえ」か、はたまた「ゆきえ」なのかを聞く。村上の答えは「ゆきえ」であった。

出てくる登場人物が掛けている眼鏡の縁の色が最初は茶色だったのが途中で黒に変わっている。これについては村上は「最初から黒にすべきだった」、つまり編集者も見つけることが出来なかったミスであったことがわかった。

ということで、村上春樹もルービンとの翻訳作業を終えて、「どうせ小説というのはいい加減なものだ」(やれやれ)と発言したそうで、村上春樹自身も翻訳を行うが、自身が書いたテキストが英訳される際に気にするのは英文として面白いかどうかであり、子細に点検するタイプではないようである。村上自身は自作の小説を読む返すこともほとんどないことが知られているが、読む直すと「欠点ばかり目につく」からであり、仮に間違いがあったとしても致命的でない限りは気にしないことにしているようである。
デビュー作である『風の歌を聴け』でも、日付の辻褄が合わなくなっていることが知られているが、村上春樹本人は後でそれに気づくも今に至るまで修正したことはない。確かに小説を読み進める上では大して問題にならない部分ではある。

ちなみに、ルービンは『ノルウェイの森』を英訳した際、村上に訳の間違いを指摘されたことがあるのだが、それは、「かわって」を「わかって」と誤読したために起こったものだそうである。村上はその時も、「『かわって』を漢字で『代わって』と書くべき所を平仮名で書いてしまったため」としており、ルービンは村上について「とても優しい人」という印象を抱いたそうである。


その後、ルービンが『アメリカひじき』を翻訳した野坂昭如の話になる。ルービンは銀座の店で野坂と待ち合わせをしていたのだが、いつまで経っても野坂がやって来ない。1時間ほど待ったところで、実はスタッフが店を間違えていたことに気づき、ルービンは野坂が待つ店へと移動する。
到着した時には野坂はすでに酔っ払っており、店にゴキブリが出たとかで、「人間はゴキブリ以上の存在だと思い込んで疑わない『傲岸さ』について延々と語った」そうである。


ルービンは、澤西祐典(さわにし・ゆうてん)という日本の若い作家を紹介する。優れた作家なのだが日本人はほとんど誰も知らないそうだ。


話は漱石に戻る。『三四郎』を英訳した時のことだが、ルービンは「漱石の頭の中をよりよく理解したい」ということで、漱石自身が書いた『文学論』を読んで研究を行ったという。「漱石は直角的ではなく細かな描写を好む」ことにルービンは気づいていたのだが、『文学論』で漱石は視覚や聴覚といった五感に関する記述を行っており、その細密な分析に感心している。
漱石は、ヴィルヘルム・ブントが書いた色彩に関する記述を挙げ、「白色は華美、緑色は静けき楽を想起し、赤色は勢力に通じるものなり」として、『三四郎』でも色彩理論を発展させている。
なんとなく、共感覚を連想させる手法であるが、夏目漱石が共感覚の持ち主なのかどうかは私は知らない。

その頃、ルービンは、『夏目漱石』を著したことで有名な文芸評論家・文学者の江藤淳を訪ねている。当時、江藤淳は東京工業大学の教授であり、江藤の研究室に招かれたルービンは江藤から「ここにある書籍は自由に使っていい」と言われたそうで、「本当に親切な人だ」という印象を受けたという。
江藤の不在時に、ルービンは「漱石の幽霊が現れるのでは?」という願いを抱きつつ研究室に籠もっていたことがあるそうだが、ついぞ幽霊は現れず、「自分は幽霊を見たことはないし、信じてもいないので」当然ではあると思いつつも、それは漱石が説いた「還元的感化」や、漱石が東京帝国大学の教員を辞して朝日新聞に小説専業の嘱託社員として入社したときの「妙境」に通ずるものがあるのではないかという答えを導く。村上春樹の小説では高確率で、能には常に異界のものが出現する。

最後は、世阿弥の謡曲「雲林院」を巡る話題。在原業平の幽霊が、自身が主人公のモデルとなった『伊勢物語』を本を持って現れるという筋書きに、ルービンは「還元的感化」と「妙境」を感じたという話である。


講義の後で質疑応答の時間となる。質問の優先順位はまず同志社女子大学の学生(普通の講義としても行われており、同女の学生は出席票やレポートを出す必要があるようだ)、次いで同志社大学など単位交換をしている他大学の学生、最後が一般人となるようである。

まず、ジェイ・ルービンの翻訳以外の文学先品があるかどうかという質問であるが、『日々の光(The Sun gods)』という戦中の日本を舞台にした小説を英語で書いており、日本語訳はルービン自身ではなく柴田が行ったそうだ。

2つめは、日本文学に興味を持ったきっかけについて。ルービンは、日本語を選んだのは「大きな間違いでした」と冗談を言う。英語を母国語とする者にとって日本語は最難関言語として知られ、とにかく難しい。大学時代にたまたま「日本文学入門」という講義を取り、先生が「原語で読むとますます面白い」と言ったため日本語に取り組むことになったのだが、「それが元々の間違いでした」

3つめは、村上春樹の小説がアメリカでどう受け止められているか、またノーベル文学賞に関して。
ノーブル文学賞に関してはイギリスの賭け屋が勝手にやっていることで、ノーベル文学賞委員の意向は全く不明である。ノミネートされているのかどうかすらわからない。ただ、「今の日本人でノーベル文学賞を受賞するとしたら村上春樹しかいない」のは事実である。ノーベル文学賞委員の不祥事で、ノーベル文学賞委員が解散。後継の賞は出来たが、これに関しては村上春樹自身がノミネートすら断っている。
アメリカのメディアで日本文学がどう取り上げられているかだが、文学以前に日本文化自体が話題になることがほとんどないそうで、村上春樹はその中で唯一の例外だが、それもノーベル文学賞絡みのことである。アメリカでは夏目漱石すらほとんど知られていないそうである。

4つめは、作者と読者の関係について。同女の英文科の学生の質問であるが、英語の小説を読もうとしても現時点では没頭出来ず、やはり日本語訳で読む方を好むのだが、原語による文章の差異についてはどう思うかというものである。
ルービンの場合、ドストエフスキーが好きだがロシア語を学んだことはないので、英訳で読むそうだ、「本当に理解出来ているのかわからない」というのが本音だそうである。
それと矛盾するが、ルービン自体は「文学は原語で読むべき」という考えを持っているそうだ。ただ、世界中で村上春樹は読まれているが、翻訳で読んだ全員が村上春樹について誤解しているかというとそういうことはないだろうとも思っており、伝わることは伝わるだろうとも考えているそうだ。

5つめ。深読みの可能性について。ハンガリーからの留学生からの質問である。
深読みしすぎて間違うことは往々にしておるが、物故者の場合、その深読みが合っているのかどうかを確認する術はない。「too much」になった場合はどう思うのか?
村上春樹は、「You think too much」という言葉をよく使うそうで、ルービンのように細部まで訳語を詰めなくても伝わることが伝われば良いという指向のようだ。
またルービンは学者だからこそやり過ぎると考えているようで、自戒としてもいるようである。

6つめは、「翻訳するに当たって重視しているものは」
第一に考えているのは。「正確さ」だそうである。「忠実に」行うのだが、日本語を英語にそのまま転換することは出来ないので、「英語の読者になるべく日本語の読者と同じ経験を与える」よう心がけているそうだ。

7つめは、「テキスト翻訳の際に解釈は許されるのか?」
日本語と英語は構造から何から全てが余りに違うというのが事実である。「Thank you」を日本語に訳すと「ありがとう」だが、「ありがとう」の元々の意味は「滅多にないこと」であり、「あなたに感謝します」の「Thank you」とはそもそも成り立ちが違う。「こんにちは」であるが、英語にそのまま置き換えると「Today is...」になる。そのまま言っても英語圏の人には何を言っているのかがわからない。そこで意味が一緒になるよう置き換える必要がある。ということは「解釈を入れないと翻訳出来ない」ということでもある。

私自身、中国語の翻訳家を目指したことがある。1990年代前半には、関東と北海道ローカルであったが、cx系の深夜番組である「アジアNビート」で中国、台湾、韓国のポップスが中心に紹介されていた。大学の第二外国語で中国語を選択していたこともあり、中華圏のポップスは良く聴いたのだが、ライナーノーツに記載されている日本語訳歌詞が間違いだらけなのがかなり気になった。なぜ間違いが生じてしまうのかというと、翻訳者は中国語には通じているものの文学的素養に欠けるため、何を言っているのか把握出来ないまま訳してしまっているのである。訳しているとは書いたが、内容把握出来ないまま日本語に置き換える作業を訳とは本当はいわない。訳とは言葉ではなく内容を置き換えるのである。


8つめは、7つめに関連した質問が白人男性からなされる。「内容転換はするのか?」
答えは勿論、「書き換えは許されていない」

原文のテキストが作者だとすると、翻訳者は演出家に相当する。演出家にも変な人が多いので、勝手に解釈して内容を改竄してしまう人はいるのだが、私に言わせればその時点でアウトであって、人前で表現する資格すらない。


