2022年8月10日 (水)

2346月日(39) 文化庁京都移転記念 北区「WAのこころ」創生講座-文化のWA-「京の盆行事と他界観」

2022年8月2日 佛教大学15号館1階「妙響庵」にて

午後6時30分から、佛教大学15号館1階「妙響庵」で、文化庁京都移転記念 北区「WAのこころ」創生講座-文化のWA-「京の盆行事と他界観」という公開講座を聴く。
講師は佛教大学歴史学部教授で京都民俗学会会長、公益財団法人祇園祭綾傘鉾保存会理事でもある八木透。コーディネーターは、能楽観世流シテ方の河村晴久。

8月ということで、お盆と、8月16日に行われる五山送り火の由来について語られていく講座。
お盆は諸説あるが、サンスクリット語の「ウラバンナ」に「盂蘭盆」の字を当てたというのが定説とされている。

京のお盆の謎としては、六道珍皇寺や引接寺(千本えんま堂)で行われる「六道まいり」の六道の辻とはどこかという話がなされる。
六道珍皇寺は、小野篁が夜に閻魔大王に仕えるために地獄へと向かったと伝わる井戸があるのだが、道の辻ではなく、この井戸こそが「六道の辻なのではないか」というのが八木の見解のようである。

五山の送り火であるが、最初に始まったのが「大文字(だいもんじ)」であることは間違いない。ただ、いつ始まったのかについては諸説ある。
最も古いのは、空海が9世紀の初めに始めたとするものだが、これは伝説の領域を出ない。大文字が行われたという記録が空海存命中になく、その後も何世紀にも渡って大文字が行われたという記録は発見されていない。
最も有力とされるのが、足利八代将軍である義政が、九代将軍で24歳で早世した息子の義尚の菩提を弔うために始めたとされるもので、これは一つだけ文書に残っており、「偽文書」説もあるそうだが、八木自身は有力と見ているようである。ただ、大文字は1度行われただけで、その後に復活するまで100年以上の歳月を必要としている。
きちんとした記録に現れるのは、1603年の「慶長日件禄」においてである。1603年以降は毎年行われるようになり、恒例行事化したようだが、民間で起こった行事であるため、朝廷も幕府も重要視しておらず、記録はかなり少ないようである。1603年は江戸幕府が興った年だが、これもたまたまらしい。
その後、送り火は、松ヶ崎「妙法」、「舟形」、「左大文字」、「鳥居形」と増え、5つあるので五山送り火となる。五山十刹にちなんでいるのかも知れないが、臨済宗と繋がりがあるのは左大文字だけであるため、たまたま五山になったと考えた方が適当であろう。なお、昔はそれ以外にも、市原の「い」や、鳴滝の「一」、「竿に鈴」、「蛇」などもあったようだが、これらは数年に一度しか行わなかったため、存在自体が風化してしまい、具体的にどこで行われたのかも分かっていないようである。

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2022年8月 9日 (火)

スタジアムにて(40) J1 京都サンガF.C.対柏レイソル@サンガスタジアム by KYOCERA 2022.8.6

2022年8月6日 亀岡のサンガスタジアム by KYOCERAにて

サンガスタジアム by KYOCERAで、J1 京都サンガF.C.対柏レイソルの試合を観戦。在住府対出身県の対決なので見ておきたかった。とはいえ、柏市に行ったことはこれまで一度もないと思う。同じ千葉県内ではあるが、柏市があるのは東葛飾地方であり、千葉市よりも東京を始め茨城や埼玉に出る方が早いところにある。

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共にJ2にいた2019年には、柏レイソルのホームゲームで、サンガが13失点で負けるという惨劇のあった因縁の対決である。

今季からJ1に昇格した京都サンガF.C.。新戦力を加えてJ1に備えたが、上がってすぐに勝てるほど甘くはなく(J2優勝翌年にJ1で優勝したチームもあり、レイソルも2011年に達成している)負け星の方が先行している。
一方、柏レイソルの方は現在3位に着けており、優勝を狙える位置にいる。

昨年まではコロナ禍で移動が制限されていたため、アウェイのチームのサポーターがほとんど来られないという状況が続いていたが、今日は今もコロナ禍の最中ながらレイソルのサポーターが大勢サンガスタジアムにやって来ている。2階席(サンガスタジアムには1階席は存在しない)のコンコースを1週してみたが、サンガのゴール裏席付近には「レイソルの応援グッズを持ったお客様はお入りになれません」という張り紙がなされたコーナーがあり、レイソルのゴール裏席も「サンガの応援グッズを……」という張り紙がある。

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先制したのはサンガ。前半7分にゴール前にボールが送られ、相手キーパーが前進して処理しようとしたが、こぼれ球を武田将平がシュート。ボールは無人のゴールに転がり込んだ。

だが、前半22分。サンガディフェンダーはキーパーへのバックバスを行うが、キーパーの上福元がやや前に出ていた。私が高校生の頃(Jリーグ創成以前)まではキーパーへのキックでのバックパスでも手を使って取れたのだが、今は手を使って処理することは禁止されている。上福元はヘディングでなんとか弾き出そうとするが上手くいかず、ボールはほぼ真後ろに飛んでゴールマウスに飛び込む。オウンゴールで同点となった。

サンガは後半20分過ぎにピーター・ウタカを投入して点を取りに行くが、相手ゴール前での最後の連係が上手くいかない。

90分を超えたところでレイソルは次々に選手を交代。得点を狙う。
そして後わずかで試合終了というところで右サイドを破り、最後は武藤雄樹がボールをゴールに押し込む。サンガの選手はある者はグラウンドに寝転がり、ある者は膝に手を着いてうなだれる。あとわずかというところでの痛い失点である。
試合が再開されて数秒でタイムアップの笛が吹かれる。「あと10秒粘れば」というところで勝ち点1はするりと逃げていった。

