カテゴリー「日本映画」の89件の記事

2018年9月24日 (月)

2346月日(2) KYOTO CMEX10周年記念講演会 角川歴彦&荒俣宏

2018年9月14日 ホテルグランヴィア京都・古今(こきん)の間にて

午後3時30分から、京都駅ビルの一角を占めるホテルグランヴィア京都で、京都商工会議所主催のKYOTO CMEX10周年記念講演会に参加する。
KADOKAWAの取締役会長である角川歴彦と作家の荒俣宏の講演がある。

角川歴彦の講演は、「コンテンツの価値の劇的変化」と題されたものである。

21世紀に入ったばかりの頃、角川は当時のマイクロソフトの社長から「4スクリーンのイノベーションが起こる」と聞かされる。当時はなんのことか想像出来なかったそうだが、スマートフォン、パソコン、ダブレット、テレビの4つのスクリーンにより革命のことで、今ではこれらは定着した。当時はまだスマートフォンやタブレットは存在しない頃で、マイクロソフト社はその頃からそれらの登場を予見していたことになる。

これら4つのスクリーンの時代に覇権を争うのは、GAFAという4つの企業である。Google、Apple、Facebook、Amazonの4社だ。

これに動画配信で軌道に乗ったNetflixが加わる。これらの会社は、コミュニケーション、コミュニティ、メディア、コンテンツの4つを駆使して世界を拡げる。また、コミュニケーションがコミュニティを生み、コミュニティからはメディアやコンテンツが生まれるといった具合に相関関係がある。
Appleは、動画には自社が認めたコンテンツしか載せないという姿勢を見せており、「中国のようなところのある会社」だと角川は言う。
一方、Amazonは、提携する多くの会社が倒産に追い込まれている。ボーダーズ、トイザらス、タワーレコードなどで、これらの企業は顧客データがAmazonに使われたことで倒産しており、Amazonとの提携は「悪魔の契約」とも呼ばれているという。だが、Amazonの影響力は多大で無視出来ないため、KADOKAWAもAmazonと直接提携関係を結んでいるそうだ。KADOKAWAがAmazonと直接提携したことで、角川も散々に言われたことがあるという。

そして、イギリスのダ・ゾーンがJリーグの放映権を2100億で円買ったことから、日本のコンテンツが海外から重視されるようになったことがわかったという。ダ・ゾーンはスカイパーフェクTVの何倍もの金額を提示して、コンテンツをものにしているのである。
そして、動画配信を手掛けてきた企業が自社で映像コンテンツを作成するようになってきている。Netflixは映像コンテンツの制作に8500億円を掛け、Amazonは5000億円を計上。
中国のテンセントという企業は自社のゲーム利用者が全世界に1億3000万人いるという。コンテンツ作成にこれだけの金を使われ、利用者数を確保されたのでは、日本の企業には全く勝ち目はない。

更に映像関連会社の合併や買収も目立つ。ディズニーはFOXを7兆8千億円で買収。FOXのこれまで制作した全ての映像を使用する権利を得たため、その影響力は計り知れない。それはディズニーはFOXの全ての映像には7兆8千億をつける価値があると認定したことでもある。
AT&Tはtimeワーナーと合併。AT&Tは電話の会社であり、日本で例えるとNTTが映画会社と合併したようなものである。Webコンテンツにおける勝利を目指したものだろう。

日本のコンテンツに目を向けると、アニメ映画「君の名は。」は世界125カ国で公開、東野圭吾の小説『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は中国で日本以上に売れ、バーチャルYouTuberキズナアイは北欧でヒット。crunchyrollという日本のアニメ・ドラマ・漫画配信サービスはワーナーの傘下に入ることになったという。

また、出版は不況で右肩下がりが続いているが、日本映画は逆に絶好調である。大半はアニメ映画の急成長によるものだが、日本のコンテンツ価値は高まっており、キャラクターを輸出することで勝負が可能な状況だそうである。

