2020年10月19日 (月)

海の写真集 横須賀・久里浜の海

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向こうに見えるのは房総半島(千葉県)である。

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2020年10月18日 (日)

これまでに観た映画より(218) 月イチ歌舞伎(シネマ歌舞伎)「三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」

2020年10月13日 MOVIX京都にて

新京極のMOVIX京都で、月イチ歌舞伎(シネマ歌舞伎)「三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと) 風雲児たち」を観る。京都市出身の漫画家、みなもと太郎の「風雲児たち・寛政編」より大黒屋光太夫の話を三谷幸喜の作・演出で歌舞伎化した作品である。出演:松本幸四郎、市川染五郎、片岡愛之助、市川猿之助、市川男女蔵、坂東彌十郎、坂東新吾、中村鶴松、大谷廣太郎、市川高麗蔵、八嶋智人、松本白鸚ほか。昨年6月に東京の歌舞伎座で収録されたものである。
歌舞伎の上演の際には尾上松也が語り手を務めたようだが、今回のシネマ歌舞伎では尾上松也は登場せず、ナレーターを務めている。原作者であるみなもと太郎の絵が登場し、松也はそれに説明を付けていく。

ロシアに漂流し、女帝エカテリーナⅡ世に謁見するなど激動の人生を歩んだ大黒屋光太夫(今回の歌舞伎では松本幸四郎が演じる)。井上靖の『おろしや国酔夢譚』などでも知られているが、今回の上演では光太夫の周辺の人々にも光を当て、歌舞伎界と彼らの関連も絡めたストーリー展開がなされている。


まずみなもと太郎の筆によるオリジナルアニメと尾上松也のナレーションで「船の成り立ち」が語られ、竿から櫓、そして帆船への進化が説明される。この進化に待ったを掛けたのが徳川家康である。家康の時代には瀬戸内海などの水軍が活躍し、織田信長が鉄製の船(鉄甲船)を造設するなど、造船・海洋技術の進歩は著しかったが、家康はそれを怖れ、マスト1本だけの船の造設しか許さなくなる。しかし帆が一つしかない船は不安定であり、座礁や沈没、漂流することが増えた。伊勢・鈴鹿出身の大黒屋光太夫が船頭(ふながしら)を務める帆船・神昌丸も駿河沖で嵐に遭い、遠くアリューシャン列島アムチトカ島まで流される。

舞台は、漂流する神昌丸の船上で、占いをする場面から始まる。船親司(ふなおやじ)の三五郎(松本白鸚)が占いを行うのだが、ここから陸地までは何度占っても600里以上はある。その時には17人いた船員だが、その後次々と脱落していく。

アムチトカ島に漂着して2年。今は亡き三五郎の息子である磯吉(市川染五郎)は、ロシア語を徐々にものにしている。実は磯吉は船乗りとしての素質はからっきしであり、父親のお蔭で特に何も言われてこなかったが、父亡き今では重荷扱いされていたことを知る。だが、語学の才能を見込まれ、その後、大活躍するようになっていく。
アムチトカ島にロシアの船が近づいてくる。だが、嵐の中、突如右往左往するようになる。立派な船であるが、どうも乗組員が「嵐」というものの存在を知らないようで、帆をたたむことがない。結局、ロシアの船は沈没してしまうのだが、光太夫一行は沈没したロシア船を材料に船をこしらえ、旅へと出る。カムチャッカ半島に到着した一行は帰国の手段を求めて更にオホーツク、ヤナーツク、イルクーツクに到る。イルクーツクでは庄蔵(市川猿之助)が凍傷を患い、左足を切断することになる。イルクーツクでスウェーデン系フィンランド人のキリル・ラックスマン(八嶋智人)と出会った光太夫は、ラックスマンが親しくしているロシアの女帝、エカテリーナⅡ世(市川猿之助二役)に謁見することが決まる。光太夫はエカテリーナⅡ世、更に時の権力者ポチョムキン(松本白鸚二役)の前で帰国を願い出るのだが、ポチョムキンからは「生活は保障するのでロシアに留まるよう」命令される。ロシアに関する様々な知識や情報を仕入れていた光太夫をポチョムキンは危険視していたのだった。


歌舞伎の様式を巧みに取り入れてはいるが、劇の展開や演技様式などは現代歌舞伎からも外れたものになっており、三谷幸喜が表現したいことを行い、たまたまそれが歌舞伎であったという印象も受ける。ただ、「これが歌舞伎」という制約は現代にあってはむしろ邪魔になるため、表現第一は正解ということになるのかも知れない。そもそも三谷幸喜にコテコテの歌舞伎を望んでいる人が多いとも思えない。

次々と仲間達が脱落していく中で、「生と死を分けるものは何か」についての考察が述べられるシーンがある。今生きている者は「死ぬことを考えていない者」であり、そうでない者は日本へ帰るという希望を失っていた者だと。
これには大河ドラマ「真田丸」のラストとの繋がりを見出すことも出来る。それだけに「真田丸」で茶々(淀殿)を演じていた竹内結子の死が余計に悲しくなるのだが。三谷さんのメッセージも彼女には届かなかったということなのだろうか。

