カテゴリー「街の想い出」の24件の記事

2008年8月 5日 (火)

街の想い出(24) 神田・御茶ノ水界隈その7 内山書店

街の想い出(24) 神田・御茶ノ水界隈その7 内山書店

東京都千代田区神田駿河台下の、すずらん通り。この通りに中国関係専門書店が2軒あります。1軒は以前に単独で紹介した東方書店。そしてもう1軒がここで紹介する内山書店です。
内山書店は3階建て。私が初めて訪れた頃(1994年)と最近とでは本の配置が多少異なっていますが、1階に日本語の中国語と中国関係書、中国語による経済書、文学書などが並べられ、2階には中国の古典書や音楽書、3階では民芸品などが売られていました。

2階には中国の音楽CDやカセットテープ、VCDなどが並ぶコーナーがあり、中国人作曲家によるオーケストラ曲のCDも売られていました。演奏を担当しているのが中国の団体ではなく、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団という、名前を聞いたこともない怪しげなオーケストラであったことが記憶に残っています。

さて、ロシア・フィルハーモニー管弦楽団は、現在ではNAXOSというレーベルから出ている録音でおなじみのオーケストラとなっていますが、複雑な事情によりロシア・フィルハーモニー管弦楽団を名乗る団体は複数あるため、内山書店に並んでいたCDのロシア・フィルハーモニー管弦楽団と、NAXOSからCDを出しているロシア・フィルハーモニー管弦楽団が同一団体なのか、今でも判然としないのです。

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2008年4月30日 (水)

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

街の想い出(23) 銀座その4 銀座シネパトス

東銀座にある銀座シネパトス。地下にある映画館です。3つのスクリーンがあり、ロードショー、名画など様々な映画を上映。

この映画館観た映画で印象深いのは、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」のリバイバル上映。1994年か1995年のことだったと思います。

今はどうか知りませんが、当時の銀座シネパトスは近くを走る地下鉄の音がときおり館内に響いてくるという、のんびりした感じの映画館。そうした場所で、アラン・ドロン演じる主人公が海辺で太陽の光を浴びながら満面の笑みを浮かべ、でも実は……、という切ないラスト(このラストシーンは原作にはない、映画独自のもの)を観るのは、最新式の映画で万人向けの映画を観るのとは違った独特の感慨があったのをよく憶えています。

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2008年3月14日 (金)

街の想い出(22) 銀座その3 銀座山野楽器本店

銀座通りにある山野楽器本店。銀座のみならず日本を代表する老舗音楽ショップです。CD売り場や楽器販売も充実していますが、私はCDや楽器よりもピアノスコアを買うためにこの店に良く通いました。ここと銀座通りの南にあるヤマハ銀座店に行けば、欲しいピアノスコアは大体手に入れることが出来ました。

1999年のある日、山野楽器銀座本店の楽譜売り場に行くと、子供向けの曲が延々とかかっていました。モニターにアニメの映像が流れ、スピーカーからは同じ曲がエンドレスで流れていたわけです。その時は何で子供向けの曲をずっと流しているのかわからなかったのですが、程なく、その子供向けの曲の正体がわかりました。大ブレークすることになる「だんご三兄弟」だったのです。「だんご三兄弟」は話題にはなっていたもののCDはまだ発売になっておらず、楽譜が先行発売されていたので、楽譜売り場でここぞとばかりに「だんご三兄弟」が流れていたわけです。
それにしても瞬く間に盛り上がって、あっという間に終わった、あの「だんご三兄弟」フィーバーは何だったんでしょうね。

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2008年1月 9日 (水)

街の想い出(21) 千葉その2 シネマックス千葉

街の想い出(21) 千葉その2 シネマックス千葉

千葉市中央区にある映画館「シネマックス千葉(CINEMAX千葉)」。5つのスクリーンを有する、千葉市初のシネマコンプレックスです。1997年のオープン。この映画館で最初に観た映画は、確か竹中直人監督の「東京日和」だったと思います。写真家のアラーキーこと荒木経惟(あらき・のぶよし)夫妻をモチーフにしたドラマです。竹中直人と中山美穂の主演。松たか子の映画初出演作でもありました。岩松了の脚本。映画音楽の作曲は大貫妙子で、坂本龍一が編曲を担当しています。私は「洛北日和」というブログもやっていますが、そのタイトルの基になったのが「東京日和」です。

