カテゴリー「アメリカ映画」の41件の記事

2019年10月11日 (金)

コンサートの記(596) 原田慶太楼指揮 京都市交響楽団 「THE MUSIC OF JOHN WILLIAMS:STAR WARS AND BEYOND」@ロームシアター京都

2019年9月29日 ロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、ロームシアター京都メインホールで、原田慶太楼(はらだ・けいたろう)指揮京都市交響楽団による「THE MUSIC OF JOHN WILLIAMS:STAR WARS AND BEYOND」を聴く。アメリカの映画音楽の巨匠、ジョン・ウィリアムズの音楽を取り上げる演奏会。MCは、有村昆。藤岡幸夫司会の音楽番組「エンター・ザ・ミュージック」の映画音楽特集の回では毎回見かける有村昆だが、生で見るのは初めてである。

原田慶太楼は、今回が京響デビューとなる。1985年東京生まれ。幼少時よりインターナショナルスクールに通い、17歳の時に単身渡米してインターラーケン芸術高校音楽科で指揮を吹奏楽界の巨匠として知られたフレデリック・フェネルに師事。その後、複数の大学で学び、二十歳でジョージア州のメーコン交響楽団のアシスタント・コンダクターに就任。2010年にタングルウッド音楽祭で小澤征爾フェロー受賞。この時からジョン・ウィリアムズのアシスタントを務めるようになる。これまでに指揮をロバート・スパノ、マイケル・ティルソン・トーマス、オリバー・ナッセン、ヘルベルト・ブロムシュテットに師事。今年の夏までシンシナティ交響楽団と同楽団のシンシナティ・ポップス・オーケストラのアシスタントコンダクターを務め、来年からはジョージア州のサヴァンナ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽&芸術監督に就任する予定である。

 

曲目は第1部が、「オリンピック・ファンファーレとテーマ」、「ジョーズ」(The Shrak Theme from Suite from Jaws)、「スーパーマン」(Superman March)、「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」(Raiders March)、「E.T.」(Flying Theme)、「ジュラシック・パーク」(The theme from Jurassic Park)、「シンドラーのリスト」(Theme from SCHINDLER'S LIST for Violin and Orchestra)、「ハリー・ポッターと賢者の石」(Hedwig's Theme)。
第2部では、「スター・ウォーズ」全8作からジョン・ウィリアムズと原田がコンサート用にまとめた音楽全曲が披露される。音源にはなっていないため、コンサートでしか聴けないバージョンだそうである。

 

今週の京都市交響楽団のスケジュールは変則的。昨日、同じロームシアター京都メインホールで「ドラゴンクエスト」の音楽を演奏しており、2日続けての演奏会開催となる。原田とのリハーサルは数日前に行い、原田はその後、東京交響楽団のコンサートを指揮してから京都に戻り、ゲネプロを行って本番ということになるようである。

2日続けての公演ということもあってか、楽団員の顔ぶれも定期演奏会とは異なり、コンサートマスターには客演の「組長」こと石田泰尚。第2ヴァイオリン副首席の杉江洋子、ヴィオラ首席の小峰航一、オーボエ首席の髙山郁子、クラリネット首席の小谷口直子らは降り番である。映画音楽に強いエキストラも何人か参加しているようだ。第1部ではホルンの1番は首席の垣本昌芳が吹いたが、第2部では水無瀬一成に変わった。

 

今日は3階席2列目の真ん真ん中という、音響的には最も良い部類に入ると思われる席である。

開演時間となり、楽団員が登場する。定期演奏会ではないので拍手はどうするのかなと思ったが、全員が客席の方を向いて立っている。だが、拍手が起こらない。なんとも妙な光景である。コンサートマスターの石田泰尚が姿を見せてようやく拍手が起こる。
つまり、定期演奏会に来ているお客さんは今日は客席にはほとんどおらず、拍手のタイミングがわかっていないのだ。別に私一人で拍手しても良かったのだが、複数の人が拍手しないとつられて拍手が起こるということはあり得ないので無駄である。複数のスタッフが袖でサクラの拍手を行うべきだったのかも知れないが。
今日来ているのはあくまでジョン・ウィリアムズの音楽が好きな人が大半で、これを機に京都市交響楽団の定期演奏会に通うようになるという人はほとんど現れないと思われ、また普段、定期演奏会に通っている人は映画音楽には興味がないのであろう。ジャンルの分断が起こっている。

 

日本でも活躍の場を広げている原田慶太楼は、若々しく、スケールの大きな音楽作りが特徴。ただ、ジョン・ウィリアムズの音楽性もあるのだと思われるが、ずっと押しの音楽作りを続けるところがあり、「スター・ウォーズ」の音楽は聴いていてかなり疲れたのも事実である。

有村昆は、映画のエピソードなどを紹介。「E.T.」の自転車が飛ぶシーンでは、ジョン・ウィリアムズが自転車が浮き上がるシーンに合わせて指揮することがどうしても出来なかったため、まずジョン・ウィリアムズに自身が最適と思うテンポで演奏して貰い、スピルバーグの方がそれに合わせて映像を作った(撮影したのか編集したのかは不明。話の流れからいって再度撮影した可能性の方が高いが)という話や実はE.T.が乗っていた自転車は日本製であるということ(大阪にあるKUWAHARAというメーカーのもの)、同じモデルの自転車が最近再発売されたことなどを語る。当時、アメリカの子ども達にはKUWAHARA(桑原商会)のBMX用自転車が大人気であり、撮影のために日本からわざわざKUWAHARAのBMXを取り寄せたそうである。ちなみに復刻版であるが5万円以上するそうでかなり高い。

