2026年1月17日 (土)

観劇感想精選(507) 「シャイニングな女たち」

2026年1月10日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて観劇

午後6時から、森ノ宮ピロティホールで、「シャイニングな女たち」を観る。「シャイニング」というと、スティーヴン・キングの同名小説とスタンリー・キューブリック監督によるその映画化作品を連想しがちだが、それらとは全く関係のない話である。

作・演出:蓬莱竜太。出演:吉高由里子、さとうほなみ(ゲスの極み乙女のドラマー、ほな・いこかと同一人物。現在、朝ドラ「ばけばけ」に遊女役で出演中)、桜井日奈子、小野寺ずる(映画「風のマジム」では、伊藤沙莉演じる主人公の右腕的存在&コミックリリーフで出演)、羽瀬川なぎ(朝ドラ「虎に翼」では車椅子生活という難役を演じた)、李そじん(読みは、イ・ソジンだと思う)、名村辰(なむら・しん。「虎に翼」では学生時代には女性を蔑視していた嫌な男を演じていた)、山口紗弥加。一人を除いて全員女優という比較的珍しい布陣。宝塚歌劇は全員女性だが、男役と娘役がある。
山口紗弥加だけ年が上(吉高由里子とは比較的近い)であるが、実際に年齢の離れた役を演じている。

蓬莱竜太が十代半ばを過ごした石川県の県庁所在地、金沢市が舞台である。そのため、出演者は(韓国からの留学生役を除いて)全員、加賀地方の方言を使う。ちなみに加賀の語源は「輝き」とされ、「シャイニングな女たち」に通ずる。
北陸創成大学という、いかにも偏差値の低そうな校名の大学が舞台だが、良いとされる大学だと彼女の卒業後の進路も変わってくるため、敢えてそういったイメージの大学名にしたのだろう。ちなみに、石川大学という大学は存在しない(47都道府県のうち、石川大学と栃木大学だけが存在しない)。石川大学だと良さそうに見えるので避けたのかも知れない。

2年前の大河ドラマ「光る君へ」で主役の紫式部(まひろ/藤式部)を演じた吉高由里子。「ハロハロ日曜日」で始まる、吉高由里子じゃなかったら、「この人、ちょっと頭おかしいんじゃないの」と思ってしまうような告知がXで毎週あった。「1時間を私に下さい」とも書いていたが、大河ドラマの放送枠は45分である。今回も群像劇ではあるが、劇は彼女のモノローグに始まり、彼女を中心に回っていくため、主役と見なして間違いないだろう。女優の多くにモノローグが用意されているが、桜井日奈子がもう一人の軸となっている。

吉高由里子演じる金田海(うみ)は、地域スポーツ振興課の非正規社員(金沢駅を使って通勤しているため、石川県内の他の自治体の可能性もある)。生活に疲れた感じで、経済的な余裕もなさそうである。

ある日、葬儀の後のお別れ会に紛れ込んだ海は、安らぎを覚え、お別れの会に参加して食事をするのが癖になる。それを20回ほど重ねたある日、海は遺影に見覚えがあることに気付く。大学時代に女子フットボール部員として一緒に活動してきた白澤喜美(よしみ。桜井日奈子)であった。周りにいる人も大学時代の女子フットサル部のメンバー達で……

さとうほなみ演じる山形圭子が、海の幼馴染みということで、海の若いときの話は圭子によって語られる。中高と同じ学校の陸上部で、海は勉強は余りしないタイプ。圭子は勉強していることを海にからかわれるが、結局、同じ大学に進み、今も一番親しい友人である。2011年7月17日、FIFA女子ワールドカップ、なでしこJAPANがアメリカ代表を破って世界一になった時、海は女子サッカー部創設を決意する。圭子も巻き込まれる。2011年は3月11日に東日本大震災が起こってから、日本全体が暗く沈んだムードの年だった。今こそ女子サッカーをやろう! ということでビラを撒いたりして勧誘を行うが、反応はいまいち。そもそも女子でサッカーをすることに興味がある人は少なく、経験者はすでに強豪の女子サッカー部を持つ大学に進んでしまっている。
「次の校舎の陰から出てきた人をスカウトする」と海は決めるが、出てきたのは見るからにオタクっぽい白澤喜美で……。
コーチにプロ経験もある川越瑞希(山口紗弥加)を招き、人数不足でサッカーは諦めてフットサル部を立ち上げた海(それまでフットサルの存在も知らなかった)。初戦はシュートを何発も食らって大敗するが、実力を付けていく。
そんな中、子どもの頃は皆から「可愛い」「綺麗」と言われて得意になるも、それが災いしたのか小学校4年生の時に同級生の女子全員から無視され、以後は、「地味に地味に」を心がけてきた遠藤アキラ(羽瀬川なぎ)が週刊誌の「スポーツ美女」コーナーで取り上げられ、自信を付ける。そんなアキラのロッカーから財布が盗まれた。金額は1350円と安いが、金沢市内の実家などではなく、遠くからなのか、下宿してるのか、持ち金に乏しく、とにかく月末までそれで過ごさなければいけないのだった。海の提案で皆で金を出すことにするが、海は犯人に心当たりがあり……。

この後は蓬莱竜太得意の心理戦が始まるが、その後、ネット社会の怖ろしさや、海の非正規社員としての悲哀(喜美も契約社員にしかなれなかった。海は非正規ながら公務員のようだが、非正規ゆえ発案した企画は一つも通らない、給料や待遇も据え置きで正社員への昇格も却下、午前中に地域のスポーツの写真を撮りに出掛けることだけが生き甲斐だったが、コロナで活動出来なくなる。コロナが終わると写真撮影専門の人が入ってきて、海は事務の雑用をこなすだけになる。アキラは、地方局のレポーターとして人気になり、東京に進出するも地方とは違い、同業となるのは全員可愛い子。仕事はなく、でも事務所にレッスン代は払わねばならず、酒席の接待に駆り出されることもある)などが描かれ、最後は輝いていた青春時代に戻って、どこかからか落ちてきたボールでサッカー(金沢駅近くの公園ということで神社のそばのあそこかな? などと想像していた)という何とか花のある終わり方をするかと思われたが、ラストに能登半島地震の発生が圭子によって告げられる。

悪い作品ではないのだが、テーマを詰め込み過ぎてしまうため、結果としてどれを描きたかったのかが不鮮明になってはいる。ただ俳優陣は皆魅力的で、満足のいく出来にはなった。一つ一つ三部作で描いた方が良いような気もした。

左利きの有名人の一人である吉高由里子であるが、サッカーもレフティー。脚のレフティーは手の左利きより多いので、他にも何人か左で蹴る人がいたが、常時左は吉高由里子だけである。

今回は吉高由里子得意のフィールドに持ち込める役だったので、吉高も生き生きと演じる。「岡山の奇跡」と呼ばれて注目された桜井日奈子だが、今のところテレビドラマでも映画でも有名作で主役を張ったことはない。今日は良い演技だったし、ホワイエにも一人だけお花が二つ届いていたが、「彼女でないと出来ない役」が思い浮かばないのが現状である。岡山県は最近元気で、後輩の女優達も出てきているため、嵌まり役が見つかればいいのだが。