この映画館にはたびたび通い、色々な作品を観ています。というのもシネマックスにはメンズデイがあって、毎週木曜日に男性は1,000円で映画を鑑賞することが出来るので行きやすかったという理由があります。学生料金も1,300円で、東京の映画館に対抗しています(東京の映画館の学生料金は1,500円が一般的)。

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2008年1月 3日 (木)

街の想い出(20) 千葉その1 千葉神社

街の想い出(20) 千葉その1 千葉神社

千葉にいた頃は、毎年、千葉神社に初詣に行きました。普段は人の少ない千葉神社境内も(有名な神社でも普段の日は境内はガラガラですが)正月三が日は人で溢れ返ります。子供の頃は参拝するまで長い時間待つのが苦痛でした。帰り道に、毎年お好み焼きを買うのが楽しみでもありましたが。

二階建ての重層社殿である拝殿・本殿は平成になってから建ったものでそれ以前は、比較的小さな社が本殿でした。
かっての本殿は、現在は摂社である千葉天神の社になっています。

千葉天神(旧・千葉神社本殿)
千葉天神(旧・千葉神社本殿)

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2007年12月17日 (月)

街の想い出(19) 銀座その2 東劇

街の想い出(19) 銀座その2 東劇

東劇。銀座と築地の中間、東銀座にある映画館です。

ここで観た映画と特に印象に残っているのは、竹中直人監督の「119」と黒沢清監督の「ニンゲン合格」。

「119」は消防署員の物語。とはいえ、ここ何年も火事が起こっていないという平和な海辺の街でのお話です。出演は、赤井英和、鈴木京香、温水洋一、塚本晋也、浅野忠信、津田寛治、マルセ太郎、宮城聰、竹中直人ほか。脚本は、筒井ともみ、宮沢章夫、竹中直人の3人が担当。音楽:忌野清志郎。
静岡県沼津市を中心とした日本情緒の残る風景、小津安二郎を意識した竹中の演出、撮影当時25歳だった鈴木京香の日本美人ぶり、忌野清志郎の歌など、見所の多い作品です。

「ニンゲン合格」は、14歳の時に事故で記憶を失った青年(西島秀俊)が10年ぶりに目覚めたところから始まるヒューマンドラマ。出演は、西島秀俊、役所広司、りりぃ、麻生久美子、哀川翔、洞口依子ほか。
展開が淡々としているので、“退屈だ”と評価する人も多かったようですが、「人間」、「夢」、「家族」などについて考えさせられるところも多く、個人的には第一級の人間ドラマであると思っています。

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2007年12月 4日 (火)

街の想い出(18) 横浜その2 中島敦文学碑

横浜市を初めて訪ねたのは1991年、高校2年生、16歳の春のことだった。横浜市は東京湾を挟んで、私が住んでいた千葉市のほぼ対岸にある。この対岸にあるというのがネック(というのかどうか)になって、それまで私は横浜に行ったことがなかったのだ。

千葉から横浜に行くには総武快速・横須賀線を使えば電車一本で済むのだが、横浜に着く前に東京がある。東京があるなら横浜まで行く必要はほとんどない。ということで、同じ南関東に住みながら、16歳になるまで私は横浜に行ったことはなかったのである。

遠足、というのだろうか、高校2年の時に学年全員で日帰りの旅行をするという習慣が私の高校にはあった。そして私が高2の時の遠足の目的地が横浜であり、それが私の横浜初体験となったのである。

普通、千葉から横浜に行くにはバスを使う。しかしその時は普通ではなかった。フェリーをチャーターして、千葉港から横浜港に向かったのである。海上を行くのだから、千葉から神奈川まで一直線、東京に寄る必要はなかった。

