2026年3月 4日 (水)

コンサートの記(951) 京都市立芸術大学第179回定期演奏会大学院オペラ公演 ドニゼッティ 歌劇「愛の妙薬」 阪哲朗指揮

2026年2月19日 京都市立芸術大学・堀場信吉記念ホールにて

午後6時から、京都市立芸術大学崇仁新キャンパスの堀場信吉記念ホールで、京都市立芸術大学第179階定期演奏会大学院オペラ公演、ドニゼッティの歌劇「愛の妙薬」を観る。指揮は京都市立芸術大学音楽学部作曲専攻出身で、京都市立芸術大学指揮専攻教授の阪哲朗。佐渡裕と共に、京都芸大出身指揮者の筆頭候補だが、佐渡もフルート専攻出身であり、指揮専攻からはこれといった指揮者が出ていない。指揮専攻から次から次へと逸材が登場する東京芸大や桐朋学園大、東京音大とは対照的である。オーケストラは京都市立芸術大学音楽学部・大学院管弦楽団。合唱は京都市立芸術大学声楽科在学生が務める。
出演は、アディーナが4人体制で、北田実佳、石原のぞみ、伊吹日向子、碓井莉子。「愛の妙薬」には準ヒロイン的立場の人がいないので、当然ながらアディーナに出演者が集中する。ネモリーノに廣瀬響、ベルコーレに池田智樹、ドゥルカマーラに大西凌、ジャンネッタに松井偉乃里。他に大学院生4名、大学院研究生1名が出演する。
恋愛を題材にしたドタバタ劇だが、最後は恋愛に必要なのは妙薬ではない、という結末に至る、一種の人間讃歌である。

イタリアの作曲家によるイタリア語の歌劇だが、スペインのバスク地方が舞台となっている。イタリアの歌劇というと、この間触れた、ヴェリズモオペラも有名だが、「愛の妙薬」はオペラ・ブッファ(喜劇的オペラ)である。
関西では上演の機会が少なかった「愛の妙薬」だが、このところ3度立て続けに上演される。内容的には笑いが中途半端なので関西人には受けないかも知れない。

演出は、久恒秀典。ICUこと国際基督教大学で西洋音楽史を専攻した後、東宝演劇部を経て、イタリアに渡り、ボローニャ大学、ヴェネツィア大学文学部、マルチェロ音楽院オペラ科に学び、ヴェネト州立ゴルドーニ劇場演劇学校でディプロマ取得。
現在は、新国立劇場オペラ研修所、東京藝術大学、東京音楽大学、京都市立芸術大学などで教えている。

 

純朴な農夫のネモリーノは、教養ある農場主の美女アディーナに恋しているが、アディーナが読書などをたしなむのに対して、ネモリーノはおそらく文盲で、アディーナは高嶺の花であり、アプローチすら出来ない。
一方、軍曹のベルコーレが、アディーナに求婚。恋のレースにおいてリードする、と書きたいところだが、ネモリーノはアディーナの視界にすら入っていない。
そこへインチキ薬売りのドゥルカマーラ博士が登場。これを飲めば恋路が全て上手くいくという「愛の妙薬」をネモリーノに売りつける。ちなみに「愛の妙薬」の中身はボルドーワインで薬ですらない。ただボルドーワインは美味しそうである。
「恋の妙薬」は1日経たないと効き目が出ない。しかし、1日経つ前にネモリーノに不利な出来事が次々に起こり……

抽象的だが可愛らしいセットでの上演である。服装は、初演された時代に近いものを採用。

阪はいつもながらに活気に満ちた音楽を引き出す、と書きたいところだが、阪の要求に応えるには京都市立芸術大学音楽学部・大学院管弦楽団は非力で、美しく纏めた音楽を奏でた。阪の個性を生かすためにはプロオーケストラ相手でないと難しいようだ。

京都市立芸術大学大学院声楽専攻の歌手達は、いずれも美声であり、セリフの内容を上手く把握した歌唱をしていたように思う。
オペラ歌手の動きには、定番と呼ぶべきものがあり、今回も歌手達はそれをなぞっていたが、これからもそうあり続けるのかどうか微妙なところである。ただオペラの演出を演劇の演出家が手掛けるケースが増えているが、外国語も分からなければ、背景の把握も同時代の他の芸術との絡みなどに関しても知識不足であるため、止めた方が良い。日本人がオペラ演出するのはそれほど難しいということである。

「愛の妙薬」というタイトルだが、最終的に「愛の妙薬」なんてなくてもハッピーエンドとなる。ひょっとしたら「愛の妙薬」が登場しなくても完成する話だったのかも知れない。そういう意味では、「愛の妙薬」というタイトルが「愛の妙薬」を否定する仕掛けになっているとも言える。

演技面だが、軍隊が登場する際に、ダラダラとした感じで、「この国、どこと戦争しても勝てないぞ」という感じなのがマイナス。女性の出演者が多いが、全員で同じ動きをするときに今ひとつ決まらず。ただ個々に動いているときはリアルで良かった。

京都市立芸術大学A棟ビルの3階にある堀場信吉記念ホール(長いので略称として、「ホリバホール」を使うことが増えるかも知れない)。入り口までは階段で行くのだが、照明がないため、ソワレ終演後は足下の段差が分からず危険だったが、思うことは皆同じであるため、誰かの提言で照明が取り付けられた。これで欠点はトイレの狭さだけということになる。急勾配のホールだけに、それが危険と感じる人はいるかも知れない。

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2026年3月 3日 (火)

コンサートの記(950) 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXXⅠ ヴェルディ:歌劇「椿姫」 ディエゴ・マテウス指揮

2025年3月16日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、左京区岡﨑のロームシアター京都メインホールで、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩⅩⅠ ヴェルディ:歌劇「椿姫」を観る。

小澤征爾は亡くなったが、その志は若い人々へと受け継がれている。

今回も指揮者は、小澤征爾音楽塾首席指揮者のディエゴ・マテウス。演出は、デイヴィッド・ニースが手掛ける。小澤征爾には、創設者と共に永久音楽監督の称号が追贈されている。
小澤征爾音楽塾副塾長(実質的なトップ)には、チェリストの原田禎夫。アシスタント・ディレクターには、小澤征爾の娘である小澤征良(せいら)が就いている。

出演は、ニーナ・ミナシアン(ヴィオレッタ)、カン・ワン(アルフレード・ジェルモン)、クイン・ケルシー(ジョルジュ・ジェルモン)、メーガン・マリノ(フローラ)、牧野真由美(アンニーナ)、マーティン・バカリ(ガストン子爵)、井出壮志朗(ドゥフォール男爵)、町英和(ドビニー侯爵)、河野鉄平(こうの・てっぺい。医師グランヴィル)。
管弦楽は小澤征爾音楽塾オーケストラ。合唱は小澤征爾音楽塾合唱団。

原作小説・戯曲:アレクサンドル・デュマ・フィス。台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ。

 

ベネズエラの「エル・システマ」出身のディエゴ・マテウス。「エル・システマ」が輩出した有力指揮者としては、グスターボ・ドゥダメルに次いで二人目であり、単にドゥダメル一人に才能があったわけではなく、「エル・システマ」の有効性を示した人物でもある。「第二のドゥダメル」と呼ばれたこともあるが、最近はこの称号で呼ばれることは余りないようである。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトの演出の多くを手掛けているデイヴィッド・ニースは、メトロポリタン歌劇場の演出家として長年活躍してきた人物である。
ヴィオレッタを歌うニーナ・ミナシアンは、アルメニア出身。アルフレード役のカン・ワンは中国系オーストラリア人である。アルフレードの父親役のジョルジュを歌うクイン・ケルシーはハワイ出身。見た目から原住民系であると思われる。ハワイ大学マノア校で音楽を学び、卒業後に欧米で活躍している。
日本人キャストも全員出身校が異なり、バラエティーに富んだ人選となっている。

 

紗幕にパリの情景が描かれている。エッフェル塔、セーヌ川、ポン・ヌフ、ノートルダム大聖堂。おそらくこれらが一度に見える場所はないので架空のパリなのだろう。「椿姫」が初演された時には、エッフェル塔はまだなかったと思うが、パリらしさを演出するためなのでいいだろう。

前奏曲を、マテウスは極めて小さな音でスタートさせる。その後も繊細な表現が続くが、華やかさが徐々に増していく。小澤征爾音楽塾オーケストラは、日本、韓国、中国などで行われたオーディションで選ばれた若い音楽家による団体だが、よく訓練されていて、アンサンブルの精度も高い。このオペラではフルートが重要な場面で演奏されるのだが、マテウスはフルートを上手く浮かび上がらせていた。
「椿姫」の音楽は三拍子系のものが多いのも特徴である。最も有名な「乾杯の歌」も三拍子であるが、この曲はカラオケ(JOYSOUND)に入っていて歌うことが出来る。

前奏曲の途中で紗幕が透け、ヴィオレッタ達が立っているのが見える。
ヴィオレッタは高級娼婦である。大金を手に入れることが可能だが、結婚は許されていない。そのヴィオレッタがアルフレードという若者に恋をしたことから起こる一騒動と、若くしての病死を描いた悲劇である。
私は、2002年に京都芸術劇場春秋座で行われた京都造形芸術大学(当時)と京都市立芸術大学音楽学部との合同公演で初めて「椿姫」を観ており(あの頃は二校は仲が良かった)、その後も春秋座のオペラ、佐渡裕が指揮した神戸文化ホールでの上演を観たことがある。

近年は、象徴的な演出が行われることも多い「椿姫」だが、デイヴィッド・ニースの演出は奇をてらわないオーソドックスなもので、まず「演技で見せるのだ」という強い意志が感じられる。ヴィオレッタは不治の病に冒されている。通常は死因となる結核という解釈が取られるが、結核の割りには元気な描写があったり、隔離されたりなどの措置が取られていないため、結核にかかったのは死の直前で、不治の病は別のものなのかも知れないが、ヒントとなるものがないため、現状ではやはり結核とするのが無難なように思う。