9つめは、夏目漱石の『三四郎』に関するもので、知り合いの翻訳家が『三四郎』を英語に訳する際、わかりやすくするための言葉を足したらどうかと提案したら「No」と言われたそうである。
ルービンもやはり「わかりやすくしてはいけない」という考えのようである。
私自身も「読者を信頼すべき」と考えている。わかりやすくした場合は、原典ではなく私自身の文脈に誘い込むということになってしまうからだ。とはいえ、信頼したからといっていい結果が出るわけでもなく、逆になるケースがかなりあるのだが。

最後は同志社女子大学の教員からの感想で、村上春樹はスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を自身で日本語訳しているが、かなり解釈を入れており、村上自身が「これは村上春樹の『グレート・ギャツビー』だ」と断言していて、本当の『グレート・ギャツビー』を読みたいなら原文で読むことを薦めている。
ここでこの方は勘違いして、「自分は翻訳の際、解釈を入れているのに、自分のテキストを英訳する時はかなり細かく言葉を選ぶの意外」と言っていたが、村上春樹が細かいのではなく、ルービンが子細に聞く人なのである。先に出てきた通り、村上の考えは「どうせ小説というのはいい加減なものだ」である(やれやれ)。



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2018年10月29日 (月)

コンサートの記(446) 「時の響」2018楽日 アンサンブルホールムラタ第3部 京都フィルハーモニー室内合奏団×辻仁成 「動物の謝肉祭」

2018年10月21日 京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタにて

「時の響」2018楽日。午後4時から、京都コンサートホール小ホール アンサンブルホールムラタ(通称:ムラタホール)で行われる第3部コンサートを聴く。大ホールでは第3部の演奏会は行われないので、これが「時の響」2018最後の催しとなる。

出演は、京都フィルハーモニー室内合奏団。語りは辻仁成(つじ・ひとなり)。辻仁成は、昨日今日とムラタホールに出演。ギター弾き語りなども行ったようだ(ミュージシャンの時は「つじ・じんせい」名義である)。

曲目は、フォーレの「パヴァーヌ」、ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」と「夢」(いずれも室内オーケストラ編曲版)、ラモーの「タンブーラン」、サン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」朗読付き(台本&朗読:辻仁成)。


フォーレの「パヴァーヌ」。人気曲である。京都フィルハーモニー室内合奏団も典雅さを意識した演奏を行う。

ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」と「夢」は、いずれもピアノ曲を室内オーケストラ用に編曲したものの演奏。編成にピアノは含まれていない。
ピアノ向けの曲なので、室内オーケストラで演奏すると音が滑らかすぎて流れやすくなるようだが、なかなか聴かせる演奏になっていたように思う。


ラモーの「タンブーラン」は、太鼓とタンバリンが活躍。弦楽はピリオド不採用であったが、古楽の雰囲気を良く表したものになっていた。


メインであるサン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」。朗読を担当する辻仁成が、この日のために書き下ろしたオリジナルテキスト版を自ら初演する。

辻仁成で京都というと、「やっと会えたね」という言葉がよく知られているが、それももう過去のこととなった。

その後、中性を意識したスタイルへと変わった辻仁成。今日もそんな感じである。

辻仁成はまずミュージシャンとしてデビューし、その後に詩人として文壇に登場。小説家に進んだのはその後である。

辻が書いたテキストは、小説家・辻仁成よりも詩人・辻仁成の要素を強く出したものである。動物たちの集まったカーニバルの日の夜明けから日没までを舞台に、「人生」をテーマとした語りが行われる。
辻は、京フィルの団員や客席を笑わせることを第一としているようだが、慣れていないということもあって空回りする時もある。他は冗談音楽だから良いのだけれど、「白鳥」の時にテーマを歌うのは流石にやり過ぎである。チェロの旋律美を楽しみにしていた人もいるだろうし。
ともあれ、ラストは「悩みのない動物=人間の本能的部分」の礼賛で締め、メッセージにはなかなか良いものがあったように思う。

京フィルの演奏のレベルもなかなか。
ピアノは佐竹裕介と笹まり恵の二人が担当したのだが、「ピアニスト」では二人とも楽譜も満足に読めないレベルのピアノ初心者演技入りでたどたどしく弾き、かなりの効果を上げていた。サン=サーンスもこうしたものを望んでいただろう。

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2018年10月27日 (土)

コンサートの記(444) 「時の響」2018楽日 大ホール第1部 広上淳一指揮京都市交響楽団 広上淳一リクエスツ「音楽維新 NHK大河ドラマテーマ音楽で聴く歴史の波形」

2018年10月21日 京都コンサートホールにて

京都コンサートホールで行われている「時の響き」2018。大ホールでの第1部と第2部の出演は、広上淳一指揮京都市交響楽団。
コンサートマスターは今日も渡邊穣で、第1部の木管楽器の首席奏者はオーボエの髙山郁子のみ、第2部では勢揃いという顔触れである。

午前11時開演の第1部は、広上淳一リクエスツ「音楽維新 NHK大河ドラマテーマ音楽で聴く歴史の波形」と題されたコンサートで、幕末を舞台とした大河ドラマのメインテーマ曲を中心にした曲目が編まれており、

谷川賢作の「その時歴史が動いた」エンディングテーマ、坂本龍一の「八重の桜」、川井憲次の「花燃ゆ」(ヴォーカル:平野雅世&迎肇聡)、湯浅譲二の「徳川慶喜」、吉俣良の「篤姫」、佐藤直紀の「龍馬伝」(ヴォーカル:平野雅世)、林光の「花神」、富貴晴美の「西郷どん」が演奏される。

司会は、FM京都 a-stasionのDJである慶元まさ美(けいもと・まさみ)が務める。

NHK職員の息子であり、子どもの頃から大河ドラマを見ていて、自称「大河フェチ」の広上淳一の解説も聞き物である。


現在は「歴史秘話ヒストリア」となっている枠で流れていた「その時歴史が動いた」。詩人の谷川俊太路の息子で、作曲家の谷川賢作の作品である。
広上によると、「ラストで、取り上げられた人物の金言といいますか、箴言、まあ金言ですね。それが松平さん(松平定知アナウンサー)のアナウンスで流れて、最後にトランペットが鳴るところで涙を流す」と「自分自身の体験なってしまいましたが」語る。広上はよく泣く人のようである。

午前中にスタートするということで、広上は「おはようございます」と挨拶していた。


「八重の桜」。慶元が、同志社大学の創設者である新島襄の妻となった新島八重(山本八重)を紹介し、広上は「私の頭の中では綾瀬はるかになっています」と語る。
八重の兄である山本覚馬が西郷隆盛と仲良くなり、御所の北にあった二本松の薩摩藩邸跡地を安値で譲られて、新島襄の同志社が出来たという話を広上はする。

「八重の桜」のテーマ曲は、放送中であった2013年に、坂本龍一のピアノと栗田博文指揮東京フィルハーモニー交響楽団の演奏で聴いてことがある。新しくなったフェスティバルホールで聴いた初のコンサートであった。
尾高忠明指揮NHK交響楽団による本編用の音源でも、坂本龍一&栗田指揮東京フィルの演奏でも最初から壮大でドラマティックな展開となっていたが、今日の広上はそれらとは違い、一瞬一瞬の光の明滅を描いたかのような儚げなものであった。尾高や坂本&栗田が咲き誇る桜を描いたのとは対照的に、散りゆく花びらを音の変えたかのような演奏である。


「花燃ゆ」。吉田松陰の妹である杉文を主人公にした作品。広上は「私にとっては井上真央」。井上真央もこの作品の低視聴率があだとなったのか、最近はいい噂が聞こえてこない。
本編で指揮を行っていたのは、広上の弟子である下野竜也。下野竜也はNHKに気に入られているようで、その後も何度も大河ドラマのテーマ曲指揮を手掛けており、「真田丸」では謎の商人役(真田信之役の大泉洋に「誰?」と言われる)で出演までしてしまっている。「RAMPO」などの作曲家である川井憲次のメインテーマはドラマティックで良かったのだが、本編自体は脚本家を4人も注ぎ込むも音楽に負ける出来となってしまっていた。


「徳川慶喜」。作曲は20世紀の日本を代表する作曲家の一人であった湯浅譲二。現代音楽の要素を取り入れており、大河ドラマのメインテーマの中では取っつきやすい方ではない。広上は、徳川慶喜については「昔は余り好きじゃなかった」と語り、「軍事力は負けないだけのものを持っていたのに、兵を見殺しにして逃げて謹慎しちゃって情けない人だと思っていた」
ただ、「当時の列強に日本を乗っ取られる」危険性を避けるためと知ってからは見る目が変わったようである。
演奏前に、大政奉還の舞台となった二条城のCGがスクリーンに映る。
本編でもオープニングタイトルは個性的であり、江戸の写真や絵と共に縦書きの字幕が左から右へと流れていくという絵巻物手法が取られていたのを覚えている。


吉俣良の「篤姫」。21世紀に入ってからの大河の中では平均視聴率が最高を記録した作品である。広上は、「まさか岡田准一と結婚するとは思わなかった」と宮﨑あおいについて語る。
ちなみに影の脚本家を巡る噂のある作品でもある。
広上は、「地味だけど」と前置きしつつ、曲に関して褒める。
本編での指揮は井上道義で、耽美的な演奏を行っていたが、広上の指揮する「篤姫」は井上のものに比べるとスタイリッシュである。


