2021年5月12日 (水)

コンサートの記(720) 「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021 石橋栄実&藤井快哉「もしあなたと一緒になれたなら」+福原寿美枝&船橋美穂「女の想い~シューマン歌曲集」+砂川涼子&河原忠之「ベルカント!」

2021年5月2日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて

今日もびわ湖ホールで、「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021がある。今日が2日目にして楽日である。

今日は午前中に、児玉姉妹の姉である児玉麻里によるベートーヴェンのピアノ・ソナタの演奏があるのだが、午前中からベートーヴェンの音楽を聴くのは気が引けたたため、ソプラノの石橋栄実、メゾソプラノの福原寿美枝、ソプラノの砂川涼子が立て続けに登場する3つのコンサートのみを聴くことにする。

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今日も昨日同様、雨がパラつく天気だったのだが、びわ湖ホールに着く直前に太陽が顔を覗かせる。

 

午後12時40分開演の、公演ナンバー2-L-3「もしあなたと一緒になれたなら」。出演は石橋栄実(ソプラノ)と藤井快哉(ピアノ)。

2019年の「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」では、体調不良で降板した砂川涼子の代役としてプーランクのモノオペラ「声」に出演し、大成功を収めた石橋栄実(いしばし・えみ)。大阪音楽大学声楽科卒業、同専攻科を修了。大阪舞台芸術奨励賞、音楽クリティック・クラブ奨励賞、坂井時忠音楽賞、咲くやこの花賞などを受賞。現在は大阪音楽大学の教授と大阪音楽大学付属音楽院の院長も務めている。

藤井快哉(ふじい・よしや)は、大阪音楽大学を経て同大学院を修了。インディアナ大学音楽学部アーティストディプロマ課程修了。坂井時忠音楽賞、兵庫県芸術奨励賞、佐治敬三賞、神戸灘ライオンズクラブ音楽賞などの受賞歴があり、現在は大阪音楽大学の教授を務めている。

曲目は、ベネディクトの「四十雀(しじゅうから)」、ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」より“もしあなたと一緒になれたなら”、プーランクの歌劇「ティレジアスの乳房」より“いいえ、旦那様”、團伊玖磨の歌劇「夕鶴」より“与ひょう、体を大事にしてね”、プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」よりムゼッタのワルツ“私が街を歩くと”。

ベネディクトは、ドイツ出身のイギリスの作曲家だそうである。石橋栄実のトークによると、選曲した時には「今頃(「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021開催の頃)は、色々と大変だったことが過去になって、『良かったね』という状況で歌いたい」ということで1曲目に選んだのだが、残念ながらコロナ禍は却って深刻さを増してしまっている。

昨年の「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」では、小ホールで全曲日本の歌曲によるプログラムを歌う予定だったのだが中止になってしまい、本来は今年も日本の歌曲を歌う予定だったのだが、会場が大ホールになり、「オペラの殿堂ということでオペラの曲を並べることにした」そうである。
ベートーヴェン歌劇「フィデリオ」より“もしあなたと一緒になれたなら”は、男装してフィデリオと名を変えたレオノーレを本当に男だと勘違いして恋をしてしまう娘、マルツェリーネのアリアである。石橋栄実は、典型的なリリック・ソプラノであり、声が澄んでいて可憐、ただ芯がしっかりしており、私が最も好むタイプの声質の持ち主である。

藤井快哉によるプーランクのピアノ曲「エディット・ピアフを讃えて」の独奏。「エディット・ピアフを讃えて」は、若手ピアニストの牛田智大がアンコールなどで好んで取り上げる楽曲である。藤井快哉が演奏前に解説を行い、エディット・ピアフがシャンソンの名歌手であることや、プーランクがピアフの大ファンだったことなどを語り、「私も石橋栄実さんの大ファンです」と言って、プーランクとピアノの関係を重ねたりする。

続く曲は、歌劇「ティレジアスの乳房」より“いいえ、旦那様”なのであるが、「エディット・ピアフを讃えて」の演奏前、いったん退場する際に石橋が、「なんていうタイトルなんでしょうと思いますが、女性が、『自分はフェミニストだ!』と言って、掃除やら洗濯やら家事一般が女性の仕事とされることに納得がいかず、兵士になりたいとか弁護士ですとか、当時、男性しか就けない仕事に就けるよう要求するのですが、すると顎にひげが生えて、胸の膨らみが飛んでいっちゃって」と解説する。
「エディット・ピアフを讃えて」演奏終了後に、石橋は胸の前に風船を二つ付けて登場。ヘリウムガスで膨らませた風船であるため、胸の膨らみを否定する場面では、風船が上に浮かぶ。その後、石橋は風船を二つとも割る。演奏前に風船を割るという演出の説明をしなかったのは、事前に言うと風船を割ることだけを意識してしまう人がいそうだったからだそうで、風船が割れる音を嫌う人もいるので、怖がらせたらまずいとも思っていたそうだ。「皆さん、こういう演出見たことあります?」と客席にも聞いていた。無反応だったので、見たことがある人はほとんどいないようであったが、私はたまたま川越塔子が青山音楽記念館バロックザールでのリサイタルでそれに近いことをしていたのを覚えている。もう4年も前なので、正確には記憶していないが、変わった演出だったので、それらしきことをしていた映像がぼんやりとではあるが浮かぶ。
演奏終了後に、藤井は、「尊敬している方にああいうことをされると結構な衝撃で」と語っていた。リハーサル時にも風船は使っていたが、割ったのは本番だけだったそうである。

切々と歌われる團伊玖磨の歌劇「夕鶴」より“与ひょう、体を大事にしてね”は、今のコロナ禍を念頭に置いて選ばれたと思われ、「ラ・ボエーム」よりムゼッタのワルツ“私が街を歩くと”では一転してコケティッシュな歌声を聴かせた。「夕鶴」と「ラ・ボエーム」ということで振り幅がかなり広い。

日本歌曲を予定していたのに、團伊玖磨の1曲だけになってしまったということで、アンコールとして中田喜直の「歌をください」が歌われた

 

午後2時10分開演の、公演ナンバー2-L-4「女の想い~シューマン歌曲集」。出演は、福原寿美枝(メゾソプラノ)、船橋美穂(ピアノ)。

福原寿美枝は、京都市立芸術大学卒業、同大学院修了。平成25年神戸市文化奨励賞、2015年度音楽クリティック・クラブ賞受賞などの受賞歴がある。現在は武庫川女子大学音楽学部教授を務め、京都市立芸術大学でも後進の指導に当たっている。

船橋美穂(ふなはし・みほ)も京都市立芸術大学出身。大学卒業後に渡米し、エール大学大学院音楽科講師などを務めた。2002年藤堂音楽褒賞、第29回京都芸術祭京都府知事賞などの受賞歴がある。

曲は、いずれもシューマンのリートで、「女の愛と生涯」と「メアリー・スチュワート女王への詩」

歌唱の前に福原は、「緊張で心臓がバクバクしてる。飛び出そう」と語り(なんでもコンサートでリートを歌うのは約30年ぶりだそうである)、また年齢を重ねるにつれて声が低くなってきているので、低音版の楽譜で歌うことを告げる。

「女の愛と生涯」は、愛しい人との出会いと結婚生活、出産、死別を描いたシャミッソーの詩に基づく歌曲で、背景にはシューマンのクララとの結婚がある。歌う前に「声が低いので、可愛らしい女の人にはなりません」と語った福原だが、これはこれで若き日を回顧する趣があり、味わい深い。

