2019年11月13日 (水)

美術回廊(43) 京都国立博物館 「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」

2019年11月7日 東山七条の京都国立博物館にて

七条の京都国立博物館で、「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」を観る。

佐竹本三十六歌仙絵は、秋田久保田藩主の佐竹氏が所蔵していた三十六歌仙絵巻を一つ一つに分けたものである。現在佐竹本といわれる三十六歌仙絵巻は、藤原信実の絵、後京極良経の書によるもので、鎌倉時代に制作されたのであるが、その後しばらく行方不明となっており、江戸時代初頭には下鴨神社が所蔵していることが確認されているのであるが、再び行方をくらませていた。それが大正に入ってから突然、元秋田久保田藩主の佐竹侯爵家から売りに出される。佐竹氏は戊辰の役の際に東北地方で唯一最初から新政府方についたこともあって侯爵に叙され、優遇を受けていたのだが、それでも家計が苦しくなったため売りに出されたのである。三十六歌仙絵巻は実業家の山本唯三郎が手に入れたのだが、第一次世界大戦による不況で山本もこの絵巻を手放さざるを得なくなる。不況に見舞われたのは当然ながら山本一人というわけではなく、どこも資金が不足していたため、佐竹本三十六歌仙絵巻を買い取れるほどの資産家は日本には存在しない。このままでは海外に流失してしまうということで、三井物産の益田孝(号は鈍翁)が、絵巻を一つ一つに分けて複数人で保有することを提案。これによってなんとか海外流出は食い止められ、住吉大社の絵も含めた37枚の絵を、当時の富豪達が抽選によって1枚ずつ手に入れることとなった。それが今から丁度100年前の1919年のことのである。当時の新聞記事に「絵巻切断」という言葉が用いられたため、衝撃をもって迎えられたが、実際は刃物は用いず、もともと貼り合わせてあった絵を職人の手によってばらしただけである。抽選の会場となったのは、東京・御殿山にあった益田邸内の応挙館である。円山応挙の襖絵が施されていたため応挙館の名があったのが、この円山応挙の絵も今回の展覧会で展示されている。
三十六歌仙といっても人気が平等ではない。そのためのくじ引き制が取られたのだが、主催者である益田は坊主の絵を引いてしまって不機嫌になったため(引いたのは源順の絵だったという証言もある)、一番人気であった「斎宮女御(三十六歌仙の中で唯一の皇族)」の絵を引き当てた古美術商が絵を交換することで益田をなだめたという話が伝わる。

37枚のうち31枚が集められているが、残念ながら斎宮女御の絵は含まれていない。また、6期に分かれての展示で、今日は、源宗于、小野小町、清原元輔の絵は展示されていない。なお、大戦をくぐり抜ける激動の時代ということもあり、37点のうち、現在、行方不明になっているものも3点ほどあるそうだ。

柿本人麻呂は、歌聖として別格扱いだったようで、柿本人麻呂の他の肖像画なども数点展示されているほか、柿本人麻呂は維摩居士の化身だというので、維摩居士の絵なども展示されている。

女性や若い人は華やかな王朝の美に酔いしれることが出来るのだろうが、もうすぐ45歳の私は、老いや孤独を歌った寂しい絵に心引かれる。やはり自分自身に絵や歌を重ね合わせてしまうようだ。
例えば、藤原興風の「たれをかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」や、藤原仲文の「ありあけの月の光をまつほどにわがよのいたくふけにけるかな」などである。

小倉百人一首でお馴染みの歌もいくつかある。藤原敦忠の「あひみてののちの心に比ぶれば昔はものを思わざりけり」などは有名だが、藤原敦忠は38歳で突然死した人物であり、菅原道真の怨霊によるものだと噂されたという。
ちなみに藤原敦忠の絵を手に入れたのは、後に血盟団事件で暗殺されることになる三井財閥の團琢磨である。流石にそれまでもが菅原道真の祟りというわけでもないだろうが。

在原業平の「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」も百人一首で有名である。和歌の天才と呼ばれた在原業平であるが、漢詩を不得手としていたため出世はかなわず、『伊勢物語』の主人公となったように東下り伝説が残るなど激動の人生を送った。

壬生忠見と平兼盛の歌もあるが、この二人の場合は今回の絵に採用されているものではなく、百人一首に取り上げられた歌の方が有名である。
歌合戦という言葉があるが、昔の歌合はまさに合戦であり、よりよい歌を詠んだ方が政において有利な立場を得ることが出来た。
天徳内裏歌合において、一番最後に「恋」を題材にした歌合があった。壬生忠見は、自信満々に「恋すてふ我が名はまだきたちにけり人知れずこそ思ひそめしか」と歌ったが、平兼盛の「しのぶれど色に出にけりわか恋はものや思ふと人の問ふまで」に敗れ、出世の道が絶たれたため悶死したとされる(史実ではないようだが)。このことは夢枕獏の『陰陽師』などにも出てくる。

 

佐竹本の三十六歌仙絵は2階に展示されているのだが、1階にもそれとはまた違った三十六歌仙の絵が展示されており、違いを楽しむことも出来る。

 

展示の最後を飾るのは、3隻の三十六歌仙屏風。作者は、土佐光起、狩野永岳、鈴木其一である。人気上昇中といわれる鈴木其一の三十六歌仙図屏風はやはり面白い。

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見知らぬ私

見知らぬ私を連れて街に出る。「連れて」と書いたが、主は「見知らぬ私」であって、私自身は従者に過ぎない。
人々が挨拶を交わすのは「見知らぬ私」に向かってであり、私自身の姿は彼らの虹彩を通過することはない。

「俺は誰だ?」
「リア王の影法師さ」

そして「見知らぬ私」は舞台に上がり、百万遍の死を繰り返す。私自身は死を知らないが、生もまた手にしたことはない。
網膜の劇場から私は引いた場所にあって、音の出ないピアノを弾いて見えない大地を彩るだけだ。今日もまた。

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「明けない夜はない」

「明けない夜はない」という言葉を聞くと、あたかも夜が悪いものの代表のように思えるのだが、果たしてそうだろうか。全てを影の中で融合させ包み込む夜よりも容赦ない光によって分離を促す朝の方が怖ろしいと思うこともある。

「夜明けとは僕にとっては残酷だ朝になったら下っ端だから」(萩原慎一郎)

