カテゴリー「映画」の63件の記事

2008年11月28日 (金)

これまでに観た映画より(38) 「アマンドラ!希望の歌」

DVDでドキュメンタリー映画「アマンドラ!希望の歌」を観る。2002年の映画、南アフリカ・アメリカ合作。リー・ハーシュ監督作品。
南アフリカのアパルトヘイトを題材にした作品である。

主題になっているのは、「人種差別」そして「音楽」と「革命」。

アパルトヘイトにより隔離された黒人達は、陽気なメロディーを持つ過激な歌詞で白人への対抗心を高めていく。

そして、世界史上初の「音楽による革命」が起こるのである。

深刻なテーマであるが、陽気な旋律を持つ歌が次々に出てくるためか陰気な感じはない。かつての悲劇を乗り越えたパワーが感じられ、観ている方も勇気づけられる。

そしてここに描かれていることは、決して他人事ではないため、私の心に切実に訴えてくるものがある。現状を覆すには暴力や権力よりも効果的な方法があるのだ。

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2008年11月24日 (月)

これまでに観た映画より(37) 北野武監督「座頭市」

DVDで北野武監督の「座頭市」を観る。出演は、ビートたけし、浅野忠信、柄本明、岸部一徳、夏川結衣、大楠道代、ガダルカナル・タカほか。
音楽的リズムを随所に取り入れ、最後はタップダンスで終わるという異色の時代劇。これまで地上波でも2回ほど放送されている。

「口縄の親分」の正体が早くにわかってしまうが、それはサスペンスを盛り上げるためにあえてそうしているのだろう。顔は出ないが、声と雰囲気ですぐにわかる。
血が飛び散る残酷時代劇のため、R15指定となっている。

病身の妻(夏川結衣)のためにやむを得ずヤクザの用心棒となる服部源之助(浅野忠信)の悲哀が出ているが、例えば「SF サムライ・フィクション」に出てくる風祭蘭之介(布袋寅泰)などに比べると人物造形が浅いかな、とも思う。夏川結衣にももっと見せ場を与えて欲しかった。
とはいえ、エンターテイメントと割り切るなら十分にハイレベル。物語も面白い。

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2008年11月16日 (日)

これまでに観た映画より(36) 「ロボコン」

DVDで映画「ロボコン」を観る。長澤まさみの映画初主演作。ロードショー当時かなり話題になった映画である。「さよならみどりちゃん」の古厩智之脚本・監督作品。出演は長澤まさみのほか、鈴木一真、小栗旬、伊藤淳史、塚本高史、荒川良々、須藤理彩、うじきつよし等。水野真紀も写真のみで出演している。
残念ながら、その後、他の事件でも有名になってしまう国立徳山工業高等専門学校が舞台。

ロボコンはロボットコンテストのことで、ロボットを使ってボックスを積む陣取りゲームのようなもの。高専生のロボット甲子園とでもいうべきもので、毎年NHKが深夜にその模様を録画中継している。「トリック」でブレークしたばかりの仲間由紀恵が司会を務めていたこともあった。

機械好きの父親(うじきつよし)の影響で高専に入ったはいいものの、入った途端にやる気をなくしてしまい、赤点続きで居残り補習を受けることになった里美(長澤まさみ)。しかし、居残り補習の代わりにロボコンに出場すれば単位を上げるという図師先生(鈴木一真)の提案で、徳山高専第二ロボット部に参加、操縦士(リモートコントロール)役でロボコンに出場する。

第二ロボット部は第一ロボット部に馴染めない人達が作ったいわば落ちこぼれ組。中国地方予選で第二ロボット部は初戦で敗退。しかし多くのボックスを一度に積むロボット構造が評価され、特別推薦で全国大会に出場することになる。第二ロボット部のメンバーは、天才的な理系の頭脳を持ちながら他人の感情に余りにも疎い航一(小栗旬)、部長でありながら使いっ走り根性が抜けない四谷(伊藤淳史)、能力は高いのに根気が続かずサボってばかりの竹内(塚本高史)など、一癖ある人ばかり。ロボットに対する情熱はあるのだが、勝ちたいという気力に欠けており、里美は歯がゆい気持ちでいっぱいになる…。

周防正行監督の「シコふんじゃった。」、矢口史靖監督の一連の作品などに通ずるところのある映画。

落ちこぼれの学生が、学業以外の活動で単位を貰おうとするところなどは「シコふんじゃった。」そっくりである。
ただ、勝ちたいという気持ちが大切なのは当然として、勝つばかりが人生の喜びではないというところも教えてくれる。ブラスバンドが自分のチームをコンバットマーチで応援し、敗れると相手(里美のいる徳山高専)を「蘇州夜曲」で讃えるシーンなどは爽やかな感動を呼ぶ。

ロボコンを通じて高専生達が人間的に成長していく様が爽快である。
長澤まさみの可愛いだけではない飄々としたところのある演技も印象的であり、ストーリー展開がオリジナリティに欠けるところや地味さはあるものの、優れた青春映画として多くの人に薦めたくなる一本であった。

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2008年11月 1日 (土)