「メアリー・スチュワート女王への詩」。生後まもなくスコットランド女王に即位し、あらゆる才能に恵まれながらも様々な男性との恋に破れ、最終的にはエリザベス女王により追い込まれて処刑された悲劇の女王であるメアリー・スチュワート。その生涯は様々な文学作品や映画や芝居で描かれ、多くの人が知るところとなっている。
「メアリー・スチュワート女王への詩」に関しては事前に歌詞をチェックしていかなかったのだが、シューマンらしい個性に満ちた旋律を味わうことが出来た。
シューマンは、晩年は梅毒に起因する精神障害が進み、作曲活動が思うようにはかどらなくなっていた。シューマンが自身をメアリー・スチュワートに重ねても不思議ではない気はするが、「重ねている」という絶対的な根拠は当然ながらないようである。


午後3時30分開演の、公演ナンバー2-L-5「ベルカント!」。出演は、砂川涼子(ソプラノ)と河原忠之(ピアノ)。「ベルカント!」は砂川の最新アルバムのタイトルでもあるようだ。
びわ湖ホール大ホールの2階席(びわ湖ホールの1階席と2階席は繋がっている)の後ろの方では、本番を終えた石橋さんと福原さんが並んで聴いているのが確認出来た。

砂川涼子(すなかわ・りょうこ)は、沖縄県生まれ。ということで、「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」でもオール沖縄民謡によるリサイタルを行ったことがある。武蔵野音楽大学と同大学院を修了。ミラノに渡って研鑽を積み、第34回日伊声楽コンコルソで優勝。第69回日本音楽コンクール声楽部門でも第1位を獲得している。第12回R・ザンドナイ国際声楽コンクールではザンドナイ賞を受賞。現在は藤原歌劇団団員であると共に、母校の武蔵野音楽大学で講師を務めている。

河原忠之は、歌手の伴奏ピアニストとして高い評価を受けている。太メン4人によるユニットIL DEVU(イル・デーヴ)のピアノメンバーであり、指揮者としても活躍している。国立(くにたち)音楽大学と同大学院を修了。母校の大学院教授を務めると同時に、新国立(こくりつ)劇場オペラ研修所シニアコレペティトゥアとしても活躍している。

曲目は、いずれも砂川のニューアルバム「ベルカント!」に収録されているもので、ロッシーニの「ヴェネツィアの競艇」、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」より“おいでください、膝をついて”、ビゼーの歌劇「カルメン」より“何も恐くないといったけれど”、ドニゼッティの歌劇「愛の妙薬」より“妙薬よ!僕のものだ”~“ラララの二重唱”(清水徹太郎との共演)、プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」より“あなたの愛の叫ぶ声に”、プッチーニの歌劇「トゥーランドット」より“氷のような姫君の心は”。

プッチーニの歌劇「トーランドット」より“氷のような姫君の心は”は、女奴隷であるリューのアリアであるが、砂川は一昨年にびわ湖ホール大ホールで行われた大野和士指揮バルセロナ交響楽団ほかによる歌劇「トゥーランドット」にリュー役で出演している。

砂川涼子は見た目は可憐であるが、ドラマティックソプラノであり、声量豊かでスケールも大きい。トークでも河原に、「見た目と歌声が一致しない」と言われていた。

ロッシーニの「ヴェネツィアの競艇」は初めて聴く曲である。思ったよりも長い。
歌劇「フィガロの結婚」より“おいでください、膝をついて”は、スザンナが幼いケルビーニを無理矢理伯爵夫人に見立てようとするいたずら心たっぷりの歌で、そうした心持ちを存分に発揮する。

ビゼーの歌劇「カルメン」より“何も恐くないといったけれど”はミカエラのアリア。砂川はミカエラを得意レパートリーの一つとしているが、今年の夏にびわ湖ホールで行われる「カルメン」でもミカエラを歌い、次の曲で登場する清水徹太郎(ドン・ホセ役)と共演するそうである。

ドニゼッティの歌劇「愛の妙薬」より“妙薬よ!僕のものだ”~“ラララの二重唱”。愛の妙薬が手に入ったと勘違いしたドタバタの場面である。演技付きでの演奏。ユーモラスな演技が客席の笑いを誘う。

プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」より“あなたの愛の呼ぶ声に”と歌劇「トゥーランドット」より“氷のような姫君の心は”。同じプッチーニ作品であるが、求められるものは真逆である。実際にびわ湖ホール大ホールで上演を観たことのある“氷のような姫君の心は”がダイナミックでとても良い。
“氷のような姫君の心は”は、プッチーニが最後に書き上げたアリアであり、リューはプッチーニ版の「トゥーランドット」にのみ登場する役で、実際にプッチーニに仕えていた女召使いがモデルになっているとも言われている。

 

びわ湖ホールを出ると、晴れ間が覗く中に雨粒がポツリポツリと落ちてくるという天気で、三上山の方を振り返ると、巨大な虹が架かっているのが見えた。

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2021年5月11日 (火)

コンサートの記(719) 「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021 高木綾子「神秘の無伴奏」+前橋汀子&松本和将「踊るヴァイオリン」+舘野泉「多彩なる左手の音楽2」

2021年5月1日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて

びわ湖ホール大ホールで行われている「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021。午後2時10分からは、公演ナンバー1-L-4「神秘の無伴奏」というコンサートがある。高木綾子のフルート独奏である。

高木綾子は、愛知県豊田市生まれ。3歳でピアノ、8歳でフルートを始める。東京藝術大学附属高校、東京藝術大学音楽学部、同大学院を修了。1995年に毎日新聞主催全日本学生音楽コンクール東京大会フルート部門で第1位を獲得した頃に、主にルックスで注目を浴び、テレビなどでも取り上げられたが、音楽家としてそうした見られ方をするのはやはり本意ではなかったようで、1997年の神戸フルート国際フルートコンクール奨励賞受賞を皮切りに、宝塚ベガコンクール優勝、日本フルートコンベンションコンクール優勝及オーディエンス賞受賞、第17回日本管打楽器コンクール・フルート部門第1位及び特別賞、第70回日本音楽コンクールフルート部門第1位獲得、ジャン=ピエール・ランパル国際フルートコンクール第3位入賞、神戸国際フルートコンクール第3位入賞など、数多くのコンクールに出場して好成績を収めている。現在は、東京藝術大学准教授、洗足学園音楽大学、日本大学藝術学部、武蔵野音楽大学、桐朋学園大学の非常勤講師も務めている。

曲目は、ドビュッシーの「シリンクス」、武満徹の「VOICE」、ドンジョンの「サロン・エチュード」より1番「エレジー」、2番「セレナーデ」、5番「ジーク」、7番「いたずら好きな妖精」、メルカダンテの『ドン・ジョヴァンニ』より「奥様お手をどうぞ」の主題による変奏曲、クーラウの「3つのファンタジー」より第1番、ヴァスクスの「鳥のいる風景」

フルート独奏曲として、クラシック好きならまず上げるのがドビュッシーの「シリンクス(「シランクス」とも表記する)」だと思われる。というよりフルート独奏曲で世界的に知られているのは、「シリンクス」ぐらいしかない。
高木綾子はスマートな音色でこの神秘的な楽曲を奏でる。

