カテゴリー「アメリカ映画」の15件の記事

2008年11月28日 (金)

これまでに観た映画より(38) 「アマンドラ!希望の歌」

DVDでドキュメンタリー映画「アマンドラ!希望の歌」を観る。2002年の映画、南アフリカ・アメリカ合作。リー・ハーシュ監督作品。
南アフリカのアパルトヘイトを題材にした作品である。

主題になっているのは、「人種差別」そして「音楽」と「革命」。

アパルトヘイトにより隔離された黒人達は、陽気なメロディーを持つ過激な歌詞で白人への対抗心を高めていく。

そして、世界史上初の「音楽による革命」が起こるのである。

深刻なテーマであるが、陽気な旋律を持つ歌が次々に出てくるためか陰気な感じはない。かつての悲劇を乗り越えたパワーが感じられ、観ている方も勇気づけられる。

そしてここに描かれていることは、決して他人事ではないため、私の心に切実に訴えてくるものがある。現状を覆すには暴力や権力よりも効果的な方法があるのだ。

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2008年9月12日 (金)

これまでに観た映画より(35) 「セプテンバー11」

DVDで映画「セプテンバー11」を観る。2002年の作品。世界11カ国の映画監督が、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ(9・11)を題材にして作った、それぞれ11分9秒01の長さのショートフィルムが連続して上映されるというオムニバス作品。日本からは今村昌平監督が参加。本作品が今村昌平の遺作となった。
参加した国は上映順に、イラン、フランス、エジプト、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルキナファソ、イギリス、メキシコ、イスラエル、インド、アメリカ、日本。
9・11発生直後にアメリカで起こった、平和ソング放送規制への反抗からか、表現の自由をテーマにしており、作風の統一は一切見られない。

DVD「セプテンバー11」 当然、シリアスな作品が多い。
メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督(代表作「バベル」)は、真っ暗の画面を使って、呪文のような声と音楽で独特の雰囲気を作り出し、時折衝撃音を入れている。この衝撃音が何を意味するのかは作品の途中でわかり、ラストのメッセージで、何故、暗闇のままの映像を用いていたのかが明かされる仕掛けになっている。

イギリスのケン・ローチ監督は、チリで起こったクーデターを題材にしている。1970年、民主的な選挙により、チリに共産主義政権が誕生する。しかし共産主義を怖れていたアメリカが内政干渉。アメリカは更にチリ国内の反共勢力を支援、クーデターを起こさせる。
1973年9月11日、CIAの支援を受けたピノチェトが蜂起する。共産政権の大統領であったアジェンデは大統領官邸内に籠もって抗戦、戦死した。
赤狩りを逃れ、ロンドンで暮らす男性(ウラジミール・ヴェガが演じる)を主人公として、アメリカの「正義」に疑問を投げかけ、全ての犠牲者を追悼するという深く苦い味わいのある作品に仕上げている。

シリアスな作品が続く中で、ブルキナファソのイドリッサ・ウエドラエゴ監督は、ブルキナファソの田舎町に現れたビンラディンに似たアラブ系男性を巡るコミカルなムービーを作っている。

今村昌平監督の作品は独特。他の監督が、倒壊する世界貿易センターの映像や、9月11日という日付を使っているのに、今村監督はそうしたものを一切使わずに戦争の狂気を描き出す。舞台はアジア・太平洋戦争終結直後の日本の寒村。戦争から帰還した男(田口トモロヲ)は、すでに発狂しており、自分が蛇だと思いこんで地を這い、ネズミを丸呑みにしたりする。
出演者は豪華。田口トモロヲ、麻生久美子、柄本明、倍賞美津子、丹波哲郎、市原悦子のほか、緒方拳がナレーションを担当し、出演もする。
役所広司もワンシーンだけ出ているが、後ろの方にただいるだけでセリフは全くなし。カメオ出演のようなものとはいえ、贅沢な使い方である。

Movie/セプテンバー 11

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2008年8月25日 (月)

これまでに観た映画より(33) 「危険な関係」

DVDでアメリカ映画「危険な関係」を観る。ラクロの小説の映画化。スティーヴン・フリアーズ監督作品。出演、グレン・クローズ、ジョン・マルコヴィチ、ミシェル・ファイファー、キアヌ・リーブス、ユマ・サーマンほか。