映画「レッドクリフ」 5人の男診断

映画「レッドクリフ」のYahoo!映画サイトに性格診断ページが登場しました。

現在公開中なのは、5人の英雄の誰に性格が近いかを診断する「5人の男」

http://event.movies.yahoo.co.jp/theater/redcliff/gonin/

私の結果は、「孔明」(演じるのは金城武)。予想通りだった。

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2008年9月19日 (金)

笹野高史 『待機晩成』

副題は「日本一の脇役が語る人生の美学」。オンシアター自由劇場出身で、その後、商業演劇、映画にテレビ、ついには歌舞伎にまで出演してしまった俳優、笹野高史の著書『待機晩成』(ぴあ)を紹介します。

笹野が高校生の頃に、いとこがやった占いで「高っちゃんはね、大器晩成型」といわれ、しかし笹野曰く「大器じゃなくて待機していただけ」で晩成したというのがタイトルの由来です。

笹野高史 『待機晩成』 兵庫県の淡路島に、造り酒屋の四男坊として生まれた笹野高史。子供の頃は「笹野のぼん」などと呼ばれたそうですが、幼い頃に両親が死去し、以後は親戚の家を頼って、男兄弟四人で支え合って育ちます。そんな笹野少年の夢は映画俳優になること。しかし、決して男前とはいえない笹野少年は人前では「映画俳優になりたい」とは口に出来ませんでした。そんな笹野少年の心の支えだったのが、男前でないのに映画の主役を張っていた渥美清。

この本では、笹野高史が、上京して自由劇場の演劇に触れ、1年本ほどの舟乗り生活を経て、串田和美に呼ばれて自由劇場に戻り、10年間、自由劇場の役者として活躍した後(自由劇場にいるのは修行期間に相当する10年間と、本人もなぜかはわからないが決めていたそうです)、商業演劇に移り、それから映画で憧れの渥美清と共演するようになる様が、笹野らしく淡々としたタッチで書かれています。

渥美清との付き合いの他にも、自由劇場時代に出会った柄本明の話、映画「武士の一分」で共演した木村拓哉の話など、演劇ファン、映画ファンならずとも面白い話も収録。

「自分は主役の器ではないけれど……」と思いつつ、映画や演劇の世界に憧れている若い人にも是非読んで貰いたい本です。

笹野高史 『待機晩成』(ぴあ) 紀伊國屋書店BookWeb

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2008年9月12日 (金)

これまでに観た映画より(35) 「セプテンバー11」

DVDで映画「セプテンバー11」を観る。2002年の作品。世界11カ国の映画監督が、2001年9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ(9・11)を題材にして作った、それぞれ11分9秒01の長さのショートフィルムが連続して上映されるというオムニバス作品。日本からは今村昌平監督が参加。本作品が今村昌平の遺作となった。
参加した国は上映順に、イラン、フランス、エジプト、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルキナファソ、イギリス、メキシコ、イスラエル、インド、アメリカ、日本。
9・11発生直後にアメリカで起こった、平和ソング放送規制への反抗からか、表現の自由をテーマにしており、作風の統一は一切見られない。

DVD「セプテンバー11」 当然、シリアスな作品が多い。
メキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督(代表作「バベル」)は、真っ暗の画面を使って、呪文のような声と音楽で独特の雰囲気を作り出し、時折衝撃音を入れている。この衝撃音が何を意味するのかは作品の途中でわかり、ラストのメッセージで、何故、暗闇のままの映像を用いていたのかが明かされる仕掛けになっている。

イギリスのケン・ローチ監督は、チリで起こったクーデターを題材にしている。1970年、民主的な選挙により、チリに共産主義政権が誕生する。しかし共産主義を怖れていたアメリカが内政干渉。アメリカは更にチリ国内の反共勢力を支援、クーデターを起こさせる。
1973年9月11日、CIAの支援を受けたピノチェトが蜂起する。共産政権の大統領であったアジェンデは大統領官邸内に籠もって抗戦、戦死した。
赤狩りを逃れ、ロンドンで暮らす男性(ウラジミール・ヴェガが演じる)を主人公として、アメリカの「正義」に疑問を投げかけ、全ての犠牲者を追悼するという深く苦い味わいのある作品に仕上げている。

シリアスな作品が続く中で、ブルキナファソのイドリッサ・ウエドラエゴ監督は、ブルキナファソの田舎町に現れたビンラディンに似たアラブ系男性を巡るコミカルなムービーを作っている。

今村昌平監督の作品は独特。他の監督が、倒壊する世界貿易センターの映像や、9月11日という日付を使っているのに、今村監督はそうしたものを一切使わずに戦争の狂気を描き出す。舞台はアジア・太平洋戦争終結直後の日本の寒村。戦争から帰還した男(田口トモロヲ)は、すでに発狂しており、自分が蛇だと思いこんで地を這い、ネズミを丸呑みにしたりする。
出演者は豪華。田口トモロヲ、麻生久美子、柄本明、倍賞美津子、丹波哲郎、市原悦子のほか、緒方拳がナレーションを担当し、出演もする。
役所広司もワンシーンだけ出ているが、後ろの方にただいるだけでセリフは全くなし。カメオ出演のようなものとはいえ、贅沢な使い方である。