歌手達の水準は高く、ロームシアター京都メインホールということで声もよく通り、オーケストラの音も美しく聞こえる。

装置や衣装を手掛けたのはロバート・パージオーラだが、フローラの屋敷の場では、壁も登場人物の衣装も真っ赤で統一。特に深い意味はない(吐血のイメージは込められていると思う)と思われるが、インパクトはある。その他の場面でも装置はお洒落である。

第3幕で瀕死のはずのヴィオレッタが朗々と歌うのが、「リアルでない」と言われることもあるが、内面の吐露なのでそんな指摘をしても仕方ない気もする。今回、ヴィオレッタを演じたニーナ・ミナシアンは、ベッドの上にアルフレードと並んで座った時に、何度か頭に手をやって具合が悪そうに見せるなど、リアルな演技を見せていた。

 

この上演もカーテンコールでの撮影は可となっており、SNSへのアップも許されていた。

なお、今回の公演を持って、ロームは小澤征爾音楽塾から撤退することを明らかにした。

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2026年3月 2日 (月)

「科捜研の女」Season1概要

J:COM STREAM/TELASAで、連続ドラマ「科捜研の女」Season1 File.1とFile.2、File.3を見る。File1、つまり初回は1999年10月21日放送。私はまだ千葉にいて、京都についてはよく知らない時代である。

ファイナルの頃とは、作風も、沢口靖子演じる主人公の榊マリコのキャラクターもかなり異なる。

まずコミカルであることが、シリアス一辺倒となる時代とは異なる。コメディーを得意とする俳優が多く起用されているのもユーモラスなものを目指していたことの証左になっている。
榊マリコであるが、チャキチャキとした性格である。沢口靖子は堺市出身だが、榊マリコは関西人というよりも江戸っ子のような性格である。これも大きな相違点だ。セリフ回しは相変わらず平坦で、これが演技力のなさと捉えられる最大の原因だと思われるのだが、普段からそうした喋り方をしている場合はどうしようもない可能性がある。今は病気療養中の鷲尾いさ子なども不自然なセリフ回しに聞こえたが、トーク番組でも同じ喋り方をしており、そういう話し方をする人だったのである。
榊マリコの場合は説明をする役割が多く、感情を交えないフラットな話し方が合っていたため、「科捜研の女」が長寿番組になったのであろう。
沢口靖子は、頭の良い人だと思われるが、頭の回転に口や体がついて行けていないようなところもあるようだ。容姿だけなら芸能界史上のトップ争いに加われる人だけに惜しい気がする。
なお、マリコは突飛な行動をすることが多く、場の空気を読むのが苦手だったり、想像力に欠けたりと、発達系の何かを抱えている可能性があるが、今のところは明かされていない。「科捜研の女」が始まった翌年の2000年に放送されたの金曜ナイトドラマ「トリック」は、山田と上田の主役二人が明らかに発達障害系天才の特徴を示している。

マリコは、仕事は出来るが日常生活では全くのダメ女。掃除が苦手で、ご飯も炊けず、とにかく家事が出来ないタイプである。部屋に洗濯機がないが、コインランドリーに行くのが面倒くさいため、溜めるだけ溜めてから洗いに行く。そんな調子なので旦那にも逃げられている。植木等の「ハイそれまでョ」の3番の歌詞の世界である。
古畑任三郎などもそうだが、海外にもこうしたタイプの推理の天才キャラクターは多い。シャーロック・ホームズもハドソン夫人の家の2階(ベイカーストリート221B)に下宿しているが、ピストルで壁を撃ってヴィクトリア女王のイニシャルの形に穴を開けるなど、「ロンドン最低の下宿人」を自称している。ちなみに地球が太陽の周りを回っていることを知らないという極端な設定もある。
榊マリコは服装も色気がなく、中学校の部活動のような格好をしている。それと対比させるためか、伊藤裕子演じる城丸準子巡査部長はいつもミニスカートを履いている。マリコはSeason2から次第に衣装にも気を配るようになり始める。

さて初めての事件であるが、送り火の日、つまり8月16日に起きている。男が神社の階段から突き落とされて殺され、女の容疑者が逮捕されるのだが、実は別の女が犯人だったことが分かるという展開である。犯人の女は鈴を鳴らしているのだが、正直、鳴らし過ぎ。あれだけ鳴ってたら男も気付くはずだが、お茶の間に届けるためには鈴の音を大きくしないといけないのだろう。
今は消えてしまったDAT(デジタル・オーディオ・テープ)が出てくる。新時代の録音機材として期待されたDATだが、音楽のプロ以外にはほとんど広まることはなく、録音媒体として新たに登場したミニディスクにその座を奪われたが、ミニディスクも短期間で役目を終えている。今はちょっとした録音ならスマホのPCM録音アプリで行える時代であり、音楽を録音しなくてもクラウド上に溜めてダウンロードしたり、配信サービスで無料で楽しむことも出来る。
プロのレコーディングも、今はテープは使わず、ハードディスクに直接刻むのが基本である。

大文字は、やや南側から撮られている。あの辺りには大文字が大きく見えるスポットがあるのだが、人が増えても困るので教えないでおく。

事件の現場となる神社であるが、黒住神社の可能性が高いが、境内が殺害事件の現場となったという設定では外聞が悪いためかロケ地は明かされていない。

2つめの事件では、京都医科大学という大学が登場。京都には京都大学医学部と京都府立医科大学があるが、京都医科大学という大学は実在せず、架空の医大である。撮影は龍谷大学深草キャンパスで行われている。

京都府警察であるが、外観は積水化学工業京都研究所を映し、内部はおそらく別の企業のオフィス(協力に島津製作所の名がある)を借りて京都府警内に見立てて撮影。科捜研の部屋はセットを用いている。


File.3では、京都府警の刑事役である小林隆と、容疑者である大学助教授(まだ准教授ではない時代)役の相島一之が共演。元東京サンシャインボーイズの二人がやり取りを行った。
京都は大学が多いということで、今回も大学が舞台。黎明館大学という、立命館大学をもじった架空の大学が殺人現場となるが、そんなものの舞台となっても何の得にもならないので立命館大学は協力しておらず、当時はまだ亀岡市にしかキャンパスがなかった京都学園大学(現・京都先端科学大学)がロケ地となっている。
今回も強引に笑いを取りに行ったり、やってはいけない捜査方法が行われているなど、この頃の「科捜研の女」は必ずしも本格的な推理ではなく、エンターテインメント路線であったことが分かる。
マリコの元夫である倉橋(渡辺いっけい)と京都府警巡査部長の城丸準子が付き合っており、妊娠の話になると、なぜか決まってガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」が流れるのが奇妙であった。


J:COM STREAM/TELASAで、「科捜研の女」Season1 File.4を見る。
ピクニックに出掛けた科捜研と京都府警の人達。水辺の場所で、おそらく北山の方だと思われるが、自動車でないといけない場所だと思われる。今回は、京都らしいロケ地はなし。また梅田が、「大阪の梅田」というセリフで語られ、字幕でも「大阪 梅田」と出る。京都近辺だけだったら梅田がどこにあるか大半の人は分かるだろうし、そもそも梅田は全国区の地名でもあるのだが、地方の人は知らないかも知れないので説明する必要があるのだろう。梅田の場面であるが、おそらくリアルにする必要はないので、実際の梅田ではなく近場で撮影されていると思われる。
ピクニックに出掛けた一行が、白骨死体を発見するという、偶然が過ぎる展開だが、マリコは頭蓋骨に最初はパソコンで生前の顔の再現を試みる。完成品を「マネキンみたいですね」と言われたマリコだが、「コンピューターは人間には勝てないということ」と言って、今度は頭蓋骨に粘土を貼り付けての再現を試みる。
「あと四半世紀ほど経ったら、AIというものが本物そっくりに再現してくれて、表情まで動かせるよ。人間はコンピューターに負けるよ」と言っても、この当時の人は誰も信じないだろう。
顔を整形した元風俗嬢が、元同僚に揺すられて犯した殺人事件の話である。
沢口靖子のセリフ回しはやはり一本調子であるが、科捜研の人だけに事件について真摯に語っているように見える。やはり適役だったのだろう。

伊藤裕子は、翌年の「トリック」にも最初のゲストとして出演しているが、その後、余り見かけなくなる。単発での出演は続いているようだが、大きな役に就くことはほとんどないようだ。


「科捜研の女」Season1 File.5。今回は連続爆弾魔の話だが、緊迫する場面があるためかそれを緩和するためにギャグも多めである。そば屋の出前持ちとして、吉本新喜劇の辻本茂雄が登場。この時代の辻本茂雄については何も知らないが、特にギャグなどをやることはない。役名も辻本で、マリコに「良い名前でしょ?」と語りかける。
犯人役を演じているのは前田耕陽。その後、海原やすよ・ともこのともこと結婚。大阪在住となっている。ただ仕事は名古屋と東京で行うことが多く、大阪で流れている番組は少ないため、「奥さんに食べさせて貰っている」と勘違いされることも多いようだ。
洛北大学という架空の大学が出てくるが、嵯峨美術短期大学でロケが行われているようである。現在は4年制の嵯峨美術大学もあるが、この頃は短大しかない。
京都産業大学が洛北大学に改称しようとしたが、学生を省略すると「洛大生=落第生」になるので止めたという話がある。本当か嘘かは分からない。
病気がお笑いの要素として取り上げられる場面もあるが、これは余り感心しない。