他の出演者は「安定」といったところ。

宣伝用ポスターに黒塗りのサッカーボールが写っており、劇中でもサッカーボールが使われるが、本気でやるとボールが客席に蹴り込まれてしまう危険性があるため、要所だけボールを用いて、後はエアでキックやトラップなどを行っていた。

金沢が舞台なのが嬉しい。「あの辺かな、あの辺かな」と街並みを思い浮かべながら観ていた(実際に出てくる具体的な施設は、金沢駅とその周辺のホテル、金沢21世紀美術館、石川県立美術館のみ)。また金沢に行きたい。七尾市の能登演劇堂も再訪したい。

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2026年1月14日 (水)

コンサートの記(941) JOE HISAISHI「MUSIC FUTURE」with JCSO

2025年9月30日 大阪・京橋の住友生命いずみホールにて

午後7時から、大阪・京橋の住友生命いずみホールで、JOE HISAISH「MUSIC FUTURE」 with JCSOを聴く。いずみホールには、2週間前に久しぶりに訪れたが、続くときは続く。
久石譲が、自身の本来の作風であるミニマル・ミュージック系のアーティストの作品を集めたコンサートで、東京では12年連続で行われているが、今年は東京以外では初となる演奏会が行われることになった。東京の次は大阪という訳で、自然な成り行きであるが、来年は大阪では行われず、東京と久石が指揮活動の拠点の一つとしている長野市で「MUSIC FUTURE」が行われる予定である。来年の長野公演では、久石のピアノ・ソナタが初演される予定で、今一生懸命書いているところだそうである。

久石譲は、大阪を本拠地(事務局は豊中市。定期演奏会場は大阪市北区のザ・シンフォニーホール)としている日本センチュリー交響楽団(JCSO。Japan Century Symphony Orchestra))の音楽監督を務めており、大阪が西日本最大の都市というだけでなく、手兵を持っているので演奏会を開催しやすかったのだろう。

曲目は、スティーヴ・ライヒの「Clapping Music」、テリー・ライリーの「G Song for String Quartet」、久石譲の「2 Pieces for Strange Ensemble」、ヴォイチェフ・キラールの「Quintet for Wind Instruments」、久石譲の「MKWAJU fot MFB」。キラール以外は存命中の作曲家である。
久石作品は久石自身が指揮を行い、他は室内楽編成なので日本センチュリー交響楽団のメンバーが指揮者なしで自主的に演奏を行う。

 

スティーヴ・ライヒは、ミニマル・ミュージックの作曲家としてはトップクラスに有名である。ライヒに師事したこともある加藤訓子(かとう・くにこ)が積極的にライヒ作品の演奏を行っており、「Clapping Music」も加藤がロームシアター京都サウスホールで行ったライヒ作品の演奏会で、開演前のウェルカム楽曲としてホワイエで演奏されたのを聴いている。タイトル通り手拍子のみによる音楽である。
久石は全曲の解説も担当。「Clapping Music」は、リズム譜の書かれたホワイトボードを出して貰い、「急に学校みたくなっちゃいましたが」と言いつつ、リズムの解説を行う。二人で演奏する3部からなる作品。第1部は二人とも同じリズムを叩くが、第2部から別のリズムを叩くことになる。第1奏者はそのままだが、第2奏者のリズムが変わる。だが、第2奏者のリズムをよく見ると、末尾の音が戻るときの先頭の音になっており、シンコペーションでずれているのが分かる。第3部もやはりシンコペーションで行われ、最終盤には第1奏者と第2奏者が再び同じリズムを叩く設計になっているという数学的な作品である。
久石は、センチュリー響の奏者二人(男女1人ずつ)にデモストレーションを叩いて貰って解説してから、二人に本番の演奏を行って貰う。
ミニマル・ミュージックは、聴いていてノリノリになる曲が多いのだが、日本のクラシックの演奏会では体を動かしながら聴くのはマナーが悪いということになっているので、乗りたい時は体の一部を他人に見えないように動かすしかない。
ジブリでない久石の音楽を聴きに来ているのだから、どんな曲が演奏されるの分かっている人ばかりで、大いに受けていた。

 

テリー・ライリーは、今年90歳になるアメリカの作曲家だが、コロナ禍の際に日本にいて、出国が出来なくなってしまった訳だが、日本の風土が気に入ってしまい、山梨県に家を買って住み着いてしまっているそうだ。
「G Song for String Quartet」は、元々は映画音楽として電子オルガンとトロンボーンの二重奏曲として書かれたものだが、クロノス・カルテットのために弦楽四重奏用にアレンジ。今回はそれが演奏される。ヴァイオリンは第1がセンチュリー響コンサートミストレスの松浦奈々、第2が池原衣美。ヴィオラは四家絵捺。チェロは北口大輔。

いかにも現代アメリカ的な格好いい曲である。ニューヨークなど東海岸の大都市に似合いそうである。演奏も質が高い。
ライリーは、膨大な量の映画音楽の作曲を行いながら、同時にコンサート用のクラシック作品も次々に発表しており、久石は「見習わないとな」と話していた。

久石の「2 Piece for Strange Ensemble」は、少しだけだが編成が大きくなる。ヴァイオリンやヴィオラは登場せず、チェロとコントラバスが出演する。
グランドピアノ2台が指揮が見えるように横並びになっているが、ピアノの他にもシンセサイザーが弾かれる(西川ひかりが演奏を担当する)。シンセサイザーがどんな音を出していたのかは確認出来なかった。
同じ旋律を全楽器が演奏し、やがて2台のピアノのメロディーだけが浮かぶように構築している。久石譲というとジブリ映画や北野武作品の映画音楽の作曲家として知られているが、元々の出発点はこうしたミニマル・ミュージックである。
久石はノンタクトで拍を刻む他に左手で数字を示す。指揮者が指で数字を表示する曲は即興が絡むことが多く、同じ譜面を使っても同じ演奏が再現されることはない。
他の作曲家の作品に比べると親しみやすさがある。久石は子どもにも受けるメロディーを書ける人だからだろう。

 

キラールの「Quintet for Wind Insturments」。フルート、オーボエ、ホルン、ファゴット、クラリネットのための作品である。キラールは映画音楽の作曲家としても活動していて、「戦場のピアニスト」の劇伴を手掛けている。ポーランドの作曲家であるが、生まれたのはウクライナだそうだ。2013年に81歳で亡くなっている。
「Quintet for Wind instruments」であるが、ファゴットが田舎の楽隊が演奏していそうなメロディーを吹き、それを元にした音楽である。ミニマル・ミュージックに傾倒したキラール。この曲だけは厳密にはミニマル・ミュージックとして作曲されたものではないが、ファゴットによる主題は何度も出てくる。
都会的なライリーの作品とは正反対のローカル性重視の音楽だ。

 

久石譲の「MKWAKU for MFB」。2023年に作曲されたばかりの作品である(元の曲は1981年に作曲され、レコーディングが行われている)。マリンバや鉄琴が音楽を主導する。コンサートミストレスは引き続き松浦奈々。MKWAKU とはスワヒリ語で「タマランドの樹」を指し、東アフリカの民族音楽を聴いていた時にヒントを得たそうである。
コードの進め方が久石的であり、そのまま「KIDS RETURN」のメロディーが流れ出しておかしくないような進行もあったが、勿論、流れなかった。
マリンバというアフリカ生まれで南米を経てアメリカで広まった楽器が真っ先に目立つ旋律を奏でるということもあり、汎地球的な音楽とも言うべき広がりを持った音楽となっていた。