パリとその周辺が舞台。フランス革命前夜の貴族達の堕落した生活が描かれる。貴族達はとにかくすることがないので、愛欲のゲームに励んでいる。こんなことをしていたのでは、そりゃ革命も起こされるよな。

メルトイユ侯爵夫人(グレン・クローズ)は、恋人のバスティード伯爵が結婚すると知り、かつて彼女の恋人であり、パリ一のドン・ファンであるバルモン子爵(ジョン・マルコヴィチ)に密かな陰謀を打ち明ける。バスティード伯爵の結婚相手と噂されるセシル(ユマ・サーマン)と関係を持って、バスティード伯爵に恥をかかせようというのだ……。

メルトイユ侯爵夫人とバルモン子爵の、それぞれの寝起きの場面から映画は始まり、二人が運命共同体であることが象徴される。そして映画は、メルトイユ伯爵夫人が泣きながら化粧を落とすという、これまた象徴的な場面で終わる。

心理小説を原作としているだけあって、登場人物の心理攻防戦の描き方が巧みである。バルモンは、相手が相手自身の美質だと思い込んでいるところにつけ込み、また、相手が言葉では拒絶しながら受けいれる姿勢を見せているのがわかっているのに、相手の言葉通りに拒絶を受けいれて相手を焦らせてみせる。

メルトイユ伯爵夫人とバルモン子爵が相似形を成しているように、トゥルベール夫人(ミシェル・ファイファー)とセシルも相似形を成している。トゥルベール夫人は熱心なキリスト教信者であり、セシルは最近まで修道院にいた。
ただ、セシルが経験と共に知性も少々足りない(壷に鍵を落としたセシルは、壷をひっくり返すという発想が出来ず、入るはずのない壷の口に手を突っ込んでいる。バルモンはセシルの知性を最初から見抜いているようで、彼女には早口でまくし立てて考える余裕を与えなかったりする)のに対し、トゥルベール夫人はバルモンの手練手管に翻弄されながら、敬虔さを保とうとする知性の持ち主であり、これが愛欲をゲームとしか考えていないバルモンの感情を狂わせることになる。

俳優達の表情の演技の細かさが特筆事項。それも単なる表情の演技に留まらない。最初に人をあざ笑いながら、当人と会った瞬間に聖女のような顔をしてみるメルトイユ伯爵夫人のあざとさに、見る者は笑ってしまうのだが、二度目に同じ表情をメルトイユ伯爵夫人がした時に人々が見るのはメルトイユ伯爵夫人の悲しさなのである。

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2008年7月19日 (土)

これまでに観た映画より(30) アルフレッド・ヒッチコック監督作品 「汚名」

DVDでアルフレッド・ヒッチコック監督作品「汚名」を観る。ケイリー・グラント&イングリット・バーグマン主演。
ブラジルのリオデジャネイロを舞台に繰り広げられる諜報活動もの&恋愛もの。

アリシア(イングリット・バーグマン)の父親が逮捕された。長年アメリカでドイツの諜報員として活躍したのだ。懲役20年を言い渡される。

気晴らしのために自宅でパーティーを開くアリシア。そのパーティーに見知らぬ男が呼ばれていた。男の名はデブリン(ケイリー・グラント)。男前のデブリンに惚れるアリシアであったが、実はデブリンは警察の人間であり、リオデジャネイロで活動してるナチスドイツの残党をアリシアにスパイさせようと目論んでいたのだった…。

おなじみヒッチコックシャドー(濃く長い影)や、毒の入ったコーヒーカップをクローズアップで追い続けたり、ナチスドイツの残党・セバスチャンがウラニウムを隠しているワイン保管庫での二人の活動と、またその活動を行ったのがパーティーの日であり、客に出すワインが足りなくなって、セバスチャンとワイン係が保管庫までやって来る過程を同時進行で映したりと、スリルを煽る手法のお手本のような名演出が次々に繰り出され、そのことに感心する。今更いうまでもないことだがヒッチコックは凄い。

例によって、呆れるほど惚れっぽい男女の登場にはつい笑ってしまうのだが、これも当時のハリウッドの甘口路線の王道だ。

高校時代に私はヒッチコック映画を集中して観た。だからヒッチコックの作品を観ると自然に青春の匂いを思い出す。懐かしい。

ところで、「汚名」に主演した、「天下の二枚目」ケイリー・グラントも、「20世紀最高の美女」イングリット・バーグマンも幼少期や晩年は決して幸福ではなかった。そういうハリウッドスターは多いが、この二人はその典型ともいうべき人生を送っている。

