カテゴリー「ベートーヴェン」の64件の記事

2017年6月11日 (日)

コンサートの記(303) 本名徹次指揮 日本センチュリー交響楽団 「センチュリー豊中名曲シリーズ Vol.2」

2017年5月7日 豊中市立文化芸術センター大ホールにて

豊中へ。曽根駅の近くにある豊中市立文化芸術センター大ホールで、「センチュリー豊中名曲コンサート Vol.2」を聴く。本名徹次指揮日本センチュリー交響楽団の演奏。児玉麻里と児玉桃の児玉姉妹が2台のピアノのための作品を演奏する。


「センチュリー豊中名曲コンサート Vol.2」の曲目は、ベートーヴェンの交響曲第1番、プーランクの2台のピアノのための協奏曲(ピアノ:児玉麻里&児玉桃)、サン=サーンスの「動物たちの謝肉祭」(管弦楽版)。「センチュリー豊中名曲コンサート」では今後、ベートーヴェンの交響曲を全曲取り上げる予定である(今年度は延原武春の指揮で「田園」が、小泉和裕の指揮で「英雄」が演奏される予定)。

今日の日本センチュリー交響楽団のコンサートミストレスは松浦奈々。古典配置での演奏である。

今日の指揮者である本名徹次は1957年、福島県郡山市生まれ(そもそも本名姓は福島県発祥の苗字である)。現在はベトナム国立交響楽団の音楽監督兼首席指揮者を務めていることで知られる。東京芸術大学器楽科中退。元々、「大学中退」という肩書きに憧れていたそうだが、指揮者志望であったものの芸大の指揮科は定員2名程度と難関であるため、器楽科に進んで指揮のプライベートレッスンを受けられる環境を自分で整えたかったのかも知れない。指揮を山田一雄と井上道義に師事。アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで2位に入り、ブダペスト国際指揮者コンクールでは優勝に輝く。
日本国内では大阪シンフォニカー(現・大阪交響楽団)の常任指揮者や名古屋フィルハーモニー交響楽団の客演常任指揮者なども務めている。日本人作曲家作品演奏専門のアマチュア・オーケストラであるオーケストラ・ニッポニカの指揮者としても活躍した。


ベートーヴェンの交響曲第1番。ピリオド・アプローチでの演奏。バロック・ティンパニを使用する。
弦楽器はビブラートは適宜掛けているが(中編成のセンチュリー響がこのホールで徹底したノンビブラート奏法を行うと音が小さくて聞こえにくくなるかも知れない)、ボウイングがかなり大きいという古楽奏法である。ヴァイオリンなどは弓の端から端まで用いる。
センチュリー響は元々ピリオドでの演奏に長けていた上に、近年ではハイドンの交響曲のピリオドでの演奏を続けているので、古楽奏法は手慣れている。
本名徹次の指揮姿はエレガントで音運びも達者である。
なお、本名徹次が指揮棒を使用したのはこの曲だけで、続く2曲はノンタクトで指揮した。


プーランクの2台のピアノのための協奏曲。ピアノの児玉姉妹は実は豊中市生まれである。育ちはパリで、今も本拠地はヨーロッパに置いているため、国籍も見た目も日本人であるが、内面が何人なのかはちょっとわからない。児玉麻里は指揮者のケント・ナガノ夫人でもある。
プーランクの2台のピアノのための協奏曲は、ストラヴィンスキーの影響を受けているといわれているが、聴くとそれはすぐにわかる。
姉妹ではあるが、児玉麻里の生み出すピアノの音と児玉桃のそれは少し異なり、児玉麻里の方がよりまろやかで、児玉桃の弾くピアノはエッジが立っている。どの音をどちらが出しているのははっきりわかるレベルで異なるのが面白い。
ピアノ協奏曲では普通はピアノがステージの一番手前側に来るのだが、今日は2台のピアノのための協奏曲ということもあって、舞台一番手前に指揮台があり、その奥にピアノ2台が向かい合う形で置かれている。下手側のピアニストが児玉麻里、上手側が児玉桃である。
第2楽章はモーツァルトを模したといわれる(プーランクは「パリのモーツァルト」という異名でも知られた)チャーミングな旋律が登場するのだが、児玉姉妹は比較的スマートな演奏に仕上げていた。


休憩を挟んで、サン=サーンスの「動物たちの謝肉祭」(管弦楽曲版)。管弦楽版による「動物たちの謝肉祭」のCDはシャルル・デュトワ指揮ロンドン・シンフォニエッタ盤などいくつか出ている。
プーランクの2台のピアノのための協奏曲の時は違い、この曲では2台のピアノが舞台の一番手前に置かれ、指揮者がその奥に布陣する。
「象」や有名な「白鳥」など、ソロによる曲があるのだが、いずれも本名徹次は指揮をせず、ソリストに全てを任せていた。
「ピアニスト」のスケールの練習は「下手であれば下手であるほど良い」とされており、思いっきり砕けた演奏をするピアニストもいるのだが、児玉姉妹は特に受けを狙うこともなく、普通に演奏していた。
児玉姉妹、本名指揮のセンチュリー響ともに洒脱な演奏を展開した。


アンコール演奏は児玉姉妹が受け持つ。本編とは逆に、児玉麻里が上手側、児玉桃が下手側とピアノを交換。だが、やはりというかなんというか、別のピアノを弾いてもそれぞれのピアニズムに変化はない。
最近、姉妹でリリースした2台のピアノのよる作品のCDに収められたチャイコフスキーの「くるみ割り人形」から、「こんぺいとうの踊り」と「トレパック」(ともにアレンスキー編曲)。いずれも息の合った見事な演奏であった。


豊中市立文化芸術センター大ホールの音であるが、前回と同じような席であったため、どこの席で聴いてもそうだとは言い切れないのだが、残響は短めであるものの、キャパがそれほど大きくないということもあって、音の通りが良い。
ステージが小さめであり、おそらく前の方の椅子を動かしてステージをせり出すことも可能だとは思うのだが、そもそもキャパ1300ちょっとと大ホールにしては小さいため、今後もフルサイズのオーケストラの公演が行われることは少ないと思われる。

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2017年5月17日 (水)

コンサートの記(300) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第507回定期演奏会

2017年4月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第507回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は大フィル桂冠指揮者の大植英次。

大フィル定期演奏会プレトーク担当の福山脩氏によると、大フィルは今年が創設70年になるのだが、前身である関西交響楽団が70年前に第1回の定期演奏会を行ったのが1947年の4月26日ということで、今日が大フィルの誕生日に当たるのだという。