横浜に着いた私が一番最初に向かったのが元町幼稚園。「山月記」、「李陵」などの作品で知られる中島敦が教師として働いていた私立横浜高等女学校の跡地が元町幼稚園であり、敷地内に中島敦文学碑が建っているのである。幼稚園の敷地内に文学碑が建っているというのもどうかと思うが(幼稚園内に入るにはそこそこ勇気がいる)、高校2年生で、初めて横浜に行って、一番の目的というのが中島敦文学碑を見ることという当時の私も今になってみればどうかと思う。しかし、それなりに複雑な高校生活を送っていた私にとって、自意識の問題について書き続けた中島敦は共感できる存在であり、横浜の中島敦文学碑を訪ねてみたいと前々から思っていたのである。

幼稚園の敷地の一番奥に中島敦文学碑はあった。よりによって一番奥に建てることもないと思う。余計入りにくい。おまけに校庭(園庭)では園児が遊んでいる。こんなところに入って行っても良いのだろうか。しかし、「碑を見たい」と幼稚園教諭にいうと、あっさり通してくれた。私は高校の制服を着ていたし、悪い生徒にも見えなかった(はずだ)。今の時代は違う。幼児を襲う犯罪が起こり、高校生といえども幼い子に危害を加える可能性を否定出来ない時代、幼稚園教諭も気軽に通してはくれないかも知れない。

中島敦文学碑を間近で見て、かって中島敦がこの地にいたのだと思うと何となく頬がゆるんだ。憧れの作家の故地を訪ねるのはやはりいいものである。

街の想い出(18) 横浜その2 中島敦文学碑(写真は文学碑ではなく元町幼稚園の外にある説明板)

最初に中島敦文学碑を訪ねてから16年が経った今年(2007年)7月、私は、再び横浜の元町幼稚園を訪れた。生憎土曜日であり、幼稚園は休みで、文学碑を間近で見ることは出来なかった。

そして今年11月、私は33歳になった。中島敦が喘息の発作で亡くなった歳に並んでしまったのである。

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2007年11月24日 (土)

街の想い出(17) 銀座その1 シネスイッチ銀座(銀座文化劇場)

街の想い出 銀座その1 シネスイッチ銀座(銀座文化劇場)

東京都中央区銀座、銀座のシンボルともいえる和光の裏通りにあるのがシネスイッチ銀座です。1997年までは、シネスイッチ銀座と銀座文化劇場という2つの劇場が入っていて、銀座文化劇場は往年の名画を上映するいわゆる名画座でした。現在はシネスイッチ銀座1とシネスイッチ銀座2となり、ロードショー館となっています。

私が良く通ったのは、今はなき銀座文化劇場の方で、ルキノ・ヴィスコンティの「家族の肖像」や「ベニスに死す」、先日亡くなったモーリス・ベジャールがバレエの振付を担当した「愛と哀しみのボレロ」などが強く印象に残っています。

グスタフ・マーラーをモデルにした「ベニスに死す」(原作はトーマス・マンの小説)は、テレビでも観ていたのですが、スクリーンで観ると耽美的な味わいがよりはっきりとわかりました。

「愛と哀しみのボレロ」は、ラストの有名なバレエシーン(ラヴェルの「ボレロ」。この振付をしたのがモーリス・ベジャール)以上に、とにかく長い映画だったという印象が残っています。今観たらまた違った感じを受けるのかも知れませんが。

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2007年10月18日 (木)

街の想い出(16) 横浜その1 1998年、横浜ベイスターズ優勝の年

街の想い出(16) 横浜その1 横浜そごう前 かってここにハマの大魔神社があった

1998年に横浜ベイスターズは38年ぶりにセリーグを制覇し、日本シリーズでも西武ライオンズを降して日本一に輝きました。その前年である97年に最後まで優勝争いを続けながらヤクルトスワローズに競り負けて優勝を逃していただけに、ペナントレースが始まるまえから、「今年こそはベイスターズの優勝を見てみたい」と思っていた人とも多かったようです。ヤクルトファンである私も、前年にヤクルトが日本一になったこともあって、「今年は横浜の優勝でいいんじゃないの」と思っていました。

98年のペナントレースでも横浜ベイスターズは強さを見せ、シーズン中盤には、JR横浜駅の地下街、横浜そごう入り口付近に、当時の横浜の守護神・佐々木主浩投手を祀った、ハマの大魔神社が作られて、結構な観光名所になっていました。

