2020年1月25日 (土)

コンサートの記(619) 室内オペラ「サイレンス」(アレクサンドル・デスプラ&ソルレイによる室内オペラ)

2020年1月18日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後6時から、ロームシアター京都サウスホールで、室内オペラ「サイレンス」を観る。川端康成の短編小説「無言」のオペラ化である。無料パンフレットには「アレクサンドル・デスプラ&ソルレイによる室内オペラ」と書かれている。台本・作曲・指揮:アレクサンドル・デスプラ、台本・演出・音楽監督・ビデオ演出:ソルレイ、舞台美術:シャルル・シュマン、衣装:ピエール・パオロ・ピッチョーリ。演奏は、アンサンブル・ルシリン。出演は、ロマン・ボクレー(バリトン)、ジュディット・ファー(ソプラノ)、ロラン・ストケール(語り。コメディ・フランセーズ所属)。フランス語での上演、字幕付きである。

作曲のアレクサンドル・デスプラは、映画音楽の作曲家である。「英国王のスピーチ」や「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」、「グランド・ブダペスト・ホテル」などの音楽を手掛けており、グラミー賞、ゴールデングローブ賞、アカデミー賞作曲賞などを受賞している。
ソルレイ(本名はドミニク・ルモニエ)は、ヴァイオリン演奏、舞台演出、ビデオ演出などを手掛けている女性で、デスプラの公私にわたるパートナーである。2015年に脳疾患を患うも復帰している。「サイレンス」には自身の闘病経験が反映されているという。

演奏を担当するアンサンブル・ルシリンは、ルクセンブルクを拠点とする現代音楽アンサンブル。2014年に初来日して、細川俊夫の「大鴉―メゾ・ソプラノと12の奏者のためのモノドラマ」の初演を手掛けている。

富子役のジュディット・ファーは、アムステルダム音楽院に学び、2011年にオランダ国立オペラアカデミーに入団。ベルギーのモネ劇場やフランスのエクサンプロバンス音楽祭、ルクセンブルク大劇場などで出演を重ねているという。

三田役のロマン・ボクレーは、リヨン国立高等音楽・舞踊学校を優秀な成績で卒業し、リヨン国立歌劇場で学ぶ。世界各地の国際大会で優秀な成績を収め、ハンガリーのARMEL国際オペラコンクールでは優勝に輝いている。

語りのロラン・ストケールは、1973年、フランス・オトマイヌ生まれ。ジェラール・フィリップのアトリエで学び、パリの国立演劇院でも研鑽を積む。ソルボンヌ大学では現代文学を学び、2001年にコメディ・フランセーズに入団。2004年に正団員に昇格し、ルコックシアターなどにも参加しているそうである。

 

アンサンブル・ルシリンは、ステージの後方での演奏。その上にあるスクリーンにソルレイが監督した映像が投影される。

 

アレクサンドル・デスプラの音楽は、武満徹や黛敏郎、西村朗など日本を代表する作曲家の作風を巧みに取り入れ、更に仏教音楽の要素なども用いた「和」の現代音楽を作ることに成功している。弦楽のピッチカートやコルレーニョ奏法なども多用しており、曲調がガラリと変わる場面があるなど、多彩な音楽を生み出している。

 

鎌倉の名越に実在する「お化けトンネル(鎌倉側の名越トンネルと逗子側の小坪トンネル)」の怪談をモチーフにした話である。ここは関東屈指の心霊スポットとして有名で、トンネルの上に火葬場があり、しかも鎌倉時代の城跡で、三浦合戦の激戦地として多くの人が亡くなった場所であることから、「出る」という噂が絶えない。

逗子(川端康成終焉の地でもある)に住む老作家、大宮良房が病気を患い、話すことが出来なくなって、右半身も不随になる。左手は動くのだが、大宮はもう何も書こうとはしない。大宮の20歳年下の友人である三田が大宮の見舞いに赴く。三田はおそらく鎌倉駅からタクシーに乗って逗子の大宮邸に向かうのであるが、その際にお化けトンネルをくぐる。三田はタクシー運転手(ロラン・ストーケル)に「幽霊を見たことがあるか?」と聞き、タクシー運転手はないと答える。

大宮は妻に先立たれており、娘の富子に面倒を見てもらっている。父親の介護に専念していたため富子は魅力的な女性であるにも関わらず婚期を逸しており、その姿が三田には大宮に仕える幽霊のように映り始める。
富子は三田に、大宮が若い頃、文学志望の青年から手紙を受け取ったという話をする。しかしその手紙は次第に狂的になり、青年は精神病院の閉鎖病棟に入れられる。病棟でも執筆がしたいと望む青年だったが、ペンも鉛筆も危険だというので、青年に与えられたのは白紙だけ。青年は白紙に見えない文字を綴り続けた。と、ここまでは本当にあったことなのだが、大宮はその続きを小説にしている。青年がカタカナで綴ったと言い張る文字を母親に見せるのだが、そこには当然ながら白紙しかない。そこで母親はあたかも青年が書いた文字が見えるかのように振る舞い、二人の思い出話などを語り、息子と共に小説を共作することになるという話である。「母が語るに」という小説だったが、富子は大宮が実は自分達のことを小説に取り込んだのだと話し、文字が書けなくなった大宮が「娘が語るに」として富子の筆で小説を執筆するという構想を三田は思いつく。沈黙の大宮に三田は、左手でカタカナを書き、コミュニケーションを行うように促すのだが、次第にその沈黙には意味があるのだと確信するようになり……。

幽霊の話が富子と結びつき、幽霊のように生き続けるであろう彼女をそのままにするしかないという諦観が、上演終了後も後を引くような話である。三田が富子に恋をしたのはわかるのだが、それが進展するとも思えない。三田もまた富子に対して本音は無言としたまま過ごしていくのであろう。

今日は前から6列目の真ん真ん中ということで、歌手達の動きは見やすいのだが、字幕は舞台両端に出るため、首を動かして確認する必要がある。
字幕であるが、最初は歌詞やセリフの日本語訳が出ていたのだが、途中から地の文も字幕で語られるようになり、文学性の強い上演となる。

ロマン・ボクレーはバリトンではあるが、ハイトーンボイスも得意としており、繊細な文学青年である三田の雰囲気を上手く出している。

ジュディット・ファーは、儚げな印象の富子を雰囲気豊かに演じる。

語りとして様々な役を演じるロラン・ストーケルは、ヴォツェックのようなメイクをしており、この物語が持つ本質的な不気味さを演技でも巧みに表現していた。

 

ソルレイの映像は、トンネルのシーンでは逗子ではなくおそらく首都高のトンネルでの映像を使っており、延々と続くライトに少し違和感も感じる。三田が大宮の家を訪ねるシーンでは、読売ジャイアンツ対阪急ブレーブスの後楽園球場での日本シリーズの模様が映し出される。読売ジャイアンツの王貞治、張本勲、堀内恒夫、阪急ブレーブスの山田久志、足立光宏ら姿が確認出来る。今はYouTubeなどの映像配信サイトでも見ることの出来るものだが、時代と季節が語られており、なかなか効果的な映像であったように思う。