続いて、荒俣宏と角川歴彦による対談「日本のコンテンツが世界に広がる~妖怪からみるクールジャパン~」が行われる。

角川が、最近、ライトノベルで「異世界もの」というジャンルが流行っているという話をする。ライトノベルではないとした上で、宮部みゆきの小説が典型的な異世界ものの系譜にあるとする。

荒俣は、「化ける」が日本社会のキーワードであるとする。野球などで「大化け」という言葉は使われる。日本では変わるのが当たり前だと思われているが、日本以外ではそうとは限らない。妖怪などの「化ける」文化が最も良く残っているのが日本だそうである。

日本人の文化根源をたどっていくと、縄文人は山奥に住んでいて、そのため長野県の奥部などから縄文土器などが出てくるという。なんで縄文人は長野の山奥にいたのだろうと疑問に思った荒俣は、長野まで縄文土器の発掘に出かけたことがあるそうだ、行ってみたら「縄文人がここにいて当然」だと思ったそうで、「山があって川があって色々なものがある。逃げようと思えば逃げられる」と、縄文時代の文化に適した環境だったそうだ。さて、縄文時代の終わりに里人が出て、徐々に両者に関わりが発生するようになる。里人を代表する大和朝廷が、縄文人のいる山へと進出するようになるのだが、縄文人は「刃向かってこない。穏やか」な人たちであり和の精神があった。そこで融和政策が行われるようになる。
その中で、「タブーを犯さない」「変化(へんげ)する」ということが重要になる。タブーについては、「鶴の恩返し」が典型だそうで、「なんでもしてあげますけど、機を織ってるところは覗かないで下さい」と求め、そのタブーを犯してなにもかも失うことになる。

「変化(へんげ)」に関しては、貨幣の「貨」自体に「化」という字が入っており、貝の直接交換のシステムからリアリティーをなくした貨幣に化けていくという過程があるそうだ。

京都はヘンゲの話に事欠かない場所であるが、土蜘蛛と酒呑童子が典型的な例であり、山奥で京の都へのアンチテーゼを唱える人たちが滅ぶ姿がそこにはあるという。
平安末期。それまでの妖怪を陰陽道で封じ込めていた時代が終わり、武士が妖怪を退治する時代になる。土蜘蛛や酒呑童子の退治でも武士が活躍する。力と力で対峙するようになるのだ。

荒俣や角川が少年だった時代にはファンタジーは抑圧されていた。ファンタジーは教育上良くないとされ、漫画が学校内に持ち込み禁止になったりしていたそうだ。私が子供だった頃にも、教科書に「マンガを読むのは悪いか」という教材が載っていたことを覚えている。
荒俣はファンタジーや漫画への抑制の最前線で戦った人物であり、文化的な多様性や豊かさの擁護者でもあった。

日本のゲームについてであるが、角川はこれも内容が良いんだか悪いんだかわからないものであり、そういう意味ではヘンゲの特徴を持っているとする。

また、日本のSF映画の傑作である「ゴジラ」もいわば怨霊を描いたものであり、荒俣によると、ある勢力が権力と和解したか否かでその後の扱いがわかれるという。例えば、鴨氏は元々は奈良の葛城の豪族であり、京都に出て賀茂神社に祀られるようになるが、一方で、土蜘蛛は和解しなかったがために滅ぼされ、化け物になっている。出自自体は大して違わないのに、現在の扱いは180度違う面白さがあると述べた。

また、日本を代表する怨霊として平将門と菅原道真がおり、平将門については荒俣はもう『帝都物語』で書いた。そこで、角川は菅原道真の怨霊を題材にした小説を荒俣に書くように勧めるが、荒俣は「書いてもいいのですが、自分はもう2、3年しか生きられないと思っているので」他のことに時間を使いたいという希望があるそうである。



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2018年9月19日 (水)

これまでに観た映画より(106) 薬師丸ひろ子主演「里見八犬伝」

DVDで映画「里見八犬伝」を観る。曲亭馬琴の戯作「南総里見八犬伝」ではなく、それをモチーフにした鎌田敏夫の小説「新・里見八犬伝」の映画化。深作欣二監督作品。主演:薬師丸ひろ子、真田広之。出演は、千葉真一、京本政樹、志保美悦子、寺田農、夏木マリ、萩原流行、目黒祐樹ほか。

