カテゴリー「映画」の177件の記事

2018年12月 9日 (日)

これまでに観た映画より(112) 北野武監督作品「アキレスと亀」

DVDで日本映画「アキレスと亀」を観る。北野武監督作品。出演、ビートたけし、樋口可南子、柳憂怜、麻生久美子、中尾彬、伊武雅刀、徳永えり、大杉漣、筒井真理子、大森南朋ほか。

芸術を志した倉持真知寿という男の悲喜こもごもの人生を描く。

群馬県の富豪の家に生まれた真知寿は、絵画好きの父親(中尾彬)の影響もあって幼い頃から絵を描き始める。やがて真知寿の父親の会社は倒産。父親は自殺し、父親の弟(大杉漣)の家に預けられた真知寿は冷たい仕打ちを受け、やがて養護施設に引き取られる。

成人した真知寿(柳憂怜)は印刷会社で働きながら絵の学校に通うが、志を同じくする仲間が一人また一人と減っていく。そんな中で真知寿は幸子(麻生久美子)という伴侶を得た。

中年になった真知寿(ビートたけし)は幸子(樋口可南子)とともに制作を続けるのだが、絵はやはり売れない……。

少年時代の真知寿は哀しく、青年時代の真知寿は寂しげだが、中年になって幸子と共に制作を続ける真知寿の姿はまるでコントのよう。ここのペーソスとユーモアの対比とバランスは見事である。

そして、ほっとさせられるラストシーン。真知寿は芸術を必死で追い続けていたが、それよりも大切なものをすでに見つけていたのだ。

見終わって少し温かい気持ちにさせられる作品である。

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2018年12月 8日 (土)

観劇感想精選(271) 椎名桔平主演「異人たちとの夏」

2009年7月28日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

大阪へ。梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで行われる「異人たちとの夏」を観るためである。

「異人たちとの夏」は午後7時開演。原作:山田太一、脚本・演出:鈴木勝秀。主演:椎名桔平。出演は、内田有紀、甲本雅裕、池脇千鶴、羽場裕一ほか。ほかといっても他には女優が一人出ているだけなのだが、パンフレットを買わなかったので名前はわからない。

映画「異人たちとの夏」は結構好きな作品で、これまで何度も観ている。

ライターの原田(椎名桔平)は都心のマンションで一人暮らし。離婚したばかりで、家を引き払い、仕事場だったマンションの一室に今は住んでいるのだ。原田が住んでいるマンションには企業が多く入っており、深夜になると静寂に支配される。ある夜、同じマンションに住む藤野桂(内田有紀)という女性が原田の部屋を訪ねてくる。シャンパンがあるのだが、一人では飲みきれないので一緒にどうかと桂はいうのだった……。

場面が移動するために、暗転が多くなるのが舞台版の欠点ではある。でもそれは舞台用に作られた作品ではないので仕方のないことだ。脚本、演出ともに良く工夫されており、物語を楽しむ上では何の問題もなかった。

主演の椎名桔平は出ずっぱり。ということもあってか、上演時間約2時間の作品であったが途中に休憩が入った。

役者陣は全員、熱演。前の方の席だったが、椎名桔平と池脇千鶴は細やかな表情の演技をする。内田有紀は大変な熱演だったが、セリフの間をもう少し開けるとより自然だったように思うのだが。彼女もブランクをまだ埋め切れていないのかも知れない。

特に新しい発見はなかったが、安定感のある舞台だったと思う。

ちなみにすき焼きを囲むシーンだが、その場で本当に煮て作っており、芳香が漂っていた。

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映画「告白」より

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2018年12月 5日 (水)

これまでに観た映画より(111) 「ペルセポリス」

DVDでフランスのアニメーション映画「ペルセポリス」を観る。テヘラン生まれでパリ在住のマルジャン・サトラビの半自伝的作品。監督:ヴァンサン・パルノー&マルジャン・サトラビ。

イランのテヘランに生まれたマルジャン。時代は国の王制が廃されて共和制に移行しようという時だった。その後、共産主義者の粛正があり、イラン・イラク戦争が始まる。マルジャンは戦災を恐れた両親によってウィーンに留学させられる。しかし、マルジャンはそこで居場所を発見出来なかった……。