「ジュラシック・パーク」は、CGの使用によって全世界を驚愕させた作品だが、当時はまだCGの精度は高くなく、実際には7分程度しか使われなかったそうで、それ以外は案外アナログな手法が取られていたそうである。

「シンドラーのリスト」に関しては、原田が「自分の作品の中で一番良くコンプリティリー(満足している)な作品」としてジョン・ウィリアムズがこの曲を挙げていたことを語る。原田は日本にいるときからインターナショナルスクール育ちで、その後、アメリカに拠点を置いているため、日本語よりも英語の方がずっと得意のようで、日本語の発音もそうだが、日本語で上手い言葉が見つからず英語の単語を挙げることが何度かあった。
映画ではユダヤ人であるイツァーク・パールマンが濃厚で思い入れのあるヴァイオリンを奏でるのだが、今回ソロを取る石田泰尚はやはり日本人なのでサラサラしている。

「ハリー・ポッターと賢者の石」のHedwing's Themeでは原作者であるJ・K・ローリングから「子どもを思わせるような楽器を」というリクエストがあったため、ジョン・ウィリアムズはチェレスタを選んだという話が二人から紹介される。ハリー・ポッターシリーズではふくろうが重要なイメージとなっているのだが、ヴィオラを中心とする弦楽がふくろうの羽ばたきを表現していると原田は語った。

 

第2部の「スター・ウォーズ」。演奏が始まる前に、有村昆が、「この中で『スター・ウォーズ』シリーズを1作でも見たことがあるぞという方、拍手をお願いします」と言い、盛大な拍手が返ってくる。それはそうである。「スター・ウォーズ」を観たことがないのにコンサートに来ていたとしていたらその方が変だ。ただ原田が「京響の方々から拍手がない」と言い、「でも楽器を持っていたからでしょう」と自らフォローするも、有村が「ご覧になったことありますよね?」と楽団員に聞く。
有村「反応が薄い」
実は第2ヴァイオリンの三瀬由起子さんが、Twitterで「スター・ウォーズ」を知らないということを明かしており、団員に「フォースを守る話」と聞かされても「ホーシ」と聞き間違え、更に「フォースってなんですか?」という状態なので、多分そんな人も多いのだろう。

先に書いたとおり、通して聴くと疲れるのだが、音の鳴りは完璧で、ジョン・ウィリアムズの実力の高さを知ることが出来るし、各曲の個性やインパクトも強烈である。ある意味、どんなクラシック作品よりもアメリカ的な音楽であるといえるのかも知れない。グスターボ・ドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィルハーモニックが全曲ジョン・ウィリアムズによるコンサートを行い、ドイツ・グラモフォンからライブ録音によるCDが出ているが、もうアメリカのクラシック作品と捉えてもいいのではないだろうか。ハリウッド映画の音楽、そして誰もが知っているメロディーということで、まさにアメリカの象徴的なものなのだから。

ただ、そう考える日本人は少ないわけで、だからこそ聴衆の分断が起きているのである。アメリカなどでは映画音楽による定期演奏が行われているのだが、日本では難しそうだ。日本の映画音楽も手掛けるべきなのだが、残念ながら知られている日本映画の音楽はそれほど多くはない。京都市交響楽団は、新たな戦略を募集していて、映画音楽やライトクラシックの音楽会で客層を広げようと考える人も多いと思われるのだが、今日の雰囲気だとそれは大して意味がなさそうである。映画音楽を聴く人はクラシックのコンサートには来ないし、逆もしかり。やはりYouTubeなどによる映像配信が最良の手なのかも知れない。ガリシア交響楽団という、世界的には無名なオーケストラを私はよく知っているのだが、それはなぜかといえばYouTubeチャンネルを持っていて、演奏をよく配信しているからである。「百聞は一見にしかず」というが、映像配信なら百聞と百見が共に可能なのだから、昨日行った霊光殿天満宮の額にあった通り「天下無敵・必勝利運」となるのではないか。

 

アンコールでは「スター・ウォーズ」メインテーマ完全版を原田と有村の二人で指揮する。途中で二人はライトセーバーを取り出して指揮。実は有村はライトセーバーが大好きで、TOKYOSAVERZというライトセーバーを使った殺陣ダンスユニットのプロデュースも行っているそうである。

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2019年10月 8日 (火)

これまでに観た映画より(131) 「ブラインドスポッティング」

2019年10月2日 京都シネマにて

京都シネマでアメリカ映画「ブラインドスポッティング」を観る。「ブラインドスポッティング」というのはいわゆる「盲点」のことなのだが、「2通りの見方が可能なシチュエーションやイメージ。ただし、一度に片方しか見ることができず、もう片方がブラインドスポットとなる」という定義がある。盲点と死角を併せ持ったようなものと考えると近いだろう。
メキシコ出身のカルロス・ロペス・エストラーダ監督作品。主演&脚本:ダーヴィド・ディグス、ラファエル・カザル。出演は、ジャニナ・ガヴァンカー、ウトカルシュ・アンブドゥカル、ジャスミン・シーファス・ジョーンズほか。

