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2007年4月 9日 (月)

時折桜を眺めながら

時折桜を眺めながら

鴨川の河原でトレーニング。川端通沿いの桜が目に心地よい。
喉を温めた後、小説の朗読で口を慣らす。まず小さな声でゆっくり読み、1ページ進むごとに声とスピードを上げ行く。最初から大声を出すと喉を壊すことがあるのだ。喉を何度も壊して声を作っているという方針の劇団もあるようだけれど、残念ながらそうした鍛え方の劇団の俳優は声が汚いことが多い。そうした鍛え方でも声量は増すのだろうけれど、もし彼ら彼女らが映像作品に出たいと思っても声がネックになって出られないということに成りかねない。

鴨川のこちら側の岸に向かって声を出し、次に中州に向かって声を飛ばし、最後は対岸を標的にして文章を読み上げる。

それから詩の朗読。選んだ詩の性質もあって、小説よりも読み上げるのは難しい。

しかしその詩を朗読してから、一人芝居用のテキストである「生まれ変わるとしたら」を読むと自分でも驚くぐらいスムーズに読める。詩で負荷をかけておいてからセリフに移ると舌が数段滑らかになるのを感じる。この開放感が気持ち悪いはずがない。
私自身は役者をやらないのだけれど、役者志望の人はこうして自信をつけるのも一つの手だと思う。

再び朗読してトレーニングを切り上げる。

本当は時間と回数をもっと増やしたいのだが、なかなかそうもいかない。ただ鴨川があるというのは京都の利点だ。
青山墓地でトレーニングや稽古を行っていた東京の劇団を知っているけれど、さすがに墓地でトレーニングはやりたくないものな。

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2007年4月 5日 (木)

高野河原でトレーニング

高野河原でトレーニング

今日は鴨川ではなく高野川の河原でトレーニング。高野川は鴨川の支流であり、鴨川に比べると河原が狭いが、朗読を行うには問題ない。

喉を温めてから明治大学の校歌を歌う。明大の校歌は気持ちを昂ぶらせるには良い。

小説の朗読を行ってから、詩の朗読に移る。この詩は明治時代に書かれたもので、擬古文調であり、朗読には余り適していない。ただ前回よりは読みやすくなった。大仰にならないよう気持ちを込めるのは難しく、納得のいく出来には程遠かったが。

それから一人芝居用テキストである「生まれ変わるとしたら」を身振りを交えて演じてみる。自分で書いたテキストであるが、場面の繋ぎは即興を交えるよう書かれているので演じ手の経験が豊富とは言い難い私には少々の困難はある。それでもそこそこ演じられはするのだが。

「明治大学校歌」
白雲なびく駿河台
眉秀でたる若人が
撞くや時代の暁(あけ)の鐘
文化の潮(うしお)導きて
遂げし維新の栄え(はえ)担う(にのう)
オー明治
その名ぞ我らが母校
オー明治
その名ぞ我らが母校

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2007年4月 2日 (月)

黄砂に吹かれて

黄砂の日。三条のビル群が霞んでいる

中島みゆきが作り、中島本人や工藤静香が歌ってヒットさせた「黄砂に吹かれて」という曲があったが、今日の京都市はまさに黄砂に吹かれる天気。三方を囲む山も黄砂に霞んで見えない。

そんな日であったが、喉の調子も比較的良いので、鴨川の河原に出て、黄砂に吹かれてトレーニングを行う。鴨川の河原からいつもは見える北山や、三条・四条のビル群も黄砂に霞んでしまっている。

新作の一人芝居用戯曲に用いる予定の、ある有名詩人が書いた詩(誰の詩なのかはまだ秘密)の前半を朗読してみる。が、独特の言葉が用いられているということもあり、感情が上手く乗らない。

そこで何度か朗読した中島敦の「李陵」を朗読し、気分を変えてみる。読み慣れているだけに、この朗読は上手くいった(「李陵」は砂漠も舞台になっているので黄砂の日に読むと合う)。そして、その勢いを保ちつつ、先ほどの詩の朗読に戻る。前よりはずっと良くなった。が、やはり詩を読むにはまだまだ情感不足である。

しかし、戯曲のタイトルも決まった(黙読した時は読み飛ばしてしまった単語が朗読してみると心に引っかかったので、それをタイトルとすることにした)し、収穫がなかったわけではない。

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