カテゴリー「稽古風景」の7件の記事

2005年12月 1日 (木)

フリースペースYOU での稽古

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アトリエ劇研の近くにあるフリースペースYOUで稽古。名刺代わり公演と称して鴨川左岸としての初公演「あいしてる」の公演を行った場所でもある。普段使っている稽古場より幾分広い。

ストレッチ、ウォーミングアップなどをする。私は呼吸法を取り入れた上半身のストレッチをしている。本から学んだもので、まだ自分のものにはなっていないのだが、とにかくやる。

通し。セリフを厳密に言うのではなくある程度の余裕を持たせる。永尾さんが演じた後で、私も実際に演じてみてチェックする。余分と思えたセリフはカットしていく。

2回目の通し。一人芝居だけに役者をどう見せるのかが重要だ。ある程度理屈を用いたり効率を良くする必要もある。これは西洋的な手法であり、「何を」より「どう」に重点が置かれる傾向があるため私個人はあまり好きではないのだが、作品理解は深まるはずだ。1回目よりフォルムがスリムになった。どこを削り、どこを膨らませるかが今後も課題となるだろう。

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2005年11月13日 (日)

河原で稽古

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賀茂川の河原で演技する永尾よしろう。(撮影:本保弘人)

賀茂川の河原で稽古してみる。
11月12日土曜日は稽古場を離れて、賀茂川の河原で稽古をする。
賀茂川や鴨川の河原では、楽器演奏を始め、色々な人が様々なことをしているが、演劇の稽古をする人はやはり珍しいようで、散歩中のおじさんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。辻説法(?)だと思ったのだろうか。

というわけで、ちょっとした注目を浴びながらの稽古。問題は風が強いため、台本がしばしば飛びそうになること。それでも動きを中心にやる。普段の稽古場は手狭なので動きはあまりつけられないのだ。

青空の下でキャッチボールをしたり、賀茂川に向かって発声練習したりするのは楽しい(もっとも私は風邪が治ったばかりなのであまり声は出なかったのだが)。織豊時代などには芝居は河原で行われていた。学生演劇の人達ももっと河原を有効利用(?)しよう。もっともうちも河原で稽古をすることはもう当分ないだろうけれど。

今回の一人芝居はあまり動きがないのだが、動くときは一つ一つの動きがきちんと決まるようにしたい。静と動の対比。メリハリをつけたい。

セリフを聴いていて、通りが悪いな、と思った場所はすぐに変える。テキストを絶対視しない。これも今回の劇の重要ポイントである。

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2005年10月31日 (月)

戯曲を読む。そして稽古

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劇中劇として入れられた有名な古典戯曲のワンシーンを演じてみる。

10月30日、日曜日の朝10時に稽古開始。
宮藤官九郎の『鈍獣』の第2幕を読む。埼玉県本庄市で起きた事件をベースにした展開が続く。話しは不気味さを増し、それが一瞬にして覆る。リアルでは全然ないが、物語展開は巧みであり、ラストになって、全ての説明がつくような仕掛けになっている。ただ、ラストは肝心な部分が書かれていないので、上演された劇や、もしくは発売されているDVDを観ないと解りづらいはずだ。
無意味な部分も多いのだが、この手の劇には無駄が必要である。おちゃらけた部分と、シリアス(クドカンさんの本なので本当の意味でのシリアスにはならないが)な場面のコントラストが妙に可笑しい。

鴨川左岸の次回上演台本の読みと、半立ち稽古も開始。劇中劇、というほど大袈裟ではないが、ある有名な古典劇のワンシーンが挿入されている。一人芝居なので、ここが役者の見せ所の一つとなる。西洋人の動きを意識して最初は「大袈裟に」という注文での演技。結果、写真のようなポーズを取ることにもなった。

稽古を終えてから、戯曲の細部の詰めを話し合う。

その後、永尾さんからメールが届き、更に細部を詰めることにする。

演出をしていると、役者は大体同世代か年下。年上でもせいぜい5、6歳上というケースが多いのだが、永尾よしろうと私は20歳以上も歳が離れている。

これほど年上の役者と二人で仕事をするケースは、小劇場ではほとんどない。貴重な経験となるだろう。

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2005年10月10日 (月)

次回作の読み合わせ+他者の戯曲を読む効用について

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岡田利規の「三月の5日間」を読んで複雑な表情を浮かべる永尾よしろう。(撮影:本保弘人)