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2008年6月24日 (火)

これまでに観た映画より(26) 「欲望という名の電車」

DVDでハリウッド映画「欲望という名の電車」ディレクターズカット版を観る。テネシー・ウィリアムズ原作・脚色・脚本、エリア・カザン監督作品。出演は、ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランドほか。

テネシー・ウィリアムズの名作戯曲の映画化である。演劇界出身で、舞台「欲望という名の電車」の演出を手がけたこともあるエリア・カザンが、ロンドンで主役のブランチ・デュボアを演じたことのあるヴィヴィアン・リーを映画版の主役に抜擢し、他の出演者は自らが演出したニューヨークの舞台に出ていた俳優をそのままスクリーンに登場させている。

「風と共に去りぬ」で有名なヴィヴィアン・リーは、演技にややムラが感じられるが、狂乱の場の演技は流石である。若きマーロン・ブランドのギラギラとした輝きを放つ演技も見物である。狂気の表出の演出には古さを感じるが、世評通り必見の名画である。

映画「欲望という名の電車」は検閲により、原作にある同性愛の下りの許可が下りなかった上、不道徳だとして他の場面も大幅に切り刻まれたが、このDVDではカットされた部分を含めて全て観ることが出来る。しかしカットされて牙を抜かれた格好となったにもかかわらず、映画「欲望という名の電車」は封切り当初、批評家から「スクリーンに乗せるべき題材ではない」などと酷評されたという。

映画が完成した翌年、共産主義者ではないかとの疑いを受けたエリア・カザン監督は、身の潔白を証明するために、赤狩りに積極的に協力。これによりカザンはのちにハリウッドから総スカンを食うことになるのだが、「欲望という名の電車」の件といい、赤狩りといい、当時のアメリカがいかにファナティックであったかを示す話である。

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2008年6月10日 (火)

これまでに観た映画より(25) 「グランド・ホテル」

DVDで映画「グランド・ホテル」を観る。名画として知られるが、まだ観たことはなかったのでレンタルビデオ店で探してきたのだ。
GGの愛称でも知られるグレタ・ガルボ出演作。1932年制作のアメリカ映画。

「グランド・ホテル」はベルリンの同名ホテルに集まる人々による群像劇。盛りを過ぎたバレリーナ、こそ泥、婿入りワンマン社長と彼にこき使われていた従業員、タイピストの女性などがこのホテルに泊まり、出会い、それぞれの人生の断片を見せ、去っていく。
脚本がよく練られており、「通り過ぎる場所」としてのホテルの哀感を出すことにも成功している。

ガルボはこの時27歳であるが、現代の27歳より大分年上に見える。他の俳優も現代の同年代の俳優に比べると落ち着いて見える。戦前の人は同じ年の頃であっても現代人に比べると10歳老けて見えるという説があるそうだが、それは本当のようだ。
ただ調べてみると、当時でもガルボは実年齢より上に見られがちだったそうで、本人も自分が老けてみられることをやはり気にしていたそうだ。そのためかガルボは36歳で引退してしまい、生涯独身を通し、引退以降はマスコミの前に出ることも一切なかったという。

それにしても1932年にアメリカはこれほどまでに洗練され、計算された映画を作っているのだ。こんな映画を作っている国と戦争しても日本は勝てるわけがない。

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2008年5月31日 (土)

どうでもいいことかも知れませんが

映画「ロルカ、暗殺の丘」でロルカを演じたアンディ・ガルシアとリッカルド・ムーティは似ていると思いませんか?