勝った柏レイソルは2位に浮上する。

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2022年8月 8日 (月)

コンサートの記(796) 大阪交響楽団・千葉交響楽団・愛知室内オーケストラ合同演奏会「3つのオーケストラが奏でる山下一史の世界」

2022年7月28日 東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールにて

午後7時から、東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールで、大阪交響楽団・千葉交響楽団・愛知室内オーケストラ合同演奏会「3つのオーケストラが奏でる山下一史の世界」を聴く。オーケストラ・キャラバンの一つとして企画されたもの。山下一史が手兵としている3つのオーケストラの個々の演奏と合同演奏が行われる。

堅実な手腕が評価されている山下一史(かずふみ)。大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の常任指揮者だったこともあり、関西でもお馴染みの存在である。広島生まれ。桐朋学園大学を卒業後、ベルリン芸術大学に留学。1985年から89年まで、ヘルベルト・フォン・カラヤンのアシスタントを務める。病気になったカラヤンの代役として、ジーンズ姿でベルリン・フィルのコンサートで第九を振ったことでも知られる。
国内では、オーケストラ・アンサンブル金沢のプリンシパル・ゲスト・コンダクター、九州交響楽団常任指揮者、前述の大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の常任指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団の正指揮者を務め、2016年から千葉交響楽団の音楽監督に就任。今年の4月から大阪交響楽団の常任指揮者と愛知室内オーケストラの音楽監督の座についている。

大阪交響楽団(略称は大響)は、大阪に4つあるプロのコンサートオーケストラの一つで、歴史は一番浅い。当初は、ドイツ語で交響楽団を意味する大阪シンフォニカーを名乗っていたが、シンフォニカーという言葉が根付いていない日本では営業面で苦戦。カーが付くだけに車関係の団体だと思われたこともあったという。その後、大阪シンフォニカー交響楽団という重複になる名前の時代を経て、大阪交響楽団という名称に落ち着いている。

千葉交響楽団(略称は千葉響)は、以前はニューフィルハーモニーオーケストラ千葉というアマチュアオーケストラのような名前で活動していたが、山下が音楽監督になって千葉交響楽団という重みのある名称に変わった。
1985年に、伴有雄が結成したニューフィルハーモニーオーケストラをプロ化。しかし直後に伴が他界するという悲劇に見舞われ、その後は日本のプロオーケストラの中でも最も恵まれない団体の一つとして低空飛行をせざるを得なかった。現在は正楽団員も20名を超えているが、私が初めてニューフィルハーモニーオーケストラ千葉を聴いた時には正式な楽団員は1桁で、後は全てエキストラという状態であった。
私は千葉市出身であるため、生まれて初めて聴いたプロオーケストラは当然ながらニューフィルハーモニーオーケストラ千葉である。千葉県東総文化会館でのコンサート。石丸寛の指揮で、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲、同じくピアノ協奏曲第23番(ピアノ独奏:深沢亮子)、ブラームスの交響曲第1番というプログラムで、アンコールとしてハンガリー舞曲第5番が演奏された。
高校3年の時には、高校の「芸術鑑賞会」として千葉市中央区亥鼻の千葉県文化会館で行われたニューフィルハーモニーオーケストラ千葉の演奏を聴いている。指揮は誰だか忘れてしまったが(ひょっとしたら山岡重信だったかも知れない)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章と第4楽章などを聴いた。アンコール演奏はマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲で良い演奏だったのを覚えている。普段はクラシック音楽を聴かない子達からの評判も上々であった。
しかし経済的基盤は弱く、定期演奏は年5回だけ。そのうち2回が千葉市の千葉県文化会館での演奏で、他は、習志野市、船橋市、市川市で行われた。という状況で本拠地が安定しておらず、結果としてファンも付かず学校を巡る演奏会を繰り返すことになった。千葉市は政令指定都市であり、千葉県も東京に隣接する重要な地位を占める県だが、文化面はかなり弱く、あるとしたら長嶋茂雄の出身地故の野球や強豪校の多いサッカーなどのスポーツ分野で、千葉ロッテマリーンズにジェフユナイテッド千葉に柏レイソルと充実している。ただ音楽面は恵まれているとはいえない。

愛知室内オーケストラ(略称はACO)は、愛知県立芸術大学音楽学部出身者を中心に2002年に結成された室内管弦楽団で、今年が創立20周年に当たる。私は新田ユリが指揮した演奏会を名古屋の電気文化会館ザ・コンサートホールで聴いたことがある。

ということで、いずれも実演に接したことのあるオーケストラの競演を耳にすることになる。


曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲(大阪交響楽団の演奏)、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」(千葉交響楽団の演奏)、ニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲(トロンボーン独奏:マッシモ・ラ・ローサ。愛知室内オーケストラの演奏)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」(3楽団合同演奏)。


東大阪市文化創造館に入るのは初めて。そもそも東大阪市に降り立つこと自体が初めてかも知れない。これまで私にとって東大阪市は通過する街でしかなかった。
花園ラグビー場があることで知られる東大阪市。東大阪市文化創造館の中にもラグビー少年をイメージしたゆるキャラ(トライくん)が展示されている。
近鉄八戸ノ里(やえのさと)という駅で降りたのだが、周辺案内図を見て大学が多いことに気づく。行きの近鉄電車から見えた大阪樟蔭女子大学(田辺聖子の母校として知られ、彼女の記念館がある)、そして東大阪市文化創造館の近くには野球部やサッカー部が強いことで知られる大阪商業大学とその付属校などがある。少し歩いた小若江には、今や受験生から最も人気のある大学の一つになった近畿大学の本部キャンパスがある。
八戸ノ里は、司馬遼太郎記念館の最寄り駅でもあるようだが、残念ながら閉館時間はとうに過ぎていた。