ミニマル・ミュージックは、太古も存在し、20世紀に再び脚光を浴びた。反復の快感は心臓の鼓動に基づいている。太古と現在を繋ぐ音楽である。

 

現代音楽ばかりの演奏会であったが、比較的小規模のいずみホールということもあり、満員の盛況。久石作品にはスタンディングオベーションを行う人もいた。

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コンサートの記(940) 「ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団 ニューイヤーコンサート」2026@フェスティバルホール

2026年1月11日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後2時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、「ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団 ニューイヤーコンサート」2026を聴く。

ヨハン・シュトラウスⅡ世が率いたヨハン・シュトラウス管弦楽団の後継を目指して、エデュアルト・シュトラウスの孫で、ヨハン・シュトラウスⅡ世の又甥に当たるエデュアルト・シュトラウスⅡ世を招いて結成されたウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団。常設ではなく、ウィーンのヨハン・シュトラウス・ファミリー好きの音楽達が集結して演奏会などが開かれる。ウィーン・フィルなど、ウィーンの中でも世界的に評価されている団体のメンバーも含まれる。

毎年、元日に開催され、全世界に中継される「ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート」。ヨハン・シュトラウス・ファミリーの音楽はそれを聴くだけでも十分との思いがあったり、「ウィンナ・ワルツやポルカは正月よりも夏に聴くと涼しくていい」と思っていたりするため、例年はシュトラウス・ファミリーのニューイヤーコンサートを聴きに行くことは少ない(京都市交響楽団は除く)のだが、ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の演奏会ということで、今年は出掛けてみることにした。

ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の中で、一際輝いているのが、ウィリー・ボスコフスキーの時代。クレメンス・クラウスが始めたウィーン・フィル ニューイヤーコンサートであるが、クラウスは61歳と、指揮者としてはかなり若くして死去。ヨーゼフ・クリップスが2年間引き継いだ後に、ウィーン・フィルのコンサートマスターであったボスコフスキーが指揮台の上でヴァイオリンを奏でながら指揮するという弾き振りを行い、ヨハン・シュトラウスⅡ世もまた弾き振りを行っていたことから人気となり、四半世紀にわたって君臨している。その後、ボスコフスキーはコンサートマスターよりも指揮者としての活動を増やすようになり、非常設ながら手兵として選んだのがウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団だった。ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の名声はボスコフスキーが築いたと言える。ボスコフスキーはウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団と共にドイツEMIに多くのワルツやポルカの録音を行い、日本でも東芝EMI(当時)から数多くリリースされた。
ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の歴史の中で特筆すべき二人目の指揮者は、アルフレート・エシュヴェ。エシュヴェは、ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団とキングレコードにレコーディングを行ったが、顔がヨハン・シュトラウスⅡ世に似ているということで話題になり、来日した際はNHKの音楽番組に出演したりもした。

ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の歴代の指揮者は皆、ウィンナ・ワルツやポルカのスペシャリストということで、ほぼ全員が、NAXOS制作による「ヨハン・シュトラウス全集」に参加している。

今回の指揮者は、ヨハネス・ヴィルトナー。NAXOSに比較的早い時期から録音を行っていた指揮者としても知られる。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のヴァイオリン奏者を経て、指揮者に転向。指揮はNHK交響楽団名誉指揮者として知られたオトマール・スウィトナーに師事している。スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団、プラハ国立歌劇場、ライプツィッヒ歌劇場、ノイエ・フィルハーモニー・ヴェストファーレンなどの音楽監督を務め、ライトクラシックの演奏団体であるBBCコンサート・オーケストラの首席客演指揮者なども務めている。2014年からは、ウィーンの「ガルス野外オペラ」という催しの総監督の座にある。
日本では新国立劇場オペラで、ヨハン・シュトラウスⅡ世の喜歌劇「こうもり」のタクトを担った。

 

そんなヴィルトナーであるが、極端な太鼓腹。しかも下っ腹が膨らんでいるメタボのみならず上の方まで膨らんでいる。見るからに不健康そうだが、本人は至って元気である。腹の出っ張り具合に、女性客達が口々に「凄い! 凄い!」と呟く。

 

ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団は、ヨハン・シュトラウスⅡ世が率いた楽団に近い編成で演奏が行われる。室内オーケストラ編成になるが音は大きめで、空間の広いフェスティバルホールでも全くマイナスにはならなかった。

薄いが上質の紙を使った無料パンフレット付き。オーストリア大使館などが後援しているためか、チケット料金なども含めて良心的な部分が多い。

 

曲目は、ヨハン・シュトラウスⅡ世のオペレッタ「こうもり」序曲、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・フランセーズ「芸術家の挨拶」、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「水彩画」、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・シュネル「憂いもなく」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のエジプト行進曲、ヨハン・シュトラウスのワルツ「ウィーン気質(かたぎ)」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のオペレッタ「ローマの謝肉祭」、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・シュネル「休暇旅行で」、フランツ・レハールのワルツ「金と銀」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「雷鳴と電光」、ヨハン・シュトラウスⅡ世&ヨーゼフ・シュトラウスの「ピッチカート・ポルカ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ・シュネル「ハンガリー万歳!」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」

 

編成は変わっていて、指揮台の前にチェロが3台横に並ぶ。
ヴィルトナーは譜面台を用いず、全曲暗譜での指揮。ただピアノ演奏用の椅子が指揮台の前に置いてあったが、これはヴィルトナーがヴァイオリンの弾き振りをするため、ヴァイオリンの台代わりとして置かれたものである。
当初は、ステージ下手側を占めるヴァイオリン群が第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンだと思っていたが、ずっと同じボウイングをしているため、全員第1ヴァイオリンであったことが分かる。第1ヴァイオリンは9名で他のパートに比べて極端に分厚い。第2ヴァイオリンは対向配置で上手の客席側に5人で陣取っていた。その奥がヴィオラ3人である。コントラバスはヴィオラの後ろに3台で構えている。ティンパニは上手奥、スネアが下手奥だが、この二人は様々な打楽器を兼任する。

室内オーケストラ編成だけに、ゴージャスなサウンドという程ではないが、各楽器の光度や透明度は高く、ウィーンの楽団ならではの楽譜に書かれていない部分での緩急、強弱などが示され、日本のオーケストラが弾くウィンナ・ワルツやポルカとは異なった味わいがある。20世紀はどちらかというとそうしたローカリズムではなくインターナショナルが志向される傾向のあった世紀であり、「普遍的であることは良いこと」とされたが、京都人並みに頑固と言われるウィーンっ子は、伝統を頑なに守ってきた。今後も他の国ではシュトラウス・ファミリーの音楽が変わっても(おそらくもっとスマートになると思われる)、ウィーンのオーケストラが奏でるそれはほとんど変化しないのだろう。もっとも、ウィーン交響楽団やウィーン放送交響楽団が必ずしも巧いウィンナ・ワルツやポルカを奏でるかというとそうでもないのだが。両オーケストラ共に実演に接したことがあり、アンコール演奏でシュトラウス・ファミリーの作品を取り上げていたが、普段はウインナ・ワルツやポルカをほとんど演奏していないため、共に荒めであった。ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団創設当初はオーストリア放送交響楽団(現・ウィーン放送交響楽団)から参加したメンバーが多かったようだが、今はどうなのだろう。