私にとって夜はとても優しいものだ。苛烈な太陽光よりも、闇に咲く小さな灯火の方が寄り添うのにはずっと似つかわしい。灯火の先にまだ見ぬ誰かを夢見ながら。

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2019年11月12日 (火)

京都宣言

 私は関東の生まれで、そのことをとても誇りに思っています。生まれる場所は選べませんが、東京ではなく千葉県の出身であることを幸運だとも感じています。自分にしか語れない事柄があり、映像では確認出来ない風景の数々と録音では聴けない多くの音が頭の中に残っているので。貝の殻である私の耳は九十九里浜の潮騒を常に宿しており、一体であります。私自身の歴史が流れる場所。
 ただ生まれる場所は選べなくても過ごす街は自分で決めたい。そしてそれが京都です。子どもの頃から憧れを抱いていた古都。私と私の以前の記憶と呼応する街。山があり、鴨川が流れ、寺社が佇み、城が胸を張る。
 勿論、私を私たらしめた都市である東京は大好きですし、金沢、名古屋、岡山、広島、福岡など、他にも心引かれる街はありますが、私は京都が良いです。

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2019年11月10日 (日)

第62回祇園をどり 「千紫万紅倭色合(せんしばんこうやまとのいろあい)」全八景

2019年11月5日 祇園会館にて

午後4時から、祇園会館(よしもと祇園花月)で第62回祇園をどりを観る。当日券を買い、補助席での鑑賞。

五花街の中で唯一、秋に公演の行われる祇園をどり。祇園東の芸妓と舞妓による上演である。
実は五花街のをどりの中で最初に観たのが祇園をどりである。その後、鴨川をどり、京おどり、都をどりの順で観ているが、上七軒の北野をどりは離れた場所にあるということもあってまだ観たことはない。

祇園をどりを観るのは15年ぶり。「猫町通り通信」を始めて最初の秋に観ているので覚えている。当然ながら記事も残っていて読むことも出来るが、大したことは書いていないので読み返す価値はない。
祇園東の歌舞練場である祇園会館であるが、15年前はまだ吉本興業の小屋ではなく、通常は映画の二番館として営業していた。往時の祇園をどりは、舞妓が少なく、芸妓も年上の方が多く、それでも足りないのでご年配の方まで登場していて、祇園東の窮状が見ているだけで伝わってきたのだが、今では舞妓も増えて大分持ち直しているようである。15年前は舞妓(そもそもは「半人前」の意味である)も今ほどもてはやされていなかったようにも記憶しているが、映画で舞妓がよく取り上げられるようになったということもあってか時代は変わった。現在は、祇園東には舞妓が7人いるようで、舞妓だけによる舞の場面も上演出来る。

「千紫万紅倭色合(せんしばんこうやまとのいろあい)」と題された公演であり、令和改元御祝「紫宸殿の庭」「籬(まがき)の禿(かむろ)」「雪むすめ」「黒木売り」「三社祭」「春野の蝶」「花街十二階」「祇園東小唄」の八景が上演される。監修は藤間紋寿郎、演出振付は藤間紋、脚本構成は塩田律、作曲は清元菊輔&杵屋勝禄、作調は藤舍名生&中村寿鶴。

 

祇園会館は現在はよしもと祇園花月として運営されているということで、ロビーには吉本の大崎洋会長と記者会見で話題になった岡本昭彦社長からのお花が飾られていた。

15年前の記憶はほとんどないが、視覚的にほぼ同じ位置から舞台を眺めていたことは映像として残っている。15年前も当日券で入ったため、おそらくほぼ同じような場所で観ているのだろう。

まず「紫宸殿の庭」(紫の踊り)では、聖武天皇の「橘は実さへ花さへその葉さへ枝(え)に霜降れどいや常葉の木」をアレンジした、「橘は実さえ花さえその葉さえ霜降りてなお常盤の木」という歌詞が歌われる。桜も「花」という名で出てくるが、常緑の木である橘の方が、新元号令和の長久を願うのに相応しいだろう。
「左近の桜 右近の橘」と呼ばれ、桜と並び称された橘だが、いつの間にか華々しく咲いて散る桜の精神こそが大和魂ということになってしまっている(本居宣長 「敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花」)。常に変わらぬ橘の精神もあってこその桜だと思うのだが。桜と橘が両輪であったことを思い直すのも良いだろう。この上演ではセリが多用されており、つね和が一度下がってからから瑞兆を表す紫雲に乗って現れることで目出度さを演出した。

「籬の禿」(赤の踊り)では、まりこが赤い可憐な着物姿で登場、続く「雪むすめ」(白の踊り)は雪の背景の中での踊りであり、紅白の対比で縁起の良さを表現する。続くは黒の踊り「黒木売り」。つね和一人での舞である。

ここで、舞妓5人が客席に登場。聖徳太子の冠位十二階は、6つの色に濃淡を加えた12の色で身分を表したという話をする。セリフはつたないが、それこそが舞妓の売りだったりする。

青の踊り「三社祭」は男装しての踊りである。昨年の南座での顔見世でも観た演目であり、善玉と悪玉の面をして舞う。

「春野の蝶」では、照明が鮮やかな効果を上げる。15年前に祇園をどりを観た時には「思ったより地味だな」と思ったものだが、今回はかなり絵になる演出となっている。

舞妓5人による「花街十二階」。冠位十二階の色を祇園東の光景に例えた舞踊で、舞妓達がラスト付近で「おたのもうします」と言う。実は今日は小さなお子さんが客席の上の方でずっとなんかを言っている状態だったのだが、ここでその子が「おたのもうします」と真似て返す。おぼこさを売りにしている舞妓であるが、本当の子どもの声の方が可愛いので客席から笑いが起こる。舞妓さん達が食われてしまった格好であった。

ラストの「祇園東小唄」。総出での舞である。舞妓さんも可愛らしいが、こうして一緒に踊る姿を見ると、技術以外の部分でも芸妓さんとは差があるのがわかる。おひねりが撒かれ、華々しいうちに祇園をどりの幕は下りた。

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コンサートの記(605) 宮川彬良指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2019「オーケストラへようこそ!」第3回「オーケストラ七変化」

2019年11月4日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2019「オーケストラへようこそ!」第3回「オーケストラ七変化」を聴く。今日の指揮は宮川彬良。ナビゲーターはガレッジセール。