Movie/セプテンバー 11

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2008年8月29日 (金)

これまでに観た映画より(34) 「リンダ リンダ リンダ」

DVDで日本映画「リンダ リンダ リンダ」を観る。タイトルはザ・ブルーハーツの名曲「リンダ リンダ」から取られている。

何故か、「子猫をお願い」の韓国人女優、ペ・ドゥナ主演の学園ドラマ。主演は他に、香椎由宇、前田亜季ほか。元ザ・ブルーハーツのボーカル、甲本ヒロトの実弟で、俳優の甲本雅裕(元・東京サンシャインボーイズ)も教師役として出演している。山下敦弘監督作品。
前橋や高崎といった群馬県でロケが行われた映画である。

田舎にある芝崎高校の学園祭。出演予定だった女の子バンドだが、トラブルがあり、崩壊寸前の状態にある。響子(前田亜季)は恵(けい。香椎由宇)や望(関根史織)らとバンド再結成を目論む。曲目はザ・ブルーハーツに決定。しかしボーカルがいない。そこで、たまたま通りかかった、韓国からの留学生、ソン(ペ・ドゥナ)をボーカルの起用するのだった…。

ジャズを題材にした「スウィング・ガールズ」に少し似たところがあるが、「スウィング・ガールズ」がずぶの素人が成長していく過程を描いたのに対し、「リンダ リンダ リンダ」は基礎は出来ている女の子達の話であり、それだけに音楽的上達よりも女の子同士の友情に重点が置かれている(とはいえ、例によって、テクニカルタームでいう「妨害」はあり、ここだけは「スウィング・ガールズ」にそっくりである)。

俳優陣はしっかりした演技を見せる。ペ・ドゥナのポニーテールが似合っていないのと、前田亜季がしばらく見ない間に佐藤仁美のようになっていたのが気になるが、物語には影響していない。

ラストのステージのシーンはノリノリでここだけでも見る価値はある。だが、夢のシーンは本当に必要だったのかどうか。

ちなみに同級生を演じてはいるが、最年長のペ・ドゥナ(撮影当時25歳)と最年少の香椎由宇(撮影当時17歳)の年の差は8歳もある。

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2008年8月25日 (月)

これまでに観た映画より(33) 「危険な関係」

DVDでアメリカ映画「危険な関係」を観る。ラクロの小説の映画化。スティーヴン・フリアーズ監督作品。出演、グレン・クローズ、ジョン・マルコヴィチ、ミシェル・ファイファー、キアヌ・リーブス、ユマ・サーマンほか。

パリとその周辺が舞台。フランス革命前夜の貴族達の堕落した生活が描かれる。貴族達はとにかくすることがないので、愛欲のゲームに励んでいる。こんなことをしていたのでは、そりゃ革命も起こされるよな。

メルトイユ侯爵夫人(グレン・クローズ)は、恋人のバスティード伯爵が結婚すると知り、かつて彼女の恋人であり、パリ一のドン・ファンであるバルモン子爵(ジョン・マルコヴィチ)に密かな陰謀を打ち明ける。バスティード伯爵の結婚相手と噂されるセシル(ユマ・サーマン)と関係を持って、バスティード伯爵に恥をかかせようというのだ……。

メルトイユ侯爵夫人とバルモン子爵の、それぞれの寝起きの場面から映画は始まり、二人が運命共同体であることが象徴される。そして映画は、メルトイユ伯爵夫人が泣きながら化粧を落とすという、これまた象徴的な場面で終わる。

心理小説を原作としているだけあって、登場人物の心理攻防戦の描き方が巧みである。バルモンは、相手が相手自身の美質だと思い込んでいるところにつけ込み、また、相手が言葉では拒絶しながら受けいれる姿勢を見せているのがわかっているのに、相手の言葉通りに拒絶を受けいれて相手を焦らせてみせる。

メルトイユ伯爵夫人とバルモン子爵が相似形を成しているように、トゥルベール夫人(ミシェル・ファイファー)とセシルも相似形を成している。トゥルベール夫人は熱心なキリスト教信者であり、セシルは最近まで修道院にいた。
ただ、セシルが経験と共に知性も少々足りない(壷に鍵を落としたセシルは、壷をひっくり返すという発想が出来ず、入るはずのない壷の口に手を突っ込んでいる。バルモンはセシルの知性を最初から見抜いているようで、彼女には早口でまくし立てて考える余裕を与えなかったりする)のに対し、トゥルベール夫人はバルモンの手練手管に翻弄されながら、敬虔さを保とうとする知性の持ち主であり、これが愛欲をゲームとしか考えていないバルモンの感情を狂わせることになる。

俳優達の表情の演技の細かさが特筆事項。それも単なる表情の演技に留まらない。最初に人をあざ笑いながら、当人と会った瞬間に聖女のような顔をしてみるメルトイユ伯爵夫人のあざとさに、見る者は笑ってしまうのだが、二度目に同じ表情をメルトイユ伯爵夫人がした時に人々が見るのはメルトイユ伯爵夫人の悲しさなのである。