Dream House 大ホールであるが、客席の形状は馬蹄形をしており、よこすか芸術劇場に似ている。ステージ上は天井が高く、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールが一番近い。ステージの天井が高いため、モヤモヤとした響きなのが最初は気になった。


大阪交響楽団によるグリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。コンサートマスターは森下幸路。
先に書いた通り、大阪交響楽団は、大阪に4つあるプロのコンサートオーケストラの中で最も若いため、他の伝統ある楽団の影に隠れがちだが、そこはやはり大都会のオーケストラ。音は洗練され、華やかで艶がある。大阪のプロオーケストラはどこも全国的に見てレベルは高く、大阪市民と府民はもっと誇っていい事柄である。
今日は前から4列目という前の方の席だったので、残響や音の通りを含めたホールの響きは残念ながら把握出来なかったが、天井が高いため直接音がなかなか降りてこないことが気になる。


千葉交響楽団によるワーグナーの「ジークフリート牧歌」。コンサートマスターは神谷未穂。高さ調整の出来る椅子の座席を一番高いところまで跳ね上げて弾くのが好きなようである。
出身地のオーケストラであるが、大学に入ってからはNHK交響楽団の学生定期会員になり、その後に京都に移住ということで(聴くのが義務になるのが苦痛だったため、こちらに来てからは定期会員などにはなっていない)、聴くのは久しぶり。千葉交響楽団になってから聴くのも初めてである。
大阪交響楽団の華やかさとは違った渋くて優しい音色が特徴。昔はこうした個性のオーケストラではなかったはずだが、山下の下、個性に磨きを掛けているのかも知れない。ワーグナーのマジカルな音響も巧みに捌いていた。


愛知室内オーケストラによるニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲。トロンボーン独奏のマッシモ・ラ・ローサは、シチリアのパレルモ音楽院でフィリッポ・ボナンノに師事。1996年から2007年までフェニーチェ歌劇場で第1トロンボーン奏者、2007年から2018年まではクリーヴランド管弦楽団の首席トロンボーン奏者を務めている。

映画音楽の大家として知られるニーノ・ロータのトロンボーン協奏曲であるが、出だしがショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番に似ている。その後もショスタコーヴィチを思わせる鋭い響きは続くため、意図してショスタコーヴィチに似せているのかも知れない。愛知室内オーケストラは北欧ものを得意とする新田ユリに鍛えられたからか、透明度の高い合奏を披露。ここまでの3曲、全て山下一史一人の指揮による演奏であるが、まさに三者三様であり、曲が異なるという条件を差し引いても楽団の個性がはっきり現れていた。

マッシモ・ラ・ローサのアンコール演奏の前に、ラ・ローサが山下に耳打ち。山下は客席に向かって、「彼はシシリーのオーケストラにいたそうです」と語る。
演奏されたのは、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲のトロンボーン独奏版。シチリアを舞台としたオペラの間奏曲である。伸びやかで美しい演奏であった。


大響、千葉響、ACOの合同演奏によるストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」。コンサートマスターは大阪交響楽団の森下幸路。フォアシュピーラーに千葉交響楽団の神谷未穂が入る。

前の方の席だったため、「春の祭典」を聴くには適した環境ではなかったが、3つのオーケストラのメンバーと山下一史の音楽性の高さを実感出来る演奏となった。

合同演奏というと聞こえはいいが、寄せ集めの演奏となるため、それぞれの団体の良さが相殺されてしまいやすくなるのは致し方のないことである。一方で、山下の実力を量るには良い機会となる。
3つのオーケストラの長所がブレンドされると良いのだが、なかなかそう上手くはいかない。ただ機能美に関しては十分に合格点。力強くも細部まで神経の行き渡った好演となる。山下の美質である全体を通しての設計力の高さ、棒の上手さ、盛り上げ上手な演出力などが3オーケストラ合同の演奏でも発揮される。これらの点に関してはむしろ、既成の団体を振ったときよりも明瞭に捉えやすかったかも知れない。
迫力も満点であり、3つのオーケストラのメンバーの山下の棒に対する反応も俊敏である。
良い意味で燃焼力の高い演奏であり、演奏終了後、聴衆も万雷の拍手で山下と3楽団のメンバーの熱演を称えた。

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2022年8月 7日 (日)

観劇感想精選(441) マームとジプシー 「COCOON」(再々演)@京都芸術劇場春秋座

2022年7月31日 京都芸術劇場春秋座にて観劇

午後1時から、京都芸術劇場春秋座でマームとジプシーの公演「COCOON」を観る。今日マチ子が沖縄戦を題材に描いたマンガを藤田貴大の作・演出で舞台した作品。今回が再々演(三演)であるが、演出をかなり変えたようである。

出演:青柳いずみ、菊池明明、小泉まき、大田優希、荻原綾、小石川桃子、佐藤桃子、猿渡遙、須藤日奈子、高田靜流、中嶋有紀乃、仲宗根葵、中村夏子、成田亞佑美、石井亮介、内田健司、尾野島愼太朗。映像:召田実子。文献調査:橋本倫史、青柳いずみ。音楽:原田郁子。

今日マチ子の原作は、サンとマユ(マユは実は兵役逃れのために女装した男である)の二人が主人公の話であるが、舞台版の「COCOON」は他の登場人物にも光を当てた群像劇に近い形になっている(原作で役名のない登場人物は、出演者の名前をそのまま振っている)。同じシーンを何度も繰り返すリフレインの手法を特徴とする藤田貴大の演出であるが、他のキャストの情報を分厚くすることは、その手法を生かす上でも効果的であり、なによりあからさまな「脇役」を減らすのにも役立っている。

