カテゴリー「書籍紹介」の52件の記事

2008年12月11日 (木)

プリーストリー 『夜の来訪者』(岩波文庫)

イギリスの、ジャーナリスト、小説家、劇作家、批評家であるジョン・ボイントン・プリーストリー(1894-1984)の代表的戯曲『夜の来訪者』(安藤貞雄訳 岩波文庫)

プリーストリー 『夜の来訪者』(安藤貞雄訳 岩波文庫) 『夜の来訪者』が初演されたのは1946年。1954年には映画化もされている。

『夜の来訪者』の舞台になっているのは、第一次世界大戦前夜、1912年のイギリス・ミッドランドの街、ブラムリー。

ブラムリーの大工場主、バーリング家の食堂。バーリング家の娘であるシーラと、バーリング家と同じく大工場主の家であるクロフト家の息子のジェラルドとの婚約パーティーが行われている。そこへ、グールという名の警部の来訪がある。グールは、2時間ほど前に、エヴァ・スミスという女性が自ら命を絶ったことを伝え、バーリング一家とジェラルドが、エヴァ・スミスの自殺に関与していることを告げる……。

他者への想像力の欠如が犯罪へと繋がっていく過程を解き明かしていく傑作スリラーであり、社会派の戯曲である。半世紀以上も前に書かれたものであるが、その内容は全く古びておらず、むしろ21世紀の現代社会が抱える問題の根本を突くといっても過言ではないほどの鋭さを持った本である。

プリーストリー 『夜の来訪者』(安藤貞雄訳 岩波文庫) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年12月 7日 (日)

より良い社会を諦めるな 山口二郎 『若者のための政治マニュアル』(講談社現代新書)

山口二郎の『若者のための政治マニュアル』(講談社現代新書)。この本には特別なことは何も書かれていません。全ては当然の、それでいながら多くの人が見逃していることが書かれています。

山口二郎 『若者のための政治マニュアル』(講談社現代新書) あたかも絶対不変の現実が存在するかのように、我々団塊ジュニアに教育を行った世代は言ってきました。
しかし、社会も現実も人間が作り出したものであり、人間とは関係性の生き物であり、それを作り出す側も我々とは無関係の存在ではありません。

少なくとも現代の日本は、民主主義が前提の社会であり、普通選挙法が実施されている国です。人々は全くの無力ではないのです。

今の日本は歴史的な転換期に来ています。この時代をどう乗り切るかで、今後の日本は変わってきます。

『若者のための政治マニュアル』は、我々に多くの「当然」を示しています。全てを信じる必要もありませんし、受けいれるいれないは個々の選択にかかっています。

しかし、私はより良い世界を諦めたくありませんし、この世界がこのままで良いのだとも思っていません。

私と同じような思いを抱いている人には、この種の本を読んで色々と考えてみることをお勧めします。

山口二郎 『若者のための政治マニュアル』(講談社現代新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年11月22日 (土)

太宰治 『直筆で読む「人間失格」』(集英社新書ヴィジュアル版)

「おうとうき」というタイトルのブログなのに、太宰治について触れた記事が少ないというのは我ながら不当な気もします。ということで紹介します。集英社新書ヴィジュアル版から出たばかりの『直筆で読む「人間失格」』。

美知子夫人により保存され、その後、日本近代文学館に寄贈された、「人間失格」の太宰治の直筆原稿を撮影し、本としてまとめたものです。

太宰治 『直筆で読む「人間失格」』(集英社新書ヴィジュアル版) 太宰治の「人間失格」。生涯に一度は読んでおくべき本の筆頭に来るほどの傑作ですが、その傑作を太宰本人の筆跡によって味わうことの出来る日が来ようとは。そして、その『直筆で読む「人間失格」』の出版されるまさにその時代に生きることが出来たというのは、私にとってのささやかな幸せです。

さて、この「人間失格」。陰惨なストーリーを持つものと評価が定まっていますが、今回、久しぶりに読み返してみて、通説とは違った解釈が出来るようにも思えました。小説の冒頭で示される有名な三葉の写真の描写。これは大庭葉蔵の手記を手にした、ある小説家が書いたものですが、この「醜い」「不思議」「奇怪」と称された写真が、実は、大庭葉蔵が描いたとされる「お化けの絵」に通じているのではないかということです。「お化けの絵」は葉蔵のお道化を見抜いた竹一なる少年が、ゴッホやモディリアーニの絵を評して言った言葉です。ゴッホもモディリアーニも真実を見抜く目を持った天才画家であり、その絵は、一瞥しただけではわからない真実を描写しています。ということは、葉蔵の写真を見た作家は、それを「醜い」「奇怪」だと思ったけれども、それは作家がそう見ただけで、あるいはこの作家は本当のことを見抜く目のない人物だった可能性も指摘できます。

この三葉の写真のエピソードが冒頭置かれているために、カモフラージュされた格好になっていますが、大庭葉蔵なる人物は極めて頭の切れる男です。特にその観察眼、人間の本質を見抜く目は尋常ではありません。葉蔵の人間批評の一つ一つが的を射ており、その批評される人間に読者も含まれますので、あるいはカモフラージュが行われているのかも知れませんが、葉蔵が見た「人間」こそが実は奇妙な存在であり、実際に堀木正雄やヒラメと称される渋田などはあまりにも俗な「人間」として描かれています。一方、堀木やヒラメは処世術に長けた人物でもあります。しかし葉蔵は堀木やヒラメなどに本心からの愛情を抱くことはなく、彼が愛したのは、どこか浮き世を超越したところのある女達でした。