アンディ・ガルシアとリッカルド・ムーティの両方を知っている人がどれぐらいいるのかわかりませんが。

アンディ・ガルシアといえば、何といってもケビン・コスナー主演の「アンタッチャブル」が良かったですね。

シカゴ駅での階段落ちの場面、

「狙いは?」
「完璧です」

うーん、格好いい。

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2008年5月27日 (火)

これまでに観た映画より(22) 「バベル」

2007年6月1日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、「バベル」を観る。メキシコ出身のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品。出演は、ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、菊池凛子、二階堂智、役所広司ほか。音楽は既成のものが使われ、ラストシーンでは坂本龍一の「美貌の青空」(ピアノ&ストリングス・バージョン)が流れる。

モロッコ、アメリカ南部とメキシコ、東京を舞台とした作品。3つの場所での出来事が微妙に関わっている。

モロッコで、少年が遊び半分でライフルを撃つ。その弾がアメリカからの旅行客・スーザン(ケイト・ブランシェット)の首に命中する。

アメリカ南部、アメリカ人の家で乳母をしているメキシコ出身のアメリアは、主である夫妻が外国旅行に出ている間、留守と主夫妻の2人の子供を預かっている。しかしメキシコでアメリアの息子の結婚式がある日、代わりに来るはずだった育児担当者が来られなくなってしまう。やむなく2人の子供とともに国境を越えるアメリア。

東京、耳と口の不自由な女子高生・チエコ(菊池凜子)は孤独の底にいた。

モロッコと、アメリカ南部およびメキシコ編は、砂漠という大自然の前に無力な人間の姿が描き出され、ベルトルッチ監督の「シェルタリング・スカイ」を思い起こさせる。ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットが夫婦を演じるモロッコ編は特にそうだ。

東京では、最先端の都市(少なくとも映画の中では東京は世界最先端の街として登場する)に生き、裕福な家庭に育ち、夜景の素晴らしい高層マンションに住みながら、そうした恩恵から遠い少女の姿が描かれる。

別の人が言えないでいる言葉を別の場面にいる他の人間に語らせるなど、意欲的な演出が光る。

本質的には人間存在の不安定さに重点を置いた重い作品である。
やむにやまれぬ事情が重なったということもあるのだが、やらずもがなのことをしてしまう人間という生物の本質でもある「愚かしさ」に歯がゆさを覚え、同時に人間の弱さに胸を痛める。

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2008年4月26日 (土)

これまでに観た映画より(19) 「あなただけ今晩は」

DVDでビリー・ワイルダー監督の「あなただけ今晩は」を観る。シャーリー・マクレーンとジャック・レモンの主演。1963年の作品。原作はブロードウェイのミュージカルだという。

舞台はパリである。ロケのシーンは美しく、当時のパリの様子がよくわかる。セットのシーンはDVDで映りが良くなった分、背後の建物が書き割りだとわかってしまう。それに登場人物は全員フランス人の設定なのに英語を話す。いかにもハリウッドらしい映画だ。
2時間20分と長い映画だが、飽きることなく見せる。ただ設定には無茶苦茶なところと巧妙なところが混在する。

様々な経歴を持ち、「それはまた別の話」という口癖を持つバーのマスターであるムスタッシュは三谷幸喜の作品に登場する人物の元ネタであることがわかる(例えば『巌流島』の佐助など。毎回、「それはまた別の話」という森本レオのナレーションで終わったテレビドラマ『王様のレストラン』では最終回に三谷幸喜がムスタッシュの格好をして登場した)。

X卿復活の場面は予想がつくのだが実際に目にすると笑ってしまう。
上質のコメディとして大いに推薦したい。

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2008年1月16日 (水)

これまでに観た映画より(16) 「オールド・ルーキー」

DVDでアメリカ映画「オールド・ルーキー」を観る。実話を基にしたベースボール・ドリーム・ムービー。

ジミー・モリスは大学を出て、ミルウォーキー・ブリューワーズに入団。130キロ前半のスピードしか出ないピッチャーであり、肩を壊して夢は破れた。35歳になったモリスはテキサスのビッグ・レイク高校で化学の教師と野球部の監督を務めている。昨年、一昨年と1勝しかできなかった弱小チームの監督だ。
しかしモリスの野球への情熱は冷めていなかった。夜毎、一人で金網に向かって投げ込みを続けるモリス。ボールのスピードは常時150キロを超えるようになっていた。
ある日、モリスの豪腕ぶりが生徒に知れる。

試合に負けた日、モリスは、「夢や希望を簡単に捨ててしまうから負けるんだ」と生徒を諭す。しかし生徒からは「夢を捨てたのは監督の方だ」と言われ、もし自分達が優勝したら監督もメジャーの入団テストを受けるという約束を交わす。ビッグ・レイク高校はこれまでの成績が嘘だったかのように勝ち続け、地区大会で優勝。モリスはメジャーのテストを受け、時速156キロを叩き出して合格。デビルレイズ傘下のマイナーチームに入団する。そしてテキサスでの対レンジャース戦でついにメジャーのマウンドに立つのだった。