カリフォルニア州オークランドが舞台。MLB屈指の名門チームであるアスレチックスが本拠地としていることで有名な街だが、人種が多様でリベラルな気風でも知られているという。大企業のいくつが本社を置き、高給取りが多い一方で若者達の4人に1人は貧困者という格差の激しい街でもある。
生粋のオークランドっ子である黒人のコリン(ダーヴィド・ディグス)と白人のマイルズ(ラファエル・カザル)の二人は11歳の時から無二の親友として付き合ってきた。コリンは傷害罪で逮捕され、実刑を受けた後に1年の保護監督処分を受ける。定職に就き、門限は午後11時、奉仕活動を行うことが命じられ、指定されて一人暮らしすることになったアパート(新興のオークランド市民は高級住宅に住むようになり、賃貸の部屋はどこでも空いているような状態だったのだが、前科者なので好きな部屋を借りることは出来ない)のトイレ掃除も行っている。仕事は元カノでインド系のヴァル(ジャニナ・カヴァンカー)の斡旋で、ヴァルが受付や会計などの事務方をしている引っ越し会社の社員に決まった。マイルズも一緒に働いている。コリンは移動を制限されており、オークランドの中心部から出ることが出来ない。
だが実は、傷害事件はコリンが単独で起こしたものではなく、マイルズも加わっていたのだ。マイルズが逮捕されなかったのは白人だったからである。マイルズは自身のことを黒人への蔑称である「ニガー」と呼ばせ、黒人の女性と結婚するなど、黒人への理解はあると自覚しているのだが、何かあったら黒人のせいにされるのだというところまでは認識出来ていない。引っ越しの仕事に向かった先で、トラックの前に車を停めて動こうとしない若者をマイルズは罵倒し、何度もクラクションを鳴らすが、ヴァルが受けた苦情の電話では、クラクションを鳴らして罵倒してきたのはドレッドヘアの黒人ということになっていた。隣の席にいたコリンのせいにされたのだ。

処分が解けるまで3日となった夜。マイルズは車の中で6丁の拳銃を見せびらかす。何かあったら黒人である自分のせいにされると知っていたコリンはマイルズに自制するように申し出るが、マイルズは「家族を守るため」と主張して拳銃を所持するのを止めようとはしない。
門限の11時が迫っており、コリンはマイルズらと別れてトランクを運転して自宅へと急いでいた。トラックを発進させようとした時、黒人の若い男が前に飛び出してくる。その後ろからは白人の警官が追ってきていた。警官は何の躊躇もなく、拳銃の引き金を引く。4発の銃弾が放たれ、コリンの目の前で黒人の若い男は殺された。黒人だったからだ。

治安の悪いオークランド市の警官は高給で雇われていたが、よそ者も多く、オークランド市の郊外の高級住宅地か隣の街に住んでいて、地元愛がないといわれていた。ヤンキー気質で地元愛の強いマイルズは、白人ではありながらそうした富裕層の白人を黒人以上に目の敵にしている。人種差別を行わない自身こそがオークランド市民の本流だと考えているところのあるマイルズには黒人特有のデリケートな部分には目が及んでおらず……。


日本には目に見える形での異人種への差別は今のところそれほど顕著ではない。一目で異人種とわかるような人がそれほど多くないということもある。
ただ、私の天敵でもある認知バイアスは相当に強度なところがある。「そういうもの」と勝手に規定されてしまうことで、あらゆることがらの解釈が全てそれに沿って行われる。日本においては生き方はパターン化されており、かなりシステマチックな社会である。肌の色の違いといったようなわかりやすい目印がないだけに、そうした差別と無意識のデリカシーのなさはより巧妙に世界を覆っているともいえる。
オークランド・アスレチックスにちなんで野球で例えようか。よく「得意なコースの近くに苦手なゾーンがある」といわれるが、これは得意であるがために手を出して凡打してしまうということでもあるだろう。甘く見てしまうのだ。それを同じで「理解している」「知悉している」と自覚していることに実は盲点があったりする。決めつけも生じる。エリア・カザン監督の「紳士協定」っぽくなったが。

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2018年12月26日 (水)

これまでに観た映画より(115) 「最高の人生の見つけ方」

DVDでアメリカ映画「最高の人生の見つけ方」を観る。原題は「バケットリスト(棺桶リスト)」。ロブ・ライナー監督作品。主演:ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン。

病院経営者のエドワード(ジャック・ニコルソン)は癌の症状が出て、自身が経営する病院に入院することになる。同室になったのはやはり癌を患っている自動車修理工のカーター(モーガン・フリーマン)。ともに余命は長くない。同室ということでいつしか仲良くなった二人は、カーターが大学時代に哲学の教師に教わったという「棺桶リスト(棺桶に入るまでにやっておきたいことをリストアップしたもの)」を実行しようということになる……。

スカイダイビングやカーレース、世界旅行などやりたいことをやるうちに人生の本当の喜びを見つけていくというストーリーで、これだけ書くとありきたりの物語のように思えるが、見終わった後で心の底にほのかな灯が点ったような感動がある。
人生というものを最後の数ヶ月に凝縮してみせるという技法も優れており、主演の二人が何しろ巧い。

エドワードが金持ちだったからこそ様々なことが可能だったという側面は否めないのだが、金を追い求め、欲深く生きるよりも皆の中の一人として大切な人と出会い、触れ合いながら生きることの方が大切だということを教えてくれる作品である。

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2018年12月 1日 (土)

これまでに観た映画より(108) 「レインマン」

DVDでアメリカ映画「レインマン」を観る。ダスティン・ホフマン、トム・クルーズ主演作。

車のディーラーであるチャーリー(トム・クルーズ)の元に疎遠な関係にあった父の訃報が届く。葬儀に出たチャーリーだが、300万の遺産は父の遺言によって相続できず、車と父の自宅のバラ園だけを相続することに。納得のいかないチャーリーは300万の遺産を相続することになる人物を探す。見つかったのは今まで存在すら知らなかった年の離れた実の兄・レイモンド(ダスティン・ホフマン)。レイモンドは自閉症(サヴァン症候群でもある)を持っており、金銭の価値がわからないという。そんな兄に遺産を全て持って行かれては堪らないと、チャーリーはレイモンドを誘拐同然にして収容されていた施設から連れ出してしま う……。

