カテゴリー「中国」の22件の記事

2018年11月10日 (土)

崔健 「假行僧(ニセ僧侶)」

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2018年9月22日 (土)

これまでに観た映画より(107) 「ラスト、コーション」

DVDで、米・中・台湾・香港合作映画「ラスト、コーション」を観る。アン・リー監督作品。トニー・レオン&湯唯:主演。

日中戦争の時代を舞台としたサスペンス映画である。香港に渡り、嶺南大学の学生となった王佳芝(湯唯)は、学生劇団に参加。劇団仲間は日本の手下である易という男(トニー・レオン)が、香港に来ていることを知り、易殺害の計画を練る。王佳芝も易殺害のために協力するのだが……。
激しいラブシーンが話題になったが、想像以上に激しい。中国の俳優がこういったシーンをやるのは少し前まで考えられなかったことだ。

最後の30分ほどにサスペンスシーンは凝縮されており、それまでの展開は慎重に慎重を重ねているためジリジリとしたもので、ここで飽きる人は飽きてしまうかも知れない。ただ展開が遅い分、ラスト30分が生きているともいえる。
サスペンスとしての出来は必ずしも良いものではないかも知れないが、映画としては一級品。見終わった後に不思議な印象の残る映画であった。

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2018年5月24日 (木)

玉置浩二 「行かないで」(CX系ドラマ「さよなら李香蘭」主題歌)


李香蘭(山口淑子)映像バージョン

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2017年11月21日 (火)

コンサートの記(325) 「京都市交響楽団 meets 珠玉の東アジア」

2017年11月5日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、「京都市交響楽団 meets 珠玉の東アジア」を聴く。指揮は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。
日中韓3カ国の楽曲と出演者による音楽の祭典。


曲目は、第1部が、チェ・ソンファンの管弦楽曲「アリラン」、リュー・ツェシャン&マオ・ユァンの「瑶族舞曲」、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」、第2部がビゼーの歌劇「カルメン」(ハイライト)。

今日のコンサートマスターは渡邊穣、フォアシュピーラーに片山千津子。ドイツ式の現代配置だが、今日は下手に打楽器が並ぶため、ホルンは下手ではなく上手奥に陣取る。「カルメン」の演奏会形式上演があり、歌手が出入りするため、すり鉢式のステージは用いず、弦は平土間の上での演奏である。
P席は第2部で合唱(京響コーラス)が用いるため、今日は販売されていない。


チェ・ソンファンの管弦楽曲「アリラン」。
チェ・ソンファンは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の作曲家。管弦楽曲「アリラン」は朝鮮半島を代表する民謡をチェ・ソンファンが1976年にアレンジしたもの。現在では韓国と北朝鮮の両国で盛んに演奏されている。
広上指揮の京響は透明感のある音でムクゲの香りが会場を満たすかのような典雅な演奏を繰り広げる。


リュー・ツェシャンとマオ・ユァンの「瑶族舞曲」。中国南部の少数民族・瑶族(ヤオ族)の民謡を基にリュー・ツェシャンとマオ・ユァンが二人で作曲したものである。ヴァイオリンが二胡を模したレガート奏法を行うなど、中華的な色彩に富んだ楽曲である。
広上は音のパーツパーツを絶妙のタイミングで組み込んでいく。キビキビとした音運びと滑らかな歌も印象的である。


外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」。広上は冒頭をきっちりと三つに振る。今日はすり鉢状のステージを採用していないということもあり、低弦が弱めで音の重心も高いが、アンサンブルの精度は高く、リズム感も万全である。土俗感と叙情味の表出も上手い。


第2部。ビゼーの歌劇「カルメン」(ハイライト)。
上演曲は、第1幕より子どもたちの合唱、「前奏曲」、第1幕より「ハバネラ」、第1幕より「セギディーリャ」、第2幕より「ジプシー・ソング」、第2幕より「闘牛士の歌」、第2幕より「花の歌」、第3幕より「カルタの三重唱」、第4幕より「合唱行進曲」、第4幕よりフィナーレ。
出演は、池田香織(カルメン。メゾ・ソプラノ)、ユン・ビョンギル(ドン・ホセ。テノール)、ジョン・ハオ(エスカミーリョ。バス)、チョン・ヨンオギ(フラスキータ。ソプラノ)、谷口睦美(メルセデス。メゾ・ソプラノ)
宮本益光が構成とナレーションを手掛ける。