1983年の作品。私が小学生の頃に、一度テレビで放送されたのを観た記憶があるが、観るのはそれ以来である。

いかにも一昔前のアクション時代劇という趣であるが、脚本も鎌田敏夫が担当しているということもあり、活劇としては結構面白い。深作欣二の演出も冴えており、エンターテイメントとしてのクオリティも高い。

観る前は、そう期待していなかったのだが、映像の古さはともかくとして、娯楽作品としては今でも通用する水準に達しているのではないだろか。

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2018年8月29日 (水)

これまでに観た映画より(105) 大森南朋主演「キャッチボール屋」

DVDで日本映画「キャッチボール屋」を観る。大崎章監督作品。主演:大森南朋。出演は、キタキマユ、寺島進、松重豊、光石研、水橋研二、庵野秀明、内田春菊、峰岸徹ほか。

会社をリストラされたタカシ(大森南朋)は、公園でキャッチボール屋をしている竹村(庵野秀明)を見かけ、キャッチボールをする。ちょっと代わってくれないといって竹村はどこかへ。その間、キャッチボール屋をすることになるタカシ。公園には色々な人がキャッチボールをしにくる。結局、竹村は戻ってこず、タカシがキャッチボール屋をすることに……。

独特の時間の流れる大人の童話的作品。特に見所らしい見所はないけれど、こうした淡々とした作品に付き合うのもたまにはいい。それにしても、寺島進、松重豊、光石研という日本を代表するバイプレーヤーが揃っているというのはさりげなく豪華である。

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2018年5月 3日 (木)

これまでに観た映画より(104) 「恋するマドリ」

DVDで日本映画「恋するマドリ」を観る。大九明子監督作品。出演、新垣結衣、松田龍平、菊地凛子、内海桂子、ピエール瀧、世良公則ほか。

独特の時間が流れる映画である。偶然の多さは気になるが。

人気急上昇中(2008年当時)の新垣結衣の主演作。ただ、準主役である松田龍平と菊地凛子にかかる比重も大きく、少なくとも存在感においては松田龍平と菊地凛子の方が新垣結衣より上ではある。

評価が高く、愛らしい映画ではあるけれど、そこどまりの限界も感じさせる。

菊地凛子がいい。「バベル」の時はそれほど良いとは思わなかったけれど、独特の時間を自分から生み出すことの出来る女優であることがこの映画を観てわかった。映画自体も独特の時間を持っているが、彼女の周りだけ違う時間が流れているような感じを受けた。

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2018年4月20日 (金)

これまでに観た映画より(101) 「アカルイミライ」

DVDで日本映画「アカルイミライ」を観る。脚本・監督:黒沢清、オダギリジョー:主演、出演は、浅野忠信、笹野高史、りょう、はなわ、加瀬亮、藤竜也ほか。一様にチェゲバラ顔のマークのTシャツを着た不良高校生グループの一人として松山ケンイチが出ている。

黒沢清の作品には、「CURE」、「回路」、「叫」などのホラー路線と、「ニンゲン合格」のようなヒューマンドラマ路線があるが、「アカルイミライ」は、「ニンゲン合格」の路線に近い。
「アカルイミライ」は基本的にはヒューマンドラマ。基本的にはとしたのは社会派ドラマなど様々な要素が入っているからである。
現代を漂流するように生きる若者の姿を描いた作品。猛毒を持つ赤クラゲが分かり易いメタファーとして登場する。

仁村雄二(オダギリジョー)と有田守(浅野忠信)は、工場で働くフリーター。未来に何の展望もない日々を送っている。守は自宅で赤クラゲを飼っている。あることがもとで守は工場を辞め、仁村も工場をクビになる。上司の藤原(笹野高史)にCDを貸したままだったことに気付いた仁村は、藤原の家にCDを取りに行く途中、抑えがたい殺意を覚える。しかし、藤原に家に着いた仁村が見たものは惨殺された藤原一家の死体だった……。