遺産にとらわれていたチャーリー、自己が規定する世界にとらわれているレイモンド、互いがとらわれを超えて心の交流が行えるまでになる過程を描くヒューマンドラマである。レイモンドの姿はチャーリーの合わせ鏡に映った姿でもある。他者と接することで新たなる自分に出会うという二重の意味において。

ダスティン・ホフマンの自閉症者になりきった高い演技力には脱帽させられる。余りにリアルすぎて私もチャーリーのようにイライラさせられてしまった。それが本来なら感動させられるはずの場面が取って付けられたように感じられるというマイナス面にも繋がったのだが。

近くない将来、自分がもう少し成長できたら見返してみたいドラマだとも思った。

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2018年10月21日 (日)

観劇感想精選(262) 京都国際舞台芸術祭 KYOTO EXPERIMENT 2018 ウースターグループ 「タウンホール事件」

2018年10月14日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後2時から京都芸術劇場春秋座で、ニューヨークの前衛劇団であるウースターグループの「タウンホール事件」(クリス・ヘジダスとD・A・ペネベイガーによる映画「タウン・ブラッディ・ホール」に基づく)を観る。英語上演日本語字幕付。上演時間約65分の中編である。演出:エリザベス・ルコンプト。

1971年にニューヨークのタウンホールで行われたフェミニズムのためのパネルディスカッションの様子を収めたドキュメンタリー映画「タウン・ブラッディ・ホール」の映像を流しながら演劇も同時に上演される。

開演の15分前開場であったが、開演するまでの間、ヘッドホンを装着した若いアジア系スタッフ役の若い女性が舞台と客席の間をうろうろするなど臨場感を演出している。

パネルディスカッション(討論会)出席者の後ろにモニターがあり、そこに1971年のタウンホール内での模様が映し出される。

1971年の討論会に出席したのは、自称フェミニストだが実際は男性至上主義的なノンフィクション作家、ノーマン・メイラー、ウーマン・リブ運動の王道を行くような思想の持ち主である作家のジャーメイン・グリア、レズビアンである作家のジル・ジョンストン、女性という言葉で一括りにされるのを嫌う文芸評論家のダイアナ・トリリングらである。

今回の上演では、アリ・フリアコスとスコット・シェパードという二人の男優がノーマン・メイラーを交互に演じる。どちらかが出演出来なくなる可能性を考えて、二人に台本を送ったのだが、二人とも出演可能になったため二人一役にしたそうである。もっとも、男優一人対複数の女優という構図にした場合、誤解を招く恐れもあったため男優二人システムを採用したとも考えられる。男優二人が取っ組み合いの喧嘩をする挿話(ノーマン・メイラーが手掛けた映画のワンシーンらしい)を入れているが、これも男優二人でないと成立しないことだろう。

女性達はウーマン・リブだのフェミニズムだので一括りにされがちだが、主張や立場はそれぞれ異なる。

芝居はまずジルの一人語りで始まるのだが、これはジルが書いた『レズビアン・ネーション』に出てくるタウンホールでの討論会の記憶に忠実に基づいているようだ。ジルは自分がいかにアピール出来るかに掛けており、最初から場の空気を乱す気満々である。
「女は全員レズビアンだ」という主張を繰り広げる。

ジャーメイン・グリアは『去勢された女』という本で成功を収めたのだが、彼女を引き立てようとしたのが他ならぬノーマン・メイラーだったようである。
男性の詩人と女性の詩人を比較し、男性詩人はその活動が名誉に繋がるが、女性詩人の場合は逆に男性から敬遠されるということで、成功する女性詩人が生まれるためには女性の立場の向上が必須であると考えている。
また女は聖女か侍女のどちらかにしかなれないことを問題視している。

ノーマン・メイラーは、女性の人権を認めてはいるが、それは天賦のものではないと考えているようで、「努力で勝ち取るべき」としている。

ダイアナ・トリリングを演じているのは男優のグレッグ・マーテン。ダイアナは、オーガズムが一人一人違うように同じ女性でも思想が個々に異なるとして、安易に女性の立場を代表するようなスタンスを取ってはならないと考えている。また彼女は左翼思想の持ち主だが、ノーマンは「左翼全体主義は地獄」と考えており、思想面でまず対立している。

俳優のみが見られるモニターが3つほどあり、そこに流れる映像や字幕、俳優がつけているイヤホンなどを通して聞こえるセリフなどの情報の中から俳優が適宜選択をして表現していくという手法を取っている。効果的なのかどうかは見た限りでは判然としない。
ドキュメンタリー映画の映像と目の前にいる俳優が同じ仕草をしたり、声が重なったりするのは視覚的には面白いが、それだけといえばそれだけのような気がする。今目の前で起こっているという感覚にはどうしてもなれなかった。


この作品は基本的にジルの視点を主体に描かれており、女対男、女対女、急進派対伝統主義の構図で争いが起こってる間にもジルは女性同士で愛し合うなど、一人だけ上のステージにいるような立場にあるのは当然ともいえる。ジルにだけは自己愛でない愛があるようだ。実際にどうだったのかはわからないが。

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2018年9月22日 (土)

