コンサートの記(8) シプリアン・カツァリス ピアノ・リサイタル2006
2006年10月15日 兵庫県立芸術文化センター大ホールにて
午後2時より、兵庫県立芸術文化センター大ホールで、シプリアン・カツァリスのピアノ・リサイタルを聴く。
カツァリスはキプロス人の両親のもと、フランスのマルセイユに生まれ、パリで音楽教育を受けたピアニスト。ファーストネームの「シプリアン」とは「キプロス人」という意味である。
卓越したセンスを持つピアニストであり、人気は高い。兵庫県立芸術文化センター大ホールはチケット完売の盛況であった。
カツァリスは、前半をオール・ショパン・プログラム、後半をオール・リスト・プログラムで固めた。
「やあ」という風に右手を挙げてカツァリス登場。
ショパン・プログラムでは、映画「戦場のピアニスト」で有名になった夜想曲第20番(遺作)、夜想曲第2番、ピアノ・ソナタ第2番より「葬送行進曲」、幻想即興曲、子守歌などポピュラーな曲を中心に全10曲を間断なく引き続ける。この10曲で組曲1つという趣向のようだ。
夜想曲第2番演奏終了後、客席から拍手が起こったが、カツァリスは両手を合わせて、「ありがとうございます。でも拍手は入れないで下さい」という風に一礼。拍手もすぐに止んだ。また幻想即興曲演奏終了後も拍手が起こったが、すでに次の子守歌の左手伴奏を弾き始めていたカツァリスは右手の人差し指を挙げてそれを制した。
定評あるカツァリスのショパンであるが、音色にまず魅せられる。雪が溶けたばかりの冷たい清水のように、凛として透明感あるピアノの響き。
そしていくつかの曲では装飾音を着けて、より自由なショパンを演奏してみせる(ショパン自身も自作を楽譜通りに弾くことはほとんどなく、即興を交えるのが常だったようである)。
兵庫県立芸術文化センター大ホールはステージが広く、天井も高いのでピアノ・リサイタルに向いているのかどうか最初は心配だったが、音はクッキリしていて聴きやすい。カツァリスのピアノはダイナミックレンジが広く、ピアニッシモは本当に微かな音でも音型が良くわかる。
カツァリスのショパンはいずれも完成度の高いものであったが、音型を微妙に崩してみせる幻想即興曲や葬送行進曲、煌めくような音色が印象的な子守歌などが特に印象に残った。
後半のリスト・プログラムでは、カツァリスの超絶技巧が冴え渡る。有名曲は余りないが、カツァリスの語り口の上手さもあって、名曲に聞こえる。ラストの「忘れられたチャールダーシュ」は元々難しいリストの原曲にカツァリス自身が更に装飾音を加えたウルトラC級の難度の曲であったが、やはり本家だけに文句のない演奏を繰り広げ、喝采を浴びる。
アンコール。カツァリスはワイヤレスマイクを片手に現れ、これから弾く曲を説明しようとするが、スイッチが入らない。そこでホールの人が登場、何とかスイッチが入った。カツァリスの第一声は日本語で「みなさん、こんばんは」。ってまだ15時30分なのだが、まあいいや。「エスパニアン(スペイン人)作曲家2人の作品を演奏します。グラナドスの『アンダルーサ』とアルベニスの『タンゴ』です」と英語で紹介してからすぐに弾き始める。
最もギター的なピアノ曲として有名なグラナドスの「アンダルーサ」は私も好きな曲だが、カツァリスはスペインらしさとギターらしさを強調した名演を繰り広げる。
いったん引っ込んでから、再び登場。しかし今回もマイクの調子が悪い。そこでまたホールの人が現れて、マイクをワイヤー付きのものに変える。
カツァリスの英語での説明、「アメリカの作曲家の曲を弾きます。ゴッドシャルクというショパンと同時代人の18世紀の作曲家の『バンジョー』を弾きます」(注・カツァリスの言った言葉そのものではなく要約です)。「バンジョー」はノリの良い曲であった。技巧的にはかなりの難曲であるが、どうやらカツァリス自身が編曲した超絶技巧バージョンだったらしい。
アンコールはまだ続く。カツァリスはマイクを手にするがやはりマイクのスイッチは入らず、ホールの人3たび登場。客席から笑いが起こる。
カツァリスによる英語での紹介。「ロシアの作曲家の作品、2曲を弾きます。1曲目はプロコフィエフの(ここで客席から拍手が起こる)『前奏曲』。そして2曲目は無名の作曲家ボルケヴィチの『4分の3拍子』です」
プロコフィエフの才気溢れる曲、「前奏曲」の演奏もマジカルなテクニックで弾かれて素晴らしかったが、ボルケヴィチの「4分の3拍子」もしみじみとした味わいがあって良い。
もう終わりだろう、と思っていたが、カツァリスはまだ引き続ける。マスネの「タイスの主題による瞑想曲」弾き、いったん引っ込んだが、再登場してロベルト・シューマンの「ロマンス」を弾く。
今度こそ終わった、と思ったが、カツァリスはまだ弾く。「最後の曲(last order)です。カラスコの『アディオス(さようなら)』です」。カツァリスのユーモアに客席から大きな拍手が起こる。
「アディオス」ももちろん優れた演奏。
実に8曲、30分以上に渡るアンコール演奏であった。素晴らしいサービス精神である。
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