カテゴリー「ベートーヴェン」の92件の記事

2018年12月31日 (月)

コンサートの記(488) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェン交響曲全曲演奏会Ⅴ」第九

2018年12月29日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後5時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の「ベートーヴェン交響曲全曲演奏会Ⅴ」を聴く。年末の第九が、今年はチクルスの一環を兼ねての演奏となる。

今日は1階席7列6番という席。ステージ上に合唱が乗るためせり出し舞台となり、前5列は潰れたため、前から2列目である。
フェスティバルホールの前の方の席は音が上に行ってしまうため音響は余り良くない。まだ3階席の方が良いくらいである。下手側であるため、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの直接音が強く聞こえ、バランスも悪く、全体としての音像を把握しにくい。更に第1ヴァイオリンの陰に隠れて指揮者である尾高忠明の姿はほとんど見えない。10年前の旧フェスティバルホール最終公演となった大植英次指揮大阪フィルの第九を最前列で聴いた時も丁度こんな感じだった。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋、フォアシュピーラーに須山暢大。
独唱者は、安藤赴美子(ソプラノ)、加納悦子(メゾソプラノ)、福井敬(テノール)、与那城敬(バリトン)。合唱は大阪フィルハーモニー合唱団。

昨年のミュージックアドヴァイザーを経て、今年の4月から大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督となった尾高忠明。カリスマ性のあるタイプではないが、大フィルとの相性はかなり良く、ずっしりとした大フィルの音響に見通しの良さが加わった。


全般を通してテンポは中庸。ところどころ遅くなったり速くなったりでインテンポではないが、大言壮語しない堅実な第九という印象を受ける。ある意味、最もドイツ的なスタイルである。

昨年の尾高指揮の第九では、ホルンが第2楽章のソロを一度もまともに吹けないという惨状を呈していたが、今日もホルンはキークスが多い。元々、音を外しやすい楽器ではあるが、他の楽器が好調だっただけによりいっそう目立つ。

「光輝満つ」といった感じの弦楽と冴え冴えとした木管の響きが印象的な第九である。

第2楽章の緻密なアンサンブルによって浮かび上がる音楽は、あたかも「歓喜の歌」に出てくる天体の動きの描写のように感じられる(実際は、ベートーヴェンは第2楽章を作曲時には、第4楽章には別の音楽を入れる予定だったとされ、直接的な繋がりがあるわけではないと思われる)。壮大な音楽と演奏だ。

バリトンの与那城敬は調子が今一つのようにも感じされたが、独唱者と大フィル合唱団も力強い歌を披露する。

前の方で聴いていると、全曲のラストが天井へと吸い込まれていく音楽のように聞こえる。これは前の方に座った者だけが味わえる興趣だったかも知れない。


尾高と大フィルによる「ベートーヴェン交響曲全曲演奏会」には、第2回の交響曲第3番「英雄」と第4番の演奏会を除く全てに参加したことになる。余り達成感はなし。皆勤だったら違った気分になったのだろうけれど。


今年も恒例の「蛍の光」の合唱がある。指揮は福島章恭。溶暗した中で、指揮者と合唱団がペンライトを手にしての歌である。過ぎゆく月日と平成の時代をしみじみと感じる。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月30日 (日)

コンサートの記(487) 下野竜也指揮 京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」2018

2018年12月27日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任首席客演指揮者の下野竜也。

シェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」(語り:宮本益光)との組み合わせである。ホワイエには、曲間の拍手を控えるよう、張り紙がしてある。

独唱は、吉原圭子(ソプラノ)、小林由佳(メゾソプラノ)、小原啓楼(テノール)、宮本益光(バリトン)。合唱は、京響コーラス。

今日のコンサートマスターは、客演の西江辰郎(新日本フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター)。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。
第2ヴァイオリンの客演首席には瀧村依里が入る。


