カテゴリー「フィンランド」の5件の記事

2009年2月 4日 (水)

ペサパッロという競技がある

ペサパッロなる競技があります。ペサパッロ(PesaPallo)とはフィンランド語で“Base Ball”という意味。しかし、アメリカや日本で行われている野球とは異なり、野球専用の球場がなくても、サッカー場や陸上競技場などで出来るように、フィンランド人によってルールを大幅に変えられた独特のスポーツです。フィンランドではとても盛んで、国技の一つになっているようです。

日本にも札幌にペサパッロの協会があり、そのページでペサパッロが紹介されています。

http://www2.ocn.ne.jp/~xebecs/pesa2001/PESATOP.html

ちなみに札幌のペサパッロ協会によるペサパッロのルール紹介はこちら↓

http://hkbrains.hp.infoseek.co.jp/XEBECSPESA%2001/pesa2001/Ruletop.html

フィンランドでのペサパッロの様子はYouTubeで見られます。

黒いユニフォームのヤルヴェンパーは、シベリウスがアイノラ荘を構えていた街のチームです。

一度、生で試合を見てみたい気もします。しかし、ルールが難しそうですね。しかも、野球の醍醐味であるバッテリーとバッターの駆け引きやホームランがないというのも、日本人が見るには苦しいかも。

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2008年5月15日 (木)

これまでに観た映画より(21) 「過去のない男」

DVDでフィンランド映画を観る。「過去のない男」。監督は、フィンランド映画といえばこの人、アキ・カウリスマキ。

有名なので書くまでもないことだが、アキ・カウリスマキは男性である。フィンランドではアキ、ミツコ、ミカなどは男性のごく一般的なファーストネームである。

3人組の暴漢に襲われ、記憶をなくした男が主人公。家を借り、仕事を始め、女性を愛するという記憶喪失ものの王道パターンを行くのだが、非常に面白い。記憶喪失者にとって現実は厳しいが、周囲の人との心の交流により(それも比較的淡々とした交流である)、以前よりももっと幸福になるストーリーは心温まる。

主人公は身元が判明し、家に戻るが妻とはすぐに離婚することになる。その帰りの汽車の中で男は寿司を食べ、日本酒を飲むのだが、なぜかその車両にはクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」がBGMとして流れている。あのシーンの意味は何なのだろう? 

悲惨な人間像をユーモアを込めた視線で温かく見守るというカウリスマキ監督の作風が最も良く現れた作品である。

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2007年11月29日 (木)

これまでに観た映画より(14) 「かもめ食堂」

2006年6月5日 京都シネマにて

久しぶりに映画館まで映画を見に行く。京都シネマで公開中の「かもめ食堂」。オール・フィンランドロケによる日本映画である。
10時20分の回(つまり初回)を観る。京都シネマのロビーには早朝サービスとしてお茶が無料で飲めるようになっている。

「かもめ食堂」。フィンランドの首都ヘルシンキで、おにぎりをメインにした食堂「かもめ食堂」をオープンしたサチエ(小林聡美)。しかし1ヶ月経っても一人も客が来ない。ヘルシンキの3人のおばちゃんが食堂の中を覗いて、「あの子(サチエ)、大人かしら? 子供かしら?」、「子供なんじゃないの?小さいから」などと言っているだけである。
ようやく最初のお客が来る。日本オタクのトンミ・ヒルトネンという青年である。ヒルトネンはサチエに、「ガッチャマンの歌」を全て歌って欲しいと要望するが、サチエは「誰だ、誰だ、誰だ」の部分しか思い出せない。その日、書店に立ち寄ったサチエは、ミドリ(片桐はいり)という女性に出会い、「ガッチャマンの歌」をフルコーラス教えて貰う…。

はやらなかった「かもめ食堂」が繁昌するまでのお話。主要スタッフは全て日本人だが、フィンランドで撮影したためか、画面上に日本映画とは異なった時間が流れているのがわかる。出てくる料理も全て美味しそうで、こちらも食べたくなる。

小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ、というとても濃い3人のコメディエンヌの主演だが、互いの個性と個性が調和して、爽やかな味わいが生まれている。

フィンランドの森のシーンがあるのだが、本当にトロルが出そうな雰囲気である(実際に、「トロルの悪戯か?」と思われるシーンがある)。映像も、画面に吸い込まれそうになるほど美しい。

ほのぼのとしたラストシーンも良く、愛すべき一本になっている。

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2007年1月 3日 (水)

『シベリウス 写真でたどる生涯』

今年没後50年を迎えたフィンランドの国民的作曲家ジャン・シベリウス。しかしそのシベリウスの生涯をたどる本は日本ではほとんど手に入りません。『シベリウス 写真でたどる生涯』 シベリウスの生涯を記した数少ない本の一つがこの『シベリウス 写真でたどる生涯』(音楽之友社)です。マッティ・フットゥネン著、菅野浩和:訳、日本語版監修:舘野泉。

菅野浩和は日本における北欧音楽研究の第一人者、現在は左手のピアニストとして活躍している舘野泉は日本シベリウス協会の現会長です。

100ページほどの小冊子であり、資料として、またシベリウスの生涯を本格的にたどる伝記としては分量が少ないものの、彼の生涯の要所要所が簡潔にまとめられていて読みやすい本です。

シベリウスの全作品リストと彼の生涯の年表もついていて便利です。

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没後50年 ジャン・シベリウス

若き日のジャン・シベリウス 2007年はフィンランドの作曲家、ジャン・シベリウス(1865-1957)の没後50年に当たります。

左は若き日のシベリウスのポートレート。

ジャン・シベリウスの洗礼名はヨハン・クリスティアン・ユリウス・シベリウスですが、のちに自らフランス風のジャンと名乗るようになります。

子供の頃から夢見がちであり、授業を聴かずに夢想に耽っていたために15歳の時には落第、同じ学年をやり直すなど、どうやらLD(学習障害)の持ち主だったと思われるシベリウスですが、音楽と自然への情熱は人並み外れていました。

ヘルシンキ大学に入学しますが、それは両親を安心させるための方便に過ぎず、1年ほど経って両親から音楽の道に進むことを認められるとあっさり退学、ヘルシンキ音楽院でヴァイオリンを専攻。夢はヴァイオリニストでしたが、極度のあがり症でもあったシベリウスは「ヴァイオリニストになるのは困難」と判断、作曲に専念するようになります。

ベルリンおよびウィーンに留学したシベリウスは帰国後、フィンランドの国民的叙事詩「カレワラ」を題材にしたカンタータ風交響曲である「クレルヴォ交響曲」を作曲。一躍、フィンランドの音楽界を担う作曲家として注目を集めます(ただシベリウス自身はクレルヴォ交響曲を成功作とは見なさず、4回目の演奏会が終わった後、この作品の演奏許可を出さなくなりました)。

交響曲を7曲(クレルヴォ交響曲を含めると8曲)完成させ、「ベートーヴェン以降最大のシンフォニスト(交響曲作曲家)」と称されたシベリウス。しかし1929年を最後に作品を発表しなくなってしまいます。

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