 

指揮者のヴィルトナーはナビゲーターも務め、「(日本語で)みなさん、ほんま(で言葉に詰まってしまい、ポケットからアンチョコを取り出して)いらっしゃいませ(繋がっていないように思うが、多分、別の箇所を読んだのだろう)」と挨拶し、英語での楽曲紹介も行う。日本語コメントでは、「おおきに」など大阪の言葉をなるべく入れるようにしていた。

楽団員が声を出す曲も多く、ヴィルトナーも、「ウィーン気質」では得意と思われるヴァイオリン弾き振りを行った。ヨハン・シュトラウスⅡ世の楽曲はヴァイオリンが甘美な旋律を奏でる曲が多いが、ヨハン・シュトラウスⅡ世が最も得意とした楽器がヴァイオリンだから、というのはこうして視覚で確認すると一層納得がいく。
数年前にザ・シンフォニーホールで、別のニューイヤーコンサートのアナウンスを女性スタッフが行っていたのだが、「ウィーン気質」を「ウィーンきしつ」と読んでいた。「きしつ」とも読むが、「気質」が「かたぎ」と読まれなくなる日が来るのかも知れない。

レハールのワルツ「金と銀」は日本で特に人気のある曲として知られる。立体感と生命力のある演奏に仕上げてきた。

ポルカ「雷鳴と稲妻」は、スネア(片面シンバル兼任)とティンパニを両端に据えたのが効果的で、視覚的にも楽しめるものになっていた。

ヴィルトナーは、「ピッチカート・ポルカ」のみノンタクトで指揮する。

「美しく青きドナウ」であるが、この曲だけミスが目立つ。大きなミスではないが3つほど。何度も演奏しているだけに却って隙が生まれやすいのかも知れない。

 

アンコール演奏であるが、4曲ある。
まず「一月一日」の管弦楽編曲版。勇壮な感じである。演奏が終わった後で、楽団員全員が「あけましておめでとうございます」と新年の式辞を述べる。

2曲目は、H・C・ルンビェの「シャンパン・ギャロップ」。打楽器奏者が、空気砲使っておひねりか何かを客席に発射する。楽曲自体は余り記憶に残る類いのものではなかった。

3曲目は、エデュアルト・シュトラウスの「テープは切られた」。打楽器奏者がオーストリアの車掌の制帽を被り、「次は大阪、大阪」とアナウンスしてスタートする。打楽器奏者は、汽笛という汽笛の音を出すためだけの楽器も吹く。軽快な走りを見せる曲であった。

最後はお馴染み、ヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。ヴィルトナーは時折客席の方を見て軽く指揮。「下手側のお客さんだけ」「上手側のお客さんだけ」もやりたかったようだが、聴衆は追いつけなかった。

ヴィルトナーとウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団の楽団員は最後はステージの真ん中に向かって一礼。意味は分からなかったがよくやっている習慣なのだろう。あるいはヨハン・シュトラウスⅡ世に向かっての敬意だったのか。

今日は2700人収容のフェスティバルホールがほぼ満員。休憩時間にはザッハトルテが当たるプレゼントコーナーがあったのだが、当選者は10人。ヴィルトナーがおどけながらくじを引く。同じ階の同じ列の人が当選していたが、2700分の10では、やはり当たるのは難しかった。

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2026年1月12日 (月)

これまでに観た映画より(425) ジャン=リュック・ゴダール監督作品「新ドイツ零年」

2025年1月9日 京都シネマにて

京都シネマで、ジャン=リュック・ゴダール監督作品「新ドイツ零年」を観る。ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」を意識した作品だが共通点はほとんどない。
1990年10月3日の東西ドイツ再統一を意識し、東ドイツから西ドイツへと向かった男の話となっている。1991年制作。20時台からの遅い上映である。

主演俳優は、アメリカ出身のエディ・コンスタンティーヌが務めている。FBI捜査官などを当たり役としたコンスタンティーヌがこの作品で演じるのはスパイである。
東ドイツに潜伏していた元ナチス諜報員、レミー・コーション(エディ・コンスタンティーヌ)。30年ほど潜伏生活を送っていたが、金のために旧東ドイツ側での諜報活動を行いつつ西ドイツに向かうことになる。
いきなり、ニーチェの『善悪の彼岸』が朗読されるなど、ドイツ文化があちこちに配されている。若い女性ドラ(クラウディア・ミヒェンゼン)からは、「明日からはシャルロッテ。ゲーテと仕事するの」と、『若きウェルテルの悩み』にちなんだ冗談を言われる。
「今年はモーツァルトイヤーだ」というセリフもある。1991年は、モーツァルト没後200年だった。
字幕とセリフが別々のことを述べるなど、かなりせわしない印象を受ける。「カール・マルクス通り」(東ベルリン)の道標が倒れているのは、共産主義の終焉のメタファーだと思われるが、余り上手くないように思う。仮に1991年当時に観ていたら感想は異なったと思われるが。
今はもう時代が進んでしまって、カール・マルクスがロシア人だと本気で思っていたりする人もいる。「カールだよ。典型的なドイツ人男性の名前だよ」と思うが、外国の文化に興味がない人にはピンとこないのかも知れない。一番有名な「カール」であるカール・ルイスはアメリカ人だし。

音楽はクラシックが断片的に用いられている。ドイツ語圏に限らず様々な国の作曲家の作品が流れる。モーツァルト以外に名前が出てくるのは(フランツ・)リストであるが、リストによるピアノ編曲版と思われるベートーヴェンの第九の第2楽章が流れたりする。

「孤独」をテーマにした変奏曲であることが冒頭で示される。
哲学的な言葉が次々に流れてくるが、どれもみな借用という印象を受ける。コラージュのようだ。ゴダールは、「気狂いピエロ」でもすでにコラージュのようなことをやっていた。ゴダールは本の最初のページと最後のページを読むことで読了とし、多くの本に目を通していた。だがコラージュが重なると、自身の核や言葉が、他者にハイジャックされるような気分になる。
そもそもエディは、長く潜伏生活を送っており、孤独な存在である。時間の流れに取り残された存在である東ドイツの中で更に取り残された存在であるエディが西ドイツに行く意味は。
あるいは圧倒的な喪失が今後待ち受けているのかも知れない。

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2026年1月11日 (日)

これまでに観た映画より(424) ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」

2026年1月7日 京都シネマにて

京都シネマで、ロベルト・ロッセリーニ監督作品「ドイツ零年」を観る。1948年の作品。第二次世界大戦に敗れた1945年をドイツ零年として描いた作品である。上映時間74分の中編。出演:エドムント・メシュケ、エルンスト・ピットシャウ、インゲトラウト・ヒンツェ、フランツ・クリューガーほか。

