カテゴリー「ヨーロッパ映画」の10件の記事

2018年9月 1日 (土)

コンサートの記(417) ローマ・イタリア管弦楽団 「映画音楽名曲選」@京都コンサートホール

2018年8月22日 京都コンサートホールにて

午後6時30分から京都コンサートホールで、ローマ・イタリア管弦楽団の「映画音楽名曲選」コンサートを聴く。

ローマ・イタリア管弦楽団は、1990年創設のオーケストラである。クラシックと映画音楽の演奏を両輪として活動しており、室内楽や小編成のアンサンブルでの公演も行っているという。映画音楽に関しては多くのサウンドトラックのレコーディングを手掛けており、エンリオ・モリコーネ作品のほか、「ライフ・イズ・ビューティフル」や「イル・ポスティーノ」などの映画本編の演奏を担当している。

以前は、ローマ室内管弦楽団の名義で日本ツアーを行っていたが、今回はローマ・イタリア管弦楽団として日本中を回る。これまでに関東各地と愛知県日進市、静岡県浜松市で演奏会を行っており、今後は、呉、山口、福岡県、熊本、宮崎、大分、鹿児島を経て関東に戻り、長野、静岡、楽日となるてつくば市のノバホールまで計24会場を回るという大型ツアーである。このうち、鹿児島市文化第1ホール、東京オペラシティコンサートホール、ノバホールでの3公演は吉俣良特別プロデュース公演であり、「篤姫」や「江~姫たちの戦国~」で知られる吉俣良が出演して自作を中心としたコンサートを行う。

曲目は、ジョルジュ・オーリックの「ローマの休日」メインテーマ、ヘンリー・マンシーニの「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”と「ピンクパンサー」のテーマ、ジョン・ウィリアムズの「シンドラーのリスト」よりテーマ、マックス・スタイナーの「風と共に去りぬ」より“タラのテーマ”、ピエトロ・マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲(ゴッド・ファーザー」パートⅢ)、ニーノ・ロータの「ゴッド・ファーザー」より“愛のテーマ”、「ロミオとジュリエット」よりテーマ、「山猫」より“愛のテーマ”、「フェリーニのアマルコムド」よりテーマ、「道」よりテーマ、「8 1/2(はっかにぶんのいち)」よりテーマ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの交響曲第25番第1楽章(「アマデウス」)と歌劇「フィガロの結婚」序曲(「アマデウス」)、ニコラ・ピオヴァーニの「ライフ・イズ・ビューティフル」メインテーマ、フランシス・レイの「ある愛の詩」テーマ、「白い恋人たち」テーマ、「男と女」よりテーマ、ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」より“愛のテーマ”、エンリオ・モリコーネの「海の上のピアニスト」より“愛を奏でて”、「ニュー・シネマ・パラダイス」より“愛のテーマ”、「ミッション」よりメインテーマ、「続・夕日のガンマン」よりテーマ。当日になって曲順を大幅に入れ替えている。

今日はステージからは遠いが音は良い3階正面席で聴く。なおポディウム席、2階ステージ横席、3階サイド席は発売されていない。

イタリアはクラシック音楽の祖国ではあるが、名門オーケストラはあっても一流オーケストラはないというのが現状である。指揮者に関してはアルトゥーロ・トスカニーニに始まり、カルロ・マリア・ジュリーニ、クラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティ、リッカルド・シャイー、ジュゼッペ・シノーポリ、最近話題のダニエレ・ガッティに至るまで、オーケストラビルダーとしても名高い多くの逸材が生まれているが、イタリア国内はオーケストラコンサートよりもオペラが盛んということもあってオーケストラ自体の名声が上がらない。名門よりもむしろ最近出来たミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団やアルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団の方が高い評価を得ていたりする。

というわけで、機能に関しては余り期待していなかったのだが、想像していたよりもはるかに優れたオーケストラであった。透明な音と朗らかなカンタービレが特徴。管の抜けも良いが、弦はそれ以上に優れており、流石は「弦の国」のオーケストラと感心させられる出来であった。今後も日本でハイレベルな演奏を聴かせてくれそうである。