「ワルシャワの生き残り」が上演されるということで、ポディウムの左右端には日本語字幕表示装置が据えられている。


「ワルシャワの生き残り」は、アーノルト・シェーンベルクのアメリカ時代の作品である。ユダヤ人であったシェーンベルクは、ナチス・ドイツの台頭により、プロイセン芸術アカデミー教授の座を追われ、アメリカへと亡命することになったのだが、その後のナチスの動向は把握出来ず、戦後になってからユダヤ人虐殺の実態を知ることになる。ワルシャワのゲットーから生還し、アメリカに渡った男性の体験談を聞いたシェーンベルクは、ワルシャワでの話を英語のテキストとして、語りと男声合唱のための曲として発表。これが「ワルシャワの生き残り」である。

ワルシャワのゲットーで意識を失ったユダヤ人の男は、朧気な意識の中で軍曹の罵声や殺害命令を聞くことになる。

鮮烈な響きによる音像が上手く纏められているのが下野らしい。宮本による語りもドラマティックだ。ガス室に送られていくユダヤ人達の合唱を担う京響コーラス男声合唱も迫力ある声を発する。


ほぼ間を開けずに、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」に突入。速めのテンポでスタート。一貫してテンポは速く、部分によっては特快となる。指揮者のプロポーションとは対照的な(?)スマートでアポロ芸術的な第九である。

第2楽章のラストを羽根のようにふわっと柔らかくするのは、広上と広上の弟子達の特徴であり、下野もそれを踏襲する。

例えるならパールのような、乳白色の優しい輝きを持つ音色も特徴。純度も高く、ティンパニの強打も特徴だが、それをも包み込むような柔らかさがある。癒やし系の第九というべきか。

「歓喜の歌」も速め。登場の拍手が起こらないよう、独唱者達はオーケストラが奏でる歓喜の主題が第2ヴァイオリンに移る頃に、舞台上手奥側からおもむろに現れる。

「ワルシャワの生き残り」と繋げることで、殺した側と殺された側とに引き裂かれた(テキストを引用すると「世の流れに厳しく分けられていた」)人類の和解と救済の「歓喜の歌」となった。


清々しい気分で、京都コンサートホールを後にする。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月29日 (土)

コンサートの記(484) 広上淳一指揮京都市交響楽団スプリングコンサート2010

2010年4月11日 京都コンサートホールにて

午後2時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団のスプリングコンサートを聴く。指揮は広上淳一。司会は豊田瑠衣(フリーアナウンサー)。

「ヒーロー」をテーマにしたコンサート。前半は歴史のヒーローということで、NHK大河ドラマのテーマ曲がずらりと並ぶ。「龍馬伝」、「赤穂浪士」、「元禄太平記」、「花神」、「翔ぶが如く」、「利家とまつ」、「篤姫」、「天地人」

大河ドラマのテーマをフルオーケストラで聴けるというのは贅沢である。「龍馬伝」のボーカルソロは京都市立芸大大学院生が務めており、プロには比ぶべくもなかったが、スプリングコンサート自体が新しく学生や社会人になった人のためのコンサートなので、こうした人選になったことに文句はない。


後半は、クラシック界のヒーローということで、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」が演奏された。最近の演奏は、ピリオド奏法を意識した速めのテンポによる「田園」が多いが、広上と京響は中庸のテンポで、「田園」の美しい旋律を瑞々しく歌い上げていた。

アンコールとして、ジョン・ウィリアムズの「スーパーマン」のマーチが演奏された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月26日 (水)

コンサートの記(477) アレクサンダー・リープライヒ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 「第9シンフォニーの夕べ」2009

2009年12月29日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

ザ・シンフォニーホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の「第9シンフォニーの夕べ」という演奏会に接する。ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」の演奏。午後7時開演。

タクトを執るのは1968年生まれの中堅、アレクサンダー・リープライヒ。今日手元に届いた音楽之友社の「世界の指揮者名鑑866」にはその名が記されておらず、国際的にはまだ無名だが、昨年、大阪フィルの定期演奏会で指揮し、マーラーの交響曲第4番で好演を示したことから個人的に注目している指揮者である。

ソプラノ・安藤赴美子、アルト・竹本節子、テノール・福井敬、バリトン・青山貴、合唱は大阪フィルハーモニー合唱団という編成。

冒頭のホルンがいきなりずれたり(ホルンはその後も誰でもわかるミスを犯すなど今日も不調であった)、指揮者の手元から指輪がステージ上に飛んでいったりとハプニングもあったが、全体的には透明感溢れるスマートな演奏。テンポは速め、見通しが良く、強弱の変化、表情のつけ方がともに細やかで、ピリオド・アプローチを採用しており、時に硬めの音で強奏されるティンパニが効果的。躍動感があり、新鮮な息吹を感じる。