イランの近現代史を知る上でも興味深い映画。マルジャンとマルジャンの祖母が「ゴジラ」を映画館で観るシーンがあり、日本との接点が見つかるのも面白い。

それにしても、映画に描かれる粛正の多いこと。戦後の平和な日本から見ると、イランという国は同じ時代に壮絶な歴史を辿っていることがわかる。そういう国で生まれ育つというのはどういうことなのだろうか。国家と国民、政治や風習と市民というテーマについても深く考えさせられる作品であった。

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これまでに観た映画より(110) 「紙屋悦子の青春」

DVDで日本映画「紙屋悦子の青春」を観る。原作:松田正隆、監督:黒木和雄。出演は、原田知世、永瀬正敏、本上まなみ、松岡俊介、小林薫ほか。

昭和20年3月末から4月半ばまでの鹿児島県の田舎を舞台にした映画。

紙屋悦子(原田知世)のところに縁談が来る。相手は長与長政という青年(永瀬正敏)。明石という男(松岡俊介)の紹介である。悦子と明石とは旧知の仲で、悦子には明石のことを好いている節がある。しかし明石は出征が近く、長与に悦子のことを任せるつもりでいた……。

演劇的な手法が目立つ映画である。脚本は松田正隆ではないが、せりふ回しから間から何から演劇的な色合いが濃い。

淡々と進む中におかしみと悲しみが交錯する佳編と呼ぶに相応しい出来。小津安二郎が好きな人には薦められる作品である。

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2018年12月 1日 (土)

これまでに観た映画より(109) 三谷幸喜監督作品「ザ・マジックアワー」

DVDで日本映画「ザ・マジックアワー」を観る。三谷幸喜:脚本&監督作品。出演は、佐藤浩市、妻夫木聡、深津絵里、西田敏行、戸田恵子、浅野和之、小日向文世、伊吹吾郎、寺島進、香川照之ほか。有名俳優がカメオ出演で多数登場している。

ホテルの支配人の備後(妻夫木聡)がマリ(深津絵里)と関係を持ったことがボス(西田敏行)にばれた。殺されそうになる備後とマリ。だが、ここで備後は機転を利かせてボスを狙った殺し屋のデラ富樫と知り合いであり、富樫を連れてくることが出来るとボスに告げる。

何とか命拾いした備後だが、富樫と知り合いというのは全くの嘘。そこで、映画ということにして売れない俳優の村田(佐藤浩市)にデラ富樫を演じさせることにする……。

と、筋書きだけ書くと荒唐無稽に思えるが、セリフのすれ違いの妙など、三谷幸喜の得意技を生かした面白い仕上がりの映画になっている。

三谷幸喜はもともと映画作家志望であったが、演劇での仕事が長かっただけに、映画を撮っても本当の意味での映画的でなく、どこか演劇的な要素を持った映画になっていたが、この「ザ・マジックアワー」は真の意味で映画的な映画になっていると思う。三谷がこれまでに撮った映画の中で一番の出来であろう。

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これまでに観た映画より(108) 「レインマン」

DVDでアメリカ映画「レインマン」を観る。ダスティン・ホフマン、トム・クルーズ主演作。

車のディーラーであるチャーリー(トム・クルーズ)の元に疎遠な関係にあった父の訃報が届く。葬儀に出たチャーリーだが、300万の遺産は父の遺言によって相続できず、車と父の自宅のバラ園だけを相続することに。納得のいかないチャーリーは300万の遺産を相続することになる人物を探す。見つかったのは今まで存在すら知らなかった年の離れた実の兄・レイモンド(ダスティン・ホフマン)。レイモンドは自閉症(サヴァン症候群でもある)を持っており、金銭の価値がわからないという。そんな兄に遺産を全て持って行かれては堪らないと、チャーリーはレイモンドを誘拐同然にして収容されていた施設から連れ出してしま う……。

遺産にとらわれていたチャーリー、自己が規定する世界にとらわれているレイモンド、互いがとらわれを超えて心の交流が行えるまでになる過程を描くヒューマンドラマである。レイモンドの姿はチャーリーの合わせ鏡に映った姿でもある。他者と接することで新たなる自分に出会うという二重の意味において。

ダスティン・ホフマンの自閉症者になりきった高い演技力には脱帽させられる。余りにリアルすぎて私もチャーリーのようにイライラさせられてしまった。それが本来なら感動させられるはずの場面が取って付けられたように感じられるというマイナス面にも繋がったのだが。

