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2005/01/22

淀殿の淀城

淀古城ともいわれる。京都市伏見区納所(のうそ)の妙教寺境内に石碑が残るのみ。築城の時期ははっきりしないが、豊臣秀吉が側室・茶々の産所として整備させた。茶々はこれにより城主格となり淀殿と呼ばれるようになる。しかし生まれた子、鶴松(捨)は幼くして亡くなり、その後、伏見築城にともない淀古城は廃城となる。
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