「人間失格」は確かに重い話です。「人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間でなくなりました」という言葉も痛烈です。実際、葉蔵はアルコールに溺れ、モルヒネ中毒になり、廃人となりますが、葉蔵の手記の最後の部分に感じられる彼岸の境地ともいえる不思議な明るさは何なのでしょうか。そして太宰が、「所謂「人間」」という言葉を敢えて用いている意味深さ。

所謂「人間」は、「世間」や「社会」の、音楽でいうコードの中で生きています。そのコードの中では「欲望」や「処世術」が幅を利かせています。俗なものです。コードから外れたメロディが時として効果を上げることがあるように、俗な「人間」から外れることに意味があるとしたのなら。もちろん、葉蔵は上手にそれを成し遂げることは出来ませんでした、彼は「人間」に合わせようとして墜落したのです。しかし、そのことで訪れるユーモアと平安に満ちた悟りのような心持ち(「Let it be」のようです)。これは小説の最後に出てくる「神様」「天使」という言葉に繋がってはいないでしょうか。

人間を失格すべきではないでしょう。しかし「所謂人間」からはあるいは失格もまた尊い、尊いというのは行きすぎにしても、一つの手であるというコード(これは音楽のコードではありません)が透けて見えてはこないでしょうか。
合わせるのではなく、あるがままに生きる。

太宰治 『直筆で読む「人間失格」』(集英社新書ヴィジュアル版) 紀伊國屋書店BookWebト

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2008年11月17日 (月)

藤原智美 『検索バカ』(朝日新書)

養老孟司の『バカの壁』がベストセラーになってからというもの、「バカ」をタイトルにした書物が溢れているような感があり、中には著者自身が最も馬鹿であることを露呈してしまっている書物もありますが、本書『検索バカ』(朝日選書)は、タイトルとは裏腹に誠実に内容を持った本です。世の中の「バカ」本の中にもこうした書物がきちんとあるということです。

藤原智美 『検索バカ』(朝日新書) メッセージ自体に目新しいものはありません。情報化社会の中にあって、簡単に手に入れられる外的な情報ではなく、内的な思考を見直そうという趣旨の本です。

ネット社会の到来により、情報や知識は簡単に手に入れられるようになりましたが、そのことで却って情報や知識に振り回されて、己を空しくするという結果を招来していることは間違いありません。右から左へと情報は抜けていき、言葉や対話を深めることもない。地域社会は崩壊し、それを埋めるものとしてマニュアル化された情報が生まれましたが、それは所詮、意味を去勢された仕草のようなものでしかない。

これは藤原でなく、私の意見ですが、もし情報や知識を最上のものとしておくなら、最高の存在は、人間ではなく、知識が集められた「百科事典」ということになるだろうと思ってしまいます。書物が人間より尊い存在、それも何の思索も通さず知識だけを集めた「百科事典」を最上と尊ぶのは誰が考えても愚かしいことですが、困ったことに現代社会はそうなりつつあります。身体を経ていない言葉が、矢継ぎ早に繰り出されてあらゆるものを傷つけている。

藤原智美の『検索バカ』は考えることの尊さを説きます。多くの人がその重要さを当たり前のように認識してながら、現代社会に於いては失われつつある沈思黙考。『検索バカ』はそのタイトルや帯の文句の過激さとは真逆の温かみのある語り口で考え抜くことの重要さを我々に問いかけています。

藤原智美 『検索バカ』(朝日新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年11月16日 (日)

イ・ヨンエ 『ヨンエの誓い』(NHK出版)

韓国の連続テレビドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」(原題:「大長今」)に主演したイ・ヨンエ。そのイ・ヨンエに日本側からのオファーがあり、出来上がったのがフォト&エッセイ集『ヨンエの誓い』(NHK出版)です。

イ・ヨンエ 『ヨンエの誓い』(NHK出版) 日本側で用意した300近い質問に、イ・ヨンエが答え、それを本にまとめるという形で作られた一冊。

「宮廷女官チャングムの誓い」への出演を決めたいきさつ。魅力的な監督や脚本、そして共演者達のこと。撮影の裏話や苦労話。
更にイ・ヨンエが芸能界に入るきっかけと、女優として本格的に歩むことの決意、女優として、人間としての生き方と理想などが語られています。

「チャングム」のあのシーンの裏側にこういうことがあったのか、こんな秘密があったのかということが解き明かされる一方で、演技をするということの深さとイ・ヨンエの演技に対する真摯な姿勢と「生きる」ということに対する誠実さなどが窺える興味深いエッセイ集です。

イ・ヨンエ 『ヨンエの誓い』(NHK出版) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年11月10日 (月)

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書)

中川右介には、先に『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書)という著書があり、この『カラヤン帝国興亡史』はその続編になります。