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2020年1月24日 (金)

コンサートの記(618) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第641回定期演奏会

2020年1月19日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第641回定期演奏会を聴く。今日の指揮は、今年4月より京都市交響楽団の首席客演指揮者に就任することが決定しているジョン・アクセルロッド。

ルツェルン交響楽団・ルツェルン歌劇場音楽監督兼首席指揮者、フランス国立ロワール管弦楽団音楽監督などを務め、現在はスペイン王立セビリア交響楽団音楽監督とミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団首席客演指揮者を務めているジョン・アクセルロッド。1988年にハーバード大学を卒業しており、指揮をハーバード大学の先輩でもあるレナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事している。京都市交響楽団ではラヴェルの「ボレロ」やドビュッシーの交響詩「海」などのフランスものでの好演が記憶に残っているが、首席客演指揮者就任後初の登場となる今年9月の定期演奏会では、マーラーの交響曲第2番「復活」を指揮する予定であり、幅広いレパートリーでの活躍が期待される。

 

曲目は、ベートーヴェンの「アテネの廃墟」から序曲、レナード・バーンスタインの「ハリル」独奏フルートと弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン(フルート独奏:アンドレアス・ブラウ)、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」

 

午後2時からプレトークで、アクセルロッドは「こんにちは」と言った後で、通訳の小松みゆきに「こんばんは?」と聞き、「こんにちは」で正しいということで、「こんにちは。明けましておめでとうございます」と新年の挨拶も行った。

アクセルロッドは、「今日のプログラムは素晴らしい、ただとても重く深い曲を選びました」と述べる。2020年はベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤーということで、「アテネの廃墟」序曲を選んだのだが、この曲はアテネがオスマントルコと戦争して廃墟になってしまったことを描いた曲、レナード・バーンスタインの「ハリル」は戦争で亡くなったフルート奏者の追悼のために捧げられた曲であることを語る。

ベートーヴェンではバロックティンパニが活躍するということで、アクセルロッドはステージ上手寄りに設置されたバロックティンパニに近寄って説明を行う。「破裂音のようなキャノンの爆音のような」音がすることを語り、奥にあるモダンティンパニとは音が違うことを述べる。

バーンスタイン作品とショスタコーヴィチの「レニングラード」交響曲ではスネアドラムの活躍が目立つことを述べるのだが、通常のスネアの場所とは違い、指揮者の正面にスネアが来ることを語る。

「レニングラード」交響曲では、スネアがラヴェルの「ボレロ」のような活躍をするのだが、奏でられるのはボレロではなく行進曲であることなども語った。

アクセルロッドは自身のツイッターに、京都市交響楽団との演奏会のポスターに「Make music,not war!」というメッセージを載せた投稿をしており、「戦争をしても廃墟を生むだけ」ということで、ツイッターの載せたものと全く同じメッセージを述べてプレトークを終えた。

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平といういつもの布陣。ドイツ式の現代配置での演奏である。
第2ヴァイオリンの客演首席は白井篤。レナード・バーンスタインでは打楽器奏者が多数活躍、ショスタコーヴィチの「レニングラード」では金管のバンダが要るということで、客演奏者はいつもより多めである。

 

ベートーヴェンの「アテネの廃墟」から序曲。今年はベートーヴェンイヤーだが、京都市交響楽団が定期演奏会で取り上げるベートーヴェンの楽曲は、この曲とゲルゲイ・マダラシュ指揮による「英雄」、広上淳一による年末の第九のみである。

弦楽器のビブラートに関しては控えめではあるが、それぞれで異なる。コンサートマスターの泉原隆志は適宜ビブラートを入れての演奏であるが、ヴィオラ首席の小峰航一は完全ノンビブラートに徹している。
弦の編成が大きめの割には厚みと流れの良さは今ひとつであったが、中山航介によるバロックティンパニのリズムに乗せた颯爽としたベートーヴェンが奏でられる。

 

レナード・バーンスタインの「ハリル」独奏フルートと弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン。ハリルというのは、ヘブライ語でフルートという意味である。

フルート独奏のアンドレアス・ブラウは、1969年から2015年まで長きに渡ってベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のソロ・フルート奏者として活躍した名手。ベルリン音楽大学でカールハインツ・ツェラーに師事し、ザルツブルク・モーツァルティウム音楽大学とアメリカでも学ぶ。1973年からはベルリン・フィルハーモニーのオーケストラ・アカデミーで後進の育成にも努めた。2005年からは上海音楽学院の名誉教授に就任。日本においてもパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)の講師として教育活動を行っている。

フルートと弦楽オーケストラが奏でるメロディアスな部分を経て、打楽器の中でフルートが浮かび上がっているような曲調へと移り変わっていく。

ブラウのフルートの良さが十全に生かされるような楽曲かというと疑問も残るが、バーンスタインにしか書けない独特の面白さを持った作品であることは確かである。

 

ブラウのアンコール演奏は、フルート独奏曲の定番であるドビュッシーの「シランクス」。霞むような神秘的な音色と清明な響きを掛け合わせたような、独特の音色による演奏であった。

 

ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」。バブル期になぜかアーノルド・シュワルツェネッガー出演の栄養ドリンクのCMで「ちちんぷいぷい」という呪文の歌詞付きで使われたことから、日本での知名度が高い曲である。栄養ドリンクのCMでは、マーラーの「悲劇的」を使った丸山茂樹プロ出演のCMもあり、どういうわけかクラシックの楽曲が好まれる傾向にあるようだ。

ナチスドイツとソ連のレニングラード攻防戦を描いた曲である。この時、ショスタコーヴィチはレニングラードに滞在しており、この曲を書き続けていた。ナチスが包囲したことにより、補給路を断たれたレニングラード市民は次々に餓死するなど、悲惨な状況であった。ソビエト当局によりショスタコーヴィチに避難勧告が出され、ショスタコーヴィチはクイビシェフの街に移るのだが、この交響曲はレニングラード市に献呈され、現在知られているようなタイトルとなった。

 

金管のバンダを舞台後方のボックススペースに配置し、京響自慢のブラスとの掛け合いの美しさが光る演奏となった。第1楽章では、スネアドラムの福山直子が、第2ヴァイオリンとチェロの首席トゥッティの後ろに陣取り、進軍のリズムを受け持つ。

ショスタコーヴィチの「レニングラード」交響曲は、ラヴェルの「ボレロ」を模したといわれる、スネアの音によって繰り返される人を食ったようなちょいダサの「戦争の主題」が有名であり、シュワルツェネッガー出演CMもこの旋律を「ちちんぷいぷい」と歌ったものである。ちょいダサのメロディーなのであるが、音の強度が増すごとに凄惨な戦闘の描写へと移り変わっていくというショスタコーヴィチマジックが用いられている。アクセルロッドと京響による「レニングラード」も「戦争の主題」で大いに盛り上げる。アクセルロッドは転調の場面で加速を行い、迫力をいや増しに増す。
だが、アクセルロッドと京響による「レニングラード」の演奏の本当の良さが現れているのはこの場面ではない。全ての楽章に登場する祈りのような旋律の神々しさにこのコンビの良さが現れている。アクセルロッドが語ったように、大切なのは戦争ではなく音楽であり、戦争を終わらせようという祈りである。京都市交響楽団という、音の純度の高い楽団を指揮することで初めて可能になった表現であるが、音の爆発で聴衆を圧倒する虚仮威しのショスタコーヴィチではなく、空間を美と痛切な祈りで満たしていくような趣の「レニングラード」であった。