これまでに観た映画より(107) 「ラスト、コーション」

DVDで、米・中・台湾・香港合作映画「ラスト、コーション」を観る。アン・リー監督作品。トニー・レオン&湯唯:主演。

日中戦争の時代を舞台としたサスペンス映画である。香港に渡り、嶺南大学の学生となった王佳芝(湯唯)は、学生劇団に参加。劇団仲間は日本の手下である易という男(トニー・レオン)が、香港に来ていることを知り、易殺害の計画を練る。王佳芝も易殺害のために協力するのだが……。
激しいラブシーンが話題になったが、想像以上に激しい。中国の俳優がこういったシーンをやるのは少し前まで考えられなかったことだ。

最後の30分ほどにサスペンスシーンは凝縮されており、それまでの展開は慎重に慎重を重ねているためジリジリとしたもので、ここで飽きる人は飽きてしまうかも知れない。ただ展開が遅い分、ラスト30分が生きているともいえる。
サスペンスとしての出来は必ずしも良いものではないかも知れないが、映画としては一級品。見終わった後に不思議な印象の残る映画であった。

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2018年9月 1日 (土)

コンサートの記(417) ローマ・イタリア管弦楽団 「映画音楽名曲選」@京都コンサートホール

2018年8月22日 京都コンサートホールにて

午後6時30分から京都コンサートホールで、ローマ・イタリア管弦楽団の「映画音楽名曲選」コンサートを聴く。

ローマ・イタリア管弦楽団は、1990年創設のオーケストラである。クラシックと映画音楽の演奏を両輪として活動しており、室内楽や小編成のアンサンブルでの公演も行っているという。映画音楽に関しては多くのサウンドトラックのレコーディングを手掛けており、エンリオ・モリコーネ作品のほか、「ライフ・イズ・ビューティフル」や「イル・ポスティーノ」などの映画本編の演奏を担当している。

以前は、ローマ室内管弦楽団の名義で日本ツアーを行っていたが、今回はローマ・イタリア管弦楽団として日本中を回る。これまでに関東各地と愛知県日進市、静岡県浜松市で演奏会を行っており、今後は、呉、山口、福岡県、熊本、宮崎、大分、鹿児島を経て関東に戻り、長野、静岡、楽日となるてつくば市のノバホールまで計24会場を回るという大型ツアーである。このうち、鹿児島市文化第1ホール、東京オペラシティコンサートホール、ノバホールでの3公演は吉俣良特別プロデュース公演であり、「篤姫」や「江~姫たちの戦国~」で知られる吉俣良が出演して自作を中心としたコンサートを行う。

曲目は、ジョルジュ・オーリックの「ローマの休日」メインテーマ、ヘンリー・マンシーニの「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”と「ピンクパンサー」のテーマ、ジョン・ウィリアムズの「シンドラーのリスト」よりテーマ、マックス・スタイナーの「風と共に去りぬ」より“タラのテーマ”、ピエトロ・マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲(ゴッド・ファーザー」パートⅢ)、ニーノ・ロータの「ゴッド・ファーザー」より“愛のテーマ”、「ロミオとジュリエット」よりテーマ、「山猫」より“愛のテーマ”、「フェリーニのアマルコムド」よりテーマ、「道」よりテーマ、「8 1/2(はっかにぶんのいち)」よりテーマ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの交響曲第25番第1楽章(「アマデウス」)と歌劇「フィガロの結婚」序曲(「アマデウス」)、ニコラ・ピオヴァーニの「ライフ・イズ・ビューティフル」メインテーマ、フランシス・レイの「ある愛の詩」テーマ、「白い恋人たち」テーマ、「男と女」よりテーマ、ミシェル・ルグランの「シェルブールの雨傘」より“愛のテーマ”、エンリオ・モリコーネの「海の上のピアニスト」より“愛を奏でて”、「ニュー・シネマ・パラダイス」より“愛のテーマ”、「ミッション」よりメインテーマ、「続・夕日のガンマン」よりテーマ。当日になって曲順を大幅に入れ替えている。

今日はステージからは遠いが音は良い3階正面席で聴く。なおポディウム席、2階ステージ横席、3階サイド席は発売されていない。

イタリアはクラシック音楽の祖国ではあるが、名門オーケストラはあっても一流オーケストラはないというのが現状である。指揮者に関してはアルトゥーロ・トスカニーニに始まり、カルロ・マリア・ジュリーニ、クラウディオ・アバド、リッカルド・ムーティ、リッカルド・シャイー、ジュゼッペ・シノーポリ、最近話題のダニエレ・ガッティに至るまで、オーケストラビルダーとしても名高い多くの逸材が生まれているが、イタリア国内はオーケストラコンサートよりもオペラが盛んということもあってオーケストラ自体の名声が上がらない。名門よりもむしろ最近出来たミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団やアルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団の方が高い評価を得ていたりする。

というわけで、機能に関しては余り期待していなかったのだが、想像していたよりもはるかに優れたオーケストラであった。透明な音と朗らかなカンタービレが特徴。管の抜けも良いが、弦はそれ以上に優れており、流石は「弦の国」のオーケストラと感心させられる出来であった。今後も日本でハイレベルな演奏を聴かせてくれそうである。

今回のツアーの指揮を務めるのは、ニコラ・マラスコ。フォッジア・ウンベルト・ジョルダーノ音楽院とペスカーラ音楽院で指揮をピエロ・ベルージやヨルマ・パヌラ、リッカルド・ムーティらに師事。2005年にはジュゼッペ・パターネ指揮コンクールで優勝している。マラスコは曲によってはピアノ独奏も担当しており、多才であるようだ。
「シンドラーのリスト」、「ニュー・シネマ・パラダイス」などではヴァイオリン独奏も務めたコンサートマスターのアントニオ・ペッレグリーノは、ローマ・イタリア管弦楽団の創設者の一人で、ローマ歌劇場第2ヴァイオリン奏者を経て同楽団のコンサートマスターも務めたという経歴の持ち主である。1999年から2003年まではフェーデレ・フェナローリ音楽院やアブルッツォ・ユース・オーケストラでオーケストラ演奏法指導者としても活躍していたそうだ。