写真は今年(2007年)の夏に横浜そごうを訪れた時のものですが、あの頃とは雰囲気が違っていて、ハマの大魔神社がどこにあったのかも定かではなくなっていました。

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2007年10月13日 (土)

街の想い出(15) 千葉県旭市

母方の実家があるのが千葉県旭市です。千葉県の東側、いわゆる東総地方にある太平洋に面した街。
某雑誌の「全国の住みやすい市町村ランキング」で全国第8位になったこともありますが、旭市民でそんなことを感じている人や信じている人はほとんどいないと思われます。

母方の実家があるのは旭市の外れで、家の周りは全て田んぼ。東にちょっと歩いたところに川が流れていて、南に少し歩いたところに小さな神社がある。豚を飼っている農家があって、時々臭う。他にはこれといって何もない。そういう場所です。田舎です。良いです。

田舎というと嫌う人も少なくないようですが、千葉市の住宅地で生まれ育った私、似たような二階建ての住宅しかないような街で育った私にとっては田舎である方が却って魅力的に思えます。
「住宅地じゃなくて田舎で生まれ育った方が面白かっただろうな」と、今でもたまに思います。

小学校や中学校の夏休みには、私一人で、旭市の母の実家で何週間も続けて過ごしたりもしていました。トンボを捕ったり、蝉を捕ったり、蝶を捕まえたり、ザリガニを釣ったり、何か捕ってばかりですが、そうした遊びを旭では良くやっていました。釣ったザリガニはもちろん食べたりはせず、旭の吉崎の浜に毎朝のように魚釣りに出かけていた祖父がエサに使っていました。

あと旭市で印象的だったのは夏の朝早い時間。母の実家の庭は比較的広くて緑の芝生が敷き詰めてあるのですが、朝早くにはその芝生が朝露に濡れていて、朝の芝生に靴を濡らしながら歩くのが好きでしたね。

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2007年7月20日 (金)

街の想い出(14) 神田・御茶ノ水界隈その6 書泉グランデ

書泉グランデ

神田神保町の書店街では三省堂神田本店に次ぐ大型書店・書泉グランデ。
三省堂神田本店で見つからなかった本も、書泉グランデに行けば見つかる可能性は非常に高いものがありました(逆もまたしかり)。

ここは、文庫と外国文学(ヨーロッパ系が強し)を始め、人文科学系の書籍が充実していました。映画・演劇、絵画などの芸術系(音楽系は余り強くありませんでした)、科学系もなかなかだったように記憶しています。

1994年の春、CXで「文學ト云フ事」という深夜番組が放送されました。その第1回放送で特集されたのは武者小路実篤の『友情』でしたが、放送の翌日、東京中の書店から『友情』が消えたそうです。私も放送の翌日、三省堂神田本店、書泉グランデ、東京堂書店を探してみたものの、『友情』は全て売り切れ。深夜番組で視聴率もそれほど高くはなかったはずなのに。テレビの影響力に改めて驚いたものです。

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2007年6月24日 (日)

街の想い出(13) 神田・御茶ノ水界隈その5 矢口書店

街の想い出(13) 神田・御茶ノ水界隈 矢口書店

神田神保町の書店街、靖国通り沿いにある矢口書店。映画・演劇専門の古書店です。以前紹介した音楽専門の古書店・古賀書店のお隣にあります。 ここで良く買ったのは「キネマ旬報」のバックナンバー。古い映画のシナリオなども買っていました。演劇関連書の方はたまに買う程度でしたが、絶版になった戯曲なども多く揃っていたので勉強になりました。

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2007年5月14日 (月)

街の想い出(12) 神田・御茶ノ水界隈その4 古賀書店

千代田区神田神保町・古賀書店

神田古書店街・靖国通り沿いにある「古賀書店」。音楽書専門の古書店です。小さいながらも世界的に有名なお店で、指揮者のゲンナジー・ロジェストヴェンスキー氏をはじめ、著名アーティストがたびたび訪れます。
この店ではピアノスコアや作曲家の自伝などをよく買いました。クラシックのみならず、ポピュラー音楽関係の本も充実しています。

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2007年5月 7日 (月)