曲目は、ベートーヴェンの交響曲第7番と、オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」。関西では今年、「カルミナ・ブラーナ」が立て続けに演奏される。たまたまなのか、「カルミナ・ブラーナ」がブームになりつつあるのかは不明。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。


ベートーヴェンの交響曲第7番。
大植英次はベートーヴェンは不得意であり、交響曲全曲演奏会なども行っているのだが評判は伝わってこない。
ピリオド・アプローチによる演奏。弦楽器はノンビブラートの演奏を行うが、これは第2楽章において効果的に働いていた。
第1楽章はピリオドとしては平均的なテンポだったが、第2楽章以降は比較的速めの演奏を行う。
低弦をきっちりと弾かせた演奏だが、バランス的にはピラミッド型になることはない。第1楽章は音の密度の濃い演奏を行い、第2楽章もあっさりしがちだが好演である。第2楽章ではレガートを多用してスマートで滑らかな演奏に仕上げている。
ただ第3楽章と第4楽章は「軽快」といえばいえるが、余りに軽く、ベートーヴェンらしさは後退してしまっていた。10年以上前に聴いた大植と大フィルの演奏による第7よりは良かったかも知れないが、ベートーヴェンを得意とする他の指揮者のそれに比べると物足りないのは否めない。


オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」。合唱は大阪フィルハーモニー合唱団、児童合唱は大阪すみよし少年少女合唱団。独唱は、森麻季(ソプラノ)、与那城敬(バリトン)、藤木大地(カウンターテナー)。

「カルミナ・ブラーナ」の音楽性はマーラーの声楽付き交響曲に通じるところがあり、マーラー指揮者である大植には大いに期待が持てる。
大植英次はこの曲も全曲暗譜で指揮する。
オーケストラ約100名、合唱約200人ということで、計約300名で演奏される大曲。広い広いフェスティバルホールのステージが人で埋まる。

大植はテンポを自在に変える演奏。大フィルから鋭い響きを生み出す。大阪フィルハーモニー合唱団も大阪すみよし少年少女合唱団もハイレベルな合唱を聴かせる。一音一音明瞭に発声するのが特徴だが、私はドイツ語を学んでいないので音楽面ではともかくとして言語的にどれほど効果的なのかはよくわからない。
大人数での演奏ということで、フェスティバルホールの音響も有効に働いていたように思う。

ソプラノ独唱の森麻季は、クッキリとした歌声で魅せる。声の質はメゾ・ソプラノに近いかも知れないが高音が良く伸び、技術も高い。
バリトン独唱の与那城敬はドラマティックな歌唱を披露。声が良く通る。

「ローストされる白鳥」の歌は、通常はテノールが裏声で冗談めかして歌うのであるが、今回の演奏はカウンターテナーの藤木大地が裏声ではなくカウンターテナーの発声で歌う。おちゃらけた歌い方であり、藤木も藤木をフォローする与那城も軽い仕草の演技をしているのだが、白鳥の悲哀がそこはかとなく伝わってくる。丸焼きにされる白鳥の悲哀というのもそれはそれで可笑しいものであるのだが。

やはり、「カルミナ・ブラーナ」とマーラー指揮者の相性は良いようで、大植指揮の「カルミナ・ブラーナ」は大成功であった。

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2017年5月13日 (土)

コンサートの記(298) アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団大阪特別公演2017

2017年4月23日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで東京都交響楽団の大阪特別公演を聴く。今日の指揮者は日米ハーフのアラン・ギルバート。ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督であり、NHK交響楽団へたびたび客演していたことでも知られる。1967年生まれ。現在、ジュリアード音楽院指揮・オーケストラ科ディレクター、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団桂冠指揮者、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者も務めている。

今日のコンサートマスターは矢部達哉。ドイツ式現代配置での演奏である。今日の都響男性団員は大半が燕尾服ではなく背広姿である(全員背広に見えたのだが、全ての男性楽団員を確認出来たわけではない)。

曲目は、ベートーヴェンの劇付随音楽「エグモント」序曲、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(ピアノ独奏:イノン・バルナタン)、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」

開演前にステージ上でティンパニ奏者が練習していたのだが、音色が硬かったため、ベートーヴェンではピリオド・アプローチが行われることがわかった。


ベートーヴェンの劇付随音楽「エグモント」序曲。ギルバートはベートーヴェンは「エグモント」も「英雄」も暗譜で指揮した。
弦楽器はビブラートを控えめにして、ボウイングもピリオド特有のものである。ピリオドのためか、音色が若干乾き気味である。
ギルバートの指揮は指揮棒を持たない左手を右手と同じぐらい多用するのが特徴。拍を刻むのではなく、音型を指揮棒で示していくタイプである。両手よりも上体の動きで指揮することもある。
バランス感覚も良く、やや地味ながら好演であった。


ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。ピアノ独奏のイノン・バルナタンは、1979年、イスラエルのテルアビブ生まれのピアニスト。ニューヨーク・フィルの初代アーティスト・イン・レジデンスを務めたそうである。
バルナタンはピアノをバリバリ弾くタイプではく、音を丁寧に置いていく感じだが、技巧にはキレがあり、ロマンティシズムの表出も上手い。
ギルバート指揮の都響は十全とは言えないかも知れないが、甘美な音色を生んでいたように思う。


メインであるベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。ギルバートは、第1楽章、第3楽章、第4楽章ではピリオドとしては平均的な速度を採用。第2楽章「葬送行進曲」はピリオドとしてもやや速めである。
弦楽は「エグモント」よりもビブラートを更に抑えた演奏。時折、完全ノンビブラートで生み出される響きが美しい。
ギルバートは管楽器を浮かび上がらせるのが上手く、都響の管楽器も巧者揃いである。特に金管は全員腕利きだ。
今日のギルバートは、残響2秒程度というフェスティバルホールとしては理想的な残響時間を生んでいたが、ゲネラルパウゼを長めに取るのも特徴。今日は私は3階席の4列目、下手端の方で聴いていたが、あるいは指揮台の上ではもっと残響が長く聞こえたのかも知れない。

第1楽章の主題行方不明は原譜通り採用。ギルバートは木管を強調することはせず、本当に行方不明のように聞こえた。意図的にそうしたのかも知れない。

第2楽章には「タタタタン」という、後に交響曲第5番で使用される「運命動機」の原型が聴かれるのだがギルバートはそれを強調することはなく、主題を吹く管楽器の方を優先させていた。

第3楽章と第4楽章の間はアタッカで繋いだギルバート。見通しの良い端正な仕上がりで、ベートーヴェンがモーツァルトから受けた影響なども際立たせて、アポロ芸術的な「英雄」となった。