今回のツアーの指揮を務めるのは、ニコラ・マラスコ。フォッジア・ウンベルト・ジョルダーノ音楽院とペスカーラ音楽院で指揮をピエロ・ベルージやヨルマ・パヌラ、リッカルド・ムーティらに師事。2005年にはジュゼッペ・パターネ指揮コンクールで優勝している。マラスコは曲によってはピアノ独奏も担当しており、多才であるようだ。
「シンドラーのリスト」、「ニュー・シネマ・パラダイス」などではヴァイオリン独奏も務めたコンサートマスターのアントニオ・ペッレグリーノは、ローマ・イタリア管弦楽団の創設者の一人で、ローマ歌劇場第2ヴァイオリン奏者を経て同楽団のコンサートマスターも務めたという経歴の持ち主である。1999年から2003年まではフェーデレ・フェナローリ音楽院やアブルッツォ・ユース・オーケストラでオーケストラ演奏法指導者としても活躍していたそうだ。

ローマ・イタリア管弦楽団は、室内オーケストラより一回り大きめの編成。メンバー表を見たが、ほぼ全員がイタリア人のようである。アメリカ式の現代配置を基本としているが、ティンパニを舞台上手、ヴィオラの隣に置くなど独自性が見られる。「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”では、出だしがサティの「ジムノペディ」第1番を意識した編曲だったりとアレンジにも凝っている。エレキ音はギターなどは用いず、全てキーボード(赤毛のミレラ・ヴィンチゲラという女性奏者が担当)で出しているようだ。

映画音楽だけでなく、マスカーニやモーツァルトの演奏も優れている。特にマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲はイタリアのオーケストラでないと出せないような絶妙の彩りが特徴である。
指揮のニコラ・マラスコは強弱のコントラストを大きくつけた音楽作りをする。パースペクティヴの作り方も上手い。

アンコールは、ペッレグリーノのヴァイオリン独奏による「愛の賛歌」、更にオーリックの「ローマの休日」メインテーマが再度演奏される。豊かな歌と輝かしい音が印象的であった。

20世紀のクラシック音楽がどんどん歌から離れていく一方で、劇伴やポップスはよりメロディアスなものへと発展を遂げていく。音楽史的には、12音楽を始めとして響きの音楽へと転換していくクラシック部門に耳目を奪われがちになるが、ポピュラー部門に関していうなら20世紀ほど旋律が追求された時代はこれまでなかったように思う。録音技術やマスメディアの発達で世界各国の音楽をいながらにして聴くことが出来るようになったことも大きいだろう。望めば24時間音楽が聴ける環境が整ったことでメロディーの世界は広大無辺は大げさにしても一個人や国家の壁を越えて広がるようになっている。
というわけで、クラシックのコンサートホールでは例がないほど甘い旋律に酔うことが出来た。

 

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2017年2月12日 (日)

これまでに観た映画より(85) 「戦場のピアニスト」

DVDで、ロマン・ポランスキー監督作品「戦場のピアニスト」を観る。フランス、ポーランド、ドイツ、イギリス合作映画。

実在のピアニストであるウラディスワフ・シュピルマンの戦中体験記を映画化した作品である。

1939年9月のワルシャワ。9月1日に、ナチス・ドイツはポーランドに何の布告もなく進軍する。
ウラディクという愛称で呼ばれていたユダヤ系ポーランド人ピアニストのウラディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はワルシャワの放送局で、ショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)を弾いていた。ラジオによる生中継である。しかし、演奏中に放送局はドイツ軍によって砲撃され、ウラディクも放送局から逃げ出さざるを得なくなる。
その時、ウラディクは、自分のファンだというドロタという若い女性(エミリア・フォックス)と出会う。ドロタはウラディクの友人であるユーレクの妹であった。ドロタは音大でチェロを学び、チェリストになりたいという夢を持っている。

ポーランド人もナチスに協力的であり、ウラディクがドロタと一緒に行った喫茶店には「ユダヤ人お断り」と書かれていた。ユダヤ人は公園に入ることが出来ず、ベンチに腰掛けることも出来ない。