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2008年8月16日 (土)

これまでに観た映画より(32) 「赤目四十八瀧心中未遂」

DVDで映画「赤目四十八瀧心中未遂」を観る。車谷長吉(くるまたに・ちょうきつ)の小説の映画化。

現代では数少なくなった私小説の書き手、車谷長吉の作品を映画化するのは難しいと思うが、この作品は原作とは別の力で勝負している。

林海象プロデュース、荒戸源次郎監督作品。出演は、寺島しのぶ、大西滝次郎、大楠道代、内田裕也、大森南朋、新井浩文、麿赤児ほか。

袋小路のような尼崎、主人公の「この世界に受け入れられない疎外感」の映像による表現には限界はあるものの工夫は見られる。

それよりも、この映画では、あや(綾)ちゃん(寺島しのぶ)の「誘う女」、「死神」的色彩が原作よりも遙かに濃く出ている。

主人公の生島が綾の後をつける場面、生島が海岸から戻るときに隧道に入るのだがそこが黄泉への入り口に見える場面、赤目で生島が綾の先を歩いていて、綾が着いてきているのかと、ふと立ち止まる『オルフェウス』を思わせる場面、また、赤目四十八瀧が幻想的でありながら黄泉路をなぞっているところ、また、全てが幻覚であったかのようにも取れるラストなど、「死」的なイメージの連鎖がある。

その「死」的な毒を感じられるかどうかが、この映画に対する好悪を分かつように思う。
主人公・生島を演じる大西滝次郎は、これが映画初出演となる新人だが、モノローグやナレーションが弱い。ダイアローグでは決して上手くない演技も朴訥さとして生きるが、一人語りでは経験の乏しさが如実に出てしまっている。

寺島しのぶは何だかんだといわれるが良い。原作に惚れ込んで自ら綾役を申し出たというだけのことはある。

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2008年7月26日 (土)

これまでに観た映画より(31) 「4人の食卓」

DVDで韓国映画「4人の食卓」を観る。「猟奇的な彼女」のチョン・ジヒョン主演のサイキック・ホラー。亡霊が現れたり、DVがあったり、飛び降り自殺や、小さな子供がバックしてきたトレーラーのタイヤに押しつぶされるなどショッキングな場面も多い。

中田秀夫監督や黒沢清監督、森田芳光監督の映画に作風が似ているがあるいは参考にしたのだろうか。うずまき模様は多分、アルフレッド・ヒッチコック監督の「めまい」へのオマージュだろう。

脚本は非常に良く練られている。主人公達が持つ心の暗部。それへの恐怖が絶妙に表現されている。

脚本・監督は韓国の新進女性画監督、イ・スヨン。
チョン・ジヒョンは「猟奇的な彼女」とは180度違う、心に闇を抱えた女性を全編ノーメイクで演じている。

チョン・ジヒョン演じるヨンの住むマンションの1階の広くて柱の林立する空間など、撮影場所の選び方も上手いと思う。

若干、演出よりも脚本が勝った感じがするが(例えば、母親が持つ「子供に喰い殺されるかも知れないという恐怖」や、それとは逆に子供が持つ「母乳を飲むことで母親から栄養を奪って殺してしまうかも知れないという恐怖」はまんまフロイトであり、理屈が強いように思う)良い作品だ。ショッキングな像で見るものを怖がらせるタイプのホラーではなく、心にじんわり染み込んでくるタイプの怖さを持つ映画。

ヨンは霊媒の能力の持ち主なのだが、もしも実際は単にナルコレプシーによる妄想癖を持つだけなのだとしたら、あるいはそちらの方が怖いかも知れない。どこまでが本当でどこまでが嘘なのか。あるいは本当よりも嘘の方が人間には重要なのかも知れないけれども。

他者から理解されない孤独感や、自らの存在によって他者が不幸になっていくのではという罪の意識が痛々しいほど良く出ている。
他者への愛情とそれに報いて貰えない憎しみ、それが「自分に問題があるのでは?」という自分への懐疑や憎しみへとフィードバックしていく。そしてその思いがまた他者へと…。どこまでいっても答えの出ない螺旋階段のような自意識の葛藤。あるいは劇中に出てくる渦巻き模様はそのメタファーなのか?

知ることは幸福なことなのかという問いかけがある。何度も繰り返されたテーマではあるがやはり考えさせられる。
ホラーではあるが、悲しい、この上なく悲しい人間ドラマがきちんと描き込まれており、好印象を持った。

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2008年7月19日 (土)

これまでに観た映画より(30) アルフレッド・ヒッチコック監督作品 「汚名」

DVDでアルフレッド・ヒッチコック監督作品「汚名」を観る。ケイリー・グラント&イングリット・バーグマン主演。
ブラジルのリオデジャネイロを舞台に繰り広げられる諜報活動もの&恋愛もの。