カーテンコールでは、ギルバートは最後は客席に向かって手を振り、コンサートはお開きとなった。

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2017年5月 5日 (金)

コンサートの記(297) 広上淳一指揮京都市交響楽団大阪特別公演2017

2017年4月16日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで京都市交響楽団大阪特別公演を聴く。今日の指揮者は、京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーの広上淳一。
曲目は、ベートーヴェンの交響曲第5番、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1919年版)。
今日のコンサートマスターは渡邊穣。フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏である。管楽器の首席奏者は前半のベートーヴェンにはほとんど出演せず、ベートーヴェンのオーボエは客演の岡北斗が吹いた。


広上は節目節目でベートーヴェンの交響曲第5番を取り上げており、十八番としている。

今日は二つ指揮棒を軽く振ってから演奏スタート。フェルマータはいつもよりも少しだけ短めにしているようである。ピリオド・アプローチによる演奏であり、音の末尾を伸ばすことはない。
音の密度が高く、弦、管共に充実した演奏を展開する。フルートの浮かび上がらせ方の上手さも目立つ。
第4楽章突入部分の輝かしさは特筆事項で、真の勝利をつかみ取った心の震えまでもが伝わってくるかのようだ。
ベーレンライター版の譜面を使っていたようで、第4楽章ではピッコロの活躍が目立つが、一番浮き上がるところのピッコロは採用しておらず、交ぜて使っているようである。ラストではピッコロを思う存分吹かせていた。
広上は、ジャンプをしたかと思えば、振りかぶって指揮棒を下げ下ろしたり、指揮棒を両手で持って剣道の「面!」のように払い下げたりする。


休憩を挟んで後半。ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」。しなやかにしてソリッドな演奏が展開される。夜想曲やロマンスの可憐さも見事だ。夜想曲ではコンサートマスターの渡邊穣が美しいヴァイオリンソロを奏でた。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」(1919年版)。京響の技術の高さと、明るい音色が十全に発揮された演奏である。広上の弦と管のバランスの取り方も最上であり、ティンパニなどの打楽器の思い切った強打も効果的である。音の百貨店のようにどんな音でも出せる万能系の演奏である。
広上のピョンピョンと跳ねる指揮姿も面白かった。


カーテンコール。広上は客席に向かって、「また来ます」と挨拶。「皆さんのご多幸を祈って」ということで、ビゼーの「アルルの女」第1組曲よりアダージェットがアンコールとして演奏される。瑞々しい出来であった。

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2017年4月12日 (水)

コンサートの記(291) クシシュトフ・ウルバンスキ指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2017大阪

2017年3月15日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、「東芝グランドコンサート2017」 NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会を聴く。

NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団は、ギュンター・ヴァントとのコンビで親しまれた北ドイツ放送交響楽団(NDR交響楽団)が、新本拠地ホールであるエルプフィルハーモニーの落成と共に改名した団体である。
一昨年に、北ドイツ放送交響楽団名義で、首席指揮者であるトーマス・ヘンゲルブロックと共に来日し、大阪のザ・シンフォニーホールでも演奏会を行っていて私も聴いているが、新しい名称になってからは初来日である。
今日の指揮者は、ポーランド生まれの俊英、クシシュトフ・ウルバンスキ。NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者である。昨年まで東京交響楽団首席客演指揮者を務めており、大阪フィルハーモニー交響楽団も数度客演していて、日本でもお馴染みの存在になりつつある。ワルシャワのショパン音楽アカデミーでは指揮をNAXOSの看板指揮者として知られるアントニ・ヴィトに師事。2007年にプラハの春国際音楽コンクールで優勝に輝いている。
シャープな指揮姿であるが、時折、ダンスのようなステップも踏む。


曲目は、ベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:アリス=紗良・オット)、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」。オール・ドイツ・プログラムである。

ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。フェスティバルホールにはパイプオルガンはないので、「ツァラトゥストラはかく語りき」では、電子オルガンが用いられる。

一度楽譜を見ただけで全て覚えてしまう「フォトグラフメモリー」という特殊能力を持つウルバンスキ。今日も指揮台の前には譜面台はなく、協奏曲も含めて全て暗譜で指揮する。

ウルバンスキ登場。どことなくGACKTに雰囲気が似ている。もっとも、GACKTを生で見たことはないのだけれど。


ベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番。ウルバンスキは情熱を持っているのだろうが、それを表に出すことの少ない指揮をする。
全編、ピリオド・アプローチによる演奏だが、特筆すべきは弱音の美しさ。本当に息を飲むほどに美しい超絶ピアニシモである。そしてラストに向けて盛り上がっていく弦楽のエネルギーの豊かさ。爽快なベートーヴェンである。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。ソリストは日本でもお馴染みになったアリス=紗良・オット。日独のハーフであり、「美しすぎる」という奇妙な形容詞が流行った時には「美しすぎるピアニスト」などと言われた。ピアニストのモナ=飛鳥・オットは実妹。
個性的なピアニストであり、ウルバンスキとは異なって情熱を剥き出しにするタイプである。
「裸足のピアニスト」としても知られているアリス。今日は黒いロングドレスの裾を引きずりながらチョコマカ早歩きで登場したため足下は見えなかったが、ピアノを弾くときは素足でペダルを踏んでいるのが確認出来た。

アリスのピアノは、浮遊感、透明度ともに高く、冒頭ではちょっとした歌い崩しを行うなど、今日も個性がフルに発揮されている。
第1楽章終了後、第2楽章終了後とも、ウルバンスキは腕を下げず、アリスがピアノを弾くことで楽章が始まるというスタイルを採っていた。
第2楽章のリリシズム、第3楽章のパワーなどいずれも感心する水準に達している。アリスは右手片手弾きの場面では左手の掌を上に向けて左肩の付近で止めていた。科を作っていたわけではなく、単に癖なのだろう。

演奏終了後、喝采を浴びたアリス。聴衆からお花も貰う(許可がない場合は聴衆としてのマナー違反になりますので、真似しない方がいいです)。

ウルバンスキ指揮のNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団もピリオド・アプローチながら力強い伴奏を奏でた。

