カテゴリー「伝説」の5件の記事

2018年7月20日 (金)

観劇感想精選(247) 広田ゆうみ+田中遊 「耳で楽しむ古事記」上巻連続上演

2018年7月8日 京都・松原京極商店街のカフェギャラリー ときじくにて観劇

今日は特に予定はなかったのだが、松原京極商店街にあるカフェギャラリー ときじくで「耳で楽しむ古事記」というイベントをやっているのでそれに行くことにする。

「耳で楽しむ古事記」は、京都で活躍している田中遊と広田ゆうみによる朗読劇。「古事記」は原文は「漢文+万葉仮名」で書かれているのだが、そのままでは読めないので、書き下し文が読まれ、更に現代語訳が朗読される。適宜映像や小道具などを加えての上演である。今回は5部に分けての上演であり、この世の成り立ちから天孫降臨までを描いた上巻が朗読される。

記紀と呼ばれることもある「古事記」と「日本書記」。正史である「日本書紀」に対して、「古事記」は皇統の正当性を説く歴史物語であり、歴史そのものではなく様々な彩りのあるロマン溢れる物語となっているのが特徴である。まだ小説や物語文といった観念のない時代に生まれており、リアリズムからは外れた(後世から見ると)大胆な展開が見られる。地方の伝承なども多く取り入れているため、後代では何を指しているのか分からない部分も多く、「古事記伝」の本居宣長を始めとする多くの国学者や国文学者、日本史学者、民俗学者が訓詁注釈に挑む日本最古にして最大のミステリー書とも捉えられる。

失われた歴史書である「帝紀」と「旧辞(くじ)」の内容を諳んじている稗田阿礼という人物が暗唱したものを太安万侶が書き取ることで成り立ったと伝わる「古事記」。稗田阿礼は猿女(さるめ)氏の出身とされ、大和郡山の稗田環濠集落にある売太(めた)神社に主祭神として祀られているが、生没年も性別もわかっておらず架空の人物説もある。舎人なので男であると中世から近世に掛けては思われていたが、阿礼というのが女性の名前であること、稗田氏は代々女官が輩出する家だったこと、また暗唱するだけで自ら書き記さなかったのは読み書き教育を受けていない女だったからではないのかという理由により、国学隆盛期以降は女性とされることも多い。
売太神社には2012年に行ったが、古事記成立1300年ということで記念の幟が沢山立っていた。

太安万侶は奈良市内に陵墓が発見されており、実在の人物と見られている。

日本の歴史の面白いことは天地創造がないことで、天地は始めから存在し、「神」も性別も正体もよくわからないものであるが最初からいる。

イザナギとイザナミが柱の周りを巡り、この時、母系社会が父系社会に入れ替わった象徴的に描かれるのだが、描かれただけで、そう簡単に社会は変わらない。日本はアジアにおいては極めて異例というほど女性が活躍しており、女帝も何人もいる(中国王朝史においては女帝は則天武后ただ一人、朝鮮王朝史上は新羅時代に三人である)。日本の場合は連続して女帝が生まれたり、重祚した人までいる。

男女が入れ替わっているのではないかというケースも存在し、それを象徴するように、中巻においては日本武尊が熊襲を騙すために女装するシーンがある。更に下巻には史実とは逆に「女摂政が立った」という記述が存在する。