曲目は、バリー・グレイ作曲(宮川彬良編曲)の「サンダーバード」からメインタイトルほか、ハワード・グリーンフィールド&ジャック・ケラー作曲(宮川彬良編曲)の「奥様は魔女」、ヨハン・シュトラウスⅡ世(宮川彬良編曲)のワルツ「美しく青きドナウ」、ブラームス(シュメリング編曲)のハンガリー舞曲第5番、宮川彬良編曲による宮川版ハンガリー舞曲第5番、ベートーヴェン作曲(宮川彬良編曲)の「エリーゼのために」、レノン=マッカートニーの「ビートルズメロディー」(「ア・ハード・デイズ・ナイト」&「レディ・マドンナ」)、ベートーヴェン作曲の交響曲第5番「運命」第1楽章。

 

コンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。
今回は宮川彬良による楽曲解説がメインとなるため、演奏時間は短く、管楽器の首席奏者はトランペットのハロルド・ナエス(降り番)以外はほぼ全編に出演する。

 

京響のメンバーが登場し、全員がステージ上に揃わないうちに青のベストを着た宮川彬良も登場。実は本編前にお客さんと打ち合わせをするために早めに現れたのである。1曲目は「サンダーバード」メインテーマなのだが、カウントダウンがあるため、それをお客さんにやって貰いたかったのだ。
宮川「『サンダーバード』大好き! 素敵! という方はおそらく50代以上だと思われます」と語る。確かにその通りで、私でも「サンダーバード」のメインテーマは広上淳一がレコーディングしたCDで初めて本格的に聴いている。勿論、有名な音楽なのでどこかで耳にしたことはあるのだが、「サンダーバード」を見たこともない。

ということで、お客さんがカウントダウンを行い、まずは宮川が「ジャン!」と言って返す。「ファイブ」「ジャン!」「フォー」「ジャン!」「スリー」「ジャン!」「ツー」「ワン! あ、間違えました。ジャン!」という形でやり取りがあり、「Thunderbirds are go!」の部分はもっと低い声で言うようお願いする。

その後、宮川はいったん退場し、オーケストラがチューニングを行ってから再登場する。

自ら単なる作曲家ではなく「舞台音楽家」を名乗る宮川。この手の音楽はお手の物である。
「オーケストラ七変化」というテーマであり、同じ音楽でも様々な要素によって違いが出る秘密を宮川が解き明かしていく。テーマは首席ヴィオラ奏者の小峰航一がボードを掲げて聴衆に示す。宮川は小峰のことを「小峰大先生」と呼ぶ。最初のボードに書かれているのは「指揮」。

宮川は、「サンダーバード」メインテーマを厳かに指揮したことを語り、そのことにも意味があるとする。続いて、窮地の場面の音楽。今度は宮川は指揮棒を細かく動かす。最後は、サンダーバードの南国の基地の場面での緩やかな音楽。指揮棒をゆっくりと移動させる。指揮棒によって音楽が変わるということで、宮川は「指揮棒は魔法の杖」と語る。

魔法使いといえば子どもということで、宮川は「誰か勇気のある子」と客席に呼びかけ、手を挙げた女の子がステージに呼ばれる。今日はステージに上がる階段が設置されているのだが、女の子は靴を脱いで上がろうとし、宮川は「京都の子はお上品だから」と感心する。8歳のNちゃんという女の子であったが、宮川は「丁度良い子が来てくれた」と喜ぶ。開演前に「8歳ぐらいの子が来てくれたらいいな」と周りと話していたそうだ。
子どもが指揮棒で魔法が使えるかということで、Nちゃんに指揮台の上で指揮棒を振って貰う。Nちゃんが指揮棒を前に下ろすと、ハープと鉄琴が反応し、いかにも魔法といった感じの音がする。
続いては、「お父さんにも魔法が使えるか」ということで、客席の前の方にいた37歳の男性がステージに上がる。指揮棒を振って貰ったが、ギャグの場面で使われるようなとぼけた打楽器の音がした。
最後は、「次の曲には奥様が必要」ということで、奥様が呼ばれる。女性なので年は聞かなかったが、まだ若そうである。奥様が指揮棒を振ると「奥様は魔女」の魔法がかかる場面の音が鳴る。ここでガレッジセールの二人が、魔法使いがかぶるようなとんがり帽子とマント、更に小さなステッキを持って登場。奥様に魔法使いの格好をして貰い、川ちゃんは記念写真も撮る。
宮川が奥様の手を取って一緒に指揮を開始し、「奥様は魔女」の演奏が行われた。

ゴリが、「宮川さんは本当に面白い。本当に音楽が好きなんだなとわかる」と語る。

次の曲は、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」。宮川が編曲した少し短いバージョンでの演奏である。
宮川は、「三拍子というと三角形を書くようなイメージが」と語り、ゴリが「僕が学校でそう習いました」と返す。だが、ウインナワルツは三角形を書くように指揮しては駄目だそうで、宮川は三角形を描きながら「美しく青きドナウ」のメロディーを口ずさみ、「これじゃアヒルの行水みたい」と評する。ウインナワルツは丸を描くように指揮するのが基本だそうで、三角形を書くようにすると踊れる音楽にはならないそうだ。
宮川は指揮について語ったが、ゴリは「宮川さんだと僕らどうしても顔を見ちゃう。顔が面白い」と言い、宮川も「65%ぐらいは顔」と認める。
弦の刻みなどによる序奏の部分などはカットし、本格的なワルツが始まるところからスタートする。宮川は本職の指揮者ではないが、しっかりとした演奏に仕上げる。

 