「科捜研の女」Season1 File.6。今日はマリコが、高校の特別講義に招かれる場面から始まる。今熊野の京都女子大学附属小学校(共学)がロケ地である。小学校と幼稚園以外の京都女子大学、京都女子中学校・高等学校は全て女子校であり、阿弥陀ヶ峰に向かって上る道は俗に「女坂」と呼ばれていて、説明書きもある。
マリコの講義は不評だったが、今回はこの学校の看守が焼死体で発見されるという事件である。
マリコが大学時代の知り合いと再会し、大堰川の手漕ぎボートや嵐山でデートする場面もあった。
前回からCGが登場するようになっているが、20世紀末のCGは今に比べるとおもちゃ同然である。ただ映画などでは21世紀に入ってすぐに凝ったCG映像が使われるようになっているので、進歩も早かったことが分かる。

File.7も見てみるが、怪しいと思った男がやはり犯人だったという芸のない展開である。
マリコが、金魚のための情報を得ようとインターネットで検索していると、縛られた若い女性が追い込まれて銃で殺害されるという映像に行き当たる。科捜研全体で情報を探したところ、やはり縛られた若い女性が今度はナイフで刺殺されるという映像が見つかる。どちらも同じ部屋での犯行だった。
マリコは京都医科大学の西大路恵(一路真輝)に協力を求める。
京都医科大学は、以前にも登場し、龍谷大学の深草キャンパスがロケに使われていたが、校門にかなりの特徴があるためか、今回は使用されず、黎明館大学と全く同じ門が、大学名だけ変わって使われている。京都学園大学、現在の京都先端科学大学亀岡キャンパスである。校舎なども京都学園大学のものが使用されていると思われる。
犯人にあと一歩というところまで追い込まれるマリコだが、資料を強引に見ようとして謹慎中の木場(小林稔侍)に救われる。木場は捜査一課から外され、交通課に異動になった。犯人役は沢向要士。余り見ないと思ったら、一時期俳優を廃業としてホストとして働き、また俳優に戻っているようだ。

小林稔侍は、高倉健が著書で演技を褒めていたりするが、この人も悪い噂がある。伊藤裕子も悪い噂は聞く。ただ本当かどうかは分からない。


「科捜研の女」Season1 File.8とFile.9(最終回)を見る。連続した回で、牧野光(田中美奈子)という名の女性が登場。だが牧野光は偽名で、正体は分からない。
4年前に起こった内山刑事殺害事件、更に木場の奥さんの事故死、更には西大路恵(一路真輝)の旦那で新聞記者の篠田(長谷川初範)と全く同じ状況で事故死。マリコは、レーザーポインターを照射された可能性があると判断。小清水(橋本さとし)らは、「野球で使われて」という話をするが、もう随分前の話なので細く書くと、当時ヤクルトスワローズの吉井理人投手がマウンド上でサインを見ていた際に、観客席からレーザーポインターを当てられて目に入り、投球を続けられなくなるという事件があった。そのことである。
倉橋拓也(渡辺いっけい)は、警察庁へ昇進する可能性もあったが、事件の責任を取って日本海側へ左遷となる(記述によると日本海側ではなく琵琶湖北警察署署長のようである)。
なお、今回も京都医科大学が登場するが、龍谷大学の巨大な門をそのまま使用しており、校風が変わってしまったような印象を受ける。
ラストには企業ビルが登場。景観規制のある京都市内にあれだけのビルはニデック本社ビルなど、南部以外には建てられないため、京都市外のビルだと思われるが、検索してもヒットしなかった。

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2026年3月 1日 (日)

これまでに観た映画より(430) 中山美穂主演・岩井俊二監督作品「Love Letter」

2025年4月7日 TOHOシネマズ二条にて

TOHOシネマズ二条で、岩井俊二監督作品「Love Letter」を観る。京都府内ではTOHOシネマズ二条のみでの上映である。1995年の作品。岩井俊二監督の長編映画第1作である。この時、助監督を務めていたのが行定勲監督で、行定監督は後に自身の長編第1作として、「Love Letter」へのオマージュともいうべき「ひまわり」という作品を制作している(主演:麻生久美子)。
公開30年を記念した4Kリマスター上演。映像の美しさに定評のある岩井俊二監督であるが、画像の鮮度が全く落ちておらず、30年前の作品とは思えないほどの瑞々しさと臨場感を湛えている。以前は、30年も前の映像と言ったら、劣化しているのが当たり前で、いかにも「昔の作品」という感じだったが、これからの俳優は恵まれていると言える。だが、恵まれているはずの本作の主演女優、中山美穂は昨年(2024)12月に54歳の若さで死去。佳人薄命を地で行く生涯となってしまった。公開から30周年という話は岩井監督と中山の間で交わされていて、舞台になった「小樽にもう一度行こうよ」という話も出ていたようだが、叶うことはなかった。

出演:中山美穂、豊川悦司、酒井美紀、柏原崇、范文雀、篠原勝之、鈴木慶一、田口トモロヲ、加賀まりこ、光石研、鈴木蘭々、塩見三省、神戸浩、酒井敏也、山崎一、徳井優ほか。
光石研、酒井敏也、山崎一、徳井優らは、ロードショー時点ではほぼ無名に近い存在。彼らは90年代も終わりに近くなってから売れ出している。
一応、中山美穂と豊川悦司のW主演となっているが、実質的には中山美穂の単独主演作と捉えて間違いないだろう。豊川悦司は、映画賞によって主演男優賞だったり助演男優賞だったりと見られ方が異なっている。

神戸と小樽が主な舞台となっている。どちらも風光明媚で知られる街だが、観光名所となっているようなところでのロケは行われていない。

音楽:REMEDIOS。

 

渡辺博子(中山美穂)の彼氏である藤井樹(いつき)が登山中に遭難して命を落とす。彼の三回忌に、博子は、樹の中学の卒業アルバムを見て、彼の中学時代の住所を知る。小樽の銭函二丁目という場所だった。今は国道が敷かれて、家は存在していないとのことだ。博子は、「どうせ届かないなら」とその住所に宛てて手紙を出す。すると返事が来た。実は同級生に同姓同名の藤井樹という女性(中山美穂二役)が存在しており、博子が樹の住所だと思ったものは、女性の方の藤井樹の住所だったのだ。
二役であるが、外見上は区別を付けておらず、話し方が樹はナチュラル、博子は内気そうに囁くように喋るという違いで演じ分けを行っている。なのでぱっと見だと今どっちなのか分かりにくい場面もある。
小樽の藤井樹は、市立図書館で司書をしている。当時はまだワープロ(ワードプロセッサー)が普及していて、樹は、ワープロで返事を書いている。樹は風邪を患っており、中々抜け出すことが出来ない。それでも体調不良を押して働いている。
博子は、実は謎が多い存在で、神戸在住なのに標準語を話す(他の登場人物は関西の言葉を話している)ため、関西出身でないことが分かるが、職業などに関しても直接的な描写はない。彼氏だった樹の友人であった秋葉茂(豊川悦司)の工房をよく訪ねる博子。秋葉はガラス工芸の職人であり、松田聖子の「青い珊瑚礁」をよく歌っている。工芸の技術は大学で身につけたようで、芸術系の大学を卒業しているのだと思われる。そんな秋葉から博子は、「小樽に行かないか」と誘われる。小樽で博子と樹は何度かニアミスすることになる。

博子に聞かれて、樹は、自身と男の藤井樹について書き始める。中学時代の話だ。女の樹は酒井美紀が、男の藤井樹は柏原崇が演じている。同姓同名で、中学時代、3年間同じクラス(正確に書くと男の藤井樹は3年の3学期に転校)だった二人の藤井樹。樹は、「いつき」の他に「たつき」や「たつる」とも読むが、今回はたまたま「いつき」だったということである。酒井美紀と柏原崇は、この翌年に青春ドラマの金字塔「白線流し」で主役クラスのメンバーとして共演している。柏原崇は、その後、不祥事を起こして仕事が減り、最終的には俳優を引退。現在は、内田有紀の内縁の夫兼マネージャーを務めている。
酒井美紀は女優業の傍ら、亜細亜大学を卒業し、その後に三十代で東洋英和女学院大学大学院修士課程を修了し、「インテリ女優」枠でクイズ番組でも活躍している。
同姓同名であるため、カップルのように扱われたりもする二人。ついには勝手に二人で図書委員にさせられてしまう。男の樹の方は、仕事をせず、誰も読まないような本を借りて、図書カードに名前を書き、結局は読みもしないという行動を繰り返す。
また、自転車で走っている女の樹に自転車で近づいて、相手の頭に袋をかぶせるといった意地悪を行うのだが、「好きな子には意地悪をしてしまう」男性は一定数いて、男の樹はそのタイプであることが見ていて分かる。図書カードに書いた「藤井樹」の名も自分の名前だったのかどうか。種明かしはラストで行われる。

成人した女の藤井樹は、風邪をこじらせ、41.8度の高熱を出して倒れてしまう。
一方、博子は男の藤井樹が命を落とした山の麓に秋葉と向かい、「お元気ですかー?! あたしは元気です」と叫ぶのだった。

 

世界的にヒットした映画であり、特に韓国では、「お元気ですかー?!」は流行語になっている。
無理があると言えば無理のある展開で、「そんなに似た人と生涯何度も会うわけないだろ!」と突っ込みたくもなるのだが、映画の見せ方としては上手いものを感じる。ただ岩井俊二監督はこれよりも出来の良い映画を何本も撮っており、あくまで入門編として観るべき映画という気もする。

実は公開時には、豊川悦司の大阪弁によるセリフも話題になっている。
豊川悦司は大阪府八尾市の出身なので、関西(かんせい)学院大学を中退して上京するまでは大阪弁は日常的に使ってきた言葉なのだが、この時点では全国区になったばかりであり、トヨエツ=大阪というイメージが全くなかったため、新鮮に感じられたようである。なお、豊川悦司は監督として、中山美穂を主演に迎えた大阪を舞台とするドラマを制作している。この時は、中山美穂も大阪弁のセリフを話していたはずである。