武満徹の「VOICE」は、タイトル通り、フルートを吹くと同時に声やセリフを加えて演奏するという作品である。声を加えるというアイデアはひとまず置くとして、尺八や篠笛といった和楽器を意識した節回しが聴かれるという武満らしい楽曲である。ちなみに武満の遺作はフルート独奏のための「エア」であった。

ドンジョンの「サロン・エチュード」。8曲が残されているが、1番から6番までと7番、8番は別人の作品である。苗字は共にドンジョンなので、「親子ではないか」と推測されているが、確かなことは分からないようだ。いずれにせよ粋な作風の楽曲が並ぶ。

イタリアの作曲家であるメルカダンテの『ドン・ジョヴァンニ』より「奥様お手をどうぞ」の主題による変奏曲と、デンマークの宮廷作曲家であったクーラウの「3つのファンタジー」より第1番は、共に「ドン・ジョヴァンニ」の「奥様お手をどうぞ」の主題をモチーフにした作品。正統的なメルカダンテの変奏曲と、抒情美が特徴的なクーラウ作品の聴き比べの妙がある。

トークで高木は、「神秘の無伴奏ということで、物語性のある曲を選んだ」と語る。

ラストに演奏されるヴァスクスの「鳥のいる風景」。武満の「VOICE」もフルートを吹きながら声を出す作品であったが、「鳥のいる風景」は旋律を声でなぞりつつフルートでも重ねるという特徴を持つ。少し趣は異なるが、1990年頃に流行ったホーミーの神秘性を連想させる。ただ30年前の流行りということで、今の若い人はもうホーミーを知らないかも知れない。声とフルートの音色により表現に奥行きが出ていた。

高木のフルートはいつもながらキレとクッキリとした輪郭、軽やかさが特徴。フルート独奏のみによる演奏会に接する機会は余りないため、貴重な体験ともなった。

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午後3時30分開演の、公演ナンバー1-L-5「踊るヴァイオリン」。出演は、前橋汀子(ヴァイオリン)と松本和将(ピアノ)。

日本を代表するベテランヴァイオリニスト、前橋汀子(まえはし・ていこ)。非常に人気の高いヴァイオリニストで、録音の数も多いが、私は実演に接するのは初めてである。自分でも意外である。ヴァイオリン協奏曲やヴァイオリン・ソナタなど大作も当然ながら弾くが、小品の演奏も得意としており、今日はヴァイオリン小品の名曲が並ぶ。今回の「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」は誰もが知るような曲が演奏されることは思いのほか少ないが、前橋の演奏会は有名曲揃いということで入りも良い。びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーもたまたま私の隣の席で聴いていた。

ピアノの松本和将は、1998年に19歳で第67回日本音楽コンクールで優勝。2001年にはブゾーニ国際ピアノコンクール第4位入賞、2003年のエリーザベト王妃国際音楽コンクールで5位に入賞している。

曲目は、ドヴォルザーク(クライスラー編曲)の「わが母の教え給いし歌」とスラヴ舞曲 Op.72-2(第10番)、マスネの「タイスの瞑想曲」、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」、ブラームス(ヨアヒム編曲)のハンガリー舞曲第1番と第5番。

近年の若手ヴァイオリンストは皆、美音を競うようなところがあるが、前橋は敢えてハスキーな音を出したり、歌い崩しをしたり、パウゼを長めに取ったりと表現主義的であり、19世紀以来のヴァイオリニストの伝統を受け継いだ演奏を展開する。名人芸的なヴァイオリンともいえる。高音が独自の妖しさを放っており、理屈ではなく本能に訴えるところのある音楽作りである。

アンコールがあり、サラサーテの編曲によるショパンの夜想曲第2番と、フォーレの「夢のあとに」が演奏される。ロマンティックな演奏であった。

 

午後5時開演の、公演ナンバー1-L-6「多彩なる左手の音楽2」。出演は、舘野泉(ピアノ)。
若くしてフィンランドに渡り、「フィンランドで最も有名な日本人」となった舘野泉。ダンディーな風貌も相まって人気ピアニストとなる。フィンランドで当地の女性と結婚。息子は山形交響楽団第2ヴァイオリン首席奏者や長岡京室内アンサンブルのメンバーとしても活躍するヤンネ舘野である。
フィンランドを代表する作曲家であるシベリウスのピアノ曲や、日本で学んだフィンランド人作曲家であるノルドグレンの作品、フランスの作曲家であるセヴラックのピアノ曲を得意演目としていたが、2002年、演奏会の最中に脳溢血で倒れ、以降は右半身不随となる。舘野が選んだのは引退ではなく、左手のピアニストとして活躍することであった。
ラヴェルに左手のためのピアノ協奏曲を委嘱したパウル・ヴィトゲンシュタイン(哲学者のルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの実兄。戦争で右手を負傷)など、左手のピアニストとして活躍した先例は何人かいたが、舘野は多くの作曲家に左手のためのピアノ楽曲の作曲を委嘱し、レパートリーの拡大に努めている。

今回の演奏曲目も全て舘野が委嘱したり献呈されたりした作品で、パブロ・エスカンデの『悦楽の園』、新実徳英の『夢の王国』より「夢のうた」と「夢階段」、光永浩一郎の左手ピアノ独奏のためのソナタ“苦海浄土によせる”より第1楽章「海の嘆き」と第3楽章「海と沈黙」である。

演奏の前に、舘野が作曲家と作品の紹介を行う。
パブロ・エスカンデは、アルゼンチンのブエノスアイレス生まれの作曲家で、生まれてからの20年をブエノスアイレスで過ごし、その後、古楽器の演奏を学ぶために古楽の盛んなオランダに渡り、そこでも20年を過ごす。そして今は日本に移住し、京都に居を構えているという。
『悦楽の園』は、ヒエロニムス・ボスの三連祭壇画にインスピレーションを受けた幻想曲。導入部「天地創造の第3日目」、パネル1「楽園でのアダムとイブ」、パネル2「悦楽の園」、パネル3「地獄」の4部からなる新作。
前半は印象派の音楽に近いものを感じたが、その後はジャズを感じさせるような曲想へと転換していく。「地獄」は低音の強打とバッハのようなシンプルにして構造的な旋律の対比が印象的。ちなみに、今日は空がめまぐるしく変わる天気だったが、舘野がびわ湖ホールに向かうためにホテルを出たときは空が真っ暗で、天地創造の第3日目、光が出来る前の漆黒の闇を連想した舘野は、「わあ、地獄に行っちゃう」と思ったそうである。

ちなみに、エスカンデには小学校1年生の娘さんがいるそうなのだが、『悦楽の園』の中では、「私、『地獄』が一番好きよ」と言っていたそうである。

新実徳英の『夢の王国』。4つのプレリュードからなる作品であるが、今回は第2曲の「夢のうた」と第3曲の「夢階段」が演奏される。『夢の王国』も昨年の3月に完成したという新しい作品である。
「夢のうた」は、シンプルで懐かしい旋律が繰り返されるという構図を持つ。一方、「夢階段」ではドミソではない音楽が上っていくというアンバランスな感覚が特徴となっている。

