カテゴリー「事件」の5件の記事

2011/09/09

新宿駅西口バスターミナル

新宿駅西口バスターミナル

新宿駅西口に広がるバスターミナル。1980年8月19日に起こった新宿駅西口バス放火事件の舞台ともなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/31

蛤御門

200510141722000.jpg

もともとは新在家御門といい、不明門(あかずのもん)であったが、宝永の大火(1708年)の時に初めて開いたことから、「火にあぶられて口を開く蛤」に例えられ、その後は蛤御門と呼ばれるようになった。禁門の変(1864年)では最大の激戦地となり、禁門の変は蛤御門の変という名でも呼ばれるようになる。当時は今よりも御所近くに、南向きに建つ門であったが、現在は移築されて西に向かって口を開いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/10/26

猿ヶ辻

京都御所の東北隅はわざと引っ込むように作られている。これも鬼門除けの一つ。角を欠くことで鬼の角も欠こうという意図があるようだ。猿の彫り物があるので猿ヶ辻の名がある。幕末には尊王攘夷派の公卿、姉小路公知がこの付近で暗殺されるという「猿ヶ辻の変」の舞台となる。刺客はこの角に隠れていたらしい。

200510141707000.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/02/12

大津事件の碑

200502111otsujiken.jpg
「此附近露國皇太子遭難之地」とある。明治24(1891)年5月11日、守山署の巡査・津田三蔵が、来日していたロシア皇太子ニコライ(のちのニコライ2世)に突然斬りかかるという、世にいう「大津事件」発生の現場である。ニコライは当日、琵琶湖観光に出かけ、京都に戻る途中であり、津田は付近の警備に当たっていた。ニコライは額に傷を負ったものの軽傷。しかし大国ロシアの皇太子に怪我を負わせたとあってはただでは済まないと日本中が騒然となった。津田が斬りかかった理由は現在もよくわかっていない。大津市京町旧東海道沿い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/08/11

八坂神社本殿

かっては祇園社、感神院などと呼ばれた。また、ここ本殿前は永山則夫事件の舞台ともなった(1968年10月14日)。
200408021yasakasan.jpg

| | コメント (0) | トラックバック (0)