コンサートの記(112) 三ツ橋敬子指揮京都市交響楽団「華麗なる2大コンチェルト」
2013年7月13日 京都コンサートホールにて
午後2時から、京都コンサートホールで、京都ミューズ・クラシック・シリーズ2013第2回7月例会、三ツ橋敬子指揮京都市交響楽団「華麗なる2大コンチェルト」という演奏会に接する。京都の音楽事務所である京都ミューズ主催の演奏会。
指揮者の三ツ橋敬子(みつはし・けいこ)は、日本人若手指揮者三羽烏の一人とも称されるホープ(三羽烏の残りの二人は、山田和樹と川瀬賢太郎)。東京都生まれ。東京藝術大学大学院音楽研究科指揮専攻修了。その後、ウィーン国立音楽大学と、イタリアのキジアーナ音楽院に留学する。これまでに小澤征爾、小林研一郎、ジャン・ルイジ・ジェルメッティ、松尾葉子らに師事。また「小澤征爾音楽塾オーケストラ・フェスティバル」と「小澤主催の「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」で小澤のアシスタントを務めている。ただ、暗譜で振ることを常とする小澤と違い、暗譜には否定的のようで、今日は全て譜面台に楽譜を置き、譜面をめくりながら指揮していた。2008年に第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで優勝に輝く。日本人として、また女性ととして初の、更に同コンクール史上最年少での優勝であった。10年にはアルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで2位に入り、合わせて聴衆賞を受賞している。
日本人若手指揮者三羽烏のうち、山田和樹指揮の演奏は実演とCDで、川瀬賢太郎指揮の演奏は実演で聴いているが、三ツ橋の指揮する音楽を聴くのは私は今日が初めてである。
コンサートタイトル通り、協奏曲がメインのコンサート。
プログラムは、前半がいずれもチャイコフスキー作品で「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ、ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:黒川侑)。後半は共にラフマニノフの作曲で、「ヴォカリーズ」(作曲者自身によるオーケストラ編曲版)、ピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:小山美稚恵)。オール・ロシアものである。
協奏曲がメインのコンサートということもあってか、ステージ後方のいわゆるP席の販売は今日はなし(ピアノの場合、蓋が反響板の役目を果たすので、舞台後方の席だと、ピアノが聴き取りにくくなることが考えられる)。私は今日は3階席に陣取る。京都コンサートホールは、天井が高く、またステージ上に反響板がないため、音がステージの上に行ってしまうという独特の傾向がある。弦楽器は全てそうだが、管楽器もホルンやチューバ、ファゴットなどは音が上に行く楽器であるし、他の菅楽器も、ステージに反響して音が上に行きやすい。ということで、ステージからは最も遠いが、直接音が当たる天井に近い3階席で聴く音が一番良いという、世にも奇妙なコンサートホールである。指揮台上で聴く音響は良いようで、佐渡裕や尾高忠明などが京都コンサートホールの音響を褒めている(1階席は音が上に行ってしまい、天井に反響してから返ってくるまでが遠いということで、ステージはよく見えるが音がクッキリと聞こえないというケースが多い。というわけで二人の発言は信用されていない。京都市交響楽団常任指揮者である広上淳一は流石というか、第九の演奏会で1階席でも音の伝わる音楽作りをしていた)。1階席の聴衆は高いチケット料金を払って視覚面は良いが音は今一つの席を買うことになり、理不尽な思いをすることが多い。
三ツ橋はポニーテールにスーツという姿で登場。京都市交響楽団の今日のコンサートマスターは泉原隆志。ただ、今日のフォアシュピーラーはもう一人のコンサートマスターである渡邊穣ではなく、女性奏者が務める。その結果、泉原以外のヴァイオリン奏者は第一、第二ともに全員女性ということになった。フルートは前半から首席奏者の清水信貴が入っており、独奏者への配慮が感じられる。
チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ。三ツ橋の指揮する京都市交響楽団は良く鳴る。三ツ橋の指揮であるが、基本的にビートは小さめ。ここぞという時に大きく両腕を動かす。また、タクトを握らない左手がものをいっており、拍を刻んだり、ピアノを弾くように動かして、オーケストラを操る。弦と管のバランスは最上級。また管楽器のソロパートを浮き上がらせる術にも長けており、京響から清澄な音を引き出す。噂に違わぬ逸材のようだ。またオール・ロシアものということもあるのかも知れないが、チェロやコントラバスという低音担当弦楽器を強めに弾かせ、日本人指揮者としては珍しいピラミッド型に近いバランスを採っている。
ヴァイオリン協奏曲。ソリストの黒川侑(男性)は今年23歳という若手。京都市生まれ。京響のコンサートマスターであった故・工藤千博(男性。弦楽器奏者は、楽器自体が高く、幼時から始める必要のあるレッスン代も馬鹿にならないので、裕福で音楽に理解のある家に生まれないとプロになることは極めて難しい。そのためか、男性奏者も雅やかな男女共用の名前を持つ人は他の業界に比べて多い)らに師事。ウィーン留学を経て、現在はブリュッセル王立音楽院に在籍中である。京都市交響楽団とは広上淳一の指揮でプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番の独奏を務めて共演。この演奏はライヴ・レコーディングが行われ、京都市交響楽団の自主制作盤として市場に出ており、街のCDショップやWebCDショップで購入することが可能である。現時点での黒川のレコーディングはこの1点のみである。
今日の京都市は荒天。雨が時折、激しく降り、ヴァイオリン協奏曲演奏中には雷鳴がホールの中まで聞こえるという悪条件での演奏である。
黒川のヴァイオリンは音が磨き抜かれている。ただ、第1楽章はやや型にはまった感じを受け、伸び悩みが心配される。それでも23歳という若いヴァイオリニストの演奏としては十分な出来であった。
第2楽章はメランコリックな表現に成功。音の一つ一つに哀しみが宿っており、3つの楽章の中ではこの第2楽章が一番良かった。
第3楽章は超絶技巧の見せ場であり、外連味たっぷりに弾くヴァイオリニストが多いが、黒川は涼しい顔をしてスラスラ弾いてしまう。メカニックがかなり優れていることの証である。望むらくは、男性奏者なので、低弦を奏でる際は、もっと太い音を出して貰いたかった。
不満なところもあるが、独奏者の年齢を考えれば、優れた出来である。三ツ橋指揮の京都市交響楽団の伴奏も華麗な音でソリストに色を添える。演奏終了後、黒川はステージ袖から出てきた若い女性から花束を受け取った。
後半のラフマニノフ作品2曲。オーボエ首席の位置に本当のオーボエ首席奏者である高山郁子が入り、前半は首席の位置にいたフローラン・シャレールが次席に下がる。京都市交響楽団の有名奏者であるクラリネットの小谷口直子は今日は降り番であった。
「ヴォカリーズ」は実に繊細な表現で、哀しみが自然に滲み出てくるという秀演であった。
現時点での、事実上の日本人「ピアノの女王」、小山美稚恵のソロによるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。小山実稚恵は、東京藝術大学と同大学院を修了しており、三ツ橋の大先輩に当たる。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は小山の十八番の一つ。今日も冒頭から男性ピアニスト顔負けの力強くて深みのある音を出し、抜群の技術を武器に華麗な音楽を展開していく。演奏スタイルは情熱的。出る音はクリアである。鍵盤の一つ一つを一番奥までしっかりと弾くタイプのピアニストであり、鍵盤を舐めるように弾く美音家ピアニスト(ウラディーミル・アシュケナージが代表格であろう)の対極にある演奏家だ。第3楽章の冒頭では一瞬、音がもつれそうになった部分があったが、それ以外は完璧な演奏を成し遂げる。
三ツ橋指揮の京響は、透明感のある美しい伴奏を聴かせる。
2曲共に優れたラフマニノフであった。
演奏終了後、小山実稚恵と三ツ橋敬子の二人に花束が贈られる。
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