ただ、群像劇にするための学園の場面を増やしたことは諸刃の剣であって、登場人物が魅力的に見えやすくなるのと同時に、全体のバランスを欠きやすい。原作と違って、平和時の部分がかなり長くなっていたが、「ちょっと長すぎる」と感じたのも事実である。平時の華やかな女学生生活と戦時の悲惨さがより鮮やかに対比されるようになってはいたが、色々と詰め込みすぎで、そこまで長くする必要はなかったように感じられてしまうのである。結果として上演時間2時間半越えという大作になっていた。

女学生を演じるキャスト陣が魅力的ということもあって、見終わっての感想はなかなかの好印象であったが、演出が余りにも演劇的なのには疑問符が浮かぶ。「演劇のための演劇」をしてしまっているのである。フレームを用いる演出は、マンガのコマを象徴するようでもあり、そうした見方をすればある程度の必然性は感じられるのだが、馬跳びや縄跳びなども加えた展開は余りにも煩瑣であり、ガマ(洞窟、自然の防空壕)での女学生の「いっせいの、せ!」というセリフのリフレインも句読点的に用いすぎたがために途中で、「長台詞を不自然に感じさせないための手法」としか聞こえなくなる。技法が技法として手法が手法として見えるのは「余りに演劇的」であり、「演劇でしかない演劇」を見せられているようで、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということわざが浮かぶ。

舞台上を所狭しと走り続ける出演者達の体力は見事で、やはり煩瑣ではあるのだが戦時の混乱と戦きを上手く表していたように思う。役者が若いからこそ出来る表現で、アングラの正統を受け継いでいるようでもある。もし冒頭の学園の部分を落ち着いた表現にして少し短めにしていれば、より切実さは増したと思われるが、若い人のエネルギーをダイレクトに受け取れる公演はそれだけで良いものだとも思える。この作品のリフレインは夢のような儚さと懐かしさを浮かび上がらせる点でかなり効果的で、原作よりも舞台版の方を好む人も多いだろう。

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2022年8月 5日 (金)

コンサートの記(795) 飯森範親指揮日本センチュリー交響楽団いずみ定期演奏会№27 ハイドンマラソン第1回“夜が明け「朝」が来る”

2015年6月5日 大阪・京橋のいずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋のいずみホールで、日本センチュリー交響楽団いずみ定期演奏会 №27を聴く。指揮は日本センチュリー響首席指揮者の飯森範親。ハイドンの交響曲全曲を演奏し、レコーディングも行うというハイドンマラソンの第1回演奏会である。今日の演奏会のサブタイトルは“夜が明け「朝」が来る”

ハイドンマラソンは8年掛かりという長期プロジェクトである。ハイドンは104曲の交響曲を書いているが、「ハイドン交響曲全集」はレコーディング史上数えるほど。クリストファー・ホグウッドが「ハイドン交響曲全集」に挑む予定だったが、クラシック音楽界の不況のために未完に終わっている。そのため、8年に渡ってレコーディングを行うということが可能なのかは飯森にも分からないとのこと。

飯森は音楽監督を務めている山形交響楽団とモーツァルトが書いた交響曲を番号のないものも含めて50曲を演奏会で取り上げてレコーディングするというプロジェクトを行い、今度は日本センチュリー響とハイドンの企画をスタートさせる。日本センチュリー響は中編成のオーケストラであるため、ハイドンを演奏するには最適の楽団である。かつて橋下徹が大阪府知事だった時代にセンチュリー響への補助金カットを明言した時に、センチュリー響の音楽監督だった小泉和裕や首席客演指揮者だった沼尻竜典はブルックナーなどの大曲路線を何故か選んだ。確かにブルックナーの交響曲は人気の曲目であるが、大阪フィルの十八番であり、演奏しても大阪フィルには勝てないし客も呼べないということで、「なんでハイドンをやらないんだ?」と歯がゆく思ったものである。飯森はアイデアマンだけに、就任してすぐにハイドンの交響曲連続演奏を決定。再評価が進むハイドンを演奏することで、大阪以外からの客も取り込もうという作戦である。

オール・ハイドン・プログラム。交響曲第35番、チェロ協奏曲第2番(チェロ独奏:アントニオ・メネセス)、交響曲第17番、交響曲第6番「朝」。サブタイトルの通り、ラストに「朝」が来る。

ライブレコーディングというとデッカツリーと呼ばれるマイクの釣り方が王道であるが、今日は天井から下がっているのは常設のセンターマイクだけ。代わりにステージ上に確認出来るだけで8本のマイクがある。最前列のマイク、左右1本ずつは高さ推定3mほどの細い柱の上に乗っており、これがデッカツリーの左右のマイクの代わりになるようだ。


古典配置での演奏。通奏低音であるチェンバロが、奏者が指揮者と向き合う形になるよう中央に据えられている(チェンバロ独奏:パブロ・エスカンデ)。交響曲は第1第2ヴァイオリン共に8人の編成。協奏曲の時は共に6人と一回り編成が小さくなる。

今日は女性奏者達が各々カラフルなドレスを纏って舞台上に登場する。日本クラシック界の宿命、というほど大袈裟ではないが、音大や音楽学部、音楽専攻に在籍している学生の8割が女子という事情もあり、オーケストラの楽団員も当然の結果として女性の方がずっと多い。今日は舞台上がかなり華やかである。


交響曲第35番。中編成でピリオド奏法を採用ということで、冒頭は音がかなり小さく聞こえるが、そのうちに耳が自然に補正される。第3楽章ではコンサートミストレスの松浦奈々と首席第2ヴァイオリン奏者の池原衣美が、ソロパートで対話するような場面があり、視覚的にも聴覚的にも楽しい。また第4楽章はラストがラストらしくなく、すっと音を抜くようにして終わりとなる。


