コンサートの記(218) シベリウス生誕150年 オッコ・カム指揮フィンランド・ラハティ交響楽団「シベリウス交響曲サイクル(チクルス)」第2夜
2015年11月27日 東京・初台の東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”にて
午後7時から、東京・初台の東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”で、オッコ・カム指揮フィンランド・ラハティ交響楽団の「シベリウス交響曲サイクル」第2夜を聴く。今日は、交響曲第3番、ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン独奏:ペッテリ・イーヴォネン)、交響曲第4番の3曲が演奏される。
交響曲第3番。冒頭の民族舞踊曲のような旋律は、力強く弾かせる指揮者と音を抑えて弾かせる指揮者の2タイプがいるのだが、カムは強く弾かせる。
ラハティ交響楽団の弦のバリエーションは多彩。弱音が特に美しく、ヒンヤリとした音の奏で方なども上手い。東京オペラシティコンサートホールは残響が長いため第1楽章のラストである「アーメン」なども音が上へと伸びていき、少し留まってから消える。「神秘的」と呼んでも良いような体験である。
ヴァイオリン協奏曲。ソリストのペッテリ・イーヴォネンはフィンランドのヴァイオリニスト。1987年、ヘルシンキ生まれ。9歳でシベリウス・アカデミーに入学し、2005年にフィンランド・クオピオ・ヴァイオリン・コンクールにおいて史上最年少で優勝。2010年にはシベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで第2位および特別賞を受賞している。
長身のヴァイオリニストであるが、フィンランド人は基本的に背が高いため(オッコ・カムは比較的小柄だが)ラハティ交響楽団の男性楽団員と身長はさほど変わらず、実際に何センチあるのかは不明である。
冒頭、オーケストラの弦の刻みの弱音が冷たく、異世界のような響きを出す。ラハティ交響楽団はメカニックそのものは日本のオーケストラと互角程度であるが、やはりシベリウスの演奏に関しては本家だけに説得力がある。
イーヴォネンのソロの磨き抜かれた美しい音を奏で、自然の美しさや人間の孤独感などを詳らかにしていく。
アンコールとしてイーヴォネンはイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番よりバラードを弾く。ヴィルトゥオーゾタイプではないだけに、技巧面では物足りないものがあったが、語り上手なヴァイオリンではあった。
交響曲第4番。私が「20世紀最高の交響曲」と評価している曲である。
カムとラハティ今日は丁寧な演奏でシベリウスの憂鬱を描き出していく。
カムは第1楽章と第2楽章の間と第3楽章と第4楽章の間をアタッカで開始、前半と後半という解釈であるとも思われる。
ラハティ響はやはり弦楽の魅力の方が管楽のそれより上だが、この曲では金管を強く吹きすぎて弦楽が聴き取れなくなるというバランス上の問題があった。
それでも「秀演」と呼ぶに相応しい演奏が展開された。
第4楽章ではグロッケンシュピールを採用。愛らしくも深遠な音楽が奏でられていく。
アンコールは3曲。まずは「悲しきワルツ」。模範的な演奏である。ピッチカートの場面ではかなり音を小さくしたが、パーヴォ・ヤルヴィ指揮のそれと比べるとずっと大きく、常識的な範囲での演奏であった。
続いて「ミュゼット」。クラリネット奏者が湧き上がる泉のような鮮烈なソロを奏でた。
ラストは「鶴のいる風景」。叙情味溢れる優れた演奏であった。
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