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2005年12月30日 (金)

今年最後の稽古

午後1時からフリースペースYOUで稽古。今年の稽古はこれで最後になる。

年末ということで「蛍の光」を歌いながらトレーニング。実際は「蛍の光」は物事が終わるときの音楽ではないのだけれど。

まず、1回通す。つっかえたときに即興で繋ぐ訓練も必要だな、と思う。

ということで、エチュードを入れる。

最初は、市役所の職員(私が演じた)と窓口を訪ねてきた市民(永尾さんが演じた)とのやりとり。市民は色々訊こうとするのだが、市役所の職員が相手を交わしていくという設定。

次いで、警官と泥棒。深夜2時、泥棒が盗みを終えて街を歩いているところを横から急に出て来たパトロール中の警官に尋問されるという設定。泥棒を永尾さんが、警官を私が演じる。上手く言い逃れれば泥棒の勝ちだったのだが、残念ながらかなり怪しい答えばかりだったので、署まで引っ張られてしまった。

続いて、病院。医師と癌の患者。最初は私が医師を、永尾さんが患者を演じる。それから今度は交代して永尾さんが医師を、私が患者を演じてみた。

永尾さんは新劇出身でエチュードはあまりやったことがないだろうから、トレーニングとして有効であったろう(一回やったくらいでは有効ではないかも知れないが、一応、有効だったことにしておく)。

歌の練習。それから通しをもう一度行って稽古を終える。ネタバレするので詳しいことは書けないのが残念である。

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2005年12月29日 (木)

年末の稽古

今年もあと3日。12月29日、フリースペースYOUで稽古。ご厚意により、特別に年末も使わせて頂くことが出来た。

トレーニング。二人ともに歌える曲が少ない。取り敢えず「お正月」(♪もういくつ寝るとお正月)を歌うが、曲が短いのでトレーニングにならない。そこで「月の砂漠」(♪月の砂漠をはるばると、旅のラクダが行きました)を続けて歌う。余談だが「月の砂漠」の歌詞は私の出身県・千葉県の外房南部にある御宿(おんじゅく)という街の海岸をイメージして作られたものである。

歌と楽器の練習。永尾さんの演奏は思ったよりも上手である。
永尾さんは現在の学校における音楽教育に不満があるそうだ。私も自分が小中高と受けた音楽教育には疑問を感じている。今でこそ私は「音楽青年(もしくは音楽もうすぐ中年)」だけれど、子供の頃は「音が苦少年」であった。音楽を聴くのは好きだったけれど、音楽の授業は嫌いであった。あれでは「音楽」ではなくて「音学」である。

1回目の通し、細部をチェックしつつも流れ重視でやる。今回は上演時間の短い劇ということもあって、小返しはほとんど行っていない。

寒いので灯油ストーブを入れるが、空気が悪くなる。私は気管支が弱いのでこういうときは困る。

2回目の通し。途中で電気点検の人がやってきたので中断。まあ、仕方ない。点検は必要だ。通しを終え、少し早めに稽古を終える。

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2005年12月28日 (水)

「ひと・まち」での今年最後の稽古

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今日は2部屋をつなげていつもより広いスペースで稽古を行った。

午後1時から、ひと・まち交流館で稽古。「ひと・まち」を使った今年の稽古は今日で最後。明日からは別の稽古場に移る。
今日は2部屋分の広いスペースで稽古を行う。

呼吸法を取り入れたストレッチをし、トレーニングで汗を流す。今日は石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」を歌う。
しかし、「津軽海峡・冬景色」の歌い出しは、

♪上野発の夜行列車降りたときから

なんですね。今は夜行で青森に向かう人も少ないだろうし、青函トンネルも出来ているので青森で乗り換える必要もない。時代は変わった。

ホワイトボード2つに絵を描く。何を描いたのかはネタバレするので書かない。

まず1回通してみる。セリフとセリフの繋がりをチェック。スムーズに行くように工夫して、2回目の通しを行う。流れは出来ている。あとは細部をどこまで詰められるかだ。

体が冷えてきたので運動。北原白秋の「あめんぼのうた」を歌いながら行う。声を出しながら体を動かすと一層ハードだ。

それから歌の練習。誰もがメロディーは知っている歌である。歌詞を全て歌える人は少ないだろうけれど。歌詞とメロディーが上手く合わなくて二人とも苦労する。

最後にタイムを計りながら通し。いいタイムだ。

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2005年12月25日 (日)