近くない将来、自分がもう少し成長できたら見返してみたいドラマだとも思った。

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2018年11月27日 (火)

「シェルタリング・スカイ」テーマ

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2018年11月26日 (月)

観劇感想精選(269) こまつ座第124回公演「母と暮せば」

2018年11月17日 びわ湖ホール中ホールにて観劇

午後2時から、びわ湖ホール中ホールで、こまつ座第124回公演「母と暮せば」を観る。山田洋次監督の同名映画の舞台化。原案:井上ひさし、作:畑澤聖悟(はたさわ・せいご)、演出:栗山民也。出演:富田靖子、松下洸平。

上演時間約80分の一幕もの二人芝居。舞台転換、休憩共になしである。


1948年8月9日の長崎。助産婦をしている母・伸子(富田靖子)が食事をしていると、亡くなったはずの息子・浩二(松下洸平)が現れる。幽霊と知りながら息子に接する母は、浦上にある官立長崎医科大学に通っていた息子の最期の様子などを知る。実は母は助産婦を辞めていた。その理由を息子に言い当てられ……。

戦争の悲惨さと、原子爆弾の残虐さを照射する作品である。戦争が終わり、長崎にやって来た米兵達は、被爆者を標本としてしか扱わず、自らの行いを虐殺とは思っていない。クリスチャンである信子は、原爆を運命だと受け入れようとするシスター達に反発を覚える。

世界から取り残されつつある母親に寄り添う息子、そして生きることと、生を司る助産婦として命のバトンを受け継ぐことを決意する母親の姿に心温まるものや清々しさを感じるのだが、「その後」を想像するとやりきれない思いも感じる(映画とはラストが異なる)。
長崎で起こったことを風化させないという意思が感じられる物語であり、被害者であるにも関わらず虐げられる被爆者達が、キリシタンの姿と重ね合わされ(親子は「耶蘇はおくんちにも精霊流しにも出るな!」と差別された経験があるそうだ)、人間の業を告発する。
そんな中にあって、母親役の富田靖子の声や雰囲気の温かさに心が和らいだ。


本編上演後にポストパフォーマンストークがある。出演は、こまつ座代表の井上麻矢(井上ひさしの三女)、富田靖子、松下洸平の3人。東京ではアフタートークという名称だったそうでで、松下は「パフォーマンスって、なんか踊ったり歌ったりしなきゃいけないみたい」と言っていた。

松下は琵琶湖を見るのは今回が初めてとなるそうで、大津港に大噴水があり、夜にはライトアップされている姿を見て「シンガポールみたい」と思ったそうである。
富田靖子は、舞台出演が7年ぶりということで、「次に舞台の仕事が来たらどんな舞台でも受けよう」と思っていたそうだ。
実は、前の公演からびわ湖ホール公演まで2週間開いたそうで、母と息子が久しぶりに会うという設定にピッタリだったのだが、松下は気がせいて、登場シーンから一気に語りかけてしまい、今回の上演が今までの最短上演記録となったそうだ。
松下は富田の第一印象について、「話しかけやすそう」と感じたそうだが、富田もそれは自覚しているそうで、よく道を聞かれるらしい。
富田は「母と暮せば」の物語について、「どうぞしっかり受け取って下さい」と観客に訴えかけていた。



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2018年11月11日 (日)

観劇感想精選(264) 白井晃&長塚圭史 「華氏451度」

2018年11月3日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後3時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで「華氏451度」を観る。レイ・ブラッドベリの有名小説を長塚圭史の上演台本、白井晃の演出で舞台化したもの。出演は、吉沢悠(よしざわ・ひさし)、美波、堀部圭亮、粟野史浩、土井ケイト、草村礼子、吹越満。ガイ・モンターグ役の吉沢悠を除いて、全員が複数の役を演じる。
長塚圭史の上演台本は、基本的に原作小説をパラフレーズしたもので、セリフやト書きも原作に忠実であることを心がけたそうである。