佐藤直紀の「龍馬伝」。本編を指揮したのも広上淳一である。
佐藤直紀は、広上の東京音楽大学の後輩であり、教え子でもあるそうだが、「彼は私の授業には出ませんで」と広上は語る。「龍馬伝」のレコーディングの時に、佐藤は「あの時はお世話になりました」と言いに来たそうだが、広上が「そんなにお世話したっけ?」と返すと、「いや、最初の1回しか授業に出ていませんで、それで、『単位あげるよ』と言われたので、もう出ませんで」だそうである。広上は単位はあげたが、大学から授業に出ない学生に単位をあげたのが問題視されたそうで、翌年からは当該授業からは外されてしまったそうである。
佐藤は、インドやネパールなどの南アジアの「エキゾチックな」民族音楽を学ぶのが好きな人だそうである。

本編ではオーストラリアのミュージシャンであるリサ・ジェラルドがヴォーカルを担当していたが、今回は平野雅世がマイクなしのソプラノで歌う。
ただこの曲は、マイクありのヴォーカルで歌った方が効果的なように思えた。


林光の「花神」。大村益次郎こと村田蔵六を主人公にした作品である。「花神(かしん)」は「花咲か爺さん」の中国での呼称。自分は去ってしまうけれど咲かせた花は残るという姿を司馬遼太郎が花神に例えたものである。

広上は林光について「大天才」と最大級の賛辞を送る。林光は尾高尚忠の弟子であり、十代の頃からすでに尾高に認められていて鞄持ちなどをしており、東京芸大に入るも学ぶものが何もないため1年で中退して作曲活動に入ったという早熟ぶりについても話す。
基本的にオプティミスティック人であり、どんな時でも明るかったという。

「花神」は、現在は総集編のVTRのみが残っている。私も総集編のみDVDで見た。
林光は、作風が比較的平易なことでも知られ、どの作品でも明快な旋律を一番大事にしている。曲と広上の相性も良いようだ。


現在放送中の大河ドラマ「西郷どん」のオープニングテーマ。一昨日、岩村力指揮京都市交響楽団の演奏で聴いているため、聞き比べが出来る。
広上の指揮する「西郷どん」は、岩村のそれと比べて重層的であり、より多くの音が聞こえる。劇伴としては主題が明確に浮かぶ演奏が好まれる傾向にあるのだが、広上の解釈はクラシック作品に対するのと変わらないスタイルが貫かれているようだ。

全般を通していえることだが、広上の奏でる大河のメインテーマはどこか儚げで移ろいやすく、どんなに明るいメロディーや和音にも憂いが影に潜んでいるという日本人的美質が聴き取れる。まるで「桜」の美意識だ。

広上の大河指揮デビュー作も幕末ものの「新選組!」なのだが、残念ながら演奏はなし。「時の響」は時間の関係でアンコール演奏も一切なしのようである。


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2018年10月18日 (木)

観劇感想精選(260) アルテ・エ・サルーテ 「マラー/サド」@クリエート浜松

2018年10月11日 浜松市のクリート浜松 ホールにて観劇

午後5時30分から、クリエート浜松のホールで、アルテ・エ・サルーテの「マラー/サド(原題は「マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院の患者たちによって演じられらジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」)」を観る。フランス革命時のジャコバン派首領であるジャン=ポール・マラーと、サディズムの語源として知られ、後世に多大な影響を与えたマルキ・ド・サド(サド侯爵)を軸にした芝居である。

アルテ・エ・サルーテは、浜松市の音楽文化交流都市であるイタリア・ボローニャに拠点を置く非営利協会。エミリア・ロマーニャ州立地域保健機構ボローニャ精神保険局の精神障害者80名以上が通っており、そのうち41名がプロの俳優として、散文劇団(コンパニィア・ディ・プローザ、児童向け劇団(コンパニィア・ディ・テアトロ・ラガッツィ)、人形劇団(テアトロ・ディ・フィーグラ)、精神を題材とした放送局であるサイコラジオに所属している。
今回来日したのは散文劇団のメンバーである。2000年の創設で、ボローニャに本拠を置く劇団としては最古参になるという。

イタリアからはエミリア・ロマーニャ州の州知事代理やアルテ・エ・サルーテの主治医が同行しており、上演前にスピーチを行う。イタリア語通訳の方が頼りなく、州知事代理の方が遠州方言である「やらまいか」を観客達とやりたいと申し出るも上手く通じる、バラバラになってしまう。スタッフも演劇上演には明らかに慣れていないが、地方都市であるだけにこれは仕方がない。

今回の浜松上演は、静岡文化芸術大学の名誉教授&理事で、イタリア語・イタリア演劇を専門とする高田和文の招聘によって実現したものであり、高田氏が真っ先にスピーチを行った。

舞台後方の白い壁には、「じゆう」「障害はあるけど奴隷じゃない!」「革命しよう 拘束反対」「自由 平等 友愛」「マラー万歳!」といった言葉が赤と青の文字で記されている。


「マラー/サド」。作:ペーター・ヴァイス。脚色・演出:ナンニ・ガレッラ。オリジナル音楽:サヴェルオ・ヴィータ。制作はエミリア・ロマーニャ演劇財団、NPOアルテ・エ・サルーテ、エミリア・ロマーニャ州立ボローニャ地域保健連合機構精神保険局。
1964年に初演が行われたドイツ演劇作品で、1967年にはピーター・ブルックによって映画化されている。

イタリアには1978年まで精神科の閉鎖病棟があり、多くの人がそこに強制入院させられていたが、今ではそうした押し込め型の精神病院はなくなっているという。


シャラントン精神病院に収監されたマルキ・ド・サド(演出であるナンニ・ガレッラが演じている)が、患者達を使ってマラーの人生を描いた芝居を上演する模様を上演するいう劇中劇の入れ子構造になっている。

出演は、布告役(口上役。劇中劇では窃盗罪と境界例があるという設定):ミルコ・ナンニ、サド侯爵(ここには殺人の罪で入っている。偏執狂の持ち主):ナンニ・ガレッラ、ジャン=ポール・マラー(過激派、妄想型統合失調症):モリーノ・リモンディ、シャルロット・コルデー(嬰児殺人罪、躁鬱病、ナルコレプシー):ロベルタ・ディステファノ、シモンヌ・エヴラール(家庭虐待、ヒステリー):パメラ・ジャンナージ、デュペレ(強制性交等、錯乱性色情症):ロベルト・リジィ、ジャンヌ・ルー(破壊行為、誇大妄想症虚言癖):ルーチォ・パラッツィ、ロッシニュール(売春、強迫性窃盗症):イレーオ・マッツェティ、キュキュリュキュ(放火魔):増川ねてる 、ポルポック(麻薬密売、強迫症):デボラ・クインタバッレ、ココル(麻薬常用、境界例):ルカ・ファルミーカ、患者1(殺人により強制措置):ファビオ・モリナーリ、患者2:ニコラ・ベルティ、女医(医院長):マリア・ローザ・ラットーニ、看護士:ロレッタ・ベッキエッティ&カテリーナ・トロッタ、看守:ダビデ・カポンチェッリ。


まず、医院長からの挨拶で芝居が始まる。舞台は鉄格子の向こうであるが、医院長だけは客席側に出て、芝居を観る(これも演技の内)ことが出来る。クリエート浜松ではなく、シャラントン精神病院での院内上演という設定で、観に来ているのも同じ入院患者として劇の紹介を行う。

フランス革命直後のフランス。貴族階級が否定され、この世の春を謳歌していた貴族達は次々とギロチン送りにされている。庶民達は自分達の時代を築こうとしているが、そちらの方は順調には進んでいない。血気盛んな庶民達は自由を望み、決起を、というところで医院長からストップが掛かる。「熱くなりすぎる! もっと冷静に」との注文を受けて芝居再開。

多数の貴族をギロチン送りにしているマラー。だが重度の皮膚病に苦しみ、症状を和らげるために常に浴槽に水を張って浸かっていないと症状が悪化してしまう。身の回りのことは家政婦のシモンヌに全て任せていた。
理想に燃えるマラーであるが、浴槽に幽閉されたような状態である。

パリに出てきたばかりのカーン出身の少女がマラーの命を狙っている。シャルロット・コルデー。後に「暗殺の天使」として世界に知られることになる下級貴族出身のこの女性も閉鎖的な修道院から出たばかりで、自由と理想を追求していた。
ちなみにコルデー役の女優さんが一番症状が重いという設定であり、常に眠気に襲われている上に重篤な鬱状態ということで、自分の出番が来るまでは看護士の膝を枕にして眠っている。
シャルロットは1日に3度、マラーを訪問し、3度目に刺し殺すのであるが、気が昂ぶったシャルロッテは最初の訪問でいきなりマラーを殺そうとしてサドから注意を受ける。

反体制派のマラーと貴族階級出身のサドの意見は対立する。このマラーとサドのディベートが一つの軸になっている。
サドは自然を嫌う。自然は偉大なる傍観者、弱者が滅びるのを観察しているだけ。あたかも「沈黙の神」に対するかのような姿勢だ。一方のマラーは自然がもたらすことには意味があり、それを超克したいという希望がある(西洋においては自然の対語が芸術である)。