アリシア(イングリット・バーグマン)の父親が逮捕された。長年アメリカでドイツの諜報員として活躍したのだ。懲役20年を言い渡される。

気晴らしのために自宅でパーティーを開くアリシア。そのパーティーに見知らぬ男が呼ばれていた。男の名はデブリン(ケイリー・グラント)。男前のデブリンに惚れるアリシアであったが、実はデブリンは警察の人間であり、リオデジャネイロで活動してるナチスドイツの残党をアリシアにスパイさせようと目論んでいたのだった…。

おなじみヒッチコックシャドー(濃く長い影)や、毒の入ったコーヒーカップをクローズアップで追い続けたり、ナチスドイツの残党・セバスチャンがウラニウムを隠しているワイン保管庫での二人の活動と、またその活動を行ったのがパーティーの日であり、客に出すワインが足りなくなって、セバスチャンとワイン係が保管庫までやって来る過程を同時進行で映したりと、スリルを煽る手法のお手本のような名演出が次々に繰り出され、そのことに感心する。今更いうまでもないことだがヒッチコックは凄い。

例によって、呆れるほど惚れっぽい男女の登場にはつい笑ってしまうのだが、これも当時のハリウッドの甘口路線の王道だ。

高校時代に私はヒッチコック映画を集中して観た。だからヒッチコックの作品を観ると自然に青春の匂いを思い出す。懐かしい。

ところで、「汚名」に主演した、「天下の二枚目」ケイリー・グラントも、「20世紀最高の美女」イングリット・バーグマンも幼少期や晩年は決して幸福ではなかった。そういうハリウッドスターは多いが、この二人はその典型ともいうべき人生を送っている。

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2008年7月18日 (金)

これまでに観た映画より(29) 「花よりもなほ」

DVDで日本映画「花よりもなほ」を観る。原案・脚本・監督:是枝裕和。主演:岡田准一、出演は、宮沢りえ、田畑智子、香川照之、古田新太、國村準、加瀬亮、上島竜兵、夏川結衣、木村祐一、原田芳雄、寺島進、浅野忠信ほか。

頃は元禄、松の廊下での刃傷騒ぎのあった直後、松本藩士・青木宗左右衛門(岡田准一)は、父の仇を討つべく、江戸のボロ長屋に三年間潜伏を続けて、仇の行方を追っている。だが、実は仇である金沢十兵衛(浅野忠信)はすでに見つかっていた。しかし、宗左右衛門は剣の腕の弱さと生来の優しさから、今は後家と契りを結びんで実子でない子を養っている金沢を討つことが出来ないでいる。

一方、主君の仇を討つべく、赤穂浪士達は、宗左右衛門の住む長屋に潜む小野寺十内(原田芳雄)らのもとに詰めかけていた……。

仇討ちをテーマにしながら、散ることよりも生かすことの大切さを伝える痛快な作品である。「散る」のは確かに格好いいけれども、格好付けようとした格好良さであり、人間として(見栄えはしないが)本当に格好良いのは、生かすこと、生きることであるとする訴えが爽快である。

これは傑作だ。

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2008年7月11日 (金)

これまでに観た映画より(28) 「リトル・ダンサー」

DVDでイギリス映画「リトル・ダンサー」を観る。2000年制作。スティーヴン・ダルドリー監督作品。

1984年、イギリス北部の炭坑の町。11歳のビリー・エリオットはボクシングをやっているが、彼にはやる気がない。そんなある日、工事のため下の階でやっていたバレエレッスンをボクシングをやっている体育館の脇でやることになる。もともとダンスのとりこだったビリーはレッスンを見ているうちにバレエに次第に惹かれていくのであった。しかし炭坑の町だけに父親は、「男らしくない」と強硬に反対し……。

ビリー・エリオットの成長を描く爽快な一編である。観ていてワクワクする。ここにはドラマがある。現代人はドラマを好まなくなったなどと、利いた風に人は言うけれど、そんなわけがないことがこの映画を見ればわかると思う。
映像の美しさも特筆事項。そして、無惨な炭坑の町をきちんと描くという社会的な部分も決して忘れていない。見応えのある作品である。

原題は「ビリー・エリオット」。その名の通り、バレエを描くと言うよりも、むしろビリーという少年をきちんと描いている。家族の愛の強さと大切さもちゃんと教えてくれる。
6歳でダンスを始め、2000倍のオーディションを勝ち抜いた、ビリー役のジェイミー・ベル(1986年生まれ)の見事なダンスにも瞠目。観て絶対に損はしない一本である。

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2008年7月 5日 (土)

これまでに観た映画より(27) 「蒲田行進曲」

DVDで日本映画「蒲田行進曲」を観る。階段落ちのシーンで知られる作品である。原作&脚本:つかこうへい、監督:深作欣二。出演は、松坂慶子、風間杜夫、平田満、原田大二郎、蟹江敬三、石丸謙次郎、萩原流行ほか。JACの千葉真一、真田広之、志保美悦子が本人役で友情出演している。

「蒲田行進曲」というタイトルなのに舞台は京都。松竹映画なのに、東映京都撮影所を中心に繰り広げられる物語で、監督も東映の深作欣二というひねくれた作品である。

スターだが、実生活では女ったらしの駄目男、「銀ちゃん」こと倉岡銀四郎(風間杜夫)、大部屋俳優の「ヤス」こと村岡安次(平田満)、かつては映画女優だったが今は全く売れていない小夏(松坂慶子)。普通の人生からは完全にはみ出てしまっている人が織りなす人情劇、というのもひねくれている。