熊本の作曲家、光永浩一郎の作品、左手ピアノ独奏のためのソナタ“苦海浄土によせる”より第1楽章「海の嘆き」と第3楽章「海と沈黙」。2018年の作品である。石牟礼道子の『苦海浄土』を基に、水俣病の苦しみに隠れキリシタンの苦難なども加えて描いた作品だそうで、第3楽章「海と沈黙」の「沈黙」は、遠藤周作の小説『沈黙』を意識したものだという。波のうねりの描写のような旋律が続くが、ドビュッシーの「海」を意識したような和音が現れるのも特徴である。いずれの楽章も最後の音はダンパーペダルを踏み続け、余韻が長くなるよう設計されていた。

舘野は、「予定時間より長くなったようで、まだ何か弾こうとも思いましたが、疲れたので」と言ってアンコールなしで終演となった。

 

帰路。琵琶湖は湖面の色彩が次々と変わる時間帯であり、見る者の目を楽しませてくれた。

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2021年5月10日 (月)

コンサートの記(718) 「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021 辻彩奈&江口玲「情熱のプロコフィエフ」+藤原真理&倉戸テル「至高のチェロ」

2021年5月1日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて

大津市の滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールで行われる「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021の初日に参加する。
新型コロナウイルスの流行で昨年は開催中止となった「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」。今年はコロナ対策として、ステージ上が密になりやすいオーケストラやオペラの公演を取りやめ、空間が広く飛沫が留まりにくい大ホールで室内楽、器楽、声楽の演奏会を行うという形に変更となった。「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」はオペラ上演が目玉だったが、現在の状態で音楽祭の催しの一つとしてオペラを上演することは現実的ではない。

音楽祭は朝から行われるが、最初に行われるサキソフォンの上野耕平の公演は時間が早すぎるということでパスし、午前11時20分開演の辻彩奈(ヴァイオリン)&江口玲(ピアノ)、午後12時40分(0時台と12時台は午前でも午後でもないという説もあるが通じれば良いので無視する)開演の藤原真理(チェロ)&倉戸テル(ピアノ)、午後2時10分開演の高木綾子(フルート)の公演は事前にチケットを手に入れていた。続く前橋汀子(ヴァイオリン)&松本和将(ピアノ)、舘野泉(ピアノ)の公演も興味があったのだが、コロナ禍ということで様子見であり、これらは当日券を買って入った。最後の公演はびわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバーによる合唱であったが、一日に接する公演としては5公演でもかなり多いということで、こちらは見送った。

 

京都を出た時は曇り空だったが、びわ湖浜大津駅で降りて、琵琶湖畔を歩いている時に日が射す。

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公演ナンバー1-L-2(1日目-Large hall-2回目)「情熱のプロコフィエフ」。出演は、辻彩奈(ヴァイオリン)と江口玲(ピアノ)。

若手女性ヴァイオリニストの代表格となりつつある辻彩奈。1997年、岐阜県生まれである。2016年にモントリオール国際音楽コンクールで第1位を獲得し、一躍注目を浴びている。特別特待奨学生として東京音楽大学に入学し、卒業。現在は東京音楽大学のアーティストディプロマにやはり特別特待奨学生として在籍しているようである。「題名のない音楽会」などメディア出演も多い。

ピアノの江口玲(えぐち・あきら。男性)は、日本を代表する名手の一人で、東京藝術大学附属音楽高校を経て東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業後に渡米し、ジュリアード音楽院のピアノ科大学院修士課程を修了。同校のプロフェッショナルスタディーにも学ぶ。ピアニスト、作曲家、編曲家として活躍し、2011年までニューヨーク市立大学ブルックリン校の教員を務めたほか、東京藝術大学ピアノ科の教授としても活躍している。

曲目は、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第18番とプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。

今でこそ、ヴァイオリン・ソナタというとヴァイオリンが主役の楽曲だが、モーツァルトの時代のヴァイオリン・ソナタは、ヴァイオリン付きのピアノ・ソナタという捉え方が一般的であった。モーツァルトはこのヴァイオリン・ソナタ第18番においてヴァイオリンとピアノを同格に扱う試みを行っている。ヴァイオリン・ソナタにおいてヴァイオリンが完全に主役になるにはベートーヴェンの登場を待たねばならない。

辻の滑らかなヴァイオリンも魅力的だが、ここはやはりキャリアがものをいうのか、江口のまろやかで甘いピアノの調べの方がより印象の残る。

演奏終了後に辻がマイクを手にしてトーク。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第18番は、10年前、辻がまだ中学校1年生だった時に参加した、びわ湖ホールでのセミナーの時に弾いた想い出のある曲で、今回、びわ湖ホール芸術監督で「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」の芸術監督も兼ねる沼尻竜典から「この曲を弾いて欲しい」と提示されて驚いたという話をする。

メインであるプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。昨年の2月、初めての緊急事態宣言の発令する直前に、フェスティバルホールで行われた秋山和慶指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で、辻はプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番のソリストを務めて成功を収めている。

独自の個性により、音楽史上に異彩を放っているセルゲイ・セルゲイヴィッチ・プロコフィエフ(1891-1953)。モーツァルト没後100年目に生まれ、スターリンと同年の同日に他界した。
プロコフィエフは、ロシアン・アヴァンギャルドに影響を受けた作曲家には実は含まれないことの方が多いようだが(ライバルで犬猿の仲でもあったショスタコーヴィチはロシアン・アヴァンギャルドに影響を受けた作曲家に入る)、とんがった独自の才気が特徴であり、それは辻の個性にも繋がる。瞬発力抜群で諧謔的な部分もあっさり飲み込んでみせる辻の未来は明るいように思う。

 

通常は、大中小のホール、更には屋外のテラスも使って行われる「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」だが、今回は大ホールのみの使用で、中ホールのホワイエが飲食可のスペースとなり、中ホールの客席は休憩に利用できる(飲食等は不可)。
共通ロビーでは、滋賀県の物産展が行われており、あんパンを買って中ホールのホワイエで食べた。

 

午後12時40分開演の、公演ナンバー1-L-3「至高のチェロ」。出演は、藤原真理(チェロ)と倉戸テル(ピアノ)。

ベテランチェリストである藤原真理。大阪生まれ。1959年に桐朋学園「子供のための音楽教室」に入学し、以降、斎藤秀雄にチェロを師事する。指揮の斎藤メソッドで有名な斎藤秀雄であるが、元々はチェリストとして音楽活動を始めた人である。
1971年に第40回日本音楽コンクール・チェロ部門第1位および大賞受賞。1978年にはチャイコフスキー国際コンクール・チェロ部門で2位入賞。
坂本龍一と共演するなどメディア活動も多い人だが、私は藤原真理の実演に接するのは初めてである。
DENONレーベルに録音した、J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲全曲が高い評価を得ており、私も持っているが情緒豊かな演奏である。

ピアノの倉戸テル(男性)は、東京藝術大学大学院修士課程を修了し、ジュリアード音楽院大学院も修了。ソロの他、室内楽でも強さを発揮し、藤原真理との共演数は200回を超える。宮城教育大学教授。

オール・ベートーヴェン・プログラムで、『魔笛』より「恋人か女房があれば」の主題による12の変奏曲と、チェロ・ソナタ第3番が演奏される。

『魔笛』より「恋人か女房があれば」の主題による12の変奏曲は、パパゲーノのアリアを変奏曲にしたもので、モーツァルト作品のバリエーションということもあってベートーヴェンとしてはユーモアに富んだ楽曲となっている。

