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2008年12月 1日 (月)

音楽とはかくも怖ろしいもの ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 ビゼー「アルルの女」「子供の遊び」「カルメン」

「音楽とは素晴らしいものだが、それを職業にしようというのは怖ろしいことである」(ジョルジュ・ビゼー)

ビゼーのこの言葉は、彼が作曲家として生前に評価を得ることが出来なかったことに由来しています。ビゼーというのもまた不幸な人で、オペラ史上最高の有名作である「カルメン」の作曲家でありながら、その「カルメン」の初演は無残なまでの失敗。
その原因は、スペイン情緒を多く取り入れた音楽に聴衆が戸惑ったことと、主人公が貧しい労働者階級の女であることが不評を買ったとされています。「カルメン」の初演時の批評が残っており、中には「舞台上で殺人を繰り広げるなどなんて不謹慎だ」という、「お前はアホか」と言いたくなるような勘違い批評があることはかなり有名ですが、その他にも「旋律がない」「深みがない」「音楽的価値が皆無」という今から見ると首をかしげたくなるような批評に満ち溢れています。「カルメン」は再演では大成功しますが、その時にはビゼーは病気ですでに世を去っており、結局、彼自身が成功の美酒に酔うことはありませんでした。

そのビゼーの作品を指揮しているヘルベルト・ケーゲル。この人も不幸な人です。

ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 ビゼー「アルルの女」「子供の遊び」「カルメン」 声楽家としての才能をまず見出されたケーゲルですが、児童合唱団などに属するには年齢制限にひっかったため、ピアニストを目指し、それも第二次大戦に兵隊として参加した際に手を負傷したため叶わず、指揮者になりますが、指揮者として最も必要な資質である人心掌握術にケーゲルは長けてはいませんでした。このCDで演奏しているドレスデン・フィルハーモニーとも後に険悪な関係に陥ります。

そんな不幸な音楽家同士の組み合わせによる演奏。これが異様な演奏になっています。

ケーゲルの指揮するドレスデン・フィルは完璧なアンサンブルを聴かせますが、余りに完璧すぎるため、聴いているうちに怖くなってくるほどです。また音も非常に美しいのですが、楽器が鳴らしているのに人間の声に聞こえるような「この世ならぬ」と形容したくなるような美しさに満ちた表情を見せる瞬間が何度もあります。

「アルルの女」は劇付随音楽、「子供の遊び」はタイトルからもわかるとおり愛らしさを追求した作品、「カルメン」はオペラのための音楽で、いずれもエンターテインメント指向の音楽のはずですが、ケーゲルの指揮すると楽しさは余り感じられず、逆に「彼岸の響き」のようなゾッとする音楽に触れることになります。

拳銃で頭を撃ち抜いて自殺するという、壮絶な最期から、「狂気の名指揮者」として再評価が進むケーゲル。しかし、狂気を剥き出しにするタイプの指揮者ではなかったため、残された音盤の全てに狂気が刻印されているわけではありません。しかしながら、このビゼー作品集だけは誰もがその特殊性を聞き分けることの出来る特異な音盤です。

音楽とは実は怖ろしいものです。その怖ろしさを知りたくない人は、このCDは聴かないで下さい。

ビゼー/L’arlesienne Suites.1  2  Jeux D’enfants  Carmen Prelude: Kegel / Dresden.po

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