クリスマス・イヴ

クリスマス・イヴ。この日も稽古がある。「ひと・まち交流館 京都」で。

外は寒いが、建物の中は暖かく、トレーニングをすると体から汗が出る。

2回通す。比較的順調。演技にも自発性がある。まだまだ完成度は上げられそうだ。

歌の稽古も少しする。

永尾さんが来年2月に出演する、滋賀県の劇団、「草の根劇場 劇団かいつぶり」の公演について少し話す。すでに稽古は始まっているのだが、まだ脚本が全部出来上がっていないということだ。小劇場には多いことである。

ホワイトボードに絵を描いて稽古をした。うん、前回よりは似た顔になっていたと思う。

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2005年12月22日 (木)

雪の日の稽古

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フリースペースYOUから見た雪景色

12月22日、京都は大雪となったが、そんな日でも稽古は続く。
午後1時から下鴨のフリースペースYOUで稽古。外は寒いがトレーニングをすると汗をかくほど体が温まる。

後半を2度返してみる。後半はある理由により堅い言葉が多い。文語調で、普段は話さないような単語が多いので口に馴染むのに時間が掛かるのだ。

部屋が寒くなったので再びトレーニングをして体を温める。

それから全編を通す。ストップウォッチでタイムを計る。いいタイムだ。

歌の練習もする。今回の劇には歌の場面がある。何の歌を歌うのかはお楽しみ、ということでここには書かない。

それから再び後半のみを演じる。セリフが口と体にフィットしてきているのが感じられる。よしよし。

休憩時間の会話
私:「ホワイトクリスマスって見たことないんですよね」
永尾:「ほんま? (京都では)ホワイトクリスマスは結構あるで」

とのことである。今年はホワイトクリスマスになるのか? 少し楽しみである。

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2005年12月21日 (水)

12月21日の稽古

朝から稽古である。朝は余り声が出ないので、稽古には向かない時間なのだが、稽古場として使っている「ひと・まち交流館 京都」の一室が、今日は午前中しか取れなかった。まあ、仕方ない。やれる時間にやる。それだけだ。

声出し、ストレッチ。それから、私(本保)一人で演じてみる。

永尾さんが到着したのでトレーニング。いつも歌を歌う。今日は渚ゆう子の「京都慕情」。私と永尾さんは年齢が22離れているので、二人ともに歌える曲は少ないのである。

稽古場にはホワイトボードがあるので色々と書き込みをする。今日はホワイトボード一杯にあるものを書いて稽古したのだが、何を書いたのかは内緒。ネタバレするからで、別に変なものを書いたわけではないです(多分)。

1回、流れ重視で通した後、今度は止めつつやる。流れが良すぎて、却って不自然になっている場面もあるので、間を取ってみる。演技が自然か不自然かは、実は思っているよりは重要ではないと私は思っている。演劇は嘘なのであり、嘘だからこそ価値のある部分も多いからだ。しかし、観る側を引き込むにはある程度の自然さは必要となる。

せっかくホワイトボードに色々書いたので、

「コピーしてみませんか?」
と私が提案(ここのホワイトボードは読み取りと印刷が出来るようになっている)。

しかし、上手くコピーを取ることは出来なかった。少し残念。

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2005年12月18日 (日)

C.T.T.公演チラシ

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下にも載せましたが、一回り大きなサイズで載せます。

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C.T.T.Vol.58公演 「生まれ変わるとしたら」

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来年1月の鴨川左岸の公演案内です。

鴨川左岸C.T.T.公演(鴨川左岸 一人芝居Vol.1)
「生まれ変わるとしたら」 作・演出:本保弘人 出演:永尾よしろう

アトリエ劇研 C.T.T. Vol.58の一本として上演(金乃梨子氏「聞こえてくる...」(ダンス)、山谷一也氏「マイム短編集」(パントマイム)との三本立て)

会場:アトリエ劇研
2006年1月7日(土) 午後3時開演
2006年1月8日(日) 午後2時30分開演

前売り・当日とも 1100円

企画製作:C.T.T.事務局
共催:アトリエ劇研

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2005年12月17日 (土)

フリースペースYOU2 での稽古

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12月16日、金曜日。「フリースペースYOU」の2階に今月オープンした「フリースペースYOU2」で稽古。間口はこれまで使ってきた稽古場の中でも一番広い。

ウォーミングアップとトレーニング。広いため暖房はあまり利かないが、割合激しいトレーニングなので汗だくになる。
トレーニング中にはいつも二人で歌を歌うことにしているのだが、今日は加山雄三の「君といつまでも」を歌う。
いい年した男二人が「君といつまでも」を歌っているのを第三者が見たら苦笑するだろうな。