チェロ・ソナタ第3番であるが、タイトルはピアノとチェロのためのソナタであり、まだピアノが主役と見なされていた時代の作品である。ただ藤原真理のトークによるとベートーヴェンの5曲あるチェロ・ソナタの中で、第1番と第2番はピアノが主役であるが、第3番はチェロが初めて前に出始めた作品だそうである。
チェロの独奏に始まるドラマティックな曲想だが、第3楽章は爽やかで、愛の囁きのような情熱的な部分があるのも特徴である。

藤原のチェロは渋めの音色で朗々と歌う。スケールも大きい。

藤原は、ベートーヴェンの時代のピアノで聴かせてみたいとも語っていた。当時のピアノはハンマーの戻りが現在のモダンピアノより早いため、テンポも自然と速くなるという。ただ、ベートーヴェンの時代のピアノはもう世界に数台しか残っていないそうである。

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2021年5月 9日 (日)

演劇公演オンライン配信 ニットキャップシアター第40回公演「カレーと村民」オンライン配信版~じっくりと煮込んだ版~(文字のみ)

2021年5月7日視聴

有料配信で、ニットキャップシアターの第40回公演「カレーと村民」を観る。牧歌的なタイトルであるが、実は結構恐い話である。作・演出:ごまのはえ。出演:門脇俊輔、高原綾子、澤村喜一郎、仲谷萌、池川タカキヨ、日詰千栄(はひふのか)、福山俊朗(はひふのか/syubiro theater)、亀井妙子(兵庫県立ピッコロ劇団)、西村貴治、越賀はなこ、山下多恵子(京都演劇スタジオ)、山下あかり、益田萌(ニットキャップシアター公式サイトに載っているwebパンフレット掲載順)。2013年に文学部と大学院文学研究科に演劇研究系の専攻がある大阪大学と同大学の本部がある吹田市との共同プロジェクトとして初演された作品の上演である。京都・東九条のTheatre E9でのライブ収録。

1905年の(明治38)大阪・吹田村の旧庄屋(関東だと名主、北陸などでは肝煎に当たる)の浜家の表玄関に面した土間が舞台である。庄屋は農民階級でありながら、武士と農民の間を取り持つ一帯の名士として苗字帯刀もしくは苗字のみを許された豪農であり、明治時代に入ってからも裕福な家が多かった。第二次世界大戦後の農地改革で没落していく家も多かったのだが、それはまだ先の話である。

浜家の家長である長男の太郎(福山俊朗)は好人物ではあるが、「長男の甚六」という言葉が合ってしまいそうな頼りない性格である。だが、妻のお茂(仲谷萌)と共に家を支えている。この時代なので、家には人が多く、母親のまん(日詰千栄)、かつては乳母でもあった奉公人のオマサ(越賀はなこ)、新しく子守として入った山田(大阪大学の本部所在地)出身のネ(おネ。高原綾子)、そしてイギリス留学から3年ぶりに帰ってきたばかりの次男の次郎(門脇俊輔)がいる。物語は、次郎がモーツァルトの歌劇「魔笛」より“パパパの二重唱”を一人で歌っているところから始まる。当然ながら、他の人々はモーツァルトも「魔笛」もなんのことかよく分からない。次郎も「パパゲーノ」「パパゲーナ」となるところも全て「パ」で歌っているため、ドイツ語や「魔笛」の内容を十全に知っているわけではないようだが、自然児とも呼ばれるパパゲーノや運命の相手であるパパゲーナのような女性に憧れているらしいことは伝わってくる。

さて、留学から帰った次郎であるが、特に仕事に就くわけでもなく就く気があるわけでもない。実家が裕福ということでいわゆる「高等遊民」となっている。この時代、実は高等遊民と呼ばれる人は結構いたわけだが、次郎が夏目漱石の『それから』の主人公である代助を意識したキャラクターであることは明らかで、彼はイギリス留学時代にロンドンで、まだ漱石と名乗る以前の夏目金之助の世話になったことがあり、その夏目金之助が夏目漱石という名で『吾輩は猫である』という小説を書いていることを知って、連載されている「ホトトギス」を読む場面がある。なお、次郎にはアキ(山下あかり)という婚約者がおり、当時としては珍しく自由恋愛(セリフに「野合で結ばれ」という表現が出てくる)なのだが、イスタンブールで様々な国の美人を見た次郎は典型的な日本人顔であるアキのことを心からは愛せなくなっていた。

そのアキは勉強する意味が分からず、女学校を辞めていた。当時の大阪は、学問的には恵まれた場所ではない。ナンバースクールである第三高等学校、通称・三高は当初は大阪に設置されたのだが、政治の中心地が東京に移ったことで不安を感じた京都市民が「未来の京都のためには学問のある若者が必要」ということで誘致を行い、三高は京都に移転。三高の上に京都帝国大学(現在の京都大学)が置かれたのだが、大阪には結局新たなナンバースクールが生まれることもなく、帝国大学を建学しようという動きも起こっていたが、近くに京都帝国大学があるという理由でなかなか実現せず、大阪帝国大学(現在の大阪大学)が開学するのは昭和になってからである。私学も関西法律学校がこの年に関西大学と名を変えた(大学と名乗るが旧制の専門学校である。私立大学が生まれるのは1918年の大学令以降となる)が、現在でも関西の四大名門私大「関関同立」に入っている大阪の大学はこの関西大学1校だけということで、往時は更に東京との差は激しかった。次郎も大阪の学問基盤の弱さ故に海外へ留学したのだが、アキにも東京の女子学校(まだ大学はなかったが、後に大学へと昇格する名門女子学校はいくつか存在した)に進むよう勧める。だが、アキは乗り気ではない。

1905年といえば、日露戦争戦勝の年である。戦勝とはいえ、実際はロマノフ王朝がロシア第一革命により危機に瀕していたため、極東の情勢に構っている場合ではなくなったことが大きいのだが、当時は情報網が発達していなかったため、「完勝」だと信じている日本人も多かった。それ故、賠償金が得られなかったことで、吹田の人々も「政府は弱腰だ!」と激怒することになる。この時の怒りのうねりとしては、東京で起こった日比谷焼き討ち事件などが有名であるが、大都市だけではなく、当時はまだ田舎であった吹田でもその火種がくすぶり始めていた。なお、太郎が新聞を皆に朗読する場面があるが、これは当時よく行われていた習慣である。諸外国に比べると識字率は高かったとはいえ、「女は学校に行かなくてもいい」「農民の子は学校に行かないで家の手伝いをした方がいい」という時代だったため、文字が読めない人や読めても内容がよく分からない人はまだまだ多かった。ちなみに太郎と次郎の母親であるまんは当然といえば当然だが江戸時代の生まれである。

次郎は学があるため、世界情勢については知悉しており、「本当に勝ったわけではない」と知っていたが、人々が求めているのは「事実」ではなく「納得出来る話」であり、「納得出来るなら嘘でもいい」ことを見抜いていた。ということで明治38年を舞台としているが、今現在に繋がることが描かれている。当時選挙権があるのは比較的裕福な25歳以上の男子だけであり、選挙権のある太郎に人々が願い出る場面がある(太郎役の福山俊朗は、実は参議院議員の福山哲朗の実弟であり、意味のある役割を与えられている)。