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書) 1954年11月にフルトヴェングラーが死去し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の後任の首席指揮者(音楽監督・芸術監督)としてヘルベルト・フォン・カラヤンが就任します。『カラヤン帝国興亡史』は、カラヤンがベルリン・フィルの首席指揮者となったところから始まり、その後、立て続けにウィーン国立歌劇場とザルツブルク音楽祭の主となり、更にベルリン・フィルの首席指揮者就任前から手にしていた、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団、ミラノのスカラ座を含めた広大な音楽帝国を形成し、その帝国が徐々に縮小、最後には瓦解するまでを描いていきます。カラヤンの芸術面に関しては敢えて触れず、カラヤン帝国の勢力拡大と衰退を時代を追って書いたこの本は、あるいは音楽書ではないのかも知れません。

あとがきで、著者の中川右介氏は、カラヤンの敗北には「悲愴感はない」と記しています。

これは私の読後感とは異なりますので、そのことについて書いておきます。
このところカラヤンに関する書籍を立て続けに紹介したわけですが、それを通して読んだ結果、浮かび上がったのはカラヤンという男の寂しさでした。カラヤンは本当に自ら望んだ人生を生きることが出来なかったのではないかということです。

この『カラヤン帝国興亡史』において、中川氏は、カラヤンがウィーン国立歌劇場とザルツブルク音楽祭のポストを次々に得たのは、生前のフルトヴェングラーから妨害を受けたからではないかと指摘しています。もしフルトヴェングラーから妨害を受けなければウィーン国立歌劇場やザルツブルク音楽祭のポストにそれほど執着することはなかったのではないかとも。

これはおそらくその通りでしょう。カラヤンの前に立ちはだかったフルトヴェングラーという壁。フルトヴェングラーはカラヤンを敵視していましたが、カラヤンはフルトヴェングラーを音楽家として尊敬していました。そのフルトヴェングラーから受けいれられなかったということが、逆に怖れとなって、カラヤンを権力へと向かわせたという可能性も見て取れます。

考えれば、カラヤンは最初に就任したウルムの歌劇場を2年ほどであっさりクビになっています。そして次にアーヘン歌劇場にポストを得るまで失業者として過ごしました。ウィーン国立歌劇場の練習指揮者の誘いを蹴って、ウルムの歌劇場のトップに就任するほどの自信家であったカラヤンとしては屈辱であり、自信を喪失したとしてもおかしくありません。

ここで『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書)のルドルフ・ヴァッツェル(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団コントラバス奏者)の「カラヤンは(中略)自分に自信がない」という発言が思い出されます。ヴァッツェルによると、カラヤンはウルムで失業したことがトラウマになっているというのです。

そして、『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』(新潮社)で繰り広げられた、カラヤンは自分の理想の音を追うために、オーケストラを遮断したとの分析。更にこれを裏付けるかのような、「晩年のマエストロ(カラヤン)は音を聴いていなかった」というウィーン・フィル奏者の有名な証言などをから総合して考えるに、若き日のカラヤンは失業で自信をなくし、フルトヴェングラーからも受けいれられなかったことが心の痛手となり、それがゆえに、フルトヴェングラーの死後、フルトヴェングラーが手にしていたポストを次々に手に入れるという行動に出たのではないかという仮説が成り立ちます。失うのが怖い、失わないためには手に入れ続ける必要がある。カラヤンがベルリン・フィルの終身首席指揮者の待遇に拘り、欧州の主要ポストを次々に手に入れていったのは、受けいれられず失うという怖さが原動力になっていた可能性があります。そして絶対の自信を得るために実際のオーケストラの音ではなく、自分の頭の中にある理想の音を追求し、カラヤン自身の言う「別世界」へと入っていったのではないでしょうか。

20世紀音楽界に「帝王」として君臨したカラヤン。しかし実際はカラヤンは20世紀という時代によって「帝王」に君臨させられてしまったのかも知れません。失わないためには常に自分が先頭にいる必要がある。そして20世紀の交通機関の発達により、長距離移動が可能となって複数の重要なポストを兼任できる。20世紀のメディアの発達により、録音や映像を通して世界中にアピールすることができる。しかし、それは同時に、自分の領域内に他の有力者が簡単に移動して来られることをも意味する。ならば徹底して仕事をして常に先頭を行き、ライバルを排除せねばならない。そして自分の弱さをメディアに晒してはならない。

「攻撃は最大の防御」という言葉がありますが、カラヤンは自分の立場を守るために、つねに攻撃的体制で時代の先端を歩まなければ不安だったとも考えられます。そしてそれが本当だとしたのなら、彼の人生はある意味、とても哀れだったといえるでしょう。

中川右介 『カラヤン帝国興亡史』(幻冬舎新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年11月 5日 (水)

川口マーン惠美 『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書)

20世紀前半を代表する指揮者ヴィルムヘルム・フルトヴェングラーと、20世紀後半に音楽界の頂点に君臨した指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者(音楽監督・芸術監督)の座を巡って時に醜いほどの確執を持った二人。

そんな二人の大指揮者が活躍したベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の元楽団員11名による14回のインタビューを収めたのが川口マーン惠美の『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮社選書)。タイトルは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の元首席ティンパニ奏者であるヴェルナー・テーリヒェンの著書『フルトヴェングラーかカラヤンか』(原題:『ティンパニの響き』)を意識したものだと思われます。ちなみにテーリヒェンの『フルトヴェングラーかカラヤンか』(音楽之友社)を、私は高校生の時に、高校の図書室で読んでいますが、今思うと、あの書物は高校生が読むには全く適していなかったと思います。

