自画像
自画像を描いてみた
最初は手でもって描いた
しかしデッサンは消しゴムで消され
水彩画は雨に洗われ
砂絵は風に吹かれて
完成を見ることはなかった
そこで手を使わずに描いてみた
血の色を変えて彩りを生み
細胞の一部でもって厚みを与え
鏡の視線でもって輪郭を整えた
それは完成しながらも永遠に完結しない絵
しかしこれがわたしの自画像
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自画像を描いてみた
最初は手でもって描いた
しかしデッサンは消しゴムで消され
水彩画は雨に洗われ
砂絵は風に吹かれて
完成を見ることはなかった
そこで手を使わずに描いてみた
血の色を変えて彩りを生み
細胞の一部でもって厚みを与え
鏡の視線でもって輪郭を整えた
それは完成しながらも永遠に完結しない絵
しかしこれがわたしの自画像
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「それ」は遠くにあるものではなく、近づいてくるものでもないんだ
「それ」を私達はすでに身に纏っているんだ、一人の例外もなく
「それ」は徐々に色を濃くし、線を刻み、やがて硬くなり、止まる
「それ」は決まり切ったことであり、必ず訪れる
だから急ぐことはないんだ
必ず訪れると決まっているのに何故急ぐ必要があるだろう
「それ」の着心地を感じ、肌触りを確かめる
誰もが経てきたこと、知っていたこと
全ては主語と主体のない思し召しのままに。
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命が掻き消される悲鳴が聞こえない人がいるということ。
すれ違い続けているということに無頓着な視線と思考。
嘘つきの鏡の前で微笑むだけの毎日。
私が私自身から隔てられてしまったとしても、それはどうということもない。よくあることでしかない。
けれど、私の体を通過して再び元の場所へと戻っていく眼差しによって隔てられた場所は誰のために生み出されていくのか。
そうしたものが生まれる一方で、体の一部が毎日のように死に続けている。隔てられたまま。目の前で。
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誰も決めてはいない
自分が生まれてくる国も
自分自身の性別も
自分自身の名前も
「それらしさ」の衣装を纏う前に
気がつけば
そこにあったもの
となれば
存在は認識に先行し
状況に存在は先行する
存在こそが価値である
「実存」と
専門用語を使ってもいいが
日常語で語れるものにわざわざ特別な言葉を持ち込む必然性はない
日常のなかに我々は存在し
我々が味わいうるのは日常だけなのだから
人類は狡猾で
あらゆるものを
ある時は自分さえも
支配下に置こうとする
でも思い出して欲しい
誰も世の中の在り方を決めてはいない
生き方を定めてもいない
送られてくるありとあらゆるシグナルが
我々を惑わし、誘導しようと謀っているけれど
それに従う自由と従わない自由がある
そして「自由」の正体でさえ誰も決めてはいない
(「自由の刑」? いやいやそんな特別な言葉を使う必要だってない。「それ」は言葉にしなくても実感しうるのだから)
超越者のような「誰か」を決めたのは誰か
あるいは誰もその「誰か」さえ決めてはいないのか
「私」は今ここに存在する
しかしここに存在する私は実は私が決めたものではない
それでも存在をするということが
誰からも決められてはいない
人間という存在の本当の価値なのだろうか
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雨は降る。穏やかな降りでは決してない。それでもまだ大したことはない。僕には傘があり、雨宿りできる場所がある。
あの日僕らはどしゃ降りの中にあった。余りにも激しい降りで、数メートル先も霞んで見えず、雨粒は容赦なく我々の目を打った。
雨は我々の体の内側を濡らし、血に混じり、血を薄め、前頭葉を麻痺させた。
今日もまた雨が降る。まだ大したことはない。
雨が家を流し、人を流し、都市を流す。知識として僕はそうしたことが実際にあったことを知っていて、そうであるが故に、僕は僕だけで完結は出来なくなった。
でも今は僕には傘があり、雨宿りできる場所がある。これは決して当たり前のことではないのだけれど、それに対して敏感であり続けられている。
僕は僕だけに完結していないだけに、外にある。外では誰のためにでもなく雨が降っている。
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彼はいつもこちらを窺っている。だから上手く踊らなければならない。ステップを風に乗せて、音楽を体に敷きつめて。
見えない人には彼は見えない。与えられた幸せの中で眠り続ける人々。与えることなく奪い合う不公正な綱引き。
夜中に目覚めたら、上手く踊らなければならない。目覚められない人々の夢を背負い、空中へと高く飛ぶ。着地のことは考えずに。
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互いの息づかいが聞こえるほど近くにいたけれど、
僕らは知り合う前よりもっと他人だった。
意識していないということを意識しないよう
心に化粧を施すけれど、
それはレモンのしずくのように
却って傷にひんやり浸みた。
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