画像的には今と変わらないのに、ワープロ、ポラロイドカメラ、手書きの手紙など、今ではほぼ見られなくなった品々が登場するのもノスタルジアを掻き立てられる。

 

ラストに英語で、「天国にいる中山美穂にこのフィルムを捧げる」というメッセージが映された。

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2026年2月28日 (土)

コンサートの記(949) ヤン・ヴィレム・デ・フリーント指揮京都市交響楽団第708回定期演奏会

2026年2月13日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第708回定期演奏会を聴く。
今日の指揮者は、京都市交響楽団首席客演指揮者のヤン・ヴィレム・デ・フリーント。ウィーン室内管弦楽団首席指揮者、ノルウェーのベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団のアーティスティック・パートナーも務めている。

曲目は、シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」とブルックナーの交響曲第3番(初稿/1873年)。
いずれも作曲者の精神状態に危うさが感じられる曲であるが、デ・フリーントはそうした理由ではなく、ウィーンで暮らした二人の作曲家の交響曲を並べるという意図があったようだ。
両曲とも、ある程度の知名度はあるのだが、「好きで好きで仕方ない」という人には会ったことがないという演目であるためか、入りは4割行かないかも知れない。

午後6時30分頃から、デ・フリーントによるプレトーク。英語でのスピーチである(通訳:小松みゆき)。
デ・フリーントは、「悲劇的」について、「そんなに悲しい曲ではありません」と述べる(実はかなりの苦みを感じる曲である)。作曲時、シューベルトは19歳で、デ・フリーントは、「信じがたい」と述べるが、確かにこれだけの曲を書くことの出来る19歳は凄いというより異常だろう。
「悲劇的」は作曲者の命名であるが、19歳の若者にとっての悲劇とは何なのか気になるところである。現代の日本なら生育環境に始まり、いじめ、教職員などの行き過ぎた指導、病気や事故、受験、就職などで悲劇に見舞われることはある。
デ・フリーントは、シューベルトがハイドンの指揮で演奏したり、モーツァルトから直接教わったことなどを述べ、この曲の主題がベートーヴェンの弦楽五重奏曲から取られたということも指摘する。シューベルトはベートーヴェンとも会っている。
実はシューベルトの主任教師と呼べる存在なのは、アントニオ・サリエリなのであるが、それについては触れることはなかった。

ブルックナーの交響曲第3番は、「ワーグナー」の愛称で呼ばれることがある。今回は、ワーグナー風の旋律を取り入れた初稿での演奏。ブルックナーの交響曲第3番(初稿)の演奏は、90年代にヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団の定期演奏会で聴いており、「とにかく長い」という印象を受けた。その後、ブロムシュテットは、カペルマイスターを務めたライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とのライブ録音BOXを出し、それにもブルックナーの交響曲第3番(初稿)が含まれていたが、その時の印象も「長い」であった。
ブルックナーの交響曲第3番は、第2稿が決定稿となり、この稿で録音したものが多い。朝比奈/大フィル(キャニオン・クラシックス)、クラウス・テンシュテット/北ドイツ放送響(現・NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)なども第2稿の演奏で、この2つが私が推せるブルックナーの交響曲第3番のツートップである。
ブルックナーの交響曲第3番(初稿)は、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団によって初演されることになるが、リハーサルで、「長い」「難しい」「退屈だ」との意見が出て、演奏を拒否されてしまう。
ブルックナーはオルガンの名手で、オルガンの手法を管弦楽に置き換えたものが多いのだが、当時の音楽界にあっては異様な音楽であり、理解を得るのは難しかった。
通常ならすぐに改訂に入るところだが、初演の話よりも前に心酔していたワーグナーに会っており、献呈を申し出ている。ビールを飲みながらの会談で、交響曲第2番と第3番のどちらかを献呈することになり、ワーグナーは2曲とも気に入ったのだが、飲み過ぎたせいで二人とも眠ってしまい、どちらの曲を献呈するのか忘れてしまって、結果的にはワーグナーの楽曲からの引用が多い交響曲第3番が選ばれ、作曲家自身により「ワーグナー交響曲」と名付けられた。ワーグナーに気に入られたためか、改訂作業に入るのは遅めとなった。

それから9年が経ち、ブルックナーは交響曲作曲家として評価されるようになっていたが、もうワグネリアン(ワーグナー信奉者)ではなくなっていた。ということで、ワーグナーの旋律をどけて新たなる版を作った。ちなみに他人の曲の旋律を用いることは、今では著作権法違反となるが、当時はリスペクトと捉えられており、ヨハン・シュトラウスⅡ世も他人の作品の旋律を多くの作品で取り入れている。
さて、第2稿の演奏は、作曲者指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が受け持ったが、ウィーン・フィルが非協力的だったこともあって、失敗している。評価は初稿のリハーサル時にウィーン・フィルの団員が抱いたものとほぼ同じだった。ただ、若き日のグスタフ・マーラーはこの曲の真価を見抜き、フィンランドからウィーンに留学していたシベリウスもこの曲に感銘を受け、ブルックナーに師事しようとして断られている。
第3稿により、三度目の正直で大成功を収めた。この時も演奏はウィーン・フィルである。大巨匠であるハンス・リヒターの指揮であったことも大きかったかも知れない。
なお、ブルックナーの交響曲第3番の日本初演を行ったのは、ハンス・ヨアヒム・カウフマン(京響第2代常任指揮者)指揮の京都市交響楽団であった。1962年5月23日のことである。
1977年に初稿が日の目を見て高く評価され、4、5年前にデ・フリーントは知り合いから、「ブルックナーの交響曲第3番の初稿を知っているか?」と言われ、「初稿の存在は知っているけれど」と答えたが、いざ初稿のスコアを見てみると強く引き込まれるものがあったという。

 

今日のコンサートマスターは、京響ソロコンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。フォアシュピーラーに泉原隆志。ドイツ式の現代配置での演奏である。ティンパニが2種類用意されていて、シューベルトではバロックティンパニが、ブルックナーではモダンティンパニが共に中山航介によって叩かれた。
首席客演ヴィオラ奏者は、安藤裕子。

デ・フリーントは背が高いため、指揮台を用いずノンタクトでの指揮である。総譜は随時確認する。

 

シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」。私はヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる「シューベルト交響曲全集」(ドイツ・シャルプラッテン)でよく聴いている。ということでブロムシュテット繋がりの2曲である。
デ・フリーントが生み出す演奏はピリオドを援用しており、ブロムシュテットのものとは趣が異なる。毒のある音楽を生み出したシューベルトであるが、ピリオドで聴くと力強さの方が印象的になる。ただ時折現れる狂気のようなものが、あちらの世界の音楽のような印象を強くする。
ピナ・バウシュだったか、ドイツのダンスカンパニーがこの曲を効果的に用いていたのを覚えている。
19歳で悲劇的な音楽を書こうと思ったシューベルトの真意は今となっては分からないが、異色の生き方をした作曲家であるシューベルトの一面を知ることが出来る。「悲劇的」というより鬱のような曲想の部分があり、やがて焦燥へと変わる。間違いなく天才作曲家であるシューベルトであっても若き日にこれほど追い詰められているかのような曲を書いていることは、多くの人々の慰めになるかも知れない。
弦楽のビブラートであるが、完全ノンビブラートではなく、旋律の始まりの部分などにビブラートを掛ける傾向のあることが見て取れた。
プレトークで、デ・フリーントが、「終わった時に拍手が来るかも知れない」と語った第3楽章は短いものである。
左右の手を交互に挙げて、泳いでいるかのような仕草をしたデ・フリーントの指揮姿はユニークであった。

 

ブルックナーの交響曲第3番(初稿)。初稿の実演に接するのはブロムシュテット以来2度目である。やはり長く、同じような旋律が何度も繰り返されたり、かと思ったら本道をそれて脇道を延々と進んだりと、バランスはやはり良くない。戸惑う人が多かったというのもよく分かる。
冒頭はミステリアスであり、「まっとうな精神ではないのではないか」という危うい感じを受ける。一方で、ブルックナーの交響曲の中でも最も格好良い冒頭であるとも思える。
ワーグナーの引用としては、第2楽章に出てくる「タンホイザー」からの引用が最も分かり易い。この時期、ウィーンではエドゥアルト・ハンスリックという大物音楽評論家がブラームスを崇拝し、ワーグナーを否定するということが起こっていた。ワーグナー崇拝者であったブルックナーは当然、評価を得られない。そのワーグナーであるが借金踏み倒しに始まり、自身のファンだったルートヴィッヒ2世王をたぶらかして自身の作品上演のためだけの劇場をバイロイトに作らせるなど、作曲家としては歴史に残る存在だったが人間としては褒められた人ではなかった。ブルックナーがワーグナーから離れたのも、ワーグナーの性格によるところが大きかったのか。
そんなワーグナーの旋律を取り入れた初稿。急に別世界が現れるようで、面白さと違和感の両方を覚える。
これまで聴いてきて「長い」としか感じられなかったブルックナーの交響曲第3番(初稿)であるが、ミニシカゴ交響楽団のような輝かしく陽性なブラスの威力、残響が長く、音が美しいまま天井に留まっている京都コンサートホールの響きなどがプラスになり、今日は「長い」と感じずに聴くことが出来た。失敗を重ねた作品だが、ブルックナーだけに時折、神々しい旋律が顔を覗かせる。
ブルックナーの曲はゲネラルパウゼ(ブルックナーの場合は特に「ブルックナー休止」とも言う)が特徴なのだが、交響曲第3番(初稿)は特にブルックナー休止が多い。ブルックナーの演奏に京都コンサートホールは向いているようである。デ・フリーントは時折、天井を見上げる仕草をしていたが、京都コンサートホールの響きの特性に感心していたのかも知れない。