今回は、「カルメン」の原作であるメリメの小説を基に再構成したテキストを宮本益光が読み上げることで物語が進行していく。ちなみに、メリメの「カルメン」と歌劇「カルメン」とでは大きく設定が異なる場面があるため、辻褄が合わなくなっている部分もある(原作ではカルメンは山奥で殺害されるため、今日読み上げられたテキストにあった「そしてホセはカルメンの亡骸を誰の目にも触れないところまで運び、埋めた」で良いのだが、オペラではカルメンは闘牛場の前、つまり街中で殺されるため、誰の目にも触れないところまで運んで埋めるのは不可能である)。

まず京都市少年合唱団のメンバーが現れ、横一列に並んで合唱を歌う。当初ではハイライト上演では子どもたちの場面はカットする方向でプランが進んでいたのだが、せっかく良い少年合唱団がいるのに使わないのは勿体ない、折角だから第1曲で、ということで一番最初に子どもたちの合唱が来たようだ。

宮本益光が、メリメの小説「カルメン」の冒頭を読み上げて本編(でいいのかな?)スタート。歌手達はドレスアップして登場し、演技も行う。一部では客席の通路も用いられた。

広上は、ジプシー・ソングの終盤で加速し、興奮を誘う。また「闘牛士の歌」では冒頭を思いっきりためて歌い、演劇的な感興を生み出していた。

歌手達も声の通りが良く、優れた歌唱を聴かせる。エスカミーリョ役のジョン・ハオだけはステージに馴染んでいない気がしたが、歌い慣れていないのかも知れない。

宮本益光は抑えた調子でナレーションを行い、効果的であった。

P席に並んだ京響コーラスも威力抜群の歌唱を聴かせる(P席に合唱が陣取ると、音響的にソリストの歌がかき消されそうになるようである)。

広上指揮の京響はフランス的な濃厚な色彩を発揮。見事であった。

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2017年5月11日 (木)

観劇感想精選(210) 日中国交正常化45周年記念「中国国家京劇院 愛と正義と報恩の三大傑作選」

2017年4月2日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて観劇

午後6時30分から、ロームシアター京都メインホールで、日中国交正常化45周年記念「中国国家京劇院 愛と正義と報恩の三大傑作選」を観る。
北京の伝統芸能である京劇。その京劇の総本山ともいうべき中国国家京劇院の来日公演である。中国国家京劇院は中国文化部直属の団体であり、京劇の歴史的名女形の梅蘭芳が設立に関与していて初代院長に就任している。

演目は、「西遊記・金銭豹」、「太真外伝」より抜粋、「鎖麟嚢」の3つ。いずれも上演の前に紗幕に内容を説明する映像が投影される。日本語字幕付きでの上演。

京劇を観るのは今回が2度目。前回は、NHK大阪ホールで観ている。

陳凱歌監督の映画「さらば我が愛 覇王別姫」でも知られる京劇。故レスリー・チャンが女形を演じていたため、現在でも歌舞伎同様、女形が存在していると思われることが多いようだが、清朝時代は女は舞台に上がれなかったものの、その後は徐々に状況が変わり、改革開放以降は、女役は基本的に女優が歌い、演じている(男性が老女役を演じることはある)。
ちなみに、中国の地方演劇の中には京劇よりも早い時代に女優制度を取り入れたものも存在する。

今回の公演では、ロームシアター京都メインホールはバルコニー席(サイド席)は用いられていなかった。
今日は4階席最前列の真ん真ん中の席での観劇。手すりが多少目障りになるが、手すりがないと移動する際に命が危ないのでこれは我慢するしかない。

開演前には中国の民謡などがインストゥルメンタルで流れていたのだが、中国初のロックンローラーとして知られる崔健が中国共産党批判のメッセージを込めてカバーしたとされることでも有名な「南泥湾」も流れていた。


「西遊記・金銭豹」。天竺に向かう途中の三蔵法師(演じるのは陳旭之)の一行、紅梅山という山の麓に差し掛かった時の話である。紅梅山に住む妖怪の金銭豹(張志芳)は、地元の住人である鄧洪(馬翔飛)の娘(劉夢姣)に一目惚れして、鄧洪に娘と結婚させるようせまる。そこに三蔵法師の一行が宿を借りに鄧洪の家にやって来る(京劇は庶民のための娯楽として発展したため、かなりご都合主義の筋書きが多い)。鄧洪の悩みを聴いた孫悟空(馬燕超)は、猪八戒(危佳慶)と共に、鄧洪の娘と娘の侍女(戴忠宇)に化けて金銭豹に近づき、退治しようとする。

