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2014年5月 8日 (木)

コンサートの記(136) ロビン・ティチアーティ指揮スコティッシュ・チェンバー・オーケストラ来日演奏会2014西宮

2014年2月17日 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後7時から、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、ロビン・ティチアーティ指揮スコティッシュ・チェンバー・オーケストラの来日演奏会を聴く。

ロビン・ティチアーティは、1983年生まれのイタリア系イギリス人の指揮者。世界的に高い評価を受けている指揮者としては現役最年少である(何を持って世界的に高い評価を受けているかは人によって基準が異なると思うが、ここでは「世界各地の有力オーケストラを振って好評を博し、レコーディングも行っていてこれも好評」とする。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やウィーン・フィルハーモニー管弦楽団などを指揮しているという定義に変えるなら、現役最年少はやはり依然として1981年生まれのグスターボ・ドゥダメルということになるだろう)。

ティチアーティは、当初はヴァイオリン、パーカッションなどを学び、イギリス・ナショナル・ユース・オーケストラに所属していたが、サー・サイモン・ラトルとサー・コリン・デイヴィスに才能を見出されて15歳で指揮者に転向。ラトルとサー・コリンに師事した。2006年にリッカルド・ムーティの代役としてスカラ座オーケストラを指揮してスカラ座史上最年少デビューを飾る。翌年にはザルツブルク音楽祭にも史上最年少指揮者としてデビューしている。
2009年からスコティッシュ・チェンバー・オーケストラ(スコットランド室内管弦楽団、SCO)の首席指揮者を務めており、今年1月にはグラインドボーン音楽祭の音楽監督に就任している。スコティッシュ・チェンバー・オーケストラとはベルリオーズの幻想交響曲などをLINNレーベルにレコーディング。同楽団を指揮した「ロベルト・シューマン交響曲全集」がやはりLINNレーベルから今年中にリリースされる予定である。また2010年からバンベルク交響楽団の首席客演指揮者も務めている。

世界中の楽団から引っ張りだこの状態であり、世界的オーケストラだけでも、バイエルン放送交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ロンドン交響楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ロサンゼルス・フィルハーモニック、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(シュターツカペレ・ドレスデン)、ウィーン交響楽団、クリーヴランド管弦楽団、ブダペスト祝祭管弦楽団、フランス国立管弦楽団への客演が決まっている。
古楽器オーケストラであるエイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団とも共演を重ねている。

スコティッシュ・チェンバー・オーケストラは、スコットランド室内管弦楽団としても知られ、サー・チャールズ・マッケラスの指揮による多くの名盤を生み出しているオーケストラ。ただ世界的な知名度があるかというと、残念ながらそうではない。ティチアーティは若い指揮者だが、「40(歳)、50は洟垂れ小僧」といわれる指揮者の世界にあっては、若い指揮者が名門オーケストラのシェフになることは極めて稀である。

ティチアーティもスコティッシュ・チェンバー・オーケストラもピリオド・アプローチには慣れているため、当然、ピリオドでの演奏となった。トランペットもホルンも口だけで音程を操作するナチュラル仕様のものを採用している。

曲目は、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」、ショパンのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:マリア・ジョアン・ピリス)、ベートーヴェンの交響曲第5番。

ティチアーティは日本ではまだ知名度が低いため、ティチアーティとスコティッシュ・チェンバー・オーケストラだけで来日公演を行っても集客が見込めないということで、人気ピアニストのマリア・ジョアン・ピリスがツアーに加わっている。

チェンバー・オーケストラ(室内管弦楽団)といっても編成の大きさは各楽団で異なるが、スコティッシュ・チェンバー・オーケストラの場合は、第1ヴァイオリン7名、第2ヴァイオリン6名といった風で、フルサイズのオーケストラの丁度半分ぐらいの編成である。配置はヴァイオリン両翼であるが、弦の編成は舞台下手側から時計回りに、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ(背後にコントラバス)、第2ヴァイオリンで、いわゆる一般的な古典配置とは異なる。ティンパニが置かれているのは舞台上手奥。

ティチアーティ登場。カーリーヘアーであり、才能も勿論だが、髪形も相まって、彼には「第二のラトル」というキャッチフレーズも付いている。

序曲「フィンガルの洞窟」。ビブラートを抑えた弦が透明で美しい音を奏でる。編成が小さめなので、スケールも小さめになるのは当然である。ただ、奥行きがないのはティチアーティの若さ故だろう。
整った演奏であったが、味わい深さを出すにはやはり指揮者が年齢を重ねるしかないようだ。ティチアーティの指揮はこの曲では比較的動きが小さめであった。

