2022年1月27日 (木)

観劇感想精選(423) 《喜劇名作劇場》恋ぶみ屋一葉「有頂天作家」 

2022年1月16日 京都四條南座にて観劇

午後3時30分から、京都四條南座で、《喜劇名作劇場》恋ぶみ屋一葉「有頂天作家」を観る。キムラ緑子と渡辺えりが南座で(南座の休館時は大阪松竹座で)の上演を重ねている「有頂天」シリーズの最新作である。今回は、「現代の戯作者」とも呼ばれている齋藤雅文が1992年に書いた「恋ぶみ屋一葉」を齋藤雅文自身の演出で上演する。
出演は、渡辺えりとキムラ緑子の他に、大和田美帆、影山拓也(ジャニーズJr.)、瀬戸摩純(劇団新派)、春本由香(劇団新派)、長谷川純、宇梶剛士、渡辺徹ほか。

音楽劇という程ではないが、冒頭とラストに歌とダンスのシーンがあり、劇中もいくつかのナンバーが俳優達によって歌われる。

一葉というのは樋口一葉(本名:樋口奈津)本人ではなく、同じ「奈津」という名前を持つ前田奈津(キムラ緑子)のことである(樋口一葉の友人であった伊藤夏子がモデルの可能性もある)。前田奈津は、樋口一葉と共に尾崎紅葉門下であったが、樋口一葉最晩年(といってもまだ24歳だが)の情熱的な活動と出来上がった作品の完成度に惚れ込み、以降は小説家を目指すのを断念して樋口一葉のファンとして樋口一葉同様に荒物屋を営み、一方で、恋文を中心とした代書屋として活動していた。一葉は前田奈津のあだ名であり、自分から一葉を名乗ったのではなく、周りが彼女のことを一葉と呼ぶのであった。

尾崎紅葉門下の筆頭格である通俗小説家の加賀美涼月(渡辺徹。モデルは加賀金沢出身の泉鏡花だが、尾崎紅葉、更におそらくは半井桃水の要素も盛り込まれている)は現在では弟子数名を抱える売れっ子となっている。前田奈津と加賀美涼月は紅葉の門下生時代から親しい間柄で、今でも男女という性別を超えた友人として付き合ってる。前田奈津には加賀美に対する恋心もあったのだが、親友で後に芸者となったきくに加賀美を譲っていた。加賀美ときくの恋は実らず、きくは川越にある農家に嫁ぎ、21年前に他界していた。はずだったのだが、実は生きている。夫の苗字を名乗り、サツマイモ畑で汗を流す日々。夫は朝鮮に渡り、その地で亡くなっていた。きくの舅が、きくと加賀美の仲を完全に裂くために、「きくは亡くなった」と偽りの訃報を加賀美や奈津に届けていたのだ。

加賀美涼月の自宅に、一人の小説家志望の青年が訪ねてくる。川越出身の羽生草助(影山拓也)である。加賀美は、草助が書いた原稿に一応は目を通すが、「表現しようという意欲が感じられない」とこき下ろす。だが、草助に新たに玄関番になることを命じ、門下の書生となることを許す。実はこき下ろしはしたが、加賀美は草助の中に光るものを感じていた。草助が加賀美の文体を真似ようと努力していることも見抜き、新時代の感覚も身につけているということで期待していたのだった。加賀美は家を訪ねてきた奈津にそのことを語る。奈津は、草助が若い頃の加賀美に似ていると言う。

そんな中、きく(渡辺えり)が奈津を訪ねてくる。昔はほっそりしていたきくだが、今は体の幅が倍ぐらいになっており、21年ぶりの再会ということで、奈津はきくに気付かない。
きくが奈津を訪ねたのは、家出した息子を川越に連れ戻そうとしてのことだった。実はきくの息子は草助であり、草助が加賀美涼月に弟子入りすると書き置きを残していたため、東京へと出てきたのだった。

その草助は、先輩書生の片桐清次郎(長谷川純)らに連れられて吉原に遊びに行き、そこで出会った芸者の桃太郎(大和田美帆)に恋心を抱く。草助と桃太郎はすぐさま両思いとなった。
加賀美涼月は、芸者が嫌いであった。弟子達にも「芸者と遊ぶな」ときつく戒めていた。だが、加賀美はかつての恋人であった芸者時代のきくが忘れられず、50歳も間近だというのに所帯を持とうとはしなかった。弟子達に芸者遊びを禁じたのも、悲恋に終わった自身の芸者との関係が傷となり、弟子にも芸者にも自分と同じ思いをさせないためだった。

他の人物は草助についてよく知らないが、母親のきくは当然ながら彼の父親が誰なのかを知っていた……。


樋口一葉、泉鏡花、尾崎紅葉ら明治の文豪をモデルとした架空の人物達が繰り広げる文芸ロマンである。加賀美涼月は通俗作家という設定だが、新派劇と通俗小説はかなり近しい関係にあり、劇団新派文芸部出身の齋藤雅文も通俗であることの誇りを加賀美の口を借りて謳っている。