アンコールは2曲。まずは、昨年、「ピーコ&兵動のピーチケ・パーチケ」でも演奏していた、グリーグの抒情小曲集より「こびとの行進」。
20年近く前に、砧(きぬた)にある世田谷美術館講堂で、グリーグのピアノ曲演奏会(世田谷美術館の「ムンク展」関連事業)を聴いたことがある。演奏を行ったのは、グリーグ演奏の大家でNAXOSレーベルに「グリーグ ピアノ曲全集」も録音していたアイナル・ステーン=ノックレベルグ。「グリーグ本人の演奏にそっくり」といわれたピアノを弾く人だ。来日前に交通事故に遭ったそうで万全の体調ではなかったそうだが、ステーン=ノックレベルグは、「抒情の極み」とでもいうべき演奏を披露していた。
アリスの弾く「こびとの行進」は、ステーン=ノックレベルグのそれと比べると若々しいのは当たり前だが、リズム感の良さが際立っている。アリスは普段はクラシックは余り聴かず、ポピュラー音楽の方を好んで聴くそうだが、ポピュラーは「リズムが命」という面があるため、クラシック演奏にもプラスに働くのだろう。
メカニックが抜群なのは今更書くまでもない。

拍手を受けて椅子に腰掛けたアリスは、「皆様、今夜はお越し下さってありがとうございます。もうピアノが伸びてきてしまっていますので、最後にオーケストラのメンバーと皆様のためにショパンのワルツ遺作を弾きたいと思います」と言ってから、ショパンのワルツ19番(遺作)を弾く。テンポの伸縮自在の演奏だが、それが効果的であった。


後半、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」。ウルバンスキはやや遅めのテンポでスタートする。冒頭に出てくる3つの音が全曲を支配する「ツァラトゥストラはかく語りき」。ウルバンスキの表現は見通しが良く、リヒャルト・シュトラウスの意図もウルバンスキ自身の意思もよく伝わってくる。
「ツァラトゥストラはかく語りき」は有名曲なので、コンサートで取り上げられることも比較的多いが、これほど楽曲構成の把握がわかりやすく示された演奏を聴くのは初めてである。
NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団であるが、弦も管も技術は極めて高い。この曲は弦楽のトップ奏者がソロを取る場面が何度もあるのだが、全体がそうした室内楽的な緻密さに溢れた好演となっていた。弦の音色は透明度が高く、明るい。輝きに関しては昨日聴いたプラハ交響楽団とは真逆である。管楽器も力強く、音楽性も高かった。
なお、舞台袖での鐘は、グロッケンシュピール奏者が自身のパートを演奏し終えた後で上手袖に下がり、兼任して叩いていた。


アンコール演奏は、ワーグナーの歌劇「ローエングリン」より第3幕への前奏曲。非常に洗練されたワーグナーであり、ドイツの楽団でありながら「ドイツ的」といわれる濃厚な演奏とは一戦を画したものになっていた。

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2017年3月11日 (土)

コンサートの記(280) いずみシンフォニエッタ大阪第38回定期演奏会「満喫!楽聖ベートーヴェン」

2017年2月11日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後4時から、京橋にあるいずみホールで、いずみシンフォニエッタ大阪の第38回定期演奏会を聴く。今回は、「満喫!楽聖ベートーヴェン」と題して、ベートーヴェンを題材にした現代曲と、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」が演奏される。指揮は、いずみシンフォニエッタ大阪常任指揮者の飯森範親。

曲目は、シュネーベルの「ベートーヴェン・シンフォニー」(1985年作曲)、ベートーヴェンの「大フーガ変ロ長調」(川島素晴編曲弦楽合奏版。2003/2016)、西村朗(にしむら・あきら)の「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」(2007年作曲)、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ:若林顕。川島素晴編曲いずみシンフォニエッタ大阪2017年版)

開演30分前からロビーで室内楽のミニコンサートがあり、開演15分前からステージ上でいずみシンフォニエッタ大阪音楽監督の西村朗がプレトークを行う。
西村は、指揮者の飯盛範親と、作曲家でいずみシンフォニエッタ大阪プログラム・アドバイザーの川島素晴もステージに呼び、3人でプレトークを行う。

まず、シュネーベルという作曲家についての紹介。ドイツのシュヴァルツヴァルト地方のバーデン=ヴュルテンベルク州出身であり、飯森は以前、ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督をしていたため、「親しみがあると言いたいのですが」と口ごもる。理由を西村朗が明らかにする、「シュネーベルという人はかなり変な人」だそうである。

「ベートーヴェン・シンフォニー」は、緻密に積み上げられたベートーヴェンの交響曲第5番第1楽章を骨抜きにしてしまおうという妙な意図によって作曲された曲だそうである。


ベートーヴェンの「大フーガ変ロ長調」は、元々は弦楽四重奏曲として書かれたものである。その後、名指揮者であったワインガルトナーによって弦楽合奏のための編曲がなされ、レナード・バーンスタインなども指揮して録音しているが、今回は川島素晴が新たに編曲したものを用いる。川島は、2003年にも同曲を編曲しているが、今回は更に手を加えた譜面での演奏となる。ヴァイオリンの高音を極限まで追求したものだそうである。

なお、オーケストラの調はピアノの平均律などとは違い、高めの音がより高く聞こえてしまうため、調整していると飯森と川島は語る。


西村朗の「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」。日本では年末になるとどこもかしこも第九一色になるが、第九演奏前にベートーヴェンの序曲などを前座として演奏すると、定時に遅れてきたお客さんも、「ああ、本編には間に合った」と思ってくれるそうである。そこで第九のための「究極の前座音楽を書いて欲しい」という依頼を受けて、西村が作曲したのが「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」である。飯森によると「思いの外、好評」だそうである。4つの楽章からなり、第1楽章はベートーヴェンの交響曲第1番から第8番までの要素を順番に出し、その後は、8つの交響曲の中でも有名な曲を優先して出していくという構成である。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。川島素晴がシンフォニエッタ用にオーケストレーションを変更しており、原譜にはないトロンボーンを加えているという。飯森はソリストの若林顕(わかばやし・あきら)について、「以前も共演したことがあるのですが、大分、貫禄がついた」と述べた。

なお、いずみシンフォニエッタ大阪のコンサートミストレスである小栗まち絵が、昨年7月に行われたいずみシンフォニエッタ大阪のジャック・ボディの「ミケランジェロによる瞑想曲」の独奏が評価され、大阪文化祭賞最優秀賞を受賞したということで、ステージ上に呼ばれ、西村から花束が手渡された。受賞の連絡が来た時に、小栗は新大阪駅のホームにいたそうで、電話の内容が良く聞こえず、いずみシンフォニエッタ全体が賞を受けたものだと勘違いしたという。
小栗は、亡くなった主人(京都市交響楽団のコンサートマスターだった工藤千博)や、相愛大学(大阪にある浄土真宗本願寺派の大学。音楽学部がある)での教育も含めて評価されたのだと思うと述べた。