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2020年1月22日 (水)

これまでに観た映画より(152) 「武士の家計簿」

午後9時からBSプレミアムで放送された日本映画「武士の家計簿」を観る。森田芳光監督作品。2010年公開の映画である。テレビ出演も多い歴史学者の磯田道史のベストセラー『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』が原作である。脚本は柏田道夫。出演:堺雅人、仲間由紀恵、松坂慶子、中村雅俊、西村雅彦、草笛光子、伊藤祐輝、藤井美菜、嶋田久作、宮川一朗太、小木茂光、茂山千五郎ほか。音楽:大島ミチル。

幕末に加賀前田家の御算用者を務めた猪山直之(堺雅人)とその息子である成之(なりゆき。幼名は直吉。伊藤祐輝)が残した入払帳(家計簿)に取材した作品である。

代々算用を家業としてきた猪山家。加賀前田家は百万石を超えるため、帳簿の計算は重要視されたのだが、御算用者を務めるのは下級武士に限られていた。七代目である信之(中村雅俊)は婿養子として入ったのだが、猪山家として初めて知行地を貰うなど、御算用者としては異例の出世を遂げており、加賀江戸藩邸上屋敷の赤門(現在の東京大学赤門)を経費節減のために表だけ赤に塗るという手法を編み出したことを常々自慢している(史実ではないようであるが)。

息子の直之も御算用者として前田家に仕えることになるのだが、とにかく計算好きであり、「算盤バカ」とまで呼ばれている。一方で、剣術の方は下手の横好きであったが、剣術の師範である西永与三郎(西村雅彦)の娘である駒(仲間由紀恵)と祝言を上げる。
藩内で起こった貧農への「お救い米」の横流し事件の真相に迫ったことから能登・輪島に左遷させられそうになる直之であったが、農民達が一揆を起こしたことから事が明るみに出て、逆に御執筆係に栄転する。
そのまま順調な人生を歩むかと思われた直之であるが、実は猪山家の家計が火の車であることが発覚。金になるものを全て売り払うことで切り抜けることを決断、以後、猪山家の全ての金の出入りを入払帳に書き記すことに決め、質素倹約に励むようになる。

息子の直吉にも御算用者になるよう厳しく接する直之であったが、幕末の騒乱の中、元服して成之と名を改めた直吉は、徳川将軍家と足並みを揃えることを決めた前田家の一兵卒として京へ向かうことになる。


下級武士の悲哀を描きながら、比較的淡々と進む物語である。幕末が舞台であるが、幕末ものにつきものの戦闘シーンなどは一切出てこない。刀ではなく算盤を武器とする武士の物語である。成之は長州の大村益次郎(嶋田久作)に算術の力を見込まれて新政府軍に入るのだが、これが新しい時代の到来を告げることになる。


計算が苦手で、ディスカリキュア(算数障害)ではないかという噂もある堺雅人。計算が苦手なのは本当のようで、国立大学(東京大学ではないかといわれている)の入試で数学の問題が全く解けなかったという話や、早大生時代にアルバイトをしていたドーナツ店でおつりを盛大に間違えたというエピソード、数に弱いので「半沢直樹」の銀行員役を受けるべきか躊躇したという逸話があったりもするが、この作品では算盤を弾く姿が絵になっている。

仲間由紀恵を始め他のキャストも豪華であるが、なんといっても堺雅人演じる猪山直之のキャラが立っており、堺雅人と猪山直之を見るべき映画と断言しても構わないであろう。

今や日本を代表する作曲家となった大島ミチルの音楽も実によく、物語をしっかりと支えている。

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2020年1月20日 (月)

コンサートの記(617) 尾高忠明大阪フィルハーモニー交響楽団第534回定期演奏会

2020年1月17日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第534回定期演奏会を聴く。今日の指揮は、音楽監督の尾高忠明。

 

曲目は、エルガーのチェロ協奏曲(チェロ独奏:スティーヴン・イッサーリス)とブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」(第3稿)。

ライブ録音によるCDがこのところ続々とリリースされている尾高と大阪フィル。今日もフォンテックの収録用マイクが入っての演奏となる。

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。いつも通りドイツ式の現代配置での演奏である。

 

エルガーのチェロ協奏曲。ソリストのスティーヴン・イッサーリスはイギリス出身の世界的チェリストである。来日も多く、日本での人気も高い。

悲劇のチェリストとしても知られるジャクリーヌ・デュ・プレの演奏によって知名度が上がったエルガーのチェロ協奏曲。ドヴォルザークの次に上演される頻度の高いチェロ協奏曲である。

イッサーリスは、情熱を内側に隠しつつ燃焼度を上げていくという渋い演奏を展開。かつてBBCウェールズ・ナショナル管弦楽団の音楽監督を務め、今もイギリスでの指揮活動を精力的に行っている尾高の指揮する大フィルも輝かしさと清々しさ、美音と仄暗さを合わせ持った伴奏を展開。イギリス音楽的な高貴さも感じさせる絶妙の演奏が展開される。ただフェスティバルホールは空間が大きいため、弦楽器の独奏にはやはり向いてはいないようである。

 

イッサーリスのアンコール演奏は、ツィンツァーゼの「チョングリ」。ピッチカートのみで演奏されるノリの良い現代曲で、演奏終了後、客席も大いに沸いた。

 

後半。ブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」。最終稿である第3稿での演奏である。若い頃から精力的にブルックナーに取り組んできた尾高忠明であるが、交響曲第3番「ワーグナー」を振るのは今回が初めてとなるそうだ。

ブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」は主に3つの稿が存在する。まず最初に書かれた初稿。これはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によって初演される予定で、リハーサルも行われたのだが、演奏時間が長いということもあってウィーン・フィルに本番での演奏を拒否されるという悲哀を味わわされた稿でもある。今でこそオーストリアを代表する作曲家として揺るぎない評価を得ているブルックナーであるが、当時はオーストリア最高のオルガン奏者やウィーン音楽院の教授として尊敬を集める一方で、交響曲作曲家としては素人と見做されていた。ブルックナーはこの稿を敬愛していたリヒャルト・ワーグナーに献呈し、以後、ブルックナーの交響曲第3番は「ワーグナー」というタイトルで呼ばれることになる。
その後、ブルックナーはこの曲の改訂に着手し、完成した第2稿はブルックナー自身の指揮によって初演されたが、今度は聴衆から不評を買う。第3稿はその12年後にブルックナー自身によって改訂された版であり、現在では決定稿と見做されることもあるが、初稿や第2稿を支持する演奏家も多い。実は今日、同じ時間にザ・シンフォニーホールでは本名徹次指揮大阪交響楽団によるブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」第2稿の演奏が行われるという珍しい現象が発生している。

私がブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」を生で聴くのは2度目。今から22年程前に、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団による交響曲第3番「ワーグナー」の演奏を東京・渋谷のNHKホールで聴いているのだが、ブロムシュテットは初稿を採用しての演奏であった。とにかく長かったというのを覚えている。ブロムシュテットは「ワーグナー」の初稿を気に入っているようで、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を指揮したライブ録音のCDボックスでも初稿による演奏を取り上げていた。

ブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」は実は隠れた名曲であり、薄明の中を疾走していくような出だしは、ブルックナーの交響曲の開始の中でも最も格好良い。この曲はトレモロによるブルックナー開始ではないのも特徴である。

午後6時30分頃から、大フィル事務局次長の福山修氏によって行われたプレトークサロンにおいて、大フィルが前回「ワーグナー」を取り上げたのは2002年であること。朝比奈隆が指揮する予定であったが、前年に逝去したため、NHK交響楽団でブルックナーチクルスを行ったこともある若杉弘が代役として指揮したことなどが明かされたが、朝比奈隆は実は晩年に大フィルを指揮して「ワーグナー」交響曲をスタジオ録音している。岸里にある大阪フィルハーモニー会館でキャニオン・クラシックスによって収録されたものだが、ブルックナー後期三大交響曲のスタイルで「ワーグナー」交響曲を演奏したスケール雄大なものであり、数ある朝比奈のブルックナー録音の中でも最高を争う出来となっている。

朝比奈の薫陶により、ブルックナー演奏に絶対の自信を持っている大フィル。今日も冒頭からその良さが披露される。透明感のある弦と彩り豊かな金管との対比によって立体感が生まれており、ブルックナーの音楽の神秘性やスケールの大きさ、疾走感などが存分に描かれる。尾高の生み出す音楽はフェスティバルホールのサイズにぴったりであり、理想的なブルックナー演奏が展開されることになった。
指揮者によって出来不出来の度合いが激しい大フィルだが、今日は技術面でも表現面でも日本トップレベルの水準を聴かせる。嵌まった時の大フィルは、やはりスーパーオーケストラで、伊達に歴史が長いわけではないことが実感される。木管に関しては最初のうちは上手く溶け込めない場面もあったが、曲が進むにつれて違和感も解消され、日本における最高水準のブルックナーが姿を現した。

朝比奈の指揮した「ワーグナー」交響曲にスケールでは及ばないかも知れないが、瑞々しさでは互角かそれ以上に渡り合える出来であり、今からCDのリリースが楽しみである。

 

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2020年1月19日 (日)

観劇感想精選(338) 草彅剛主演「アルトゥロ・ウイの興隆」

2020年1月13日 横浜・山下町のKAAT 神奈川芸術劇場にて観劇

午後2時から、KAAT 神奈川芸術劇場で、「アルトゥロ・ウイの興隆」を観る。ベルトルト・ブレヒトが1941年にアメリカの地で書き上げた戯曲。当時、ブレヒトはナチスの台頭したドイツから亡命し、西欧やアメリカを転々とする生活を送っていた。アドルフ・ヒトラーやナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)がバリバリの現役だった時代に揶揄と告発を展開しており、チャップリンの「独裁者」と並んでファシズム興隆期にリアルタイムで語られた貴重な記録である。もっとも、チャップリンの「独裁者」は戦中に上映されているが、「アルトゥロ・ウイの興隆」は危険視されたため上演は延び延びになり、1958年になってようやくアメリカ初演に漕ぎ着けている。だが、危険視されたという事実自体がブレヒトのナチスとヒトラーに対する極めて正確にして的確な分析を物語っている。先日、兵庫県立芸術文化センターで永井愛作・演出の「私たちは何も知らない」を観ているが、「アルトゥロ・ウイの興隆」もまた恐怖演劇の先駆ともいうべき作品である。
「アルトゥロ・ウイの興隆」は残念ながら横浜だけでの上演である。横浜での上演なら普通は諦めるところだが、昨年、大阪・周防町のウイングフィールドで「アルトゥロ・ウイの興隆」に関する勉強会のようなものに参加しており、更に今回、アルトゥロ・ウイを演じるのが同い年である草彅剛ということで、チケットの先行予約に申し込み、取ることが出来たため、出掛けることにした。新しい地図のメンバーの出演作は人気で、チケットはなかなか取れなかっただけに、今回はついていた。

作:ベルトルト・ブレヒト、テキスト日本語訳:酒寄進一、演出はKAAT 神奈川芸術劇場芸術監督でもある白井晃。出演は、草彅剛、松尾諭、渡部豪太、中山祐一郎、細見大輔、粟野史浩、関秀人、有川マコト、深沢敦、那須佐夜子、春海四方、小川ゲン、古木将也、小椋毅、チョウヨンホ、林浩太郎、神保悟志、小林勝也、古谷一行。
演奏は、オーサカ=モノレール。

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KAAT(KAnagawa Art Theatre)神奈川芸術劇場に来るのは初めてである。NHK横浜放送局の庁舎内5階にホールがあり、エスカレーターとエレベーターで繋がっているが、帰りは混雑するし、危険な印象も受ける。池袋の東京芸術劇場と同じような感じである。内装は渋谷のオーチャードホールに少し似ているかも知れない。今日は右側サイド席(バルコニー席)の1列目であったが、通路はかなり狭い。中央の座席は足元にまだ余裕があるが、サイド席はそうではない。ただ、サイド席であったため、開演直前に白井晃が客席後方の扉から入ってきて、関係者席に着くのを確認することが出来た。今日の客層は圧倒的に元を含めたジャニーズファンの女性が多いため、白井晃に注目していた人はほぼ皆無。白井さんは上演終了後もしばらく座席に残って隣のスタッフの女性と話していたが、すぐ横を通り過ぎても白井さんに気づく人はいなかった。男性客はブレヒト好きが多かったと思われるが、今日は男性客自体が超少数派である。

客層を予想していたからというわけでもないだろうが、今日は要所要所で上から黒いスクリーンが下りてきて、これがナチスの歴史の何と繋がるかが白い文字で投影されるという、ブレヒトの原案通りの解体した形での上演である。そもそもヒトラーの劇だと知らないで来た人も結構いたと思われる。

舞台は1920年代のシカゴに置き換えられている。禁酒法が施行され、ジャズエイジとも呼ばれたアメリカ青春の時代であるが、同時にシカゴではアル・カポネ(この劇でも名前だけ登場する)が酒の密輸や密造で財産を築くなど、裏社会の人間が暗躍した時期でもある。

シカゴのカリフラワーのトラストは勢力拡大と資金獲得のため、シカゴ市議会議員のドッグズバロー(古谷一行)を買収する計画を立てる。ドッグズバローはシート水運の食堂の主から転身して見事議員に当選した人物であり、「正直者」「清廉潔白」の噂があるが、シート水運の株の半分以上を譲渡し、シート水運の実質的な経営者になる話を持ちかけるとこれに乗ってくる。更にカリフラワー協会からは別宅も譲り受けたドッグズバローだったが、これには後に激しく後悔することになる。トラストは港湾工事の名目による公金を手に入れる。