街の想い出(11) 渋谷その2 タワーレコード渋谷店

タワーレコード渋谷店

日本最大級のCDショップ、タワーレコード渋谷店。90年代後半、私はNHK交響楽団の定期会員で、毎月土曜日の定期公演をNHKホールまで聴きに行っていました。演奏会終了後にしばしば立ち寄ったのが、ここタワーレコード渋谷店です。ここのクラシックコーナーは情報が早く、サー・ゲオルグ・ショルティ死去のニュースを知ったのも、ここのクラシック売場においてでした。

またここはイベントも盛んで、国内外の様々なアーチストがミニライブを行いますし、時にはサイン会も開いています。また、たまに海外アーチストがCD試聴をしている姿を見かけることもありました。

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2007年4月23日 (月)

街の想い出(10) 神田・御茶ノ水界隈その3 東京堂書店

街の想い出(10) 神田・御茶ノ水界隈その3 東京堂書店

中国の首相であった周恩来も、若き日の東京滞在時代に足繁く通ったという東京堂書店。神田神保町の、すずらん通りにあります。

ここは、ちくま文庫と海外文学、歴史書などが充実していました。ちくま文庫は三省堂ではなく、だいたいこの東京堂書店で買っていました。
詩関係の雑誌を買っていたのも、ここ東京堂書店です。

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2007年4月21日 (土)

街の想い出(9) 神田・御茶ノ水界隈その2 三省堂書店神田本店

街の想い出(9) 神田・御茶ノ水界隈その2 三省堂書店神田本店

駿河台下にある三省堂書店神田本店。日本を代表する大型書店の一つです。日本一の書店街である神田神保町で最も品揃え豊富なお店。

この三省堂書店神田本店には、明大生時代に毎日のように通いました。いつも本を買っていたわけではなく、新刊をチェックしたり、映画のパンフレット(旧作のパンフレットを売っているコーナーがある)を探したりもしてしました。

私の場合、雑誌と文庫本は主に明大の生協書籍部(とある理由により現在は存在しない)で買っており、三省堂書店神田本店では、明大の生協になかった文庫本、歴史書、音楽関係書、映画・演劇関連書、ステーショナリーなどを購入していました。

三省堂書店神田本店では、作家などのサイン会も良く行われています。私は作家のサイン会に立ち会った機会は残念ながらないのですが、1999年に、女優の市毛良枝さんが著作を発表した時に行ったサイン会を見かけたことがあります。市毛さんは実年齢よりも遙かにお若く見える方で、「さすが女優さんは違うなあ」と感心したものでした。

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2007年4月11日 (水)

街の想い出(8) 神田・御茶ノ水界隈その1 東方書店

街の想い出(8) 東方書店

以前にも紹介したことのある東方書店。東京千代田区神田駿河台下の、すずらん通りにあります。中国関係書籍の専門店で、明大生時代には毎週のように通っていました。

蒼蒼社という小さな出版社から出ていた「中国現代小説」という季刊誌を始め、中国語学習教材、中国関係図書や雑誌などを良く買っていました。

東方書店は地上3階地下1階からなる書店で、1階には日本語で書かれた中国関係の書籍。2階には中国や台湾、香港から輸入した中国語の原書、3階には中国語の雑誌が置かれ、地下1階では中国語のビデオなどが売られていました。
中国語学習のビデオを買ったことがあり、中国本土で放映されているドラマ(日本語と北京語の字幕付き)が収録されていましたが、当時の中国のドラマは映画とは全く異なり、俳優も演出もレベルと高いとは残念ながら言えませんでした。世界に冠たる中国映画の人材がテレビの方には回ってこなかったのが大きいのかも知れません。

季刊「中国現代小説」を毎号読んでいたおかげで、中国の現代作家には多少詳しくなりました。お気に入りは残雪という女性作家や、史鉄生という下半身が不自由な作家。史鉄生の「境界」という短編小説は特に気に入り、戯曲化したこともあります(未上演)。

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2007年4月 5日 (木)

街の想い出(7) 渋谷その1 シネ・アミューズ

シネ・アミューズはその名の通り、サザンオールスターズや福山雅治が所属するアミューズが経営する映画館。シネ・アミューズEASTとシネ・アミューズWESTの2つのスクリーンを有しています。