大和田美帆演じる桃太郎は、泉鏡花の奥さん(伊藤すず。ちなみ泉鏡花の実母の名前も「すず」である)と同じ芸名であり、加賀美涼月と羽生草助が共に泉鏡花の分身として登場し、泉鏡花という作家が重層的に描かれている。尾崎紅葉は鏡花と伊藤すずの交際に反対しており、二人が結婚するのは紅葉が亡くなってからだが、その構図がこの作品でも生かされている。

伏線が上手く張り巡らされ、登場人物の心の機微が綾を成して、いくつもの恋が巧みに織りなされていく。24歳で早逝した樋口一葉ではなく、その志を受け継いだ前田奈津を主人公にしたことで、今生きることの希望がメッセージとして強く押し出されていた。

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2022年1月26日 (水)

コンサートの記(760) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第554回定期演奏会

2022年1月21日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時からフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第554回定期演奏会を聴く。当初はウェイン・マーシャルが客演する予定だったが、外国人が基本的に日本に入国出来なくなったため、大フィル桂冠指揮者の大植英次が指揮台に上がる。曲目も一部変更になった。

オール・アメリカ・プログラムで、ガーシュウィンのキューバ序曲、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(ピアノ独奏:中野翔太)、ガーシュウィンの「ガール・クレイジー」序曲、グローフェのミシシッピ組曲、ガーシュウィンの交響的絵画「ポーギーとベス」(ベネット編)が演奏される。

今日のコンサートマスターは須山暢大。

昨年の1月、出町柳の名曲喫茶・柳月堂でガーシュウィンの組曲「グランド・キャニオン(大峡谷)」をリクエストで入れて聴き、「アメリカ音楽はカラッとしていて新年に合うなあ、例年なら」と思ったが、たまたま今年の大フィルの1月定期はオール・アメリカ・プログラムとなった。

二十歳でアメリカに渡り、タングルウッド・ミュージック・センターとニューイングランド音楽院に学び、レナード・バースタインに師事した大植英次。アメリカ音楽も得意である。

大植は大フィルの分厚い音色を生かしたシンフォニックな演奏を築きつつ、キレや華にも欠けない理想的な音像を引き出す。


ガーシュウィンのキューバ序曲。この曲と交響的絵画「ポーギーとベス」は、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団によるDECCA盤で初めて聴いて大好きになっている。大植と大フィルはデュトワとモントリオールのラテン的なノリとは異なるが爽快な演奏を展開する。


ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。ファーディ・グローフェがオーケストレーションした最も有名な版による演奏である。
ピアノ独奏の中野翔太は、1999年からジュリアード音楽院プレカレッジに学び、その後に同音楽院と同音楽院大学院を修了。それ以前の1996年には第50回全日本学生音楽コンクール小学生の部で全国1位及び野村賞を受賞している。

冒頭のクラリネットが少しデフォルメされた音型を吹いてスタート。アメリカ音楽の中では演奏頻度の比較的多い楽曲だけに、大フィルも慣れた演奏を聴かせる。

中野は、作曲、編曲、ジャズ演奏も行っているだけに、即興性にも富んだ演奏を展開。特にカデンツァではモダンジャズとカントリーの間を往来するような音楽を奏でた後で、「イパネマの娘」を主題とした変奏を展開。洗練されていてお洒落であった。

演奏終了後、中野は何度もカーテンコールに応えたが、最後は大植英次が共に登場。鍵盤を白い布で拭い、アンコール演奏を要請するというパフォーマンスを行う。
中野はガーシュウィンの「A Foggy Day」を自身で編曲したものを演奏した。


ガーシュウィンの「ガール・クレイジー」序曲。有名な「アイ・ガッタ・リズム」を含むミュージカル作品の序曲で、「アイ・ガッタ・リズム」も効果的に用いられている一方で、全体的に洗練された旋律とお洒落なオーケストレーションが印象的な楽曲である。
大植も、「どうです? お洒落でしょ?」という風に客席を振り向いたりする。


グローフェのミシシッピ組曲。日本テレビ系で放送されていた「アメリカ横断ウルトラクイズ」の勝ち抜けの音楽に第2曲の「ハックルベリー・フィン」と第4曲「マルディ・グラ」が使用されていたことで知られているが、コンサートで取り上げられることはほとんどなく、録音点数も多くはない。私はNAXOSのアメリカ音楽シリーズの一つであるウィリアム・ストロンバーグ指揮ボーンマス交響団の演奏で聴いている。

比較対象が余りないのだが、大植はストロンバーグよりはやや遅めのテンポを採用し、堂々たる演奏を展開する。年代的にだが、多分、大植さんは「ウルトラクイズ」を見たことはないと思われる。
日本ではアメリカのクラシック音楽は余り重要視されておらず、アメリカ音楽がプログラムに載ることも少ないため、オーケストラも慣れていないことが多い。大フィルの個性もアメリカ音楽からは遠めであるが、かなり健闘しているように思える。