浜家が営む輸送船で働くお留(山下多恵子)は息子を日露戦争で失い、吹田にあるビール会社からビールを牛が引くトロッコに乗せて船着き場まで運搬する会社の社長である宮川大助(西村貴治)と妻のおはな(亀井妙子)の次男のセイロクも日露戦争で行方不明になっていたが、ようやく無事が確認されて近く戻ってくる予定である。浜家の奉公人のオマサの孫も日露戦争で戦死しており、犠牲を払ったのに賠償金なし(報道では賠償金は日清戦争の半分程度とかなり安いが支払われるとしていた)ということで、怒りに燃え、「高額の賠償金を得られるまで戦いを続けるべきだ」「そんな交渉で済ませた日本が憎い」(日本国民という大きな単位で一括りにされる危険性を含む)といったような声が上がり、「大阪に行って講和反対運動に参加しよう」と息巻く。
次郎もその場を収めるために、「戦争続行」を求める人々に賛成したふりをして兄の太郎に支援金を出させる。知恵だけは回る次郎だが確固とした思想はなく、そんな自分に嫌気がさし、最終的には子守のネと共に蒸発することになる。ちなみにネというのは秀吉の奥さんと同じ名前で、秀吉と寧は「野合で結ばれた」と表現される代表的人物であるが、意識されているのかどうかは不明。「ネ」という名では変だというので、明治に入ってからは庶民階級の女性にも付けることが許された「子」を付けて「ネ子」にしようなどといわれる場面があるが、『吾輩は猫である』に繋がっているのは確実である。

カレーの話であるが、「征露丸」(現在の「正露丸」。元々は「露西亜を征する」という意味で「征露丸」と名付けられたが、日露戦争終結後に今の表記に変わる)の模造品(関西でいう「ばったもん」)である「暴露丸」を売りに来た富山の薬売り(池川タカキヨ)が太郎や次郎と話している時に、カレーの話が出る。次郎はイギリスに留学していたため、「元々はインド料理であったがイギリスで流行し、日本に入ってきた」という正しい説明をする。当時は日英同盟下の時代であり、イギリスの文物が多く流入していた。また日本海軍でカレーが重宝されているという話も出る。カレーが浜家にも入ってくるということは軍事色が強まるという暗示でもあり、ほのぼのとした場面なのにじわじわとした恐怖を生む。この辺は巧みである。

お留(おとめ)という、坂本龍馬の姉の乙女と同じ読みの女性が出てくるが、日露戦争の際に起こった第二次坂本龍馬ブームから作られた役名なのかは不明(「おとめ」という名前自体は「これで産むのは留め」という意味を込めたありふれたものである)。アキが呉や広島市のある安芸に掛かるのかどうかもよく分からないが、この辺は言葉遊びに留まるため、深く追わなくて良いだろう。

実戦の怖ろしさは、戦地帰りの潮(うしお。これも意味ありげな役名である。演じるのは澤村喜一郎)によって語られる。潮はトラウマを抱えており、心理的要因で耳が聞こえなくなっているのだが、突然、戦地の模様を一人で演じ出す場面がある。これは結果として戦場の惨状を人々に伝えることになるのだが、人々にどれだけ影響を与えたのかは不明となっている。

ラストは、アキが東京の名門女学校への進学を決め、「頑張って勉強して、皆が幸せになれる世の中を作ります」という意味のことを朗らかに述べるも、誰も本気にはしておらず、アキが天を仰ぐ場面で終わる。結局のところ、人々は自分さえよければよく、学ぶことにも、それによって生まれる未来に期待もしていないし価値も見いだしていないのだ。政治を人任せにしている日本の現状の怖ろしさが投影されており、一種の絶望を突きつけられることになる。

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2021年5月 8日 (土)

コンサートの記(717) 広上淳一指揮 京都市交響楽団みんなのコンサート『サウンド・オブ・ドリーム』@京都市西文化会館ウエスティ 2009.8.23

2009年8月23日 上桂の京都市西文化会館ウエスティにて

午後2時半から、京都市西文化会館ウエスティで、京都市交響楽団みんなのコンサート『サウンド・オブ・ドリーム』を聴く。京都市交響楽団と京都市ジュニア・オーケストラの演奏によるコンサート。指揮は京都市交響楽団常任指揮者の広上淳一。

前半は京都市ジュニア・オーケストラの演奏で、ビゼーの『アルルの女』から「前奏曲」「パストラール」「メヌエット」「ファランドール」と京都市立芸術大学音楽学部4回生の東珠子(あずま・たまこ)をソリストに迎えてのサン=サーンスの「ハバネラ」。


後半は京都市交響楽団の演奏で、ルロイ・アンダーソンの「ブルータンゴ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「新ピチカート・ポルカ」、ベートーヴェンの交響曲第8番より第2楽章、フォーレの組曲「ペレアスとメリザンド」から“シシリエンヌ”、ドリーブのバレエ音楽「コッペリア」から“チャルダッシュ”と“前奏曲とマズルカ”というプログラム。


京都市西文化会館に行くのは初めて。位置的には阪急電車の桂駅と上桂駅の中間に位置する。上桂駅からの方が道順がわかりやすいので、乗り換えが面倒ではあるが上桂まで行くことにする。

京都市西文化会館は思ったよりも小さな建物で、ホールも予想よりずっとこぢんまりとしている。


全席自由なので、開場時間を少し過ぎた当たりに着いて座席を確保。ロビーでは子供達が大太鼓やら銅鑼やらを鳴らす“楽器体験”で遊んでいる。そういう趣向のコンサートである。子供連れも多いが来客の年齢層は幅広い。


まず京都市ジュニア・オーケストラの演奏。その前に広上淳一がマイクを手にして挨拶をする。「今日はちょっとしたことがありまして京都市交響楽団のメンバーがこんなに若くなっちゃいました」と冗談を言っていた。

京都市ジュニア・オーケストラはオーディションで選ばれた10歳から22歳までのメンバーからなるオーケストラ。今日はホールの残響がほとんどないということも手伝ってか、弦が薄いのが少し物足りない。「ファランドール」のラストで広上は猛烈な追い込みをかけるが、弦が鳴りきっていないように感じた。

サン=サーンスの「ハバネラ」のソリスト、東珠子のヴァイオリンは線は細いが音は美しい。


後半、京都市交響楽団の演奏。ショーピースが並んでおり、盛り上がる。特に「コッペリア」の“チャルダッシュ”の迫力が凄い。
広上は「ブルータンゴ」と「新ピチカート・ポルカ」をノンタクトで指揮し、指揮台でピョンピョン跳びはねてみせる。


アンコールはヨハン・シュトラウスⅡ世の「ピチカート・ポルカ」。広上は極端な溜めを作るなど、遊びに満ちた演奏であった。

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2021年5月 7日 (金)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 ブラームス 交響曲第3番

コンセルトヘボウの公式映像。近年のブロムシュテットはノンタクトで指揮するのが基本スタイルですが、この時は指揮棒を使用しています。

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2021年5月 6日 (木)

コンサートの記(716) 川瀬賢太郎指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団第446回定期演奏会「サンクトペテルブルク/ロシア革命100年」

2017年6月2日 名古屋・栄の愛知県芸術劇場コンサートホールにて

午後6時45分から、愛知県芸術劇場コンサートホールで、名古屋フィルハーモニー交響楽団の第446回定期演奏会を聴く。今日の指揮は名古屋フィルハーモニー交響楽団指揮者の川瀬賢太郎。

「サンクトペテルブルク/ロシア革命100年」と題されたコンサートで、曲目は、吉松隆の「鳥は静かに...」、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ノア・ベンディックス=バルグリー)、ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」