上巻は黛敏郎のドイツ語オペラ「古事記」で、中巻の神武東征は信時潔の交声曲(カンタータ)「海道東征」で描かれており、音楽との相性も良い。

2部ずつの上演であり、途中に1時間ほどの休憩がある。

様々な神が生まれるうちに、天照大神、月読命、素戔嗚尊の三姉弟が生まれる。それぞれ、昼間、夜、海を支配する神様である。月読命(ツクヨミ)だけは影が薄いが、太古の夜は今と違って真っ暗。何も出来ないし怖れの対象であるため、神としてドラマティックはエピソード生まれにくかったのかも知れない。それでも暦などは月を基本に設定されたため、重要な神様(性別不明)である。月が海に影響を及ぼすということも太古からわかっていたのだろう。読み方から「着く黄泉」と取れるのも面白い。伊勢神宮内宮から近鉄五十鈴川駅に向かう途中に月読宮があり、京都にも松尾大社の近くに月読神社がある。
ただ、この中に陸地の神様はいない。陸地の神様は大国主命だと考えられるが、この時点では大国主命は異朝の神であったと思われる。かつて出雲を中心とした地域に朝鮮渡来の民族が一大勢力を誇っており、吉備などを従えていた。大和王朝には青銅の剣しかなかったが、出雲王朝は大陸由来の鉄の精製技術を持っており、古代日本のヒッタイト状態で圧倒的に強い。というわけで、出雲王朝を倒すべく、古代の国盗り物語が始まる。神々に寿命がない時代にあって、大国主命だけは何度も死んでは甦っているが、大国主命の正体が何度が入れ替わっていることを暗示しているように思う。

大国主命が主人公となる第三部では行灯社による伴奏が加わり、終了後には行灯社によるミニコンサートがある。フルートとアイリッシュ・ハープによる女性デュオ、歌も唄う。イギリスと北欧の民謡を中心としたプログラム。いわゆる耳コピーで曲を覚えられるようだ。アイリッシュ・ハープを使っているからかどうかはわからないが、どことなくケルティックな印象を受ける。エンヤが加わって歌を歌い始めても違和感がないような。
アンコールは予定していなかったようだが、「1万マイル」という曲の弾き語りを行う。「500マイル」でも遠いのに「1万マイル」は比較にならない。メートル法に直すと1万6093キロ。地球の半径が約1万3000キロ、地球1周が約4万キロだからいかに遠いかがわかる。

第4部に少名彦命が登場する。その名の通り、名を問われても名乗らない神様である(言葉が通じなかったのかも知れない)。おそらく日本と朝鮮半島の間で通信のようなことをしていた部族が神格化されたものだと思われる。少名彦命の招待を当たる「山田のかかし」は、日本で最も有名な山田という地名に何があるかを思い浮かべるとわかる。伊勢山田には伊勢神宮外宮があり、ここの神官の家だった山田氏の本家は日本屈指の名家である。ということで豊受大神らしいことがわかるのだが、かかしとは何かという謎がある。「足が不自由だった」とあり、他の神のように動き回れないことがわかる。伊勢神道ではこれをもって天之御中主神と同一視しているのだが、果たしてそうか。天照大神はよく卑弥呼なのではないかという説が唱えられるが、だとすれば豊受大神は、すでに名前に「トヨ」という読みが入っていることからも分かる通り、台与ということになるのだが。
国譲りでは、鹿島神(タケミカヅチ)が大活躍する。藤原氏の氏神である春日大社では、タケミカヅチは藤原氏を補佐する軍神で東方よりやって来たとしている。ということは名付けるなら征北狄将軍的役割をしていたのは藤原氏の祖の中臣氏ということになる。中臣氏の根拠地は現在の京都・山科で、関門海峡から瀬戸内海、淀川、宇治川、琵琶湖(当時はまだ日本海側に通じている)を経て、北陸、丹後に至る「天安河ライン」の中枢に位置している。

「古事記」では、兄が政治を受け持つが上手くいかず、弟に位を譲ると大成功となるケースが執拗に語られている。これが何を意味するのかは、「古事記」の編纂を命じたのが天武天皇であることを考えれば明々白々で、「自分(天武)が兄である天智天皇の子である大友皇子を滅ぼして天皇となったのは皇位簒奪には当たらない」と主張したかったからに他ならない。「日本書紀」に天武天皇は天智天皇より6歳年上とあることを根拠に天智と天武は実の兄弟ではないとする説もあるが、「古事記」でここまで愚兄賢弟を描いていることを考えれば、天智と天武は実の兄弟で間違いないと思われる。
さて、最初の男兄弟同士の争いが海彦、山彦の間で起こる。日本のカインとアベルともいうべき存在だが、二人の間にもう一人、正体がよく分からない男の神がいる。正体不明ということを軸に考えると、聖徳太子のモデルになった人の可能性が浮かび、とすれば海彦・山彦は蘇我と物部という飛鳥時代の二大勢力に例えられる。ちなみに蘇我氏については渡来系氏族説の他に、有力皇族説もある。