日本だけでなく、日本が範とする独墺系のオーケストラもアメリカ音楽は不得手で、録音は少なく、その少ない録音も出来は今ひとつのものが多い。


ガーシュウィン作曲、ベネット編の交響的絵画「ポーギーとベス」。「サマータイム」が一番有名だが、その他にもよく知られたメロディーがいくつも含まれている。バンジョー(演奏:福田晃一)が往時のアメリカ南部の雰囲気を上手く描き出している。

ガーシュウィンの歌劇「ポーギーとベス」は、サイモン・ラトル指揮によるオペラ映画を観ているが、感動的な出来となっていた。これまで接したオペラの中で実演、映像含めて最も感動したかも知れない。日本でも歌劇「ポーギーとベス」を観てみたいが、オール黒人キャストである必要があるため、難しいと思われる。日本人が外面を黒人に見せることは現在では宜しくないとされているため実現することはないであろう。

最後に大植が総譜を掲げて曲に敬意を表し、演奏会はお開きとなった。

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2022年1月25日 (火)

笑いの林(127) よしもと祇園花月!年末年始特別興行「祇園ネタ」&祇園吉本新喜劇「もうダメだ!修羅場の撮影現場!?」2022年1月10日

2022年1月10日 よしもと祇園花月にて

午後3時から、よしもと祇園花月で、「よしもと祇園花月!年末年始特別興行」、「祇園ネタ」&祇園吉本新喜劇「もうダメだ!修羅場の撮影現場!?」を観る。

久しぶりに訪れた祇園花月。お笑いは観劇やコンサート鑑賞とは違って笑い声を上げるので、飛沫の影響が出やすいということもあるが、単純に行く機会がなかったということもある。


「祇園ネタ」の出演は、ゆにばーす、金属バット、あべこうじ、テンダラー、大木こだまひびき。金属バットは人気急上昇中のようだが見るのは初めてである。

ゆにばーす。はらちゃんが小学生の頃は橋本環奈に似ており、中学校の頃は榮倉奈々で高校の頃は新垣結衣と嘘を付き、実際はと打ち明けるが、小学校の頃は浅野忠信、中学校の頃は古田新太、高校の頃は女装したビートたけしと、性別が男になってしまう。
「女子アナに似ている」と言われたこともあるという話になるが、女子アナは女子アナでも北朝鮮の女性アナウンサーである。
パチンコネタでは、はらちゃんが、北野武、武田鉄矢の真似をして、最後は「ダンカンなんですかあ」と二人で一人になってしまうというネタを行う。
これを読んで笑える人はいないと思うので、笑いたい人は劇場まで足を運んで下さい。


金属バット。成人の日ということで、泉南地方で行われた成人式に呼ばれたという話をする。二人は和泉地方の中心都市で地理的には一番北にある堺市の出身であるが、和泉地方は南へ行けば行くほど治安が悪くなる(「腕白な子が多くなる」と言い換えていた)ということで二人ともこわごわ楽屋入りしたそうである。ラニーノーズの二人も同じ楽屋だったそうだが、ラニーノーズは、「いっても成人なんで大丈夫ですよ」と語るも場内アナウンスで、「昨年は警察が出動する騒ぎとなってしまいましたが、今年はそうならないよう気をつけていきましょう」というような言葉が流れたため、金属バット二人は戦々恐々。ステージに出て行くと、ステージ上のやや下手側にヤンキーがしゃがんでいたそうで、金属バットはその横で漫才をする羽目になったそうだ。ヤンキーは二人が漫才をしている最中、「面白いこと言えよ、こら!」などと暴言を吐いていたそうだが、ステージ上手側を見るとおばちゃんがいる。何かと思ったら手話通訳士で、ヤンキーの暴言を一々手話に直していたそうである。

漫才の内容は、知り合いの漁師のおっちゃんから大トロを貰ったのでちらし寿司にした、ホタテを貰ったので水着にしたという内容で、漁師のおっちゃんから怒られるも、漁師のおっちゃんも的外れなことを言うというものであった。


あべこうじ。約10分間、一人で立て板に水の喋りを行い、実力の高さを感じさせる。アイドルの高橋愛と結婚しているが、ネタの中には奥さんも一度だけ登場する。
昨日は、愛知県の豊田市の近くにある小さな町に呼ばれ、1時間ほど話すという仕事を受けたのだが、終わってから新成人の女の子に「なにか面白こと話して下さい」と言われてぶち切れそうになったという話をする。
ネタは複数あるが、失敗のリカバリーの仕方(階段で躓いたらそのまま躓き続ければ、周りも「ああ、ああいう昇り方をする人なんだと思ってくれる」? など)が一番笑える。


テンダラー。浜本(私と同じ1974年生まれであるが、早生まれなので同学年ではない)が、「今日は先輩に当たるお客さんが多いということでそれに合わせたネタを」と言いつつ「最近、安楽死が」と縁起でもないことを言う。
白川が料理が得意なので料理番組に出たいという話になり、浜本が「キユーピー3分クッキング」のテーマ「おもちゃの兵隊のマーチ」)を鼻歌で歌いながら料理を行うが、手を丹念に洗っただけで終わってしまったり、鼻をほじったり、あちこち触ったりとやたら不潔な振る舞いをしたりするため料理番組にならない。
今度は自動車保険の話になるが、オペレーターである浜本が白川に怪我がないと知ると安心して電話を切ってしまうため先に進めない。
ちなみに白川は軽トラックを愛車としているが、移動公演の多い「ジ・白川バンド」という何故「ジ」なのか良く分からないバンドの主宰者であるため、常に軽トラに楽器を積んで運んでいるのである。