イルクーツクで光太夫は様々な人と出会い、自分の体験を面白おかしく話して聞かせるようになる。この頃には光太夫もロシア語を話せるようになっており、ちょっとした人気者になっていたのだが、新蔵(片岡愛之助)や庄蔵は、「見世物になるのがそんなに楽しいか」と光太夫の行動に不信感を抱いている。だが光太夫は、「これまで会った人の誰が日本への帰国に繋がるかわからない」「これまでお世話になったロシアの人々に報いたい」「そのためなら喜んで見世物になるさ」との考えを述べる。これは歌舞伎役者の意気込みを連想させるもので、三谷幸喜も意図的にこうしたセリフを挟んでいるのだと思われる。

光太夫がポチョムキンに対して語る愛国心も、伝統芸能の担い手として語っていると考えると感慨深い。そしてアメリカのコメディーに憧れ、作品にアメリカを始めとする洋画の要素を取り入れ、新作でもシットコムを手掛けている三谷幸喜が、決してアメリカ人になりたいわけでもアメリカで活躍したいわけでもなく、こうして日本で最良のものを作ることに誇りを持っていることが窺えるシーンでもある。

あらゆる表現に長けた歌舞伎俳優を使って、10年にも渡る悲喜こもごもの壮大な叙事詩が描かれるわけだが、ラストでも三谷は人間への信頼を語っている。あるいは神よりも偉大かも知れない人類とその想像力に対するさりげない賛美がいかにも三谷幸喜らしくもある。

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2020年10月17日 (土)

観劇感想精選(359) 「ゲルニカ」

2020年10月10日 京都劇場にて観劇

午後6時から、京都劇場で「ゲルニカ」を観る。作:長田育恵(おさだ・いくえ。てがみ座)、演出:栗山民也。栗山民也がパブロ・ピカソの代表作である「ゲルニカ」を直接観た衝撃から、長田に台本執筆を依頼して完成させた作品である。出演:上白石萌歌、中山優馬、勝地涼、早霧せいな(さぎり・せいな)、玉置玲央(たまおき・れお)、松島庄汰、林田一高、後藤剛範(ごとう・たけのり)、谷川昭一郎(たにがわ・しょういちろう)、石村みか、谷田歩、キムラ緑子。音楽:国広和毅。

上白石姉妹の妹さんである上白石萌歌、関西ジャニーズ所属で関西テレビのエンタメ紹介番組「ピーチケパーチケ」レギュラーの中山優馬、本業以外でも話題の勝地涼、京都で学生時代を過ごし、キャリアをスタートさせた実力派女優のキムラ緑子など、魅力的なキャスティングである。

ピカソが代表作となる「ゲルニカ」を描くきっかけとなったバスク地方の都市・ゲルニカでの無差別爆撃に到るまでを描いた歴史劇である。当然ながらスペインが舞台になっているが、コロナ禍で明らかとなった日本の実情も盛り込まれており、単なる異国を描いた作品に終わらせてはいない。

京都劇場のコロナ対策は、ザ・シンフォニーホールでも見た柱形の装置による検温と京都府独自の追跡サービスへのQRコード読み取りによる登録、手指の消毒などである。フェイスシールドを付けたスタッフも多い。前日にメールが届き、半券の裏側に氏名と電話番号を予め書いておくことが求められたが、メールが届かなかったり、チェックをしなかった人のために記入用の机とシルペン(使い捨て用鉛筆)が用意されていた。客席は左右1席空け。京都劇場の2階席は視界を確保するために前の席の斜交いにしているため、前後が1席分完全に空いているわけではないが、距離的には十分だと思われる。

紗幕が上がると、出演者全員が舞台後方のスクリーンの前に横一列に並んでいる。やがてスペイン的な手拍子が始まり、今日が月曜日であり、晴れであること、月曜日にはゲルニカの街には市が立つことがなどが歌われる。詩的な語りや文章の存在もこの劇の特徴となっている。

1936年、スペイン・バスク地方の小都市、ゲルニカ。フランスとスペインに跨がる形で広がっているバスク地方は極めて謎の多い地域として知られている。スペインとフランスの国境を挟んでいるが、バスク人はスペイン人にもフランス人にも似ていない。バスク語を話し、独自の文化を持つ。

バスク地方の領主の娘であるサラ(上白石萌歌)は、テオ(松島庄汰)と結婚することになっていた。サラの父親はすでになく、男の子の残さなかったため、正統的な後継者がこれでようやく決まると思われていた。しかし、フランコ将軍が反乱の狼煙を上げたことで、スペイン全土が揺るぎ、婚礼は中止となる。教会はフランコ率いる反乱軍を支持し、テオも反乱軍の兵士として戦地に赴く。当時のスペイン共和国(第二共和国。スペインは現在は王政が復活している)では、スペイン共産党、スペイン社会労働党等の左派からなる親ソ連の人民戦線が政権を握っており、共産化に反対する人々は反乱軍を支持していた。フランコはその後、世界史上悪名高い軍事独裁政権を築くのであるが、この時には人々はまだそんな未来は知るべくもない。
反共の反乱軍をナチス・ドイツ、ファシスト党政権下のイタリア、軍事政権下のポルトガルが支持。日露戦争に勝利した日本も反乱軍に武器などを送っている。一方、左派の知識人であるアメリカのアーネスト・ヘミングウェイ、フランスのアンドレ・マルロー、イギリスのジョージ・オーウェルらが共和国側支持の一兵卒として参加していたこともよく知られている。
バスクは思想によって分断され、ゲルニカのあるビスカヤ県は多くが人民戦線を支持する共和国側に立ち、1936年10月、共和国側は、バスクの自治を認める。だが翌1937年4月26日、晴れの月曜日、反乱軍はゲルニカに対して無差別爆撃を行った。市民を巻き込んだ無差別爆撃は、これが史上初となった。当時、パリにいたピカソは怒りに震え、大作「ゲルニカ」の制作を開始する。