文句なしに面白い映画。「アカルイミライ」というタイトルだが、脳天気な作品では全くない。むしろ来るべき不安と希望を描いたメッセージ性豊かな作品だ。
知的に精神的に、またフィジカル面にも訴えかけてくる。さすがは黒沢清。

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これまでに観た映画より(100) 「まあだだよ」

DVDで日本映画「まあだだよ」を観る。黒澤明監督作品。黒澤明の遺作である。「冥途」、「阿房列車」などで知られる作家、内田百閒とその教え子達の友情を描く。出演:松村達雄、香川京子、井川比佐志、所ジョージ、油井昌由樹、日下武史、小林亜星、平田満、渡辺哲、吉岡秀隆ほか。

法政大学でドイツ語教師として働きながら作家として活躍していた内田百閒だが、本が売れ、専業作家になることに決める。昭和18年のことである。2年後、米軍占領下の日本で内田は還暦を迎える。教え子達は内田の誕生日に「摩阿陀(まあだ)会」を開くことを決める。

黒澤明最後の作品であるが、評判は芳しくない。作家を主人公にしながら特にそれとは関係ない展開が続く。黒澤が何を思ってこの映画を撮ったのかはわからないが、少なくとも「面白いものを撮ろう」とはもう思っていなかったように思われる。弟子達の歌には黒澤が若かった頃の思い出が込められているだろうし、最初は男だけだった摩阿陀会に百閒の妻が参加するようになり、弟子達の娘が入り、孫まで現れというところに時の流れが感じられる。黒澤が自身のために撮ったプライベートフィルムのような映画だったのかも知れない。

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2018年3月20日 (火)

観劇感想精選(235) ミュージカル「舞妓はレディ」

2018年3月18日 福岡・中洲川端の博多座にて観劇

12時から博多座でミュージカル「舞妓はレディ」を観る。周防正行監督の同名ミュージカル映画の舞台化。原作:周防正行&アルタミラピクチャーズ、脚色:堀越真、演出:柴﨑秀臣、作曲・編曲:周防義和、作詞:周防正行&種ともこ。出演:唯月ふうか、榊原郁恵、平方元基(ひらかた・げんき)、蘭乃はな、多田愛佳(おおた・あいか)、片山陽加(かたやま・はるか)、土屋シオン、谷口浩久、湖月わたる、辰巳琢郎ほか。

映画「舞妓はレディ」でのナンバーの他に新曲も含めた上演が行われる。博多座オリジナルのミュージカルであり、京都が舞台ではあるが上演は博多座でしか行われない。

主人公の西郷春子(舞妓としては小春)を演じる唯月(ゆづき)ふうかは北海道札幌市生まれの21歳。本名の川上桃子名義で歌手としてデビューしたが現在はミュージカルを主舞台として活動している。唯月ふうかという芸名はどことなく宝塚っぽいが宝塚歌劇とは一切関係がない。

宝塚出身なのは湖月(こづき)わたると蘭乃はなであり、男役出身の湖月わたるには男装するシーンも用意されている。

映画にもAKBグループのアイドルがバイト舞妓役で出演していた(武藤十夢と松井珠理奈)が、今回も元HKT48の多田愛佳と元AKB48の片山陽加が同じ役で出演。映画ではラップ調の曲が用意されていたが、今回はその代わりに新曲「アイドルになりたい」(作詞:寺﨑秀臣、作曲:佐藤泰将)が歌い上げられた。

メイン楽曲である「舞妓はレディ」に乗せて、芸舞妓役の女優による舞でスタート。上手の花道(今回は客席を横切る形のいわゆるメインの花道は使用しない)から旅装の春子が登場し、舞台の中央へ。回り舞台が反時計回りして奥へと消えていく。