大木こだまひびき。
こだま師匠が、「コーラは安い」「それに比べて目薬は高い。あんなに小さいのに800円ぐらいする」と日常を題材にした語りを行っていく。「結婚したばかりの妻と今の妻は全然違う」「妻が途中で入れ替わっている」「昔は遅く帰っても起きて待っていてくれたが、今は帰るといつも寝ている」「何か食べたいので、『何か作って』というと、『カップ麺作って食べなさいよ』と目が語っている」と言うと、ひびき師匠が、「目は口ほどに物を言う」と返すが、「目は何も言わんよ。目が何か言っていたら、目医者はうるさくて敵わん」というようなやり取りが続く。


祇園吉本新喜劇「もうダメだ!修羅場の撮影現場!?」。出演は、酒井藍(座長)、信濃岳夫、タックルながい、佐藤太一郎、桜井雅斗、瀧見信行、若井みどり、末成映薫(末成由美から改名。読みは同じ)、川筋テイラ、佐藤美優。

撮影所が舞台であり、信濃岳夫が監督、酒井藍演じる酒井藍五郎が助監督である。詐欺姉妹を描いたサスペンス映画なのであるが、キャスティングされた若井みどりと末成映薫は若い頃から共演NGとなっている。酒井藍五郎が共演の約束を取り付けたという断言するが、実際は台本を読んでおらず、誰が出演するのかも把握していなかった。佐藤という苗字で「た」で始まる名前の俳優が主演するというので、酒井藍五郎は「佐藤健」主演だと思い込んでいたが、実際は新人の佐藤太一郎の主演ということでがっかりする。
やがて若井みどりと末成映薫が時間差で現場に到着。スタッフ達は二人が鉢合わせしないよう画策するが……。

吉本新喜劇も若手が中心だと今ひとつである。まだ独自の味がないので(酒井藍は茂造が何度も繰り出す音楽ネタをやっていたが、今ひとつ合っていない)くどさを感じてしまったりする。

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これまでに観た映画より(272) ドキュメンタリー映画「我が心の香港 映画監督アン・ホイ」

2022年1月6日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「我が心の香港 映画監督アン・ホイ」を観る。「女人、四十。」などで知られる、香港を代表する女性映画監督、アン・ホイ(許鞍華)を追ったドキュメンタリーである。監督:マン・リムチョン(文念中)。音楽:大友良英。
話される言葉は広東語がメインだが、北京語の比重も軽くはなく、また英語も時折混じる。
映画監督のツイ・ハーク、候孝賢、俳優のアンディ・ラウなど、日本でもお馴染みの中華圏の映画人が多数、アン・ホイの関する証言を行っているのも見所の一つである。

香港映画というと、世代によってイメージが大きく異なることで知られる。比較的年配の方に多く、全世代を通じて人気があるのがカンフーアクションで、私が小学生だった1980年代にはジャッキー・チェン(成龍)が大人気であった。それより少し下ると、「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」やキョンシーシリーズなどの怪奇路線が人気を博し、「男達の挽歌」などの任侠ものの時代を経てチャウ・シンチー(周馳星)らによるコメディーアクションが人気となる。
香港映画のイメージをガラリと変えたのが、王家衛(ウォン・カーウァイ)で、「恋する惑星」や「天使の涙」で、お洒落でポップにしてエスニックという作風は全世界を席巻した。
アン・ホイ自身は、「香港ニューウェーブ」と呼ばれた世代に属しており、ジャンルとしては上記のいずれにも属さないヒューマンドラマを得意としている。

アン・ホイ(許鞍華)は1947年生まれ。父親は中国人で、当時の父親の職場があった中国遼寧省鞍山で生まれている。漢字名に「鞍」の字が入るのはそのためである。その後、父親の転勤に伴い、マカオ、そして香港へと移り住んでいる。
生まれた1947年は、第二次大戦終結後まもなくで、中華人民共和国建国以前である。子どもの頃は当時の反日教育を受けて(日本は香港を占領したことがある)、「いつか(戦時中の)復讐をしてやる」と思っていたほど日本と日本人が大嫌いだったそうだが、16歳の時に実母が日本人であることを知る。母親は当時日本が傀儡政権を置き、移民を進めていた満州で過ごしており、ソビエト参戦の混乱中にアン・ホイの父親と出会うことになった。アン・ホイは今も母親と一緒に暮らしている。

アン・ホイは、子どもの頃から感受性豊かにして学業優秀だったようで、香港大学に進み、文学と英語を学ぶ。勉強熱心な学生だったそうだが、当時の香港大学ではいわゆる「ガリ勉」タイプは嫌われており、アン・ホイも下級生の頃は上級生からいじめを受けて毎晩泣いていたそうだ。父親には文芸の才があったようで、アン・ホイも自然に文学好きとなり、漢詩などを暗唱する習慣もあったようだ。