 

サラの母親であるマリア(キムラ緑子)は、サラがテオと結婚することで自身の家が往年の輝きを取り戻せると考えていた。バスクは男女同権の気風が強いようだが、家主が女では見くびられたようである。しかし、内戦勃発により婚礼を済まさぬままテオは戦場へと向かい、マリアの期待は裏切られる。その後、サラはマリアから自身が実はマリアの子ではないということを知らされる。今は亡き父親が、ジプシーとの間に生んだ子がサラだったのだ。サラはマリアの下から離れ、かつて料理番として父親に仕えていたイシドロ(谷川昭一郎)の食堂に泊まり込みで働くことを決める。


一方、大学で数学を専攻するイグナシオ(中山優馬)は、大学を辞め、共和国側に参加する意志を固めていた。イグナシオはユダヤ人の血を引いており、そのことで悩んでいた。田園地帯を歩いていたイグナシオはテオとばったり出会い、決闘を行う格好になる。結果としてテオを射殺することになったイグナシオは、テオの遺品である日記に書かれたサラという名の女性を探すことになる。

イシドロの食堂では、ハビエル(玉置玲央)やアントニオ(後藤剛範)らバスク民族党の若者がバスクの誇るについて語るのだが、樫の木の聖地であるゲルニカにバスク人以外が来るべきではないという考えを持っていたり、難民を襲撃するなど排他的な態度を露わにしていた。

一方、従軍記者であるクリフ(イギリス出身。演じるのは勝地涼)とレイチェル(パリから来たと自己紹介している。フランス人なのかどうかは定かでない。演じるのは早霧せいな)はスペイン内戦の取材を各地で行っている。最初は別々に活動していたのだが、フランスのビリアトゥの街で出会い、その後は行動を共にするようになる。レイチェルはこの年に行われた「ヒトラーのオリンピック」ことベルリン・オリンピックを取材しており、嫌悪感を抱いたことを口にする。
レイチェルが事実に即した報道を信条としているのに対し、クリフはいかに人々の耳目を引く記事を書けるかに懸けており、レイチェルの文章を「つまらない」などと評する。二人の書いた記事は、舞台後方のスクリーンに映し出される。

イグナシオからテオの遺品を受け取ったサラは、互いに正統なスペイン人の血を引いていないということを知り、恋に落ちる。だがそれもつかの間、イグナシオには裏の顔があり、入隊した彼はある密命を帯びてマリアの下を訪ねる。それはゲルニカの街の命運を左右する任務であった。マリアは判断を下す。

 

ゲルニカの悲劇に到るまでを描いた歴史劇であるが、世界中が分断という「形の見えない内戦」状態にあることを示唆する内容となっており、見応えのある仕上がりとなっている。

新型コロナウイルスという人類共通の敵の出現により、あるいは歩み寄れる可能性もあった人類であるが、結局は責任のなすりつけ合いや、根拠のない差別や思い込み、エゴイズムとヒロイズムの暗躍、反知性主義の蔓延などにより、今置かれている人類の立場の危うさがより顕著になっただけであった。劇中でクリフが「希望」の残酷さを語るが、それは今まさに多くの人々が感じていることでもある。

クリフはマスコミの代表者でもあるのだが、センセーショナルと承認を求める現代のSNS社会の危うさを体現している存在でもある。
報道や情報もだが、信条や矜持など全てが行き過ぎてしまった社会の先にある危うさが「ゲルニカ」では描かれている。

ゲルニカ爆撃のシーンは、上から紗幕が降りてきて、それに俳優達が絡みつき、押しつぶされる格好となり、ピカソのゲルニカの映像が投影されることで描かれる。映像が終わったところで紗幕が落ち、空白が訪れる。その空白の残酷さを我々は真剣に見つめるべきであるように思われる。

劇はクリフが書き記したゲルニカの惨状によって閉じられる。伝えることの誇りが仄見える場面でもある。

 

姉の上白石萌音と共に、今後が最も期待される女優の一人である上白石萌歌。薩摩美人的な姉とは違い、西洋人のような顔と雰囲気を持つが、姉同様、筋の良さを感じさせる演技力の持ち主である。

 

関西では高い知名度を誇る中山優馬も、イグナシオの知的で誠実な一面や揺れる心情を上手く演じていた。

 