 

なお、天井からマイクが下がっていたほか、舞台上にも本格的なマイクセッティングがあった。どちらか、あるいは両曲をライヴ録音しているのかも知れない。

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2026年2月27日 (金)

これまでに観た映画より(429) オムニバス映画「ブルーハーツが聴こえる」

2026年2月14日

U-NEXTで、オムニバス映画「ブルーハーツが聴こえる」を観る。2017年の作品。日本バンド史上に燦然と輝くTHE BLUE HEARTSの楽曲にインスパイアされた6編の短編映画からなる一本。前半はコメディが並ぶが進むにつれて重みが増していく。

第1作「ハンマー(48億のブルース)」は、飯塚健の脚本・編集・監督。彼が監督した連続ドラマ「REPLAY&DESTROY」と同じ人物が登場する。
アンティーク家具職人の後藤一希(尾野真千子)は、ある雨の日に偶然、同棲中の彼氏が他の女性といるところを見てしまう。彼氏は小劇団の主宰者か何かで、脚本を書き、おそらく演出もする。
一方、高校生の愛川奏(あいかわ・かなで。伊藤沙莉)は、大学受験のための模試を受けるが、惨憺たる成績。行ける大学があるのかどうかも不明である。第5志望に受かりっこない「東京大学」を記入したことに家具製作所の久保(角田晃広)は呆れる。奏は、同級生の佐野結(萩原みのり)と共にバンドを組もうとしている。
ある日、変装して、といっても仮面にマントで余計怪しいのだが、彼氏の劇団の芝居を観にザ・スズナリに行った一行は、芝居の内容に感動し、涙を流す。
一方で、奏のドラム、結のギターによるバンドが結成され、久保と一希をツインボーカルに迎えて演奏を行うのだった(音はTHE BLUE HEARTSのものが流れる)。

「REPLAY&DESTROY」と同じスタッフによる制作だと思われるが、映画であるため、ドラマとは画室が違い、少し上品になっている。
伊藤沙莉は、相変わらずいけてない髪型をしていて、奏はモテそうにないが、顔だけのアップになると可愛い子であることが分かる。女子高生役をやるときは当たり前のようにミニスカートの制服姿だが、千葉県立若松高校で本当の高校生をしていた時には、周りはミニスカートにルーズソックスでも、スカート丈膝より下、靴下は学校指定のものという校則を守り、学級委員長をしたことがあったりと、お堅い面もあるのかも知れない。

ラストのハンマーは、尾野真千子が机に振り下ろす。いくつかの解釈が可能だと思うが、いずれにせよ、ここから新しい人生が始まる。


第2作「人にやさしく」。宇宙を行く刑務船の中が舞台のSFで実験的要素も強い。行く先の星では懲役刑が待っている。だが船が故障し、座して死を待つしかない身となる。テロを起こした人などが乗っているが、中に一人、ヒューマロイド(人間とアンドロイドのハイブリッド)の男(市原隼人)が乗っている。人を殺したので刑務船に乗っているようだ。
体制側の看守は覆面姿で武装しているが、覆面が取れると女(瀧内公美)であることが分かる。瀧内公美はこの映画全編を通して顔だけなら一番美人だと思える。なお、科学者役で西村雅彦(西村まさ彦)が乗っており、瀧内公美と並んで富山県人が二人同じ画面に映っている。富山県からは多くの舞台人が出ているが、それでも大都市圏出身の俳優が多いため、富山の人二人という状況が珍しい。
最終的にはヒューマロイドが、刑務船を修理するという展開になる。
この映画唯一のアクションものである。脚本・監督:下山天。


第3作「ラブレター」。脚本・監督:井口昇。脚本家の池野(斎藤工)は自らの青春時代を脚本化している(その割にはモノローグとナレーションしか書いていないが)うちに、事故で若くして亡くなった同級生の彩乃(山本舞香)のことを思い出す。脚本を書けば過去が変わるかもと考えた池野は、友人の小松(要潤)と共にトイレからタイムスリップする。建設現場から落ちてきた建材により落命した彩乃。そこで池野は、彩乃をシザーハンドにして、建材に立ち向かえるようにするのだが……。
井口昇はベテランだが、説明的なセリフも多く、少し素人臭のする作品である。


第4作「少年の詩」。脚本・監督:清水崇。1987年の話。石川ユウコ(優香)は、息子の健(内川蓮生)と暮らすシングルマザー。栃木県足利市内の大型スーパーに勤めている。健の誕生日の日、ユウコと健はユウコが仲良くしている男の存在を巡って親子喧嘩をしてしまう。その日、ユウコが勤めるスーパーでは、屋上でボンバー仮面というヒーローのショーが行われる。
ショーのバックステージに忍び込んだ健は、ボンバー仮面役のスーパー社員で主任の永野(新井浩文)が母親に迫るのを目撃してしまい……。

可愛らしい印象で売ってきた優香だが、メイクを地味にして、その辺にいそうなおばさんを好演している。
新井浩文は、細やかな好演を見せているが、強制性交で実刑となり服役したとあっては、俳優は諦めるべきだと思う。彼のせいで大河ドラマ「真田丸」は一時期配信停止となった。ただすでに復帰プロジェクトが進行中で撮影も終わっているという。


第5作「ジョウネツノバラ」。脚本・出演:永瀬正敏。監督:工藤伸一。
出演者は、永瀬正敏と水原希子の二人だけである。
目を大きく見開き倒れる女性(水原希子)。病室である。傍らに佇む男(永瀬正敏)は夫だと思われる。
女性は亡くなったようで、葬儀が行われようとしている。棺桶の顔の前の扉を開けて、妻を確認する夫。夫はそのまま妻を車椅子に乗せて自宅のアパートまで帰ってしまう。
妻を風呂に入れた夫は、妻を冷凍室に運び、保存する。突然、永瀬正敏の髪が白くなり、歳月が過ぎたことが表される。冷凍室の中で妻は昔のままに眠っている。だが夫は冷凍機能を解除。妻と床の上に横たわる。あるいは夫の寿命も尽きようとしているのかも知れない。

脚本:永瀬正敏だが、セリフは一つもなく、おそらく場所と進行のみが描かれていると思われる。映像詩的作品であり、このオムニバス映画の中でも異彩を放っている。


第6作「1001のバイオリン」。脚本:小嶋健作、監督:李相日。
秋山達也(豊川悦司)は、東京の団地マンションで、妻(小池栄子)、長女(石井杏奈)、長男(荒木飛羽)の4人暮らし。東京に来て4年になるが、その前は福島第一原発で働いていた。東日本大震災により、仕事を失った秋山は、原発を見限り、すぐに一家で東京に移住。いくつかの仕事に就いたが長続きせず、現在は無職である。
長男の授業参観に出た達也。長男は、福島で飼っていた犬のタロウのことを書いた作文を朗読する。「タロウはまだ生きてるかも知れないぞ」と帰り道に息子に話しかける達也だったが、長男の考えは現実的だった。元同僚の安男(三浦貴大)と再開した達也は、飼い犬のタロウを探しに福島へと向かう。
クレジットにより、福島県いわき市と福島県南相馬市でロケが行われたことが分かる。犬の名前がタロウなのは、「南極物語」でも描かれたあの犬に掛けられているのかも知れないが、詳しい由来は語られないので分からない。
トヨエツは全編、福島弁のセリフを話す。福島の言葉には詳しくないので、どれだけのクオリティなのかは不明である。
「国宝」の李相日監督だからだとか、この作品が最もシリアスだからということは抜きにしても、一番完成度が高いと思われる。もっとも完成度重視でない作品も前半には多いのだが。

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2026年2月23日 (月)

NHK名古屋放送局制作「1942年のプレイボール」

2026年2月12日

NHKオンデマンドで、「1942年のプレイボール」を見る。戦前を代表する野球兄弟、野口4兄弟を描いたドラマ。フィクションの部分も多いとされる。野口4兄弟は、全員が中京商業(現在の中京大中京高校)の出身であるため、NHK名古屋放送局が制作している。脚本は、「半沢直樹」「豊臣兄弟!」の八津弘幸。演出は、桑野智宏(NHK名古屋放送局)。出演:太賀(現・仲野太賀)、勝地涼、忽那汐里、宮崎美子、でんでん、斎藤嘉樹、福山康平ほか。

4兄弟の中で最も活躍したのが、次男の野口二郎(太賀)である。沢村栄治、景浦將らと共に戦前を代表する野球選手であり、戦前は投手として、戦争で肩を痛めてからは野手として、傑出した成績を残している。

なお、「エースナンバーは何故18か?」という諸説ある疑問があるが、戦前にすでに野口明と野口二郎がエースとして背番号18を付けていることから、「ジャイアンツで、藤田元司と堀内恒夫という背番号18のエースが続いたから」説は根拠が薄いようである。ちなみに藤田元司も堀内恒夫も入団時は背番号21で、そこから18に変わっており、藤田がジャイアンツに入団した時には、「エースナンバーは18」だったことが分かる。藤田の前にもジャイアンツには背番号18のエースピッチャーはいたが、左腕の中尾硯志であり、「右の本格派」というイメージとは異なる。スタルヒンも短期間18を着けたが本当に短期間である。タイガースのエースである若林忠志が背番号18、また後に阪急ブレーブスに入団する米田哲也が、「背番号18を貰えるので阪急に入団した」と証言しているため、かなり早くから「エースナンバーは18」という認識はあったのだろう。ドラゴンズ、スワローズ、ファイターズなどには独自のエースナンバーがあるが、背番号18は、ファイターズ時代の岡大海などを除けばどこもエース級またはエースになることが期待されるピッチャーが背負っている。
おいちょかぶ説や、歌舞伎の十八番、阿弥陀如来の十八番の御誓願、足すと「9」になる数字が良い説などがあるが、単純に背番号18が格好いいからかも知れない。