香港大学卒業後はイギリスに渡り、ロンドンの映画学校に学ぶ。帰国後は映画監督キン・フーに師事。キン・フーの勧めもあってテレビ局のTVBで仕事をするようになる。アン・ホイは当初はテレビ局での仕事を嫌がっていたようだが、中国各地の伝統文化を丹念に取材する番組を作った経験などから、伝統を大切にする姿勢を学んだようである。

文学解釈などを得意とするアン・ホイであるが、映画監督としては珍しく、脚本を一切書かないという姿勢を貫いている。共作も含めて一度も手掛けたことはないそうだ。その理由についてアン・ホイは、「書けなかった時のショックが怖いから」としている。脚本は信頼出来る書き手に全て任せ、自身は演出に徹する。

で、あるにも関わらず、彼女の作品の多くに自己像が反映されていることが強く感じられる。自分で執筆しないだけで、アイデア自体は脚本家に色々と伝えているのかも知れない。

またアン・ホイは、ヘビースモーカーとしても有名で、この映画でも煙草を吸いながら話すシーンが多い。
東アジアの中では、日本は比較的女性喫煙者が多いが、中華圏や韓国では煙草を吸う女性は極端に少なく、吸うのは売春婦や悪女と相場が決まっているようである。アン・ホイは激しやすく落ち込みやすいという性格であることが見ていて分かるため、煙草を吸うことでストレスを発散し、感情を意図的に鈍磨させているのかも知れない。詳しい理由は知りようがないが。

照れ屋であるアン・ホイは、「何故映画を作り続いているんですか?」という問いに、「金のため」と言い続けてきたようだが、香港での映画制作は決して金になる仕事ではないようで、名声は得ても生活が楽になったということはさほどないようである。
映画を作り続けている本当の理由は、「香港に貢献したいから」のようで、これまでは照れくさくて本当のことは言えなかったようである。

世代的にも人間的にも香港という街の特性を体現しているかのようなアン・ホイ監督。年齢的に映画を撮り続けるのは難しいと感じているようだが、今まさに史上最大レベルの激動の最中にある香港を彼女がどう受け止めており、作品に反映させるのか気になるところである。

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2022年1月23日 (日)

美術回廊(71) 大丸ミュージアム〈京都〉 「堀内誠一 絵の世界」

2022年1月5日 大丸京都店6階大丸ミュージアム〈京都〉にて

大丸京都店6階大丸ミュージアム〈京都〉で、「堀内誠一 絵の世界」を観る。
1932年、東京に生まれた堀内誠一は、第二次世界大戦の影響を受けて、家計を助けるため中学校卒業後に伊勢丹に就職。日本大学第一商業学校(日本大学第一高校の前身)の夜間部に入学しているが中退している。父親が今でいうデザイナーの日本での走りということもあり、誠一も幼い頃から絵が得意で、伊勢丹でもデザイン部門の仕事を行っているが、その後に独立。絵本や童話の挿絵などを手掛けるようになる。「an・an」や「Popeye」の創刊号の表紙の想定を手掛けるなど、グラフィックデザイナーとしても活躍している。

若い頃に描いた絵画なども観ることが出来るが、ピカソ、モディリアーニ、ゴッホ、ゴーギャン、ラウル・デュフィなど、フランスで活躍した画家からの影響が一目で分かるほど顕著な作品もあり、フランスへの憧れが垣間見える。1974年に堀内誠一は、日本でのグラフィックデザインの仕事を全て断って渡仏。パリ郊外のアントニーに居を構え、絵本の制作などに打ち込んだ。パリには1981年まで滞在。1987年に下咽頭癌のため54歳の若さで死去している。

パリに移る前後に、詩人の谷川俊太郎とのコラボレーションを行っており、谷川俊太郎が翻訳した『マザーグース』に挿絵を付けたり(現在の講談社文庫の挿絵は堀内誠一のものではない)、共通の趣味であるクラシック音楽のために堀内がエッセイと作曲家の肖像を描き、谷川が作曲家に纏わる詩を書くなど、芸術性の高い仕事を行っている。ストラヴィンスキーの肖像画は、明らかにラウル・デュフィの作品へのオマージュであることが分かる。

絵本のために描いた絵は作品ごとにタッチが異なっており、アメリカ風だったり、淡彩画風だったり、バランスを敢えて崩してチャーミングさを増してみたりと、様々な工夫を行っている。

地理も愛していたようで、移住したパリを始め、世界各地の都市の地図を描いている。原色系の愛らしい地図である。

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2022年1月22日 (土)

これまでに観た映画より(271) 「スティーブ・ジョブズ」(2015)

2022年1月11日

録画してまだ観ていなかった映画「スティーブ・ジョブズ」(2015)を観る。「スティーブ・ジョブズ」というタイトルの映画は2010年代に2作品が生み出されているが、こちらは後発となる2015年版である。先に2013年版が制作公開されているが、評判は今日観る2015年版の方が良いようである。