万能女優であるキムラ緑子にこの役はちょっと物足りない気もするが、京都で学生時代を過ごした彼女が、京都の劇場でこの芝居を演じる意味は大いにある。ある意味バスク的ともいえる京都の街でこの劇が、京都に縁のある俳優によって演じられる意味は決して軽くないであろう。

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2020年10月16日 (金)

これまでに観た映画より(217) 「ロゼッタ」

2006年3月23日

DVDで映画「ロゼッタ」を観る。ベルギー=フランス合作。ジャン=ピエール・ダルデンヌ&リュック・ダルデンヌ兄弟監督作品。

キャンピングカーで暮らす少女・ロゼッタ。母親は酒に溺れどうしようもない。働きに出ていたロゼッタはいきなり解雇される。その後、仕事を探すが全く見つからず、やっと見つけたワッフル屋での仕事は帰ってきた店長の息子に奪われてしまう。苛立ちが募り……。

ロゼッタの苛立ちが画面全体から伝わってくる作品である。自己と社会へ向けられたどうしようもない焦燥感。ダルデンヌ兄弟の作品らしくセリフは少なく、俳優は身体で感情を表現する技術を要求される。ロゼッタを演じるエミリー・ドゥケンヌは全くの新人だが、ダルデンヌ兄弟の演技指導が徹底しているのか、やるせなさを体全体で表現することに成功している。素晴らしいと思う。

焦燥感をより掻き立てるために、カメラワークはクリストファー・ドイルも顔負けするほどの疾走ぶり。またロゼッタの顔から数十センチの所にいつもカメラがあるため、役者達の感情が生でぶつかってくるような迫力があった。

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2020年10月15日 (木)

湖南ダンスカンパニー×糸賀一雄記念賞音楽祭ユニット公演「湖(うみ)の三部作 音と身体で綴る叙情詩『湖(うみ)』」

2020年10月11日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール中ホールで、湖南ダンスカンパニー×糸賀一雄記念賞音楽祭ユニットによる公演「湖(うみ)の三部作 音と身体で綴る叙情詩『湖(うみ)』」を観る。

大津や草津、守山などを中心とする滋賀県湖南地域に住む障害者と福祉施設のスタッフ、プロのダンサーが協働するパフォーマンス集団、湖南ダンスカンパニー。2004年に結成され、1年に1作ダンス作品を上演することを目標に作品を作り上げている。関西を代表するダンサーである北村成美(きたむら・しげみ。女性)がディレクターと振付を担当し、自分もリーダーとしてパフォーマンスを披露している。

湖南ダンスカンパニーのメンバーは、知的障害者が中心のようである。野洲市にあるにっこり作業所(就労継続支援B型事業所)と守山市にある螢の里(生活介護入所施設)を始めとする福祉施設に通所している方々が参加しているようだ。身体障害者による舞台作品上演は大阪の劇団態変が行っており、重複を避けるのと、身体障害者の場合はダンスはどうしても困難になることが予想される。障害としては精神障害や発達障害も上げられるが、彼らの場合は知能や身体能力が高い人も多く、その場合は障害者という枠でなく作品を作り上げられる。トム・クルーズは有名な発達障害者だが、彼の演技を障害者のものと捉える人は皆無に近いだろう。
湖南ダンスカンパニーの在籍者は総勢31名。そのうち障害のあるダンサーは24名で、7名がダンサーと福祉施設職員のようである。

演奏を担当する糸賀一雄記念賞音楽祭ユニットは、滋賀県の福祉界に多大な貢献を行った糸賀一雄の業績を讃える音楽祭に参加したミュージシャンからなる。メンバーは、小室等(歌、アコースティックギター)、坂田明(アルトサックス、クラリネット、鈴、ベル)、高良久美子(パーカッション:ビブラフォン、マリンバ、ティンパニ、シンバル、小物等)、谷川賢作(ピアノ、ピアニカ)、吉田隆一(バリトンサックス、フルート、バスフルート)と驚くほどの豪華さである。ちなみに湖南ダンスカンパニーのチケットは1000円なので、入場料を考えるとあり得ないほどの充実した演奏を聴くことが出来る。

ということもあって、チケットは完売御礼である。客席前後左右1席空けのソーシャルディスタンスフォーメーションであったが、音楽陣の充実を考えると、通常の公演だったとしても完売は必至であったと思われる。

 

今回のびわ湖ホールのコロナ対策は、サーモグラフィーによる検温とチケットを自分でもぎる、パンフレット等も自分で袋に入ったものを取るという基礎的なものである。またアナウンスで、ホール内は十分な換気が行われていることが告げられた。

 

今回の演目である、湖の三部作・音と身体で綴る叙情詩「湖」は、これまで湖南ダンスカンパニーが作り上げてきた3つのダンス作品(2017年の「うみのトリックスター」、2018年の「うみのはた」、2019年の「うみのはもん」)の一挙上演である。振付・演出:北村成美、音楽監修:小室等。