野口家の長男である野口明(勝地涼)は、明治大学を中退して、東京セネタースで活躍。野口家は貧しいため、家計を支えている。当時は、甲子園(全国中等学校優勝野球大会)を沸かせて、東京六大学野球リーグで活躍というのが野球選手の王道だった。東京六大学野球、就中早慶戦が野球の華で、出来たばかりの職業野球(後のプロ野球、NPB)は、「野球で金を稼ぐなんて」と白い目で見る人も多かった。プロ野球は勃興期も賛同する企業が集まらず、読売新聞が中心となり、早稲田大学の三原脩、慶應義塾大学の水原茂というスター選手と契約して信用を得ようとしたが、本当にプロ野球が人気になるのは、長嶋茂雄の入団以降とされる。
明は、東京六大学野球で活躍していたので、職業野球入りは都落ちであった。

そんな兄を追い、次男の野口二郎も法政大学を中退して東京セネタースに入団。エースピッチャーとして活躍する。

しかし、明が出征することになる。まだ太平洋戦争は始まっていないが、中国との戦いが泥沼化していた。日本政府が公式な戦争と認めていなかったため、日華事変、日支事変、支那事変などと呼ばれていたが実際は戦争状態であった(戦後に公式な戦争と認められ、日中戦争となった)。明は職業野球のピッチャーであることが知れ渡っていたため、手榴弾投げのデモストレーションを毎日何度もやらされ、肩を痛めて、復員後は、満足にボールが投げられなくなっていた。明には許婚の喜美子(忽那汐里)がいたが、金を稼ぐ手段が野球しかないため、別れを告げざるを得なかった。

野球はアメリカで生まれたスポーツだけに統制も厳しくなる。横文字が禁止され、セネタースは翼軍を名乗るが、直後に名古屋金鯱(きんこ)軍と合併して大洋軍となる(横浜大洋ホエールズとは無関係)。
明は、ファースト(一塁手)、更にキャッチャー(捕手)として出場。三男で阪神軍に入った野口昇(斎藤嘉樹)と対戦もする。

そんな中、二郎は9回1死までノーヒットノーラン(無安打無得点試合)のピッチング(投球)、惜しくも達成は逃すが、翌日の試合にも先発。これが日本プロ野球史上に残る一戦となる。後楽園球場での対名古屋軍(現在の中日ドラゴンズ)戦。西沢道夫(背番号15はドラゴンズの永久欠番となった)と投げ合い、延長28回両投手完投引き分けとなる。ナイター設備のない時代なので日没による引き分けであった。二郎は344球を投げている。
キャッチャーとしても頭角を現した明は、喜美子にプロポーズすることになる。

野球の才能に恵まれた兄達と比較してコンプレックスを抱いていた野口渉(福山康平)も素振りを繰り返すなど野球熱が戻り、近畿日本(現在の福岡ソフトバンクホークス)に入団し、プロとしてのプレー期間は短かったが、4兄弟全てがプロ入りすることとなった。

三男の野口昇は、阪神軍で3年間プレーした後に出征。フィリピン沖で消息を絶ち、兄弟4人全員でプロのグラウンドに立つという夢は叶わなかった。

戦後、明と二郎は阪急に入団。二郎は招集により体力が低下し、最初のうちでは投手であったが、段階的に野手に転向。31試合連続安打という当時の日本記録を作り、「二刀流」として活躍した。引退後は、パ・リーグ各球団のコーチや監督を務めている。
明は後に、地元球団である中日に移籍。同球団を初の日本一に導き、引退後は同球団の監督も務めている。


太賀は、肩が回っていないので、おそらくほとんど野球経験はないと思われるが、演技面では兄弟間の支点的役割を上手く出している。

勝地涼はフォームが綺麗なので、太賀よりは野球のセンスがありそうである。

最近見かけない忽那汐里。オーストラリア生まれであるため英語はペラペラ。ということで英語圏での活動に重きを置いているようである。


手榴弾投げは、沢村栄治のエピソードでも知られている。手榴弾投げのデモストレーションに駆り出された沢村は、一時復員した際には、腕が肩より上に上がらなくなっていた。それでもサイドスロー(横手投げ)の技巧派投手として巨人軍に復帰。3度目となるノーヒットノーランも達成している。しかし更に招集の声が掛かり、東シナ海で乗っていた船が撃沈され、海底に眠ることとなった。

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2026年2月22日 (日)

これまでに観た映画より(428) 「ベイビーわるきゅーれ」

2026年2月11日

Netflixで、日本映画「ベイビーわるきゅーれ」を観る。NHK連続テレビ小説「ばけばけ」でヒロインの松野トキを演じている髙石あかりの出世作。2021年の作品。
出演:髙石あかり、伊澤彩織(いざわ・さおり)、秋谷百音(あきたに・もね)、うえきやサトシ、飛永翼、福島雪菜、伊能昌幸、本宮泰風ほか。脚本・監督は、京都造形芸術大学出身の坂元裕吾。
「芸能界喧嘩最強」候補の本宮泰風を起用するなど、本格的なバイオレンスシーンも見所となっている。
なお、この映画でも「黒ひげ危機一髪!」が出てきて、発射させた方が負けとされている。

女子高生二人による殺し屋ユニット「ベイビーわるきゅーれ」。人をまるで照明を消すかのように気軽に殺すことの出来るコンビである。しかし、二人とも高校を卒業する季節となる。大学に進学する気のない二人は、殺し屋事務局(?)の須佐野(飛永翼)から、「自立のために共同生活を送りながらバイト生活をするよう」命じられる。アパートは何故か、ラブホ街のある鶯谷の物件を借りることになるが、ラブホ街なら住民を巻き込む怖れも低く、ちょっと歩けば上野なので買物などにも苦労しない。殺し屋稼業にはもってこいなのかも知れない。
杉本ちさと(髙石あかり)はワッフル屋で働き、深川まひろ(伊澤彩織)はコンビニの面接を受けるが、とっさに手が出てしまうなど殺し屋の癖のせいで、バイトの面接に受からなかったり、受かってもクビになったりしている。本業はあくまでも殺し屋で、生活していけるだけの金はあり、バイトをしなければいけないことに不満を覚えていたりする。
二人とも想像力(妄想力?)豊かであり、まひろは、全員体格が良く、刃物を持ったコンビニ店員と格闘する幻覚を見たりする。
まひろの方が社会的応力がなく、バイトの面接は10連敗中。ちさとが合格したメイド喫茶に潜り込むが、「モエモエキュン」などのメイド用語を言うことが出来ず、体験入店ということにして貰って、1日で降りている。
ヤクザの浜岡一平(本宮泰風)は、息子のかずき(うえきやサトシ)や娘のひまり(秋谷百音)と共に新たな「萌え」ビジネスに手を出そうとする。メイド喫茶に入った二人だが、そこはちさとがアルバイトをしている店で……。

殺し屋の話で、銃弾が飛び交い、バイオレンスな展開も多いが、基本的にはコメディーに分類される作品である。強いと見せかけて、銃であっさりやられるという、「インディ・ジョーンズ」シリーズを参考にしたような展開もある。

今、最も注目を浴びる女優の一人である髙石あかりであるが、きめ細やかな仕草や表情、縦横無尽といった感じのセリフ術が高い実力を窺わせる。俳優としての知的能力もかなり高いだろう。細かすぎて多動に見えることもあるが、これは医師でないと判断出来ないし、そうであったとしても女優業には影響しないだろう。多重人格の役などをやらせても適任だと思うが、強いイメージがついてしまうと、他の役にも影響してしまうため、若いうちは、なるべく手を出さない方が良いように思う。
対する伊澤彩織の方は、今日初めて見たので、詳しいことは書けないが、内気な人間像を上手く体現していたように思う。

まひろは、社会不適応者であることを認め、バイトをやりたくないと須佐野に告げる。ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の映画「天使の涙」でも社会不適応の殺し屋(レオン・ライが演じた)が描かれたが、高いコミュニケーション能力が必須となる現代社会において、対人関係能力を必要としない殺し屋はコミュ障には向いた職業(?)である。須佐野は取りあえず普通自動車免許を取るようまひろに告げる。運転手として登録するためで、その場合はバイトをしなくても良いようだ。
そして二人の今後は……というところで映画は終わる。続編へと続くことになる。


ワルキューレということで、ワーグナーの楽劇「ワルキューレ」から“ワルキューレの騎行”の冒頭をアコースティックギターや、シンセサイザーで奏でたものが時折流れる。


オール・ロケによる作品であり、制作費は低く抑えられている印象である。

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2026年2月18日 (水)

これまでに観た映画より(427) National Theatre Live「ウォレン夫人の職業」

2026年2月9日 大阪の扇町キネマにて

扇町キネマで、英National Theatre Live(NTLive)「ウォレン夫人の職業」を観る。奇才バーナード・ショー(代表作「ピグマリオン」=ミュージカル映画版タイトル「マイ・フェア・レディ」)の戯曲を、ロイヤル・コート劇場の芸術監督を務めたドミニク・クックが演出。出演は、イメルダ・ストウントン、ベッシー・カーター、ケヴィン・ドイル、ロバート・グレニスターほか。

英国のみならず、ブリュッセルやウィーンにも家を持つ金持ちのウォレン夫人の職業であるが、バーナード・ショーの世代とその時代のオペラがどのような女性を描くことが多かったかを考えると、タイトルでおおよその見当はつき、実際、当たっている。
母娘の話であり、当時の女性が置かれた立場をも明らかにする芝居である。

ウエストエンドの劇場での上演。上から見ると円形の舞台でやり取りが行われる。かなりの確率で笑いが起こるが、日本人としてはちょっと笑うのをはばかられるものが多い。やはりお国柄か、ブラックユーモアには笑いの反射神経が良さそうである。