アクロバットな要素が多く、孫悟空役の馬燕超はバック転にバック宙と身軽であり、如意棒の捌き方も巧みである。金銭豹役の張志芳も武器とする棒を巧みに操る。

孫悟空役の馬燕超と鄧洪の娘役の劉夢姣、猪八戒役の危佳慶と侍女役の戴忠宇は化けたという設定で入れ替わりながら演技をする。

日本でも有名な『西遊記』であるが、内容が通俗的であるため、「子供のうちは『西遊記』は難しくて読めないが、大人になったら『西遊記』は馬鹿馬鹿しくて読めない」という言葉が中国にはあり、実際、どの層が主に読んでいるのか謎の物語であったりする。

京劇は基本的に歌う劇であり、北京オペラ(もしくはチャイニーズ・オペラ)とも呼ばれている。演劇の台本を戯曲というが、中国では戯曲というと、京劇など古典演劇のことを指す。歌があるので曲という字が入っている。わかりやすい。

高いところにある席には高い音色の直接音が飛んで来やすい。「西遊記・金銭豹」は活劇であるため、銅鑼や鐘がやたらと打ち鳴らされて、かまびすしく感じた。


「太真外伝」より抜粋。楊貴妃(本名:楊玉環。演じるのは朱虹)と玄宗皇帝(本名:李隆基。演じるのは劉塁)のロマンス劇である。喧嘩をした玄宗皇帝と楊貴妃。だが、七夕の夜に織姫と彦星のことを祈る楊貴妃を見た玄宗は再び心惹かれ、二人で鵲の橋(西洋の星座でいうはくちょう座のこと)となり、比翼連理の誓いを結ぶ。
抜粋上演なので、短く、少し物足りなかった。


「鎖麟嚢」。これが最も本格的な上演演目である。山東半島にある登州が舞台。富豪の令嬢である薛湘霊(李文穎)が嫁入りする日。侍女の梅香(載忠宇)がまず登場して状況を説明する。この作品は現代京劇であるためか、聞いていてもセリフの内容がわかりやすい。
薛湘霊というのがまた、わがままな女性で、嫁入り道具のデザインが気に入らないというので、執事の薛良(王宝利)に何度も買いに行かせては「買い直してきて」と命令している。
登州には、嫁入りする娘に鎖麟嚢という袋を持たせることになっている。この袋に宝石などを詰め込んで持たせると娘が子宝に恵まれるというのだ。だが薛湘霊は、鎖麟嚢に書かれた麒麟が「豚や犬に見える」と文句を付けている。薛夫人(張静)は、そんな娘にわがままを言わないよう諭す。

婚礼の一行は、雨に降られたため、春秋亭という東屋で雨宿りをする。そこで薛家の人々は、趙守貞(朱虹)というやはり嫁入りする女性の泣き声を聞く。趙朱貞は貧しい家の娘であり、嫁入りなのにみすぼらしい体裁しか取れないのを嘆いていたのだ。薛湘霊は誰もが自分のように恵まれているのではないということを悟り、趙守貞に鎖麟嚢を与えるのだった。

これまたラストではかなりご都合主義な展開になるのだが、庶民は悲劇よりも予定調和の大団円を好んだのであろう。日本で「水戸黄門」が好まれるのも同じ心理だと思われる。
なお、この劇に出てくる男の子の役は女優(「西遊記・金銭豹」で鄧洪の娘役で出ていた劉夢姣)が演じていた。

元々、京劇の伴奏楽器として発達した胡弓(二胡)の響きも心地よく、楽しめる演目であった。

カーテンコール。出演者達はまず、中国式の拱手で拍手に応え、その後、西洋式の胸に手を当てる形のお辞儀を行った。

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2017年4月 4日 (火)

観劇感想精選(208) 中華人民共和国建国60周年記念事業・京劇「覇王別姫~漢楚の戦い~」

2009年6月19日 大阪・谷町のNHK大阪ホールにて観劇

午後7時からNHK大阪ホールで、中華人民共和国建国60周年記念事業・京劇「覇王別姫~漢楚の戦い~」日本公演を観る。日本語字幕と数カ所の日本語ナレーションを加えての上演。演じるのは天津青年京劇団。