原作:ウォルター・アイザックソン、監督:ダニー・ボイル、脚本:アーロン・ソーキン。音楽:ダニエル・ペンパートン。出演は、マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレット、セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズ、マイケル・スタールバーグ、キャサリン・ウォーターストーン、パーラ・ヘイニー=ジャーディンほか。

56年という決して長くないスティーブ・ジョブズの生涯の中で、1984年のMacintosh発売、1988年のNeXT社のネクスト・キューブ発売、1998年のiMac発売の3つの時期に絞って物語が展開されていく。伝記映画ではあるが、描く時代を限定したことで冗長な部分が少なくなり、ジョブズと娘であるリサの一口変わったヒューマンドラマ的な仕上がりとなっている。

発案に関しては天才的であり、今も全世界で使われているアップル社製品の生みの親でありながら、プライドが高く、偏屈で執念深く、人の不幸を何とも思わないという一種のサイコパス的性格を怖れられたスティーブ・ジョブズ。この映画でも、内縁の妻であるクリスアン(キャサリー・ウォーターストーン)とその間に出来た娘のリサに押しかけられるまで金銭的援助を一切するつもりがなかったり(最終的には養育費が支払われ、家も買い与えられる)、アップル社創業以来の仲間であるアンディ(マイケル・スタールバーグ)をこき使ったり、同じく創業メンバーのジョン・スカリー(ジェフ・ダニエルズ)と衝突したりしている。

1984年のMacintoshの発売は画期的であったが、セールスはほどなくして落ち込み、オープンソースにしなかったため、その後しばらくしてマイクロソフトなど他の企業に抜かれ窮地に立たされることになる。
そして、ジョブズは自ら創設したアップル社を解雇されるという前代未聞の事態に発展。ジョブズはNeXT社を立ち上げ、アップル社とは商売敵となるも、その後、アップル社の業績不振によってアップル社に再度招聘されることになる。

ジョブズはアイデアマンであり、優れたデザイン感覚を有し、高度なプレゼンテーション能力の持ち主で、カリスマ性のあるフロントマンだった。一方で、コンピューター会社の創業者でありながら、プログラムが書けるわけでもなく、技術面では創業時からのメンバーに頼り切り。それでいてしばしば無理難題を押しつけるということで、身近かな人から好かれるタイプでは全くなかった。
この映画でも、開発責任者で、「ウォズの魔法使い」と呼ばれたウォズことスティーブ・ウォズニアック(セス・ローゲン)や現場でのコンピューター操作主任であるアンディとたびたび衝突する様子が描かれている。特にウォズが自分が製作し、アップル社の礎を築いたAppleⅡ開発メンバーへの謝辞をジョブズに求めるも、ジョブズは「もう過去の遺物」として断固拒否。未来志向といえば聞こえはいいが、人間の心を読む能力に欠けているようである。スティーブ・ジョブズASD説というのはこの辺りから来ていることが予想されるが、おそらくジョブズ自身は診断を受けていないと思われるため、余り軽々にものを言うべきでもないと思う。

そうした「人間的」なのかどうか分からないジョブズが、娘のことだけは真剣に思いやる姿が微笑ましい。ラスト近くで娘のリサにiPod作成の提案を語る場面がある。iPod誕生秘話が本当にこんな感じだったのかは定かでないが、ジョブズという人物の伝記映画として優れた着地点が用意されているように思われた。

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2022年1月19日 (水)

YMO(Yellow Magic Orchestra) 「東風(Tong Poo)」オフィシャル映像

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2022年1月18日 (火)

コンサートの記(759) 佐渡裕指揮 オペラde神戸「椿姫」

2022年1月7日 神戸文化ホール大ホールにて

午後6時から、大倉山にある神戸文化ホール大ホールで、オペラde神戸「椿姫」を観る。「佐渡裕と神戸市民で創るオペラ」と銘打たれており、現在は神戸市内の御影に日本における自宅を構える佐渡裕の指揮で、神戸市民によるアマチュアの合唱団などを起用した上演が行われる。

最も人気のあるオペラ演目の一つであるヴェルディの「椿姫」。「オペラは筋書きが簡単」な例として挙げられる作品であり、今回の公演の無料パンフレットにも佐渡裕が、「素晴らしいオペラは大抵ストーリーが単純です」と挨拶文の冒頭に記している。

なお、「椿姫」のオペラの原題は「ラ・トラヴィアータ(La Traviata)」であるが、寅年の年始公演だから選ばれたという訳ではないと思われる。

高級娼婦であるヴィオレッタは、その美貌故にパトロンに恵まれ、教養面でも金銭面でも恵まれていたが、本当の愛を知らなかった。そこに現れたアルフレードという美青年。二人は瞬く間に恋に落ちるが、アルフレードの父親であるジェルモンが息子と高級娼婦との結婚に反対。泣く泣くアルフレードとの別れを決めるヴィオレッタであるが、すでに結核に冒されていた。別れの理由を知らないアルフレードはヴィオレッタをなじるが、彼女が余命いくばくもないと知り、ヴィオレッタの下に駆けつける。ジェルモンも許しを請いに現れるが、ヴィオレッタはそのまま命を落とす。