くさい芝居が売り物の銀ちゃんだが、銀ちゃん役の風間杜夫を始め、出演者全員がくさい芝居をする。というより、くさい芝居でないと観ていられないし面白くない映画だろう。そういう映画もある。

笑えるシーンはたくさんあるが、基本的には人間ドラマ。今はもう時代遅れな気もするけど泣かせるねえ。私は泣かなかったけれど。
笑いを武器に、アングラ演劇第二世代を独走した、つかこうへいは、「私はコメディなどというゲスなものを書いたことは一度もありません」と語っているが、本音だろう。この映画を観てもそれはうなずける。

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2008年6月27日 (金)

「みかんのたいきょく」

1982年、私が11月には8歳になるその年に、テレビで「みかんのたいきょく」というタイトルの映画のCMが流れていました。7歳か8歳だったので、「みかん」というと「蜜柑」しか思い浮かべることが出来ず、CMの中に蜜柑が出てこないことを不思議に思ったのを憶えています。

小学校も高学年になると、「未完」という言葉を知るようになりますので、「みかん」とは「未完」のことだと察しがつきました。シューベルトの未完成交響曲のことも知るようになったので、あのとき見た「みかんのたいきょく」とは「未完の大曲」のことなんだと思い、そのまま数年が経ちました。

19歳のある日、ぴあから出た日本映画に関するデータ集を読んでいて、そこで初めて私は、「みかんのたいきょく」の正体が「未完の対局」であったことを知ることになります。まさか碁と将棋の映画であったとは、その時まで思いつきもしませんでした。

「未完の対局」は日中合作映画で、ロードショー時の評価はかなり高かったそうですが、日中合作ということで利権の問題もあるのか、DVDもまだ出ていないという状態です。今すぐに観てみたいとは思いませんが、いずれ観てみたい映画の一本です。

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2008年6月24日 (火)

これまでに観た映画より(26) 「欲望という名の電車」

DVDでハリウッド映画「欲望という名の電車」ディレクターズカット版を観る。テネシー・ウィリアムズ原作・脚色・脚本、エリア・カザン監督作品。出演は、ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランドほか。

テネシー・ウィリアムズの名作戯曲の映画化である。演劇界出身で、舞台「欲望という名の電車」の演出を手がけたこともあるエリア・カザンが、ロンドンで主役のブランチ・デュボアを演じたことのあるヴィヴィアン・リーを映画版の主役に抜擢し、他の出演者は自らが演出したニューヨークの舞台に出ていた俳優をそのままスクリーンに登場させている。

「風と共に去りぬ」で有名なヴィヴィアン・リーは、演技にややムラが感じられるが、狂乱の場の演技は流石である。若きマーロン・ブランドのギラギラとした輝きを放つ演技も見物である。狂気の表出の演出には古さを感じるが、世評通り必見の名画である。

映画「欲望という名の電車」は検閲により、原作にある同性愛の下りの許可が下りなかった上、不道徳だとして他の場面も大幅に切り刻まれたが、このDVDではカットされた部分を含めて全て観ることが出来る。しかしカットされて牙を抜かれた格好となったにもかかわらず、映画「欲望という名の電車」は封切り当初、批評家から「スクリーンに乗せるべき題材ではない」などと酷評されたという。

映画が完成した翌年、共産主義者ではないかとの疑いを受けたエリア・カザン監督は、身の潔白を証明するために、赤狩りに積極的に協力。これによりカザンはのちにハリウッドから総スカンを食うことになるのだが、「欲望という名の電車」の件といい、赤狩りといい、当時のアメリカがいかにファナティックであったかを示す話である。

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2008年6月22日 (日)

『蟹工船』と『戦艦ポチョムキン』

プロレタリア文学の最高峰であり、最近再び注目を浴びている小林多喜二の『蟹工船』。カムチャッカ(作品中ではカムサツカ)沖で蟹漁を行うオンボロ工場船における労働者の悲惨としかいいようのない待遇と、上官(特に浅川監督)の人を人とも思わない非人間性を渾身の筆で描き抜いた作品です。

小林多喜二 『「蟹工船」「一九二八・三・一五」』(岩波文庫) 蟹工船には即戦力になるよう、農村から学のある真面目な若者を労働者として雇っていましたが、若者は学があるために「ストライキ」なるものを漁夫に教え、広め、船員達はストライキを敢行。一応の成功を見ます。しかし……。

岩波文庫に併録されている「一九二八・三・一五」では、共産主義のために活動している個々や団体に焦点を当てて書いた小林多喜二ですが、「蟹工船」は、それとは真逆の群衆劇であり、労働者側の個々の個性がなるべく目立たないように工夫されています。