次回作は30分足らずの一人芝居を行う予定である。台本は3分の1ほどしか出来上がらなかったが(なぜ出来上がらなかったのかは「猫町通り通信」を参照して下さい)、とにかく出来た分で読み合わせを行う。セリフが多いためか思ったより時間がかかる。3分の1程度のつもりだったが、実際は2分の1近く来てしまっている。これではクライマックスになる前に時間切れになってしまうので、細部を削って、後半のプランを前倒しにする必要がある。
今回は特別な一人芝居にするつもりはない。といっても実際どうなるかはわからないが。
だが、最低でも上演する意義のあるものにはしたい。

ついで前回も読んだ、チェルフィッチュの岡田利規の戯曲「三月の5日間」の読み合わせ。
私は前の日に親不知を抜いたばかりで口が上手く開かないのだが、それでもなんとか精一杯読む。

「三月の5日間」は岸田國士戯曲賞受賞作だが、風変わりなスタイルを持つ。男優5人、女優2人による芝居だが、役者は語り手と演じ手の両方を務める。基本的には「語り」、つまり説明の部分が大部分を占めるのだが、この説明がわざと下手に書かれている。セリフは膨大なのだが、30字で語れることを、敢えてその100倍も、200倍もの言葉を費やして語るのである。いわば「言葉の多い失語症」のメタファーのように。

舞台は東京・渋谷。かなり具体的な地名(ブックファーストだとか東急だとか、スペイン坂、といった風に)が書かれており、渋谷に通い慣れている人なら光景が目の前に浮かぶように思うだろう。
東京を記号化した遊びの要素もある。戯曲中に出てくる固有名詞(必ずしも登場人物ではない)は、ミノベ、アズマ、ヤスイ、イシハラ、スズキだが、これは全員、歴代の東京都知事の苗字から取られている(美濃部亮吉、東龍太郎、安井誠一郎、石原慎太郎、鈴木俊一)。「スズキっていうのはすごく体の柔らかい人なんですけど」、というセリフを聞いて、かって鈴木俊一氏が4度目の都知事選に立候補し、「老人だからやめておけ」と対抗勢力に揶揄されたのを受けて、テレビの前で、立位体前屈をして「まだ老人ではない」とアピールして見せたことを思い出し、笑ってしまう人も多いだろう。
さらに「ユッキーっていう(あだ名の)女の子」が重要な登場人物になるのだが、ユッキーとは、青島幸男前都知事から取られたあだ名だろう。

内容的にはイラク戦争が始まった5日間に、一組の男女が渋谷のラヴホテルに泊まってずっとやっていた、というそれだけの話なのだが、ラヴホテルの部屋という、一種、隔離された空間にあって、遥か彼方の戦争をよりはっきりと感じている、というところに面白さがある。渋谷の街を歩いていた反戦デモなどの記述などが、他の何時でもなく、その日、その時であるという「時間」の特別性を鮮明にする装置として働いている。
私(本保)も同時期に大阪の御堂筋を歩いていて、反戦デモを見かけ、それとなく参加して500mほど一緒に歩いたという経験があるから、「三月の5日間」に登場する若者達の心情は比較的把握しやすい。

「渋谷がいつもの渋谷じゃないように見えた」というのは決して否定的なセリフではないように思う。歴史的出来事を、戦地から遠く離れた渋谷の若者がヴィヴィッドに捉えていることを示すセリフだ。

しかし、それでいて彼らが戦争よりも「日常」に重きを置いているのが、頼もしくもある。駄目駄目なセリフを話す若者だけれども、戦争熱に浮かされて「机上の空論」に走らないのがいい。

ラストの二人(ミノベくんとユッキー)のセリフは、二人の気持ちが通い合ったほんの一瞬をさりげなく示していて(本当にさりげなくである)、好感が持てるものだ。

私は「三月の5日間」を上演するつもりはない。予定もない。だが、こうして他者の戯曲を読み合わせすることは、戯曲という世界の多様さに触れるという意味で重要なことだと思う。
演劇をやっていながら、自分の周辺の世界以外にはまるで関心がないという人は少なくないが、それでは人間として、ひいては役者としての幅が出ないという結果になりかねない。世界の狭さは表現の多様性を否定してしまう。
最近は学生の作品でも日常をそのまま(岡田利規のような加工をせずにという意味だが)舞台に上げてしまったような作品が目立つが、日常を描くなら、エッセイが一番簡単で適当な方法だ。そもそもいわゆる日常とは舞台に上げるべきものなのかどうか。
「表現とは何か?」、まずそういったこと考えるためにも、他者の戯曲の読み合わせは、例え上演する予定がなくても有効だと私は考えるのである。

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2005年7月14日 (木)

7月10日の稽古(朗読とジョージ・ルーカス)