これが大体のあらすじであるが、よくありそうな話で、特段ドラマティックという訳ではない。ただこれに音楽が加わると、優れた芸術作品となる。理性よりも情に訴えかける作品である。
この時期のヴェルディは、「オペラは歌が主役」と考えており、歌手が歌っている時のオーケストラはシンプルな伴奏に徹している。一方、ドイツではワーグナーが声と管弦楽による一大交響詩として歌劇、更にそれを発展させた楽劇を発表するようになるが、ヴェルディも対抗意識を持ったのか、やはり声と管弦楽による重厚な作風へと転換していくことになる。

原作:アレクサンドル・デュマ=フィス。作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ。佐渡裕指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)による演奏。演出は井原広樹。プロデューサー:井上和世。
出演は、住吉恵理子(ヴィオレッタ)、西影星二(アルフレード)、油井宏隆(ジェルモン)、平瀬令子(フローラ)、清原邦仁(ガストン男爵)、青木耕平(ドビニー公爵)、下林一也(ドゥフォール男爵)、武久竜也(グランヴィル医師)、岸畑真由子(アンニーナ)、佐藤謙蔵(ジュゼッペ)。合唱はオペラde神戸合唱団。バレエ:貞松・浜田バレエ団。児童合唱:須磨ニュータウン少年少女合唱団。舞台装置:増田寿子。


前奏曲が始まると同時に幕が開き、白い服を着たヴィオレッタの幽霊(貞松・浜田バレエ団のダンサーである武用宜子が演じている)が横たわっているのが見える。周囲には生前のヴィオレッタと親しくしていた人がいるのだが、ヴィオレッタが目覚めても彼女の霊の存在に気付かない。自分が幽霊となってしまったことを悟ったヴィオレッタは孤独感に打ちのめされ、泣き崩れる。ラストシーンの続きを本来の幕開けの前にやる演出は、最近ではよく行われるが、悲劇ということで「死してなお孤独」という救いのないものになっている。

佐渡による音楽作りだが、以前に比べ艶や一種の色気のようなものが強く感じられるようになって来ている。若い頃はとにかく溌剌とした音楽性が売りだった佐渡裕だが、最近、西宮の兵庫県立芸術文化センターのホワイエで流れている映像を見ると顔も声もくたびれた感じで、日本と欧州の往復による疲労が溜まっているようである。ということで躍動感よりも丁寧に音を重ねることを重視しているのかも知れない。
内部が改装された神戸文化ホールは残響がオペラとしても不足がちなところがあったが、音の通りは良く、音楽を楽しむのに不足はない。神戸文化ホールは、1973年竣工ということで、東京・渋谷のNHKホールと同い年。NHKホールは現在、改装工事に入っており、同時期に出来た金沢歌劇座は数年後の閉鎖が決まっている。神戸も2025年を目標に新ホールを三宮地区に完成させる予定で、神戸文化ホールも一応廃止の方向性のようだが、詳しいことは決まっていないようである。

歌手達の水準も高く、タイトルロールということになる(劇中では「椿姫」とも「ラ・トラヴィアータ」とも呼ばれないが、「椿姫」というのが彼女のことであるのは確かである)ヴィオレッタを歌った住吉恵理子の可憐さと儚さは特に良かった。

ヴィオレッタのサロンや、同じく高級娼婦であるフローラのサロンはアイボリー系の色彩による豪華な壁が特徴であり、ヴィオレッタの別荘やヴィオレッタの寝室では真逆のダークトーンのセットが用いられて、対比が鮮やかであるが、ヴィオレッタが別荘の寝室で力尽きる直前に、黒い壁面が上方へと動いてキャットウォークへと消え、華麗な場面で用いられていたアイボリーの壁面が姿を現す。正直、演出意図が良く分からなかったのだが、ヴィオレッタが死の直前の夢の中で見た風景が、かつての華やかな世界だったということなのかも知れない。他の意図は思いつかない。その華やかな景色が、冒頭で示されたヴィオレッタの死後の孤独をより深くするようでもある。

「椿姫」ということで、サロンでの夜会のシーンが大勢の登場人物で彩られていたが、今後、コロナが生み出す状況如何によっては、またしばらくの間、こうした演出は難しくなるかも知れない。


カーテンコールでは、井上和世も着物姿で現れ、喝采を浴びていた。

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2022年1月17日 (月)

楽興の時(43) 第34回「YMN(Yellow Magic Night)」

2021年12月18日 千葉市中央区のライブハウスLOOMにて

千葉の冬は京都に比べれば暖かいのだが、今日は北風が強き、この冬一番の寒さとなった。

午後3時から、千葉市中央区中央にあるライブハウスLOOMで、第34回「YMN(Yellow Magic Night)」に接する。
「YMN」は、YMO(Yellow Magic Orchestra)のカバーバンドによる演奏とセッションが行われるイベント。2008年に始まったそうで、当初は毎月開催されていたのだが、ここ数年は年3回の開催に落ち着いている。