陳凱歌監督の映画「覇王別姫」(日本語タイトル「さらば我が愛 覇王別姫」)を観た人の中には、京劇というものには女形がいるのだと思っていらっしゃる方がいるかも知れないが、それは文革時代までの話で、今は女役は女優が演じている。今回の公演も虞姫(虞美人)を演じていたのは趙秀君という女優だった。

「覇王別姫」は映画の題材になったということもあり、京劇の中でも最も有名な演目である。覇王とは楚の項羽のことで、項羽と漢の劉邦との戦い、特に垓下の戦いが描かれている。

形勢は項羽にとって圧倒的に不利。漢の劉邦と参謀の韓信は項羽をおびき出して野戦に持ち込み、伏兵をしかけて一気に勝負を決しようとする。

漢の罠に嵌った項羽は垓下の砦に立て籠もるが、漢は砦を囲んで四方から楚の歌を兵士に唄わせ(四面楚歌である)、楚がすでに劉邦の手に落ちたと錯覚させる作戦に出る。「虞よ虞よ汝を如何せん」と項羽は嘆き、それをみた虞姫は項羽の剣を引き抜いて自害する。

予想していたよりも見応えのある公演であった。

京劇は日本の歌舞伎とよく比較されるが、立ち居振る舞いなどはむしろ狂言を思わせるところがある。虞姫の剣の舞の見事さや、二胡や銅鑼、太鼓などによる独特の音楽など見せ場も多く、虞姫の最期の場面などは感動的である。

京劇というと日本では余り馴染みがないためか、ホールは、特に私が座った2階席はガラガラであった。それだけが残念である。

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2017年1月16日 (月)

コンサートの記(267) オリジナルオペラ「鑑真東渡」

2016年12月28日 ロームシアター京都メインホールにて

午後6時30分から、ロームシアター京都メインホールで、オリジナルオペラ「鑑真東渡」を観る。南京を本拠地とする江蘇省演芸集団有限公司による上演。
作曲:唐建平、演出(監督、導演):邢時苗、脚本:憑柏銘&憑必烈。程嘩(「嘩」は正確には「日偏に華」)指揮江蘇省演芸集団交響楽団による演奏。日本箏演奏:松村エリナ。
出演は、田浩江(ニューヨークのメトロポリタン歌劇場所属)、駱洋、柯緑娃、劉雨東、殷桂蘭ほか。合唱:江蘇省演芸集団歌劇舞芸院合唱団。特別ゲスト:仁如法師(中国・大明寺監院)。
主催:日中友好協会ほか。協力:毎日新聞社ほか、後援:外務省、文化庁、中華人民共和国日本大使館、奈良市、奈良県、京都市。

日本に戒律を授けるため、何度も渡海に失敗しながら来日し、唐招提寺を建てて日本で亡くなった鑑真和上の物語である。



天平の世。日本に仏教が渡ってからすでに200年余りが経った。しかし、仏教はすでに乱れており、兵役を逃れるためや権力欲しさにエセ出家するものが後を絶たないという状態だった。仏教による鎮護国家成立にはきちんとした仏教の戒律が必要なのだが、当時の日本には正式な戒壇も戒律もない。そこで、唐の国の高僧を招くことに決める。その際、唐に渡って高僧を招くために尽力した日本の僧侶が栄叡(ようえい)と普照の二人なのだが、今回は栄叡一人に纏められている。

史実では、鑑真の弟子を招こうとするも、日本に渡ってもいいという高僧は一人もいなかったため、鑑真自らが渡ることを決めるのだが、その辺のことはややこしいので、まず鑑真が日本に渡るということは鑑真本人がすでに決めており、弟子達がそれに反対するという展開を取る。

まず、オーケストラピットの下手端に高僧の座る椅子が設けられており、ここに仁如法師が陣取って読経を行い、スタートする。
江蘇省演芸集団歌劇舞芸合唱団のメンバーは木魚を手にしており、その木魚の音で音楽が始まる。唐建平の音楽は調整音楽ではないものの、わかりやすい。新ウィーン学派の音楽、オペラということもあって、就中、アルバン・ベルクの音楽を東洋風にしたものというと通じやすいかも知れない。