シネ・アミューズEAST/WEST

東急百貨店渋谷本店の向かいのビル4階にあるシネ・アミューズ。私が東京にいたころは映画館の上の5階フロアにある店の雑音(ハイヒールで歩く女性の靴音など)が頻繁に聞こえることで不評でしたが、今はどうなっているのでしょう。

シネ・アミューズで観た映画で印象的なものを挙げると、岩井俊二監督・松たか子主演の「四月物語」、SABU監督・堤真一主演の「MONDAY」、塚本晋也監督・主演の「バレット・バレエ」といった作品名が思い浮かびます。

「四月物語」は松たか子の映画初主演作で、内容は少女漫画チックなところがありますが、映像の美しさと10代だった松たか子の初々しさが魅力的。千葉・幕張がロケ地に選ばれたことも千葉市出身の私にとって嬉しいことでした。

「MONDAY」は普段は普通のサラリーマン高木(堤真一)が酔って暴走するという内容の映画で、劇場受付で「飲んだら無敵」という合言葉を言うと入場料が割引になるという特典がありました。
野田秀樹が正体不明のオカマ役で出ているの何とも不思議です。

「バレット・バレエ」はバイオレンス映画で、神経症の匂いがするのが気に障りましたが、(登場シーンは少ないものの)鈴木京香の悲しげな雰囲気と、真野きりなの好演が心に残る作品です。ところで真野きりなは今どうしているのだろう?

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2007年1月21日 (日)

街の想い出(6) 新宿その4 紀伊國屋ホール

1994年4月、明治大学に入学したばかりの私が初めて自分でお金を払って観た演劇が、紀伊國屋ホール(紀伊國屋書店新宿本店4階)での東京サンシャインボーイズの公演「ショー・マスト・ゴー・オン(再演)」(三谷幸喜:作・演出)でした。フジテレビの深夜枠で放送されていたクラシック音楽を題材にしたドラマ「マエストロ」で主演を務めていた西村雅彦が東京サンシャインボーイズの看板俳優だということで観に行ったのです。東京サンシャインボーイズが、この「ショー・マスト・ゴー・オン」の折り込みチラシにおいて、今後30年の充電期間に入ることを発表していました。
東京サンシャインボーイズの充電前最後の公演はその年の秋の上演された「罠」ですが、これは劇団員が2チームに分かれての公演であり、劇団員がほぼ全員揃って公演するのはこの「ショー・マスト・ゴー・オン」がラストでした。

この公演は私にとっては衝撃的でした。「世の中にこれほど面白いものがあったのか」と喫驚したものです。それから、たびたび劇場に通うようになり、演劇が面白かったのではなく、「ショー・マスト・ゴー・オン」という作品が面白かったのだということに気づくようになるのですが、とにかく私の演劇経験の第一歩が「ショー・マスト・ゴー・オン」であったというのは幸運だと思います。

演劇に興味を持った私は、この後、明治大学で「戯曲研究」の授業を取るなどして、日本の演劇は何が過剰で何が足りないのかを追求していくことになります。

私の演劇人生の第一歩は紀伊國屋ホールから始まりました。

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2007年1月 9日 (火)

街の想い出(5) 新宿その3 紀伊國屋書店

JR新宿駅を降りるとだいたい真っ先に向かうのが東口にある紀伊國屋書店新宿本店でした。4階に紀伊国屋ホールがあるためか演劇関係の書籍が神田書店街よりも充実していて、私も戯曲を始め数多くの本を購入しました。
映画や音楽関係のコーナーの品揃えも抜群でした。私が紀伊國屋書店で初めて買った本は確か坂本龍一のピアノスコアだったと思います。

紀伊國屋はオリジナルのビデオも制作していたので、それもいくつか購入して楽しみました。それらの中では瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)監督の「生まれ変わるとしたら」という映像作品(短編映画というより映像詩といった方が適当かな)は特に印象に残っていて、のちに私は同名の短編戯曲(一人芝居のための)を書くことになります。

紀伊國屋新宿本店

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2006年12月15日 (金)

街の想い出(4) 新宿その2 テアトル新宿

新宿には何度も映画を観に行きました。多くの映画館に行きましたが、その中で最も多く通ったのがテアトル新宿です。新宿駅東口から地下街を通り、紀伊国屋書店に入って本を探したり買ったりした後、その裏通りを歩いてテアトル新宿に通いました。