北村成美は、「なにわのコリオグラファーしげやん」という自ら名乗る愛称でも知られている。愛称で分かる通り大阪市出身だが、現在は滋賀県草津市在住である。滋賀県は新快速という高速列車によって京都府や大阪府と繋がっており、京都や大阪への通勤通学も十分可能で、「滋賀府民」という言葉も存在する。北村成美自身の公演は大阪で行われることが多いが、草津市から大阪市は新快速に乗ればすぐである。
高校卒業後、アルバイトをして貯めた資金でロンドンに留学。ロンドン・ラバン・センターで学んだ。帰国後はダンスユニットを結成したが、破産により解散。以後はソロダンスを中心に活躍中である。結婚を機に大阪から草津に移住。平成22年に滋賀県文化奨励賞受賞。

 

作品構成は、
オープニング(夜明け前) 「湖の波紋」(作曲:谷川賢作)

うみのはもん

うみのはた 「希望について私は書きしるす」(作詞:谷川俊太郎、作曲:小室等)

シエスタ(昼下がり) 「木を植える」(作詞:谷川俊太郎、作曲:小室等)、「ON THE TEPPEN」(演奏:高良久美子)、「星の灯は彼女の耳を照らす」(作曲:吉田隆一)、「かすかなほほえみ」(編曲:谷川賢作 Inspired by ほほえむちから)、「ほほえむちから」(作詞:谷川俊太郎、作曲:小室等)

うみのトリックスター 「Dance」 (作詞・作曲:坂田明)

真夜中 「翼」(作詞・作曲:武満徹)、「ぶっきらぼうのほほえみ」(編曲:谷川賢作 Inspired by ほほえむちから)、「くーらんぷ」(作曲:谷川賢作)

フィナーレ

 

舞台上の出演者だけではなく、舞台後方のスクリーンに映った映像内でのパフォーマンス、また映像と音楽のセッションなどもある。

 

知的障害者ということで、そんなに器用に踊れるわけではないが、以前は知的障害者というと単純作業のみを行うというイメージであり、びわ湖ホールのような第一級の劇場のステージで、日本を代表するミュージシャン達とダンスを行うことなど想像の埒外にあった。それが実現しているということだけでも結構凄いことだと思える。しかも1回きりでなく継続してである。

知的障害があるから全員ダンスが拙いというわけでもなく、中には創造的でキレのあるダンスをする人もいる。坂田明がそのダンサーの動きに合わせてサックスを吹く場面もあったが、面白いものになっていたように思う。

前半はダンサーと他のメンバーが同じ動きをするものも多かったが、休憩を挟んで後半は、ダンサーと他のメンバーがそれぞれに表現することも多くなる。木枠を使っての表現もあるが、自由度は増していく。

武満徹の「翼」が最初はインストゥルメンタルで演奏され、その後、小室等のボーカルによって再度登場する。フォーク「死んだ男の残したものは」や映画の主題歌「燃える秋」などでも知られる武満徹であるが、ポップスの部門でヒットらしいヒットを飛ばしたことはない(武満自身、「ユーミンのCDは200万枚も売れるのに、僕のCDは2万枚も売れない」と語ったことがある)。だがその純度の高さは売り上げで測られる音楽とは別の次元にあるものであり、今回のような公演には最高にマッチする。

フィナーレでは、糸賀一雄生誕100年記念として、谷川俊太郎の作詞、小室等の作曲で制作された「ほほえむちから」が再度演奏され、舞台と客席が一緒になって盛り上がる。

障害者が絡むとどうしても一方的な「感動」を押しつけられることが多くなるのだが、大切なのはそうではなく、一体感を得ることなのだということを実感する。こうして同じ場所と時間を共有する体験こそが、歴史的文化的背景を超えた根源的なものへと我々を導いていくのだ。

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2020年10月14日 (水)

美術回廊(58) 京都文化博物館 特別展「舞妓モダン」

2020年10月8日 三条高倉の京都文化博物館にて

三条高倉の京都文化博物館で行われている特別展「舞妓モダン」を観る。
舞妓を描いた絵画を中心とした展覧会である。
京都以外の人は案外知らなかったりするのだが、舞妓というのは芸妓になるための見習い期間を指す言葉であり、「半人前」である。それがいつの間にか芸妓よりも注目されるようになっている。
私が子どもの頃に、京都出身にして在住の推理小説家であった山村美紗が舞妓が探偵役を務めるシリーズを書いてヒットにつなげており、テレビドラマ化などもされたため、この時点で舞妓がすでに人気だったことがわかるのだが、その後、宮川町が芸妓ではなく舞妓を前面に押し出す戦略を始め、宮川町が後援する舞妓を題材とした映画がいくつか作られている。
その後、それとは全く無関係に周防正行監督の「舞妓はレディ」も制作されるなど、初々しさが売りの舞妓は京都の象徴であり続けている。

舞妓は今では「半人前」ということで髪型や衣装も芸妓とは異なっているが、江戸時代以前にはそうした区別はなかったそうで、往時の絵では描かれているのが舞妓なのか芸妓なのか判然としないそうである。

江戸時代から明治初期までに描かれた舞妓はいわゆる「江戸美人」の名残を残しており、細いつり目の瓜実顔であり、今の「美人」や「可愛い」とは大分基準が異なる。美人芸妓として知られた江良加代を描いた絵と彼女の写真も展示されているが、今の時代であっても彼女が売れっ子になれたかというとかなり怪しくなってくる。