シカゴの弱小ギャング団のボスであるアルトゥロ・ウイ(草彅剛)もシカゴの街を手に入れるため、八百屋に「用心棒をする」と言ってみかじめ料を取ったりしていたが、更なる権力獲得のためにカリフラワートラストに取り入ろうとするも難航していた。そんな中、ドッグズバローがトラストに便宜を図ることで収賄を行っている証拠を手に入れる。かくて、恐喝によってドッグズバローから権力を譲渡されたウイは、部下のエルネスト・ローマ(後に「長いナイフの夜事件」で粛正されることになるエルンスト・レームに相当。演じるのは松尾諭)、ジュゼッペ・ジヴォラ(ヨーゼフ・ゲッペルスに相当し、ゲッペルス同様、足を引きずって歩く。演じるのは渡部豪太)、マヌエル・ジーリ(ヘルマン・ゲーリングに相当。演じるのは粟野史浩)らと共にシカゴの街を掌握し、更に隣接するシセロの街(オーストリアのメタファー)をも手中に収めようとしていた……。

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赤の仮設プロセニアム、更に舞台の上に同じく赤い色のステージがあり、ここで演奏と歌が行われる。アルトゥロ・ウイとその部下達は赤いスーツを着ている。3人の女性ダンサー(Ruu、Nami Monroe、FUMI)も赤の衣装だ。ドッグズバロー(パウル・フォン・ヒンデルブルク大統領に相当)やカリフラワートラスト(ユンカーと呼ばれるドイツの地方貴族達がモデルである。「貴公子」に由来する「ユンカー」という言葉には馴染みがない人でも、別の読み方である「ユンケル」なら意味は知らなくても言葉自体は目にしたり耳にしたりしたことは確実にあるはずである)のメンバーは他の色の衣装であるが、ある時を境に、赤の衣装へと切り替わる。

客席ステージをフルに使った演出であるが、民衆役の俳優も客席にいる時に上着を脱ぎ、下に来ていた赤い背広を露わにする。草彅剛も何度も客席通路に降りるが、ラストの演説の前では客席上手入り口から登場し、客席通路を通ってステージに上がる。ナンバー2にのし上がったジヴォラもその少し前に同じ様に客席下手入り口から登場してステージに上がっており、流石は白井晃、よくわかっている演出である。

ジェイムズ・ブラウンの曲が草彅やオーサカ=モノレールのヴォーカルである中田亮によって次々に歌われ、アメリカンソウルが高揚して客席も熱狂するが(ナチス時代ならワーグナーやベートーヴェンが流れるであろう)、それが凄惨な悪夢へと転じていく様が鮮やかである。アルトゥロ・ウイの一党が着ている赤いスーツはナチスのハーケンクロイツの旗に用いられていた赤が由来だと思われるが、同時に流血をイメージする色でもある。あるいはKAATの座席の色だったり「朱に交われば」という言葉も掛かっているのか知れないが、全ての登場人物の衣装が赤に変わっていく過程は、フランク・パヴロフとヴィンセント・ギャロの『茶色の朝』を想起させる。白井晃なら当然、『茶色の朝』ぐらいは知っているだろうし、意識したとしても当然のように思われる。

SMAPのメンバーの中で、演技力ならナンバーワンだと思われる草彅剛。芝居の開始当初はセリフのノリが今ひとつに感じられたが、これはシェイクスピア俳優(小林勝也)から「ジュリアス・シーザー」の一節を用いた演技指導を受けて以降のアルトゥロ・ウイと対比させるために敢えて抑えていた可能性もある。第2幕冒頭では、「横浜KAATでアルトゥロ・ウイ!」を連呼して客席に熱狂と一体感を呼び起こし、終盤に至るとアルトゥロ・ウイの狂気を爆発させて、燃えさかる紅蓮の炎のような激しさで見る物を引きずり込んでいく。シェイクスピア俳優が演技指導をするということで、ブレヒトもシェイクスピアの「リチャード三世」を意識していたのかも知れないが(実際に亡霊が主人公を苛むというシーンがある)、アルトゥロ・ウイもリチャード三世同様、実に魅力的で危うく、草彅剛は自らの風貌を生かした狡猾にして人を惹きつける男を舞台上に現出させる。
「リチャード三世」違ってリッチモンドは登場しないが、それはまだヒトラー政権が続いていた時代に書かれたものであるためで、ブレヒトはたやすく救済を用意したりはしない。ただ、ラストで告発は行われている。現に今起こっていることに対する告発である。音楽の高揚感の中での告発であり、その後の沈黙が強烈に響くことになった。

 

終演後、KAATの外に出た時、向かいのビルにアルトゥロ・ウイの亡霊がいるのを発見する。KAATの外壁にはアルトゥロ・ウイを演じる草彅剛の巨大パネルが掲げられていたのだが、それが向かいのビルの窓に写っていたのである。

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2020年1月18日 (土)

楽興の時(34) 「テラの音 vol.28 スペインの風~フラメンコ・ギター・コンサート~」

2020年1月10日 中京区の真宗大谷派小野山浄慶寺にて

午後7時から、京都御苑のそばにある浄慶(じょうきょう)寺で、「テラの音(ね) vol.28 スペインの風~フラメンコ・ギター・コンサート」を聴く。念のため書いておくが「スペイン風邪」ではない。多分、主催者側もスペイン風邪についてよく知らなかったのだと思われる。
出演は、スペイン出身で、今は日本とスペインを行き来しているルシアノ・ゴーン。セカンドギターとして荻野慎也が4曲ほど参加する。

ルシアノ・ゴーンは、1994年生まれという、まだ若いギタリストである。2019年の10月に行われた「Concurso Nino Miguel 2019」で優勝を飾ったばかり。2018年にはスペイン・セビージャのフラメンコギターコンクールで3位に入っている。父親もギタリストであり、幼少時よりギターを父に師事。21歳からスペインのトップギタリストであるアントニオ・レイのセカンドギタリストとして活動を始める。日本人女性と結婚したが、妻の難病療養のために2018年10月に来日し、スペインと日本両国での演奏活動を開始している。

 

曲目は、第1部が、「Entre dos Aguas」(パコ・デ・ルシア作曲)、「Taranta」、「Farruca」、「Tanguillos」、「Bolero」、「Bulerias」(パコ・デ・ルシア作曲)。第2部が、「Granaina」、「Solea por Buleria」、「Guajiras」(パコ・デ・ルシア作曲)、「Alegrias」(パコ・デ・ルシア作曲)、「Zepateado」(パコ・デ・ルシア作曲)、「Rio Ancho」(パコ・デ・ルシア作曲)。

パコ・デ・ルシア作品以外は、ルシアノ・ゴーンの自作自演となる。

ルシアノ・ゴーンは右手と左手の両方で旋律を奏でるなど超絶技巧の持ち主であるが、気負いといったものが感じられず、軽々と楽しそうに演奏する。それが逆に凄みに繋がっている。

日本はフラメンコの盛んな国であり、そのため「スペイン=フラメンコ」というイメージもあるが、実際はフラメンコが盛んなのは南部のアンダルシア地方だけで、同じスペインでも北部に行くと、「フラメンコ? そんなのやるんだ、変わってるね」という風に取られることが多いそうである。スペインはギターの国であるが、作曲家のホアキン・ロドリーゴも、ギタリストのナルシソ・イェペスもクラシックの人であり、フラメンコギターよりもクラシックギターの方が盛んなのかもしれない。

「Bolero」というと、モーリス・ラヴェルの「ボレロ」が有名だが、ルシアノ・ゴーンの「Bolero」はそれとは趣が全く異なる。そもそもラヴェルの「ボレロ」はボレロのリズムで書かれていないのが特徴だったりする。

荻野慎也にソロ演奏を希望する声もあったが、荻野自身が指に問題を抱えているそうで、今はセカンドギタリストとしてのみ活動しているそうである。

休憩時間に浄慶寺の中島住職による法話がある。現世利益について語られ、ゴーンはゴーンでもカルロス・ゴーンの金まみれの生活について、それが資本主義においては正しいとされるのかも知れないが、本来の意味での現世利益に適ったものなのかという疑問が投げかけられた。

 

第2部の冒頭で弾かれた「Granaina」は、2018年にルシアノ・ゴーンが初めて来日し、龍安寺の石庭を訪れた時にインスピレーションを受けて書いた曲だそうである。雪が降っていたそうで、細やかな音型が舞い降りる雪を描写していると思われる繊細な楽曲である。

アンコールでは、パコ・デ・ルシアのルンバをモチーフにした即興をルシアノと荻野の二人で行い、熱い演奏が繰り広げられた。

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2020年1月17日 (金)

観劇感想精選(337) いるかHotel vol.21 「破稿 銀河鉄道の夜」Aキャスト公演

2020年1月16日 新開地の神戸アートビレッジセンターKAVCホールにて観劇

午後7時30分から、新開地にある神戸アートビレッジセンター(KAVC)KAVCホールで、いるかHotelの公演「破(やぶれ)稿 銀河鉄道の夜」を観る。元々は兵庫県立神戸高校演劇部によるオリジナル作品として、1996年10月にKAVCホールで初演されたものである。作:水野陽子、脚本・演出:谷省吾。出演はオーディションで選ばれたABCのトリプルキャストで、1月16日午後7時半の回はAキャスト、仲村綾美、山﨑永莉(眞珠座。)、うめいまほ(VOGA)の3人が登場する。上演協力にはMONOの土田英生と渡辺源四郎商店の畑澤聖悟が名を連ねている。

開演前には、舞台となっている1996年のヒット曲が流れている。globeの「DEPARTURES」、SMAPの「青いイナズマ」、玉置浩二の「田園」、ジュディマリの「そばかす」、PUFFYの「これが私の生きる道」などである。

まず、いるかHotelの谷省吾が学ラン姿で登場して前説を行う。いるかHotelという劇団自体が、「破稿 銀河鉄道の夜」を上演するために旗揚げされたもので、谷が「破稿 銀河鉄道の夜」というタイトルの名付け親であることも明かされる。

舞台は、1996年10月、神戸市内にある高校の演劇部部室である(校名が出てくることはないが、地獄坂という通称の地名が出てくることから神戸高校であることがわかる)。

高校3年生のカナエ(山﨑永莉)は、すでに演劇部を卒業しているが、今日も部室にやって来て、発声や井上ひさしの「イーハトーボの劇列車」の冒頭を読みながら滑舌の練習をしたりしている。センター試験が迫っているのだが、カナエは受験勉強に真剣に取り組めていない。同じく元演劇部のサキ(うめいまほ)はそんなカナエを心配しており、英語の単語帳を渡して取り組むよう促したりする。サキには彼氏がいるのだが、詳しいことはカナエにも明かしていない。ただ、バレバレではある。かつて共に北村想の「想稿 銀河鉄道の夜」を演じたトウコ(仲村綾美)も姿を見せて、演劇談義に花が咲く。この高校の演劇部では毎回、上演した作品の台本を破り捨てることが伝統となっているが、カナエは「想稿 銀河鉄道の夜」の台本だけは破り捨てることが出来ずにいた。

 

演劇部あるあると、1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災による喪失感とその超克を絡めた作品であり、高校演劇ではヒット作となっていて、今でも毎月、日本のどこかの高校が上演を行っているような作品だそうだが、初演が行われたKAVCホールで阪神淡路大震災25周年を記念して行われた上演いうことで、独特のリアリティと臨場感が感じられる出来となっている。

1996年、大河ドラマは竹中直人主演の「秀吉」。青春ドラマの金字塔である「白線流し」が放送されたのもこの年で、「破稿 銀河鉄道の夜」も少しだけこのドラマの影響を受けているかも知れない。同じフジテレビ系では浅野温子主演で玉置浩二や西村まさ彦(当時は西村雅彦)、鈴木杏樹らが出演した「COACH」もヒットしており(この「COACH」の主題歌が「田園」であった)、演劇界では今では休刊(事実上の廃刊)になってしまったが季刊「せりふの時代」が発売されたのもこの年である。私も創刊号から毎号購入して読んでいた。

前年に阪神・淡路大震災とオウム真理教事件が発生し、日本の転機となった時代である。

平成時代の日本は、阪神・淡路大震災と東日本大震災という二つの大震災を経験したわけだが、私は、いずれの大震災でも揺れすら感じない場所にいたため、第三者でしかありえない立場にいる。本当の意味でのリアリティを感じるのは極めて難しいわけだが、こうした舞台を観ることで、疑似体験を得ることは貴重であることは間違いない。劇中では、つかこうへいの「幕末純情伝」や北村想の「想稿 銀河鉄道の夜」の場面が演じられたり、演劇集団キャラメルボックスの「広くてすてきな宇宙じゃないか」の話が出てきたり(成井豊は最近、実家のガラス店を継いだそうだが)、野田秀樹と大竹しのぶの話題になるなど、1990年代の高校演劇の空気がビビッドに伝わってくるのも魅力的である。

災害の記憶を風化させないために、また若い人達には歴史的出来事という認識になっている阪神・淡路大震災の被災者当事者の証言として観て欲しい作品である。

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2020年1月16日 (木)

これまでに観た映画より(151) 「去年マリエンバートで」

2020年1月12日 京都シネマにて

京都シネマでフランス映画「去年マリエンバートで」を観る。(セーヌ)左岸派、アラン・レネ監督の代表作。芸術映画というジャンルの中ではまず真っ先に名前の挙がる一本でもある。脚本:アラン・ロブ=グリエ、出演:デルフィーヌ・セイリグ、ジョルジュ・アルベルタッツィ、サッシャ・ピトエフほか。アルフレッド・ヒッチコックもカメオ出演している。衣装担当:ココ・シャネル。音楽:フランシス・セイリグ(デルフィーヌ・セイリグの実兄)。

フィルムが4Kでリマスタリングされたのを記念しての上映であり、東京では4Kで上映されたようだが、京都シネマでは設備の関係上、2Kでの上映に留まるのが残念である。
1月5日から17日までの上映であるが、いずれも昼間の時間の上映であり、観に来られるのは今日しかなかった。