ショパンのピアノ協奏曲第2番。通常、ショーピースの後でピアノ協奏曲が演奏されるときは、ピアノを運ぶための道が出来るようオーケストラの弦楽器奏者はいったん退場するのだが、スコティッシュ・チェンバー・オーケストラは小編成であり、KOBELCO大ホールのステージは広めなので、予め客席に近い方を開けておき、そこにピアノを運んで設置することで楽団員が退場しなくてもピアノ協奏曲を演奏出来るようになっていた。

若きショパンが書いた作品であり、ショパンが管弦楽法の講義を受けてから間もないうちに書かれたということで、オーケストレーションに問題があり、20世紀前半までは指揮者がオーケストラ伴奏を編曲して良く響くように改めた楽譜で演奏されるのが常であったが、20世紀後半になると、「未熟ではあるが、ショパンの曲調に合っている」「響きがショパンらしい」「ショパンの場合、ピアノ協奏曲はあくまでピアノが主役でオーケストラは脇役なのだから、響かないことは逆にピアノを引き立てる」などの意見が多く出て、現在はショパンが書いたオーケストレーションそのままのスコアで演奏するのが当たり前になっている。

ピリオド・アプローチによるショパンのピアノ協奏曲の伴奏を聴くのは初めてだが、未熟な感じが目立つという欠点がある一方で、よりドラマティックで心理描写を細やかに行えるようになるという印象を受けた。ただ、心の移り変わりがよくわかるのは、ティチアーティの丁寧な指揮の成果であることも間違いなく、ピリオド・アプローチを行えば何でも良くなるということではない。
「フィンガルの洞窟」は暗譜で指揮したティチアーティであったが、この曲では譜面とスコアを置いての指揮であった。

ピリスは実に温かいピアノを弾く。生ぬるいということではなく、ヒューマニズムのような温かさである。そういう点においてはレナード・バーンスタインに通ずるものがあるように思う。
曲調の描き分けも丁寧で、第2楽章の「青春の憧れと痛手」も霊感に満ちていたが、全編に渡って漂う温もりは他のピアニストの演奏からは感じ取ったことがない種類のものであった。

ピリスはアンコールとしてショパンの夜想曲作品9の3を弾く。情感豊かな演奏であった。

 

ベートーヴェンの交響曲第5番。ティチアーティは、暗譜&ノンタクトで指揮する。
冒頭の運命動機をティチアーティは全て手の動きで指示する。特徴的なのはフェルマータの部分をはっきりわかるようディミヌエンドさせること。これまで聴いたことのない解釈である。その他の部分でも強弱の付け方は個性的だ。
思い切った金管の強奏、鮮明な弦楽器の音などピリオド・アプローチの良さが出た演奏である。ナチュラルホルンやナチュラルトランペットは音程を外しやすいのだが、長年に渡って吹き続けてきたということもあり問題なしである。ナチュラルホルンやトランペットは、濃い音色や透明な音を出すことに関しては現代の楽器より優れた部分はあるように思う。ただ燦々と輝くような音色は現代楽器の方が出しやすいようだ。
ティチアーティの楽曲解釈であるが、明晰な楽曲分析は光るが、文学的な意味での内容の踏み込みがやや浅いように感じた。だが、おそらく敢えてそうしているのだろうと途中で気付く。音そのものに語らせたかった部分はあると思う。
第4楽章へ突入する時のテンポは速めで、あっさりとした感じがあり、ここは拍子抜けした。ここだけはドラマティックにして欲しかった。

さて、版の問題であるが、第3楽章までは、ベーレンライター版だろうと思っていた。ピリオド・アプローチはベーレンライター版の楽譜を用いることが多いし、ベーレンライター版ベートーヴェン交響曲全集の校訂を行った音楽学者ジョナサン・デル・マーはイギリス人だからである。ティンパニの入り方もベーレンライターのものである。しかし、ブライトコプフ(ブライトコップ)版との違いが最も明瞭になるはずの第4楽章でベーレンライター版にしては妙なことに気付く。まず、ピッコロが1オクターブ上を吹いて浮き上がるはずの部分でピッコロ奏者はなんと吹くことすらしない。そしてラストのティンパニはトレモロが普通なのだが、今日の演奏ではティンパニは「タン、タン」と音を二つ打っただけで演奏を終えた。こんな演奏は聴いたことがない。
あとで関係者に伺ったところ、使用した楽譜はベーレンライター版とのことであったが、どうも腑に落ちない。後日、ベーレンライター版の総譜で確認したところ、やはりベーレンライター版の指示とは明らかに違った演奏をしていることがわかった。

アンコールはモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲。典雅な演奏であり、ティチアーティのモーツァルト指揮者としての才能を感じさせる好演であった。

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