昭和6年(1931)に行われた都をどりの映像が流れている。昭和6年というと、関西では大阪城天守閣の再建(正確に書くと「新たなデザインによる建設」となる)がなった年として重要だが、松の廊下事件から230年目ということで、「忠臣蔵」を題材とした演目で都をどりが行われたようである。今でも美人で通用する人と難しいかも知れない人の両方が映っているが、昭和初期であっても今と美人の基準が異なっているのは映画スターの顔を見ればわかり、今の基準で美人の子が当時も人気だったかどうかは分からない。全ては無常で移り変わっていくのである。

「つり目の舞妓」が、黒田清輝の絵画(明治29年に描かれたもの。なお、後期からは重要文化財に指定されている黒田の「舞妓」という作品が展示される予定である)から一気に変わる。キュレーターがそういう絵を選んだという可能性もあるのだが、展示された黒田清輝の絵に登場する舞妓はつり目ではなく、フラットというかナチュラルな表情をしている。日本における美人の基準が年を経れば経るほど西洋の美女に似てくるというのはよくいわれることであり、現代でもハーフタレントなどは大人気であるが、黒田清輝が舞妓の絵を描いたのはフランスへの留学を終えて帰国した後であり、あるいは当時の一般的な日本人とは違った美意識を持っていたかも知れない。異国への留学を経て帰ってきた黒田であるが、京都の舞妓にむしろ外国人以上に外国的なものを見出したことが記されている。

山があり、川が流れ、田園が広がるという景色が日本の原風景だとすると、大都市は明らかに「非日本的」な要素を多く持つことは自明であるが、ご一新の世にあっても大都市の中では日本らしさを守り続けた京都は明治時代においてすでに異国的であり、年を経るにつれ、様々な時代の建造物や価値観が渾然一体となって、いうなれば「日本的要素を凝縮しすぎたが故に却って異国的」となっていく。芸妓・舞妓はその象徴ともいえる。誤解を怖れずにいえば、彼女達は異人なのだ。特に舞妓は、華麗な衣装を纏ってはいるが半人前というアンバランスさを持っており、そこに一種の儚さやこの世ならぬものが見出されていく。

京都画壇を代表する画家である竹内栖鳳は、舞妓の「不自然さ」について書いている。竹内によると舞妓はその仕草からして不自然であり、往時は9歳から舞妓になれたということで、幼い顔や肉体とその優美な着物が不一致であるとしている。

大正時代に入ると長田幹彦が書いた祇園を舞台とする小説がヒットし、大正を代表する美人画家である竹久夢二が長田とコラボレーションを行うようになる。夢二が描く舞妓はいかにも夢二的なものである。絵としては正直弱いと思うが、大衆受けはとにかく良かったため、祇園の知名度を上げることには大いに貢献したであろうことが想像される。

舞妓という存在の不可思議性を追求する画家はその後も登場しており、速水御舟が描いた一見グロテスクな「京の舞妓」(大正9年。この作品は前期のみの展示)は、その特異性に光を当てていると見ることも出来る。ちなみにこの作品は、「悪趣味だ」として、横山大観を始めとする多くの画家から酷評されたそうである。

岡本神草の「口紅」(大正7年。この作品も前期のみの展示)も、舞妓を泉鏡花の小説に出てきそうなあだっぽい存在として描いたものであり、問題視されたそうである。

勿論、舞妓が持つそのものの魅力を描く画家もおり、「舞妓モダン」のポスターに使われている北野恒富の「戯れ」は青紅葉とカメラを持った舞妓の横顔を描いており、瑞々しさが強調されている。

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だが、その後もデフォルメは続き、下村良之介が昭和55年に描いた「たこやき」などは可憐な舞妓のイメージから最もかけ離れたものになっている。

その他にも、一見、可憐な舞妓に見えるが、よく見えると目が白人風だったりと、「別世界の女性」としての舞妓を描く作品は多い。

舞妓と呼ばれるのは芸妓になる前の5年ほどの歳月である。可憐にして奇妙な仕組みの住人となるこの短い日々を、画家達は常識的でない視点で切り取っている。

 

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小沢健二+筒美京平 「強い気持ち・強い愛」

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2020年10月12日 (月)

観劇感想精選(358) 近松劇場パート20ファイナル わかぎゑふ作・マキノノゾミ演出「夢のひと」

2006年3月20日 吹田メイシアター中ホールにて観劇

阪急吹田駅前にある吹田メイシアター中ホールで、近松劇場パート20ファイナル「夢のひと」を観る。近松劇場とは、吹田メイシアターが、近松門左衛門の戯曲を関西の有名劇作家が現代風にアレンジした作品の上演を毎年続けてきたもので、今年で20年目を迎えた。そして今回がラストとなる。

ファイナルを飾る「夢のひと」は近松の特定の作品をアレンジしたものではなく、わかぎゑふによるほぼオリジナルの作品。
舞台は女郎屋であり、当初わかぎは、「心中ものを書こう!」と思っていたが、けっきょくは「死ぬ人の物語ではなく、生きぬく人の話に」なった(パンフレットに書かれた、わかぎゑふの文章より)。