ローマ・イタリア管弦楽団は、室内オーケストラより一回り大きめの編成。メンバー表を見たが、ほぼ全員がイタリア人のようである。アメリカ式の現代配置を基本としているが、ティンパニを舞台上手、ヴィオラの隣に置くなど独自性が見られる。「ティファニーで朝食を」より“ムーンリバー”では、出だしがサティの「ジムノペディ」第1番を意識した編曲だったりとアレンジにも凝っている。エレキ音はギターなどは用いず、全てキーボード(赤毛のミレラ・ヴィンチゲラという女性奏者が担当)で出しているようだ。

映画音楽だけでなく、マスカーニやモーツァルトの演奏も優れている。特にマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲はイタリアのオーケストラでないと出せないような絶妙の彩りが特徴である。
指揮のニコラ・マラスコは強弱のコントラストを大きくつけた音楽作りをする。パースペクティヴの作り方も上手い。

アンコールは、ペッレグリーノのヴァイオリン独奏による「愛の賛歌」、更にオーリックの「ローマの休日」メインテーマが再度演奏される。豊かな歌と輝かしい音が印象的であった。

20世紀のクラシック音楽がどんどん歌から離れていく一方で、劇伴やポップスはよりメロディアスなものへと発展を遂げていく。音楽史的には、12音楽を始めとして響きの音楽へと転換していくクラシック部門に耳目を奪われがちになるが、ポピュラー部門に関していうなら20世紀ほど旋律が追求された時代はこれまでなかったように思う。録音技術やマスメディアの発達で世界各国の音楽をいながらにして聴くことが出来るようになったことも大きいだろう。望めば24時間音楽が聴ける環境が整ったことでメロディーの世界は広大無辺は大げさにしても一個人や国家の壁を越えて広がるようになっている。
というわけで、クラシックのコンサートホールでは例がないほど甘い旋律に酔うことが出来た。

 

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2018年4月29日 (日)

これまでに観た映画より(102) 「愛の神、エロス」

DVDで映画「愛の神、エロス」を観る。香港の王家衛、アメリカのスティーブン・ソダーバーク、イタリアのミケランジェロ・アントニオーニの3人の映画監督が「エロス」をテーマにして撮った映画のオムニバス。ミケランジェロ・アントニオーニはこれが遺作となった。

トップを飾るのは王家衛監督の「若き仕立屋の恋(英題:THE HAND)」だが、これが怖ろしいほどの完成度を誇る。
1960代の香港を舞台に、仕立屋のチャン(チャン・チェン)と、高級娼婦ホア(コン・リー)の関係を描いた作品。王家衛監督は、「花様年華」で直接描写を避けることでより強烈にエロティシズムを引き立てることに成功していたが、「若き仕立屋の恋」ではそれが更に徹底されている。キスシーン一つにしても顔は映さず、カメラは手や腰を追う。
直接描写はほとんどないのに極めて官能的な空気が画面から匂ってくる。カメラは人が去った部屋の中を写し続けて、登場人物の声だけが隣の部屋から聞こえたり、誰もいなくなった廊下や階段を映すことで、寂寥感や失望感を引き立たせたり、とにかく洗練された映画手法が次々に繰り出される。
官能的なだけでなく、美しくも悲しい作品。40分ちょっとの映画だが、下手な長編映画よりもずっと見応えがある。
コン・リーとチャン・チェンの演技も最高であり、尺は短いが、これ1本だけで十分客を呼ぶことが出来る。「完璧」に限りなく近い傑作だ。

王家衛に比べると、「オーシャンズ」シリーズのスティーブン・ソダーバークや、「太陽はひとりぼっち」で知られるイタリアの巨匠監督ミケランジェロ・アントニオーニの作品は、“試みとしては面白いんだけどねえ”というレベルに留まる。作品の質が2桁ほど違うといっても過言ではないだろう。ソダーバーク(ラストのどんでん返し)やアントニオーニ(さりげない超リアリズムの手法)も撮ったもの自体は悪くないのだが、相手が悪かった。

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2018年3月 8日 (木)

これまでに観た映画より(99) 「紳士協定」

DVDで映画「紳士協定」を観る。グレゴリー・ペック主演。監督は後に赤狩り問題で裏切りを演じたことでハリウッドから総スカンを食らうことになる、エリア・カザン。1948年のアカデミー賞作品賞受賞作。
反ユダヤというタブーを描いた社会派の作品である。

内容が紋切り型に見えるが、社会は想像するよりずっと紋切り型に出来ているので、あるいは我々の認識よりも、この映画に描かれた社会の方がより事実に近いのかも知れない。そもそもアメリカは徹底した宗教国家であり、ダーウィンの進化論を学校で教えることを禁じている州もあるほどだ。もの凄く保守的なのである。

黎明期からそうだが、ハリウッドにはユダヤ系が多い。日本でもそうだが、芸能界は実業界よりも差別が少ないからだ。ただ、往時はユダヤ人俳優はWASP風の芸名をつけることが常であった。
アカデミー作品賞に輝く作品でありながら、この 画が日本で上映されたのは、アメリカで封切られてから実に40年も後のこと。ハリウッド側がアメリカの暗部を晒したくなかったためと思われる。