焼け跡の残るベルリンでロケが行われている。ロベルト・ロッセリーニというと、「無防備都市」などで素人を大量に使った演出で、「戦艦ポチョムキン」(これらも素人を大量に動員)に匹敵する生々しさを生み、「無防備都市」を観たイングリッド・バーグマンは、全てを投げ出してロッセリーニの下へと走る。結婚した二人は、映画および演劇「火刑台のジャンヌ・ダルク」を上演。大ヒットを記録するが、これに味を占めたロッセリーニは、何度も何度も舞台「火刑台のジャンヌ・ダルク」を上演。何度も焼かれては死ぬ乙女を演じなければならなかったバーグマンは、やがてロッセリーニの下を去る。
その後のロッセリーニの情報は少ない。再婚しており、映画も監督したが、日本で上映された作品はほとんどないようだ。

「ドイツ零年」は、連合国軍によって分割統治されているベルリンが舞台である。ドイツ語の他に、英語やフランス語などが統治を行っている兵士の口から話される。イタリア語も用いられているようだが、確認は出来なかった。

この映画でも、大量動員されているのはエキストラではなく素人の可能性が高い。動きが整然としていないため、生々しさがある。端役俳優にも素人が抜擢され、主役のエドムントを演じるエドムント・メシュケも子役ではなく、家族が運営するサーカスで芸を行っていた11歳の少年である。

主人公は、12歳の少年、エドムントである。家族と、更に別の家族とも暮らしているようである。父親は病気で働くことが出来ず、兄のカールハインツは、最後までナチス兵として戦ったが、そのことが災いして強制収容所に入れられるのではないかと怖れ、引きこもり状態になっている。働き手が足りないので、姉のエヴァと共にエドムントも年齢を15歳と偽って、市場に出るが、見た目がどう見ても12歳であるため、「15歳未満は働いてはいけない」という法律によって追い返される。

一家の物語でありながら、ドイツの近年の歴史を辿るような展開が起こる。
エドムントは、戦後もナチを信奉している元教師のエニングと再会する。エニングは、「強い者が勝ち、弱い者は滅ぼされる」「弱肉強食」といったナチスの発想を今も抱いている。エドムントは次第にエニングに感化されていく。

エドムントは、父親を毒殺し、ラストは飛び降りて死ぬ。
ヒトラーのヒンデンブルクの死による政権奪取と、ベルリン陥落により二度負けたドイツそのものである。こうした描写は比較的分かり易いと思われる。

ヒトラーの演説が入ったレコードをエドムントが売りに行く場面があり、ヒトラーの演説も流れる。ヒトラーは簡単なことを何度も何度も繰り返し述べているが、洗脳にはこれが最も有効とされている。今生きる私たちに言えるのは、こういう人物がいたら注意しなさいということだけだ。真理が分かり易い言葉で語られることは余りない。それが分かるように我々は、子どもの時から何年も学校に通っているのである。

問題があるとしたら音楽。ロベルト・ロッセリーニの弟であるレンツォ・ロッセリーニが担当しているのだが、余りにも大袈裟で、この映画に関しては正直、神経に障る。

 

今回は、ジャン=リュック・ゴダール監督の「新ドイツ零年」と合わせての上映である。第二次世界大戦での敗北をドイツ零年としてロッセリーニに対し、ロッセリーニから影響を受けたゴダールは、東西ドイツ統一を新ドイツ零年としている。

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2026年1月 9日 (金)

コンサートの記(939) ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.5

2025年11月3日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.5を聴く。コバケンこと小林研一郎が、日本フィルハーモニー交響楽団と行う特別演奏会の京都版第5弾。そして日本フィルハーモニー交響楽団が今年京都で行う3つめにして最後の公演である。

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京都市交響楽団の常任指揮者だったこともある小林研一郎。出雲路の練習場や京都コンサートホールなどは小林の発案によるものだ。
一方、日フィルとの付き合いも長く、90年代に他の東京のオーケストラが大物指揮者を招く中で、財政基盤の弱い日フィルは苦境にあった。そんな日フィルを支えるべく小林は音楽監督としての活動を続けた。「火中の栗を拾う」などと言われたものだが、その後に続くアレクサンドル・ラザレフとの黄金時代や、現在のカーチュン・ウォンとの飛躍に向けた活動の礎となっている。現在の日フィルでの肩書きは桂冠名誉指揮者。ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団と名古屋フィルハーモニー交響楽団と群馬交響楽団の桂冠指揮者、読売日本交響楽団の特別客演指揮者、九州交響楽団名誉客演指揮者の称号も得ている。

最初に小林研一郎の実演に触れたのは、ゲイリー・カーがコントラバスをソロとする協奏曲を弾いた演奏会だったと思う。会場はサントリーホールで、オーケストラは日本フィルハーモニー交響楽団だった。2回目は東京国際フォーラム ホールCで行われたハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の来日演奏会。ベルリオーズの幻想交響曲がメインであったが、演奏終了後、小林が、「ホールのせいだと思われるのですが、皆さんの拍手の音が小さいのです」 と語っていた。東京国際フォーラムはクラシック音楽の演奏には向かないが、「ラ・フォル・ジュルネ」など、今もクラシックの演奏会が開かれているようである。
関西に来てからは、京都市交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団で聴いているが、何か他のオーケストラで聴いたことはあっただろうか。
そして「コバケン・ワールド in KYOTO」は、5回中4回聴いている。
海外のオーケストラを率いた日本ツアーも何度かやっているはずだが、私は前記、ハンガリー国立交響楽団のものしか聴いていない。
岩城宏之が始めた、年末にベートーヴェンの交響曲9曲を1日で演奏するという試みの2代目指揮者(3代目指揮者は広上淳一)なども務めている。

 

曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、チャイコフスキーのロココ風の主題による変奏曲(チェロ独奏:宮田大)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」(無料パンフレットには「ドヴォルジャーク」と記されている)。

コンサートマスターは木野雅之(日本フィル・ソロ・コンサートマスター)。見た目が昔と違うような。
ドイツ式の現代配置による演奏だが、ティンパニは指揮者の真正面ではなくやや下手寄りで、向かって右隣にトランペットが並ぶ。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。快速テンポによる曲として有名で、オーケストラの実力を示す作品の一つとなっている。エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団による超人的な演奏が有名だが、真似しようとしても出来ないので、大抵の場合は違う路線を選ぶ。
コバケンと日フィルは速度はやや抑え気味にして、色彩感を豊かに盛り込む。
ちなみにこの時は、小林は上から見ると横長になった指揮台の上で指揮していた。グリンカとドヴォルザークは暗譜での指揮である。

 

チャイコフスキーのロココ風の主題による変奏曲。独奏チェロを伴う変奏曲であるが、チャイコフスキーはチェロ協奏曲は残していない。
独奏の宮田大は、京都で演奏する機会も多い。2009年ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにおいて日本人初の1位獲得。
ジュネーヴ音楽院に学び、ドイツのクロンベルク・アカデミーを修了。トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団と共演したエルガーのチェロ協奏曲の音盤も売れ行き好調である。
最近は、ロームミュージックセミナーの講師も務めているが、子ども達から、「大先生、大先生」と呼ばれ、「これは、『大、先生』なのか? 『大先生なのか?』」と戸惑ってもいるそうである。宮田は、「来年、40になる」という話もしていたが、小林は、「私は今年85」と返していた。
磨き抜かれた抜群の美音が武器の宮田大。チャイコフスキーの音楽ということもあり、チャーミングに響く。
小林の指揮する日フィルも宮田の演奏によく合った伴奏を行った。
なお、この曲では小林は上から見ると斜めになった指揮台の上で、スコアを見ながら指揮した。

