これまでに観た映画より(388) 「ゆきてかへらぬ」
2025年6月7日
Amazonプライムで、日本映画「ゆきてかへらぬ」を観る。中原中也、小林秀雄、長谷川泰子の三角関係を描いた作品。出演:広瀬すず、木戸大聖、岡田将生、田中俊介、草刈民代、瀧内公美、藤間爽子、柄本佑ほか。監督:根岸吉太郎。音楽:岩代太郎。
中原中也と小林秀雄、長谷川康子の三角関係を描いたものとしては、先にテレビドラマが制作されており、三上博史、古尾谷雅人(初代)、樋口可南子の三人が出演していて、評判も良かった。
今回も売れっ子や売り出し中の俳優を起用しているが、スケール的にはワンランクダウンである。
今回の主役は、中原中也(木戸大聖)と小林秀雄(岡田将生)の二人から愛された女性、長谷川泰子(広瀬すず)ということで、文芸ものというよりも男女の愛の不可思議が中心となっている。ということで、文学らしさを映画に求めると肩透かしを食らうかも知れない。
中原中也が長谷川泰子と出会ったのは、立命館中学の学生だった京都時代。子どもの頃は「神童」と呼ばれた中也であるが、山口県立山口中学校(現・山口県立山口高校)に入学すると文学に耽溺するようになり、特に日本史の成績が悪く落第する。その後、京都・北大路の立命館中学校に転校。京都市内を転々とするようになる。その後、マキノ・プロダクションの女優だった長谷川泰子と出会い、泰子の下宿に転がり込む。そして泰子の手記によると、「(夜寝ていたら)中原が襲ってきたんです」ということで恋人となった。泰子は等持院にあったマキノ・プロダクションの撮影所に通いやすいよう、近くの北野白梅町のそばの地蔵院(椿寺)の裏に住んでいた。当時の建物は残っておらず、跡地と思わる場所にはアパートだかマンションだか寮だかが建っているが、その後に泰子が「文士の二号」と言われたことで喧嘩を起こしてマキノ・プロダクションをクビになったため、ここに住む理由はなくなり、二人は御所のそばへと引っ越している。この京都最後の寓居の地は現在も往時の外観を残している。
なのでこの映画に描かれることは、かなりフィクションが多く、制帽を被っているので、中也が学生だということは分かるが、通学のシーンなどはない(実際、余り通わなかったようだが)。泰子が中也に会ってから女優を目指すというのも順番が逆である。
いかにも京都らしい街並みが映るが、実際には地蔵院周辺は往時も石畳だったり、道が細かったりということはなくフィクションである。妙心寺の広大な境内も映るが、妙心寺は二人の生活圏の外である。
中也がなぜ京都から東京に移ったかの理由も「京都に飽きた」からではなく、立命館中学4年を終えて大学予科受験資格を得たので中退し、早稲田大学の予科を受けることに決めたからだった。京都で親交を持った詩人の富永太郎(田中俊介)のつてを頼って状況。この頃に小林秀雄と会っている。そしてほどなく泰子は小林のもとに走るのだった。
早稲田大学の予科を希望したのは、早大が文学に強い大学だったからだが、ゴタゴタで受験出来ず、中也はまず日大の予科に入るが中退、その後、神田駿河台の語学学校アテネ・フランセでフランス語を学び、当時神田駿河台にあった中大の予科に入るもまた中退と、どうも学業が合わなかったとしか思えない。最終的には東京外国語学校(東京外国語大学の前身)の専修部仏語科に入学。東京外国学校の本科が終わってからフランス語だけを教える過程で、現在の語学学校に近いため、卒業しても大卒にも、旧制専門学校卒にもならないが、フランス語は学べる。中也のフランス語のレベルは高かったことから熱心に学んだことが窺える(それでも成績自体は中程度だったようだ)。こうしたことが省かれてしまっているため、中也がなぜランボーの「地獄の季節」をフランス語の原文で読めるのか分からなくなってしまっている。
中原のことはこれぐらいにして、映画の中で、泰子が母親のイシ(瀧内公美)が自分を連れて入水し、無理心中を図ったことを明かす場面がある。それも無理心中を図ったのは2度や3度ではなく、泰子は「気狂い血が流れていること」に怯えるが、次第に狂気が頭をもたげ始める。中原中也も長男の文也の死にショックを受け、鬱状態で千葉市の中村古峡療養所(現・中村古峡記念病院)に入院しているが、この映画を観ると、二人を結びつけたのはまさにこの狂気だったのではないかという気がしてくる。狂気のぶつかりゆえに中也から離れた泰子だが、狂気ゆえに二人は着かず離れずの状態を続けられたのではないか。
広瀬すずは、普通の女性を演じると本当に普通の女性になってしまうのだが、こうした狂気の役などを演じると迫力もあってなかなかである。正統派として育てたいという事務所の意向はあるのだろうが、こうした少し変わったところのある女性を演じた方が上手くはまる気がする。
ロケは、つくばみらい市にあるNHKのワープステーション江戸でも行われているようで、見覚えのある街並みが出てくる。
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