大阪フィルの第九には昨年も大植英次指揮の演奏に接しているが、同じ日本人として残念ながらリープライヒの方が大植よりも格上、ものが違うという気がする。結果として「才能とは何なのか?」と考えさせられることにもなった。

大阪フィルハーモニー合唱団とソリスト陣も好調で、印象的な第九演奏会であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月23日 (日)

コンサートの記(475) ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団来日演奏会2018京都

2018年12月14日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都・パリ友情盟約締結60周年/日仏友好160周年記念 ダニエル・ハーディング指揮パリ管弦楽団の来日演奏会に接する。パリ管弦楽団の来日演奏会を聴くのは今日で3度目。全て京都コンサートホールにおいてである。3回聴いたことのある海外オーケストラは、ドイツ・カンマーフィル、バーミンガム市交響楽団などいくつかあるが、3度とも同じ会場というのはパリ管弦楽団だけである。パリ市と京都市は姉妹都市ということで京都公演が多いのかも知れない。前2回はともにパーヴォ・ヤルヴィの指揮であり、ベルリオーズの幻想交響曲がメインの最初の演奏会は、これまで私が接した全てのコンサートの中でナンバーワンである。

まともなコンサートホールが一つもないといわれたパリだが、3年前に最新の音響を誇るフィルハーモニー・ド・パリが完成し、パリ管弦楽団もそこを本拠地とするようになった。
なお、ハーディングはすでにパリ管弦楽団の音楽監督から離任することを決めており、これが日本では最後の組み合わせになる可能性も高い。


曲目は、ベルリオーズのオペラ「トロイ人」から“王の狩りと音楽”、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調(ヴァイオリン独奏:イザベル・ファウスト)、ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」


ハーディングは今月11日行われた札幌公演の直前に転倒して右足首を骨折。札幌の演奏会には車椅子を使って登場し、指揮した。このことはSNSで拡散されて話題になっていたが、今日も演奏会の前にマイクを手にした男性が登場し、「マエストロが札幌で転倒して右足首を骨折した」「ただ、マエストロは指揮には全く影響がないとおっしゃっていて」「椅子に座って指揮することをご了承下さい」とアナウンスした。

ダニエル・ハーディングの指揮には、以前、マーラー・チェンバー・オーケストラの京都公演で接したことがある。それ以来、2度目である。

古典配置での演奏。舞台最後列にはモダンティンパニが並び、ベルリオーズではこれが使われる。舞台上手にはバロックティンパニが置かれていて、ベートーヴェンではこちらが用いられる。


ベルリオーズのオペラ「トロイ人」から“王の狩りと音楽”。冒頭の弦楽の妙なる響きに魅せられる。オーケストレーションの名人であったベルリオーズの華麗な響きが堪能出来る演奏。ただクライマックスでは京都コンサートホールの特性上、音が散り気味となる。ホルンの音が豊かで色彩が濃く、フランスのオーケストラの美質が感じられるのが良い。


ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ソリストのイザベル・ファウストは、現代を代表する名手の一人である。

ハーディング指揮のパリ管は速めのテンポでスタート。
ファウストのヴァイオリンは、音に張りがあり、パリ管共々弱音が極めて繊細で美しい。第2楽章のきめ細やかな音楽作りは白眉。全般を通して精緻な音楽性が印象的な美演となる。
なお、第1楽章のカデンツァではティンパニが大活躍。ベートーヴェン自身がピアノ協奏曲に編曲したものからの再アレンジ版だと思われる。ファウストとティンパニ奏者(Eric Sammutだと思われる)が息を合わせた好演であった。

ファウストのアンコール演奏は、クルターグの「ヴァイオリンのためのサイン.ゲーム.メッセージ ジョン・ケージへのオマージュ」より“Fur den.der heimlich lauschet”微妙に表情を変えていく音型が魅力的な短い作品である。ファウストの繊細な持ち味はこの曲でも有効であった。


ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」。単なる巡り合わせだと思うが、この曲の実演で優れたものに出会った記憶がない。有名な割りにコンサートで取り上げられる回数が余り多くないということもあるが、日本人指揮者の場合は情に流れやすいのかも知れない。

ハーディングは、この曲はノンタクトで振る。

冒頭の広がりのある響きからとても魅力的である。テンポは中庸。ピリオド奏法によるノンビブラートの弦楽が効果的であり、描写力が豊かである。木々のざわめきや光の移ろいが音の中から拡がっていくかのようだ。
新鮮さ溢れる第2楽章と第3楽章、ティンパニの強打が効果的な第4楽章「嵐」、そして第5楽章の清々しさなど、万全の音運びで、貫禄の名演奏となった。

「田園」演奏終了時が9時20分頃ということもあり、アンコールはなし。「田園」が優れた出来だっただけにそれも良い選択である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月22日 (土)

コンサートの記(474) 広上淳一指揮京都市交響楽団第530回定期演奏会

2009年11月28日 京都コンサートホールにて

午後2時30分開演の京都市交響楽団第530回定期演奏会に接する。今日の指揮は常任指揮者の広上淳一。京都コンサートホールは満員の盛況である。

曲目は、モーツァルトの「魔笛」序曲、ベートーヴェンの三重協奏曲(ヴァイオリン:堀米ゆず子、チェロ:宮田大、ピアノ:アブデル・ラーマン・エル=バシャ)、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」(オルガン:桑山彩子)。

午後2時10分から広上によるプレトークがある。眼鏡をかけて登場した広上は来シーズンのコンサートプログラムが決まったことを告げたが、「12月18日に正式に発表になるので、その前に発表してしまうとお楽しみが減ってしまう」ということで、内容は公表されなかった。
今日の演奏会の曲目についての話となり、ヴァイオリンの堀米ゆず子やオルガンの桑山彩子もステージに呼ばれて話す。ベートーヴェンの三重協奏曲のヴァイオリンパートは梯子を登るように難しいと堀米談。


モーツァルトの「魔笛」序曲。広上が振ると京響はまろやかな響きを出す。推進力もあって良い演奏だ。


続いてベートーヴェンの三重協奏曲。

今月、ロストロポーヴィチ・コンクールで優勝を勝ち取ったばかりの宮田大のチェロは実に滑らか。堀米のヴァイオリンは陽光を浴びたような明るい音を出し、エル=バシャの立体感のあるピアノも印象的である。
広上指揮の京響は燃焼度の高い音を出して、これも印象深かった。


サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」。

冒頭は実に繊細。主部に入るとあらゆる音が鮮明に聞こえる。弦は時に透明で時に色彩豊か、金管は輝かしい。洒落た味わいにも富んでいて、これは間違いなく国際クラスで通用する演奏となった。桑山の奏でるオルガンも朗々と鳴り、広上の体全体から音楽が放射されたかのようなクライマックスの高揚感は言葉では表現出来ないほどである。

演奏終了後の盛んな拍手の後で広上がスピーチ。「京響はオーケストラ道の王道を歩みつつあり、白鵬のように連勝していきたい」とのこと。更に「一曲プレゼントします」ということで、グリーグの「過ぎた春」が演奏された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月 2日 (日)

コンサートの記(460) 河村尚子ピアノリサイタル2018京都 オール・ベートーヴェン・プログラム

2018年11月27日 京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタにて

午後7時から、京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタで河村尚子のピアノリサイタルを聴く。オール・ベートーヴェン・プログラム。

演目は、ピアノ・ソナタ第18番、ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」、ピアノ・ソナタ第24番「テレーズ」、ピアノ・ソナタ第23番「熱情」


今日は最前列下手寄りで聴く。河村の手の動きがよく見える席である。

今年はシリーズでベートーヴェンのピアノ・ソナタに取り組んでいる河村尚子。出身地の西宮にある兵庫県立芸術文化センターではKOBELCO大ホールと神戸女学院小ホールで複数回の公演を行う。西宮での第1回のリサイタルは私もチケットを取ったのだが、風邪のために断念した。