状況は日増しに厳しくなる。ユダヤ人は所持できる金を制限され、ダビデの星のついた腕章をつけることを強要され、ついには居住区に強制移住させられる。居住区と他の地域は煉瓦の壁で仕切られ、ゲットーとなった。
ウラディク達が強制収容所に送られる日が来る。友人でユダヤ人警察の署長となったヘラー(ロイ・スマイルズ)によって、ウラディクはワルシャワに残ることが出来たが、家族は貨物車に詰め込まれ、死出の旅へと出かけていった。

ワルシャワでの強制労働生活を送るウラディク。だが、密かに拳銃などの武器を仕入れ、まだゲットーに潜んでいるユダヤ人達にドイツ兵に見つからないよう投げ送る。

労働している時に、知り合いの歌手・ヤニナ(ルース・プラット)と俳優のアンジェイ(ロナン・ヴィバート)の親切なポーランド人夫婦を見かけたウラディクは脱走し、彼らを頼ることになる。しかし、状況は更に悪化。ウラディクは、ヤニナの夫・アンジェイが逃げ場所として教えてくれたある家を頼る。そこにいたのはドロタであった……。

ユダヤ人というだけで、人間の権利が取り上げられるという。凄惨な歴史を描いた映画である。ユダヤ人達は、ドイツ兵達に無作為に選ばれて意味なく射殺される。ウラディクも「大晦日のお祝いだ」としてドイツ兵に殴られる。ナチスの手下達に取っては、ユダヤ人は虫けら以下の存在なのだ。

酸鼻を極めるワルシャワで、音楽だけがウラディクの救いとなるのだが、「音を立てたら危ない」ということで、アップライトのピアノがある家にいるにも関わらず、鍵盤に触れることは出来ず、鍵盤の上でエアピアノを奏でるしかない。

ワルシャワ蜂起などにより廃墟と化していくワルシャワの街。
やがて、ピアノがウラディクを救う日が来るのだが……。

人種が違うというだけで、低劣な存在とみなすという行為は、残念ながら現在進行形で行われている。人種差別だけではなく、「異なる」というだけで、人は人を貶め、自己満足に浸ろうとする。
そこには決定的に想像力が欠如している。

ポーランドの国民的作曲家であるショパンの音楽がキーになっているが、ポーランドは中世には強国だったものの、以後は何度も侵略されており、ショパンもまた11月蜂起計画に荷担したという疑いがあり、二十歳の時にポーランドを離れ、ウィーンへ。そして父親の祖国であるフランスのパリにたどり着き、生涯、祖国であるポーランドに帰ることはなかった。
ショパンの悲しみはポーランドの悲しみであり、心そのものを描くことの出来る唯一の芸術である音楽が、この映画でも観る者の胸に痛いほどに染み込んでくる。

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2009年2月 4日 (水)

これまでに観た映画より(39) 「ベルリン・天使の詩」

DVDで映画「ベルリン・天使の詩」を観る。ヴィム・ヴェンダース監督の代表作。西ドイツ&フランス合作。出演、ブルーノ・ガンツ、ソルヴェイグ・ドマルタン、オットー・ザンダー、クルト・ボワ、ピーター・フォークほか。 現在、認知症であることがわかったピーター・フォークがピーター・フォーク本人役で出演している。しかもピーター・フォーク自身が実は……という展開がある。

1987年、西ベルリン。天使のダニエル(ブルーノ・ガンツ)は、同じく天使のカシエル(オットー・ザンダー)とともに西ベルリンにいる。天使は様々な人の心の声を聴くことが出来る。人々は悩み、絶望し、苦しんでいる。

ダニエルは、サーカスでアクロバットを演じているマリオン(ソルヴェイグ・ドマルタン)に恋をする。マリオンが出演しているサーカスは、金が払えないということで、その日の演目を最後に解散することになった。マリオンは、またウェイトレスに戻るのかと嘆く……。

悩み多き人間世界にあって、天使が人間になろうと決める物語。天使は人間がこの世に現れる前から存在していて、悠久の時を知っているが、人間としての新しい歴史はこれから築き始める。これまでの長大な時間と、これからの未知の時間が同等に置かれることで、人間の生の時間の充実が示されている。