テアトル新宿

テアトル新宿で観た映画で特に印象に残っているのは3本、中国映画祭で観た「息子の告発」とDVDのカテゴリーに記事を書いた「カリスマ」、そして「ナビィの恋」です。

「カリスマ」のことはもう書いたので、「息子の告発」と「ナビィの恋」について書きます。

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2006年12月 7日 (木)

街の想い出(3) 新宿その1 ヴァージンメガストア新宿店

「新宿」と聞いてまず思い浮かべるのはヴァージンメガストア新宿店(2004年閉店)。新宿に行った時は、だいたいこのヴァージンメガストア新宿店と紀伊國屋書店本店には寄るようにしていました。

ヴァージンメガストア新宿店の特徴は、アジア系ポップミュージックのコーナーが飛び抜けて傑出していたこと。
私が東京に通い始めた1994年当時、フジテレビ系の深夜枠(関東&北海道ローカル)に「アジアン・ビート」という音楽紹介番組がありました。司会をしていたのは、まだ全く売れていなかったユースケ・サンタマリアと、文恵子さんという韓国系の女性(文さんについては本職は何なのかよく知りません)。中国、香港、台湾、韓国、インドネシア、タイなどのポップスを中心に、ミュージッククリップなども流していました。

90年代半ばの日本の音楽シーンはバブル経済の崩壊を受けて、内省的な歌詞を持ったものが支持されていましたが、アジア諸国は経済が昇り調子だったということもあり、より広い視野を持った力強い歌詞を持つ歌や、あるいは日本ではイケイケの時代を経て失われつつあった奥手のラブソングなど、新しくないだけに却って新鮮な曲が溢れていました。

その後、フェイ・ウォン、艾敬、崔健などは日本のレーベルと契約し、彼らのCDは少し大きめのCDショップでなら手に入るようになった(今はまた入手困難になってしまいましたが)ものの、そうしたメジャーレーベルから注目を浴びていないアジアンアーチストを探すのも、ヴァージンメガストア新宿店に通う楽しみでした。

私がCDを買ったアジアのアーチストの中で特に記憶に残っているグループがあります。
韓国の男性ヒップホップデュオ“deux(デュース)”です。

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2006年12月 4日 (月)

街の想い出(2) 神田すずらん通り

東京・神田神保町。三省堂書店の裏手に伸びる通りが「すずらん通り」です。江戸時代からあるという由緒ある通り。一帯はいわゆる「神田書店街」で、すずらん通りにも個性溢れる書店がいくつもあります。

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2006年10月22日 (日)

街の想い出(1) 鎌倉

20代の頃は鎌倉が好きで、よく日帰り旅行に出かけました(当時私は千葉市在住)。

最初に行ったのは円覚寺。境内にJR横須賀線が通っている(といっても山門の裏に線路が走っているという程度で境内の真ん真ん中を電車が通っているわけではない)のが印象的でした。
円覚寺の塔頭松嶺院墓地には田中絹代の墓と佐田啓二の墓が背中合わせで建っており、田中絹代さんのお墓の側から見ると佐田啓二さんのお墓の裏側に「中井貴一」という文字が刻まれているのが見えました(注・その日はたまたま一般人も墓地に入れる日だったのですが、普段は松嶺院ならびに松嶺院墓地は非公開です。年に数回だけ公開されます)。

建長寺、鶴岡八幡宮、源氏山、江ノ島、稲村ヶ崎、東慶寺、銭洗い弁天、腰越満福寺、朝比奈切り通し、若宮大路と段葛、高徳院(鎌倉の大仏)など名所はほとんど訪れています。

材木座海岸から由比ヶ浜を経て小動崎まで、砂浜を延々と歩いたこともありました。

鎌倉で最も好きなのは、旧・前田侯爵(加賀前田家です)別荘を改装した「鎌倉文学館」。建物も展示内容も好きで何度も出向きました。最初に訪れた時は、「中原中也特別展」をやっていたのですが、中也が12歳の時に書いた作文の完成度の高さに驚いたのを憶えています。

今でも鎌倉という街は好きです。また訪れてみたい街の筆頭です。

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