広上淳一のお気に入りということもあり、京都市交響楽団の定期演奏会のソリストとしてよく京都コンサートホールに登場する河村尚子。ムラタホールでもチェロのホルヌングとのデュオリサイタルを行っているが、ソロでのピアノリサイタルとなると久しぶりである。


いつも通り満面の笑顔で登場した河村。堅固な構築美、強靱なタッチ、雄渾なスケール、温かさと若々しさを兼ね備えた音色、抜群のリズム感、繊細な弱音の妙技、横溢するエネルギー、多彩な表情など、優れたところを挙げれば切りのない理想的なベートーヴェン演奏を繰り広げる。日本人女性ピアニストが弾いているとは思えないどころか「とんでもない」と形容したくなる出来である。
「ワルトシュタイン」では第1楽章で雄々しさ溢れる演奏を展開。演奏終了後に白人女性が思わず感嘆の声を上げていた。第2楽章と第3楽章では愛らしいメロディーが奏でられるのだが、河村は可憐な音色で歌い上げ、喜びに溢れたベートーヴェン像を彫刻した。

「熱情」ソナタ第1楽章では、絶妙の間合いと強弱の交代で「運命主題」との相克のドラマを巧みに描く。
そして第3楽章では透き通った音色を奏で、「透明な悲しみ」と名付けたくなるような独自の演奏に仕上げていた。


全てのプログラムが終了した後で、河村はマイクを片手に登場。ベートーヴェンの思い出を語る。ベートーヴェンのピアノ・ソナタはピアニストには付きもので、好きと嫌いとに関わらず取り組まなければいけないもの、という話から入る。河村は、「若い頃から好きで、弾いて来た方だとは思いますが、思い返してみると余りよくわかっていなかったような」と振り返る。ピアノ・ソナタ第24番「テレーズ」は、「子どもでも弾いて良いよ」という内容だそうで、河村は第1楽章を9歳で、第2楽章を10歳で勉強したというが、「録音も参考にしよう」というので、CDは当時出たばかりで余り数がなかったそうだが、ヴィルヘルム・ケンプのものをカセットテープにダビングして、車で移動する時などに良く聴いていたそうである。自宅でもケンプのカセットテープをラジカセで聴き、聴いては弾き聴いては弾きを繰り返していたそうだが、ある時、再生ボタンを押しても音が出ない。「あれ?」と思ってしばらく待ったがやはり何も言わない。「再生ボタンじゃないところ押しちゃったかな? でも再生ボタン押してるよね?」と独り言を言いつつよく見てみると赤いボタンも押してしまっている。再生すると自分の声が聞こえたそうである。カセットテープは爪の部分を折ると録音されなくなるのだが、それはしていなかったようだ。ということでケンプの録音が消えてしまい、「どうしよう! お母さんに怒られる!」と思った河村は自分の演奏を上書きして誤魔化そうとしたのだが、「ラジカセの録音ボタンを押してピアノに向かうまで何歩か掛かる。足音は入ってしまうわけですよ」というわけで、「絶対にばれる!」と思っていたのだが、母親にそれとなく聞いても全く気づいていなかったという話である。

「テレーズ」の第2楽章に16分音符の主題が出てくるのだが、それが「エリーゼのために」の元になったのではないかと河村は推測する。「エリーゼのために」は実は「テレーゼのために」なのではないかという説もあるのだが、「今日は『エリーゼのために』として演奏します」

比較的遅めのテンポで歌い出す「エリーゼのために」で、音に拡がりが生まれており、個性に溢れている。そんじょそこらの「エリーゼのために」とはやはり格が違うようだ。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月23日 (金)

コンサートの記(451) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 「ベートーヴェン交響曲全曲演奏会Ⅳ」

2018年11月15日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団による「ベートーヴェン交響曲全曲演奏会 Ⅳ」を聴く。今日演奏されるのは、交響曲第8番と第7番。

今日のコンサートマスターは、須山暢大。大フィルの基本ポジションであるドイツ式現代配置での演奏。第1ヴァイオリン16型という大編成である。ちなみに第2ヴァイオリンは客演5名を含めて今日も全員が女性となった。