この映画は、小津安二郎、フランソワ・トリュフォー、アンドレイ・タルコフスキーへの賛辞で締めくくられる。

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2008年9月12日 (金)

これまでに観た映画より(35) 「セプテンバー11」

DVDで映画「セプテンバー11」を観る。2002年の作品。世界11カ国の映画監督が、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ(9・11)を題材にして作った、それぞれ11分9秒01の長さのショートフィルムが連続して上映されるというオムニバス作品。日本からは今村昌平監督が参加。本作品が今村昌平の遺作となった。
参加した国は上映順に、イラン、フランス、エジプト、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルキナファソ、イギリス、メキシコ、イスラエル、インド、アメリカ、日本。
9・11発生直後にアメリカで起こった、平和ソング放送規制への反抗からか、表現の自由をテーマにしており、作風の統一は一切見られない。

DVD「セプテンバー11」 当然、シリアスな作品が多い。
メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督(代表作「バベル」)は、真っ暗の画面を使って、呪文のような声と音楽で独特の雰囲気を作り出し、時折衝撃音を入れている。この衝撃音が何を意味するのかは作品の途中でわかり、ラストのメッセージで、何故、暗闇のままの映像を用いていたのかが明かされる仕掛けになっている。

イギリスのケン・ローチ監督は、チリで起こったクーデターを題材にしている。1970年、民主的な選挙により、チリに共産主義政権が誕生する。しかし共産主義を怖れていたアメリカが内政干渉。アメリカは更にチリ国内の反共勢力を支援、クーデターを起こさせる。
1973年9月11日、CIAの支援を受けたピノチェトが蜂起する。共産政権の大統領であったアジェンデは大統領官邸内に籠もって抗戦、戦死した。
赤狩りを逃れ、ロンドンで暮らす男性(ウラジミール・ヴェガが演じる)を主人公として、アメリカの「正義」に疑問を投げかけ、全ての犠牲者を追悼するという深く苦い味わいのある作品に仕上げている。

シリアスな作品が続く中で、ブルキナファソのイドリッサ・ウエドラエゴ監督は、ブルキナファソの田舎町に現れたビンラディンに似たアラブ系男性を巡るコミカルなムービーを作っている。

今村昌平監督の作品は独特。他の監督が、倒壊する世界貿易センターの映像や、9月11日という日付を使っているのに、今村監督はそうしたものを一切使わずに戦争の狂気を描き出す。舞台はアジア・太平洋戦争終結直後の日本の寒村。戦争から帰還した男(田口トモロヲ)は、すでに発狂しており、自分が蛇だと思いこんで地を這い、ネズミを丸呑みにしたりする。
出演者は豪華。田口トモロヲ、麻生久美子、柄本明、倍賞美津子、丹波哲郎、市原悦子のほか、緒方拳がナレーションを担当し、出演もする。
役所広司もワンシーンだけ出ているが、後ろの方にただいるだけでセリフは全くなし。カメオ出演のようなものとはいえ、贅沢な使い方である。

Movie/セプテンバー 11

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2008年5月 1日 (木)

「太陽がいっぱい」オリジナル・サウンドトラック

イタリア=フランス合作映画「太陽がいっぱい」のオリジナル・サウンドトラック盤を紹介します。ユニバーサル・ミュージック・フランスから出ているCD。
現在、「太陽がいっぱい」全曲の国内盤は出ておらず、このフランス盤が唯一の全曲盤です。
作曲は、イタリア映画音楽の代表的作曲家であるニーノ・ロータ。

「太陽がいっぱい」オリジナル・サウンドトラック あるいは映画の内容以上の知名度を誇るかも知れないというテーマ曲が有名な「太陽がいっぱい」の音楽ですが、そこはニーノ・ロータの作だけあって、テーマ音楽以外にも美しく、切なく、スリリングな音楽が満載です。全15曲を収録。

オーケストラのみならず、ピアノ、マンドリン、ギターなどの楽器もソロとして大活躍。

フランス盤ですが、ライナーノーツには英語による解説(比較的平易な英語が用いられています)もあります。

太陽がいっぱい/Plein Soleil (Digi)