川口マーン惠美 『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書) 登場するのは、ヴェルナー・テーリヒェン(元首席ティンパニ)、ハンス・バスティアーン(元第一ヴァイオリン)、エーリッヒ・ハルトマン(元コントラバス)、ギュンター・ピークス(元首席ファゴット)、ディートリッヒ・ゲアハルト(元首席ヴィオラ)、カール・ライスター(元首席クラリネット)、ルドルフ・ヴァッツェル(インタビュー当時は現役のコントラバス奏者、2008年夏に定年退職)、ルドルフ・ヴァインスハイマー(元首席チェロ)、ライナー・ツェッペリッツ(元コントラバス)、エーバーハルト・フィンケ(元首席チェロ)、オズヴァルト・フォーグラー(元首席ティンパニ)。

フルトヴェングラーとカラヤンの二人の首席指揮者のもとで演奏したのは6人。あとの5人はカラヤンの指揮でのみ演奏経験のある人です。

フルトヴェングラーとの演奏経験のある人は、フルトヴェングラーを信奉しており、特にアンチ・カラヤンで知られるテーリヒェンは、フルトヴェングラーを絶賛する一方で、カラヤンの才能を全く認めないとの発言までしています。

一方で、カラヤンはフルトヴェングラーの後任として最適だったと認める人もいるなど、オーケストラプレーヤー個々の二人の指揮者への思いには大きな隔たりがあることもわかります。

カラヤンについての評価はフルトヴェングラーと違い、崇拝する人と特に何も感じていない人にわかれており、指揮者としても人間としても賛否両論の評価を受けたカラヤンらしい結果になっています。

クラシック音楽界の世界最高峰に位置するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏家達、その貴重な証言と魅力的な生き方に魅せられる一冊です。

川口マーン惠美 『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮選書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年10月31日 (金)

中川右介 『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書)

クラシック音楽界最高の地位と多くの人が認めるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者(音楽監督)。ハンス・フォン・ビューロー、アルトゥール・ニキシュという伝説の指揮者の跡を継いで三代目のベルリン・フィル首席指揮者となったヴィルヘルム・フルトヴェングラー。20世紀最高の指揮者と今でも目されているフルトヴェングラーであるが、生来の優柔不断さからナチス台頭期に身の振り方に苦悩する。その頃、ドイツ国内で話題になっている一人の青年指揮者がいた。彼の名はヘルベルト・フォン・カラヤン。オーストリアのザルツブルク出身のカラヤンは最初のポジションであるウルムの歌劇場では失敗したが、その後は着実にキャリアを重ねており、1938年、30歳の時には「奇蹟のカラヤン」との演奏会評を受けるまでになっていた。自分の息子のような年齢のカラヤンにフルトヴェングラーは脅威を抱く。

中川右介 『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書)ナチス時代のドイツを舞台にベルリン・フィル首席指揮者の座を巡って巻き起こる様々な欲望と陰謀。その二人の主人公、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーとヘルベルト・カラヤン、そして第三の男ともいうべきセルジュ・チェリビダッケの活躍を時系列的に配した、中川右介の『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎文庫)。カラヤンとフルトヴェングラーによるベルリン・フィル首席を巡るドラマはクラシックファンの間ではよく知られたものであり、この書物に書かれていること自体にはさほど新鮮味はないが、三人の心の葛藤を描くという「人間ドラマ」的切り口が巧みであり、権力や陰謀を描いたサスペンス小説のような面白さがある。

「『カラヤンとフルトヴェングラー』概要」
実演の実力では誰にも負けないフルトヴェングラー、しかし当時の録音技術では彼の演奏の素晴らしさを捉えることが不可能であることはフルトヴェングラーもよくわかっていた。そこへ現れたカラヤン。カラヤンはフルトヴェングラーとは逆に当時の録音技術に適した個性を持っており、そのことをカラヤン本人もフルトヴェングラーもよく知っていた。結果、22歳も年下のカラヤンにフルトヴェングラーは嫉妬にも似た感情を覚える。時あたかもナチス政権下。ナチスに反抗的であったフルトヴェングラーと、ナチス党員であったカラヤン。次第に立場が危うくなり、ベルリン・フィルの指揮台に立つ回数が減っていくフルトヴェングラーに対し、カラヤンは着実な歩みを見せていたが、ヒトラーの御前演奏でカラヤンは致命的なミスを犯し、ヒトラーに嫌われてしまった。こうしてベルリン・フィルの指揮者陣が手薄になっていく。そして、終戦直後、ナチスへの関与により公式活動を禁止されたフルトヴェングラーとカラヤンの不在期に一人の名もないルーマニア人若手指揮者がベルリン・フィルの演奏会で大成功する。そのルーマニア人若手指揮者の名はセルジュ・チェリビダッケといった。

中川右介 『カラヤンとフルトヴェングラー』(幻冬舎新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年10月18日 (土)