交響曲第8番。ベートーヴェン自身が出来に自信を持っていた曲であるが、世間的な人気はベートーヴェンの交響曲の中でも下の方となっている。全編を通して明るい曲調であり、洒落っ気にも満ちている。

ピリオド・アプローチを援用した演奏で、弦のノンビブラートと独特のボウイングが確認出来る。ただ大編成であるため音が痩せることはなく、輝かしくも重厚というベートーヴェンに似つかわしい音が奏でられる。

尾高と大フィルは「等身大」という言葉がピッタリくる演奏。大風呂敷を広げることなく誠実な再現芸術が展開される。音色が明るいため、躍動感も生き生きと伝わってくる。もっと野性味があっても良いと思うが、これが尾高のスタイルなのだろう。


交響曲第7番。ベートーヴェンの交響曲の中で、初演時から今に至るまで一貫して高い評価を受けているという珍しい作品である。リズムを強調した、当時として斬新な曲想なのだが、一聴して「血湧き肉躍る」という言葉が浮かぶ作品であるため、受け入れられやすかったのだろう。

大フィルは金管パートがやや弱いが、弦の力強さがそれを補って余りあるだけの魅力となる。リズムを特に強調はしていないが、キレ味は鋭く、全楽章を通して端正なフィルムが耳を奪う。硬めの音によるティンパニの強打も効果的で、幅広い客層に訴えかける演奏になっていたと思う。

最後は尾高が指揮台の上から「あと1曲、お聴き下さい」と語ってお開きとなった。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 7日 (水)

コンサートの記(449) アラン・ギルバート指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2018京都

2018年11月1日 京都コンサートホールにて

午後7時から京都コンサートホールで、アラン・ギルバート指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。

この演奏会は、開催に至るまで紆余曲折があった。

ハンザ同盟の盟主として知られたハンブルクのオーケストラであるNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団。北ドイツ放送交響楽団時代にギュンター・ヴァントの手兵として知名度を上げている。初代首席指揮者は、ベートーヴェンなどの名演で知られたハンス・シュミット=イッセルシュテットである。近年は、ヴァントの時代を経て、ジョン=エリオット・ガーディナーが音楽監督に就任するが、古楽出身のガーディナーは自身が創設したイングリッシュ・バロック・ソロイスツなどとの演奏を優先させたため、名誉指揮者となったヴァントが引き続き事実上のトップとして君臨、その後にヘルベルト・ブロムシュテットが音楽監督となるが、ブロムシュテットはライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター就任を決め、3年契約のはずが2年で終了と、トップに恵まれない時期もあった。
クリストフ・エッシェンバッハ、クリストフ・フォン・ドホナーニの時代を経て、トーマス・ヘンゲルブロックが首席指揮者に就任すると現代音楽の演奏などで注目を浴びている。今回の来日演奏会も当初はトーマス・ヘンゲルブロックが指揮する予定であったが、同楽団の首席客演指揮者を務め、次期首席指揮者に就任することが決まったアラン・ギルバートとの組み合わせに変更になっている。

今回の来日ツアーには、エレーヌ・グリモーがピアノ独奏者として同行する予定であったが、グリモーが右肩の故障で来日不可となり、ルドルフ・ブッフビンダーが急遽代役を務めることとなった。


曲目は、ワーグナーの楽劇「ローエングリン」より第1幕への前奏曲。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(ピアノ独奏:ルドルフ・ブッフビンダー)、ブラームスの交響曲第4番。

ハンブルクが生んだ作曲家であるブラームスの作品をメインに置く、ドイツの王道プログラム。

日本でもお馴染みとなったアラン・ギルバート。日米ハーフの指揮者である。ニューヨーク・フィルハーモニックのヴァイオリン奏者を両親に持ち、ハーバード大学、ニューイングランド音楽院、ジュリアード音楽院、カーティス音楽院といった米東海岸最高レベルの音楽教育機関でヴァイオリン、作曲、指揮を学んでいる。2009年から2017年まで、かつて両親が在籍していたニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を務めている。
日本ではまずNHK交響楽団への客演で名を知られるようになり、今年からは東京都交響楽団の首席客演指揮者に就任している。


