難波橋のライオン像

大阪・北浜の難波橋のライオン像。西側のライオン(写真)が「阿像」、東側に「吽像」がある。
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江戸時代には新日吉神宮は今より東の太閤坦、かつての豊国社跡に至る道を塞ぐように建っていたことは先に述べた。徳川幕府が先の為政者である豊臣秀吉の威光を消すために豊国社を破却、新日吉神宮を移したのである。ところが新日吉神宮は豊臣秀吉を密かに祀り続けていた。今の新日吉神宮境内に豊国社(秀吉の最初の名字である「木下」にかけて樹下社とも呼ばれる)があるのもそれを裏付けている。
ところで、豊臣秀吉というと、主君である織田信長から「猿」というあだ名で呼ばれていたということになっているが、これは史実では全くない(信長は秀吉のことを「はげ鼠」などと呼んでいたという)。また秀吉の相貌が猿に似ていたという事実もない。また、秀吉の幼名は日吉丸であったとされるが、史書にそんなことが載っているはずもなく、これも後世の創作とされている。
新日吉神宮に秀吉が密かに祀られていたという事実、新日吉神宮では猿が神の使いとして崇められているということ、そして何故か秀吉の幼名が「日吉丸」であったされていること。これらの符合が全くの偶然であると見る方が不自然なように思われるのだが。
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新日吉神宮では、猿は神の使いであるとされ、神聖視されている。また猿は「勝る・魔去る」という言葉にかかる縁起の良い動物とされている。
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和歌山城の別名は「虎伏城」。海から見ると虎が伏しているように見えることから虎伏山と呼ばれた山に和歌山城が建てられたためである。虎伏城の名にちなんだ虎の像が二の丸跡にある。
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三宅八幡宮には、狛犬ならぬ狛鳩がいる。鳩は八幡神の使いとされてる。
三宅八幡は境内にもたくさんの鳩が群れており、鳩と縁の深い社である。
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滋賀県甲賀市信楽(旧・滋賀県甲賀郡信楽町)の田代高原の家に置かれた信楽焼のタヌキ。発祥の地、信楽の信楽焼のタヌキである。
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いつのまにか京都の冬の風物詩となった都鳥(ユリカモメ)の鴨川飛来。ゆりかもめというと東京のイメージが強いが、京都でもお馴染みの鳥となっている。四条大橋上より撮る。

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祭神である和気清麻呂が猪に助けられたという故事にちなみ、護王神社境内には狛犬ではなく狛猪がいる。そのためか亥年生まれの人の願いは特によく叶うとされる。

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