ファイナルということで、今回は、かつての関西小演劇会を代表する俳優であり、現在は東京を本拠地に、テレビ、映画、舞台などで活躍する升毅を主演俳優に、東京の北区つかこうへい劇団から木下智恵をヒロインに迎え、吹田メイシアター中ホールでの上演となった(これまでは小ホールでの上演であった)。演出は、劇団M.O.P.のマキノノゾミ。

昭和初期。大阪にある女郎屋の「梅川」に、久我山陽一郎(升毅)という三越の社員がなぜか住み着いていた。ある日、「梅川」に上田千代(木下智恵)という広島出身の若い女が売られてくる。夜中、陽一郎が「梅川」に帰ってくると、彼を泥棒と勘違いした千代が火鉢を手に出ていくよう迫る。その勘違いが、陽一郎と千代との出会いであった……。

物語はわかりやすく、きちんとしている。余計と思われるストーリーもあるが、それも一興。くさいセリフと演技によるシーンがあるのも一興。くさいセリフも良い俳優が言うと格好良く聞こえるのだから不思議だ。

ただ、何かが足りなくて、何かが多すぎるような気もする。バランスが微妙に悪いのだ。2時間10分ほどの公演だったが、陽一郎と千代がメインの恋愛話になるまでに1時間半近くを要したのが、あるいはバランスの悪さを感じさせた一因なのかも知れない。

マキノ演出とわかぎ脚本の相性はそれほど良くないのかも知れないが、役者は総じて高レベルであった。

明日は、ワールド・ベースボール・クラシックの決勝戦であり、升毅が王ジャパンへの期待を語った。

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2020年10月11日 (日)

これまでに観た映画より(216) 「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」

2020年10月6日 姉小路烏丸・新風館地下のアップリンク京都にて

アップリンク京都でブラジル映画「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」を観る。ブラジル出身のピアニスト・指揮者のジョアン・カルロス・マルティンス(1940- )の人生を描いた映画である。劇中で響くピアノの演奏は、ジョアン・カルロス・マルティンス自身が録音した音源が用いられている。
監督・脚本:マウロ・リマ。出演:アレクサンドロ・ネロ、ダヴィ・カンポロンゴ、アリーン・モラエス、フェルナンダ・ノーブルほか。ブラジルのみならず、ウルグアイやアメリカなどでのシーンもあるため、ポルトガル語、スペイン語、英語の3種類の言語が劇中で飛び交う。

リオデジャネイロ・パラリンピックの開会式でブラジル国歌をピアノで弾いたことで注目を浴びたジョアン・カルロス・マルティンス。だが実際は若い頃から期待されていたピアニストだった。彼の不注意によるところも大きいのだが、怪我によってキャリアが順調に行かず、近年は指揮者として活躍している。
邦題は「マイ・バッハ 不屈のピアニスト」であるが、実際にはバッハ以外の楽曲も多く演奏されており、タイトルとして余り適当でないように思われる(原題は「ジョアン ア マエストロ」)。

「20世紀最も偉大なバッハ奏者」といわれたこともあるジョアン・カルロス・マルティンス(ただ、個人的にはこうした肩書きを持つピアニストは見たことはない。「20世紀最も偉大なバッハ奏者」というとグレン・グールドを思い浮かべる人が多いだろうし、ブラジル出身のバッハ弾きとしては「第二のグレン・グールド」とも呼ばれたジャン・ルイ・ストイアマンの方が有名である)。

サンパウロに生まれたマルティンスは子どもの頃に女性のピアノ教師に教わり始めるが、想像を絶する速さで楽曲をものにしてしまい、彼女が推薦する更に有能なピアノ教師の下で学ぶことになる。その神童ぶりはブラジル中を沸かせ、祖国の英雄的作曲家であるヴィラ=ロボスからも賞賛される。ウルグアイとアルゼンチンを経て(それまでのストイックな生活の反動でウルグアイの首都モンテビデオでは売春宿に泊まって遊びほうけたりしている)アメリカデビューも成功。リストを得意としたヴィルトゥオーゾピアニストであるホルヘ・ボレットが「弾けない」として降りたヒナステラのピアノ協奏曲に挑んで成功し、アメリカで契約を結んで移住。レナード・バーンスタインなどアメリカ最高の音楽家とも知遇を得、妻子にも恵まれて順調に思えた人生だったが、サッカーの練習に飛び入りで参加した際に余り整地されていないグラウンドで転倒し、右肘に裂傷を負う。そしてこれが原因で右手の指が上手く動かなくなってしまう。ヴィルトゥオーゾタイプであっただけに深刻な怪我だったが、リハビリや十分な休養などを取ることでピアニストとしての生活に戻ることが出来るようになる。一方で、妻子には去られた。
その後、バッハ作品のレコーディングにも力を入れたマルティンスであるが、ブルガリアでのレコーディングを行っている時に路上で暴漢に襲われ、頭を負傷したことで右手に繋がる神経の働きが弱まってしまう。会話のための回路を右手の動きのために譲り渡すことでなんとか演奏を続け、最終的には左手のピアニストとしてラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲などを弾いて聴衆を沸かせたが、左手にも異常が見つかるようになり、指揮者へと転向する。自身よりずっと年下の指揮者に師事し、バトンテクニックを身につけようとする様も描かれている。

