カテゴリー「中国」の7件の記事

2008年12月29日 (月)

中国ロックのカリスマ崔健 「崔健 1986-1996」

中国ロック界のカリスマであり、世界的にみても稀なほど本格的なロックアーティスト、崔健(ツイ・ジェン CUI Jian)。
1961年、朝鮮族自治区出身の父親と韓国人の母親との間に北京に生まれた崔健は、トランペット奏者だった父親の影響で、14歳からトランペットを始め、北京交響楽団に入団してトランペット奏者として活躍しましたが、次第に周囲のブルジョワ的な雰囲気に疑問を持ち始め、ロックに転身します。中国ではまだ本格的なロック音楽は根付いておらず、崔健は中国におけるロックのパイオニアともなりました。
1980年代、時あたかも中国に民主化運動の風が流れ始めていた時、体制変革のメッセージを歌詞の裏側に隠しているとされた崔健の歌は当時の中国の若者に熱狂的に受けいれられ、1989年の天安門でのデモの際には、崔健の「一無所有(俺にはなにもない)」が若者の間でテーマソングのように口ずさまれました。

6月4日の第二次天安門事件が起こった直後には、崔健が逮捕されたのではという噂が北京を駆け巡りましたが、それはデマであり、崔健はその後も、そして今も中国を代表するミュージシャンであり続けています。

そんな崔健が1986年から1996年にかけて発表した楽曲を集めたベスト盤「崔健 1986-1996」。

崔健(ツイ・ジェン) 「崔健 1986-1996」 崔健の代表曲である「一無所有(俺には何もない)」、「一塊紅布(紅い布)」など13曲を収録。

ロックとは変革の音楽であり、変革期にあった中国にあって、崔健の音楽の生み出す音楽は抜群の説得力を持ちました。力強いサウンドと歌はもちろんのこと、多用な解釈が出来る「玉虫色」と称された歌詞、そして敢えて早口で歌い、何と言っているのか北京人にすら聞き取れないという独特の歌唱法。時代の貴重な証言となる可能性も秘めています。

実は私は日本で崔健のステージに接したことがあり、特に1995年、新宿にあった日清パワーステーションでの崔健ソロライブは今も記憶に鮮やかです。日本人と中国人のオーディエンスが一緒になって崔健を応援しました。不安定になってしまった今の日中関係を思うと夢のような瞬間でした。

Best Of 1986-1996

参考のために崔健作品の歌詞を2つ掲載しておきます。

「俺には何もない(一無所有)」

そうだろ何度も訊いただろ
いつになったら付いてくる?
だが、おまえはいつも笑うだけ。「何にもないでしょ? あなたには」

夢をあげると言っただろ、自由だって欲しいだろ? だけどおまえは笑うだけ。「何にもないのよ。あなたには」

ああ、いつになったら付いてくる?
どれだけ待たせりゃいいんだよ?

大地は回り続けるし、川の流れはとまらない
でも、おまえは笑いをとめはしない。「一文無しでしょ。あなたって」

なんでそんなに笑うんだ?
こんなに必死である俺を

おまえの前じゃ永遠に
俺は無能のままなのか?

ああ、とっとと俺に付いてこい
今すぐ俺のものになれ

もう充分に待ったはず。これが最後の通告だ
俺はおまえの両手を取る。さっさと俺に付いてこい

そしたらおまえは震えてた。涙もこぼれ落ちていた

まさかそんなじゃないだろな。無力な俺が好きなのか?