そしていよいよニニギノミコトによる天孫降臨があり、猿田彦が登場し、天鈿女命が猿女に名を変え(猿女氏の子孫が稗田氏である)、玉依姫(下鴨神社の祭神)が登場し、日本の初代天皇である神武天皇が生まれる。この神武天皇家来というのが徹底して愚兄賢弟なのだが、それは中巻でのお話である。ちなみに太安万侶は神武天皇の子孫である多(おお)氏の出であるとされる。

正午にスタートして全てが終わったのは午後8時近く。帰る時にようやく広田さんにご挨拶。途中で「古事記」解釈の話をしてしまうとよろしくないので、意図的に話掛けなかったのである。


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2018年2月11日 (日)

無類力士 雷電為右衛門

文政8年2月11日、「無類力士」と呼ばれ、史上最強の呼び声も高い雷電為右衛門が死去。

信濃国小県郡に生まれた雷電為右衛門。実家の関家は農家である。小諸に出稼ぎに出た際に怪力を見込まれ、相撲の世界へ。一方で学問にも秀でるという文武両道の人物であった。

角界入りした雷電は出雲国(雲州)松江松平家のお抱え力士となり、雲州にちなんだ雷電の四股名を名乗るようになる。

通算254勝10敗という驚異的な成績からもその強さはわかるが、「余りに強すぎるので突っ張りや閂といった得意技を封印させられた」という伝説(史実ではないようである)の存在が力士としてのカリスマ性に拍車を掛けている。

にも関わらず横綱にはなっていないという事実が雷電のミステリーとして人々の興味を惹くのだが、これはただ単に当時の横綱は名誉職的なものであり、通常の最強の位が大関だったというだけのことのようである。横綱は大老のようなもの、大関が老中のようなものと考えれば良いだろうか。

晩年がこれまたよく分かっていないということが雷電という人物をより魅力的にさせてもいるのだが、一応、私の出身地に近い千葉県佐倉市には「晩年の雷電はここで過ごした」という伝説が残っている。

そんな雷電為右衛門の墓は実は都心にある。東京都港区赤坂の報土寺の境内にである。

これが報土寺にある雷電夫婦の墓石
報土寺 雷電為右衛門の墓

生前の雷電と付き合いのあった報土寺に特別に墓石が建てられたといわれている。


また、江東区の富岡八幡宮(残念が事件があったが)の横綱力士碑には雷電為右衛門が「無類力士」の称号と共に横綱相当の力士として顕彰されている。
雷電為右衛門の銘


これはおまけになるが、YMO(イエローマジックオーケストラ)の「雷電(RYDEEN)」は、雷電為右衛門をイメージして作られた楽曲とされている(本当かどうかはわからない。元は高橋幸宏の鼻歌から生まれた曲である)。
 

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2017年3月27日 (月)

しんらん交流館大谷ホール 山城地区同朋大会 節談説教「親鸞聖人御一代記」より

2017年3月11日 真宗大谷派東本願寺(真宗本廟) しんらん交流館大谷ホールにて

午後2時から、しんらん交流館にある大谷ホールで、節談(ふしだん)説教「親鸞聖人御一代記」よりを拝聴。大徳寺の東にある唯明寺の住職で、真宗大谷派山城第2組組長、元立命館常務理事である亀田晃巖(こうがん)による節談説教が行われる。節談説教は落語のルーツといわれ、江戸時代から昭和初期に掛けては積極的に行われたようだが、現在、真宗大谷派で行っているのは亀田晃巖のみであるようだ。山城地区同朋大会の中で行われるため、ポスターには「一般来聴歓迎」と書かれている。入場無料である。
以前、岡崎別院で亀田晃巖の節談説教を聞いたことがあり、内容はその時と同じである。