今日は3階席の5列目(一番安い席)に陣取ったのだが、開始前にレセプショニストさんから、「もっと前の席に移って頂いても結構です」と言われる。実は3階席の前の方は招待客向けの席だったのだが、招待客がほぼ一人も来なかったという惨状のようだ。私の他にも前に行くよう勧められた人は二人いて、共に3階席の最前列に移ったのだが、私は「取り敢えず見にくかったり、音が悪かったりしたら移ろう」ということで保留。実際に見てみると、3階席の5列目でもよく見えたし、音の通りは素晴らしく、不満はなかった。ということで頑として動かず。思いっきり日本人してしまったぜ。
日本のクラシック界はブランド志向であるため、日本ゆかりの人物のオペラとはいえ、中国の現代作品を観ようという人は、よっぽどのオペラ好きか仏教好き、もの好きに限られる。ちなみに私は全てに該当する。

ロームシアター京都メインホールでオペラを観るのは二度目だが、ここはオペラを聴くには本当に適しているようで、歌手や合唱団の声、オーケストラの音色などがクッキリと聞こえる。オペラ劇場としての音響は最上級。まだ遠い方の席でしか聴いたことはないが、これまでにオペラを聴いたことのあるどのホールよりも音が良いと断言できる。それだけに使い勝手の悪さが残念でもある。
今日はサイド席(バルコニー席)はほとんど使われていなかった。

日本箏の松村エリナを除いて、オール・チャイニーズによる演奏(江蘇省演芸集団交響楽団のメンバーには白人も含まれているようである。また漢民族以外の名前も持つ人もいる)。
私が若い頃は、世界で最も有名なアジア人作曲家は武満徹であったが、武満の死からすでに20年が経過。現役のアジア人作曲家として最も有名なのは中国出身の譚盾であると思われる。中国作曲界のレベルは映画音楽を聴いてもわかる通りかなり高い。


鑑真の渡海の場面からオペラは始まる。上手、下手、奥に白くて細い布が何本も下がっていて、通過可能な壁のようになっており、これが効果的に用いられる。セットは中央に円形のものがあり、これが後に月になったりもするのだが、基本的にセットはシンプルである。細い布はキャットウォークからも何本も下りてくる。
荒れ狂う海(東シナ海であるが、中国人キャストに遠慮して「東中国海」という字幕表示になっている。その代わり、日本を指す差別語の「東夷」は別の表記が用いられている)。波は今にも鑑真らの乗る船を飲む混もうとする。しかし、仏の加護により、波は静まる(ただし日本には行けない)。時系列的には、栄叡が鑑真に渡海するようお願いする場面は、この渡海の後に出てくる。舞台は揚州の大明寺。日本からの留学僧・栄叡(駱洋)が、鑑真(田浩江)に扶桑(日本の別名)に渡り、律宗の戒律を伝えるよう頼む。鑑真の弟子の静空(劉雨東)、尼僧の静海(鑑真の弟子に尼僧はおらず、架空の人物である。柯緑娃)らは渡海は危険だとして鑑真を止めるが、鑑真は海を渡ることこそ最大の修行であり、日本に渡らなければ自分は成仏出来ないとして、渡海を決定する。鑑真は、鳩摩羅什や玄奘(三蔵法師として日本でも有名)の姿を己に照らし合わせていた。
しかし、鑑真の身内に密告者がおり、海賊と通じているとして鑑真一向は捕らえられてしまい、渡海は失敗。密告者は静海であることが発覚。静海は自殺して詫びようとするが、鑑真に仏の道を歩むことこそが贖罪と諭されて思いとどまる。

栄叡の独唱の場面では、舞台上手から着物を着た松村エリナが台車に乗って現れ、箏で伴奏を奏でる。唐関連の人物の場面では、下手から中国箏演奏家の劉星延(女性である)がやはり台車に乗って現れるのだが、共にモーター音が響くため、ちょっと気になった。

江蘇省演芸集団歌劇舞芸院合唱団とダンサー陣の人海戦術も効果的であり、リアルな場面と幻想的なシークエンスの両方で存在感を示していた。


鑑真は渡海失敗を繰り返し、一度などは、南方の異境(振州=現在の海南島とされている)に船が流されてしまい、島の主の憑夫人(殷桂蘭)は、配下の祈祷師による「この島で疫病が流行っているのは、この僧侶達が原因」との言葉を信じ込み、鑑真を柴草で焼き殺そうとするが、鑑真に諭されて思いとどまる。鑑真は部下達に薬草を調合した薬を作らせ、島の疫病を鎮める。憑夫人は己の無知を恥じるが、鑑真に励まされ、島に菩提心を広めることを約束する。