附記という形で語られるストライキの顛末が楽天的に過ぎるのではないかという弱点はありますが、執筆当時25歳だった小林多喜二としては会心の出来だったと思われます。資本家のみならず、帝国主義の軍隊、全体主義の大日本帝国の国策、更には「献上品」の蟹という形で出てくるトップへの批判など、相当の勇気を持って書かれた作品であり、視野の広さという点において、私小説的なものから抜け出せなかったそれまでのプロレタリア文学から一歩進んだ小説であるといっていいでしょう。

『蟹工船』とよく似た設定を持った映画として多くの人が思い浮かべるのが、世界映画史上屈指の名作として知られる『戦艦ポチョムキン』。実際にあった事件を基にして作られた映画であり、監督は「モンタージュ理論」の完成者として知られるセルゲイ・エイゼンシュタイン。1925年のサイレント作品ですが、本国であるソビエトでも検閲に次ぐ検閲で満足の上映されないという状態でした。日本で上映されたのは第二次大戦が終わってから。ということで、設定は似ていますが、小林多喜二が『蟹工船』のモデルとしたという事実はありません。

DVD『戦艦ポチョムキン』 しかしエイゼンシュタインもソ連のプロレタリア芸術協会の会員であり、世界中で資本階級と労働者階級の軋轢が露見しつつある時代であったということもあり、『蟹工船』と『戦艦ポチョムキン』のシンクロニシティは必然として起こったと見ることも出来ます。

『戦艦ポチョムキン』は、1905年に起こった「ポチョムキンの反乱」を題材として撮られた映画であり、ウジのわいた肉を食べさせられるなどした水兵達が不満を爆発させ、ストライキを決行。上官達は水兵達を抑えつけようとし、銃殺までしようとしますが、最後は水兵側が勝利。
映画のラストでも水兵の勝利が描かれていますが、これは史実ではなく、実際は、反乱を起こした水兵達は死罪に処せられました。

IVCから出ている「戦艦ポチョムキン」のDVDには、なつかしの淀川長治による解説が収められています。

小林多喜二 『蟹工船 一九二八・三・一五』(岩波文庫) 紀伊國屋書店BookWeb

Antonov / Eizenstein/戦艦ポチョムキン Bronenosets Potyomkin

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2008年6月10日 (火)

これまでに観た映画より(25) 「グランド・ホテル」

DVDで映画「グランド・ホテル」を観る。名画として知られるが、まだ観たことはなかったのでレンタルビデオ店で探してきたのだ。
GGの愛称でも知られるグレタ・ガルボ出演作。1932年制作のアメリカ映画。

「グランド・ホテル」はベルリンの同名ホテルに集まる人々による群像劇。盛りを過ぎたバレリーナ、こそ泥、婿入りワンマン社長と彼にこき使われていた従業員、タイピストの女性などがこのホテルに泊まり、出会い、それぞれの人生の断片を見せ、去っていく。
脚本がよく練られており、「通り過ぎる場所」としてのホテルの哀感を出すことにも成功している。

ガルボはこの時27歳であるが、現代の27歳より大分年上に見える。他の俳優も現代の同年代の俳優に比べると落ち着いて見える。戦前の人は同じ年の頃であっても現代人に比べると10歳老けて見えるという説があるそうだが、それは本当のようだ。
ただ調べてみると、当時でもガルボは実年齢より上に見られがちだったそうで、本人も自分が老けてみられることをやはり気にしていたそうだ。そのためかガルボは36歳で引退してしまい、生涯独身を通し、引退以降はマスコミの前に出ることも一切なかったという。

それにしても1932年にアメリカはこれほどまでに洗練され、計算された映画を作っているのだ。こんな映画を作っている国と戦争しても日本は勝てるわけがない。

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2008年6月 4日 (水)

これまでに観た映画より(24) 「藍色夏恋」

DVDで台湾映画「藍色夏恋」を観る。イー・ジーイェン監督作品。チェン・ボーリン、グイ・ルンメイ主演。2001年の作品。
高校を舞台にした恋愛映画である。

師範大学付属高に通う女子高生のモン・クーロウ(グイ・ルンメイ)は、親友のリン・ユエチェン(リャン・シューフイ)と、ユエチェンが好きなチャン・シーハオ(チェン・ボーリン)という男の子の間を取り持とうとする。しかし、チャン・シーハオにユエチェンを紹介しようとしたところ、肝心のユエチェンが姿を消していた。チャンは「ユエチェンなんて本当はいないんだろう」と決めつけ、モン・クーロウを好きになり始めてしまう。

まず独特の色彩美に溢れる映像が美しい。肝心なシーンではセリフをほとんど使わず、動作で心理を表現する手法も上手いと思う。
爽やかな青春映画ではあるけれど、単純な青春賛美には終わらず、かといって暗さは排除してある。
ピアノによるシンプルな映画音楽も素敵だ。
傑作ではないかも知れないけれど、愛すべき佳編である。

ちなみに劇中に、「木村拓哉」の名前が出てくる。キムタクが台湾でも大変な人気であることがわかる。

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2008年5月31日 (土)