チェロ協奏曲のための配置転換の間に、飯森がマイクを持ってスピーチ。昨日セッション録音を行い、今日のゲネプロでもレコーディングが行われたそうで、今日の演奏会も含めて最低でも3回の録音を行うことになる。そのためか、ノンタクトで指揮した今日の飯森は神経質な指示はほとんど出さず、センチュリー響の自発性に委ねるところも多かった。何度も本番のつもりで演奏して来たので、事細かに指で指示を出さなくても緻密なアンサンブルが可能になったのであろう。
飯森は、「ハイドンの時代にはビブラートという観念がなかった」と語る。一応、「指を揺らす」という技法はあったようだが、感情が高ぶって左手が自然に揺れるということ、もしくは感情の昂ぶりを左手の揺れで音にするという考えで、20世紀に入ってからのように「音を大きくするためにビブラートを掛ける」ということはなかった。そのため音を大きくするのは当時は弓を持った右手の役割だったという。
ちなみにドイツの音楽大学では、モダン楽器専攻の学生であってもピリオド奏法などの古典的な演奏法(Historicaly Informed Performance。略して「HIP」と呼ばれる)を学ぶことは当たり前のようで、日本の音大とは大分事情が異なるようである。
ハイドンマラソン参会者には首から提げるタイプのパスカードが配られる。これにシールを貼り、ハイドンマラソン演奏会全てに参加した方には豪華景品が贈呈されるという。私は残念ながら全部聴きたいほどハイドンが好きではないので完走することはないと思うが。


チェロ協奏曲第2番。チェロ独奏のアントニオ・メネセスは、1957年、ブラジル生まれのチェリスト。16歳の時にヨーロッパに渡り、1977年にはミュンヘン国際コンクール・チェロ部門で優勝。1982年にはチャイコフスキー国際コンクール・チェロ部門でも覇者となる。ソリストとしての活動の他に、1998年から2008年までボザール・トリオのメンバーとしても活躍した。現在はスイスのバーゼルに住み、ベルン音楽院で後進の指導にも当たっている。

メネセスのチェロは典雅な音色を奏で、センチュリー響もそれに負けじと明るい音色を出す。
ハイドンは人生の大半をハンガリーのニコラウス・エステルハージ候の宮廷楽長として過ごした。当時の音楽家の身分は召使いと同程度であり、音楽そのものも明るく分かりやすいものが好まれた。ということで、ハイドンは貴族のお気に召す音楽を書く必要があり、そのことでモーツァルトやベートーヴェンのような毒に乏しく、「浅薄」と後世から評価されかねない音楽を書いた。それは現在、ハイドンが人気の面においてモーツァルトやベートーヴェンに大きく水をあけられている一因となっているだろう。一方でハイドンはハンガリーという、当時は音楽の中心地からは離れた場所にいたため、他の音楽を知る機会が余りなく、自然と自分で工夫を凝らして作曲をするようになっていったという。居眠りしている聴衆を叩き起こす「驚愕」交響曲や、曲が終わったと聴衆に勘違いさせる仕掛けが何度もある交響曲第90番、ティンパニがやたらと活躍する「太鼓連打」、楽団人が一人ずつ去って行く「告別」など個性豊かな交響曲も多い。

メネセスはアンコールとしてJ・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番から「サラバンド」を弾く。スケールが大きく、渋みもあり、大バッハとハイドンの実力の差を聴いてしまったような気分にもなった。


交響曲第17番は3楽章の交響曲。第2楽章は短調であり、痛切ではないがメランコリックな旋律が奏でられる。第2楽章があることで、次の第3楽章が更に明るく聞こえる。


交響曲第6番「朝」。今日演奏される曲の中では最も有名な作品である。ちなみに交響曲第7番のタイトルは「昼」、交響曲第8番のタイトルは「晩」という冗談音楽のようなシリーズになっている。

第2楽章と第4楽章ではコンサートマスターがヴァイオリンソロ奏者並みの役割を担う。センチュリー響のコンサートミストレス、松浦奈々が巧みな演奏を聴かせる。第2楽章と第3楽章ではチェロにもソリストのような場面があり、第3楽章ではコントラバスとファゴットにソロパートがある。チェロの北口大輔、コントラバスの村田和幸、ファゴットの宮本謙二が優れた演奏を聴かせた。

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2022年8月 4日 (木)

観劇感想精選(440) 兵庫県立ピッコロ劇団 「三人姉妹」

2022年7月20日 尼崎・塚口の兵庫県立ピッコロシアター中ホールにて観劇

午後6時30分から、尼崎・塚口のピッコロシアター中ホールで、兵庫県立ピッコロ劇団の「三人姉妹」を観る。ピッコロ劇団の島守辰明の翻訳と演出での上演である。島守はロシア国立モスクワ・マールイ劇場(「マールイ」は「小さい」という意味で、「大きい」を意味する「ボリショイ」の対義語)及びマールイ劇場附属シェープキン演劇学校で学んでおり、ピッコロ劇団でもチェーホフ作品を手掛けている。

チェーホフの四大戯曲の一つである「三人姉妹」。日本語訳テキストの上演のほかに翻案作品も数多く作られていることで知られている。私も「三人姉妹」はいくつか観ているのだが、納得のいく出来のものにはまだ出会えていない。チェーホフの上演は想像よりも難しく、そのまま上演するとあらすじを流したようになってしまい、下手に手を加えるともうチェーホフ作品にならない。かなり繊細な本で、これまでは無理に「面白くしてやろう」と手を加えて、全体が捉えられなくなり、結果としてとっちらかったような印象ばかりが残ってしまうことが多かった。


