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2006/06/06

比翼塚

比翼塚

二代目吉野太夫は本阿弥光悦の勧めもあって、洛北鷹峯に出来た常照寺の住職・日乾上人に帰依した。日蓮宗の檀林(学寮)ともなった常照寺のために吉野太夫が寄進したのが赤い山門(吉野門)である。その縁もあり、常照寺に葬られた二代目吉野太夫であるが、著名人であっただけに、夫である灰屋紹益とは別の墓に入ることになった。そこで、塚を作って二人を添わせようという動きが近年になっておこり、昭和46年(1971)に常照寺境内に比翼塚が完成した。塚の名前はいうまでもなく、「比翼連理」の言葉にちなむ。

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