まずは、シュネーベルの「ベートーヴェン・シンフォニー」。コンサートマスターは佐藤一紀。ベートーヴェンの交響曲第5番は、「タタタターン」という4つの音で積み上げられるが、シュネーベルは、これは「ターター」という音に変え、迫力を殺いでしまう。伊藤朱美子と細江真弓による木琴や鉄琴、マリンバなどは運命動機による演奏を行うが、サン=サーンスの「死の舞踏」のように響く。打楽器の山本毅が特殊な楽器を使ってノイジーな音を出し、ハープの内田奈織も不気味な音を発していた。


川島素晴の編曲によるベートーヴェンの「大フーガ変ロ長調」。この曲では小栗まち絵がコンサートミストレスを務める。飯森範親は、この曲だけはノンタクトで振った。
第1ヴァイオリンの高音が特徴だとプレトークで語られていたが、全体的に第1ヴァイオリンは一番高い弦を主体に奏でる。やがて小栗まち絵がソロを取った時に、第1ヴァイオリンのアンサンブル群が現代音楽で聴かれるような超高音を出し始める。最後は小栗まち絵も含めて第1ヴァイオリンが痛烈な高音を発していた。


西村朗の「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」。コンサートマスターは高木和弘に変わる。
ベートーヴェンの交響曲第1番の冒頭が奏でられるが、そこから曲調はめまぐるしく変わる。交響曲第5番は第3楽章など様々な部分が採用され、「田園」では鳥の鳴き声を真似る場面や第5楽章、第8番はメトロノームの動きを真似た第2楽章、第7番はダイナミックな第3楽章などの要素がちりばめられる。第3番「英雄」はプロメテウス主題などが取られていた。

飯森範親といずみシンフォニエッタ大阪の演奏であるが、やはり現代音楽の演奏を長年続けているため、「手慣れた」という印象を受ける。聴き手を圧倒するだけのものはないかも知れないが、レベルは高く、巧い。


休憩を挟んで、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。ピアノ独奏の若林顕は、東京芸術大学、ザルツブルク・モーツァルティウム音楽院、ベルリン芸術大学などで学んだピアニスト。メカニック抜群のヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして知られており、大阪でも難曲として知られるリスト編曲の第九を年末に演奏するなどの催しを行ってきたため知名度は高い。1985年にブゾーニ国際ピアノコンクールで2位、1987年のエリザベート国際コンクールでも第2位となっている。

若林はタッチも技術も極めて堅固。音には独特の煌めきがあり、明るさを感じさせる部分でも燦々とした輝きではなく、漆器のようなどこか渋みのある光を放っている。
飯森指揮のいずみシンフォニエッタ大阪(コンサートマスターは釋伸司)も溌剌とした演奏を披露。ベートーヴェンの指定では木管とトランペットが2管編成なのだが、いずみシンフォニエッタ大阪は単管であるため、代わりに川島が加えたトロンボーン(トロンボーン演奏:呉信一)は低音部を支えるのに効果的であった。なお、ピリオド・アプローチは採用されていなかった。

喝采を浴びた若林に飯森が、「なんかアンコール弾く?」と聞くような仕草をし、若林が「いや、もう勘弁」という風に首を振ってコンサートはお開きとなった。

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2017年3月 6日 (月)

コンサートの記(278) 小菅優ピアノ・リサイタル@びわ湖ホール大ホール2017

2017年2月4日 びわ湖ホール大ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール大ホールで、小菅優のピアノ・リサイタルを聴く。


びわ湖ホールのロビーからは、雪を頂いた比良山系が見えた。

びわ湖ホール名曲コンサートの一環として行われた「小菅優 ピアノ・リサイタル」であるが、曲目はある程度クラシック通でないと内容がわからないものが多く、いわゆる通俗名曲によるコンサートではない。


プログラムは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」、同じくピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」、武満徹の「雨の樹 素描」と「雨の樹 素描Ⅱ~オリヴィエ・メシアンの追悼に」、リストの「巡礼の年 第3年」より“エステの噴水”、リストのバラード第2番、ワーグナー作曲・リスト編曲の「イゾルデの愛の死」

びわ湖ホール大ホールはキャパが大きいので、3階席と4階席は今日は使用されていなかった。入りは、プログラムが渋いことを考えればまずまずである。

小菅優は翡翠色のドレスで登場する。

日本を代表する若手女性ピアニストである小菅優は、1983年東京生まれ。東京音楽大学付属音楽教室で学んだ後、10歳の時にドイツに渡り、以後はドイツで音楽教育を受けている。
コンクール歴が一切ないピアニストとしても知られているが、今は札幌交響楽団の首席指揮者を務めているマックス・パンマーが京都市交響楽団に客演し、小菅優と共演したときに、プレトークで、「小菅優が子供だった頃に優勝したピアノ・コンクールで伴奏を務めていたことがある。成長した姿を見て嬉しく思う」と発言していたので、青少年のためのピアノ・コンクールで優勝したことがあるのかも知れない。
コンクール歴なしとされるヴァイオリニストのアンネ=ゾフィー・ムターも西ドイツ青少年音楽コンクールでは優勝経験がある。
小菅は同世代で共に東京音楽大学ピアノ科特任講師を務める河村尚子と親しいようで、東京では河村と二人でピアノ・デュオ・コンサートも行っている。
超絶技巧の持ち主であり、特にベートーヴェンやリストなどには定評がある。

グレン・グールドのように猫背になって弾くことも多い演奏スタイル。


ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」。一音たりとも蔑ろにしない、極めて集中力の高い演奏を展開する。
日本人女性ピアニストというと、音の線が細いことが多いのだが、小菅はそうした悪い意味での「細さ」や「軽さ」とは無縁である。音にボリュームがあり、情報がぎっしり詰まっている。
やや遅めのテンポで開始した第1楽章。幻想的(ドイツ語の場合は「即興的」というニュアンスも含むようである)というより悲しみを堪えつつもそっと語りかけてくるような趣がある。
立体感のある第2楽章の演奏に続く第2楽章は情熱の奔流。第一級のベートーヴェンである。

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」。軽快さと推進力のある第1楽章も優れていたが、一番凄かったのは第3楽章。小川のせせらぎのように清らかな音が、巨大な流れとなり、最後は浮遊感のある演奏に変わる。マジカルである。

構造力と情熱と強靱なタッチ。良い例えなのかどうかわからないが、小菅は「女版エミール・ギレリス」のようなベートーヴェン弾きである。


休憩を挟んで、武満徹の「雨の樹 素描」と「雨の樹 素描Ⅱ~オリヴィエ・メシアンの追悼に」。繊細にして緻密な設計士の技による優れた演奏である。透明感のある音で、武満の神秘的な音楽を解き明かし、再構成してゆく。