木下半太 『悪夢のエレベーター』

大阪出身の木下半太が書いた『悪夢のエレベーター』。先に書いた記事の舞台の原作でもあります。原作での舞台は大阪のようで、登場人物のほとんどが大阪弁を話します。

木下半太 『悪夢のエレベーター』 停止したエレベーターに乗り合わせた、富永、槙原、小川、カオルの4人。そこで繰り広げられるブラックにしてコミカルな出来事の数々。
それが3人の視点により、3つの章で語られていきます。ある人の視点からはよくわからなかったことが、次の章で種明かしされ、おまけに笑いも誘うなど作品構成も見事です。

木下半太は演劇界の出身。長く大阪演劇界で活躍した後、今は本拠を東京に移して演劇活動を続けています。停止したエレベーターという舞台的空間の生かし方が抜群なのも、木下が演劇界出身であることと無関係ではないでしょう。

なお、『悪夢のエレベーター』はWeb上で続きを読むことが出来ます。(http://blog.qlep.com/blog.php/114535)。本編読了後はWeb上で続きを楽しむのも良いでしょう。

木下半太 『悪夢のエレベーター』(幻冬舎文庫) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年10月16日 (木)

中広全延 『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』

ヘルベルト・フォン・カラヤンは1908年生まれであるため、今年2008年が生誕100年に当たります。その年に敢えて出版された、カラヤンと自己愛を巡る、精神科医の書いたエッセイ、『カラヤンはなぜ目を閉じるのか 精神科医から診た“自己愛”』(新潮社)。

中広全延 『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』(新潮社~ 「帝王」としてクラシック音楽界の頂点に君臨したヘルベルト・フォン・カラヤン。カラヤンの指揮の特徴は目を閉じて指揮するということでしたが、「アイコンタクトが取れず演奏しにくい」という声がオーケストラ奏者からもありました。指揮するときに目を閉じた指揮者は世界広しといえどもカラヤンだけです。
なぜカラヤンが目を閉じるのかについて、カラヤン本人は「見ることをやめて、まったく別の世界に入っていくのです」と答えている。ではその入っていくまったく別の世界とはどこなのか?

本書では、カラヤンは自己愛性人格障害(著者である中広全延によると、カラヤンの場合は「自己愛性人格」障害)、若しくは自己愛性人格を持つ人と仮定して、この「まったく別の世界」の正体に迫っています。

完璧を求め、自身が音楽世界の中心であることを望み、事実その座に君臨し、君臨し続けるためにあらゆる手法を駆使したカラヤン。20世紀という「指揮者の世紀」に現れるべくして現れたカラヤンという人間の側面にアプローチする好著です。

中広全延 『カラヤンはなぜ目を閉じるのか』(新潮社) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年9月19日 (金)

笹野高史 『待機晩成』

副題は「日本一の脇役が語る人生の美学」。オンシアター自由劇場出身で、その後、商業演劇、映画にテレビ、ついには歌舞伎にまで出演してしまった俳優、笹野高史の著書『待機晩成』(ぴあ)を紹介します。

笹野が高校生の頃に、いとこがやった占いで「高っちゃんはね、大器晩成型」といわれ、しかし笹野曰く「大器じゃなくて待機していただけ」で晩成したというのがタイトルの由来です。

笹野高史 『待機晩成』 兵庫県の淡路島に、造り酒屋の四男坊として生まれた笹野高史。子供の頃は「笹野のぼん」などと呼ばれたそうですが、幼い頃に両親が死去し、以後は親戚の家を頼って、男兄弟四人で支え合って育ちます。そんな笹野少年の夢は映画俳優になること。しかし、決して男前とはいえない笹野少年は人前では「映画俳優になりたい」とは口に出来ませんでした。そんな笹野少年の心の支えだったのが、男前でないのに映画の主役を張っていた渥美清。

この本では、笹野高史が、上京して自由劇場の演劇に触れ、1年本ほどの舟乗り生活を経て、串田和美に呼ばれて自由劇場に戻り、10年間、自由劇場の役者として活躍した後(自由劇場にいるのは修行期間に相当する10年間と、本人もなぜかはわからないが決めていたそうです)、商業演劇に移り、それから映画で憧れの渥美清と共演するようになる様が、笹野らしく淡々としたタッチで書かれています。

渥美清との付き合いの他にも、自由劇場時代に出会った柄本明の話、映画「武士の一分」で共演した木村拓哉の話など、演劇ファン、映画ファンならずとも面白い話も収録。

「自分は主役の器ではないけれど……」と思いつつ、映画や演劇の世界に憧れている若い人にも是非読んで貰いたい本です。

笹野高史 『待機晩成』(ぴあ) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年8月10日 (日)

マーティ・フリードマン 『いーじゃん! J-POP だから僕は日本にやって来た』

メタルバンド、メガデスの元メンバーで、2002年からは日本に住み、日本を中心に音楽活動を行っているギタリストのマーティ・フリードマン。彼が日本にやって来たのはJ-POPに恋したからでした。

マーティ・フリードマン 『いいじゃん! J-POP だから僕は日本にやって来た』(日経BP社) そんなマーティの著書『いーじゃん! J-POP だから僕は日本にやって来た』(日経BP社)。

