白虎隊の日
本日、8月23日は白虎隊の日。燃え上がる会津若松の街を目にして、会津若松城も落ちたと勘違いした白虎隊士が飯盛山で集団自決した日であります。集団自決したのは白虎隊士の一部であり、更に傷が浅くて助かった隊士もいて、飯盛山で何が起こったのかがわかり、白虎隊の悲劇が語り継がれることになりました。
私も、随分前ですが、会津若松に旅行した時に、会津若松城と飯盛山を訪れています。
薩長軍の攻撃にも耐え抜いた会津若松城ですが、市民に危害が及んだため(これについてはここでは詳しく触れません)、松平容保公は開城、降伏を決めました。
飯盛山から会津若松城までは比較的遠く、肉眼で城が落ちたかどうかは確認できないだろうと思われました。若者だけで結成された白虎隊、若さが出てしまいました。
白虎隊ばかりが有名ですが、他の四神に由来した隊もありました。年齢の若い順に、白虎隊、朱雀隊、青龍隊、玄武隊。個別に戦っていたわけではなく、互いに協力し合っていたのですが、白虎隊士中二番隊は敗走中に主力部隊からはぐれてしまい、白虎隊の一部が布陣していた飯盛山に避難した後に悲劇が起こりました。
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