マラーは急速に革命を推し進めようとするが、サドに革命が起こっても何も変わっていないと指摘される。下層階級は革命の前も後も苦しみのただ中にいると。

マラーを支持する下層階級のグループは自分達の改革の邪魔になりそうな人物の名を挙げて、血祭りに上げようと騒ぐ。ラファイエットやビュゾー、ロベスピエールの名が挙がるが、そのうちに医院長や医師の名前が挙がったため医院長に芝居を止められる。そもそもカットされたはずの部分が上演されてしまっていたらしい。

マラーは貴族階級を憎み、下層階級に与えられた苦しみに比べれば、貴族階級の苦悩などまだまだ浅いと考えており……。

音楽が流れ、歌い、隊列を作って行進しと様々な要素を取り入れた芝居である。
イタリアでは1978年にバザーリア法により精神病院と閉鎖病棟の制度は廃止されたが、日本では精神障害者のうち重度の患者は何十年にも渡って精神病院に閉じ込められているという現実がある。そこに精神障害者の自由はない。
登場人物の多くも幽閉されている。現実の精神病院にだけではなく、あるいは病気に、あるいは階級に、あるいは年齢に、あるいは修道院に代表される宗教に。

芝居は、コルデーが意識の解放を遂げた後で、フランス国歌にしてフランス革命歌「ラ・マルセイエーズ」を全員で歌って終わる。「marchons,marchons(進め! 進め!)」の部分を「マラー、マラー」に変えられ、その後の歌詞もマラーへの応援歌となり、「障害はあるけど奴隷じゃない!」と希望を望む言葉で締めくくられる。

最後は、「ラ・マルセイエーズ」をファンファーレとして使用したビートルズの「愛こそはすべて(All you need is love)」が流れる中を出演者が踊って大いに盛り上がる。
「自由」そして「解放」を訴える芝居だけあって、革命期の高揚を伴う展開に説得力があり、病気や環境によって真に抑圧されてきた経験のある俳優が演じているだけあってオーバーラップの効果は大変なものである。
ラストの選曲も実に上手かった。


芝居の上演の後に、ティーチインのようなものがあり、浜松市内のみならず日本全国から集まった当事者、医療関係者によって様々な質問がなされ、演出家のナンニ・ガレッラや劇団員達が答えていた。


精神障害者が精神障害から完全に抜け出る日は、あるいは来ないのかも知れない。来るとしてもまだまだ先なのかも知れない。ただ、演じることで苦しみのある現実から一瞬でも抜け出すことは可能であるように思われる。自分ではない他者として生きる経験を持つということ。この点において演劇は有効だ。



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2018年9月24日 (月)

2346月日(2) KYOTO CMEX10周年記念講演会 角川歴彦&荒俣宏

2018年9月14日 ホテルグランヴィア京都・古今(こきん)の間にて

午後3時30分から、京都駅ビルの一角を占めるホテルグランヴィア京都で、京都商工会議所主催のKYOTO CMEX10周年記念講演会に参加する。
KADOKAWAの取締役会長である角川歴彦と作家の荒俣宏の講演がある。

角川歴彦の講演は、「コンテンツの価値の劇的変化」と題されたものである。

21世紀に入ったばかりの頃、角川は当時のマイクロソフトの社長から「4スクリーンのイノベーションが起こる」と聞かされる。当時はなんのことか想像出来なかったそうだが、スマートフォン、パソコン、ダブレット、テレビの4つのスクリーンにより革命のことで、今ではこれらは定着した。当時はまだスマートフォンやタブレットは存在しない頃で、マイクロソフト社はその頃からそれらの登場を予見していたことになる。

これら4つのスクリーンの時代に覇権を争うのは、GAFAという4つの企業である。Google、Apple、Facebook、Amazonの4社だ。

これに動画配信で軌道に乗ったNetflixが加わる。これらの会社は、コミュニケーション、コミュニティ、メディア、コンテンツの4つを駆使して世界を拡げる。また、コミュニケーションがコミュニティを生み、コミュニティからはメディアやコンテンツが生まれるといった具合に相関関係がある。
Appleは、動画には自社が認めたコンテンツしか載せないという姿勢を見せており、「中国のようなところのある会社」だと角川は言う。
一方、Amazonは、提携する多くの会社が倒産に追い込まれている。ボーダーズ、トイザらス、タワーレコードなどで、これらの企業は顧客データがAmazonに使われたことで倒産しており、Amazonとの提携は「悪魔の契約」とも呼ばれているという。だが、Amazonの影響力は多大で無視出来ないため、KADOKAWAもAmazonと直接提携関係を結んでいるそうだ。KADOKAWAがAmazonと直接提携したことで、角川も散々に言われたことがあるという。

そして、イギリスのダ・ゾーンがJリーグの放映権を2100億で円買ったことから、日本のコンテンツが海外から重視されるようになったことがわかったという。ダ・ゾーンはスカイパーフェクTVの何倍もの金額を提示して、コンテンツをものにしているのである。
そして、動画配信を手掛けてきた企業が自社で映像コンテンツを作成するようになってきている。Netflixは映像コンテンツの制作に8500億円を掛け、Amazonは5000億円を計上。
中国のテンセントという企業は自社のゲーム利用者が全世界に1億3000万人いるという。コンテンツ作成にこれだけの金を使われ、利用者数を確保されたのでは、日本の企業には全く勝ち目はない。

更に映像関連会社の合併や買収も目立つ。ディズニーはFOXを7兆8千億円で買収。FOXのこれまで制作した全ての映像を使用する権利を得たため、その影響力は計り知れない。それはディズニーはFOXの全ての映像には7兆8千億をつける価値があると認定したことでもある。
AT&Tはtimeワーナーと合併。AT&Tは電話の会社であり、日本で例えるとNTTが映画会社と合併したようなものである。Webコンテンツにおける勝利を目指したものだろう。

日本のコンテンツに目を向けると、アニメ映画「君の名は。」は世界125カ国で公開、東野圭吾の小説『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は中国で日本以上に売れ、バーチャルYouTuberキズナアイは北欧でヒット。crunchyrollという日本のアニメ・ドラマ・漫画配信サービスはワーナーの傘下に入ることになったという。

また、出版は不況で右肩下がりが続いているが、日本映画は逆に絶好調である。大半はアニメ映画の急成長によるものだが、日本のコンテンツ価値は高まっており、キャラクターを輸出することで勝負が可能な状況だそうである。

続いて、荒俣宏と角川歴彦による対談「日本のコンテンツが世界に広がる~妖怪からみるクールジャパン~」が行われる。

角川が、最近、ライトノベルで「異世界もの」というジャンルが流行っているという話をする。ライトノベルではないとした上で、宮部みゆきの小説が典型的な異世界ものの系譜にあるとする。

荒俣は、「化ける」が日本社会のキーワードであるとする。野球などで「大化け」という言葉は使われる。日本では変わるのが当たり前だと思われているが、日本以外ではそうとは限らない。妖怪などの「化ける」文化が最も良く残っているのが日本だそうである。

日本人の文化根源をたどっていくと、縄文人は山奥に住んでいて、そのため長野県の奥部などから縄文土器などが出てくるという。なんで縄文人は長野の山奥にいたのだろうと疑問に思った荒俣は、長野まで縄文土器の発掘に出かけたことがあるそうだ、行ってみたら「縄文人がここにいて当然」だと思ったそうで、「山があって川があって色々なものがある。逃げようと思えば逃げられる」と、縄文時代の文化に適した環境だったそうだ。さて、縄文時代の終わりに里人が出て、徐々に両者に関わりが発生するようになる。里人を代表する大和朝廷が、縄文人のいる山へと進出するようになるのだが、縄文人は「刃向かってこない。穏やか」な人たちであり和の精神があった。そこで融和政策が行われるようになる。
その中で、「タブーを犯さない」「変化(へんげ)する」ということが重要になる。タブーについては、「鶴の恩返し」が典型だそうで、「なんでもしてあげますけど、機を織ってるところは覗かないで下さい」と求め、そのタブーを犯してなにもかも失うことになる。

「変化(へんげ)」に関しては、貨幣の「貨」自体に「化」という字が入っており、貝の直接交換のシステムからリアリティーをなくした貨幣に化けていくという過程があるそうだ。

京都はヘンゲの話に事欠かない場所であるが、土蜘蛛と酒呑童子が典型的な例であり、山奥で京の都へのアンチテーゼを唱える人たちが滅ぶ姿がそこにはあるという。
平安末期。それまでの妖怪を陰陽道で封じ込めていた時代が終わり、武士が妖怪を退治する時代になる。土蜘蛛や酒呑童子の退治でも武士が活躍する。力と力で対峙するようになるのだ。

荒俣や角川が少年だった時代にはファンタジーは抑圧されていた。ファンタジーは教育上良くないとされ、漫画が学校内に持ち込み禁止になったりしていたそうだ。私が子供だった頃にも、教科書に「マンガを読むのは悪いか」という教材が載っていたことを覚えている。
荒俣はファンタジーや漫画への抑制の最前線で戦った人物であり、文化的な多様性や豊かさの擁護者でもあった。