問題は、何かというとキスシーンに持ち込んでしまうこと。恋愛を絡めるのも重要だけれど、甘口になりすぎてしまうのが惜しい。

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2018年2月14日 (水)

コンサートの記(344) 大阪フィルハーモニー交響楽団「Enjoy!オーケストラ ~オーケストラで聴く映画音楽の世界!~」

2018年2月9日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団「Enjoy!オーケストラ ~オーケストラで聴く映画音楽の世界!~」を聴く。指揮とお話は大阪フィルハーモニー交響楽団ミュージック・アドヴァイザーの尾高忠明。

大阪フィルハーモニー交響楽団は、フェスティバルホールを本拠地としているが、定期演奏会はフェスティバルホールで行い、その他の企画はザ・シンフォニーホールを使う傾向がある。音響だけとればザ・シンフォニーホールは日本一だと思われるため、使用しないと勿体ない。今回は武満徹とジョン・ウィリアムズという二人の作曲家の作品を取り上げる。

曲目は、第1部が武満徹作曲による、3つの映画音楽(「ホゼ・トレス」、「黒い雨」、「他人の顔」)、「夢千代日記」、「乱」、「波の盆」組曲。「夢千代日記」と「波の盆」はテレビドラマのための音楽である。 第2部がジョン・ウィリアムズ作曲の映画音楽で、「未知との遭遇」メインテーマ、「ハリー・ポッターと賢者の石」メインテーマ、「シンドラーのリスト」メインテーマ、「E.T.」よりフライングシーン、「ジョーズ」メインテーマ、「スター・ウォーズ」メインテーマ。

まず武満の3つの映画音楽。大フィルは元々音量は豊かだが音の洗練については不足気味の傾向がある。初代の音楽監督である朝比奈隆が「愚直」を好み、骨太の演奏を指向したということもある。2代目の音楽監督である大植英次は現代音楽も得意としたが外連を好む傾向にあり、首席指揮者を務めた井上道義に関しても同傾向であったことは言うまでもない。ということで、もっと緻密で繊細な音作りも望みたくなるのだが、洒脱さは出ていたし、まずまずの出来だろう。

演奏終了後、尾高はマイクを手に振り返り、トークを始める。「僕は桐朋学園に学びました。齋藤秀雄という怖い怖い先生に教わりましたが、『尾高! 良い指揮者になりたかったらあんまり喋るな!』」といういつもの枕で笑いを取る。「大阪フィルハーモニー交響楽団は人使いが荒くて、指揮だけでなく話もして欲しい」。ここから武満の思い出となり、「コンピューターゲームが大好きな人でした。うちによく遊びに来てくれて嬉しかったのですが、コンピューターゲームで自分がお勝ちになるまでお帰りにならない」「これは喜ばれると思うのですが阪神タイガースの大ファンでした。阪神が負けた日には話しかけない方が良さそうな」という話をする。雑誌のインタビューで読んだことがあるのだが、尾高はこの話を日本だけではなく海外でも行っており、海外のオーケストラ団員も「タケミツってどんな人?」と興味津々で、この話をすると喜ばれるそうである。

その後、次の「夢千代日記」の話になり、主演した吉永小百合が今でも「バレンタインデーにチョコレートを貰いたい有名人アンケート」で1位を取るという話もする。どちらかというと響きの作曲家である武満徹。世界で彼にしか書けないといわれたタケミツ・トーンは海外、特にフランスで高く評価され、フランス人の音楽評論家から「タケミツは日系フランス人作曲家である」と評されたこともある。ただ武満本人は、「ポール・マッカートニーのような作曲家になりたい」と望んでおり、メロディーメーカーに憧れていた。残念ながらメロディーメーカーとしてはそれほど評価されなかった武満であるが、「夢千代日記」や「波の盆」に登場する美しい旋律の数々は、武満の多彩な才能を物語っている。

「乱」に関しては、監督である黒澤明と武満徹の確執を尾高は話す。黒澤明は武満に作曲を依頼。レコーディングのためにロンドン交響楽団を押さえていた。「ロンドン交響楽団で駄目だったらハリウッドのオーケストラを使ってくれ。ゴージャスにやってくれ」と注文したのだが、武満は岩城宏之指揮の札幌交響楽団を推薦。黒澤は「冗談じゃない!」と突っぱね、ここから不穏な空気が漂うようになる。武満が想定した音楽は黒澤が想像していたものとは真逆だった。
よく知られていることだが、黒澤映画のラッシュフィルムにはクラシック音楽が付いており、黒澤は「これによく似た曲を書いてくれ」というのが常だった。「乱」に関してはマーラーの曲が付いていたことが想像される。黒澤はマーラーのようにど派手に鳴る音楽を求めていたようだ。武満も「強い人だったので」折れず、じゃあ一緒に札幌に行こうじゃないかということになり、札幌市の隣町である北広島市のスタジオで札幌交響楽団に演奏を聴く。黒澤は納得したようで、札幌交響楽団のメンバーに「よろしくお願いします」と頭を下げたそうである。実はこの後、武満と黒澤は更に揉めて、絶交にまで至るのだが、それについては尾高は話さなかった。ただ演奏終了後に、「この音楽はハリウッドのオーケストラには演奏は無理であります」と語った。

武満の映画音楽の最高峰である「乱」。色彩豊かなのだがどこか水墨画のような味わいのある音楽である。巨人が打ち倒されるかのような強烈な悲劇性と群れからはぐれて一人ヒラヒラと舞う紋白蝶のような哀感の対比が鮮やかである。タケミツ・トーンがこれほど有効な楽曲もそうはない。

