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2006/06/05

二代目吉野太夫(松田徳子)の墓

二代目吉野太夫(松田徳子)の墓

明国(みんこく)まで名声は鳴り響き、海を越えて恋文が届いたという伝説を持つ二代目吉野太夫。本名は松田徳子といい、京都東山の生まれである。7歳で六条三筋町の置屋「林屋」に入り、14歳で太夫となる。和歌、連歌、俳諧、琴、琵琶、書道、茶道、華道などあらゆることに秀で、女も惚れるほどの美貌と知性を誇った。性格も温厚で、かつ気性爽やかであったという。26歳の時に上京の豪商・灰屋紹益と結婚。しかし佳人薄命の言葉どおり、わずか38歳で他界した。今も芸能関係者が数多く墓前に訪れることでも知られる。

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