日本のゲームについてであるが、角川はこれも内容が良いんだか悪いんだかわからないものであり、そういう意味ではヘンゲの特徴を持っているとする。

また、日本のSF映画の傑作である「ゴジラ」もいわば怨霊を描いたものであり、荒俣によると、ある勢力が権力と和解したか否かでその後の扱いがわかれるという。例えば、鴨氏は元々は奈良の葛城の豪族であり、京都に出て賀茂神社に祀られるようになるが、一方で、土蜘蛛は和解しなかったがために滅ぼされ、化け物になっている。出自自体は大して違わないのに、現在の扱いは180度違う面白さがあると述べた。

また、日本を代表する怨霊として平将門と菅原道真がおり、平将門については荒俣はもう『帝都物語』で書いた。そこで、角川は菅原道真の怨霊を題材にした小説を荒俣に書くように勧めるが、荒俣は「書いてもいいのですが、自分はもう2、3年しか生きられないと思っているので」他のことに時間を使いたいという希望があるそうである。



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2018年9月23日 (日)

コンサートの記(427) 愛知県立芸術大学レクチャーコンサート「ブレヒト・詩と音楽の夕べ」―ナチ時代に亡命したユダヤ系の音楽家たち―

2018年9月11日 名古屋・伏見の電気文化会館ザ・コンサートホールにて

午後7時から電気文化会館ザ・コンサートホールで、愛知県立芸術大学レクチャーコンサート「ブレヒト・詩と音楽の夕べ」―ナチ時代に亡命したユダヤ系の音楽家たち―を聴く。愛知県立大学音楽学部准教授の大塚直(おおつか・すなお。専門は近現代ドイツ語圏の演劇・文化史)のレクチャーで進めていく音楽会である。

20世紀ドイツを代表する劇作家・演出家であるベルトルト・ブレヒトを縦軸に、彼と仕事をしたドイツのユダヤ人作曲家の作品を中心に演目は編まれている。

演奏されるのは、クルト・ヴァイルの「三文オペラ」より“海賊ジェニーの歌”と“バルバラ・ソング”、「マハゴニー市の興亡」より“アラバマ・ソング”、「ヴィナスの接吻」より“スピーク・ロウ”、パウル・デッサウの「セチュアンの善人」より“八頭目の象の歌”、「動物の歌」、ピアノ・ソナタ ヘ長調より第1楽章、ピアノによる「ゲルニカ」、ハンス・アイスラーの「マリー・ザンダースのバラード」、「小さなラジオに」、二つの悲歌「あとから生まれてくる者たちに」、ハンス・ガルのピアノのための三つの小品と無伴奏チェロのための組曲より第1曲。

電気文化会館ザ・コンサートホールに来るのは初めてである。地下鉄伏見駅の間近にあり、近くには御園座や三井住友海上しらかわホール、名古屋市美術館などの文化施設が集中している。
ステージは上から見て台形、白い壁には音響効果を高めるために起伏が設けられている。内装も響きも、最近出来た大阪工業大学・常翔ホールに似ているように思われる。


出演者は、当然ながら愛知県立芸術大学の関係者である。
レクチャー担当の大塚直は、先に書いた通り愛知県立芸術大学准教授で、名古屋大学や椙山女学園大学、名古屋市立大学の非常勤講師も務めている。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学後、ドイツ・コンスタンツ大学に留学し、帰国後に東京外国語大学大学院にて劇作家のボートー・シュトラウスに関する研究で博士号(学術)を取得。翻訳者・ドラマトゥルクとしても活躍しており、今回、無料パンフレットに挟まれた歌詞対訳も大塚が行っている。

ブレヒトが書いた詩の全てを歌うのは、愛知県立芸術大学OGのソプラノ・藤田果玲(ふじた・かれら)。愛知県立明和高校音楽科、愛知県立芸術大学音楽学部を経て、ハンブルク音楽院に学び、現在は州立シュトゥットガルト音楽演劇大学大学院現代音楽科2セメスター在学中である。第16回大阪国際コンクール歌曲コースAge-Uエスポワール賞、第7回東京国際声楽コンクール歌曲奨励賞などの受賞歴がある。

ヴァイル作品でピアノ伴奏を務める家田侑佳は、愛知県立明和高校音楽科と愛知県立芸術大学音楽学部を卒業。現在、同大学大学院博士前期課程鍵盤楽器領域2年在学中である。第32回日本ピアノ教育連盟ピアノオーディション東海地区で優秀賞を受賞している。

デッサウ作品でピアノソロを受け持つ野村七海は、名古屋市立菊里高校音楽科を経て愛知県立芸術大学音楽学部を卒業。同大学大学院博士前期課程鍵盤楽器領域2年在学中ということで、家田侑佳と同級生である。第15回ショパン国際ピアノコンクール in Asia 大学生部門アジア大会奨励賞、第18回日本演奏家コンクール大学生の部の特別賞及び芸術賞を受賞。第9回岐阜国際音楽祭コンクール一般Ⅰの部第2位入賞も果たしている。

チェロ独奏の向井真帆。広島県に生まれ、12歳からチェロを始めている。愛知県立芸術大学音楽学部を卒業し、現在は同大学大学院博士前期課程2年に在学。第11回ベーテン音楽コンクールで全国大会第1位を獲得。第10回セシリア国際音楽コンクール室内楽部門第3位にも入っている。

全員、大学院在学中であるが、すでに華麗な経歴を誇っていることがわかる。


まず、大塚直によるレクチャー。「愛知県立芸術大学でブレヒトが取り上げられることはまずないと思いますが」と挨拶したものの、休憩時間に愛知県立芸大の関係者から指摘を受けたそうで、「実際はブレヒトもちゃんとやっているそうです」と改めていた。
一般的に、芸術大学の音楽学部や音楽大学では、「高みを目指す」崇高な音楽が追究されることが多いのだが、ブレヒトや今日取り上げられる作曲家は、労働者階級などにも「拡げる」音楽を指向していたことを語る。


「三文オペラ」。ブレヒトの代表作である。ジョン・ゲイの「ベガーズ・オペラ(乞食オペラ)」を元に練り上げられており、「マック・ザ・ナイフ」はジャズのスタンダードナンバーにもなっている。
私自身が「三文オペラ」に最初に触れたのはCDにおいてである。ロンドン=DECCAから発売された、ジョン・モーセリ(マウチュリー)指揮RIASベルリン・シンフォニエッタの演奏、ミルヴァ、ルネ・コロ、ウテ・レンパーほかの歌唱によるもので、高校生の時に聴いている。このCDは当時発売されたばかりで大評判になっていたものだが、高校生で理解するのは無理であった。「三文オペラ」自体は、兵庫県立芸術文化センター中ホールで白井晃演出のものを、今はなき大阪厚生年金会館芸術ホールで宮本亜門演出のものを観ている。「ベガーズ・オペラ」も梅田芸術劇場メインホールでジョン・ケアード演出のものを観ている。
「三文オペラ」の名盤とされていたのは、クルト・ヴァイル夫人でもあったロッテ・レーニャが娼婦ジェニーを務めたものだが、これは録音後50年が経過したために著作権フリーとなっており、オペラ対訳プロジェクトの音源となってYouTubeで視聴することが出来る。

まず「海賊ジェニーの歌」。赤いドレス姿の藤田果玲は、銀色のハイヒールを手に持って登場。ドイツ語のセリフをつぶやき、ハイヒールを床に落としてから履き、ステージの中央へと歩み出る。
かなり良い歌唱である。他の演奏者も全員良い出来で、学部ではなく大学院レベルにおいてであるが、愛知県立芸術大学のレベルはかなり高いことがうかがわれる。
「海賊ジェニーの歌」は、娼婦のジェニーの夢想を歌ったものだが、破壊願望がかなり強く出ている。自分をこき使う男達が、最後は海賊に皆殺しにされるという内容である。

京都造形芸術大学在学中の2003年に、アメリカの演劇人であるジョン・ジェスランの作・演出で行われた授業公演の「バルド」で「海賊ジェニーの歌」の一部が使われていた。映画館内でカップルが「海賊ジェニーの歌」をデュエットするというあり得ない状況が描かれたのだが、劇自体が非現実性を狙ったものであった。曲の正体を知っていたのは間違いなく私だけだったと思われる。

おなじく「三文オペラ」から“バルバラ・ソング”。貞淑な乙女と思わせつつ実は、という内容の歌詞を持つ。「三文オペラ」のヒロインであるポリーのナンバーだが、白井晃演出の「三文オペラ」では実はポリーを演じていたのは篠原ともえ、ということでかなり異化効果が効いていた。

オペラ「マハゴニー市の興亡」より“アラバマ・ソング”。本能そのままというべきか、もはや中毒症の領域に達している欲望を歌っている。
そして「ヴィナスの接吻」より“スピーク・ロウ”は一転してメロウなナンバーであり、ヴァイルの作風の多彩さを知ることが出来る。

