コンサートの記(101) ロベルト・ベンツィ指揮 京都市交響楽団第553回定期演奏会
2012年1月20日 京都コンサートホールにて
午後7時から京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第553回定期演奏会を聴く。今日の指揮者はフランス人のロベルト・ベンツィ。
ロベルトというファーストネームからわかる通り、イタリア系であるが、1937年、フランスのマルセイユの生まれ。10歳の時にベルギー人でパリを拠点に活動していた名指揮者のアンドレ・クリュイタンスに指揮を学び、11歳で指揮者デビュー。神童として騒がれ、自身が主演した『栄光への序曲』という映画が制作、上映されたこともある指揮者である。その後は、「二十歳過ぎればなんとやら」で平凡な指揮者になったと言われているが、私が持っているロベルト・ベンツィ指揮の2枚のCDはいずれも優れた出来で、なかなかの名指揮者であることは確認済みである。
なお、ベンツィより1歳年上で、ヴィオラを専攻していたスイス人の少年が、映画『栄光への序曲』を観て、「僕も指揮者になる」と決意。実際に指揮者になっている。シャルル・デュトワという人である。こういう繋がりを知ると結構面白い。
オール・フランスもののプログラム。
ラロの歌劇「イスの王様」序曲、サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:リーズ・ドゥ・ラ・サール)、ドビュッシー作曲でビュッセルのオーケストレーションによる「小組曲」、ドビュッシーの交響詩「海」。
今日のコンサートマスターは泉原隆志(いずはら・たかし)である。
プレトークで、ベンツィは、「広上淳一氏の招きで京都市交響楽団を指揮することが出来て、大変光栄に思う」、「昼間、葛飾北斎展を観てきたのだがとても感動した」、「ドイツのオーケストラはフランスものをやると上手くいかない場合があるが、京都市交響楽団の楽団員は日本人の美点であると思うがフランスものをとてもよく理解してくれて嬉しい」といったようなことを語る。
そのベンツィの指揮。長く、太めの指揮棒を用いて、拍を刻むのではなく音型を示すというタイプのものである。見ていて意図がわかりやすい。
歌劇「イスの王様」序曲。ベンツィは思ったよりも渋い音色で開始したが、その後、音は明るさを増す。繊細なクラリネットソロ、煌びやかな金管、音の組み立て方の巧みさなどが印象的である。
京都コンサートホールは、一部の席を除いて音響は今一つであるが、その故、指揮者のオーケストラを鳴らす術の巧拙が明らかになりやすい。ベンツィは京響を鳴らし、京都コンサートホールそのものを楽器とすることに成功していた。やはり優れた指揮者である。
サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番。ソリストのリーズ・ドゥ・ラ・サールは、ロシア系フランス人の若手女性ピアニスト。まだ23歳である。「シェルブールの雨傘」で知られるシェルブールの生まれ。9歳でコンサートデビューしたという神童系ピアニスト。スペルから、リーズがファーストネーム。ドゥ・ラがミドルネーム、サールがファミリーネームだと思われるのだが、ラサール石井の芸名の由来となったラ・サール学園の語源は、フランス人の宗教家、ジャン=バティスト・ドゥ・ラ・サールであり、同姓の可能性もある。
どこまでがファミリーネームなのかわからないので、ファーストネームのリーズで書くが、リーズはいかにもフランスの美少女という容姿の持ち主であるが、ピアノは愛らしいというよりも「厳格」と言った方が相応しい。第1楽章では、放たれる音の一つ一つが峻険な崖となってそそり立つ絵が浮かぶかのようである。エスプリ・クルトワの感じられる第2楽章は、パリの街を闊歩するサン=サーンスの浮き浮きした気分が感じられるような洒落た演奏。第3楽章の演奏は、例えるなら、女優でモナコ王妃となったグレース・ケリーの演技をアルフレッド・ヒッチコックが称した「雪を頂く活火山」といった趣。情熱的でありながらクールという独特のピアノである。
ベンツィ指揮の京響も見事な伴奏を披露する。
リーズはアンコールで、ドビュッシーの前奏曲より「雪の上の足跡(雪の上の歩み)」を演奏。この曲は技巧的には比較的簡単で、私も弾いたことのある曲であるが、そのため却って味わい深さを出すのは難しい。リーズは冒頭は孤独感を鮮明にし、音色は独特の輝きに彩られていたが、途中で、活火山的性格が出て、「これでは雪が溶けてしまう」と思われる部分があり、そこは残念であった。
後半の「小組曲」。チャーミングな演奏である。弦も管も洗練されていて、楽しい時間が過ぎていく。
メインの交響詩「海」。
優れた演奏であったが、ベンツィの指揮は部分的にスケール不足のところがあり、京響の音色も、もっと輝きが欲しいと思われる場面があった。
デュトワやミッシェル・プラッソンの指揮、また実演で接したケント・ナガノ指揮モントリオール交響楽団などと比べると詰めが甘いところはある。ただ、それらと比較しなければ十分な水準に達しているとも言える。
フランスものしか聴いていないが、この分野に関するなら、ベンツィはもっと評価されてもいい指揮者の一人だと感じた。
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