これまでに観た映画より(23) 山中貞雄監督作品「丹下左膳余話 百萬両の壷」

DVDで1935年制作の日本映画「丹下左膳余話 百萬両の壷」を観る。天才と呼ばれながらわずか28歳(数え年で29歳)で夭逝した山中貞雄監督の満25歳時の作品。大河内傳次郎主演。出演は喜代三(きよぞう。またの名を新橋喜代三〈しんばし・きよみ〉。のちの中山晋平夫人である)、四代目沢村国太郎(長門裕之、津川雅彦の父親)、花井蘭子、深水藤子ほか。大映京都制作。右目と右腕のない剣豪・丹下左膳を主人公にしたコメディー時代劇。カットされた大立ち回りのシーン(ただし音声はなし)も含めた完全版。

「丹下左膳 百萬両の壷」は、津田豊滋監督、豊川悦司の主演でリメイクされているが、やはりオリジナルの方がずっと面白い。大河内傳次郎の丹下左膳は腕は立つが普段は駄目男という丹下左膳像が良く出ているが、トヨエツの場合は駄目男をやらせても格好良すぎて笑えないのである。

当時、当代一の芸者として鳴らし、歌手としても活躍していた喜代三の歌と演技も素晴らしく、江戸女の粋を見事に再現している。

山中演出はシーンの飛ばしや、セリフの間の置き方が絶妙で、観ていて大笑いしてしまうシーンも多数。25歳でこれだけの映画を取ることの出来た山中の早世が今更ながら惜しまれる。

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どうでもいいことかも知れませんが

映画「ロルカ、暗殺の丘」でロルカを演じたアンディ・ガルシアとリッカルド・ムーティは似ていると思いませんか?

アンディ・ガルシアとリッカルド・ムーティの両方を知っている人がどれぐらいいるのかわかりませんが。

アンディ・ガルシアといえば、何といってもケビン・コスナー主演の「アンタッチャブル」が良かったですね。

シカゴ駅での階段落ちの場面、

「狙いは?」
「完璧です」

うーん、格好いい。

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2008年5月27日 (火)

これまでに観た映画より(22) 「バベル」

2007年6月1日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、「バベル」を観る。メキシコ出身のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品。出演は、ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、菊池凛子、二階堂智、役所広司ほか。音楽は既成のものが使われ、ラストシーンでは坂本龍一の「美貌の青空」(ピアノ&ストリングス・バージョン)が流れる。

モロッコ、アメリカ南部とメキシコ、東京を舞台とした作品。3つの場所での出来事が微妙に関わっている。

モロッコで、少年が遊び半分でライフルを撃つ。その弾がアメリカからの旅行客・スーザン(ケイト・ブランシェット)の首に命中する。

アメリカ南部、アメリカ人の家で乳母をしているメキシコ出身のアメリアは、主である夫妻が外国旅行に出ている間、留守と主夫妻の2人の子供を預かっている。しかしメキシコでアメリアの息子の結婚式がある日、代わりに来るはずだった育児担当者が来られなくなってしまう。やむなく2人の子供とともに国境を越えるアメリア。

東京、耳と口の不自由な女子高生・チエコ(菊池凜子)は孤独の底にいた。

モロッコと、アメリカ南部およびメキシコ編は、砂漠という大自然の前に無力な人間の姿が描き出され、ベルトルッチ監督の「シェルタリング・スカイ」を思い起こさせる。ブラッド・ピットとケイト・ブランシェットが夫婦を演じるモロッコ編は特にそうだ。

東京では、最先端の都市(少なくとも映画の中では東京は世界最先端の街として登場する)に生き、裕福な家庭に育ち、夜景の素晴らしい高層マンションに住みながら、そうした恩恵から遠い少女の姿が描かれる。

別の人が言えないでいる言葉を別の場面にいる他の人間に語らせるなど、意欲的な演出が光る。

本質的には人間存在の不安定さに重点を置いた重い作品である。
やむにやまれぬ事情が重なったということもあるのだが、やらずもがなのことをしてしまう人間という生物の本質でもある「愚かしさ」に歯がゆさを覚え、同時に人間の弱さに胸を痛める。

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2008年5月15日 (木)

これまでに観た映画より(21) 「過去のない男」

DVDでフィンランド映画を観る。「過去のない男」。監督は、フィンランド映画といえばこの人、アキ・カウリスマキ。

有名なので書くまでもないことだが、アキ・カウリスマキは男性である。フィンランドではアキ、ミツコ、ミカなどは男性のごく一般的なファーストネームである。

3人組の暴漢に襲われ、記憶をなくした男が主人公。家を借り、仕事を始め、女性を愛するという記憶喪失ものの王道パターンを行くのだが、非常に面白い。記憶喪失者にとって現実は厳しいが、周囲の人との心の交流により(それも比較的淡々とした交流である)、以前よりももっと幸福になるストーリーは心温まる。

主人公は身元が判明し、家に戻るが妻とはすぐに離婚することになる。その帰りの汽車の中で男は寿司を食べ、日本酒を飲むのだが、なぜかその車両にはクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」がBGMとして流れている。あのシーンの意味は何なのだろう? 

悲惨な人間像をユーモアを込めた視線で温かく見守るというカウリスマキ監督の作風が最も良く現れた作品である。

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2008年5月 6日 (火)