出演は、吉江麻樹(オリガ)、樫村千晶(マーシャ)、有川理沙(イリーナ)、谷口遼(アンドレイ)、山田裕(ヴェルシーニン)、今仲ひろし(クルイギン)、鈴木あぐり(ナターリヤ=ナターシャ)、堀江勇気(ソリョーヌイ)、三坂賢次郎(トゥーゼンバフ)、杏華(アンフィーサ/母)、風太郎(フェラポント/父)、チェブトゥイキン(森好文)。

「三人姉妹」に通じた方の中には、「あれ?」と思われる役名が存在すると思われるが、「生と死」「在と不在」を強調するために、幽霊役も演じる俳優がいるのである。


ロシアの田舎。チェーホフの指定によると県庁所在地の街が舞台である。ただ、三人姉妹が暮らす屋敷は、駅や街の中心地からも遠い。

三人姉妹の長女であるオリガは教師として働き、次女であるマーシャ(マリア)は、教師であるクルイギンと結婚。二十歳で世間知らずのイリーナは働くことに夢と希望を持っているが、実際に電信局で働き始めると、夢も詩も思想もない生活に辟易し始める。

三人の憧れの地として、11年前に離れた故郷であるモスクワの名が何度も語られるが、結局はその街は、行くことのままならない理想郷としてのみ語られる。人類がたどり着くべき未来などもモスクワという言葉に仮託されている。良いことなどなにも起こらぬままの人生を働くことなどでなんとか乗り切ろうとする人生の悲しい姿がそこにある。

この作品の最大の謎の一つが、ナターシャ(ナターリヤ。ロシア語には愛称の種類がたくさんあり、一人の人間に対して多くの愛称が語られるため、ロシア語圏以外の観客を戸惑わせる元となっている。ロシアの小説には、愛称の注釈なども載っていることが多いので、読んで慣れるしかない)という女性である。最初は恥ずかしがり屋で頼りない印象を与える(今日はそれほどではなかったが)が、冒頭から4年ほどが経過した第2幕では、アンドレイとの間に生まれた子どもの環境を良くするために、イリーナの部屋を明け渡すよう要求するなど、かなり図々しい性格に変化しており、最終的には当家の女主のように振る舞う。この女性は一体何なのか? ただの悪女として登場しただけではないはずである。
ロシア文学を読んでいると、当初は大人しく世間知らずだった若い女性が、いつしか相手の男をしのぐ強い女性に変身しているというケースがままあることに気づく。チェーホフの「かもめ」のニーナもその一人だし、プーシキンの「エフゲニー・オネーギン」のタチヤーナもそうだ。いずれも「余計者」の相手役であるが、ナターシャの相手となるアンドレイも「余計者」とまではいかないが、大学教授や市井の研究家となることを期待されるも果たせず、片田舎の市会議員で満足するしかなく、子どもをあやして生活するような、ナターシャの尻に敷かれている男である。
単純に時が経過したということなのかも知れないが、ナターシャの場合は、ニーナやタチヤーナに比べてはるかに化け物じみており、実際に「怪物」と形容するセリフがある。なにかのメタファーだと考えてよいと思われるが、すぐに思い浮かぶもの、例えばロシアという国家などはおそらく正解ではない。目の前の人生を生きやすくし、一方で誰かに迷惑を掛けるような指向性のメタファーである。そうなると現在の世界を覆う多くの主義主張はナターシャのような怪物になってしまう訳だが。あるいは「現実主義」という言葉が彼女の性格をより的確に表しているのかも知れない。
見方を変えれば、ロシアがヨーロッパに対して抱く恐れをあるいは体現しているのかも知れないが。

街は駐屯している軍隊の恩恵を受けており、実際にマーシャはヴェルシーキンと、イリーナはトゥーゼンバフやソリョーヌイという軍人と恋愛関係になるが、軍隊が去るのと同時に彼らも目の前から消えていく。トゥーゼンバフに至ってはこの世から去る。太宰治がとある有名小説にその影響を記したと思われる言葉は果たされることなく終わる。

神も希望もなにもない世界を、ゴドーが来るまで立ち去ることが出来ないジジとゴゴのようにただ生きなければならないという寂寥。今回のラストでは、三人姉妹とアンドレイの父と母、ヴェルシーキン、トゥーゼンバフとソリョーヌイら去る人、去った人が竹林をイメージした茂みの向こうに立ち、上手へと去って行くという演出が施されていた。皆、「希望」でもあった人である。そうした何の望みもない場所で、生きていかねばならないという不条理がカタルシスを呼ぶよう工夫されていた。

「生と死」「在と不在」と描くため、青や緑といった寒色系の照明の多用が特徴。音楽も、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第2楽章以外は、アンビエント系のものが用いられており、生きる希望が沸くようなドラマに欠けた現実世界を照射しているかのようであった。

これが正解という訳では勿論ないが、「三人姉妹」の再現として良い点を突いた演出であることは間違いない。大手プロダクションが手掛ける「三人姉妹」は、どうしても大物女優がキャスティングされやすくなるが、「三人姉妹」に関しては、有名女優であることが却ってマイナスに働くであろうことは容易に察せられる。必要なのは三人の特別な姉妹ではなく、群像劇に溶け込める平凡な三人の姉妹である。その点でも今日の上演は理想に近いものであったといえる。

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2022年8月 3日 (水)

美術回廊(78) 京都市京セラ美術館 特別展「綺羅めく京の明治美術――世界が驚いた帝室技芸員の神業」

2022年7月26日 左京区岡崎の京都市京セラ美術館にて

左京区岡崎の京都市京セラ美術館南回廊で、特別展「綺羅めく京の明治美術――世界が驚いた帝室技芸員の神業」を観る。明治23年(1890)年に発足した制度で、皇室によって優れた美術工芸家を顕彰、保護するシステムである帝室技芸員。選ばれたのは一握りの美術家のみであり、帝室技芸員に選ばれることは大変な名誉であったようだ。昭和19年に廃止となっている。
その帝室技芸員に選ばれた京都縁の明治時代に活躍、もしくは明治時代生まれの19人の美術家の作品を取り上げた展覧会である。
取り上げられた美術家は、森寛斎、幸野楳峰、川端玉章、岸竹堂、望月玉泉、今尾景年、熊谷直彦、野口小蘋、竹内栖鳳、富岡鉄斎、山元春挙、五世伊達弥助、加納夏雄、三代清風輿平、初代宮川香山、並河靖之、二代川島甚兵衛、初代伊東陶山、初代諏訪蘇山。

