パーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ交響楽団 シベリウス交響曲第2番&トゥビン交響曲第5番
パーヴォ・ヤルヴィ。
1962年、エストニアの首都タリンに、名指揮者ネーメ・ヤルヴィの長男として生まれた彼は、まずタリン音楽院に学び、その後一家で渡米、フィラデルフィアのカーティス音楽院にも学んで、父と同じ指揮者への道を歩んでいきます。
親子共に名指揮者というのは、クライバー親子(エーリヒとカルロス)などの例はあるものの少数派。スポーツなどでもそうですが、音楽の才能も必ずしも受け継がれるわけではないようです。
しかし、今やパーヴォは父をも上回る才能の持ち主であることを世界中で実証して見せています。現在、シンシナティ交響楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン、フランクフルト放送交響楽団、次期パリ管弦楽団のシェフの座にあり、祖国であるエストニアの国立交響楽団のアドバイザーも務めるという多忙ぶり。もちろん多忙なだけではなく、新鮮で説得力ある名演の数々を繰り広げています。
父親のネーメ・ヤルヴィはエーテボリ交響楽団と録音した「シベリウス交響曲全集」(BIS)で一躍有名になりましたが、パーヴォ・ヤルヴィはシベリウスの交響曲の録音には慎重な姿勢を見せており、交響曲第2番と、カンタータ的な作品であるクレルヴォ交響曲を録音しているのみです。
さて、そのシベリウスの交響曲第2番ですが、シンシナティ交響楽団を指揮したこの演奏(TELARC)、かなりのハイレベルです。父親のネーメの演奏よりも上でしょう。
シンシナティ交響楽団はいかにもアメリカのオーケストラらしい明るめの音色を奏でますが、パーヴォの指揮により陰影にも富んでいて、シベリウスの音楽の核心を見事に突いています。
エドゥアルド・トゥビン(1905-1982)はエストニア生まれの作曲家。ネーメ・ヤルヴィが交響曲全集を録音したことで有名になった作曲家でもあります。有名になったとはいっても一般的な知名度はまだまだ。そこでパーヴォはポピュラーなシベリウスの交響曲との組み合わせで録音することにし、当盤にトゥビンの交響曲第5番が収められました。
トゥビンはエストニアのソ連併合直前の1944年にスウェーデンに亡命、交響曲第5番は、スウェーデンに移ってから書かれた最初の交響曲です。
パーヴォのトゥビンに対する敬意の表れた名演が繰り広げられており、オーケストラと録音の優秀さも相まって最高の出来を示しています。
シベリウス/Sym.2: P.jarvi / Cincinnati.so +tubin: Sym.5
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シベリウス自身の指揮による「アンダンテ・フェスティーボ」は以前からその存在が知られており、一度CD化されたこともあります。しかし近年になってそれが他人の指揮した演奏であることがわかり、新たにシベリウス本人の指揮に間違いないという録音が発見され、発売されました。これがそのCDです。
350点を超える録音を残しているネーメ・ヤルヴィ(1937- )。そのネーメ・ヤルヴィとエーテボリ交響楽団の出世作となったのが、1982年から1985年にかけてBISに録音した「シベリウス交響曲全集」でした。数多い「シベリウス交響曲全集」のCDの中で、このセットが最もよく売れたとも言われています。

渡邉暁雄は1970年から1972年まで京都市交響楽団第4代常任指揮者として活躍。京都市交響楽団(京響)に新風を送りました。
本国であるフィンランドとイギリスでは評価の高かったシベリウスの交響曲ですが、アメリカにその良さを積極的に広めたのがレナード・バーンスタインです。バーンスタインの師であるクーセヴィツキーがシベリウスと親交があったことも影響していると思われますが、バーンスタインは晩年にもウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と「シベリウス交響曲全集」を作ろうとした(結局、未完成)ことからも、バーンスタインがシベリウスの音楽に愛着を抱いていたことは間違いないと思われます。
シベリウスというと、何といっても交響曲。次いでヴァイオリン協奏曲、室内楽曲などが有名で、ピアノ曲で知られている作品はほとんどありません。シベリウス自身も好んだ楽器はヴァイオリンであり、ピアノは子供の頃から練習していましたが余り好きではなかったとも伝わっています。
冒頭の夜明けの場面から表現力豊かで、ヒンヤリとした音色が心地良く、ラストの凱歌に向けての全曲の構築も見事です。
ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団が1982年に来日して行ったシベリウス交響曲チクルス。
日本人とフィンランド人のハーフだけあって、生前は容姿の格好良さでも人気のあった渡邉暁雄。
渡邉暁雄は、フィンランドにおいてもシベリウスのスペシャリストとして有名であり、ヘルシンキ・フィルのメンバーも渡邉を大変尊敬していたとのことです。
1982年1月22日、東京厚生年金会館で行われたオッコ・カム指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演を、FM東京が放送用にライブ収録した音源をTDKがCD化し、発売したものを紹介します。
レナード・バーンスタイン(1918-1990)は、1960年代にニューヨーク・フィルハーモニックと「シベリウス交響曲全集」を録音しており、溌剌とした演奏を繰り広げていました。
パーヴォ・ベルグルンドが挑んだ3度目の「シベリウス交響曲全集」。
1980年代にヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、更に1990年代にはヨーロッパ室内管弦楽団を指揮して「シベリウス交響曲全集」を完成しているベルグルンド。
1981年当時の日本フィルハーモニー交響楽団の力は現在に比べると著しく劣っており、渡邉の解釈についてこられないもどかしさも感じられますが、往年の日本のオーケストラによるシベリウス演奏の記録としての価値は高いと思われます。
1950年代に録音された、アンソニー・コリンズ指揮ロンドン交響楽団による「シベリウス交響曲全集」(DECCA)を紹介します。モノラル録音ですが、録音の優秀さで知られたDECCAだけに音は生々しく、録音にこだわる人でなければ不満は感じないと思います。
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