観劇感想精選(164) 佐々木蔵之介主演「マクベス」
2015年8月13日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて観劇
午後7時から、大阪の森ノ宮ピロティホールで、パルコ・プロデュース公演「マクベス」を観る。ウィリアム・シェイクスピアの「マクベス」の登場人物(全20役)を佐々木蔵之介が一人で演じるという、ほぼ一人芝居版「マクベス」である。俳優は他に出番は少ないものの大西多摩恵と由利昌也が出演するため厳密な一人芝居ではないが、大西と由利が重要なセリフを話すシーンは数えるほどしかない。
作:ウィリアム・シェイクスピア、テキスト日本語訳:松岡和子。演出:アンドリュー・ゴールドバーグ。
精神病院が舞台という設定。不協和音が響いて溶暗し、照明が着くと、舞台の上には男と女医と男性看護師がいる。男(佐々木蔵之介)は閉鎖病棟に入院することになった。ノイジーな音楽が鳴り続けており、女医(大西多摩恵)や看護師(由利昌也)が男に話しかける事務的と思われる言葉は聞き取ることが出来ない。黒のスーツを抜いて入院用の衣装に着替えた男は、部屋から出ていこうとする女医と看護師に向かって、「またいつ会おう、三人で」と魔女のセリフを語りかける。
アンビエント系のミュージックが流れ、舞台奥に引っ込んで怯えていた男だったが、やがて魔女のセリフを語り始め、マクベスとバンクォーの一人二役を演じる。バンクォーを演じるときの男は林檎を手にしておどけた感じである。ストーリー自体は原作とほぼ変わりがないが、最も有名なシーンの一つである「門番の場」はカットされている。
監視カメラが三つあり、舞台上方にモニターが三つあって、そこに時折、佐々木蔵之介の映像がリアルタイムで映り、特に三人の魔女を演じるときは効果的に用いられる。
舞台上には、鏡と手洗い場、車椅子、ベッド、机などの他に、水を張ったバスタブが置かれており、佐々木蔵之介が全裸でバスタブに入るシーンもある。
女優の場合だと、一人何役も演じる演技に底知れぬ迫力を感じる場合が多いのだが、男優が一人で何役も演じると逆に技術が前面に出過ぎてしまうきらいがあるように感じる。男優が女優のように演じるのはおそらく無理なので、仕方ないといえば仕方ないことであるが。
シェイクスピアの四大悲劇の中で最も短い「マクベス」。特に後半の拙速はよく指摘されており、シェイクスピアが初演に間に合わせるために筆を進めすぎた結果ではないかという説もある。
一人芝居であるため、マクベスとマクダフの戦の場面はないのだが、佐々木蔵之介がバスタブの中で寝転んだまま長いこと動かないというシーンがあり、それがマクベスととマクダフと我慢比べで、更に役者と観客の間に共有されるスリルでもある。
「綺麗は汚い、汚いは綺麗」は、『マクベス』の中に出てくる最も有名なセリフだが、別々のものがアマルガムのように一体になっているというのもまた人間である。勇猛で有能な武将であるはずのマクベスはスコットランド王ダンカンを殺害したことで気が動転して剣を持ってきてしまい、マクベス夫人に王の寝所に剣を返しに行くよう言われるも怖いので断るというチキンぶりである。悪女であるマクベス夫人も罪の意識から強迫神経症にかかり、手を洗わないではいられなくなってしまう。彼女も根っからの悪女や烈女ではなく、弱い人間である。
男が精神病院の閉鎖病棟に入院することになった理由ははっきりとは明かされない。ただ、男が紙袋を手放さない(中には子供服が入っていることが後にわかる)ことや、人形が登場すること。またマクベスには子供がいないのに、バンクォーは息子のフリーアンスがスコットランド王になる運命にあり、またその家系がずっとスコットランド王朝を継ぐということから、男には子供がいない、それもおそらく最近、事故か病気で亡くし、そのショックが尾を引いて精神病院に入ることになったのだろうという推測される。そういう点では男性版「隅田川」のような「マクベス」である。
大西多摩恵と由利昌也が登場するシーンや、ラストに冒頭の魔女のセリフを佐々木蔵之介が再び口にすることから察するに、おそらく人間存在それ自体が狂気じみたものという解釈も含まれていると思う。女医や男性看護師が自身と同類だと思ったために男は魔女のセリフを発したと思われるからである。
1994年4月。私は東京・新宿の紀伊國屋ホールで、東京サンシャインボーイズの「ショウ・マスト・ゴー・オン」を観ている。三谷幸喜作・演出のバックステージものであったが、舞台になっていたのは一人芝居「マクベス」(「萬マクベス」というタイトルであった)が上演されている劇場の下手袖。ということで、その時には観られなかった(マクベス、マクベス夫人、マクダフの三人を一人で演じる老俳優役を佐藤B作が演じていた)一人芝居版「マクベス」に今日初めて接することが出来たことになる。
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