ヴィヴィ・ウォレンは、幼い頃から寮などに住み、大学でも学んでいる(卒業したのか休学中なのかは不明)。「大学に戻る」という言葉が、「復学する」にも「大学院に進む」にも取れる。ただ知的水準は、牧師の息子であるフランクによると「ケンブリッジ大学卒業クラス」だそうだ。
母親のキティ・ウォレン(ウォレン夫人)は娘の面倒を余り見てこなかった。ずっとヨーロッパ大陸にいたが、久しぶりにイギリスに帰ってくる。
ちなみにヴィヴィは、自分の父親が誰なのかを知らない。
世間知らずと思われがちなヴィヴィであるが、短期間ながらロンドンに出て、事務仕事(数学が得意なので経理なども受け持ったのだろうか)をしたことがある。一方、ロンドンの芸術好きの友達に誘われて、ロンドンの美術館やオペラなどを観たが、彼女には芸術嗜好は全くなく、退屈でしかなくて今も芸術嫌いである。

キティ・ウォレンは、子ども4人のシングルマザーの子として育った。上二人は父親が違い、キティと姉のリズは純粋な姉妹だ。しかし、ある日、リズが姿を消す。橋から身投げして命を絶ったのだ、などと言われたが、ある日、リズが上品な上着に身を包んで帰ってくる。彼女は売春婦となったのだ。キティが1日14時間、バーでウエイトレスとして働いても薄給なのに対し、売春を行えば好きなものが好きなだけ手に入る。リズがブリュッセルに開いた高級娼婦の店でキティは働くことになり、ヴィヴィに十分な学費と生活費を送ることが出来たのだった。おそらくキティにとっては、女に必要なのは女であることで、聡明さなどは大して意味がない。娘を大学に進ませることが出来たのも金があったからだ。
この時代、女性が身を立てることの出来る職業は限られており、女性一人が一人だけの稼ぎで生きていくのは至難の業だった。国は違えど同じヨーロッパの国々で同じような問題が発生していたことは、オペラによく描かれている。
売春宿の話が出てくる時には、娼婦姿の女優達が背後に、ステージを取り囲むように立ち、その後、娼婦役のキャスト達は小道具を片付けたりする。
狩猟などをして遊び暮らし、収入が全くないフランクが、ヴィヴィの金を目当てに近づくも、二人は(おそらく異母)姉弟であることが分かるなど、バーナード・ショーらしい皮肉も効いている。
母親の言うことも分かるのだが、薄給でも職業婦人として歩き出したヴィヴィが頼もしくもある。

今回はパンフレットの取り扱いはなく、詳しいことは分からない。

イギリスの俳優は、表情と手の動きが日本人俳優より豊かだ。新劇の欧米作品上演などは白人の動きを真似て演技をするわけで、不自然ではあるのだが、一度、日本人の動きのままで欧米の作品に取り組んだ団体を観たことがあり、とてもじゃないが見ていられなかった。ということで新劇的な演技にならざるを得ないように思う。白人にはなれないが白人のフリをするしかない。

演出面であるが、不穏な音がずっと響いているのは逆効果。そんな説明はなくても分かる。

他にも欧米と日本の違いは色々あるが、英国の俳優の方が舞台に馴染んでいるように思う。そして自身に与えられた役を楽しんでいる。英国には王立の演劇学校や私立の音楽演劇学校があってそれによる違いもあるだろうが、技術よりも「いかに芝居が好きか」の違いは大きいように思う。昔の日本は新劇の劇団上がりなども多かったが、今は容姿が良かったのでスカウトして演技はそれからというケースも多い。「好きこそものの上手なれ」で、演技が好きな人の方が演技力が伸びやすいのは当然である。そうして培った演技をこちらも楽しんでみたくなるのだ。

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2026年2月15日 (日)

コンサートの記(948) 下野竜也指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団豊中演奏会 オールNHK大河ドラマテーマ曲

2026年2月6日 曽根の豊中市立文化芸術センター大ホールにて

午後7時から、曽根にある豊中市立文化芸術センター大ホールで、「大阪フィルハーモニー交響楽団豊中演奏会」を聴く。指揮は下野竜也。全曲、大河ドラマのテーマ曲というプログラムである。

大河ドラマのテーマ曲は、NHK職員の息子で、自称「大河フェチ」の広上淳一が当時の手兵であった京都市交響楽団と、前半が大河ドラマのテーマ、後半がクラシック名曲という形で何度か行っており、京響の常任を離れてからもニューイヤーコンサートなどで取り上げている。
また本家のNHK交響楽団は、沖澤のどかの指揮で、さいたま市の大宮ソニックシティ大ホールで大河ドラマのテーマ曲とクラシック名曲のコンサートを来月行う予定である。ちなみにチケット料金であるが、N響が大フィルの倍以上高い。

久しぶりの豊中文芸。豊中市は日本センチュリー交響楽団のホームタウンであるため、センチュリー響が豊中文芸で優先的に演奏会を行っているが(定期演奏会は大阪市内のザ・シンフォニーホールから変更なし。おそらくザ・シンフォニーホールでやった方が豊中で行うよりも客が入る)、大阪フィルハーモニー交響楽団は大阪市の南の方(西成区岸里)に本拠地を置いているため、豊中で演奏する機会はそう多くないはずである。

下野竜也は大阪フィルの1月の定期を振り、その後、京都市ジュニアオーケストラのリハーサルと本番、更に大フィルの豊中演奏会と続いており、おそらくずっと関西で過ごしているものと思われる。
下野は、大フィルの指揮研究員出身だが、研究員であった2年間は、豊中市の庄内(大阪音楽大学がある場所)で暮らしていたそうだ。

下野が大河ドラマのテーマ曲を振ったのは計7回で、近年では最多となる。
ここ10年ほどは、下野と同じくNHK交響楽団の正指揮者である尾高忠明、広上淳一の3人で回しており、今年の大河「豊臣兄弟!」のテーマ曲指揮者として沼尻竜典が新たに加わっている。

 

曲目は、大島ミチルの「天地人」、芥川也寸志の「赤穂浪士」、湯浅譲二の「元禄太平記」、林光の「花神(かしん)」、池辺晋一郎の「黄金の日日」と「独眼竜政宗」、山本直純の「武田信玄」、千住明の「風林火山」、坂本龍一の「八重の桜」、吉松隆の「平清盛」、服部隆之の「真田丸」(ヴァイオリン独奏:三浦文彰)、菅野祐悟の「軍師官兵衛」、エバン・コールの「鎌倉殿の13人」、ジョン・グラムの「べらぼう」

N響が今年の大河「豊臣兄弟!」のテーマ音楽を演奏するのが売りなら、大フィルは昨年の大河「べらぼう」のコンサート初演奏を実際に指揮した人のタクトで聴けるのが魅力である。

ゲストは3人。先に記した三浦文彰、作曲家の池辺晋一郎、オンド・マルトノ奏者の原田節(たかし)。池辺晋一郎は作曲の拠点は東京だが、アクリエひめじなど姫路市での仕事も多く、また「川が流れてる街が好き」と述べたことがあり、「大阪とか」と大阪市を筆頭に挙げている。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。ドイツ式の現代配置による演奏だが、豊中市立文化芸術センター大ホールはステージが比較的狭いので、大編成の大フィルが乗ると、「ぎっしり」という感じである。
邦楽器の音は、下手端に位置するキーボードが出していた。また「赤穂浪士」では、エレキギターが演奏された。

下野は、身長が高くないので、高めの指揮台を使用。総譜であるが、製本されていないので、印刷された譜面を1曲ごとに取り替えて指揮していた。
司会を兼ねながらの指揮(「司会をします。たまに指揮もします」と冗談を言っていた)。

豊中市立文化芸術センター大ホールは、西宮市にある兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールをモデルとして建てられたが、サイズや内装、音響なども異なるため(音響設計は、クラシック音楽専門のところではなく映画館の音響が専門の会社に頼んでいるはずである)、今日の演奏会では、音が塊となって迫ってくるかのよう。やはりこのホールには中編成から小編成のアンサンブルの方が相応しいようである。

下野は、俳優には余り詳しくないようで、「妻夫木聡」という名前を何度か間違えていた。
「映画に負けない時代劇を作ろう」という掛け声と共に始まった大河ドラマ。当時の時代劇映画は、一流の作曲家に音楽を依頼することが多かったため、負けないためにはこちらも一流の作曲家を起用する必要がある。これまでの大河ドラマの音楽担当者を見ても、著名な作曲家の名前が綺羅星の如く並んでいる。

芥川龍之介の三男で、芥川也寸志作曲賞にその名を残す芥川也寸志。ソ連の音楽に詳しくショスタコーヴィチ作品の紹介なども行っていた人である。「赤穂浪士」のテーマ音楽(本編での演奏はまだNHK交響楽団ではない)は、数ある大河のテーマ曲の中でも知名度は随一。赤穂浪士を描いた音楽としては最も有名で、民放のバラエティ番組なども赤穂浪士を紹介する際にはこの音楽を流すことが多かった。ちなみに大河ドラマの音楽は、テーマもその他の音楽もフリー素材扱いとなり、自由に使うことが出来る。
芥川の「赤穂浪士」はすでに大河ドラマのテーマ曲のみならず、彼のオーケストラ小品と見なして間違いないと思われる。

「元禄太平記」の音楽を担当した湯浅譲二は、「徳川慶喜」のテーマ音楽でも知られている。現代音楽の作曲であり、いつも易しい音楽を書くということはしなかった。「元禄太平記」の音楽は平明である。主人公は異例の出世を遂げた柳沢吉保。ただ柳沢吉保は男色好きで、時の将軍・徳川綱吉も衆道を好んだ。ということで教科書に書けない、テレビにも映せない何かがあったのかも知れない。