流れ重視で1回通した後、前半だけを2回繰り返して稽古する。細部をチェック。

戯曲中に古典戯曲の一シーンを演じる場面がある。今度はその部分を重点的にやる。
解釈と表現法。修飾過多のセリフなので、そのまま言ったのでは(少なくとも日本人が演じると)変になってしまうので、動きを入念につける。却って変になった気がしないでもないが、中途半端になるよりはずっとましだと思う。

休憩中に音楽についての話。
永尾さんはファドというジャンル(ポルトガルの歌)が好きだそうである。ファドについては私はよく知らないので色々教えて貰う。
永尾さんと同い年で、立命館大学の同期生でもある、日本におけるファドの第一人者・月田秀子さんについて教わる。

永尾:「月田さんのホームページに行くと何曲かファドのサンプルが聴けるわ」

というので、帰ってから早速探して聴いてみた。なるほど。
ところで月田さんが立命大に入った動機は凄い。敢えて書かないけれど、凄い。

それからエンヤだとか、アイリッシュ・ミュージックについても話す。

もう1回、前半を通してから稽古そのものは終了。

それから、例の「異文化コミュニケーション」をやる。日本語を使わずにコミュニケートを図る訓練。
「好きな野球選手は?」と聞いたのだが、永尾さんの「ゴジラ」というジェスチャーに、「50代の人が、松井秀喜が一番好きということはないだろう」と私は思い込んいたので、通じているのに長引くという結果になった。
野球選手は形態模写がしやすいのでわかりやすい。王貞治のフラミンゴ打法や、長嶋茂雄のスローイング。松井秀喜の首を動かす仕草。村田兆治のマサカリ投法。野茂英雄のトルネード投法など。

福岡県出身の永尾さんが西鉄ライオンズ(現・西武ライオンズ)の話をする。
「(黄金時代を築いた)良い選手はみんな出て行ってしまって、どん底だった」だとか。

その後、私は一人残って、戯曲「生まれ変わるとしたら」の全編を演じて、タイムをチェックする。私は少し早口なので、上演タイムは24分20秒ほど。永尾さんが私より早く演じるということはないだろうから、延びたとしても26~27分ほどだろう。30分以内にきちんと収まる。

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2005年12月16日 (金)

西日差す

12月15日。ひと・まち交流館で稽古。

稽古場として使っている部屋の西側には大きな窓があり、曇りガラスながら今日は日が強く差し込んでいる。

そこで電灯の明かりを使わずに、日の光だけで稽古してみる。俳優の正面に光り溢れる窓があり、いい雰囲気を作っている。

少し早めに交流館に着き、発声練習をする。それから明治大学の校歌を熱唱するというはた迷惑なことをしてからウォーミングアップ。

自分で書いた戯曲を自分で演じてみる。自分で演じて初めて気づくことがある。気づいたことを後で永尾さんに伝えた。

永尾さんが到着したので、ウォーミングアップを行い、最近観た演劇について語る。

2回通す。今日は流れ重視である。流れ重視により良くなったところがある。
平田オリザさんは「演出家は振り付け師じゃない」と発言しているけれども、私の演出は(少なくとも今回は)振り付け師に近いかも知れない。しかし私の振り付けを超えた面白さが出ているところがあった。

最後は「異文化コミュニケーション」(日本語を使わずに伝達する)。
「どこかに行きたい」ということはすぐに伝わるが、それ以外のことは伝わりにくい。
主語と目的語(「何が」、「何を」、「何に」)を伝えるのは比較的簡単なのだけれど、述語(「どうする」)の部分は理解が難しいのだ。言うまでもなく一番大切なのは述語の部分なので、それが伝わらないと、いくら主語が伝わっても、どうにもならないということになる。難しい。

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2005年12月 9日 (金)

大阪はどの方角にありますか?

12月8日、木曜日の稽古。

まず、日本語を使わないコミュニケーショントレーニング(某CMを真似して「異文化コミュニケーション」と名付けた)を行ってみる。私が「大阪はどの方角にありますか?」と北京語で訪ねてみる。永尾さんには通じないから、身振りを加える。大阪城天守閣、お好み焼き、たこ焼き、漫才。しかし結局通じなかった。
永尾さんは、私が宙に描いた大阪城天守閣を「クリスマスツリーだと思った」そうだ。そう言われると確かに形はクリスマスツリーに見えたかも知れない。

今度は何語でもない言葉(出鱈目語)を使い、「平安神宮に行きたいのですが」という質問をしてみる。平安神宮といえば巨大鳥居。というわけで鳥居を宙に描き、見上げるポーズ。更に柏手を打つなどして神社を表現する。
今度は通じた。良かった。