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2008年4月30日 (水)

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

東銀座にある銀座シネパトス。地下にある映画館です。3つのスクリーンがあり、ロードショー、名画など様々な映画を上映。

この映画館観た映画で印象深いのは、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」のリバイバル上映。1994年か1995年のことだったと思います。

今はどうか知りませんが、当時の銀座シネパトスは近くを走る地下鉄の音がときおり館内に響いてくるという、のんびりした感じの映画館。そうした場所で、アラン・ドロン演じる主人公が海辺で太陽の光を浴びながら満面の笑みを浮かべ、でも実は……、という切ないラスト(このラストシーンは原作にはない、映画独自のもの)を観るのは、最新式の映画で万人向けの映画を観るのとは違った独特の感慨があったのをよく憶えています。

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2007年8月28日 (火)

「レッド・バイオリン」オリジナル・サウンドトラック

本日8月28日は「バイオリンの日」なのだそうです。そこで、ジョン・コリリアーノが作曲した、映画「レッド・バイオリン」のオリジナル・サウンドトラックを紹介します。ソニー・クラシカルの録音&発売。

ジョン・コリリアーノ作曲 「レッド・バイオリン」オリジナル・サウンドトラック イタリアで作られた一挺のヴァイオリンが数奇なる運命をたどる様を描いた、カナダ人映画監督フランソワ・ジラールの「レッド・バイオリン」(カナダ・イタリア・オーストリア・イギリス・中国合作)のための音楽。

ジョン・コリリアーノは、現代アメリカを代表する作曲家。彼自身が同性愛者である(エイズをテーマにした交響曲を書いていたりもします)ということも関係しているのかどうかはわかりませんが、妖美な旋律を書かせたら当代一のメロディーメーカーです。「レッド・バイオリン」の音楽で、2000年度のアカデミー賞作曲賞受賞。

コリリアーノ特有の妖しいメロディーが、ミステリアスな雰囲気と奥行きを作り出しています。

演奏は、エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団、ヴァイオリン独奏:ジョシュア・ベル。

ボーナストラックとして、コンサート用の作品である「『レッド・バイオリン』より~ヴァイオリンとオーケストラのためのシャコンヌ」を収録。演奏、音楽ともに充実していてクラシック音楽ファンも楽しめます。

レッド バイオリン/Red Violin

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2007年8月15日 (水)

これまでに観た映画より(6) 「太陽はひとりぼっち」

DVDでイタリア=フランス合作映画「太陽はひとりぼっち」を観る。イタリアの巨匠ミケランジェロ・アントニオーニ監督作品。アラン・ドロン、モニカ・ヴィッティ:主演。モノクロームの映像が美しい。

リカルドという男との恋に敗れたヴォットリア(モニカ・ヴィッティ)と、証券取引所に勤務するピエロ(アラン・ドロン)とが恋に落ちていく様を描いた作品。一応、恋愛映画ということになるのだろうが、甘い雰囲気は感じられず、誰もいない広大な道(心象を表してもいる)を撮したり、各国の核開発競争を話題に絡めたりするなどして、茫漠とした恋路や、終末への不安感を示したりもしている。

ローマが舞台であり、役名を見てもわかるとおりイタリア人の話なのだが、セリフはフランス語。「チャオ」という挨拶のみイタリア語である。妙だが、当時(1962年)はこれが普通だったのだろう。

極端にセリフの少ないヴィットリアとリカルドとの別れの場面に始まり、どうということもなくストーリーは進み、どうということもなく終わってしまうのだが、2時間を超える作品であるにもかかわらず、「気が付いたら終わってしまっていた」と感じられるほど、見せてしまう技術は高い。個人的には好きなタイプの映画である。

ヴィットリオ役のモニカ・ヴィッティは実にチャーミング。アラン・ドロンが放つ男の色気も印象的。

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2007年6月16日 (土)