舞台は京都の架空の花街・下八軒。下八軒は小さな花街であり、後継者不足に悩んでいる。現役の舞妓は桃春(蘭乃はな)一人だけ。しかも桃春は現在29歳で、本来ならとっくに芸妓に上がっているところを舞妓が他にいないために留任させられている。イベントでは舞妓が足りないのでバイト舞妓の福葉(多田愛佳)や福名(片山陽加)を駆り出さねばならない有様だ。そんな下八軒の老舗置屋である万寿楽に春子が訪ねてくる。 「舞妓になりたい」と語る春子は鹿児島弁と津軽弁をちゃんぽんで話す。京大学の言語学者・京野法嗣(平方元基)は春子に興味を覚え、春子に京言葉を仕込むことに決める。京野のバックアップを受けて、下八軒で仕込み(見習い)として働くことになった春子だったが……。

映画「舞妓はレディ」よりも春子と京野の恋愛路線が前面に押し出されており、ミュージカル的な味わいが増している。
そのため、春子(小春)という人物の不可解さはこの劇ではほとんど触れられておらず、掘り下げられることも当然ながらない。
映画「舞妓はレディ」を観て春子の出自について疑問を持った方もいらっしゃると思われる。春子は薩摩弁と津軽弁をネイティブ並みに話す。祖父が鹿児島県出身で祖母が青森県出身、現在は津軽地方在住。両親は共に他界しており、祖父母に育てられる。そのため不思議な話し方になる。ただ津軽でずっと暮らしていたら津軽弁が強くなるのが普通である。そして映画では京野が津軽の春子の実家に行くシーンがある(今回のミュージカルでは音声のみによって処理されている)のだが雪深く、他に何もないような場所。そしてそこに住む春子の社会性の乏しさ。本当に友達がいるのだろうか? そもそも不登校なのではないか? そんな印象も受ける。もっとも仮にそうだったとしてもそうした設定が明かされることはないだろう。春子が本当にそういう性格だったとしても、花街側、少なくとも京都の五花街は「舞妓はそういう子がなるもの」という誤解を受けることを怖れるはずである。わかる人にはわかるはずなので、それがシンデレラストーリーに繋がっていると見ることも出来るのだが、今回のミュージカルではそうした要素はなく、「マイ・フェア・レディ」同様のピグマリオンのみが展開の軸となる。

舞妓・小春となる春子を演じた唯月ふうかは芸達者なようで、歌もダンスも見事にこなす。冒頭の素朴さや襟替えしてからの華やかさなど、演じ分けも堂に入っている。ただ、これは彼女の責任ではないのだが、「やはり上白石萌音って凄かったんだなあ」と思ったのも事実である。

万寿楽の女将、小島千春は榊原郁恵が演じているのだが、その配役によって舞台の明るさとコミカルさが増す。存在しているだけで雰囲気が作れるのが榊原郁恵の良いところである。
幕間にご主人である渡辺徹さんとすれ違う。話していたのは息子さんかな? その後、渡辺徹さんとその関係者が私と同じ4列目のセンター付近で鑑賞されているのが確認出来た(私は下手端の方である)。

ミュージカル俳優として売り出し中の平方元基。福岡県出身である。学者の息子である長谷川博己のような見るからにインテリ然とした雰囲気は出せていないが、京野の若さと才気の表現は十分に出来ており、歌も万全である。

湖月わたると蘭乃はなの元宝塚コンビは歌にダンスに大活躍。映画スターを演じるダンスシーンでの湖月わたるの男装は本物の男よりも格好がいいくらいだ。

終幕とカーテンコールでタイトル曲「舞妓はレディ」の歌とダンスが行われるのだが、何度も行われるので、前の方のお客さんは振りを覚えてしまい、一緒に踊っていた。私も見ているだけでは悔しいので少しだけ踊った。



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2018年2月22日 (木)

久石譲 「HANA-BI」メインテーマ


R.I.P.