日本画の本質は何かと問われると、浮世絵以来の「躍動感」になると思われる。静止してポーズを取っている西洋画に比べ、日本の絵は、「何かしている最中」を「想像力を使って描く」のが特徴である。そのため、妙な表現にはなるが、「動かない動画」「動き出す0.1秒前の永遠の静止」を描くのが日本画の神髄だと思える。絵画は静止画でしかあり得ないが、その前と後を想像させることで、静止画の中に動画が紛れ込んだかのような手法。ヨーロッパの画家達を震撼させた技法を、日本の絵師達は自然に用いていたということになる。

今回の展覧会に出品された作品もそうした躍動感や生命力、動的な印象がはち切れんばかりに表に出ている。例えば岸竹堂の「猛虎図」に描かれた虎は今にも動き出しそうで、毛の先々まで神経が行き届いている(明治時代には江戸時代と違い、日本人も動いている本物の虎の姿を実際に見ることが出来るようになったため、リアルである)。同じく岸竹堂の「月下猫児図」は、たわんだ柳の枝の上の猫が蟷螂と対峙している様を描いた作品だが、このまま柳の枝が垂れて猫も蟷螂も振り落とされそうになるのか、あるいは猫が蟷螂を捕まえるのか、はたまた蟷螂が逃げおおせるのか、様々なケースが脳裏に浮かぶ。富岡鉄斎が描いた文人画風の「阿倍仲麻呂明州望月図・円通大師呉門隠栖図」(重要文化財指定)からは人々の話し声や嬌声が聞こえてきそうな気がする。現在いわれるリアリズムとはまた違った、ビビッドな迫真性がそこには感じられるのである。

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2022年8月 2日 (火)

コンサートの記(794) びわ湖ホール オペラへの招待 ヴェルディ 歌劇「ファルスタッフ」

2022年7月18日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール中ホールで、びわ湖ホール オペラへの招待 ヴェルディの歌劇「ファルスタッフ」を観る。

ヴェルディ最後のオペラとなった「ファルスタッフ」。シェイクスピアの戯曲「ウィンザーの陽気な女房たち」を原作に、作曲家としても名高いアッリーゴ・ボーイトが台本を手掛け、一度は引退を決意していたヴェルディが最後の情熱を燃やして作曲した作品としても知られる。ボーイトの台本にヴェルディはかなり魅了されたようだ。
ヴェルディは、悲劇作家であり、喜劇オペラ(オペラ・ブッファ)は、2作品しか残さなかった。そのうちの1つが「ファルスタッフ」である。


園田隆一郎指揮大阪交響楽団(コンサートマスター:林七奈)の演奏。演出は、国立音楽大学を経てミラノ・ヴェルディ音楽院に学び、多くの著名演出家の演出助手として活躍した経験を持つ田口道子。出演はびわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーを中心としたWキャストで、今日はB組の出演。青山貴(ファルスタッフ)、市川敏雅(フォード)、清水徹太郎(フェントン。本来出演予定だった有本康人が体調不良で降板したため、A組の清水が出演)、古屋彰久(カイウス)、奥本凱哉(おくもと・ときや。バルドルフォ)、林隆史(はやし・たかし。ピストーラ)、山岸裕梨(やまぎし・ゆり。アリーチェ。インスペクター兼任)、熊谷綾乃(くまがい・あやの。ナンネッタ)、藤居知佳子(クイックリー夫人)、坂田日生(さかた・ひなせ。メグ・ペイジ)。合唱も、びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーが出演する。


上演の前にまず、演出家の田口道子によるお話がある。新型コロナがまた勢いを増しているということでマスクを付けてのトークである。
ヴェルディが「ファルスタッフ」を作曲しようと思い立ったきっかけ(ボーイトの台本の存在感)、ヴェルディが初めて手掛けた喜劇オペラが上演最中に打ち切りになったこと、ヴェルディのその時の心境(妻と娘を亡くした中で喜劇オペラを作曲していた)などが語られる。
またオペラが総合芸術であり、あらゆる芸術が詰め込まれた豪華なものであること。一方で、初めて観る人にも分かりやすい演出を心がけたことなどが語られた(後方のスクリーンに映像を投影させる(「紙芝居のような」演出であった)。


実は、原作となったシェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房達たち」は、シェイクスピア作品のワースト争いの戯曲として知られている。偽作説まであるほどだが、エリザベス女王の御前上演会のために短期間で書かれたこと、そもそも本格上演用ではなく余興用の台本だったことなどがマイナスに作用したという説が有力である。猥語の頻用、奇妙なフランスなまりの英語、子どもだましのような展開など、「偽作」と言われるだけの要素が多いが、この作品のオペラ化を試みた作曲家もヴェルディのみに留まらず、ファルスタッフという人物が多くの人々を魅了してきたことも窺える。
ボーイトは、オペラ用台本ということで、当然ながら筋や登場人物をカットしたものを書いているのだが、それが上手くいったようである(同じような場面をカットした効果は大きい)。初演時から好評を得ており、今に至るまでヴェルディ屈指の人気作となっている。