クルト・ヴァイルは、ドイツ・デッサウの生まれ。ベルリン音楽大学を中退後、前衛作曲家として活躍。ナチスの台頭によってパリへ、そしてアメリカへと亡命する。渡米後はブロードウェイ・ミュージカルの作曲家としてメロディアスな作風へと転換している。


パウル・デッサウは、ハンブルクの生まれ。1909年にベルリンのクリントヴォルト=シャルヴェンカ音楽院に入学し、ヴァイオリンを専攻。その後、オペラのコレペティートアを経て指揮者としての活動も始めている。ケルン歌劇場でオットー・クレンペラーの許、カペルマイスターとして活躍し、その後はブルーノ・ワルター率いるベルリン国立歌劇場の音楽監督にもなっている。作曲家としてはディズニー映画「アリス」の音楽などを担当。1939年にパリへと亡命し、十二音音楽に取り組むようになる。1939年にアメリカに渡り、1942年にニューヨークでブレヒトと再会して、「肝っ玉おっかあとその子供たち」や「セチュアンの善人」の舞台音楽を手掛けた。戦後は東ドイツの国立演劇学校の教授などを務めている。

デッサウの「セチュアンの善人」より“八頭目の象の話”。この曲では藤田はマイクを手にして歌う。
7頭の荒くれた象と従順な1頭の象。従順な1頭の象が7頭の象をどんどん抑圧していくという内容であり、藤田もきつめのアクセントで歌う。

「セチュアンの善人」は、新国立劇場中劇場で串田和美演出の「セツアンの善人」を観ている。出演は、松たか子、岡本健一ほか。舞台上が稽古場という設定での上演であり、また出演者全員が楽器も奏でる。松たか子がアコーディオン、岡本健一がギター、串田和美は「上海バンスキング」でもお馴染みのクラリネットを担当していた。

「動物の詩」。ブレヒトが1934年に息子のシュテファンのために書いた「童謡」に収められた動物を描いた詩にデッサウがブレヒトの死後にメロディーをつけて発表したものである。皮肉や諧謔に満ちたいかにもブレヒトらしいというかユダヤの世界観にも通じる詩である。「ワシ」「ウマ」「カラス」「ワラジムシ」「ハリネズミ」の5曲。ソプラノの藤田果玲は全曲タイトルをドイツ語で読み上げてから歌う。表情豊かな旋律と歌唱である。

ピアノ・ソナタ ヘ長調より第1楽章。1947年に完成し、その後に修正を加えられた曲である。まさにロマン派と前衛の境目にあるような曲である。

ピアノによる「ゲルニカ」。ピカソの「ゲルニカ」にインスパイアされた作品である。1937年のパリ万国博覧会スペイン館に展示された「ゲルニカ」を観たデッサウはすぐさま作曲に取りかかり、翌38年に完成させている。衝撃的な冒頭は予想されるような曲調だが、後半ではミステリアスというか不穏というか、十二音技法を取り入れた静かであるが不安定な曲調が顔を覗かせる。


ハンス・アイスラーは、彼の名を冠するハンス・アイスラー音楽大学の存在によっても有名である。ライプツィッヒの生まれ。家族でウィーンに移住し、独学で音楽を学び始める。シェーンベルクに師事し、ヴェーベルンやアルバン・ベルクらと並ぶ新ウィーン学派の作曲家としてスタート。その後、シェーンベルクとは袂を分かち、ドイツ共産党に入党するなど独自路線を歩み始める。1930年からブレヒトとの共同作業を開始するが、1933年にナチスが政権を取ると亡命を選び、38年にはアメリカに移住。南カリフォルニア大学で教鞭を執り、チャップリン映画の音楽顧問なども務めるようになる。ハリウッド映画の作曲も手掛け、アカデミー賞作曲部門にノミネートされたりもしているが、赤狩りにより国外追放となり、1950年に東ドイツに戻る。その後はベルリン音楽大学の教授などを務めた。

アイスラー作品では、野村七海がピアノ伴奏を務める。

「ユダヤ人相手の娼婦、マリー・ザンダースのバラード」。1935年にニュルンベルク法が成立し、ユダヤ人と非ユダヤ人との婚姻と婚外セックスの禁止が決定する。それまでユダヤ人相手の娼婦として生きてきた女性や法律を破った者は、見せしめとして頭を丸刈りにされ、肌着一枚で首からプラカードをぶら下げられ、市中引き回しの刑に処される。
その様子を描いた曲である。かなり直接的な表現が用いられているが、物価の高騰が同列に挙げられるなど、皮肉も効いている。

「小さなラジオに」。ハリウッドでブレヒトと再会したアイスラーが作曲した歌曲である。ナチスの電撃作戦が成功している様をラジオで聞く悲しみを歌った短い歌である。ラストではピアノが不協和音を奏で、ラジオが壊れる様が描写されている。

2つの悲歌「あとから生まれてくる者たちに」。ブレヒトが自身の人生を省察するかのような詩であり、ブレヒトらしくない言葉で綴られている。生きた時代の不遇を嘆きつつ、未来とそこに生きる人たちへの希望を語っている。
まず、大塚がテキストを朗読してから歌がスタート。単純に美しい曲である。いずれも詩の内容を的確にくみ取った秀歌で、もっと知られていても良いように思う。


ハンス・ガルは、作曲家として以上に音楽学者や教育者、楽譜の校訂者として高く評価されているようである。

ウィーン郊外の村ブルンで代々医者の家系のハンガリー系ユダヤ人の子として生まれる。父がオペラ好きであり、ギムナジウムでは指揮者となるエーリヒ・クライバーと親友であったということもあって、音楽を志す。ウィーン大学で音楽学を専攻し、師であるマンディチェフスキと共にブラームス全集の校訂などを行っている。その後、マインツ音楽院の院長公募試験に合格し、1933年まで院長を務めている。この時代に多くの音楽家を見いだしており、中でもヴィルヘルム・フルトヴェングラーを高く評価していた。

ナチスが政権を奪った当時のヒトラーと間近で会ったことがあり、「こんな奴の政権が長続きするわけがない」と思ったそうだが、予想に反してナチス政権が維持されたため、ユダヤ人であるガルは公職追放となり、ウィーンで指揮者としての活動を始めるが、38年にオーストリアがドイツに併合されると、イギリス・スコットランドのエディンバラに亡命。エディンバラ大学の講師として音楽理論や対位法、作曲などを教えるようになる。音楽書『シューベルト』や『ブラームス』を著しており、ドイツ語圏では名著として知られているという。

97歳と長寿であり、80代で自作のピアノ曲を暗譜で初演するなど、晩年まで軒昂であった。「音楽は美しくなくてはならない」というのが持論であり、メロディーや調整を重視する作風を保ち続けた。

ブレヒトと一緒に仕事をしたことはないようが、同時代の劇作家であるエデン・フォン・ホルヴァートと知り合い、「行ったり来たり」という舞台作品の音楽を手掛けている。

ピアノのための3つの小品。演奏は、前半はピアノ伴奏を務めた家田侑佳が務める。前半は黒の上下であった家田はこの曲では白のドレスで演奏。ウィーンの正統的な音楽性を感じさせるピアノ曲だが、時代を反映して響きの美しさも追求されている。

ラストは、無伴奏チェロのための組曲より第1曲。
ドイツ音楽の祖であるJ・S・バッハを意識して作曲されたものであろうと思われるが、古典的な造形美よりも自由な音楽性と追求しているようにも聞こえる。


アンコールは、マレーネ・ディートリヒが歌ったことで知られる「リリー・マルレーン」が歌われる。ソプラノの藤田果玲は、ピアノに寄りかかり、本を拡げながら、歌詞に出てくる街灯の下にいるような雰囲気で歌った。

ユダヤ人の芸術家は、ナチスによって「退廃芸術」家と名付けられ、祖国を追われ、作品は発禁処分となっている。時を経て、今また、訳知り顔の「正しさ」が跳梁跋扈し、表現は制限・規制され、排除の理論が大手を振って歩くようになり、芸術は本来持っていた豊かさを奪われつつある。
ブレヒトやユダヤ人作曲家達が残した作品は、高踏的な人々が好むものでは決してなかったが、そこには未来を希求し、分け隔てのない世界を目指した「心」がある。ブレヒトが尊敬したベンヤミンは「アクチュアリティ」の重要さを唱え、20世紀ドイツ最大の詩人であるパウル・ツェランは「芸術には日付がある」として同時代的であることを追求した。100年ほど前のラジカルではあるが、それは常に「今」を照射している。

良質のコンサートであり、気分が良いので地下鉄に揺られようという気分にならず、伏見から名古屋駅まで歩く。



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2018年8月31日 (金)

コンサートの記(416) 高関健指揮京都市交響楽団第626回定期演奏会 ブリテン 「戦争レクイエム」

2018年8月26日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第626回定期演奏を聴く。今日の指揮者は京都市交響楽団常任首席客演指揮者の高関健。
京響の8月定期は宗教曲を演奏することが恒例であり、今年もベンジャミン・ブリテンの「戦争レクイエム」が取り上げられる。
ソプラノ独唱は木下美穂子、テノール独唱:小原啓楼(おはら・けいろう)、バリトン独唱:大西宇宙(おおにし・たかおき)。京響コーラスと京都市少年合唱団も参加する。