夢と希望を与えてくれる映画であり、観ていて胸が熱くなる。単なる野球映画やサクセスストーリーではなく、家族の問題や、父と子の関係など、男なら誰でも通過する苦悩を真摯に描き、丁寧な作りで自然な感動を呼ぶ。

「諦めない」というそのことが、いかに大切かを教えてくれる秀作であった。

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2007年12月 8日 (土)

「レノン・レジェンド」 ザ・ベリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン

今日、12月8日が命日に当たるジョン・レノンのベストアルバム「レノン・レジェンド」を紹介します。

「レノン・レジェンド」 ザ・ベリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン 「イマジン」、「マザー」、「パワー・トゥ・ザ・ピープル」、「ラヴ」、「マインド・ゲーム」、「スタンド・バイ・ミー」、「スターティング・オーヴァー」、「ウーマン」、「ビューティフル・ボーイ」、「ハッピー・クリスマス(ウォー・イズ・オーヴァー)」など、説明不要の名曲揃い。というわけで説明はしません。
そこで曲にまつわる思い出をいくつか書きます。

「ビューティフル・ボーイ」は、映画「陽のあたる教室」で、主人公の音楽教師、ホランド(リチャード・ドレイファス)が、生まれつき耳の聞こえない息子のために手話付きで歌うという印象的なシーンに使われています。
「陽のあたる教室」は日本では舞台化もされていて、ホランド先生役は水谷豊が演じました(於・世田谷パブリックシアター)。水谷豊はかっては「カリフォルニア・コネクション」なるシングルをヒットさせたこともありましたが、基本的には俳優しかしない人なので、手話付きの「ビューティフル・ボーイ」を歌っているのを生で見ることが出来て、嬉しくなったのを憶えています(なお、「陽のあたる教室」は水谷豊の初舞台出演作品であり、水谷豊はその後は舞台に出ていないので、これが今のところ唯一の舞台となっています)。

「イマジン」は、アメリカが戦争を起こすたびに放送禁止になる曲。逆にいえばイマジネーションこそが戦争抑止ための最大の武器であることを証明しているともいえます。

「ラヴ」はシンプルなピアノソロの部分も印象的ですが、「ラヴ」のピアノ編曲バージョンは私のお気に入りで、千葉にいた頃は良く演奏しました。シンプルなのでピアノの技術が余りなくても弾くことが出来ます。

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2007年12月 6日 (木)

これまでに観た映画より(15) 「ウエストサイド物語」

DVDでミュージカル映画「ウエストサイド物語」を観る。監督はロバート・ワイズ。音楽はいうまでもなくレナード・バーンスタイン。
かなり強引な展開と設定の不自然さ(街の不良達が基礎万全のダンスを繰り広げる)には苦笑してしまうが、それらはこの作品の本質ではないので笑って流すことにする。

ここに描かれているのは「人間の愚かしさ」だ。争いを重ねれば重ねるほど不幸になるだけ、そんなことは分かり切ったことなのにそれでも争いをやめられない、人間という存在の愚かさ。結局、血が流され、誰一人幸福にならず、一人一人、その場を去っていくという有名なラストを迎える。
バーンスタインは、師の一人であるセルゲイ・クーセヴィツキーから、「ショービジネスには手を出すな」という忠告を受けていたが、戦いを憎み、平和を愛する精神から、「ロミオとジュリエット」を下敷きにしたこのミュージカルの作曲を決意した。初演は成功し、こうして映画化もされ、名画になった。
その結果、「バーンスタインといえば『ウエストサイド・ストーリー』」というイメージが出来てしまい、シリアスな作品が正当な評価を受け入れられなくなってしまったのだが。
とはいえ、「ウエストサイド~」が名作であることには間違いない。