ガーター亭で過ごしているファルスタッフが、金策のためにアリーチェ・フォードとメグ・ペイジという金持ちの夫人二人に恋文を送ろうとするところから始まる(シェイクスピアの原作はそれよりも前に色々な展開があるのだがカットされている)。バルドルフォとピストーラという使用人になぜか拒否されるが、恋文はアリーチェとメグに届く。
ところが文面が全く同一のものであったため、アリーチェとメグは激怒。ファルスタッフを懲らしめてやることにする。一方、アリーチェの娘であるナンネッタはフェントンに恋しているのだが、父親のフォードは、金持ちの医者であるカイウスと娘の結婚を画策していて……。


恋と嫉妬、復讐を果たすまでの頭脳戦と予期せぬドタバタ、道ならぬ恋など、オペラで受けそうな要素が満載である。やはり演劇と歌劇とでは客受けの良いものが微妙に異なっている、というよりも客に受けそうな要素だけでボーイトが脚本を編んだのが良かったようだ。常識的に考えて変な場面も実は多いのだが、そこは音楽の力で増強増補していく。

田口道子の演出は、滑稽な動きを強調したものであり、特にファルスタッフ役の青山貴とクイックリー夫人役の藤居知佳子の演技は、チャーミングでもあり、コメディの要素も生かし切っていた。
アリーチェ役の山岸裕梨とメグ・ペイジ役の坂田日生の安定感、またナンネッタ役の熊谷綾乃の可憐さを強調した演技も説得力があった。

園田隆一郎指揮大阪交響楽団も活きの良い演奏を聴かせる。大阪交響楽団は、大阪府内に本拠地を置くコンサートオーケストラの中で最も歴史が浅く、演奏会ではたまに非力さを感じさせたりもするのだが、びわ湖ホール中ホールは空間がそれほど広くないということもあって、迫力も万全である。
イタリアオペラを指揮することの多い園田隆一郎の絶妙のカンタービレも流石であった。

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2022年8月 1日 (月)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団 グリーグ 「ペール・ギュント」第1組曲

ヘルベルト・ブロムシュテットは、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団の前身である北ドイツ放送交響楽団(NDR交響楽団)の首席指揮者を1995年から1998年まで務めている。

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2022年7月31日 (日)

これまでに観た映画より(304) 「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」

2022年7月23日

録画してまだ観ていなかった日本映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」を観る。監督:錦織良成、製作総指揮:阿部秀司。出演は、中井貴一、本仮屋ユイカ、高島礼子、三浦貴大、橋爪功、佐野史郎、宮崎美子、遠藤憲一、甲本雅裕、石井正則、渡辺哲、緒形幹太、中本賢、奈良岡朋子ほか

大手電機メーカーである京陽電器に勤め、経営企画室長まで出世している筒井肇(中井貴一)。仕事は順調にいっているが、意に染まない仕事もしなければならない。業績不振の工場の閉鎖とリストラ策を任された筒井は、当の工場に出向く。工場長の川平吉樹(遠藤憲一)とは同期入社の間柄であり、今も親友である。川平が納得し、工場の閉鎖がスムーズに決まる。取締役への昇格が決まった筒井は川平に本社勤務に戻るよう勧めるが、「ものづくりが好き」で工場での勤務を選んだ川平から、「本社に行って何を作ればいいんだ?」と返される。

厳格な父親でもある筒井は、一人娘で大学生の倖(本仮屋ユイカ)が就職活動に今ひとつ乗り気でないことに苦言を呈したりもする。当然ながら、このところの親子関係は良くない。
そんな折、郷里の出雲市に住んでいる、筒井の母親・絹代(奈良岡朋子)が倒れ、入院する。多忙ゆえにすぐには出雲に帰ることの出来ない筒井だったが、担当医から絹代の体から悪性の腫瘍が見つかったことを知らされる。
実家にあった電車関係のコレクションを目にした筒井は、子どもの頃の夢がすぐそばを走る一畑電車(実在の電鉄会社。略称及び愛称は「ばたでん」)の運転士になることだったことを倖に語る。妻の由紀子(高島礼子)も出雲の家にやってきた日の夜に、筒井は川平が事故死したという知らせを聞く。工場長を辞めたら自分の好きなことをやると話していた川平の思いを胸に、また息子が真剣に働く姿を母親に見せたいという希望も密かにあった筒井は「やりたいことに一度はチャレンジしてみたい」と本気で一畑電車の運転士を目指し、合格。一緒に合格した若い宮田(三浦貴大)と共に運転士としての日々を送り始める。充実した日々を送る筒井とは対照的にやる気を見せない宮田。実は彼は甲子園でも活躍した、将来を嘱望される投手でプロ入りの話もまとまり欠けていたのだが、肘を故障してやむなく電車の運転士に転じていたのだった。

宍道湖畔の美しい光景の中を走る一畑電車。田舎の電鉄だけに運転士や車掌と乗客の垣根も低く、本体の意味での家族劇でなく街中が家族的な温かさに溢れている上での家庭劇が展開される。
50近くなってから運転士に転向というのは、余りリアルに感じられないが、乗客とこうした関係になり得るのも年の功と田舎ならでは雰囲気の効用だと感じられ、一種の大人の童話として受け入れやすくなっている。

ストーリー以上に強く感じられるのが、監督である錦織良成の故郷・島根県に対する愛情である。一畑電車以外にも宍道湖上で行われる祭りで筒井が西田(中本賢)と謡を行うなど、島根県の風情溢れる光景がとても美しく収められている。

ラストシーン。筒井と由紀子の対面の場である。人によっては青臭く思えるかも知れないが、由紀子の「私達、このまま夫婦でいいんだよね」との問いに、筒井が「当たり前だ」と答えたあとで、「終点まで、ちゃんと乗ってってくれよな」と、「死ぬまで一緒にいてくれ」という意味にも取れる大人の再プロポーズのようなセリフを発したのが素敵であった。

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