次のテーマのテーマは、「オーケストレーション」。宮川が様々な管弦楽法を読み込んだ結果を、ボードに示して説明する。ボードは京響のスタッフが運んでくる。

まずハンガリー舞曲第5番の冒頭を普通に演奏した後で、弦楽、木管、金管に分けて演奏する。ゴリは、「木管だけだと楽しく聞こえる」と言い、宮川は「弦楽だけだと渋いでしょ」と返す。弦楽のユニゾンによる演奏も行われた。
続いて、楽器同士の相性。冒頭部分を第1ヴァイオリンとクラリネットで演奏する。第1ヴァイオリンとクラリネットは相性バッチリだそうである。吹奏楽の場合はオーケストラでは弦楽が演奏するパートをクラリネットが担当することが多いので、これはまあそうだと思える。
続いて、第1ヴァイオリンとオーボエによる演奏。これは相性が良くないとされる。宮川は「京都市交響楽団は伝統あるオーケストラなので」第1ヴァイオリンとオーボエでも溶け合って聞こえるが、「第1ヴァイオリンはメロディーを担当することが多い、オーボエもメロディーと担当することが多い楽器なので張り合いになる」そうである。ということで今度は互いが「主役はこっち」という感じで演奏して貰う。オーボエの髙山郁子は身を乗り出してベルアップしながら演奏していた。
続いては、チェロとホルンによる演奏。男性的な感じがする。
続いて、愛人のような関係。いつも一緒にやるわけではないが、たまになら上手くいくというパターン。オーボエとホルンが演奏するが、ゴリは「これ二人でこそこそホテル探してますね」と言う。

そしてブラームスのハンガリー舞曲第5番の全編の演奏。ハンガリー舞曲は、ブラームスがハンガリーのロマの舞曲を採取して、連弾用ピアノ作品にまとめたものであり、ブラームス自身も最初から連弾用編曲として楽譜を出版している。オリジナル曲でないということもあって、ブラームス自身がオーケストレーションを行っている曲は少なく、第1番、第3番、第10番だけである。最も有名なものは第5番だが、これも他者によるいくつかの編曲によって演奏が行われている。

ちなみにガレッジセールの二人は、宮川に勧められてピアノの椅子(今日はピアノは指揮台とオーケストラの間に置かれている)に腰掛けて演奏を聴くことになる。宮川は「狭いので半ケツ」でと言い、ゴリが「それか俺が普通に座って、お前が腿の上に乗る?」、川ちゃん「なんでだよ?!」

ということで演奏。アゴーギクを多用する指揮者も多いが、宮川は本職の指揮者ではないのでそこまではしない。

ゴリが、「いや、この席、12万ぐらい出す価値ありますね。でもなんか宮川さんの顔が音楽の麻薬にやられてるというか、とにかく面白い。みんなに見せて下さいよ」というので、宮川は客席の方を向いて指揮する。なんだがダニー・ケイがニューヨーク・フィルハーモニックを指揮したコンサートの時のようである。だが、
ゴリ「僕らが見てたのと全然違う。盛ったでしょ」
宮川「盛りました」
ということで、指揮をしている時の顔はポディウム席からでないと見られないようだ。ちなみにオーケストラ・ディスカバリーでは、ポディウム席は自由席となっている。

 

今度は宮川彬良が編曲を行ったハンガリー舞曲第5番の演奏。先に示した通りコントラバスを除く全ての弦楽器が主旋律を弾くなど、ダイナミックな仕上がりとなっていた。

 

休憩を挟んで宮川彬良のピアノと京響の伴奏による「エリーゼのために」。宮川は後半は赤のベストに着替えて登場する。サン=サーンス風の序奏があったり、チャイコフスキー風に終わったりと、かなり色を加えたアレンジである。

「編曲」がテーマであり、ボードを掲げた小峰は「へん」に掛けた変顔を行う。宮川は、「京都市交響楽団の皆さん、変な方が多いんです。良い意味でですよ。つまらない人ばっかりじゃ面白くない」

ビートルズナンバーから、「ア・ハード・デイズ・ナイト」と「レディ・マドンナ」の編曲。
宮川は編曲には2種類あると語り、「ア・ハード・デイズ・ナイト」は、忙しく働いた日の夜ということで、文学的描写を取り入れた編曲での演奏となる。本物の目覚まし時計の音が鳴ってスタート。出掛けるための準備やラッシュ時の慌ただしさなどを描写し、会社での仕事のシーンでは、ルロイ・アンダーソンの「タイプライター」が挟み込まれ、パソコンを使ったオフィスワークを描く。そして疲労困憊となり、疲れ切ってのフェードアウトで終わる。

「レディ・マドンナ」は物語描写は入れず、ビートルズによるボーカル、ギター、ベース、ドラムスをそのままオーケストラに置き換えた編曲である。ドラムセットは舞台上にあるが、この曲では使わず、ティンパニ、大太鼓、スネアドラム、シンバルの4つの楽器でドラムセットでの演奏を模す。

最後のテーマは「作曲」。小峰はボードを掲げながら足をクロスさせ、ゴリが「お、デューク更家になりました。あるいはラウンドガールか」と言う。
ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の第1楽章が演奏されるのだが、その前に、スタッフと京響の降り番の奏者達が「運命」第1楽章冒頭の主旋律が書かれた巨大譜面(3枚組)を手に登場。なぜベートーヴェンの交響曲第5番が「運命」や悲劇的な印象を受けるのかを説明する。
三連符の後で音が下がるからだそうで、冒頭に「下がるぞ下がるぞ下がるぞ」と歌詞を入れていく。
悪い要素は続くという話から、ゴリが「吉本も今、負の連鎖です。悪いことばっかり」と言ったため、冒頭部分は「吉本の現状」ということになる(?)。
「成績が下がるぞ、給料が下がるぞ」となるのだが、ホルンの響きのところで、「よく見てみろ!」となり、第2主題は「上がるから下がる」と少し前向きになると説明する。

本編の演奏。最近はピリオドスタイルでの演奏が増えているが、宮川はそうした要素は取り入れない。そもそも最初からピリオドやHIPまでやってしまうと話がややこしくなる。

宮川は、「このオーケストラ・ディスカバリーは画期的。子どものためのコンサートをやっているオーケストラは色々あるけど、これだけお客さんが入ることはそうそうない」と語り、ゴリは、「僕ら今まで色々な指揮者の方とご一緒しましたけど、宮川さんが一番画期的な指揮者です」
川ちゃん「今日が一番笑いました」

 

アンコールは、宮川彬良のシンフォニック・マンボ No.5。ベートーヴェンの交響曲第5番とマンボNo.5を一緒に演奏する曲で、広上淳一も京響と演奏したことがある。
宮川は、マンボNo.5の冒頭をピアノで奏で、「ハー!」と言ってコンサートマスターの泉原に無茶ぶり。泉原は少し遅れて「ウ!」と答えた。
京響の楽団員は、掛け声や歌などを混ぜて演奏する。打楽器の真鍋明日香がやたらと可愛らしくマラカスを振るなどエンターテインメント性溢れる仕上がりであった。