シャーク団(シャークス)のリーダーであるベルナルド役のジョージ・チャキリスがやはり格好いい。私がまだ小学生の頃、「日本の面影」というNHKドラマで、ラフカディオ・ハーンをチャキリスが演じていたが、今でも印象に強く残っている。もっともチャキリス自身は映画ではヒットを飛ばせず、テレビと舞台を中心に活躍することになる。
チャキリスに限らず、この映画の出演者はどういうわけか不幸に見舞われることが多い。マリアを演じたナタリー・ウッドは1981年、映画撮影中に水死。トニーを演じたリチャード・ベイマーはこの作品で全ての運を使い果たしたのか、以後パッとせず、テレビ界に移ったが脇役ばかりだそうだ。

ロバート・ワイズ監督の演出は頻繁に用いられる俯瞰ショットが今見ても斬新である。

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2007年10月14日 (日)

これまでに観た映画より(12) 「小説家を見つけたら」

DVDで映画「小説家を見つけたら」を観る。監督は、「グッド・ウィル・ハンティング」のガス・ヴァン・サント。主演はショーン・コネリー、ロブ・ブラウン。

ニューヨーク・ブロンクス。ジャマール(ロブ・ブラウン)がいつもバスケットボールを楽しむ広場の近くのマンション最上階の部屋から何者かがこちらをのぞいている気配がする。「ウィンドー」、それがジャマールらがつけた部屋の男の名前だ。ウィンドーについて「人を殺した」、「実は幽霊だ」。色々な噂が広まる。

ジャマールがある日、ウィンドーの部屋に忍び込む。ウィンドーの正体を知る鍵を盗もうというのだが、突然現れた男に驚いたジャマールは盗むどころが自分のバックパックを部屋に置き忘れてしまう。後日、ジャマールがウィンドーに部屋の下の道を歩いているとバックパックが投げ返される。バックパックの中にあった、ジャマールが書き留めた文章には添削がしてある。実はウィンドーの正体は50年前に文学史に残る小説を一作だけ発表して、その後姿をくらませてしまっていたウィリアム・フォレスター(ショーン・コネリー)だとわかる。

「グッド・ウィル・ハンティング」に少し似たところもある、青年の成長を描いた教養映画。「グッド・ウィル・ハンティング」では数学の天才だったが、今回は文章の天才だ。類い希な文才を持つジャマールが、頑固じじいのフォレスターの指導により、文章力だけでなく人間としても成長していくのがわかる。そしてジャマールだけではなく、フォレスターもまた人間としての成長を遂げるのだった。

胸を振るわせる感動ではなく、そっと心を温めてくれるような安心感を与えてくれるのが、ガス・ヴァン・サント監督らしい。

ショーン・コネリーもロブ・ブラウンも好演だが、一番印象に残ったのは敵役であるクロフォード教授を演じた、F・マリー・エイブラハム。「アマデウス」のサリエリ役でおなじみの俳優である。挫折を経てひねくれてしまった男を丁寧に演じ、浮いたところのない悪役像を作り出してみせる。本当に上手いと思う。

「ピアノ・レッスン」の演技で11歳にしてアカデミー助演女優賞を受賞したアンナ・パキンも愛らしい演技を見せており、順調に成長しているようだ。

クライマックスのシーンにもっと説得力があると良かったのだが、あるいは日本語字幕スーパーでは駄目でも、英語の原文そのものは素晴らしかったのかも知れない。いずれにせよ、ドラマがかっているのが少し鼻についた。

とはいえ、「グッド・ウィル・ハンティング」には及ばないにしても、なかなかの佳篇であることは確かだ。「グッド・ウィル・ハンティング」に主演し、脚本も手掛けたマット・デイモンがちょい役で出ているのも嬉しい。

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2007年9月24日 (月)

これまでに観た映画より(10) 「スーパーサイズ・ミー」

DVDでアメリカのドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』を観る。国民の半数以上が肥満体というアメリカで、肥満に悩む少女2人が、「肥満になったのはマクドナルド社が肥満に直結すると知りながら高カロリーの商品を売り続けたせいだ」として訴訟を起こしたことに興味を覚えたモーガン・スパーロック監督が、自分の体を実験台に、「1ヶ月、毎食マクドナルド製品、それもスーパーサイズ(特大サイズ)のものを食べ続け、しかも運動をしないとどうなるか」試してみるというドキュメンタリー。
スパーロック監督は、酒は飲まず、煙草もやめ、ベジタリアンの彼女と暮らしている。体は健康そのもの。そんなスパーロック監督の体と心がマクドナルド製品しか食べないことにより蝕まれていく。