編成が独特である。ポディウム席は合唱が入るため今日は販売されていない。ソプラノ独唱の木下美穂子もポディウムに陣取る。オーケストラは指揮台周辺の室内オーケストラのその外郭の大オーケストラに分かれる。室内オーケストラのコンサートマスターは客演の石田泰尚(いしだ・やすなお)。大オーケストラのコンサートマスターは泉原隆志。京都市少年合唱団は3階正面席の下手側に離れて置かれ、指揮は京都市少年合唱団の津幡泰子(つばた・やすこ)が行う。

午後2時から高関健によるプレトークがある。編成の関係か楽屋の位置によるのか、今日は普段と違い、舞台上手から登場した。
ブリテンの「戦争レクイエム」は1962年の初演。高関はこの時代に生まれた音楽の最高傑作と高く評価しており、匹敵する作品はメシアンのトゥーランガリラ交響曲のみであるとする。
高関は、10年前に群馬交響楽団の定期演奏会でこの曲を取り上げており、それ以前に小澤征爾指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏、初演者でもあるディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのバリトン独唱で聴いたことがあり、強い感銘を受けたことを語る。
「戦争レクイエム」は初演の際は、室内オーケストラの指揮者と大オーケストラの指揮者、少年合唱団の指揮者の三人体制で演奏されたそうだが、室内オーケストラと大オーケストラが同時にで演奏することはほとんどないのでオーケストラの指揮者は一人でいいということになったそうだ。

イギリスの20世紀を代表する作曲家であるベンジャミン・ブリテン。ドイツ人から「作曲家のいない国」と揶揄されたイギリスが久しぶりに生んだ天才作曲家である。オペラに傑作が多いが、オーケストラ曲や声楽曲の部門でも活躍しており、日本の皇紀2600年記念として書かれたシンフォニア・ダ・レクイエム(鎮魂交響曲)などが有名。皇紀2600年の曲に鎮魂曲を書いたため、物議を醸してもいる。
同性愛者としても知られ、テノール歌手のピーター・ピアーズとパートナーであり、「戦争レクイエム」の初演のテノール歌手はピアーズが務めている。
また指揮者としても活躍しており、「戦争レクイエム」の初演の指揮者を務め、英DECCAへのレコーディングでもタクトを執っている。DECCAの「戦争レクイエム」は日本の第1回レコードアカデミー賞大賞を受賞した。

演奏時間約85分の大作。滅多に上演されない曲であるため、今日の演奏会のチケットは完売である。

高関らしい構築感のしっかりとした演奏である。京響コーラスと京都市少年合唱団のレベルも高い。
「戦争レクイエム」は、一般的な「レクイエム」のラテン語詩の間に、第一次大戦中に25歳で戦死したウィルフレッド・オーウェンの英語詩が挟まれるという構成である。オーウェンの英語詩はテノールのバリトンによって歌われ、戦場の陰惨さと犠牲となる戦士達の悲惨さが独唱と対話の形式を用いて描かれている。イギリス人作曲家らしいというべきか、大仰さは丁寧に封じられており、淡々と、だが深く続く場面が印象的である。

この曲は、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団ほかのCDでしか聴いたことがないが、ブリテンによる自作自演盤なども聴いてみたくなる。

レセプションで高関の話を聞く。実は、7年前にも「戦争レクイエム」を指揮する機会があったそうだが、上演の予定日は2011年3月12日。東日本大震災発生の翌日である。3月11日には、高関は「戦争レクイエム」を演奏する予定であった東京フィルハーモニー交響楽団と共に千葉県内にいたそうだが、地震で交通網は全て遮断されてしまって東京には帰れない。更に会場となるはずだった新宿文化センター大ホールも地震によって具合の悪いところが発見されたということで演奏会は中止になったという。
プレトークで話そうかとも思ったそうだが、「プレトークが終わってから本番までの間に地震があったら嫌だな」ということで終演後に話すことにしたそうだ。



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2018年8月 8日 (水)

コンサートの記(410) マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢第405回定期演奏会 フィルハーモニー・シリーズ ドビュッシー 歌劇「ペレアスとメリザンド」金沢公演(ステージ・オペラ形式)

2018年7月30日 金沢駅前の石川県立音楽堂コンサートホールにて

午後6時30分から、金沢駅前の石川県立音楽堂コンサートホールで、オーケストラ・アンサンブル金沢の第405回定期演奏会 フィルハーモニー・シリーズ 歌劇「ペレアスとメリザンド」を観る。ステージ・オペラ形式での上演。
原作:モーリス・メーテルリンク(メーテルランク)、作曲:クロード・ドビュッシー。演出:フィリップ・ベジア&フローレン・シオー(仏ボルドー国立歌劇場との共同制作で、2018年1月のボルドー公演に基づく上演)。マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏。ミンコフスキは今年の9月からオーケストラ・アンサンブル金沢の芸術監督に就任する予定で、そのための記念公演の一つである。出演は、スタニスラフ・ドゥ・バルベラック(テノール。ペレアス)、キアラ・スケラート(ソプラノ。メリザンド)、アレクサンドル・ドゥハメル(バリトン。ゴロー)、ジェローム・ヴァルニエ(バス。アルケル)、シルヴィ・ブルネ=グルッポーソ(メゾ・ソプラノ。ジュヌヴィエーヴ)、マエリ・ケレ(アキテーヌ・ユース声楽アカデミー・メンバー。イニョルド)、ジャン=ヴァンサン・ブロ(医師・牧童)。合唱・助演:ドビュッシー特別合唱団。映像:トマス・イスラエル。

フランス語上演・日本語字幕付きである(日本語訳:増田恵子)。なお上演前にロビーコンサートが行われており、ドビュッシーの「シランクス」などが演奏された。

舞台は四段構え。通常のステージの中央のオーケストラ・アンサンブル金沢とミンコフスキが陣取り、ステージの前の客席部分が取り払われていて、ここも使用される。ステージ上手はやや高くなっており、舞台奥は更に高くなっていて、ここがメインの演技の舞台となる。その背後に紗幕があるが、メリザンドが髪を下ろすシーンなどではひときわ高いところにある舞台が光で透けて現れる。
オーケストラのいる舞台の前方にも紗幕が垂れており、ここにも映像が映る。ラストのシーンを除いて、映像は基本的にモノクロームであり、人物の顔や目のクローズアップが頻用される。

ドビュッシー唯一のオペラ「ペレアスとメリザンド」。メーテルリンクの「ペレアスとメリザンド」自体は劇付随音楽を複数の作曲家が手掛けており、フォーレ、シベリウス、シェーンベルクのものがよく知られている。1893年にパリで初演されたストレートプレーの「ペレアスとメリザンド」(メリザンド役はサラ・ベルナール)を観たドビュッシーはその魅力に取り憑かれ、すぐにオペラ化を計画。メーテルリンクの許可も得る。オペラが上演されるのはそれから8年後のことだが、メーテルリンクはメリザンド役に自分の愛人を起用するように迫った。ドビュッシーは音楽的素養のない人間をヒロインに抜擢することを拒絶。かくして裁判沙汰にまでなり、メーテルリンクの憎悪が極限に達した中で初演されるという、なんともドビュッシーらしい展開を見せた。独自のイディオムによる音楽が用いられたということもあり(そもそもアリアらしいアリアはほとんどない)、初演は不評に終わるが、その後10年で100回もパリで上演されるなどヒット作となっている。

メーテルリンクの戯曲では、ヒロインのメリザンドは実は水の精(オンディーヌ)であることが冒頭で示唆されているのだが、ドビュッシーは冒頭を全てカットしてしまったため、意味が通らなくなっているシーンもある。メリザンドが水の精(誤変換で「ミズノ製」と出た)だとすれば、ペレアスは水の世界へと導かれたことになり、水の精と人間の間に生まれた子供が未来を司るということになる。

いつかはわからない時代、アルケルが治めるアルモンド王国での物語。狩りの帰りに森の中で迷ってしまった王子のゴローは、泉のほとりで泣く少女を見つける。少女の名はメリザンド。泉の底にはメリザンドが落とした冠が輝いている。ゴローはメリザンドを連れて城に帰ることにする。ゴローはメリザンドとの結婚を望み、王のアルケルはこれを許す。
ゴローの弟であるペレアスは、船で旅立とうとしているのだが、その前にメリザンドと共に城内にある「盲人の泉」を訪れる。この泉にメリザンドはゴローから貰った指輪を落としてしまうのだが、これが悲劇を招くことになる。

物語造形からしておぼろな印象だが、噛み合わないセリフも多く、ミステリアスな戯曲である。
映像との相性も良く、お洒落だが仄暗い闇の中を進んでいくような感触の上演となっている。

マルク・ミンコフスキ指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢は極上の演奏を展開。音の輪郭がクッキリしており、密度も濃く、上品で上質のソノリティーを保ち続ける。
歌手達も大健闘であり、舞台装置も演出も見事だ。チケットを取るのが遅かったため3階席の券しか手に入らなかったが、石川県立音楽堂コンサートホールの響きは素晴らしく、少なくとも音に関してはステージから遠いこともハンデにはならなかった。
カーテンコールの最後でミンコフスキはスコアを掲げて作品への敬意を示す。極めてハイクオリティーの「ペレアスとメリザンド」と観て間違いないだろう。