弦楽はヴァイオリン両翼の古典配置を採用していたが、特にブラームスに於いてこの配置が功を奏する。

今日の公演はコンサートマスターが交代制で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番だけ白髪が特徴の奏者がコンサートマスターを務める。


ワーグナーの楽劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲。繊細で輝かしい弦楽のテクスチュアが見事であり、「神宿るワーグナー」という言葉が浮かぶ。
日本のオーケストラも技術の向上が著しいが、流石に現時点ではここまでの音は出せない。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。
ウィーン楽壇の代表格として知られるソリストのブッフビンダーは、細部まで設計の行き届いたピアノを深々とした音で歌い上げる。深さと奥行きのある音は、ヨーロッパ以外のピアニストからは余り聴かれないものである。
ギルバート指揮のNDRエルプフィルは、躍動感溢れる伴奏を展開。特に第3楽章終結部では、アメリカの指揮者ということもあってロックのようなノリノリのテイストで聴かせる。それでいて安っぽくないのがギルバートとNDRエルプフィルの良さである。

ブッフビンダーのアンコール演奏は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番より第2楽章。ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスと受け継がれるウィーン情緒を前面に出した演奏であり、格調高くも軽快な響きが印象的である。


メインであるブラームスの交響曲第4番。ギルバートは第1楽章の冒頭を揺らすように歌い、繊細さ、悲哀感、堅固な構造力、旋律の美しさの全てを1本の指揮棒で浮かび上がらせる。

とにかくNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の巧さが目立つ演奏であり、北ドイツのオーケストラらしく縦の線をきっちりと合わせながら切れ味の鋭い高い合奏力を聴かせる。ギルバートも指揮していてさぞ気持ちが良いだろう。
技巧面においては世界でも最高レベルであると思われ、音楽性においてもトップレベルを伺うだけの実力はある。
ブラームスの交響曲第4番は人気曲であるだけに演奏会で取り上げられる機会も多いが、この曲の凄さを表したという意味においては今日の演奏が第一席に挙げられると思う。快演だった。


アンコール演奏は2曲。
まずは、ブラームスの「ハンガリー舞曲」第6番。ギルバートらしいノリの良い演奏である。

最後の演目。オーケストラがドビュッシーの交響詩「海」を模した序奏を奏で、「浜辺の歌」の旋律が現れる。日本の楽曲ということで、客席からも拍手が起こる。それにしても凝った旋律である。誰が編曲したのか知りたくなる。
日本人の血を半分引くギルバート。日本的な抒情を存分に歌い上げた演奏となった。

とても良い気分で京都コンサートホールを後にする。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月20日 (木)

コンサートの記(425) 広上淳一指揮 第4回・京都市ジュニアオーケストラコンサート

2009年2月1日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、第4回京都市ジュニアオーケストラコンサートを聴く。指揮・スーパーバイザー:広上淳一。
京都市ジュニアオーケストラは10歳から22歳までのメンバーによる若いオーケストラ(今回の出演者の最年少は13歳であった)。楽器が出来ることが入団の条件であり、音楽を専攻している若者だけではないとのことである。弦楽パートには京都市交響楽団の団員も加わっての演奏。

プログラムは、シャブリエの狂詩曲「スペイン」、グノーの「ファウスト」からのバレエ音楽、ベートーヴェンの交響曲第7番。

青少年のオーケストラということもあって、パワー不足は感じられたが、音は磨かれていて美しい。

狂詩曲「スペイン」では広上が普通は強調しないところを強調していたり、「ファウスト」からのバレエ音楽では指揮台狭しとばかりに動き回っていたり、例によって個性的な演奏を指揮姿で魅せる。狂詩曲「スペイン」では金管に肺活量の問題を感じたが、「ファウスト」からのバレエ音楽も含めて、弦楽パートはかなり充実している。音の厚みはないが、響きの美しさは相当なハイレベルである。

ベートーヴェンの交響曲第7番。リズムを重視して書かれたこの曲のリズムを広上は徹底して追求。普通の演奏なら流してしまうところも広上はじっくりと音を刻んでいく。京都市ジュニアオーケストラのメンバーが若いためか、音が明るく、溌剌としている。そのため、渋さには欠けるが、躍動感溢れる演奏になった。広上は楽譜に指定された反復を全て履行していたようで、長めの演奏になったが、聴き応えがあった。やはり広上のベートーヴェンは良い。