リストの「巡礼の年 第3年」より“エステ荘の噴水”。村上春樹の小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で知名度を上げたリストの「巡礼の年」だが、“エステ荘の噴水”は映画で用いられるなど、以前から有名であった。
清潔感と生命感に溢れるピアノである。

リストのバラード第2番。多彩な音のパレットが生かされる。仄暗い響きから、輝きを放つ音、官能的な音色まで自由自在である。メカニックも驚くほど高度である。

ワーグナー作曲・リスト編曲「イゾルデの愛の死」。びわ湖ホール大ホールは天井が高いのだが、その天井まで貫くような強烈な音がここぞという時に飛び出す。原曲が持つうねりをピアノで極限まで追求したような演奏。まだ30代前半のピアニストとは思えないほどの成熟した音楽であった。


アンコールはメシアンの「プレリュード第1番 鳩」。鳥の鳴き声に惹かれていたメシアンだが、それを不思議な音楽に仕上げている。この曲を聴くと、武満徹がメシアンから多大な影響を受けていることがわかる。
小菅は、ミステリアスにして美しい和音を巧みに紡ぎ出してみせた。


ブラーヴァ! 文句なしのコンサートであった。

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2017年2月 1日 (水)

コンサートの記(270) ヤクブ・フルシャ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第504回定期演奏会

2016年12月8日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第504回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、チェコ出身のヤクブ・フルシャ。

曲目は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(ピアノ独奏:河村尚子)とショスタコーヴィチの交響曲第10番。


1981年生まれの若手指揮者であるヤクブ・フルシャ。東京都交響楽団首席客演指揮者として日本でもお馴染みである。今季(2016-2017)から名門バンベルク交響楽団の首席指揮者に就任。
プラハ芸術アカデミーで、イルジー・ビエロフラーヴェクとラドミル・エリシュカに師事し、チェコ国内で活躍。プラハ・フィルハーモニアの首席指揮者として知名度を上げ、現在では世界的な活動を行っている。
幸田浩子のアルバムにプラハ・フィルハーモニアと共に参加しており、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団や東京都交響楽団とも録音も行っている。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番でソリストを務める河村尚子(かわむら・ひさこ)はフルシャと同い年である。兵庫県西宮市生まれ。5歳の時に一家で渡独し、教育は全てドイツで受けている。最初のうちは日本人学校に通っていたが、後に自らの意思でドイツ語の学校に編入。ハノーファー国立音楽演劇大学大学院ピアノ・ソリスト課程を修了。エッセンのフォルクバング芸術大学の教授でもある。現在は、東京音楽大学ピアノ科の特任講師でもあり、同大学指揮科教授の広上淳一とも親しいようで、何度も共演しており、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」の広上指揮京都市交響楽団との演奏はCDにもなっている。


今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。ドイツ式の現代配置での演奏。


ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。赤いドレスで登場したソリストの河村尚子は今日も怖ろしいレベルの演奏を展開する。
高度なメカニックを誇る河村だが、今日の演奏は技術面で優れているだけでは絶対に弾けない類いのものである。曲が進む毎に輝きを増していくピアノの音色にも驚かされるし、右手と左手が別々の生き物のように鍵盤上で疾駆する様には唖然とさせられる。音は立体感を持ち、感情が宿っている。
第2楽章の哀しみの表現も秀逸であり、「とんでもないレベルのピアニストになってしまったな」という印象を受ける。

フルシャ指揮の大阪フィルは、編成を一回り小さくし、ビブラートを抑えめにしたピリオド・アプローチでの演奏。にも関わらず、広いフェスティバルホールでかなり鳴らす。
チェロやコントラバスをしっかりと弾かせるピラミッドバランスの演奏。古楽を意識したティンパニの硬めの音も特徴である。


河村はアンコールとしてスカルラッティのソナタヘ長調K.17を弾く。フルシャもホルン奏者の前に腰掛けて河村の演奏を聴く。
「玲瓏」そのものだ。


ショスタコーヴィチの交響曲第10番。エキストラを多数入れての大編成での演奏。

フルシャの指揮は、指揮棒を持っていない左手の使い方が巧みであり、雄弁でもある。この曲ではジャンプを繰り返すなど、若々しい指揮姿が印象的である。
オーケストラを鳴らす術に長けたフルシャ。今日も大フィルを盛大に鳴らす。フェスティバルホールの音響は、ショスタコーヴィチを演奏するには実は最適である。大阪市北区と福島区の間にあるザ・シンフォニーホールは優れた音響のホールだが、空間が小さく残響が長いため、最強音で鳴らすと音が飽和してしまうだろう。フェスティバルホールはその心配はない。

ラストもジャンプで決めたフルシャ。実は今日は客の入りはそれほどでもなかったのだが(日本では若い指揮者が振る演奏会は入りが余り良くないことが多い)、聴衆は盛んな拍手でフルシャと大フィルを讃えた。

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2016年8月22日 (月)

コンサートの記(249) 井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第500回定期演奏会

2016年7月21日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第500回定期演奏会を聴く。記念すべき500回目の定期演奏会のタクトを執るのは、勿論、大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者の井上道義。

大阪フィルハーモニー交響楽団は、1947年に関西交響楽団として誕生。「楽団員が関西中から集まっている」ということで常任指揮者の朝比奈隆の意向を受けてのネーミングだった。関西交響楽団としては125回の定期演奏会を行ったが、1960年に大阪フィルハーモニー交響楽団に改称。「大阪フィルハーモニー」のネーミングはNHK大阪放送局が所持していたが、朝比奈隆の自伝などを読むと、朝比奈がNHK大阪から名前を買い取ったらしいことがわかる。その際、定期演奏会も第1回から数え直しになり、大阪フィルとしては500回、関西交響楽団時代を加えると625回の定期演奏会をこなすことになる。


曲目は、バカロフの「ミサ・タンゴ」とベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」

ルイス・バカロフは1933年生まれの現役の作曲家。映画音楽を多く手掛けており、特にアカデミー賞音楽賞を受賞した「イル・ポスティーノ」の音楽で知られる。クラシック音楽の作曲家としても活躍しており、イ・ムジチ合奏団のための新曲、「合奏協奏曲」を書き下ろしたりしている(2011年にザ・シンフォニーホールでイ・ムジチ合奏団が演奏。私も聴いている。ちなみにそのコンサートではエンリオ・モリコーネと坂本龍一の新作も演奏された)。アルゼンチンのブエノスアイレスの生まれ、その後イタリアに移住してマカロニウエスタンの映画音楽作曲家として活躍。現在もイタリア在住でイタリア国籍を取得している。ルーツはブルガリア・ユダヤ系だという。


ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」であるが、井上道義の指揮なのでピリオド・アプローチなのかどうか事前に大フィル事務局次長の福山修氏に確認したところ、「実はモダン(アプローチ)なんです」と教えられる。現在ではモダン楽器によるピリオド・アプローチによる演奏が大流行で、どれもこれもピリオド・アプローチという状態だが、久しぶりにピリオドを前面に出さない「英雄」を聴くことになった。実はもっと聞きたいことがあったのだが、それは実演に接してからのお楽しみとして敢えて聞かないでおく。

今日のコンサートマスターは田野倉雅秋。前半のバカロフはドイツ式の現代配置。後半のベートーヴェンはヴァイオリン両翼配置だが、ドイツ式の現代配置の第2ヴァイオリンとヴィオラを入れ替えた独特の配置。またコントラバスは「ミサ・タンゴ」で合唱が使ったひな壇を利用して上手最後列に計8台、前列に2台、後列に6台という形で登る。


バカロフの「ミサ・タンゴ」。スペイン語による歌唱である。ということで、スペイン人メゾ・ソプラノのサンドラ・フェランデスと、アメリカ生まれだがベネズエラ系でカラカス音楽院で学んでいるバリトンのガスパール・コロンというスペイン語ネイティブの歌手二人が独唱者として招かれている。合唱は大阪フィルハーモニー合唱団。この曲の特徴としてパイプオルガンの代わりにバンドネオンが加わるのだが、日本を代表するバンドネオン奏者である三浦一馬が参加する。

ステージ後方上部に横長のスクリーンが下がり、日本語字幕が投影される。スペイン語では、「主よ」は普通の人に話しかけるのと同じ「セニョール」になるようだ。また「栄」「光」と「栄光」を二文字に分けて一字ずつ交代で立て続けて投影された後、ラストで「栄光」の二文字になるなど字幕にも外連が見られる。

井上はこの曲はノンタクトでの指揮。

「キリエ」「グローリア」「クレド」「サンクトゥス」「アニュス・デイ」の5曲からなる演奏時間35分ほどの作品。最初のうちは歌詞がラテン語でなくスペイン語だという以外は普通の宗教音楽のようだったが、その後、ラテン色が急激に濃くなり、明るい音と旋律による音楽が展開する。その後またシリアスに戻るが、今度はコンガ、ギロ、スネアドラム、大太鼓などが打ち鳴らされ、タンゴというよりサルサに近いノリノリの音楽となる。その後、いかにもタンゴ的なリズムの部分を経て、バンドネオンとチェロソロによる哀切な掛け合いがあり、ラストの「アニュス・デイ」では再び敬虔なムードに帰って終わる。

サンドラ・フェランデスとガスパール・コロンの二人の独唱者はまあまあの出来だったが(特に目立った独唱曲がないということもあるが)、大阪フィルハーモニー合唱団はかなり健闘したと思う。もっとも、発音については私はスペイン語を学んだことがないのでどのレベルにあるのかはわからない。

三浦一馬のバンドネオンは高度な技巧とシリアスな音色を合わせ持ち、聴き応えがあった。


ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。井上は譜面台に総譜を置いたが、結局ページを開くことはなかった。暗譜による指揮である。
モダン・アプローチとはいえピリオドの影響皆無というわけではなく、ピリオド・アプローチが盛んなる前のモダンスタイル比べるとビブラートもやや少なめであるし、第1楽章などはテンポも速い(テンポに関してはピリオドの影響とは一概にいえないところがある)。ただボウイングはピリオドのそれとは異なる。フェスティバルホールの音響もあってか、明るめの音色による演奏であり、楽器も抜けの良い音を出している。
井上は金管の内声部を表に出したり、チェロの音を浮かぶ上がらせたりと自在な指揮。盛り上げ方も上手い。
そしてクライマックス。トランペットが旋律を……最後まで……吹き切った。実はベートーヴェンの時代にはトランペットは今ほど発達しておらず、クライマックスのトランペットでは高音が出ないという理由で、途中で主旋律担当が木管楽器に変更になるのである。ところが木管楽器はトランペットに比べると音が弱いので他の楽器の演奏に埋もれてしまい、主題が行方不明になることで有名である。1990年代までは、「ベートーヴェンもトランペットが当時もっと発達していたら当然最後までトランペットに吹かせただろう」という理由で、編曲して演奏するのが主流だったのだが、その後、「ベートーヴェンが書いた通りにやろう」ということで、主題行方不明を採用する演奏が増えた。木管がベルアップして吹いて主旋律が聞こえるよう工夫した演奏もある。
だが、やはりトランペットが最後まで旋律を吹いた方がずっと興奮度が高い。実は「トランペットを最後まで吹かせるのか」というのが福山さんに本当は聞きたかったことなのである。第500回定期演奏会というハレの場にふさわしい演出である。流石、井上ミッキー!

第2楽章はテンポを落としてじっくりとした演奏に変わる。第2楽章でのクライマックスでもそれほど熱くならない格調の高い演奏である。
ベートーヴェンの「運命動機」というと交響曲第5番で初登場と思われがちだが、「英雄」でも「ジャジャジャジャン」の音は全編を通して用いられている。井上の作る「英雄」は運命動機の把握がしやすい。

第3楽章はトリオのトリオホルン(駄洒落ではない)が有名なのだが、かつての大フィルはホルンに弱点があった。だが、メンバーが入れ替わるなどして腕は上がり、今日も1カ所だけ軽いミスがあったが、その他は輝かしい吹奏を聴かせる。

第4楽章も美しく、パワフルな演奏。井上は第1ヴァイオリンへの指示から素早く第2ヴァイオリンへの指示に切り替えたり、音型通りに指揮棒を左右に激しく振ったりと外連味もたっぷりな指揮。楽しい「英雄」となった。ヒロイズムも十分だ。


演奏終了後、井上は、「500回続けるのは大変なことです」と客席に語り、「明日は満席だそうです。フェスティバルホール万歳! 大フィルありがとう! みなさん、おやすみなさい!」で締めた。

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2016年7月 6日 (水)

