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2005年11月 6日 (日)

巡り合わせ

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舞台に見立てられた空間に置かれた椅子。椅子そのものとして用いるのではなく、これも別の置き道具の見立てである。

いかん、遅刻する。
30分遅れで稽古スタート。ウォーミングアップをした後、早速、台本を読みながらの立ち稽古に入る。

台本を書いている時と、実際に役者がセリフを喋っている時のイメージが異なるのは当然であるが、

肉眼で見て、自分の耳で聞いて初めてわかることがある。役者の動きを見ていて良いアイデア浮かぶことも多い。
やはり戯曲を書くなら、一度は自分で演出もやってみた方がいいということだろう。

今日は全編を読み通す。短い作品なので比較的楽ではある。

永尾よしろう演じる一人芝居だが、私(本保)も合いの手を入れ、動いてもみる。

あまり動きのない芝居だが、今回は比較的動きを多く入れた稽古にしてみる。ただ今日は動きをつけすぎた。動と静の部分がくっきり分かれ、お互いを引き立たせるようになれば理想的だろう。

稽古終了後、これまでの二人の人生について軽く語り合う。互いに、それなりに年を重ねているから、色々な不思議な巡り合わせも経験している。人生は直線ではないということも勿論理解している。

思えば、今、私が京都で暮らしているというのも不思議だ。関東に生まれた人間が就職以外の理由で関西に定住を決めるということは稀である。「東京」の存在が余りに大きいためだ。関西の大学に進学する関東人も少なくないが、卒業後は関東に戻るというのが王道だ。良く言われるように京都は「通過する街」なのである。

3年半ほど前に京都に来た。良くも悪くも色々な巡り合わせがあった。必然として、あるいは蓋然的なものとして。

ただ、まだ感傷に浸る歳でもない。人生を思い返す歳でもない。

文章が余計なところに飛びそうなので、今宵はこれまでに致しとうござりまする。

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