 

存命中のピアニストの伝記映画であるが、神格化することなく「不完全なところ」を結構描いていることにまず好感が持てる。神童から名ピアニストへという成長過程を見ることになるのだが、嫌みな感じに見えないのはマルティンスが感じさせる人間くささが大きいと思われる。これにより単なる「いい話」から免れている。
怪我などを繰り返したピアニストということで、我々は成長過程を「子どもから大人へ」の1度切りではなく何度も確認することになる。一度はピアニストを諦め、他の職業や音楽関係のマネージメントへと回るも執念で復帰し、その後も不運は続くが音楽への情熱を捨てることがないマルティンスの姿勢にはやはり勇気づけられるものがある。

ちなみに映画公開後であるが、マルティンスがバイオニック技術が生んだ「魔法の手袋」を使って両手でピアノを弾く様が公開され(マルチェッロのオーボエ協奏曲より第2楽章をバッハが鍵盤楽器用に編曲したバージョンが弾かれている)、感激しながら演奏するマルティンスの姿が大きな反響を呼んでいるようである。

 

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2020年10月10日 (土)

これまでに観た映画より(215) 生誕100年フェデリコ・フェリーニ映画祭より「道」

2020年10月8日 京都シネマにて

京都シネマで行われている、生誕100年フェデリコ・フェリーニ映画祭最終日の「道」を観る。

イタリアを代表する映画の巨匠、フェデリコ・フェリーニ。前衛作として知られる「8 1/2(「はっかにぶんのいち」。我々の世代の読み方だと「はちとにぶんのいち」)」なども観ておきたかったのだが日程が合わず、最終日の「道」だけはなんとか観ることが出来た。

フェリーニの代表作で、知名度は最も高いと思われる「道」。ニーノ・ロータによるテーマ音楽も極めて有名である。1954年制作のモノクロ作品。製作:カルロ・ポンティ。
出演:アンソニー・クイン、ジュリエッタ・マシーナ、リチャード・ベイスハートほか。

ジュリエッタ・マシーナはフェデリコ・フェリーニ夫人である。夫婦仲は極めて良好だったようで、1993年にフェリーニ監督が亡くなった際、体を支えられながら身も世もないといった風に悲嘆に暮れるジュリエッタ・マシーナの姿をカメラが捉えており、コメンテーターが、「これ、大丈夫なんですか?」と発言していたことが記憶に残っている。フェリーニ監督を失ったことは心身共にこたえたようで、その5ヶ月後にジュリエッタ・マシーナも後を追うように肺がんで亡くなっている。


海辺のシーンから映画は始まる。軽度の知的障害を抱えているジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)が海辺を歩いていると、子ども達がジェルソミーナの姉であるローザが亡くなったということを告げに来る。ローザは大道芸人であるザンパノ(アンソニー・クイン)の助手をしていたのだが、ジェルソミーナが後任としてザンパノと共に旅をするようになる。それまで仕事が出来ずにふらふらとしていたジェルソミーナの旅立ちに母親は複雑な態度を取る。

最初と最後が海のシーンというのも実は意味がありそうである。


見るからに粗暴そうなザンパノだが、ジェルソミーナにも体罰を行う。一度はザンパノの下から逃げ出すジェルソミーナ。ローマでジェルソミーナは綱渡りを得意とし、小型ヴァイオリンを弾く若い男(本名不明。「イル・マッド」=「気狂い」「キジルシ」というあだ名で呼ばれている。演じるのはリチャード・ベイスハート)と知り合う。自らの不器用さを嘆くジェルソミーナに男は、「全ての物事には関係がある」「例えばこの小石にだって存在意義がある。それが何かは今すぐにはわからないけれど」と語り、励ますのだった。しかしこの男がザンパノをからかい続けたことから刃傷沙汰寸前まで行ったため、二人ともサーカス団から追い出されることに。
サーカス団や若い男からの誘いを断り、ジェルソミーナはザンパノに同行することを選んだ。
辛い日々を過ごすジェルソミーナであったが、そこにささやかな幸せを見出してもいた。誰からも相手にされなかった自分が助手として金銭を稼ぐことが出来ている。だが、若い男とザンパノが再会してしまったことから全てが狂っていく……。

極めて孤独な(ザンパノが酒場で、「友達なんていない!」と叫ぶ場面がある)その日暮らしの旅芸人の哀感を描いた作品であり、不器用にしか生きられない男女の袋小路的なやるせなさが伝わってくる。ただ当人にとっては実はそうではないのかも知れないと思わせる部分もあり、単なる「悲劇」に終わっていない。それが「名画」として長く評価されている理由の一つなのだと思われる。

ジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナがとても魅力的である。劇中でも言われ、また多くの評論で一致しているように美人ではないが、それを補って余りある愛嬌が溢れんばかりに発揮されている。

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