今日は、あるセリフを体を使ってより良く表現することに主眼を置く。普通にセリフを喋るだけで流してしまった方が見栄えが良いし、自然なのだが、それでは一人芝居の楽しみが削られてしまう。

取り敢えず大袈裟に。

私:「いやー、これは絶対に笑いが起きますね」
永尾:「思い切って笑いにしようか」

などと言いながら何パターンかやってみる。
現時点では最良を思える方法を見つけて、実際に演じてみる。うん、悪くはない。
ここはまた後で練り直そう。

また、一箇所、セリフに思い切って手を加える。文学的な表現になったが、日常会話には無い引っかかりが出来た。スムーズ過ぎるセリフ運びにも抵抗があるので、これぐらいの引っかかりは付けた方がいいだろう。

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2005年12月 8日 (木)

12月7日の稽古

12月7日水曜日は午後1時から左京区下鴨のフリースペースYOUで稽古。

ウォーミングアップを行う。自分で考えたものだが結構ハードである。冬なのに汗だくになってしまう。

今日は2回通す。1回目は流れ重視。セリフの細部が変わっていても意味が同じなら止めない。そもそも、セリフは戯曲に書いてあるものをそのまま忠実に言わなくてはならないという考えは、少なくとも作家としての私にはない。

セリフよりも動きを中心に見る。観客に想像させる部分の多い本であり、上手く伝えなくてはと思う。

2回目は細部をチェック。なるべくわかりやすい表現を心がける。自然な演技やリアルな芝居も重要だけれど、「内容が伝わらないと意味がない。意味がなければやる意義もない」。

自分でも演出過剰かな、と思うところもあるが、役者の力量を見せるにはこれぐらいやらないといけないのではないか。セリフを聞かせるだけなら「演出」というほどのことはしなくていいのだから。

ラストにちょっとしたゲームをやる。日本語を使わずにコミュニケーションを図るというもの。日本語を使わないとは書いたが、「言語化された身体」は使う。身振りが大きくなり、演技が西洋的になるのでやりすぎるのはよくないが、日本の俳優はどうしても身体をもてあまし気味になるので訓練としては有効だろう。

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2005年12月 2日 (金)

演じる。稽古

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「ひと・まち交流館 京都」の一室。机を片づけると稽古に十分なスペースが出来る。

正午に「ひと・まち交流館 京都」に着いて、一人、ウォーミングアップと軽い運動をしてから、自分で自分が書いた劇を演じてみる。私自身が演技をつけることも多いので、劇を十全に、声も含めた「身体」として捉えておこうと思ったのである。

自分が書いたテキストなので、演じるのは比較的楽である。セリフの緩急の付け方、間の取り方、声量、体の向き、セリフの背後の心理の真実と嘘、ある単語の別の意味へのすり替え。全てわかっている。しかし、全てわかっているということは仇になることが多い。私の思う全てが全てではないからだ。「全てわかっている」などという状態は本当はあり得ず、「全てわかったつもり」になっていることが常だからだ。自作自演の一人芝居の公演でも演出を立てることが多いのはそのためだろう。

永尾さんが到着したので、通し。順調とはいかないまでも、通す。この時点で順調に通せると却って恐いのでこれでいいのだろう。一箇所、「観客に伝わりにくいかな」というところがあるのでわかりやすくしてみる。自然さは失われたが、伝わらないよりは良いだろう。
後は前半の細部を詰めていく。決定はしない。可能性を拡げていく。もちろん優柔不断であってはならないから変えてはいけない場所は絶対に変えない。ただ流動的に。形も大切だが、崩しも大切。今回の一人芝居はむしろ崩しの方が大切だが、それはまた後日。

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2005年12月 1日 (木)

フリースペースYOU での稽古

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アトリエ劇研の近くにあるフリースペースYOUで稽古。名刺代わり公演と称して鴨川左岸としての初公演「あいしてる」の公演を行った場所でもある。普段使っている稽古場より幾分広い。

ストレッチ、ウォーミングアップなどをする。私は呼吸法を取り入れた上半身のストレッチをしている。本から学んだもので、まだ自分のものにはなっていないのだが、とにかくやる。

通し。セリフを厳密に言うのではなくある程度の余裕を持たせる。永尾さんが演じた後で、私も実際に演じてみてチェックする。余分と思えたセリフはカットしていく。

2回目の通し。一人芝居だけに役者をどう見せるのかが重要だ。ある程度理屈を用いたり効率を良くする必要もある。これは西洋的な手法であり、「何を」より「どう」に重点が置かれる傾向があるため私個人はあまり好きではないのだが、作品理解は深まるはずだ。1回目よりフォルムがスリムになった。どこを削り、どこを膨らませるかが今後も課題となるだろう。

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