第九あれこれ 2012 NHK交響楽団1970年代の第九
今や年末の風物詩となったベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」演奏会。第九がこれほど演奏されるのは日本だけと言われていますが(ドイツでは以前は年末の第九演奏の習慣があったが、現在も続いているのはライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団だけと言われている)、その年末の第九演奏会を始めたのがNHK交響楽団の前身である新交響楽団や日本交響楽団であるというのは事実として求められています。そんな「年末の第九演奏」の本家であるNHK交響楽団の1970年代の第九演奏をまとめたCDボックスが出ています。NHKによる録音、公益財団法人日本伝統文化振興財団(レーベルはAudio Meister)の制作・発売。
全て、1973年6月にオープンした東京・渋谷のNHKホールでのライブ収録です。
1973年6月にオープンした渋谷のNHKホール。愛宕山にあった旧NHKホールの倍以上のスケールを誇る多目的ホールで収容人数は約4000人。クラシック音楽を演奏するには大きすぎると言われ、音響に難有りとされるホールですが、N響の定期演奏会ではそれでも満員になるというのがN響の人気を示しています。
このCDにはNHKホールの杮落とし演奏となった、1973年6月6月27日のウォルフガング・サヴァリッシュ指揮の第九を始め、1973年から1979年までの年末の第九の演奏が収められています。
年末の第九の指揮者は、名誉指揮者であったロヴロ・フォン・マタチッチ(1973年、1975年。キングレコードから単売されてもいる)、同じくN響名誉指揮者のオトマール・スウィトナー(1974年、1978年)、フェルディナント・ライトナー(1976年)、ホルスト・シュタイン(N響名誉指揮者。1977年)。イルジー・ビェロフラーヴェク(1979年)の計8人、8回の第九演奏です。
この中では、サヴァリッシュ指揮の第九が最も安定感があり、バイエルン国立歌劇場の総監督という実はかなり高い立場にあった指揮者の底力が感じされます。合唱終了後のオーケストラのみによる終末の演奏のテンポが最も遅いのもサヴァリッシュです。なお、合唱はこの演奏会のみ東京藝術大学。その他は国立音楽大学が合唱を担当しています。
これに比べると、音楽の重心がぐっと低くなるのがロヴロ・フォン・マタチッチの第九。第4楽章で弦楽のみによる歓喜の歌が歌われる部分に管楽器を足して音を増補しているのも特徴です。音の重心が低いため、サヴァリッシュの第九よりもテンポが遅く聞こえますが、実は演奏時間はそれほど変わりません。1973年年末の第九では、新しいNHKホールの空間に戸惑った独唱者が、声を張り上げ、ほとんど怒鳴るように歌っているのが特徴。まだNHKホールの音響を把握し切れていなかった結果だと思われます。
テンポが遅く、唯一70分を超える演奏をしている指揮者がオトマール・スウィトナー。1978年の第九はテンポが遅いだけでなく、強弱の幅も最も大きく、スケールの大きな演奏となっています。
今では知る人も少なくなったフェルディナント・ライトナーの第九は、他の指揮者よりも管楽器の浮かび上がらせ方が上手く、聞きやすい演奏になっています。
特異な風貌が特徴であったホルスト・シュタインの音楽はその容貌とは裏腹に極めて端正。場面によってはスタイリッシュであったりもします。このBOXの中では最も聴きやすい第九でしょう。
演奏当時33歳と若かったイルジー・ビエロフラーヴェクの第九。欧米では第九は特別な音楽とされており、30代の指揮者はまず振らせて貰えない曲ですが、年末になると必ず各地で第九が演奏される日本ということで、若くして第九を指揮しています。明晰な指揮でわかりやすい一方で、音の強弱の変化は最も乏しく、第4楽章で低弦が「歓喜の歌」のメロディーを弾き出すときに、不自然に速いテンポを採るなど、若さ故の弱点が露呈されていたりもします。
この後、ビエロフラーヴェクはチェコ出身の気鋭の指揮者として活躍、1990年にはチェコ最高のオーケストラであるチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督兼首席指揮者に就任しますが、オーケストラから「実力不足」と見なされて2年で解雇。当時のチェコスロヴァキア政府がビエロフラーヴェクを続投させるよう指示するもオーケストラが拒否するという自体に発展。ビェロフラーヴェクは新たにプラハ・フィルハーモニー管弦楽団を組織。チェコ・フィルはビエロフラーヴェクの前任者であるヴァーツラフ・ノイマンを指揮者として招きますが、ノイマンの死後はチェコ出身の有力指揮者がいなくなり、ドイツ人であるゲルト・アルブレヒトを迎えるもかつての敵国の指揮者を招いたということで混乱が起きたりしています。
ビエロフラーヴェクはその後、路上強盗に遭ったのがニュースになったりしましたが、イギリスのBBC交響楽団の首席指揮者として地味に活躍。今年、再びチェコ・フィルハーモニーの首席指揮者に返り咲いています。本CDボックスの指揮者の中では唯一の現役の指揮者です。
1970年代のライヴ録音ですが、Xrcd24による復刻で音質に不満はありません。
好事家向きではありますが、6人の指揮者による8様のN響の第九として楽しめるCDボックスです。
なお、限定発売であり、在庫には限りがありますので購入したい方はお早めに。
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