「去年マリエンバートで」は「世界一難解な映画」といわれることもあり、脚本のアラン・ロブ=グリエ自身がこんな笑い話を作っている。
「パリで泥棒が捕まった。警察で泥棒はアリバイを主張した。“映画を見ていました” “なんという映画だ” “『去年マリエンバートで』” “では筋を言ってみろ”。泥棒は絶句、アリバイは崩れた」

とはいえ、装飾の部分を剥ぎ取ったストーリー時代は極めてシンプル且つストレートである。ある男と女が出会い、今いるこの場所から二人で去って行くというそれだけである。それはそれでありきたり過ぎるため、泥棒は警察に信用して貰えないだろうが。
バロック(「歪んだ真珠」という意味。装飾が多い)調のホテルで物事は進んでいくのだが、このホテル自体が「去年マリエンバート」という映画の軸であり、それは過去であり、記憶であり、今この瞬間であり、未来をも象徴している。ストーリーを追うのではなく、装飾を楽しむべき映画であり、ある意味、この世の例えでもある迷宮で彷徨うことを堪能すべき一本であるともいえる。

象徴主義(広義的にはドビュッシーの音楽などもここに含まれる)や「意識の流れ」といった文学的芸術的手法を知っていれば、理解の手助けになるだろうが、そうでなくても十分に楽しむことの出来る映画である。世界的な評価は極めて高く、中国を代表する映画監督である陳凱歌は最も好きな映画として「去年マリエンバートで」を挙げており、ジャン・コクトーやアルベルト・ジャコメッティといった同時代を生きた人々からも絶賛されている。また、小説家のマルグリット・デュラスは、この映画に触発されて映画監督としての仕事を始め、傑作映画「インディア・ソング」ではデルフィーヌ・セイリグを主演女優に迎えている。世界的な名画ランキングでも必ずといっていいほど上位に食い込んでくる映画である。

ホテルで男と女は出会う。男は、「去年、フレデリクスバートでお会いしませんでしたか?」と聞くが、女には覚えがない。男は更に「でなかったらカールシュタットかマリエンバートか」と続ける。実は、マリエンバート(チェコにある)という地名が登場するのはこの一回だけであり、しかも基本的に会ったのはフレデリクスバートであってマリエンバートは「あるいは」の地名なのである。「あるいは」の地名がタイトルに入っているというのがひねりである。ただどこであったかはどうでもいいことでもある。

ストップモーションや長回し、サブリミナル的ともいえる極めて短いカットなど様々な映画の技法が錯綜し、この場所の混沌を深めていく。だがそれは世界そのもののことであり、我々の存在そのものの喩えでもある。
我々はよく知らないし、よく忘れるし、よく捉えることも出来ない。全ては存在したかどうかもわからず可能性でしかない。
そんな中で彼と彼女はこの場所を出て行く。出て行った先にもまた迷路が待ち受けていることが暗示されるが、それこそが全人類の前途に待ち構えている人生でもある。

ストップモーションの場面がキリコの絵を思わせるという指摘はよく知られているが、非現実を現実に滑り込ませるという意味でルネ・マグリットの絵画や、意識下での繋がりと別次元で愛を語るという意味では泉鏡花の小説に通底する部分もある。人間の根源にあるものが、この映画では描かれてるのだ。

ちなみはパンフレットには、アラン・ロブ=グリエのシナリオが採録されており、お薦めである。

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2020年1月13日 (月)

美術回廊(47) 京都髙島屋7階グランドホール 「没後220年 京都の若冲とゆかりの寺―いのちの輝き―」

2020年1月8日 京都髙島屋7階グランドホールにて

京都髙島屋7階グランドホールで、「没後220年 京都の若冲とゆかりの寺―いのちの輝き―」という展覧会を観る。左京区岡崎にある細見美術館の若冲コレクションと京都府内にある寺院が所蔵する若冲作品を集めた展覧会。細見美術館のコレクションはこれまで数回に渡って観たことのあるものも含まれている。

近年、急速に再評価が進んでいる伊藤若冲(1716-1800)。京都錦小路の青物問屋に生まれ、23歳から実家の商いを継ぐも、40歳で弟に店を譲り、隠居の身として絵に打ち込んでいる(最近になってその後も町衆のために働いていたことも確認された)。鶏の絵を多く残していることでも有名だ。

伊藤若冲の弟子についてはこれまでほとんど知られていたかったが、頭に「若」を付ける系譜と、下の漢字に「冲」を当てるもう一種類の系譜があることが分かってきたという。今回の展覧会では、若冲の弟子の作品も展示される。


まず最初に展示されているのは、若冲の木版画である。描写よりも意匠が重視される作品であるが、その後、竹久夢二を経て和田誠にまで至るデザイン性をそこに見いだすことは容易である。というよりも当たり前でもある。絵画というよりもデザイン画の伝統は江戸時代からすでに始まっており、後世の者が先人の絵に学ぶのは当然だからである。良くも悪くも現代人は江戸時代の影響を受け続けているといわれるが、こうした一見、関連がなさそうなところにもそれが見出せるのが面白くもある。

細見美術館のコレクションからは、「雪中雄鶏図」、「糸瓜郡虫図」、「伏見人形図」などお馴染みの作品が並ぶ。「伏見人形図」などもデザイン画の先祖の系譜に入りそうな作品である。そのほかにも、禅の祖を描いた「朱達磨図」、軍神「関羽図」、一瞬を描いた「虻に双鶏図」、簡略の美が光る「群鶏図」、今年の干支で、私も年賀状に採用した「鼠婚礼図」などが展示されている。

寺院所蔵の絵画としては、慈照寺(銀閣寺)所蔵の「牡丹百合図」、「鯉図」、鹿苑寺(金閣寺)所蔵の「竹虎(ちっこ)図」、「玉熨斗図」、「亀図」、伊藤若冲の菩提寺である裏寺町の宝蔵寺所蔵の「髑髏図」、相国寺(慈照寺、鹿苑寺の本山)の「鱏(えい)図」、「鳳凰図」などが展示されている。「鱏図」が面白い。

伊藤若冲が壬生寺に奉納した狂言の面も展示されている。これは今でも壬生狂言で使われているそうである。

あっかんべーをしたユーモラスな「布袋図」や、千葉県の魚でもある鯛を描いた「鯛図」なども面白い。「鯛図」は釣り上げられた瞬間の鯛を描いたものだが、鯛が躍り上がっていることがわかり、躍動感が感じられる。釣り針と鯛を描いた絵であるが、「留守絵」と呼ばれるもので、主人公である恵比寿を敢えて描かない手法で描かれたものだという。

相国寺の「釈迦三尊像(釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩)」は色鮮やかだが、複製である。複製ではあるが、緻密な筆致を知ることが出来る。

屏風に描かれた鶏は実に生き生きしている。弟子である若演が描いた鶏の絵もあるが、生命力が違う。若冲が描いた鶏は今にも動き出しそうな生命力が宿っているが、若演が描いた鶏はやはり単純に描かれたものという印象を受ける。構図の問題も大きいが、細部の描き方も大きいと思われる。ある意味捻れたポージングが躍動感を生んでいるともいえる。