ああ、今からおまえは俺のもの
今すぐ俺に付いてこい

詞:崔健 日本語訳:本保弘人

「紅い布」 詞:崔健

あの日あなたは紅い布で 私の両目と天を覆った
「何が見える?」とあなたは訊いた 「幸せが」と私は答えた

それはとても心地良い感覚だった 私の今の立場も忘れさせてくれたから
「何が欲しい?」とあなたは言った 「あなたとともに歩ける道が」、私の答えはそれだった

あなたの姿が見えないまま 道のりもわからぬまま 私はあなたの手を握りしめていた
「何がしたい?」とあなたは問うた 私は答えた「あなたの望むことを」

私は感じた あなたは鉄ではないけれど、鉄のように強靭だと
あなたには血が通っている そうも感じた 握りしめたあなたの手が熱かったから

とても居心地が良かった 居場所がなかったということも忘れてしまうくらい
「何がしたい?」とあなたが訊く 答えはこう、「全てお任せ」

ここは荒野ではない そう思った
大地がひび割れているかどうかも見えないというのに

そして感じた 喉が渇いたと
しかし私の口はあなたの唇によって塞がれてしまっていた

進む足は止まった 泣こうにも泣けなかった 涙さえも枯れ果ててしまっていたのだ
私は永遠にあなたに寄り添っていたい あなたの痛みを誰より知っているのは他ならぬ私なのだから

日本語訳:本保弘人

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2008年8月 5日 (火)

街の想い出(24) 神田・御茶ノ水界隈その7 内山書店

街の想い出(24) 神田・御茶ノ水界隈その7 内山書店

東京都千代田区神田駿河台下の、すずらん通り。この通りに中国関係専門書店が2軒あります。1軒は以前に単独で紹介した東方書店。そしてもう1軒がここで紹介する内山書店です。
内山書店は3階建て。私が初めて訪れた頃(1994年)と最近とでは本の配置が多少異なっていますが、1階に日本語の中国語と中国関係書、中国語による経済書、文学書などが並べられ、2階には中国の古典書や音楽書、3階では民芸品などが売られていました。

2階には中国の音楽CDやカセットテープ、VCDなどが並ぶコーナーがあり、中国人作曲家によるオーケストラ曲のCDも売られていました。演奏を担当しているのが中国の団体ではなく、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団という、名前を聞いたこともない怪しげなオーケストラであったことが記憶に残っています。

さて、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団は、現在ではNAXOSというレーベルから出ている録音でおなじみのオーケストラとなっていますが、複雑な事情によりロシア・フィルハーモニー管弦楽団を名乗る団体は複数あるため、内山書店に並んでいたCDのロシア・フィルハーモニー管弦楽団と、NAXOSからCDを出しているロシア・フィルハーモニー管弦楽団が同一団体なのか、今でも判然としないのです。

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2008年3月13日 (木)

サンドイッチ・デー

3月13日は「サンドイッチ・デー」。

サンドイッチは中国語で書くと「三明治(sanmingzhi)」。うーん。何なんだこの妙な音訳漢字の選択は。

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2007年10月 4日 (木)

おばさんとお呼び?

テレビドラマなどで、若い女性が子供に「おばさん」と呼びかけられて、「おばさんじゃなくてお姉さんでしょ!」と憤るシーンを見ることがありますが、お隣の中国ではこれとは全く逆のケースが存在します。

中国語で「おばさん」に当たるのは「阿姨(アーイー)」、「お姉さん」に当たるのは「小姐(シャオジエ)」です。中国の子供は、二十歳ぐらいの女性に向かっても、「阿姨」と呼びかけます。
子供に「小姐」などと呼ばれようものなら、若い女性は「おばさん(阿姨)とお呼び!」と怒ることでしょう。

実は、中国では長幼の序が日本よりはっきりしているので、年長者は非常に敬われます。ということで、「おばさん(阿姨)」の方が「お姉さん(小姐)」より尊敬の度合いが高く、年上の女性に対しては基本的に「おばさん(阿姨)」と呼んだ方が敬意が表れているということになるようです(同世代の人や年上が若い女性に呼びかけるときは基本的に「小姐」を使う)。
年上の女性に「お姉さん(小姐)」と呼びかけると小馬鹿にしたようなニュアンスが出るので、言われた方は怒るわけです。

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2007年4月11日 (水)