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軽くキャッチボール

7月10日、日曜日の午後8時から稽古は始まった。稽古場の外では小雨が降り始めている。

今日はまず、稽古場にあった雑誌を無作為に選び、それぞれの雑誌の中であまり面白くなさそうな記事を感情を込めて面白そうに読むというトレーニングをする。
私(本保)は女性誌の占い(今週の蠍座の運勢)と、グルメ雑誌になぜか掲載されていた電機メーカーの広告を読み、永尾さんはグルメ記事を、吉本さんは「モーツァルトを聴くと頭が良くなる」という記事を読んだ。モーツァルトは私も沢山聴いているが、ちっとも頭は良くならなかったのでそれは嘘であろう。

台本を頭から、時間の許す限り読んで行く。

前半を読み終えて休憩。映画の話になり、永尾さんが「スターウォーズ」を見に行ったが酷かったという話をする。
ジョージ・ルーカスの伝記を私は高校時代に読んだことがあるから知っているのだが、ルーカスはトム・クルーズなどと並び、世界で最も有名なLD(学習障害者)の一人である。
高校までは授業中に講義を全く聴かず、一人空想の世界に浸っていたそうだ。そのため高校3年の時についに退学寸前にまで追い込まれてしまう。その時のルーカスの様子を彼の妹がこう証言している。「兄は図書館に行って勉強すると言って、毎日のように通っていたけれど、勉強している風には全く見えなかった」。ルーカスは読字障害も持っていたため本を読むのも苦手であった。何をするでもなくボーっとしていたらしい。
そんな折りもおり、スピード狂だったルーカスは車の運転を誤り、大木に衝突。シートベルトが切れたためルーカスは車外に投げ出されて重傷を負い、車は大破してしまう。
しかしこれにより、「怪我のため、特別に卒業を認める」という決定が高校からなされ、ルーカスは無事に卒業することが出来た。また、もしシートベルトが切れていなかったら、ルーカスは圧死していたはずで、この辺りに強運を感じる。
高校の成績が悪かったため大学には進めず、ルーカスは短大に入った。そこで映画に目覚め、一大決心をして毎日10時間以上の勉強に励んだルーカスは南カリフォルニア大学の映画学科に見事編入を果たし、すぐさま頭角を現す。
ただ今でもルーカスは英語のスペルをかなり頻繁に間違えて周囲の者を驚かせるという。
「自分のIQは90ぐらい」とルーカス本人は語っている。

映画の話はこれぐらいで終え、再び台本を読む。

女主人公のメリッサは感情の起伏が激しいため、一つのセリフもイギリスの天気のように表情をめまぐるしく変えて読まなければならないので大変である。特にセリフの終わりが難しい。

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2005年7月 6日 (水)

7月3日の稽古

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稽古の合間に。永尾さん(右)と吉本さん。

7月3日日曜日の稽古は正午から午後3時まで河原町六条の「ひと・まち交流館 京都」で行った。
まずユニゾンといって、一人の役のセリフを二人で一緒に読んで貰う。永尾さんと田中君が男の役を、吉本さんと私が女の役を呼吸を合わせて読む。本当はこれでずっと通したかったのだが、隣の部屋との間の壁が薄いため、隣部屋でミーティングをしている人達にはユニゾンの声はかなり耳障りになると判断し、途中で止める。
そこで、女の役を吉本さん一人で、男の役を永尾さんと田中君が交互に読むことにする。
発声をしないで読み始めたためか、皆、舌の回りが悪い。

そこで早口言葉をやる。しかし意外に早口言葉の定番というのは少ないものですぐネタが尽きてしまう。「生麦生米生卵」、「隣の客はよく柿食う客だ」、「赤巻紙、青巻紙、黄巻紙」、「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」、「東京都特許許可局」、「バス、ガス爆発」。あといくつかあるだけだ。

原文の英語をかなり意訳しているところがあったので、よりわかりやすくしてみる。テキストレジはあまり好きではないのだが、今回は積極的にやってみることにする。

歌も歌ってみるが全員が知っている曲というのが少ない。

最後は体を動かすトレーニングをして終わる。ちょっとしたフォーメーションプレーでもある。

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2005年6月17日 (金)

6月11日の稽古風景

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台本を読む永尾よしろう氏(1952年・北九州市生まれ)。当然メンバー最年長である。

6月11日はとりあえず台本を読み通すことを目標に稽古を進めた。動き(ほとんどないのだが)のつけかたについて説明し、どうしても関西弁や九州弁風になってしまうアクセントをチェックする。ただあと数ページというところで時間切れ。ラストは次回に持ち越しとなった。

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