« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2006年5月 7日 (日)

劇団「かいつぶり」と 2

劇団「かいつぶり」と

4月23日は、午前9時半に森遊館をチェックアウト。ちなみに写真は森遊館の部屋からの眺めです。
「こんぜ道の駅」で買い物。ブルーベリー羊羹とドライパイナップルを買う。ブルーベリー羊羹は美味しゅうございました。

それから信楽のミホミュージアムへ。日本をはじめ、中国、インド、ガンダーラ(アフガニスタン)、ペルシャ(イラン)、ギリシャ、エジプトの美術に触れる。ところで滋賀県信楽町は全国区の地名だったのですが、合併により甲賀市信楽という地名になりました。甲賀は「こうが」という通称の方が有名ですが、正式には「こうか」と読みます。
その後、田代高原の家・レストラン辛夷(こぶし)で近江牛ステーキ定食を食べる。しかし、信楽(しがらき)、甲賀(こうか)、辛夷(こぶし)と難読名が並びますね。とはいえ、近江牛ステーキ美味しゅうございました。   

劇団「かいつぶり」は滋賀県の劇団なので、地元を題材とした劇もやりたいそうですが、そうなるとどうしても時代劇をやることになります。現代劇で地元のことをやろうとすると、暗い話になりがちになります。以前、「かいつぶり」のIさんに滋賀県で起きた知的障害者虐待事件を題材に戯曲を書いてみない? といわれたのですが、そうなると完成度を高めるためには救いも何もない結末にせざるを得ないのですね。「希望」ある結末はどうしても嘘臭くなります。悪は退治されなければいけないのですが、悪とはいえ、人が凋落するのは悲しいことです。         
『チャンスの神様』の公演に参加して、大津の観客は「かいつぶり」には完成度よりは親しみやすさを求めているらしいと感じました。劇団の多様性という視点からも、垂直的思考にばかり拘泥するのは得策なのかどうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 6日 (土)

おくればせながら劇団「かいつぶり」懇親会レポート

おくればせながら劇団「かいつぶり」

4月22日、23日と、劇団「かいつぶり」の懇親会に参加してきました。2週間が経過してしまいましたが、おくればせながらレポートを書きたいと思います。劇団「かいつぶり」は大津市の劇団で、今年2月に本拠地である滋賀会館で、『チャンスの神様』を上演しており、その際に私も裏方として参加しました。それで懇親会にも呼ばれたわけです。
滋賀県栗東市にある金勝の里(こんぜのさと)「森遊館(しんゆうかん)」で1泊の懇親会は開かれました。写真がその森遊館です。「かいつぶり」の他には京都の少年野球チームが合宿に来ており(すぐそばに野球場がある)、彼らが食堂を使い、我々は野外でバーベキューを行います。森遊館があるのは栗東市内とは言え、JR栗東駅から車で30分以上かかる山の上。かなり寂しい場所(テレビの電波もちゃんとは入らない)ですが、眼下に見える栗東市の街の灯りがとても綺麗ね、ブルーライト…、ブルーライトは関係ないとして、瞬き煌めく街の灯りは見ているこちらの心にも火を灯します。  

なぜ森遊館が選ばれたかというと滋賀県内ではここのテレビCMが頻繁に流れているそうで、「ぜひ泊まってみたい」ということになったようです。私もSさんに「びわ湖放送で(森遊館の)CMよくやってるでしょう?」と言われたのてすが…、ええと、私は京都市民…。

前置きが長くなりましたがバーベキューです。バーベキューは久しぶり。ついこの間まで、「私がバーベキューをやることなんてもう二度とないだろな」と思っていた、いやもっと正確にいうと、思うも何も、バーベキューという言葉は久しく頭に浮かんでもいなかったのです。       
バーベキューは美味しいなあ、ということで食事の話は軽く飛ばしまして、バーベキュー後の宴会の席でのこと。「かいつぶり」の次回作は洋物をやろうということになりました。具体的な作品名も挙がったのですが、それはまだ公に出来ません。演劇の水準を上げたいという話も出ました。個人的には、水準は高いに越したことはないけれど、水準が全てではなく、あまり水準にばかり拘ると表現を見失う危険性もあると感じているのですが、それはまた別の機会に書きましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 4日 (木)

良き人のために

わかりやすさとは凡庸さのことではない。不必要な平易さは傲慢の現れである。

難解であることは決して優れたことではない。良き難解さは誠実であることの証であるが、悪しき難解さは視野の狭さしか示さない。

理解力に欠けることを自慢してはならない。人が一生かけて出す結論を一般論に還元してはならない。

最低のレベルを標準としてはならない。予習もせずにゼミに参加して、「(課題の図書を)読んできていません」と堂々と言う学生のような態度を取るべきではない。

あなたは世界ではない。世界を代表しているわけでもない。

「熱さ」に惑わされてはならない。理想を持ったことがない者が現実を直視することは決してない。

言葉とは鏡である。あなたが良き人であることを願う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »