2023年2月 1日 (水)

コンサートの記(824) 鈴木優人指揮 京都市交響楽団第674回定期演奏会

2023年1月21日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第674回定期演奏会を聴く。指揮は古楽界のサラブレッドでもある鈴木優人。

バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の首席指揮者としてもお馴染みの鈴木優人だが、今回は20世紀に書かれたロシアの作品が並ぶ。プロコフィエフの交響曲第1番「古典交響曲」、ストラヴィンスキーの弦楽のための協奏曲ニ調、ラフマニノフの交響曲第2番。全員、亡命経験がある。


午後2時頃より、ステージ上で鈴木優人によるプレトークがある。鈴木は、今日の作曲家を若い順に並べたこと、また年の差が9歳ずつであることなどを述べ、プロコフィエフやストラヴィンスキーの一筋縄ではいかない諧謔性、そしてラフマニノフの交響曲第2番の美しさ、特に第3楽章の美しさについて語った。


今日のコンサートマスターは、京響特別客演コンサートマスターである会田莉凡。フォアシュピーラーに泉原隆志が入る。ドイツ式の現代配置をベースにしているが、ティンパニは指揮者の正面ではなくやや下手寄りに入り、その横に打楽器群が来る。
フルート首席奏者の上野博昭は、プロコフィエフとラフマニノフの両方に出演。クラリネット首席の小谷口直子は、美しいソロのあるラフマニノフのみの参加である。


プロコフィエフの交響曲第1番「古典交響曲」。鈴木の才能が飛び散る様が見えるような、生気に満ちた演奏となる。弦は軽みがあり煌びやか、管も軽快で、プロコフィエフがこの交響曲に込めた才気がダイレクトに伝わってくるような演奏である。


ストラヴィンスキーの弦楽のための協奏曲ニ調。
迷宮を進んでいくような第1楽章、華やかで祝典的だがどことなく陰りもある第2楽章。再び迷宮へと迷い込んだような第3楽章が緻密に演奏された。


ラフマニノフの交響曲第2番。鈴木らしい「気品」をもって演奏されるが、時に「荒ぶる」と書いてもいいほどの盛り上がりを見せる。「上品」と「豪快」の二項対立を止揚したようなラフマニノフであり、単に美しいだけでないパワフルさが示される。
第3楽章の小谷口直子のソロも理想的。こぼれそうな美音が憂いを込めて演奏される。無常観を砂糖でくるんだような甘悲しさが耳を満たす。
第4楽章の爆発力も素晴らしく、この曲が20世紀の大交響曲(良い意味でも悪い意味でも)であることが如実に示された。優れたラフマニノフ演奏であった。

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2023年1月29日 (日)

コンサートの記(823) 堺シティオペラ第37回定期演奏会 ドニゼッティ 歌劇「愛の妙薬」

2023年1月15日 フェニーチェ堺大ホールにて

午後2時から、フェニーチェ堺大ホールで、堺シティオペラ第37回定期公演であるドニゼッティの歌劇「愛の妙薬」を観る。指揮は柴田真郁(まいく)、演出は岩田達宗(たつじ)。Wキャストで今日の出演は、浅田眞理子(アディーナ)、松原友(まつばら・とも。ネモリーノ)、伊藤正(ドゥルカマーラ)、桝貴志(ベルコーレ)、大上りあ(ジャンネッタ)。合唱は堺シティオペラ合唱団。演奏は大阪交響楽団。

一昨年にソフィア堺で上演される予定だったがコロナによって流れ、今回に延期となっていた。コロナ対策として、3時間ほどの上演時間が2時間強にカットされて上演される。

午後1時30分から、演出の岩田達宗によるプレトークがあり、ウィーンでたびたびイタリアオペラが大ヒットしたこと、ベートーヴェンはロッシーニに嫉妬して、「イタリアオペラの依頼があっても絶対に書かない」と心に決めたこと、ワーグナーはドニゼッティに嫉妬して、「ウィーンはドイツ語圏なのになんでイタリアオペラばかりやられているんだ」と頭にきてウィーンを去ったという話をする。ロッシーニに関しては「全盛期にビートルズより人気があった」などといわれることもあるが、岩田の紹介によると、ロッシーニにしろベッリーニにしろドニゼッティにしろ、ウィーンの市民達がアリアを口ずさんでいたそうで、今のように録音機器もYouTubeのような配信技術もない中で、市民が外国語のオペラのアリアを歌うというのは、今考えても異様な気がする。
ドニゼッティは実は貧しい生まれであり、作曲活動を始めたのも比較的遅く、遅咲きの作曲家の代表格のようにいわれているが、ドニゼッティ自身は出自を恥じており、幼い頃貧しかったことを隠し通すため嘘をつき、経歴詐称すら辞さなかったという。
「愛の妙薬」は嘘を題材にしたオペラで、ストーリーというほどのストーリーもないのだが、嘘を題材にしているのはドニゼッティにオリジナルではなく、昔から嘘を題材にした話は多く、岩田はモーツァルトの「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」を上げていたが、オペラや演劇自体が嘘だという話をし、嘘や人をだましてはいけないが、人を幸せにする嘘がオペラや演劇だと纏めていた。


その岩田の演出であるが、舞台を現代に置き換えており、衣装が現代風であるほか、メールが使われたり、登場人物がスマートフォンを持っていたり、舞台の中心にスタンドマイクが据えられ、エレキギターを手にロックのノリでアリアが歌われたりする。
また関西での上演ということで、吉本新喜劇の定番ネタが何度も登場した。
舞台装置であるが、広場を意識したものであるが、芝居小屋の内部を模しているようでもあり、これがオペラや演劇であることが強調されている。

純朴な青年で、故郷愛に満ちているネモリーノであるが、故郷の人々からは好かれていない。そんなネモリーノが恋したのがアディーナという女性。だが一文無しのネモリーノが才女であるアディーナに振り向いて貰える可能性は極めて低い。そこで、ネモリーノは薬売りのドゥルカマーラに「愛の妙薬」を所望する。ドゥルカマーラは安物のワインを愛の妙薬としてネモリーノに売り……。

私が映像で「愛の妙薬」を観たのは、NHKBS2(現NHKプレミアム)で放送されたロベルト・アラーニャとアンジェラ・ゲオルギューによるもので、この映像は今では格安盤DVDとして発売されていて私も予習として観たのだが、映像では余り気にならなかった歌詞に心打たれた。特に「不幸のままでいい運命などあってはならない」という歌詞が胸に沁みた。

柴田真郁の指揮する大阪交響楽団も活きのいい演奏を生み出していたように思う。

素敵な嘘に騙されてみたくなる上演であった。

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2023年1月21日 (土)

観劇感想精選(454) 「万作萬斎新春狂言2023」@サンケイホールブリーゼ

2023年1月18日 大阪・西梅田のサンケイホールブリーゼにて

午後6時30分から、西梅田のサンケイホールブリーゼで「万作萬斎新春狂言2023」を観る。

まず、飯田豪、中村秀一、野村萬斎、内藤連、野村裕基(プログラム掲載順)による謡初「雪山」が歌われ、野村裕基による小舞「兎」が舞われる。


その後、野村萬斎によるレクチャートークがあるが、「野村裕基が卯年の年男だそうで、だそうでもなにも私の息子なんですが」と、野村裕基が「兎」を舞った理由が述べられる。
野村萬斎のトークは、前半の演目「舟渡聟」に関するレクチャーが大半を占める。「『舟渡聟』は大蔵流にもあるのですが、我々和泉流の方が面白い」として、なぜ面白いのかを解説する。また例によって、狂言が「エア」であることを強調する。確かにエアであることに納得出来ないと狂言を観ても面白くないだろう。また、狂言に出てくる人というのは理性や自制心が飛んでしまっている人も多いのだが、それは観る人の代わりにその場をぶち壊してくれるという要素が強いことが語られる。
野村萬斎は、今年の大河ドラマ「どうする家康」にも出演しているが、「第1回で死んでしまう」と語り、「まだ視聴率が高い内に退場出来て良かった」と前向きに捉えて、「第3回には私は登場するようです」と予告していた。


「舟渡聟」。出演:野村万作(船頭)、野村裕基(婿)、深田博治。
琵琶湖と琵琶湖畔が舞台である。都邊土(都の近辺)から婿入り(婿が舅の家に挨拶に行くこと。今ではこの風習はない)のために琵琶湖は大津松本にやってきた婿であるが、舅の家がある矢橋まで舟に乗ることにする。舅への土産として京の酒と鯛を担いでいる婿であるが、船頭は酒ほしさに婿を脅すことになる。
野村万作の年齢(今年で92歳)を感じさせない体の捌きに方にまず感心する。十代の頃は線の細い優男という印象だった野村裕基だが、今では堂々たる若武者に変貌。今後が楽しみである。


「花折」。出演は、野村萬斎(新発意)、石田幸雄(住持)、高野和憲、内藤連、中村修一、飯田豪。

住持(住職)が出掛けることになるのだが、境内の桜は満開なるも「花見禁制にしたから誰が来ても庭へ入らせないように」と新発意(見習い僧)に言いつける。
そこへ人々が花見に訪れるのだが、新発意は住持の言いつけを守って人々を庭へは入れない。だが人々は寺の外から垣間見る形で花見をし、宴会を始めてしまう。新発意はうらやましくなり、ついには宴会に参加し、人々を寺内に招き入れてしまうのだが……。

タイトルから想像出来ると思われるが、ラストはかなり衝撃的で、客席から声や息をのむ音が伝わってきた。おそらくであるが、「質素倹約」を押しつけてきた時の為政者への強烈なカウンターの意味もあるのであろう。

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2023年1月15日 (日)

Yellow Magic Orchestra(YMO) 「Rydeen ライディーン」

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2023年1月12日 (木)

コンサートの記(822) 広上淳一指揮 京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」2023

2023年1月8日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「ニューイヤーコンサート」を聴く。指揮は広上淳一。

前半は、NHK大河ドラマのテーマ曲とヨハン・シュトラウスⅡ世の作品を並べた曲目で、後半のメインにはベートーヴェンの交響曲の中でも最も快活な第8番が選ばれている。

前半の詳細な曲目は、佐藤直紀の「青天を衝け」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の喜歌劇「ジプシー男爵」から入場行進曲、ジョン・グラムの「麒麟がくる」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「南国のばら」、服部隆之の「真田丸」(ヴァイオリン独奏:石田泰尚)、エバン・コールの「鎌倉殿の13人」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「ハンガリー万歳」、吉俣良の「篤姫」。

今日のコンサートマスターは、「組長」こと石田泰尚。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。今日は短めの曲が並ぶということもあって、管楽器奏者に前後半で目立った異動はなし。男性奏者は普段通りの服装の人が大半だが、女性奏者は思い思いにドレスアップして演奏する人が多く、中には着物姿で演奏する人もいる。


NHK職員の息子で、自称「大河フェチ」の広上淳一。大河ドラマのテーマ曲を集めた演奏会はこれまで何度か行っているが、自身が大河本編で指揮した「麒麟がくる」を始め、京響で初めて振る曲が3曲ある。いずれも共感に満ちたスケールの大きな演奏で、聴き応えがある。私は、今日取り上げれた大河ドラマのうち3作品は全編見ているので、オープニングの映像や名場面などが脳裏に浮かんで懐かしかった。残る2つも多くの回は見ている。

ヨハン・シュトラウスⅡ世の作品は、活気と上品さと華やかさが統合された理想的な演奏である。


後半、ベートーヴェンの交響曲第8番。ベートーヴェンの交響曲の中では人気が余り高くない曲だが、ベートーヴェン本人は自身の交響曲の中でこの第8番が最も好きだと答えており、この交響曲だけ誰にも献呈されていない。

広上指揮する京響は、第1楽章と第2楽章は自然体。無理のない音運びだが、「無難」という言葉からは遠く、見通しの良い透明度の高い美音による演奏を展開。第3楽章と第4楽章ではスケールを拡げて豪快さも感じさせる演奏を行った。
この手の音楽は日本では「俳句」に例えられやすいが、広上と京響の演奏を聴いていると、「短歌のような」という形容の言葉が浮かぶ。メロディアスで切れ味が良く、冗長でない。まさに短歌だ。


演奏終了後、広上はマイクを手に、「みなさん、あけまして」と語り、京響の楽団員が「おめでとうございます」と続ける。広上は客席に「大河いいでしょ?」と語りかける。なお、今年の大河ドラマである「どうする家康」は今日が初回放送日であるが、放送が行われるまでは演奏してはならないという決まりがあるそうで、広上も残念がっていた。

京響は今年の4月から常任指揮者に若手の沖澤のどかを迎えるが、広上は去年の大河ドラマである「鎌倉殿の13人」に掛けて、沖澤を北条泰時に例え、「悪いものは北条義時が全部抱えて地獄に落ちた」と語る。

「お年玉」として1曲アンコール演奏が行われることになったのだが、その前に、昨年の3月に広上が京響の常任指揮者を退任する際にプレゼントすることが約束された広上の肖像画がお披露目される。京都市立芸術大学講師の城愛音の筆によるもので、終演後にホワイエでも見ることが出来たが、「福々しい」顔として描かれている。

「お年玉」のアンコール曲は、山本直純の大河ドラマ「武田信玄」メインテーマ。昨年がメモリアルイヤーだった山本直純(生誕90年、没後20年)。広上は山本について、「日本のレナード・バーンスタインのような人」と紹介する。
山本直純の「武田信玄」は大河ドラマのテーマ曲の中でも最も人気のある曲目の一つである。甲斐武田の騎馬隊の勇壮さを音楽化したもので、疾走感と迫力、そして中間部の叙情性が印象的であり、広上と京響も音のドラマを見事に再現していた。

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2023年1月 2日 (月)

初詣に行ってきました

今年は久々となる七条の豊国神社。祭神は豊臣秀吉公ですが、正室のおねさん(寧、豊臣吉子)も貞照神社に祀られています。

豊国神社の唐門は、以前は金地院にあったもので、伝伏見城遺構の国宝に指定されているものです。

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3が日だけは唐門を潜って拝殿の前まで行くことが出来ます。

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こちらは内陣から見た唐門。

今年は卯年、何かが生まれそうな年です。本年もよろしくお願いいたします。

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2023年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます

本年も宜しくお願いいたします

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2022年12月31日 (土)

コンサートの記(821) デニス・ラッセル・デイヴィス指揮 京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」2022

2022年12月28日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」を聴く。今年の指揮者は、デニス・ラッセル・デイヴィス。

アメリカ出身のデニス・ラッセル・デイヴィス。現代音楽の優れた解釈者として知られる一方で、ハイドンの交響曲全集を録音するなど幅広いレパートリーの持ち主である。宮本亞門が演出した東京文化会館でのモーツァルトの歌劇「魔笛」で生き生きとした演奏に接しているが、おそらくそれ以来のデニス・ラッセル・デイヴィス指揮の演奏会である。

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏であるが、ステージ奥の指揮者の正面に来る場所には独唱者のための席が設けられており、ティンパニは舞台下手奥に据えられている。

独唱は、安井陽子(ソプラノ)、中島郁子(メゾ・ソプラノ)、望月哲也(テノール)、山下浩司(バス・バリトン)。合唱は京響コーラスで、ポディウムに陣取り、歌えるマスクを付けて歌う。

冒頭のヴァイオリンの音に圭角があり、「現代音楽的な解釈なのかな」と思ったが、実際はそうした予想とは大きく異なる演奏に仕上がった。しなやかで潤いに満ちた音楽であり、再現部ではヴァイオリンもなだらかな音型へと変わる。第九は第2楽章が演奏によっては宇宙の鳴動のように響くことがあるが、デニス・ラッセル・デイヴィスと京響の第九は、第1楽章が宇宙をかたどった音楽のように聞こえた。こうした経験は初めてである。

第2楽章。構築の把握の巧みさと計算の上手さが印象的な演奏である。迫力を出そうと思えばいくらでも出せる部分でも、滑らかに美しく奏でる。

第3楽章のテンポは速めで開始するが、途中で速度を落としてロマンティックに歌う。「美しさ」が印象的な楽章であるが、デイヴィスと京響は、「愛」と「優しさ」が両手を拡げて抱きしめてくれるような温かな演奏である。

第4楽章も、迫力ではなく「愛」と「優しさ」を重視。人間賛歌を歌い上げるような、ぬくもりに満ちた第九となった。

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2022年12月28日 (水)

これまでに観た映画より(318) 第44回ぴあフィルムフェスティバル in 京都 ブラック&ブラック「ザ・ビッグ・ビート:ファッツ・ドミノとロックンロールの誕生」 ピーター・バラカンのアフタートーク付き

2022年11月25日 京都文化博物館フィルムシアターにて

午後6時から、京都文化博物館フィルムシアターで、第44回ぴあフィルムフェスティバル in 京都、ブラック&ブラック 日本未公開/関西初上映の音楽映画「ザ・ビッグ・ビート:ファッツ・ドミノとロックンロールの誕生」をピーター・バラカンのアフタートーク付きで観る。

共にルイジアナ州ニューオーリンズ近郊に生まれたファッツ・ドミノとデイヴ・バーソロミューを中心に、黒人音楽がリズム&ブルールへ、そしてロックンロールへと昇華する過程を様々なミュージシャンや伝記作家などへのインタビューと往年の演奏姿によって綴る音楽映画である。
ジャズ発祥の地としても名高いニューオーリンスが生んだ二人の天才音楽家が生み出した音楽が、エルヴィス・プレスリーやビートルズなどの白人ミュージシャンに影響を与え、ロックンロールという名を与えられていく。
ちなみに、リズム&ブルースは1949年に生まれたとされる言葉で、それまでは黒人の音楽を指す専門用語はほとんど存在しなかったようである。ただ、リズム&ブルースは、黒人音楽のイメージが余りに強いため、ロックンロールという新語が生まれたようだ。ともあり、ファッツ・ドミノが生み出し、デイヴ・バーソロミューが演奏とプロデュースを手掛けた音楽は全米で大ヒット。新たな音楽の潮流を生むことになった。
ブラスの分厚いニューオーリンズサウンドがとにかく華やかで、音楽性の豊かさに魅せられる。

ピーター・バラカンのアフタートークは、ニューオーリンズの紹介を中心としたもので(持ち時間が限られていたためにそこから先に行けなかったということもある)、フレンチクオーターと呼ばれる地域があり、フランス統治時代の面影が残っている(ルイジアナ州のルイジアナとはルイ○世のルイ由来の地名であり、オーリンズとはフランスのオルレアン地方が由来である)。フレンチクオーターの北の方にコンゴスクエアという場所があるが、ここで黒人奴隷達が週に1回音楽を奏でることが許されたそうで、ここが黒人音楽の発祥の地ということになるようである。音楽をすることを許されたのは、ピーター・バラカンによると統治していたフランスがカトリックの国であったことが大きいという。その他の地域、イギリスの統治下にあったところは、黒人が音楽を奏でることは許されなかったそうである。

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2022年12月25日 (日)

これまでに観た映画より(317) 「夜明けの詩」

2022年12月7日 京都シネマにて

京都シネマで、韓国映画「夜明けの詩(うた)」を観る。キム・ジョングァン監督作品。出演:ヨン・ウジン、イ・ジウン(歌手としての名前はIU)、キム・サンホ、イ・ジュヨン、ユン・ヘリほか。

イギリス暮らしをいったん切り上げて、冬のソウルに帰ってきた小説家のチャンソク(ヨン・ウジン)。様々な人との出会いの中で小説を仕上げることになる。既婚者であり、妻はイギリスに置いてきている。離婚の危機が目の前にある。

先に書いたとおりチャンソクが様々な人々と一対一の対話を行うことで物語が進んでいく。それぞれのエピソードについてだが、特につまらないという訳ではないが、面白くもないという最も感想に困る種類の作品である。設定など、個人的には好感を持ったが、映画好きでない人、特に芸術映画を好まない人には受けが悪いと思われる。

全体を通して夢のような淡さを湛えた空気が漂っており、見終わった後には、それこそ邦題になっている「詩」のような独特の手応えがある。ただ万人向けの作品ではないことは確かで、退屈に感じる人も多いだろう。
「観る」というより「浸る」ような感じで接するのが吉と出る映画である。

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