音楽関係者も多数駆けつけたようで、終演後のホワイエには、野平一郎や池辺晋一郎といったオーケストラ・アンサンブル金沢ゆかりの作曲家の姿も見られた。



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2018年7月20日 (金)

観劇感想精選(247) 広田ゆうみ+田中遊 「耳で楽しむ古事記」上巻連続上演

2018年7月8日 京都・松原京極商店街のカフェギャラリー ときじくにて観劇

今日は特に予定はなかったのだが、松原京極商店街にあるカフェギャラリー ときじくで「耳で楽しむ古事記」というイベントをやっているのでそれに行くことにする。

「耳で楽しむ古事記」は、京都で活躍している田中遊と広田ゆうみによる朗読劇。「古事記」は原文は「漢文+万葉仮名」で書かれているのだが、そのままでは読めないので、書き下し文が読まれ、更に現代語訳が朗読される。適宜映像や小道具などを加えての上演である。今回は5部に分けての上演であり、この世の成り立ちから天孫降臨までを描いた上巻が朗読される。

記紀と呼ばれることもある「古事記」と「日本書記」。正史である「日本書紀」に対して、「古事記」は皇統の正当性を説く歴史物語であり、歴史そのものではなく様々な彩りのあるロマン溢れる物語となっているのが特徴である。まだ小説や物語文といった観念のない時代に生まれており、リアリズムからは外れた(後世から見ると)大胆な展開が見られる。地方の伝承なども多く取り入れているため、後代では何を指しているのか分からない部分も多く、「古事記伝」の本居宣長を始めとする多くの国学者や国文学者、日本史学者、民俗学者が訓詁注釈に挑む日本最古にして最大のミステリー書とも捉えられる。

失われた歴史書である「帝紀」と「旧辞(くじ)」の内容を諳んじている稗田阿礼という人物が暗唱したものを太安万侶が書き取ることで成り立ったと伝わる「古事記」。稗田阿礼は猿女(さるめ)氏の出身とされ、大和郡山の稗田環濠集落にある売太(めた)神社に主祭神として祀られているが、生没年も性別もわかっておらず架空の人物説もある。舎人なので男であると中世から近世に掛けては思われていたが、阿礼というのが女性の名前であること、稗田氏は代々女官が輩出する家だったこと、また暗唱するだけで自ら書き記さなかったのは読み書き教育を受けていない女だったからではないのかという理由により、国学隆盛期以降は女性とされることも多い。
売太神社には2012年に行ったが、古事記成立1300年ということで記念の幟が沢山立っていた。

太安万侶は奈良市内に陵墓が発見されており、実在の人物と見られている。

日本の歴史の面白いことは天地創造がないことで、天地は始めから存在し、「神」も性別も正体もよくわからないものであるが最初からいる。

イザナギとイザナミが柱の周りを巡り、この時、母系社会が父系社会に入れ替わった象徴的に描かれるのだが、描かれただけで、そう簡単に社会は変わらない。日本はアジアにおいては極めて異例というほど女性が活躍しており、女帝も何人もいる(中国王朝史においては女帝は則天武后ただ一人、朝鮮王朝史上は新羅時代に三人である)。日本の場合は連続して女帝が生まれたり、重祚した人までいる。

男女が入れ替わっているのではないかというケースも存在し、それを象徴するように、中巻においては日本武尊が熊襲を騙すために女装するシーンがある。更に下巻には史実とは逆に「女摂政が立った」という記述が存在する。

上巻は黛敏郎のドイツ語オペラ「古事記」で、中巻の神武東征は信時潔の交声曲(カンタータ)「海道東征」で描かれており、音楽との相性も良い。

2部ずつの上演であり、途中に1時間ほどの休憩がある。

様々な神が生まれるうちに、天照大神、月読命、素戔嗚尊の三姉弟が生まれる。それぞれ、昼間、夜、海を支配する神様である。月読命(ツクヨミ)だけは影が薄いが、太古の夜は今と違って真っ暗。何も出来ないし怖れの対象であるため、神としてドラマティックはエピソード生まれにくかったのかも知れない。それでも暦などは月を基本に設定されたため、重要な神様(性別不明)である。月が海に影響を及ぼすということも太古からわかっていたのだろう。読み方から「着く黄泉」と取れるのも面白い。伊勢神宮内宮から近鉄五十鈴川駅に向かう途中に月読宮があり、京都にも松尾大社の近くに月読神社がある。
ただ、この中に陸地の神様はいない。陸地の神様は大国主命だと考えられるが、この時点では大国主命は異朝の神であったと思われる。かつて出雲を中心とした地域に朝鮮渡来の民族が一大勢力を誇っており、吉備などを従えていた。大和王朝には青銅の剣しかなかったが、出雲王朝は大陸由来の鉄の精製技術を持っており、古代日本のヒッタイト状態で圧倒的に強い。というわけで、出雲王朝を倒すべく、古代の国盗り物語が始まる。神々に寿命がない時代にあって、大国主命だけは何度も死んでは甦っているが、大国主命の正体が何度が入れ替わっていることを暗示しているように思う。

大国主命が主人公となる第三部では行灯社による伴奏が加わり、終了後には行灯社によるミニコンサートがある。フルートとアイリッシュ・ハープによる女性デュオ、歌も唄う。イギリスと北欧の民謡を中心としたプログラム。いわゆる耳コピーで曲を覚えられるようだ。アイリッシュ・ハープを使っているからかどうかはわからないが、どことなくケルティックな印象を受ける。エンヤが加わって歌を歌い始めても違和感がないような。
アンコールは予定していなかったようだが、「1万マイル」という曲の弾き語りを行う。「500マイル」でも遠いのに「1万マイル」は比較にならない。メートル法に直すと1万6093キロ。地球の半径が約1万3000キロ、地球1周が約4万キロだからいかに遠いかがわかる。

第4部に少名彦命が登場する。その名の通り、名を問われても名乗らない神様である(言葉が通じなかったのかも知れない)。おそらく日本と朝鮮半島の間で通信のようなことをしていた部族が神格化されたものだと思われる。少名彦命の招待を当たる「山田のかかし」は、日本で最も有名な山田という地名に何があるかを思い浮かべるとわかる。伊勢山田には伊勢神宮外宮があり、ここの神官の家だった山田氏の本家は日本屈指の名家である。ということで豊受大神らしいことがわかるのだが、かかしとは何かという謎がある。「足が不自由だった」とあり、他の神のように動き回れないことがわかる。伊勢神道ではこれをもって天之御中主神と同一視しているのだが、果たしてそうか。天照大神はよく卑弥呼なのではないかという説が唱えられるが、だとすれば豊受大神は、すでに名前に「トヨ」という読みが入っていることからも分かる通り、台与ということになるのだが。
国譲りでは、鹿島神(タケミカヅチ)が大活躍する。藤原氏の氏神である春日大社では、タケミカヅチは藤原氏を補佐する軍神で東方よりやって来たとしている。ということは名付けるなら征北狄将軍的役割をしていたのは藤原氏の祖の中臣氏ということになる。中臣氏の根拠地は現在の京都・山科で、関門海峡から瀬戸内海、淀川、宇治川、琵琶湖(当時はまだ日本海側に通じている)を経て、北陸、丹後に至る「天安河ライン」の中枢に位置している。

「古事記」では、兄が政治を受け持つが上手くいかず、弟に位を譲ると大成功となるケースが執拗に語られている。これが何を意味するのかは、「古事記」の編纂を命じたのが天武天皇であることを考えれば明々白々で、「自分(天武)が兄である天智天皇の子である大友皇子を滅ぼして天皇となったのは皇位簒奪には当たらない」と主張したかったからに他ならない。「日本書紀」に天武天皇は天智天皇より6歳年上とあることを根拠に天智と天武は実の兄弟ではないとする説もあるが、「古事記」でここまで愚兄賢弟を描いていることを考えれば、天智と天武は実の兄弟で間違いないと思われる。
さて、最初の男兄弟同士の争いが海彦、山彦の間で起こる。日本のカインとアベルともいうべき存在だが、二人の間にもう一人、正体がよく分からない男の神がいる。正体不明ということを軸に考えると、聖徳太子のモデルになった人の可能性が浮かび、とすれば海彦・山彦は蘇我と物部という飛鳥時代の二大勢力に例えられる。ちなみに蘇我氏については渡来系氏族説の他に、有力皇族説もある。

そしていよいよニニギノミコトによる天孫降臨があり、猿田彦が登場し、天鈿女命が猿女に名を変え(猿女氏の子孫が稗田氏である)、玉依姫(下鴨神社の祭神)が登場し、日本の初代天皇である神武天皇が生まれる。この神武天皇家来というのが徹底して愚兄賢弟なのだが、それは中巻でのお話である。ちなみに太安万侶は神武天皇の子孫である多(おお)氏の出であるとされる。

正午にスタートして全てが終わったのは午後8時近く。帰る時にようやく広田さんにご挨拶。途中で「古事記」解釈の話をしてしまうとよろしくないので、意図的に話掛けなかったのである。


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