ファーストフードを1ヶ月食べ続けたら体に悪いのは当たり前、というよりファーストフードでなくても1ヶ月同じものばかり食べ続けたら体に悪いのは明白であるが(しかし実際には何年もビッグマックを食べ続けて何ら問題を抱えていないという人物も登場する)、スパーロック監督は、単にファーストフードと健康の問題ではなく、アメリカの食品メーカーと社会の関わりにまで視点を拡げている。
アメリカでは、ファーストフードメーカーが大量のテレビCMを流すことで、幼児に向かっても自社製品を売り込んでいる。また学校とも提携して、給食にファーストフードを提供しているメーカーもある。そうしたファーストフードメーカーに頼らずに、アメリカ農務省が提供するレトルト製品を仕入れている学校もあるが、実はアメリカ農務省が提供する食品は、ファーストフードメーカーのものより更に高カロリー、高脂肪であったりする。国よりはファーストフードメーカーの方が良心的だったりするわけだ。

また、アメリカの教育問題にも触れており、2001年に就任したブッシュ大統領が始めた落ちこぼれ校底上げ対策により、体育や栄養学の時間が削られ、肥満問題が更なる悪化の一途をたどっていることも知らせる。何しろ、体育の時間が週に1時間しかない小学校がざらにあるのだ。
マクドナルド商品の大型化についても触れており、かってのレギュラーサイズが今のスモールサイズであること(ちなみにフランスのマクドナルドのレギュラーサイズは、アメリカのSサイズよりも小さいとのことである)、スーパーサイズが半端でない量のコースであることも教えてくれる(スパーロック監督が一番最初に、スーパーサイズのメニュー購入したとき、全部食べ終えるまで30分以上を要した。更に、「ファースト=健康に悪い」という先入観もあってか、スパーロック監督は食べたばかりのマック製品を嘔吐してしまう)。
また、実はファーストフード以上にアルコールが体に危険を及ぼすことがさりげなく示されている。
肥満問題を考えるには、マクドナルドを始めとするファーストフードや食品メーカーだけでなく、その背後に立ちはだかっているものを念頭に置く必要があるということも教えてくれる。

*余談 映画の中でフランス人の女性がインタビューに答えている場面があるのですが、彼女はマクドナルドを「マクド」と略しています。フランスではマクドナルドのことを関西同様「マクド」と略すようです。

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2007年9月18日 (火)

これまでに観た映画より(9) 「ナチュラル」

DVDで「ナチュラル」を観る。ロバート・レッドフォード主演の野球映画、というより野球ファンタジーと言った方が適当だろう。
1918年。将来有望な若手投手ロイ・ハブス(ロバート・レッドフォード)はシカゴ・カブスの入団テストを受けようとしていた。しかしシカゴに向かう列車の中で出会った、スポーツ選手を殺害し続けていたサイコパスの女に銃で撃たれてしまう。
16年後、35歳になったロイはルーキーとして弱小球団、ニューヨーク・ナイツに入団する。

高校生の時にビデオで観て、大変な感銘を受けた映画。当時はロバート・レッドフォード演じるロイ・ハブスの格好良さに痺れたものだが、今見直してみると、神秘的な側面に目がいく。雷で割れた大木で作ったバット。精霊か何かのような存在。
物語自体は「がんばれベアーズ」同様、弱小チームが優勝するまでのサクセスストーリーである。しかしそれだけでない、アメリカ人にインプットされ、受け継がれていく野球スピリッツのようなものを感じさせる。これは単なるスポーツ映画ではないのだ。むしろ大人のためのお伽話に近い。この映画にリアリズムを求める人はあるいは大人でないのかも知れない。
ロイがサヨナラホームランを照明塔に打ち込み、ライトが破裂して花火のように降りかかる中でロイがダイヤモンドを一周する有名なシーンは今見ても「クール」である。
100%悪人という奥行きの全くないタイプの人間が出て来てしまうのがハリウッド映画の限界を感じさせ、唯一の難点といえる。
ところで、ニューヨーク・ナイツは架空の球団なのだが、相手チームのシカゴ・カブス、フィラデルフィア・フィリーズ、ピッツバーグ・パイレーツなどは実在の球団である。この設定の中途半端さは何なのだろう?

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