 

レナード・バーンスタインの仕事をダニー・ケイの才能でこなすことの出来る宮川彬良。音楽の裾野を広げる才能は、現在の日本の音楽人の中でトップに位置すると思われる。

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2019年11月 9日 (土)

コンサートの記(604) ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団来日演奏会2019京都

2019年11月3日 京都コンサートホールにて

午後3時から京都コンサートホールで、ヤニック・ネゼ=セガン指揮フィラデルフィア管弦楽団の来日演奏会を聴く。

アメリカのBIG5と呼ばれる5つの名門オーケストラのうちの1つとして知られるフィラデルフィア管弦楽団。古都(といっても10年ほどだったため、余りそうした取られ方はしないが)にして独立宣言起草の地であるフィラデルフィアに1900年に創設されたオーケストラである。フィラデルフィアには名門のカーティス音楽院があり、楽団員の多くが同音楽院の出身である。

レオポルド・ストコフスキーを音楽監督に頂いていた時代には、ディズニー映画「ファンタジア」の演奏を担当したことで知られ、後任のユージン・オーマンディの時代には「フィラデルフィア・サウンド」と呼ばれた世界で最も輝かしい音色を武器に人気を博している。ストコフスキーとオーマンディの時代にはラフマニノフとたびたび共演。録音も多く残している。オーマンディは後に「フィラデルフィア・サウンドなんてなかった。あったのはオーマンディ・サウンドだ」と述懐しているが、オーマンディ退任後のリッカルド・ムーティ時代には演奏の傾向も少し変わる。当時、天下を狙う勢いだったムーティは、「ベートーヴェン交響曲全集」なども作成しているが、お国ものであるレスピーギなどが高く評価された他は思うような実績が残せなかった。ムーティは、アメリカにオペラが浸透していないことや「世界最悪の音響」として有名だった本拠地のアカデミー・オブ・ミュージックに不満を漏らし、在位12年でフィラデルフィアを去っている。経営陣が後釜として狙っていたのはサイモン・ラトルであったが、ラトルには断られ、代わりにラトルが強く推薦するウォルフガング・サヴァリッシュが音楽監督となる。純ドイツ的な音楽作りで知られたサヴァリッシュとフィラデルフィア管弦楽団の相性を当初は疑問視する声もあったが、フィラデルフィア管弦楽団の弱点であった独墺もののレパートリーが拡大され、好評を得ている。2001年にはアカデミー・オブ・ミュージックに変わる新しい本拠地としてヴィライゾンホールが完成。音楽的な環境も整った。
サヴァリッシュの退任後は、独墺路線の踏襲ということでクリストフ・エッシェンバッハが音楽監督に選ばれたが、エッシェンバッハは多忙を極めており、在位は5年間に留まった。エッシェンバッハの退任後は音楽監督は置かず、「音の魔術師」シャルル・デュトワを首席指揮者兼芸術顧問に指名し、往年のフィラデルフィア・サウンド復活を目指すが、リーマンショックのあおりも受けて2011年に破産。世界トップレベルのオーケストラの破産は衝撃を持って受け止められた。その後、再建し、2012年からはヤニック・ネゼ=セガンを音楽監督に迎えている。

そのヤニック・ネゼ=セガンは、1975年、カナダ・モントリオールに生まれた注目株。ケベック音楽院モントリオール校を経て、プリンストンのウエストミンスター・クワイヤー・カレッジで合唱指揮を学ぶ。この間、カルロ・マリア・ジュリーニに師事。2000年に出身地のモントリオール・オペラの音楽アドバイザーとグラン・モントリオール・メトロポリタン管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督に就任。グラン・モントリオール・メトロポリタン管弦楽団は、就任当時全くの無名楽団であったが、レベルを急速に持ち上げ、レコーディングなども行うようになる。その功績により、現在では同楽団の終身芸術監督の座を得ている。ちなみに幼い頃からシャルル・デュトワ指揮のモントリオール交響楽団の演奏会に通っており、デュトワは憧れの人物であったが、そのデュトワからフィラデルフィア管弦楽団シェフのバトンを受け継ぐことになった。
ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を2008年から昨年まで務め、昨年からはメトロポリタン歌劇場の音楽監督も任されている。
ちなみにアメリカで活躍する指揮者にはよくあることだが、カミングアウトした同性愛者であり、現在はパートナーの男性と3匹の猫と一緒に暮らしていることを明かしている。

 

曲目は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:ハオチェン・チャン)とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」

 

フィラデルフィア管弦楽団とストコフスキーが始めた現代配置、ストコフスキーシフトでの演奏である。
前半後半とも楽団員が思い思いに登場して練習を行い、最後にコンサートマスター(デイヴィッド・キムであると思われる)が登場して拍手という形である。

 

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
ピアノ独奏のハオチェン・チャンは、上海出身のピアニスト。上海音楽院小学校で学んだ後、深圳芸術大学に進み、更に渡米してフィラデルフィアのカーティス音楽院でゲイリー・グラフマンに師事している。

チャンは、鍵盤に指を置いてからしばらく目を閉じて静止し、徐に弾き始める。冒頭はかなりテンポが遅く、音も弱く仄暗く、あたかも地獄の鐘の音を奏でているような趣がある。ダイナミックレンジを広く取った、ロマンティックで表現主義的な演奏。ネゼ=セガンも同傾向の伴奏を行うが、ネゼ=セガン自体はチャンよりも流れの良い演奏を好んでいるようでもあり、第1楽章では噛み合わない場面もあった。

フィラデルフィア管弦楽団というと、オーマンディやムーティ、デュトワらとの録音を聴いた限りでは「ザ・アメリカン・オーケストラ」という印象で、豪華で煌びやかな音色で押す団体というイメージを抱いていたが、実際に聴くと渋く憂いに満ちたサウンドが特徴的であり、アメリカというよりもライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団やロイヤル・コンセルトヘボウ楽団といったヨーロッパの楽団に近い印象を受ける。世代交代が進み、オーマンディの時代とは別のオーケストラになっているわけだが、ムーティ、サヴァリッシュ、エッシェンバッハ、デュトワといったそれぞれ強烈な個性の持ち主をトップに頂いたことで、アンサンブルの質が変わってきたのかも知れない。