アメリカ、ワシントンD.Cに生まれ、ハワイ、サンフランシスコ、ロサンゼルスと、ずっとアメリカ国内に住んできたマーティですが、サンフランシスコのバンドであるカコフォニー時代の初来日時に日本と日本の音楽に本格的に興味を持ち、通信教育で日本語を学んで、今では流暢に日本語を操ります。この本も訳者は通さず、マーティ本人が日本語で書いたもの。

メタルというハードなジャンルで活躍していたマーティですが、新しいことをやろうと思ったときにアメリカは壁が高く、「様式美」が重視され、メタルだったらメタルの様式以外の音楽をやってはならないという不文律があるそうです。その点、日本は実に柔軟。そんなJ-POPの自由さに惹かれて日本に来たマーティは、ハワイ時代に知った演歌やサンフランシスコのカコフォニーというバンド時代に知ったJ-POPのアーティストと共演して、夢を実現していきます。

そんなマーティの半生記(というほど大袈裟ではありませんが)、マーティ本人がリスペクトするJ-POPのシンガー達の紹介から本書は成り立っています。

ちなみにマーティさんが好きな日本のアーティストは、ZARD、華原朋美、平原綾香、ハロープロジェクト系、X JAPAN、相川七瀬など。マーティさんも認めていますが、けっこうベタです。私とは趣味が合わないかも。
とはいえ、外からは(マーティは今では外の人ではありませんが)語られることの少ないJ-POPについての新たな視点を得られる面白い書籍です。

マーティ・フリードマン 『いいじゃん! J-POP だから僕は日本にやって来た』(日経BP社) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年8月 4日 (月)

絵本『ヒロシマのピアノ』

実話を元に書かれた絵本『ヒロシマのピアノ』(文研出版)を紹介します。指田和子・文、坪谷令子・絵。

絵本『ヒロシマのピアノ』(文研出版) 昭和7年(1932)、浜松のヤマハ工場で作られたアップライトピアノ製造番号18209がヒロシマ(広島)、御幸橋に近い家に運ばれてきます。この家に住む、もうすぐ4歳のみさちゃんがこのピアノの主となりました。

ピアノの音に魅せられ、将来は東京の音楽大学に行って、ピアニストになりたいと夢見る、みさちゃん。

しかし、日本は戦争に突入、昭和20年(1945)8月6日、広島への原爆投下により、ピアノも被爆、家のコンクリートの壁に叩きつけられました。

幸い、大破することなく、音もわずかにくるっただけだった被爆ピアノ。みさちゃんもみさちゃんの華族も無事でした。
日本が降伏して戦争は終結。みさちゃんは再び鍵盤に指を触れますが、間もなくして、外から、「せんそうに まけて、日本が これから どうなるか わからんときに、ピアノなんぞ ひくとは いったい なにを かんがえているんじゃ!」と大声がしました。

みさちゃんは以後、ピアノの鍵盤に触れることはありませんでした。それか60年が経ち……。

戦争と原爆の悲惨さと奪われた少女の夢という実話に基づく物語が語られる絵本。矢川光則氏によって音を取り戻した被爆ピアノを演奏して収録されたCD付き。曲は、被爆ピアノのために書かれた「綿のぼうし」(作曲・演奏:山田紗耶香)です。

子供だけでなく、大人にも、そして親子でも読んで貰いたい絵本です。

絵本『ヒロシマのピアノ』(文研出版) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年6月22日 (日)

『蟹工船』と『戦艦ポチョムキン』

プロレタリア文学の最高峰であり、最近再び注目を浴びている小林多喜二の『蟹工船』。カムチャッカ(作品中ではカムサツカ)沖で蟹漁を行うオンボロ工場船における労働者の悲惨としかいいようのない待遇と、上官(特に浅川監督)の人を人とも思わない非人間性を渾身の筆で描き抜いた作品です。

小林多喜二 『「蟹工船」「一九二八・三・一五」』(岩波文庫) 蟹工船には即戦力になるよう、農村から学のある真面目な若者を労働者として雇っていましたが、若者は学があるために「ストライキ」なるものを漁夫に教え、広め、船員達はストライキを敢行。一応の成功を見ます。しかし……。

岩波文庫に併録されている「一九二八・三・一五」では、共産主義のために活動している個々や団体に焦点を当てて書いた小林多喜二ですが、「蟹工船」は、それとは真逆の群衆劇であり、労働者側の個々の個性がなるべく目立たないように工夫されています。

附記という形で語られるストライキの顛末が楽天的に過ぎるのではないかという弱点はありますが、執筆当時25歳だった小林多喜二としては会心の出来だったと思われます。資本家のみならず、帝国主義の軍隊、全体主義の大日本帝国の国策、更には「献上品」の蟹という形で出てくるトップへの批判など、相当の勇気を持って書かれた作品であり、視野の広さという点において、私小説的なものから抜け出せなかったそれまでのプロレタリア文学から一歩進んだ小説であるといっていいでしょう。

『蟹工船』とよく似た設定を持った映画として多くの人が思い浮かべるのが、世界映画史上屈指の名作として知られる『戦艦ポチョムキン』。実際にあった事件を基にして作られた映画であり、監督は「モンタージュ理論」の完成者として知られるセルゲイ・エイゼンシュタイン。1925年のサイレント作品ですが、本国であるソビエトでも検閲に次ぐ検閲で満足に上映されないという状態でした。日本で上映されたのは第二次大戦が終わってから。ということで、設定は似ていますが、小林多喜二が『蟹工船』のモデルとしたという事実はありません。