アンコールでは、京都市ジュニアオーケストラの合奏指導に当たった、京都市立芸術大学の秋山愛美さん(指揮科4回生)と、粟辻聡さん(指揮科2回生)が登場。広上と三人で、ブラームスのハンガリー舞曲第5番を演奏する。粟辻→秋山→広上の順に指揮台に上がる。
秋山さんの指揮は、実は3年前に京都市北文化会館の京都市立芸術大学の演奏会で接したことがある。その時と今と指揮姿はほとんど変わっていない。手先を動かしてオーケストラを整える感じ。まあ、そう簡単に進歩はしないわな。

広上の指揮になると、オーケストラの音の合間から突如として熱いものが噴き出すのがわかる。あれは一体何なのだろう。いつも不思議に思うのだが、指揮者の力というのは目に見えない部分の方が大きい。その力の正体は指揮者本人でもわからないようだ。色々な指揮者のインタビューを読んでもそう感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

2346月日 | DVD | YouTube | …のようなもの | いずみホール | おすすめCD(TVサントラ) | おすすめサイト | おすすめCD(クラシック) | おすすめCD(ジャズ) | おすすめCD(ポピュラー) | おすすめCD(映画音楽) | お笑い | びわ湖ホール | アニメ・コミック | アニメーション映画 | アメリカ | アメリカ映画 | イギリス | イギリス映画 | イタリア | ウェブログ・ココログ関連 | オペラ | カナダ | グルメ・クッキング | ゲーム | コンサートの記 | コンテンポラリーダンス | コンビニグルメ | サッカー | ザ・シンフォニーホール | シアター・ドラマシティ | シェイクスピア | シベリウス | ショートフィルム | ジャズ | スタジアムにて | スペイン | スポーツ | ソビエト映画 | テレビドラマ | トークイベント | ドイツ | ドキュメンタリー映画 | ニュース | ノート | ハイテクノロジー | バレエ | パソコン・インターネット | パフォーマンス | パーヴォ・ヤルヴィ | ピアノ | ファッション・アクセサリ | フィンランド | フェスティバルホール | フランス | フランス映画 | ベルギー | ベートーヴェン | ミュージカル | ミュージカル映画 | ヨーロッパ映画 | ラーメン | ロシア | ロームシアター京都 | 中国 | 中国映画 | 交通 | 京都 | 京都コンサートホール | 京都フィルハーモニー室内合奏団 | 京都四條南座 | 京都市交響楽団 | 京都芸術センター | 京都芸術劇場春秋座 | 伝説 | 住まい・インテリア | 余談 | 兵庫県立芸術文化センター | | 動画 | 千葉 | 占い | 台湾映画 | 史の流れに | 哲学 | | 大河ドラマ | 大阪 | 大阪フィルハーモニー交響楽団 | 学問・資格 | 室内楽 | 小物・マスコット・インテリア | 広上淳一 | 心と体 | 意識について | 携帯・デジカメ | 政治・社会 | 教育 | 散文 | 文化・芸術 | 文学 | 文楽 | 旅行・地域 | 日本映画 | 日記・コラム・つぶやき | 映画 | 映画音楽 | 映画館 | | 書店 | 書籍・雑誌 | 書籍紹介 | 朗読劇 | 来日団体 | 東京 | 楽興の時 | 歌舞伎 | 正月 | 歴史 | 海の写真集 | 演劇 | 無明の日々 | 猫町通り通信・鴨東記号 | 祭り | | 笑いの林 | 第九 | 経済・政治・国際 | 絵画 | 美容・コスメ | 美術回廊 | 習慣 | 能・狂言 | 花・植物 | 芸能・アイドル | 落語 | 街の想い出 | 言葉 | 趣味 | 追悼 | 邦楽 | 野球 | 関西 | 雑学 | 雑感 | 韓国 | 韓国映画 | 音楽 | 音楽劇 | 食品 | 飲料 | 香港映画