海を渡ることが叶わぬまま、栄叡が唐の地で客死する。この時、鑑真は度々の艱難辛苦のためにすでに失明しており、栄叡の姿を見ることが出来ず、探し回る(字幕では、「栄叡どうしたのだ」とあったが、実際は、「栄叡,你在哪里(栄叡どこにいるのだ)」と歌っており、文字制限による意訳のために日本語では少しわかりにくくなっていた)。栄叡は故郷の難波津を思い出しながら息絶える。
弟子の静空もまた、「西方に浄土がある。私は東に渡るのではなく、西行します」と言って去って行った。
失意の鑑真であったが、「長明燈は常在不滅」という言葉を信じ、再び日本への渡海を試みる。

こうして苦難の末に、天平勝宝4年(754)に鑑真は日本に渡来し、奈良の都に戒律を伝え、東大寺に戒壇を気づき、唐招提寺を建立した後に当寺に於いて入滅するのだった。


東アジアにおける西洋音楽の受容というと、日本が最先端ということはこれまでは当たり前だったし、これからも当分は同じ状況が続くと思われるのだが、日本の国公立で音楽学部を持つ大学は東京芸術大学、愛知県立芸術大学、京都市立芸術大学、沖縄県立芸術大学など数えるほど。演劇や映画の学部は皆無という中にあって、中国は国共内戦後に中央音楽学院、中央戯劇学院、北京電影学院など、北京に国立の音楽大学、演劇大学、映画大学を創設。文化大革命による危機はあったものの、北京だけでなく、上海を始め各所に国立の芸術大学を設置して、国ぐるみで文化を後押ししている。

中国のクラシック音楽事情には私も通じているわけではなかったのだが、劇場付きのオーケストラが存在するというのは衝撃であった(日本では、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団が歌劇場付きの団体であるが、母体である大阪音楽大学のオーケストラという位置づけであり、編成も大きくない。ポピュラーでは宝塚歌劇団のオーケストラが座付きである。新国立劇場創設時に座付き国営オーケストラ設置案も挙がったが実現しなかった)。

以前の中国では、芸術家は国家認定システムであり、国立の芸術大学を卒業していないとプロの芸術家に認定されず、活動も出来なかったのだが、今はどうなっているのかよくわからない。ただ、国を挙げての文化発揚形式は今も力強いものがあるということは、この公演を観てもわかる。


北京語歌詞、日本語字幕による上演であるが、一部、日本語による合唱が行われる場面がある。また、般若心経や「南無阿弥陀仏」が唱えられるのだが、仁如教師は、2005年から2007年に掛けて岐阜県にある正眼短期大学に留学しており、帰国後に鑑真仏教学院で日本語基礎教育に関わったほか、2015年から今年の3月まで和歌山県の高野山専修学院で唐の密教に関する研究を行っており、日本語による読経が可能であり、般若心経が日本語読みで朗唱される場面もあった。
「ギャテイギャテイ ハーラーギャテイ ハーラーソウギャテイ ボダジソワカ」、「色即是空 空即是色」という般若心経のお馴染みの言葉も登場する。

江蘇省演芸集団交響楽団も予想を遙かに上回る優秀なオーケストラであり、仏教好きでなくても十分に楽しめる現代歌劇となっていた。

カーテンコールでは、作曲家の唐建平や脚本家の憑必烈らも登場。出演者達もオーケストラピットの楽団員も嬉々として拍手を送っていた。ロシアのマリインスキー・オペラによる「エフゲニー・オネーギン」を観た時もそうだったが、お国ものということで皆が誇りを持って演奏し、歌い、演じていた。日本ではオペラがまだ「お高くとまったもの」と認識されているためか、こうした光景は余り見られない。日中関係は悪化の一途を辿っているが、自国が生んだ芸術を純粋に愛する心も持つ隣国の人々が羨ましくなった。日本人は西洋音楽に対するコンプレックスが強すぎるようにも思う。

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2016年2月 9日 (火)