DVD『戦艦ポチョムキン』 しかしエイゼンシュタインもソ連のプロレタリア芸術協会の会員であり、世界中で資本階級と労働者階級の軋轢が露見しつつある時代であったということもあり、『蟹工船』と『戦艦ポチョムキン』のシンクロニシティは必然として起こったと見ることも出来ます。

『戦艦ポチョムキン』は、1905年に起こった「ポチョムキンの反乱」を題材として撮られた映画であり、ウジのわいた肉を食べさせられるなどした水兵達が不満を爆発させ、ストライキを決行。上官達は水兵達を抑えつけようとし、銃殺までしようとしますが、最後は水兵側が勝利。
映画のラストでも水兵の勝利が描かれていますが、これは史実ではなく、実際は、反乱を起こした水兵達は死罪に処せられました。

IVCから出ている「戦艦ポチョムキン」のDVDには、なつかしの淀川長治による解説が収められています。

小林多喜二 『蟹工船 一九二八・三・一五』(岩波文庫) 紀伊國屋書店BookWeb

Antonov / Eizenstein/戦艦ポチョムキン Bronenosets Potyomkin

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2008年5月28日 (水)

笠原英彦 『歴代天皇総覧』(中公新書)

『歴代アメリカ大統領総覧』を紹介したので、日本の歴代天皇について書かれた書物も紹介しておく方が良いだろうということで、笠原英彦の『歴代天皇総覧』(中公新書)をアップします。

笠原英彦 『歴代天皇総覧』(中公新書) 神話時代になる神武天皇に始まり、昭和天皇に至るまでの124代の天皇と、「正統ではないとされた」北朝の5人の天皇についての概略が書かれています。
新書であり、天皇の数も多いということで、本当に概略的なものですが、こうした種類の書物は意外に少ないので貴重です。

「万世一系」である(途中怪しいところもありますが)天皇家は、為政者が替わっても存続し続けるということと、天皇親政が行われた時代が極端に短いという二つの特異な面を持つ、世界史的にいっても珍しい存在であり、日本という国の性質を映す鏡でもあります。

『歴代アメリカ大統領総覧』と読み比べて、国家というものの成り立ちの差異について考えてみるのも良いかも知れません。

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2008年5月27日 (火)

佐野真 『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』(講談社現代新書)

昨シーズン、利き腕である左腕の肘の靱帯の手術をし、今季の開幕には間に合わなかったものの、復帰後は5連勝と、さすがの活躍を見せている福岡ソフトバンクホークスの和田毅投手。速球はMAXでも140キロちょっとで、ほとんどが130キロ台。カーブ、スライダー、チェンジアップと、変化球の種類も多くはないのに、東京六大学の通算最多奪三振記録を持ち、プロ入り後も軟投派と見られながらも抜群の奪三振率を誇る和田の投球の秘密に迫ったのが、佐野真の書いた『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』(講談社現代新書)。帯には、「こうすればあなたも速くなる?!」という文句が書かれていますが、結論からいうと速くはなるかもしれませんが、和田のようなストレートを投げるのは無理です。

佐野真 『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』(講談社現代新書) 和田毅が注目されたのは、島根県の浜田高校時代。120キロ台のストレートを相手が打てず、地元のテレビの高校野球解説者も困惑。
和田を擁する浜田高校は、甲子園への切符も二度手にしますが、和田が三年の時の夏の甲子園大会で、強豪・帝京高校に勝ち、帝京の選手が「(和田のストレートは)150キロに見えた」とコメントしたことで、バッターボックスでの体感速度がかなり速いストレートを和田が投げていたことがわかります。

しかし、実際の速度は120キロ台。早稲田大学に進学後、最初の試合でのMAXも129キロであり、和田もチームメイトも落ち込んだそうですが、現在も和田のトレーナーを務める土橋恵秀(当時は早稲田大学1年生の学生トレーナー)のアドバイスにより、その年の夏にはストレートのスピードは142キロをマークするなど急速に伸びています。
和田のストレートが遅かったのは下半身が巧く使えていなかったというのが最大の原因でした。

と、いうことで、投球動作の際の体の使い方は参考になります。巻末には和田が書いた、投球モーションに関する卒業論文を全文掲載されており(文学部出身の私から見ると「こんな短い論文でいいんかいな?」という気にもなりますが、クレバーな論文であることは確かです)、和田本人の身体に関する探求心を窺い知ることが出来ます。

ただ、和田が130キロ台のストレートで次々と三振を奪うことの出来る理由は、和田の持って生まれた身体能力によるところが大きいのも事実です。和田の指は後ろに反らすと90°も曲がり、手首も柔らかく、そのためリリースの際に常識を超えた回転数をボールに与えることが出来、初速は遅くてもスピードが余り落ちないまま打者の手元まで来るので打てないのです。

和田のストレートが打ちにくい理由をここで明かしてしまいましたが、それを明かしたくらいでは面白さが全く減らないのがこの本の良さ。野球ファンは必読です。

佐野真 『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』(講談社現代新書) 紀伊國屋書店BookWeb