街の想い出(8) 神田・御茶ノ水界隈その1 東方書店

街の想い出(8) 東方書店

以前にも紹介したことのある東方書店。東京千代田区神田駿河台下の、すずらん通りにあります。中国関係書籍の専門店で、明大生時代には毎週のように通っていました。

蒼蒼社という小さな出版社から出ていた「中国現代小説」という季刊誌を始め、中国語学習教材、中国関係図書や雑誌などを良く買っていました。

東方書店は地上3階地下1階からなる書店で、1階には日本語で書かれた中国関係の書籍。2階には中国や台湾、香港から輸入した中国語の原書、3階には中国語の雑誌が置かれ、地下1階では中国語のビデオなどが売られていました。
中国語学習のビデオを買ったことがあり、中国本土で放映されているドラマ(日本語と北京語の字幕付き)が収録されていましたが、当時の中国のドラマは映画とは全く異なり、俳優も演出もレベルと高いとは残念ながら言えませんでした。世界に冠たる中国映画の人材がテレビの方には回ってこなかったのが大きいのかも知れません。

季刊「中国現代小説」を毎号読んでいたおかげで、中国の現代作家には多少詳しくなりました。お気に入りは残雪という女性作家や、史鉄生という下半身が不自由な作家。史鉄生の「境界」という短編小説は特に気に入り、戯曲化したこともあります(未上演)。

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2006年11月 2日 (木)

美国

本当に本当の雑学ですが、北京語ではアメリカのことを「美国」と表記します。別にアメリカのことを美しいと思ったわけではなく、単に音訳で、「美」は北京語で“mei(メイ)”と発音し、アメリカの「メ」にこの字を当てたわけです。「美国」は“Meiguo メイグオ”と発音します。

日本の外国語表記も北京語(漢語)を標準にしているわけですが、日本の場合はアメリカの「メ」に「美=mei メイ」ではなく、「米=mi ミー」という漢字を振ったわけです。

さて、美国ことアメリカは「美しい国」なのか? でもこれに答えはありません。何が美しいかなんて時と状況と対象によって異なるわけで、国家というある意味流動的で多面的な存在に、美という価値基準を……、今宵はここまでに致しとうござりまする。

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2006年7月27日 (木)

90年代、中国で最も流行ったスラング(俗語)は「酷」だろう。この「酷」、字だけ見て意味がわかる人は、少なくとも中国語を学んだことのない日本人の中にはいないはずだ。

実は「酷」は北京語(より正確に言うと普通話)で、「ku(クー)」と発音し、英語の“cool(クールだ、格好いい)”の音訳なのだ。

だから「非常酷(フェイチャン・クー)」と言われたら、「とっても格好いいね」という意味なので、「酷い(ひどい)とは何だ!」と勘違いして怒ってはいけません。

「酷」は、もちろん中華圏の映画のセリフにも登場する。例えば陳凱歌監督の中国映画『北京バイオリン』にも「酷」は登場するが、一番最初に私が「酷」というセリフを耳にしたのは、94年製作の香港映画『恋する惑星』(原題:『重慶森林』。王家衛監督作品)においてだと思う。この映画の中では金城武演じる若い刑事の村上春樹風のモノローグが多用されるのだが(王家衛監督は村上春樹のファン、俗に言う「ハルキ族」で、『重慶森林』というタイトルも村上春樹の『ノルウェイの森』を真似てつけたということだ)、その中に、「我是酷的男人」(僕はクールな男だ)という北京語のセリフがある。最初は英語で“cool”と言っているのだと思っていたが、DVDで見直すと、やはり「酷」を用いていることがわかった。

余談だが、『恋する惑星』の金城武のセリフには、「三浦友和ぶっ殺す!」というものがあり、かなり笑えるセリフになっているのだが、それはもちろん前段階があってこのセリフが出てくるから笑えるのであって、「三浦友和ぶっ殺す!」というセリフそのものに笑う人がいたら、その人は酷い(ひどい、むごい)人だろう。

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