 

小林が、「アンコール、なんかやって」と言ったので、宮田はカザルスがよく演奏したカタロニア民謡の「鳥の歌」を演奏する。「Peace、Peace」と鳴く鳥の歌。ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナの戦いが止まない中での痛切な演奏であった。

 

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。ドヴォルザークという表記が日本では定着しているが、黛敏郎が「題名のない音楽会」で語ったところによると、「唾が飛ぶからあっち行け! ドヴォルシーック!」だそうで、日本語には上手く置き換えられない音である。そのため今回はドヴォルジャークとなっている。
ドヴォルザークはナショナル音楽院(現存しないようである)の院長の座を任され、ニューヨークへと飛んだが、チェコの田舎や、昔ながらの建物が連なるプラハに比べて、摩天楼の聳え立つこの街は合わなかったようで、たびたびホームシックに陥っている。だが、その地で、ヘンリー・サッカー・バーレーというスポーツ万能そうな名前の生徒から黒人霊歌やブルースなどを知り、これが自分の音楽だと言われたことで、自分の音楽の根幹にあるのはボヘミアのスラヴ音楽だと悟り、もっともボヘミア的な交響曲を書き上げている。以前は、「黒人霊歌の旋律の引用を」などと解説にそれらしく書かれていたが、そんな要素はほぼないようである。余り簡単にものを信じない方が良さそうだ。

推進力のある音楽の演奏を得意とする小林研一郎。しかしそれは、猪突猛進や一瀉千里とは異なるナイーブで繊細な味わいに満ちている。
有名な第2楽章のイングリッシュホルンのソロには歌詞が付けられ、「家路」や「遠き山に日は落ちて」のタイトルで知られるが、歌詞は後から第3者によって付けられたもので、ドヴォルザークの意図とは異なる。歌詞を読むとアメリカ的であることが分かる。
ドヴォルザークが意図したのはもっと素朴なものかも知れない。
ノスタルジックな味わいの第2楽章以外は、威圧的とも思える表情が頻出する。「三大交響曲」の中に入っている名曲で格好いいので聞き落としがちだが、ドボルザークもストレスが溜まっていたのかも知れない。ボヘミア恋し、アメリカ憎しという訳ではないだろうが、現状を打破したい思いが詰まっているように思える。「俺はボヘミアに帰りたいんだー!」といったような。

鉄道マニアであったドヴォルザーク。電車が時間通り駅に着くかどうか心配なので生徒に確認しに行かせたなど、度を過ぎた鉄オタぶりを示すエピソードがあるが、「新世界」交響曲には列車の走行の模倣なのではないかと思われる箇所がいくつかある。そうしたものを探すのも楽しい。

この演奏では、小林は低弦を強調。日フィルも小林の要求によく応えて分厚い低音を形成。日本人指揮者と日本のオーケストラとしては珍しい、ピラミッド型の音型による熱い演奏であった。

なお、小林は、この曲では上から見ると縦長になった指揮台の先端に立ち、いつもよりオーケストラの核に近い場所での指揮であった。

 

アンコール演奏。小林は、「またあれかと思われてしまうかも知れませんが」と言いつつ、定番の「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」を演奏する。瑞々しくもノスタルジックな演奏である。
小林が演奏前に説明していたが、この曲も戦争絡みの作品である。ちなみに同じメロディーだが、歌詞があるのが「ダニー・ボーイ」、旋律だけなのが「ロンドンデリーの歌」である。出征した息子を待つ母親の悲痛な声である。

 

今日もカーテンコールのみ写真撮影可だったが、スマホのカメラの限界で、良い画は撮れず。ちなみに許可されているのは携帯電話やスマホに付いているカメラでの撮影のみで、本格的なデジカメなどは不可である。

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2026年1月 8日 (木)

これまでに観た映画より(423) 草刈正雄主演「沖田総司」

2025年10月7日

Amazon Prime Videoで、東宝映画「沖田総司」を観る。私が生まれた1974年の作品ということで、もう制作後半世紀が経つ。ちなみにタイトルであるが、Wikipediaには「おきたそうじ」と書かれているが、劇中のセリフなどから考えて、「おきたそうし」がこの映画の読み方である。
沖田総司の本来の読みは「おきたそうじ」で、本人の署名にも「沖田総二」と、「じ」としか読めないものもあったりするため、「そうじ」で間違いないのだが、俳優で沖田を当たり役としていた島田順司(しまだ・じゅんし)が、先輩の俳優から、「お前、順司で『じゅんし』って読むんだから、総司も『そうし』で出ちゃえよ」と言われ、連続ドラマ「新選組血風録」に「おきた・そうし」の読みで出演。大ヒットしたため、以後は「おきた・そうし」読みが定着していく。
私が初めて沖田総司を知ったのは、田原俊彦が沖田総司を演じた2時間ドラマ(これも今は配信で見ることが出来る)であったが、やはり読みは「おきた・そうし」であった。2004年の大河ドラマ「新選組!」あたりから「おきた・そうじ」読みが戻ってくる。

出演:草刈正雄、高橋幸治、米倉斉加年(よねくら・まさかね)、西田敏行、辻萬長(つじ・かずなが。愛称:つじ・ばんちょう)、小松方正、真野響子(まや・きょうこ)、池波志乃、神山繁(こうやま・しげる)ほか。

沖田総司の没年には、24歳説、25歳説、27歳説などがあるが、いずれにしてもかなり早くに亡くなっている。奥州白河藩士の血筋に生まれた武士であり、天然理心流の試衛館(「試衛」としか残っていないため、本当に試衛館だったのかどうかは不明)の食客となって剣に邁進。永倉新八曰く「本気を出したら近藤もやられる」
新選組に関する証言を数多く残している永倉新八は、「沖田の剣は猛者の剣、斎藤(一)の剣は無敵の剣」と評しているが、肝心の永倉本人は、「一番強いのは自分だった」としている。この映画では西田敏行が永倉新八を演じているが、見せ場はほとんどない。
三多摩で、剣を生かす場を探している沖田総司(草刈正雄)。ちなみになぜか立ち小便をする場面があるが、司馬遼太郎の『燃えよ剣』の影響かも知れない。多摩地区で武芸のシマ争いが起こっており、沖田は土方歳三(高橋幸治)と共に天然理心流派として他派と闘う。
今や押しも押されもせぬ名優の地位を築いている草刈正雄だが、この時はセリフに感情が乗っていないなど、お世辞にも上手いとは言えない。最初から出来る天才タイプではなく、努力を積み上げて名優となったのだろう。