神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者としても活躍する川瀬賢太郎。1984年生まれであり、主要な日本人指揮者の中では最年少である(2017年当時)。私立八王子高校音楽科を卒業後、広上淳一に師事するために東京音楽大学指揮科に進学。広上の東京音大における一番弟子的存在でもある。

吉松隆の「鳥は静かに...」。1998年に藤岡幸夫指揮マンチェスター・カメラータによって初演された作品である。この作品は最小編成では弦楽12名、最大編成では弦楽37名によって演奏されるよう指定されているが、今回は最大編成が採用されている。
吉松らしい繊細な曲であるが、ミニマルの要素を取り入れており、内容はわかりやすい。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリンソロのノア・ベンディックス=バルグリー(男性)は、2009年のエリザベート王妃国際コンクール・ヴァイオリン部門でファイナリストに入り、2014年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1コンサートマスターに就任している。
とにかく美音家である。歌い回しなどにも個性があるが、音の美しさが何より印象的だ。
名古屋フィルであるが、弦楽は「渋い」といえば聞こえはいいが、東京や関西のオーケストラに比べると音の輝きが十分に出ていないように思う。
木管は音の通りも良く、堅調。金管はトランペットが第1楽章では不安的であった。

ベンディックス=バルグリーのアンコール演奏は、J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタより“ラルゴ”。これも美演であった。

ショスタコーヴィチの交響曲第12番「1917年」。今日はこれを聴くために名古屋に来たのである。
21世紀に入ってからショスタコーヴィチの交響曲がオーケストラコンサートのプログラムに載ることが増えたが、交響曲第12番「1917年」は、「駄作」という評価もあり、プログラムに載ることはまだ少ない。
今年(2017年)2月に井上道義指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の第505回定期演奏会で同曲が取り上げられ、ちょっとした仮説が浮かんだのでそれを確認する意味もある。

第1楽章冒頭の暗く力強い響きと旋律に続き、ブラームスの交響曲第1番第4楽章の凱歌や、第九の「歓喜の歌」のパロディーのような旋律が現れる。この旋律は全楽章を通して登場するのだが、このメロディーだけ場違いなほど砕けた印象を受ける。やはりこの妙なメロディーがこの曲を読み解く鍵だと思われる。
ただ、川瀬自身はそうした解釈は行っていないようで、皮相にすることなく音を運ぶ。
川瀬の指揮は若さを生かした勢いのあるもので、ジャンプも飛び出すなどダイナミックである。
名古屋フィルはこの曲では音の煌めき十分の演奏を行った。弦も管も安定している。
ただ、ショスタコーヴィチの交響曲第12番を演奏するには愛知県芸術劇場コンサートホールは空間が狭いようで、フォルテシモで音が飽和するところもあった。

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NHKオンデマンド 「100分de名著 『歎異抄』」

2021年4月26日

NHKオンデマンド「100分de名著 『歎異抄』」を4回連続で見る。2016年の放送。ナビゲーターは釈徹宗。
最も人気のある宗教書の一つとして知られる『歎異抄(たんにしょう)』。だが、「誤解を招く」として封印されてきた歴史があり、一般的に知られるようになったのは明治時代以降である。明治期に、清沢満之(きよざわ・まんし)、暁烏敏(あけがらす・はや)ら真宗大谷派の仏教学者が「歎異抄」の再評価を行い、特に暁烏敏は『歎異抄』を真宗の最重要書に選んでいる。今は、お東お西ともに『歎異抄』は重要視しているが、原則的にはお東(真宗大谷派)で研究された歴史の方が長い。

作者は正確には分かっていないが、常陸出身の唯円であるとされる(文章の中に唯円の名が登場するため)。ちなみに、親鸞の弟子に唯円という名の人は二人いたそうで、そこからしてややこしくなっている。

親鸞亡き後、真宗の教えはすぐに親鸞が残したものと異なる解釈が幅をきかせるようになり、それを嘆いた唯円が、「異なったことを嘆く」という意味で『歎異抄』を著した。

宗祖亡き後に、異なる意見が現れ、悶着が起こるというのは定番で、釈迦入滅後も意見が割れるのを防ぐために「結集」という、釈迦の教えを確認する会議が何度か行われたが、実際には、釈迦本人の言葉ではない経典が数多く創作され、今、日本に入ってきている経典は、そうした「理想の釈迦の言葉」を目指して創作されたものが大半である。創作というと「捏造」のようにも感じるが、自らが理想とする釈迦の言葉を、人生の伴侶とする形で歴代の人々が紡いでいったものであり、歴史的な価値がある。

だが、宗祖亡き後に、本来と異なると思われる教えが広まることに懸念を示すのも当然の心理である。真宗とは真逆の立場にある日蓮宗でもそれは起こっており、日蓮の高弟の一人であった日興は「日蓮聖人の教えが守られなくなった」として身延山を下り、大石寺を建てている。大石寺は、現在は日蓮正宗の総本山となっており、日蓮正宗は扱いとしては新宗教であるが、歴史は長い(日蓮宗富士門流からの分離)。

真宗の場合は、親鸞本人が新宗派を起こしたという考えを持っていなかったため、更にややこしくなる。
親鸞は承元の法難で越後に流罪となり(越後が流罪の国でなかったため異説もあり)、その後、関東に赴いて師である法然の教えを広め、更に深めていく。研究する上で、参考文献が必要になるのだが、当時の東国は田舎で、書籍は思うように手に入らない。そのことが親鸞が京都に戻る一因となったとされる。さて、京都に戻った親鸞であるが、東国で彼が広めた教えが様々に解釈されるようになり、侃々諤々の様相を呈する。親鸞がかつて本拠を置いていた常陸国は、筑波山があることから修験道の要地でもあり、修験道的な教えが念仏に混じるようになることは想像に難くない。ということで、親鸞は長男である善鸞(ぜんらん)を東国に送ったのだが、善鸞自身が呪術的な要素に染まるようになり、「父から自分だけが受け継いだ奥義」があると喧伝するようになる。親鸞は善鸞をやむなく義絶した。
実は善鸞は真宗出雲路派では、今も二代目に位置づけられていたりする。

実の子が教義を違えたため義絶することになった八十代の親鸞が唯円に語ったことを纏めたのが『歎異抄』である。実の子を見捨てざるを得なかったという親鸞の気持ちはおそらく反映されていると思われる。

「悪人正機説」が最も有名であるが、ここでいう「悪人」とは今でいう悪人とは異なる。
仏教というのは個人的な宗教であり、修行して解脱を目指すのが本道である。だが、日本において修行のみで生きることが出来るのは特別な立場にいる人だけである。僧侶がそうだが、実は当時の僧侶というのはある程度の身分のある人のエリートコースへの階段であり、親鸞も中級から下級の公家であるが日野氏という藤原北家の貴族の血筋に生まれている。日野氏からは後に日野重子や日野富子が生まれているが、それ以前にも足利将軍家に女子を送り込むなど、出家のための戦略に長けた家である。中級から下級であるため公家のままでは大した出世は望めないが、比叡山で僧侶になれば、あわよくば天台座主の座(今でいうと文部科学省大臣兼東京大学学長のような立場)も狙える。ということで親鸞の兄弟は全員、比叡山に入って仏道での出世を望まれるようになった。実際、親鸞の弟などはかなり出世している。
だが、親鸞は9歳で出家し、29歳まで20年間厳しい修行を行うも、一向に悟りの開ける気配を感じ取ることが出来ず、日毎比叡山を下りて六角堂に百日参詣を行う。そこで夢告を得て、吉水の法然坊源空に師事して、易行の道へと進むことになる。