第2楽章では、チャンのしっとりとした語りとフィラデルフィア管弦楽団のマイルドな音色が絡み合って上質の演奏となる。
第3楽章は、チャンのエモーショナルな演奏と、フィラデルフィアがこれまで隠し持ってきた都会的でお洒落なサウンドが合致し、豪勢なラフマニノフとなった。

ハオチェン・チャンのアンコール演奏は、ブラームスの間奏曲op118-2。チャンは弱音の美しさを重視しているようで、この曲でも穏やかなリリシズムを丁寧に奏でていた。

 

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。コンサートプログラムに載る頻度が高く、「通俗名曲」という評価も受けているが、ネゼ=セガンとフィラデルフィア管弦楽団はこの曲に新たな風を吹き込む。
序奏は緩やかに展開。その後、テンポを上げていく。弦、管ともにパワフルであるが、むしろ澄み切った音色を前面に出した若々しい音楽作りを見せる。指揮者としてはまだ若いネゼ=セガンとの演奏ということでリズムの処理も上手い。「家路」や「遠き山に日は落ちて」というタイトルの歌曲となったことで知られる第2楽章の旋律も瑞々しく歌われる。
第4楽章は、下手をするとオーケストラの威力を示すだけになってしまう危険性のある音楽だが、ネゼ=セガンは曲調に込められたアメリカとヨーロッパの混交を明らかにしていく。その後に発達するロックのテイストの先取りや、ジョン・ウィリアムズに代表されるような映画音楽への影響、あくまでヨーロッパ的なノーブルさを保ちながらも発揮されるアメリカ的な躍動感など、中欧チェコの作曲家であるドヴォルザークがニューヨークで書いたからこそ成し得たハイブリッドな音楽が展開されていく。
実演で接した「新世界」交響曲の中では上位に来る仕上がりであった。面白さに関してはトップを争うかも知れない。

 

アンコール演奏は、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。磨き抜かれた美音とセンチメンタルに陥る手前で踏みとどまった表現が印象に残った。

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2019年11月 7日 (木)

コンサートの記(603) 大和証券グループ presents 「BBC Proms JAPAN」BBCプロムス・イン・大阪 トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団

2019年10月31日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、大和証券グループ presents 「BBC Proms JAPAN」 BBCプロムス・イン・大阪を聴く。毎年のロンドンの風物詩となっているBBCプロムスの日本での初開催である。東京と大阪で公演が行われるが、大阪での公演は今日1回きりである。

トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団の演奏。BBCプロムスということでホール内は前半が暖色系、後半は寒色系のライトアップが行われていた。

 

デンマークの奇才、トーマス・ダウスゴー。ベートーヴェンの交響曲のピリオド・アプローチによる演奏に最も早く挑んだ指揮者の一人であり、今後が期待される中堅指揮者の一人である。1963年生まれ。王立デンマーク音楽院とロンドンの王立音楽院に学び、1997年にスウェーデン室内管弦楽団の首席指揮者に就任。このコンビで録音した「ベートーヴェン交響曲全集」は話題になった。その後、祖国であるデンマークの国立放送交響楽団のシェフなどを務め、現在はBBCスコティッシュ交響楽団の首席指揮者の座にある。

 

曲目は、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:ユリアンナ・アヴデーエワ)、マーラーの交響曲第5番。
一応、アンコールという形になるが、最後にエルガーの「威風堂々」第1番が演奏されることが決まっており、無料パンフレットに歌詞カードが挟み込まれている。

 

BBCスコティッシュ交響楽団は、スコットランド最大の都市であるグラスゴーに本拠地を置くオーケストラ。1935年の創設。現役最高のシベリウス指揮者の一人であるオスモ・ヴァンスカが1996年から6年間、シェフを務めていたこともある。

ヴァイオリン両翼の古典配置を基本としているが、トランペットが上手奥に斜めに一列に並ぶというロシア式の配置も取り入れている。
オーケストラメンバーはステージ上に三々五々登場し、さらい始める。最後にコンサートミストレスが登場したところで拍手が起こって、チューニングの開始となる。後半のマーラーはコンサートミストレスを含めメンバー全員が思い思いに出てきて座り、ダウスゴーの登場で拍手というスタイルが取られていた。

 

メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」。各楽器の分離が驚くほど鮮明であり、全ての音がクッキリと浮かび上がるような、今までに聴いたことのない「フィンガルの洞窟」となる。パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンが分離のはっきりとした演奏を行って世界を魅了しているが、分離の良さに関してはダウスゴーの方がパーヴォを上回る。
ロンドンのBBC交響楽団自体が二流オーケストラの代名詞的存在であるため、BBCスコティッシュ交響楽団にも余り期待していなかったのだが、透明で独特な艶のある弦がとても魅力的である。一方で管などは過度に洗練されてはおらず、良い意味でのローカル色も残っている。
かなり速めのテンポを採用したダウスゴー。メンデルスゾーンはピリオドで演奏するべきがどうか微妙な時代の作曲家だが、ダウスゴーが作り出した音楽には少なくともピリオドの影響を窺うことは出来る。すっきりとしたフォルムにエネルギーが横溢し、ドラマティックというよりもスリリングな演奏になる。弦楽ではヴィオラの強さと雄弁さも特徴である。

 

ユリアンナ・アヴデーエワをソリストに迎えてのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
ユリアンナ・アヴデーエワは、1985年生まれのロシアの若手ピアニスト。モスクワ出身。5歳でピアノを始め、出身地にあるグネーシン音楽院で学んだ後、チューリッヒ音楽院でも研鑽を積み、この時期にはコンスタンティン・シチェルバコフの助手も務めている。
2010年にショパン国際コンクールで優勝し、知名度を上げている。

最近の欧州出身のピアニストはみな瑞々しい音色で弾くという特徴があるが、アヴデーエワもそうである。一頃のスタンダードだった甘い響きは近年は流行っていないようである。特に技術をひけらかすタイプのピアニストではなく、堅実で的確なピアニズムを売りとしているようだが、第3楽章のラストでは超絶技巧全開となり、ヴィルトゥオーゾの資質も兼ね備えていることがわかった。
ダウスゴー指揮のBBCスコティッシュ交響楽団も弦の美しさをベースとしたリリシズムが印象的だが、同時にダウスゴーは金管を思いっ切り吹かすタイプでもあり、迫力にも欠けていない。
第3楽章では、通常の演奏とは異なるテンポと音型で弾かれた場所があったが、そういう譜面があるのか、アヴデーエワとダウスゴーの解釈によるものなのかは不明である。他では聴いたことのない音型処理であった。