レイ・ブラッドベリの原作に関しては、個人的な思い出がある。1999年の秋に、藤沢と小田原に一泊ずつする神奈川県への小旅行に出たのだが、二泊目の小田原で『華氏451』を読了したことをなぜか覚えているのである。多分、感動したのだろう。その日は、藤沢のホテルを出て鎌倉文学館に行き、文学館前の公衆電話で小田原の宿を取り(まだ携帯電話を持っていない時代の話だ)、小田原文学館を訪ねた(近くに旧岸田国士邸の門あり)後で小田原駅前のビジネスホテルに泊まり。翌日は関白農道を上って石垣山一夜城を訪れてから静岡県の熱海と伊東を回りというコースであった。一連の旅の思い出と『華氏451度』が一体となっている。

ちなみに、「華氏451度」とは紙が発火する温度である(摂氏だと233度)。
『1984年』と『華氏451度』はディストピア小説の両輪ともいうべき有名作だが、今年は2本とも舞台化されることになった。

舞台上手下手奥の三方向にびっしり本で埋まった書棚が浮いている。役者はこの本棚のすぐ後ろでいて、出番が来るまで待機しているというスタイルである。
舞台が始まると、奥から出てきたファイアマン達が本を燃やし始める。近未来、建物の火事は最早なくなり、ファイアマンは消火ではなく焚書を仕事としている。近未来に於いては読書は有害なものとして禁止、思考力を働かせることすら忌避されている。「インテリ」というのは蔑称である。

ファイアマンの一人であるガイ・モンターグは本を燃やす仕事をしていることに何の疑いも持たず、「本が燃えるのは楽しかった」と述べ、本の発見と焼却に無邪気な誇りを持っていた。実は、モンターグの上司であるベイティー(吹越満)は、本の怖ろしさについて知悉していたようなのだが。
ある日、モンターグは、クラリスという少女(美波)と出会う。本の価値について語るクラリスにモンターグは戸惑う。帰宅したモンターグは妻のミルドレッド(美波二役)にクラリスのことを話すが、ミルドレッドは本を有害なものとしか思っていない。家庭内にはモニターが数台あり、そこに映り続ける「友達」の言うことを聞くのがコミュニケーションであり友情とされていた。「みな平等」という美名の下に、均質的な人間像が理想化され、異端者は静かに迫害されていた。そしてそれは「皆が望んだこと」なのだ。上や遠方から来るのではなく内側にいたものなのである。
ある老女(草村礼子)の自宅から本が発見され、ファイアマン達は焚書に向かう。ところが老女が本と共に焼かれることを選択したためにモンターグは困惑し……。

洗脳が常態化された世界にあって、知識と思考の有効性を述べた作品である。

フランソワ・トリュフォーが同作を映画化しており、私も観てはいるのだが、場面場面は思い出せても全体としての印象は忘却の彼方にある。ただ、小説はまあまあ覚えているということもあり、舞台としての「華氏451」を詳細まで楽しむことが出来た。

知識と思考と想像力を後世に伝えることの重要性と主体的な知者であり続けることの一種の義務が観客へと語られていく。

「1984年」と「華氏451度」の2作品が1年のうちに上演されるのは面白いことなのだが、演劇人達がそれほど切迫感を抱いているということでもあり、歓迎される状況ではないのかも知れない。

今日は、吉沢悠、美波、吹越満によるアフタートークがある。
開演前にホワイエでアフタートーク参加者への質問を募集しており、私も「本以外で記憶して語り継いでいきたいものはありますか?」と紙に書いており、質問として採用されたのだが、吉沢は「そんな立派なこと考えたことない」と戸惑い、色よい返事を貰うことは出来なかった。吉沢は初めて台本を貰ったときは何が書いてあるのかさっぱりわからなかったそうで、今も深くは理解していないのかも知れない。まあ、質問自体が悪かったのかも知れないが、そうご大層に捉えなくても、「記憶して語る」という行為はメタ的に考えれば演劇そのものであり、だからこそ長塚圭史もなるべく原作を尊重という姿勢を取ったのであろうし、演出の白井晃もそれを理解していてわかりやすい表現を意図的に避けたのだろう。白井は「抽象的な話なんだから具象的にやるな」とダメ出ししていたそうである。
意図は伝達の妨げと考えられる。意図はあるがままのものを認めずに歪め、誘導するのだ。
美波はその場では記憶と伝達には答えなかったが、アフタートークを締める最後のメッセージとして、舞台作品を記憶することと舞台経験の豊穣性について語り、一応は私の質問と呼応した形となった。


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