修行に励まなければ極楽往生出来ないというのでは、救われるのは僧侶や僧侶になれる身分の人々だけということになってしまう。善人というのは僧侶などのことで、悪人というのはそうでない人のことである。僧侶以外は救われないという教えは仏教ではないと考えた親鸞が説いたのが、俗に言う「悪人正機説」である。自ら往生出来る人(声聞など)は自ら往生すれば良く、それが出来ない人々を救うのが阿弥陀の本願というわけである。当然といえば当然だが、西洋の「天は自ら助くる者を助く」という発想にはならない。
東国にいた頃、親鸞は貧しい人々とも積極的に接した。動物を殺して生きる猟師や漁師、当時は卑しい階級とされていた商人らが悪人と呼ばれた人々である。このような自ら往生出来ない人を救うことこそが弥陀の本願なのである。
親鸞が生きたのは激動の時代である。親鸞が生まれたのは西暦1173年であるが、その20年ほど前に保元の乱と平治の乱があり、武士階級が台頭。実は親鸞の母親は源氏出身ともいわれており、親鸞本人も武士階級の台頭や源平合戦と無縁ではなかった。戦になると武士や戦場に駆り出された庶民は人殺しをしなくてはならない。これでは往生など出来るはずもないのだが、そうした人々を救うのも阿弥陀如来の本願なのである。

こうしたことに関してはおそらく異論は出なかったであろうが、「南無阿弥陀仏と唱えれば全ては許される」などといったカトリックでいう免罪符に似た極論が出てきたため、こうした異論をたしなめるべく記されたのが『歎異抄』である。だが、極論を排して中道を行く精神が根本にあるため、どうにもフワフワとしてわかりにくいという印象を抱かせることになっている。仏教なので、点検することが一々多いのである。「どうせ救われるのだから何をしても良い」と考える「本願ぼこり」と呼ばれる極論を唱える人々が現れるのだが、「本願ぼこりは往生出来ない」という考え方もまた極論として退けられるのである。ただ、こうした考えは唯円オリジナルと見る向きもあり、それらもまた複雑さの原因となっているようである。

私自身は、五木寛之訳の『私訳 歎異抄』と光文社古典文庫から出た関西弁訳の『歎異抄』を読んでいるのだが、「理解は出来るが納得は出来ない」というのが今の立場である。

なお、ナレーションは昨年4月に亡くなった志賀廣太郎が行っており、落ち着いた語り口を楽しむことが出来る。

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2021年5月 5日 (水)

NHKBSプレミアム「2K版いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台 ベームのモーツァルト」 カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 モーツァルト 交響曲第29番、第40番&第41番「ジュピター」

2021年4月6日

録画しておいた、NHKBSプレミアム「2K版いまよみがえる伝説の名演奏・名舞台 ベームのモーツァルト」を視聴。

カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、モーツァルトの交響曲第29番、第40番、第41番「ジュピター」が演奏される。

20世紀を代表する名指揮者の一人であるカール・ベーム。晩年には日本でも大人気だったが、今現在は往事に比べると知名度を落とした感もある。

ベームは特にモーツァルトの名演奏で知られ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と交響曲全集も作成している。。モーツァルトのスペシャリストは、ブルーノ・ワルターからベームへと受け継がれたが、その後その伝統は絶えてしまっている。サー・チャールズ・マッケラスやアダム・フィッシャーのように交響曲全集を作成した指揮者もいるが、彼らは「モーツァルトも得意な指揮者」であって、十八番としているレパートリーは他にある(マッケラスならヤナーチェク、アダム・フィッシャーはハイドンやバルトークなど)。

近年はピリオド・スタイルによる刺激的なモーツァルト演奏が盛んになっているが、ベームとウィーン・フィルはそれとは対照的なロマンティックで音色の美しさを生かしたモーツァルトを奏でている。今となっては「生温い」と感じられないでもないが、こうしたスタイルによるモーツァルトにも良さはある。ベームのテンポは遅めで、モーツァルトの旋律のみならず構造の美点も明らかにしていく。指揮姿も派手ではないが安定していて、指示も分かりやすい。

交響曲第40番の第1楽章はゆったりとしたテンポであり、昨今の演奏で表される焦燥感は出ていないが、惻々とした趣の表現には優れたものがある。

今後は、ベームのようなスタイルのモーツァルト演奏はおそらく出てこないと思われるが、一時代を築いたモーツァルト演奏の記録として価値は大きい。勿論、ベームのような落ち着きの中から滲み出てくる悲哀や輝かしさを好む聴衆は今後も出てくるはずで、死去からすでに30年以上が経過しているが、新たなるファンも獲得してくことになると思われる。

「大学教授のような」と形容される温厚そうな風貌で、晩年は日本で「ベーム旋風」が起こったほどの人気指揮者であったが、性格的にはどちらかというと残忍で、ウィーン・フィルの楽団員にも嫌う人は多かったされる。若い奏者をいじめるという悪癖もあったそうだ。だがそれでもオーケストラを纏める手腕と表現力に長けたベームは、ウィーン・フィルのメンバーからも「性格はあれだけど、腕が良いから」と認められており、たびたび指揮台に上がった。

故人ということもあり、生前の性格については問うても仕方ないだろう。今は彼が残した演奏に耳を澄ますだけである。

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これまでに観た映画より(258) 山田太一原作 大林宣彦監督作品「異人たちとの夏」

2009年8月7日

DVDで日本映画「異人たちとの夏」を観る。原作:山田太一、脚色・脚本:市川森一、監督:大林宣彦。出演:風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、永島敏行、名取裕子ほか。

これまで何度も観ている映画だが、京都に来てから観るのは初めてになる。映画のあらすじは憶えていたが、細部の記憶はほとんど飛んでいた。

孤独なシナリオライターの原田(風間杜夫)の部屋に、ある日、同じマンションに住む藤野桂(名取裕子)というこれまたひどく孤独な印象を纏った女性が訪ねてくる。原田は桂を相手にしないが、直後に原田はすでに亡くなっているはずの両親(片岡鶴太郎と秋吉久美子が演じている)と出会う。幼い時に両親を亡くしていた原田は、二人の下に足繁く通うようになっていくのだが……。


山田太一の原作小説も読んでいるので、それを意識しながら観た。風間杜夫の特殊メイクはやり過ぎだろうとか、ここの部分の処理は本当にこれでいいのかだとか、不満を感じてしまったのは確かだが、映画としてはまずまずの出来だと思う。

一番ひっかかったのは、風間杜夫演じる原田英雄が独り言をいうシーン。私自身独り言というのは好きでないため自分の本で書くことはほとんどないということもあり、この独り言のシーンは芝居くさくて気になってしまった。

また、名取裕子演じる藤野桂との別れのシーンは少し甘すぎるんじゃないかと思う。私だったらここは原作の方を生かす。まあ、そういう方法を選択するのかは好き好きになるのだが。

この映画で最も好きなのは、風間杜夫が亡き父親の霊である片岡鶴太郎とキャッチボールをするシーン。日本人の男の子の多くが、幼き日の最良の記憶としても持っているものであるように思う。

そして、一人で線香花火をしているシーンの秋吉久美子はとても美しい。

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