太田省吾という人について何も知らなかったなら大杉漣について色々書けたのだが、それが出来ないのが残念である。

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2018年2月14日 (水)

コンサートの記(344) 大阪フィルハーモニー交響楽団「Enjoy!オーケストラ ~オーケストラで聴く映画音楽の世界!~」

2018年2月9日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団「Enjoy!オーケストラ ~オーケストラで聴く映画音楽の世界!~」を聴く。指揮とお話は大阪フィルハーモニー交響楽団ミュージック・アドヴァイザーの尾高忠明。

大阪フィルハーモニー交響楽団は、フェスティバルホールを本拠地としているが、定期演奏会はフェスティバルホールで行い、その他の企画はザ・シンフォニーホールを使う傾向がある。音響だけとればザ・シンフォニーホールは日本一だと思われるため、使用しないと勿体ない。今回は武満徹とジョン・ウィリアムズという二人の作曲家の作品を取り上げる。

曲目は、第1部が武満徹作曲による、3つの映画音楽(「ホゼ・トレス」、「黒い雨」、「他人の顔」)、「夢千代日記」、「乱」、「波の盆」組曲。「夢千代日記」と「波の盆」はテレビドラマのための音楽である。 第2部がジョン・ウィリアムズ作曲の映画音楽で、「未知との遭遇」メインテーマ、「ハリー・ポッターと賢者の石」メインテーマ、「シンドラーのリスト」メインテーマ、「E.T.」よりフライングシーン、「ジョーズ」メインテーマ、「スター・ウォーズ」メインテーマ。

まず武満の3つの映画音楽。大フィルは元々音量は豊かだが音の洗練については不足気味の傾向がある。初代の音楽監督である朝比奈隆が「愚直」を好み、骨太の演奏を指向したということもある。2代目の音楽監督である大植英次は現代音楽も得意としたが外連を好む傾向にあり、首席指揮者を務めた井上道義に関しても同傾向であったことは言うまでもない。ということで、もっと緻密で繊細な音作りも望みたくなるのだが、洒脱さは出ていたし、まずまずの出来だろう。

演奏終了後、尾高はマイクを手に振り返り、トークを始める。「僕は桐朋学園に学びました。齋藤秀雄という怖い怖い先生に教わりましたが、『尾高! 良い指揮者になりたかったらあんまり喋るな!』」といういつもの枕で笑いを取る。「大阪フィルハーモニー交響楽団は人使いが荒くて、指揮だけでなく話もして欲しい」。ここから武満の思い出となり、「コンピューターゲームが大好きな人でした。うちによく遊びに来てくれて嬉しかったのですが、コンピューターゲームで自分がお勝ちになるまでお帰りにならない」「これは喜ばれると思うのですが阪神タイガースの大ファンでした。阪神が負けた日には話しかけない方が良さそうな」という話をする。雑誌のインタビューで読んだことがあるのだが、尾高はこの話を日本だけではなく海外でも行っており、海外のオーケストラ団員も「タケミツってどんな人?」と興味津々で、この話をすると喜ばれるそうである。

その後、次の「夢千代日記」の話になり、主演した吉永小百合が今でも「バレンタインデーにチョコレートを貰いたい有名人アンケート」で1位を取るという話もする。どちらかというと響きの作曲家である武満徹。世界で彼にしか書けないといわれたタケミツ・トーンは海外、特にフランスで高く評価され、フランス人の音楽評論家から「タケミツは日系フランス人作曲家である」と評されたこともある。ただ武満本人は、「ポール・マッカートニーのような作曲家になりたい」と望んでおり、メロディーメーカーに憧れていた。残念ながらメロディーメーカーとしてはそれほど評価されなかった武満であるが、「夢千代日記」や「波の盆」に登場する美しい旋律の数々は、武満の多彩な才能を物語っている。