これまでに観た映画より(2) 「レッド・バイオリン」

DVDで映画を観る。カナダ・イタリア・オーストリア・イギリス・中国合作の「レッド・バイオリン」。フランソワ・ジラール監督作品。音楽は現代アメリカを代表する作曲家ジョン・コリリアーノ。バイオリン演奏はジョシュア・ベル。伴奏はエサ=ペッカ・サロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団。
1681年、イタリア・クレモナ。名バイオリン職人のニコロ・ブソッティ(カルロ・セッチ)は芸術品以外の何ものでもないバイオリンを製作する。彼の妻、アンナが生むはずの子供にそのバイオリンを捧げ、音楽家にするつもりであった。しかしアンナは難産のため死去。子供も死産であった。絶望に苛まれたニコロは、子供に捧げるはずだったバイオリンに赤い物質を加えた特別なニスを塗る。
こうして出来上がったレッド・バイオリンは数奇な運命をたどることになる。

芸術指向の強い作品である。完成度も高く、特に音楽好きには面白い映画だろう。設定そのものは特に目新しくなく、というよりありがちなのだが、バイオリンという楽器の持つ魔力の援護を得て、説得力を出すことに成功している。

カナダ、アメリカ、オーストリア、ドイツ、フランス、イギリス、中国の俳優が出演。撮影も、クレモナ、ウィーン、オックスフォード、上海、モントリオールなど世界各地で行われた。

時代と場所が次々に飛ぶが(メインは1990年代、カナダ・モントリオールのオークション会場)、わかりにくいということはない。文革期の上海も舞台になっているのだが、いわゆる西洋音楽が排斥された場所と時代を選んだことで奥行きが出ている。

芸術し過ぎてしまっていること、その割りに俗な展開があること、また赤いニスの正体にすぐに察しがつくこと、などを瑕疵と感じる人もいるだろう。芸術映画至上主義の人にも、芸術映画が苦手な人にも積極的には薦めない。芸術映画としてはかなりわかりやすい部類に入るので、それを中途半端と感じるかどうかがこの映画の評価を分けるだろう。ちなみに私は「好き」と感じる側である。

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2007年6月 1日 (金)

これまでに観た映画より(1) 「息子のまなざし」

DVDで映画「息子のまなざし」を観る。ジャン=ピエール・ダルデンヌとリュック・ダルデンヌの兄弟による監督作品。オリヴィエ・グルメ主演。ベルギー&フランス合作。

ベルギー。職業訓練所で木工を教えるオリヴィエ(オリヴィエ・グルメ。役名は同じだが、オリヴィエ・グルメ本人を演じているわけではない)。かっては家庭を持っていたが、息子が少年の手に掛かって殺されてからは離婚し、今は一人で暮らしている。ある日、オリヴィエの下に前妻のマガリがやってくる。再婚が決まったという知らせ。子供も出来たという。

そんな折り、職業訓練所にフランシスという少年が入所する。オリヴィエの木工クラスに入ってきたこのフランシスこそ、5年前にオリヴィエの息子を殺害した犯人だった。オリヴィエはそのことをマガリに知らせ、二人でかっての悪夢を思い出すのだった…

まがう事なき秀作である。秀作中の秀作と、いくら絶賛してもまだ足りないほどに素晴らしい。

オリヴィエ・グルメの抑えた演技。そしてフランシスを演じるモリガン・マリンヌの孤独を湛えた眼差し。

カメラワークは独特で、ほとんどずっとオリヴィエの顔を撮り続けている。あるいはカメラこそが「息子のまなざし」なのか、とも思ったが、どうやらそうではないようだ。「息子のまなざし」とはオリヴィエの中にある息子のまなざしなのである。息子が生きていて、今、自分を見ていたらどう思うか、という客観的で内面的なまなざし。

オリヴィエもフランシスも無表情で、何を考えているかわからない。だがおそらく本人達も気持ちの整理が上手くつけられず、自分が何をどうしたいのかわからないのだろう。そういった戸惑いが無表情であるが故に──まるで能面のように──雄弁に語られる。

セリフは極端に少ないが、いずれも洗練されていて、「良いセリフ」のお手本のようである。そして、語られない部分が多いが故に、観る者は想像力を駆り立てられるのである。

本当に真摯に誠実に作られた名作であり、是非多くの人に観て貰いたい。

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