 

マーラーの交響曲第5番。いわゆるマーラー指揮者が指揮した演奏とは一線を画した個性が発揮される。
スケールはいたずらに広げすぎることはない。最強音の部分では盛大に鳴るが、虚仮威しにならないよう細心の注意が払われているようだ。
ダウスゴーの音楽作りはやはりクッキリとした分離の良さが特徴であり、マーラーがこの曲に込めた戦きや、作曲された当時の常識を踏み出した異様さがなどがそのまま提示される。美化されることのない骨組みのマーラーを聴いているようでもあり、ダウスゴーの音楽作りの独自性に感心させられる。
テンポは速いところもあるが、基本的に中庸。第4楽章(第2部前半)のアダージェットはこの速さが一番効果的なのではないかと思えるほどの美しさを湛えていた。これより速いと味気なく感じるかも知れないし、遅いとベタベタしすぎる。
ダウスゴーは、指揮棒をかなり細かく動かすタイプで、指揮棒を持たない左手も要所要所で効果的に用いられる。BBCスコティッシュ交響楽団もダウスゴーの指揮棒に俊敏に応えていた。

 

「プロムスといえば」、ということでエルガーの「威風堂々」第1番の演奏。「英国第2の国歌」といわれる歌詞が入っている部分では、ダイスゴーは客席の方を向いて指揮をする。BBCスコティッシュ交響楽団は鋭くしなやかな音色を奏でる。この辺がロンドンのオーケストラとは異なる個性かも知れない。過度にジェントルでない輝かしさと若々しさも魅力である。
私も「英国第2の国歌」といわれる「Land of Hope and Glory」を歌う。イギリス人でもないのに気分が高揚した。音楽にはそうした力がある。

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2019年11月 6日 (水)

これまでに観た映画より(137) 「エセルとアーネスト ふたりの物語」

2019年11月1日 京都シネマにて

京都シネマでアニメーション映画「エセルとアーネスト ふたりの物語」を観る。「スノーマン」などで知られる絵本作家、レイモンド・ブリッグズが自身の両親を描いたベストセラー絵本のアニメ映画化。監督:ロジャー・メインウッド、音楽:カール・デイヴィス。声の出演は、ブレンダ・ブレッシン、ジム・ブロードベント、ルーク・トレッダウェイほか。エンディングテーマはポール・マッカートニーが手掛けている。ポール・マッカートニーはレイモンド・ブリッグズの大ファンだそうで、レイモンドから直筆のオファーを受けて快諾したそうだ。

まず原作者のレイモンド・ブリッグズを写した実写映像が流れる。ブリッグズは両親が共に普通の人物であったことを語り、両親を描いた絵本がベストセラーになったことを不思議に思っていると率直に述べている。

物語は1928年に始まる。日本でいうと昭和3年。京都では毎日新聞の京都支局であった1928ビルが完成し、ロシアでは名指揮者であるエフゲニー・スヴェトラーノフが生まれた年である。

ロンドン。牛乳配達夫のアーネストは自転車を走らせている時に、豪邸の窓を掃除していたメイドのエセルを見掛け、手を振る。それが運命の出会いとなった。アーネストは毎朝、エセルを見掛けることを楽しみとし、エセルはアーネストのことで頭が一杯になって気もそぞろ。そしてある日、アーネストが花束を持ってエセルが働いている豪邸のチャイムを鳴らす。アーネストにプロポーズされたエセルは一緒に映画を観に出掛ける。実はアーネストは1900年生まれであるが、エセルは1895年生まれと5歳上であった。エセルは30代半ばに差し掛かっており、子どもを産むためには結婚を急ぐ必要があった。
二人は新居を買い、エセルはメイドを辞める。アーネストにもっと稼いで欲しいエセルであったが、アーネストは街に出て働くことが好きなため牛乳配達夫を続けており、出世すると事務方になって表に出られなくなるため消極的であった。エセルは自身を労働者階級ではないと考えており、プライドを持っていたが、アーネストの稼ぎは労働者階級よりも低かった。
政治的にもエセルが保守党支持者であるのに対してアーネストは労働党を支持しており、夫婦で思想なども異なっている。
エセルが38歳の時に、後に絵本作家となるレイモンドが生まれる。だが、高齢出産のため難産であり、エセルの命が危ぶまれたということで、出産直後にエセルとアーネストは産科医から「もう子どもは作らないように」と釘を刺されてしまう。

ドイツではヒトラーが政権を取り、1939年にドイツがポーランドに侵攻するとイギリスはナチスドイツに対して宣戦を布告。アーネストもイギリス軍に協力するようになる。ロンドンでも空襲が始まり、アーネストは防空壕を作るのだが、出来上がったのはなんとも心許ない代物であった。空襲は激しさを増し、アーネストとレイモンドもあわやという場面に遭遇したため、レイモンドは疎開することになる。エセルはレイモンドの疎開に反対するが、戦況は差し迫っていた。やがてエセルとアーネストが暮らしていた家も空襲によって破壊されてしまう。
ナチスが降伏し、ヨーロッパ戦線は終結を迎えた。しかし、1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下され、10万人を超える市民が一瞬にして犠牲になる。アーネストは余りのむごさを嘆くが、エセルは「戦争を終えるためには」という姿勢であった。エセルもアーネストも第1次世界大戦で肉親を失っており、戦争が一日も早く終わることを願っていた。

戦後、エセルはチャーチルの選挙での敗北を嘆くが、アーネストは労働党による新しい政治に期待する。思想も指向性も正反対であったが、夫婦としては上手くやっていく。

レイモンドは神経質な子どもだった。パブリックスクールに合格を果たし、これでオックスフォード大学かケンブリッジ大学に入って出世コースに乗れるとエセルは喜んだのだが、レイモンドは夢を追いかけるためにパブリックスクールを自主退学して美術学校に進んでしまう。やがてレイモンドは独立し、彼女を両親に紹介するのだが、その彼女が統合失調症を患っているということで両親は心配し……。

