カテゴリー「安倍晴明伝説」の5件の記事

2006/05/17

安倍晴明屋敷跡

安倍晴明屋敷跡

堀川通にある晴明神社が安倍晴明の屋敷跡とされるが、実際の晴明の屋敷は土御門大路(現在の上長者町通)から北、西洞院大路(現在の西洞院通)から東にあったとされる。現在の当地の写真。

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京都ブライトンホテル

京都ブライトンホテル

新町通中立売下がる西側にある。橘女子高校跡に1988年に開業。京都を代表する高級ホテルの一つ。また駐車場の一部に、かって陰陽師・安倍晴明の屋敷があったことでも知られる。

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2005/01/08

一条戻橋

一条堀川に架かる橋。下を流れるのは堀川であったが現在は水は流れていない。延喜18(918)年、文章博士三善清行が亡くなる。清行の子が急ぎ熊野から帰って来たところ、この橋の上で父の葬列に出会う。子は棺にすがり神仏に祈った。すると清行は生き返り、親子は言葉を交わすことが出来た。それによりこの橋は「戻橋」と呼ばれるようになったという。また、源頼光四天王の一人、渡辺綱が馬でこの橋を通りかかった時、絶世の美女に呼び止められる。「家まで送って欲しい」と美女がいうので綱は女を馬に乗せる。しかしこの美女の正体は鬼であり、綱に襲いかかろうとした。綱は刀で鬼の片腕を切り落とし、難を逃れたという。
安倍晴明がこの橋の下に式神(妖精のようなもの)を飼っていたことでも知られる。晴明はこの橋で父親を蘇生させたという伝説も残る。
第二次大戦中、兵士は「戻ってこられるように」とこの橋から出征した。また婚約中や新婚の女性は「戻らないように」と現在でもこの橋を渡ってはいけないことになっている。
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2005/01/07

晴明神社

最近人気の晴明神社。陰陽師:安倍晴明が祭神である。一帯は晴明の邸跡とされるがどうやら違うようだ。京都では昔から子供の名を付けてもらう神社として有名だった。堀川通一条上がる。
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2004/08/12

法城寺跡

かってはここに巨大な中洲があり、安倍晴明が建てた法城寺があったという。晴明の墓とされる晴明塚もここにあった。今は跡形もない。鴨川松原橋下。
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