余隆指揮中国フィルハーモニー楽団 李煥之 「春節序曲」

中国の旧正月(春節)の賑わいを描いた「春節序曲」。中国のオーケストラの合奏水準は1990年代や2000年代に来日演奏会を聴いたときには「日本より20年か30年は遅れている」という印象を受けましたが、この演奏を聴くとお国ものということはありますが確実にレベルアップしていることが感じられます。日本がアジア一のオーケストラ大国であることに違いはありませんが、「うかうかしてはいられない」という危機感も覚えますね。

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2011年10月26日 (水)

「アジアNビート」艾敬特集

1994年にフジテレビ系の関東および北海道ローカルで放送された深夜音楽番組「アジアNビート」の艾敬(アイ・ジン)特集を紹介します。ちなみに司会およびナレーションを担当しているのは、その後、大ブレークするユースケ・サンタマリアです。

なお、「情陥89」の訳が「ロストラブ’89」になっていますが、誤訳で、日本語に直すと「恋に落ちて’89」の方が、正確です。
また、「スタイルなんて気にせずに」という前後の文脈と合わない訳が出てきますが、これも誤訳で、実際は「決して上演されているわけではないけれど、そのため却ってリアルに伝わる劇」というような意味です。これが「駅は別れのドラマで一杯」に繋がります。

艾敬に限らず、中華ポップは中国語は出来ても中国文学の素養がない人が歌詞を訳している場合が多いので、実は誤訳だらけで全く信用できません。

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2011年10月 1日 (土)

知られざる佳曲(1) 艾敬「我的1997(私の1997)」

1969年生まれの中国出身のシンガーソングライター、艾敬(アイ・ジン、Ai Jing)が1992年にリリースした「我的1997(私の1997)」を紹介します。作詞・作曲ともに艾敬です。1997年の香港返還を中国人が初めて歌った曲として話題になったナンバーです。当時、23歳の艾敬の美貌にもご注目下さい。

「私の1997」 作詞・作曲:艾敬 日本語訳詞:本保弘人

パパが私の音楽の先生。
二十年も国家工廠(国営工場)で働いている人なの。
ママは以前、評劇(遼寧省の伝統歌劇)で歌っていたわ。
時代に恵まれなかったって、いつも嘆いてた。
子供の頃、私は歌で表彰されたから
二人の妹も私のようになりたいと願ってたっけ。

17歳の時に故郷である瀋陽を離れたの
ここには私の求める夢がないと思ったから。
一人で見知らぬ北京にやって来て
有名な王昆が指導する東方歌劇団に入団した。
実のところ、その養成所時代が一番懐かしいのだけれど
先生達はそういう風に感じてるなんて夢にも思わないでしょうね。

歌を上手く歌える喉に恵まれてたから
生活はそれほど苦しくはなかった。
そういう風にして歌いながら北京から上海に出て
そこからまた同じようにして南の方に向かったの。
広州には結構長くいたわね。
なぜかというと香港に彼氏がいたから。

香港っていつからあるの?
香港の人ってどんな人達なの?
彼は瀋陽に来られるけど
私は香港に行かれない。

香港、香港、あの香港
侯さんは絶対に行ってみるべきだって言ってた。
香港 香港 香る街
崔さん(艾敬は日本でのライブで「老崔」の部分を「崔健」と歌って崔さんが崔敬〈ツイ・ジェン〉のことだと明かしている)が言うには重要なマーケットなんだって。

私に華々しい世界を見させて!
出国許可のスタンプを押して!

1997年、早く来て!
ヤオハン(日本の百貨店企業であるヤオハン。香港一大きなデパートを設営するなどしたが奇しくも1997年に倒産した)って一体どんなところなの?
1997年、早く来て!
そうすればすぐにでも香港に行ける。
1997年、早く来て!
私を香港コロシアムのステージに立たせて!
1997年、早く来て!
彼とナイトクラブに行くの。

1997年、もう少し早く来て!
ヤオハンの衣服ってどんななの?
1997年、早く来て!
そうすればすぐにでも香港に行けるわ。
1997年、早く来て!
私を香港コロシアムのステージに立たせて!
1997年、早く来て!
彼とナイトクラブに行くの。

※艾敬の詳しいプロフィールについてはWikipediaの「艾敬」のページを御覧下さい(全文、私〈ハンドルネーム・サリエ〉が書いています)。

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