「乱」に関しては、監督である黒澤明と武満徹の確執を尾高は話す。黒澤明は武満に作曲を依頼。レコーディングのためにロンドン交響楽団を押さえていた。「ロンドン交響楽団で駄目だったらハリウッドのオーケストラを使ってくれ。ゴージャスにやってくれ」と注文したのだが、武満は岩城宏之指揮の札幌交響楽団を推薦。黒澤は「冗談じゃない!」と突っぱね、ここから不穏な空気が漂うようになる。武満が想定した音楽は黒澤が想像していたものとは真逆だった。
よく知られていることだが、黒澤映画のラッシュフィルムにはクラシック音楽が付いており、黒澤は「これによく似た曲を書いてくれ」というのが常だった。「乱」に関してはマーラーの曲が付いていたことが想像される。黒澤はマーラーのようにど派手に鳴る音楽を求めていたようだ。武満も「強い人だったので」折れず、じゃあ一緒に札幌に行こうじゃないかということになり、札幌市の隣町である北広島市のスタジオで札幌交響楽団に演奏を聴く。黒澤は納得したようで、札幌交響楽団のメンバーに「よろしくお願いします」と頭を下げたそうである。実はこの後、武満と黒澤は更に揉めて、絶交にまで至るのだが、それについては尾高は話さなかった。ただ演奏終了後に、「この音楽はハリウッドのオーケストラには演奏は無理であります」と語った。

武満の映画音楽の最高峰である「乱」。色彩豊かなのだがどこか水墨画のような味わいのある音楽である。巨人が打ち倒されるかのような強烈な悲劇性と群れからはぐれて一人ヒラヒラと舞う紋白蝶のような哀感の対比が鮮やかである。タケミツ・トーンがこれほど有効な楽曲もそうはない。

「波の盆」。尾高は日系ハワイ移民を題材にしたストーリーについて語る。笠智衆、加藤治子、中井貴一が出演。日米戦争に巻き込まれていく姿が描かれている。「あんまり詳しく話すとDVDが売れなくなりますので」と尾高は冗談を言っていた。
叙情的なテーマはよく知られているが、いかにもアメリカのブラスバンドが奏でそうなマーチが加わっていたりと、バラエティ豊かな音楽になっている。武満自身がマニア級の映画愛好者であり、オーケストレーションなどは映画音楽の仕事を通して学んだものである。

ちなみに尾高は子供の頃は指揮者ではなく映画監督に憧れていたそうで、果たせずに指揮者となり「一生を棒に振る」と冗談で笑いを取っていた。


第2部。ジョン・ウィリアムズの世界。最初の「未知との遭遇」メインテーマでは、高校生以下の学生券購入者をステージ上にあげての演奏となった。演奏終了後に子供に話も聞いていたが、今の子供も「未知との遭遇」のテーマは「聴いたことがある」そうである。

尾高は、ジョン・ウイリアムズは武満を尊敬していたということを語る。

ジョン・ウィリアムズは、「ジュリアード音楽院、日本でいうと東京芸大のようなところ」で学び、カステルヌオーヴォ=テデスコに師事した本格派であり、スピルバーグもジョージ・ルーカスも「自分が成功出来たのはジョンの音楽があったから」と語っていることを尾高は紹介する。

「ハリー・ポッターと賢者の石」はスピルバーグ作品でもルーカスフィルムでもなく、クリス・コロンバス監督作品であるが、「ハリー・ポッター」シリーズは、イギリス人の魂そのものだと捉えられているそうである。ミステリアスな曲調を上手く現した演奏であった。そういえば、私が「ハリー・ポッターと賢者の石」を観たのはまだ千葉にいた頃で、富士見町にあるシネマックス千葉での上映を観たのだった。

「シンドラーのリスト」では、今日は客演コンサートマスターに入った須山暢大(すやま・のぶひろ)が独奏を担当。サウンドトラックでソロを受け持ったイツァーク・パールマンのような濃厚さはなかったが技術面ではしっかりした演奏を聴かせる。

「E.T.」よりフライングシーンの音楽。今日取り上げたジョン・ウィリアムズ作品の中で、この曲だけがメインテーマではない。CMでもよく使われる曲で、尾高はピザのCMに使われたものが印象的だったと述べた。大フィルの音楽性には武満よりもジョン・ウィリアムズ作品のようが合っているように思う。

「ジョーズ」メインテーマ。スピルバーグが「28歳ぐらいの時の映画だと思うのですが」「自分より1つか2つ上なだけの人間(尾高は1947年生まれ、スピルバーグは1946年生まれである)がこうした映画を撮るのか」と衝撃受けたそうである。演奏を見ているとかなり高度はオーケストレーションが用いられているのが確認出来る。