 

特別なことは何もない二人の41年の共同生活を描いた作品である。二人は息子と違って特別な才能があったわけでも何かしらの分野で有名であったわけでもない。日々生活し、子どもを生み、育て、将来を見守る。ただ、世の中の大多数を占めているのはそうした人々であり、これはエセルとアーネストの物語であると同時に、世界中の多くの家族の物語であるともいえる。激動の時代の中を淡々とただしっかりと生きていくという姿勢こそ、あるいは「世界」にとっては最も偉大なあり方なのかも知れない。
ありふれた人生だが、それだけに素晴らしい。


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2019年11月 4日 (月)

これまでに観た映画より(136) 「蜜蜂と遠雷」

2019年10月29日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、日本映画「蜜蜂と遠雷」を観る。恩田陸の直木賞&本屋大賞受賞ベストセラー小説の映画化。監督・脚本・編集:石川慶。出演:松岡茉優(ピアノ担当:河村尚子)、松坂桃李(ピアノ担当:福間洸太郎)、森崎ウィン(ピアノ担当:金子三勇士)、鈴鹿央士(新人。ピアノ担当:藤田真央)、平田満、臼田あさ美、ブルゾンちえみ、光石研、片桐はいり、斉藤由貴、鹿賀丈史ほか。

第10回芳ヶ江国際ピアノコンクールの参加者(コンクラリスト)達を描く青春映画。天才少女と騒がれながら7年前に演奏会場から逃亡してしまった栄伝亜夜(松岡茉優)、音大生など24時間ピアノに集中できる出場者に交じって28歳の妻子持ちのサラリーマンで年齢制限から最後のチャンスに賭ける高島明石(松坂桃李)、「ジュリアード王子」と呼ばれて大人気であるが、師から「完璧を目指せ、余計なことするな」と厳命されているマサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)、伝説のピアニストであるホフマンに見出され、正統的な音楽教育を受けていないにも関わらずホフマンの推挙を受けてコンクールに参加することになった風間塵(かざま・じん。鈴鹿央士)ら、それぞれに複雑な背景を持ったピアニスト達が、時に競い、時に心を通わせ合っていく様が描かれている。それぞれのピアノ演奏を受け持つのが、日本を代表するトップクラスのピアニストというのが、見所であり聴き所である。

基本的には、20歳のピアニスト、栄伝亜夜(えいでん・あや)の物語である。ファーストシーンは幼い頃の亜夜とピアノ教師だった母親によるショパンの「雨だれ」の連弾場面である。母親によってピアノに開眼した亜夜は幼くしてカーネギーホールで演奏を行うなど神童ぶりを発揮するが、7年前に母親が死去した直後、ピアノ協奏曲のソリストとして登場するも演奏を行わずに逃亡。以後、表舞台から姿を消していた。そんな亜夜が芳ヶ江ピアノコンクールのコンクラリストとして姿を現す。口さがない人々は、「あの天才少女の?」「また逃げちゃうんじゃないの?」とひそひそ噂する。
そんな亜夜の前に現れた16歳の少年ピアニスト、風間塵。ホフマンの推薦状を手に現れた塵だが、ピアノも持たず無音鍵盤で練習を行っており、本格的な音楽教育も受けていないことから物議を醸す。審査員の中には露骨に彼を「最低だ」と批難するものまでいる。だが、心からピアノが好きな塵の姿勢に亜夜は影響を受ける。亜夜は塵ほどにはピアノを愛していないことを悟る。

今回のコンクールの本命と目されるマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。アメリカ人だが、日系で幼い頃には亜夜の母親が開いているピアノ教室に通っており、亜夜と見るやすぐあの時の少女と見抜く。亜夜もマサルのことをすぐに思い出す。互いを「あーちゃん」「まーくん」と呼び合う二人。師から教わった通りの「完璧」を目指しており、それが現代のピアニストなのだと教え込まれている。だが実際の彼はコンポーザーピアニストになることを夢見ており、完璧な表現とは違った創造性を求めていた。

高島明石は、楽器メーカーで働きながらピアノコンクールに応募。学生達では不可能な「生活に根ざしたピアノ」を弾くことを目標としている。年齢制限があるため、今回が最後のピアノコンクール参加であり、結果が出なかったら潔くピアニストを止めるつもりでいた。

2次審査は、新曲「春と修羅」(実際の作曲は、今最も話題の作曲家である藤倉大が行っている)の演奏で、カデンツァは、ヴィルトゥオーゾの時代のようにピアニスト達が独自に作曲したものを弾く。大時代的でドラマティックな超絶技巧を披露するマサル。一方、宮澤賢治の言葉にインスパイされた詩的なピアノを明石は弾く。宮澤賢治が理想とした生活に根ざした農民芸術的な明石のピアノに触発された亜夜は感激し、すぐさま練習室でピアノを弾こうとするが、全て塞がってしまってる。それでもどうしても今夜中にピアノが弾きたい亜夜は、明石の手配で、芳ヶ江の街のピアノ工房でピアノに向かう。亜夜の行動を察知して後を付けてきた塵は亜夜と二人で、ドビュッシーの「月の光」、「It's only a paper moon」、ベートーヴェンの「月光」などを即興で連弾する。

亜夜にとってピアノとは母親と弾くものであり、母と心を通い合わせる道具であった。だから母が他界してしまった時、亜夜はピアノを弾く意味を喪失してしまった。コンサート会場から逃げ出したのはその時である。だが、コンクールに出たことで、ピアノは人々と通じ合うツールへと姿を変える。様々な邂逅を経て、亜夜はピアノを弾く意味と失われた音楽を取り戻していく。

女性が主人公ということもあって、登場人物にどれだけ共感出来るかが鍵となる映画。そういう点において女性向けの作品と見ることも出来るかも知れない。幸い、亜夜の実際のピアノ演奏を担当しているのが河村尚子というとこもあって、私は亜夜に感情移入することに成功したように思うし、他の人物の心境も完全というにはおこがましいが、ある程度把握することが出来、音楽を通してささやかだが確実に成長していく人々を温かく見守ることが出来た。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番演奏シーンでは、自分でもなぜ感動しているのかわからない感動も味わう。

芸術に限らず多くのジャンルにおいてそうだが、人との関わりや巡り合わせがとても重要であることを示してくれる映画である。

 

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