まず、真宗宗歌を皆で歌うのであるが、一応、真宗の歌はCDで買って聴いてはいるものの、伴奏が安っぽいので繰り返しては聴いていない。ということで歌えない。ただ音の進行は大概の楽曲においては決まっているので、適当に誤魔化すことも可能であり、そうした。

まず、関係者による挨拶があった後で、亀田晃巖による講義となるが、亀田は「講義なんてそんなものはしません」と言って、話を始める。今日はしんらん交流館に来る前に、以前に学校法人立命館の常務理事だったことから、立命館宇治高校に行ってきて挨拶もしたそうだが、その時とは「見える風景が違う」という話から始まる。若い人達は「前途洋々」「未来はこの手の中に」といった風で生き生きしているが、しんらん交流館大谷ホールにいる面々は、年を召した方が中心で、「老病死」の苦を十分に味わった人ばかりである。ただそういう方々も若者に「そう上手くはいかんよ」と教える必要があると亀田は語る。
東本願寺(現在の正式名称は真宗本廟)は、江戸時代に大火で4度も焼失している。徳川将軍家の保護を受けていたため、3度までは徳川将軍家が再建のための費用を負担してくれたが、4度目の大火は幕末の禁門の変による「どんどん焼け」によるもので、再建に取りかかろうとした時には徳川幕府の時代は終わっており、徳川将軍家そのものが亡くなっていた。ということで、門徒の協力によって再建された。亀田は「今、そんなことやろうと思っても出来ませんよ」と言う。今は熱心な門徒が減ってしまっている。

その後、節談説教についての説明。落語は新京極六角にある浄土宗西山深草派総本山誓願寺の安楽庵策伝が「醒睡笑」を表したのが始まりといわれ、安楽庵策伝という人はとにかく話の巧い人だったそうで、しかも話の最後に必ず落ちをつける(落ちをつけるので落語である)人だったそうだ。こうして落語の元となる節付説教と呼ばれるものが生まれ、真宗においては節談説教と呼ばれるようになる。ここから落語の他にも講談、説教浄瑠璃、説教節などが派生していく。
亀田晃巖の祖父である亀田千巖という人が節談説教の名人であり、元日と正月2日以外は説教師として日本中を飛び回っていて、追っかけがいるほどの大人気だったそうだ。
そして節談説教のために唯明寺が場所を移して再興され(東本願寺の近くにあったが、禁門の変で全焼。明治、大正を通して存在せず、昭和になって再興)、評判を聞きつけた小沢昭一や永六輔らが唯明寺にやって来て、小沢昭一は「節談説教」を覚えて録音し、レコードを残しているという。


休憩を挟んで、節談説教「親鸞聖人御一代記」より。亀田晃巖は高座に上がって語る。
まず「やむこをば預けて帰る旅の空 心はここに残しこそすれ」という和歌で入る。
京都へ帰ることを決めた親鸞。だが、親鸞を慕う関東の人達が京へと向かう親鸞の後をずっと付いてくる。次の村まで、次の村までと思うのだが、思い切れず、結局、箱根山まで付いてしまう。ここから先は関東ではない。ということで、親鸞も人々とお別れを言う。箱根山を下りたところで人々は「今生の別れ」とむせび泣く。そこで、親鸞は一番弟子の性信(しょうしん。性信坊という名で登場する)に関東に留まるよう告げる。親鸞は性信坊に道中仏を託し、「あの同行(どうぎょう。門徒のこと)の中から鬼の下に走る者が出ないよう、教えを貫くよう性信坊に伝える。涙ながらに関東に戻った性信は、関東での布教に励む。だが、その30年後、本尊である阿弥陀如来の顔が汗まみれになっているのを見て驚く。考えてみれば師の親鸞も齢すでに90。親鸞の身に何かあったに違いないと悟った性信は慌てて京に上るのだった。