コンサートの記(246) 山田和樹指揮 バーミンガム市交響楽団来日公演2016大阪

2016年6月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団の来日演奏会を聴く。

イギリスのEU離脱の中で行われる来日公演。時期がたまたま重なってしまった。

バーミンガム市交響楽団(City of Birmingham Symphony Orchestra。略称はCBSO)の来日演奏会を聴くのは通算で3度目。最初は1990年代後半に、東京・初台の東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”で、サー・サイモン・ラトル指揮の演奏会を聴いた。ラトルはすでにベルリン・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督への就任が決まっていたはずだが、前半に現代音楽が並んだということもあり、当日のタケミツホールは半分も入っていないというガラガラ状態。聴衆の現代音楽アレルギーを目の当たりにした格好だった。後半のベートーヴェン交響曲第5番の演奏は刺激的でとても面白かったが、それが「ピリオド・アプローチ」なるものによって演奏されたものだと知るのは少し経ってからのことである。

2度目は、2002年、京都コンサートホールにおいて。私が京都コンサートに初めて足を踏み入れたのがバーミンガム市交響楽団の来日演奏会だったのだ。指揮者は当時、CBSOの音楽監督を務めていたサカリ・オラモ。メインで演奏されたシベリウスの交響曲第2番が清心な出来映えであった。

ただ、前回聴いたのが2002年ということで、実に14年ぶりのバーミンガム市交響楽団体験となる。メンバーも大幅に変わったはずで、ファゴットの女性奏者はクラシックではまだ珍しい黒人である。

曲目は、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:河村尚子)、ベートーヴェンの交響曲第7番。

日本人若手指揮者界のトップランナーともいうべき山田和樹は、1979年生まれ。東京芸術大学在学中にオーケストラ(トマト・フィルハーモニー管弦楽団。現:横浜シンフォニエッタ)を立ち上げ、2009年には第51回ブザンソン国際コンクールで優勝という経歴から、「リアル千秋真一」と呼ばれたこともある。今年の秋からは先日来日もしたモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督に就任することが決定している。その他に、スイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団とオーケストラ・アンサンブル金沢のミュージックパートナー、横浜シンフォニエッタの音楽監督など多くのポストを牽引している。現在はベルリン在住。

ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲。今日のメインはベートーヴェンの交響曲第7番だが、その初演を聴いて、「ベートーヴェンもついに気が狂ったか」と日記に記しているのが他ならぬウェーバーである。

アメリカ式現代配置での演奏。バーミンガム市交響楽団はラトルの時代から仄暗い響きを特徴としていたが、それは今も守られているようである。
弦はビブラートを抑えたピリオド奏法だが、盛り上がりを見せるようになるとビブラートを盛大に掛けるため折衷様式の演奏である。ティンパニが堅めの音出しているのが古楽風だ。
山田のオーケストラ統率力は極めて高い。

 

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番。フェスティバルホールはステージが広いので、予めオーケストラを奥寄りに配置し、ピアノを下手奥から正面へと移動させることで、楽団員が退場しなくても場面転換が可能になっている。

真っ赤なドレスで登場した河村尚子(かわむら・ひさこ)。今、最も注目に値するピアニストの一人である。1981年、兵庫県西宮市生まれ、5歳の時の一家で渡独。ドイツで普通教育と音楽教育を受け、現在もドイツ在住である。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は、超絶技巧が必要なことで知られており、「弾き終わったら気が狂う」といわれるほど難しい。そのため、技巧を見せびらかすためにバリバリと弾くピアニストも多いのだが、河村尚子のスタートは慎重である。何かを探しながらためらいつつ進むという趣。技巧よりもラフマニノフの内面に光を当てたピアノである。
河村の特長であるヒンヤリとした音色を持つエッジの効いたピアノはラフマニノフにピッタリである。山田が指揮するバーミンガム市響も立体的な伴奏を奏でる。山田はスケールの的確さというものを理解しており、徒にスケールを拡げすぎることがない。

第2楽章を煌めきと不安とで彩った河村。その河村が第3楽章に入ると技巧を前面に出して、熱烈な凱歌を奏でる。ベートーヴェン的解釈と読んで良いのかはわからないが、第1楽章や第2楽章での憂鬱が圧倒的な音の波に呑み込まれていく。ラフマニノフの勝利を河村は鍵盤に刻みつける。決して、情熱をまき散らす様な演奏ではなく、今この時に刻印する。ただの「お祭り」に陥らない音楽を河村は創造する。本当に優れたピアニストだ。

山田指揮するバーミンガム市交響楽団の迫力も虚仮威しでなく、良かった。

河村のアンコール曲は、ラフマニノフの前奏曲変ト長調作品23の10。
音楽が底から沸き上がってくるような、不思議な曲であり、演奏であった。

ベートーヴェンの交響曲第7番。山田は以前、大阪フィルハーモニー交響楽団を指揮して同曲を演奏している。
アメリカ式の現代配置ではあるが、ティンパニは指揮者の正面でははく、上手奥に位置する。しかも古楽用のバロックティンパニでの演奏である。

ということで、このベートーヴェンでは徹底したピリオド・アプローチによる演奏が展開された。弦楽器がビブラートを用いることはほとんどない。ホルンはモダン楽器を使用していたが、トランペットは通常のものとはやや違うように見えた。ピストンが着いているようには見えないのである。ナチュラルトランペットにも見えないが、過渡期的な楽器を使ったのだろうか。

ピリオドによって様式は異なるが、演奏の出来不出来に影響はしない。山田の楽曲構造把握は抜群で、マスとしてのスケールをきちんと把握して演奏している。そのため、決して大言壮語のベートーヴェンにはならない。

ベーレンライター版の楽譜を用いてるため、通常とは異なるところがいくつかあったが、特に気にする必要はないだろう。第3楽章のティンパニとトランペットの強奏は意図が余り伝わってこなかったが。

第1楽章と第2楽章で一つの音楽、第3楽章と第4楽章でもう一つの音楽という昨今流行のスタイルでの演奏。
少し軽い気もしたが、爽快な演奏ではある。第3楽章と第4楽章ではジャンプも飛び出すなど、指揮姿も躍動感に溢れていた山田。金管の強奏、ティンパニの強打も効果的で迫力ある第7を生み出した。ただノリが良すぎてベートーヴェン的要素が後退してしまったのはマイナスかも知れない。

アンコール。まず山田のスピーチ。「イギリスではシェイクスピア没後400年ということで、コンサートでシェイクスピアにまつわる様々な楽曲が毎回のように演奏されています。それではウォルトンという作曲家による『ヘンリー五世』より“彼女の唇に触れて別れなん”」。山田がオーケストラの方に向き直って演奏スタート。弦楽合奏のための曲である。映画音楽だそうだが、気高い曲調で、演奏もエレガントであった。

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