この映画はどんどん場面が進んでいき、浪士組に応募したかと思いきや、瞬く間に新選組となり、芹沢をあっさりとやっつけて、メインである池田屋事件に至る。テンポは良いが、人物を掘り下げていないので、人間としての成長ドラマは描かれていない。
さて、池田屋では沖田の喀血がある。新選組のどのドラマでも沖田喀血は描かれるのだが、実際には沖田が喀血したという記録はない。新選組三部作を書いた子母沢寛の脚色だと思われる。永倉新八は、小樽の楽隠居・杉村義衛となってからの回想で、「沖田が持病で倒れた」と書いているが、持病が何なのかははっきりしていない。別の書では「呼吸器系」と言われているが喘息か? 戦って倒れたのなら心臓系の可能性もある。が、少なくとも喀血を伴う労咳(結核)ではないようだ。労咳は吐血から1~2年で死に至り、広まらないよう隔離が必要だが、沖田が隔離されるのは大坂城に入ってからである。
基本的に沖田の見せ場は、池田屋事件で終わってしまうため、この作品では、おちさ(真野響子)との恋が描かれたりするのだが、残酷な結末が待ち受けている。
この映画では沖田が鳥羽・伏見の戦いの伏見の戦いに参戦したことになっている。実際には、この直前に労咳にかかったようで大坂城に運ばれて療養生活に入っていて参加はしていない。大坂城に向かう直前まで京の街の警護に当たっていたという記録はあるため、労咳にかかったのはこの頃だと推測されている。
新選組は伏見奉行所に籠もり、先陣を受け持って、薩摩軍が陣を張る御香宮に斬り込むのだが、薩摩の鉄砲隊と大砲に歯が立たず、土方も「刀の時代は終わったな」と悟る。ちなみに良いロケ場所がなかったようで、商人の街・伏見とは思えない荒野で戦いが行われている。

江戸に帰った沖田は、もう猫も斬れないことを嘆く(これも子母沢寛の小説からのエピソードだと思われる)。
劇中、近藤勇が写真を撮るシーンがあるが、この場面は司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』にも出てくるよく知られた話をそのまま使っている可能性がある。当時はバカ殿のように白化粧をして30秒ほど静止していなければならなかった。座っている場面はまだ良いが、立っている姿を撮る場合はふらつくので何かにもたれていた。坂本龍馬が台にもたれているのはそのためである。
こうして今に残る写真を収めた近藤勇だが、沖田が猫も斬れないと嘆くよりも前に流山で投降。旗本・大久保大和を名乗るが、元新選組隊士・加納鷲雄が維新軍に参加していたため、素性が割れて板橋で斬首となり、首は京の三条河原に晒された(行方不明になるが、幕府方の何者かが首を奪還して埋葬したと思われる)。
土方も箱館の蝦夷共和国で陸軍奉行並まで出世するが、二俣川の戦いで流れ弾に当たって戦死する。
そして沖田は近藤の死も知らぬまま、一人寂しく散るのだった。
最後は、多摩地方を思いっきり駆けていく若き日(享年もかなり若いが)の沖田の姿で終わる。


音楽は敢えて時代劇風のものを避け、カントリーミュージックのようなものが多い。沖田が主人公ということで、これまでの新選組映画とはひと味違ったものを目指したということもあるだろう。
おそらく新選組好きにとっては物足りない内容となっているので(近藤も芹沢も清河も出てくるだけで、どんな人物なのか描かれていない。伊東甲子太郎は顔を見せるだけだが嫌な奴なのが分かる)お薦めは出来ないが、草刈正雄のような昭和の男前の活躍を楽しみたい人には推せるだろう。

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2026年1月 6日 (火)

これまでに観た映画より(422) 岩井俊二脚本・監督 松たか子初主演映画「四月物語」

2026年1月2日

岩井俊二脚本・監督作品「四月物語」を観る。1998年の作品。松たか子が、旭川から上京した女子大学生、楡野卯月(にれの・うづき)を演じており、彼女はこれが映画初主演作になる。松たか子は1977年生まれなので、当時、実際に大学生であったが、1年の内、休みが4日しかないという多忙な生活を送っており、大学にもほとんど通えず、4年目で中退している。一方、私もまだ大学生だった頃である。

私はロードショー時に、渋谷にあったシネアミューズという映画館で観ている。シネアミューズは文字通りアミューズの映画館であるが、上階のオフィスから絶えずコツコツというハイヒールで歩く足音が聞こえてくるという悪環境。ハイヒールで絶えず歩き回る仕事が何なのか分からなかったが、映画館側もクリームを入れてはいたようである。しかし、改善されないままであった。今はもうシネアミューズは存在しない。大小2つのスクリーンがあり、「四月物語」は大きい方のスクリーンで観ている。

先輩に恋した女子高生が、彼を追って東京へと出るというお話である。ファーストシーンで観る者を笑わせる仕掛けがある。

武蔵野大学というのが先輩が行き、卯月も入った大学の名前だが、1998年当時には、武蔵野大学という大学は存在しなかった。だがその後、西東京市にあった浄土真宗本願寺派の武蔵野女子大学が共学化して武蔵野大学となり、更に文学部しかなかった元小規模女子大が、毎年のように学部を増やし、女子も男子も志願者が増えて有明にもキャンパスを築き、「共学化して最も成功した大学」として知られるようになっている。卯月は東京の大学には疎いようで、「武蔵野って有名なの?」と友人に聞くが、友人も「結構、有名」と返しており、現在の武蔵野大学の状況と重なっていたりする。大学案内にさりげなく芝浦工業大学や上智大学などの実在の難関私大のページを入れているのも、あたかも武蔵野大学が実在するかのように見せる仕掛けとなっている。
実際のキャンパスの撮影は、入学式が東京都武蔵野市吉祥寺の成蹊大学(実際の入学式に紛れて撮影)、それ以外は栃木県小山市の白鷗大学で行われているようだ。全体的に、「東京都下での学生生活」といった雰囲気であり、23区内の大学生活とは大きく異なる。住所であるが、卯月が自転車を漕いで歩道橋を渡るときに「国立市」の文字が見える。国立市には国立の一橋大学があるも、有名な私立大学はほとんどないが、北の国分寺市に東京経済大学が、南の立川市に国立(くにたち)音楽大学があり、共にのんびりとした校風であるため、そうした大学をイメージするといいだろう。23区内の難関大学だとみんな図書館に籠もって資格の勉強をしていたりするので、この映画に出てくる大学とは雰囲気が大分異なる。

楡野卯月であるが、高校時代は学業成績は今ひとつで、どうしても先輩のいる武蔵野大学に行きたくて必死で勉強したタイプである。ただ地の部分は隠せないでちょっと抜けた感じである。また、「それちょっとまずいんじゃない?」ということもする癖がある。

「生きていた信長」という三流映画が掛かっている映画館で、卯月に近づいてくる怪しいサラリーマン風の男を演じていた俳優は、当時は無名に近かったが、その2年ほど後に、萩原聖人&中谷美紀主演の映画「カオス」で、「怖ろしくリアルな演技をする」俳優として注目を浴びるようになる。光石研である。

「生きていた信長」で、信長を演じていた江口洋介は、その後、大河ドラマで信長を演じることになる。

親元を離れ、初めての一人暮らし。不安だけど新しい生活が鮮やかに切り取られている。
松たか子も最近は自分の色を出した演技で自在感を増しているが、このときは100%役になるための楷書風の演技。現在の草書風の演技と比べてみるのも面白い。

当時の松たか子は、頬がふっくらした感じで、2年前(1996)の連続ドラマ「ロング・バケーション」でも、山口智子にそれをいじられるシーンがある。またカレーを作るシーンでは、松たか子が実際にカレーを作っており、メイキング番組では、余った分をスタッフが美味しそうに食べるシーンがある。