最後にMBS(毎日放送)が制作した上映時間約10分の若冲紹介映像が流れており、若冲と仏教、とりわけ伊藤家の宗派である浄土宗と若冲が障壁画や仏画を手がけた臨済宗相国寺派、若冲が晩年に関係を持つことになった黄檗宗との関わりなどが描かれていた。

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2020年1月12日 (日)

これまでに観た映画より(150) 「カツベン!」

2020年1月9日 TOHOシネマズ二条にて

TOHO二条シネマズで、日本映画「カツベン!」を観る。周防正行監督作品。活動写真と呼ばれた無声映画時代に活躍した活動弁士を題材にした映画である。出演:成田凌、黒島結菜、永瀬正敏、高良健吾、音尾琢真、山本耕史、池松壮亮、竹中直人、渡辺えり、井上真央、小日向文世、徳井優、田口浩正、正名僕蔵、成河、森田甘路、酒井美紀、竹野内豊ほか。音楽:周防義和。エンディングテーマを歌うのは奥田民生。
周防正行は脚本も兼ねることが多いが、この作品の脚本は周防ではなく片島章三が手掛けている。片島は監督補も兼任する。


京都府を中心とした関西圏が舞台となっており、出演者の多くが関西の言葉を話す。

1915年、京都府伏見町(現在の京都市伏見区)。お堂の前で活動写真の撮影が行われる。監督は後に日本映画の父と呼ばれることになる牧野省三(山本耕史)である。当時はサイレント映画ということで、音声の収録は行われないため、牧野の指示を出しながら撮影していく。染谷俊太郎少年は活動写真そのものよりも弁士に夢中。特に当時一世を風靡していた活動弁士、山岡秋聲(永瀬正敏)に憧れている。ある日、悪ガキ仲間と一緒にロケ現場(「種取り」と呼ばれたようである)を見物に出かけた染谷は、木村忠義巡査(竹野内豊)に追われ、そこで栗原梅子という少女と出会う。梅子と二人で劇場に潜り込んだ染谷は終演後、暗記した山岡秋聲の言葉を、梅子の前で語ってみせる。染谷少年は活動弁士になること夢見ていた。その後、再び活動写真に潜り込もうとした二人であるが、秘密の入り口は閉ざされていた。

十年後(1925年)、弁士募集に応じた染谷(成田凌)は、活動写真を上映している間に家の中を荒らすという窃盗団に加わっていた。弁士になれると思い込んでいたのに、盗賊の仲間入りしてしまったことに不満の染谷。名前も山岡秋聲などを有名弁士を騙り、なりすましを行っていた。そんな日々に飽き飽きしていた染谷は、ある日、警部に昇進した木村忠義に追われ、なんとかトラックに乗り込むが、仲間を見捨て、青木館(主は青木富夫という名で、竹中直人が演じている。竹中直人は今回も「青木」という役名である)という劇場に転がり込む。青木館は隣町のヤクザである橘重蔵(小日向文世)が興した活動写真小屋タチバナ館に押されていた。橘は青木館の弁士や楽士を次々に買収して引き抜いていく。青木館には、茂木貴之(高良健吾)という看板弁士がいたが、ナルシストでスター気取りであり、わがままが多い。山岡秋聲も今は青木館の弁士をしているが、とっくにやる気をなくしており、酒浸りで過度の説明を嫌って小声で語るスタイルが不評である。
染谷は、名を国定忠治に由来する国定と偽り、青木館の住み込みとして働くが、アル中で本番をドタキャンした山岡に代わって弁士を務め、往事の山岡そのままの語りを披露して大評判を取って、国定天聲という名で青木館の人気弁士になっていく。そして国定を名乗る染谷は、駆け出しの映画女優となった梅子、芸名・沢井松子(黒島結菜)と再会する。

山岡や茂木から、「人気弁士の真似だ」と指摘された国定であるが、次第に自分独自の語りをものにしていったのだが……。


山岡が活動弁士に対する不満を語る下りがある。弁士は誰かが作った活動写真に勝手に説明をつけていく。だが、説明がなくても活動写真は活動写真として成立する(実際、諸外国では活動弁士は存在せず、サイレント映画はサイレント映画という一ジャンルとして、音楽伴奏のみで上映されることが多かった)。だがその逆はない。


これは、国定天聲など様々な名を使い分けて、いわばなりすましを行っていた染谷俊太郎青年が、映画のその向こうへと進んでいく話である。
象徴的な場面がある。茂木や安田(音尾琢真)らに監禁された松子こと梅子を染谷が救出に向かう場面である。そこで襲ってきた橘の部下の用心棒が、勢い余って壁を突き抜けてしまう。実は梅子が監禁されていた部屋はタチバナ館のスクリーンの真後ろであり、観客達は、スクリーンに映った人物ではなく染谷と梅子を観ることになる。そこで二人は部屋から抜け出すことになるのだが、二人の後ろ姿は映像の登場人物の後ろ姿と完全に重なる。ある意味、虚構を抜けて現実へと向かっていく場面であり、見方によっては唐十郎的ともいえる。

橘の妨害により、フィルムはズタズタにされ、あり合わせのフィルムでの上映が行われる。梅子救出のために遅れて駆けつけた国定こと染谷は、瞬間瞬間に自分の言葉で状況を生み出すことで切り抜けていく。橘との騒動や自身の贖罪の日々も描かれるが、ある意味、これからが染谷俊太郎としての本番である。誰かが作った活動写真に寄りかかるのではなく、自分で生み出す人生を歩んでいくのだ。
そして私もまた。

これは活劇であり、ラブロマンスでもあるが、その後廃れていく活動弁士を通して「生の在り方」を問う哲学的な面も持ち合わせている。

自転車での追いかけっこは愉快であるが、サドルのない自転車で進むより捨てて走った方が絶対に速いはずなのにそうしないのは、これが彼らの生き方を象徴している場面だからであろう。俊太郎は活動写真という乗り物に乗っているが、自力で漕いで走っているわけではない。
この2年後、1927年、昭和2年であるが一週間しかなかった昭和元年から変わった本格的な昭和の始まりの年に、世界初のトーキー映画である「ジャズ・シンガー」がアメリカで封切りとなる。やがてトーキーの時代になると活動弁士達は失職し、山岡秋聲のモデルである徳川夢聲(小説『徳川家康』の作者は山岡荘八であり、山岡という名はそこから取られたのだと思われる)などは漫談家に転じている。俊太郎も映像がなくても語りで人を惹きつけるという、漫談家に転身してもやっていけそうな才能を示している。


成田凌はオーディションで選ばれたのであるが、活動弁士を演じるために特訓を受けたそうで、なかなかの芸達者ぶりを見せている。若き日の才気煥発たる山岡秋聲と落ちぶれてからの山岡を演じ分ける永瀬正敏も魅力的だ。
子供時代の染谷を演じる子役の語りが上手く、また子供時代の梅子役の子役も可愛く、いい素材を見つけてきたなという印象を受ける。

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