林光は、現代音楽の風潮を嫌い、メロディー第一の作曲を行った人である。「花神」のテーマ曲でもテーマを繰り返しながら変化させるのが上手い。
「花神」の映像は、総集編が出ていて、私は見たことがある。司馬遼太郎の原作も読んだが、原作の方が面白かった。ただ全話見たら評価が覆るかも知れない。

池辺晋一郎作曲の「黄金の日日」と「独眼竜政宗」。演奏前に、池辺晋一郎がトークゲストとして登場。いきなり、「歯医者みたいなことやってるね。歯科医者(司会者)」とジャブ。池辺晋一郎というと駄洒落がお馴染みで、下野に「5回までにして下さい」と言われる。5回ということに掛かるが、池辺晋一郎は大河ドラマの音楽を冨田勲に並ぶ最多タイとなる5回手掛けている。

池部「5回。誤解のないように」

「黄金の日日」を手掛けていたときは、同時進行で「未来少年コナン」の音楽も担当していたそうで、大変な忙しさだったという。
主人公である呂宋助左衛門こと納屋助左衛門を演じた六代目市川染五郎は、2016年の大河ドラマ「真田丸」でも九代目松本幸四郎として同じ役を演じている(その年の暮れに二代目松本白鸚襲名を発表)。

「独眼竜政宗」は今も「好きな大河ドラマランキング」でたびたび1位を取る作品であるが、通常は前年の秋にテーマ音楽を録音するところを、N響が秋に海外ツアーを行うため、前年の8月に録音が行われることになった。脚本は2ページしか出来ておらず、仕方なくイメージを膨らませて作曲したそうだ。下野は、「独眼竜政宗」を見ていて、変わった音が鳴っていることに気付いたが、後にそれがオンド・マルトノの音だと知ったそうだ。
ということで、オンド・マルトノ奏者の原田節がステージ上に呼ばれる。オンド・マルトノは、メシアンのトゥーランガリラ交響曲に用いられていることで知られているが、使用されている曲はそれほど多くない。池辺は、「勇壮なイメージ」ということでオンド・マルトノを取り入れたそうである。
池部「伊達なので伊達に」
ちなみに流行語となった「梵天丸もかくありたい」と語っていた少年は、今は京都芸術劇場春秋座の芸術監督である。

池部は、「皆さん、テーマ曲が一番大変だと思うでしょ。でもそうじゃない。ドラマの中で流れる曲が大変。打ち合わせして、場面の切り替わりだとか転調」に合わせた音楽を書かないといけない。全話分で620曲ぐらい作曲するそうである。
「今はそうじゃない。ストックしておいて、合った曲を選ぶ。でも事前に100曲から200曲ぐらい書くので、準備が大変。あと使われない曲も出てくる」
更に、「テーマ曲が大変なのは手間が掛かる」と駄洒落を言っていた。
原田節も池辺に合わせて、池辺「和音が出来ない」、原田「わおーん」と言ったり、一番端に置かれたスピーカーのような見た目の楽器の裏に銅鑼がついているのだが、「どこでも銅鑼」と言って、下野は、「原田さん、普段、こんな人じゃないんですよ」とフォローしていた。

第1部では、昭和の大河ドラマのテーマ曲を取り上げたが、第2部では新しい曲も増える。

山本直純が作曲した「武田信玄」に続き、信玄の軍師として知られる山本勘助を主人公にした「風林火山」が演奏される。赤備えである。共に武田の騎馬隊をイメージして作曲している。「風林火山」の千住明は、母親に作曲したものを聴かせたのだが、「もっともっと」と要求されて、最後には「騎馬隊の馬の耳まで見えた」として納得出来る作品となったようだ。一部では、「コッペパーン」で始まる矛盾した歌詞が付けられて歌われている。

曲が多いので、下野も、「次ぎ、『八重の桜』ですよね」と頭がこんがらがるようだ。
「2分から3分の間に、ベートーヴェンの交響曲1曲分のエネルギーを皆さん込めるので、やる方は大変」

坂本龍一が唯一書いた大河ドラマのテーマ曲「八重の桜」。2013年、「八重の桜」放送当時に、坂本龍一本人がピアノとアンコール楽曲での指揮を担当した「Playing the Orchestra 2013」で取り上げている。私にとっては、新装オープンとなったフェスティバルホールでの最初のコンサートであった。その時は篠笛が鳴るという、ドラマ通りの編曲であったが、今回は篠笛も笛の類いも鳴らない編曲であった。坂本龍一はニューヨーク在住ということで、テーマ曲と、「八重のテーマ」だけを作曲。本編の作曲は中島ノブユキに託している。
現在、「八重の桜」はNHKBSで再放送中である。

吉松隆の「平清盛」。冒頭にピアノが活躍するが、これは「左手のピアニスト」として活躍している舘野泉が左手だけで弾いたものである。「梁塵秘抄」の「遊びをせんとや生まれけむ戯れせんとや生まれけむ」の部分をピアノで表している。ちなみにこの部分は純粋に遊ぶ子供を愛でているもので、「遊女が」という解釈は「梁塵秘抄」の性格に合わない。
時代に合わせてリアルなセットや服装にしたところ、神戸市長から「汚い」と苦情が入ったことでも知られる大河ドラマである。

服部隆之の「真田丸」。短い曲だが、この曲を演奏するためだけに大河本編でもヴァイオリンを弾いた三浦文彰登場。三浦文彰は最近は指揮者としても活動している。本編の指揮者は下野であり、オリジナルのソリストと指揮者が揃うことになった。下野は、ドラマにも堺の商人役で出演。セリフは、「はい」だけであったが、大河俳優となっている(?)。広上淳一が、「私も出たかったんです」と嫉妬していたが、その後に大河ではないが音楽監修を務めたTBS系日曜劇場の「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」にピアニカ奏者役でカメオ出演することになる。
三浦は、「服部先生に冒頭だけでも聴けて貰ったのが良かった。『土臭く。侍』というイメージも言って頂けた。作曲者に直接答えて貰えることは実は稀で。みんな死んじゃってるんで」と語っていた。
広上淳一指揮の京都市交響楽団がこの曲を演奏したときには、コンサートマスターの石田泰尚がソロを弾いたが、ソリストと、普段コンサートマスターとして活動しているヴァイオリニストの違いがよく分かった。
この曲はヴァイオリンが駆け、オーケストラがそれを追いかけるという構図を取っている。
三浦の退場後、下野は、「三浦さん、本番2分45秒でした」と語る。それだけのために豊中に来ている。

 

菅野祐悟の「軍師官兵衛」。菅野さんが席にいて、大フィルの福山さんと話しているように見えたのだが、気のせいだろうか。
京響に初登場した時は、雨天で、「嵐を呼ぶ男」と呼ばれるほどの雨男だと明かしてた菅野祐悟。その後、主に関西フィルハーモニー管弦楽団と仕事をすることが多く、交響曲などを発表している。

下野は演奏後、「(主演の)岡田准一さんの顔が見えましたか?(岡田准一は大阪府枚方市の出身で、今もひらかたパークのひらパー兄さんとして親しまれている)。これからは海外の作曲家が書いた曲を演奏します。エンニオ・モリコーネも書いていますが(「武蔵」。お蔵入り決定で、大河の黒歴史となっている)、エバン・コール。この人はアメリカ人ですが、日本のアニメにも詳しいです。これを録るときはコロナの頃だったものですから、あんまり大人数ではいけない。一応、全員でも録ったんですが、パートごとに分けて録る。ただそれをそのまま全部合わせると上手くいかないものですから(カラヤンはそうした手法でも録音していたようだが)、クリックを使おうと。しかし、オーケストラの音が大きいので、クリック音が聞こえるように音量を上げると外からも聞こえてしまう。そこで『電磁波クリックがあります』ということで、後頭部に電磁波が出るものを装着すると外には聞こえなくても頭の中には聞こえる。でもやはりオーケストラの音が大きい。今度は『針があります』ということで、腕時計に針が仕込まれていて交互に腕を指す。この曲には懐かしさもありますがあの痛さも思い出します」

エバン・コールの「鎌倉殿の13人」。演奏時間は2分15秒と短い。鎌倉時代が舞台で、戦国時代や幕末ほどには様々な人は登場しない。承久の乱も軽く触れるだけで、身内同士の殺し合いと姉弟関係を描くという内容であったため、キャストの数は他の大河に比べて少なめだったはずである。身内同士の粛正が多いので、陰惨でもあったが。
広上淳一と京都市交響楽団がこの曲を演奏した時には、掛け声は録音されたものをスピーカーから流していたが、今日は大フィルの団員がその場で声を発していた。

ジョン・グラムの「べらぼう」。下野はジョン・グラムについて、「『麒麟がくる』も作曲しています」と紹介する。
ジョン・グラムはアメリカ人だが(ちなみに生年が1960年または1961年とあり、よく分からないらしい)、日本情調の表し方も巧みである。

 

最後は、
下野「鹿児島県出身なので、鹿児島県が舞台になった大河を。『篤姫』じゃありません。『西郷どん』(富貴晴美作曲)という愉快な曲を」
主役オファーを断られ、当時、お茶の間では無名に近かった鈴木亮平が代役として大抜擢されるなど、色々あった大河だが、「西郷どん」が言葉通り愉快に鳴った。

下野は最後に、「大阪フィルの指揮研究員だった時、2年間だけ豊中市民でした。大阪フィルのメンバーに『どこに住んだらいいだろう』と相談したら、『庄内がいいんちゃう』と言われたもので、庄内の部屋とは反対側にある不動産屋に行って契約して。その時は部屋はまだ見てません。それから大阪フィルで、岩城宏之先生のドビュッシーの「海」のリハーサルを見学して、庄内の表側に行ったら、『楽しくて、庄内』と書いてあって、楽しい街だなあ」と思い出を語っていた。

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