憧れの山崎先輩(田辺誠一)がアルバイトをしている書店、武蔵野堂の周辺は、日本風の街並みではないが、出来てまだ新しい、千葉市の幕張新都心の幕張ベイタウン・パティオスで撮られている。加藤和彦が現れる画廊の周辺も車止めの形が同じであることからやはり幕張新都心で撮られたことが分かる。加藤和彦の役名は「画廊の紳士・加藤」で何者かは分からない。画家に「先生」と呼びかけていること、スーツ姿であることなどから画家ではないと思われ、ロードショー時には「大学の先生か何かかな?」と思ったが、画廊の女性は、「加藤さん」と呼びかけており、いわゆる「先生」と呼ばれる職業ではないようだ。編集者だろうか? いずれにせよ加藤和彦のチャーミングでジェントルな一面が映っており、加藤和彦の追悼映画にこのシーンが取り上げられなかったのは残念である。

音楽はCLASSICとなっていたり、女性名義の作曲家になっていたりするが、その女性の名前で検索しても「四月物語」しか引っかからない。ということはペンネームということになる。そしてプロの作曲家にしては拙い作曲技法ということで、正体は岩井俊二監督である。岩井監督はその後、CMの音楽を手掛けたが、作風はそっくりで確定となった。
なお、ピアノは松たか子が弾いており、オリジナルサウンドトラック「四月のピアノ」も発売されている。

大学に入ったことのない人がどう思うのかは分からないが、大学に入ったばかりの四月のワクワクドキドキ、おそらく人生で最も晴れやかな四月を描いた愛らしい中編映画である。

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2026年1月 5日 (月)

これまでに観た映画より(421) ナショナル・シアター・ライブ(National Theatre Live) 「インター・エイリア(Inter Alia)」

2025年12月27日 梅田の大阪ステーションシティシネマにて

大阪へ。大阪ステーションシティシネマで、ナショナル・シアター・ライブ(National Theatre Live。NTL、NTLive)「インター・エイリア(Inter Alia)」を観る。今年の7月23日にロンドンの英国ナショナル・シアター リトルトン劇場で初演された作品で、三人芝居であるが、主役であるロザムンド・パイク(ジェシカ・パークス役)がストーリーテラーを兼任するため、膨大の量のセリフをこなしている。ロザムンド・パイク以外の出演は、ジェイミー・グローヴァー(マイケル・ウィートリー役)、ジャスパー・タルボット(ハリー・ウィートリー役)。その他に、子役が計6人出演する。
作は、オーストラリア・メルボルン出身のスージー・ミラー。豪州で弁護士兼劇作家として活躍した後、2010年にロンドンに移住したが、現在は、英、米、豪の3カ所で演劇、映画、テレビドラマに関わっている。
演出は、ジャスティン・マーティン。スティーブン・ダルドルーと共にキャリアを築いてきた演出家である。
スージー・ミラーとジャスティン・マーティンのコンビは、前作「プライマ・フェイシィ」に続き、NTL上映作品に選ばれた。
「Inter Alia」は、ラテン語で「その他のことの中で」という意味である。

セットはシンプルである。とある家庭の一室、中央にカウチとキッチンテーブル、上手にキッチンがあり、下手はものを入れる棚になっている。

ジェシカは、英刑事法院判事に昇格したばかりの法曹。夫のマイケルは弁護士だが、稼ぎは余り良くないようだ。弁護士などは接客業なので、頭脳は優秀でも対人関係を築くのが苦手な場合は、顧客が付かず、稼げず生活保護へ、というコースもあり得るため、日本でも近年は苦労して勉強してそれでは割に合わないと、弁護士志望者は減りつつある。マイケルも肩身が狭いというほどではないが、余り出しゃばらないよう心がけているようだ。
「妻より夫の方が上で」とジェシカも一人で夫婦円満法を唱えるが、取りあえずそれはそれである。夫婦間に亀裂はない。だが、18歳の息子、ハリーのことは心配である。ハリーの性的経験に関してはジェシカは踏み入らないようにしていた。自分が、男女間の暴力訴訟を得意とする検事だったからかも知れない。しかし、あるとき、ジェシカはハリーのノートパソコン(英米で言うラップトップ)の訪問履歴を検索する。しない方が賢明だとは思うのだが、ポルノハブなどの性関係の投稿サイトの閲覧履歴や、自分たちの仲間で撮影した性的な動画を見て、ジェシカは動揺する。
そして、ハリーが、強姦容疑で起訴される。ハワイ関連のイベントに参加し、クラスメイトと関係を持った疑惑が浮上したのだ。
ハリーとクラスメイトとの証言は食い違うのだが……。

性暴力の裁判を長年に渡って担ってきた女性が、息子が起こした性加害事件にどう向かい合うのか描いた作品である。
ただ、その前に、両親ともに法曹という、特殊な家庭であることには触れておきたい。イギリスは階級社会であり、労働者階級から上流階級に上がるには専門職に就くしかない。法曹は専門職なので、階級を超えることが出来る。上流階級になれるのだ。ただ、上流階級出身の法曹も当然ながらいるので、この夫婦の出身階級は不明である。ジェシカはやたらお喋りであるが、自分たちの出身階級には触れていない。息子のハリーは幼い頃にいじめに遭っていたが、これに関しても階級が影響しているのか不明である。労働階級の方が荒れてはいるが、仮に上流階級でパブリックスクールに入っていたとしてもいじめに遭う可能性はある。
それでも現時点では上流階級にいると思って間違いないだろう。前作の「プライマ・フェイシィ」は、労働者階級から法曹となり、上流階級へと移った女性が主人公だったが、本作とは繋がっていない。

階級によって思想や信条は変わってくるが、この芝居では、どの階級でも起こる事件を扱っており、意図的にかどうかは不明だが、階級にまつわる話は描かれていない。
その代わりに、妻の方が夫よりも上という、努力しても少し歪んでしまう家庭像には僅かながら振れている。階級よりも前に妻と夫のランクによって家庭のバランスが崩れるということもあり得る。

ハリーがどこまで行ったらレイプかどうか、ジェシカに問うシーンがある。性教育が十分ではなかったのだが、日本も性教育に関しては先進国中最低レベルといわれているため、耳の痛い問題である。

終盤はジェシカとハリー二人の話となるが、幼き頃のハリーを子役が舞台上を駆け巡ることで演じている。
ラストはベストではないかも知れないが、上手いところに落としたなという印象を受ける。法曹としてというよりも母親として、ジェシカはハリーときちんと向かい合ってこなかったように思う。18歳、子離れの年齢。ハリーからの提案をジェシカが受け入れることが、ほんの僅かながら明るさを感じさせる。

とにかくジェシカ役のロザムンド・パイクのセリフ量が多く、圧倒される。演じるジェシカ・パークスも判事で超エリート。ただ母親としてはスーパーウーマンではなくありふれた母親であったことが、観客をホッとさせる。これは超人達ではなく、普通の人々の物語だ。
今後、親子で事件に向き合うこともあるかも知れない。だがその前に母と息子の二人の話が続くはずだ。

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2026年1月 4日 (日)

グスターボ・ドゥダメル指揮シモン・ボリバル・ユースオーケストラ レナード・バーンスタイン 「ウエスト・サイド・ストーリー」よりシンフォニック・ダンス

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