最後は、「恩徳讃Ⅱ」を皆で歌って閉会となる。

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2015年11月 1日 (日)

観劇感想精選(166) 上賀茂神社奉納劇「降臨」

2015年10月24日 上賀茂神社特設野外ステージにて観劇

午後5時から、上賀茂神社(賀茂別雷神社)特設野外ステージで、奉納劇「降臨」を観る。作・演出:宮本亜門、脚本:齋藤雅文、音楽:福岡ユタカ、美術:松井るみ。

出演:小雪(語り部)、尾上紫(おのえ・ゆかり。玉依姫=玉依日賣)、藤間信乃輔(玉依日子)、団時朗(だん・じろう。賀茂建角身命)。竹笛・能管:澄川武史(すみがわ・たけし)、パーカッション:澤田聡(さわだ・さとる)

『山城国風土記』(一部を残してほぼ散逸)の、賀茂神社(上賀茂神社と下鴨神社)創建と至るまでの物語を、小雪の語りと、主要キャスト三名、その他にも多くの出演者を使って狭い場所にしては結構な人海戦術が採られている。

上演時間約50分の中編であるが、午後5時過ぎに、演出家である宮本亜門が登場し、次いで門川大作京都市長が呼ばれてプレトークがある。宮本亜門は、「神道ではご神体は像や鏡やお札やそういうものではないということで、どう表現するかに苦労した」という。また、『山城国風土記』で現存しているのは十数行だけであり、そこから話を膨らますのも簡単ではなかったそうである。
なお、来場者には賀茂神社の社紋である双葉葵が描かれた紙の額縁に特殊フィルムが挟まれたものが配られており、小雪が「皆様、双葉葵の額を御覧下さい」と言ったら、特殊フィルムを通して舞台を見ることになるのだという。

門川市長は、子供の頃から上賀茂神社には良く訪れており、小学生時代の写生会なども上賀茂神社で行われたという。今回、上賀茂神社の田中宮司に「あの頃と全然変わっていないですね」と言ったところ、宮司は「市長、ここは千年間全く変わっていないんですよ」と返されたという。
更に、賀茂川を越えて上賀茂神社に至る橋が老朽化した上に、幅が狭くて混雑するという苦情が来ているので、近く、幅が広くて趣のある外観の橋に架け替える計画があると述べる。

細殿、橋殿、土舎が主舞台となるほか、橋殿から続く花道が作られており、そこでも演技が行われる。

天気が悪いと趣は今一つとなってしまうのだが、今日は快晴。月も出て、良い雰囲気である。

上演に先立って、神主が、舞台と観客のお祓いを行う。

まず細殿から、語り部である小雪が登場。元々色気のある女優のイメージであるが、実際に生で見てみると、匂い立つような妖艶さを持っていることがわかる。

小雪は、賀茂建角身命(団時朗)が八咫烏となって、神武東征に貢献したこと、その後、山城国に赴き、葛野川(現在の高野川)と賀茂川の合うところ(現在の下鴨神社付近。賀茂神社の社紋の双葉葵は二つの川が相合うことが由来になったと思われる)に赴き、賀茂川を「石川の瀬見の小川」と名付け、その地より北上して北山に居を置いたという。賀茂建角身命は、丹波国の神伊可古夜日女(かむいかこやひめ。かぐや姫に似た名前だが偶然だろうか?)と契りを結び、玉依日子(藤間信乃輔)と玉依姫(尾上紫)を生んだことを語る。

その後、小雪の語りに合わせて、玉依姫が登場する。太古、神々は荒れていた、自分が一番強いということを示したいという、ただそれだけのために互いに諍い合っていたのだ。

賀茂建角身命は病身であり、玉依姫を守るのは兄の玉依日子しかいない。神々は大勢登場し、音楽に合わせて踊り、玉依姫に襲いかかる。玉依日子が何とか玉依姫と賀茂建角身命を逃す。