「波の盆」。尾高は日系ハワイ移民を題材にしたストーリーについて語る。笠智衆、加藤治子、中井貴一が出演。日米戦争に巻き込まれていく姿が描かれている。「あんまり詳しく話すとDVDが売れなくなりますので」と尾高は冗談を言っていた。
叙情的なテーマはよく知られているが、いかにもアメリカのブラスバンドが奏でそうなマーチが加わっていたりと、バラエティ豊かな音楽になっている。武満自身がマニア級の映画愛好者であり、オーケストレーションなどは映画音楽の仕事を通して学んだものである。

ちなみに尾高は子供の頃は指揮者ではなく映画監督に憧れていたそうで、果たせずに指揮者となり「一生を棒に振る」と冗談で笑いを取っていた。


第2部。ジョン・ウィリアムズの世界。最初の「未知との遭遇」メインテーマでは、高校生以下の学生券購入者をステージ上にあげての演奏となった。演奏終了後に子供に話も聞いていたが、今の子供も「未知との遭遇」のテーマは「聴いたことがある」そうである。

尾高は、ジョン・ウイリアムズは武満を尊敬していたということを語る。

ジョン・ウィリアムズは、「ジュリアード音楽院、日本でいうと東京芸大のようなところ」で学び、カステルヌオーヴォ=テデスコに師事した本格派であり、スピルバーグもジョージ・ルーカスも「自分が成功出来たのはジョンの音楽があったから」と語っていることを尾高は紹介する。

「ハリー・ポッターと賢者の石」はスピルバーグ作品でもルーカスフィルムでもなく、クリス・コロンバス監督作品であるが、「ハリー・ポッター」シリーズは、イギリス人の魂そのものだと捉えられているそうである。ミステリアスな曲調を上手く現した演奏であった。そういえば、私が「ハリー・ポッターと賢者の石」を観たのはまだ千葉にいた頃で、富士見町にあるシネマックス千葉での上映を観たのだった。

「シンドラーのリスト」では、今日は客演コンサートマスターに入った須山暢大(すやま・のぶひろ)が独奏を担当。サウンドトラックでソロを受け持ったイツァーク・パールマンのような濃厚さはなかったが技術面ではしっかりした演奏を聴かせる。

「E.T.」よりフライングシーンの音楽。今日取り上げたジョン・ウィリアムズ作品の中で、この曲だけがメインテーマではない。CMでもよく使われる曲で、尾高はピザのCMに使われたものが印象的だったと述べた。大フィルの音楽性には武満よりもジョン・ウィリアムズ作品のようが合っているように思う。

「ジョーズ」メインテーマ。スピルバーグが「28歳ぐらいの時の映画だと思うのですが」「自分より1つか2つ上なだけの人間(尾高は1947年生まれ、スピルバーグは1946年生まれである)がこうした映画を撮るのか」と衝撃受けたそうである。演奏を見ているとかなり高度はオーケストレーションが用いられているのが確認出来る。

今日はチケット完売、補助席まで売り切れという盛況である。尾高によると満員というのが文化の高さの指標になるそうで、以前、新国立でベンジャミン・ブリテンの「ピーター・グライムズ」をやった時、二日とも満員御礼で初日は良かったのだが、二日目に1階席の真ん真ん中2列が空いてしまっていたという。そこはスポンサー関係者用の席で誰も聴きに来なかったようなのだが、2幕の始まりに、ビーター・グライムズ役のイギリス人歌手が尾高の所に飛んできて、「チュウ! チュウというのは僕のことです。『もう歌わない! あそこが空いてるじゃないか!』となりまして」と語った。

さらにチケット完売時の返券(キャンセル)の話になる。尾高がウィーン国立音楽アカデミー(現・ウィーン国立音楽大学)でハンス・スワロフスキーに師事していた時代のこと。ヘルベルト・フォン・カラヤンが毎年夏に自身が主催するザルツブルク音楽祭を開いており、「カラヤン指揮のオペラが聴きたい」と思った尾高はザルツブルク祝祭劇場(カラヤンが大阪の旧フェスティバルホールをモデルに自らも設計に加わって建てさせたもの)まで出掛けた。
帝王カラヤン指揮のオペラなので前売り券は当然ながら完売、尾高は返券を求めて、開場の1時間半ほど前から並ぶことにしたという。午前8時半頃にザルツブルク祝祭劇場の前に着くと、すでに100人ほどが列を作っている。「こりゃ駄目かな」と思いつつ尾高が列に並んでしばらくすると、黒塗りの豪華な車が劇場の前で止まり、いかにも上流階級といった風の男性が降りてきた。男は尾高に、「おい、君は何やってるんだ?」と聞く。尾高が「オペラを聴くために並んでます」と答えると、「そんなことはわかっている。なにをやっていて、どうしてこのオペラを聴こうと思ったのかを聞いている」。尾高がウィーンで指揮を学んでいることを話すと、男性はチケットをくれたという。なんとS席の中でも特等の座席であったそうだ。
男性はカラヤンの知り合いで、毎年、ザルツブルク祝祭劇場でオペラを観ていたのだが、この年はどうしても抜けられない仕事が出来てしまい、「チケットを無駄にしたくないから、音楽を学んでいる奴にやろう」と決めて、目的地に向かう途中で高速道路を下りて、わざわざザルツブルク祝祭劇場に車を横付けしたのだった。

ラストの「スター・ウォーズ」メインテーマ。輝かしい演奏で掉尾を飾った。

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