3年ほど前に、YMOのリハーサルの音源などが――おそらく関係者からだと思うのだが――、YouTube上に出始めていたのでそれを聴いており、その関係でYMO関連の音源がお勧めに出てくることも多いのだが、Delightsというユニットの「Solid State Survivor」のミュージックビデオがお勧めに上がり、若い女性が歌っているということで、「へえ、こんな若い女の子がYMOを歌うんだ」と感心していたが、DelightsのMIYAさん(男性)が私の出身地である千葉市にあるライブハウスLOOMのオーナーで、LOOMでYMOのイベントをやっているということで興味を持ち、更に歌声の主であるRisaさんがファン獲得のためにPocochaを始めたので何度か参加。ということで、「これは一度は行かなければ」ということで参加を決める。少し早めの帰省を兼ねた参加である。

LOOMがあるのは、千葉神社のそば。ということでまず千葉神社に参拝してからLOOMに向かったのだが、3時まで時間があったので、表で待つことにする。近くには千葉市美術館もあるのだが、寄っている時間はない。
LOOMの前では、先に来たお客さんが3人ほど待っており、私の後にも並ぶ人が何人もいて行列が出来る。
リハーサルが押しているということで、開場時間が5分ほど遅れる。開場の案内に出てきたのは、寒い日だというのにミニスカートを穿いた活発そうな若い女性で、彼女がRisaさんだと分かった。Risaさんは、現時点ではYouTubeでMV配信を行っているだけのアマチュアのミュージシャン(サブスクリプションデビューも決定しているが)であるが、持っているエネルギー量が他の同世代の女の子よりも多そうだということが一目で感じられた。
「二十歳でYMO好きで英語ペラペラなんて、突然変異みたいな子だったらどうしよう」と思っていたが、Pocochaで見た限りでは、音楽と英語以外では割と普通の女の子という印象で安心していた。

今回は、YMOカバーバンドによる演奏に先駆けて、RisaさんとYMOカバーバンドであるmenon bandを率いているmenonさん(女性)によるプレトーク、そして、文芸系YouTuberでYMOにも詳しく、自身で演奏も行うムーさん(男性)によるトークイベント、更にRisaさんの発案だというYMOクイズのコーナーもある。

ライブの様子はYouTubeLiveで配信されるのだが、配信用のURLが突然変わったということで、Risaさんが、「会場にいる方で配信を見たい方はご確認を」という意味のことをアナウンスしただが、ステージ上にいた人々から「ライブ会場にいる人は配信は見ないよ」と総突っ込みを受けていた。menonさんがRisaさんについて「天然なんです」と語る。
主催者であるMIYAさんも、「Risa、天然だから」ということで、YMNのTwitter担当であり、「常時DM・リプライ受付中!」と書いているにも関わらず、DMのチェックを全くしていなかったという話をする。

LOOMについての話であるが、昔はキャバクラが3店並んでいた場所を買い取り、壁を取り払ってライブハウスにしたそうである。2006年にオープンし、YMOカバーなどの映像を撮っていたりしたが、「生でもやろうか」ということで2008年にYMNが始まっている。ちなみにLOOMというのは、YMOの代表作である「BGM」の最後に収録された無限音階を使った音楽、「LOOM/来るべきもの」に由来している。


YMOクイズは、簡単な問題から難問までバラエティに富んでいたが、目立つのは嫌なので分かる問題でも挙手はしなかった。


メインの演目であるYMOのカバーバンド(暮れに行われた配信ライブで、The Endoh of Asiaというバンド名に決まることになる)による演奏。出演は、MIYA(ドラムス)、Risa(ボーカル&キーボード)、menon(シンセベース)、遠藤雅章(キーボード&打ち込み制作)、ムー(キーボード)。たまたまらしいが、今回はドラムス以外全員キーボードという編成になった。


リハーサルは行っているが、曲順は決まっていないようで、1曲演奏してから皆で話して次の曲を決めるというスタイルで進んでいく。
「Castalia」で始まるという渋い選曲で、Risaさんがボーカルということもあり、YouTubeでDelightsが発表されている「音楽の計画 Music Plans」、「デイトリッパー」、「Solid State Survivor」などが演奏される。

ビートルズのカバーバンドは、京都のジ・アンフィールズなどいくつか聴いたことがあるが、YMOのカバーバンドを聴くのは初めてである。本家YMOの演奏を生で聴いたこともないので、テクノバンドの演奏を聴くこと自体初めてかも知れない。

その後に、セッションコーナーがあり、お客さん(といっても腕にそれなりの覚えのある人だが)が参加してYMOの人気曲や、細野晴臣作曲によるイモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」などが演奏された。

終演は午後9時過ぎと、約6時間に及ぶ長丁場となったが、長さを感じさせない幸せな時間であった。

演奏終了後に、Risaさんに挨拶。自己紹介をすると目を見開いて驚かれたが、27歳も年下の娘のような女の子と何を話していいのか分からないので、短い時間で切り上げた。

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MONDO GROSSO/IN THIS WORLD feat.坂本龍一[Vocal:満島ひかり]

ピアノ:坂本龍一
音楽:大沢伸一
作詞:UA

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