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2005/01/08

一条戻橋

一条堀川に架かる橋。下を流れるのは堀川であったが現在は水は流れていない。延喜18(918)年、文章博士三善清行が亡くなる。清行の子が急ぎ熊野から帰って来たところ、この橋の上で父の葬列に出会う。子は棺にすがり神仏に祈った。すると清行は生き返り、親子は言葉を交わすことが出来た。それによりこの橋は「戻橋」と呼ばれるようになったという。また、源頼光四天王の一人、渡辺綱が馬でこの橋を通りかかった時、絶世の美女に呼び止められる。「家まで送って欲しい」と美女がいうので綱は女を馬に乗せる。しかしこの美女の正体は鬼であり、綱に襲いかかろうとした。綱は刀で鬼の片腕を切り落とし、難を逃れたという。
安倍晴明がこの橋の下に式神(妖精のようなもの)を飼っていたことでも知られる。晴明はこの橋で父親を蘇生させたという伝説も残る。
第二次大戦中、兵士は「戻ってこられるように」とこの橋から出征した。また婚約中や新婚の女性は「戻らないように」と現在でもこの橋を渡ってはいけないことになっている。
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