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高崎通浩 『歴代アメリカ大統領総覧』(中公新書ラクレ)

現在、世界唯一の超大国としてあらゆる分野に絶大な影響力を持つアメリカ。そのアメリカの国家元首にして内政の統括者という、国王と首相を合わせ持ったような存在として君臨する大統領。
本書は、歴代のアメリカ大統領43代42人(グローバー・クリーヴランドが2度大統領に就任しているため、一人少なくなる)の肖像を追っていく書物です。新書ということもあって概説的な内容ですが、興味深いことも多いので紹介することにしました。

高崎通浩 『歴代アメリカ大統領総覧』(中公新書ラクレ) 超大国アメリカのトップに君臨するということで、たった一人で全世界に影響を与えることも出来るというアメリカ大統領。42人の大統領の中には、アメリカ国内のみならず全世界の尊敬を集める人物もいれば、単なるお飾り的人物、それ以下の人物もいます。

民主主義を金科玉条として掲げるアメリカですが、民衆は時代の空気に流されやすいというのを知ってか知らずか、大統領に相応しい資質(というものがあるのかどうか疑問ですが)を持ち合わせていない人物が大統領候補に立候補して当選するということも決して少なくはないようです。

この書物からは、ある意味、現行の民主主義の限界と同時に、民衆とは懸け離れた場所で、政治が進行している現状をも読み取ることが出来ます。

アメリカは技術大国であり、経済大国であり、軍事大国でありますが、そこに至るまでのフロンティアスピリッツが、「社会進化論」、「アメリカ国内の膨張主義」から「全世界レベルでの膨張主義」、「帝国主義」、「保守主義と新保守主義」、「新自由主義」、「独善主義」、「単純な善悪二元論」など、アメリカ政治と資本主義の病める部分を作り出し、超大国としてそうした病を全世界レベルで広げていることは看過出来ないことです。そうした政策を生み、推し進めた大統領達の歴史を知ることは今後の世界情勢を推し量る上で、重要な作業であることは間違いなく、そのための入門書としても本書は最適であると思われます。

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2008年5月24日 (土)

『ロルカ詩集』(土曜美術社出版販売)

詩が好きにとってはおなじみの、土曜美術社出版販売から出ている『ロルカ詩集』を紹介します。世界現代詩文庫の第21巻として出ているもの。小海永二:訳。

『ロルカ詩集』(土曜美術社出版販売) 小海永二:訳 20世紀のスペイン詩壇を一人で代表しているといっても過言ではない、フェデリコ・ガルシア・ロルカ。
1898年にアンダルシア地方のグラナダ近郊に生まれ、グラナダ市、マドリッド、ニューヨーク、キューバなどで生活。
スペインに戻ってからは、素人劇団を立ち上げて、主に劇作家として活躍しています。

しかし、この素人劇団が左派であった共和政府からの援助を受けていたため、フランコが独裁政権を築くと同時に、ロルカは左派知識人として追われることになり、グラナダの友人宅に潜んでいるところを見つかって、すぐそばのオリーブ畑で銃殺されました。時に38歳。

フランコ政権下のスペインでは、ロルカ作品は発禁となり、長い間読むことが出来ませんでした。
沢木耕太郎の『深夜特急』にも、スペインを訪れた沢木が、「ロルカの詩を読むことは出来るのか?」と現地の人に訊いて否定される場面があります。

濃厚なスペイン情緒とダダイズムなどの影響も受けたロルカの詩。わかりやすい詩とイメージ連鎖が必要な難解な作品が混在していますが、難解なものでも声に出して読んでみると、案外すっと体と心に染み込んでくるところがあり、そこが魅力です。

『ロルカ詩集』(世界現代詩文庫 土曜美術社出版販売) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年5月20日 (火)

『求めない』 加島祥造

現代社会は、消費社会であり、消費のために人々は追い立てられています。曰く「~がないと時代に乗り遅れます」、曰く「~があると便利です」、曰く「~なしではもうこれからは通用しません」等々。

さりながら、そうした大きな流れに乗ることで我々は我々自身を見つめる目を曇らせてしまうことが往々にしてあります。加島祥造の詩集『求めない』(小学館)には、そうした大きな流れの中で、あらゆることを求めすぎている自分を見つめ直すのに最適な言葉が散りばめられています。

加島祥造 『求めない』 とてもシンプルな言葉がならんでいます。難しいことは一切書かれていません。しかし、その言葉を読んでいく内に、これまで見聞きしたこと、読んだこと考えたこと、そうしたあらゆる記憶が繋がっていく心地よさがあります。人間なら誰でもこうした繋がりを見つけられるはずです。

求めるという行為には求めて当然という思いがあり、求められるのは求めたことの代償という考えがあり、しかし、それらは極めて産業構造的な考えです。

求めると見えない、それは求めるときは求めるものだけに目を配るからで、ある種の豊饒さから目を背けたことの結果でもあるわけです。

ここにあるものだけでなく、「外のもの」に引きずり回される。あるいはありもしないものに追い立てられる。それは現代人、いや現代に限らず人間の宿命なのかも知れず、それが故に宗教や思想(『求めない』には仏教や老荘思想に通ずるものが多くあります)を生んだのでしょう。
「外のもの」に消費されること