玉依姫は、神々が戦いに明け暮れる世を嘆き、石川の瀬見の小川(鴨川)で禊ぎを行う。すると、大きな丹塗りの矢が姿を現す(その直前に照明が明滅し、丹塗りの矢の登場を悟らせないよう工夫されている)。そして、「丹塗りに矢を枕元に立てて眠れ」と神のお告げがある。

その後、玉依姫は身籠もるが、父親が誰なのか自身にも分からない。玉依姫は、息子に父親の名前を聞くが、答えようとはしない。そもそも処女懐胎であるため答えられないのである。賀茂建角身命は八尋の家を作り(切り株の形をした楽器が賑やかなリズムを刻む。土舎が八尋の家に見立てられる)、神々を酒宴に招いて誰が玉依姫の父親なのか問いただすが、神々は皆が皆、「自分が玉依姫の子の父親である」と名乗って、玉依姫を自分のものにしようとする。逃げ惑う玉依姫。そして玉依姫の子供は、「我が父は天津神なり」と言い残して姿を消してしまう。この間は結構、アクロバティックな演技も用いられている。

数年が経ち、苦悩し続ける玉依姫であったが、その時、女神(小雪。この時は台本から離れてセリフを発する)が現れ、玉依姫に「石川の瀬見の小川で沐浴した時のことを思い出しなさい」と言い、共に舞う。尾上紫は苗字からも分かるとおり日本舞踊尾上流の血を引く舞の名手であるが、小雪の舞もなかなか堂に入ったものである。また、小雪には歌うイメージは全くないが、いざ歌わせると驚くほど上手い。余り好きなタイプの女優ではないのだが、やはり実力者なのだろう。

石川の瀬見の小川で、再び禊ぎをする玉依姫。すると、橋殿から布に覆われた神が姿を現す。ここで双葉葵の縁に入った特殊フィルムを通して幕陣の中を見ると、青い人影が動いているのが見える。ただ、特殊フィルムを外すと、陣幕の光しか見えない。こうすることで神格を保つという演出を行ったのである。なお、特殊フィルムは持ち帰っても意味がないので、帰る際に返却となる。

玉依姫の子供の正体は賀茂別雷神(雷をも引き裂く強力な神)。雷神の子供であった。賀茂別雷命は、「我を祀れば、国はとこしえに安寧となる」と告げる。かくして上賀茂神社(賀茂別雷神社)が建てられ、今に至るまで日本は続いているのである。

賀茂別雷神は上賀茂神社の祭神、賀茂建角身命と玉依姫は下鴨神社(賀茂御祖神社)の祭神である。

宮本亜門は、実際の馬(上賀茂神社は馬ゆかりの社であり、実際に白馬が飼われている)、矛に錦の直垂などを用いて、外連にも溢れた演出を行い、奉納劇ではるが、舞台上演の面白さを存分に楽しませてくれた。

小雪の安定した朗読、尾上紫の可憐な演技や舞(尾上紫は私と同い年なので、実は小雪よりも年上である)なども見所聴き所。総体的に男優陣は弱くなるが、そういう展開の劇なのでこれは仕方ないだろう。

今日は前から2列目、と思っていたら、1列目があるのは花道に近い位置だけで、実際は最前列であった。「こんな近くで良いのかな」とも思ったが、存分に楽しませ貰った。三柱の神に感謝したい。

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2007年1月11日 (木)

好きな短歌(14)

君去らず袖しが浦に立つ浪のその面影を見るぞ悲しき 伝倭建命

倭建命(やまとたけるのみこと。日本武尊とも書く)が相模から総州に船で渡る際、嵐に遭った。今にも船が転覆しようかという時に、倭建命の妃である弟橘媛(おとたちばなひめ)が自ら人身御供となって海中に飛び込み、嵐を静めた。倭建命は弟橘媛を偲び、総州にてこの歌を詠んだという。その場所が現在の千葉県木更津市であり、「きさらづ」は「きみさらず」の変化したものだという言い伝えがある。

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