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2014/07/04

贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓

贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓

横須賀・信楽寺(しんぎょうじ)にある楢崎龍(おりょう)の墓。
長州の家系である医師・楢崎将作の長女として生まれたおりょうこと楢崎龍は、華道、茶道、琴などを習うお嬢さん育ちであったが、父の死後に一家は没落。おりょうは七条の扇岩で働くことになり、そこで坂本龍馬と出会う。おりょうは近藤勇からも懸想されるほどの美人であったというが、龍馬はおりょうの顔形よりも性格や教養の高さに惚れたようである。
龍馬亡き後、おりょうは高知の坂本家に身を寄せるが、龍馬の兄で坂本家当主である権平直方とうまく行かなかったようで、間もなく高知を後にし、京の霊山にある夫の墓近くで過ごす。その後、勝海舟や西郷隆盛らを頼って東京に出て、神奈川宿・田中屋の女中の職を紹介されるが「扱いづらい」と理由でクビになる。おりょうはプライドが高すぎるという難点があったようで、元海援隊士達からも「生意気」として嫌われ、援助を受けることは出来なかった。昔なじみの西村松兵衛と再婚したおりょうは名を西村ツルと改め、横須賀に住む。
夫の松兵衛は近江商人の子であったが、テキヤのような仕事をしており生活は楽ではなかった。女傑的性格のおりょうと結婚を続けるのは難しかったようで松兵衛は家をあけて、おりょうの妹である光枝と暮らすようになる。
一人で家にいることの多くなったおりょうは坂本龍馬との思い出を海援隊士・安岡金馬の子である安岡秀峰に語った後、貧困のうちに世を去った。

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