今日はチケット完売、補助席まで売り切れという盛況である。尾高によると満員というのが文化の高さの指標になるそうで、以前、新国立でベンジャミン・ブリテンの「ピーター・グライムズ」をやった時、二日とも満員御礼で初日は良かったのだが、二日目に1階席の真ん真ん中2列が空いてしまっていたという。そこはスポンサー関係者用の席で誰も聴きに来なかったようなのだが、2幕の始まりに、ビーター・グライムズ役のイギリス人歌手が尾高の所に飛んできて、「チュウ! チュウというのは僕のことです。『もう歌わない! あそこが空いてるじゃないか!』となりまして」と語った。

さらにチケット完売時の返券(キャンセル)の話になる。尾高がウィーン国立音楽アカデミー(現・ウィーン国立音楽大学)でハンス・スワロフスキーに師事していた時代のこと。ヘルベルト・フォン・カラヤンが毎年夏に自身が主催するザルツブルク音楽祭を開いており、「カラヤン指揮のオペラが聴きたい」と思った尾高はザルツブルク祝祭劇場(カラヤンが大阪の旧フェスティバルホールをモデルに自らも設計に加わって建てさせたもの)まで出掛けた。
帝王カラヤン指揮のオペラなので前売り券は当然ながら完売、尾高は返券を求めて、開場の1時間半ほど前から並ぶことにしたという。午前8時半頃にザルツブルク祝祭劇場の前に着くと、すでに100人ほどが列を作っている。「こりゃ駄目かな」と思いつつ尾高が列に並んでしばらくすると、黒塗りの豪華な車が劇場の前で止まり、いかにも上流階級といった風の男性が降りてきた。男は尾高に、「おい、君は何やってるんだ?」と聞く。尾高が「オペラを聴くために並んでます」と答えると、「そんなことはわかっている。なにをやっていて、どうしてこのオペラを聴こうと思ったのかを聞いている」。尾高がウィーンで指揮を学んでいることを話すと、男性はチケットをくれたという。なんとS席の中でも特等の座席であったそうだ。
男性はカラヤンの知り合いで、毎年、ザルツブルク祝祭劇場でオペラを観ていたのだが、この年はどうしても抜けられない仕事が出来てしまい、「チケットを無駄にしたくないから、音楽を学んでいる奴にやろう」と決めて、目的地に向かう途中で高速道路を下りて、わざわざザルツブルク祝祭劇場に車を横付けしたのだった。

ラストの「スター・ウォーズ」メインテーマ。輝かしい演奏で掉尾を飾った。

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2018年2月 7日 (水)

これまでに観た映画より(97) 「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEWYORK : async」

2018年2月5日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、音楽映画「坂本龍一 PERFORMANCE IN NEWYORK: async」を観る。坂本龍一のニューアルバム「async」のリリースを記念して、ニューヨークのパーク・アヴェニュー・アーモニーで行われた限定ライヴを収録したもの。1時間ちょっとの映画であるが、2500円とチケット代は高めである。

坂本龍一はポップな作品も数多く作曲しているが、根源的には現代音楽指向の作曲家であり、「async」ライヴも音楽とノイズの境界線を探るような曲調が選ばれている。

アンドレイ・タルコフスキー監督の架空の映画のための音楽という設定である。ピアノの弦を棒で叩いたり、こすったりするというプリペイドな技法を始め、エレキギターの弦を金属製のサックをはめた指でなぞることでノイジーな音を生んだり、アクリル板を叩くことで音を出したりと、現代音楽的な試みが行われている。天井にモニターがあり、聴衆がたびたび上方を確認する姿が見られる。映画では映像だけの部分がスクリーンいっぱいに映し出される。森の映像や、水滴が拡がるデジタル画像などである。

わかりやすい内容ではなく、料金も高いので、現代音楽の素養がない人には全く薦められないが、抵抗がない人や坂本龍一の音楽が好きな人は観ておいて損はないだろう。坂本がピアノで奏でる旋律には、彼らしいメロディアスでセンチメンタルな味わいがある。

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