2018年2月 8日 (木)

南座新開場公式案内映像

鴨東記にも紹介しましたが、京都四條南座の新開場が松竹より公式に発表されましたのでお知らせいたします。

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2018年2月 5日 (月)

疑うべきもの

疑うべきもの。権威、常識、自分。

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2018年1月 1日 (月)

あけまして

おめでとうございます。

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2017年7月 1日 (土)

E

E1+E2/E3=E

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2017年6月30日 (金)

もう誰も

追いつこうと懸命に走っていた。
気がついたら前にもう誰もいない。
これからは絶対的で究極の孤独を抱えて、一人進むしかない。

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2017年5月19日 (金)

説明

「説明が多い」などといわれたことがありますが、「いくら説明しても内容がわからない馬鹿」にそんなことを言う資格なぞないということです。

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2017年3月14日 (火)

場所 左京区岡崎について

 もう随分前のことだが、京都会館がロームシアター京都に改修されることで、京都会館のある左京区岡崎が河原町のようになるという危機説を唱える人がいた。岡崎が河原町になる危機? 正直、何をもってそういうことを語るのかはよくわからなかった。人が多くなることを言っているのだとすればなんとなくわかるのであるが、どうも岡崎が商業地区になるという危惧を語っているようにであった。
 
 普通に考えれば平安神宮のある場所が河原町のようになる訳がない。寝言は寝て言えとも思う。
 劇場は劇を快適に上演する場所であり、劇を心地よく観る場所である。コンサートホールはコンサートをたのしんで聴く場所であり、上機嫌で行う場所である。それ以上に優先すべきことは何もない。絶対にない。「おんぼろ施設を我慢して使え」といえるような無神経は私には理解出来ない。
 
 建築とは目的が達成されない時にはもう意味がないのである。建築とは飾りではなく生きているものである。使途に合わなくなった建築はお飾りになる。「お飾りに価値がある」と思う人もいるのかも知れないが、京都会館のような巨大建築をお飾りにして良いと本気で考えていたということなのだろうか。
 
 京都会館がロームシアター京都になって1年以上が経つが、当時の改修反対派からロームシアター京都の使い勝手の声は聞かれない。反対するなら反対が否決された結果についての発言も責任を持って行って欲しい。反対するだけなら馬鹿でも出来るが、「何が是で何が非」なのか事後も検分することは発言に責任を持つべき人間としての使命なのだから。
 

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2017年1月16日 (月)

我々はアーサー・ミラーにすら

我々はアーサー・ミラーにすら追いついていない。そして差は開くばかりだ。

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2017年1月 1日 (日)

あけまして

おめでとうございます。

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2016年12月 7日 (水)

リアルを追求すると演劇は死ぬ

そこに「日常」の続きはいらない。

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